蜂群崩壊症候群(CCD)とは

 週のはじめに愚考する (第弐拾壱)~ 今はあまり聞かれなくなった語に「ビオトープ(バイオトープ)」があります。三十年ほど以前には、それこそ至るところに「ビオトープ」が創出され、まるで流行り現象のように持て囃されていたものでした。〈biotope〉は、元来がドイツで作られた「概念(ことば)」で、Biotop[= bio+topos]、「いのち+場所」を表し、いくつかの生物群が集まって生息しやすいように設計された偽自然空間を指していました。「生物空間」「生物生息空間」と称された。なんのことはない、これまで長い間、人間がいろいろな生物群集と共生(symbiosis)・共棲(cohabitation)していた場所そのものが「生物空間(biological space)」だったのです。わざわざ「ビオトープ」などとして作り出さなければならなくなったのは、それだけ、「生物生息空間」が人間中心(利己)主義の災いを被った結果、罪滅ぼしのように、生物想いの人間たちによって「ある種の生き物だけが生きられる場」として提供され出した、それがこの社会における「ビオトープ」の始まりだった気がします。

 ぼくは自然観察者でもなく、特定の生物に肩入れしている昆虫オタク(愛好家)でもありません。日常的に暮らしている生活空間が改変され、都市(一極集中)化され、人工的に装飾されていくことを指を加えて眺めているだけの、つまらぬ人間です。「赤とんぼ」が絶滅危惧種になりそうだとか、なぜか「ミツバチ」が住処(巣箱)に戻らないで、大量に、しかも忽然と姿を消したとか、そんなニュースを見るにつけ、聞くにつけ、人間の子どもも、おそらく集団で消えるか、あるいは住みづらい環境(社会空間)を嫌って、この世にやってこなくなったのだなどと、まるで戯(たわ)けたことを言ったり書いたりしてその日を送っているものです。

 本日は、二題の「生物物語」の機微に少しでも触れたくなったのです。(以下、最後部に引用した新聞記事から)「ハッチョウトンボ」、ぼくはどれくらい前か、おそらく数十年になるでしょうが、この2センチそこそこの小さなトンボを見ることがありました。あまりにも小さかったので、今でも強い印象を持っていた。それが、全国各地で、まるで揺り籠(ビオトープ)に囲われるがごとくにしてようやく生息しているという状況に、なにかしら涙が出てくる思いがしました。それこそ、全国の至るところでは「お宝」発見と大騒ぎするばかりの珍重種になっているのを知り、深い溜め息をついている。人間というのは罪作りなもので、滅多矢鱈に殺戮し、挙句の果てには「人工交配」、「人工飼育」などと称して、その貴重な「生物種」を「天然記念物」と称して、それこそ「囲い者」にしてしまうのです。さしずめ、人間で言うなら「人間国宝」という扱いですね。愚かしいこと限りなし、です。

 また、「ミツバチ」の危機的状況についても、かなり早い段階から危惧されていたことを知っています。これもまた、ある「除草剤」「殺虫剤」の大量散布に起因しているのではないかと心配されてきた。ネオニコ(ネオナチではありません)による被害です。「タバコの葉などに含まれるニコチンに似た構造・作用を持つ殺虫剤の総称。神経伝達系のアセチルコリン受容体と結合し情報伝達を阻害する。稲につくカメムシ・アブラムシ、柑橘類につくガなどの駆除に使用される。有機リン系農薬と比較して人体に対する毒性は低いとされるが、受粉を媒介するミツバチへの影響などが問題視されている」(デジタル大辞泉)ほとんどの農薬類に含まれている毒性のある「薬剤」です。目下、小生の家では可能な限りで、この手の薬剤を使わないことにしています。(どうしても使わざるを得ないときもあるが、必要最小限に。そうはいっても難しいですね)

 この問題に関してはいろいろな情報があります。詳細はそれらに譲るとして、今も絶滅が危惧されているにも関わらず、ミツバチの生態を毀損する刺激毒物を放置しているのはどういうことか、その理由を知りたいと思っている。諸外国では危険・有害のために発売禁止されている消毒剤や殺虫剤が今尚堂々と劣島の量販店の店頭に並んでいます。禁止された地域からの横流しではないかと思われるほど、大量に販売されてもいる。「政官財」という刹那政治・経済・商業偏重主義者のトリオが「今こそ、金こそ、自分こそ」を生きる目標に大暴走しているのに、好き好んで多くの衆庶も惑わされている、そんな末法図がぼくにはみえてきます。(こんな文句をたれているぼく自身、その「惑わされ組」の一員たるを逃れられていないのです)

 「私たちが毎日食べている野菜や果物の多くは、ミツバチの授粉のおかげで実ります。「世界の食糧の9割をまかなう100種類の作物のうち、70種以上はミツバチが受粉を媒介している」という報告も(2011年・国連環境計画報告書)。私たちが食べている食糧の約1/3が、ハチなどの生物の受粉によってつくられているといいます。アインシュタインは、「ミツバチが絶滅したら4年後には人類も滅びているだろう」と警鐘を鳴らしたとか。4年後という数字はともかく、万一ミツバチが絶滅すれば食糧不足で人類もまた滅亡する可能性がないとは言い切れません。ミツバチによって受粉されなければ、その野菜や果物は命をつなぐことができず、地上から姿を消していくことになるのですから」(「ミツバチからのメッセージ」:https://www.muji.net/lab/living/140903.html)(この記事は十年前に書かれたもの。その後各地・各国でさまざまな規制がかけられてきましたが、この小島だけはいささかの変化もなくネオニコは放置されたままです。空中や水中に恐ろしくなるほど散布拡散され続けています)(生態系の各部分が汚染され、破壊されている)

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 鮮やかな赤 ハッチョウトンボ 総社・ヒイゴ池湿地で飛び始める 体長2センチほどと「世界最小級のトンボ」として知られるハッチョウトンボが、総社市福井のヒイゴ池湿地で飛び始めた。雄は全身が鮮やかな赤色を帯び、周囲の緑色と美しいコントラストを見せる。/湿地の保護に取り組む市民団体・北の吉備路保全協会によると、今季は17日に初確認された。6月をピークに8月中旬まで観察できそうという。雄は約1ヘクタールの湿地内で葉や花に止まって茶褐色をした雌を待つが、別の雄が近づくと縄張りを争って飛び回る。/開発の影響で生息地が減り、岡山県のレッドデータブックでは準絶滅危惧種に指定される。湿地内では絶滅危惧Ⅱ類のランの一種・トキソウも見頃を迎えており、萱原潤会長(71)は「足を運び、小さな命の営みをそっと見守ってほしい」と呼びかける。(山陽新聞・2024/05/24)

【大観小観】▼春から夏にかけての今の季節が、蜜蜂が最も活躍する時季。花から花へ飛び回る蜜蜂の姿を見かけることが多いと思う。蜜蜂は一匹の女王蜂、一匹の雄蜂以外、全員が雌蜂で「働き蜂」である。本当によく働く▼ところが、近年、世界中で蜜蜂の数が減っている。温暖化による気候変動が原因だ。蜜蜂は気候の変化に敏感で、森林や草原が減少して蜜源(花)が減ると生きていけない。花粉が栄養源、巣の材料だからだ▼最近、ブラジルのオレンジやコーヒー豆の不作、長野県のリンゴの不作が伝えられたが、これも蜜蜂が減ったことが原因。蜜蜂が花粉を媒介することで、多くの植物が受粉して生育する。世界で食用にされる野菜や果物百種のうち70種以上が、蜜蜂の媒介によっている。蜜蜂は私たちの生活を支えているのだ▼人類は古くから養蜂業を営んできた。蜂蜜の採取以外、蜜蜂の農家への貸し出しも重要な仕事。本県にも松阪市に全国有数の養蜂業・水谷養蜂場があるが、蜜蜂の生育維持に苦しんでいるという。「蜜蜂がいなくなったら人類は4年で滅亡する」とアインシュタインは警告した。危機は迫っている。(伊勢新聞・2024/05/25)

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ほうぐんほうかい‐しょうこうぐん〔ホウグンホウクワイシヤウコウグン〕【蜂群崩壊症候群】= 飼育されているミツバチが突然、大量に姿を消す現象。巣箱には孵 (ふ) 化 (か) した幼虫や食料が残され、女王バチと羽化直後の働きバチがわずかに残っている場合が多い。巣箱の周囲では死骸は発見されない。2006年に米国で問題化し、欧州などでも同様の事例が報告されているが、原因は解明されていない。CCD(colony collapse disorder)。コロニー崩壊症候群。[補説]日本でも同時期に養蜂場でミツバチが大量死する事例が相次いで発生しているが、巣箱の周辺でミツバチの死骸が発見され、死亡が確認されていることから、蜂群崩壊症候群とは異なる現象と考えられる。日本での大量死の原因として、ミツバチに寄生するダニやネオニコチノイド系殺虫剤の影響が有力視されている。(デジタル大辞泉)

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郭公や夜明けの水の奔る音

【斜面】カッコウに励まされて カッコウはかんこ鳥ともいう。カッコウドリのなまりか、と辞書にはある。当て字の「閑古鳥」ゆえか、ものさびしさをたとえる夏の季語。芭蕉の「憂き我をさびしがらせよ閑古鳥」が知られるが、あの鳴き声にさびしさは感じにくい◆この時季に南から渡ってくる。毎年わが家の前の電柱にとまって、街中に声を響かせている。平地の住宅地でも田畑や茂み、神社の森がある。卵を託する野鳥が多いのだろう。ライバルに自分の縄張りを伝え、メスを呼ぶ懸命なその姿はけなげに見える◆今年は特に聞きほれ、励まされた。というのも、コロナにかかり、寝込んでいたから。長引く高熱で体がしんどく、気力もすっかり萎(な)えた。そんな時は、本もテレビもネットも音楽も、人がつくりだしたものはわずらわしくなる。もっと無為なもの、自然の音や光に触れたかった◆〈あるけばかつこういそげばかつこう〉。1936(昭和11)年5月、旅する種田山頭火が佐久で詠んだ。生きることに悩み続けて、孤独を背負いながら道を行く俳人はカッコウの声に何を感じ取ったのか、想像する。〈落葉松は晴れ切つてかつこう〉◆人は何と小さくて、弱く、無力か。信濃路で大きな自然に包まれていた時、つかの間、心が安らいだのでは―。夕方、茂みでカエルが鳴き始めた。恋の季節を前に声の調子を整えている。二十四節気の小満に入った。すべてが育って、命があふれる時だ。病み上がりの心には良い薬となる。(信濃毎日新聞・2024/05/25)

 「西に郭公の声に元気百倍になり、東に蛙の啼き声に病みが癒えるという人あり」で、本日は「小満」です。万物に生命力が溢れ、いよいよこれからという空気が漲(みなぎ)る季節到来。そして、間もなく梅雨入りとなります。本日の「斜面」、コロナに感染されていたコラム氏の本復の兆しに安心もし、よかったですねと労(いたわ)りの気が出ました。郭公は「カッコウ」、そして「閑古鳥(かんこどり)」とも。山中深くで鳴くので、閑古の名が付けられた。閑という字は多くの用に使われます。でも何よりも「ひま」「しずか」が似合っています。ぼくは「安閑恬静」という境地が大好きですね。急がない、慌てない、まるで一休さんのような境地に遊んでいたい。つまりは「閑人適意」です。できることなら、意のままに、有閑でいたいという心境です。怠け心の真髄です。もちろん「小人閑居して不善をなす」を潔しとはしていませんが。

 〈落葉松は晴れ切つてかつこう〉と読むのは山頭火さん。落葉松は「カラマツ」「唐松」。そして、ゆっくり歩いても早足でも、カッコウがなく。歩行の伴奏を務めるようなカッコウ。こんな時の山頭火には世間への忖度はなかったでしょう。一瞬であっても、そんな暇を持って生きたいというのは、ぼくのような俗人の願いでもあります。

 そこへ行くと、流石に芭蕉さんです。「憂き我をさびしがらせよ閑古鳥」と詠ましめたのもまた、うるさい世間であったかも知れません。郭公の啼き声、どう言えばいいのでしょう。「カッコーの一声鳴いてまた鳴いて」(無骨)(右はウグイス)

 拙宅の森は鶯(ウグイス)(この駄文を綴りかけている時に、盛んに囀っている)に時鳥(ホトトギス)に、烏に雀。郭公はあまり聞かない。時には思わぬ「獣の鳴き声」も。ひと里近い森や林にも、いのちが充満しているのが感じられます。山頭火の句に「人は何と小さくて、弱く、無力か。信濃路で大きな自然に包まれていた時、つかの間、心が安らいだのでは―」とコラム氏。こんな時(病み上がり)は、人はだれも詩人や俳人にもなるんですね。かと言って、四六時中「病人」でいるわけにもいかないし。「小満」の時季、杜若(かきつばた)が美しい。(表題句は桂信子作「かっこうやよあけのみずのはしるおと」)

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除草・害虫駆除の目的と結果

 巨大なカメ? メカです! 水田をぷかぷかうろうろ 南国市で全自動除草機の実験中 高知県 巨大なカメ? いえいえ、除草メカです――。南国市国分の水田で、黒い箱形の機械が苗をかき分け、行ったり来たり。散歩途中に見かけた人は「田んぼに何かおる!」「稲は大丈夫かえ?」とびっくり仰天。安心してください。水田を動き回って雑草の成長を抑える、全自動除草機の実証実験なのです。(以下略)(高知新聞・2024/05/24)(https://www.kochinews.co.jp/article/detail/746511)(ヘッダー写真も同新聞)

 ほぼ全国的には「田植え」が終わったでしょうか。今年は、当方の油断もあって、一度も「田植え」の光景を見なかった。すべてが機械によるものだったから、日にちを決めて進めれば、一地域はほぼ一日で済むだろうから。別の場所でも、まったくといっていいほど(機械による)田植え風景を、ぼくは見ることはなかった。ずいぶんと小さい頃、ぼくも能登半島で田植え(手植え)の真似事をしたことがあります。まだ、当時は牛を使っていた時代。田起こしから苗代づくり、田の水張りなどと、一連の作業も実体験することができた。今でも、大勢の人が田に入って田植えをする、稲刈りをするというあらたな集団行事が話題になることがあります。田植えや稲刈りは、短期集中で進める必要もあり、「結」「巻」などという地域集団の「合力」が大切な機能を果たしていたものでした。

 また、田植え・稲刈りに次いで、重要な作業に「田の草取り」がありました。時期を見て、田植え後の稲の成長を阻害するいくつもの草類を、それこそ丁寧に除去する作業は休むことのできない重労働だった。一番草、二番草、時には、三番草などと、三度もそれ以上もしなければならない作業で、腰をかがめて除草するのがもっとも辛くて激しい労働だったと聞いたことがあります。それがここに来て、いよいよ草取りの機械化が本格化しようとしています。農家にとっては待ち遠しいことだったでしょう。ぼくはまだ、実際に見る機会には恵まれませんが、方々で田んぼの中にロボットが入って除草をしている様子が報道されています。何も驚くことはないのであって、今ではミサイルですらドローンで運ばれ、目的物に投下・爆撃・爆破される時代。

 余計なことですが、この機械化の方向が変わらないとすると、やがて人間の労働は不要と言うか、すべてが機械(ロボット)にとって替わられるでしょう。機械万能時代は、効率性・合理性・経済性という、ある種の価値を高めてくれることは間違いないところです。その反面、農業は工業になり、その主役が機械(ロボット)になるという時代が目前に来ているのです。それを無条件で歓迎する向きが圧倒的でしょうが、まったく問題はないといい切れるかどうか、非農耕民として、いささか考えるところがあるのです。

 第一次産業の代表格だった農業、その典型が水田稲作でした。それが今では格好の機械化の波を受けている。人力を少しでも省いて、その分を機械に任せることは効率化や経済性の観点では望ましいと思う。しかし、農業における大量の機械導入は、却って農業を疲弊させる恐れはないかどうか。少子化や高齢化の影響は農業従事者にも無関係ではないのは当然です。それ故に機械化、省力化は必然性を持っているとも言えます。この機械化がもたらした長所は言うに及びませんが、短所(弊害)もまた、存在することを忘れることができません。

 拙宅付近の田んぼでは、やがて「除草」作業が始まります。その多くは小型ヘリを使った「農薬の空中散布」です。最新の機械化の最たるもの。草取りに費やされた膨大な労力や時間を機械化によって根本から作業内容を変えてしまいました。しかも、近年では「ドローン」の利用も始まっています。散布時期が来ると、至るところで「農薬散布中。危険、近寄らないで」の看板が立ちます。イネを食い荒らす「害虫」駆除には不可欠な作業だし、除草はイネの成長を促すには欠かせません。だから、まるで「一網打尽」の如くに散布します。撒かれた農薬は水田に沈着、やがて用水路を介して、川に流入し、最後には海にまで行く。

 その結果、農作業は従来には見られなかった効率化を達成し、その効果も絶大だということになる。その反面、田に住み着く昆虫類などもまた駆除され尽くす。ホタルやゲンゴロウ、あるいはヒキガエルやミズスマシなどは瞬く間に存在を消されてしまう。大きく言えば、「生態系」の破壊が生じているのです。その破壊の歴史は長い。生態系の連鎖が壊されると、ついには人間の生命すら脅かされる事態に至ります。細かくは言いませんが、広く第一次産業に関わる労働環境の様変わりを見ていると、圧倒されてしまう。機械化が激しい勢いで進められた結果、自然環境は大きく深く傷付けられ、回復不能に至る状況がみえています。海洋汚染に見られるような、環境汚染は年々亢進しているという現実に肝を冷やしているのです。

 簡単に生態系の崩壊などと言ってはいけないのだろうと思う。赤とんぼがいなくなった、ほとんど目にしなくなりました。その理由や原因は一つではないでしょう。でも農薬の大量散布が一因であることは事実だし、あるいはその結果として、赤とんぼの餌になる小さな虫類がいなくなるなど、いくつかの理由(原因)が重なって発生している現象です。とすると、赤とんぼを初めとするトンボ類を捕獲している虫や昆虫たちにも害は及びます。ひいては、人間の生活圏にもその影響は生じてこないはずはない。

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(左写真・育苗箱殺虫剤)(右写真:「田植えの際に、育苗箱に用いられた殺虫剤は稲と一緒に水田に埋め込まれる。粒剤の成分の一部が水に溶け、さらにその一部が光分解や微生物の作用によってアキアカネの幼虫に対して強い毒性を持つ代謝物に変化してしまう」=「しぜんもん」:https://nacsj.net/magazine/post_936.html)この写真の掲載されている「しぜんもん」では、日本自然保護協会(NACS-J)が提供する生物多様性問題に関する話題を取り上げています。この「特集」記事によると、ある時期を境にして、アキアカネ(赤とんぼ)の個体数が急激に減少しだした事情が解明されようとしています。その原因は特定はされていないが、いくつかの農薬だと推定されています。「ネオニコチノイド系の殺虫剤(アドマイヤーとスタークル)」です。この「ネオニコ」れは、今でも大きな問題となって、その危険性に警鐘が乱打されているのです。

 「1990年代に登場し、害虫防除に大量に用いられるようになったネオニコチノイド系農薬。神経毒性、水溶浸透性、残留性を特徴とし、市販開始時には標的種以外への影響は少ないと謳われていました。しかし、まずミツバチなど花粉媒介生物への悪影響が判明したことを端緒に、生態系や人体へのさまざまな危険性が明らかになりつつあります」(アクト・ビヨンド・トラスト」・https://www.actbeyondtrust.org/program/neonico/

 この問題に関しては、何度かこの駄文でも扱っています。「赤とんぼ」は「その昔(幼児の「私」が)、背負われてみた」ものでしたが、今や赤とんぼそのものがこの自然環境から「追われて」しまっているのです。郷愁に浸るのではなく、環境の破壊が生命(いのち)の破壊そのものだということにぼくたちは気を留めなければならないのですが、「まあ、まだまだ大丈夫」「自分の生きているうちはなんとかなる」「自分さえよければ、それでいい」と、まるで他人事を気取っていますが、「赤とんぼ」の次はだれ? 存在の危険に、間近に迫られているのですがね。「ルンバ」も「ギャング」もいいけれど、…。

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 追記:消える童謡「赤とんぼ」の情景… 激減で消失の危機の「アキアカネ」 2000年代の一部の「殺虫剤」や「水田自体の減少」が影響か=https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/776699・ATV青森テレビ(2023年10月13日(金) 17:53)

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「代謝機能不全」、完治不能か

序の口 大相撲五月場所が東京両国の国技館で開かれているようです。まったく見なくなりましたから、誰が誰やら、さっぱりわからず、です。昭和三十年代の半ば頃までは、これでも一端(いっぱし)の相撲ファンでした。贔屓(ひいき)力士は横綱であれ、大関であれ、誰であれ、決して強い力士ではなかったが、いつもいました。吉葉山、松登、成山(なるやま)、信夫山、清水川、鳴門海、明武谷などなど、いかにも「勝負師」「職人肌」などと称されるような相撲取りが好きでした。それぞれの力士に思い出がありますが、今は不問。

 相撲に限らず、野球であれ何であれ、いわゆるスポーツと言われるものは、今ではどれもが「ブーム」のように言われています。そうかも知れませんが、あまり魅力はないと、ぼくは勝手に思っている。その理由は極めて単純。いわゆる「落語」がまったくおもしろい芸能でなくなったのと同じで、大衆化と言うか、大衆化を促進してきた「テレビ」化のおかげだと、ぼくにはみえています。テレビというモニターを通して見るものは、いわば作為的に操作されたもの。中継があるけれど、それだって演出とでも言うか、そんな作りことが幅を効かせすし、コマーシャルなどという不細工、不調法なよそ者によって、肝心なところで寸断される。いろいろなスポーツの展開につきものの「余白」が消されてしまったんですね。

(本日は大相撲に関するものです。以下の駄文は例によって以前に公開していたもの(2022/12/28)。当方の編集ミスで一旦は除去して、ゴミ箱に保管しておいたものを、再度取り出したという次第。さしもの全盛を誇っていた「相撲界」の凋落は更に加速しているという傍証になる記録かもしれません。今は「群雄割拠」だと言うが、なんのことはない、「団栗(どんぐり)の背比べ」ですね。昔風に言うなら「番狂わせが」当たり前になりました。何、それが悪いというのではありません。悪しからず。いずれ、相撲も歌舞伎なみになるか。いや、もうなっているか。あるいは、日本相撲協会はそっくりモンゴル国に集団疎開ならぬ、集団移籍ということになるのか)(ヘッダー写真は「勧進大相撲土俵入之図 歌川国芳画」東京都立図書館:https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/sumo/page1-1.html) 

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【談話室】▼▽125年ぶりと言われてもあまりピンと来ない。来年1月8日に初日を迎える大相撲初場所は「1横綱1大関」で行われる。番付上ではまれな事態だとしても、相次ぐ休場で看板力士不在の土俵に慣れてしまっている。▼▽大関は東西で欠くことができないため、番付には横綱照ノ富士が大関を兼ねる「横綱大関」と記された。直近では2020年春場所で鶴竜が大関を兼ね、その時は38年ぶりで話題となった。珍しいこの肩書は、鶴岡市出身の横綱柏戸も1966年名古屋場所で背負っている。▼▽企業や役所に例えれば、空位となった役職を上席が一時的に兼務する状況だろう。早期の改善が望ましい。幸いなことに、現在の土俵は群雄割拠だ。大関陥落組はやや元気がないが、新鋭が躍動している。本県関係はこの人、琴ノ若(佐渡ケ嶽部屋)が新三役に名を連ねた。▼▽父は元関脇佐渡ケ嶽親方(尾花沢市出身)、母方の祖父は元横綱琴桜。受け継いだ資質を猛稽古で磨き小結まで番付を上げた。早晩、大関候補の有資格者になろう。不祥事絡みで閣僚が辞め、大臣経験者が急きょ再登板する悪循環を繰り返す現政権には見られぬ新陳代謝だ。(山形新聞・2022/12/27付)(左写真、緑の回しが琴の若改め「琴桜」、相撲取りではなくバレリーナですね)(2024/05/24)

 まさしく、隔世の感とはこのことをいうのでしょう。今では想像すらできませんが、六十年前ころには、大相撲中継にテレビ局が四つも五つも競い合っていた時代があります。「テレビ放送が開始されたのは、1953年5月16日のことだ。この頃の相撲中継の影響の高さを物語るエピソードとして、民放でもNHKに追従する形でテレビ中継を行っていたことが挙げられる。1959年にはなんとNETテレビ(現在のテレビ朝日)、日本テレビ、フジテレビ、TBSテレビの在京5局が同時に大相撲中継を放送していたのである」(Abema Sports Times・https://sports.abematimes.com/posts/3527383/)

 ぼくがもっとも熱心にテレビ観戦したのはこの時期でした。横綱には吉葉山・鏡里・千代の山・栃錦・若乃花など、錚々たる力士が並んでいました。中学生の頃だった。この後に「柏鵬時代」が続きます。柏戸と大鵬の両雄が競っていた。ぼくは大鵬が「納谷」を名乗っていた頃から知っていましたし、柏戸は本名の富樫(とがし)を四股名にしていた頃は、こんな「剛力」がいるなんてと懸命に応援した。真綿のように柔軟な大鵬は、勝つと言うよりは負けない相撲を取っていたと記憶しています。この二人が外国旅行から帰ってきて、警察から事情聴取を受け、手ぬぐいで頬被りをして、船に乗って隅田川だったかに「証拠品探し」をしたことがありました。海外旅行で「ピストル」を買ってきたからでした。やばいと思った二人は「隅田川に捨てた」と警察に話したための珍風景で、この場面もよく覚えています。(上の写真は「ピストル不法所持に関し、取り調べを受けた横綱柏戸について報じる」1965年5月25日付・中日スポーツ。「近く北の富士も」との見出しも)

 天下の横綱も若かったのでしょう。その後の二人は精進を重ね、同時に「日の下開山」、柏鵬時代は大相撲の魅力を深く印象付けたと思う。という具合に書いていくと、いくらでも書ける。ぼくは「相撲博士」だと言ってもいいくらいに、相撲に関心を持っていたのです。娯楽が何もない時代、楽しみにしていたのは相撲くらいだった。もう六十年も七十年も経ってしまいました。野球は川上や青田や大下などという選手(職人)が渋い光を放っていた頃です。(写真は「拳銃密輸の疑いで警視庁に出頭した大鵬。昭和の大横綱も緊張の面持ち」(写真:共同通信社)

 この少し後には、大鵬があまりにも強いので、いまでいう国民の人気ベストワンを三つ並べて「巨人・大鵬・卵焼き」などと、大いに人気を誇っていたのでした。双葉山の連勝記録(69連勝)を追っていた大鵬は、45連勝で戸田という関取に破れた。物言いがついたが、負けだった。後で写真をよく観ると、相手が先に土俵を割っていたことが判明。それを訊かれた大鵬は「あんな紛らわしい相撲を取っているようじゃだめだ」と答えた。いい相撲取りでしたね。

 その時代と、今日を比較するのは無意味ですね。つまりは、相撲は面白くなくなったと言いたいのです。(野球でも相撲でも、「大学出」がすぐに通用するはずもないと言われていた時代です)ところが、今や、相撲なのか、レスリングなのか、はたまた「格闘技」なのか。相撲に「美しさ」が感じられなくなった。あれほど好きだった相撲も、まったく見ない。野球も同様です。大関だ横綱だと騒ぎますが、ぼくの感覚では、相撲全盛期の「十両」か「前頭」程度の技量や強さで、名称は「横綱」「大関」と同じですが、中身はまったく異質で、比べること自体が間違っているのでしょう。今でも「栃若時代」「柏鵬時代」などという相撲人気最高の時期の、相撲取りなら百人は簡単に名前も出身地も示せます。相撲は「ご当地」といって出身地域・地方の最大の誇りなのかもしれない。「故郷に錦を飾る」というのが、このお相撲さんに当てはまるのではないかと思うくらいに、応援や支持が凄い。これがよくないんでしょうね、あまりにもチヤホヤしすぎるから、関取が育たないのではないでしょうか。

 一年六場所、それが相撲をだめにした大きな原因だったと思います。怪我をしても治す時間がない、休めば番付が下がる、その頃は、若いものが追い抜いているという、真に慌ただしい時代に、相撲界も入っていかざるを得なかった。今は相撲ではなく、格闘技。ガチンコもあれば、八百長みたいなものもある、それでは相撲が盛んになるよりも、廃れるほうが先でしょうね。やがて、「国技」(というのは正しくない)も能や歌舞伎のように国家によって保護され、「文化財」として囲われて、ついには命数が尽きてしまうのでしょう。柔道が五輪種目になり、ついには「偽柔道」に成り果てたことを思っています。それもこれも、時代の流れで、どうということでもないのですが。運動(スポーツ)から「美しさ」がなくなったら、単なる格闘であり、勝ち負けにしか興味が湧かなくなるのは当然でしょうね。人でも何でも「栄枯盛衰」を繰り返すのでしょう。しかし「栄光よ!再び」と呼んでも、叫んでも戻らないものもあるんですね。これもまた、世の習い。

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 これと同日の談ではないでしょうけれども、政治の世界も「廃れきって」しまった。現内閣の閣僚が立て続けに四人も交代を余儀なくされたし、差別発言の「雌」である政務官も首になった。土台、こんな連中を閣僚や内閣の一員にすること自体が「恥さらし」なんですな。でも、他に人材がいないのも確からしい。杉田某は「故元総理のお気に入り(・∀・)」だった。鬼籍に移られた元総理はとんでもない「食わせ者」だったことが次々に露見している。そのような人物を「名宰相」「国葬級」「歴代最長不倒(不当)」などと囃し立ててきたのですから、この島の「真相」「正体」がわかろうというもの。その「食わせ者」の軍門に下ったのが現総理、落ちるところまで落ちでも「総理は総理」であるのは、からきしだめな相撲取りでも「横綱は横綱」というのと五十歩百歩。「昔の名前で出ています」というわけ。

 「不祥事絡みで閣僚が辞め、大臣経験者が急きょ再登板する悪循環を繰り返す現政権」とコラム氏はいう。タコは自分の足を食っても生きていける、トカゲは自分で尻尾を切るという。自己防衛のためです。だとするなら、この岸田某は「トカゲ総理」か「タコ首相」ということになるでしょう。タコが自分の足を食べるのは「ストレス」からだといいます。「タコ首相」はが自分の足(閣僚)を切る(食う)のもストレスなんですね。この先どうなるのか、タコに訊いてみたい。これは政治ではなく、「醜聞(スキャンダル)」なんですのに、だれもその危機感を痛感していないようなのは、国そのものが「終った」からでしょう。一度死ななければ、再生はありえないのも道理だと、ぼくは考えています。この場にふさわしくはなさそうですけれど、ぼくは、次の言葉を思い浮かべています。「一粒 の 麦の例えです。(「ひとりの人間。ひとりの犠牲によって、多くの人々が救われるという真理を示したイエス‐キリストのことばによるたとえ。※引照旧新約全書(1904)約翰伝「一粒の麦もし地に落て死ずば」」(精選版日本国語大辞典)(⏩️写真は東京新聞・2022/12/27)

 果たして、この島に「一粒の麦」は存在しているのでしょうか。あるいは、存在していたのでしょうか。「税金」に集(たか)る人間どもが、自分たちの乗る船の船艇に穴を穿っていることに気がついているのか、気がついていないのか。何度も言いますが、もうこの「島」は沈下をどんどん進めているんですからね。

 「トカゲ総理」「タコ首相」のケースはどうでしょう。トカゲは自分から尻尾を切る(自切という)らしい。努力して切るのではなく、興奮したり恐怖を感じたりして事態に対処しようとして、自然に切れるように体が反応するのだという。敵に襲われると、咄嗟に逃げようとして自発的に尻尾が切れる、それを見て、敵は驚いて尻尾に見惚(と)れる。その隙きに、トカゲ本体は逃げおおせるのだそうです。「鼬(いたち)の最後っ屁」ですな。臭いぞ。こちらもあたっていませんか。迷ったり、時間をかけて状況を判断していて、「遅すぎる」と批判するのは間違いで、自分で、自然に切れるように組織ができているのです。世間で、岸田は判断力が遅いとか、優柔不断だと非難や批判が殺到しているようですが、それは外れ、彼はストレスを貯めているし、外敵・内敵に襲われてもいるから、その状況に体が反応していのです。頭を使うという「判断力」の問題ではなく、「条件反射(パブロフの犬)」だったんだ。だから、これからも、条件反射が起これば、何人だって閣僚や内閣のメンバーを切り続けるでしょう。本体を守るためですから。でも、やがては本体も滅びることを知らないようですね、トカゲは。

結び それで悩むことはないのです。恐らく、自分ひとりになっても命がある限り、彼は「総理の椅子」にしがみ付いているでしょう。それは「本能」なんだね。偏差値でも判断力でもない。タコでもトカゲでもかまわない、とにかく、少しは民衆(国民を含む)のことを考えられる「装置」を付けてほしいですね。猫に鈴ではなく、タコに酢でもなく、岸田に「判断力」を、です。まるで、「ベルを鳴らすと、唾を出す」というパブロフの犬みたいな首相では、あまりにも人民が可愛そうではないですか。相撲界は「新陳代謝(metabolism・renewal)」があるから素敵だとコラム氏は呑気なことを書いていますが、なに、やがてかなりの数の力士が二代目三代目になってくるでしょう。政界と瓜二つですね。この島全体に焼きが回っており、新陳代謝機能が故障しているんです。どうしたらいいんですか?

● パブロフ=ロシア,ソ連の生理学者。ペテルブルグ大学を卒業後,ドイツに留学,実験技術などを学ぶ。軍医学校の薬理学教授,パブロフ生理学研究所長。消化液分泌の神経支配を解明した業績に対し,1904年ノーベル生理医学賞。さらにイヌを使って条件反射を研究,精神現象を生理学的に把握しようという態度は,後のワトソンらの行動主義心理学に大きな影響を与えた。(マイペディア)

● しんちん‐たいしゃ【新陳代謝】=〘名〙 (「陳」は古いもの、「謝」は辞し去るの意) ① (━する) 古いものが次第になくなって、新しいものがそれと入れ代わること。※改正増補物理階梯(1876)〈片山淳吉〉一「凡そ宇宙間に在る各物体の斯く日に変化して新陳代謝し循環極りなき是造化の妙なり」② 生体内で、必要な生活物質が摂取され、不用物は排泄(はいせつ)される作用。物質代謝。物質交代。代謝。※日本読本(1887)〈新保磐次〉六「歯の面〈略〉イナメルには新陳代謝なきを以て、一たび損ずれば滋養もこれを快復せず、妙薬もこれを再生せず」(精選版日本国語大辞典)

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関係者が集団で傍聴に来たことを…

 面子(めんつ)、この「語」にはいろいろな使い方(解釈)がありますが、ここでは「 体面」「面目」とする。いわば「世間体(せけんてい)」であり、「体裁(ていさい)」などと同義でしょう。世間体を憚(はばか)るのは、個人でも組織でも事情は変わらない。恥ずかしいことをしたり言ったりしたので、弁解がましくそれを取り繕うのです。取り繕い方はいくつもある。一番単純明快なのは「嘘を付く」、「事実を隠す」、「問題すり替え」、「大事を小事と偽る」などなど、このような「欺瞞」「瞞着」にはいろいろな使い方(解釈)がありますが、ここでは「 体面」「面目」を第一とした「恥じさらし」とする。それを凌ぐために、いわば「世間体」を気にしたり、「体裁」を取り繕うような姿勢をとるのでしょう。世間体を憚(はばか)るのは、個人でも組織でも事情は同じ。恥ずかしいことをしたり言ったりしたから、それを糊塗する。糊塗する戦略はいくつもある。このような偽装・瞞着の方法は、それこそ、まるで芸術作品のように精巧かつ多彩を極めて、マニュアル化されているでしょう。

 今回発覚した「面子形なし」「面目丸つぶれ」「体面汚し」「外聞を憚(はばか)る」、それは以下の新聞報道にあるような、日常見慣れ、聞き慣れた「お粗末な事件」でした。いい大人のすることか、と非難を浴びせても神経がないのだから、少しも堪え堪(こた)えないんですね。もっとも、当事者は、発覚しようがすまいが、「「蛙の面に…」だったと思う。当局にとっては「何が面目」なのか、「どこが体面」なのか、判然とはしていなかったと思われます。おそらくは組織防衛のために、マニュアル通りの行動に出ただけだったでしょう。そして、問題になったのは「横浜市教育委員会」だが、それは「破廉恥漢・組織」の右代表であって、各方面のあらゆる組織では「事を荒立てる」ことがないように、同じように因循姑息な隠蔽工作や偽証万般が準備されているはずです。大事なのは組織ですが、もっと大事なのは組織の中の「自分」の地位ですね。

 学校から「いじめ」はなくならないと、ぼくは断言してきましたが、最大とは言わないにしても、大きな理由の一つは、学校当局(教育委員会や管理職や教員などなど)が、いじめ事件に真正面から向き合おうとはしないことです。(もちろん例外はある)その多くは問題の究明に懸命に向かうというのではなく、組織の「面子」「体面」「世間体」「体裁」を取り繕うことに懸命になることが職務のようになるからでしょう。かくして、「体面」を保てれば、わが身安泰、お家継続となり、その結果、かかる問題はいつまでも止むことがないのです。(組織を守るというのは、自分を守ることで、その逆ではないということ。会社は潰れても、自分さえ安全なら、どうということはないという「大会社社長」は少なくない、こんな社長のような「総理大臣」が輩出していのではないですか、この国では)

 東京新聞の一記者の追跡報道に現れているのは、文字通り「自らの体面」を保つことに汲々としている駄目組織の哀れ、諸行無常です。今回の市教委の行動がどんなに恥ずかしいことだったか、詳細は言わなくてもいいでしょう。忘れてはならないのは、こういう歴々・面々が「学校教育」「社会教育」の要路に立っているという点です。自らの欲求(努力?)に応じて昇進し、管理職になった暁に覚えるのは自己満足であり、それ以外に何がありますかという「御身(お家)大事」至上主義の発現(ほつげん)ではないかと、ぼくは断言します。神奈川や横浜の教育関係者には、たくさんの友人知人、先輩後輩がいましたから、教育界の体質・性格、欠陥・悪弊には、それなりに通じていたつもりです。だから、驚かない。もちろん、個々人の誇りや大望を否定するものではありません。体面を取り繕うためには「手段を選ばない」、組織人(組織あっての自分)の汚さ・弱さを哀れには思う。残念ながら、そのような人間こそが、ある種の枢要な役職につくという、世の習いの厭らしさ、虚しさには反吐が出てきます。

 この国の政治家が法律を無視してまで「選挙買収」に狂奔するのは、どこまで行っても「御身大事」だからです。「落選すれば、ただの人」であることに不足なんだね。いつも言うことですが、ある政党を除けば、この国には「保守・反動党」ばかりという目も当てられない悍(おぞ)ましさです。「政治資金パーティは即時禁止よ」と、正義の味方ヅラをしている政治家が、その影で堂々と「パーテイ三昧」とは、知らない人もいないのです。脱税や横領を遂行しながら、悪びれることもなく「正義」「公正」を嘯(うそぶ)く輩が挙って「憲法改正」「政治資金規制法改正」を論(あげつら)っています。横浜市教委の面々も、この社会における紛れもない「堕落政治家」たる資格は十分にあると言うべきでしょう。「子どもの成長」「人格の尊重」を囃し立てる、その同じ人間が「教育」を足蹴にし、子どもの幸福を奪っているとしたら、…。

 教師も人間、いいこともすれば悪いこともします。「教師は聖人であれ」などという荒唐無稽・画餅・空無は言わないつもり。そして、いささか問題なしとしないが、その言動においては、それ相応に「信賞必罰」はしかるべしというばかりです。ここでも、ぼくが言いたいのは「正直に勝る」人間の値打ちはないということ。〈honesty・frankness・integrity〉、このような道徳や倫理に外れないような生き方をこそ、学校教育は、誰彼に対して求めてほしいと衷心から願うものだ。「御身大事」「お家大事」は、二の次三の次、何よりも「正直」を旨として生きられる社会を願いたいね。(ここで長考、一番です。(問題教師」を生み出した、かなりの部分には「学校教育」が関わっていないかどうか。悪徳教師を処罰するのは当然でしょうが、同時に「学校教育」も処罰されているというところん思いが及ばないのですから、「付ける薬がない(There’s no medicine for fools)」んですな)

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 教員わいせつ事件で「傍聴ブロック」…横浜市教委が裁判所を職員で満席に 工作隠しも指示 旅費まで支給 横浜市教育委員会は21日、2019年度から今年4月にかけて横浜地裁で公判があった教員によるわいせつ事件で、多数の職員を動員して法廷の傍聴席に行かせ、一般の人が傍聴できないようにしていたと発表した。村上謙介教職員人事部長は記者会見し、プライバシー保護を求める被害児童・生徒側の要請を受けた対応で「教員を保護しようという意図はない」と釈明し、「行き過ぎだった。一般の方の傍聴の機会が損なわれたことについて、大変申し訳なく思う」と謝罪した。(神谷円香)                                                                  ◆「関係者が集団で来たと分からないよう、待ち合わせは避けて」/職員を動員したのは、強制わいせつ罪に問われた小学校校長の他、教員が被告となった計4事件の公判。/地裁では注目事件を除く多くの裁判の傍聴が、抽選ではなく先着順で、立ち見は認められていない。/市教委によると、職員の動員は19年度に3回、昨年12月~今年4月に8回の計11回。4カ所ある学校教育事務所や人事担当部署などから毎回、傍聴席を埋められるよう最大50人を業務として出張させていた。19年度は延べ125人に命じ、昨年12月以降は延べ371人が地裁に赴いた。旅費を支給する場合もあった。(⤵️)

 動員が始まったきっかけは、19年度の公判で被害者の保護者が一般傍聴者に事件の内容を知られるのを望まなかったことだと説明。意向を踏まえ、当時の鯉渕信也教育長とも相談した上で、職員が傍聴席を埋める方針を決めた。市教委は、他の3件も保護者の要望に基づく対応と主張した。/職員に出張を命じる文書では、注意事項として「関係者が集団で来たことが分からないよう、裁判所前での待ち合わせは避けて」などと要請していた。市教委は「市の事案だと悟られないようにというのはあった」と認めた。/今月7日に外部から職員動員に関する問い合わせがあったことを受け、市教委は今後の対応を協議。関係部署に20日、今後は実施しないことを通知した。/4件はいずれも市内の児童・生徒が被害者。3件は教員が懲戒免職となり、もう1件も実刑を受けて既に失職している。(⤵️)                                

◆江川紹子さん「公開の原則ゆがめ大きな問題」 ジャーナリスト・江川紹子さんの話 憲法で保障されている裁判公開の原則をゆがめており、大きな問題。公開されることで手続きが公正かチェックできるほか、国民の知る権利につながる。教育現場での性犯罪をどう防ぐかは大きな関心事になっており、裁判は事件の概要や原因を知ることで再発防止を考えるための場でもある。/被害者保護には裁判所も検察庁も神経を使っており、被告人の名前すら隠すケースもある。被害者の家族からプライバシー保護の要望があれば、検察庁への相談を促すのが市教委の適切な対応。なぜ動員を始めたのか、第三者が検証する必要がある。(東京新聞・2024/05/21)(ヘッダー写真も東京新聞・https://www.tokyo-np.co.jp/article/328545

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忘れ難き故郷、故旧忘れ得べき

<新生面>同窓会機能 「還暦同窓会」に出席した。中学を卒業後、ずっと疎遠だった旧友とも再会でき、思った以上に話が弾んだ。ただ、少し残念だったのは、容姿の変貌が著しくて誰なのか分からずじまいに終わるケースもあったこと▼容姿の変貌はお互いさまなので、相手も話しかけづらかっただろう。スマートフォンをかざすと子どもの頃の面影とニックネームが映し出される…そんなアプリがあるといいのに。近くにいた仲間と、そう言って笑い合った▼「スマートグラス」と呼ばれる眼鏡型の情報端末がある。視線の先に情報を投影できたり、内蔵カメラで撮影した画像を送信できたり、と多様な機能を持つものが手に入る。「同窓会機能」が搭載される日も案外早そうな▼一方で、便利な情報機器は悪だくみにも使われがちだ。先日は、大学入試の真っ最中にスマートグラスなどを駆使して問題を外部に漏らし、正解を得ようとした新手のカンニング行為が発覚した▼当時高3だったこの受験生は、合格したい一心で不正に手を染め、解答を返信した人に謝礼まで払っていたそうだ。それだけの熱意と創意工夫を別のことに向ければ新たな道も開けるだろうに。いかなる局面でもフェアであり続ける。簡単ではないが、そうでなければ胸を張って生きられない▼スマホやスマートグラスの同窓会機能には「当時の思い出」というボタンがつくかも。いい思い出ばかりならいいが、かつての悪行や不正が蒸し返されることだってあり得る。そうならぬよう、常に誠実に。(熊本日日新聞・2024/05/22)

 今週の日曜日(十九日)に、高校の同級生・T君が夫婦で拙宅を訪ねられた。前日から銚子の温泉に泊まっての翌日だった。早くから、数人の同級生といっしょに訪ねたいと願っていたが、いつまでも叶わず。つい最近、ご当人が体調を崩して緊急に入院したり、今年の三月には親しかった同級生が亡くなったりと、そぞろ寂しさが募ったということだった。彼とは、もう十年以上も前になるが、同じ同級生が京都市会議員になっており、その後援会長を勤めていた関係で、選挙応援に呼ばれて一、二度出かけた際に会っている。(左写真は高校在学中もあった「茶室」だと思う。茶話同好会とかいうクラブがあった。その変わり果てた姿を学校のHPから拝借)(この駄文集録ではすでに、出身校に触れたことがある。在学中には謳った記憶がなかった「校歌」、その作詞が「『広辞苑』の新村出」氏、作曲が「『オペラ夕鶴』の團伊玖磨」氏(当時はまだ二十歳代だったと思う)ということを知って驚きのあまりつい駄弁ったというわけです)

 ぼくは高校卒業式当日(だと記憶している)、京都を出て東京に向かっている。以来、今日まで六十年余が過ぎたことになります。その間、二、三年に一度、ほんの短時間帰京することはあったが、誰かに会うことはまずありませんでした。理由は特にない。敢えて言えば、会う時間がなかったのだ。そのT君が「こんな写真があるよ」といって、昨年五月だったかに開かれた同窓会の集合写真を見せてくれた。毎年のように開催されているそうで、ぼくは一度も参加したことはない。卒業は昭和三十八年三月だから、もう六十年を越えている。その当時の生徒数は一学年250人だったと覚えているが、そのうちの五十名ほどが参加した、その写真でした。ゆっくりと眺める時間もなかったので、あれこれ「懐旧の情」に浸れなかったのは、幸いだったか。奥方同伴だったが、彼女が遠慮したこともあり、小一時間ほどの滞在時間で帰途につくという、実に慌ただしい滞在でした。(本来なら、宿泊してもらうのですが、猫が家を占拠している状態で、それができなかった)

 誰でもそうなのかどうか知りませんが、ぼくは「卒業アルバム」だの「卒業証書」だのという「記念品」は何一つ持っていない。いつの間にかなくなっています。もちろん大学時代のものも何一つない。第一に、ぼくは写真を撮られるのが好きではない。これはおふくろ譲りか。それと、本やレコードなど、趣味に関わるものは保存がいいが、それ以外はほとんど関心がないのです。カメラなんか要らない、記憶力というレンズを通して脳細胞に焼き付けておくのだと考えていたらしいが、近年はその「脳細胞」の健康が怪しいのです。もともと、ぼくは派手好みではないどころか、目立つことが極めて苦手だったから、多くの人の印象(記憶)には残っていないだろうと思い込んでいる。だから、常日頃忘れているのに、わざわざ出かけて「君は誰ですか(?)」「あなたはどなたでしたか(?)」と尋ねる必要性を感じなかったのです。T君から、「来年は来てくれ」と誘われたが、その時まで存命かどうかもわからない上に、「猫がいるから、無理です」と素っ気なく答えました。(左写真は広沢の池から遠望した「愛宕山」。ほんの数年でしたが、この池の近くに住んでいた)

 彼が見せてくれた「集合写真」、一瞥して「老齢者の塊(かたまり)」と一瞬背筋が寒くなったほど。もちろん自分もその一人であることは事実です。だから「そこに加わることはあるまい」というばかり。ぼくはこの「集合写真」が大嫌い。いや「集合」そのものが苦手だった。自分の数学嫌いの理由は「集合」問題に発しているとさえ思っているのです。どうして「集まるのか」、それがぼくにはわからない。「記念」の意味があるのでしょうけれど、そもそも、その「記念」が嫌なんですから、話にならない。一人や二人なら「集合」と言うほど大袈裟でもないから許せるけれど、三十人、五十人、更には百人ともなれば、個々が消えて「一塊(ひとかたまり)」でしかないでしょう。それはまるで朽ち果て、崩れ落ちる寸前の「岩崖風景」のごときで、ぼくにとっては、あまりにも美しくはないのです。

 六十年の隔たりは、どれだけ度数の合った老眼鏡でも超えられない障壁ですね。わざわざ乗り越えようとする必要もないでしょう。もちろん、ぼくにだって「懐旧の情(nostalgic feelings)」はある、場合によっては人一倍あるでしょう。しかし、半世紀もそれ以上も一度も会うことをしなかった人と再会して、いったいどうするのだと(相手も思うし)いうヤクザな気持ちがあるのです。同窓生は「戦友」ではないと思う。いや、人によっては「入試」という共通の「敵」を相手に戦ったのだから、という向きもあるかも知れぬが、なんのことはない、それは「味方同士が敵」だっただけかも知れないのです。ぼくは京都を飛び出したのは、まず「社会が狭かった」から。もちろん「社会」の意味は多様です。地域社会もあり、同窓社会もあり、企業社会もあるでしょう。その社会に共通するのが「人間関係」です。この関係の狭さ、それにぼくは耐えられなかったという気がします。高校生当時は、はっきりした意識や自覚があったとは思わないが、あるいは「都会」への憧(あこが)れがあったとは微塵も思わない。でも、京都という町(街)の狭さ、人間関係の狭さに身体が(拒否)反応した、それが京都脱出だったのでしょう。(右写真・友人のHさんは、この「神護寺」の直ぐ側(高雄)で製材所を経営されている。神護寺の隣りには高山寺がある)

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 ◎ 余話(与太):この駄文を綴りながら、高見順さんの「故旧忘れ得べき」(昭和十一年刊)を思っていました。もちろん、ぼくは小説に書かれているような「学生」時代を経験していないし、時代も社会も大いに異なっているにも関わらず、ぼくは六十年余の隔たりの中で、多くの「故旧」を忘れていることに気づかされ、心はれない気分に襲われていたのです。と同時に、唱歌「故郷」(大正十四年発表)が響いていました。「忘れ難き故郷」「思い出づる故郷」「山は青き故郷」「水は清き故郷」と、人間そのものではなく、人間の足跡や息吹ばかりが感じられる「ふる里」に懐旧の情がいささか刺激されていることを隠しません。室生犀星ではありませんが、「ふるさと」は遠くにあろうが、近くにあろうが「思うもの・思われるもの」なのだろうということだけは言えますね。

 〈望郷の詩句として名高い室生犀星(むろうさいせい)の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」である。実はこれ、遠方にあって故郷を思う歌ではなく、犀星が郷里の金沢に帰郷したおりに作られた詩という▲東京で思うにまかせぬ暮らしを強いられ、懐かしい故郷に帰っても温かく受け入れてもらえない。その悲哀、郷里への愛憎半ばする思いが「遠きにありて……」の言葉となったらしい。故郷とは時に複雑な思いを呼び起こす場所である〉〈人と故郷の事情は千差万別だから、「遠きにありて」を「悲しくうたふ」人ばかりとは限らない。遠く隔たっていても一緒に楽しく歌えるオンライン時代の「帰省」に工夫をこらすお盆も悪くなかろう〉(「余録」毎日新聞・2020/08/07)

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