【国原譜】
原爆が投下された広島と長崎で平和祈年式典が営まれ、次は15日の終戦記念日だ。8月は戦争について考えさせられる時でもある。
長崎市長が「長崎を最後の被爆地に」と訴えていたが、今の世界情勢を見ていると、本当に大丈夫と言えるのか。ロシアによるウクライナ侵攻から4年半近くがたつ。
今年は米国とイスラエルがイランを攻撃して、いまだに解決していない。緊迫している中東情勢とともに、極東のわが国の周辺も中国や北朝鮮の動きが懸念されている。
いずれも核兵器を持った国々だ。先の平和式典に臨んだ高市首相は「非核三原則を堅持している」とあいさつしたが、将来に向けての明言は避けた。
戦後81年の今年は、戦前のような空気が漂っているようにも見える。防衛問題が声高に叫ばれるし、そのことに違和感どころか、「日本は大丈夫か」の声が大きい。
靖国参拝を続けてきた高市首相が、総理になってから一度も参拝できていない。中国など周辺国との関係を見ているからだろうが、今まで主張してきたことができないことに、忸怩(じくじ)たる思いだろう。(治)(奈良新聞・2026/08/11)

❶あえて、本日も奈良新聞を取り上げました。この「慰霊の日々」に、いったい総理大臣を輩出しているご当地新聞は何を騙(語)るか。いわば、これはぼくの「悪趣味」みたいなものといわれそうですが、当地新聞は何を書くか、ぼくにはあらかじめわかっています。多くを期待して、というのではなく、相も変わらない「提灯持ち」新聞で押し通すのであろうと。どこの新聞でも「唯一の戦争被爆国」とはいうけれど、その原爆を投下した国がどこなのかをはっきりと断言しないものが少なくなかった、その理由は何だろうか。現首相も、「81年前の朝、一発の原子爆弾によって、広島の日常は一瞬にして断ち切られ…」(8月6日、広島で)「81年前の今日、長崎の地に投下された一発の原子爆弾により、多くの方々の貴い命が失われました」(8月9日、長崎で)とあるごとく、まるで天から自然に原子爆弾が降ってきたとでも言いたそうにしている、その書きぶりは、きっと、もはや・すでに「報道統制」が暗黙の裡に、あらかたのメディア筋にできあがっているのでしょう。そして奈良新聞の「国原譜」の言いたかったことは、最後に出てきます。
「靖国参拝を続けてきた高市首相が、総理になってから一度も参拝できていない。中国など周辺国との関係を見ているからだろうが、今まで主張してきたことができないことに、忸怩(じくじ)たる思いだろう」と、その心中を思いやって(思い図って)いる始末。今の時期の彼女の心中からすれば、「靖国は参拝する」であろうとぼくは見る。でも、行きたくても行けないという事情もあって、さて、どうしますか。彼女は「靖国オタク」ではないと見ています。「参拝」することのほうが政治家としての立場を有利にするという、「靖国への慰霊」を政治利用しているだけのこと。歴代の多くの首相に倣っているだけのことです。その意味は、「昭和天皇」は靖国参拝を、ある時期から辞めました。はっきりとした理由があったからです。それに反して、歴代首相の多くは「参拝の可否(有無)」決断は、自らの政治的立場上の有利不利を考えてのことだった。とするなら、最も許しがたい、「死者」の政治利用だったことは明らかではないでしょうか。

(*「昭和天皇が1988年に、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)について強い不快感を示し、「だから私はあれ以来(註1985年)参拝はしていない」などと語っていたとされるメモが、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)の手帳に残されていたことが分かった。昭和天皇は78年にA級戦犯が合祀されて以降参拝しなかったが、その理由はこれまで明らかになっていなかった。間接的なメモとはいえ、昭和天皇の合祀についての考えが公になったことで、今後のA級戦犯分祀論議や首相の靖国参拝問題などに影響を与えそうだ。/メモは、日本経済新聞社が遺族から入手し、20日の同紙朝刊で報じるとともに、同日写真で公開した」)(「昭和天皇の靖国参拝取りやめ、A級戦犯合祀が理由」日経新聞・2014/09/09)
現首相が「参拝するか、しないか」、それはご当人にしかわからない性格のものであろうし、それを他人が予断することは、ぼく自身も避けたいと思っています。でも、強いて余計なことを言うのですが、彼女は「参拝する」と思う。でなければ、彼女の政治姿勢が「張りぼて(見かけだけのものや人、の意)」だったことが内外に明らかにされるでしょう。どちらにしても「犠牲者(御霊)の政治利用」であることに変わりはないのですが。
【夕歩道】
9日の長崎市「原爆の日」平和祈念式典のあいさつを忘れまい。「今、地球上に存在する核弾頭は1万2千発以上。なぜ、これほど残酷な兵器に固執する国があるのでしょうか」と鈴木史朗市長。
グテレス国連事務総長は「世界の軍事費は急増し、2025年に2兆9千億ドルに達しました。そして核兵器によるどう喝が横行しています」。8年前、氏は事務総長で初めて長崎の式に出席した。
被爆者認定の不条理がいまだ残ると問うたのは平田研知事。「なぜ、広島で黒い雨に遭った方々が被爆者として認められ、長崎で同じ事情にあった方々が認められないのでしょうか」。戦後81年。(中日新聞・2026/08/10)
❷ 今なお、被爆者と被爆体験者という、長崎に特有の政治判断が、同じ「原爆被爆犠牲者」をいたずらに苦しめています。いわば「二重の被害者」としているのです。二重基準を設けた背景についてはここでは詳細は述べません。その方々の「救済」を政府はどうするか。いくつもの裁判はまだ続いています。あらゆる問題にどのように対応することが、自らの政治活動に有利か不利か。多くの政治家の判断基準はここにしかないのであって、この基準において、現首相は人後に落ちないどころか、図抜けている(「八方美人」?)とも思われます。「『被爆体験者』の皆様に対しましても、被爆者の方々と同等の医療費助成を、着実に実施してまいります」(「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典挨拶」2026/08/09』)

◎ 被爆体験者(ひばくたいけんしゃ)= 1945年(昭和20)の長崎への原子爆弾投下時に、爆心地から半径12キロメートル圏内にいながら、国が定めた被爆区域(爆心地から南北に約12キロメートル圏内、東西に約7キロメートル圏内の楕円形状)外にいた人たち。原則として被爆者とは認定されず、被爆者健康手帳を交付されない。被爆体験者は「放射線による直接的な身体への健康被害はない」とされており、健康状態に応じて被爆者に給付される健康管理手当、介護手当、葬祭料などの援護施策は受けられない。ようやく2002年度(平成14)になって、年に1回、健康診断のみで精密検査は対象外という「第二種健康診断受診者証」が発行されるようになった。この受診者証をもち、さらに健康診断の結果、被爆体験による特定精神疾患にかかっているとされた人にのみ、「被爆体験者精神医療受給者証」が交付され、被爆者と同等に、ほとんどの疾病の医療費(自己負担分)が無料となった。/なお、同じ被爆地の広島では、国が定めた被爆区域外で、原子爆弾投下直後に広島と長崎に降った、放射性物質を含む雨(いわゆる「黒い雨」)を浴びるなどした人は被爆者に認定(国の上告断念により2021年の広島高等裁判所判決が確定)されており、被爆体験者制度は設けられていない。/長崎の被爆後の施策をめぐっては、2000年代初頭から、「被爆者」との援護措置の差が大きいとして、「被爆体験者」から救済を求める声が後を絶たず、2007年以降、相次いで被爆者健康手帳の交付(被爆者認定)を求めて訴えが起こされた。2019年の最高裁判所判決で被爆体験者(原告)の敗訴が確定したものの、その後、一部被爆体験者が再提訴し、係争が続いている。ただし、前述のように2002年から長崎被爆体験者支援事業が開始され、「被爆体験者精神医療受給者証」をもつ人には被爆者並みに医療費が給付されるようにはなっている。(↷)

もうひとつの被爆地である広島では、2021年に「黒い雨」訴訟で原告勝訴が確定したため、翌2022年4月には、黒い雨にあい、かつ、「11種類の障害(代表的な疾病:再生不良性貧血、肝硬変、悪性新生物、甲状腺(せん)機能低下症など)」のいずれかにかかっているという二つの要件を満たす人には被爆者健康手帳が交付されることになった。/一方、長崎では2023年4月から、「被爆体験者精神医療受給者証」をもつ人に限って、胃がん、肝臓がんなど7種のがんに対して医療費の助成が始まり、また、長崎県外に転出しても継続して援助が受けられるようになった。さらに、長崎地方裁判所は2024年9月に、被爆当時に長崎市の東側でも、「黒い雨」による被害があったとして原告の一部を被爆者と認め、手帳を交付するよう命じた。国はこの判決を受け入れず控訴したが、同年12月には被爆体験による特定精神疾患の要件を撤廃し、「11種の障害」のいずれかを伴う疾病にかかっている被爆体験者については、被爆者と同等の医療費給付が受けられるようにした。しかし、長崎では、すべての被爆体験者を被爆者と認定するよう求めており、被爆体験者訴訟は解決には至っていない。2024年(令和6)3月末時点で被爆体験者は約6300人。(日本大百科全書ニッポニカ)
【凡語】赤い夾竹桃 夏空の青に、花盛りの夾竹桃(きょうちくとう)が映える。81年前の朝も、<真っ赤だ>と長崎医科大(現長崎大)の永井隆博士は書きとめた。ただ<血の色に咲いて>とも添えた▼直後の原爆さく裂で<現在が吹き飛ばされたばかりでなく、過去も滅ぼされ、未来も壊された>。重傷を負いながら救護に当たるも、子らの行く末を案じつつ6年後に力尽きた▼残虐な放射線はおびただしい命を奪い、生をつないだ被爆者を苦しめ続けた。長崎を最後の戦争被爆地に-の願いを踏みにじり、大国は核兵器使用の脅しを強め、廃絶の願いを遠のかせている▼むごさを誰より知る日本でも、国是とする「非核三原則」の見直しを探る政権が生まれた。高市早苗首相は被爆地広島に立ち、今後も堅持するか「予断は差し控える」と言葉を濁した▼中国、北朝鮮など核保有国に囲まれた「地政学上の現実的対応」だと、核による抑止論が与党内で声高だ。ちょっと待って。核を向け返せば惨事を防げるのか。相手を上回ろうと軍拡を競い、先に攻撃される疑心暗鬼や過誤から戦端が開かれてきたことは、幾多の史実が証明している▼前広島県知事の湯崎英彦さんは「脅威を取り除く廃絶こそ現実主義」と訴え続ける。焦土でいち早く花開き、希望をもたらした夾竹桃を三たび焼いてはなるまい。(京都新聞・2026/08/09)

➌ 「(核兵器の)むごさを誰より知る日本でも、国是とする『非核三原則』の見直しを探る政権が生まれた。高市早苗首相は被爆地広島に立ち、今後も堅持するか「予断は差し控える」と言葉を濁した▼中国、北朝鮮など核保有国に囲まれた『地政学上の現実的対応』だと、核による抑止論が与党内で声高だ」(「梵語」)という姿勢を隠さない。さらに加えると、「我が国は、『非核三原則』を堅持しており、『長崎を最後の被爆地に』という誓いの下、『唯一の戦争被爆国』の使命として、『核兵器のない世界』の実現に向けた現実的かつ実践的な取組を推進しています)(長崎での「挨拶」で、8月9日)今は「…堅持しており」、今は「…取り組みを推進しています」と言ってのける厚顔さです。(左図は中国新聞・2026/01/10)

広島における「記者会見」では「非核三原則について『政府としては政策上の方針として堅持している』と述べた。(「国是」ではないということ?)年末に予定する国家安全保障戦略など安保関連3文書の改定で非核三原則を見直すかどうかを問われ、『年末に向けて検討を進めている。書きぶりなどについて予断するということは差し控える』と述べるにとどめた」(毎日新聞・2026/08/06)
この後、8月15日が巡ってきます。「日本劣島を強く豊かに」と戦い進めている首相陣営にとって、帰趨はすでに決していると思われます。「象徴天皇」「慰霊天皇」は、強い国家の形成には有害・無益な存在だからといわぬばかりに、「今上天皇」にあからさまな敵意を持っているのでしょうか。「今上」を「きんじょう」と読むのが習いでしょうが、それをあえて、「こんじょう」と読む「総理大臣」とは何でしょうか。「無知なだけでしょうか」「いいえ、無能かも」
(右は昨年の「全国戦没者追悼式」日本武道館にて・2025/08/15)
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