◎ 週の初めに愚考する(七拾壱)~ これまでに何度も触れています、拙宅のある敷地の三方は雑木林(基本は檜と杉の植林地だったらしい)で、そこに長年かかって竹が生い茂り、我が敷地の方に、あちこちから少しずつ竹の根が侵入(浸食)して、好き放題に庭に根を張り、時に竹までもが生えるという状態で、いよいよ困ったことになっている、と。いまでは、敷地前面(南側)をのけて、三方は竹の侵入・浸食が著しく、どうかすると敷地内にも、ある日突然のように孟宗竹が顔を出す。敷地整理をした段階で、あらかた竹の根は抜いてもらったつもりだったが、想像以上に根は深く(隣地との高低差は約2㍍ほど敷地が高い)、そこから年とともに地表に筍(竹)が顔を出す。小型ユンボを使った作業だったが、竹根の強靭さに、さしものユンボも歯が立たなかった。いつも通りに、今春も敷地内では4~5本もの竹が立派に成長して驚いたものです。成長する竹の根っこには相当に太い根が張り巡らされており、そこから髭根のような細い根が張っていて、小さな笹竹を地面に出すのだ。家の前の通りを挟んだ空き地にも、このところ、毎年のように数本ばかりの竹が成長しだしている。あと数年で、立派な竹林になるはずです。他人の土地ですから、勝手にどうこうすることもできず、その始末に困っているところです。
【筆洗】まっすぐ勢いよく伸びる竹は、その生命力から縁起物とされる。ひとつが枯れても地下茎からタケノコが出て、竹林は維持される。通常の植物と異なり、初夏にかけ葉が色づき落ちる。「竹の秋」は俳句で春の季語である▲生育サイクルがユニークな竹だが、ハチクと呼ばれる竹のいっせい開花がここ数年、確認されている。竹の開花周期は極めて長く、ハチクの場合、過去の記録から約120年に1度とみられる珍しい現象だ▲竹の生態を研究する山田俊弘・広島大学教授によると、2020年ごろから各地で目立ってきた。稲穂がとがったような形の花が咲くと、その竹林全体がいったん枯れてしまうという。5~6月が開花期で、東広島市にある広島大キャンパスの竹林のハチクも今月、開花した▲国内にはモウソウチク、マダケ、ハチクが広く分布している。ハチクは古くに大陸から伝来したとみられ、サイクルが重なると開花と竹林消滅がさらに広がる可能性もある。「枯れた竹林は道路に倒れるなどのリスクも高まるため、注意が必要です」と山田教授は指摘する▲120年前の1905(明治38)年は、日露戦争が終結した年にあたる。その時もいったん枯れたであろうハチクは、どのように復活したのか。「地下茎が生き残る生態を調べる機会でもあります」(山田教授)▲人口減少が進む中で、手入れされぬまま放置された竹林が荒廃する「竹害」も指摘される昨今だ。私たちになじみ深い竹林。静かに進む変化に関心を寄せたい。(毎日新聞・2025/05/25)

連休前辺りから、、天気と相談しながらだが、日中は庭作業に出る。昨夏の猛烈な酷暑ぶりで、さすがに熱中症を忌避して、ほとんど庭作業をしなかったことも手伝って、半年後のこの時期、それこそ庭の手入れにはほとほと忙殺されもし、疲れもしている。木々が相当に伸び、背も高く、幹も太くなっているし、少し風が出ると枝葉が飛び落ちて、それこそ屋根といわず地面といわず、百花狼藉の如く、散乱した落ち葉や枯れ枝の始末に時間と体力を奪われてしまう。その何倍ものエネルギーを竹や竹根の始末に追われています。すべてが手作業ですから、なかなかの骨折りで、太い根を掘り出すのに、たいそう苦労している。放置しておくわけにもいかず、コツコツとやるほかないんですね。

竹類にはどれだけの仲間がいるのか。我が家の「竹仲間」にも、おそらく4~5種類が混ざって育っているようです。真竹(まだけ)・笹竹(ささだけ)・孟宗竹(もうそうだけ)・淡竹(はちく)、その他。とにかく成長力、生命力が異常に強い。一晩で50㌢や1㍍は伸びるというのですから、驚くほかありません。この抜群の成長力は「筍(たけのこ)掘り」の際にびっくりさせられます。大げさではなく、竹(丈)が眼前で伸びるのを見ることができるといいたいくらいのもの。房総半島は、いまでもなおジャングルのようなところが残存しています。そのジャングルの象徴の一つが竹の繁殖力による竹藪の猛威でしょうか。色々と工夫を重ね、人材を投入して竹林整理事業に奔走している組織もあるようですが、それ以上に竹の成長力が人間の集合・集団力を上回って、遂には根負けしてしまうというのでしょう。
「竹取物語」に示されている竹の生命力や竹箒(たけぼうき)に象徴される悪魔払いの力(ある種の殺菌力の意味を持たされています)などなど、それこそ竹にまつわるもろもろの生活環境から生み出された記録に、この社会は事欠きません。「竹の民俗誌」というテーマが十分に成り立ちうるようなこの自然環境にあって、本来は南方の産物だった竹類も、一面では竹栽培の苦労を伴いつつ、また近年では気候温暖化の影響をうけて、この島では、いよいよ竹の繁殖・生命力は人間の文化や文明の威力を凌(しの)ぐほどにもなっています。これをして「破竹の勢い」というのでしょか。

自宅近くに大きな工場があって、「燻炭」製造を手広くやっている。「竹炭」がその元ですが、今では広く輸出にまで乗り出していると聞きました。この会社は膨大な土地を所有していて、植林も盛んにしておられました。近年はどういう会社経営方針なのか、詳しくは知りませんが、会社設立当初の雰囲気を何人かの経験者から伺ったことがあります。近在の主婦たちも駆り出され(今でいうパートや非正規社員だったか)、創業時の勢いの盛んなところを偲ぶことができました。(実は、拙宅の土地も、この企業の所有地だったところで、三十年ほど前に宅地として購入したものだそうです。何かの折に、時々現社長とも話をすることがあります)

「健やかで豊かな土壌には、たくさんの微生物が生息しています。多孔質のくん炭は、微生物の最高の住処。住み着いた微生物は、有機物を分解し、作物に必要な養分を作りだす役割を果たします。また、多数の細孔(小さな穴)は酸素や水分、栄養分を溜めることができるため、通気性・保水性・保肥性のバランスが向上し、病原菌が入り込む隙を与えません」「団粒化した土中(団粒構造)には大小さまざまな隙間があります。空気の透過や水の浸透と保持が適度に機能し、フワフワで微生物が好む土になります。有益な微生物が殖え、その活動も盛んになると、植物の生育に貢献してくれます。空気の通り道ができることで、空気を求めて根が伸びるため根の張りがよくなります。これにより植物が必要な栄養素を過不足なく摂ることができます。また、温度や湿度変化が穏やかになり、恒常性を保ちやすくなります。その土壌環境は、微細な菌類や微生物たちの生育環境として最適な環境と言えます」(池澤加工株式会社:https://www.ikezawa-kako.jp/)

「人口減少が進む中で、手入れされぬまま放置された竹林が荒廃する『竹害』も指摘される昨今だ。私たちになじみ深い竹林。静かに進む変化に関心を寄せたい」と、コラム氏は述べておられる。確かに竹害も、竹林の荒廃も、実に静かに、けれども確実に進行しています。一昨年だったか、家の前の町道を舗装にしたのでした。工事が完了して間なしに、路面が膨れだした。やがて、タイヤの乗り上げる感覚がはっきりと体に伝わるように、道路に凹凸が目立ってきました。その大半は竹の根っこだと言われます。近所の道路では、このような凹凸は至ることろで見られます。あまりにもひどくなると、舗装のし直しをするのですが、つい最近も近くの道路(市道)では、舗装のやり直しが行われました。また数年も経たないうちに同じような「竹害」が現れるでしょうが、「竹害」は人間の都合であって、竹は生命力の発現だというでしょうね。今も、房総半島に限らず、れる島各地で、たくさんの「竹取の翁(おきな)」「竹取の媼(おうな)」が、山に入っては大変な作業をしています。しかし、その営々とした竹林作業を横目に見ながら、竹たちはせっせと背を伸ばし、子どもを殖(ふ)やしている。
何百年かの後、劣島全体が「竹島」「竹生島」になっていないでしょうか。それをして、後世のひとびとは「新竹富島」と呼ぶかもしれません。
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〇 たけ【竹】① イネ科植物のうち、大形の稈(かん)を持つものの総称。高さ一メートルから数十メートルに達するものもあるが、数か月で第一次生長を完了すると、それ以後は大きくならない。茎は木質化し、中空で節が多い。地下茎は横にはい、各節に地下茎か、または、稈を生じる単軸型のものと、地下茎の上方から稈と地下茎を同時につける連軸型の二型がある。前者は日本産のものに多いまばらな林となり、後者は熱帯に見られる密な株立ちとなる。地上茎は節からよく分枝する。葉は短柄を持ち先のとがった広線形または狭長楕円形、葉鞘(ようしょう)との間に明瞭な節がある。葉鞘は細長い筒状で小枝を巻く。花は黄緑色で稲穂状。通常一稔性で、開花までに数十年を要し、花後、一連の地下茎に連なる稈はすべて枯死する。材は弾力性に富み割裂しやすい特性があり、建築・工芸・楽器など種々の用途に広く使われる。また、モウソウチクを始めとして、ほとんどの幼い芽は筍(たけのこ)として食用にされる。主として熱帯・亜熱帯に生え、河川の護岸林や観賞用として栽植されることも多い。[初出の実例]「多気(タケ)の根の根垂る宮」(出典:古事記(712)中・歌謡)「野山にまじりて竹をとりつつ、万の事につかひけり」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))② 筍をいう女房詞。[初出の実例]「むろまち殿よりたけはしめてまいる」(出典:御湯殿上日記‐文明一〇年(1478)三月二一日)③ 笙・笛・尺八など、①を使った管楽器。弦楽器を糸というのに対する。竹管。[初出の実例]「くり返しいとと竹とも心あらばうかりし節をとはまし物を」(出典:散木奇歌集(1128頃)悲歎)「たけをならしてきかせん」(出典:御伽草子・御曹子島渡(室町末))
④ 紋所の名。竹に雀、三つ竹輪違いなど。[ 1 ]〘 名詞 〙⑤ 近世、下女の名前として小説などにしばしば使われた語。転じて、下女をいう俗語。[初出の実例]「下女はしたといふものは、〈略〉家ごとにかわれども、大かた名は、ふじ、すぎ、たけ、これらなるべし」(出典:浮世草子・好色床談義(1689)二)[ 2 ] 荻江節。四世荻江露友作曲。作曲年代は不明。「松」および「梅」とともに三部作の祝賀曲。(⇙)

竹の語誌( 1 )ふつう、竹の皮が筍の成長に従って下部から順に落ちるものをタケといい、稈(かん)の成長後も落ちないものをササというが、学術的な規定ではない。なお、今日広く見られるモウソウチクは一八世紀になって中国から移植されたもので、それ以前の日本の竹はマダケ、ハチクなどの類が多かったという。( 2 )古代には祭祀用の呪的なものとしても用いられ、神話の世界で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国から逃れる時に櫛を投げると筍が生えて黄泉醜所女(よもつしこめ)の追及を逃れたとか、天岩戸に隠れた天照大御神を誘い出すために天鈿女命(あまのうずめのみこと)が踊った折、香具山の小竹(ささ)の葉を手にしていたとかいわれる。「万葉集」の歌でも祭祀の折に竹玉を手に巻くという表現もあり、後世、正月の門松や七夕の飾りにも使われている。また、呪的なものから装飾や鑑賞の対象ともなってくる。中国でも松竹梅や梅菊蘭竹がもてはやされ、日本にも移入されるようになった。( 3 )古くから「さすたけの」「なゆたけの」などの形で枕詞にも用いられた。中古の歌では「節(よ・ふし)」と掛詞にして共に用いられることが多く、俳諧の世界では「竹の春」「竹の秋」「竹植う」のように、季語として用いられることが多い。散文でも竹取翁の伝誦を生む一方、竹や竹の林に目を向けた記述も多い。(精選版日本国語大辞典)
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- 時代は変わる、変わらぬものもある

- 時代は変わった、飛び切り悪く変わった。

- そんなに人を殺したい? 底も箍も外れたね

- 戀といふ字を砕て見れば糸し糸しと言心

- 「ごっこ遊び」のどこかおかしいかい

- 鳥海の雪映る田を植ゑのこす




















































