劣島の「竹取・竹藪物語」のゆくえ

◎ 週の初めに愚考する(七拾壱)~ これまでに何度も触れています、拙宅のある敷地の三方は雑木林(基本は檜と杉の植林地だったらしい)で、そこに長年かかって竹が生い茂り、我が敷地の方に、あちこちから少しずつ竹の根が侵入(浸食)して、好き放題に庭に根を張り、時に竹までもが生えるという状態で、いよいよ困ったことになっている、と。いまでは、敷地前面(南側)をのけて、三方は竹の侵入・浸食が著しく、どうかすると敷地内にも、ある日突然のように孟宗竹が顔を出す。敷地整理をした段階で、あらかた竹の根は抜いてもらったつもりだったが、想像以上に根は深く(隣地との高低差は約2㍍ほど敷地が高い)、そこから年とともに地表に筍(竹)が顔を出す。小型ユンボを使った作業だったが、竹根の強靭さに、さしものユンボも歯が立たなかった。いつも通りに、今春も敷地内では4~5本もの竹が立派に成長して驚いたものです。成長する竹の根っこには相当に太い根が張り巡らされており、そこから髭根のような細い根が張っていて、小さな笹竹を地面に出すのだ。家の前の通りを挟んだ空き地にも、このところ、毎年のように数本ばかりの竹が成長しだしている。あと数年で、立派な竹林になるはずです。他人の土地ですから、勝手にどうこうすることもできず、その始末に困っているところです。

【筆洗】まっすぐ勢いよく伸びる竹は、その生命力から縁起物とされる。ひとつが枯れても地下茎からタケノコが出て、竹林は維持される。通常の植物と異なり、初夏にかけ葉が色づき落ちる。「竹の秋」は俳句で春の季語である▲生育サイクルがユニークな竹だが、ハチクと呼ばれる竹のいっせい開花がここ数年、確認されている。竹の開花周期は極めて長く、ハチクの場合、過去の記録から約120年に1度とみられる珍しい現象だ▲竹の生態を研究する山田俊弘・広島大学教授によると、2020年ごろから各地で目立ってきた。稲穂がとがったような形の花が咲くと、その竹林全体がいったん枯れてしまうという。5~6月が開花期で、東広島市にある広島大キャンパスの竹林のハチクも今月、開花した▲国内にはモウソウチク、マダケ、ハチクが広く分布している。ハチクは古くに大陸から伝来したとみられ、サイクルが重なると開花と竹林消滅がさらに広がる可能性もある。「枯れた竹林は道路に倒れるなどのリスクも高まるため、注意が必要です」と山田教授は指摘する▲120年前の1905(明治38)年は、日露戦争が終結した年にあたる。その時もいったん枯れたであろうハチクは、どのように復活したのか。「地下茎が生き残る生態を調べる機会でもあります」(山田教授)▲人口減少が進む中で、手入れされぬまま放置された竹林が荒廃する「竹害」も指摘される昨今だ。私たちになじみ深い竹林。静かに進む変化に関心を寄せたい。(毎日新聞・2025/05/25)

 連休前辺りから、、天気と相談しながらだが、日中は庭作業に出る。昨夏の猛烈な酷暑ぶりで、さすがに熱中症を忌避して、ほとんど庭作業をしなかったことも手伝って、半年後のこの時期、それこそ庭の手入れにはほとほと忙殺されもし、疲れもしている。木々が相当に伸び、背も高く、幹も太くなっているし、少し風が出ると枝葉が飛び落ちて、それこそ屋根といわず地面といわず、百花狼藉の如く、散乱した落ち葉や枯れ枝の始末に時間と体力を奪われてしまう。その何倍ものエネルギーを竹や竹根の始末に追われています。すべてが手作業ですから、なかなかの骨折りで、太い根を掘り出すのに、たいそう苦労している。放置しておくわけにもいかず、コツコツとやるほかないんですね。

 竹類にはどれだけの仲間がいるのか。我が家の「竹仲間」にも、おそらく4~5種類が混ざって育っているようです。真竹(まだけ)・笹竹(ささだけ)・孟宗竹(もうそうだけ)・淡竹(はちく)、その他。とにかく成長力、生命力が異常に強い。一晩で50㌢や1㍍は伸びるというのですから、驚くほかありません。この抜群の成長力は「筍(たけのこ)掘り」の際にびっくりさせられます。大げさではなく、竹(丈)が眼前で伸びるのを見ることができるといいたいくらいのもの。房総半島は、いまでもなおジャングルのようなところが残存しています。そのジャングルの象徴の一つが竹の繁殖力による竹藪の猛威でしょうか。色々と工夫を重ね、人材を投入して竹林整理事業に奔走している組織もあるようですが、それ以上に竹の成長力が人間の集合・集団力を上回って、遂には根負けしてしまうというのでしょう。

 「竹取物語」に示されている竹の生命力や竹箒(たけぼうき)に象徴される悪魔払いの力(ある種の殺菌力の意味を持たされています)などなど、それこそ竹にまつわるもろもろの生活環境から生み出された記録に、この社会は事欠きません。「竹の民俗誌」というテーマが十分に成り立ちうるようなこの自然環境にあって、本来は南方の産物だった竹類も、一面では竹栽培の苦労を伴いつつ、また近年では気候温暖化の影響をうけて、この島では、いよいよ竹の繁殖・生命力は人間の文化や文明の威力を凌(しの)ぐほどにもなっています。これをして「破竹の勢い」というのでしょか。

 自宅近くに大きな工場があって、「燻炭」製造を手広くやっている。「竹炭」がその元ですが、今では広く輸出にまで乗り出していると聞きました。この会社は膨大な土地を所有していて、植林も盛んにしておられました。近年はどういう会社経営方針なのか、詳しくは知りませんが、会社設立当初の雰囲気を何人かの経験者から伺ったことがあります。近在の主婦たちも駆り出され(今でいうパートや非正規社員だったか)、創業時の勢いの盛んなところを偲ぶことができました。(実は、拙宅の土地も、この企業の所有地だったところで、三十年ほど前に宅地として購入したものだそうです。何かの折に、時々現社長とも話をすることがあります)

 「健やかで豊かな土壌には、たくさんの微生物が生息しています。多孔質のくん炭は、微生物の最高の住処。住み着いた微生物は、有機物を分解し、作物に必要な養分を作りだす役割を果たします。また、多数の細孔(小さな穴)は酸素や水分、栄養分を溜めることができるため、通気性・保水性・保肥性のバランスが向上し、病原菌が入り込む隙を与えません」「団粒化した土中(団粒構造)には大小さまざまな隙間があります。空気の透過や水の浸透と保持が適度に機能し、フワフワで微生物が好む土になります。有益な微生物が殖え、その活動も盛んになると、植物の生育に貢献してくれます。空気の通り道ができることで、空気を求めて根が伸びるため根の張りがよくなります。これにより植物が必要な栄養素を過不足なく摂ることができます。また、温度や湿度変化が穏やかになり、恒常性を保ちやすくなります。その土壌環境は、微細な菌類や微生物たちの生育環境として最適な環境と言えます」(池澤加工株式会社:https://www.ikezawa-kako.jp/

 「人口減少が進む中で、手入れされぬまま放置された竹林が荒廃する『竹害』も指摘される昨今だ。私たちになじみ深い竹林。静かに進む変化に関心を寄せたい」と、コラム氏は述べておられる。確かに竹害も、竹林の荒廃も、実に静かに、けれども確実に進行しています。一昨年だったか、家の前の町道を舗装にしたのでした。工事が完了して間なしに、路面が膨れだした。やがて、タイヤの乗り上げる感覚がはっきりと体に伝わるように、道路に凹凸が目立ってきました。その大半は竹の根っこだと言われます。近所の道路では、このような凹凸は至ることろで見られます。あまりにもひどくなると、舗装のし直しをするのですが、つい最近も近くの道路(市道)では、舗装のやり直しが行われました。また数年も経たないうちに同じような「竹害」が現れるでしょうが、「竹害」は人間の都合であって、竹は生命力の発現だというでしょうね。今も、房総半島に限らず、れる島各地で、たくさんの「竹取の翁(おきな)」「竹取の媼(おうな)」が、山に入っては大変な作業をしています。しかし、その営々とした竹林作業を横目に見ながら、竹たちはせっせと背を伸ばし、子どもを殖(ふ)やしている。

 何百年かの後、劣島全体が「竹島」「竹生島」になっていないでしょうか。それをして、後世のひとびとは「新竹富島」と呼ぶかもしれません。

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〇 たけ【竹】 イネ科植物のうち、大形の稈(かん)を持つものの総称。高さ一メートルから数十メートルに達するものもあるが、数か月で第一次生長を完了すると、それ以後は大きくならない。茎は木質化し、中空で節が多い。地下茎は横にはい、各節に地下茎か、または、稈を生じる単軸型のものと、地下茎の上方から稈と地下茎を同時につける連軸型の二型がある。前者は日本産のものに多いまばらな林となり、後者は熱帯に見られる密な株立ちとなる。地上茎は節からよく分枝する。葉は短柄を持ち先のとがった広線形または狭長楕円形、葉鞘(ようしょう)との間に明瞭な節がある。葉鞘は細長い筒状で小枝を巻く。花は黄緑色で稲穂状。通常一稔性で、開花までに数十年を要し、花後、一連の地下茎に連なる稈はすべて枯死する。材は弾力性に富み割裂しやすい特性があり、建築・工芸・楽器など種々の用途に広く使われる。また、モウソウチクを始めとして、ほとんどの幼い芽は筍(たけのこ)として食用にされる。主として熱帯・亜熱帯に生え、河川の護岸林や観賞用として栽植されることも多い。[初出の実例]「多気(タケ)の根の根垂る宮」(出典:古事記(712)中・歌謡)「野山にまじりて竹をとりつつ、万の事につかひけり」(出典:竹取物語(9C末‐10C初)) 筍をいう女房詞。[初出の実例]「むろまち殿よりたけはしめてまいる」(出典:御湯殿上日記‐文明一〇年(1478)三月二一日) 笙・笛・尺八など、を使った管楽器。弦楽器を糸というのに対する。竹管。[初出の実例]「くり返しいとと竹とも心あらばうかりし節をとはまし物を」(出典:散木奇歌集(1128頃)悲歎)「たけをならしてきかせん」(出典:御伽草子・御曹子島渡(室町末))

④ 紋所の名。竹に雀、三つ竹輪違いなど。[ 1 ]〘 名詞 〙⑤ 近世、下女の名前として小説などにしばしば使われた語。転じて、下女をいう俗語。[初出の実例]「下女はしたといふものは、〈略〉家ごとにかわれども、大かた名は、ふじ、すぎ、たけ、これらなるべし」(出典:浮世草子・好色床談義(1689)二)[ 2 ] 荻江節。四世荻江露友作曲。作曲年代は不明。「松」および「梅」とともに三部作の祝賀曲。(⇙)

 竹の語誌( 1 )ふつう、竹の皮が筍の成長に従って下部から順に落ちるものをタケといい、稈(かん)の成長後も落ちないものをササというが、学術的な規定ではない。なお、今日広く見られるモウソウチクは一八世紀になって中国から移植されたもので、それ以前の日本の竹はマダケ、ハチクなどの類が多かったという。( 2 )古代には祭祀用の呪的なものとしても用いられ、神話の世界で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国から逃れる時に櫛を投げると筍が生えて黄泉醜所女(よもつしこめ)の追及を逃れたとか、天岩戸に隠れた天照大御神を誘い出すために天鈿女命(あまのうずめのみこと)が踊った折、香具山の小竹(ささ)の葉を手にしていたとかいわれる。「万葉集」の歌でも祭祀の折に竹玉を手に巻くという表現もあり、後世、正月の門松や七夕の飾りにも使われている。また、呪的なものから装飾や鑑賞の対象ともなってくる。中国でも松竹梅や梅菊蘭竹がもてはやされ、日本にも移入されるようになった。( 3 )古くから「さすたけの」「なゆたけの」などの形で枕詞にも用いられた。中古の歌では「節(よ・ふし)」と掛詞にして共に用いられることが多く、俳諧の世界では「竹の春」「竹の秋」「竹植う」のように、季語として用いられることが多い。散文でも竹取翁の伝誦を生む一方、竹や竹の林に目を向けた記述も多い。(精選版日本国語大辞典)

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People who behave stupidly are unaware …

  ハーバード大の留学生受け入れ資格剥奪、地裁判事が一時差し止め 
  トランプ米政権がハーバード大学による外国人留学生受け入れの阻止に動いたことを巡り、連邦地裁判事はこの措置の執行を一時的に差し止めた。/米連邦地裁のアリソン・バロウズ判事は23日、米政府は前日に講じた措置を執行することはできないとの判断を下した。ハーバード大はこの日先に、トランプ政権を相手取りマサチューセッツ州の連邦裁判所に訴訟を提起していた。ハーバード大は提出した訴状で、政権による措置は合衆国憲法修正第1条および適正手続きの権利などを侵害していると主張した。
 アラン・ガーバー学長は声明で、「われわれはこの違法かつ不当な措置を強く非難する」言明。「ハーバードに在籍する何千人もの学生や研究者の将来を危険にさらす措置であり、教育と夢の追求のために米国に来た数多くの大学生に対する重大な警告となる」と述べた。/ホワイトハウスと国土安全保障省、教育省はいずれも、コメントの要請に対してこれまで回答していない。(Janet Lorin・2025/05/23)(Bloomberg)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-23/SWPS1CDWLU6900) 
 ハーバード大の外国人留学生受け入れ資格、トランプ政権が剥奪 トランプ米政権はハーバード大学に対し、外国人留学生の受け入れを認めないと通告した。連邦助成金の凍結に続く措置で、同大学にとっては大きな打撃となる。政権と名門大学の対立は前例のないレベルにまでエスカレートしている。/米政府は、ハーバード大に対する学生・交流訪問者プログラム(SEVP)の認定を取り消した。これにより同大は今後、外国人留学生を受け入れることができなくなる。すでに在籍している留学生は、他校に転校しない限り滞在資格を失うことになる。国土安全保障省が22日の声明で発表した。
 声明は「反米でテロリストを支持する扇動者が多くのユダヤ人学生を含む個人に嫌がらせや暴行を加え、伝統ある学びの環境を妨害するのをハーバード大学が黙認し、安全とは言えない学内環境を生み出した」として非難。同大が中国共産党に協力しているとも指摘した。/外国人学生の受け入れ停止は、すでに財政的に圧力を受けているハーバードにとってさらなる痛手となる。トランプ政権は同大への資金26億ドル(約3740億円)超を凍結し、今後の助成金も停止している。(以下略)(Hadriana Lowenkron・2025/05/23)(Bloomberg)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-22/SWOCV2DWRGG000)

(ヘッダー写真は、Harvard University campus in Cambridge, Massachusetts. Photographer: Mel Musto/Bloomberg)

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 アメリカ社会は、今は暴風の季節。嵐が止むのを待つほかないのか。それとも嵐が人工的な発生因を持っているのだから、嵐に吹かれ続けている人々が「嵐の元」を断つ挙に出るのか。現段階では予断は許さないとも思われますが、政権(大統領)は、踏んではいけない地雷を踏んでしまったともいえそうです。(もちろん、踏んでも構わない地雷なんかあるはずもありません。要は、踏んだ側にとって被害が多いか少ないかが問題)「愚か者(fool)」「独裁者(dictator)」の価値観とその政治行為に背くものは、誰あろうと鉄槌を下すというのも、まさに愚かだし、それを唯々諾々と受け入れるのも根性のない、愚かな話。この愚かしい寸劇は、現にアメリカ社会に生じている事態だけれど、それを対岸の火事とばかり拱手傍観して済ませていいのかどうか。といいながら、ただ今この劣島では「学術会議」の「御用機関」化法案が国会で審議されています。その成り行きは、反対派には芳しくもなく、権力(政治)の意向を汲んだものになるのは避けらない模様、と傍観者を装って愚論を述べる気にもならないのは、学問・研究の自主・独立性は、この社会では、これまでも完膚なきまでに葬り去られてきた前科・前史があるからです。詳細は避けますが、「学問の独立(Academic independence)」あるいは「学問の府」などと、歯の浮くようなフレーズで「大学」を飾って来てはいるが、早くからお里は知られているのですから。

 この問題の核心部は何かというと、<ars longa, vita brevis>(芸術は長く、人生は短い)に示されている、一種の「真理」に見立てた世界観に符合するような問題に帰着する。もちろん、この表現はヒポクラテスの言とされ、その解釈は以下の通り(*)であってみれば、元より、今回の政治権力の大学(教育・学問・研究の価値の総体を指す)への攻撃・侵害行為にそっくり当てはまるものではないでしょうが、医学の祖の箴言を今風に受け止めれば、「大統領の人生(任期・人気)は短すぎるのに比べて、教育・学問・研究の価値追及は極限知らず(無制限)である」ということになるでしょう。4年や10年のいのちしか持たぬものが、何を血迷ったかというべき事態だともいえます。自分の気に入らないものは誰であっても、何であろうが認めないのだという「権力」の不当な濫用かつ横暴もまた、短命に終わるものでしょう。しかし、一端毀損された物事には修復が不可能なものもあるし、まして人間の精神にも大きな傷(禍根)を与えかねないことであってみれば、「どうぞ好きなように」ということは許されない、そんな深刻な問題です。

 *「紀元前五~四世紀のギリシャで活躍した、医学の祖とされるヒポクラテスのことばから。紀元前三世紀ごろに編纂された「ヒポクラテス全集」によって伝えられています。もともとは、医学は極めがたいので、学ぶ者は怠らず励まなければならない、という意味でしたが、後に、さまざまな専門的技芸や芸術についても使われるようになりました。日本でも、古くは文政三(1820)年に長崎出島で上演された「阿蘭陀俄芝居狂言」の舞台正面に、ラテン語(Ars longa, vita brevis.)で掲げられたことが、当時の絵画などで確認できます。(故事成語を知る辞典)

 これは単なる「一大学VS一大統領」の対立でもなければ、政治と学問の対立ですらない。アメリカ建国より以前から存在している「大学」だからという、その特殊性(卓説性?)への不法な介入を言うのではありません。権力の意向に盲従すれば、公金(公費)をふんだんにだ出してやろうという魂胆(姿勢)そのものが、学問や大学の存在に大きく抵触し、障害となるからです。この先、この「H大学の葛藤」「権力の独断(いいがかり)」の帰趨・帰結は容易に判断しかねます。しかし、いかに紆余曲折があっても、腐った権力、盲目の政治力が膝を屈するのは目に見えています。それこそが、<ars longa, vita brevis>の表そうとするところでしょう。

 さらに加えると、この問題には「アメリカ第一主義」「白人至上主義」の匂いが濃厚であるということです。イスラエルとパレスチナ問題が、所を変えて、姿を変えて現出していることです。これについても予断は許さないけれど、過去の歴史における過ちの「清算」が求められているともいえるでしょう。どこまで行っても、政治の問題を免れることはできないという厄介さがつきまとっている。

 ここで、以前に出しておいた、ニューヨーク・タイムズ紙の高名なコラムニスト、デビッド・ブルックス氏の「愚かさの6の原理」の続きを出しておきます。(原理1、原理2については既述しています。駄文録・2025.05/10付け:The 6 Principles of Stupidity David Brooks The New York Times Company  Jan 31, 2025

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〇 Principle 3: People who behave stupidly are more dangerous than people who behave maliciously. Evil people at least have some accurate sense of their own self-interest, which might restrain them. Stupidity dares greatly! Stupidity already has all the answers!
(原則3:愚かな行動をとる人は、悪意を持って行動する人よりも危険だ。邪悪な人間は、少なくとも自分の利己心について正確な認識を持っており、それが彼らを抑制しているかもしれません。愚かな者は果敢に挑戦する!愚か者はすでにすべての答えを持っている!

 トランプ氏は悪意をもって行動しているのではないとするなら、彼は「善意」から、このような愚かしい主張・行動(政策?)を取っているのでしょうか。はっきりと断定できることは、恣意的、自らの欲するままに自己肥大を遂げるために、「自分の偉大さ」を矢継ぎ早に示すことで、いっそう自己暗示にかかっているのでしょう。彼に羞恥心・自制力はないのですから、『ゆきゆきて、神軍』(1989年作品)となるほかないのです。「いざさらば雪見に転ぶ所まで」(芭蕉)、となるのではないですか。


〇 Principle 4: People who behave stupidly are unaware of the stupidity of their actions. You may have heard of the Dunning-Kruger effect, which is that incompetent people don’t have the skills to recognize their own incompetence. Let’s introduce the Hegseth-Gabbard corollary: The Trump administration is attempting to remove civil servants who may or may not be progressive but who have tremendous knowledge in their field of expertise and hire MAGA loyalists who often lack domain knowledge or expertise. The results may not be what the MAGA folks hoped for.
(原則4:愚かな行動をとる人は、自分の行動の愚かさに気づいていない。ダニング=クルーガー効果について聞いたことがあるかもしれません。これは、無能な人は自分の無能さを認識する能力がないというもの。ヘグゼス=ギャバードの系(推論・帰結)を見る。トランプ政権は、進歩的かどうかは別として、専門分野では豊富な知識を持つ公務員を排除し、専門知識や専門技術を欠いていることが多いMAGA支持者を採用しようとしています。その結果は、MAGAの人々が期待したものとは異なるかもしれません。)

 素人であろうが、極右であろうが、自分の応援団、それも強烈な応援を辞さない人を取り巻きに据えています。現段階では取り巻きの中に諍い、亀裂が生じているようですが、独裁者はそんなことに気を使っていては独裁者の名折れとばかりに、さらにどこに向かってか(本人も)知らないが、ひたすら突進するばかりです。(「愚か者の愚かさ」と同様、この稿もさらに続く)

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昔も今も、「泣く子も黙るJA」は健在さ

 このところの各紙「コラム」は、前農水大臣の放言・失言・虚言事件で持ちきり。恐らく誰彼に対する何の忖度もなしに、前農水大臣には、それこそ好き放題に論評できるからでしょう。ぼくの印象では、まさに各紙各様に、前農水大臣(親もふくめて)のあきれ果てた舌禍を嘲笑し、罵倒し、扱き下ろすに筆舌を振るった感があります。ここにその一端でも紹介したいが、面倒だから省く。後任には、これまた素晴らしい非言語感覚を持っている政治家四代目の登場なら、もう次の「舌禍」だか「失言」を追いかけるに限るとばかり、報道陣はその一挙手一投足の微細追切に余念がありません。(あきれるほどに暇なんだね)でも、「それでいいんですかあ、みなさん」と忠言(警告)に及びたいのですが、聞く耳をお持ちでないようなので、これも中断しておきます。

 茨城新聞、普段はいたって温厚・質素なコラム紙面で、さすが「いばらき」と膝を打ちたくなるばかりでしたが、本日は、ぼくは「こういうコラム」が読みたかったと、本当に首肯しきりでしたので、それをまずは感謝したいと思う。再読、三読、熟読に値する営農者のご奮闘が思われてきます。「食糧難の終戦直後、くわを振り山あいの田んぼを耕した。『たとえ一時でも国民の食生活を支えたことは誇り』と胸を張った」とありました。職業に寄せる意気とその果たされた営農への誇りの高さが痛感されます。「高度経済成長期、国は減反政策を導入。出穂の前に稲の首を切る青刈りをさせられ、『あの時、農民は皆いつか罰が当たらなければよいがと怒った』と振り返った」と伝えられています。まさしく、仰せの通りだったでしょうか。

 ぼくは能登半島の一農村に、虫けらのようにして生きていた、右も左もわからないままに、田植えや稲刈り、畑作業に、心もとない身を振るっていたころのこと、この茨城県の農業者の書かれているような農業事情にはまったくの無知でしたが、見渡す限りの田んぼや畑に囲まれた偶(たま)さかの農村生活、農業風景を今改めて思い起こしています。もう七十数年も前のことです。ぼくが特にこの営農者の言で心を打たれたのは「実態を知らない役人は耕作放棄地などと勝手なことを言う。農家の責任だと言っているようだ」と書かれた件(くだり)でした。農業政策の一貫性のなさが、いわゆる「減反政策」を強引に生み、コメの生産調整を「稲作放棄」を強制して断行された、その過ちをいささかも省みないままで、食糧事情・生産状況に惑わされて、いささかの展望も持たない、場当たりで、猫の目政策(ともいえない、お粗末なものだった)まがい「朝令暮改」的な計画の実施導入でした。コラム氏は述べておられる、「やり場のない怒りと諦めが文面から伝わってくる」と。もっと書いてほしいですね、この怒りを

 すべてがこの高齢農業者のようにこと(事態)を捉えているかどうか、ぼくはわからない。しかし、昨今の「米価高騰」の顛末を見ていると、主食のコメを嬲(なぶ)りものm弄びものにし、農業生産者や消費者を虚仮(こけ)にするような場面が明らかに方々で見られるのです。政治不在、国民不在の利権主義の横行が目に余ります。亡国への道をひたすら駆け抜けているのですね。この十数年で、いったいどれ程の「農水大臣」が更迭、辞任に及んだか、コメ高騰事情の一端を如実に示していると思われます。

【いばらき春秋】中山間地で田畑を守る高齢農家から手紙を頂いた。食糧難の終戦直後、くわを振り山あいの田んぼを耕した。「たとえ一時でも国民の食生活を支えたことは誇り」と胸を張った▼高度経済成長期、国は減反政策を導入。出穂の前に稲の首を切る青刈りをさせられ、「あの時、農民は皆いつか罰が当たらなければよいがと怒った」と振り返った▼時代は移り、後継ぎは職を求めて農村を離れた。担い手のない農地は自然に返すほかない。「実態を知らない役人は耕作放棄地などと勝手なことを言う。農家の責任だと言っているようだ」。やり場のない怒りと諦めが文面から伝わってくる▼そんな農家の気持ちを踏みにじる失言が農政トップから飛び出した。消費者、農業に携わる全員が口あんぐりである。手紙の主なら「おめ、ちっとこったんねえんじゃねえけ!(思慮が足りないんじゃないか)」としかりつけるだろう▼小泉新農相は米価抑制について「速やかに結果を出す」と表明した。参院選を控え、有権者の関心事に注力するのは仕方がない。されど本務は農政である▼瑞穂(みずほ)の国を長年支えてきた農家が将来に希望が持てるよう農政の立て直しをお願いしたい。小手先の改革でポーズを取られては困る。(山)(茨城新聞・2025/05/23)

◎ 減反政策=コメの生産を抑制するための生産調整政策。生産過剰となったコメの生産量を調整し、コメの代わりに麦や大豆などへ転作させる。国が地方自治体を通じて農業者に生産目標量を配分し、転作支援の補助金を支給することによって調整を行う。農業者にコメの作付面積の削減を指示するものであることから、一般に「減反政策」と呼ばれる。試験的・緊急的な実施を経て、1971年度に本格導入され、半世紀にわたり日本の水田農業の構造的な対策として実施されたが、国による生産目標量の配分は2018年に廃止された。コメの生産調整は、1960年代末にコメの生産が過剰となり古米の在庫増加が問題視される中で、国が生産目標量を定めて休耕・転作を奨励する対策として始まり、数年ごとに見直されて継続してきた。95年に食糧管理法が廃止され食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)が施行されると、生産調整はコメの需給均衡を図り価格を安定させる手段と位置付けられた。(⇙)

 しかし、需要に応じた生産対応が進まない点や、生産調整への参加・不参加による不公平感、米価が下落し続けている点などの問題があり、2009年1月、当時の石破茂農林水産大臣が見直しの必要性に言及したことから、生産調整のあり方が議論された。その後の民主党政権の個別所得補償制度では、生産調整の不参加者に対するペナルティーが廃止され、所得補償の補助金を受けずに自由に生産する選択肢ができた。更に政権交代を経て、13年に国が地方自治体を通じて農家ごとに主食米の生産量を割り当てて価格を維持する減反を5年後に廃止する方針を決定。生産調整に参加する農家への補助金を段階的になくすと同時に、転作補助金を増やして米価の急落を防ぎながら、農業者が自らの経営判断で生産できる農業を打ち出した。これにより18年産から国による目標量の配分はなくなったが、自治体や農協などが中心となり生産量の目安を示して急な増産を避けている。(知恵蔵)

◎ 減反政策【げんたんせいさく】=日本では1964年から米消費は減少したが,農業技術の向上で米生産は増大し,食糧管理制度下で政府の在庫米が急増した。その対策として1969年以降に実施された政策で,作付制限と転作で米の生産調整(減反)がはかられた。国が減産面積を都道府県に割りあて,さらに市町村農家へ一律に減反させ,1997年に36%余の水田96.3万haが休耕・転作となった。さらに米の貿易自由化などの圧力も加わり,1990年代も従来どおりの減反方式が支配的であった。しかし,強制一律の減反がもたらした農業現場への深い傷にかんがみ,農林水産省は強制的な生産調整を2000年から廃止することを決定した。(百科事典マイペディア)

◎ 米作調整(べいさくちょうせい)=米の供給過剰による政府負担が雪だるま式にふえることから,政府が 1970年度から手がけた米の減反政策。農林水産省が都道府県別の米の割当て数量案を作成し,中央米生産調整推進協議会の承認を得て,具体案を地方公共団体が行うというもの。一般に休耕,転作,転用などによる米の作付面積を減らす方策がとられる。米の構造的過剰から,71年当初奨励金による休耕が進められたが,78年から水田利用再編対策として転作が推進されるようになった。 90年米作調整には水田 85万 haの減反が行われた。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 その昔、泣く子も黙る「農協」と言われ、圧倒的な集票(政治)力を持っていました。今は昔日の面影(神通力)は失われたと囁かれてきたJAですが、どっこい、その政治力は、衰えたりとは雖(いえど)も、今なお継続して、さらに健在であるとみられます。ぼくは米価高騰の仕組みは「政府(政治家)とJAと官僚の企み」にあると初めから睨んでいました。何のことはない、これまでの農業政策導入の推移やその成果(在り様)を見れば一目瞭然だったからです。JAにとって、農水大臣の首なんか、あってなきがごとしでしたね。うんと昔の日本医師会会長だった武見太郎氏。大変な政治力を有していたし、それを誇示していたほどだった。ある時、そんなに政治が好きなら、どうして政治家にならないのか、いや厚生大臣にならないのですかと、新聞記者が訊いたことがあった。武見氏、即答して曰く、「大臣なんぞになってどうする。それより大臣を顎で使う方が手っ取り早いだろうよ」と豪語した。この武見氏にして敵わなかったのは、今も昔も「農協(JA)」だったでしょう。このことについては稿を改めて。(「農協ー官僚ー政治家」は同族・同胞なんだ)

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 農水相は「鬼門のポスト」 平成12年以降33人中10人が辞任 背景に業界の慣習指摘も 江藤拓農林水産相は21日、石破茂首相に辞表を提出し、受理された。「コメは買ったことがない」発言が「令和のマリーアントワネット」(立憲民主党の小川淳也幹事長)などと批判され、混乱を招いた責任を取った。歴代農水相を巡っては失言や不祥事が相次ぐ。平成12年以降、33人(重任や臨時代理除く)のうち江藤氏を含む約10人が引責辞任。「政治とカネ」の問題が後に発覚する事例もあり、業界で「鬼門のポスト」と称される。(肩書は当時)(以下略)(產經新聞・2025.05.21)(https://www.sankei.com/article/20250521-HSOAMP5KAFEYVJ5VIXNSFWPFRA/

 JAがコメ高騰の主因か 農水省と自民農林族の「トライアングル」元凶 山下一仁氏に聞く 政府が備蓄米の放出を続けているが、なぜ価格が下がらないのか。元農林水産官僚でキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、これまで政府備蓄米の9割以上を落札した全国農業協同組合連合会(JA全農)が恣意的に卸売業者への出荷を遅らせ、目詰まりを生じさせてきたのではないかとの疑念を募らせる。産経新聞のインタビューに対し、米価を維持したいJAと、売り渡し先をJAに集中させてきた農水省、選挙でJA組合員の票が欲しい自民党農林族の「農政トライアングル」が解決を遅らせた元凶だと指摘した。山下氏がインタビューに語った内容は次のとおり。(以下略)(產經新聞・2025/05/22)(https://www.sankei.com/article/20250522-K73SMRAIUJEZRGOEB55IEL2PUY/

 農林中金、過去最大の赤字1.8兆円 外債運用失敗で―今期は黒字転換見込む 農林中央金庫は22日、2025年3月期連結純損益が1兆8078億円の赤字になったと発表した。外国債券の運用失敗で巨額損失を計上したことが主因。赤字幅はリーマン・ショックで金融市場が混乱した09年3月期(5721億円)を上回り、過去最大となった。26年3月期連結純損益は300億~700億円程度の黒字転換を見込む。(後略)(時事通信・225/05/22)(https://www.jiji.com/jc/article?k=2025052200900&g=eco

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御用学問・御用学者、御用だ!

【金口木舌】御用学者との戦い 「さらば東大」と題する連載が、週刊誌「朝日ジャーナル」に載ったのは1985年末。執筆したのは東京大学で自主講座「公害原論」を催した故宇井純さんだ。東大に見切りをつけ、沖縄大学へ教授として赴く前だ▼連載第1回の主題は「御用学者とのたたかい」。政府や権力者に都合のよい説を唱える者を御用学者というが、そんな節操のない学者との戦いを振り返った▼神経系に重大な障がいが発生する水俣病。今でこそ原因は確認されたが、企業など力を持つ者のお先棒を担ぐ学者はいつの世もいる。権威をかさに「ケチをつけ原因不明に持ちこむ」学者もいたという▼そんな力を持つ側の手駒となる学者が増えないか。国の独立機関である日本学術会議の動きに思う。学者6人の妙な任命拒否に続き、政治介入もできる組織改編の法案が衆院を通過した▼権威を歯牙にも掛けなかった宇井さんだが、苦労は強いられた。水俣病の究明で「仕事の過半は御用学者、御用学問とのたたかいであった」と記す。現場を歩いて考える市井の学者であった。そんな学者に横車を押すような「御用学者」を増やしてはならない。(琉球新報・2025/05/22)

 大学に入って住んだのは東京都文京区本郷六丁目。東京大学赤門が目の前にあった。その旧帝国大学に入ろうという考えはいささかもなかったし、まったく興味も関心も持っていなかった。能力はあったかもしれなかったが。そこから都電で30分もかからない、チンケナな学校に入学したのが1964年4月だったから、十年程、本郷にたてこもっていたことになります。赤門ではない大学への入学早々の時期に、「公害言論・自主講座・宇井純」という取り合わせ(三題噺)を、新聞・雑誌などで知ることになる。宇井さんは、すでに有名な水道学者だった。まだ三十歳を出たばかりの頃だったと思う。やがて、宇井さんは「大学解体論」という書物を表し、いっそう彼の異端ぶりが、角度も速度も挙げていました。この当時、環境問題、特に公害問題が社会的関心をひいていた時期。「四日市公害」では田尻宗昭さんが激しい告発を繰り返されていた。記憶に間違いばなければ、ぼくが知った当時、田尻さんは東京都の職員だったと思う。「公害Gメン(Government men)」として、颯爽と監視船に乗り込んで、四日市の海を巡検・探査している田尻さんの姿を頼もしく思ったこともありました(左上)。

 大学生になったばかりの一青年は、自分の入学した大学の授業や教師からではなく(ぼくも無知だったけれど、その無能な田舎の青年でも呆れるほどにレベルが低かった。ぼくが犯した過ちを一瞬で悟ったのだった)それは実にレベルが低かった)、文字通りに「在野の研究・実践家」から強烈な一撃を受けた、そのことをありありと、今になって思い出しています。本日の琉球新報のコラム「金口木舌」に、今日にもなお続く「御用学者との戦い」の系譜に一気に遡行した思いがしたからです。こういう権力への「叛逆」の姿勢・態度を国立大学(旧帝大)内にいて、あるいは地方公務員として貫き、その価値と危険を十分に体内に取り込んだうえで、世の巨悪を剔抉(てっけつ)する意気と行動力というものを、ぼくは強烈に感じたのでした。この人々から、当時では考えられもしなかった、物凄い影響を、ぼくは受けてきたと思う。やがて、原田正純さんにも出会うことになり、そのような人々の義務感と良心の「嚆矢濫觴(こうしらんしょう)」となった趣のある足尾銅山公害摘発者の田中正造に行きつくことにもなりました。二十歳前に受けた、この深堀された刻印の光沢は、八十を超えた今に至るも、少なくともぼくの心中には消えることなく燃え盛っていると言えます。(右上は自主講座開講中の宇井さんと、ゲストの石牟礼道子さん)(下写真の左端が田尻さん、右端が宇井さん)

◎ 宇井純 (うい-じゅん) 1932-2006=昭和後期-平成時代の環境・公害問題研究家。昭和7年6月25日生まれ。40年東大助手。熊本県の水俣病の調査・告発運動にとりくみ,欧米にも報告。45年から大学内で公開自主講座「公害原論」を開講し,反公害運動に参加。61年沖縄大教授。アジア環境協会会長。平成18年11月11日死去。74歳。東京出身。東大卒。著作に「公害原論」「公害の政治学」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

◎ 田尻宗昭 (たじり-むねあき1928-1990= 昭和後期-平成時代の公務員。昭和3年2月21日生まれ。海上保安庁に勤務,四日市港の工場廃液垂れ流し企業を摘発。昭和48年美濃部(みのべ)亮吉東京都知事の要請で都公害局規制部長となり,公害防止行政を推進。のち神奈川労災職業病センター所長。平成2年7月4日死去。62歳。福岡県出身。高等商船学校卒。著作に「四日市・死の海と闘う」など。(同上)

◎ 田中正造 (たなか-しょうぞう)1841-1913= 明治時代の政治家,社会運動家。天保(てんぽう)12年11月3日生まれ。下野(しもつけ)(栃木県)小中(こなか)村の名主の子。栃木県会議員,同議長をへて,明治23年衆議院議員(当選6回,立憲改進党)。足尾銅山鉱毒問題で農民のため議会で奮闘したが解決せず,34年議員を辞職し,明治天皇に直訴した。のち谷中(やなか)村に居をうつし,同村の強制買収,遊水池化計画に抵抗した。大正2年9月4日死去。73歳。(同上)

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 ぼくが世間並みの「学者」「研究者」にならなかった、いやなれなかったのは、第一にはぼくの能力の絶対的無・不在だったことは事実です。だから、逆立ちしても学者にはなれなかったし、それゆえ、結果的には「御用学者」とは無縁でした。ぼくが後年勤めることになった大学には、総長・理事を始めとして錚々(そうそう)たる「御用学者群」が居並んでいました。ぼくは、だから、そんな職場に在って、常に居心地は悪かった。それは当然で、反権威・反権力は自分から願ったものだったから、文句も泣き言も言うことはなかった。宇井さんは東大の助手を十数年勤められたそうでしたが、ぼくも同じように長年助手に留まったままだった。まるでわが恥をさらすようなことになりますが、断じて、同僚の「賛成」「同意」を貰いたくなかったからでした。昇任とか昇進とかには「諸会議」の合意を得る必要があるのは当たり前で、ぼくは当時の同僚たちから「◎」を貰うことは断じて拒否していた。(大小取り混ぜた)「御用学者」みたいなものばかりといえば言葉が過ぎますけれど、それに近い状況で、ぼくは断じて膝を屈したくなかったのでした。

 「政府や権力者に都合のよい説を唱える者を御用学者」というらしいが、ぼくは前記した先輩・先達からの教えもあって、ことごとく「権威」「権威をかさに着るもの」には盾突いてきました。もちろん、「権威」は何処にでもいるし、いつでも存在している。学校教育の危機はいつまでも去らないのはどうしてだろうと、若い未熟な人間は懊悩したといってもいいでしょう。ひたすら「盾突く人びと」「反抗する人間たち」の後ろ姿や影を追いかけていたといってもいい。

 これは言うべきことではないかもしれませんが、ぼくは、自分が関係しそうな、教育に関連するような「学会」というものをどうしても受け入れられなかった。身近にあった「創価学会」という集団からの連想(学習)などではなかった。ぼくがよく知っているような人物が「会長」「理事長」に収まっているような、そんな機関・集合体が世のため人のために何かをするということは考えられなかったからです。学問・研究者の世界では、このような学会忌避(拒否)は致命的だったと思う。しかし、二十歳前の多感な頃、宇井さんや田尻さん、あるいは原田さんたちの行動とその姿勢を見せつけられた者として、少なくとも、ぼくの歩く道は、この方面だというべき、「後塵を拝する徒」としての選択しかなかったのだと当時も考えたし、今でもそう思っている。「学会で名を成す」ことは否定されるべきではありません。しかし、ぼくはそれを選ばなかったのは、才能の欠如が何よりでしたが、「御用(誤用)」になりたくなかったから、それも大きかったと思う。

 余談として 「学術会議法案」が審議されています。この問題に関して、ぼくなりの卑見・愚論はありますが、ここでは述べない。「学術会議」、別名「御用学者会議」になるのではとの危惧を唱える向きのあることは承知しているし、現行法案には無論、賛成しない。しかし、「李下に冠を正さず」と言いますね。変なたとえですが、政府から金を貰うのは考えものだと、ぼくは一貫して距離を置いていました。「科研費」という公的資金獲得額の多寡が、学者の地位や力量を示すなどということはあるはずもないのです。もちろん、ぼくは一度として「申請」すらしませんでした。それがために、嘲笑・軽侮の的になったこともあった。

 「学術会議」が生き延びる方法はいろいろにあるでしょうが、国と結びつくような方向(御用機関)は断じて認めるべきではない。学問を尊重しない、学問に無関心な権力にまでも阿(おもね)るのは、なんとも理屈が通らないですからね。もちろん、正当に「公金(税金)」を受けるべき権利はあるし、それをぼくは否定するのではないのは言うまでもありません。「御用」とは「 権力のある者にへつらい、自主性のない者を軽蔑していう語」だと、ある辞書には記されてある。人それぞれは、「学問の世界」にも妥当しますから、権力の横暴に反対する者もいれば、逆にそんな権力にさえも「諂(へつら)い」「阿(おもね)る」ものもいます。そこをどう見極めるかでしょうね。(この問題に関しては、近いうちに駄弁るつもりでいます)

御用(ごよう)の解説(デジタル大辞泉)
1 ある人を敬って、その用事・入用などをいう語。また、用事・入用などを丁寧にいう語。「何か—ですか」「—を承ります」
2 宮中・政府などの公の用務・用命。「宮内庁の—を達する店」→御用達 (ごようたし) 
3 捕り手が官命で犯人を捕らえること。また、そのときのかけ声。転じて、警察につかまること。「—、—、神妙にしろ」「—になる」
4 権力のある者にへつらい、自主性のない者を軽蔑していう語。「—新聞」
5 「御用聞き1」の略。

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葦原水穂国者神在随事挙不為国

【有明抄】午前10時の季節  1年12カ月を1日24時間になぞらえた時、「5月は午前10時の季節」と気象エッセイストの倉嶋厚さんが自著に記している。太陽は明るく、長い午後が残る。たとえ悪いことが起きても突破できる活力に満ちあふれていると◆今月は例年以上に過ごしやすい天気が続いた気がする。きょうは二十四節気の一つ、小満。佐賀平野は実りを迎えた麦秋が目に優しい。まさに午前10時の季節。仕事に遊びにパワー全開で取り組めそうだ◆さて、二十四節気で小満の次は芒種(ぼうしゅ)。沖縄では雨量が多いこの時季を「小満芒種」と呼ぶらしい。ただ、今年は沖縄より九州南部の梅雨入りが早かった。49年ぶりという。近年は気候変動がさらに気になる。豪雨被害が起きませんように。今のうちから祈ろう◆5月は「光の夏」ともいわれる。夭折(ようせつ)の詩人立原道造(1914~39年)は「五月の風をゼリーにして持ってきてください」というすてきな言葉を残して逝った◆光と優しい風に包まれ、希望に満ちた5月も、気づけばもう下旬。農家は麦の収穫を終えたら息つく間もなく田植えの準備を始める。手間暇かけて育てる米麦の価値を知るはずなのに、江藤拓農林水産相の「コメを買ったことがない」発言が波紋を広げている。そんなことより佐賀平野の豊かさに触れてくれたら農家の意欲も増しただろうに…。(義)(佐賀新聞・2025/05/21)

 勤め人時代、何度か友人に誘われて近くの繁華街の「パブ」に行ったことがあります。呑み屋には数えきれないほどかよったのに、大方の店名はすっかり忘れてしまった。でも、その「パブ」(?)は今も記憶している。「麦秋(ばくしゅう)」という名前だったからだ。その言葉の中身はよく知らなかったのは迂闊だった。小津安二郎さんの作品(1951年公開)にも同名のものがあったし、それを観ていたはずだったのに。とにかく、「麦秋」「麦の秋」、「麦の取り入れをする季節。初夏のころ。むぎあき。むぎのあき」(デジタル大辞泉)この「秋」はある場合には「時(とき)」とも読ませ、何かの好機、あるいはとても大事な場面(戦争などの際、「興国の運命を決するの秋」などという)を指すこともあります。

 麦の季節は、すっかりぼく(たち)の視界からは消えてしまいました。今では消費量の9割以上が輸入だという。その理由はいろいろに考えられますが、要するに手間暇がかかる割に儲からないということだったでしょう。他の作物の方が有利になるとみなされたのかもしれません。小さいころ、冬の寒風吹き荒む時期、麦が頭を出したころ、それ踏む作業をやらされたことがあった、「麦踏み」です。「早春に麦の芽を足で踏みつける作業。霜柱を防いで根張りをよくし、また、麦が伸びすぎないようにするために行う」(デジタル大辞泉)外から見れば「早春の風物詩」でありましょうが、農家にとっては欠かせない大切な農作業だったし、その役割は子どもにはうってつけだったのでしょう。

 その「麦秋」です。それに因んだ句をいくつか。季語は「夏」ですけれど、とびぬけた秀句というものが見つからないものですね。想像の上では迫力を欠くということでしょうか。加えて、本日は「小満(しょうまん)」、「5月21日ごろ。草木が茂って天地に満ち始める意。《 夏》」(デジタル大辞泉)という。いたるところ、緑の風波が行き渡る中、麦秋ばかりは、黄金色を醸すのですから、自然の配合(摂理)は摩訶不思議ではあります。

・座右の書に麦の秋風かよひけり(飯田蛇笏)
麦の秋さもなき雨にぬれにけり(久保田万太郎) 
・麦秋や昏れても空のなほ青く(坂梨文代)
・小満やどの田も水を湛へをり(小島雷法子)
・小満やみどりさしたる寺の屋根(森澄雄)

 いくら機械化が進んだとしても、麦刈りと田植えが重なることは避けたいところ。とするなら、人出の足りな子の時代、米か麦か、という選択になるのでしょう。コメ不足(これは減反政策の失敗がもたらしたともいえます)に喘いでいるともいえる状況に、足りない分は「輸入」でという段取りは、誰かが考えていたともいえそうな話。「関税」を高く吹っ掛けられて、その窮余の一策が「コメ(農産物)輸入」に門戸を開くというのです。日米関税問題の行く先は不透明感が溢れていますが、そのあおりで、米不足に拍車がかかってくるとするなら、農業政策のあからさまな不在を政府や農業関係者はどうするのか。いずれ、今のままでは、コメすらも小麦同様の輸入だよりになるのは避けられません。

 食糧安保などと大げさな言辞を弄して、自給率の低さを嘆いてみせた政治家や官僚たちの魂胆は奈辺にあったのでしょうか。いろいろなカウントの仕方がありますが、いずれにしても「食料自給率」は腰を抜かすほどに低いのです。少子高齢化はいたるところに危機的な状況を生み出していますが、農業においても深刻そのものです。防衛費(軍事費)がGDPの2%以上を占めようという、その埋め合わせにコメの輸入を図るというのですから、減反政策と合わせて、この国の農業経営に壊滅的な打撃を与えるのに、その危機感が政治家にも官僚にも皆無だと思われるのは、なぜか。

 右図は食料自給率の各国比較です。さらに細かいデータを使えば、この国の現状は看過できないほどの危うさに直面していると言えます。カロリーベースで38%と言えば、何らかの事情で輸出国に異変が起これば、この国は、真っ先にアウトになるのですが、そのような万が一の備えがほとんど見られないのは、なぜなのか。現状の小麦の輸出過多をみれば、事態の深刻さがわかろうというもの。戦争する国だ、多くの武器買い増しして、「敵国何するものぞ」と勇ましいことをホザイテいるけれど、その「仮想敵国」からの輸入が閉ざされたら、一瞬にしてこの社会は飢餓状態に陥るのです。

 第二次世界大戦でも、石油の多くを米国からの輸入に依存していながら、その国と戦争を始めたというのですから、始めた途端、いや始める前から敗戦が決まっていたという、実に腰を抜かすほどの愚かさを示したことになります。「欲しがりません勝つまでは」と勇ましいことを言っていたのは、誰だったか。根性や精神力があれば、つまりは「心頭滅却すれば火もまた涼し」で、飢餓はおそるに足りないとでも言いたいのでしょうか。なんという愚か者か。作られたコメ不足で大騒ぎをせざるを得ない惨状を、ぼくたちは、今の今経験させられているのです。

 柿本朝臣人麻呂歌集歌曰 葦原水穂国者神在随事挙不為国雖然辞挙叙吾為言幸真福座跡恙無福座者荒礒浪有毛見登百重波千重浪敷尒言上為吾言上為吾(巻13-3253)

「柿本朝臣人麻呂の歌集の歌に曰はく 葦原の瑞穂の国は神ながら言挙せぬ国然れども言挙ぞ我がする言幸くま幸くませとつつみなく幸くいまさば荒磯波ありても見むと百重波千重波しきに言挙す我は言挙す我は」(「葦原の瑞穂の国は神の意のままに言挙げをしない国だ。だが、言挙げを私はする。ことばが祝福をもたらし無事においでなさいと、さわりもなく無事でいらっしゃれば、荒磯の波のように後にも逢えようと、百重波や千重波のように、しきりに言挙げをするよ、私は。言挙げをするよ、私は。」)(万葉百科 奈良県立万葉文化館)(https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=3253)

 「葦が茂り、稲穂が盛んに生(な)るこの国は、神の言いなされるがまま従えば栄えるのであり、ことさらに言葉をもってああだこうだと「論(あげつら)う」必要もない国なのだ。しかし、私は…」この先の「大和の邦」論を愚考するには、本居宣長先生にご登場願いたいところですが、本日は面倒くさいことも手伝って、余計なことはしません。人麻呂さんが謳われたポイントは「とにかく、豊葦原(とよあしはら)(葦が盛んに繁り)、瑞(水)穂の国(稲穂が緑なす絨毯のように豊かに実る国)という豊穣の国観が、人麻呂存命時には定着していたという歴史物語を歌にしたという点にあります。「豊葦原之千秋長五百秋之瑞穂国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)」はすでに「日本書紀」(神代)に使われていた「大和の美称」であるとされていました。

 千三百年前の歌人の「爪の垢でも煎じて、お飲みなさい」と言ってやりたい農水大臣のお粗末を指摘したいのではありません。そんな値打ちもありません。二千年にわたって同じ場所(田んぼ)で米を作り続けて来た国の、このお米をどういう具合に処遇したらいいのでしょうか。すっかり米の飯を食わなくなった年寄も、きわめて深刻に考えているところです。

◎ かきのもと‐の‐ひとまろ【柿本人麻呂】= 万葉歌人。天武・持統・文武の三代に活躍した。天智朝に出仕していたとする説もある。持統・文武両天皇に仕えた宮廷歌人という。雄大荘重な長歌の形式を完成する一方、短歌においても叙情詩人として高い成熟度を示し、万葉歌人中の第一人者とされる。伝記は未詳だが、天武朝に「柿本人麻呂朝臣歌集」を筆録、編纂し、後の歌風の基礎を築いた。位階は六位以下。奈良遷都以前に死去したか。没所は石見国とされていたが、大和近辺であろう。後世、歌聖とあがめられた。生没年未詳。(精選版日本国語大辞典)(筆者注記・一説では708年、あるいは710年に死去したとされる。7世紀後半、持統文武両天皇に仕えたとされる。)

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瑞穂の国の大臣食言に食傷している

 農水大臣の「発言」について何かを言う気はなかった。でも、ほかに書かねば(触れねば)ならぬ記事が午前6時までには見当たらなかったので、止むを得ず「親子二代」の不出来・不誠実大臣に触れることを、自分では恥じているのだ。人一倍、ぼくには多くの理解が行き届かない言葉があります。その中でも今もって十分に納得できなないものに「恬(てん)として恥じない」という用法です。「恬淡(てんたん)」「恬然(てんぜん)」などと使って、外から何を言われても少しも騒がず」「堂々たる」そんな様を言いますね。(➀)そのニュアンスには「自分は間違ったことはして(言って)いない」という確信があるようにも見えますが、時には、その反対にとんでもない間違いを犯したにもかかわらず、「いかにもふてぶてしい」「厚顔無恥」(➁)という雰囲気を感じさせるような使い方もあります。この大臣はどちら向けでしょうか。

 卑近な例では「沖縄ひめゆりの塔」発言の荒唐無稽尊大議員がいました。間違いを指摘され、「事実」を述べたのだから発言は撤回しないと強弁した。その後、「撤回した」ように見せかけて、実は「(自分が捏造した)事実」だから、撤回しないとわけのわからない弁明に終始した。「沖縄戦史」に対する勝手な自説・歴史解釈を「事実」と強弁するのだから、「食言」ではなく、「歴史の捏造」というべきかもしれない。この手の「イカガワシイ発言」に、批判の矢玉は効果がないのはどうしたことか。政治家やそのなれの果ての大臣の発言に、いちいち目くじらを立てていては、夜も日も明けぬというのだろうか。それもそうだが、矢玉は打ち続けねば、報道が泣こうというもの。もう泣いているさ。

 この農水大臣はどうか。ぼくは、彼の親父(勲一等叙勲)のことはよく知っている。恐喝(恫喝)・強弁大好き政治家だった。大言壮語して大向こうを唸らせる魂胆を持っていただろうが、何のことはない、政治家以前に、人間として誠意の欠片(かけら)もなかったといっておく。この手の自己肥大・自己拡張政治家が大半だと思うし、それはこの国の国民の最大の不幸だろう。その虚誕大好き親父の遺伝子をそっくり受け継いでいる(と思う)息子だから、どの程度の馬鹿かということは顔にも書いてあるといいたくなる。政治家は、おしなべて「口説の徒(persuader)」だといって間違いはない。大言壮語もそうだし、嘘八百も言い放題。この農水大臣はどうか。残念と言うか、「口説の徒」ですらなく、ただただ、家柄が違う、自分は偉いのだ。俺の凄さがわからぬか。わからないなら「教えてやろう」という程度の低さがありあり。庶民はコメ不足、コメ高騰で四苦八苦しているだろうが、「自分は違う。選挙民が呉れる、それも嫌になるほど」つまりは、「売るほどある、どうだ悔しいだろう」という底抜けの愚か者だというほかない。

 この政治家が、あろうことか政権党きっての「農政通」だというから、恐れ入り谷の鬼子母神。穴が入ったら入りたくなるほど恥ずかしい現実にぼくたちは直面している。穴に入るべきは大臣なのか、庶民なのか。「売るほど米がある」という発言の真意は分からないが、おそらく「俺は庶民とは違って凄いぜ」と自慢したかっただけなのかもしれない。あるいは「売ってやりたいのはやまやま」という庶民への憐憫の情を見せびらかしたかったか。「発言は撤回しない」「嘘を言ったのではなく、盛っただけ。まあ受けを狙ったのだ」と、まるで、いけ好かない吉本芸人張りだ。受ける・受けようとする側が悪いといいたそうな、聴衆に責任を擦り付ける、潔さではなく、往生際の悪さが目に立つ。これも、今風政治家の悪癖・悪足搔き、つまりは「無能さ」である。

 首相、コメ発言の農相を厳重注意 全面撤回も最高値更新で政権打撃 自民党の江藤拓農相は18日に佐賀市で行った講演で、価格高騰が続くコメに関し「(私は)買ったことありません。支援者の方々がたくさん下さるので、(家の食品庫に)売るほどあります」と発言した。19日に批判が噴出し、石破茂首相は官邸に江藤氏を呼び出して厳重に注意した。江藤氏は発言を全面撤回して謝罪した。生活負担増に国民が苦しむ中、価格安定化に取り組む担当閣僚の不適切な発言で、夏の参院選に向けて政権には打撃となりそうだ。
 19日発表された全国のスーパーで5〜11日に販売されたコメ5キロ当たりの平均価格は、前週に比べ54円高い4268円となり過去最高を更新した。コメ高騰に対応するために政府は3月に備蓄米の放出を始めたが、価格は下がっていない。
 江藤氏は19日昼に記者団の取材に応じ「売るほどあるというのは言い過ぎた。消費者の方々に対する配慮が足りなかった。撤回というよりも修正だ」と釈明した。同日夜に首相と面会し、その後「全面的に撤回をして、皆さま方にはおわびを申し上げたい」と謝罪した。辞任は否定した。(山形新聞・2025/05/20)

 官邸に呼ばれて、「総理から辞めろと言われれば辞めるつもりだった」とは、これ如何に。「食言」では先輩格の首相、今は不人気の真っただ中にある、「辞ろるというはずもない」のを、このボンクラ大臣は直感していたか。ポケットに辞表を忍ばせていなかったこと自体が「能・脳・農天気(carefree)」、もう終わりなんだが。「馘首」を免れて、「全面的に撤回をして、皆さま方にはおわびを申し上げたい」と殊勝ぶったことを口にした、さて、「コメは買ったことがない」「支持者からたくさん貰う」「売るほどある」などという、聞くに堪えない自己拡大宣伝文句は「嘘」だったというのだろうか。コメは買ったことがないという発言が嘘で、「支持者からたくさん貰う」というのは本当か。「売るほどある」というのはどうなんだか。つまり、何をどうしたというのだろうか。こんな屑(くず)を「辞めなさい」と叱責しない・できない任命権者もまた、屑の見本みたいなもの、掃(吐)(履)いて捨てるほどいる。首相になる前と後で、これほど「発言」を「修正」「偽造」した総理も稀だと思う。恥ずかしい限りの「口説の徒」だったな。聞いていて、反吐が出るよ。

 「食言」という言葉は、まったく食えない「言を食(は)む」輩のこと。要は嘘つき。前に言ったことを平気で言い換える癖のあるのが、政治家だと思えば、腹も立たないのではなく、こんな国に、こんな時代に生まれ合わせた、わが身の不幸を嘆くのだ。初めに挙げた「恬淡」の用法に「恬淡寡欲(てんたんかよく)」がある。恬淡は物事に拘泥しない、さっぱりしていることを言う。寡欲は欲の少ないこと。「虚静恬淡」などとも言う。いずれも中国古典(「荘子」)からの言であり、どれほど政治家とは欲深いか、物欲が多いか、脂ぎっていることか、それをよく証明しているのだ。政治家の不行跡には大和も中華も同じだということ(日本風味中華)。

 今なおその混迷の途次にある、今回の「米騒動」、その真犯人は「食言」屡々の総理や担当大臣の不誠実・不真面目の姿勢に乗じている数多の魑魅魍魎、そいう連中が「政治」「政治家」を食い物にしているという実態が明かされなければならない。つまりは「政権与党(羊頭)」の犯している悪政の結果であり、それはまた原因でもある。庶民は高いコメは食いあぐねるばかりだが、総理や大臣・議員連の「食言」にはきわめて「食傷」しているのだ。いずれ「食当たり」になる恐れなしとしない。時節柄、「くれぐれもご注意を」、と乱筆啓上に及んだ次第。

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