人にも植物にも芒種の候あり

1979年、非行とその克服の記録『ブリキの勲章』が話題となり、1981年に映画化された(中山節夫監督、中村嘉葎雄主演)ぼくは一度だけでしたが、中山監督と親しく話をしたことがありました。中山さんは社会派というか深い問題となっている事象をテーマにして映画を作っておられます。1970年のデビュー作は「あつい壁」、とても考えさせられるものでした。熊本菊池出身の監督の郷里で生じた事件の映画化でした。

 自分の「芯」になるものあった=非行克服支援センター理事長・能重真作さん

 戦時中小学生時代には配給のたばこを吸ったりして「ワル」でした。両親ともに教師で、いつも「先生の子」として見られていました。私が来ると周りの子がピタリと話をやめたりすることもあった。だから「おれだって人の子だ」と行動で示すしかなかった。

 教師は「なぜやるのか」の説明がなく、何も言わない。そのころの子どもは理由を聞かずに従っていればよかった。しっかり意識していたわけではないが、感覚的に「おかしい」と思った。

 小学6年の時に終戦を迎えました。それまで「きさまら」「日本男児」と言っていた人たちがガラッと変わり、「君たちは」と言い始めた。毎日教科書を墨塗りしました。

 勉強は嫌いでしたが、読書と演劇はずっと好きでした。中学生のころから浅草に映画や演劇を見に行ったりしていた。いつも本を持ち、読んでいました。私にはそういう自分らしくあるための「『芯(しん)』になるもの」がありました。(毎日・07/01/08)

   ■人物略歴:のうじゅう・しんさく=1933年生まれ。東京学芸大卒業後、中学教師に。非行少年などの問題に取り組み、実践記録「ブリキの勲章」は映画化された。現在も非行や不登校に悩む親と子を支えている。(同記事より)

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 勉強と遊び

 勉強が嫌いだったが、読書と演劇は好きだったと能重さんはいわれています。その理由らしきものはなんだったのでしょうか。おそらく「勉強」は強いられたのに対して、「読書・演劇」はじぶんでやったからということだったのではないでしょうか。

 だから、強いられる「勉強」ではなく、遊ぶような「勉強」が求められるんじゃないですか。遊びの面白いところは「工夫する」余地がたくさんあるというところです。その余地がなければ、つまりじぶんでためしてみる部分が少なければ、あるいはまったくなければ、好きだったものでさえ「嫌い」になるのです。

  どんなに学校の成績がよくても、遊びの部分・余地がなければ、なんというか、とてもつまらない生活を送ることになるんじゃないですか。能重さんは「芯」ということばをつかっておられますけど、この「芯」はじぶんで育てるのであって、そとから植えつけることはできそうにありません。だから「芯」は勉強からではなく、遊びから育つといいたい気がするのです。「遊びをせんとや生まれけん」

〇「芯」=(多く「芯」と書く)もののなか。中央。中心。㋐内部の奥深いところ。「からだの心まで冷える」㋑中央にあって、重要な役割をになう部分。「鉛筆の心」「蝋燭 (ろうそく) の心」「一家の心となって働く」㋒火が通っていない飯粒や麺の、中央の硬い部分。「心のある御飯」㋓物の形状を保つために、その内部に入れるもの。「襟に心を入れる」(デジタル大辞泉)

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  上の記事のつづきを読んでください。

 《私は大学に入り、東京の下町の学校へ教育実習に行きました。その学校には、下校時間が来ても言うことをきかずに校舎に残る子どもたちがいた。

 会って接してみると、その子どもたちは、自分の子どもの時代の子どもと違っていたんです。自分が常に持っていた「『芯』になるもの」がなかった。その子どもたちは、家に帰っても親の仕事が忙しくて誰もいないから帰らないという事情もありました。

 「この子たちこそ教師を必要としている」と思いました。そして教師になろうと思ったんです。私に「生きる道」を与えてくれたのは子どもたちでした。

 昔の子どもも今の子どもも本質的には何も変わっていないと思います。発達過程も思春期を迎える時期も変わらない。そしていつの時代も子どもたちは常に自分の存在を認めてほしいと思っています。

 今も私自身は「子どもから学んでいかなくてはならない」と思っています。

 そしていつも教師や大人は、子どもに対して謙虚な姿勢を持たなくてはならないと思います》<聞き手・吉永磨美>

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   評価されたいという衝動

 「昔の子どもも今の子どもも本質的には何も変わっていないと思います。発達過程も思春期を迎える時期も変わらない。そしていつの時代も子どもたちは常に自分の存在を認めてほしいと思っています」と能重さんはいわれます。それもひとつの子ども観でしょう。でも、どうでしょうか。放牧された牛と牛舎に閉じこめられた牛では、牛であることは変わらないけど、その質(肉質もふくめて)ずいぶんとちがうんじゃないですか。

 だから、大切なのは、この子は放牧派か牛舎派かを見きわめることです。教師の仕事の値打ちも腕の見せ所も、ここのあるともいえるのです。そして「そしていつの時代も子どもたちは常に自分の存在を認めてほしいと思っています」というのはそのとおりだといえますね。これは大人だって変わらないのではないですか。そうはいっても、だれからも認められたいのではないのです。犬でも猫でも、認めてもらいたいというのではない。

 評価を求めるのは、わたしたちの一種の衝動です。この衝動は曲者だといわなければならない。強力かつ執拗ですから。いやな勉強でも、それによって評価されるなら我慢してやろうとします。いやだけれど、しかたがないけどしなければならない。唯一、そんないやな勉強でも、成績が高ければ評価されるからです。その証拠に、いくらやったところで、だれも見向きもしてくれなければ、やらなければならないことでもしようとはしないのではないですか。

 学校は評価されたいという子ども(人間)の衝動をてっていして利用しているのです。

ススキの紋所

  これはけっして教師にかぎられることではなく大人にも当てはまるのですが、「子どもから学んでいかなくてはならない」という姿勢をもつのは簡単じゃないですね。子どもに学ぶというのは、はたしてどのようなことをさしているのでしょうか。赤子からも幼児からも学ぶことができるひと、それは稀有な存在だといえそうです。

(本日で五月は終わり。なにか感慨があるのではありませんが、春の香りも酣(たけなわ)と思いきや、もう梅雨が近くまで来ています。「芒種(ぼうしゅ)」の候となりました。「芒」は「のぎ」です。稲や麦の先端のとがった部分。またはススキを指す。(右はススキの紋所)

〇 芒=稲や麦などイネ科植物で、花の外側の穎 (えい) の先端にある針状の突起。分類上重要。または、芒(すすき)とも=イネ科の多年草。山野に群生し、高さ約1.5メートル。秋、茎の頂に十数本の枝を出し、黄褐色から紫褐色の大きい花穂をつける。これを俗に尾花といい、秋の七草の一。(デジタル大辞泉)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです