つち澄みうるほひ 石蕗の花咲き

冬の訪れ、ツワブキ鮮やか 南さつま・坊津

 初冬の季語であるツワブキの花が鹿児島県内で咲き始めている。南さつま市坊津町久志の平尾集落では12日、アコウの巨木の根元に、鮮やかな黄色い花がひっそりと咲き、道行く人の目を楽しませている。/ 近くに住む尾辻孝一さん(81)は「緑の葉の中に黄色の花が際立っていてきれい。冬の訪れを感じる」と笑顔。つぼみも多く、今月いっぱいは楽しめそう。/ 鹿児島地方気象台によると、大陸にある高気圧の影響で県本土は14日までおおむね晴れる。週明けからは雲りがちとなり、南から暖かく湿った空気が流れ込み、気温は平年より高くなる見込み。(南日本新聞・2020/11/13 06:30)

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 この植物をとても好んでいます。拙宅の裏庭にもたくさん花を咲かせてくれています。寒ければそれだけ鮮やかな濃緑色で厚手の葉を茂らせる。厳寒にも怯まないで、すっくと立っている姿が健やかに感じられてきます。小さな庭にも座りがいいし、野原や山中でも、似合う。このツワブキ(石蕗)を見ると、きっと口をついて出るのが室生犀星の詩です。もう何十年来の習慣になりました。まるでぼくの季語のようでもあります。これもまたじつに鮮やかなのもので、失礼ながら、まさかあの犀星が詠んだものかと疑わしくなるくらいにみごとなものです。「鮮やかなお点前」と降参します。

つち澄みうるほひ
石蕗の花咲き
あはれ知るわが育ちに
鐘の鳴る寺の庭 (「抒情小曲集」

●室生犀星(1889~1962)=詩人,小説家。本名照道。私生児として石川県金沢に生まれ,僧室生真乗の養子となった。給仕,新聞記者を転々としながら詩を作り,萩原朔太郎を知ってともに1916年詩誌《感情》を創刊。1918年《愛の詩集》《抒情小曲集》を出し,新進詩人として認められた。翌年,独特の感覚的表現を用いた自伝風の小説《幼年時代》《覚める頃》で散文の世界に入り,《あにいもうと》《女の図》などを書いた。第2次大戦後に《杏っ子(あんずっこ)》や,王朝ものの《かげろふの日記遺文》,評伝《我が愛する詩人の伝記》など。(百科事典マイペディア)

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「芥川龍之介なら百発百中、作に当たり外れはないものだが、犀星の場合はそうはいかない。おそらく百発一中といったところであるが、この「寺の庭」がまさに、「一中」だ」というような(意味の)、ひどい、しかし過大な評価を三好達治さんが下しておられていたのをぼくは若い頃に読んで、ぼくのとらえ方はやっぱり間違っていなかったんだと、ただちに、この詩が好きになった。単純そのものでしたが、歳をとるとともに、この詩の含んでいる凛とした厳しさや悲しさや、あるいは美しさまでが感じられるようになりました。犀星が養子に出されたのは金沢の雨宝院というお寺でした。「あはれ知るわが育ち」という、犀星の第一歩、生の元始が記されたお寺でした。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。