生まれながらにして人間に備わる…

 以下の文章を熟読してください。「人権」というものがどのようなものでしかないか、じつに明瞭に示しています。

 《人権は譲渡することのできぬ権利、奪うべからざる権利として宣言され、従ってその妥当性は他のいかなる法もしくは権利にも根拠を求め得ず、むしろ原理的に他の一切の法や権利の基礎となるべき権利とされたのであるから、人権を確立するためには何の権威も不必要であると思われた。人間それ自体が人権の源泉であり、本来の目的だった。他の一切の法律は人権から導き出され人権に基づくとされたからには、人権を守るための特別な法律を作ったとすれば理に反することになる。人民が公的行為のすべての問題における唯一の主権者と認められたように、人間は正・不正のすべての問題における唯一の権威となった。そして人民主権は君主の主権のように神の名において神の恩寵により宣言されるのではなく、これまた人間一般の名において人間一般の恩寵により宣言された。従って人民主権と人権のこの両者が互いに相手の条件となり相互に保証し合うことは、本来ほとんど自明のことと思われたのである》(ハナ・アーレント『全体主義の起源』)

 このように述べた後で、アーレントは指摘します。「譲渡することのできぬ人権」という概念には矛盾がつきまとっている、と。この人権という権利は「人間一般」を想定したものですが、そのような「人間一般」はどこにも存在しないではないか、と。さらにいえば、歴史的に明らかなように、「宣言」されるまでに何千年もかかった「人権」というものは、けっして奪うことも譲り渡すこともできないものではなかったのです。19世紀目前という歴史のある段階で、それもある地域において初めて登場してきたという事実がそのことを示しています。そして、それはまた国民国家とか民族自決と密接に結びついてもいたのです。つまり「人権の基礎となる人間の概念は個人ではなく民族を指していた」とうことです。民族という視点もまた、人権を考察する際の重要な要件になるという意味です。

 《生れながらに人間に具わる人権などというものがそもそも存在するのならば、それはあらゆる市民の諸権利とは根本的に異なった権利でしかあり得ない。この権利を発見するには、まず無権利者の法的状態を観察し、彼らが一体いかなる権利を失っているか、そしてそのような権利を失ったことが何故に彼らを完全に無権利状態に陥れることになったかを知ることが役に立つだろう》(同上)

〇 アーレント(Hannah Arendt)(1906―1975)アメリカの政治学者、哲学者。ドイツのハノーバー生まれのユダヤ人女性で、ハイデルベルク大学で哲学者ヤスパースに学ぶ。ナチス政権成立後パリに亡命(1933)しユダヤ人救援活動に従事。のちアメリカに亡命(1941)。1951年に主著『全体主義の起原』を著し、ナチズムとボリシェビズムによる全体支配の成立の原因を国民国家の崩壊と大衆社会の出現などに求めた。またユダヤ人のナチス協力を論じたアイヒマン裁判の報告『イェルサレムのアイヒマン』も多くの論争を巻き起こした。他の主要な著作に『人間の条件』(1958)、『革命について』(1963)などがある。[飯島昇藏]『大久保和郎訳『イェルサレムのアイヒマン』(1969/新装版・1984・みすず書房) ▽大久保和郎・大島通義・大島かおり訳『全体主義の起原』全3冊(1972~1974/新装版・1981・みすず書房) ▽ジェローム・コーン編、齋藤純一他訳『アーレント政治思想集成』全2冊(2002・みすず書房) ▽M・カノヴァン著、寺島俊穂訳『ハンナ・アレントの政治思想』(1981/新装版・1995・未来社)』(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

http://www.cetera.co.jp/h_arendt/introduction.html

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 二十世紀の大小さまざまな戦争は、アーレントの指摘が間違いではなかったことを明示しました。そして二十一世紀のいまもまた、そのことが各地で証明されてもいるのです。「人権」をどのようなものとしてとらえるか、いまなお自明のことではなさそうです。人権に関する多くの課題は時代とともに生みだされるといったほうがいいのかもしれない。ぼくたちは、それ以前の時代の人々よりもはるかにていねいに生きることを求められるのですね。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです