さらに「錆は身から」が続くか

◎ 週の初めに愚考する(玖拾陸)~ 「鬼の霍乱」第三日目。昨日は、ほとんど「放心状態」で、立って歩くと調子が悪く、とてもリズムよく立っておられない状態。モノによりかからなければ、歩けないし、また止まれないという調子で、こんな不具合は珍しい。猫の缶詰を買うためにあすみが丘に出かけた以外は、ほとんど家で横になっていた。熱は高くはないが、微熱らしいものがあり、時には37.5度くらい。たぶん、風邪の引き始めを見誤ったのかもしれない。「手遅れ」ということの用でしたね。薬を飲んでもまったく効いている様子がないのだから、困りもの。薬を変える方がよいかもしれない。

 「週初に愚考」が取り柄みたいなものだったが、その「愚考」さえもできなくなったのです。以下の記事を読んで、さらに「攪乱状態」が昂進しました。国会と言うところは国会議員のたまり場であることは承知していますが、どんな議員さんの溜まり場であるかがわかろうとというもの。費やす言葉を、ぼくは失っています。「何をか況(いわん)や」、そうです「呆れが宙返りをする」とでも使っておきますか。とにかく「頭痛が痛い」のだ。

 首相、洋服選び「悩んだ」 G20出席「マウント取れる服」 高市早苗首相は22日までに自身のXで、G20サミットで着る服に悩んだと打ち明けた。出発前日に準備時間を確保し「荷物のパッキングをしたが、悩みに悩んですごく時間がかかったのが洋服選び」と吐露。結局、手持ちの中から選んだものの「外交交渉でマウント取れる服、無理をしてでも買わなくてはいかんかもなぁ」と、ぼやきで締めくくった。
 14日の参院予算委員会で参政党の安藤裕幹事長から「できれば日本最高の生地を使って、日本最高の職人さんが作った服で外交交渉してもらいたい」と要望された。
 首相はXで「指摘は一理ある気がして『安物に見えない服』『なめられない服』を選ぶことに数時間を費やした」とつづった。(共同通信・2025/11/22)

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「長い者には巻かれろ」と誰が教えたか

【日報抄】種を明かさぬ予告編に関心をかき立てられたけれど、公開されてみれば拍子抜けするほど予定調和のストーリーだった。そんな映画を見せられた気になる。第2幕もキャストからして結末が予想できる▼花角英世知事が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を容認すると表明した。長い手続きを経た。国や経済界がこぞって再稼働への圧力を強める中、「長くは引っ張れない」と導いた結論という▼焦点は知事の判断に対する県民の意思を確認する手段だった。知事は県議会に自らを信任するか否かを諮ることをもって確認するとした。知事選でも県民投票でもなかった。「信を問う」には違いない。ただ大仰な口上だったものだ▼これまで「多くの人が信を問うという言葉でイメージできるものがある」「存在を懸ける」とも語ってきた。齟齬(そご)はないとの認識のようだが、語感は随分違う。県議会は、国政与党であり知事与党でもある自民党が、多数を占めている▼知事の決断は決断として、この日の説明で、再稼働に慎重な県民のどれほどが腹落ちしたか。賛否が対立する問題は世の中にあまたある。双方が納得はできないまでも、理解するに至るよう導く調整が政治だとすれば、肝心な手続きが抜け落ちていると思えてならない▼それを「県民の理解を促す丁寧な説明を求める」と国に丸投げするなら、地方に生きる者のアイデンティティーとは一体何なのか。福島の原発事故を踏まえても、地方と中央との関係性は何も変わらないのだろうか。(新潟日報・2025/11/22)

 こと原発問題に関して、原発立地県知事の権限程、いい加減なものはないにもかかわらず、「三方一両得」を地で行くのでしょうか。きわめてグロテスクな方法が罷り通ってきました。「日報抄」が指摘するように「(知事は自らの)存在を懸ける」という以上は、それなりに俎板の鯉になるならいざ知らず、いまなお3.11の原発事故の余波がいろいろな方面で続いているにもかかわらず、まるで「段ビラ(幅の広い刀)を振りかざして」「原発の再稼働」を決断した。少なくとも、この原発問題に関する知事の有する決断(判断)を、思う存分「弄んできた」知事は、これまでにも片手では済まないほどいたでしょう。事程左様に、「反原発の意志を示す知事」は、この社会では存在することは断じて許されないのです。いかにも「重い決断」を下すかに見せながら、その実質は自分以外の関係者に丸投げするのだ。責任を逃れているでしょう。(福島原発事故で、福島県知事はどんな背金を取ったか)

 原発問題を考える際に、ぼくは今年2月に亡くなった一人の知事のことを思い出します。福島県元知事・佐藤栄佐久さん(1939~2025)。地方自治の一方の雄とまで謳われた人でしたが、晩年は、驚くべき政争・事件に巻き込まれたか、不本意な人生の終幕を送られたかと思われます。詳細は省きますが、要するに、「国策である原発問題」に異を唱えるといかなる始末を被るかという、見本のような結末を示された。知事を辞めてからの佐藤さんの言動をぼくはそれなりに追いかけたことがあります。その「真相」がなんであったか、もちろんぼくにはわからないままでありましたが、少なくとも、「原発政策」にケチをつければ、とことん睨まれる(だれにでしょうか)ということだけははっきりとしました。

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 「元福島知事の佐藤栄佐久氏が死去 脱原発訴え、汚職事件で有罪判決も 元福島県知事の佐藤栄佐久(さとう・えいさく)さんが19日未明、老衰のため、福島県郡山市内で死去した。85歳だった。/東大法学部卒。日本青年会議所副会頭などを務めた後、1983年の参院選で初当選。88年に福島県知事に就いた。東京電力のトラブル隠し問題などを受けて、核燃サイクル政策に異議を唱え、東電のプルサーマル計画に反対した。/5期目の任期途中だった2006年9月、実弟が関与した汚職事件の追及を受け、辞職。翌月、県発注のダム工事をめぐり、自身も東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕された。無罪を主張したが、二審判決は「収賄額ゼロ」にもかかわらず有罪。12年、最高裁で確定した。/ 東京電力福島第一原発の事故後、講演などで脱原発を訴え続けた」(朝日新聞・2025/03/19)

 ドキュメンタリ映画 「知事抹殺の真実」前代未聞の空虚な有罪判決 2006年9月、5期18年に渡り、県民とともにに福島県を築いてきた佐藤栄佐久知事は、何者かが作り上げた「謎の収賄事件」により突然辞任を強いられる。/裁判の過程で明らかになっていく事実、調書の矛盾。 裁判所は、知事に利益を得る認識が無く収賄額は0円、という前代未聞の有罪判決を出す。検察の主張の前提は全て崩れ、一体何の罪で有罪になったのか。報道は操作され、ゆがんだ情報に国民が惑わされていた。/どうしても、佐藤栄佐久を政界から抹殺したかったわけとは。なぜ、原発に近づくものが消えていくのか。 国策に異議を唱えた代償か 佐藤栄佐久は、中央政界での経験をもとに、独自の政治スタイルを確立。国に頼らない、地方色を生かした国づくりを進めてきた。そして原発立地県として、その安全神話が空っぽであると気づいた時から、巨大な力との果てしない戦いは避けられなかった。 市町村合併、道州制そして原発問題、押し寄せる国策に問題提起することの代償。闘う知事と呼ばれた佐藤栄佐久は、自身の身を持って証明することとなる。 突然の辞任から逮捕、関係者への事情聴取、裁判に至るまでの検察側によるマスコミ報道の信用性。報道されなかった真実が、佐藤栄佐久の証言でいま明らかにされる。(https://eisaku-truth.jp/

 (蛇足 「鬼の霍乱」と言います。デジタル大辞泉によりますと「「攪乱」は日射病のこと》ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ」だそうです。微熱ですが、37度台。育うt化雑用があり、それを片付けてからでないと横になれませんが、さて、どうなりますか。激しいづ通はやや収まったようですが、「原発もんだ」は中途で頓挫。後日又。

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生活の痕跡は一瞬で灰燼に帰した

【有明抄】「火」と「無」 漢字の意味がわからず、漢和辞典を開くことがある。「にんべん」とか「くさかんむり」とか、おなじみの部首なら引くのはたやすいが、何の部首か知らず困り果てる字もある◆たとえば「無」。水に関係するなら「さんずい」、木々に類するなら「きへん」と見当のつけようもある。だがこれは手がかりなし。近ごろ話題の「熊」と同じ、下に置かれた四つの点だろうかと調べれば、火が横に連なった「連火(れんが)」と呼ばれる「火」の部首◆人びとが寄り添うように暮らしてきた港の集落が、猛火に焼かれ無残に跡形もなく消える。大分市佐賀関の大規模火災に、「無」の字がなぜ「火」に属すのか、胸に落ちた気がした。強風や地形など悪条件が重なったとはいえ、高齢化と若者の流出で増えた空き家が被害を広げたとすれば、決してよそごとではない◆能登半島地震が起きた昨年の元日、同じような大火事で燃えた輪島朝市は現在、何もない5ヘクタールほどの原っぱになっている。焼けてわからなくなった所有地を新たに線引きし、住宅や店舗を着工する手前までこぎつけた。ただ、高齢化した地域が元通りに戻れるか、行政担当者の口調は重かった◆地震に山火事、野生動物…同じ「火」の部首を持つ「災い」に日本社会はきしみつつある。目に見えない地域のつながりまで「無」にされているようで切ない。(桑)(佐賀新聞・2025/11/21)

 「災害は忘れたころにやってくる」というのは余所者の言うこと。忘れる間もなく、方々で「災害」は牙をむくのです。大分佐賀関の火災発生のテレビニュースを見たのが18日夕方。1日経過して翌日の夕方のニュースでは猛烈な勢いを増した火災が不気味な音を立てて延焼していました。着の身着のままで逃げ出した人々の語る言葉や表情を観ていて、頻りに涙が出てきて止まらなくなった。これほどまでの「大火」になるには、いくつもの悪条件が重なっていたことは事実でしょう。乾燥しきった空気に強風が吹き荒れていたといいます。まだ「火災の原因」は特定されていませんが、4万9千㎡の焼失面積を出した大災害でした。昨年の能登半島輪島「朝市」会場一帯の「火災」場面がよみがえってきます。

 高齢者が多いことも心を痛めた理由でした。そして、幸いなことに長く同じ地域に住みなしていた者同士、避難するにも助け合って動かれていたのです。厳寒の折、条件がそろわない避難所生活は不便であり、要領を得ないことが多かろうと思う。遠くに住んでいる人間として、何一つ被災し避難された人々への援助に役立つことがないのが悔しいけれど、仕方がありません。「切歯扼腕(せっしやくわん)」ということでもありましょう。「大海の一滴」にもならぬ、文字通りの「寸志(雀の涙)」を早速に届けるための手配をしたところです。(掲載した写真は、ヘッダー写真ともども大分合同新聞より)

(*「大分市佐賀関大規模火災 18日夜~19日にかけての動き」OBS News)(https://www.youtube.com/watch?v=9SROZ9-cNPs

 「2025年11月18日の17時45分頃、佐賀関漁港近くの住宅地で大規模な火災が発生。住宅が密集していたことに加え、当日の強風や飛び火により、170棟以上に延焼し、1人が死亡、1人が負傷した。近隣の山林や沖合の無人島にも延焼した。消火活動は大分市消防局と県内各地からの応援に加え、大分県や熊本県の防災ヘリコプターも加わった。大分県は大分市に災害救助法の適用を決め、自衛隊に災害派遣を要請した[7]。住宅地の7割は空き家。一日経ち、鎮圧はしたが鎮火には至らず」(Wikipedia)

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You reap what you sow.(身から出た錆)

 今回の、首相の不用意かつ不必要な「存立危機事態」発言に端を発する「日本と中国」の関係の有様を、たった一言で言うと、多くの報道各社は「こじれる」と受け取っているようで、まことに不謹慎だと思う。「こじれる」原因は何処に・誰にあるのか、言わなくてもわかる。それをいかにもお互いに話がうまく通じずに「こじれる」と言うのですから、困ったものであります。日中関係が「こじれた」のではなく、「こじらせた」のですから、「非」は一方にあるのは明白です。まるで「いいがかり」をつけるような首相の「台湾有事=日本有事」論でしたから、これを消すには、最初から言っているように「発言撤回」あるのみで、それ以外、何も余計な弁解は不要でしょう。「発言撤回」が即「首相辞任」となるかどうかは、「自らの判断」によるでしょうし、それにもかかわらず、「辞任は不要」という声が大きければ続投されればいい。それだけのことです。

「*こじ・れる【×拗れる】読み方:こじれる[動ラ下一][文]こじ・る[ラ下二]物事がもつれて、うまく進まなくなる。「交渉が—・れる」病気が治らなくて長引く。「風邪が—・れる」ねじける。「気持ちが—・れる」(デジタル大辞泉)

 しばしば「身から出た錆(さび)」といい「自業自得」と言いますね。今回の「首相存在危機事態」はそういうことではありませんか。錆は誰かが出したのではなく、自分から「言わなくてもいい、余計なことを、知った風に言い募った」のですから、誰かに責任をかぶせるわけにはいかないでしょう。「奈良の女」を自認しているのですから、この場は潔く身を引くことですね。「捲土重来(けんどじゅうらい)」ということもないわけでもないでしょう。「わが身が招いた災厄」「報いを自らが受けるのは致し方なし」でしょうね。それにしても、「口は禍の元(門)」でした。 

*身から出た錆=「身」は刀の身(刀身)とわが身を、「錆」は金属の錆と不名誉な悪しき事態を、それぞれかけています。表面に付着した錆なら、砥石で研いで落とすことができますが、刀身の深いところから生じたものの場合手のほどこしようがありません。比喩としては、誰のせいでもなく、わが身が招いた災厄なので逃れようがなく、その報いを受けるのは致し方ないということになります。かなり手厳しい表現ですが、多くのの場合、それなりの根拠があって批判する文脈で使われます。立場をかえて本人が自らいうと、心から悔やんで、すべての責任を認め、結果を引き受ける覚悟を示すことになるでしょう。
 戦国時代からの古いことわざで、江戸のいろはかるたに採用されて広く親しまれ、今日でもよく使われます。ちなみに、かるたの絵札には、刀を抜いて刀身を見つめる浪人者や刀屋が描かれるのが通例でした」(ことわざを知る辞典)

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 ぼくは昨日も駄弁りましたが、今回の事態は「喧嘩両成敗」なんですかと、改めて再言したくなります。一方が拳を振り下ろしたのに、降ろされた方は、そんなところにいるからいけないのだと、まるで「八つ当たり」みたいに、相手を引きずり込んで「ああだ、こうだ」と「戦略」「戦術」を交えて、得意げにイチャモンをつける、そんな醜い姿勢が目に余ります。以下にコメントらしいものを二つばかり出しておきます。一つは毎日小学生新聞「日中関係こじれる」ですが、この記事で、腑に落ちないのは、「台湾を中国の一部とする『一つの中国』を原則とする中国は、高市の答弁に激しく反発しています」という箇所です。異なことを仰いますな。それでは、日本は「一つの中国」論に立っていないのですかと尋ねたくなります。少なくとも、台湾は日本の領土ではないし、加えて、中国の領土でもないという「国際通説」が出来上がっているのですか。もう一つ「高市の答弁がこれまでの日本の立場を変えるものではない」という「日本側局長」の強弁のような説明です。これまで以上に踏み込んだから(いい悪いではなく)、中国は厳しい対応を取っているのでしょうに。(「石破降ろし」についで、今では「高市死守」に躍起の「毎日」なんですね。阿保草)

 日中関係こじれる 高市総理「台湾有事」答弁
 日本と中国の関係がこじれています。きっかけになったのは高市早苗・総理大臣の発言です。高市さんは7日の衆議院予算委員会で、中国が台湾の海上をふさいだ場合についての質問に「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」と答えました。台湾を中国の一部とする「一つの中国」を原則とする中国は、高市の答弁に激しく反発しています。
 これまでの日本の政権は、存立危機事態について「個別の状況に応じて総合判断する」と説明し、中国が武力で台湾を統一しようとする「台湾有事」とは直接結び付けませんでした。前の総理大臣の石破茂さんは、高市の答弁について「台湾有事は日本有事だ、と言っているのにかなり近い話だ」と語り、これまでより踏み込んだと受け止めます。
 中国が訪日自粛呼びかけ
 高市さんの答弁に対し、中国の薛剣(せつけん・駐大阪総領事は8日にXで「勝手に突っ込んできたその汚ない首は一瞬の躊躇(ためらうこと)もなく斬ってやるしかない」と投稿しました(のちに削除)。中国外務省は14日か、中国の国民に対たいし、しばらくの間、日本を訪ずれることを自粛するよう呼びかけました。この発表で「日本にいる中国人に対たいする犯罪が多発している」と主張しましたが、具体的な根拠は示していません。中国で公開予定だったアニメ映画「クレヨンしんちゃん」の上映が見送られるなど、影響が広がっています。
 話し合いは平行線
 外務省の金井正彰・アジア大洋州局長は18日、中国・北京で中国外務省の劉勁松(りゅうけいしょう)・アジア局長と話し合いました。金井さんは、高市の答弁がこれまでの日本の立場を変えるものではないと説明し、答弁を撤回(取とり下さげること)しない考えを伝えました。薛さんの投稿に強く抗議しました。一方、劉さんは、高市さんの答弁の撤回を求め、両国の主張は平行線をたどりました。(毎日小学生新聞・2025/11/20)

 他はコラム「春秋」です。ここにも「こじれた」という曖昧語が使われています。こじれているのは事実だとして、「こじれさせた」のはどちら(誰)か、それを問い質さなければ、事の推移は明らかになるまい。中国の外交官の汚い発言は論外、だからそれをはっきりと指摘し、厳重に抗議しなければならないが、問題の発端は、あるいは「核心」はそこにあるのではないでしょう。衆議院予算員会の岡田克也議員(元外相)と首相の「質疑」を数回にわたって聞き及びましたが、どうしてそこまで首相は「能弁」「雄弁」「多弁」に言葉を継いだのでしょうか。「私はこれだけ知っている」と他言・多言したかったのだとしたら、なんというお粗末の君だったろうか。この程度の人間が「首相でございます」と言うのは、ぼくにすれば「国辱もの」ですね。時と所をわきまえないなら、それは責任ある人の言動とは言えないでしょう。言えない、言うべきないことを「衆人環視」で、これ見よがしに「中国何するものぞ」とばかりに畳み込んだのですから、岡田克也氏は「軽々に口にするべきことではないでしょう」と窘(たしな)めたにもかかわらず、言われる意図(親切心)が通じなかったのですから、悲しさ一杯。

【春秋】こじれた日中の行方は 妹を救うため、兄が鬼の首を斬る闘いに挑む。アニメ映画「鬼滅の刃(やいば)」最新作の世界興収は邦画で初めて1千億円を超えた。先週封切られた中国では前売り券だけで売り上げが数十億円に達し、待ちわびた観客が劇場に列をなした。日本の漫画やアニメは国を超え、相互理解を育てる架け橋でもある▼「勝手に突っ込んできたその汚い首は斬ってやるしかない」。大阪の中国総領事がSNSに書き込んだ一文は、アニメに登場する剣士のようなせりふだった。ふざけたわけではあるまい。国を代表する外交官の言葉として、あまりにも度を越えている▼きっかけは、台湾有事を巡り、高市早苗首相が「存立危機事態」になり得ると述べた国会答弁。歴代政権が積み重ねた見解を踏み越えた、不用意で不必要な首相発言に中国は猛反発した。総領事の投稿もその一つだ▼本国では日本への旅行や留学の自粛を求め、映画「クレヨンしんちゃん」最新作は公開延期になった。「オラの映画、見てほしかったゾぉ」としんちゃんも嘆いているだろう▼首脳同士が握手を交わし、建設的で安定的な関係をつくろうと合意したのはつい先日のことだ。両国の溝がこれほど急速に広がると、誰が予想しただろう▼幸い、それぞれの国民の多くは落ち着いて事の推移を見守っている。小さな往来を守り、重ねることを絶やしたくはない。不毛な対立を、政治の知恵で収めてほしい。(西日本新聞・2025/11/19)

 コラム「春秋」氏は、「幸い、それぞれの国民の多くは落ち着いて事の推移を見守っている」と、大人びた態度で書かれています。その「謂」は汲みますが、はたして「多くは落ち着いて」見ているのでしょうか。貴紙の所在地出身の「大政治家」は自他ともに「現首相」の生みの親を任じているし、「産んだら育てなきゃ」と減らず口を叩いておられる。この御仁は、これまでにもしばしば「国益」を損ねてきました。御紙は誰よりも、そのことをよくご存じです。乾坤一擲(いちかばちか)、この際に、「超高齢者(副総裁)」に向かって、国益尊重の一意専心から、議員引退を唆(そそのか)されませんか。迷走する我が国政道一のためにも…、と余計なことながら。

*蛇足 それにしても、マスメディアは「対中戦争」を煽ってるんですか。まさに「天に唾する」と言うほかない。政治家に狂気が感じられれば、それを少しでも鎮め、諫め、諭し、宥(なだ)めて、事なきを得るというところにもっていかねばならぬのに。「平和」だとか「戦争放棄」などと、無数の屍(しかばね)の上に築かれた、この国の「国是」をいとも簡単に踏み躙っていてどうすんですか。いいかげんにしてほしい。アメリカは「台湾有事」(台湾関係法による)にはまず参加しないのだから。彼の国は、そのために日本国を守るなど、金輪際あり得ないのは、火を見るよりも明らか。血迷ってはいけないですよ。

 (「本音のコラム」(東京新聞)の「本音」は一本筋が通っていましたね。斎藤さん、ぼくは特に贔屓筋ではありませんけれど、こういう「コラム」こそ読みたくなるもので、新聞各社の「御用聞きぶり」が情けなくなるのですから、欠ける言葉もないし、「中国と戦争すべきですか」と問われて、「ぜひとも」などと答えている者の数字がゴミの山に見えてくるまで、集計するのは止めにしなければ。聞かれていることの子細は理解できず、聞く方も、「何を聴いているんだか」と言う為体(ていたらく)ですから、一丁前に「世論調査」などと言ってほしくないね。

(「台湾有事で集団的自衛権の行使」の意味が分かっているのか。首相が安易に踏み込み、中国の対応への反感から、国民もイケイケドンドンの恐ろしさ。安直な質問も含めて、大メディアの報じ方も大問題だ」日刊ゲンダイ・2025/11/18)。みなさん揃いも揃って、「お花畑」なんですか?

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「チャッピー」といっしょの世界

 以下のことは、なにか確信があって言うのではありません。昨日の河北新報のコラム「河北抄」を繰り返し読み、それに関連するいくつかの記事などをネットで探し読みしていました。そして、今朝、高知新聞のコラム「小社会」が書いていた「35万人の不登校」を読んで、とても奇妙な感覚を覚えた、そのことを思いつくままに書いてみます。「不登校」の子どもは、学校がある限り生まれます。勤め人時代、しばしば「不登校問題をどうするか」と質問を受けたことがあります。ほぼ同じように「いじめをなくすには」も。そのどちらにもぼくはよく答えられなかった。それぞれのケースはすべて異なるものだと思ったからでした。表向きは似ていても、内容はまったく異なる。だから一つ一つに当たるほかないと考えていたからでした。「いじめ」も同じことのように思われました。だから、きわめて生産的ではなかったが、「不登校」も「いじめ」も個々の事例に即して、相談を受けたら、ぼくはそれなりに対応していたと思う。小・中・高・大のそれぞれにぼくは付き合ってきました。

 そのような少なく拙い経験から、ぼくにも言えることがあるとしたら何だろうと、よく考えたものでしたが、名案は見当たらなかった。「不登校」も「いじめ」も、学校という環境で生じていましたから、先ずぼくは単刀直入に、これらの問題をなくするには「学校をなくせばいいじゃないか」と話したことでした。もちろん、多くからは顰蹙を買ったのは当然だった。でも、この「乱暴な愚見」は、今だって基本は変わっていない。

 「35万人の不登校」と聞いても実感がわきません。500人規模の学校を考えると、約700校分に当たります。高校中退者が後を絶たないのも、同じように「不適応」があるからでしょう。世間では「学校に適応できない問題の児童生徒」などと捉えますが、果たしてどうでしょう。ぼくの経験からすれば、今日の「成績(競争)第一」の学校に適応するのは、ぼくにとってはとても好ましいところではないと考えていました。「不登校」を起こしているすべての児童生徒が、同じ理由であるとは限りませんから、手間暇がかかるけれど、個別に当たるほかないでしょう。それは、長い付き合いの始まりになるはずです。

【小社会】35万人超の不登校 
 昼間にもかかわらずカーテンを閉め、息を殺して過ごす。中学校に入学早々、同級生から嫌がらせを受けた主人公は学校に通えなくなってしまう。2018年に本屋大賞を受賞した辻村深月さんの小説「かがみの孤城」は何度読んでも胸が詰まる。
 ある日突然、部屋の鏡が光る。くぐり抜けた先にあったのは童話で見るような城。そこには主人公と似た境遇の中学生が集められていた。城は学校や家に居場所をなくした彼らの逃げ場となる。
 そんな場所を持てているだろうか。昨年度に不登校とされた小中学生が35万人を超え、過去最多を更新した。保護者らの意識が変わってきたからと言われる。学校に通えるようになることだけが成長ではない。否定的な面ばかりではないだろう。
 ただ、今回もどこからも専門的な支援を受けていない子がいた。その数は全体の4割近く。年々増えている。
 自分を振り返っても、中学生時代は学校と自宅周辺しか世界を持っていなかった。そんな子どもにとって救いの場を見つけるのは簡単でない。だからこそ多様な場を用意したい。誰一人取りこぼさないように。
 小説に戻れば、主人公らにとって城は単なる逃げ場ではない。教室と同じように衝突もすれ違いもある。だが、それでも少しずつ心を通わせていく。仲間のために動きたいと思うようになる。そんな前を向ける場所が現実の世界でも増えたらと願う。(高知新聞・2025/11/19)

 「チャッピー」はどうでしょう。映画のストーリーではなく、現に今多くの若者たちに受け入れられている、リアルな「チャッピー」のことです。どんな物事にも「両面」があります。いい悪い、是非善悪等々、そのような「機器」を、人々はどのようなものとして、いかに使うかによります。一概に「得難い手段(道具)」とか、手放しに推奨に値する「機器」とは、誰に対しても言えないでしょう。その証拠になるかどうか、いくつかの国においては一定以下の年齢層には「スマホ」は限定的試用しか認められないという法律が作られています。その理由は「スマホ」は「中毒(依存症)」になりやすいからだとされます。果たして、それは年齢によるのかどうかはとても怪しいでしょう。ギャンブルや飲酒、あるいは薬物などの事例を見れば、一目瞭然です。

 今はなんといっても「AI」万能の時代です。好き嫌いを言っていては当たり前に日常生活を送れないのも事実です。ぼくはスマホは持たない人間ですから、かなり生活範囲は限定されます。しかしパソコンを開いて、いろいろと新聞や書物に関する記録などを調べることをします。そのほとんどは、今では「AI」抜きには考えられないようになっている。「自分はAIは嫌いだ」では三日と息をつけない社会であり時代ですから、それなりに折り合いが求められるのでしょう。ぼくは無知な人間ですから、必要以上に「辞書」「事典」を頼りにしています。そのほとんどに「人工知能」が参加しているはずで、そこまで毛嫌いすると、ぼくはパソコンも開けなくなります。いずれ近いうちに、その通りになるのは間違いありませんけれど、それまでは「文句を言いながら」、時代や世間と折り合うことを拒絶しないようには気を付けているつもり。

【河北抄】
 動画投稿サイトを見て驚いた。ユーチューバーの旅先での話し相手はスマートフォン。「チャッピー」に観光地の情報を尋ねると、すぐに電子的な声音ですらすらと答える。内容も的を射たもので、漫画の場面が現実になったと思った。
 「チャッピー」とは、米オープンAIが手がける「チャットGPT」のこと。若い世代が親しみを込めて呼ぶ愛称で、今や身近な相談相手という。ことしの新語・流行語大賞候補にも挙がる。
 AI(人工知能)は、自動車の自動運転支援、医療、製造業、金融など幅広い分野で活用が進んでいる。世界の株価を押し上げるのもAI関連だ。インターネットで検索すると、まず最初に出てくるのは、生成AIの答え。海外サイトも生成AIのおかげで難なく読める。
 とはいえ、「自殺や犯罪を誘発する」「読み込まれたデータの著作権は?」などの問題があることは周知の通り。生成AIやデータセンターの普及で世界の電力消費量は急増し、新たなエネルギー問題も浮上する。AIは人類の発展に寄与する半面、脅威になる可能性もはらむ。(河北新報・2025/11/18)

◎ 「映画CHAPPIE):解説・あらすじ 「第9地区」「エリジウム」のニール・ブロムカンプ監督が、「第9地区」同様に南アフリカ・ヨハネスブルグを舞台に設定し、成長する人工知能を搭載したロボットをめぐる物語を描いたオリジナルのSF作品。2016年、南アフリカのヨハネスブルグでは、テトラバール社の開発した警察ロボットが配備されて注目を集めていた。ロボット開発者のディオンは、自ら考え、感じる人工知能(AI)を独自開発し、スクラップ寸前の1台のロボットに密かにAIをインストールしようとする。しかし、その矢先にストリートギャングに誘拐されてしまい、AIをインストールして起動したロボットは、ギャングの下でチャッピーと名付けられ、ギャングとしての生き方を学び、成長していく。そして、ディオンのライバルでもある科学者ヴィンセントにチャッピーのことが知られ、その存在を危険視するヴィンセントによって、チャッピーは追い詰められていく。ブロムカンプ監督の盟友シャルト・コプリーが、モーションキャプチャーによってチャッピーを演じた。デブ・パテル、シガニー・ウィーバー、ヒュー・ジャックマンが共演。2015年製作/120分/PG12/アメリカ 原題または英Chappie 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 劇場公開日:2015年5月23日(映画.com :https://eiga.com/movie/81798/

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 もう何十年も前のアメリカテレビ映画に「インベーダー(The Invaders)」と言う題名のものがありました。

 (『インベーダー』 (The Invaders) は、1967年から1968年までアメリカABCので放送されていたカラーテレビドラマである。全43話)(「人類を滅ぼし、地球を征服する目的でやってきた。劇中では語られなかったが、オープニングのナレーションで「滅び行く星からの侵入者」とある。/地球上では本来の姿では生きられないので地球人の姿になっているが、それでも定期的に透明な円筒状の充電装置に入らないとやはり消滅してしまう。それゆえに外見は地球人と同じだが、手の小指が動かない(例外あり)。また脈拍や心臓の鼓動がなく、傷ついても血が出ない。また「生命の尊さ」という概念や感情を持っておらず、冷徹で人間らしい心がない(これも例外あり)。致命傷を負うと、赤く光り輝いて服や装備もろとも消滅してしまう。酸素は彼らにとって猛毒である。なお、性別はある。/劇中では、最後まで彼らの本当の姿は分からずじまいだった)(Wikipedia)

 大学生になってから観たと思います。ぼくにしては、かなり夢中になっていたかもしれません。「宇宙人」に関心を持っていたのではありませんが、人間の世界に「異邦人」が存在しているという設定には、やけに現実味がありました。いろいろとつまらない話もありますが、要するに、人間以外の「生物」、「地球外生物」に、それなりの関心を持っていたことは確かです。大学院に進学してから、先輩の中に、強烈は「宇宙人探査」「UFO」に時間と金をかけている人がいて、いっそう驚いたことがあります。健在であれば、彼はさらに熱心に「宇宙人追跡」を続けておられるでしょうか。

 今日の「チャッピー」現象、ぼくは見たことも触ったこともありませんが、ある種の「人間外の人間」「人造人間(android)」だと思えばどうでしょう。実際は<an open-source operating system used for smartphones and tablet computers.>ではありますが。この「AI」が「感情」を持っているとみるか、そうではないと考えるかは、それを使う人によりけりです。だから人によって、それは友人であり、教師であり、兄弟(姉妹)であり、愛すべき「ペット」であるるということになるでしょう。

 でも、どんなに仲が良くても、血を分けた関係のように親密であったとしても「会うは別れの始ま也」と言います。それでいいのではないのでしょうか。「慰め」「励まし」「共感」などが得られれば、それはそれで大きな意味がありますね。でも、それだけでは物足りなく思えてくるのも世の常です。最後の最後まで、一体感を失わないままということはありえないこと、いずれ「バッテリー」切れが起こるし、機械ですから故障もします。「チャッピー」は、ある人にとっては一種の「ナルキッソス(Narcissus)」みたいなものでしょうか。「ナルキッソス」はギリシア神話の美少年。この名は〈水仙〉の意。「チャッピー」が居なければ、夜も日も明けないということになりませんように。いいや、それでもいいか。

◎ ナルキッソス 【Narkissos】ギリシア伝説中の美少年。この名は〈水仙〉の意。フランス語ではナルシス(Narcisse)。森のニンフのエコーから求愛されたが断り、怒ったエコーは復讐の女神に頼んでナルキッソスを自分自身の姿に恋する男にしてしまったため、彼は池に映るわが姿に恋をつづけてやつれ死んでしまい、水仙の花に化したという。精神分析で自己愛をナルシシズムと呼ぶのは、この物語による。(世界宗教用語事典)

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「喧嘩両成敗」なんですか

 古来、「虎の尾を踏む」と言います。十分に見極めもせず、きわめて「危険」な言動に及ぶことを指しました。「易経」に出る言葉。「「虎の尾を
むも人を
くら
わず(虎の尾を踏んでも、かみつかれない)」と。あるいは「龍の髭を撫(な)でる」と並び使われ、愚かにも敵を知らない危険極まる行為を諫(いさ)める諺にもなりました。今般の日本首相の「存立危機事態」発言は、まさにこの両方の「諺」の典型のようなものでした。どうして、「存立危機事態」を齎(たら)す国は「中国」であるといったのか、空気を読まないどころか、空気を吸わないばかりの自殺(自虐)行為であったというほかありません。「強がりはよせよ」「いきってるんじゃない」と張り倒してやりたいほどに、この御仁は「軽薄」「浮泛(ふはん)」でしたね。

 きっと、この人は一端、緩急の事態が生じても「背後(隣)に米国が」と信じ込んでいるようですが、これまた「筋違い」「読み違い」と言うべき空言でしかないのです。アメリカはこの国を助けることなど断じてしない。具体例はいくらでもある。自らの「国益」にかかわる場合を除けば、そんな馬鹿なことはしないのが、アメリカの真骨頂です。つまり、ここでも「奈良の女性首相」は「虎(ンプ)の威を借りた狐(フォックス)」を演じたのでしょうけれど、虎は化かされなかった。目を覚ましなさいと、本当に誰かが頭をドヤさなければ「逆上せ」が冷めそうにありません。しかし背後にいるのが「口の歪んだ元総理」ですから、どう転んでも展望はないでしょう。では、どうしますか?「発言を取り消す」しかないようです。当座を凌ぐために口から出任せを言って、ことを更に面倒なものにしないためには、それしかないでしょう。「従来の政府見解と変わらない」と強弁するのも「詭弁(sophistry)」、「屁理屈」でしかありません。「誤魔化し」はいいかげんに止めておかないと。(ヘッダー写真=高市総理 「存立危機事態になりうる」発言撤回せず|TBS NEWS DIG・ 2025/11/10)(https://www.youtube.com/watch?v=gGniULlwgYM

 【社説】日中の対立 中国の冷静な対応不可欠
 日中関係のきしみが急激に増している状況を憂慮する。過度に緊張を高める姿勢は、両国の国益を損ないかねない。中国の冷静な対応を求めたい。/中国が台湾に武力侵攻する「台湾有事」は、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした高市早苗首相の国会答弁を巡って、日中間の応酬が続いている。/中国側は、孫衛東外務次官が金杉憲治駐中国大使を呼び出し、答弁を「極めて悪質」と非難して撤回を求めた。/さらに中国は、国民に当面日本への渡航を控えるように求めたほか、日本留学も慎重に検討するよう勧告するなど、対抗措置を相次ぎ打ち出した。/渡航自粛は、訪日客に頼る日本の観光業を狙った措置とみられ、既に中国の複数の大手旅行会社が日本旅行の販売を停止した。ビジネスや交流の停滞も心配される。
 高市氏と中国の習近平国家主席が10月の首脳会談で確認した、「戦略的互恵関係」の推進という考え方とは相いれない状況だ。緊張緩和を急がなければならない。
 中国は、台湾を不可分の領土とする「一つの中国」原則を掲げ、「核心的利益」とする台湾問題では譲歩しない姿勢を貫いている。/高市氏の答弁は、その繊細な台湾問題に踏み込む内容で、日本政府内でも「緊張を高めるだけの不用意な発言だった」との見方が大勢を占める。答弁に、より慎重さが必要だったといえる。/とはいえ、その後の中国側の反発は、日中関係が改善をみせていた近年では異例の強硬なものだ。/中国政府やメディアは、高市氏の答弁に激しい批判を繰り返す。/「中国人に対する犯罪が日本で多発している」といった根拠を示さない主張もある。/今後の両国関係の発展を阻害しかねない発信だ。中国は国民の反日感情をいたずらにあおることは慎むべきである。/首相答弁を受け、中国の駐大阪総領事が交流サイトで「汚い首は斬ってやる」などと投稿したことに関し、自民党が総領事のペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)通告に言及した決議を首相官邸に提出した。/この総領事が参加を予定していた広島市での日中友好行事を中国側が中止するなど、影響は広がり始めている。
 こうした中、外務省の金井正彰アジア大洋州局長は18日、高市氏の答弁を巡り中国側と北京で協議に臨む。金井氏は、答弁が日本政府の従来の姿勢を変えるものではないと説明し、日中関係への影響を避けるよう訴える見通しだ。/歩み寄りは容易ではない。それでも立場の違いを認め、対話を重ねることでしか互恵関係は築けない。そのことを肝に銘じ、両国は協議を前進させてもらいたい。(新潟日報・2025/11/18)

 新潟日報の「社説」は、今回の問題発生に関して、果たして条理を尽くした上で理解しようとしているでしょうか。ぼくにはそうは思われない節がいくつもある。「日本の首相発言も慎重さに欠けていた」が、相手の反応も常軌を逸しているから「中国の冷静な対応を求めたい」と言うのですね。まるで「どっちもどっち」のような無責任な言いがかりに聞こえます。そもそも、これは「喧嘩」なんですか。仮にそうだとして、その原因は何処にあり、なんでそれがここまで大事(おおごと)になりつつあるのでしょうか。あるいは、日本の総理大臣が中国に「喧嘩を売った」ということでしょうか。その売られた喧嘩を中国が買ったということになるのですか。そして、それでも「喧嘩両成敗(both parties in a fight are punished)」ということになるのかどうか。

 ぼくは中国の肩を持つのではありません。理非曲直を問題にするなら、どう考えても首相発言は「いいがかり」であり、だからそれは「勇み肌」、いや「勇み足」(「調子づいて、やりすぎたり、仕損じたりすること」デジタル大辞泉)でしたね、というわけ。確かに、言いすぎ(exaggeration)でした。余計なことを言ったまでに、事は簡単には収まらないところにまで進んだのでした。メンツ・面目(reputation)もあるのでしょうが、いまさらそんなものを気にかけてどうします、「前言撤回」するしかないでしょう。「撤回」の方法は幾つもある。それを考えることが何よりも両国の関係を荒立てないために求められます。

◎ 喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)= 喧嘩で暴力を行使した者双方に対し,理由を問わず同等の刑を科すこと。戦国大名による喧嘩両成敗法に顕著な法理で,その源流は室町幕府の故戦防戦(こせんぼうせん)法や成員相互の武力行使を禁じる国人一揆の盟約などにある。中世社会では,実力行使によって紛争解決をはかる自力救済観念が強く,個人間の紛争はただちに帰属する集団相互の私戦に発展した。喧嘩両成敗法の狙いは,諸集団の実力行使を否定し大名の裁判による解決をうけいれさせることにある。当事者双方に均等な被害を与えて終結をはかる衡平観念は,加害者側から被害者側へ下手人(げしゅにん)を引き渡す慣習など中世人に共通のもので,紛争に際し近隣有力者が調停にあたる中人(ちゅうにん)制の慣行もかかわる。(山川日本史小辞典改訂新版)

◎ けんか【喧嘩】 を 買(か)う= しかけられた喧嘩の相手をする。 他人の喧嘩に関係して、それを引き受ける。好んで喧嘩の相手になる。(精選版日本国語大辞典)

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 表向きは、公明党が四半世紀を超える「連立」から離脱したことになっていますが、その実は「離脱」を仕向けたのが首相側だったことは明らかです。事の経緯は措くとして、この間、公明党は自民党の「下駄の雪」などと、あらぬ揶揄(ridicule)に揶揄を重ねられながら、政権内にとどまっていました。もちろん、そうせざるを得ない公明党側の事情(深い闇)があったことによりますけれど、それはともかく、さて「連立離脱」した途端に、自民党のこの醜態です。あろうことか「半グレ・半端もの政党」との野合で、拳を振り上げたというのでしょう。この事態を受けてみれば、公明党は「下駄の雪」だったのではなく、「下駄」そのものだったと評価され直されてくるでしょう。危険な自民党の政治判断に、多分公明党はいくらかの「ブレーキ」役を果たしてきたし、それがために公明党は「初心(「平和と福祉の党」)を放棄した」とまで非難されてきました。(左・公明新聞:2025/11/14)

 そのブレーキ」役がなくなり、自民党という「ヤクザ政党」は、維新と言う「半グレ」と手を結んだ(評論家佐高信氏の表現)。つまり、ブレーキ役の代わりにアクセルが加わったという始末。この野合(馴れ合い)を「ダブルアクセル」というらしい。「2回転半」です。自民党は「2回転半」を成し遂げて「右翼に」なったことを示しましょうし、やがて、これにさらに「国民❍×党」や「参✖党」が加わって「トリプルアクセル(3回転)」を成功させようという構え(stance)です。「極右政党」へ、もう一歩(一回転)のところに来て、首相の「(呆れた)発言」が出ました。回転ではお手の物である「フィギュアスケート」の世界では、今や「クワッドアクセル(4回転半)」を成功させた選手が現れたと言われています。自民党 「T(お粗末) 内閣」は、それに追いつこうとしているようです。そこに至れば「超々右翼」の「政治的シンクレティズム(syncretism)」、つまるところは「ごちゃまぜ(ごった煮)政党」の完成(陥穽)です。四分五裂は不可避で、政治の混迷は透けて見えるし、この混乱はかなり長く続きそうであると、ぼくにだって想像できます。あるかななきかの「ガラスの天井(glass ceiling)」を破った、あんたは凄いなどとと囃し立てられての狂喜乱舞、それは「自分一個」に限定にしてほしいものです。

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◎ 武力攻撃・存立危機事態法(ぶりょくこうげき・そんりつききじたいほう)= 平成15年法律79号。正式名称「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」。2003年有事関連3法の一つ,「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(武力攻撃事態対処法)として成立し,2015年改正,名称変更した。日本の平和と独立,国民の安全を守ることを目的とし,他国からの武力攻撃への対処に関して,基本理念,政府や地方公共団体などの責務,手続きなどを定める。「武力攻撃事態等」とは,実際に武力攻撃が発生した事態および発生が切迫している事態(武力攻撃事態)と,武力攻撃が予測されるにいたった事態(武力攻撃予測事態)の両者をさす。また 2015年の改正で追加された「存立危機事態」とは,日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃により,日本の存立が脅かされ,国民の生命,自由,幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態とされ,これへの対処を認めることにより集団的自衛権の行使を可能にしている。武力攻撃事態等や存立危機事態が生じた場合,政府は対処基本方針を決定し,対策本部を設置する。対処基本方針には,武力の行使が必要な理由も記載される。自衛隊に防衛出動を命ずる際は,原則として国会の事前承認を要する。ほかに,地方公共団体に対する指示権や代執行権(→代執行)など内閣総理大臣の権限強化,自衛隊の行動の円滑化,アメリカ軍への支援などについて規定し,国民にも必要な協力をするよう求めている。(→有事法制)(ブリタニカ国際大百科事典)

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