
口ではなんとでもいえるからと、「選択的夫婦別姓」と表向きは変わらない(「夫婦同姓」の上に)「旧姓使用」を容認する法案に守旧派が拘(こだわ)るのは、もはや「家制度」とか「家族制度」などを固守するのではなく、単なる「(名目は)家父長制維持(男尊女卑の継続)」という旧慣墨守に固執しているとしか思えません。 何より、婚姻数は激減している中、離婚数が漸増しているという時代です。何を守るのか、何を阻止したいのか、おそらく、「夫婦別姓反対」論者ですら、何が正解かがわからないのだろう。だからこその「旧習」に泥(なず)むのです。このままでいくなら、おそらく展望が開けない連中・面々・方々のこと、それこそ旧統一教会並みに「強制集団結婚」なる「奇策」をでっちあげないとも限りません。18歳以上の「男女兵役義務(徴兵制)」と並んで、「男と女(にかぎる)ための婚姻法」が導入されかねない時代に入っています。なにしろ「政(まつりごと)」のなんであるかがイロハから理解できない政治家が多数を占める国会ですから。「男尊女卑」をあからさまには主張しないが、やろうとしていることは同じ。家族国家・家族共同体であり、その根幹は「夫婦同姓の婚姻に基づく家族制度の維持」でしょう。
【斜面】「入籍」の意識改革から 有名人が結婚するとニュースやネットによく流れるのが「入籍」というフレーズ。この言葉に違和感を覚える人もいるだろう。結婚すれば通常、双方が親の戸籍を抜け新しく2人の戸籍をつくる。あえていうなら「創籍」や「作籍」か◆「入籍」は戦前の家父長制の名残だ。明治民法は家制度を規定し、女性は結婚すると男性の家の戸籍に入ることが一般的だった。家族は戸主に従って、個人より家の利益を重視し、同じ姓で管理された。戦後民法で廃止されてなお家制度の意識は根強い◆その表れか。個人の尊厳として選択的夫婦別姓を求める動きに対し、政府が夫婦同姓を維持した上で旧姓使用を法的に認める検討に入った。旧姓を広く使えるようにして不便さを軽減するけれど、戸籍姓は家族で同じだ。法的な姓が二つになる混乱が生じても守りたいものとは?◆「夫婦同姓は家族の根幹で別姓は家族の一体感が薄まる」。3月に開いた自民党の意見聴取で保守派論客の見解。夫婦同姓は日本だけで説得力は乏しい。個人より家、家より国家の利益という戦前の「常識」への郷愁、とみるのは、うがち過ぎだろうか◆旧姓法制化は不便解消を名目に問題解決を遠ざける意図も見え隠れする。憲法施行から78年、法制審議会が選択的夫婦別姓導入を答申して29年。議論の平行線は続き、「個人の尊厳」や「男女平等」など憲法の理念はまだ遠い。「入籍」や「嫁入り」といった言葉への意識も考え直さねば。(信濃毎日新聞・2025/12/05)

どこの新聞だったか、結婚した2組に一組が離婚とありました。まるで夢を見ていたのか、それとも風邪のせいで頭がおかしくなっていたのか。記事元を探しているのですが見つからない。それはともかく、結婚しない男女が増えている。離婚件数は減らないどころが右肩上がり(当節の右肩上がりは貴重です)。時々思い出すのは「徳川将軍」15人のうち、「正妻」から生まれたのは三人、家康、家光、慶喜だけです。難しく言えば「正室(正妻)」1に対して「側室(妾)」の身分や数は、「お世継ぎ」をもうけるためには上限なしでした。語るに落ちる話とはこのことで、お家大事を貫くためにはどんな手段でも用いたのでした。女性は「跡取り」生産に結び付けられていただけ。江戸時代のある時期まで、「嫁して三年、子無きはは去れ」と、後継ぎができないことが「離縁」の理由とされたほどでしたし、その教条は明治民法下でも実質的には生きていたでしょう。家制度の大弊害です。「女氏(うじ)無くして、玉の輿(こし)に乗る」と言われてきました。今もなお「玉の輿」ということが死語にはなっていません。
この「女性と婚姻」問題を観得る際、ぼくはいつも落語の「妾馬」を想起しています。(詳細は以下に)女性を尊重しないこと夥しい江戸の旧慣が今日なお、大きな政治勢力によって墨守されている現実を見ると、まるで永田町や霞が関だけは今もなお、江戸の一町内(永田町馬場)に見えてきます。
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◎ 妾馬(めかうま)= 落語。大名物のなかの大作で、人情噺(ばなし)としても格調が高い。裏屋敷に住む孝行娘のおつるが、大名の赤井御門守(ごもんのかみ)に見そめられて妾(めかけ)となり、やがて男子出生、「おつるの方」と出世した。おつるの兄の八五郎が屋敷に招かれて御馳走(ごちそう)になるが、ことばや作法の失敗を繰り返し、それがかえっておもしろいと殿様に気に入られる。おつると対面した八五郎は、おふくろのことばを伝えて涙を流す。八五郎は家臣に取り立てられ、石垣杢蔵源蟹成(もくぞうみなもとのかになり)となった。ある日、馬に乗って使者の役目で出かけたが、馬術を知らぬので馬が何かに驚いて駆け出す。たてがみにしがみついていると、向こうから屋敷の者がきて「石垣氏、いずれへ」「どこへ行くか、馬にきいてくれ」。現在は、八五郎述懐から士分に取り立てられるところで終わることが多い。落ちまでやらぬと「妾馬」の意味が通じないので、「八五郎出世」という題で口演することもある。6代目三遊亭円生(えんしょう)の十八番であった。(日本大百科全書・ニッポニカ)(ヘッダー写真)
◎ 妾= 嫡妻以外で、夫婦の関係にある女。めかけ。てかけ。そばめ。(精選版日本国語大辞典)
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「夫婦同姓は家族の根幹で別姓は家族の一体感が薄まる」と守旧派は言う。そうだろうか。今でも基本的には「夫婦同姓」が法律上の建前になっています。にもかかわらず、「家族の一体感」は薄まるばかりなのはどうしてか。何をどうしても結婚しない、結婚しても子どもを産まない、はては」離婚件数が増えるのはなぜだろうか。大きく見れば、それは自然現象でしょう。これを政治制度として反転させることは不可能だとみるべきで、そこに政治的介入の正当性を見出すのは困難です。結婚して新たな「生活」を築くにはあまりにも個人性が尊重され過ぎているということです。今のままでいいとは思いませんが、自然(災害)現象を人間の都合に合わせること自体、反自然でもあるのではないでしょうか。
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