人間性を壊すものは誰(何)か

【春秋】おまわりさん 憧れをを裏切らないで 警察官が警察官を厳しく職務質問し、警察署内の廊下や部屋では監視カメラが署員の一挙手一投足を見張る-。そんなねじれた日が、いつか来ないとも限らない。警察不祥事で埋まったきのうの朝刊を読みながら、ふと思った▼幹部級の懲戒処分が続く福岡県警で、機動隊の若手15人が処分された。ここに書くのをためらうようなひどい行為ばかりだ。裸踊りを強要し、冬のプールに入らせ、顔に…。水難事故の救助に当たる隊員たちが繰り返したのは、悪ふざけではない。人の尊厳を奪う陰湿な犯罪行為だ。幹部は「厳しい指導の伝統」があるというが、こんな環境でまともな警察官が育つだろうか▼7年以上にわたるDNA型鑑定不正が発覚した佐賀県警。内部調査と、警察庁特別監察の中間報告の数字に食い違いがあった。県弁護士会は「あまりにずさん。何を信じていいか分からない」と憤る▼昨年から不祥事が続き、もみ消し疑惑もあった鹿児島県警では、再発防止策を掲げた後も懲戒処分が相次ぐ▼発覚のたび、謝罪会見で繰り返される「再発防止」「信頼回復」。言葉が空々しく響く。もはや監視カメラは、旧態依然な警察組織に向けた方がいいのかもしれない▼言うまでもなく、警察官はまちの治安を守る大切な存在だ。交番で姿を見れば安心する。子どもが憧れる職業ランキングでは毎年、男女とも上位の常連。その憧れを裏切らないでほしい。(西日本新聞・2025/11/29)

 意識朦朧状態で、このコラム「春秋」を読むと、壊れかけている頭はいっそうくらくらするのです。くらくらの原因はお巡りさんの不祥事(暴力事案などなど)にかぎられないからです。消防士さん、学校の先生、介護職員、自衛官などなど、多くは外部の目が届かないような仕組みが巧妙に作られていて、組織内部の不祥事は、管内一部にみの秘匿され、ほとんどは見逃されてきたのです。その事件(不祥事)のキーワードは「人権蹂躙」(「人権侵害」)ですから、なおさらに由々しい事態だと思われる。これらの組織に共通して認められる、事件発生の機序は何でしょうか。残念ながら、ここでそれを書くには、それなりの「気力」が欠けすぎています。これまであまり自覚はしてこなったのかと、自らの「表現力」の存亡にさえ、過大なエネルギーが必要とされているのでしょう。「そんなことをしてはダメだろう」と、誰に指摘されなくともわかるはずという、人間の愚かさへの痛覚のなさに思いを寄せている。

 「大人として恥ずかしい」と言う「良識」に関する意味のない「信頼」「受け入れ」を、ぼくたちは知らず知らずに持ってしまいました「自分を知れ」という格言は、古今東西を通じて掲げられ続けてきました。この「旗だけはぼくは下ろさない」という、当然に過ぎる「覚悟というものが、まるで古びた表札や看板のように「掲げるだけのもの」になってしまい、その「看板」や「旗」は紙切れか布切れになっていることに、ぼくたちきっと気づいているのですが、その「ことばに対応する」抽象概念を必要に探し求めることを止めてしまった結果の「惨状」でしょう。何が問題か。「流行語大賞」のバカ騒ぎも、この惨憺たる組織人間たちの人間性破綻の一因を生み出している。(ぼくたちには想像すらできないような、反社会的人間(非集団的個人)が、大挙して多くの社会集団や組織内に侵入しているのではないでしょうか。ある時期までの我が陸軍兵士の思考と行動がそこにおいてみられるのではないか、そんなことまで愚考している)

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死は、前よりしも来たらず、予て後ろに迫れり

 これまでに経験したことのない「日常」(正確に言うなら「非日常」)をおそらく半月ほど過ごしています。希望的観測を述べるなら、「すでに峠は越えた」と言いたいところですけれど、先がまったく見通せないのですから、とても「峠は越えた」などという状態ではありえません。それでも、確かに昨日までとは変わってきたかもしれないと思うのは、立って歩くことも困難な「微熱状態」や、身体各部の筋肉痛が消えたということです。もっと正確を期するなら、歩くことすら辛い「痛さ」が消えたことでした。面倒なことは書きたくありませんが、実は、本日、午前十時過ぎに必要があって「薬の〇〇」に出かけました。たぶん、今月に開店したばかりのスーパー(自宅から3.5㌔)で、各種薬品はもちろん日用品までそれなりに品揃えが付き届いている。「風邪薬」も買って、その店を出るまでは「生きた心地」がしなかったんですよ。その足でようやく猫のドライフードを買って帰宅しました。

 帰宅後に、軽く朝食(久しぶり)。食後に風邪薬を服用し、急いで布団に潜り込みました。正味で「睡眠」は何時間だったか。微熱はあるようだったが、体の発する「痛み」が消えたか、あってもその内容(種類)が様変わりしていたのに驚いたのでした。間断なく、痛みがわが感覚に残り続けるのと、一端は痛覚が消えるという、まったく異なる経験をしたということです。逆に言うなら、この半月間の「風邪状の病態」こそが、今までに経験したことにないものだったことになります。

 今の段階では、詳細は書けません。ゆっくりと振り返る日がくれば、この間に、我が身に起った「怖い話」も書いてみたいと思っている。ぼくも81歳を越えました。元気回復がかなうならば、しばしば分かった風に書き殴っている兼好さんの「生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。四季は、猶、定まれる序(つい)であり。死期は、序(ついで)を待たず。/死は、前よりしも来たらず、予(かね)て、後ろに迫れり。人皆、死有ることを知りて、待つ事、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟、遥かなれども、磯より潮の満つるが如し」(「徒然草(第155段)」

 布団に入りながら、「自分の今の体調」をあれこれ妄想しているうちに、あっと驚いたことがあります。「死期はついでを待たず」、一瞬、ぼくは「これで終わりになるのかなあ」と思ったのでした。もちろん苦しみのさなかにあったから、いくらかは「気の迷い」があったとも考えられようが、「これで…」と、あたかも冷や汗をかきながら、ほんの一瞬だったが「覚悟」という語が過(よぎ)ったことでした。

 (つい先ほど、薬を飲んだばかり、普段以上にキーボードが正しく反応してくれません。ここで区切りを点けて、機会があればまた明日に(ダカーポ)でも)(ヘッダー写真は「ふなきちのフィールドノート」:https://funakichi.blog.jp/archives/1083638572.html

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〈上手ほど名も優美なり角力取〉其角

【有明抄】おかげさまの国 日本語には不思議なもの言いがある。「お元気ですか?」「おかげさまで」。「お忙しそうですね?」「おかげさまで」。まるで自分の力ではなく誰かに支えられて、と遠慮がちに受け答えをする◆もともと「おかげ」は神仏の助けという意味だが、もっとゆるやかに世間や家族など、さまざまな「誰か」を含んでいる。ただ日ごろ型通りのあいさつに都合よく使って、言葉に込められた感謝の気持ちをつい忘れてしまう◆大相撲九州場所で初優勝したウクライナ出身の安青錦関は、育ててくれた両親に「おかげさまで、と伝えたい」と語った。戦火を逃れ、徴兵対象となる18歳を目前に、国際大会で知り合った学生相撲の日本人を頼ってひとり来日。わずか3年半での大関昇進は、本人の精進はもちろん、多くの「おかげ」でもあるだろう◆世渡りは誰かに支えられる「おかげさま」であり、誰かに迷惑をかける「おたがいさま」でもある。そんな言葉でいたわりあう世界なら争いもないだろうが、現実はほど遠い。汚職で内政が混乱するさなか、ロシア寄りの和平案を突きつけられた祖国は大国の思惑にほんろうされている◆苦難の国旗の色をしこ名に刻んだ新大関は「さらに上をめざす」と力強い。その名の通り、安らかさを取り戻した故郷に錦を飾る日が待ち遠しい。〈上手ほど名も優美なり角力取(すもうとり)〉其角。(桑)(佐賀新聞/2025/11/27)

 本日は2点について述べてみたい。1点は「有明抄」です。以前からそうだったっか、ぼくの記憶は曖昧になっていますが、少なくとも「桑」氏の転移なるものの大半は秀逸と言っていいでしょう。どんな主題にも縦横に接しられる姿勢はなかなかみごというほかありません。2点目は「大相撲」、このところほとんど場所中継を見てこなかった。とりわけ大図も怒賀好きだということでもなかったのに、気がついて見れば、 「安青錦」と言う力士の相撲後者ぶりに見せられていました。その昔、「潜航艇岩風」と言う相撲取りがいました。生が低く、先ず腰をあげないで攻め続ける。この先、どこまで、この相撲を続けられるかはわからないが、おおいにたのしみ。怪我には気を付けて。何でもでしょうか、地位に上がるまでは精進・努力するが、上がったと途端に安心してしまうのか、その地位を守ろうと汲々とする。

 少なくとも「桑原コラム」が読めることに、おおきに刺激を受けています。もう一人、同じ九州地方紙の記者のコラムを、読める喜びを感じていますね。感謝するのみ。(まだまだ完治とはいきませんが、何とか、息は付けそうではあります。ほぼ十日目になります)

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「国のために死ぬ」ということ?

【夕歩道】子どもにも、その日、ただならぬことが起きたと分かった。周囲の大人たちがぞっとしていた。1970年11月25日昼ごろ、作家三島由紀夫氏が都内の自衛隊市ケ谷駐屯地で割腹自殺した。45歳。
 憂国の情の発露とされる。前年のドナルド・キーン氏宛て書簡で「一九七〇年にかけては、ひよつとすると、僕も、ペンを捨てて武士の道に帰らなければならないかもしれません」と伝えていた。
 70年は大阪万博やよど号ハイジャック事件も-。自殺4カ月前、産経新聞に「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない」などの文を載せた三島氏。今のこの国はどう映るだろう。(中日新聞・2025/11/25)

 75年前、事件の一報を聞いて、「狂乱」と言う語が脳内に居座っママでしたね。ぼくの友人には三島さんに近い人や「盾の会」に入っていたものもいた。11月25日という日付は、吉田松陰の獄死した日に因むともいう。一作家のアジ演説に先導される自衛官は、今日でもいないでしょう。「そんなはずではない」という微かな手外れが、徐々に大きくなり、事前に整えられていた「段取り」に及んだのではなかったかと思う。三島氏の「介錯」をしたのは、森田正勝。大学の一年後輩。「盾の会」で何かを企てていることはそれなりに気が付いていた。それほどの「狂気」に奔る永久思いもよらなかった。歴史的に見ても、何らかの覚悟を成就しようとすると、時には、驚くほどの滑稽、喜劇に打つのは、事の性格が尋常ではないからでしょう。「三島事件」から何かを学ぶことはあるでしょうが、ぼくには無理ですね。

 (この駄文を書いているのが午前8時過ぎ。朝方は比較的体調も問題がなさそうですが、そのあとから、叙情に「微熱」がぶり返し、体の節々が痛くなる。なななかすっきりとはしないのだ。本日も、このままベッドに戻り横になります)

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馬鹿に付ける薬はないらしい

 ぼくは生活のすべてが「ライフ」であり、「ワーク」部分は皆無。一日何時間か働いて、世のため人のために役に立てる人生、それはまことに願わしい生き方でしょうが、「働いて働いて働いて働いて」こその人生の意味だと妄信されているのだから。いやな人間が首相になったものですね。「一日三時間睡眠」を論(あげつら)うこと自体、そのような生き方ができない多くの人々の「人生の意味」を全否定していることになります。「嗜(たしなみ)み」「謙遜」は微塵もありませんようで。そんなことにはいささかも気付かず、「24時間働けますか」という「人生観」のど真ん中にいて、まさに「センター取ったる」「マウント取るで」と国の内外で飛び跳ねている。この女性は「惻隠の情(compassion)」に著しく欠けている御仁と見てきました。

(少し微熱も摂れて、回復期に入ったと油断した途端、「世界の真ん中で咲きほこれ」という轟音を聴いて、熱がぶり返しました。人生にははさまざまな「使命」とでもいわれるような「生き方」がだれにもある。それに気が付くかどうかはその人による。「奈良の女」は自意識過剰の典型のようで、ぼくには「醜悪(ugliness)」に思われて来ます。…、ああ頭が痛いぞ。またベッドの逆戻りです)

【いばらき春秋】ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)が注目され始めて四半世紀になる。2「世界の真ん中k瀬咲きほこれの調和憲章」を策定してからは、行政の支援も進んだ▼19年4月には「働き方改革関連法」が施行された。時短だけではなく育児や介護、趣味と仕事の両立を目指して心身の健康を保ち、労働生産性を高める取り組みのはずだった▼政府が過労死・過労自殺の現状や防止策をまとめた25年版「過労死等防止対策白書」によると、24年度の精神障害による労災認定件数は、10年度の3倍を超える1055件となり、深刻な実態が明らかになった▼高市早苗首相は自民党総裁に就任した際に「全員に馬車馬のように働いてもらう。私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」とたんかを切った。衆院予算委員会初日には午前3時から答弁を確認する「勉強会」も開いている▼「仕事に対する覚悟の表れ」と首相を擁護する声もあるが、四半世紀前から国を挙げて取り組んできた「働き方改革」とは何だったのだろうか▼首相は厚生労働相に労働時間規制の緩和を検討するよう指示したという。「働きたい改革」というらしい。「原稿よりも健康」が口癖だった先輩記者を思い出した。(小)(茨城新聞・2025/11/25)

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「捨てる神あればひらう神あり」

 稀に見る「高支持率」で浮足だっているというべきですね。敢えて支持率の高さの理由を探すなら、「女性初の首相」ということしか考えられません。だから、老若男女ことごとく「高市」支持派だというのです。これまで男ばかりでたらいまわしされてきた「首相」に初めて女性が就任したのは、目出度いかどうかは別として、ようやく政治の世界にも、愚図ばかりが続いた日本の永田町政治世界に、一大異変が起ろうという、ある種の「怖いもの見たさ」の真理が働いた結果だとも見えるし、更に言うなら、「アンケート調査項目には、それなりのバイアスが駆るように設定されているので、この結果もさもありなんと、ぼくには思われてきます。

 (ヘッダー写真「宝島社企業広告」「男でも、首相になれるの?」)(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001354.000005069.html

 ところが、どっこい、豈図らんや、並みの男よりも著しく「好戦的(aggressive)」なんだ。なぜそうなのか、背景が透けて見える。右旋回をくり返してきた政治家の常、必要以上に「攻撃的」「好戦的」であること強いられているというべきでしょう。「中國なんかやっちゃえ、サナエ」とね。それに煽られて、一夜漬けで仕入れた「存立危機事態」なるものを、有ろうことか国会審議の中で披歴に及んだ。無知は怖いし、無能はもっと怖いという証明です。

 以下の二つの記事を読んでほしい。一つは長崎新聞のコラム「水や空」であり、もう一つは中國新聞の記事です。経験したことがない事柄には、悲しいかな「記憶」や「悲しさ」「痛み」が伴わないのです。この女性は、ただ今舞い上がりつつ、勝負服で「嘗められて溜まるか」と、まるでアマゾネス気取り。側近が手かせ足かせを装着しないなら、もっととんでもない方に舞い上がるでしょう。「非核三原則」と言う国是を、この国の政治家は弄んできました。許しがたい不誠実だと思う。「戦争を知らない世代」は、その生まれを勿怪の幸いと、この「大和の国」に歯向かうものには「目にもの見せてやろう」「鉄槌を下してやろう」とまでいう。何度も繰り返しますが、これほどの強がりを主張するのは「アメリカの支え」があってこそ、しかるに、今日のアメリには「自国第一」で、他国のために戦うなどと言うバカげたことは微塵も考えられないのだ。と言う意味は「存立危機事態」などという「妄念」を創り出したのも、アメリカを出汁(だし)にして「戦争する国」にしたい・なりたいという「負け犬根性」の表れなんでよ。「持ちつけない」権力を握って、深夜密かに悪寒に震えている、いや嬉しさで狂喜乱舞でしょうかね。

【水や空】非核三原則 〈今日“国是”という言葉は一般にあまり使われないようである。…終戦後、言うをはばかってきたのであろうか〉-なんでやろ、と首をひねりながら「経営の神様」が原稿用紙に向かう様子を想像してみる▲〈国民が思想において自由であることは尊ばれなければならない。しかし、そうしたいろいろの思想を超えて国民共通の基盤となりうる方針が考えられるであろう〉-松下幸之助氏が誌上で“国是のすすめ”を説いたのは1966年▲「核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず」-「非核三原則」が法律のどこにも書かれていないのは「国是」だからだ-としばしば説明されてきた。皆の共通の基盤だから法制化する必要はないのだ、と▲高市早苗首相がその三原則の見直しを検討しているとされる。国会で「堅持」への見解を問われて答えをスルーした。「持ち込ませず」に異議があるらしい▲三原則の「三」が漢数字なのは、三要素がどれも欠かせないひと続きのセットで「2」になることなど想定されていないからだ。「原則」の対義語は「例外」だが、その事態が起きたら「時の政権が命運をかけて決断し、国民に説明する」と過去の外相が答弁している▲確認しておきたい。「国家経営の基盤」を独断で書き換えてしまえるほど首相は偉くない。(智)(長崎新聞・2025/11/22)
 高市首相の非核三原則見直し検討に被爆者ら憤り 「絶対譲れぬ」「言語道断」 「絶対に譲れない国是だ」「核被害の恐ろしさを分かっていない」―。高市早苗首相が非核三原則の見直しを検討していると分かった14日、広島の被爆者や市民は即座に強い憤りの声を上げた。
 「怒りまくっている」。昨年のノーベル平和賞を受賞した日本被団協代表委員で広島県被団協の箕牧(みまき)智之理事長(83)は憤る。「なし崩し的に戦争への道を進まないか」と懸念。被団協は時の政権の意向に左右されないよう、非核三原則の法制化を求めており「野党は法制化に動くなど、見直しに歯止めをかけてほしい」と強調した。
 見直しを巡っては2022年、自民党の安全保障調査会の勉強会に招かれた専門家も「核の配備先が分かれば攻撃対象になり、実益がない」と指摘していた。もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(81)は「他国に日本の非核政策が変わったと受け止められ、攻撃を受けるリスクが増す。『安全保障政策』とは言えず言語道断だ」と訴えた。
 高市氏は首相就任前から見直しに言及してきた。市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)の森滝春子共同代表(86)は「権力を持ち、カラーを出しやすくなったのでは」とみる。原爆被害者が高齢化する中、「核を使う側に立って語ることの敷居があまりにも低くなっている」と怒りをあらわにした。
 世界で核兵器禁止条約の参加国が増える中、市民団体「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)の田中美穂共同代表(31)は「日本が先頭に立って逆行している」と指摘。「軍事的エスカレートを防ぐため、市民が声を上げないといけない」と語った。(下高充生)(中國新聞・2025/11/14)

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「徒然に日乗」(920~926)

〇2025/11/23(日)ほとんど前日と同じ状況で、ほぼ終日横になっていた。熱は微熱だが下がらない。身体の節々の苦痛はやわらいで来たが、まだすっきりはしない。少し先が見えてきたようにも感じるが、十分に注意したい。(926)

〇2025/11/22(土)風邪の症状は少しも変わらないまま。微熱は続き、体の節々の痛みが取れないようだ。4~5日前の体が音を上げているような、肩や背中や後頭部の痛みは、おそらく風邪の引き始めだったかも知れない。引き始めのタイミングを逃したために、服用している風邪薬の効果がないのだろう。明日、新たな薬を試してみる。ほとんど、終日ベッドに伏せるありさま。T君から電話あり。御機嫌伺だった。お昼前に、少々きつかったが、猫缶を購入するために土気まで出かけた。(925)

〇2025/11/21(金)二、三日前から身体の節々が痛く、後頭部も疼痛がしている。たぶん風邪だろうとは思っているが、念のために体温計を当ててみると37.5度ほどある。早速に葛根湯を服用し、急いて横になった。この何年も風邪などはお呼びではなかったが、ここへきて、遂に身体が音を上げたのかもしれない。ここはしっかりと睡眠と休養を取って、すっかり完治させたい。(924)

〇2025/11/20(木)大分県の佐賀関というところで大変な火災が発生した(初期発生は18日夕刻五時ころと言う)。折からの強風と極めて乾燥した状態の中で、大火災になった。報道によると、出火元とみられる一軒に死者が出たようだ。報道によると170件以上の民家が焼けたという。▶首相の「存立危機事態」発言が思わない方向に拡散され、両国関係に実害が出てきそうである。「(中国は)台湾を支配する」ようなときに「米国」は戦線に入ってくるだろう、そして「戦艦」を使うなどして台湾進攻を敢行するなら、それは間違いなく「存立危機事態」と言えるだろう。中国を名指しし、「台湾有事」を起こし、米国がそれに参加するようなことになれば、「日本有事」となるのは不可避だとも。きわめてでたらめな発言。お粗末の限りだ。(923)

〇2025/11/19(水)夕方6時前だったか、長野から電話があった。久しぶりの電話だと思ったが、当人の言うところではほぼ一年ぶりらしい。O君は、その後も何とか施設に居ながら、日常的な作業をこなしているという話だった。聞くところによれば、「不惑」になったという。無理をしないで、ゆっくりとやれる範囲で過ごせばいいと言っておいた。春にでも体調と相談しながら、機会を設けて房総(当地)に来てみないかと伝えておいた。▶T首相の発言問題が尾を引いて、なかなか終息の機運が見えてこない。一層悪化しているのかもしれない。日中関係のいくつかの方面で悪影響が出てきているが、政府は何をするつもりだろうか。言わずもがなの「妄言」だったというべきで、そん発言を何度聞いても、やはり「撤回」するほかないと思うばかり。新たに「日本産水産物の輸入停止」の措置が発表された。▶肩こりの性なのか、後頭部の右下部分にやや痛みがある。少し様子を見て見なければと考えている。やはり睡眠時間が足りないのも一因かもしれない。(922)

〇2025/11/18(火)ただ今午後9時15分。室温21.2℃、湿度49%。午前中は晴天で、気温もそれなりに高かったが、夕方以降はかなり冷え込んで、八時ころからは雨が降り出してきた。明日はかなり寒くなるという予報。▶株安、円安、金利安と「トリプル安」が発生している。物価対策など無に等しいのだから、こうなるのも当然という気もする。ということは政権発足一カ月を経て、現政権はほとんど政治らしい政治を何一つしていないということだ。加えて、中国の対日対策にはさらに厳しさを増していると感じる。日本政府は、何とか「誤った首相発言」を有耶無耶にするのかもしれないが、決定的に間違いを犯したのだから、この際、我が首相の為すべきは「発言撤回」有るのみだと思う。結果的には「辞任・辞職」に至るだろうが、致し方ない。元から首相の任にはふさわしくなかったのだから。できる限り早期の「発言撤回」「首相辞任」辞任を望む。「【北京共同】中国外務省の毛寧報道局長は18日の記者会見で、日中関係の悪化について「根本的な責任は高市早苗首相にある」と名指しで強く非難した」(共同通信・2025/11/18)(921)

〇2025/11/17(月)ただ今午後10時過ぎ。空気が乾燥して、清々しい一日だった。気温も20℃を超えていた。しかし明日からは「冷え込み」が厳しくなると予報。かみさんはいつもの集会に出かける。面倒なことは言わないが、年をとっても仲間と集まって話せる環境があることは好いことだと思う。ぼく自身は、いまさら、誰かと会って話がしたいという気もないのであって、しかし、その気になれば、何時だって誰彼なしに話ができると思えば、それで十分という気もする。▶終日自宅内で、ネット番組を見たりジャズを聴いたり。「AI」の技術が想像(想定)を絶して進んできた結果、先ず何よりも社会(世界)に「ファイク(虚偽)」が蔓延しだしている。これまでは「話(文章)」が主だったが、今はさらに「映像」制作技術が驚くほど進んで、「真偽」定かならぬ「情報」があらゆる場面に溢れているのだ。テレビ然り、SNSなどの画像然り、真偽を区別することは、不可能になりつつあるのではないかと、心底懼れている。▶日本の首相の浅慮極まりない発言(「存立危機事態」云々)から生じた、中国の想像を超えた「態度硬化」に遭遇し、政府はなす術を持たないように見える。外務省の一局長を急派したけれど、さて、何かしらいい結果が生まれるのかどうか。最終的には「発言撤回」に見合う姿勢を見せなければ、事態は沈静化しないだろう。(920)

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