【速報】千葉県内にレベル5大雨特別警報・土砂災害特別警報 直ちに身の安全の確保を 線状降水帯直前予測も 「危険度が急激に高まるおそれ」 気象庁
気象庁は13日午後10時40分時点で、千葉県内に、「レベル5大雨特別警報」と「レベル5土砂災害特別警報」を発表している。災害がすでに発生している可能性が極めて高い状況であり、直ちに身の安全を確保するよう呼びかけている。
また、気象庁は午後10時48分に線状降水帯直前予測を発表。北西部、北東部、南部では、今後3時間以内に線状降水帯が発生し、非常に激しい雨が同じ場所で降り続く可能性が高まっているとし「命に危険が及ぶ災害発生の危険度が急激に高まるおそれがある」としている。
千葉県内の警報・注意報は以下の通り(午後10時40分更新)
▼レベル5大雨特別警報
千葉市、市原市、佐倉市、四街道市、八街市、印西市、白井市、市川市、船橋市、松戸市、習志野市、柏市、八千代市、我孫子市、鎌ケ谷市、茂原市、東金市、大網白里市、長柄町(以下省略)(千葉日報・2026/08/13)

(ヘッダー写真:「冠水した道路では複数の車が立ち往生する中、水につかりながら歩く人たちの姿があった=2026年8月13日午後9時16分、千葉県市川市、柴田悠貴撮影」朝日新聞・2026/08/13)
人の何倍も天気予報が気になる人間だと思っている。今に始まったことではない。小さいころからの習性のようなもの。一昨日から降り続いていた雨は、昨日は終日にわたって、まさに「豪雨」だった。案の定、夕方には県内各地で複数回(全25回とも)の「線状降水帯」の発生が報告された。浸水や崖崩れも出たし、犠牲者(水没車内での)も出たほどの、激しさだった。当地に越してきた直後、土地の大工さんに頼んで物置を改造して「書庫」を作ってもらった。まさにガラクタのような蔵書が収まり(入りきらない書物等は無数に出ましたが)、一安心した直後に猛烈な豪雨に襲われた。そして、なんと、書庫内の床上(コンクリート)まで浸水したのだ。幸いに書籍は無事だったが、水が引くまでに何日かを要しました。(左写真は市川市内、13日午後。千葉日報・同上))
今回の集中豪雨で書庫内浸水、といやな記憶がよみがえったが、まだ書庫に入っていない。どうなっているかやや気にはなるが、水に浸かったのなら、それも仕方がないし、そうでなければ、勿怪の幸いと思っています。それとは別に、午後の八時ころだったか、かみさんに「この音は何だろう?」と訊かれた。台所の一か所で「ポトリ、ポトリ」という音がしている。雨漏りだと直感しました。天井部分をよく見ると、「天窓」が作られている、その直下部からの雨漏りらしいのがわかった。窓枠と瓦屋根の重なる(つながる)部分をコーティングしていたのが経年劣化で、隙間ができたか。どうもそこからのようだった。幸いにして、大したこともなく、雨が止めば、漏水も止まっている。(追記 ただ今、午後1時。書庫に入ったが、案の定、でした。浸水を防ぐ手立てを怠っていたのだから。乾くのを待って、少し手入れをしよう)

それにしても、降れば土砂降り、晴れれば酷暑と、まるで他人事のように言っていたが、その当人が雨に打たれたのでした。もちろん、熊本地震の激甚さの比などではまったくない、まるで蚊に刺されたようなもの、それほどに熊本県内各被災地の窮状・災厄を思えば、大雨に降られたと口にするのも憚(はばか)られます。しかし、今回の集中豪雨で、県内では何人かの犠牲者も出ているのですから、「災害」だったのは事実。いつも出掛けるHCは大雨が降れば、店内に水が入ってくる、今回は大丈夫だったか、そちらも心配。近辺のいくつかの河川は、氾濫常習で、これまた、大いに気にかかります。県内の被害状況の全体もまだわからないが、またまた、台風17号が発生し、劣島方面を伺っているという。そんなにいつも伺わなくてもいいのにと思う。早い段階(6月頃)から、今年は「台風の当たり年」だといっていたが、その、いやな予測通りになった。まだまだ、先は長い、と気を揉んでも仕方がないのですがね。
本日は、以下のコラムに触発されて駄文を書こうとしていましたが、早くに、次回回しと決めました。大雨のさなかでしたからね。一旦豪雨が止んでみれば、快晴一番、いかにも熱くなるぞお、と言わぬばかりの日差しがまぶしく厳しい。「庭の千草」ならぬ「庭の雑草」に関しては日を改めて、蛮声を張り上げるつもりです。「千草」というのは「➀いろいろの草。多くの草。やちくさ。➁露草のこと」(デジタル大辞泉)で、唱歌の原曲はアイルランドの詩人トマス・ムーア(1779―1852)が作った「夏の最後のバラ」だとされます。
【斜面】夏の草刈り 松本出身の歌人、窪田空穂がこんな歌を残している。〈雲よむかし初めてここの野に立ちて草刈りし人にかくも照りしか〉。東京から帰省したある夏の日。澄んだ空に浮かぶ白雲に託して、遠い昔の開拓者の労苦に思いをはせたという◆夏草はぐんぐん伸びる。民家の敷地周りや田んぼのあぜ、土手は、刈っても刈っても、たびたび手を入れなければ追いつかない。歌が詠まれた明治時代と違って今は刈り払い機があるから作業はずっと楽になったはずだが、炎天下、どっと汗が噴き出す◆長野市内の集落で作業を手伝った。手を休めて一息つくと、やぶに埋もれゆく棚田と空き家が目に入る。これでは鹿やイノシシ、熊だって里に下りてくるわけだと納得してしまう。「もったいないよな」。代々、ここで暮らす住民が、緑にのまれる開墾の跡を見やってつぶやいた◆人口減にはあらがいようもない。ただ、山や里は人間が生きる上で欠かせない水と空気、食料を育む場だ。自然に囲まれて子育てしたいと移り住む若手もいる。できる範囲だけでも、少しずつ「ずく」を持ち寄り、楽しく手入れする妙案はないだろうか◆そう思って本紙記事を探してみたら、ボランティアや事業で草刈りを応援する試みが各地にあると知った。会員制で畑や空き家を住民が管理したり、自治体が外部の協力者を募って集落の共同作業を手伝ったり。動物を近づけさせないよう高校生が刈り払いを担う例もある。とても心強い。(信濃毎日新聞・2026/08/14)
(⁑「庭の千草」 歌・関屋敏子:https://www.youtube.com/watch?v=qZADqU9GfkQ&list=RDqZADqU9GfkQ&start_radio=1)(小学校唱歌、作曲は里見 元歌はアイルランド民謡。(1884年発刊)

◎ 関屋敏子(せきやとしこ)(1904―1941)= ソプラノ歌手。東京生まれ。祖父はフランス貴族ジャンドル将軍で、15世市村羽左衛門(うざえもん)は母の兄にあたる。幼時、三浦環(たまき)に師事し、東京音楽学校中退後は、歌をアドルフォ・サルコリ、作曲を小松耕輔(こうすけ)に師事。27年(昭和2)ミラノに留学、スカラ座の試験に合格し、プリマドンナとして各地を巡り、29年に帰国。翌年、山田耕筰(こうさく)指揮・演出の『椿姫(つばきひめ)』に藤原義江(よしえ)と共演し、天性の美貌(びぼう)と美声で名声を博した。以後、欧米はじめ日本、アジア各地で精力的に演奏活動を行うかたわら、オペラ『お夏狂乱』、歌曲『野いばら』『浜唄(はまうた)』などを作曲した。37年柳生(やぎゅう)五郎子爵と結婚したが4年で協議離婚。オペラ『巴御前(ともえごぜん)』の作曲を未完のまま、昭和16年11月23日睡眠薬自殺を遂げた。(日本大百科全書ニッポニカ)
IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

































