世をいとふ 心薊(あざみ)を 愛すかな

【小社会】個性はいろいろ 数年前に高知市の小学校で性教育の授業を取材して、少し驚いたことがある。対象は6年生。児童への事前アンケートを基にしたテーマには、こんなものもあった。「好きな子が同性でもいい?」 20歳以上を対象にした今年の民間調査では、性的少数者の割合は1割程度だったという。学校で考えるとクラスに1~2人の割合。多様な性の在り方を耳にする機会も増え、関心を持つのは自然なことなのだろう。 性の多様性には多くの教科書も触れている。中学3年の英語では米国の人気歌手テイラー・スウィフトさんの曲を紹介。歌詞には性的少数者への擁護など社会的メッセージがあると解説している。 小学6年の社会では、「性的少数者をめぐる差別もなくしていかなければなりません」。教育現場は社会の変化や差別に向き合おうとしている。 だからこそ、国の後ろ向きの姿勢が目につく。性的少数者への理解を促すLGBT理解増進法に基づく基本計画。保守系議員の反発があり、法の施行から3年近く棚上げされていた。ようやく策定された計画だが、地域や学校での啓発推進や相談体制の充実といった既存の施策が並ぶ。多数派の「不安」を前提にしたかのような記述も。どうしても本気度に疑問符が付く。 当事者が願うのはただ、ありのままの自分が尊重されることだろう。授業の講師の言葉を思い出す。「個性はいろいろ。自分を大切にして」(高知新聞・2026/06/19)

+++++++++++++++++++++++++

 表題句は子規作。とてもは平凡な心持を謳ったものとも思われますが、ぼくには少し異なった叫びが伝わってきます。子規さんがどういう気持ちを表明したのか、ぼくにはよく理解できないところがありますが、この「薊(アザミ)」の花そのものが受容されてきた(来なかった)、「花の運命(不遇)」のようなものを感じさせられていました。この花を知ったのは、はるかに遠く、まだ小学校に入る前のことだったと思う。能登半島の田舎には、季節(春・夏・秋)を問わず、いたるところで咲いていたのを覚えている。当然のように、花の棘(とげ)に酷く傷つけられた記憶もぼくの脳細胞には刻まれています。

 「世をいとふ心」とはどのようなことだったろうか。そんな自分(子規)の拗(すね)た気持ちが「薊(アザミ)」に引き寄せられるというのでしょうか。子規が詠んだのは「薊」であって「野薊(ノアザミ)」とは限定されない。「世を厭う」という物言いは「世間から離れる」ということから、時には「出家」「遁世」を指しても言われました。まさか、子規さんにはそんな秘められた思いがあったとはぼくには考えられませんが、早くに宿痾(脊椎カリエス)に侵され、やがて身動きすらできなくなった自らの運命を、決して、誰からも好まれるとは思われない「薊」に寄せたとも、ぼくには受け取りたい気持ちがあります。もちろん、穿(うが)ち過ぎだと、ぼくもわかっているのですが。

 この花に対して、子規作品とは別の視点をぼくに与えてくれたのが歌謡曲「あざみの歌」(1949年発表)でした。八洲秀章(やしまひであき)さん(1915~1985)の詩(詞)には、薊(アザミ)に寄せる深い仔細を感じさせるものがありました。彼は戦後、復員したのが長野県下諏訪町(八島高原)だった。この歌も、ぼくは早い段階から口ずさんでいました、たぶん小学校低学年頃です。「山には山の 愁いあり 海には海の 哀しみや」、そこには、いったいどういう含意があったのでしょうか。

 繰り返し歌詞を読んでいるうちに、「薊(アザミ)」には他の花にはない、深い悲しみがあると作詞家は直感したのだと思ったのです。本日の高知新聞のコラム「小社会」を目にした瞬間に、ぼくは「あざみの歌」(伊藤久男さん・歌)を想起しました。飛躍しすぎだといわれようが、そう感じたのですから、正直に心情を吐露するほかないと思うのです。こんな捉え方は間違いだろうし、あるいは大方の非難を浴びるのを承知で、「あざみ(の歌)」に、「少数派」とされる人たちの悲しみと愁いを感得しました。歌の解釈は、当たり前に読めば「高嶺の花」とされる愛しい人(女性)に寄せる思いの深さを奏でたものでしょう。

 でも、あえてぼくは「薊の花」に託した、心浮かばれない人々の胸の内(衷心からの願い)を見出した。この歌はもちろん伊藤久男さんの持ち歌であり、彼の抜群の歌唱力をぼくは好むものですが、ここでは、まずソプラノ歌手の秋本祐希さんで聴いてみたく思いました。(作詞:横井弘・作曲:八洲秀章)(歌:伊藤久男)(1949年発表)(⁑秋本祐希・歌「あざみの歌」)(子のヴィデオはぼくには目障りですから、眼を瞑(つむ)って聴くことにしています)
https://www.youtube.com/watch?v=auTJlHD8yd0&list=RDauTJlHD8yd0&start_radio=1)(⁑「あざみの歌」(昭和24年)伊藤久男)(https://www.youtube.com/watch?v=v3kXcsb7hWY&list=RDv3kXcsb7hWY&start_radio=1

* 蛇足 コラム「小社会」の記事の最後に「当事者(性的少数者)が願うのはただ、ありのままの自分が尊重されることだろう。授業の講師の言葉を思い出す。『個性はいろいろ。自分を大切にして』」とあります。取り立てて異をとなえることもない、当然の主張を紹介されたと思います。しかし、あえて指摘したいのは、「個性はいろいろ」という、その「個性」について。仮に、ここに「野薊(ノアザミ)の花」が10本あったとして、です。言うまでもないこと、同じ種に属していても、一本として同じ花はありません。それぞれが違うのは、誰も知っているでしょう。それを「花の個性」などとは言わないのは、違っているのが当たり前だからです。

 「世界に一つだけの花」と、あるグループが謳っていましたが、どんな花だって「世界に一つだけ」しかないのであって、わざわざ言う必要のないこと。要するに、だれかれの個性という表現は、ぼくに言わせれば、まるで「同語反復」ですね。つまりは「トートロジー(tautology)」でしょう。「雨の降る日は天気が悪い」と言われれば、「それっておかしいでしょ」と切り返したくなりませんか。「力とはパワーだ」というのはどこかの防衛大臣ですか。人間を大事にしない社会ですから、「個性尊重」というしかないのでしょうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◎ ノアザミ(のあざみ / 野薊)[学] Cirsium japonicum DC.= キク科(APG分類:キク科)の多年草。茎はやや花茎状で直立し、高さ0.5~1メートル。葉は羽状に中裂し、縁(へり)の鋸歯(きょし)は先が鋭い刺(とげ)になる。根出葉は花時にも残る。花期は5~8月。数多いアザミのなかで、春に咲くのは本種のみである。頭花は紅紫色で径約3センチメートル、管状花のみからなる。総包片は直立して先端は刺になり、背部に粘着質を分泌し、粘り付く。山野にごく普通に生え、本州から九州に分布する。古くから野草の代表として、絵の対象にされている。本種をもとに改良された園芸品種ドイツアザミは頭花の色が濃色の鮮かなもので、切り花に使われる。(日本大百科全書ニッポニカ)

あざみ【薊】= 〘 名詞 〙 キク科のアザミ属の多年草の総称。高さ〇・六~二メートル。葉は概して大形で羽状に裂け、縁に切れ込みがあり刺(とげ)が多い。花は通常紅紫色で、小さな管状花が集まった半球形の頭状花。北半球に約二百種。日本には約六十種ある。最もふつうに見られるのはノアザミで、フジアザミ、ドイツアザミなど。スコットランドの国花。《 季語・春 》(精選版日本国語大辞典)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 (上の図表の出典は「朝日新聞SDGs ACTION!」:https://www.asahi.com/sdgs/article/14564464

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

袖振り合うも他生(たしょう)の縁

【日報抄】その朝のバスは、数人が立つ程度の混み具合だった。ある停留所で後方に座っていた女性が降車した。若い男性が空いた席に座ったが、すぐに立ち、前方のドアから降りようとする女性に駆け寄り、「傘忘れてませんか」と声を掛けた。彼が離れた席には、別の客がすかさず座った▼数年前、バスを降りようとした女性客が倒れたことがあった。たまたま病院近くの停留所だったため、運転士が近くにいた乗客と協力して病院に救急対応を掛け合った。10分ほどして運転士が戻ると、サラリーマン風の男性が「いつまで待たせるんだ」と怒声を上げた▼バスは老若男女、さまざまな人が乗り合わせる。互いに知らない同士ながら、狭い空間で人と人との距離はひどく近い。人間社会がぎゅっと凝縮しているような場所かもしれない▼前述したバスでの出来事では、ざらついた気持ちが生じた。乗り合わせた一定程度の人が同様に感じたのではないか。空いた席に真っ先に座った人や、運転士に感情をぶつけた人にも、それぞれ事情があったのかもしれないけれど…▼見ず知らずの他人の心境を「わがこと」として実感するのは難しい。けれど同じバスに乗り合わせれば、言葉を交わし合わなくても、少し想像力を働かせることができる▼そんなことを考えながら、今日もバスに揺られる。自分が見る景色に他人がいるように、同乗者の視界に自分が入っていることを意識する。自分がこの世界でどう振る舞うべきか、自問自答する時間でもある。(新潟日報・2026/06/18)

+++++++

 このコラムを読んだ人は、どんな感想を持ったでしょうか。人それぞれですから、このような「出来事」「日常風景」に対しても、いろいろな受け取り方や批判などを持たれるだろうと思う。ある出来事(場面)に対して、だれもが一様の「感情」「評価」を下すことは滅多にない。車内で席が空けば、自分が座るのが当然とみなす人もいるだろうし、自分以外の、別の人が座るのにふさわしいと考える人もいるでしょう。車内で突然具合が悪くなった人がいたら、真っ先にその人を助けるために行動する人もいるでしょうし、関わりたくないと思う人もいる。運転手であれば少なくとも、起こった事態に責任をもって対処するように訓練されてもいるでしょう。人助けに手間取ったのに対して、運転手に向かって「いつまで待たせるのか」と声を荒げた人は非難されるべきでしょうか。予定時刻(仕事)に遅れることを恐れて、どうしても「文句を言ってしまった」のかもしれないし、言ってしまって「気が済んだ」かもわかりません。

 コラムを書いた人がどういうつもりでこの場面を文章にしたか、多くの人には明らかでしょう。「見ず知らずの他人の心境を『わがこと』として実感するのは難しい。けれど同じバスに乗り合わせれば、言葉を交わし合わなくても、少し想像力を働かせることができる」、というのはすごく真っ当な指摘でしょう。だから、そのようになっていない状況に対して、いささかの不満や批判を持たれていることは明らかだし、「もう少し、他者の気持ちを分かってほしいものだ」ということだったでしょうか。ぼくはしばしば、誰彼に対しても、ぼくたちの社会においてはお互いに向かっての「惻隠の心(情)」が足りないなどと不満を表してきました。要するに、今日は特に都会においては、「同情」が足りない社会だという意味だとぼくは考えているからです。今回は「乗り合いバス」の一場面ですが、そこにも「他者」への振る舞いにはそれぞれの対応が見られ、その多くは「自分ならこうする」という、咄嗟の判断ができない人に対する、ある種の批判や非難めいた物言いがコラム氏の言い分に感じられたのでした。

◎ 惻隠の心 = 人の不幸を見てかわいそうだと思う、人間として当然の感情。[使用例] 惻隠の心は、どんな人にもあるというじゃありませんか。奥さんを憎まず怨まず呪わず、一生涯、労苦をわかち合って共に暮して行くのが、やっぱり、あなたの本心の理想ではなかったのかしら[太宰治*竹青|1945][由来] 「孟子―公こう孫そん丑ちゅう・上」の一節から。「もし、小さな赤ん坊が井戸に落っこちそうになっているのを見たら、だれだって『惻隠の心』を持つはずだ。それは、その子の両親に取り入りたいと考えたからとか、世間の評判を気にするからとかではない。この『惻隠の心』こそが、『仁』の出発点なのだ」と述べています。これは、「孟子」が唱える性善説の大きな論拠となっています。(故事成語を知る辞典」)

 ぼくはほぼ半世紀近くも電車やバスに乗って通学・通勤していましたから、このような場面にはいつも遭遇していたと思います。若いころなら、空いているなら座りましたが、混雑していれば、ぼくは大体は座らないでいることがほとんどでした。歳をとっても基本は変わらないままでした。立つ人がいるような場合は、ぼくも立っていたと思う。ぼくは酒飲み人間だったから、同じ交通手段を使うなら「始発駅」(終着駅)から乗りたいものと、四十歳頃だったかに、ある沿線の「始発・終点」駅の傍に引っ越しをしました。通勤時間は約一時間。朝は時間通りに始発電車を利用しましたから、ほぼ座ることができました。帰りも多くは終電(午前零時)だったので、これもゆっくり座って帰ることができました。この電車通勤でも恥ずかしい酔態や醜態はいくらもありますけれど、それはそれ。社内が空いていれば座る、自分が座っていて、座ることを求めている人がいると思えば、ぼくは立つ、そんな態度をとっていたようでした。何時間も橘詰ということではないんですから、そんな心持ちだったと思います。

 コラムに描かれたような場面に何度も出会いましたが、ぼくはどうしたでしょうか。若いころから、「困った人がいたら手を貸す」、それを徹底してきたように思う。若い学生たちに対して、ぼくはいつだって尋ねていました、「いい人って、どういう人を指しますか」って。多くの学生は即座に答えることがなかったと思う。不思議でしたね。そんなに難しい質問ではないのに、彼や彼女たちはすっかり考え込んでしまっていた。ぼくは意外な感を持ったし、どういうことだろうかと考え込んでしまったものでした。「困った人がいたなら、できる範囲で手を貸す(助ける)」、そんな人をぼくは想定していたものですから、ずいぶん困惑したことを記憶しています。

 ぼくたちは否応なく、「集団(社会)」の中で生活していますから、他者への「思いやり・気遣い」がなければ、とても気まずい雰囲気の中で暮らすことになります。要は「他者への思いやり(惻隠の情)」が欠けると、とてもぎすぎすした気分で過ごすことになるので、それは避けたいということでした。ぼくたちの身の周りは、99%は赤の他人であることが多いでしょう。そんな他人に「惻隠の情(compassion)」もあったものではないといわれそうですが、「袖ふり合うも他生の縁」とも言いますから、赤の他人というような関係に囲まれて自分は生きているのだという現実を肯定したくなります。もちろん、いろいろな「他人」がいますから、ことは単純ではない。

 一例ですが、これまでにぼくは4回引越しをして現在地にたどり着きました。徐々に都会から離れて行くという感覚でしたね。今では、ぼくの隣人は「イノシシ」「アライグマ」「ハクビシン」「タヌキ」などなど。ここにきて、漸く落ち着きを得ることができたと感じています。それまでは「隣近所に対して、気まずい思い」を抱きながらの暮らしを強いられていたと思う。もちろん、隣近所の人たちもぼくに対して同じような「気まずさ」を持たれたと思います。お互いですね。

 八十を超えた老人から見れば、確実に世の中の雰囲気は「殺伐(さつばつ)と」してきたといえそうです。その理由はどこにあるか。直接的には「近所づきあい」が希薄になったということだし、間接的には長く経験してきた「学校教育」の競争的性格(雰囲気)が、決して人間性の発達(成長)にとってはいい影響を及ぼさなかったと、ぼくは実感している。ではどうするか。解答(正解)はありませんね。今のままでも、相当に社会集団機能が瓦解しているのですから、事態が行き着くところまで行くほかに方法はないでしょうね。一例ですが、欧米諸国を相手に戦争を仕掛け、完膚なきまでに負けた、そのような経験を、おそらくはもう一度は誰彼なくするのでしょうか。

 ぼくはそれは望まないし、そういう事態になるまで生きながらえているとは思われません。しかし、現在の若い世代もまた「壊れてしまった状態」からものごとをはじめる、そんな「よしなしごと」を漠然と考えているんですね。事は、ある朝の乗り合いバスの一風景に終わらない、「深い崩壊」にまでつながる、社会集団の基盤の亀裂・損壊が生じているのを感じるのです。

+++++++

そで【袖】 振(ふ)り合(あ)うも=他生(たしょう)[=多生(たしょう)]の縁(えん) = 道を行く時、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのだということ。袖すり合うも他生の縁。袖の振合せも他生の縁。(精選版日本国語大辞典)

袖振り合うも他生の縁 = 道を歩いていて見知らぬ人とすれ違うのも、前世からの因縁による。行きずりの人との出会いやことばを交わすことも単なる偶然ではなく、縁があって起こるものである。[解説] 「袖振り合う」は、別れを惜しんで互いに袖を振るのではなく、人と人がふれあう、あるいはすれ違う意です。「袖の振り合わせも…」、「袖擦り合うも…」とも言いますが、ことわざの意味は変わりません。「他生」は現世を基点に前世、来世をさし、ここでは前世のことです。「多生」と書く場合は、六道の間で何度も生まれ変わることを意味します。これに続けて「つまずく石も縁の端」ということもよくありました。/日本の文化が仏教の影響を深く受けてきたことをあらためて感じさせる表現ですが、今日では、仏教的な深い意味は特に意識せず、これも何かのご縁というぐらいの軽い気持ちで使われることが多いといえるでしょう。(ことわざを知る辞典)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

驕れる人も、猛き者も、亡じにし者ども

 徳寿寺でナツツバキ見頃 20、21日には沙羅の花祭り 平家物語の「沙羅双樹(さらそうじゅ)」になぞらえられるナツツバキが徳寿寺(岡山市北区一宮)で見頃を迎え、純白の花が涼やかな風情を漂わせている。20、21日には境内で恒例の「沙羅の花祭り」が開かれる。/ナツツバキはツバキ科の落葉高木。直径5センチほどの花が早朝に咲き、夕方には散る「一日花」で、そのはかなさから世の無常を表すとされる。/境内では檀家(だんか)らが植樹した高さ5~10メートルの7本を栽培。今年は例年より開花が早く、3日ごろから花を付け始めたという。今月いっぱい楽しめる見通し。(中略)/ 嵯峨山智昭住職(68)は「梅雨で蒸し暑くる時期だが、美しい花を見て心を癒やしてほしい」と話している。(綱島朱里)(山陽新聞で示達・2026/06/16)

 拙宅にも一本、門柱わきに健気にも次々に花をつけて咲いてくれています。苗から育てたもので、まだ十歳くらいですから、木の高さは2メートルほど。先端(梢)をつまんである。あまり大きくはならないといいのですが、それでも上へ横へと伸びしろが早いのにも驚きます。文字通り「夏の椿」と目を見張ります。真っ白の花を咲かせ、一日で、ぽとりと花ごと落ちてしまう。京都花園妙心寺だったかにも、ものすごい勢いで咲いて散る「ナツツバキ」を見たことがありました。別名は「沙羅(さら・しゃら)」というらしい。これと「沙羅双樹」を混同して、今でも世に堂々と通用しているのですから、「偽物」「本物」の別なく、「物あれば名あり」という次第で、これが例の「祇園精舎の鐘の声 沙羅双樹の花の色」と詠じられたか、たしか妙心寺でもそういわれていたような気もします。半世紀以上も前の記憶ですから、真偽のほどは、いかにも怪しいですね。

 ところが、一週間ほど前に、その妙心寺で「沙羅の花を愛でる会が開かれた」というニュースがありました。間違えたままの方が「風情」があるといわぬばかりの報道ぶりです。この花は別名を「シャラ」とは言いますが、「沙羅双樹」とは別物とは面倒だし、紛らわしいというのでしょうか。五十年前に見た「シャラ」は小ぶりな可憐な樹木と花という印象でしたが、今では大変な成長ぶりで、お寺の資金稼ぎの一助になっているんですね。別の年に撮られた写真を引用しておきます。ナツツバキは沙羅双樹だというのは間違いと、お寺も、あえて「訂正」するという無粋なことはしないようですね。このお寺は「花園」というJR駅近くにあり、ぼくの住んでいた家からも徒歩圏でした。落花の姿は決して美しくないどころか、醜悪でさえあります。これを観に来て精進料理を食す。まるで「祇園精舎の…」の雰囲気を味わうがごとく、命の儚(はかな)さを満喫していくのでしょうか。もう少し足を延ばせは、花街「祇園」もありますし、綺麗なお姉さん(沙羅さん)たちもたくさんいやはるし。

 (下の写真は「「盛者必衰」 沙羅双樹の花が見頃、京都・東林院」「妙心寺の塔頭・東林院で始まった「沙羅の花を愛でる会」。本堂の庭に咲いた沙羅双樹の花を多くの拝観者らが眺めていた=12日午前、京都市右京区(渡辺恭晃撮影))」(産經新聞・2023/06/12》

 「沙羅双樹(さらそうじゅ)の寺」として知られる妙心寺の塔頭(たっちゅう)・東林院(京都市右京区)で11日、「沙羅の花を愛(め)でる会」が始まった。本堂の前の庭にある十数本のナツツバキの木から白い花がコケに落ちて浮かび、はかない美しさをみせている。/ナツツバキは日本の寺院などで、釈迦入滅の時に花を咲かせた「沙羅双樹」に見立てて植えられてきた。朝に咲き、夕には散る。平家物語の冒頭に無常の象徴として登場する「沙羅双樹の花」はナツツバキの花だという説もある。仏教の三大聖樹の一つとされるサラノキとは別の植物だ。/会は梅雨の季節に合わせた恒例行事で今回で50回の節目になるという。西川玄房住職は、「花をみて一日一日を精いっぱい、悔いのないように、大切に生きていただきたいです」。24日まで。拝観料は抹茶と特製菓子付き1600円、これに精進料理が付くと6300円。問い合わせは東林院(075・463・1334)。(清水謙司)(朝日新聞・2026/06/11)

◎ ナツツバキ(なつつばき / 夏椿)([学] Stewartia pseudocamellia Maxim.)= ツバキ科(APG分類:ツバキ科)の落葉高木。シャラノキ(沙羅樹)ともいうが、サラソウジュ(沙羅双樹)の名で利用されることがあり、真正のサラソウジュ(フタバガキ科)と混同されることが多い。

 樹皮は赤褐色で滑らかである。葉は互生して枝先につき、楕円(だえん)形で長さ約10センチメートル。夏、新枝の葉腋(ようえき)に径約5センチメートルでツバキに似た白色花を1個ずつ開く。萼片(がくへん)、花弁ともに5枚。雄しべは多数あり、花糸の基部は花弁に合着する。雌しべは1本で、花柱は5裂する。子房は上位で、白毛を密生する。蒴果(さくか)は宿存萼に包まれ、10月ころ茶褐色に熟すと、5片に裂開する。種子は卵形で先はとがり、狭い翼がある。山中に生え、東北地方以西の本州から九州、および朝鮮半島に分布する。庭木として植えられ、材は床柱、器具、彫刻に用いる。(日本大百科全書ニッポニカ)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 話題は急展開します。

 いつの時代でも、何でこんな人がと言うような「食わせ者・物」が出現するものです。時には一国の首相や大統領にまでなる。というか、食わせ者ですから、選ぶ側が「これは美味しい」と吟味もしないで食べたがるという不始末が、こういう輩を排出させてきたのですし、いまもこの出鱈目は、この国では続いているのです。とんでもない主義や主張を並べ立てて、国会議員になるものは引きも切らず。あるいは地方の首長に成りあがるものも後を絶たずでしょう。その多くは選んだ側が悪かったのだが、その反省が見られないようであるのは、それほどに「人を選ぶ」、つまりは見る目を養うことが難しいということの証明であり、かつ選ばれた側には「選ばれた責任」を感じ取る「センス(感性)」が備わっていないことが多いのは、この国この時代の「尽きせぬ病理」とでも言っておきましょうか。

 ただ今、W杯がカナダ・アメリカ・メキシコの共催で開かれているようです。だから、「お前はレッドカード」だという判定が耳目を集めるのでしょうか。厳しくしなくとも、当たり前の基準に照らせば、きわめて多数の「選手」ならぬ「選良(議員たち)」は、オフサイドやファールを犯して、「レッドカード」間違いなしだし、「退場」宣告を受けるのが当たり前なんでしょうね。にもかかわらず、この「議員選挙ゲーム」の審判員(有権者)は目も耳も働かせないようで、まるで目に余る規則(ルール)違反にも、笛を吹かないどころか、「退場」だという声に対して、逆切れする始末です。そもそも、まともな試合になっていないのが、「議員選び」という競技でしょうか。(現行の「小選挙区制」は廃止ですね。次いでに「国会」も?)

【小社会】普通レッドカードだが… 台風が接近中、自治体の首長が県外へトライアスロンに行く。災害常襲地の高知県なら即レッドカードだが、この方の場合、そうではなかった。/以前、時代の寵児(ちょうじ)のごときヒーローとなった広島県安芸高田市の前市長。地元テレビ局はドキュメンタリー映像にも仕立てた。だが言うことなすこと実態は支離滅裂。市長の中傷に苦しみ、映像で悪役にまでされた女性市議のブログを読み返すと、よく分かる。/当初は応援者だった市議は市長の言動を諭して不興を買い、言ってもいない発言をでっちあげられ、ネットリンチにさらされる。
 トライアスロン騒ぎを巡る市長の発言にも仰天する。不在の問題を指摘した市議に、こう言い放った。「プライベートの詮索。キモいです」。この上ない侮べつ語と思うのだが、インターネット空間では逆に、市議を侮べつする編集動画が拡散され、リンチ攻撃へと燃え盛るのだから、始末に負えない。/いま首相周辺のネット戦略が問題視されている。擁護と批判の言説が入り乱れているが、ネットリンチにあうことを恐れ、国会もメディアも事実を検証せずに不問に終わらせると、今後も底なし、何でもありの世界が続く。
 Public servants(高知新聞・2026/06/17)

 広島の安芸高田市長時代の、この御仁の言行をぼくは運悪く目にすることがありましたが、「これが市長なんですか」という驚きと嫌悪感しか抱きませんでした。どこでどう間違ったかというなら、彼の経験した「学歴」こそが、彼の「逆上(のぼ)せ」「つけあがり」の根源だというほかないでしょう。どんな学歴かといえば、吐いて捨てるほどあるようなものなのに、その陳腐な学歴が彼をして「鼻持ちならない人間」に育ててしまったといえるのかもしれません。本当なら「選んではいけない人」と言ってしまえば、そうなんですが、それにしても、この「選んだらダメ」という候補者を、あえて・わざと選ぶのですから、有権者の能力が地に落ち切っているというばかりです。(左は安芸高田市役所)

 ネット時代だからというのではないでしょう。これまでにも「縛につく」ような「議員」は数知れず存在していました。それがネット時代に、この間の事情が一層明確になったというだけのことでしょう。上は総理大臣から下は村会議員まで、まさに「語るに落ちた」人々のために選挙があるような事態をぼくたちは経験しています。それにしても、公務員(議員もまた「特別公務員」です)は「(すべて職員は、)国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」(国家公務員法第96条)「Public servants」という職能を理解しているとはとても思われない人ばかりが、どうして「議員」になる・なりたがるんでしょうか。

 《いま首相周辺のネット戦略が問題視されている。擁護と批判の言説が入り乱れているが、ネットリンチにあうことを恐れ、国会もメディアも事実を検証せずに不問に終わらせると、今後も底なし、何でもありの世界が続く》と書くコラム氏は、誰に向かってモノを言っておられるのでしょうか。「先ず隗(かい)より始めよ」というじゃありませんか。

 《中国の戦国時代、郭隗(かくかい)が燕(えん)の昭王に賢者の求め方を問われて、賢者を招きたければ、まず凡庸な私を重く用いよ、そうすれば自分よりすぐれた人物が自然に集まってくる、と答えたという「戦国策」燕策の故事から》大事業をするには、まず身近なことから始めよ。また、物事は言い出した者から始めよということ》(デジタル大辞泉)

 投票行為は「有権者が審判(判断)」を下すことです。ぼくは常々、「ある候補者に投票するのは、審判を下すこと」と捉えてきました。「選挙は審判」(「国民の審判」)であり、「有権者は審判員(主審)」です。だから、とにかく有権者もまた「足元から、ことを始めなさい」というのでしょう。少なくとも選挙には「棄権(renunciation of a right)」しないこと。投票するなら、自分流に、自分流の感覚や思考を働かせて、投票しなさいといいたいね。入れたい人がいなければ、「白紙」投票だっていい。ぼくの選挙に臨む動機(モットー)は「出したい人より、出したくない人を」です。自慢ではありませんが、これまでの国政選挙において、ぼくが投票した候補者の当選確率は、たぶん10パーセントにも満たないと思う。「この人こそ…」、そんな人がいつも見つからないのです。だから、この候補者は「当選させたくない」という基準で、選んでいくと、当選する気遣いのない人に審判を下すことになるんでしょうね。これもまた、一つの投票態度だと考えています。(本音を言えば、そりゃあ、「出たがる人より、出したくなる人」ですよ)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

最高峰の戦いに「政治」は要らない?

【春秋】W杯に政治色は要らない 月曜の早朝から興奮した人も多かったのでは。サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米大会の日本代表初戦。強豪オランダを相手に2度リードされ、2度とも追い付いた。選手の技とチームワーク、最後まで諦めない強い気持ちに感動した▼スタジアムは両チームのカラー、青とオレンジに染まった。NHKでは解説の本田圭佑さんが「肌感では6~7割がオランダ人ちゃうかな?」。それでも日本代表への声援はテレビ越しに響いてきた。選手たちの背中を大きく押したに違いない▼今大会は現地に応援に行けないサポーターが続出している。全試合の8割近くが開かれる米国は出場国のイランやハイチなどからの入国を禁止、制限する。テロ対策が名目だ▼コートジボワールやセネガルのサポーターもビザの発給を拒否された。コートジボワールのサポーター団体は「この状況は、チームを応援するという私たちの神聖な義務を果たすことを阻むものであり、深く傷ついている」と声を上げた▼さらに米国とイスラエルが攻撃してきたイランは、代表の活動拠点が直前で米国からメキシコに変更された。一部の関係者のビザ申請も却下。一方、国際サッカー連盟はトランプ米大統領に「FIFA平和賞」を授与した。何がどうなっているのやら▼世界最高峰の戦いに政治色は要らない。さまざまなチームカラーに彩られた選手たちの活躍を心から応援したい。(西日本新聞・2026/06/16)

 本日は極めて短文にて。夕食事、ほぼテレビをつけている。時間は午後6時前後ですから、当然ニュース番組が多い。昨日、7時になったので「みなさまの…」局のニュースを見ていたら、なんと30分番組の半分近くが「W杯」ものでした。民放番組も当然、同じ映像を垂れ流し、この国は、どこかでやっている「W杯」の試合を飽きもしないで、垂れ流すばかり。他の人は知りませんが、ぼくはこの手の「国を挙げて」というような放送の仕方、番組の作り方には、いつも困惑している。横には「善意の無関心派」であるかみさんがいる。彼女は、何事にも「悪気がない人」と、ぼくには思われますから、ぼくはほとほとウンザリするのです。この前はWBCとやらを朝から晩まで、「打った走った」、「勝った負けた」と大騒ぎ。この程度の国民性というと叱られますが、そのうちの一人であるぼくは、黙り込むほかに仕方がない。朝飯時でも「再放送」紛いの番組編成ですから、行き場がないこと夥しい。食事時にテレビを見なければいいのでしょうが、それでは「お通夜」みたいで陰気が部屋中を覆います。その昔は酒をたしなんでいましたから、テレビなどはまず見なかったが、素面(しらふ)で食事をすると、何か物寂しいので、テレビを点ける、そうすると、これは「ニュース」だか、「スポーツ番組」だか、あるいは「お笑い」なのかも、などと疑うばかりの日常です。各テレビ局は、第一義的には「報道機関」として認可されているのですが、現実は、そんなもの「どこ吹く風」のお粗末くんという「ふしだら」です。

 W杯の日程がどうなっているのか知りません。毎日のように「蹴った、止めた」、「シュート、入った」という喚き声を聴くのはぼくにはつらすぎます。気持ちの上では、早くから「みなさまの…」放送受信料を払うのを止めることに決めています。でもテレビ人間のかみさんは、そうはいかないので、手続きはそのままですから、いっしょに飯を食うとなると、「蹴ったー、外れた」という蛮声をいましばらくは耐え忍ぶほかないのでしょう。それにしても、ぼくの感覚では、この国のあらゆるレベルは昭和初期にも及ばない「頽廃」「退嬰」の雰囲気が充満していると思う。だから、何かで「気分をすっきり」させたいもの、と皆さんが感じているのでしょうか。要するに「勝ち負け」が好きな国民ということなのかもしれません。コラム氏もまたいともたやすく「強豪オランダを相手に2度リードされ、2度とも追い付いた。選手の技とチームワーク、最後まで諦めない強い気持ちに感動した」と書くのですから。やれやれ。夏冬開催の「五輪」でもそうでしたが、「試合」とか「競技」を静かに観戦するなどという「不埒な態度」はご法度(はっと)、観客も一緒に戦うことが求められているというのでしょう。これをして「同調圧力」というらしい。アウェーだの敵地だのと、まるで「リアルバトル」を想定させる、勇ましい「いで立ち」です。

 開催国の一つ、アメリカによって「(イランチームは)代表の活動拠点が直前で米国からメキシコに変更された。一部の関係者のビザ申請も却下」、にもかかわらず「国際サッカー連盟はトランプ米大統領に『FIFA平和賞』を授与した。何がどうなっているのやら」という始末。コラム氏は誤魔化すのではなく、こんな営利団体が主催する「試合」そのものにはっきりとした姿勢を見せたらどうでしょう、とぼくは言いたくなります。「世界最高峰の戦いに政治色は要らない。さまざまなチームカラーに彩られた選手たちの活躍を心から応援したい」という心情は否定しませんが、そうなっていない現状に目を瞑(つむ)るのはどうなのでしょうか。あえて言いますけれど、「政治色」ではなく「政治」そのもの、というべきなのではないでしょうか。

 多分、ぼくはまともに今回も試合は見ないでしょう。ぼくにとっては「放送(期間中)は台風シーズン」のようなもので、できる限り避けたい。近づいてほしくないのですね。こう書いたからと、誤解されるかもしれません。スポーツを愛する気持ちは人後に落ちないつもりである、と考えています。それにしても商業主義(金まみれ)に毒された「スポーツ」って、何ですか。「スポーツ精神に金宿る」???

~~~~~~~~~~~~~~~~

 《トランプ大統領の『FIFA平和賞』、世界中から非難殺到「たとえ偽物でも平和賞にふさわしくない」「会長のごますりで急きょ創設」 華やかな『受賞』が、世界中から非難の嵐にさらされている。インファンティーノFIFA会長は、「親友」と呼ぶドナルド・トランプ米大統領に『FIFA平和賞』のメダルを授与。大統領は「人生で最大の栄誉の一つだ」と語り、ガザ停戦の仲介を行ったことなど成果を述べた上で「われわれは数百万、数千万の命を救った」と胸を張った。/これに、米唯一の全国紙USAトゥデーは「たとえFIFAが創った偽物だろうと、トランブは平和賞にふさわしくない」のタイトルで、ノーベル平和賞を切望していると伝えられる大統領に向けて「FIFAの平和賞とやらをじっくり味わうがいい。あなたが手にする唯一の平和賞だから。誰も驚かなかったが、トランプはFIFAがおだて上げるためにでっち上げた『全く真剣に受け止められていない賞』を受賞した」と痛烈に皮肉った。/カタールのアル・ジャジーラは「インファンティーノのトランプへの平和賞、FIFAの中立性に疑問を提起」の見出しで、同大統領が「受賞の前日にカリブ海で致命的な空爆を命じた」「数日前はソマリアの人々を『ごみ』と呼んだ」「パレスチナ人への周知の虐待にもかかわらず、イスラエルへの武器供与を続けている」と、あげつらった。

 オランダ放送局SBS6のヨハン・デルクセン評論家は「インファンティーノが持ってくるメダルなんて『市民ウオーキング大会』のメダルくらいしか価値がないのに、トランプは何かすごい物を勝ち取ったように振る舞っている。まあ、『21もの戦争を終わらせたぞ』って言っている(実際は8つ)し、コメディー以外の何物でもないな」と、ぶった切った。/オランダの全国紙アルヘメーン・ダッハブラットは「この『平和賞』は、インファンティーノが大統領にごまをするため、わずか1カ月前に急きょ創設された。(人権団体)ヒューマン・ライツ・ウオッチのミンキー・ワーデン理事は『しかも、この賞には候補者もいなければ、審査員さえいない』と強調した」と報じた》(中日スポーツ・2025/12/06)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

十薬や母には会へぬ世に生きて

【天風録】ドクダミと梅雨 広辞苑の編さん者で知られる新村出(しんむら・いずる)は戦後間もなくつづった随筆で、ある雑草を〈あっぱれの美花〉と称賛している。梅雨の今時分、日陰に群生するドクダミのことだ▲ハートの形をした緑の葉が頂くのは、通称「白十字」。花と思われがちだが、学術的には4枚の葉が白く形を変えたものだという。新村は花瓶に生け〈どこからどこまでも愛すべき雅致(がち)に富む〉と記した。忘れてならないのは強烈な臭いだ。根を広く張り、むしっても毎年生える。庭先で見つけると、ため息も▲広辞苑を引くと、名前の由来は〈毒を矯(た)める〉とある。体に悪いものを抑え、正常な状態に整えるという意味だ。古くから和漢の万能薬として重宝され「十薬(じゅうやく)」と呼ばれる▲「健康マニア」だった徳川家康は煎じて飲むよう、身内に勧める文を残している。利尿作用が高く、美肌につながると愛飲する人も。生の葉をすりつぶせば腫れ物や虫刺されの妙薬になると、お年寄りから以前聞いた▲梅雨の晴れ間、庭掃除で集めたドクダミでお茶をこしらえた。軒先でしっかり干して煮出すと、ほのかな甘みと土の香りが口に広がる。先人の知恵に「あっぱれ」と賛辞を贈るとともに、薬効も信じたい。(中國新聞。2026/06/12)
(ヘッダー写真:http://www.yanagidou.co.jp/syouyaku-yakusou-jyuuyaku.html

 どうでもいいことです 数日前の「駄文」に「ドクダミ」について書きました。拙宅の庭のいたるところに、今を盛りに白い花を咲かせて、生き生きと茂っているさまを見るにつけ、生命力は旺盛だなと、ほとほと感じ入ってしまいます。3日前の「天風録」(中國新聞のコラム)に面白い記事が出ていました。広辞苑の編者だった新村出さん(1876~1967)とドクダミの抱き合わせでした。新村さんはドクダミのことを「あっぱれの美花」と称賛していたという。物好きもいればいるものだと感じてしまいました。かくいう小生も、この草とは馴染みが深い方だと思っている。ある時期までは「薬草」の効能を日常的に試用してさえいたのでした。また、ある時期からは、いかにも身近な草花という「親近性」さえ感じているのです。「ドクダミ」は「毒を矯める」が由来だとか。ご本人が開設したのかどうかわかりませんが、広辞苑にはそう出ている。

 「広辞苑」には、「毒を矯める・止める、の意。江戸時代中頃からの名称」、「全草を乾したものは生薬の蕺葉(しゅうさい)で、消炎・利尿剤などとして用い」「葉は腫物に貼布して有効という」ともあります。「矯(た)める」は「矯正」という熟後にあるように、悪い性質などを直す、元通りにするという意味があります。「毒を矯める」とは「毒(性)を取り除く」ということでもあるでしょうか。「新村は花瓶に生け〈どこからどこまでも愛すべき雅致(がち)に富む〉と記した」という。ぼくはそこまではしませんが、昔のように忌み嫌うということはなくなりました。かといって、それを育つがままに放置するほどのモノ好きでもなさそうで、いずれ、時期が来たら、除草することになるはずです。

 ドクダミを好んだ新村さん。ぼくはこの新村さんと息子の新村猛さんの親子からは、多くのことを学びました。それはそれとして、新村出さんについて、近年になって驚いたことがありました。どこかで触れましたが、なんとぼくが卒業した京都府立 S 高校の「校歌」の作詞をされていたというのです。在学中、何度か歌わされたはずですが、その記憶は全くありません。もちろん歌詞も曲調も覚えていません。作曲は、まだ三十代だったか、團伊玖磨さん(1924~2001)だったといいます。その事実を本当に、最近知って驚いたのでした。

 先週の木曜日(6月11日)、京都の嵐山で高校の同窓会が開かれました。早くに誘われていて、ぼくも参加するつもりだったが、かみさんだけ残して家を空けることを躊躇していました。同窓会が開かれる数日前にかみさんは具合が悪くなり、夜中に廊下で倒れて唸っていました。しばらく様子を見ていて、苦しみも治まり事なきを得ましたけれど、やはりこのままでは出かけられないと判断して、同窓会には参加しないことにしました。これまで一度も出席したことはない。今年で卒業68年目でした。当時の同級生の顔も名前もほとんど忘れたといっていいほどの時間が経ちました。この先、果たして同総会が開かれることがあるかどうか。考えるまでもなく、はるかにたくさんの時間が流れてしまったことを痛感しています。(右は同窓会会場だといいます)

さからはず十薬をさへ茂らしむ(富安風生)
どくだみを可憐と詠みし人思ふ(浅井青陽子)
引きぬきし十薬の根の生白さ(横山房子)
どくだみの香にたつ土の薄暑かな(西島麦南)
十薬のそこら咲きみち梅雨宣言(山口青邨)
十薬や母には会へぬ世に生きて 上田五千石

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「徒然に日乗」(1123~1129)

◎2026年06月14日(日)快晴とはいかなかったが、まずまずの天気。それにしても湿度が高かった。70%は超えていたかもしれない。▼終日自宅に。庭作業を進めようとも考えたが、体が言うことを聞かない、やりだせばきりがない作業になるのはわかっているので、いささか怖気づいているのかもしれない。(1129)

◎2026年06月13日(土)終日、曇天が続いた。▼昼頃に茂原まで買い物。取り立てて高価なものを数多く買ったわけでもないのに6千円超だった。相変わらずの物価高騰が続いている。円安は160円越えで、連休時期の為替介入では米国国債を売り出したことが判明。この先の「円安」阻止をどうするつもりなのだろうか。長期金利がさらに上昇、いよいよスタグフレーションに突入したというべきだろう。(1128)

◎2026年06月12日(金)午前中、市原のH.C.へ、猫の食料購入に。▼夕刻、久しぶりにT君から電話。旧帝国大学付属学校の国語科の教員。かなり間が開いたが、相変わらずの精勤ぶりで健闘されている様子がわかるよう。授業の深掘り、要は生徒自身が教室の主人公でなければならないという、当たり前の授業の創造を試みているという。思い切り授業の可能性を開いてほしいものだ。▼「首相は同11日の参院決算委員会で「(男性は)私も秘書も面識のない方だ」と明言したが、19日には「私も秘書も会ったことがない」と表現を変えた。高市事務所がオンライン会議を認めたとする別の週刊誌報道では、6月5日の参院予算委で「事実と違うと(秘書が)言っていた」と否定したが、10日の衆院法務委で「改めて確認したところ、事務所から回答した内容だった」と訂正した」(読売新聞・2026/06/12)実に不真面目で不謹慎な「舐めた態度」に終始している。即刻辞任してくれろ。(1127)

◎2026年06月11日(木)好天の一日。午後に茂原まで買い物に。▼「天皇陛下は11日、オランダとベルギー公式訪問を前に記者会見された。現在進む皇族数確保の議論を巡り『制度への言及は控える』と断った上で『国民の理解が得られるものとなることを望んでいる』と述べた。」(共同通信・2026/06/11)▼「国民の理解が得られるもの」を望んでおられると言明した意味は?現内閣で「勝手な思い付きで触るものではない」という意味だろう。「君側の奸」という表現を思っている。天皇制台地であっても、生身の天皇の存在など意に介さないという破廉恥だ。(1126)

◎2026年06月10日(水)朝、9時半頃に近所のH.C.へ。猫の缶詰や洗剤や、トイレットペーパーなどを購入。▼「首相秘書『音声、確信持てない』 中傷動画疑惑巡り高市氏 高市早苗首相は10日の衆院法務委員会で、自民党総裁選での中傷動画作成疑惑を巡り、作成者とされるIT会社代表男性と公設第1秘書との会話を録音したとされる音声データを秘書に確認したところ『自分の声に似ているように思うが、内容も含め確信を持てない』との回答があったと説明した」「音声データが秘書の声と一致していれば、男性と首相陣営側に面識があったことを裏付けるものとなり、『面識がない』としていた首相の答弁との整合性が問われる。」(共同通信・2026/06/10)▼ことここに及んで、なおも往生際が悪いというのを、ぼくは「醜聞」といってきた。醜悪というか、醜いというほかない姿だ。(1125)

◎2026年06月09日(火)凌ぎやすい一日。▼午前中に買い物で、茂原まで。▼首相陣営の「中傷動画」などのスキャンダルが大手のマスコミも扱うようになったのは、いろいろな意味で、永田町政治の状況が変わるだろうか。▼「国旗損壊罪」でいう、国旗は誰のものか。「皇室典範」改正問題には、言わずもがなの異議あり。皇族の判断が無にされて、物事が進行するというのはどういうことだろうか。要するに「天皇制」も「国旗の捉え方」もきわめて「恣意的」で「場当たり的」に思われる。今、急いで取り上げる必要のない政治課題だと思う。あるいは、この「首相」にその資格は全くないものだといいたい。▼「日銀利上げ静観の高市首相 背景に2つの風圧、問題は「次の次」 日銀が6月利上げに大きく傾いている。その理由として高市早苗首相が静観姿勢をとってきた点も大きい。首相のスタンスの背景にありそうなのは市場と米国という2つの方向からの風圧だ。問題は市場参加者が早くも関心を寄せる「次の次の利上げ」も高市氏が静観するかだ」(日経新聞・2026/06/09)(1124)

◎2026年06月08日(月)曇天、時には雨が降るような天気だった。▼本日の午前8時40分にフィリピンでマグニチュードは8.2の大きな地震が発生。日本近海への津波警報が出た。被害の全貌がまだ見えないが、相当な犠牲者が出るだろう。▼「日経平均64,024.60 -2563.52 NYダウ50,866.78 -695.15 ドル円160.18-19 +0.24円安 NY原油94.72 +4.18 長期金利2.715 +0.050」(日経新聞・2026/06/08)(1123)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

首相になった道化、「人間失格」ですね

⁂「週のはじめに愚考する」(123)~  誰でもとは言えませんが、かなりの人は、いろいろな面から作り上げてきた「自画像」を持っています。「根はやさしくて力持ち」というような「根」を持っていながら、地表に現れた枝葉や幹は、なかなかに強面(こわもて)がしたり、近寄りがたい威厳を持っていそうだったり。あくまでも自分流に「娑婆」で生きてくのに必要な「面相(countenance)」をひねくりまわしていると、やがて、「これで行こう」という、自分が求めていた「自分像」に出逢うのでしょう。

 だから、当人が何か凶悪な事件を起こしたりすると、「そういうことをする人とは思わなかった」「信じられない」「悪夢のようだ」と、一様に他人は驚いてしまう。でも、最も驚いているのは「当人」ではないかとぼくなどは考えてしまう。自分は「気弱な」人間であることをだれよりも知っているが、時世・時節に合わせているうちに、自分でも止めようのないくらいの異質(性悪)な人間になってしまうことがあります。そして、いったん偽りの「自画像」が出来上がってしまい、それを世間は「その人自身」と(嘘臭いと知っていても)、虚像を持て囃すようになると、ご本人もそれを受け入れてしまう、それがつまりは「道化」、あるいは「トリックスター(trickster)」というものです。

 「神話や民間伝承に現れるいたずら者。秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、善と悪など矛盾した性格の持ち主で、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす」(デジタル大辞泉)と解説されますが、この人はどうでしょう。生まれも育ちも「ノンポリ」だったが、やがて、何の因果か「政治家(為政者)」を目指す。ここから「道化」が動き出し、ついには「偽装右翼」としての自分像(トリックスター)を作り上げ、どう転んだものか、「一国の総理大臣」にまで上り詰めた。そのためには嘘も毒もばらまいたはずです。「靖国参拝」「中国敵視」などはその典型。この人物にとって「英霊」はそれこそ「政争の具」でしかないということになるでしょう。自分にとって「有利・不利」が判断基準であり、それに応じて「戦争犠牲者」を上げ下げする人物です。これも一種の「芸当」で、「トリックスター」の所以でしょう。「天皇制」は表看板であっても、生身の天皇は敬愛しない、「国家」は好きでも、国民には関心がなく、だから大事にしない、なんとも恐ろしい「観念右翼・かつ「国家主義者」なんですね。

 最近の国会質疑を聴いていて、トリックスターは自分で自分の首を絞めているとぼくは思いました。「偽装極右」ですから共産党は不倶戴天の敵、質問に立った山添拓さんを無意味に忌み嫌い、その不遜で無礼千万な姿勢・態度は彼女自身でも自制できない「道化」の情念がとらしめているのでしょう。それはそうだとしても、「人に対する態度」ではあるまいし、共産党議員を「世を欺く、建前上から嫌う」のは浅はかな振る舞いだと気が付かないところが、「人間失格」の理由です。醜悪そのものというべきでしょう。一人の議員の背後に有権者である国民の支持があるでしょう。一質問者に無礼極まりない態度をとるということは、有権者の声(願いや支持)を踏みにじることになるというばかり。政治の代議制政治の意義を冒涜する以上に、政治家失格のはるか以前に、彼女は「人間失格」と言わざるを得ないとぼくは考えました。  

~~~~~

◎ロキ(古ノルド語: Loki)は、北欧神話に登場する悪戯好きの神。その名は「閉ざす者」「終わらせる者」の意[1]。神々の敵であるヨトゥンの血を引いている。巨人の血を引きながらもオーディンの義兄弟となってアースガルズに住み、オーディンやトールと共に旅に出ることもあった。変身術を得意とし、男神であるが時に女性にも変化する。自身が変身するだけでなく、他者に呪文をかけて強制的に変身させたこともある。 美しい顔を持っているが、邪悪な気質で気が変わりやすい。狡猾さでは誰にも引けを取らず、よく嘘をつく。「空中や海上を走れる靴」(「陸も海も走れる靴」または「空飛ぶ靴」とも)を持っている。(Wikipedia)                                                                 (⁑山添拓:【国会質問】・2026/06/05) (https://www.youtube.com/watch?v=okCQOxrTXZQ&list=PL7hdKyrr8CyRcTuNrxCVWow4b_8xFw8MP)(14:18 ~) (この場面は、誰が見ても、人間性に大きく欠けたところがあるとみるんじゃないでしょうか。人を見て「顔色」や「眼付」を変えるというカメレオン人間は、まずは信用できない部類の人間だと、相場は決まっている。大人としてもとても恥ずかしいことですね)  

 高市首相、動画作成者側と秘書の「会議」認める これまでは「面識ない」と説明 中傷動画問題 高市早苗首相は10日、昨年の自民党総裁選や今年の衆院選を巡る対立候補らの中傷動画作成・拡散疑惑に関連し、地元事務所の秘書と動画作成者とされる男性側がオンライン会議を行っていたことを認めた。会議に関する報道を否定してきた国会答弁を訂正した。これまでの国会審議などでは、秘書と男性の面識はないと繰り返し、関与を事実上否定していた。                                     ◆「改めて秘書に確認したところ…」
 衆院法務委員会で、中道改革連合の西村智奈美氏の質問に答えた。
 首相は5日の国会審議で、男性が幹部を務めるとされる企業と秘書がオンライン会議を開き、首相の事務所もその事実を認めた、とする週刊現代の記事に「事実と違う」と説明していた。だがこの日は「改めて秘書に確認したところ、記事に引用されているのは高市事務所から回答した内容だった。訂正する」と述べた。
 事実と異なる答弁となったのは「秘書が勘違いした」ためだとした。「深夜から朝にかけて秘書に電話をかけ、一部が引用された記事を私が読み上げた。(秘書は)『回答文の全体の趣旨とは違うと思った』ということだった」とも語った。
 週刊文春電子版が公開した、秘書と男性の会話とされる音声記録について「自分の声に似ているが、編集されて発言も細切れになっているため、確信は持てない」との回答が秘書からあったとも明らかにした。(↷)


 首相は「信頼できる方から紹介を受けた企業とのグループオンライン会議に参加し、国民の声を広く聞くために検討しているという企画の紹介を聞いたことはある」と秘書が話していることも明かした。その場に男性がいたかなどは言及しなかった。/疑惑を巡っては、男性が週刊文春などに対し、秘書と打ち合わせた上で動画を作成したと説明している。(大久保謙司(東京新聞・2026/06/10)(左写真:衆院法務委で答弁する高市首相=10日、国会で)(木戸佑撮影)

 あからさまな「虚偽答弁」をしたにもかかわらず、首相はその事実を認めないし、認めたといいながら、国民に向けての「虚偽答弁」に対する「謝罪」が一切ないのはどうしてでしょう。また、そんな首相の礼を失した姿勢や行動を、どうして多くのメディアは報道しようとはしないのでしょうか。壊れゆく国家の惨状を目の当たりにしていて、言い知れぬ憤怒の情と悲嘆の思いが、ぼくのなかで錯綜しています。「外面(げめん)似菩薩(じぼさつ)内心(ないしん)如夜叉(にょやしゃ)」と、仏教では言われます。その意とするところは「顔は菩薩のように優しいが、心は夜叉のように険悪で恐ろしいの意。女性が仏道の修行の妨げになることをいった言葉。外面如菩薩(にょぼさつ)内面如夜叉」(デジタル大辞泉)という。では、この「傲岸不遜な(裸の)女帝」は、なんと形容できようか。「弱気を挫(くじ)き、強気に媚びる」ということではないですか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 (余談です。ここに「人間失格」という太宰さんの小説の「あとがき」の一部を引用した理由は特にない。余りにも無礼な総理大臣の「振る舞い(behavior)」を見聞きしていて、思わず「人間失格(Disqualified as a person with normal sensibilities)」という事情の含んでいる仔細を考え込んでしまったというだけのこと)(「余談」の中の「蛇足」です。太宰氏のこの作品は、雑誌「展望」に(三回に分けて)連載されましたが、そのさなかに彼は、都下多摩川に入水自殺を遂げた。1948年6月13日このこと。その一か月の後に「グッド・バイ 人間失格」が単行本として、筑摩書房から公刊された)

*****

  あとがき(太宰治「人間失格」)
 この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない。けれども、この手記に出て来る京橋のスタンド・バアのマダムともおぼしき人物を、私はちょっと知っているのである。小柄で、顔色のよくない、眼が細く吊つり上っていて、鼻の高い、美人というよりは、美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひとであった。この手記には、どうやら、昭和五、六、七年、あの頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが、私が、その京橋のスタンド・バアに、友人に連れられて二、三度、立ち寄り、ハイボールなど飲んだのは、れいの日本の「軍部」がそろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから、この手記を書いた男には、おめにかかる事が出来なかったわけである。
 然るに、ことしの二月、私は千葉県船橋市に疎開している或る友人をたずねた。その友人は、私の大学時代の謂わば学友で、いまは某女子大の講師をしているのであるが、実は私はこの友人に私の身内の者の縁談を依頼していたので、その用事もあり、かたがた何か新鮮な海産物でも仕入れて私の家の者たちに食わせてやろうと思い、リュックサックを背負って船橋市へ出かけて行ったのである。
 船橋市は、泥海に臨んだかなり大きいまちであった。新住民たるその友人の家は、その土地の人に所番地を告げてたずねても、なかなかわからないのである。寒い上に、リュックサックを背負った肩が痛くなり、私はレコードの提琴の音にひかれて、或る喫茶店のドアを押した。


 そこのマダムに見覚えがあり、たずねてみたら、まさに、十年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった。マダムも、私をすぐに思い出してくれた様子で、互いに大袈裟おおげさに驚き、笑い、それからこんな時のおきまりの、れいの、空襲で焼け出されたお互いの経験を問われもせぬのに、いかにも自慢らしく語り合い、
「あなたは、しかし、かわらない」/「いいえ、もうお婆さん。からだが、がたぴしです。あなたこそ、お若いわ」
「とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し」/などと、これもまた久し振りで逢った者同志のおきまりの挨拶を交し、それから、二人に共通の知人のその後の消息をたずね合ったりして、そのうちに、ふとマダムは口調を改め、あなたは葉ちゃんを知っていたかしら、と言う。それは知らない、と答えると、マダムは、奥へ行って、三冊のノートブックと、三葉の写真を持って来て私に手渡し、/「何か、小説の材料になるかも知れませんわ」/と言った。(↷)


 私は、ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちなので、すぐにその場でかえそうかと思ったが、(三葉の写真、その奇怪さに就いては、はしがきにも書いて置いた)その写真に心をひかれ、とにかくノートをあずかる事にして、帰りにはまたここへ立ち寄りますが、何町何番地の何さん、女子大の先生をしているひとの家をご存じないか、と尋ねると、やはり新住民同志、知っていた。時たま、この喫茶店にもお見えになるという。すぐ近所であった。
 その夜、友人とわずかなお酒を汲くみ交し、泊めてもらう事にして、私は朝まで一睡もせずに、れいのノートに読みふけった。/その手記に書かれてあるのは、昔の話ではあったが、しかし、現代の人たちが読んでも、かなりの興味を持つに違いない。下手に私の筆を加えるよりは、これはこのまま、どこかの雑誌社にたのんで発表してもらったほうが、なお、有意義な事のように思われた。(太宰治「人間失格」新潮文庫版・初出は「展望」。筑摩書房 1948年6~8月号)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII