「喧嘩両成敗」なんですか

 古来、「虎の尾を踏む」と言います。十分に見極めもせず、きわめて「危険」な言動に及ぶことを指しました。「易経」に出る言葉。「「虎の尾を
むも人を
くら
わず(虎の尾を踏んでも、かみつかれない)」と。あるいは「龍の髭を撫(な)でる」と並び使われ、愚かにも敵を知らない危険極まる行為を諫(いさ)める諺にもなりました。今般の日本首相の「存立危機事態」発言は、まさにこの両方の「諺」の典型のようなものでした。どうして、「存立危機事態」を齎(たら)す国は「中国」であるといったのか、空気を読まないどころか、空気を吸わないばかりの自殺(自虐)行為であったというほかありません。「強がりはよせよ」「いきってるんじゃない」と張り倒してやりたいほどに、この御仁は「軽薄」「浮泛(ふはん)」でしたね。

 きっと、この人は一端、緩急の事態が生じても「背後(隣)に米国が」と信じ込んでいるようですが、これまた「筋違い」「読み違い」と言うべき空言でしかないのです。アメリカはこの国を助けることなど断じてしない。具体例はいくらでもある。自らの「国益」にかかわる場合を除けば、そんな馬鹿なことはしないのが、アメリカの真骨頂です。つまり、ここでも「奈良の女性首相」は「虎(ンプ)の威を借りた狐(フォックス)」を演じたのでしょうけれど、虎は化かされなかった。目を覚ましなさいと、本当に誰かが頭をドヤさなければ「逆上せ」が冷めそうにありません。しかし背後にいるのが「口の歪んだ元総理」ですから、どう転んでも展望はないでしょう。では、どうしますか?「発言を取り消す」しかないようです。当座を凌ぐために口から出任せを言って、ことを更に面倒なものにしないためには、それしかないでしょう。「従来の政府見解と変わらない」と強弁するのも「詭弁(sophistry)」、「屁理屈」でしかありません。「誤魔化し」はいいかげんに止めておかないと。(ヘッダー写真=高市総理 「存立危機事態になりうる」発言撤回せず|TBS NEWS DIG・ 2025/11/10)(https://www.youtube.com/watch?v=gGniULlwgYM

 【社説】日中の対立 中国の冷静な対応不可欠
 日中関係のきしみが急激に増している状況を憂慮する。過度に緊張を高める姿勢は、両国の国益を損ないかねない。中国の冷静な対応を求めたい。/中国が台湾に武力侵攻する「台湾有事」は、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした高市早苗首相の国会答弁を巡って、日中間の応酬が続いている。/中国側は、孫衛東外務次官が金杉憲治駐中国大使を呼び出し、答弁を「極めて悪質」と非難して撤回を求めた。/さらに中国は、国民に当面日本への渡航を控えるように求めたほか、日本留学も慎重に検討するよう勧告するなど、対抗措置を相次ぎ打ち出した。/渡航自粛は、訪日客に頼る日本の観光業を狙った措置とみられ、既に中国の複数の大手旅行会社が日本旅行の販売を停止した。ビジネスや交流の停滞も心配される。
 高市氏と中国の習近平国家主席が10月の首脳会談で確認した、「戦略的互恵関係」の推進という考え方とは相いれない状況だ。緊張緩和を急がなければならない。
 中国は、台湾を不可分の領土とする「一つの中国」原則を掲げ、「核心的利益」とする台湾問題では譲歩しない姿勢を貫いている。/高市氏の答弁は、その繊細な台湾問題に踏み込む内容で、日本政府内でも「緊張を高めるだけの不用意な発言だった」との見方が大勢を占める。答弁に、より慎重さが必要だったといえる。/とはいえ、その後の中国側の反発は、日中関係が改善をみせていた近年では異例の強硬なものだ。/中国政府やメディアは、高市氏の答弁に激しい批判を繰り返す。/「中国人に対する犯罪が日本で多発している」といった根拠を示さない主張もある。/今後の両国関係の発展を阻害しかねない発信だ。中国は国民の反日感情をいたずらにあおることは慎むべきである。/首相答弁を受け、中国の駐大阪総領事が交流サイトで「汚い首は斬ってやる」などと投稿したことに関し、自民党が総領事のペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)通告に言及した決議を首相官邸に提出した。/この総領事が参加を予定していた広島市での日中友好行事を中国側が中止するなど、影響は広がり始めている。
 こうした中、外務省の金井正彰アジア大洋州局長は18日、高市氏の答弁を巡り中国側と北京で協議に臨む。金井氏は、答弁が日本政府の従来の姿勢を変えるものではないと説明し、日中関係への影響を避けるよう訴える見通しだ。/歩み寄りは容易ではない。それでも立場の違いを認め、対話を重ねることでしか互恵関係は築けない。そのことを肝に銘じ、両国は協議を前進させてもらいたい。(新潟日報・2025/11/18)

 新潟日報の「社説」は、今回の問題発生に関して、果たして条理を尽くした上で理解しようとしているでしょうか。ぼくにはそうは思われない節がいくつもある。「日本の首相発言も慎重さに欠けていた」が、相手の反応も常軌を逸しているから「中国の冷静な対応を求めたい」と言うのですね。まるで「どっちもどっち」のような無責任な言いがかりに聞こえます。そもそも、これは「喧嘩」なんですか。仮にそうだとして、その原因は何処にあり、なんでそれがここまで大事(おおごと)になりつつあるのでしょうか。あるいは、日本の総理大臣が中国に「喧嘩を売った」ということでしょうか。その売られた喧嘩を中国が買ったということになるのですか。そして、それでも「喧嘩両成敗(both parties in a fight are punished)」ということになるのかどうか。

 ぼくは中国の肩を持つのではありません。理非曲直を問題にするなら、どう考えても首相発言は「いいがかり」であり、だからそれは「勇み肌」、いや「勇み足」(「調子づいて、やりすぎたり、仕損じたりすること」デジタル大辞泉)でしたね、というわけ。確かに、言いすぎ(exaggeration)でした。余計なことを言ったまでに、事は簡単には収まらないところにまで進んだのでした。メンツ・面目(reputation)もあるのでしょうが、いまさらそんなものを気にかけてどうします、「前言撤回」するしかないでしょう。「撤回」の方法は幾つもある。それを考えることが何よりも両国の関係を荒立てないために求められます。

◎ 喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)= 喧嘩で暴力を行使した者双方に対し,理由を問わず同等の刑を科すこと。戦国大名による喧嘩両成敗法に顕著な法理で,その源流は室町幕府の故戦防戦(こせんぼうせん)法や成員相互の武力行使を禁じる国人一揆の盟約などにある。中世社会では,実力行使によって紛争解決をはかる自力救済観念が強く,個人間の紛争はただちに帰属する集団相互の私戦に発展した。喧嘩両成敗法の狙いは,諸集団の実力行使を否定し大名の裁判による解決をうけいれさせることにある。当事者双方に均等な被害を与えて終結をはかる衡平観念は,加害者側から被害者側へ下手人(げしゅにん)を引き渡す慣習など中世人に共通のもので,紛争に際し近隣有力者が調停にあたる中人(ちゅうにん)制の慣行もかかわる。(山川日本史小辞典改訂新版)

◎ けんか【喧嘩】 を 買(か)う= しかけられた喧嘩の相手をする。 他人の喧嘩に関係して、それを引き受ける。好んで喧嘩の相手になる。(精選版日本国語大辞典)

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 表向きは、公明党が四半世紀を超える「連立」から離脱したことになっていますが、その実は「離脱」を仕向けたのが首相側だったことは明らかです。事の経緯は措くとして、この間、公明党は自民党の「下駄の雪」などと、あらぬ揶揄(ridicule)に揶揄を重ねられながら、政権内にとどまっていました。もちろん、そうせざるを得ない公明党側の事情(深い闇)があったことによりますけれど、それはともかく、さて「連立離脱」した途端に、自民党のこの醜態です。あろうことか「半グレ・半端もの政党」との野合で、拳を振り上げたというのでしょう。この事態を受けてみれば、公明党は「下駄の雪」だったのではなく、「下駄」そのものだったと評価され直されてくるでしょう。危険な自民党の政治判断に、多分公明党はいくらかの「ブレーキ」役を果たしてきたし、それがために公明党は「初心(「平和と福祉の党」)を放棄した」とまで非難されてきました。(左・公明新聞:2025/11/14)

 そのブレーキ」役がなくなり、自民党という「ヤクザ政党」は、維新と言う「半グレ」と手を結んだ(評論家佐高信氏の表現)。つまり、ブレーキ役の代わりにアクセルが加わったという始末。この野合(馴れ合い)を「ダブルアクセル」というらしい。「2回転半」です。自民党は「2回転半」を成し遂げて「右翼に」なったことを示しましょうし、やがて、これにさらに「国民❍×党」や「参✖党」が加わって「トリプルアクセル(3回転)」を成功させようという構え(stance)です。「極右政党」へ、もう一歩(一回転)のところに来て、首相の「(呆れた)発言」が出ました。回転ではお手の物である「フィギュアスケート」の世界では、今や「クワッドアクセル(4回転半)」を成功させた選手が現れたと言われています。自民党 「T(お粗末) 内閣」は、それに追いつこうとしているようです。そこに至れば「超々右翼」の「政治的シンクレティズム(syncretism)」、つまるところは「ごちゃまぜ(ごった煮)政党」の完成(陥穽)です。四分五裂は不可避で、政治の混迷は透けて見えるし、この混乱はかなり長く続きそうであると、ぼくにだって想像できます。あるかななきかの「ガラスの天井(glass ceiling)」を破った、あんたは凄いなどとと囃し立てられての狂喜乱舞、それは「自分一個」に限定にしてほしいものです。

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◎ 武力攻撃・存立危機事態法(ぶりょくこうげき・そんりつききじたいほう)= 平成15年法律79号。正式名称「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」。2003年有事関連3法の一つ,「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(武力攻撃事態対処法)として成立し,2015年改正,名称変更した。日本の平和と独立,国民の安全を守ることを目的とし,他国からの武力攻撃への対処に関して,基本理念,政府や地方公共団体などの責務,手続きなどを定める。「武力攻撃事態等」とは,実際に武力攻撃が発生した事態および発生が切迫している事態(武力攻撃事態)と,武力攻撃が予測されるにいたった事態(武力攻撃予測事態)の両者をさす。また 2015年の改正で追加された「存立危機事態」とは,日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃により,日本の存立が脅かされ,国民の生命,自由,幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態とされ,これへの対処を認めることにより集団的自衛権の行使を可能にしている。武力攻撃事態等や存立危機事態が生じた場合,政府は対処基本方針を決定し,対策本部を設置する。対処基本方針には,武力の行使が必要な理由も記載される。自衛隊に防衛出動を命ずる際は,原則として国会の事前承認を要する。ほかに,地方公共団体に対する指示権や代執行権(→代執行)など内閣総理大臣の権限強化,自衛隊の行動の円滑化,アメリカ軍への支援などについて規定し,国民にも必要な協力をするよう求めている。(→有事法制)(ブリタニカ国際大百科事典)

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「大仏に 鹿の巻筆 あられ酒 春日灯籠 …」

【日報抄】落語を聞いたり、関連本を読んだりすると、おかしいだけではなく、新たな知識を得ることもある▼「鹿政談」という演目で、おからを雪花菜(きらず)と呼ぶと知ったのもその一例だ。豆腐は切るがおからは切らない。だから「きらず」。駄じゃれかと思いきや広辞苑にも載っていた▼鹿政談は、高市早苗首相が自民党総裁選で、奈良公園のシカを蹴る外国人に言及して以来、何かと話題に上る奈良のシカを巡る話だ。豆腐屋の前に置いてある桶(おけ)にシカが頭を突っ込み、雪花菜を食べていた。豆腐屋の主人は犬だと思い、追い払おうと薪(まき)を投げたら当たりどころが悪く死んでしまった▼奈良ではシカは神獣だ。殺した者は死罪となった。だが、奈良奉行の温情ある裁きによって主人は救われる。奉行が主人に「斬らずにやるぞ」と言うのがオチだが、たとえ神の使いとされる動物に対する行いでも、背景や事情を鑑み、行き過ぎた処罰を戒める意味もあるのだろう▼先日の衆院予算委員会で“鹿政談”が展開されたのは興味深かった。西村智奈美氏(新潟1区)は、奈良公園のシカには日本人も危害を加えており、首相が外国人だけを取り上げたのは、外国人への的外れな誹謗(ひぼう)中傷だと主張した。首相は発言を撤回しなかった▼落語の裁判ものでは、鹿政談の奈良奉行のように、公正な人情味あふれる名裁きで落着させる演目がいくつかある。首相が目指す外国人政策の厳格化も、実情を見極めて、行き過ぎのないところで話を収めてもらいたいものだ。(新潟日報・2025/11/17)

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 「鹿政談」はいろいろな落語家が演じています。ぼくは六代目円生さんでよく聴きました。小三治さんでも。そして本日は桂米朝師匠の高座について、すこしばかり触れてみたい。米朝さんは落語家ですから、その芸は本物の本物であることは当然です。でも、戦後、まさに風前の灯火だった「上方落語」を掘り起こした人として、たくさんの埋もれていた話を蘇らせた噺家として、語り尽くせない大きな仕事をされました。「人間国宝」として讃えられたのは当然でしたろう。「鹿政談」の本拠は奈良、しかも神の使いである鹿の一大事という話ですから、やはり上方噺で聴くのがよろしいようで。「鹿政談」は奈良の鹿を、犬と間違えて殺した豆腐屋の「裁き」が主筋となっています。その主人公の一人は「町奉行」で、米朝さんはその役目を幕末の政治家川路聖謨に擬しているというのです。コラム「春秋」(ヘッダー部分)はそのことの経緯を書いている。

 米朝さんの「枕」に奈良の名物が揚げられています。曰く、「大仏に 鹿の巻筆 あられ酒 春日灯籠 町の早起き」です。「町の早起き」が名物とは面白いですね。世の中の早起き商売でも、最も早起きは「豆腐屋」、この豆腐屋の与(六)兵衛さんが、店の外に置いてあった商売ものの「おから」、別名「雪花菜(きらず)」を喰っている「犬」を威(おど)そうとして薪(まき)を投げつけたところ、当たり所が悪く殺してしまった。しかも、よくみると、それは「犬」ではなく「鹿」だったいう。鹿は神の使い、それそんなことはできない。を殺めれば死罪は不可避でした。さ、たいへん。まだ日が出ていない。その死骸を隣の家の前に…、そんなことはできない。お後がよろしいようで。(*「鹿の巻筆(しかのまきふで)(「巻筆」は軸に紙または色糸などを巻きつけまわりに毛を植えつけたもの ) = 穂を鹿の夏毛で作った巻筆。奈良の名物」(精選版日本国語大辞典)

 コラム氏は書いています。「先日の衆院予算委員会で“鹿政談”が展開されたのは興味深かった」と。本当ですか。ぼくにすれば「鹿政談」ではなく「馬と鹿の政治談議」だったと思う。この質疑応答でも、T 首相は嘘をついていた。「私自身も(鹿をイジメている者に)注意した」と語っている(いつ、どこで?)が、それは怪しい話。ぼくの知る限り、「鹿のいじめ」問題を何度か問われているが、その都度、首相(になる前を含めて)の答弁は異なっていたのです。時とともに、応える内容を作っているとするなら、「困った人」としか思われないでしょう。誰が信用するのでしょうか。「馬・鹿政談」を裁くのは誰か。当然、第一義的には有権者でしょう。とするなら、この首相及び内閣に、異様に高い支持率を示す「国民(有権者)」に正しい裁きはできないのは当然で、「一件落着」と決着がつく、その気遣いはないのです。「馬鹿政談」に引き付けられている間に、なんと「日中間」に、容易ならぬ事案が勃発していしまいました。「存立危機事態」を起こすのは中国であると言わぬばかりの、首相の不用意な発言。「睡眠不足」は国を誤らせますよ。

 (それにしても、みんな足並みをそろえて、いとも颯爽と「もと来た道」をたどろうとするんですね。少しは「歴史に学ぶ」ことがあってもいいのに、さ。「日華事変」「北支事変」(「日中戦争」時の、日本側の勝手な名称でした。1937年7月7日の盧溝橋事件を機に本格化した日本軍の中国侵略戦争でした。「近衛文麿内閣」は「北支事変」と呼び、「戦争」ではないという理屈の合わぬ姿勢を明らかにしていました。そう呼んで「戦線」の不拡大方針を表明したけれど、遂には「宣戦布告」なしの「日中全面戦争」に突入する。いまや「盧溝橋事件」の前夜辺りまで来ているのでしょうか)

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 (本日のヘッダー写真、日経新聞のコラム「春秋」に面白い記事が出ていたので、引用(掲載)させていただきました。桂米朝さんの「鹿政談」成り立ちの「逸話」です。詳しくは「『鹿政談』エピソード 日経新聞より」と参照のこと)・2017/11/07):http://narabito.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-c093.html)  

*桂米朝「鹿政談」:https://www.youtube.com/watchv=RUDXnBSYPcs)(2000年6月日17日放送のNHK「日本の話芸」より)

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桂米朝【かつらべいちょう】= 落語家。初代〔1856-1924〕は,2代目桂米団治から3代目桂文団治になった人物の前名。2代〔1868-1943〕は,のちに3代目桂米団治になった人物の前名で,初代・2代ともに真打としての名前ではなかった。3代〔1925-2015〕は兵庫県出身で,本名中川清。大東文化学院(現,大東文化大学)中退。上方落語の復興に尽力し,1996年に重要無形文化財保持者(人間国宝),2002年には文化功労者となる。2009年に文化勲章を受章。品格に満ちた芸風で,上方落語界を代表する人物であった。《地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)》《百年目》などを得意とした。(百科事典マイペディア)

鹿政談=古典落語の演目のひとつ。大阪のはなし。東京でも演じられる。「春日の鹿」「鹿ころし」とも。四代目三遊亭圓馬が得意とした。オチは地口オチ。主な登場人物は、奉行、豆腐や。(デジタル大辞泉)

川路聖謨(かわじとしあきら)(1801―1868)= 江戸末期の政治家。幕府の徒士(かち)内藤吉兵衛(きちべえ)の子として豊後(ぶんご)国(大分県)日田に生まれ、小普請(こぶしん)組川路三左衛門光房(さんざえもんみつふさ)の養子となる。通称弥吉(やきち)、のち三左衛門。18歳のとき出仕し、下級武士の出身で初めて支配勘定出役(しはいかんじょうでやく)となったが、能力を認められて累進、小普請奉行(ぶぎょう)、奈良奉行、大坂町奉行を歴任し、1852年(嘉永5)勘定奉行となり海防掛を兼ねた。53年ロシア使節プチャーチンの来航に際しては外交交渉のため長崎に赴き、さらに翌54年ふたたび伊豆下田において折衝し日露和親条約を結んだ。ロシア側では、この間の川路の手腕を高く評価している。その後、条約勅許・将軍継嗣(けいし)問題で一橋(ひとつばし)派と目され、大老井伊直弼(なおすけ)にその地位を追われた。63年(文久3)外国奉行となったが、老齢のため数か月で辞職。68年江戸開城締約の翌日(3月15日)ピストル自殺を遂げた。彼の実弟松吉は、幕臣井上新右衛門(しんえもん)の養子となり、のち外国奉行井上信濃守清直(しなののかみきよなお)としてハリスの応接にあたり、兄弟ともに幕末外交史上に活躍した。(日本大百科全書ニッポニカ)

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「徒然に日乗」『913~919)

〇2025/11/16(日)ただ今午後9時半。室温21.3℃、湿度51%。▶終日自宅に。穏やかな陽気が続いた。そのために、外作業に出ようとしたけれど、何かと調べることもあって、遂には室内に籠りきりだった。このところ、パソコンの調子がよろしくないので、いろいろと苦労しながら、いじっている最中。新しいハードも、早くから準備してあるのだが、何かと面倒な作業にい遅れしてか、なかなか決断が付かないままで、今のパソコンを使い続けている。十年程使っているだろうか。いずれ、近日中には新しいハードに乗り換えようとは考えている。いくつかのアプリなどを用いて、全体の容量を軽くする作業に時間を取られている。今までに、十分に器械的なことを学ばなかったことが悔やまれる。(919)

〇2025/11/15(土)ただ今午後9時。室温17.5℃、湿度54%。陽射しもよく出た一日、ために朝晩の冷え込みは相当なもの。▶開店直後に間に合うように、あすみが丘のホームセンターへ、猫缶購入のために出かける。早かったせいもあって、店内は閑散としていた。いつもの猫缶の種類は行くたびに減少している。それに代わる目新しい商品は見当たらないまま。ペット食品の値上げはかなりエゲツナイ。政府はいまだに「デフレ脱却」などと寝言を言っているが、この食品の値上がりはこの一年少しの間で、五割は高騰している。便乗値上げどころではないような、悪辣さではないか。▶その新内閣の目玉は何だろうか。政権発足からまだ一カ月もたたないのだが、早くも肝心な外交で「綻(ほころ)び」が出ている。対中国問題をどう片づけるつもりだろうか。「存立危機事態」の旗を立て中国を敵視した総理大臣の首は、ある意味では風前の灯火ではないか。「コラム:サナエノミクスが抱える物価高リスクを考える=熊野英生氏[東京13日] – 高市政権がスタートして、為替レートが円高に向かっていく要因が見当たらない。当面の懸念は、補正予算が膨張しそうなことと、12月の日銀会合を巡って利上げを延期させる政治的圧力がかかってくることである。高市政権は各種政府会議に次々とリフレ人脈からメンバーを登用している。これでは日銀の追加利上げが無風でいられる訳がない。拡張的財政と金融緩和の維持によって、じりじりと円安が進みかねない。/米連邦準備理事会(FRB) のパウエル議長は10月の連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で、次回12月の会合では利下げが既定路線でないと発言し、それを機にドル/円レートは円安へと進み始めた。この円安はいずれ輸入物価を押し上げて、消費者物価の上昇圧力へとつながるだろう。/国会では物価高対策が活発に議論されているのに、もう片方で輸入インフレに拍車がかかろうとしているのは矛盾としか言いようがない。そのツケは国民生活への負担増へと跳ね返るだろう。高市政権がインフレに寛容な姿勢を採っていることについて、まだ多くの国民は気付いてないようだ」(ロイター・2025/11/15)さまざまな課題に有効な策も見いだせない新政権だ。(918)

〇2025/11/14(金)終日自宅に。T首相の「存立危機事態」発言がかなり深刻な問題になりつつある。恐らく、発言取り消しもできなければ、謝罪することも罷りならぬという右翼席応援団の意向を無視してまで、対中国「謝罪外交」に進むこともできない状況。まさに「進退窮まる状況」に首相は追い込まれているのだが、その自覚とか、判断が、与党内にも見られないのだから、まさに「亡国内閣」と言うべきだろう。(917)

〇2025/11/13(木)ただ今午後9時半。室温15.7℃。湿度64%。本格的な寒さが続いている。インフルエンザが流行中と報じられている、かなり免疫力が低下しているはずだから、くれぐれも引かないように気を付けたい。▶お昼前に茂原へ買い物に。いつも通りの食材などを買ってきた。二人とも年寄りだから、手の込んだものを作ることはしたくない。できるだけ簡単な鍋物か、焼きそば・寿し類などが主なもの。以前は週一で、寿司屋に出かけていたが、今は家を留守にできない(たくさんの猫がいるので)のが残念。一番遅く家に来た子がやがて一歳になるはずだから、それ以降は何とか、短時間でも外食に出かけられそうで、それを楽しみしている。▶現首相の「嘘つき癖」と、「軽々しい発言」が結果的には大いに国益を損ねている。「存立危機事態」(この大仰な言葉は誰が発案したものか。まさしく、戦争前夜時代の発想だ)を忌避するために万難を排するのが外交であり、対外政治なのだが、そういう視点(発想)はゼロに等しい。困ったことで、これこそまさしく「存立危機事態」と言うべきだろう。「発端は、就任間もない日本の高市早苗首相の発言だ。中国が台湾を攻撃した場合、日本は自衛隊で対応できると、高市氏は述べた」「高市氏の最近の発言は、台湾に関して日本が従来から取ってきた不明確な立場からの脱却を意味する。台湾をめぐっては、アメリカも長い間、『戦略的あいまいさ』を維持している。中国が台湾を侵攻した場合に、アメリカが台湾を守るために何をするかは不明確のままにしている。このあいまいさが、何十年もの間、中国にさまざまな可能性を考えさせ、一種の抑止力となってきた。同時に、経済的な結びつきを発展させてきた」「今回の炎上では、中国外務省は高市氏の発言を『中国の内政への乱暴な干渉』だと批判。同省の林剣副報道局長は10日に記者会見で、『台湾は中国の台湾だ』と述べるとともに、中国はこの問題で『いかなる外部勢力の干渉も容認しない』と付け加えた」、「『日本は中国の核心的利益に挑戦し、統一を阻止しようとしているのか』と問うた」(BBC・2025年11月12日:https://www.bbc.com/japanese/articles/c4gpy0j0rqgo)駐大阪総領事の発言は論外で、それに対する抗議や処罰は当然為されるべき。それでも首相発言の真意が「本当に中国と一戦を交える」ことを想定しているなら、それはまったくの間違い。「中国への内政干渉」でしかないのは論を俟たない。あらゆる場面で、軽薄な言動が止まぬ首相だ。(916)

〇2025/11/12(水)寒い一日だった。東北や北海道では大雪が降っていた。フィリッピン方面では台風の被害が続出、死者も⒉百数十人も出たという。本州では「秋の紅葉が酣(たけなわ)」のうち、秋は終盤に入ったよう。肌寒い天候のため、終日家に。▶久しぶりに落語を聴く。小三治師匠。亡くなって数年は経つが、存命中にはよく聴いたもの。演題は「付き馬」。志ん生では何十回も聴いた。調べてはいないが、この「付き馬」高座は、小三治師匠は何歳くらいだったろうか。久しぶりだったが、ゆったりしていて、破綻も来さず、それなりに楽しめた。(915)

〇2025/11/11(火)ただ今午後9時35分。室温16.1℃、湿度65%。とても寒い。朝晩の冷え込みは、暦通りの進む具合になったと感じる。▶駄文書きに気を取られて、「生ごみ」を出すのを忘れてしまった。滅多にないのだが、週三回(火・木・土)はあるから、二日後に出せば済むこと。それにしても、十年以上、よく飽きも、サボリもしないで、出し続けてきたものだ。初期のころは、モノ(ごみの種類)によっては、少し離れたところの焼却所まで持参して、一キロいくらで処分していたものだから、家にいて用が足りるとは、有り難いことだと思っている。茂原街道に出る途中(鼠坂)で、現在産業廃棄物最終処分場が建設されている。もう2年以上かかっているが、半分も工事が進んだろうか。最も好まれない施設の一つだろうが、何も知らないうちに工事は始まっていた。あたり前に役所からの広報や議会報告が届くシステムになっていないので、これ以外にも、何も知らないままで、方々に大きな工事が始まっていたりする。たぶん、宅配新聞を購読していないので、「折り込み」がないということ、マメに役場に出かけて広報等を受け取ることをしなかったせいだろう。そんな「幽霊住民」でありながら、どういうわけか、長柄町議会議員数等の適正規模などについて「アンケート調査依頼」が配達されてきた。町民のなかから抽選で選ばれた(千人のうちの一人)らしい。現在は12人だが、それが多いか少ないかと問うてもいる。人口(約6千人)規模からいえば、10人程度に減らすのが当たり前のようなだが、それを考える幾つかの基礎資料が付けられていないのは、いかにも役所仕事だと思う。因みに、当地に越してきた当座(2014年3月)の人口は7735人、本(2025)年10月段階では6201人。何年か後には町は消滅するのは不可避だが、そんなことはお構いなしに、ひたすら減少し続ける趨勢を見ているだけの、議会や町長の姿勢だ、という気もしている。1955年の人口は9361人。この70年間で、およそ3160人減。一年当たり、45人減だが、近年はおよそ100単位で減少しているのだ。アンケートに関して、議会事務局に質問などをしたが、埒は明かず。(914)

〇2025/11/10(月)ただ今午後9時。室温17.4℃、湿度64%。終日、この時期らしい気温に見合った陽気だった。雨は降らなかったが、やや肌寒さも感じられた。▶猫缶を購入のためにあすみが丘まで。いつもの商品は品不足のままであった。それにしても、猫の食品の値上がりも半端なものではないことに憤りが湧くのだ。値上がり前が350円だったものがただ今は500円越え。4割以上の値上がり。ほとんどの商品がそうなのだからたまらない。▶外作業をするには少し寒いので、本日も中止。▶N党党首が昨日未明に逮捕されたニュースで持ちきり。さらに連立を組んでいる維新の代表の公金流用疑惑も晴れないどころか、さらに広がりを見せる様子。政治と金が課題(テーマ)である最中に、まさしく「政治家と金」問題で政権が震えているのだから話にならない。表面的な政治談議(論評)に現を抜かしているメディア。それに疑問を抱かない有権者。十分に「国民性(民度)に見合った」政治と政治家だということか。(913)

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「夢熊之喜」は死語になったか

◎ 週の初めに愚考する(九拾伍)~ 「三寒四温」というのは冬から春への「季節の歩き方」でしょうか。 さすれば、秋から冬への急展開を齎す季節の走法は「暖秋急寒」とでもいったらどうでしょう。一カ月前までは真夏日だとか猛暑日などと天候に不平たらたら、それがあっという間に「秋寒は冬寒」となってしまいました。今は紅葉が盛りだ、絶景だとはしゃぎたい気持ちも、方々での「熊の襲撃」に、恐れをなして、何と、警察や、あろうことか自衛隊までが出動です。人間はおどろくほど賢くないとは思わないけれど、このような「熊退治」を見ていると、きっと「最後の一頭まで撲滅(殺戮)」するのではと懼(おそ)れている。(「足柄山の金太郎や、いかにおわすか」)

 もちろん、市街地にまで出没して、人間に大きな危害を加える「緊急事態」に拱手傍観はあり得ず、手を尽くして何とかこの、人・熊双方にとっての窮地を脱したいと思うのは当然です。右上のコラム「斜面」に誘われて、「熊と人間」の関係を、「草と人間」に置き換えてみたくなりました。家の敷地や道路に生い茂る「草類」、人間にとっては厄介者と見るのが当たり前、草取り・草むしりなんか面倒この上ないから、機械や殺虫剤を使い根こそぎ殺せ、さらには、地面をコンクリートで固めろとばかり。やがて自然は壊され、田舎は都会化が進む。さて、人間にとって邪魔なものは除去し、駆除するに限ると、大掛かりな「殲滅(せんめつ)作戦」が展開されつつあります。「熊のプーさん、大ピンチ」

 (ヘッダー写真は〈クマ駆除したら「税金泥棒」「役場を辞めろ」 大量クレームで業務に支障 「ご理解のお願い」は届くのか〉(東京新聞・2023/11/05)(https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=288046&pid=1230298

 (表題の「夢熊之喜(むゆうのよろこび)」は『詩経』(「小雅・斯干」)にある語。夢にまで「熊」を見るのは「男の子」誕生の瑞祥・瑞光とされた。熊は山中にあって、強くて陽の代表とされていたらしい。中国古典の話)

 緊急事態回避を言ったうえで、ぼくは「鴇(とき)」撲滅史・殺戮史を想起しています。中世ではなく、江戸時代辺り、各地で鴇が稲作を害すると「害鳥」に指定、太い棒きれで持って「叩き殺した」と言う歴史が方々で語られ、記録されています。現在、人間の目の仇にされている「熊のプーさん」、いったいどれくらいいるのかわかりませんが、人間のことですから、猟銃や散弾銃、あるいはライフル銃では物足りないとミサイルや地雷を仕掛けて「全滅」しようとするのではないかと、ぼくは気を揉んでいる。熊の危険が除去された後には、猪(いのしし)の番でしょうか。千葉県の記録によれば、毎年数万頭のイノシシの「捕獲」「除去」が計画され実施されています。日本全体ではどれくらいになるか。これもまた「害獣」として「全滅」させようとするのかもしれない。次に「鹿」、「猿」、その他、諸々の野生動物が「人間にとって害を及ぼす」という理由(嫌疑)で、撲滅しようとするのではないかと、ぼくは人間の一人として恐れ慄(おのの)くのです。この地上に、人間しか住んでいないという、異様・異常な環境は人間の生きられる場所であろうか。(左写真は新潟佐渡(トキ保護センター)

 一渡り駆除・除去・排除が進んだ段階で、今度は、やおら「人工出産」「人工飼育」などの手を尽くした保護政策に転換するという、「優しさ」を売りにする愚かしい姿が目に見えるようです。「鴇(とき)」その他の人工飼育や環境整備に心を尽くすことは今でもあちこちで見られるところ。小学生の頃、友達になった同級生に「熊取谷」という苗字の子がいました。その由来を聞いたはずですが、忘れています。彼には「伝書鳩の飼育法」をていねいに教えてもらったことを記憶しています。「熊と鳩」という取り合わせは、忘れられない場面ではありました。お互い勉強の振るわなかった仲間でしたから、よく付き合ったものでした。ごくたまに思い出したりします。また、後輩が勤めていた大阪にある私立大学の所在する地名が「熊取」だったと覚えています。この他にもクマや猪など、野生動物たちと人間が「共棲」していた気配を濃厚に遺す「地名」や「人名」が驚くほどあります。「それがどうした」と言われれば。もう仕方がありませんね。

 今年に限って「熊の攻撃性」が異常なのでしょうか。だとするなら、その理由は何処にあるのか。熊ばかりに「責任」を押し付けているのではないか。高山の頂上にまで道路を作り、人を集める「金儲け」をひたすら進めてきた・開発してきた結果に、なにがしかの原因となるものがなかったかどうか。詳しく駄弁れば、ぼくなりにいくつかの見聞・見解がありますけれど、それをここで書くことはしたくない。たくさんの専門家を含めて関係者がいるのに、この状況を迎えて大騒ぎ、それがぼくには解せないだけです。信濃毎日新聞のコラム「斜面」(本日付け)には、わが意を得た思いがします。「人身被害が深刻で日常生活もままならない現状では、熊の駆除が前面に出るのもやむを得ない。けれど中長期的には生息実態をつかんで、人とのすみ分けに力を注ぎたい」「国内屈指の山岳地帯を擁する信州は、長年知恵を絞り共生の道を探ってきた。山の主への畏怖(いふ)と親しみを失いたくない」と。この新聞は、その昔、桐生悠々が先週者として在籍していた新聞の後裔(こうえい)です。

 若い頃からしばしば、ぼくは信州各地を旅し、北アルプス登山を幾度か経験しました。あちこちに立つ「熊に注意」の看板を目にしながら、幸いにも「熊との出会い」はありませんでした。偶然の仕業だったでしょうか。幸運であったと、今でも奇妙な気持ちになることがあります。劣島の北から南から「熊、出没」の報道を知るにつけ、熊の世界に異変が起こっていることを知りますが、それは後に続く人間界の異変の前触れでもあるのではないかと、しきりに思う。

【斜面】熊の歌 〈熊がまだゐるから注意と繰り返す防災無線を熊も聞いてる〉小野沢竹次。信毎歌壇には四季折々に熊が登場する。〈冬眠の熊もさぞかしさみしかろ野沢菜漬けて独り茶を飲む〉せきたつお。遭いたくはないけれど、どこか近しい存在だ◆〈長野駅七番ホームにクマがゐた黒姫行きの切符をもって〉尾沼志づゑ。2012年に茅野市であった信毎歌壇選者の歌人、小池光さんによる短歌教室に、参加者が出した歌だ。少し前にJR長野駅のホームで熊が目撃されてニュースになっていた◆歌の伸びやかなユーモアに会場から温かな笑いが起きた。この一幕を懐かしく思い返すのはここ10年ほどで熊と人の間合いが大きく変わったから。人の生活圏に出没する熊が急増し、市街地での目撃も相次ぐ。熊による全国の犠牲者は本年度、過去最多となり政府も対策に乗り出した◆人の生活圏から熊を排除する取り組みの強化を柱に、岩手や秋田では緊急対応として警察官によるライフル銃での駆除も始まった。長野県も総合対策をまとめている。年間の捕獲上限を倍増し、再出没の恐れがあるとして、学習放獣を一時休止する◆人身被害が深刻で日常生活もままならない現状では、熊の駆除が前面に出るのもやむを得ない。けれど中長期的には生息実態をつかんで、人とのすみ分けに力を注ぎたい。国内屈指の山岳地帯を擁する信州は、長年知恵を絞り共生の道を探ってきた。山の主への畏怖(いふ)と親しみを失いたくない。(信濃毎日新聞・2025/11/16)

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強がりはよせよと笑われて 淋しいと…

 昨晩、ある人のネット配信を聴いていて(観ていて)、「T 首相は、どうもいきっているね」と話していたのに、なるほどと同感した次第。「いきる」とは「熱る」「熅る」という字を当てる。「熱」は音読みで「ねつ」、訓読みでは「あつい」「ほて(る)」、そして「いきる」とあって、その表すところは、文字通りに「あつくする。あつくなる。温度くする」興奮する。夢中になる。のぼせる」とあります。また「ほとぼり」などと言う古い使用例も出ていて、「1さめきらずに残っている熱。余熱。 高ぶった感情や興奮などのなごり。事件などがおさまったのち、しばらく残っている世間の関心」(デジタル大辞泉)とありました。何を相手に「逆上(のぼ)せ」、どうして高ぶっているんでしょうか。ぼくにはわかりません。この時期こそは「冷静でなければ」、それが何より求められているのに、です。(ヘッダー写真は「しんぶん赤旗」2025/10/27)

「研ナオコ 強がりはよせよ」https://www.youtube.com/watch?v=OAtH0M3Ho8o&list=RDOAtH0M3Ho8o&start_radio=1

いつからこんなふうになったのか
子供のようには戻れない
≪強がりはよせよと笑われて
≪淋しいと答えて泣きたいの
≪強がりはよせよと笑われて
≪淋しいと答えて泣きたいの

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 「奈良の女首相」の場合は、今この段階では、どういう感情がふさわしいのか。恐らく辞書に出ているすべてが該当するでしょうが、とりわけ、ぼくは「 高ぶった感情や興奮などのなごり」がふさわしいのではないかと見ています。就任(10月21日)以来まだ一カ月未満。多分に興奮状態は続いています。その上に、自身が語るところでは「睡眠時間は2時間」とか。十分に寝ていたとしても「まともな判断」が困難な地位にあるのですから、そんな睡眠不足状態で寝起きしているとするなら、ほぼ「夢遊病」「憑依」状態ではないですか。いいかげんにしてほしい。この首相の「存立危機事態」発言を聴いて、ぼくの耳には瞬間的に、中島みゆき作詞・研ナオコ唄「強がりはよせよ」(1976年)が鳴り響きました。

 実は誰だって悲しいし、淋しいんだけれど、「総理」にまでなって、そんなことを人に知られたら笑われてしまう、だから背伸びして、精いっぱいの「虚勢」を張って、「自信ありげな」姿をさらさなければ、と無理をするんですね。つまりは「いきがって」「いきって」「いきりたて」、強がり(bluff・deception)を言うのでしょう。まあ、自分を励ましているのかもしれない。「強がりはよせよ、ろくなことはないから」と思う間もなく、「存立危機事態」をもたらしたと名指しされた相手国は「脅し」「強請(ゆすり)」はお手の物でしたから、波状攻撃の第一歩を踏み出しました。

 おそらく、身から出た錆、「身から出でた錆(さび)=《刀の錆は刀身から生じるところから》 自分の犯した悪行の結果として自分自身が苦しむこと。自業自得。[類語]自業自得・自縄自縛・藪蛇・付けが回る」(デジタル大辞泉)」あるいは、事と次第では就任したばかりの椅子から降りねばならないところまで行くのではないですか。また、この「奈良の女首相」を煽りに煽った、贔屓(ひいき)の引き倒しをやりまくっている支持者(扇動者・instigator/agitator)も異なこと・味なことをしてくれたと思うばかり。煽れば誰だって正常な判断力や注意力を失う、まして、この御仁、愚民たちを煽りに煽ってここまで来たのですから、「渡りに船」「猫に鰹節」とばかりに、ぴったりはまって、さあ大変。こんな諺があります、「熱火(ねつび)子に払う」(「緊急事態には、利己心が醜く現れるというたとえ。炎が自分に迫ってきた時は、炎を我が子の方へ払いのけてでも助かろうとするとの意から」(ことわざ辞典ONLINE)「私はそういうつもりで言ったのではない」と言って、国民に下駄を預ける景色が見えています。「言ったことを言わなかったこととにする」隠遁の術と言いますか、何しろ、誰よりもと言いたいほどに、この忍術・妖術は彼女の「十八番」ですから)

 「いきる」、「いきがる」は上に述べたように「興奮する。夢中になる。のぼせる」と熱くなる一方の状態を指しますから、どこかで誰かが水を注(さ)さなければ、思わぬ場面の展開を迎えるはずです。それともも、「あなた、本当に闘えますか」と聞くといい。アメリカは日本のために軍隊を動かすことはあり得ませんから、他力を当てにするのは虫のいい話。昨日の「FOXニュース」で、米大統領は「日本は同盟国なんかではない、泥棒だ」と言う意味の話をしていました。三十年以上前、バブルの絶頂期、日本の不動産屋は「ニューヨーク(の不動産)」を買い漁ったではないか、と。彼は同業者として「一敗地に塗(まみ)れた」過去を決して忘れていない。だから「いい気になるな」と言いたいのですよ。誰でもいいから、「水をかけ、氷を投げつけることが必要」ですよ。

 頭を冷やせ、もっと寝ろ、「寝言は寝てから」と、逆上せ切っているこの首相を諭すことが何より大事だけれど、さて、そんなことをしようという酔狂な人はいるか。だから「辞めるほかない」と、自分で自分の首を絞めているんですが、それがわからないのは、単に寝不足の故ばかりではない。(なによりも「無能(incompetence)」のためですよ)国民の苦しみは終わらない。

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 高市首相、非核三原則の見直し検討 米抑止力低下と主張、反発必至 高市早苗首相が国家安全保障戦略など安保関連3文書の改定に伴い、非核三原則の見直しを検討していることが分かった。核兵器を「持ち込ませず」の概念が、米国の核抑止力の実効性を低下させかねないとの理由からだ。複数の政府関係者が14日、明らかにした。実現すれば、戦後の安保政策の転換となる。唯一の戦争被爆国として進めてきた「核兵器のない世界」への取り組みに逆行しかねず、国内外で反発を招くのは必至だ。
 非核三原則は、核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」とした日本の基本的な核政策。
 首相は日本が核拡散防止条約(NPT)を批准していることを重視し、非核三原則のうち「持たず」「つくらず」は堅持する意向。ただ「持ち込ませず」を順守すれば、米軍の核搭載艦船の日本寄港などが認められず、有事の際に米国の核抑止力が弱まると懸念している。
 高市政権は、2010年に当時の岡田克也外相が「核の一時的寄港を認めないと日本の安全が守れない事態が発生したとすれば、その時の政権が命運を懸けて決断し、国民に説明する」とした国会答弁を引き継いでいる。(中國新聞・2025/11/14)

 高市首相の非核三原則見直し検討に被爆者ら憤り 「絶対譲れぬ」「言語道断」 「絶対に譲れない国是だ」「核被害の恐ろしさを分かっていない」―。高市早苗首相が非核三原則の見直しを検討していると分かった14日、広島の被爆者や市民は即座に強い憤りの声を上げた。
「怒りまくっている」。昨年のノーベル平和賞を受賞した日本被団協代表委員で広島県被団協の箕牧(みまき)智之理事長(83)は憤る。「なし崩し的に戦争への道を進まないか」と懸念。被団協は時の政権の意向に左右されないよう、非核三原則の法制化を求めており「野党は法制化に動くなど、見直しに歯止めをかけてほしい」と強調した。
 見直しを巡っては2022年、自民党の安全保障調査会の勉強会に招かれた専門家も「核の配備先が分かれば攻撃対象になり、実益がない」と指摘していた。もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(81)は「他国に日本の非核政策が変わったと受け止められ、攻撃を受けるリスクが増す。『安全保障政策』とは言えず言語道断だ」と訴えた。(⇙)


(⇗)高市氏は首相就任前から見直しに言及してきた。市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)の森滝春子共同代表(86)は「権力を持ち、カラーを出しやすくなったのでは」とみる。原爆被害者が高齢化する中、「核を使う側に立って語ることの敷居があまりにも低くなっている」と怒りをあらわにした。
 世界で核兵器禁止条約の参加国が増える中、市民団体「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)の田中美穂共同代表(31)は「日本が先頭に立って逆行している」と指摘。「軍事的エスカレートを防ぐため、市民が声を上げないといけない」と語った。(下高充生)(中國新聞・2025/11/15)

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 (蛇足 もっと強がりでとんがっていた時代):「ロシアは2022年2月のウクライナ侵略開始後、数次にわたって日本人の入国を禁止する対日制裁を発動してきた。 第1弾は同年5月。当時の岸田文雄首相や林芳正外相を筆頭に政界、メディア、大学関係者ら63人が対象だった。自民党政調会長だった高市早苗首相もリスト入りし、ツイッター(現在のX)に『上等やないかいっ。招かれても行かんわい!』と投稿していた」(以下略)(產經新聞・2025/11/12(水) 11:42)「いい気になって強がっていても、振り返れば誰彼なしに頼りに馴れそうな人物(存在)がいたとみられます。でも、「今はもう秋 だれもいない背後」で、(背後霊さえいないだろう)此の窮地をどうします。これをして国難という。

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◎ 非核三原則【ひかくさんげんそく】= 1968年の佐藤栄作相の発言,〈核兵器はつくらず,持たず,持ちこまず〉から,従来歴代内閣によって堅持されてきたとされる核兵器に対する日本の基本政策で,国是ともいわれた。しかし,日本に寄港する米国艦隊には核巡航ミサイルトマホークが配備されているため,この原則は守られていたとは言えないうえ,2009年政権交代して発足した鳩山由紀夫内閣の指示による,外務省の調査は,日米密約の存在を認め,〈持ち込まず〉の原則が虚偽であったことが判明した。(百科事典マイペディア)

◎ 非核三原則(ひかくさんげんそく)= 核兵器を製造せず,持たず,持込みを許さない,とする日本政府の方針。 1967年 12月,佐藤栄作首相が国会答弁で述べたもの。野党はこの非核三原則を国会決議とするように要求したが政府,自由民主党は応ぜず,かえって非核三原則に加え,日米安全保障条約の堅持 (米核抑止力への依存) ,核軍縮の推進,核平和利用の推進を核4政策と称し,核否定の印象を緩和した。しかし 71年 11月,沖縄返還協定の承認に関連し,国会で非核三原則確認の決議が実現した。佐藤の 74年度ノーベル平和賞受賞の第1の理由には,日本の非核政策があげられる。(ブリタニカ国際大百科事典)

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さびしさに…いずこも同じ秋の夕暮れ

 どこの国のどの放送局(企業)にも起こりそうな事件(権力闘争)がBBCでも生じていたということでしょうか。アメリカ大統領の演説を恣意的に改竄編集し、「いかにも民衆(支持者)を扇動して『議事堂』に導いたかのように」制作・放送したというものでした。どうして、わざわざ、手の込んだ編集改竄までしなければならなかったのか、問題の根っこはそこにあるということらしい。これは数ある問題の一つ、その一つがきっかけになって、今回の騒動が表ざたになったということでしょう。つまりはBBC内における、長期間にわたる権力闘争の存在が、この「パノラマ」報道において顕在化したということです。問題はしかし、二つに分けて考えるべきであるという論調が、あるいは問題の構造を明らかにするのかもしれません。中には理事会側と編集側の闘争だと断定する向きもあります。それはぼくの関心の外です。(右写真:ティム・デイビー会長(左)とニュース部門トップのデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)(右))

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 (表題句「さびしさに宿を立ち出でてながむればいづく(こ)も同じ秋の夕暮れ」は良暹法師作)(◎ りょうせんリャウセン【良暹】=平安時代の歌人。後朱雀・後冷泉両朝頃の人。比叡山の僧で祇園別当となった。橘俊綱家歌会に参加し、賀茂成助・津守国基・橘為仲らと交流。私撰集「良暹打聞」を編み、家集も存在したが、いずれも現存しない。「後拾遺集」以下の勅撰集に三一首入集する。生没年未詳)(精選版日本国語大辞典)「秋の夕暮れ」とくれば、新古今の「三夕(さんせき)」を素通りするわけにもいきません。それぞれの好みは好みとして、以下に。「秋上」の第五。寂蓮の「さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮」、そして西行の「心なき身にもあはれはしられけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮」、定家朝臣の「み渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ」と並びます。(ここでいくらかの駄弁を弄したいのですが、いかにも場違いの感がして、言葉が出てくる気配もありませんので、いずれまたの折に)

 (余談 伝によると、良暹法師は山城国愛宕郡(おたぎのこおり)の生だという。晩年は洛北大原の雲林院に隠棲したとも。京都に住みなしていた時代、殊に中学に上がる前には、愛宕山近辺を走り回っていました。それだけで、とても地理的にも懐かしさを覚えてしまいます)

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 部外者として、何かを言うつもりはありません。BBC(公営放送局・public broadcasting)と雖(いえど)も企業ですから、とうぜん権力争いはあるでしょう、その影響が番組編成に及ぶこともあるのですから、ことさらに声を荒立てる必要はないのですが、それにしても「BBCよ、お前もか」という気もします。劣島国にも、同じような「公共放送(みなさまのN✖K)」はありますが、今ではほとんど官営放送(government broadcasting)になった嫌いがあるでしょう。ぼくはほとんどこの「官営放送局」の番組を観ることはありません。ただ拙宅にはテレビ受信(像)機がありますから、年間の受信料は支払い続けています。気分としては支払い拒否の側に傾いてはいますが(N国党支持者ではありません)、かみさんがよく見ているようですから、規則に従うだけのこと。この放送が「まともに権力側の介入」を受けて、番組内容にまで「忖度」を及ぼしていたという、かなり怪しい状況が十年程前から続いています。今では、「偏向」が当たり前の「売り」「推し」になってしまっているようです。何しろ「会長人事」から「年度予算(その他)」まで、その承認は国会議決されるのですから、時の権力の威光(意向)を無視はしないでしょうけれども「不偏不党」などという、著しい偏向報道は厳しく諫められてきたという経緯があります。(権力の「意向」を汲めということの意)

 この問題の質や程度にはいろいろと彼我の違いはあれ、我が方の「官営放送」と英国の「公共放送」とでは、その差異は質的に違うと考えています。政治権力に従順であるか、それとは一線を画して自立し得ているかどうか。BBC問題の全容がまだわからない段階ですから、余計なことは想像しない方がいいという判断がぼくに働いていると思っています。いかにも奇妙なのは「生(素)のままの米大統領の姿や発言(言動)」をそのままに報じるだけで、この人物は「どういう存在か」と多くの視聴者は判断できる能力があるだろうに、どうして「改竄」してまで「暴力的人物」に仕立てて見せる必要があったのか。つまりは、そうなったのは放送局内部の抗争が絡んでいたからだとするなら、それはそれで、別の次元の問題であり、それに応じた処置がとられるだろうということでしょう。今の段階でぼくが考えているのはこれだけです。これまでなにかと世界規模の「ニュース」報道に際してはBBCに依拠してきた手前もあり、この先の成り行きに関心を持ち続けたいと思います。

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(参考までに:「BBCの「地殻変動」 会長ら辞任で上層部の亀裂あらわに ケイティー・ラザル文化・メディア編集長 これは地殻変動だ。BBCの会長とニュース部門トップの最高経営責任者(CEO)を同時に失うなど、前例がない。BBCの歴史において、極めて異例の瞬間だ。 その影響は過小評価できない。 表向きは、ティム・デイヴィー会長の辞任はある程度、理にかなっている。 デイヴィー氏はこの重圧のある職に自分がいつまでとどまりたいのか、自問自答しているのではないか――。私は以前から、そう思っていた。 今年に入り、物議をかもすさまざまな問題が積みあがる中で、私は何度か彼をインタビューした。彼は普段、「くまのプーさん」に登場するティガーのようなエネルギッシュな人だ。しかし、私がインタビューした時は、様子が違った。 辞任声明の中で彼は、「この激動の時代に長年にわたりこの役職を担うことは、個人的にも職業的にも負担が非常に大きい」と述べた。 両氏の辞任は、ドキュメンタリー番組「パノラマ」について、連邦議会襲撃事件の前のドナルド・トランプ米大統領の演説に対する編集によって、視聴者に誤った印象を与えたと批判されたのを受けたもの。 デイヴィー氏はすでに、パレスチナ・ガザ地区に関する2本のドキュメンタリーをめぐる問題や、英パンクデュオ「ボブ・ヴィラン」が物議をかもすパフォーマンスを見せた音楽祭「グラストンベリー・フェスティバル」の生中継をめぐる危機的状況に直面していた。 そうした中で、また新たな論争が勃発し、彼はもう手に負えないと感じたのかもしれない。もう一度戦えるほどの余力が、彼には残っていなかったのかもしれない。私はそう見ている。(以下略)」(BBC・2025/11/10)(Katie Razzall: A seismic moment that shows rift at top of BBC)(https://news.yahoo.co.jp/articles/c438c80fae15f79a5ca8f3e106fa8ee9b5bfe8cf

BBC(ビービーシー)British Broadcasting Corporation= イギリス放送協会。イギリスの公共放送機関。前身は 1922年ロンドンでラジオ放送を開始したイギリス放送会社で,1927年に公共企業体に改組し BBCが設立された。以後 1955年に商業テレビジョン(ITA,今日の Ofcom)が導入されるまで,イギリスの放送事業を独占していた。地上波テレビジョン 2系統の全国放送を実施するほか,衛星放送などで 24時間ニュースサービスや議会中継などを行なう。ラジオでは地上波の全国放送が 5系統あり,30都市でローカル・ラジオ局を運営している。財源は受信料収入が大部分で,受信料は政府が徴収し,必要経費を差し引いたのち,BBCに交付される。また 1971年に開校したオープン・ユニバーシティが,BBCの番組で通信教育を行なっている。このほか,政府の交付金によって実施している国際放送は世界でも最大級の規模をもっている。(ブリタニカ国際大百科事典)

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英BBC会長が辞任、トランプ氏演説を誤解招く形で編集 ロンドン(CNN) 英公共放送BBCで、米国のドナルド・トランプ大統領の演説を誤解を招く形で編集したとされるスキャンダルが拡大し、報道の公平性や偏向をめぐる大きな問題に発展する中、BBCのトップ2人が9日辞任した。/ 辞任したのは、ティム・デイビー会長とニュース部門トップのデボラ・ターネス最高経営責任者(CEO)。辞任の前には、BBCの番組内で、トランプ氏による2021年1月6日の演説について、暴力を直接呼びかけたように編集していたことを示す内部文書が流出していた。

 デイビー氏は同日午後、職員宛てのメモで、辞任について「完全に自身の判断」だと述べ、BBCの過ちについて会長として最終的な責任を負うと説明した。ターネス氏もBBCの番組「パノラマ」で制作されたドキュメンタリーをめぐる論争が組織そのものに損害を与える段階に達したとして辞任を表明し、「最終的な責任は私にある」と述べた。/ 英紙テレグラフが報じたところによると、問題の発端は、BBCの編集基準を助言するマイケル・プレスコット氏による内部調査メモだった。プレスコット氏はメモの中で、BBCが昨年、トランプ氏の演説を「改ざん」して放送し、トランプ氏が暴徒をあおり「地獄のように戦う」ために彼らと一緒に歩くと発言したかのように見せかけていたと指摘した。/ 実際の演説でトランプ氏は、「国会議事堂まで歩いて行き、勇敢な上院議員や下院議員を応援するつもりだ」と語っていた。

 トランプ氏は辞任の報道を歓迎し、腐敗を「暴露」したとして、テレグラフ紙に謝意を示した。/ ホワイトハウスのレビット報道官はBBCを「100%フェイクニュース」「プロパガンダ機関」と非難した。レビット氏は9日、X(旧ツイッター)で、テレグラフの記事の見出しとBBCの辞任発表を引用して投稿した。/ BBCの運営資金の大部分は、英国でテレビを所有しているか、ストリーミングコンテンツを視聴しているすべての世帯から毎年支払われる174.50ポンド(約3万5000円)の受信料によって賄われている。公共放送局として、BBCは編集の独立性と公平性に関する基準を順守している≫(CNN・2025/11/10)

 (以下は、BBCの放送番組です)

【解説】BBCはどう運営されているのか 会長辞任との関係は(2025年11月13日)
ドナルド・トランプ米大統領の演説に対するBBC番組の編集が問題視され、BBC理事会も「判断の誤り」を認めた問題で、ティム・デイヴィー会長とニュース部門責任者のデボラ・ターネス氏が辞任した。
これについて、BBCが運営がどのように行われているか、そして今回の問題にBBC理事会がどうかかわっているのか、ロズ・アトキンス分析担当編集長が説明する。(制作:カテリーナ・カレリ・グラフィック:メスート・エルソズ)(https://www.bbc.com/japanese/articles/cd04xn9zpkmo)
BBC会長辞任に至ったトランプ氏の演説動画編集問題 視聴者の反応は(2025年11月13日)
ドナルド・トランプ米大統領の演説に対するBBC番組の編集が問題視され、BBC理事会も「判断の誤り」を認めた問題で、一般の視聴者がさまざまな感想を、電話参加型のBBCラジオ番組に寄せた。
また、かつてBBCの監督機関だった旧BBCトラストの会長で、保守党幹部や最後の香港総督などを歴任したクリス・パッテン氏は、イギリスという国の特性として、公共放送を始めとして、何かとても上手にやっていることがあると、それをひたすらたたく国民性があると話した。/BBCのデイヴィッド・シリトー芸術・メディア担当編集委員が報告する。(https://www.bbc.com/japanese/articles/cx2y3x39396o)

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祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

【いばらき春秋】田舎で暮らす者にとって、汗だくで草刈り機を振る重労働は避けられない。このきつい日常を逆手に取り、都市部から「関係人口」を集める村が福島県にあると聞き、阿武隈高原を訪ねた▼人口約3000人、高齢化率45%の鮫川村。遊休農地と空き家の増加という喫緊の課題に対し、村の若者たちが「美活動刈上げ鮫(ジョーズ)」を旗揚げした▼合言葉は「草刈りはスポーツだ」。大豆の種まきや星空観察などを組み合わせた1泊2日のイベントを企画し、全国から参加者を募る。10月に行われた今年3回目の活動には、首都圏や遠く岐阜県からも大学生や会社員らが集結した▼参加者は講習後、地元の若者たちと和気あいあいと観光名所や空き家の草をきれいに刈り上げた。「非日常の爽快な体験。困っている人を助けられてうれしい」との声が上がった。作業後の卵かけご飯が、参加者と住民の交流の輪を温かく広げた▼主宰者は語る。「草刈りはきっかけにすぎない。大事なのは、住民との触れ合いを通じ、参加者にこの村を身近に感じてもらうこと」▼募集チラシの隅に小さく書かれた言葉が印象に残った。「第二の故郷の体験を提供いたします」。農山村の関係人口を創出する本質的なヒントが詰まっている。(山)(茨城新聞・2025/11/13)

 先月の半ば頃だったか、町役場から封書が届きました。「議会議員定数に関するアンケート調査」の「依頼状」でした。「議会においても議員定数・議員報酬に関する改革委員会が設置されて、検討が進められている」との旨が書かれていました。いずこも同じ「秋の夕暮れ」なのでしょうか。人口減少により、行き先の展望が見えない中での町政の現状打開が図られているとは思われますが、「展望」を持つところまではとても行き届いては行かなさそうです。残された道は「たった一つ」だろうと、ぼくには思われるのです。

 長柄町は房総半島のほぼ中央に位置した、純農山村というべき環境にあります。ぼくが当地に移住してきたのが2014年3月でしたから、およそ11年半が経過したところです。町の行政には、納税者として当然のこと、まったくの無関心ではありませんけれども、何度か議会の傍聴に誘われましたが、関心が湧かないままで過ごしてきました。(右図「結婚十訓」(昭和14年(1939)9月、「時の阿部内閣厚生省は、ナチス・ドイツの『配偶者選択10か条』にならって『結婚十訓』を発表した。背景には、昭和12年(1937)から続く日中戦争や満蒙開拓移民等による出生率の大幅な低下がある」(「歴史人」:https://www.rekishijin.com/36675)(国がかかる「感傷」を許されていた時代でしたね。国家という存在は何ものでしょうか。それにしても「結婚十訓」の項目の一々はなんと惨(むご)いものだたでしょうか。今もなお、ここからすっかり切り離されていると断言できないのは、何とも情けない国の仕業ですよ)

 これはぼくの性格でもありますが、政治にはほとんど関わらないままで生きてきました。約半世紀近くの勤め人時代も同じことでした。目前の役目・役割に沈潜・埋没するとでも言いましょうか、それ以外は他所事(よそごと)という態度を貫いてきたと思います。偉くなりたいとか給料をたくさんほしいという欲望も、お寿司のメニューに例えれば「松竹梅」の「梅(以下)」で、しかし、仕事柄、必要と判断すれば、嫌な役目でも引き受けて真面目に(本人とすれば)果たしてきたつもりでした。この山の中の辺鄙な土地を選んだのも、だから、その反動で、世間とは没交渉(というのも変ですが)を通して、何とか他人に迷惑をかけない程度の明け暮れをと、願ったまで。(そもそも、生きていることは誰かれには迷惑をかけているのですがね)

 役場仕事に関してもあれこれと感じないことはなかったが、それも他人事(ひとごと)と、「我関せず焉(えん)」を決め込んでいた次第。町の人口減について、それなりに気にはしていましたが、町の行政がそれに関して具体的な積極政策を繰り出してきていたとはとても思えませんでした。その多くは御多分に漏れず「企業誘致」「教育機関誘致」などの通り一遍のものでしたが、ことごとくが首尾よくは行きませんでした。地域開発や土建事業はそれなりに今の状況でもやればできますが、少なくとも「人口減」だけは、ある種の自然現象ですから、なるようにしかならない、そう考えています。これは当該町だけに限らず、広く国全体の問題でもあります。毎年百万人規模(程度)の人口減少が発生している現実に、なすすべはないとぼくは考えています。戦時下の「産めよ増やせよ」という時代ならいざ知らず、国策をもって、ある時期の中国もそうでしたが、人口増を測ることは可能だったかもしれませんが、今の時代、個々人の意向や同意を無視して、強引な人口増政策はまず不可能と言わねばなりません。

 今日、世界人口全体の約8割が都市の住民だとされています。都市集中、一極集中です。これを今からどうにかするというのも至難の業でしょう。日本も同じ環境にある。それなりの経済「成長」を遂げた国々に共通してみられることです。問題を大きく、世界規模などでとらえる必要はありません。「町のアンケート調査」問題に戻ると、現在の長柄町は1955年に近隣三自治体(村)が合併して発足した町でした。発足時の人口は9.300人。現在は6.100人。県内17町村中、下から二番目の人口規模の自治体です。最少は神埼町の5.616人(10月1日現在)。議員定数の算出方法はいくつかあるでしょうが、ほぼ人口数に応じた割合で決められているようです。最少議員数は10人で、4町村あります。長柄町は12人です。一議員当たりの人口比では、県内首位ですから、このままでいけば、さしあたりは、少なくとも10人にまで減らせということになります。だから、アンケートなどいらないではないかというのが、ぼくの愚論。自治体の人口減少対策にはさまざまな意見がありえますが、いずれも決定打にはならないことは明白です。

 ぼくの結論、と構えるほどでもありませんけれど、現状では、人口小規模の他の4町村並みに10人が妥当でしょうが、早晩、もっと事態は深刻になります。どうしますか。おそらく町村合併をやって当座をしのぐことになるでしょう。明治以降、この国は何度か大規模な自治体合併を繰り返してきました。近年では「平成の大合併」でした。何れ「令和の合併」も行われるでしょうが、さらに、各地区の人口減は「合併規模モデル」を上回る勢いで続くはずです。

 では、この危機を突破するにはどうするか。おそらく、ここでその愚論を書くのでは不謹慎の謗りを受けるはずですから、書くことは致しません。けれども、これまでの歴史の教えるところでは言うなら、「国」が生き延びるのは「他国」に手を、足を延ばすほかなかったでしょう。今は、そこまで早とちりはしたくないので、ここまでで、駄文は止めておく。もちろん、長柄町のアンケートには応えるつもりですが、上に記した如く、2名の議員数減、その次の段階は町村合併です、さらに次の段階は「他自治体に吸収合併」でしょう、長柄町がなくなる(消滅するという意味)です。以上。(以下は蛇足)

 国会では衆議院議員の定数削減が不純な動機で「議論」されかかっています。地方選出議員数の人口比では極限まで行きましたから、次の段階は「(県単位の)「合区」の拡大」と、都市部の議員数増ですね。面倒な議論は止めておきますが、ここにおいても「人口減少」と「都市への一極集中」問題が大きな口を開けて立ちふさがります。現下国難を生んでいる2大要因ですね。衆議院議員(小選挙区)が最大である自治体は東京都の25名。最少数は山梨県などの2名。「移住の自由」や職業「選択の自由」が認められるべきであるのを承知で、「25対2」という議員数の割合は、どういうことなんでしょうか。「お前は半人前」と未熟や年齢で烙印を押されるのは常のことですが、「25対2」という比率をどういえばいいのでしょうか。

 人口比で議員数を決めるのは妥当ではあるでしょうが、「法の下の平等」を厳密にとらえれば、このような歪(いびつ)な選挙区割りは破綻しているというほかないでしょう。東京都に拮抗するには山梨を含めた自治体が「束になって」(それでも14名になるだけ)かかるしかないのでしょうか。選挙区割りの課題が、政治家の怠慢で積み残され(放置され)続けてきた結果(証拠)です。自前の議会を持てない自治体も出てきています。議員のなり手がいない自治体も出現しています。その理由は何でしょうか。各地方では、箸にも棒にもかからない「(最劣悪・最愚劣)首長」が続出していますのも、この現象と無関係ではないでしょう。最後は、何処かに「植民地」を求めることになりそうですね。

 市町村合併は国内における「植民地化政策」でしょう。弱肉強食の結果が「合併」です。国内で埒(らち)が明かなければ、国外に「合併相手」を求めるのは事の成り行きと言ってしまえば、簡単です。そんなことができるかというなら、国の消滅にかかわる問題ということになります。この国には「前歴(前科)」があります。それに学んで、「備えあれば憂いなし」と、躍起になっているのがただ今の「政権」の目下のねらい目でしょうか。「まず隗より始めよ」で、町の議員数問題をそれなりに真面目に考え抜けば、国の先行き(将来)が(あまり美しくも明るくもありませんが)見えてくるというものです。人口減少現象は自然の流れです。誰が、どのようにして止められますか。まるで「台風」や「地震」のようなもの。「サナエあってもウレイあり」ですよ。当座はおろか、百年や三百年先の将来にとどまらない、永遠の問題です。

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諸行無常(しょぎょうむじょう)= 仏教の命題。「諸法無我(むが)」「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」とともに仏教教理の基本的特徴を示す三法印の一つ。とくに原始仏教経典にしばしば記されている。諸行の「行」とは「つくられたもの」の意であるから、全体で「一切(いっさい)のつくられたものは時間の推移によって生滅(しょうめつ)変化し、常なることはない」という意味になる。この命題を真に理解すれば、たとえば人の死にあっても悲しむことはないといわれる。後の部派仏教(小乗仏教)はこの命題に関して「つくられたもの」と「つくられないもの」とを峻別(しゅんべつ)し、また無常の構造をより精緻(せいち)に理論的に考察して独特の体系をつくりあげていった。諸行無常は日本文学でも好んで扱われてきたテーマであるが、インド仏教の論理的考究と異なり、時間が過ぎゆくにつれて消滅する過去への詠嘆としてのみとらえる傾向が強く、日本人の仏教観をやるせなく力弱く暗いものにしてきたことは否定できない。(日本大百科全書ニッポニカ)(ヘッダー写真は「林原美術館蔵 平家物語絵巻「祇園精舎」)

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