羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦

【小社会】期待するだけでなく きのうは商店街やスーパーなどがウナギの焼ける香ばしい匂いに包まれた。ことしは「土用の丑(うし)の日」が週末の土曜。店側も力を入れたのか、ずいぶんと鼻をくすぐられた。❖ただ1匹3千円ともなると、やはりため息が出る。通りがかりの人が「備蓄米が1袋半は買える」とぼやくのを聞いて、同感だった。物価の高騰が続く中、ことしも「香りだけ」で我慢したご家庭は多かったに違いない。❖大正時代に「鰻香(まんこう)内閣」と呼ばれた幻の政権がある。枢密院の清浦奎吾が首相候補に担がれたが、海軍の反対で組閣ができず、辞退を余儀なくされた。首相の座のにおいだけ嗅がされ、実際は味わえなかったことから名付けられたらしい。❖いまならあり得ない出来事かもしれないが、視点を切り替えると、どうだろう。国民は選挙や政権発足のたびに変革や政策に期待を寄せるが、たびたび裏切られる。政治家の政治資金疑惑や失言も後を絶たない。鰻香政治にさらされていないだろうか。❖参院選の投開票日を迎えた。物価高や社会保障などさまざまな課題が山積し、各党・各候補者の公約や訴えもまたさまざまだ。石破政権にとっては参院での与党過半数維持が懸かる。政権選択につながる選挙ともいえそうだ。❖鰻香政治を招かないためには、有権者も選挙でただ政治の雰囲気を嗅ぐだけではいくまい。有言実行の党は? 候補者は? 選ぶ嗅覚、目利きが問われる。(高知新聞・2025/07/20)

◎ 週の初めに愚考する(七拾九)~ 凋落勢力と猪突猛進の新興勢力の激突・格闘、そういえばいかにもそれらしく聞こえます。でも、大きく傾いた国の現下の頽廃をいかにして救うか、そんな途轍もない政治・政治家力が求められる事態にあるにもかかわらず、能天気な「大言壮語」や「臥薪嘗胆」を絶叫する政党ばかり。もちろん、その多くは新出来の徒党(もとを糺せば、「同じ釜の飯」同士だ)だけれど、主張(看板)内容は古色蒼然。あるいは、その唯我独尊ぶりには当方が赤面する。現実の政治や政治家に、ぼくはまったく期待もしないし、希望も持たない。それは甚だ残念だけれど、致し方ありません。表向きは建前民主主義を標榜しつつ、だからこそ、手前勝手なことばかりをしてくださるな、願いはそれだけだが、なかなかその通りには行かない。恐らく時代はすでに「大政翼賛流」に雪崩れ込んでいるに違いありません。

 言うまでもなく合従連衡は政界の常。徒党の出発点は政友会と憲政党の二大政党。その嫡流を自称し、亜流や傍流を自慢げに語る輩たち。だから、いかなる政策も政権構想も既出・既視のものばかりとみる。時代錯誤も甚だしいと嘆きたくなる節もないわけでもないが、これもまた、わが「現実政治」の否定できない実態ではあるのだ。水と油は混ざらないけれど、中性洗剤やなんやらを加えれば、驚くなかれ、右と左がくっつき混じり合うのだから、あら不思議。政治家に節操や誠意を求めること自体が現実を閑却している、「魚屋に大根」を求めるの類で、ないものねだりというもの。いかなる徒党も生き物であり、生物(なまもの)です。そのうちに内輪もめが起こり、仲たがいが集団を壊すまでに至る。要するに、並みいる政治家は「同じ穴の狢(むじな)」と目される。(狢には申し訳ないが)(「同じ穴の狢」とは「悪党の同類である、同じように悪党である、という意味で用いられる慣用表現」デジタル大辞泉)

 昨日の友は今日の敵、今日の友は明日の敵。敵の敵は味方。敵の敵の敵は…。つまりはみんな仲間同士(千代田区永田町、町内会のハビタント・住人)だということで、まさしく「同類憐みの利権・利己政治」を司る面々、しかもいっかな懲りない人たちの離合集散(結婚・離婚の繰り返し)なんだから、画期的な展望が切り開かれるわけもないでしょ。今のままなら、『いつか来た道」を歩くはず、いや、もう歩いているさ。「有権者も選挙でただ政治の雰囲気を嗅ぐだけではいくまい。有言実行の党は? 候補者は? 選ぶ嗅覚、目利きが問われる」(「小社会」)と、「自由は土佐の山間から」と叫び続けている御当地新聞の訴えにして、これなんだから。なんとか細くも、弱々しい遠吠えかと、ぼくは苛立ちが募るね。

 鰻香ならぬ、満腔の念をもって言いたい、「堕ちろ、堕ちろ、もっと堕ちろ!」と。そして、「波羅羯諦(Let’s go to the Pure Land)」

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国民各位「熱中症警戒情報発令中!」

 関東地方も梅雨が明けたという(昨、18日)。一体、何時から何時までが梅雨だったのかと訊きたいし、梅雨って、こんなに猛烈に暑い日々の連続だったんですか、とも訊ねてみたい。「照れば灼熱、降れば豪雨」のどこが「梅雨」なんですか、とね。天候に不平も不満も通じないとは言われてきましたが、それにしても6月の猛暑日が、東京都では十数回もあったというのですから、「梅雨入りは猛暑トンネルの入り口なり」と言いたくなります。そのおかげかどうか、ぼくは最近、しばしば「仮眠」をとります。普段からの睡眠不足もあり、また外での作業がしばらく続いていたので、体力・気力の消耗が著しいという自覚があるからです。

 幸いに、敷地の周りを樹木や竹で覆われていることもあり、都会地よりは涼しい、時折吹く風にも恵まれて、室内は冷房なしでも過ごせるので、一時間の仮眠が本格睡眠になることもしばしば。時には重く感じる頭痛がするのですが、熱はない。いろいろと妄想してみて、これは熱中症隧道への入り口に差し掛かっているのではと、必要以上に用心するのです。ぼく自身は、若いころとは違って、無謀からは程遠い人間、用心深い人間だと自認しているのも、やはり年齢の高さからくるのだろうと思っています。八十を超えたのだからおとなしくではなく、それ相応に、衰えていることを自覚するのが大事だと考えてのこと。身の程を知るということ、です。

 今朝の「いばらき春秋」には「暑さ指数」なるものが出ていました。「気温と湿度、物に吸収されずに発せられる放射熱の三つを取り入れた温度の指標である。数値が高いほど熱中症になりやすいとされる」とあります。ぼくも折に触れて、気象庁その他の熱中症警戒アラートの発令に気を引かれることがあります。でも、線状降水帯などの警戒アラートなどに比べると、まだまだ暑さの受け止め方は個人の感覚に頼りすぎている気がしていました。茨城新聞は、その日の「熱中症警戒レベル」を毎日掲載しているという。

【いばらき春秋】災害級の暑さという表現をよく聞くようになった。暑さ対策は見過ごせない課題である▼「暑さ指数」をご存じの方は多いだろう。気温と湿度、物に吸収されずに発せられる放射熱の三つを取り入れた温度の指標である。数値が高いほど熱中症になりやすいとされる。気象庁と環境省は5年前の7月から、暑さ指数を基にした熱中症警戒情報を発表している▼指数が28に達すると熱中症になりやすいとされる。翌日の予測値で指数が33に達すると熱中症警戒アラートが発表される。さらに、昨年4月からは、予測値が35に達した場合、より強い警戒が求められる熱中症特別警戒アラートが追加された▼本紙は第1社会面に「県内の熱中症警戒レベル」を連日掲載している。危険、厳重警戒、警戒、注意、ほぼ安全の5段階で、暑さ指数31以上で危険となる。アラート発表の指数はさらにその上で、人の健康に被害が及ぶ危険が極めて高い状態である▼熱中症対策の基本は水分、塩分補給を怠らず、その上で保冷剤や水、冷たいタオルなどで体を冷やすといいとされる。屋内ではエアコンの活用、屋外では日傘や帽子が効果的という▼参院選の選挙戦は最後の訴え。訴える側も聞く側も、熱中症対策をお忘れなく。(斎)(茨城新聞・2025/07/19)

暑さ指数の算出式は、屋外・屋内によって異なります。

屋外の場合:暑さ指数=0.7×温球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
屋内の場合:暑さ指数=0.7×温球温度+0.3×黒球温度
※暑さ指数、湿球温度、黒球温度、乾球温度の単位は、摂氏度(℃)

暑さ指数は、以下の3つの測定装置による測定値をもとに算出されます。/黒球温度(GT:Globe Temperature):黒色に塗装された薄い銅板の球(中は空洞、直径約15cm)の中心に温度計を入れて観測するもの/温球温度(NWB:Natural Wet Bulb temperature):水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測するもの/乾球温度(NDB:Natural Dry Bulb temperature):通常の温度計を用いて、そのまま気温を測定するもの/上記の方法で算出された暑さ指数は、環境省の熱中症予防サイトにて公開されています。
(Ever Gree・https://www.egmkt.co.jp/column/consumer/802/)

 「梅雨明け宣言」が気象庁から出された途端、これからは遠慮会釈なく「猛暑」「酷暑」「灼熱」の凄さを見せてやるぞとばかりに、今日もまた暑い日となりそうです。(ただいま、朝の6時過ぎ。室温27.3℃、湿度80%)(本日は「燃えるごみの収集日で、集積所まで持参してきたところ。近所の人が植木に水遣りをされていたし、隣の人は道路沿いの樹木の枝落としをされていました)

 投票日まじかの参議院選挙。さすがに、こんな僻地には「選挙カー」は来ません。だからというのでありませんが、ネット情報を垣間見るだけで、実に夥しい「嘘合戦」「虚偽情報拡散競争」の乱痴気様相を見せている、それを見聞きするだけで、警戒レベルは最高指数に達しそうです。ぼくはスマホを持たないので、その分は、まだ騒擾の世界からは隔離されていると言えますが。それにしても、ネット世界は真偽混同ニュース、怪情報のちまたで、それもこれも「金稼ぎか」と思うと、まったく白けて来るし、情報社会の住人であることを激しく呪いたくなるのです。

 嘘も方便、選挙には勝たねばならぬとばかりに「虚飾満開」の選挙戦も本日一日限り。結果はおおよそ予測が立っています。政治状況はよくもならなければ、これ以上悪くもならないといいたいのですが、さて、政界から「政治」や「政治家」がすっかりいなくなる事態に陥ることをぼくは覚悟しているのです。いずれも「政治まがい」「政治家まがい」の天下になるはずですし、それを放置していると、間違いなしに「全体主義」「日本(国家)主義」の錯乱状態(アメリカ並みの分断社会)が生じることは間違いないところ。驚くほど「時代錯誤」の政治状況が生み出され、世界の諸国からは孤立する運命にあるのは避けられないと思っています。これは悲観論なんかではなく、現実の事態を捉えているつもり。この混乱や錯乱を何度か経験しなければ、事態はもっと悪くなりますね。つまりは錯誤とやり直しの繰り返しの如く、それが歴史の教え(歩み)なんですね。

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【夕歩道】よく見かけるカラスたちが、口を開けていた。くちばしを開いて何か考えている顔だ。黒い羽を脱ぐわけにもいかず、強い日差しはきついだろう。空飛ぶ身と地を歩く身は違えど、夏は相身互い。▷「カラスの教科書」(松原始氏著)には「カラスは夏になると、しばしば口あけてボケーッとしている。ちょっとでも涼しい所へ行こうとして、河原の橋の下に集まっていたりもする」とあった。▷「あれほど面白くてカワイイ鳥はいないのだ」そうだ。水飲み場で意味深な顔で蛇口を眺めていたので、水を出してやろうと近づくと黒い目が合った。「烏(からす)がだまつてとんで行つた」(尾崎放哉(ほうさい))(中日新聞・2025/07/19)

 「夕歩道」氏が指摘している「カラスたちが、口を開けていた」のを、このところしばしば目にしている。拙宅の近辺はカラスのお宿(タワマン)の集合地のようで、夕方になると手(翼)を繋いで、自宅に帰る場面を毎日のように見ています。5時を知らる街の防災無線は、童謡「夕焼け小焼け」です。それを聴いて、カラスたちは塒(ねぐら)に帰っている。ところが、猛暑の日中に電線に止まっているカラスは、間違いなく猛暑に参っていて、しきりに口を開けたままにしている。熱を冷ますために空気をとりいれているのでしょう。よほど暑いんだと、ぼくは同情しきり。拙宅の庭には猫たち用の「水飲み場」が何か所か設けてある。多くのカラスが、きっとそこにやってきて、行水(ぎょうずい)はしませんが、しきりに水を飲む。カラスの世界にも「熱中症警戒アラート」があるのだろうかと、感心するのは筋違いですけれど、人も猫もカラスも「音を上げるほど」の暑さに痛めつけられているのです。我が家の猫の多くは、ひねもす外に出ていて、家には入らない。食事だけはきっと摂りに来るが、終わると一目散に林の中に飛び込んでいます。「無銭飲食」だ。

 「烏がだまつてとんで行つた」という放哉さん。季節はいつだったのか。真夏でないことだけは確か。ぼくが見るカラスは、本当に暑そうで、今にも電線から落ちるんじゃないかと心配するほどの苦しみを味わっているのがぼくにも分るの。全身黒ずくめだから、なお一層暑さ(熱)には苦しむのでしょう。「カラス なぜ啼くの」「あんまり暑いからだよ」という叫びが近くの梢(こずえ)や電線辺りから聞こえてきます、今も。

 放哉さんの盟友だったかもしれない山頭火氏の一句、二句。〈➡写真 山頭火(左)、放哉(右)〉

鴉啼いてわたしも一人  ・​啼いて鴉の、飛んで鴉の、おちつくところがない (彼の時代、決して酷暑でも猛暑でもなかったようだ)

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日本と日本人、単なる名称(入れ物)です

【日報抄】戦後80年の今年、全国の地方紙と連携した企画「あの時私は」が本紙に随時掲載されている。空襲や強制疎開など、戦争体験者の生々しい証言に胸が痛む▼印象的だったエピソードに、京都市の建物疎開がある。空襲などの延焼防止を目的とし、男性は突然、自宅からの立ち退きを命じられた。取り壊された家の跡地は戦後も返還されず、復興の名の下に五条通の拡幅に使われた▼男性の母親は終生、自宅跡地を訪れなかったという。その胸中にはどんな思いがあったのだろう。幅50メートルとなった五条通は国道1号となり、同時に9号にも指定された▼沖縄にも、かつて1号線と呼ばれた国道がある。那覇市と鹿児島市を結ぶ道路だ。戦後、沖縄を軍政下に置いた米軍が、最初に取り組んだのがこの国道の整備だった。沖縄の人々も工事に駆り出されたという。南部の軍港から島内各地の基地へと物資を運ぶ主要道路だった▼1972年の本土復帰後に、国道58号となった。今も島の南北を結ぶ重要な幹線道路だ。先日、その58号を通る機会があった。遠くには新しい住宅地が見えた。米軍の軍用地が返還された跡地だという。商業施設の建設も進み、軍用地だったころより大きな経済効果をもたらしていると、地元紙の記者から聞いた▼米軍駐留は一定のインフラ整備や雇用創出に寄与したかもしれないが、「基地が沖縄経済を支えてきた」という見方は一方的で現実とかい離しているという。節目の年、沖縄の人の語る言葉に耳を澄ませたい。(新潟日報・2025/07/18)

● 建物疎開 = 空襲による火災の延焼を防ぐため、空襲を受ける前に建物を取り壊し、空間をつくること。東京や京都、大阪など各地で行われた。広島市では内務省の告示により、1944年11月以降に実施。広島原爆資料館によると、原爆が投下された45年8月6日には、国民学校高等科や中学校、高等女学校などの動員学徒8200人以上が作業に当たっており、うち6200人以上が死亡したとみられる。(共同通信ニュース用語解説)

 無謀な戦争は無謀な犠牲を国民に負わせます。第一、なぜ戦争するのか、已むに已まれぬ事情があって、というのは後智慧で、たいていは為政者や権力者の口先(舌先)三寸、メンツや自己保身のためであることが多いのは「国家による戦争」にあっても事情は変わらないでしょう。「学童疎開」は大掛かりな国家(学校)行事でしたけれど、建物もまた、時には国家の都合で疎開させられるというのは嘘で、実際には破壊されるのです。これは今に続く国家(公共)事業による「立ち退き」「追い払い」に等しい。鉄道や道路、あるいは空港、ダムや原発施設などの、公益上重要な施設建設に際しては、国家は必要な「土地収用」を行うことができるとされる。誰が見ても納得できる場合もあれば、これは理不尽(強盗行為)であると疑問を呈さざるを得ない時もある。これに関してたくさんの資料やデータがあるが、詳細は省く。

 近年では「成田空港」の場合がそれに当たろう。いくつかの候補地から、現在地が選ばれ、そこに居住し就労していた人々の多くは「成田反対闘争」を展開しました。ために、飛行場建設工事は大幅に遅れ、きわめて変則的開業になったうえに、今なお、土地収用問題では裁判が続いています。「ここに決めた」と言われる側には納得がいかないことが多いけれど、多勢に無勢で、その願いや望みは踏み潰されてきました。ぼくは、生きている限り成田空港は絶対に利用しないと腹に決めました(虚仮の一念)。いまだに空港に足を踏み入れたことはない。国や国の実施する計画の前に、いとも簡単に「個の権利」「人権」は踏み潰され、蹴飛ばされる。ぼくには許しがたい蛮行と映ります。(ある種の「召集令状」、「国家犯罪」に等しい行為です)

 人間が住んでいた土地や建物を「国家・公共」のためという理屈で「収容」するというのは、そこにかかわる人々の歴史や生活を踏み壊すということです。「公用」が錦の御旗となって、「私用」を凌駕し、圧倒する、そんなことが何人かの権力者によって画策されてきた、それが国家の行うことでした。この社会(「国」と同じではない)には公私混同というか、公は私を飲み込むのに抵抗がないのはぼくには信じがたい。まさしく「滅私奉公」、そんな価値観が空気となって社会に席捲しているからでしょうか。これでは、いくら努力しても「民主主義」は育たないというべき。その時「民主主義」は看板・竹笊(ざる)ではあっても、実際の内容を表していないのは明らかです。

● 蜂の巣城闘争= 1958年(昭和33年)、建設省九州地方建設局は松原・下筌(しもうけ)ダムの実施計画調査を開始。水没予定地に住む住民への説明会を実施した。だがこの説明会はダム建設の必要性のみを説明し、住民の最大関心事である補償問題について何一つ語られることは無かった。この説明不足に対して、室原知幸(むろはらともゆき)を中心とした住民は、建設省に不信感を抱き、やがて小国町において「建設絶対反対」の決議を採択することになった。/これに対し建設省は、ダム建設を早期に進めるため土地収用法に基づく立木伐採を行おうとした。この立木地主の中に室原が居たが、建設省の強引な対応に態度を硬化させ、今後一切の交渉断絶を宣言した。住民は玄関に「建設省関係者立ち入り禁止」の張り紙を貼り組織的な抵抗を図った。抵抗運動は更に加速し、1959年(昭和34年)に下筌ダム建設予定地の右岸に監視小屋を建設し、住民が絶えず常駐して監視を行った。これが「蜂の巣城」である。(以下略)(Wikipedia)

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【滴一滴】選ばれる日本か 私事で恐縮だが、高齢の祖母が入居する施設でインドネシア出身の若者から介護を受け始めた。物腰の柔らかい人だそうで「よそさまから来てくださって」と、ありがたがっている▼顔を合わせてあいさつしたい…。改めてそう思ったのは、岡山県矢掛町で働く外国人技能実習生が七夕行事などを体験したという記事の影響だ。きのうの本紙にあった▼実習生の国籍はミャンマー、ベトナム、中国。身の回りでは既に多くの外国人が暮らす。そんな一人一人と向き合い、日本語を教えるなどして地域生活を支えてきた人々もおり、共に社会を支えている▼参院選は終盤に入り、外国人関連施策のあり方が主要争点に急浮上した。人口減少が加速する中、彼ら抜きでは福祉の現場も製造業も、農業も漁業も立ちゆかない。だから共生を進める。だけど規制も強めるー▼考えはそれぞれあろう。だが、実態に沿わぬデマが拡散されていることは見過ごせない。例えば医療や生活保護で外国人が「優遇されている」とのうわさは厚生労働相自ら否定し、外国人刑法犯の摘発件数も「右肩上がり」ではない▼データに基づくなら、経済発展を背景としたタイやベトナムなどの急速な少子化の方がよほど心配だ。アジアの国々が「よそさま」の人材を奪い合う未来が現実味を帯びる。その時、日本は選ばれるのか。(山陽新聞・2025/07/17)

 はからずも、連日、同じ問題の指摘と再検討が続きます。「コラム(「滴一滴」)では「選ばれる日本か」と題されていますが、はなはだ杞憂をお持ちのコラム氏の雰囲気が濃厚に伝わります。国家は大事、「外国人は無用」と、簡単には結びつかない道理を無理やり結びつけて、「日本人ファースト」を論(あげつら)っている、今日のこの状況は、ぼくには国家と国民の間に一寸の隙間もない、実に息苦しい、個人の死刑宣告に等しい風潮だと見えます。「日本人ファースト」とは言いながら、それは選挙期間限定のコマーシャル、本音のところ、結局は「日本ファースト」であるのは目に見えている、と言うより「顔に書いてある」のですから。人より型(入れ物)を大事にする態度であり、個人を尊重しないと宣言しているんですね。実に卑しい根性であり、貧しい魂胆だと思う。「日本人」というかたまりを出汁にして、一日本人を惑わせているのが見えないんですか、と言いたいね。

 これは「参●党」ばかりではありません。公私混同とはこのことか、自分たちの主張の都合で「公私」を一緒くたにして「日本人」と言っているにすぎません。この政党のキャッチコピーは「これ以上日本を壊すな」です。誰が、それを言うんですか。この主張は、いわば右代表で、他も大同小異の「日本(入れ物)ファースト」でしかない。要するに、「国家主義」、ファシズムですな。アメリカでは黒人と白人の結婚は1967年の「ラヴィング対バージニア州裁判」に対する連邦最高裁判決(異人種間結婚禁止は憲法違反)」が出るまでは、驚くべき時代錯誤が続いていました。こんな問題が起こる時、先ず前提となるのが「白人宣言」でした。「白人とは…」というのと同じように「日本人とは」という資格(定義)が憲法に規定されているという「参●党」。おそらくジョークだろうと思う。それを放置していると、いずれ「人間とは」という定義が出されるだろうから、ますます、この社会は奇怪な国(集団)としてしか見られなくなるはずです。

 「身の回りでは既に多くの外国人が暮らす。そんな一人一人と向き合い、日本語を教えるなどして地域生活を支えてきた人々もおり、共に社会を支えている」(コラム「滴一滴」)。ぼく自身は、今日の右に靡く現状を諦めているわけではありませんが、自らが「過ちを経験したい」というのですから、一蓮托生の身とあれば、行くところまで行くほかないでしょう、というばかり。政権交代か、「寄せ集め政権」か。なるようにしかならないんでしょうね。国民の大多数が選んだ「間違い」というのは取り返しがつかないとは思わないが、やらない方がいいに決まっているんですがね。

 まあ、要するに「集団催眠」にかかっているうちは、滑稽だと見られようが、理不尽だと言われようが、それだけ一層固まってしまうのですから、ここはまず、一端は失敗しましょうということですかね。その失敗を乗り越えるのは大変だし何十年もかかるでしょう。でも、国(日本)や国民(日本人)が、少しでも賢くなるためには「試練」を避けるわけにもいかない。それにしても、選挙で論じられているのは「日本」「日本人」をめぐる争い、というよりは「先陣争い」「先駆けの功名争い」のように思われます。それは「滅私奉公」、ありていにえば、そうなるんじゃないですか。

 必要以上に強調されている「日本」とか「日本人」というのは単なる名称であり、一つの「入れ物(抽象物を入れる容器)」に過ぎません。中身より入れ物を大事にするのは、詐欺商法の手口ではないでしょうか。「公」とは「私人(private)同士」から生まれる概念(場所)、つまりは公共(public/society)であって、それは官(国・government)とは異なる。公共の意識がないか、きわめて弱いから、いきなり「国」が「私」を襲うんですね。私(personal)ー公(私たち)(social・public)、そして国(container)。そんな関係をぼくは考えている。個人や集団が、突然に襲う雨風をしのぐ入れ物(傘みたいなもの)が国という物の機能ではないでしょうか。

 公園というのは「官営」ではない、「公共の場(public state)」です。こんな問題が今頃になって課題となっているというのも、迂闊と言えば迂闊。成長していない民意と言えばそうなんですね。(断る必要もありませんが、ぼくは「参●党」を槍玉にあげているのではありません。まあ、時代の風潮の「右代表」という程度の捉え方で論(あげつら)っている。この風潮は、例えるなら「カスミ」か「クモ」か、やがて消えますよ。ある種の「ジャN-ズ」タレントの如し、でもないか。未経験や経験不足の学級委員たちが「国政(government)」に参加するんですから、混乱は避けられませんね。その「混乱」こそが私たちがすべき経験だという考えをぼくは持っています。

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「日本主義」なる空気が充満している

 ぼくの性格なのだと思いますが、好きな作家や評論家がいても、それに入れあげるということはほとんどない。たぶん、根が不精という話で済むのですよ。でも時には、ぼくとしては「魔が差した」ように、誰かの講演会に出かけることが、稀にある(正確には、あった、です)。今だって数え上げられるほどの人数、片手で済んででしまいそうな少なさです。そのほとんどは学生時代の出来事。入学した大学は「課外講演」というものが頻繁に行われていましたから、その影響もあったでしょうか。正確な年代は覚えていませんが、そんな頃にたった一度だけ、山本七平さん(右写真)の講演会に赴いたことがあった。会場は産経ホールだった(大手町)ように思う。今から考えれば、まことに「奇遇」でした。」山本さんは当時もかなり右翼・保守の論客としては高名で、ベストセラー本を何冊か書かれていた。その代表作は「空気の研究」だったと思うが、その山本さんが訳されたものとして、「イザヤベンダサン」(なんという筆名)という外国(ユダヤ)人が書かれた「日本人とユダヤ人」や「日本教について」(いずれも山本七平訳、山本書店刊)がありました。山本さんは書店も経営されていた。聖書研究家でもありました。

 その山本さんの講演会に出かけた。テーマは「鈴木正三」だったと記憶しています。どうして出かけたか、背景はすっかり忘れたし、山本さんに惹かれていたというのでもなかった。「鈴木正三」は元徳川家康の側近で、後に禅僧になり、何冊かの書物を書いた。恐らく、その著作を、たまたま読んでいて、もう少し知りたかったからかもしれなかった。(それ以上に、ぼくには「心情右翼」的な部分が濃厚だったからかもしれません)肝腎の山本さんの講演の記憶(話の内容)はまったく消えています。ただ、山本さんと鈴木正三との結びつきだけが残り続け、その後、正三の本を思い出したように読んだ。それだけのことでしたが、今でもなお、ぼくには江戸の禅僧スズキショウサンは不思議な人として思い出されます。

 以下は、余話のようなもの。希代の仏教学者だった中村元さんの功績を讃えて作られている研究所の方々が「慈しみの心」という連載を長年続けられています。時々目にする程度でしたが、本日のそれは鈴木正三でしたので、ここに書き留めたというばかりの瑣事です。これは勝手な空想ですが、山本さんは自らを正三に準(なぞら)えていたのではないかとも考えてみたりします。それと、今日のような右翼勢力の伸長の根っこに、なんだか山本七平さんの蒔いた種の、その後の姿があるような気もしている。もちろん、鈴木正三も、今日の「日本主義」「保守派」現象に関しては、決して無関係ではないと思います。

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【慈しみの心(No.3435)】 生者(しょうじゃ)必滅(ひつめつ)の理、口に知って心に知らず。(鈴木正三)

<解説>生者必滅の道理を言葉ではいろいろと語ることもあるけれども、自分のこととして心から受け止めるのは難しい。無常であり変化していくあり方を、あたかも他人事のように思っている。しかし、思っているだけで、実際は他人事ではないから、生死が苦しみになる。(服部育郎・中村元東方研究所専任研究員)(山陰中央新報・2025/07/17)

〇鈴木正三(すずきしょうぞう)(1579―1655)= 江戸初期の仮名草子作家、僧侶(そうりょ)。名は重三(しげみつ)、九太夫(きゅうだゆう)とも。法号は俗称を音読して正三(しょうさん)。石平道人(せきへいどうにん)、玄々軒(げんげんけん)とも号した。三河国(愛知県)の武家に生まれ、徳川家康(とくがわいえやす)・秀忠(ひでただ)に200石をもって仕え武功があった。1619年(元和5)剃髪(ていはつ)して曹洞禅(そうとうぜん)を修め、世法即仏法(せほうそくぶっぽう)を説き仁王(におう)禅を提唱した。諸国遍歴ののち故郷の石平山恩真寺に住したが、島原の乱に従軍、のちに天草で寺を建立してキリスト教根絶を志し、『破吉利支丹(はきりしたん)』を著した。1648年(慶安1)江戸へ出て、牛込(うしごめ)に了心庵(あん)を結び、教化と述作に従ったが、77歳で末弟重之(しげゆき)の家に没した。彼の説法を弟子の恵中(えちゅう)(1628―1703)が筆録した『驢鞍橋(ろあんきょう)』や、その著『盲安杖(もうあんじょう)』『麓草分(ふもとのくさわけ)』などは仏教啓蒙(けいもう)書であり、『因果(いんが)物語』『念仏草子』『二人比丘尼(ににんびくに)』などは典型的仮名草子と称せられている。(日本大百科全書ニッポニカ)

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山本七平(やまもとしちへい)[生]1921.12.18. 東京 [没]1991.12.10. 東京 出版人,評論家。代々クリスチャンの家系に生れる。 1942年青山学院高商部卒業後,陸軍に入隊し,フィリピンで第2次世界大戦の終結を迎えた。現地で捕虜となり,47年復員。 58年翻訳書を中心に聖書関係の書籍を刊行する山本書店を設立する。 70年に出版したイザヤ・ベンダサン著・山本訳『日本人とユダヤ人』がベストセラーとなり,第2回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。この本をめぐってベンダサン=山本七平説がマスコミをにぎわしたが,本人は否定。これを機にみずから言論活動を開始し,戦争体験や日本人の行動と思想を解析,新保守主義をリードする論客と目された。おもな著書に『私の中の日本軍』(75),『論語の読み方』 (81) ,『「空気」の研究』 (77) などがある。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 山本さんや鈴木正三について、更に駄弁るところですが、本日は、あまり気が向かないのでここで止めておきます。図らずも、山本七平さんが「小林秀雄命」だったというところに逢着し、ぼくはある種の感慨に襲われています。学生時代からの十数年、何を隠そう、ぼく自身も「こばやしひでおいのち」だった(それと並行して「ミヤコハルミイノチ」だったことも隠しません)。ある時期まで、ぼくは自他ともに「心情右翼」と任じていました。決して「行動右翼」であったことはなかったのは事実です。街宣車などに載ったこともない。そこは雨宮処凛さんとは違う。ぼくの惰弱なところでしょうか。若いころは本当に熱心に小林秀雄さんのものを読み続けていましたが、やがて、「おや、それはどうかな」と疑問に思うところが屡々でした。「考えるヒント」は長く続いた連載物でしたが、その中のところどころに「日本主義」「国粋主義」的な部分があって、おそらく小林さんの心情から発していると思ったこともありました。窮屈な考えだなあ、そんな感想を持ちました。そして、最晩年の「本居宣長」に至るのです。「国学」の大成者だったかもしれませんが、小林さんはそれにどっぷりとはまっておられた。

 その日本主義の性格ですが、単純化して言うなら「天皇主義」だと思います。ぼくは「天皇制」には賛成したことはない。小林さんは晩年になるほど、「天皇制大事」、「天皇の臣」というようなところに入って行かれたと思う。もっと言うなら、彼は「日米戦争」賛成でしたね。「国民は黙って戦争に従った」とまで言われたことがある。呑気なぼくでも、それは賛成できませんでした。とまあ、このように駄弁りだすといくらでも時間が過ぎるので、駄弁もここで止めておきます。つまり、小林さん、山本さんに関心も持ったし、教えられもしましたが、「保守派」の領域の奥深くへは入ら(れ)なかったという「お粗末」の一席です。(機会があれば、この駄文の続きを)

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ラストがトップになる事態もある

 少し時間が経ちましたが、見逃せないコラムだったので、(五日遅れで)ここに引用しておきます。「ラストの地から」という高知新聞の「小社会」の記事はずっと考えている問題を簡潔にして要を得た書き方で、ぼくには身に染みている。毎日のように買い物に出かける国道沿いには、何か所もの「介護施設」があります。デイサービスや訪問介護などの諸施設の何軒かは、ここ一、二年で閉所になっています。あるいは、小さな鉄工所などもありますが、通りすがりに「溶接作業」の場面に遭遇することがありますし、防護マスクを外した職員さんが全員外国籍の人だと気が付いていまさらのように驚いている。

 (ヘッダー写真はテレビ大阪ニュース「人が来ない」:https://www.youtube.com/watch?v=nVNN3y-pjQw

 今現在、この国には約370万人ほどの外国籍の方がいる。滞在の資格はさまざまでしょうが、全人口の3%未満です。「違法移民は全員強制送還」と大掛かりな移民拒否対策を打ち出したアメリカは15%ほど、ドイツに至っては20%超です。「日本人ファースト」といい「外国人の総量規制」などという「驚くべき政策」を訴える政党もある。この数年間に限っても、いずこの政党も、ていねいな「外国人(処遇)政策」を掲げていたとは、迂闊(うかつ)だったか、ぼくは知りませんでした。もちろん、この社会における在日外国人問題の歴史は古い。少なくとも戦後に限っても「在日韓国・朝鮮人」問題があったし、その周辺には常に「ヘイトスピーチ」や「差別」につながる排斥運動が仕掛けられていました。それが今や、外国籍の人すべてに及ぼうかという「おぞましさ」であります。金や太鼓を打ち鳴らして「外国人排除」「日本人ファースト」とは、いかにも軽薄千万の乱痴気です。

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【小社会】ラストの地から 私事になるが、親が施設に入った。医療と介護を行き来し、当方のような素人がケアできるレベルを過ぎ、おそらく終(つい)のホームへ。面会のたび、いやでも衰えに気づいて心が揺れる。スタッフの献身に救われている。▣そんな支えの輪に外国籍の人もいる。流ちょうな言葉に驚く。「彼ら(外国人)がいないと、もう現場は回りません」。高知市で施設を営む役員のそんなコメントが本紙に載っていた。▣きついイメージのある介護の仕事は、人手不足なのに県内の全産業平均より賃金が低い。今後も人は減り、高齢者の割合は高まる。介護に限らず、どの産業もサービスも日本人だけで乗り切れそうにない。▣厳しい現実が迫る中、「○○ファースト」という言葉をよく耳にする。米国の指導者しかり、都議会しかり。今の参院選でもちらほらと。政治の潮流なのだろう。勇ましげに発せられることが多いのも特徴だが、ともすれば共通する属性を持たない人らを外へ追いやりがちな思想にも映る。福祉、共助といった言葉が染みる身には遠く響く。▣本紙はまた、都会との賃金格差から県内の介護職場で外国人の流出が始まったと伝える。こんな地方の姿を先頭集団は気づいているだろうか。米国や東京が第一なら、おそらく高知は…。▣いや、都会でもいずれ起きそうな未来がクリアに見えている点で、ここが最先端だと強がってみる。ラストの地から熟慮の1票を投じよう。(高知新聞・2025/07/11)

 最後尾(ラスト)が、実はその分野(課題)の最先端の問題に喘いでいるということはいくらもあります。いずれ、それは「トップ」を謳歌している地域や社会に及ぶことを明示しているんですが。いろいろな意味で、「明日は我が身」どころか、「今の今こそ我が身」なんですのにね。

 「小社会」は介護の場面について述べられているのですが、それと同じように、外国籍の存在を抜きにして成り立たない職種や職場が少なくありません。寧ろ、そのような現実の場面に関して、いかなる仕組みを作り、問題の解決を図るかということ、それこそがぼくたちに問われているし、現下の政治課題となっているにもかかわらず、声高に「排除」「非難」の的としてしか見ていないのは、まさしく政治的怠慢とぼくには映ります。まるで、過ぎし日の「日比谷焼き討ち事件」のような後味の悪さだけが目立ちます。人気取り、議席獲得の安易かつ近道として「外国人問題」を扱っている風潮が漲(みなぎ)っているんですね。いかにも軽薄であると同時に、身の程知らずだというほかありません。

 「本紙はまた、都会との賃金格差から県内の介護職場で外国人の流出が始まったと伝える。こんな地方の姿を先頭集団は気づいているだろうか。米国や東京が第一なら、おそらく高知は…。」というくだりは象徴的であると思います。少し前には、「外国人労働者」はこの国には来ない、他国の方が賃金が高いからだという、いくつかの新聞に小さな記事が出ていて、いささか驚いた経緯がありました。そこまで、落ち目になったかという感慨を催したのでした。。国内の「高低差」に敏感な人なら、国際間の「高低差」にも気が付いているはずです。勇ましいことを言っては太鼓をたたいているうちに、並みいる外国籍の人たちは、この国に寄り付きもしなくなるのは目に見えています。

 展望があるかと問われれば、ありそうもないと答えるほかありません。ではどうするか。「働く」「労働する」という事柄の原点に立ち戻って、それぞれが「社会的役割」を再確認することが求められているのではないでしょうか。危機的な事態にありながら、そんな話題なんかはどこ吹く風と、無責任な空騒ぎや他者への誹謗中傷に明け暮れている「SNS」にかぶれ・痺(しび)れてしまった、この社会の「現実」にもまた、ぼくたちは、やがて(間もなく)裏切られるに違いありません。(参考 2025年に介護を必要とする高齢者は743万人に達するとされています。その2025年現在、介護職員の不足数は32万人と言われています。この先、更に不足数は急増していくという。(*「みんなの介護求人」(https://job.minnanokaigo.com/news/kaigogaku/no1372/

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選挙を「競馬並み」に貶めるのは誰だ

 全国の新聞は軒並み「競馬新聞」になっているようです。これもまた選挙の季節の風物詩というのでしょうか。同じ選挙報道(だとご当人たちがが思っているなら)でも、他に報じようがありそうではないですか。自民・公明過半数割れ、国民・参政党は伸びると、新聞もテレビも喧(かまびす)しいこと限りなし、です。それぞれの党派が主張するものの中に聞き捨てならないものがあるようにぼくには思われますが、その点には触れず、当たり障りのない意見ばかりを寄せ集めて報道している。◎、▲、〇、✖等を候補者につけることが報道の主眼というのは、情けない話です。

 ある政党の党首の第一声は「外国人は徒党を組んで悪いことをするから、この国の治安が乱れる。我が党は日本社会の治安を守る(外国人を入れない)」と、何よりも「日本人ファースト」「人種差別」「排外主義(xenophobia)」を盛んに売り込んでいたのだが、メディアはそこにはまったく触れない。別の党も「外国人が日本の不動産を買い漁っている。価格が上がって日本人は買えない、実に怪しからんことだぞ。我が党は、これを明確に規制する」との大音声。民衆を煽り、その単純大仰な排他主義の扇動に乗せられるのだから、選挙民も尻軽というほかないね。

 この社会がバブル絶頂のころ、N.Y.のエンパイアステートビルを買い取ったのは日本の特異な経済人だったH.Y.氏だった。米国の音楽・映画などの大企業を買収し、わが世の春を世界に誇示していたのは「世界のSO✖✖」でしたね。オーストラリアやスペインで広大な土地を買い漁って、「シルバーコロンビア計画」と大宣伝して、「隠退組の移住計画」をでっちあげた役所がありました。ぼくの知り合いも、浮かれ話に乗って移住しました(その後はよく知りません)日本の「老人村づくり(ゲートシティ)」は大きな批判・非難を受け、計画段階で萎(しぼ)んでしまったようです。

 成金会社がパリ市中のマンションやアパートを買い漁ったのも同じようなな時期。当時、当該国では日本批判がどのように起こったか、詳細は知りませんけれど、「ジャパンマネー」の評判は悪かったのは確か。そして「失われた三十年」の後、今は「外国人叩き」が選挙の争点になっているのです。「移民は認めない」と怪しい政策を振りかざしては「安い労働力」としてしか見てこなかった、その「排外主義」「日本人ファースト」が、ここにきて急激に持て囃されているというのですから、阿保草と言うしかありません。「斜陽国」の見苦しい遠吠えですか、気弱な「内弁慶」なんでしょうね。(左図は、それぞれの年度の企業の時価総額ランキング・btrax:https://blog.btrax.com/jp/jp-innovation/

 外国人観光客が溢れるほど来るのは、日本が貧しい・安い国になったからであり、その原因や理由は「政治の貧困」にあるということがどうして問われないのでしょうか。「輸出産業は自動車一本足打法」と揶揄されているうちはまだよかったが、米国の高い関税賦課で、そのなけなし・虎の子の稼ぎ手も、今や風前の灯火です。どうして、メディアはこの国の現状と将来の方向を示さ(示せ)ないのでしょうか。「極右」が大声をあげて「外国人排撃」を言っている、それでいいのかと、なぜ批判しないのですか。批判しない(できない)のは、「極右」に片足を突っ込んでいるからだと言えば、どうでしょう。本命・対抗・穴馬などと知った風なことを言いますが、ぼくはまったくの競馬音痴です。競馬新聞の幹部連が知り合いで、何かと教えられたものでしたが、ついぞ馬券は買うこことがありませんでした。今では「AI予想」が流行中とか。並みいる選挙予想紙も、「何人に聴きました」とかなんとか言っているけれど、その実は「AI」で予想を立てているに違いないのです。それならば、何百億という税金を使うことを止めて、選挙予想はすべてAIで、ということにしたらどうでしょう。政治そのものも「AI」で、だよね。

  「ダークホース(黒馬)」と目されている政党党首は、次の衆議院選挙では「政権(与党)入りを目指す」と言っている。いよいよ「極右」の本格登場となるかどうか。近隣諸国をはじめ、アジアの国々は、右翼勢力の擡頭(選挙結果次第では)をどう見るのでしょうか。

🔴 極右 = 極端に右翼的な思想。またはその思想を信奉する人。明確な定義はないが、自分が属する民族は崇高な文明と歴史を有しており、他民族より絶対的に優れていると信じる人々を指すケースが多い。周辺民族を嫌悪するなどレイシズム(人種差別)と結び付きやすい。民族精神や愛国心に究極の価値を置く。考えに従わなかったり、疑問視したりする人を「外国の手先」「非国民」とみて攻撃対象にする。戦前日本の軍国主義やドイツのナチズムは、これに当たると理解される。(共同通信用語解説)

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  「マリヤが、たとい夫の子でない子を生んでも、マリヤに輝く誇りがあったら、それは聖母子になるのでございます。
 私には、古い道徳を平気で無視して、よい子を得たという満足があるのでございます。
 あなたは、その後もやはり、ギロチンギロチンと言って、紳士やお嬢さんたちとお酒を飲んで、デカダン生活とやらをお続けになっていらっしゃるのでしょう。でも、私は、それをやめよ、とは申しませぬ。それもまた、あなたの最後の闘争の形式なのでしょうから。
 お酒をやめて、ご病気をなおして、永生きをなさって立派なお仕事を、などそんな白々しいおざなりみたいなことは、もう私は言いたくないのでございます。「立派なお仕事」などよりも、いのちを捨てる気で、所謂悪徳生活をしとおす事のほうが、のちの世の人たちからかえって御礼を言われるようになるかも知れません。
 犠牲者。道徳の過渡期かときの犠牲者。あなたも、私も、きっとそれなのでございましょう。
 革命は、いったい、どこで行われているのでしょう。すくなくとも、私たちの身のまわりにいては、古い道徳はやっぱりそのまま、みじんも変らず、私たちの行く手をさえぎっています。海の表面の波は何やら騒いでいても、その底の海水は、革命どころか、みじろぎもせず、狸寝入たぬきねいりで寝そべっているんですもの」(太宰治「斜陽」新潮文庫版)

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 自公で過半数割れの可能性 1週間前より与党に厳しい情勢に 国民・参政が躍進の可能性 JNN中盤情勢【参議院選挙2025】 今月20日に投開票が行われる参議院議員選挙について、JNNが中盤情勢を分析した結果、自公で参議院の過半数を割り込む可能性があることがわかりました。1週間前より与党に厳しい情勢となっています。/今月3日に公示された参議院議員選挙について、JNNではおとといときのう(12~13日)インターネット調査を行い、取材を加味して中盤の情勢を分析しました。/それによりますと、自民党と公明党はいずれも議席を減らし、非改選を合わせて過半数となる50議席を割り込む可能性があることがわかりました。/カギを握る32の「1人区」のうち自民党が優勢なのは8選挙区にとどまり、1週間前より与党に厳しい情勢となっています。(以下略)(TBSテレビ・2025/07/14)(右図表はNHK:2025年7月14日更新)

「ダークホース」は、カリフォルニアの名門ワイナリー「E.&J.ガロ・ワイナリー」のプレミアムワイン。
土地の気候・土壌(テロワール)にこだわらない品種選びなど、独創的な考え方でつくられる濃厚な味わいが特長です。
商品名には「常識破りで予想外なことに挑戦し続けたい」というつくり手の意思が込められており、パッケージにも「ダークホース」の顔をイメージしたアイコンをあしらっています。
ダークホース・レッド・ブレンドは、カリフォルニアの400を超えるブドウ農家から、最適な熟度に達した優良品質のブドウのみを選定してブレンドしています。/黒い果実やカラメルのような香り、しっかりとしたタンニン。
甘さを感じさせる濃縮した果実味が広がり、多品種ブレンドならではの、飲み始めから終わりまで、時の経過で変化する味わいが堪能できる濃い旨の代表格と言えるワインに仕上がっています。(https://www.miraido-onlineshop.com/item/1-dh-big-red-os/)

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