「火中の栗拾い」は永田町の常態さ

【春秋】火中の栗、その味は デパ地下や菓子店では栗菓子の競演が始まっている。九州では熊本・山鹿の栗が全国的にも名が知られる。栗ご飯に渋皮煮。酷暑をどうにかやり過ごし、待ちかねた秋の味覚である▼こちらは誰かが拾わねばならぬ「火中の栗」を巡る争いに決着がついた。5人が立候補した自民党総裁選。「私は火中の栗だろうが何だろうが拾う」と不退転の決意を訴えた高市早苗さんが決選投票を制した。「うれしいというよりもこれからが大変」との勝利の弁に高揚感は乏しい▼落日の党を率いるのは誰か。「変われ自民党」をテーマに掲げた選挙戦の論戦は何とも低調だった。皆、持論を封印し、波風を立てぬように言葉を選んだ▼内向きの凡戦には「変われ」ではなく「代われ自民党」との声も聞こえてきた。けれど野党は連立に向けた思惑も絡みまとまらず。新総裁はそのまま首相に選ばれる見通しだ▼昨日の朝刊には<最終盤まで「麻生詣で」>の見出しが。首相経験者の麻生太郎、岸田文雄の両氏がキングメーカー然と振る舞う姿は、解党的出直しというかけ声には程遠く、昔ながらの自民党らしい光景に見えた▼火中の栗とは洋菓子マロングラッセの故郷フランスの寓話(ぐうわ)に由来する。猿にそそのかされた猫は、やけどを負いながら火の中から拾い出した栗を横取りされる。他人の利益のために危険を冒し、ばかな目に遭うことを指す。火中の栗、その味はいかに。(西日本新聞・2025/10/05)

◎ 週の初めに愚考する(九拾)~ (「三題噺(さんだいばなし)」にことよせて)どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞというべく、庶民が舐める塗炭の苦しみは、さらに厳しさを増すばかりです。覚悟はできていますか? 長年「政権」を恣(ほしいまま)にしてきた政党の党首(総裁)選びが終わりました。多くの新聞やテレビの報道は、その結果を「予想外」と書くが、何を呑気な、とぼくは思う。確かに候補者は「5人」だったが、同じ釜の飯を食い、同じ「コップの中」の住人でしたから、誰が選ばれても変り映えはしないのは明らかだった、ある種の「家庭内騒動」に過ぎなかった。にもかかわらず、マスコミ各位は、一様に「驚いた振り」をしていました。自らの描いた筋書きとは違っていたから。でも、「みんな同じ穴の狢(むじな)」だったでしょ。「小凶が出るか、大凶が出るか」という結果しか想定されなかった選挙だったとぼくは考えている。各候補者は「解党的出直し」は言ったが、「解党」して「出直し(死して後已む)」を図ると訴えた候補者はいなかった。これまでの「甘い汁(政権に与ること)」が吸い続けられるように、力を尽くすという、賤しい話。

 「死して後已む」と言いました。出典は「論語‐泰伯第八-7」に「曾子曰、士不以不弘毅。任重而道遠。仁以為己任。不亦重乎。死而後已。不亦遠乎」(そういわく、もっこうならざるからず。にんおもくしてみちとおし。じんもっおのにんす。おもからずや。してのちむ。とおからずや)にあります。その謂わんとする核心は「命のある限り努力し続ける」であり、「死んで初めて、その仕事は終わるのだ」というのです。その心は「仁(思いやりのこころ)に基づく政治を行うのは、とても重大な仕事だし、『死して後已む(死んだ後になってようやく終わりとなる)』という遠大な仕事でもある」と述べています」(デジタル大辞泉)それではと、ぼくは問いたい。「仁政」とは何ですか。当然でしょうが、この言葉を口にした候補者は一人もおられなかったのはどうしてか。ばかばかしいくらいに自明のことば(「政治姿勢」)であり、「恵み深く、思いやりのある政治」を目指す気持ちなんて、だれ一人、サラサラ思いも及ばなかったからです。今時、こんな寝言を言っていて政治家が務まるかというわけです。

 以下、つまらぬ「三題噺」で、「国破れんか、負債ばかりが、子々孫々への遺産となる」の図を。

〇お題、その1「変節」~「総裁」になられた女性を、彼女の二十歳代から、ぼくは知っていました。胡散臭いという印象は、この間その感想は、今に至るまでいささかも変わらなかった。現東京都知事の「二番煎じ」「着せ替え」「異母姉妹」みたいだとも見ていました。彼女に似合うのは「変節著しい有為転変」ということ。これに結びついた「変節漢」という表現がありますけれど、「漢」は「男」を指し、「痴漢」とか「暴漢」などと使う。だから、彼女の場合は何と形容しますか。「日和見」「風見鶏」「転向者」とでも言いましょうか。初めはやや左、やがて動いて中ほどに、更に動いて、極端に右寄りに。ところが、今回の総裁選では少し「極端」を修正したかもしれなかったね、と。この変節著しい挙動は、政治情勢を、彼女なりに読んでのことか。政界の風見鶏の如しと思う。でも、「内弁慶」が一歩外に出れば、気を許せぬ諸国があるのです。(何かと指摘すべきことがありますけれど、つまらないのでここまで)

〇 お題、その2「誘蛾灯」~ 今回も「長老」と言うのか、「超老害」と言うのか、「元首相を看板」にしている「三爺(さんじじ)」が明に暗に動いていました。最後の最後に84歳の「未曽有(みぞゆう)」の元首相の(判断に基づく)号令が「T候補」を押し上げたとされます。彼女の手腕や政見が秀逸だからではなく、単に「勝ち馬」に乗りたかっただけの無定見の極みだ。その程度の政治感覚の持ち主であろうとも、政界は一寸先は闇と言いますから、そこに「一点の光明」を求めた候補者たちは、この「未曽有」へと日参し、三拝九拝して、なお「お百度」まで踏んだようです。つまり「未曽有」は「暗夜永田町」の「誘蛾灯(moth attracting lamp)」だったというわけさ。

〇 お題、その3「火中の栗」~「『私は火中の栗だろうが何だろうが拾う』と不退転の決意を訴えた高市早苗さんが決選投票を制した」とコラム氏の言の通り。「火中の栗」という俚諺はいろいろな使われ方をしますが、その正統性を語るなら「自分の利益にならないのに、危険をおかすことのたとえ」(故事成語を知る辞典)とされますから、今回は、この使われ方はできませんね。敢えて言うなら、火傷間違いなしの栗であろうが、地雷であろうが、「わたしは拾う」「わたしは踏む」というのでしょう。さすがは「奈良の女」か。おそらく彼女は本筋の、身を犠牲にしてでも国家・国民のために「火中の栗を拾う」などと言うことは微塵も考えておらず、「腐っても鯛」「少数与党と雖も自民党」とばかり「末期症状の集団の首領」になりたかっただけ。あわよくば「一国の首相」になれるかもというのですから、「他人のために危険をおかす」心持ちはいささかもなかったと断言できます。「危険を承知で、あえて問題の処理や責任ある立場を引き受ける」というような犠牲心など、いったいどこを押せば彼女から出てくるのですか、ぼくはそう考えています。現都知事の「妹分」だと言われるゆえんです。「経歴詐称」を指摘されたこともありますから、年齢の違う「双子」かも。まあ、単に「町内会の親分」になりたかっただけの人です。

 永田町の住人は、そこに何年間かいるだけでほぼ同類・同胞になるのでしょうか。この町内では、何時だって町内騒動が起こっており、いわば常時「火中の栗拾い」状態に泥(なず)んでいるのです。国民のために体を張って、危険を顧みずに「仁政」に邁進する、そんなできもしないことは一切考えない連中ですから、火中の栗を拾うのは、もって「我が身」「我が名誉」の為と決まりきっているではないかと思う。せこい自尊心と、薄汚れた名誉心で、あたら国家・国民の祈願を袖にしてしまうのがオチなんですね。

 「子曰、鳳鳥不至、河不出図。吾已矣夫。」(「子曰わく、鳳鳥至らず、河図を出さず。吾已んぬるかな。」)(「論語」子罕第九09)

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◉ 変節漢(へんせつかん)=節義を変えた男。軽蔑
けいべつ
して言う。(デジタル大辞泉)(註 あるいは、時代によっては「転向者」とも)◉ 転向(てんこう)(1)広義には、ある思想・信条から他の思想・信条へと変化すること。(2)狭義には、自由主義的・民主主義的立場をとる個人あるいは集団が、反体制的立場を抑圧する立場とか、国家主義的・軍国主義的反動体制を支持する立場へと態度を変更すること。(3)最狭義には、昭和10年前後の戦前日本において、共産主義者たちが、権力側から加えられた強制・暴力によってその思想・信条を放棄した行為をさす。(精選版日本国語大辞典)

◉ 誘蛾灯(ゆうがとう)= 光に集まる性質(走行性)をもつ昆虫を灯火で誘引する装置をいう。誘蛾灯の起源は、光源に松明(たいまつ)や篝火(かがりび)を用いて、ウンカやニカメイガを誘引して焼き殺したことにさかのぼる。時代が移り、光源は行燈(あんどん)、カンテラ灯、アセチレン灯へと進む。大正時代に入ると農村の電化が進み、光源は電球に変わる。第二次世界大戦前には、蛍光灯が一般家庭に普及する以前に誘蛾灯の光源として用いられ、戦後まもなくまで続くが、占領軍の指令や農薬の普及によって急激に減少し、誘殺を目的とした誘蛾灯は、特殊な害虫を対象とする以外は、ほとんど用いられなくなった。一方、誘蛾灯を害虫の発生状況を知ったり、発生予知に利用しようとする気運が明治時代に起こり、現在では、この目的のために広く用いられ、予察灯とよばれている。予察灯は、その年の発生状況の把握と発生予知のための長期間のデータ蓄積とを目的とし、都道府県の病害虫防除所によって、害虫の発生期間中、日別に調査されている。予察灯の光源は対象作物や害虫によって異なり、高圧水銀灯、青色・白色蛍光灯、ブラックライトなどが用いられているが、一般作物では60ワット白熱灯を用いることが規定されている。誘蛾灯には水盤に油を滴らして殺虫する湿式と、殺虫箱を用いる乾式とがあるが、現在の予察灯は乾式と規定され、光源、ロート、殺虫箱とで構成されている。(日本大百科全書ニッポニカ)

◉ 火中の栗を拾う= 自分の利益にならないのに、危険をおかすことのたとえ。また、危険を承知で、あえて問題の処理や責任ある立場を引き受けることのたとえ。[由来] 一七世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌの「寓話」によって知られる、「猿と猫」という話から。昔々、ある家に、猿と猫が暮らしていました。あるとき、家の主人が暖炉で栗を焼いているのを見て、それを食べたくなった猿が、猫にこんなふうに持ちかけました。「君はああいうのを取るのがうまいから、ひとつ、その腕前を見せてくれよ」。おだてられた猫は、手をやけどしそうになりながらも、栗を一つ一つ取り出していきます。ところが、その一方で、その栗を猿が一つずつ食べてしまっていた、ということです。[解説] ❶猿のおだてに乗せられてしまった猫が、ちょっとかわいそうなエピソード。そのため、うまく言いくるめられて、他人のために危険をおかす場合に使うのが、本来の使い方。自分から進んで危険をおかす場合に使うのは、あとから生まれた用法です。❷古代ギリシャの「イソップ寓話」の一つに、同じ話があるともされています。しかし、実際にこの話の存在が確認できるのは、一七世紀が最古だとのことです〔フランス〕tirer les marrons du feu.〔英語〕pull a person’s chestnuts out of the fire.。(故事成語を知る辞典)

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巻き戻して反省する共同作業

 碁・将棋はまったく駄目でした。将棋を何とかしようと、いろいろと「プロ」の本を買って読んでは見たりしましたが、ついに将棋に引き込まれることはなかった。碁に関しては更に悲惨で、いかにしてもものにならなかった。親父や兄貴は、夕食後などにしばしば将棋を指しているのを横で見ながら、ぼくには才能がないと諦めていたものだった。大学生になり、暇な時間が多くなったのを幸い、今度こそと「碁盤」「将棋盤」を揃え、碁石も将棋の駒も買い求めて、本格的な練習体制を作ろうとしましたが、結局はダメでした。大学の通用門のすぐ横には「碁会所」などもありましたが、何時だって岡目八目の域を出ないままで終わり、碁盤・将棋盤は使われないままで古びてしまいました。ある時期は、テレビ観戦で、碁や将棋の対局を観ていたこともありましたが、そこから分かったことは、あまりにも時間がかかりすぎることで、若かったせいで、その時間の浪費ができなかったのだった。碁・将棋とは別の遊興のために、たくさんの時間を浪費したことになります。

 その碁・将棋の対局後にある「感想戦」、これは、ぼくとしては割合に真面目に見たものでした。もちろん、そこから何がわかったか怪しいものでしたが、棋士たちの指し手の「妙手」や「悪手」に驚いたり感心したり。「感想戦は敗者のためにある」という。そうかもしれません。負けた道筋を捉え直す、それを自分一人でするのではなく、対局相手との「共同作業」であるところに、何とも言えない興味を覚えます。なぜ負けたのか、どこがいけなかったのか。「この負けを糧とする姿勢が、希代の名棋士の強さの源泉なのだろう」とは藤井七冠に対するコラム氏の感想です。この「感想戦」という作業に関して、ただに碁・将棋について言えるだけではなく、あらゆる「戦い」にも妥当する検証作業でしょう。碁・将棋なら「次の勝利のため」「負けないため」の不可欠の作業だし、その他の「戦(闘)い」でも、よりよく戦うため、あるいは決して戦(闘)わないためには、どうしても欠かせない作業でしょう。それもたった一人でするのではなく、「共同作業」で行う、そこに大きな意味や示唆があるように思われます。誰と作業するかは、もちろん重要な要素になるでしょう。「たった一人」ではだめなんですね。

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【新生面】感想戦 棋士は対局後に指し手を振り返る感想戦を行う。負けた側には酷な作業に思えるが、むしろ「感想戦は敗者のためにある」との格言もあって、藤井聡太七冠が好きな言葉に挙げている▼「改善すべき点をフィードバックして、次につなげていくことが大事だと思います」と、ノーベル賞学者の山中伸弥さんとの対談でその理由を語っていた。この負けを糧とする姿勢が、希代の名棋士の強さの源泉なのだろう▼その伝で言えば、参院選総括で自ら敗因として挙げた「政治とカネ」の問題は最優先の改善点のはず。それなのに自民党総裁選の論戦が低調なまま、きょう投開票を迎えてしまうのはどういうわけだろう▼「#変われ自民党 日本の未来を語れ!」が、党広報による総裁選のキャッチフレーズである。都合の悪い過去は石破茂・現総裁に背負って去っていただき、私たちは表紙をかえて前向きに未来を語ります-ということなのか▼その石破氏は、「戦後80年見解」という日本の過去を語る「感想戦」を、首相としての最後の大仕事と定めたようだ。党内にも不要論があるが、「なぜあの戦争を止めることができなかったのか」という論点は国内のみならず、止めることのできない戦争が続く世界に向けても、強くアピールする見解となり得るのではないか▼「いつまでも過去を軽んじていると、やがて未来から軽んじられる」。広報に当たっては、作家の井上ひさしさんが、戦争責任を問う戯曲に自ら付したというキャッチフレーズを推奨したい。(熊本日日新聞・2025/10/04)

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 感想戦は実体験を通じた最大の勉強の場 【将棋と教育】「感想戦の意義――巻き戻して反省する共同作業 将棋には「感想戦」があります。スポーツの世界などをはじめとして、勝負事のほとんどは、その場で振り返り、自分の反省点を点検することは困難でしょう。野球の投手がなぜ打たれたか、その場でビデオテープを巻き戻し、反省して次の回に投げるということはないでしょう。また、試合後に反省するとして、打たれた球やそれまでの配球の組み立てなどを見直したり、チームメンバーやコーチなどから意見をもらったりすることは出来るかもしれません。しかし、対戦した打者からの意見やそのときの感じたことを一球一球シェアしてもらえることはありません。/将棋の感想戦は、勝負の直後に、お互い今まで対戦相手だった同士が自分の指し手の善悪を検証し合います。そのときに、どんな心境であったか、どんなことを考えていたか。次回は同じ失敗をしないように、あるいは次はもっと良い手を指せるように、お互いの意見を出し合い、高め合っていく。将棋にはそんな振り返りの機会が仕組みとしてあるのです。

 反省する作業を共同で行う感想戦が、実体験を通じた最大の勉強の場になるのです。/社会では、すべてのことを経験できるわけではありません。ですが、勉強過程である子供たちには、実体験できることはその機会を与えることで、自力で学び取ることや、自分のこととして感じるという体験をしてほしいと思います。「自分の責任でこれをやって、その結果こんな風になった」ということを、身をもって体験していってほしいものです。(以下略)」 (ライター:安次嶺隆幸「日本将棋連盟」・2017/10/09)(ヘッダー写真は「羽生善治王座と中村太地六段の王座戦第一局」:https://www.shogi.or.jp/column/2017/10/post_246.html

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 「その伝で言えば、参院選総括で自ら敗因として挙げた『政治とカネ』の問題は最優先の改善点のはず」とコラム氏は目下の「焦眉の急」として、ある政党の総裁選びに結び付けて、大事な忘れ物をしている候補者たちに苦言を呈されている風にも思えます。加えて、韓国産の「カルト集団」との長い深い付き合いにも一切触れないというのは、どういうことか。「『#変われ自民党 日本の未来を語れ!』が、党広報による総裁選のキャッチフレーズである」この「党首選」に、最初から、ぼくはまったく関心がありません。誰が選ばれようが、「#変われ自民党」という野放図かつ能天気な「キャッチフレーズ」の致命的な欠陥に、ご当人たちが気付かないのですから、この党には先がないというか、後がないというか。つまりは「もう終わっている(It’s already over)」のです。

 「#変われ自民党」と、誰が号令をかけているのでしょうか。「変えようよ」とか「変えたいね」と、仲間内で互いに語り合うのなら、まだしも、「変われ」と命令口調で、正体不明者が「呪文」を唱えたところでどうして変われようか。「日本の未来を語れ」と、誰が誰に言ってるんですか。第一、この国の、底の抜けた「現在」をそのままに、まだ「未来」があると考える、その浅はかさ・無思慮に、有権者は興ざめしているということに気が付かないのか、気が付かないふりをしているのか。要するに、有権者、あるいは国民を舐め切っている、その自らの傲岸不遜ぶりに気が付かないのですから、付ける薬はないのです。「バカは死ななきゃ治らない(Stupidity can’t be cured until it dies)」、あるいは「死んでも治らない(Stupidity is not cured even by death)」でしょうね。

 「#変われ自民党」、それは呪文と言うより寝言(nonsense)と言い換えたいくらいです。どうしてこんなにひどい状況に落ち込んだのか、自らの責任で担ってきた政治の偏向や不在がもたらした負の側面について、真面目な「反省」(「感想戦」)がなくて、この国に「未来」なんかあるはずもなかろうに。揃いも揃って、「解党的出直し」と口裏を合わせながらも、「みんな仲良く」とくるから、実に「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」の衆というべきでしょう。「鶏鳴」は鶏の鳴き声を真似ること、「狗盗」とは「狗(いぬ)」のようにこっそりモノを盗む輩のこと。姑息な騙しで選挙民を虚仮にし、気が付いたら、税金を収奪することに邁進・精進・進一歩という、「省察」「反省」を抜きにして、これまでの、この政党の「政治不在」を、これからも続けるらしい魂胆、それしか能がないのだからと、選挙民(有権者)はいたずらに気を許してはならないでしょうに。「裏金」脱税はどうするんですか。重加算税を払いなさいよ。それにしても、政治家という輩はなんと「金に汚い」のでしょうか。

 「都合の悪い過去は石破茂・現総裁に背負って去っていただき、私たちは表紙をかえて前向きに未来を語ります」という戦術かなどと、分かりきったことをコラム氏は書かれます。自分たちの「政治=利権本位」に都合が悪いから、何かと口実を設けて(現首相)を「総裁の座」から引き摺り降ろした、大手新聞・テレビ局もいっしょになって。笑うべきか、泣くべきか。つまりは、この国は少なくとも政治・経済、加えて報道の面では詰んでしまっている(「王様」の逃げ場がないという意味)ということです。「解党的出直し」ではなく、「解党して、出直し」を図るべき時だということに気が付いていないのです。「♯変われ自民党」ではなく、正しくは「♯代われ自民党」なんじゃないですか。野党に代われというのではない、本音を言うなら「♯変われない自民党」であり、「♯もう、いらない自民党」なんですよ。ここまでこの党を腐られたのは誰か、それを明らかにするための「総裁」選びじゃなかったんですか。

 石破さんに関しても、ぼくは何度か言及しました。「自分から辞めると言うな」、そうすれば任期三年は続くから、と。しかし、彼もまた並みの「権力亡者」でしたね。「選挙に負けた責任をとれ」と詰め寄られ、それでもなお「辞める、辞めない」で迷った挙句、遂に「引き摺り降ろされた」という次第。残念だったろうというより、情けないことよ、というのがぼくの実感。あるいは、もう少しやれるかもしれないと、腐った議員連中からの支援に淡い期待を持ったこと自体が、根性が座っていませんでしたね。腹を据えて、居座りつつ、「衆議院を解散」すればと、できもしないことを願ったりした当方も、まったく情けないと思うね。

 それはともかく、彼は「一言居士」たらんとしてきた男でした。「80年談話」ならぬ「80年感想」を出すという。これもまた、出すについては迷いに迷ったことは明らかです。この国の政治の現状と、アジア諸国との友好親善(善隣外交)のためにも、はっきりと、憲法(第九条)改正や軍備増強を目論む、今の自民党右翼政治と決別すべく、集団的自衛権などという憲法違反の軍事行動をとろうという戦争したがり集団とはきっぱり絶縁することを内外に明らかにし、みずからの旗幟を鮮明にすること、これこそが現総理の為すべき最後の課題(もちろん、彼のことですから、この先の「捲土重来」を期しているのは疑いのないところ)ではないでしょうか。

 そして新たな総裁が選出された段階で、何人もいないでしょうが、仲間と語らって「解党し、出直し」を決断すべきだと思う。「元総理・三爺(さんじじ)」という阿保たちの見ておれない挙動に加わるなどしたら、恥の上塗りだし、自らの存在を否定することにつながるでしょう。耄碌し、前後の見境もなくなった「元総理・三爺」どもが棲息して(できて)いること自体、この政党の腐敗のあからさまな証拠ですぜ。現首相はこれまでも政権党を離れた経験があるのですから、それを生かさない手はない。つまりは現職首相の渾身からの「感想戦」が求められているのです。「感想」という名の「歴史(少なくとも、戦後政治の歴史)の再考察」、「日米安保体制の見直し」等々、つまりはこの国のこれまでの振る舞いをたどりつつ行う「内なる戦い」を交わす(共にする)相手はいるのか。心配無用、たくさんの無辜の国民がいるではありませんか。

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「短文化」は何を得、何を失ったか

【有明抄】短文化する時代 長くなればなるほど短くなるものがある。それは夫婦の会話だと、ある人生の先達に教わった。なんとなく互いの気持ちがわかるせいか、「あれ」とか「それ」で会話が成り立つものらしい◆往年の名優中村伸郎さんはある日、長年連れ添った妻から話しかけられた。「留守番がないから、出られないって言うのよ」。いったい誰のことか、唐突すぎて話がよくわからない。短い会話が習慣になって、いちいち説明しなくても伝わると思うのか、こんな不思議なやりとりが日常になる◆SNSの普及で略語や短いことばのやりとりが増えている。最新の「国語に関する世論調査」で89%の人が、そんなSNSの影響を感じていた。「了解しました」は「りょ」、「お疲れさま」は「乙(おつ)」…。すぐに返信しなければ、とスピード重視の言語感覚である◆こうした若い世代のやりとりは意味が伝わらなかったり、ときに相手を傷つけたりもする。短文をぱっと書いてぱっと送ることに慣れ、学校では長文の読み書きが苦手になっているという。誰もが自由にことばを発信できる便利な通信網が皮肉にも、ことばの豊かさを奪っている◆短いやりとりでは大事なことをつい言いそびれる。感謝の気持ちとか、いたわりとか。老夫婦の不思議な会話がなんとなく成り立っているのは、聞く方がうわの空だから、である。(桑)(佐賀新聞・2025/10/03)

(ヘッダー写真「PRTIMES」・2018年5月15日 11時01分)(左グラフも)(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000023974.html

 このところ、スマホなどで使われるSNS類の通信文がやたらに簡素化(simplification)、短文化(popularity of short sentences)しているという傾向について、いろいろな指摘がなされています。何よりも「短文化傾向は拙いね」と言うか、「それでは意を尽くせない」などという批判が大半のようです。その反対に「手間がかからない」「分かりやすい」などと肯定する意見も負けてはいません。どっちだっていいではないですか、SNS未利用派のぼくなどは、そう思うのですが。

 ヘッダー図や右上図の調査時期は2028年5月時点のもの、かなり早い段階から、連絡や挨拶や報告などは「短・簡・易」に限るという大方の好みが示されているとみていいでしょう。当然の流れで、小さな画面で漢字交じりの長文など、いったい誰が読みたいと思いますか。毎日だらだら綴っている、この「駄文」「雑文」がその悪い例の見本です。雑文・駄文・悪文・拙文、しかも長々と書かれたものなど、誰だって見向きもしないでしょう。短文、簡潔文、それでどこが悪いと、スマホを持たないぼくなどでさえ思う。短文の最たるものは「漢字一字」でしょうから、「乙」「草」「動」「楽」「繋」「難」「忙」などなど。これなどは究極の「ピストグラム」ではないでしょうか。即・効というわけです。「早い・安い・拙い」は「▼□●屋」の牛丼でしょうが、「短・兵・急」は当節の通信文利用者の事情に見合った型式だと思う。それで結構だという人が多いから、今は用をなしているのでしょ。やがて死ぬ、気配も見えず、今盛ん。「りょ」でしょうか。

 なによりも、そんなお手軽が嫌いだから、ぼくは携帯・スマホは持たない人間。それで生きづらくもなければ、生きやすくもない。そんな機器の有無にかかわらず、人生は苦楽、相存す。つまり「禍福は糾(あざな)える縄の如し」と言うだけのこと。それに対処するに「先憂後楽」か「先楽後憂」か、「前払いか、後払いか」です。「有明抄」に引かれた「「留守番がないから、出られないって言うのよ」という妻の言に、夫はどう反応したか。ぼくにはとても興味がある。まるで鋭い将棋指しの一手の趣きがあると思われませんか。妻は、何手も先を読んで一言を放った(一手を指した)、夫は凌げないで、投了となったかもしれません。(妻は、自分(あるいは誰か)は留守番じゃないと思い込んでいます、だから「出られないって」)「短い会話が習慣になって、いちいち説明しなくても伝わると思うのか、こんな不思議なやりとりが日常になる」というのは、何時の時代にあっても変わらない世相・世情だと言いたいですね。まるで耳が遠いもの同士の会話、「誤解し合って、それで正解」なんですから、まるで見事な芸の域に達しているのですね。

 「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」と言われました。「稼いだ日銭は、その日のうちに使うのさ」「金を貯めるなんて、そんなみっともないことできるかい」と、ケチ臭い「上方もん」を笑ったのかもしれません。もちろん、江戸っ子の気前良さを自慢した啖呵でもありました。落語で知った科白で、旬のカツオが出回ったと聞いた「職人さん」、早速戴こうと店に入ったが、あまりにも高価で手が出ない。それでも喰いたいので、着ている褞袍(どてら)を質に入れて食ったとさ。それを自慢したそうです。「お前、カツオ食ったってねえ」「どうだった味は、旨かったか」「ウーン、寒かった」といったとさ。じつに簡潔で、要を得ていますね。

 簡にして要を得る、これが言葉使いの極意だと、散々教えられてきました。短ければ短いほどいい、それが嵩じて、「不立文字(ふりゅうもんじ)」まで行きつきます。(「禅宗の根本的立場を示す語。悟りの内容は文字や言説で伝えられるものではないということ。仏の教えは師の心から弟子の心へ直接伝えられるものであるという「以心伝心」の境地を表したもの。ふりつもんじ」)(デジタル大辞泉)禅宗の極意とSNSのお手軽通信文が同じ値打ちだとは思わないけれど、願わくば「以心伝心(以簡電信)」でありたいのは変わらないのでしょう。数日前にも駄弁ったことですが、芭蕉さんなら「不易流行」と言われるでしょう。いつの時代にも優勢な傾向は、すべからく「一時流行」に外なりません。繰り返し、寄せ返す波のように、行ったり来たりの「漣(さざなみ」「荒波」、人間の好む傾向もまた、それに同じ。流行(はや)り廃(すた)りは、世の常であるという話。(右「教外別伝不立文字」一休宗純筆)(釈迦の教えを以心伝心で伝えるほかに法はないということ、加えて仏教の真意は言葉なんかでは伝えられぬ、そのことを「不立文字」という)

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 以下のコラム「国原譜」では、「モノの進化」について云々されています。上の「ことばの簡素化」「短文化」の時代と同じ傾向がそこに伺えないか、それがわかれば、「進化」とか「進歩」などという表現は、実は、人間社会における「何もの」かの「退化・退歩」であり、衰退(堕落)」を暗示し明示しているとは言えるでしょう。「進歩」は「変化(へんか)」、それだけなんだ。モノとコトは密接不離で、相離れがたく抱擁し合っているのですから、どちらかが短絡に走れば、片一方もその「道連れ」になるというばかり(牧村三枝子、だ)。ここで重用される「価値」は、「効果」「便利」「速さ」でしょうか。そしてぼくは思う、「狭い日本、そんなに急いでどーすんの」節約された時間は、どこに消えるのでしょうか。「タイパ」と言って、何を得て、何を失ったか。その得失は、ご当人にとっても小さくない事柄だとぼくなどは考えてしまう。 

【国原譜】生活に直結したモノの進化も万人にとって肯定的とは言い切れない。そんな思いが頭に浮かぶ話を聞いた。/県経済倶楽部の自動車産業の将来に関する講演会で、県出身の自動車ライターの西川淳さんが提示した。デザインや音など旧車が有した魅力は進化とともにどんどん削られ、個性や特徴を見つけるのが難しくなったと。/確かにかつてはエンジン音を聞けば車種が知れるクルマがあった。独創的な内外装をうんちくを交えて自慢気に語るオーナーもいた。/操作や駆動での扱いにくさ、パーツのもろささえ個性と捉えることも。出来の悪さの失敗談には、多分に愛情が含まれていた。/衝突を避け、手放しで目的地に行ける自動化は安全、利便性を高め、電動化は環境保全へ寄与する。これも魅力十分なのだが、同方向の流れの中で犠牲にした何かがあるのかもしれない。/西川さんはクラシックカーの催事などを通して豊かなクルマ文化を奈良に根付かせ、発信し、趣味を生かした古里のまちづくり、活性化を描く。クルマに限らず、人生の彩りは進化と同調するものばかりでもないようだ。(智)(奈良新聞・2025/10/03)

 「生活に直結したモノの進化も万人にとって肯定的とは言い切れない」というのは、一面での「らくちん」は、他面での「手数がかかる」に通じているという話です。相手に何かを伝える手段は、第一義は「ことば」によりますが、できれば、それは短く済ませられるに越したことはないという。「短文化」の時代の理由です。でも、そこから「誤解」や「不信」という、人間関係における「事故(accident)」が生じることは避けられないとすれば、何のための省略だったか。便利は不便と背中合わせだという心理・真理を表してもいます。さる自動車ライター曰く「旧車が有した魅力は進化とともにどんどん削られ、個性や特徴を見つけるのが難しくなった」と。進化は、車においては何かの喪失、いわば「個性や独創性」が失われることを意味しているのでしょう。車に個性も独創性も要らないと思えば、やがて、人間にも同じ(無)価値を求めるでしょう。人間の非人間化ですね(dehumanization of humans)。

 「衝突を避け、手放しで目的地に行ける自動化は安全、利便性を高め、電動化は環境保全へ寄与する。これも魅力十分なのだが、同方向の流れの中で犠牲にした何かがあるのかもしれない」、その「何か」とはなにか。いわば、一台の車の持つ歴史であり「個性」、さらに加えれば、人間と車の掛け替えのない関係ですよ。それらが失われたといっても間違いではないでしょう。個性喪失の時代、歴史不問の社会で、人々は「自分らしく」生きていけますかという、とても大きな問題、そんな難問にぼくたちは直面させられているのです。人間関係の中で、互いを結びつける「ことば」が省略されてしまえば、おのれの意向や思いを相手に伝える方法は極めて限定されてしまう。その一つは「以心伝心(電信)」でしょうし、他の一つは、他ならない、怖い「暴力」でしょう。夫婦仲・親子間においてさえ「以心電信」が困難な時代(すなわち「誤解の時代」です)、言葉が通じないとどうなる・どうするか。手っ取り早く、おのれの意を相手に伝えるには「暴力」「腕力」です。したがって、「短文化の時代」は「暴力の時代」と軌を一にしているというわけですね。「国原譜」のコラム氏の言、「クルマに限らず、人生の彩りは進化と同調するものばかりでもないようだ」とは、仰せの通りと首肯します。

 ぼくは現在2002年初年度登録の「愛車」に乗っています。二年ほど前、娘(横浜在)のところに用事があって、東京湾アクアラインを初めて利用したのですが、愛車のナビでは、この海中高速道路は表示されませんでした。仕方がないので、我が「眼力」「脳力」(自家製ナビ)を駆使して、驚くほど時間がかかりながらも、目的地に行けました。娘宅も、この車生産、かなり遅れて開発された住宅地にありました。だから、ナビには影も形も映りませんでした。後この「経験」は得難いものだと、痛感した次第。また、かみさんとは結婚53年目を二人三脚中。山あり谷あり、ときには落とし穴もあったかも。それでも続いた理由は何だったか。「愛車」と同じと言えば怒られそうですね。でも、長く継続することはいいことでもあるということ。人間も車も、長く存在すれば「時代おくれ」になるのは避けられない。その昔の「アイドル」たちも軒並みに、還暦や古希になるのは人の世の定め。それにしても、その今昔の感は凄い、凄すぎる人もいますね。人生の流儀(要諦)もまた、「不易流行「一時流行」であることを忘れたくないですね。

 人間は有史以前(文明生活を始める前の時代)、無文字社会を生きてきました。その痕跡(印)は、ぼくたちの中にも刻印されていると思う。だから、ときには「無文字」「不立文字」に憧れ、「父母未生以前(ぶもみしょういぜん)」に舞い戻りたくなるのでしょう。その一抹(いちまつ)の表出・顕現が、この時代にも浮き出ているだけのことではないでしょうか。(*父母未生以前=「自分はもちろん、両親もまだ生まれていない以前のことをいう。本来の自己をいっている。禅語」(世界宗教用語大事典)(左・右上は一休さん筆「「教外別伝不立文字」)(先述したように、これは達磨大師が残したとされる「教外別伝、不立文字、直指人心、見生成仏」という禅の根本を示す言葉(のうちの二つ))。

◉  不易流行=蕉風徘徊理念の一つ。新しみを求めてたえず変化する流行性にこそ、永遠に変わることのない不易の本質があり、不易と流行とは根元において一つであるとし、それは風雅の誠に根ざすものだとする説。芭蕉自身が説いた例は見られず、去来・土芳・許六ら門人たちのハ徘論において展開された。(精選版日本国語大辞典)*蛇足「不易を知らざれば基立ち難く、流行を知らざれば風新たに成らず「枯朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮」「この道や行く人なしに秋の暮」(芭蕉)

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、かみさんとは半世紀以上

商いって、儲かってなんぼのもん?

【日報抄】高齢の女性がコンビニで支払いをしようとするが手元がおぼつかない。レジ待ちの列は延び、焦りが募る…。少し前に流れた公共CMに、80歳代の親の姿が重なった。増える一方のセルフレジにはなじめない。他のお客を待たせるのは嫌だと、混む店を避けるようになった▼とはいえ、暮らしに買い物は欠かせない。どうすればいいかと悩む人が少なからずいるのだろう。新潟市で先月、高齢者の買い物支援が始まったと本紙生活面が報じた。英国発の「スローショッピング」という取り組みだ▼新潟市のケースではボランティア団体と移動サービス事業者、スーパーが手を組んだ。安価な相乗りタクシーで送迎し、店内ではボランティアが付き添い、店はゆっくり会計ができるレジを設ける。買い物後はおしゃべりを楽しむ▼初回は3人が利用した。最年長の85歳の女性は足が不自由で、家から出るにも時間がかかる。だがこの日は30分ほど店内を歩いた。帰宅後は買った豚肉で角煮をつくり、疲れを心配していた周囲を驚かせた▼県内では2050年に、5世帯に1世帯が1人暮らしの高齢者になるという推計がある。買い物を支える仕組みはより重要になるだろう。関係者は孤立を防ぐ効果も期待し、毎月3回程度実施するという。すでに今月の予約も入っている▼仕組みとともに寛容さも持っていたい。冒頭のCMでは、女性の後ろにいた男性が歌いだす。「あんたのペースでいいんだぜ」。この気持ちで解決できることもきっとある。(新潟日報・2025/10/02)

 何年前だったか、よく行くスーパーで「セルフレジ」が始められた。初めて利用した際に、店員に「どうしてセルフレジなんですか?」と尋ねたけれど、その人は答えられなかった。「人件費の節約」とは言えなかったのだ。もちろん、彼女が導入したのではないから、その理由を聞いてもよく答えられないのは当然だったろう。その時、ぼくは「どうして有人レジからセルフレジに変更したのか」、その理由を説明する必要があるんじゃありませんか。もし、人件費節約が最大の理由だったら、その効果ないだろう、導入は逆効果だ、と余計なことまで言いました。いずれセルフレジは廃されて、元の「店員対面レジになる」に違いないとまで言っておきました。どうも、その通りになる状況が出て来たみたいですね。

 結構ずくめだった「セルフレジ」が廃止されて、有人レジに逆戻りした一番の理由は「万引きの増加」だったという。セルフレジをもっとも早く導入したアメリカ(ウォールマート)の話。増加する一方の万引き被害に音を上げて、店内に「交番」を設置した店もあるという。有人レジからセルフレジへの切り替えと、さらにその逆戻しの場合にも、それぞれには理由があるでしょうが、人手不足に悩む企業の事情が無人レジ導入を急いだのは当然だったでしょう。その結果、売り上げは大きく落ち込んだという。すべてが万引き(shoplifter)の故ではなく、セルフレジでは購入点数が減抄したということも災いしたと言います。「売らんかな」「儲けたい」という金の亡者ぶりが、さまざまな問題を生み出し、この社会を荒んだものにしているんじゃありませんか。

 ぼくは、毎日のように買い物に行く。大半は大型小売店舗(スーパーやホームセンターなど)です。それ以外に「店」はないからです。行く先々で、疑問に思うことはよく店員に質問する。商品に関することだったり、店の営業方針だったり、その多くは、レジ担当のバイトやパートの人では返答できないことが多く、次に来店するときまでに「事情を説明できるように準備(調べて)してほしい」と頼むのですが、ほとんどぼくの質問は無視されている。繰り返し尋ねるけれど、埒が明かない。パートやバイトだから仕方がないと店員自身も、お店自体も、まして客までもが考えているのだから、話にならない。レジに立って客商売をするのですから、少しは学んでくださいなと注文を出す。それだからぼくは、店では「困った人」になる始末です。

 本日のコラム「日報抄」は「スローショッピング」について書かれています。「新潟市で先月、高齢者の買い物支援が始まったと本紙生活面が報じた。英国発の『スローショッピング』という取り組みだ」「安価な相乗りタクシーで送迎し、店内ではボランティアが付き添い、店はゆっくり会計ができるレジを設ける。買い物後はおしゃべりを楽しむ」「県内では2050年に、5世帯に1世帯が1人暮らしの高齢者になるという推計がある。買い物を支える仕組みはより重要になるだろう。関係者は孤立を防ぐ効果も期待し、毎月3回程度実施するという」と、まるで「スローショッピング、大歓迎」です。なんのことはない、それだけ、「ファスト」「コンビニ」を第一義に商売熱心だったことの証明でしょう。お客本意ではなく、売り上げ第一だったとは、商売だから当たり前ですか。売ってなんぼのもの、儲けてなんぼの商売って、なんとも嫌な哲学ですね。これを「没義道(もぎどう)」「不人情」というと、多くの経営者から怒られるか。百年経って、元に戻るというのですから、これまでの「近代化」「器械化」は何だったんですか。

 こんなことがニュースになるというのは、どういうことでしょうか。高齢者が買い物に困難を感じている、それを放置してきた結果が、今に見られる事態(買い物難民)を生んでいるのでしょう。判り切っていたこと。街中の小売業を次々に潰して、郊外に大型店舗を大々的に開く。車がなければ、何一つ買えない環境を作ってきたのは誰だったか。というように、言えば切りがないほどに「人間不尊重」「高齢者置いてけぼり」社会の来し方と行く末に何かと「小言」を言う羽目になるのです。

 役所に行っても、ぼくは「小言幸兵衛」です。以前にも駄弁りましたが、今年の夏前に自宅に民生委員が訪ねて来た。「役場に頼まれて、ご無事(存命)かどうかを確認しに来た」と言う。魂消(たまげ)たとはこのこと。「❍✖さんは、長年にわたって医療保険も使わなければ、介護保険の申請もされておられない」ので、「生きているかどうか、確認してきてほしい」と頼まれたというのです。頼むほうも、頼まれる方も「無知」ですね。ぼくは大いに呆れたし、ばかばかしくなって、早々にお帰り願った。医者にかからないのは元気な証拠。介護申請がないというのは、自分の足で歩けるということです。行政は住民に何をしたいんですか、させたいんですか。

 ぼくは毎月のように役場に出向いていろいろと所用を済ませます。諸種の納税や必要な公的書類の申請等々。言うまでもないこと、住民税や健康保険料、介護保険料等も締め切りに遅れないで収めて(取られて)いる(本当は収めたくないけれど)。その来所記録を確認すれば、「あいつは生きている」のは確かだと分かろうというもの。それでも健康かどうかを知りたいなら、電話一本かければいいし、それで気が済まなければ、民生委員ではなく役場の担当者が来ればいいと、言わないでもいいことまで、役場でしゃべる羽目になった。呆れついでに、「真面目に職務に専念してくれ」と注文を付けたほどでした。医者にかかった形跡はない、介護保険の申請がない、だから「死んでいるかも」と推定すること自体、狂っていますね。底抜けの馬鹿なんだな。久野収さん(哲学者)ではないけれど、「あんまり腹が立つことばかりだから、ボケてはおられん」と言いたくなります。

 超高齢化社会の真っただ中にあって、今頃、この程度の「高齢者支援」が新聞(コラム)種になるという、そのこと自体に政治・行政の不作為・無作為を痛感します。そうはいっても、金儲けのためなら「老人を遺棄してまでも」というような「商売道徳」が根付いてしまったことを嘆いても始まらない。セルフレジでは「万引き」が多いから、有人レジに戻すというのも、情けない話。次いでに一言。ごくたまに食事時に点けているテレビで、「万引きGメン」の映像が出る。「いま、別の籠に品物をいれた」とか「ズボンのポケットにカップラーメンをねじこんだ」「レジを通さないで、商品を隠した」とか。それを見届け、レジを通さないのを確認して「もしもし、…」と肩を叩く。実に嫌な場面ですね。(ヤラセかもしれないと思う時もある)

 「万引きの現場」を抑えたというのなら、どうして、その瞬間に声をかけないのですか、「紛らわしいことは止めて下さい」とね。「店内を万引きGメンが常時巡回しています」とアナウンスをする。カメラを回す魂胆は何処にあるんでしょうか。万引きを防ぎたいのか、万引きの瞬間をテレビ画面に出したのか、実に嫌な番組だと思う。著しく頽廃していますよ。万引き防止を真剣に考えるなら、ちょっとした知恵で、もっと有効な方法があるのではないかと思う。

 ともあれ、超高齢化社会です。ぼくも当事者の一人ですから、何かと身につまされることがあります。長く生きて来て、今思うことは、つくづく社会の「人相」「面付き」が悪くなったという点です。人と人が隣り合って生きるのではなく、すっかりこころが離れた状態で、単なる集団の一員としてしか数えられない存在として生きていると思うのです。人間の生活と言うけれど、その中身はどういうものかと考えれば、ある意味ではゾッとするばかり。人間の生活に「人間性不在」を痛感するのは、よほど悪状態のことです。器械が人間の占めるべき場所を占拠し、それこそが、まるで「スマートシティ」だと持て囃す輩ばかりが増加・増大しています。その傍らで、貧困や疾病で青息吐息の衆がごまんといるのです。

 事は「買い物難民」だけではありません。人間らしく生きることが困難な、「生活難民」は、年齢の如何に関わらず、増加の一途をたどっているのです。この社会は「難民認定」を極度に嫌います。こんな社会に誰がしたと言いたくなるけれど、言っても始まらないから、さまざまな形態の「難民(refugees)」は「難民」なりに力を合わせて、抗議するなり、生活改善なりに取り組むほかに術がないのですね。

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あかあかと日は難面も秋の風

【筆洗】若い人がスマートフォンに文字を打ち込む速度について、脚本家の山田太一さんが書いている。「言葉というものは、あんなに速く打たなければならないものでしょうか」▼あの速さでは、ありきたりの言葉しか出てこないのではないかというのが山田さんの心配である。「死ねば」「それ買い(それは買った方がいいの意)」など短い言葉と決まり文句だけになって「お互いの心の本当」の部分は伝えられないのではないか-▼10年ほど前の文章だが、その心配は当たっていたか。文化庁の2024年度「国語に関する世論調査」によるとSNSが普及し、略語や短い語句でのやりとりが増えるなど言葉の使い方に「影響があると思う」と答えた人は約9割に及んだ▼確かにSNS時代にあって日本語は変化した。同期入社の60過ぎの男も「りょ(了解)」やら「乙(おつかれさま)」と平気で送ってくる。そんな時代である▼「それな(その通りだ)」「おまいう(おまえがいうな)」。SNSの影響ばかりではあるまいが、言葉はどんどん短くなり、その分、愛想や柔らかさを失っていくかのようである▼仲間内ならともかく、慣れない世代はぶっきらぼうな言葉に面くらい、傷つくこともある。そういう言葉では山田さんのいう「心の本当」は伝わるまい。もしかしたら「心の本当」など誰も求めていない時代かもしれないが。(東京新聞・2025/10/01)

 スマホを所持したことがない人間ですから、この機器に関して何かを述べることには無理があるというか、資格がないというべきでしょう。だから、スマホの功罪(便・不便)を云々するつもりはありません。それを必要としないままで生きている人間に、スマホは「いいとか悪いとか」言っても、未経験ですからね。山田太一さん曰く「言葉というものは、あんなに速く打たなければならないものでしょうか」という苦言。早く打ってはならないものでしょう。あえて言うなら、ピアノの鍵盤を叩くようなもの。しかもプレストやプレスティッシモという速さで。鍵盤を叩いて音楽を奏でるには楽譜を記憶している必要がありそうです。記憶しているなら、いくらでも早く叩くことはできるでしょう。

 要領はそれと同じで、記憶している単語で、しかも簡略形にして、極めつけの短文で、それが行きつくところ。「不立文字」などとも言いますよ。それは、ある種のピクトグラムではないでしょうか。「あの速さでは、ありきたりの言葉しか出てこないのではないかというのが山田さんの心配である」とコラム氏は山田さんの気持ちを推し量っておられる。そうですか、山田さんは心配しているのではなく、「自分はしませんよ」ということを伝えたかっただけのこと。ぼくはそう思う。もちろん「国文科出身(加えて、詩人の寺山修司さんと同級生だった)」だったから、言語には一家言をお持ちの専門家だったでしょう。短く、まるで絵文字のような単語では「お互いの心の本当」を伝え合うことはできない相談です。でも、…。

 「文化庁の2024年度『国語に関する世論調査』によるとSNSが普及し、略語や短い語句でのやりとりが増えるなど言葉の使い方に『影響があると思う』と答えた人は約9割に及んだ」「同期入社の60過ぎの男も『りょ(了解)』やら『乙(おつかれさま)』と平気で送ってくる。そんな時代である」「『それな(その通りだ)』『おまいう(おまえがいうな)』」と使いたがる大人たち、それはまるで還暦過ぎて「ミニスカートをはく」ような人たちかもしれない。「いやだあ、きもい」と嫌う人もいれば、「案外いいじゃん」と喜ぶ還暦越えの人もいるでしょう。つまりは流行ですよ。「一時流行」というもので、ことばも例外ではなく、流行(はや)り廃(すた)りはあるのが当然だと、ぼくは考えています。

 ラスコーやアルタミラの洞窟の壁画よろしく、万事が絵文字で事足りるのに何の不都合もない時代を示しているのでしょう。行きつくところまで行って、そこから「再出発」するのがいい。因みに「ラスコー壁画」(左写真)は2万年前の後期旧石器時代のクロマニョン人が画いたとされています。アルタミラ洞窟壁画(右写真)は、先史時代の区分で約1万8千年~ 1万年前)、旧石器時代末に描かれたものとされています。

 「SNSの影響ばかりではあるまいが、言葉はどんどん短くなり、その分、愛想や柔らかさを失っていくかのようである」とコラム氏の杞憂は膨れます。それだって、今日に特有の現象ではないでしょう。ある地方の人の会話で「どさ」「ゆさ」というのがあって、とても有名になりました。ことばは道具だと信じ込んでいるような人も、何時の時代でもいます。道具ですから、言いたいこと、伝えたいことが用をなすなら、ことばは短いに越したことはないでしょう。もっと言えば、「みなまで言うな」ということになります。

 「以心伝心」というわけですね。「言葉や文字などを使うことなく、心と心で互いの意志や気持ちが通じ合うこと。元は、文字や言葉では表現できない奥義を、師と弟子の心を通わせることで伝えることを意味した禅宗の言葉」(四字熟語辞典online)です。究極は「顔を見るだけでわかる」のかもしれないけれど、離れていれば「絵文字(ピストグラム)」が手っ取り早いというだけのこと。そんな程度のことの伝え合いで用が足りるなら、「それな」で済ませてもいいのではないですか。犬猫にも劣る「会話力」「語学力」と言われるか。それもまた然り、です。要するに「一時流行」ですからね。

ピクトグラム(英吾: pictogram)あるいはピクトグラフ(英吾: pictograph)とは、グラフィック・シンボルの典型であって、意味するものの形状を使って、その意味概念を理解させる記号を意味する。グラフィック・シンボルは図記号とも呼ばれISOが公用語にしている。ピクトグラムの和訳は絵文字あるいは絵ことばで、「絵ことば」は1964年の東京オリンピックのアート・ディレクターの勝見勝によって積極的に使われた。ピクトグラムとピクトグラフは混同されやすいが、「-グラム」は「書かれたもの」、「-グラフ」は「書くための機器」のことであるので、ピクトグラムが正しい。(Wikipedia)

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 「慣れない世代はぶっきらぼうな言葉に面くらい、傷つくこともある。そういう言葉では山田さんのいう『心の本当』は伝わるまい。もしかしたら『心の本当』など誰も求めていない時代かもしれないが」というのはどうでしょうか。そこまで言うか、という思いがします。でも、どんなに意を尽くそうと「心の本当」を伝えることなどできないのかもしれないという気もするのです。言わず語らず、その沈黙の時間が何かを熟成させるかもしれないし、どんなに言葉を尽くしても「誤解」するのが関の山だともいえそうです。

 「ネットスラング」に気を揉むのも分かりますが、今も昔も「短文型」は受け入れられてきました。短歌や俳句の(旨い下手は別にして)隆盛は何を物語っているのでしょうか。このことを考えた方が少しは実りがあるような。「一時流行」とは、もともとは俳諧の世界で使われた言葉でした。それを芭蕉は「不易流行」と言いかえたのです。(以下は「奥の細道」より)

・草の戸も住替はる代ぞ雛の家
・行く春や鳥啼き魚の目は泪
・あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風(表題句)
・浪の間や小貝にまじる萩の塵
・蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

◉ ふえき‐りゅうこう〔‐リウカウ〕【不易流行】読み方:ふえきりゅうこう= 蕉風俳諧の理念の一。新しみを求めて変化していく流行性が実は俳諧の不易の本質であり、不易と流行とは根元において結合すべきであるとするもの。(デジタル大辞泉)

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人が棲まなくなると家はたちまちに

 「蔦のからまるチャペルで祈りを捧げた日 夢多かりしあのころの思い出をたどれば なつかしい友の顔が一人ひとり浮かぶ 重いカバンをかかえてかよったあの道 秋の日の図書館の ノートとインクの匂い 枯れ葉の散る窓辺 学生時代…」(「学生時代」平岡精二(詞・曲)/ ペギー葉山(歌)1964年)この曲はよく知っていたし、平岡さんもペギーさんもよく聞いていたのでした。大学に入った年に発売され、大流行していたものでした。舞台は今もある青山学院で、平岡、ペギー両氏も通ったことのある場所だった。当初は「大学時代」という曲名だったが、まだ大学進学が普及していなかったというペギー氏の指摘で「学生時代」に変更されたと言います。因みに1964年の大学進学率はおよそ15%だった。まだ大学がある種の「幻影」の時代だったかもしれません。ぼくの実感は、実にはっきりしていて、わざわざ東京まで来ての大学進学は「大きな間違いだった」という素朴な感情でいっぱいになっていた。この感情は、今もなお、残り続けてきましたね。

 歌謡曲の「学生時代」は、本日の主題とは無関係だと、一応は言っておきます。しかし、そのおおよその衰退現象は大学と雖も、時代の趨勢とは無関係ではないし、人口減少の荒波は至る所で、港湾や岸壁を破壊し、海岸線を侵食しているという意味では、国や社会の屋台骨を朽ちらせていることに無関心ではいられません。人でも家でも町(街)でも国でも、時間をかけて坂道を登り、頂上に着いたと思えた瞬間にはすでに下り坂に踏み込んでいるというのが実情だったでしょう。登れば必ず降(くだ)る。登りが急坂であれば、降りは、それに輪をかけたように激しくなるものでしょう。この国の人口の推移をたどれば、近代化を短時日で達成しようとし、急坂を汗水たらして登り切って、更にこの先もと思い込んだ瞬間が下り坂の始まりでした。その後、降り坂はずっと続いています。

【北斗星】♪つたのからまるチャペルで―と始まる「学生時代」は故ペギー葉山さん以降、多くの歌手により歌い継がれてきた。秋に紅葉したつたに彩られた洋館はさぞ風情があることだろう▼ただ、つる性の植物が茂りっぱなしの空き家となれば全く別物。詩人の故茨木のり子さんの作品「廃屋」は「つるばらは伸び放題」で、「戸さえなく」なった「山中の廃居」の朽ち果てたありさまを容赦なく描く▼15年ほど前、仕事で県境近くの山村集落を訪ねた。山あいの田んぼを維持し、清流を活用してワサビ栽培やイワナ養殖にも取り組んでいた。集落まで車で往復した際、所々に廃屋を目にして胸が痛んだ。集落の高齢化はさらに進んだことだろう▼秋田市郊外でも最近、「売物件」の札が立つ空き家をよく目にする。一方で立て札こそないが、全体の様子から人の出入りが途絶えていることが察せられる家屋も珍しくない。市街地にクマが出没する昨今、全く手入れされていない庭の草むらに野生動物が潜んでいないかと不安がよぎる▼1人暮らしの親が介護施設に入所後、実家を10年余りも空き家にしていた知り合いもいた。空き家にはそれぞれ事情があることはよく理解できる▼茨木さんの詩は「人が/家に/棲(す)む/それは絶えず何者かと/果敢に闘っていることかもしれぬ」と結ばれる。高齢化の波を受け、果敢な闘いを続けられなくなる家屋は増え続けるだろう。地方自治体だけでなく、国の問題として知恵を絞りたい。(秋田魁新聞・2025/09/29)

 コラム氏は書く。「15年ほど前、仕事で県境近くの山村集落を訪ねた。山あいの田んぼを維持し、清流を活用してワサビ栽培やイワナ養殖にも取り組んでいた。集落まで車で往復した際、所々に廃屋を目にして胸が痛んだ。集落の高齢化はさらに進んだことだろう」と。限界集落(marginal villages)と呼ばれ、消滅集落(vanished villages)と称される町や村は留まるところを知らぬ勢いで増加しています。その半面で、都会への一極集中(concentrated)はまるで、田舎を捨て去り、逃げ出す人々の溜まり場(hangout spot)のように増加の一途をたどり、ここでもまた、さまざまな問題を生み出しています。都市も人も同じように歳(年)を取ります。社会インフラの老化(硬直・機能不全)傾向には目を覆うばかりのものがあります。「都市が栄える」「田舎は朽ちる」という合わせ鏡は、年々歳々著しい対照現象を映し出しているのです。そして、この合わせ鏡現象を「打開する」、そんな政治や行政はまず施されていないのです。

 コラム氏は茨木のり子さんの「廃屋」を引用されます。家のことを「住まい(housing)」と言うほどですから、「住まわない」になると、家々は一瞬のうちに荒廃する。「たちまちに蚕食される/何者かの手によって」「何者かの手荒く占領する気配」「人が家に棲む それは絶えず何者かと果敢に闘っていることかもしれぬ」と詩人は書く。住むとは生活するということ。生活するとは、住まいに息吹をかけ、人間の存在している気配を漲(みなぎ)らせることです。逆に、人が住まなくなるというのは、家から「生活」の匂いが消えることであり、それに替わって「荒涼」「荒廃」の気が迸(ほとばし)ることでしょう。それを、「自然に帰る(還る)」と言い換えてもよろしい。

 人間の生活は、可能な限りで「自然臭」「野性味」を脱してきました。快適と便利が人間の生活価値となったのは、つい最近だったけれど、脱自然が進めば進むほど、実は人間の心持の不安や落ち着きのなさが露見するのは避けられないことでもあった。若いころに読んだパスカルの「パンセ(随想録)」に、「壊れた家は悲惨ではない」とありました。なぜか、廃屋は「自分が悲惨であることを知らないからだ」というのがパスカルの理解でした。自分がどんな状況にあるかを自覚できなければ、それは愉快でも不快でもない、あるがままなんですね。人跡未踏の「自然界」には地震が起ころうが、津波が襲おうが、そこには災害もなければそれを悲しむ存在もいない。自然災害というのは、ことばの文(あや)で、そこに人がいなければ、それを災害と考えるものもいないのですから、「自然災害」ではなく「自然現象」とでも呼ぶほかないのです。これは災害だという存在、これは悲劇だと自覚することができる存在は、おそらく人間が筆頭でしょう。

 詩人は「人が家に棲む それは絶えず何者かと 果敢に闘っていることかもしれぬ」と結ばれています。「何者」かというのは「自然回帰(return to nature)」「自然へと引き戻す引力の働き」という現象でしょう。卑近な例で言うなら(不謹慎であることを承知で)、2011年3月の福島原発爆発事故で、「放射能汚染」地域が拡散・拡大し、今なお足を踏み入れることが困難な地域が存在しています。住居は荒れ果て、農地も荒廃するに任せています。「自然に帰った」と言うべき事態・状況でしょう。人間の生活の痕跡が失せると、原初の自然が回復するのでしょうか。つまりは、人間が「文化」や「文明」というものを武器にして「自然を破壊」(開発)してきたこと、その(文化・文明)生活が消滅すると、たちまちのうちに元の自然(野生)状態に戻るというのでしょう。

  「廃屋」

 人が
 棲まなくなると
 家は
 たちまちに蚕食される
 何者かの手によって
 待ってました! とばかりに

 つるばらは伸び放題
 樹々はふてくされて いやらしく繁茂
 ふしぎなことに柱さえ はや投げの表情だ
 頑丈そうにみえた木戸 ひきちぎられ
 あっというまに草ぼうぼう 温気にむれ
 魑魅魍魎をひきつれて
 何者かの手荒く占領する気配
  
 戸さえなく
 吹きさらしの
 囲炉裏の在りかのみ それと知られる
 山中の廃居
 ゆくりなく ゆきあたり 寒気だつ
 波の底にかつての関所跡を見てしまったときのように

 人が
 家に
 棲む
 それは絶えず何者かと
 果敢に闘っていることかもしれぬ

 存在するすべてのものには「年齢」「経年」があります。人でも物でも、機械でも自然でも。それぞれの「対象物体」には「耐用年数(寿命)(lifespan)」というものがあるでしょう。これは自然界においても妥当します。樹齢数千年と言われる樹木がいくらも数えられています。もっと言えば、地球という惑星もまた「耐用年数」という限界があるはずです。人間はどうか。今日では声高に「人生百年時代」と称されています。実際に百歳を超えてなお健康で人間らしい生活を営むことができている人の数は増加傾向にあるという。

 百歳人口が、まさに十万人になろうかという時代に、ぼくたちは共時・生存しています。そのすべての人が健康で丈夫な生活を営んでおられるかどうか。この一方で、高齢者の急激な増加によって「認知症(dementia)」(「老化という自然現象」)とされる症状(状態)に支配される人も急激に増加しています。「廃屋」と「認知症者」を同一視するのは論外であると、筆者も考えますが、しかし、現実を直視するなら、あながち荒唐無稽だともいえない事情(事態)もあると思われます。「壊れた家は悲惨ではない」というパスカルのことばの含むところは、「自分は悲惨であると知ることができない」からだというのでした。自分の状況・状態を自覚するかしないか、とても大きな差異があるでしょう。

 識字教育の実践において大きな成果を記(しる)した、ブラジル出身の教育学者は、農民との対話の中で、「あちらにある森の中に一本の松がある。そこは『世界』だと言えるだろうか」と一人に質問した。問われた農民は「『これが世界だ』という人間がいなければ、そこは世界ではない」と答えたといいます。農民たちが永い間、地主に「搾取され、支配され、抑圧されていた」時、「これが搾取である」と地主との関係を言い当てる表現を持たなかったがゆえに、「搾取」「支配」「抑圧」こそが当然(自然)の日常であって、地主のおかげで自分たちは生きていられると、思い込まされて(思い込んで)いたのです。状況や事態を言い当てる言辞を持つことこそ、支配・抑圧関係を破るきっかけになった。支配階級からすれば、迷惑なことだったでしょう。無知蒙昧な農民が「目覚めた」のですから。これを「教育」というなら、あらゆる段階の「無知の状態」からの解放をこそ、ぼくたちは果たさなければならないのではないでしょうか。「学歴」に終始する教育なんか、糞喰らえ、ですね。

 表現はひとまず置いておいて、「自分は認知症」であるという自覚を失わないことはとても重要だし、果たして、それは可能なのかという大きな課題がぼくたちに課されていると思う。「無知」に陥る落とし穴は、日常のいたるところに準備されています。「認知症」で困るのは、罹患しているご当人ではなく、周りにいる人びとであるのがほとんどなのだ、ということを熟考したい)

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