
▣ 週の初めに愚考する(第参拾九)~ 「保守とは横町の蕎麦屋を守ることである」といったのは福田恒存(つねあり)さん。文壇にあって、何かと物議をかもすのを得意とした評論家であり、文学者で、かつ演劇人であり、シェークスピア研究者としても一流の域にあった人。学生時代、まだ右も左もわからず、方向感覚が育っていない時代、ぼくは福田さんの「評論」「批評」に大いに触発されたことを記憶している。何が快かったのか、今となれば曖昧になりましたが、まあ、肩で風切る、颯爽とした出で立ちで、並みいる「教条派」「守旧派」を一刀両断する趣があったからだったと思う。無知な若者の「彷徨・漂泊時代」でしたから、蒙昧な存在意識がその拠り所を求めていたのかもしれないし、誰でもいいから名のある文学者たちの仕事部屋を覗いてみただけだったかもしれません。当時においても、ぼくは福田さんは保守派の論客だと思わなかったが、時代が降るにつれて、まるで一方の雄(神棚)に祭り上げられた気がしています。だんだんと、時代とともに右寄りに変更した感があるのは、福田さんの側に理由があるというより、むしろその周辺の有象無象が、彼をして右への移動を成し遂げたかのようだった。(それはまた、別のテーマで)

幸か不幸か、ぼくは「保守」にも「革新」にもたどり着くことはできず、爾来、文字通り「右往左往」しながら(自分では「右顧左眄」ではないと思っている)、ついには、右にも左にも落ち着くべき居所は見つからなかった。「彷徨(さまよい)」は今に至るも続いています。「保守とは横町の蕎麦屋を守ること」なのかどうか、ぼくには断言はできない。その謂わんとするところは、古くからある「心地よさ」「そこに店を構えていることが日常の風景」、それを福田さんは「保守」と呼んだのかもしれないが、何よりも「蕎麦屋」が忽然と消えてなくなる世の中ですし、その拠点だった横丁すら消滅する時代、そんなこんなで、いまどき「横町蕎麦屋的保守派」などといって、どこの世界の話かと訝られそうです。

「自分の生活スタイルを保持すること、そのために失われやすいものに対して、鋭敏に、かつ能動的に活動する精神」と定義された福田流「保守」のお眼鏡にかなうものは、昭和三十年、四十年代当時もいなかったと思う。当然、今日においてはなおさらのと、です。ここが福田恒存さんの偏屈・面倒なところで、「自分の生活のスタイルを固守」するというのが保守、そういう指摘は理解できますが、「(それには)鋭敏に、かつ能動的に活動する精神」が欠かせないというのは、すでに、従来からの「保守」の域を超えているんじゃないでしょうか。「守るために変革する」という保守主義は、英国譲りの「保守(conservatism)」で、いかにも英文学研究者だった福田恒存さんの一面目ではありました。

新しい総理大臣に選ばれた(「当選」した、といいたい。それは彼にとって、まるで「宝くじ」を買い続けて、初めて高額当選するような僥倖でしたから)石破某、彼は自らを「保守政治家」と規定している。何でもかんでも「守る」のだから、保守派、国防族です。ならば、名も「茂」ではなく「守」に改名したらどうですか。世間では野党とされる立民党の野田某代表と、石破某を並べたら、ぼくなどにはどちらが「保守政治家」か判断がつきません。以前から、この国には与党(保守)ばかりで、革新は「共産党」だけといってきました。ますますその感を強めています。(共産党もかなり保守的になっていますが)しかるに、保守だからこそ、常に点検を怠らないようにという姿勢は絶えて見られないのが、「政治における「保守」「保守党」です。つまりはいささかの移動・旋回・転向も我慢できない「守旧派」の別名でもあるでしょう。
【新生面】何を守るのか 文芸評論家の福田和也さんが先月、亡くなった。保守派の論客であり美食家としても知られた人らしく、昨年刊行された近著では、コロナ禍中のなじみの店を訪ねながら、保守の在りように思いを巡らせていた▼『保守とは横丁[よこちょう]の蕎麦[そば]屋を守ることである』。思想の先達としていた評論家・福田恒存の言葉を書題としたその随筆によると、保守の信条とは「自分の生活スタイルを保持すること、そのために失われやすいものに対して、鋭敏に、かつ能動的に活動する精神」だという▼石破茂首相が一昨日、就任後初の所信表明演説を行った。総裁選直前に『保守政治家』との自著を出した石破氏である。演説ではルール、国民など「5本の柱を守る」と目指す政治スタイルを示した▼明日からは代表質問が始まり、9日には党首討論が予定されている。中でも衆院選に向け「穏健な保守層を狙う」としている立憲民主党の野田佳彦代表と、どんな初手合わせとなるのか注目したい▼ただ国会論戦を前に、石破氏の姿勢がぶれ始めているのが気になる。総裁選では予算委員会開催を念頭に、「国民に判断材料を提供する必要がある」と強調していたが、党首討論後に即解散となりそうだ。さらに裏金議員の原則公認を検討と聞くと、ルール、国民を差し置いて何を守るのかと思う▼前述の著作で石破氏は次のように記している。「少数意見を大切にし、国会では野党の質問にも丁寧に答える。それが保守のあり方です」。その信条を守れるか-が早くも危うい。(熊本日日新聞・2024/10/06)
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「個人と集団」という視点に立つとき、保守派の多くは「集団」=「国家」に優先権を与えます。国家大事であって、その根幹(単位)をなすのが「家制度」だから、「夫婦別姓」は論外となるのは、見え透いた「理屈」です。「家族」があって、それを単位とした大家族、つまりは「国という家」が成り立ち存続するという教義です。換言すれば、国家あっての国民、そんな捉え方でしょう。新しいような、それでいて古色蒼然とした「教条主義(イデオロギー)」ではありませんか。まるで「公地公民」を、ぼくには彷彿とさせます。新総理は、元来はこちこちの「保守反動」です。その実態は、今でもまったく変わっていないと、ぼくはみている。一時期から、彼は口当たり・耳にやさしい政論を吐いてきましたが、党内孤児としては、何を言おうが波風が立たないという、気楽さもあり、あるいは破れかぶれのなせる業でしたね。国があっての国民、そんな目出度い「国家第一主義者」です。名もない民衆(人民)が集まって作ったのが「国」という箱(入れ物)だった、それが歴史の事実です。「鶏が先か、卵が先か」の比ではないんです。
国が最優先するのだから、「人権(権利)」も国から与えられ、それに応じて「義務」も国家から課されるという「国家家父長」主義です。国家のために、国民たるものは、いわば「滅私奉公」すべきだという無体な思考の持ち主だったし、今も変わらないと捉えるなら、まさしく「時代物」というほかありません。ぼくは、今のこの国の政治や政治家に何かを期待するという「楽天グループ」には所属していない。国家が飛ばす火の粉が降りかかるなら、万難を排し、身を挺して消し方に回る。

「少数意見を大切にし、国会では野党の質問にも丁寧に答える。それが保守のあり方です」と洒落たことを言う。「国民の納得と共感を得られる政治を実践することにより、政治に対する信頼を取り戻し、日本の未来を創り、日本の未来を守り抜く決意だ」(初の「所信表明演説」より。2024/10/04))このところの「歴代首相」の演説(ことば)は「真に迫る」「心に響く」ところ皆無です。他人が書いた原稿を棒読みする(自分が書いたにしても)ばかりでは、迫真、衷心からは程遠いのです。その理由は、仮初(かりそめ)にも、そこに魂を込める気がないからでしょうね。
総裁任期は三年であるという。ぼく(だけではないと思う)にとっては、「石の上にも三年」、いや、正しくは「石破の下にも三年(限り)」になることは避けられない。その間に寿命が尽きる気がします。「往生際」は汚したくないものです。
⦿ ほ‐しゅ【保守】① ( ━する ) 正常な状態などを保ち、それが損じないようにすること。ほうしゅ。②旧来の習慣、制度、組織、方法などを重んじ、それを保存しようとすること。また、その立場。ほうしゅ。(精選版日本国語大辞典)
⦿ …政治勢力を二分法的に分類するときに用いられる用語で,〈保守〉が一般的に保守主義的立場に立つ勢力を,〈革新〉が反保守主義的立場に立つ勢力を,それぞれ総括的に指すが,もっぱら日本の自民党と社会党を中心とする〈55年体制〉下の政党勢力の配置状況に関連して用いられてきた。この場合,〈保守〉は自民党を中心とする政治勢力を,〈革新〉は社会党を中心とする反自民勢力を意味する。…(世界大百科事典)
⦿ こうち‐こうみん【公地公民】〘 名詞 〙 令制における土地・人民の公有制を説明する用語。大化改新の詔によって私地私民制を廃し、収入公して天皇の土地・人民とした原則。戸籍によって国家に把握された公民は、租庸調を課された人民で、貴族・僧侶・賤民を含まない。奈良時代には過重な負担からのがれて浮浪し逃亡する公民が後をたたず、一方、天平一五年(七四三)墾田永年私財法によって土地公有の原則がくずれ、ここに公地公民制の崩壊は決定的となる。ただし、「公民」の語は律令には使用されていないなど、近代歴史学が用いた学術用語であり、律令法とは必ずしも一致しない。(精選版日本国語大辞典)
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