自分の演奏には疑問の余地があるのだ…

 学校に巣くっている「神話」のようなもの

 学校教育には、誰もが深い考えもなく認めてしまっている奇妙な「神話」ないし「信仰」があります。それをまず無条件で受け入れているのは教師自身です。「勉強は学校でする」ものであり、家でやる勉強も「学校の延長」とみなされます。教える専門家は教師(教諭・教員)ばかり、教えるのは自分の専業だと、些末なことまで「教える」材料にします。「教えてくれる人」、「それは先生」と、森昌子さんがよく歌っていました。何でもかんでも「教える」のが教師。彼や彼女がなすことは、すべて「子どもを教育する」という観点からしか発想されていないようです。奇妙なことですが、学校では全員が出来ても、きっと優劣(出来不出来・順位・序列)を判定します。全員が「満点」を取っても、「全員に5(の評価)」ということはなく、かならず「順位」がつけられる(つける)、その理由は明らかになっているでしょうか。同じ点数であっても、教師の受けがいい子、素直に言うことを聞く子か、あるいは、…。そんな調子で順位を決めるのも教師。それを多くの人々は受け入れています。(「五段階評価」の、それぞれの(段階の)人数が決まっている(五は何人、あるいは何%というように)のは、どうしてか。これこそ「神話」そのものですね)

 また、学校にはかならず「試験(テスト)」があります。今でもそうでしょうか、中・高・大などでは「中間テスト」「期末テスト」などと言って、試験週間が置かれています。どうして「試験」があるのか。おそらく「成績」で子どもたちを評価するため、誰が出来て、誰ができないかを自他に明らかにするために「試験」をするのです。子どもの成長や発達を支えるための教育といいながら、いつしか、それは「成績」「できるか・できないか」を判定する手段となってしまっている。そのことを全面的に否定はしませんが、あまりにも「試験、つまり成績」に偏りすぎているという不満というか、不信が、学校(教師)に対してありました。(実のところ、ぼくはこの「テスト期間」が大好きだった。なにしろ、期間中は毎日、二時間か三時間で拘束は解ける、よほど早く学校から解放されるのですから、いつも「試験週間」ならいいなあと願っていた)

 試験問題は担当の教師が作るのが原則でした。今もそうでしょうか。まさか業者のものを使っているんじゃないでしょうね。当然問題を作る段階で、子どもたちそれぞれの理解度や成長段階を考慮して作るのでしょうが、そのためには、個々の子どもの表情を思い浮かべながら、何よりも「手作り」が求められるのではないでしょうか。実際には、そのようにはいかないでしょうが。試験範囲というのがあって、「(授業期間内で)教えられた範囲」のこと、それを越えて試験問題は出さないという原則もあった。この出題された「問い」に対して「正解は一つ」、これは学校神話の白眉(いのち)、まるで「初代は神武天皇」みたいなもので、これを疑ってはいけないとされます。神武以外に初代天皇は存在しないとされるように、出された「問い」に対して「正しい答えは一つ」、つまりは「唯一無二」なんです。これは大々的に行われる大学入試にも適用されます。万が一にも「正解が二つ」となれば、入試ミスと、テレビや新聞のニュースになったほどでした。「神武」の外に、もうひとり「正統(正当)な天皇」の存在が認められるということはあり得ることでしょうか。それほどに、学校神話は頑(かたく)なに、一度決めた様式を墨守(死守)するのです。だから「神話」なんですね。旧態依然、旧慣墨守とは、こんなことを言うのでしょうね。

 さらに、これも学校神話中の典型です。「正解を知っているのは教師だけ」、その問題を作った教師が「正しい答え」を作るんですから、正解を知っているのは「それは先生」です。教師は判定者(審判)でもあるのです。この「判定」は、きっと二者択一。〇(正答)か✖(誤答)か。ぼくはよく思ったものです。きっと「難問とか何とかいうけど、答えを先に考えて、それに合わせて問題を作るんだろう」と。だから、問題と答えは「ヤラセ」であり、「出来合い」でしかないんですね。じっと考えても答えが出ない、教師が懸命に考えても「正解にたどり着けない」ということは断じてあってはならないんですよ。実に摩訶不思議なことばかりでした。答えが見つからない問題だって、いくらでも世の中にはあるのに。

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 物理学者の湯川秀樹さんの授業風景が書いてあった本で、実に感銘したエピソードに出会ったことがあります。あるいは湯川さんがどこかで書いていたかもしれません。まだ若いころのことでした。湯川さんはK帝国大学の教授で、教室に入ってきて物理の数式を展開していたが、途中で、その先にどうしても進めなくなった。「少し待っていてくれ」と学生に話し、教室を出て行った。やがて戻ってきた湯川さんは、うんと若い助手だったか(助教授だったか)を連れて、黒板の前に立った。この時は、すでに学生が教室にいることは彼の眼中にはなかったそうです。自分が躓いたところを説明し、「ここがうまくいかへんのや」この先は「どうなんねん」と聞いた。若い人が、これはこうなってこうすれば、上手く解けるんじゃないですかと、黒板に式を展開し、これでいいんじゃないですかと言って、教室を出ていった。湯川さんはすっかり感心して、何もなかったかのように、また授業の続きを行ったというのです。

 (細部は違うかもしれませんが、大筋で、このような、授業中の経過が書かれていた)(授業あるいは問題に集中すると、他人の存在が消える。教師自身の至らなさを、学生・生徒の前では決して隠さない、この二点について、ぼくは痛く教えられました。あらかじめ知っている「答」を伏せておいて、子どもに「これはどういうことなんでしょう」「これできる人?」などと質問する。なんとも、白々しいじゃありませんか)

 教師が迷う。立ち往生する、その時、学生はどうしていたか。教師といっしょに迷い、躓き、そして解答への歩み(道筋)に同行して、おそらく得心したのではなかったでしょうか。出された問題に「正解は一つ」というのは、明らかに嘘、誤りです。だから、「神話」ですな。無理矢理に作られた、学校専用の虚構です。「一つでなければ、教師が困る」から、そのための嘘や偽りです。世の中には一切、そんなことはない。たとえば「英文和訳」あるいは「和文英訳」の問題に、たった「一つの正解」ということは、ぼくごときにも考えられません。英語も日本語もうんと「できる教師」なら、正解は「無数」に、そうなりませんか。ぼくも、学校の教師の真似事をしていたから、入学試験の採点に長くかかわりました。出された問題(国語)に正解は一つ。その正解に達した受験生は百人に一人だけ、そんな入試問題の採点にぶつかったことがあります。「正解を決めるのは出題者」でしたから、ぼくは異を唱えることはしませんでしたが、奇怪な経験をしたと、記憶に強く残っています。誰もが、学校で試験にまつわる「神話」のでたらめさ加減、荒唐無稽の極地に遭遇されたことがあるはずです。

 さらに、学校神話の神話たる所以です。試験の最中は「なにも見てはいけない」ことになっている。その意味は、「暗記していなければダメ」というのです。考えるのではなく、考えないことを前提にして授業も試験も行われているとも言えます。「余計な話はするな」と教師は口癖のように言います、それはまた「余計なことは考えるな」ということでもあるのでしょう。出された問題について、自分の頭で考えるところにこそ、意味を見出したいのですが、それはいけないこととされている。つまり暗記したものを吐き出して、答えなさいと言う、奇妙な習慣ですね。この試験はさらに「制限時間」が決められており、どんなによくできても「満点は百点」です。三時間も五時間もかけることは絶無だし、うんとよくできて三百五十点ということはあり得ない。ほとんどの子どもたちは「(制限時間は)六(五)十分」と「(満点は)百点」の範囲内に閉じ込められています。まるで養鶏場の「ニワトリの管理」のようです。だから、順位をつける気になるのですね。60分試験競争。「人生は競争だ」と、早い段階から錯覚させる「修行」をさせているんでしょうね。

 おかしな「学校神話」はまだまだありそうですが、切りがないので、ここまでにします。(宿題も、その「神話」のおかしさ(滑稽)の中に数えられるでしょう。これについては、別の機会に)

 「教」というものがどんなに強い力をもって、子ども(人間)たちの成長の危機を生みだしているかということを考えてみました。学校あるいは教室にはいくつかの「神話」があるということをいいかけていたところで、学校神話の普遍性を表わす教訓は、「教える人は教師だけだ」というものではないかと、ぼくはいいたかったんです。世の中にはいろいろな「教える人」がいますが、もっぱら「学校の教師」だけが教えることの専門家だと自他ともに認めているのではないですか。この問題にも深刻な弊害があります。免許状を求められるのは当然であるとして、決められた教科書や教材しか使ってはいけない授業、それが各地で展開されているのですが、いったい、教師は、どのようにして、あるいは、なぜ、「指定された教科書だけを教える」のですか。ぼくにとって、これはもっとも根本的な疑問であります。(当たり前を疑う、それがぼくの胆です)

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

 前置きが長くなりすぎました。音楽や音楽教育をとおして教育の問題(原理)に迫ってみたいと考えながら、駄文を書いてしまいました。音楽教育、例えばピアノの「演奏」を課題にする教師と生徒の関係を考えてみる。まず、生徒が、自分でピアノを弾くということ、これが大前提です。教師がどんなに上手に弾いてみせても、それを生徒は、それをそのまま身に着けることはできない。教師の演奏は、生徒が再現すもしそぞる)べきお手本ではないのです。そいうことがあり得るなら、教師の「模倣(ミニチュア)」を生み出すことにしかなりませんね。生徒は自分自身が弾く、教師が自分の弾き方で自分の音を紡いだように、生徒は自分の弾き方で、自分の音を出さなければならない。これが何よりも、重要な問題です。当たり前なのですが、どうも、教師の弾き方を覚える、上手く真似をする、それが教えてもらう内容になっているような気がしないでもありません。これは何も楽器の演奏に限りません。

 例えば、大工さんの仕事。刃物を研ぐ、金槌(かなづち)で釘を打つ、鋸(のこぎり)で木材を切る。鉋(かんな)で木を削る。鑿(のみ)で穴を穿(うが)つ。これをするのは、親方ではなく、すべて弟子です。「鋸はこのように使う」と、親方が指図する、見本を示すことはありますが、実際に「やってみる」のは弟子です。当然でしょう。それがじゅうぶんにわかっていないと、途中で挫折する。誰だって鋸で木材を切ることはできる。でも、それが建物の部材として、木組みに破綻をきたさないような切り方は、実際に切って見て、初めて会得する技でしょう。鉋で削るのも同様です。こういうふうに削るのだ、と言うこともやって見せることもできる。でも、実際に、それは自分でやって身に付ける外に方法はない、そんな教育(修業)です。しばしば職人の親方は、「おれは教えない、おれの技を見て、盗め」という。それぞれの技の極意というものは、言葉で説明できないからでしょう。ベートーベンの本をいくら読んでも、ピアノは上達しません。分かり切ったこと。でも、どうして学校では「本を読め」「読んで覚えろ」というのでしょうか。

 教師の仕事ってなんだろう 

 次の言葉はある音楽家の、教育の方法に関する基本的な考え方です。まあ、教育原理であるといってもかまわないと思います。音楽教育の肝心要・核心を、実に簡明に述べていますね。(若いピアニストが、雑誌のインタービューに答えたものです)

 (若い人たちはどうやって音楽に対する個性的なアプローチを身につけることができるでしょうか。それは教えられるものでしょうか)

 《 わかりません。本当にわからない。前にも言った通り、私は今までまったく教える立場に立ったことがありませんから。そういう立場に自分を置いたと仮定するときにいつも考えるのは、自分にできるのはただ、誰かにテープ係になってもらって学生の演奏を録音し、それを聴き直させて、こう言うのです。「オーケー、満足かい? 自分の演奏の速度、全体の感じやなんかはうまくいったと思う? 演奏をひとつの小説、あるいは映画としてみた場合、もっとおもしろいものにするために、速度(これはテンポのことじゃなく、突っ込みとか全体を構成していく迫力とかの意味ですが)をどう変えたらいいと思う? もっとゆったりした雰囲気なんかをつくるためには、どの部分で力を抜いたらいいと思う?」》

 《 でもたぶんこういう教育はされているのかもしれません。私が全く教育の場から離れているので、最近の教え方はどんなものか全然わからないのです。ですから私の言ったようなことは、言う必要もない常識なのかもしれません。でも本当にためになるものというのは、自分自身を見つめることからのみ得られるのだろうと思います。ですから教師にできる最良のことは、それをそっとしておいてやることでしょう。ただいくつかの質問を投げかけて、自分の演奏には疑問の余地があるのだということ、そしてその解答は自分で見つけねばならないということを自覚させるのです。教師にできるのは質問することなのです

(いまの演奏にまずいところはない? うまくいかなかったところはないですか?)

 《 その通りです。教師が自分のものと言える唯一の役割はまさにそれなのです。教える立場というのはそれ以上のものではありません 》

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 この発言は、カナダ生まれのピアニストであったグレン・グールド(Glenn Gould)(1932~1982)のもので、ぼくはとても興味をもち、かつ刺激されてきました。彼の演奏はきわめて個性的でしたが、教育に対して強い関心を抱いていたといわれるグールドの「教えの方法」は、おおいにぼくたちを揺りうごかすんじゃないですか。(彼は、しばしば、「やがてピアノの教師をしたい」と言っていました。つねに音楽教育に深い関心を持っていたようでした。それを果たさないで、彼は亡くなりました)

 「ここは、こう弾くべきだ」「そんな弾き方では、まるでだめだ、バッハじゃないぞ、それは」と、先生にいわれたとおりに弾くことができる生徒・学生(器用であり、優秀でもある人)ってなんですか。また、そのように命令(教育)する教師は、生徒にとってどんな存在なんですか。

 グールドが学校で教師ともめた、ただ一度の事件を、彼の亡くなった後に、父親が語っています。

 《 期末試験中だった。グレンが英作文に落ちたという。答案をもってこさせたところ、悪い点をつけられるようなミスは何も見あたらなかった。答案を採点した英語科の主任に電話をかけた。…落第の理由を知りたいむねを先方に話すと、返事はこうだった。「グールドさん、教師は忙しいんです。やることは山ほどあります。とてもじゃないですが、単語の半分もいつも辞書を引かなくてはならないような作文なんて読む暇はないんですよ」》(Russell H. Gould)

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 あるインタビューで、グールドは学校時代を回想して、「夏休みが終わりそうになると、本当に憂鬱になった、本当に。ああ、また兵舎に帰らねばならないのか」と。いかにも憂鬱そうな、悲しげな表情で話していました。彼も、じつに「学校」は苦手だった。父親が息子の「不始末」の顛末を書き残されたのは、どういう意図からだったでしょうか。「息子が悪い」というのではありませんね。息子と同じように、教師や学校に向けた不信の念を明らかにするためだったでしょう。「教師は忙しいから、余計なことを書いたものなど読んではいられない」という教師に、親子はどう対処すればよかったのか。

 ここまで書いてきて、気になりだしています。「音楽教育」と世間一般の「学校教育」を並べて論じるのは無意味だと言われるかも知れない、と。それは先刻承知しているのです。大工の仕事は家を建てることですし、弟子は家を建てられるだけの技を身につけることに専念すればいいのでしょう。建築に関する本を何十冊読んだって、あるいは読んで、それを覚えたって、試験に合格したって、大工の仕事にはまず役に立たない。あえていえば、無駄です。そんな暇があるなら、刃物を研ぎなさい、そうなるでしょう。ところが世間一般の学校教育では、とにかく本に書いてあることを読んで(読まないで)覚えろ、教師の話を聞いて覚えなさい、そればかりです。いったい何のために読むのか、覚えるのか。話を聞くのか。大工にも音楽家にもならない、多くの子どもたちには、そのような「教師に言われたことを覚える」「読んだ本の内容を暗記する」、それだけが「勉強」になっている。ぼくはここに、長年にわたって、大きな疑問を持っているのです。持たざるを得ないのです。これは簡単な問題ではないし、簡単に答えが出る事柄でもないでしょう。だからこそ、時間をかけて、いろいろなことに心を配りながら、考えを深める必要があると言いたいのです。

 今回はここまでにしておきます。この続きは、あまり間を置かないで書いてみます。じつは、ぼくはグレン・グールドを狂ったように聴き続けてきました。もう半世紀以上です。彼について、一編の論文(感謝状)を書いてみたいと思いながら、果たせないままで、ここまで来ました。気が狂わんばかりに好きになった、そんなグールドの「演奏論」や「伝記」「評伝」などは、たくさん書かれています。ぼくは、不世出の演奏家だったグールドの「音楽教育」論の「さわり」を語りながら、「学校教育」のできることとやるべきことを「再定義」したいと願っているので、こんな中途半端な雑文になってしまいました。これは弁解ではなく、ぼくの無能を自他に晒して、自らへの叱咤・激励としたいがためです。(この部分は続く)(2021/10/18)

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● グールド(Gould, Glenn)[生]1932.9.25.トロント [没]1982.10.4. トロント=カナダのピアノ奏者。生地トロントの王立音楽院を12歳で卒業し,14歳でベートーベン協奏曲を弾いてデビュー。1955年に22歳でデビュー・レコード,バッハの《ゴルトベルク変奏曲》を出し一躍注目を集めた。この年全米各地でのリサイタルでも大成功をおさめ,1957年からはヨーロッパ各地でもリサイタルを開き,カラヤン指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などと共演。しかし作品解釈の徹底に支障の多いコンサート活動に疑問をいだき,1964年からは演奏会を拒否。以後もっぱらレコーディング活動に力を注ぎ,J.S.バッハの作品を中心にテープ編集による独自のアプローチを続けた。生前は異端視されがちだったが,〈録音〉というメディアの可能性を先取りしたその演奏活動は近年あらためて注目を集めている。作曲家としても室内楽曲などを残し,著書も多い。(ニッポニカ)