【春秋】火中の栗、その味は デパ地下や菓子店では栗菓子の競演が始まっている。九州では熊本・山鹿の栗が全国的にも名が知られる。栗ご飯に渋皮煮。酷暑をどうにかやり過ごし、待ちかねた秋の味覚である▼こちらは誰かが拾わねばならぬ「火中の栗」を巡る争いに決着がついた。5人が立候補した自民党総裁選。「私は火中の栗だろうが何だろうが拾う」と不退転の決意を訴えた高市早苗さんが決選投票を制した。「うれしいというよりもこれからが大変」との勝利の弁に高揚感は乏しい▼落日の党を率いるのは誰か。「変われ自民党」をテーマに掲げた選挙戦の論戦は何とも低調だった。皆、持論を封印し、波風を立てぬように言葉を選んだ▼内向きの凡戦には「変われ」ではなく「代われ自民党」との声も聞こえてきた。けれど野党は連立に向けた思惑も絡みまとまらず。新総裁はそのまま首相に選ばれる見通しだ▼昨日の朝刊には<最終盤まで「麻生詣で」>の見出しが。首相経験者の麻生太郎、岸田文雄の両氏がキングメーカー然と振る舞う姿は、解党的出直しというかけ声には程遠く、昔ながらの自民党らしい光景に見えた▼火中の栗とは洋菓子マロングラッセの故郷フランスの寓話(ぐうわ)に由来する。猿にそそのかされた猫は、やけどを負いながら火の中から拾い出した栗を横取りされる。他人の利益のために危険を冒し、ばかな目に遭うことを指す。火中の栗、その味はいかに。(西日本新聞・2025/10/05)

◎ 週の初めに愚考する(九拾)~ (「三題噺(さんだいばなし)」にことよせて)どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞというべく、庶民が舐める塗炭の苦しみは、さらに厳しさを増すばかりです。覚悟はできていますか? 長年「政権」を恣(ほしいまま)にしてきた政党の党首(総裁)選びが終わりました。多くの新聞やテレビの報道は、その結果を「予想外」と書くが、何を呑気な、とぼくは思う。確かに候補者は「5人」だったが、同じ釜の飯を食い、同じ「コップの中」の住人でしたから、誰が選ばれても変り映えはしないのは明らかだった、ある種の「家庭内騒動」に過ぎなかった。にもかかわらず、マスコミ各位は、一様に「驚いた振り」をしていました。自らの描いた筋書きとは違っていたから。でも、「みんな同じ穴の狢(むじな)」だったでしょ。「小凶が出るか、大凶が出るか」という結果しか想定されなかった選挙だったとぼくは考えている。各候補者は「解党的出直し」は言ったが、「解党」して「出直し(死して後已む)」を図ると訴えた候補者はいなかった。これまでの「甘い汁(政権に与ること)」が吸い続けられるように、力を尽くすという、賤しい話。

「死して後已む」と言いました。出典は「論語‐泰伯第八-7」に「曾子曰、士不レ可三以不二弘毅一。任重而道遠。仁以為二己任一。不二亦重一乎。死而後已。不二亦遠一乎」(曾子曰く、士は以て弘毅ならざる可からず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦た重からずや。死して後已む。亦た遠からずや)にあります。その謂わんとする核心は「命のある限り努力し続ける」であり、「死んで初めて、その仕事は終わるのだ」というのです。その心は「仁(思いやりのこころ)に基づく政治を行うのは、とても重大な仕事だし、『死して後已む(死んだ後になってようやく終わりとなる)』という遠大な仕事でもある」と述べています」(デジタル大辞泉)それではと、ぼくは問いたい。「仁政」とは何ですか。当然でしょうが、この言葉を口にした候補者は一人もおられなかったのはどうしてか。ばかばかしいくらいに自明のことば(「政治姿勢」)であり、「恵み深く、思いやりのある政治」を目指す気持ちなんて、だれ一人、サラサラ思いも及ばなかったからです。今時、こんな寝言を言っていて政治家が務まるかというわけです。
以下、つまらぬ「三題噺」で、「国破れんか、負債ばかりが、子々孫々への遺産となる」の図を。

〇お題、その1「変節」~「総裁」になられた女性を、彼女の二十歳代から、ぼくは知っていました。胡散臭いという印象は、この間その感想は、今に至るまでいささかも変わらなかった。現東京都知事の「二番煎じ」「着せ替え」「異母姉妹」みたいだとも見ていました。彼女に似合うのは「変節著しい有為転変」ということ。これに結びついた「変節漢」という表現がありますけれど、「漢」は「男」を指し、「痴漢」とか「暴漢」などと使う。だから、彼女の場合は何と形容しますか。「日和見」「風見鶏」「転向者」とでも言いましょうか。初めはやや左、やがて動いて中ほどに、更に動いて、極端に右寄りに。ところが、今回の総裁選では少し「極端」を修正したかもしれなかったね、と。この変節著しい挙動は、政治情勢を、彼女なりに読んでのことか。政界の風見鶏の如しと思う。でも、「内弁慶」が一歩外に出れば、気を許せぬ諸国があるのです。(何かと指摘すべきことがありますけれど、つまらないのでここまで)

〇 お題、その2「誘蛾灯」~ 今回も「長老」と言うのか、「超老害」と言うのか、「元首相を看板」にしている「三爺(さんじじ)」が明に暗に動いていました。最後の最後に84歳の「未曽有(みぞゆう)」の元首相の(判断に基づく)号令が「T候補」を押し上げたとされます。彼女の手腕や政見が秀逸だからではなく、単に「勝ち馬」に乗りたかっただけの無定見の極みだ。その程度の政治感覚の持ち主であろうとも、政界は一寸先は闇と言いますから、そこに「一点の光明」を求めた候補者たちは、この「未曽有」へと日参し、三拝九拝して、なお「お百度」まで踏んだようです。つまり「未曽有」は「暗夜永田町」の「誘蛾灯(moth attracting lamp)」だったというわけさ。

〇 お題、その3「火中の栗」~「『私は火中の栗だろうが何だろうが拾う』と不退転の決意を訴えた高市早苗さんが決選投票を制した」とコラム氏の言の通り。「火中の栗」という俚諺はいろいろな使われ方をしますが、その正統性を語るなら「自分の利益にならないのに、危険をおかすことのたとえ」(故事成語を知る辞典)とされますから、今回は、この使われ方はできませんね。敢えて言うなら、火傷間違いなしの栗であろうが、地雷であろうが、「わたしは拾う」「わたしは踏む」というのでしょう。さすがは「奈良の女」か。おそらく彼女は本筋の、身を犠牲にしてでも国家・国民のために「火中の栗を拾う」などと言うことは微塵も考えておらず、「腐っても鯛」「少数与党と雖も自民党」とばかり「末期症状の集団の首領」になりたかっただけ。あわよくば「一国の首相」になれるかもというのですから、「他人のために危険をおかす」心持ちはいささかもなかったと断言できます。「危険を承知で、あえて問題の処理や責任ある立場を引き受ける」というような犠牲心など、いったいどこを押せば彼女から出てくるのですか、ぼくはそう考えています。現都知事の「妹分」だと言われるゆえんです。「経歴詐称」を指摘されたこともありますから、年齢の違う「双子」かも。まあ、単に「町内会の親分」になりたかっただけの人です。
永田町の住人は、そこに何年間かいるだけでほぼ同類・同胞になるのでしょうか。この町内では、何時だって町内騒動が起こっており、いわば常時「火中の栗拾い」状態に泥(なず)んでいるのです。国民のために体を張って、危険を顧みずに「仁政」に邁進する、そんなできもしないことは一切考えない連中ですから、火中の栗を拾うのは、もって「我が身」「我が名誉」の為と決まりきっているではないかと思う。せこい自尊心と、薄汚れた名誉心で、あたら国家・国民の祈願を袖にしてしまうのがオチなんですね。
「子曰、鳳鳥不至、河不出図。吾已矣夫。」(「子曰わく、鳳鳥至らず、河図を出さず。吾已んぬるかな。」)(「論語」子罕第九09)
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◉ 変節漢(へんせつかん)=節義を変えた男。軽蔑
して言う。(デジタル大辞泉)(註 あるいは、時代によっては「転向者」とも)◉ 転向(てんこう)(1)広義には、ある思想・信条から他の思想・信条へと変化すること。(2)狭義には、自由主義的・民主主義的立場をとる個人あるいは集団が、反体制的立場を抑圧する立場とか、国家主義的・軍国主義的反動体制を支持する立場へと態度を変更すること。(3)最狭義には、昭和10年前後の戦前日本において、共産主義者たちが、権力側から加えられた強制・暴力によってその思想・信条を放棄した行為をさす。(精選版日本国語大辞典)

◉ 誘蛾灯(ゆうがとう)= 光に集まる性質(走行性)をもつ昆虫を灯火で誘引する装置をいう。誘蛾灯の起源は、光源に松明(たいまつ)や篝火(かがりび)を用いて、ウンカやニカメイガを誘引して焼き殺したことにさかのぼる。時代が移り、光源は行燈(あんどん)、カンテラ灯、アセチレン灯へと進む。大正時代に入ると農村の電化が進み、光源は電球に変わる。第二次世界大戦前には、蛍光灯が一般家庭に普及する以前に誘蛾灯の光源として用いられ、戦後まもなくまで続くが、占領軍の指令や農薬の普及によって急激に減少し、誘殺を目的とした誘蛾灯は、特殊な害虫を対象とする以外は、ほとんど用いられなくなった。一方、誘蛾灯を害虫の発生状況を知ったり、発生予知に利用しようとする気運が明治時代に起こり、現在では、この目的のために広く用いられ、予察灯とよばれている。予察灯は、その年の発生状況の把握と発生予知のための長期間のデータ蓄積とを目的とし、都道府県の病害虫防除所によって、害虫の発生期間中、日別に調査されている。予察灯の光源は対象作物や害虫によって異なり、高圧水銀灯、青色・白色蛍光灯、ブラックライトなどが用いられているが、一般作物では60ワット白熱灯を用いることが規定されている。誘蛾灯には水盤に油を滴らして殺虫する湿式と、殺虫箱を用いる乾式とがあるが、現在の予察灯は乾式と規定され、光源、ロート、殺虫箱とで構成されている。(日本大百科全書ニッポニカ)

◉ 火中の栗を拾う= 自分の利益にならないのに、危険をおかすことのたとえ。また、危険を承知で、あえて問題の処理や責任ある立場を引き受けることのたとえ。[由来] 一七世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌの「寓話」によって知られる、「猿と猫」という話から。昔々、ある家に、猿と猫が暮らしていました。あるとき、家の主人が暖炉で栗を焼いているのを見て、それを食べたくなった猿が、猫にこんなふうに持ちかけました。「君はああいうのを取るのがうまいから、ひとつ、その腕前を見せてくれよ」。おだてられた猫は、手をやけどしそうになりながらも、栗を一つ一つ取り出していきます。ところが、その一方で、その栗を猿が一つずつ食べてしまっていた、ということです。[解説] ❶猿のおだてに乗せられてしまった猫が、ちょっとかわいそうなエピソード。そのため、うまく言いくるめられて、他人のために危険をおかす場合に使うのが、本来の使い方。自分から進んで危険をおかす場合に使うのは、あとから生まれた用法です。❷古代ギリシャの「イソップ寓話」の一つに、同じ話があるともされています。しかし、実際にこの話の存在が確認できるのは、一七世紀が最古だとのことです〔フランス〕tirer les marrons du feu.〔英語〕pull a person’s chestnuts out of the fire.。(故事成語を知る辞典)
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