歴史感覚の欠如は「享楽」主義に陥る

 学校はがれきの山、教師の自宅が教室に ウクライナ 【2月5日 AFP】ウクライナ東部ドネツク(Donetsk)州の村シャンドリホロベ(Shandrygolove)で20年以上にわたり教師として教えてきたオレクサンドル・ポホレロウさん(45)は、時々坂道を歩いて村の学校に向かう。/ だが校舎は今や廃虚と化し、教室でおしゃべりをしたり、叱られたりする生徒たち、授業を教える教師たちの姿はない。/ 校舎は昨年4月に破壊された。村と近隣の工業地帯が前線となったからだ。/ ポホレロウさんは現在、妻と暮らす自宅のリビングを仮の教室にして、村に残った少数の子どもたちを教えている。学校に向かうのは砲撃の被害を免れた教材を探す時だけだ。

 侵攻前、ポホレロウさんが生まれ育ったこの村には約1000人が住んでいた。現在、村に残っている人はごくわずかで、子どもは15人しかいない。/ ポホレロウさんは、大きな穴が空いた校舎の外に立ち、「何もかも破壊されてしまった際、教師はどういう感情を抱くと思う?」と投げ掛けた。村では数十棟の建物が同じように破壊された。(以下略)(AFP:https://www.afpbb.com/articles/-/3449140?page=1&pid=25315396)(上中下、三枚の写真はいずれもAFPによる)

 敗戦後十年も経っていたでしょうか。ぼくは小学校の四年生か五年生だった。どういう理由であったか、すっかり記憶の幕も切り裂かれてしまったので、理由も何もわからなくなったが、天気のいい日には自分の椅子や机を持ち出して、校庭で授業をした。戦時中や敗戦直後には、各地で否応なしに強いられた「青空教室」でした。何をどのように学んだか定かではありません。教室はどこにでもあるという感覚を身に着けた気がしました。つまり、野原や山が、ぼくには格好の教室になるきっかけではあった。「ぼくの村は戦場」ではなかったし、戦争の記憶も経験もありませんでしたから、往時の状況をウクライナの現実に重ねることはできない。しかし、戦争は教室を奪い、教育を奪い、生活を奪い、歴史すら奪うことは忘れるわけには行かない。年をとったせではないと思うが、近年、あらゆる場面で「歴史の軽視・無視」を痛感するのです。歴史意識や歴史感覚を失うとは、「刹那主義」に支配されているというのと同義ではないか。昨日も明日もない、あるのは「今さえよければ」という「瞬間主義(ephemeralism)」です。犬や猫にすら「歴史意識」はあるのですのに。

 青空教室さえも不可能な時、教師は何を考えるでしょうか。おそらく、ウクライナの各地に何人もの「ポホレロウ先生」が存在している。当たり前に学校に通う、教室で学ぶ、それが許されなくなるときはいつでも起こりうる。この教師の「自宅が教室」という体験をした子どもたちは、なにか大事なものを吸収しているはずです。戦争は、この「自宅教室」すら破壊します。この時、子どもたちは何を思うのか。「復讐してやる」と誓を立てるか、「戦争のない社会」を強く願うのか。自分や自分たちが起こしたのではない戦争で、多くの教師や子どもたち(人民)は数え切れない犠牲を強いられています。その苦しみや痛みの現実を、ぼくたちは冷暖房の効いた部屋で知る。それが悪いというのではありません。ぼくは、いつしか、「瓦礫の教室」に立っているのは「自分だ」と想像したり、「自宅教室」で学んでいるのは「ぼくです」と、いつでも自分の身に照らして考える癖がついている。

 それは決していい習癖ではないでしょう。自分の身に起こったら、「君は、どうするのか」「どうしたいのか」という問いが、途切れなく襲ってくるのです。そこから逃げることは容易い。テレビやネット機器の電源を切ればいいだけです。でも、破壊された教室に立ち竦む教師、自宅教室で学ぶ生徒の表情は、ぼくの記憶からは消えない。自分にできることはないかと考えても、なにか妙案が浮かんでくるのではない。よしんば浮かんできても、雲をつかむような気分になります。責めて自分にできることは、戦争の破壊が一日でも早く終わること、それを可能にする算段に思いを馳せること、その程度です。それで満足するのではなく、さらに「何ができるか」を考え続けることです。(左写真は共同通信・2020/09/25)

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「ロシア民間人女性、「防衛隊」結成 ウクライナ教訓に戦闘訓練」( AFP】「迷彩服を着たロシア人女性の一団が、凝ったネイルアートを施した手で、旧ソ連製のカラシニコフ(Kalashnikov)銃を構える。膝を突き、腹ばいになり、さまざまな体勢で銃撃訓練をしている。右下写真)(https://www.afpbb.com/articles/-/3451132?cx_part=topstory)

 ロシアのウクライナへの「侵略」開始以来、間断なく「戦場報告」「戦況解説」「勝敗の帰趨」等々に関して、テレビももちろんですが、ネットでは頻繁に報道されています。連日連夜、防衛省の官僚や「戦争研究」者が官民合わせて、あるいは総力戦を戦っているのではないかと錯覚するぐらいに、あちこちで顔を出さない日はないのです。「戦時中」の両軍の動向の「予想」「推測」に余念がないとはこのことでしょう。ぼくのような素人には大いに学ぶ機会になっていることを事実として認めたうえで、さて、こんなに「戦争研究者」「戦争専門家」が、何の抵抗もなく昼の日中から、夜の夜中まで、活躍する社会とはどんな社会なのだろうと、一瞬、ぼくは身震いをする。

 戦争を終らせる方途を探るのではなく、戦術や戦略の解説・予想に喧しいのですが、要するに「殺戮」の容認であり、ミサイル攻撃の激化に平然と「卓見」を披瀝する。まさに「ゲーム感覚」というのでしょう。あるいは、これが、この極東の小島が「戦争する国」「戦争をしたがる国」になったという明白な証拠だと言えるのかもしれないと、ぼくは慄然とする。現役の「軍関係者」、いや「自衛隊幹部」が出ているのではありませんが、殆どが退役軍人(いや、元自衛官)の登場でもあります。実に容易に、戦争仕掛け人や戦争請負人が日常的に出現することに「抵抗」を感じなくなっている状況に、ぼくは大きな脅威(ある種の「戦争歓迎」「戦争容認」の世俗化)を抱く。

 「戦争」に違和感を持たない国民とは、まるで他国の話かと思いきや、実は足元で「戦時」を肯定する情勢が醸し出されているということでもあるでしょう。この小島の「島民」がいかに愚かしいか、一つの調査結果が、はしなくも示しています。(NHK:2023年2月13日)内閣支持率調査の一環で、「防衛費増額」には賛否拮抗し、財源を増税に求めることは大反対だという。自国の「防衛問題」「戦争前状態」であることに無関心という点では、驚くほど「能天気」な「島民」であり、「平和痴呆状態」にあるというべきでしょう。増税で手当しないとなると「戦時前国債」ということになり、嘗て、とんでもない経験をしたという「歴史」に無知を晒している。このような国民の状況認識を政治や国防の専門家はどう判断するか、足元を見ているからこそ、「独善」専行、「独走」体制を決め込んでいるのです。対岸の火事は「燃え広がるほど楽しい」と、まさか考えているのではないでしょう。でも、現下のわが世相を見ると、なんとも歴史に学ばない「人民」だということを痛感するほかないのです(ぼくもその一人であることは否定しない)。

 ぼくの感覚では、この島社会は「終わっている」「詰んでいる」といえます。ここら辺りでいちど、すっきりと「ご破算」ですね。ぼくの感覚からすれば、まあ一種の「敗戦状態」にあります。GDPなどを指標にして物を言うことは、意味を成さないとはいえませんが、それ程賢明な姿勢ではなさそうだと、どうして気が付かないのか。子どもを大事にする、老人を敬う、それは何も特別な配慮をすることではなく、当たり前に「尊敬心」を失わないということです。いささかの「敬意」というものを持てなければ、生命を粗末にすることに痛痒を感じません。その究極は戦争による「殺戮(slaughter)」の許容でしょう。この社会には、あらゆる段階における「殺人行為」が、いやでも認められます。親が子を、子が親を、夫が妻を、妻が夫を、…、というように、いわば「社会関係」の崩壊が日増しに強まっているのです。

 親子や夫婦という「人間関係」は典型的な「社会関係(という集団内の地位と地位の関係)」ですが、その基本になる社会関係が無惨にも壊されているのです。政府と国民の間にも社会関係は成り立っています。しかし、今やそれは風前の灯。政府自らが「自分の命は自分で守れ」と言い出しています。国民の生命や財産を守るのは「自衛隊(軍隊)」の役目ではなく、それは警察の仕事なのだと断言する防衛専門家がいる国です。国の責任者は、おのれの「今の地位」を墨守することに汲々としている。まさしく「刹那主義」の典型ではないか。何よりも自分だけ、自分の身内だけ、自分の仲間(家の子郎党)だけを大事にする、そんなケチくさい政治家がのさばる国になったのです。もちろん、今に始まったことではないが、今日、一つの頂点をなしているとは言えるでしょう。刹那主義は享楽主義に密着して、深化・拡大するものです。

 古い観念でいうのではありませんが「義理が廃れば、この世は闇だ」と言いたくもなりますね。義理とは、お互いに、ささやかながらも「尊敬心」「敬意」を払い合うことを指します。「子どものくせに」「年寄のくせに」「女のくせに」と、今は死後になったかと思われていた「差別情念」は、あいも変わらず各自の胸中に健在だったのです。それが隠し立てしようもなく現れてきたのが「戦争したい国」という国民感情に符合しているのでしょう。

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投稿者:

dogen3

 毎朝の洗顔や朝食を欠かさないように、飽きもせず「駄文」を書き殴っている。「惰性で書く文」だから「惰文」でもあります。人並みに「定見」や「持説」があるわけでもない。思いつく儘に、ある種の感情を言葉に置き換えているだけ。だから、これは文章でも表現でもなく、手近の「食材」を、生(なま)ではないにしても、あまり変わりばえしないままで「提供」するような乱雑文である。生臭かったり、生煮えであったり。つまりは、不躾(ぶしつけ)なことに「調理(推敲)」されてはいないのだ。言い換えるなら、「不調法」ですね。▲ ある時期までは、当たり前に「後生(後から生まれた)」だったのに、いつの間にか「先生(先に生まれた)」のような年格好になって、当方に見えてきたのは、「やんぬるかな(「已矣哉」)、(どなたにも、ぼくは)及びがたし」という「落第生」の特権とでもいうべき、一つの、ささやかな覚悟である。(2023/05/24)