昨日の駄文で「世界は日没を待っている(The world is waiting for the sunset)」とぼくが風船を膨らませたのも、強がりは弱虫で、きっと「尻込みする」というのと同じことを言ったまで。つまりは「TACO」だよ、あいつは、であった。上に引用した短いニュースをを読むだけで、彼がいかに「小心翼々(cautious)」「小心者(timid person)」かがわかろうというもの。「私が尻込みする? 聞いたことがない。中国への関税率を145%から100%に引き下げ、さらに引き下げたからか?」。これは自分一人(自作自演)(一人芝居)で「ロシアンルーレット(Russian roulette)」をしているようなもので、最後の最後まで引き金を引く勇気は持ち合わせていないことを、多くの人が気づいたのだ。もちろん、プーチンも習近平も、いちはやく。「途方もなく高い関税を吹っ掛け、要求のかなりの部分を相手が受け入れれば、取り下げる」のだが、「これが交渉というものだ」と嘯(うそぶ)く。脅しや強請を交渉(deal)だと強弁する人間が一国の大統領(大将)なんだから、取り巻きも疲れるし、もちろん交渉相手も疲れるに決まっている、とぼくは考えるが、どうもそうでもないらしいところもある。喜んで太鼓持ち(幇間)になりたがる御仁がいくらでもいるのは、これも古今東西、変わらぬ人間の有様(正体)だろう。
記者がこの「TACO」について大統領に感想を聞いた途端に、「その発言は絶対に口にするな」「最も不快な質問だ」と吠えたと報じられています。A barking dog seldom bites.
それにしても、「権力は腐る、どんな権力もきっと腐敗するものだ(Power corrupts, and all power corrupts.)」という政治権力の悲しい性を、ぼくたちは片時も忘れさせてはもらえない社会に住んでいることを痛切に感じている。この場合、腐るのは、いうまでもなく「権力」ではなく、持ちなれない権力を握った「人間」なんですね。人間が腐るのだ。そんな「腐った人間」を、いつまでも見せられ続けるのはたまりませんね。
<Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.><Great men are almost always bad men.>(アクトン卿(Lord Acton)(1834~1902)
誰かと喧嘩をするかしないかの判断基準は、相手に勝てそうだとみるか、相手は強いとみるか、その優劣の、一瞬の自己判断(直感)が何より重要でしょう。しかるに、この大統領はかなり焼きが回って来たと思う(間違いなく、年齢のゆえです)(加えて、アメリカ大統領という記号の有していた威力(power)を過信しすぎている)。これまでなら身近の取り巻き世界での「王様」であり続けられたが、今や相手はそれこそ、その道の百戦錬磨の兵(つわもの)ばかり。「バカも休み休みにしろ」と言われるか、気が付くか。アメリカファーストという意味が、文字通り、世界一という話なら、それはもうあり得ないことだし、アメリカはアメリカだけでやってゆくということなら、それは可能だ、ほんの一年か二年間は。つまり、アメリカは「白人優位の社会」という人種差別的傾向を帯びた者たちだけで国が出来上がるという夢想(幻想)。現大統領が誕生した段階から、さまざまな白人至上主義者たちは息を吹き返しています。その主張の根っこには「多様性(DEI:diversity, equity, and inclusion)」への反発があったでしょう。
「世界は日没を待っている(The world is waiting for the sunset)」、そしてまた新しい一日は始まる。(S.Y.)
*superfluity:Never argue with stupid people, they will drag you down to their level and then beat you with experience.” ― Mark Twain(愚か者と議論をしてはならない。奴らは、自分たちのレベルにまで君たちを引きずり下ろし、自分たちがやってきた経験によって君らを打ち負かすだろうからさ」(マーク・トウェイン)
Principle 5: Stupidity is nearly impossible to oppose. Bonhoeffer notes, “Against stupidity we are defenseless.” Because stupid actions do not make sense, they invariably come as a surprise. Reasonable arguments fall on deaf ears. Counter-evidence is brushed aside. Facts are deemed irrelevant. Bonhoeffer continues, “In all this the stupid person, in contrast to the malicious one, is utterly self-satisfied and, being easily irritated, becomes dangerous by going on the attack.”
原則5:愚かさに対抗することはほぼ不可能です。ボンヘッファーは「愚かさに対して我々は無防備である」と述べています。愚かな行動は意味をなさないため、常に予想外の事態を引き起こします。理にかなった議論は無視されます。反証は無視され、事実は無関係とみなされる。ボンヘッファーは続ける。「こうした状況において、愚かな人は悪意のある人とは対照的に、完全に自己満足しており、すぐに怒りっぽくなり、攻撃的になることで危険となる。」
Principle 6: The opposite of stupidity is not intelligence, it’s rationality. The psychologist Keith Stanovich defines rationality as the capacity to make decisions that help people achieve their objectives. People in the grip of the populist mind-set tend to be contemptuous of experience, prudence and expertise, helpful components of rationality. It turns out that this can make some populists willing to believe anything — conspiracy theories, folk tales and internet legends; that vaccines are harmful to children. They don’t live within a structured body of thought but within a rave party chaos of prejudices.
原則6:愚かさの反対は知性ではなく、合理性である。心理学者キース・スタノヴィッチは、合理性を、人々が目的を達成するのに役立つ意思決定を行う能力と定義している。ポピュリスト的な思考に囚われた人々は、経験、慎重さ、専門知識といった合理性の有益な要素を軽蔑する傾向がある。このため、一部のポピュリストは、陰謀論、民話、インターネット上の伝説、ワクチンが子供に有害だといったものなど、何でも信じてしまう傾向がある。彼らは構造化された思考体系の中で生きているのではなく、偏見に満ちたレイブパーティーの混沌の中で生きているのだ。
As time has gone by, I’ve developed more and more sympathy for the goals the populists are trying to achieve. America’s leadership class has spent the last few generations excluding, ignoring, rejecting and insulting a large swath of this country. It’s terrible to be assaulted in this way. It’s worse when you finally seize power and start assaulting yourself — and everyone around you. In fact, it’s stupid.(New York Times columnist David Brooks)(nyt・2025/01/30)結び:時が経つにつれ、ポピュリストたちが達成しようとしている目標への共感がますます深まりました。アメリカの指導者層はここ数世代、この国の広範な層を排除し、無視し、拒絶し、侮辱してきました。このように攻撃されるのはひどいことです。ついに権力を掌握し、自分自身、そして周りの人々を攻撃し始めると、さらにひどいことになります。実際、それは愚かなことです。(ニューヨーク・タイムズ紙コラムニスト、デビッド・ブルクス)(nyt・2025/01/30)