
【余録】人口減少は過去にも起きた。縄文時代後半や平安時代。江戸時代後半にも東北や北関東で減少したそうだ。歴史人口学者の鬼頭宏さんは「文明システムの成熟化に伴う現象」と分析している(「人口から読む日本の歴史」)▲多産から少子化。早婚から晩婚化。大家族から核家族化。人口の都市集中。明治以降の日本社会の変化は工業化を軸とした現代文明の帰結でもあった。出生率の低下は先進国に共通する現象だ▲特に日本など父系が強い「マッチョな国」の出生率が低い。こう論じたのは歴史人口学の泰斗、速水融博士だ。男性優位社会で我慢を強いられてきた女性が「子どもを産むだけの人生ではない」と意思表示しているというのである。(⤵️)(愛媛県大洲市の古民家を再生したホテル。同市も「消滅可能性自治体」に該当する=2023年1月、太田裕之撮影 ⏩️)

▲700超の自治体に消滅の可能性があるという「人口戦略会議」の試算に改めて少子高齢化の日本の行く末を考える。流入人口に頼る東京など大都市の「ブラックホール型自治体」の対策が重要というが、それだけで展望が開けるわけではあるまい▲問題は「少子高齢化をどう防ぐか」ではなく「どのような成熟社会を構築するか」。鬼頭さんがこう提言したのは20年以上前だ。速水さんは浮世絵や俳句など江戸の庶民文化が花開いたのは人口減少期と指摘し、価値観の転換を求めた▲旧来の家族観や結婚観にこだわっていては次の世界は見通せないだろう。「人口減少をチャンスにするのもしないのも我々次第である」。4年前に亡くなった速水さんが著書「歴史人口学事始め」で言い残している。(⏪️ 住民が積み上げた石垣が残る群馬県南牧村の街並み。同村も「消滅可能性自治体」の一つだ=2023年6月、田所柳子撮影)(毎日新聞・2024/04/26)
「人口戦略会議」なる民間組織が投げかけた「消滅への道へ、後何キロ(?)」が方々で議論を呼び起こしているようです。確かに新聞などは、なにかと「話題」に取り上げ、いろいろな視点から記事を仕立て上げてはいますが、果たして、どれほどの危機感を持ったうえでのことなのか、ぼくには疑問に思われます。少し日にちが遅れましたが、コラム「余録」の指摘は大いに頷(うなづ)けるもの、我が意を得たりと言いたくなった次第で、遅まき(旧聞)ながら、本日の駄文のネタにしました。

あまり好んではいませんが、必要に迫られて「家系」図を観ることがあります。最も有名なのは「源平藤橘」と称される家柄・家筋です。もちろん、一家の興亡盛衰は、これまでに数限りなくあったことで、仮に「家門」「一族」を一国や一都市に擬(なぞら)えるとどうでしょう。興って栄え、栄えて滅ぶ、この繰り返しが「歴史」というものの核心部分であって、たった一つの「家筋」で歴史を説明することはできたとしても、長くてニ、三百年(江戸時代など)。ぼくが住んでいる町は、その「町の歴史(書)」によれば縄文以前に遡る。しかし、現行の町名になったのは、ついこの前です。他の市町村も似たようなもの。いわば「離合集散」「合併 ⇒ 消滅」蘇り ⇒ 再興」…の歴史でもあったのです。その理由は、行政単位の維持、人口増を図るためであったことはすぐに理解できます。小さな村や町が集まって一単位の自治体になる。それを繰り返して、今日に至っていると言えます。この国の総人口の推移をたどることも大切です。しかし、今は消滅してしまった市町村の人口推移を調べれば、いろいろな事実が発見できるはずです。企業は吸収合併を旨として存続を図ります。行政自治体も同じでしょう。

一人の人間の生涯を考えてみます。誕生し、育てられ、自立し、結婚、家族を構成する、その家族も核家族となり、やがて夫婦は高齢期を迎える。夫婦揃ってか、一人家族か。いずれにしても消える存在です。一人の人間を単位にするか、一家族を単位にするか、一地域を単位にするか、一国を単位にするか。その「単位」の置き方はさまざまではあっても、生まれてしばらく存在し、やがて滅びる。いわば、それが「人間の生態系」です。絶滅危惧や絶滅を示す種族・種属(単位)は無限です。一国の歴史の内容は、いわばその国を構成している、種々の「単位」の栄枯盛衰、興亡の歴史でもあるでしょう。手を変え品を変え名を変えて「延命」を求めることに大義と言うか、値打ちがあるんでしょうか。
専門家の著書を例にとって「余録」氏いわく。「人口減少は過去にも起きた。縄文時代後半や平安時代。江戸時代後半にも東北や北関東で減少したそうだ」と。アタリマエのことだと、ぼくなどはずっと以前から、素人なりに考えていた。そうなったから、時代区分や時代の名称が変えられてきたのです。もちろん、地名も。ここにも新旧体制間の興亡はあった。問題は「人口減少」や「少子化」の原因や理由の解明にあるのではなく、そのような現象をもたらせた趨勢をどうしたら止められるか、いや、果たして止められるのか、ということ。「集団(社会)の衰退」は、一面では必然なのだと捉えることができるはずだと、ぼくは単純に考えている。
「消滅自治体」問題に関して。集団(自治体)の滅亡・消滅は、どこにでも、いつの時代にもあった。それが歴史の問題として見逃されがちなのは、いわゆる「市町村合併」が繰り返し行われてきたからです。詳細には触れませんけれど、弱いもの・小さいもの同士を合体させて、結果的にはより弱い大集団を生み出してきたのではなかったか。要するに「数合わせ」に過ぎなかったと、今にして思うのです。小は小なりに、中は中なりに、大は大なりに、かくしていろいろな形態が工夫をこらして生き延びようとしてきたのです。まるで植物・生物の生態系の如く、そこには人為的な摂理が働いてきた。その結果、行き着くところまで来てしまったのが現実、そんな実感をぼくは持っている。

少子化が諸悪の根源だというような、乱暴な論を振り回す人が絶えませんが、「少子化」に至る経過や原因はどこにあるか。子どもを生む人が少ない、あるいは結婚しない若者が増えたからだ、とするなら、なぜ子どもを生まない、結婚しない人が増加したか、それにはいくつもの原因や理由があるでしょうが、一つには生活の資に十分な稼ぎがないからだということになる。だとするなら、収入増を図る手立てはいくらもありそうだが、今では相当数の労働現場では「非正規雇用」が一般的になっており、生計を維持するだけの収入を得るのは困難な状況にある。ならば、その隘路(現状)を改革するためにはなにができるか。ここに来て、政府の「雇用政策」「働き方政策」の根本改革に求めるしかないというのが大方の見方でしょう。

この先を延々と続けることは無意味ではないにしても、堂々巡りをするばかりだと、先刻承知しているので、ここまでにします。結婚しない若者が増えたと言いますが、実際は「したくない」若者が増えたのではないでしょうか。単に経済的理由だけで「婚姻数の減少」を説明することはできるでしょう。でも、そこから外れる人たちがいることも事実です。女性の活躍する時代が、まるで両手を上げて賛成すべき事象のように受け止められています。しかし、女性の社会進出は、従来の「夫唱婦随」というか、「専業主婦」の習俗(「美徳」と見る向きもある)が壊れることを意味します。「共働き」が多くなる背景には「養育」「保育」「教育」の場面における十分な援助や体制整備が求められます。それも現状は不十分だと言う他ない状況にあります。

この問題をどのように捉えるか、少子化に始まって、究極は「消滅自治体」の手当をどうするかになるでしょう。素人の怖いもの知らず、そんな視点からこの問題の核心を突くとすれば「諸悪の根源は一極集中にある」ということになる。何事も「一極集中(wholly directed to one thing)」はよろしくないのは言うまでもありません。権力の集中は、謀反によっていずれ瓦解する運命にある。企業における「独占(Exclusive)」状況は、これまた「恐竜の絶滅」の過程をたどるはずです。ローマ帝国などの「大国主義」も「幕藩体制」の一族支配も、やがては沈没する大型客船のごとしです。大きいことは、その「後」がないことを示すんですね。大きくなりすぎて、自らを支えきれなくなる。マンモスの自己崩壊(self-destruction)・自己消滅(self-annihilation)です。

現下の最大課題は、過度の「一極集中」の排除、あるいは徹底した是正にあるのは、誰にも分かるはずです。長くその「非」が指摘されながら、一向に集中の傾向が改まらないのは、なぜか。過度の都市集中の結果でもある「少子化」の現状を放置・等閑視している政治行政の無作為に、その責任のかなりな部分があると思っている。これまでに他国においてもこの「一極集中」の是正に挑んだところはいくらもありますが、そのどれもが失敗だったとは言えないにしても、上首尾だったと諾(うべな)うことができないものでした。そして、いかに強権を発動して「一極集中」を廃したところで、新たな「一極」が生まれるのは避けられません。その繰り返しだと言えなくもないでしょう。政治行政がその力を振るって「一極集中」を是正できないと、どうなるか。それが現実に生じている事態です。その「事態」に何を観るかに、それよって、この国や社会の運命は大きく左右されると言えますね。果たして、未来は明るい?(まさか!)
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「三代の栄耀(えよう)一睡の中(うち)にして、大門(だいもん)の跡(あと)は一里(いちり)こなたに有(あり)」「『国(くに)破(やぶ)れて山河(さんが)あり、城(しろ)春(はる)にして草(くさ)青(あお)みたり』と笠(かさ)打(うち)敷(しき)て、時(とき)のうつるまで泪(なみだ)を落(おと)し侍(はべ)りぬ」(「奥の細道」)
・夏草や兵どもが夢の跡(芭蕉)
・五月雨の降のこしてや光堂(芭蕉)
・卯の花に兼房みゆる白毛かな(曽良)。
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