選挙からファシズムが生まれた

【斜面】満足感を取り戻そう どんな時に人は投票に行こうと思うのか。その問いにこんな答えがある。自分の票を投じた候補者や政党の勝利でもたらされる利益と、選挙への参加で得られる満足感を足したものが、投票に行くための時間や労力を上回った時だ―と◆投票制度を長年研究する松林哲也さんの著書「何が投票率を高めるのか」で知った。現実には支持する人や党が必ず勝つとは限らず、1票の影響も小さい。それでも大勢が投票に行くのは、民主的な手続きに加わることへの満足感が大きいからだという◆各種選挙の投票率の低調が言われて久しい。1950~60年代にほぼ7割を超えていた衆院選も低下傾向が続き、2012年以降の過去4回は5割台に落ち込んでいる。選挙制度が変わり、期日前投票が導入され、投票できる年齢が18歳以上に引き下げられたが、復調が見えない◆東西冷戦の終結でイデオロギーの対立が薄れ無党派層が増えたとの指摘がある。一方で国のあり方を変える重要な政策が国会の熟議を経ず次々に決定されている。声が届かないと感じ、投票に価値を見いだせなくなった有権者が増えているのではないか◆きのう衆院選が公示された。自民党の派閥裏金事件で政治の信頼は揺らぎ、物価高は収まらず、災害が相次ぐ。世界では硝煙がたちこめる。有権者が投票を放棄してしまえば、この国で“新しい戦前”がますます鮮明になるだろう。1票を無駄にせず、政治を国民に取り戻す機会にしたい。(信濃毎日新聞・2024/10/16)

 これまでに、いったいどれくらいの回数の選挙(投票)(国政と地方政治の)に出かけたでしょうか。二十歳からの六十年間、年に一回とは言わないけれど、二年に一回と計算すれば、三十回。ごく初期の頃、まだ学生だったか、投票せずに棄権した記憶(一回か二回か)があります。だから、野球の打率で言えば、軽く9割は越えているでしょう。自慢しているのではない。コラム「斜面」氏の紹介されているような「民主的な手続きに加わることへの満足感が大きいからだ」というような、そんな殊勝な理由など、ぼくにはいささかもない。ぼくにとっての「参政権」とは、端的にいうなら「政治に参加すること」「政治参加の権利の行使」にほかならない。国政であれ、地方政治であれ、その権利の行使の仕方にはいろいろな形態がありえます。本来なら、自らが、選挙に出て政治活動をする必要があっても、いろいろな理由でそれができないので、自らの「代わり」「代理」を選ぶ、その選挙権を行使する、それが何よりの理由でしょう。いわば、「あなた任せの政治」です。

 選挙・投票に出かけて一票を投ずる、その結果得られるのは「満足感」だったことは一度もない。そんなことあるはずもないでしょう。結果的には、いかなる政治や政治家も、必ず腐る・堕落する、その腐る・堕落する政治に参加することから「満足感」が出てきますか。第一に、ほとんど毎回投票するけれども、ぼくが選んだ候補者はめったに当選しないのですから、満足が得られないのは当たり前。いや、「君は当選しない候補者を選んでいるのだ」と言われそうで、あるいはそうかもしれない。何度も当選(議員が職業と化している人)しているのに、少しも政治がよくなった気がしないのですから、当選の常習者を選ばないのは、それなりに理屈に合っています。学級委員選挙でも生徒会の選挙でも、とにかく「選挙」と名の付くものに、それに立候補するのは、小さい時から大嫌い、こんなことをします、あんなことをしますと、まるで「しますの安売り」をするような人間にはなりたくない性分だと思えます。これは小学生以来の、ぼくの持病・痼疾みたいなもの。やたら、誰かに頭を下げるのは実に嫌なこと。

 これまでにも、国会議員や地方議員の肩書を持っている人間には何十人と出会ってきましたが、その瞬間に、「恐れ入りました」と頭が下がり、「及び難し」と畏敬の念を掻き立てられた御仁は一人もいない。もちろん、その不幸はぼくの側の問題ではありますが、政治家という人種は、なんという「脂ぎった」人たちだろうという驚きばかりが先に立って、とても同席も懇談もできる相手ではないという諦念が失せなかったと正直に言っておきます。「有権者が投票を放棄してしまえば、この国で“新しい戦前”がますます鮮明になるだろう。1票を無駄にせず、政治を国民に取り戻す機会にしたい」と、コラム氏は政論の正論を(毎度ながら)述べられます。それで投票に行かれる人が増えれば儲けもの。投票率は、その国や地方の民主主義や民度(選挙民の知的水準)のバロメーターといわれるか、「えっ、そうかい」と疑問を呈しておきます。翼賛選挙と言われた時代、投票率は九割以上だったかもしれない。しかし圧倒的国民の賛意を得た国会議員が集まり論じて、究極には国家を破壊し、国民を奈落の底に突き落としたではなかったか。

 選挙権行使の方法はさまざまです。複数の候補者があることが大前提ですし、投票率が低いより高い方がいいというのも、理屈としては成り立つ。しかし、無投票で当選した議員・市長や町長・村長などが選挙民の全幅の信頼を得て、それがゆえに対立候補が出る幕がないということかもしれないし、その昔から「三割自治」などと揶揄されてきましたから、投票率も三割もあれば、御の字。野球でいうなら名選手並みの高い打率です。投票率が三割ではだめで、七割なら立派だというなら、「何が立派なのかを示してください」とぼくは、お説を述べる人たちにお願いするでしょう。

 今回、アメリカの大統領選挙の報道を暇にあかせてみています。三週間を切った投票日(11月5日)を前に、とんでもない事態が勃発しそうです。候補者の元大統領は「当選の暁には、移民(劣った遺伝子の持ち主)を大量に束縛し、強制送還する。自分に盾突いた政治家や官僚は逮捕拘束する。必要なら国軍も出動させる」と、とんでもない発言をしています。元の側近や仲間たちで、彼から造反した人々のほとんどが「彼は根っからのファシスト」だ、「アメリカにとっても最も危険な人物」とまで口をそろえて言いだしています。彼の下で元副大統領を務めた人間を「殺害」する意図さえ持っていたといわれています。前回の選挙が無効だ、盗まれたという彼の主張を、元副大統領が受け入れなかったから、それが「殺害意図」の理由です。

 アメリカの大統領選挙の投票率は高い。候補者たちの選挙活動も、逐一報道されている。それが広く認められた上で、三十数件の重罪犯でもある人物、誰かれなく「ファシスト」「レイシスト」と指摘・糾弾する人物が再び「大統領」になるかもしれないと、一方では「恐れられ」、他方では「期待され」ているのです。デモクラシーとは、失敗の連鎖の軛(の中でくびき)のなかで、辛うじて息をしているような政治の原理でしょうか。時には、国家・国民もろともに死地に赴くことは避けられない、そんな時限爆弾のような危機をはらんでいるのです。「数度の選挙」を通して、ヒトラー(及びナチ=国家社会主義ドイツ労働者党)が「政権を掌握した」のは1933年1月の出来事でした。

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⦿(ヘッダー写真はヒヨドリバナ)【ヒヨドリバナとは】北海道から九州の各地に分布するキク科ヒヨドリバナ属の多年草。日本の在来種であり、山野の草地や林縁に自生し、夏から秋にかけてフジバカマに似た花を多数咲かせる。日本以外では中国や朝鮮半島、フィリピンなどに分布。/ヒヨドリバナという名前は、ヒヨドリが鳴く頃に咲くこと、あるいは花殻に生じる綿毛(冠毛)がヒヨドリの冠毛に似ることによる。別名はサンラン(山蘭)など。(庭木図鑑・ヒヨドリバナ)

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茶の木咲きいしぶみ古ぶ寒露かな

 二十四節季でいうところの「寒露」の期間が始まりました。本年は十月八日からだった。この節季はまた、「九月節」(旧暦8月後半から9月前半)とも称されてきました。「1晩秋から初冬にかけての、霜になりそうな冷たい露。二十四節季の一。10月8日ごろ。このころになると、北地では初氷がみられるようになる。《 秋》」(デジタル大辞泉)24節季あるうちの17番目でした。やがて、冬が来て、そしてまた立春に立ち戻るのです。

 「寒露」は七十二候では三分されます。「初候(10月8日〜10月12日頃)」は「鴻雁来(こうがんきたる)」で、行き違いで燕と選手交代をし、北のシベリア辺りからやってきます。「次候(10月13日〜10月17日頃)」は「菊花開(きくのはなひらく)」。「末候(10月18日〜10月22日頃)」は「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」と言われてきました。酷暑の暑さが嘘のように、朝晩の冷え込みは寒さを感じさせますし、寒い朝には霜がおり、各地では「初雪」の便りも届いてきます。この後、季節は「霜降」「立冬」と続きます。

 地球圏内の気候変動は留まるところを知らず、いたるところで異常気象のもたらす猛烈な現象がさまざまな姿となって出現している。それでも、この気候変動(気象環境の人為的破壊)の主因である人間社会の経済活動(大量のエネルギー消費)は終わるどころか、さらに激しさの一途をたどっているといわなければなりません。その影響が、わが日常生活の端々に現れて、いささか棲息感覚の狂いが生じているのを、自分ながらに如何ともしがたく受け入れているのです。

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・茶の木咲きいしぶみ古ぶ寒露かな 表題に掲げた句は飯田蛇笏氏(1885~1962)の作。ぼくの最も好む俳人であり、その生き方に深く影響を与えられました。表句は、普段の蛇笏氏とは趣が異なり、やや「写実(説明)」が勝っているようにぼくには思えました。飯田さんは山梨の人、早くに「ホトトギス」で評価され、その将来を嘱望されましたが、家業の後継者として帰京され、その地で一生を終わられた。四男の龍太さんも俳人。親子で俳誌「雲母(キララ)」を主宰されました。

⦿ 飯田 蛇笏(イイダ ダコツ)= 明治〜昭和期の俳人 生年明治18(1885)年4月26日 没年昭和37(1962)年10月3日 出生地山梨県東八代郡五成村小黒坂(現・境川村) 本名飯田 武治 別名別号=山廬(サンロ) 学歴〔年〕早稲田大学英文科〔明治42年〕中退 経歴幼ない頃から父の主宰する句会に出席し、句作を始める。17歳で上京し、早大入学後は小説にも手をそめたが、早稲田吟社に参加し、明治40年からその中心人物となり、「国民新聞」「ホトトギス」などに投句、新進の俳人として認められる。大正4年「キララ」が創刊され、2号より雑詠選を担当。6年主宰を引き受け「雲母」と改題し、以後、生涯孤高の俳人として活躍。「山廬集」「山響集」「雪峡」「家郷の霧」「椿花集」など10句集のほか、「穢土寂光」「美と田園」「田園の霧」「山廬随筆」などの随筆集、「俳句道を行く」「現代俳句の批判と鑑賞」などの評論・評釈集と著書は数多い。没後、「飯田蛇笏全句集」(角川書店)が刊行され、また、42年に蛇笏俳句の俳壇的業績を記念して“蛇笏賞”が角川書店により設定された。(20世紀日本人名事典)

 季節を感じたくなると、きっと、ぼくは飯田蛇笏に帰ります。それほどに、厳しい環境に住んで、その移り変わりを鋭く詠みこむのを常としていた俳人でした。この駄文集においても、何度か蛇笏さんについては駄弁っていますので、本日はこれ以上は触れません。

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【天風録】「人生の長さ 人生100年」の言葉をうたった本や雑誌がたくさん書店に並んでいる。政府が「人生100年時代構想会議」を設置した7年前ごろから増えた。長生きには健康づくり、資金づくりが不可欠だ。指南する本が求められ、売れるのだろう▲だが21世紀中に100年時代は来ない―と最新の研究は予測する。医療の進歩もあり延びた寿命も、長寿国で最近30年は延びが鈍っているためだ。老後資金を無理にためなくてよさそうで、ほっとする人もいるだろう▲それでも100歳よりずっと長生きしてほしい、きょうだいがいる。袴田巌さんと姉ひで子さんである。一度は死刑囚となった巌さんの無罪が、先日やっと確定した。「苦労がすっ飛んだ」。そう語ったひで子さんは91歳。弟を支えた歳月は58年に及ぶ▲拘禁生活が長かった巌さん。ひで子さんによると「妄想の世界におります」。「巌はもう88歳。でもせめてもう少し長生きしてもらいたい」。2人がゆっくりと幸せな時間を送れるように。そう願わずにはいられない▲国が賠償していくことになる。だが幾ら払っても、きょうだいから奪ったものを穴埋めすることはできない。人生とはかけがえのないものだから。(中國新聞・2024/10/11)

 どれほど言ってもきりがありません。「国家の犯罪」ということについて、です。国(「国家」という表現は、この島国に特有の表現で、「国は大きな家族」というのです。もちろん、父親は「天皇」でした。国民は「天皇の赤子(せきし)」と勝手に決められたのが、明治以降のこと)というのはある種の「機関」「機構」「組織」ですから、その機関・機構や組織の責任者は、時には、とてつもない犯罪を犯すということです。「戦争」はその典型でしょう。総理大臣が殺人事件を起こすというのではなく、今般の袴田事件「再審無罪」判決が出たという事実には、無罪を勝ち取った、おめでとう、それでは終わらせられない大きな問題が残るのです。国は国民を足蹴にしたり踏み潰してもいささかの痛痒も感じない、そんな怪物の一面も持っているのです。

 細かい議論はともかく、罪を犯していない人間を有罪、しかも死刑に処した、それが誤りであったと国が認めるまでに58年もかかったし、あろうことか、無罪が確定した段階でも、被告人の「有罪」は確信しているが、あまりにも長い拘束・拘禁状態にあったことを顧慮して、今回は控訴しない、このようにいうのですから、「みすみす、眼前で真犯人を見逃すのは、残念至極」という往生際の悪い「国の犯罪」の後始末でした。人間は過ちを犯す、それは「被告」に擬せられた人間はもちろんですが、それを裁く「裁判官」「検察官」も、同じように過ちを犯す、人間である限りは、それは避けられない。それゆえに「三審制度」があり、「再審」裁判の根拠があるのでしょう。にもかかわらず、「国民の過ち」は裁かれるのに、検察や裁判官の誤認や誤裁判は裁かれないのです。理不尽ではないですか。国家無謬説というのは「荒唐無稽」であり、「大驚失色」すべき類の絵空事でしょう。

 いつの頃のものだったか、川柳に「猫でない証拠に竹を描いておき」というのがあり、ぼくは好んで、この揶揄・諧謔を楽しんできました。下手な絵描きが「虎」を書いたが、誰が見ても猫にしか見えない。そこで「これは虎であるぞよ」と、その証拠に「竹」を書き加えたという。余計な「竹」を書き加え、それが「虎」を証明する根拠になるなど、笑うに笑えない、喜劇であり悲劇です。これが証拠になるのだから、入念に「味噌樽」につけておきましょうという、冤罪づくりを、どのように感覚・感情て警察や検察は企図していたことか。

 犯罪の決め手になる「証拠」をでっちあげるのが国家の仕業か、といいたくなります。「証文がものを言う」と、証拠の大切さが指摘されるが、他方では「証文の出しおくれ」ともいう。家宅捜索した段階では見つからなかった「証拠物件」が、一年半後に、いかにも証拠物件ですよ、と言わぬばかりに出てきたという諧謔・犯罪。捏造するのに時間がかかったのですよ。それをもって、あろうことか「死刑判決」を維持してきた国家犯罪の半世紀でもありました。

 人生百年時代はどうでもいいこと、たとえ一年でも半年でも、ありもしない証拠を捏造して無実の人を罪に陥れる。これが国家の犯罪でなくて何でしょう。だから、ぼくは「国家百年(未満)時代」といい続けてきたのです。明治維新(1867年)から敗戦時(1945年)まで、約八十年。これが初代「日本国」の寿命だった。それ以降、今日(2024年)まで約八十年、そろそろ「第二代日本国」の寿命が尽きるころだと、ぼくは睨んでいますが、どうでしょう。さすれば、その後には「三代目」が続くのでしょうか。これも誰が作ったのか、川柳に「売り家と唐様で書く三代目」とあります。出鱈目・遊蕩三昧で大店(l国家)を食い潰し、家産を売りに出す羽目に(売国ですな)。その「売家札」も唐様(中国風)と、金(遊び代)がかかっている。今日の日本国の三代目、能天気な若旦那は誰でしょうか。一人の人間の生涯を踏み潰しておいても、枕を高くして惰眠を貪(むさぼ)るばかばかり、それこそが国家機関の正体でしょう。

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STEREOTYPE(固定観念)からの解放

 

 ずいぶん昔(30年ほど前)から、スポーツ競技では、いくつかの種目に限られるかもしれないが、男女混合(同じルールで競う)が当たり前になる時代が来ると、ぼくは言ってきました。簡単に言うと、体力の男女差もまた、長い間の「ジェンダー」格差によるものだ、と。誤解されそうですが、基本的には人間の体力には個人差はあるでしょうが、性差が存在するのは社会的・文化的な習慣・習俗によるところが大きいといえないか。まして、「子どもを産む性」が、何時までも男より弱い(とみなされる)ことがあるだろうかという、ある種の素朴な直観によります。その代表的な一例が「マラソン」です。

 いつ頃までだったか、あまりにも過酷だという男性側が立てた理由で、当初は女性マラソンは禁じられていました。解禁されて以来、その記録の伸び方は驚異的なものがあります。ぼくは第一回東京「女子マラソン」(1979 )大会のレースをよく記憶し知恵ます。優勝はイギリスのジョイスさん(第二回も優勝)、記録は2時間37分48秒。日本記録は、今年1月に出た前田穂南選手の2時間18分59秒。45年間で20分ほど記録は伸びています。記録はともかく、女性が42キロを走ることが禁止されていた時代とは何だったのか、それを痛切に感じます。「ジェンダー」と言えばそれまででしょうが、そのような名分(役割)で、社会的文化的勢力が女性のさまざまな活動や行動(その支えになる志向・思考)を閉じ込めて来たのではなかったか。今なお、いたるところに「女人禁制」があります。

*ジェンダー「 社会的・文化的に形成される男女の差異。男らしさ、女らしさといった言葉で表現されるもので、生物上の雌雄を示すセックスと区別される。社会的性差。文化的性差」「gender role(s)性別役割分担(◇男性または女性であることに対して社会がもつイメージどおりにふるまうこと)」(デジタル大辞泉)

 誤解を呼ぶといけないので、急いで付言しておきます。いつの時代にか、女性は男性と比べて遜色のないほど体力面でも互角になるというのではありません。仮に五輪において、陸上競技でも水泳競技でも、男女が同時に競ったら、時には女性が勝つ場合(競技)もあるだろうという程度です。ここで主張したいのは「男は度胸、女は愛嬌」などという、性別役割にまつわる固定観念(社会通念)が出来上がっている社会の「偏見と差別」の刷新(打ち壊し)こそが、女性解放を導くだろうし、女性が解放されなければ、男性の解放も本当になされえないということです。「奴隷制」を容認している白人男性に自由があるだろうか。彼らはただ支配欲に縛られているだけではなかったか。

 ようするに、マラソンの女性世界記録樹立を手掛かりにして、「人権」の中核にある問題として考えてみたいのです。(因みに、男性マラソンの世界記録は、昨年の〈シカゴマラソン2023〉大会で記録された、ケルヴィン・キプタム選手(ケニア)の2時間0分35秒でした。同選手は本年2月、交通事故により死去、24歳でした)

 アメリカの大統領選挙報道にばかり気を取られて、すっかり忘れそうになりましたが、イリノイ州シカゴで行われたマラソン大会で、女性ランナーが世界記録を達成したというニュースに目を惹かれました。女性で初めて2時間10分を切ったといいます。この記録で走れる男性は、世界でどれくらいいるのでしょうか。この先、おそらく男性と女性が同時に走って記録を競う時代が来るに違いありません。同じ日に同国大統領選挙候補の一人が、オハイオ州デトロイト(Detroit)の地で、出鱈目の限りを尽くした女性蔑視(人権侵害)演説をだらだらと繰り広げていました。今では、この候補者は、現代アメリカの最も恐るべき・厭うべき「敵(ファシスト)」と呼ぶ声が大きくなってきているのも、奇遇を通り越して時代を痛感します。この候補者は移民を人間扱いしていないし、女性を男性の下に置く、その候補者を全米の半数近くの有権者が詩指示ているという、この迷妄の深さをどう見ればいいのでしょうか。

 さらに加えて、なぜだか黒人男性有権者も「ジェンダーバイアス」に絡〈から〉めとられて、大統領としては「黒人女性候補者」を選びたくないという傾向を強く見せていることに、問題の根の深さを考えてしまう。この問題について、元民主党大統領(黒人)は、直接、彼らに対して問題の所在を明らかにするべく、黒人男性有権者と話し込んでいた場面も、ぼくには深い闇の中の光景に見えました。

 チェプンゲティッチが世界新 女子マラソン、シカゴで 【シカゴ共同】シカゴ・マラソンは13日、シカゴで行われ、女子のルース・チェプンゲティッチ(ケニア)が2時間9分56秒の世界新記録で優勝した。/従来の記録はティギスト・アセファ(エチオピア)が2023年9月のベルリン・マラソンでマークした2時間11分53秒だった。(記録は速報値)「もういやというほど、呑んできたんだから」と。酒を止めようと考えたことはなかった、だから吞まなくなった自分に驚いています。(共同通信・2024/10/14)

 (この共同配信の記事では「女子マラソン」という表現が当たり前に使用されていました。ぼくはこの「女子」(または男子)という表現に大いに違和感を持っています。「女の子」「女子ども」というようなニュアンスが色濃く含まれているのではないでしょうか。三十歳の女性を「女子」というか、五十歳ならどうか、というように、ぼくたちは長い歴史のなかで刻印されてきた「(問題」表現」に呪縛されているのではないですか。英語表記は「Women’s Marathon」と、単純明快に表記)

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「徒然に日乗」(533~ 539)

◯2024/10/13(日)朝から穏やかな快晴。風もなく、気温も25℃程度。昼前に茂原まで買い物に。▶このところ、朝早く起こされるので、やや睡眠不足。午前2時、3時が多く、4時まで床に入っていられるのは週に1~2回。寒くなったので、猫もよく眠れるのが、かえって早起きになっているのかもしれない。一一人が起きれば、他がつられて、結局は家の中にいるのが、全員覚醒する。外に出すと、入れ替わりに敷地内のあちこちで夜を明かしたものが帰ってくるという塩梅。たくさんいるので、なかなかていねいに躾けることも難しいし、最初から、家で買うネコ(ペット)として付き合ってはいないので、この「習慣」は仕方がないところもあろう。ただ、寝冷えをするのか、食べたものを戻す子もいるので、よく注意する必要がある。(539) 

◯2024/10/12(土)終日、しのぎやすい陽気だった。一歩も外に出ないで、蟄居。朝晩の冷え込みが、体に緊張を強いているように感じる。奇妙な言い方だが、こんな時に「年齢」を痛感するのだ。植木の枝下ろしをしなければと思いながら、体が前に出ない。ある種のしり込み(気おくれ)、それが今や習慣となっている気がする。フットワークが軽いとは言わないが、それなりに行動に出ていた人間だが、このところ、動きが鈍い。もう一度、軽快さが取り戻せるのだろうか。▶米国フロリダに上陸していったハリケーン(ミルトン)は災害の大きな爪痕を遺して通り過ぎた。「へレーン」ほどの強さはなく、被害も少なかろうという勝手な思い込みは大きく外れ、驚くべき大きな被害をもたらしたのだった。(本日、お昼現在の死者は竜巻のよる17名、家屋被災は数えきれず)その「ハリケーン」がもたらした被害の復旧や修復に当たる連邦政府や関係当局の仕事ぶりに対して、大きな偽り情報を与え、被災者を踏みにじるような「虚言」を拡散させているのが今回立候補している元大統領の側である。当人は選挙で勝つということははじめから問題にはしていないので、とにかく、アメリカ社会に政治的暴動を引き起こし、そのすべてを現政権の政治責任だとして、自らは権力を不当に奪取するという「クーデター」を敢行しているのだと、少なくない報道で伝えられている。政見も公約も、選挙活動も一切無関係。ある種の「ファシズム」「人種差別」のかたまりがアメリカ社会で跳梁し始めているのだ。(538)

◯2024/10/11(金)昨日とは一転、快晴の好天気。しばらく忘れていた「秋晴れ」に恵まれた。▶昼前に買い物で茂原まで。▶アメリカのハリケーン(Milton)はフロリダ半島に上陸、暴風雨による大きな被害をもたらしたが、現段階では、前回ほどの大災害にはならなかった模様。上陸前から発生した二十数個の「竜巻」による被害もあり、犠牲者が十数人も出たという。問題がないわけではないと思うけれど、いろいろな面で、自然災害へのケアは、残念ながら相当に彼我の差がありそうに思われる。▶夕食を食べている夕方6時半ころだったか、テレビの速報ニュースで「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が、今年度のノーベル平和賞受賞と報じられた。受賞することは目出度いことだろうが、それ以上に核のない社会(世界)を求め続けてきた「被爆者」の行動が大きな導きとなってきた証(あかし)だったことがこのようにして受け入れられたのを喜びたい。「核の傘」だの「核抑止力」や「核の共同保有」などを言い募ってきた日本政府の存在の恥ずかしさもまた世界に知らしめられたのだ。極東の小島国の民間運動(活動)が、世界の核保有国の為政者にどれだけの打撃を与えられたか、このような形でしか非核・反核を訴えられない状況に存在する危機状況を恐れている。(537)

◯2024/10/10(木)朝、6時半に「生ごみ」出し。十年以上、この習慣は変わらない。生ごみは週3回、ビン・カンは月一回。ネコがたくさんいるので、ネコ砂の掃除とその始末が大変で、それが「生ごみ」に分類されると知り、大いに安心したもの。処分量が多く、生ごみに入れると重さもかなりなものになるので、当初は困っていたが、最近は、ほとんどの猫たちは外で用を足しているようなので、処分すべきネコ砂は夜間の分だけとなって、助かっている。家具類などの粗大ごみが時には出るが、大体はごみ処理場に自分で持ち込む。よほど大きなものは業者に依頼することにしている。▶飲料用には「天然水」を使っているので、その購入もかなりの量になる。本日は、近所(それでも、約10キロ離れている)の業務用スーパーまで買いに行く。2リットル×6本入りを10箱。どれくらいの割合で消費するのか、計算したことがないが、冬場は、それまでよりも多く使うだろか。もうかなり前だが、一箱300円のものを使っていたが、それが、なんと今では6割値上がりして480円。消費税を加算すれば、500円近くになる。ものみな値上がりする時代。この高騰傾向はいつまで続くのか。(536)

◯2024/10/09(水)劣島南部にある秋雨前線などの影響で、終日雨が続く。一日中、ほとんど気温は20℃程度で、まったく変わらないまま。湿度も75%前後。風がないだけが救い。アメリカのハリケーン(ミルトン)の進路が気になる。フロリダ半島のタンパあたりに上陸しそうな勢い。前回の被害の復旧作業のさなかの再度の襲来。被害の少ないことを祈る。▶お昼前に、雨が強くならない前に買い物。ブログでも書いたが、今夜は暖かい鍋物でもといくらかの材料を購入してきた。難点は、いまだに美味しいと思える豆腐がスーパーでは見つからないこと。(535)

◯2024/10/08(火)家の車(かみさん用)のテールライトのカヴァーを、かみさんが破損させたので、修理方を依頼していたのが、予定していた本日の午前中に行けなかったので、昼過ぎに出向く。驚いたことに破損したカヴァーだけではなくブレーキランプやバックライト・ウインカーなど、それは壊れてはいなかったのに、そっくり一式を取り換えたのだ。見積もりの段階では値段が高いと奇妙に思っていたが、こういうことだったか。最近の電気製品なども、一部(故障)箇所の取り換えや修理ではなく、その個所全体の基盤ごとに取り換える。テレビのある個所が故障したのに、テレビ受像機全体を買い替えるようなもの。これは半導体使用製品の性質上、仕方がないことなのか。釈然としないままで工場を後にした。▶本日は朝から、降ったり止んだりで、夕方からは本格的に降り出した。明日の午後まで雨が続くそうだ。すっかり寒くなった。ただ今午後9時半。室温22.4℃、湿度73%。油断すると風邪をひきそう。▶♂の猫の右前足が腫れているのに気づいたのが昨日の午前中。恐らく蛇にかまれたのだろう。気づいてから、食事ごとに化膿止め(消炎剤)を服用させている。昨日以上には腫れがひどくなった形跡(様子)はない。これ以上は大事に至らなければと願っている。▶米国大統領選における元大統領の言動に大きな不審・不信が寄せられている。早い段階から、彼は「狂気」に支配されていると、ぼくは見ていたが、異常な状態が段々激しくなっているようだ。いろいろな意見(診方)があるようだが、おそらく「認知症」などではなく、「精神異常」を来していると思う。「統合失調症」状態にあるのではないだろうか。関係筋はどうとらえているのか。あるいは、そのような異常な事態を利用する向きがあるのかもしれない。▶フロリダ州をハリケーンが再度急襲する勢いだ。一週間前に強烈な「へリーン」が大災厄をもたらしたばかりなのだが。被害の少ないことを祈るのみ。(534)

◯2024/10/07(月)昼過ぎに買い物のため茂原まで。かなり日差しの強い陽気だった。帰宅した段階で、宅急便が2件届いた。一件は毎月の定期購入品。他の一件は旧友の連れ合いからの「お返し品」。長年通い詰めていた呑み屋の経営者が昨年7月に死去。一周忌の飾り物(仏花)を送っていたから。▶昨日、卒業生の一人から葉書が届いた。卒業時にNHKに就職。何か所(福島・静岡・山口・静岡など)かを移動していたが、9月1日付で、渋谷の本部?勤務となったとの連絡だった。とても優れた勤勉家だったし、真面目(過ぎるところもあった)な女性。就職して、もう二十年近くになるだろうか。卒業生では、3人か4人が各地の放送局に勤務中。その人たちとは交流はないので、その状況はよくわからない。他人を介しての情報で無事を知るばかり。(533)

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ブラックでありヒューマンだった

▣ 週の初めに愚考する(第四拾)~ 追悼 山藤章二さん・・・政治に限らず、俗に「世相(批評)漫画」などというジャンルがあったとして、その草分けのような存在が岡本一平さんだった。岡本太郎氏の父上。まだ中学生だったぼくはよく見たものです。もちろん、その当時、一平氏は亡くなっていた。その一平さんの弟子筋に当たるのが近藤日出造氏。一平さんの様子を知ったのも近藤さんの話からでした。この人の漫画は、いつも新聞で見ていた。読売新聞だったか。実に辛辣な気質の人だったと思う。テレビにも出演し、歯に衣着せぬ世相批評(毒舌)を吐いていました。驚くほど、その発言には棘(とげ)があった。その他、たくさんの漫画家を読む・観るという経験をしましたが、ぼくには、「見よ、この人を」という存在はいなかったように思われます。政治批評に特化した漫画というのは、実に単純、かつ複雑な表現を求められるものだと思われます。まるで寿しに欠かせない「山葵(わさび」」のような味わい、甘くて辛い、第三の味覚が必要であると思う。(左は、山藤氏の大平正芳元総理像)

 何に限らず、ある事柄や人間に対して批評や批判がないというのはどういうになるか。よく例に出されますが、「新聞がない政治」の弊害がしばしばいわれるは、現実政治に対する適切な批判・批評がなければ、政治は放恣に流れ、堕落するばかりだという危険性を指しているのでしょう。今日、この社会の政治および政治家の「堕落の限り」を見ればその謂わんとするところが直ちに了解されるでしょう。この社会の政治の停滞、堕落の現実を見れば、「第四の権力」と自称・他称してきた新聞がすっかり牙を抜かれ、大勢順応派に様変わりしたことが明らかになります。三権(立法・司法・行政)を厳しく批判するものとして「第四の権力」に擬せられる、その任が重すぎたからでしょうか。自らがそれこそ、(第四の)権力として、既成の権力集団に仲間入りしたくなったのですね。

 いわゆる「政治漫画」と呼ばれる分野は、殊にその新聞をも批判の対象にする意味では、新聞紙面には欠かせない分野でした。その「政治漫画」の多くは「人物」描写で、俗に「似顔絵」というものあることがほとんどでした。しかし、政治漫画として、似ているというだけでは決定的に足りないといわねばならないでしょう。そのような政治漫画払底時代が長く続いた後で出現したのが「ブラックアングル」だったと思う。もちろん、そのブラックアングルのすべてが、政治や政治家を対象にしたのではなったが、思い切りデフォルメした被写体ならぬ被画体を太い線で突き出してくる山藤流のアングル(angle)には吃驚させられ続けた。その切り取り方で、生半可な感覚ではとらえきれない人物の内面が抉(えぐ)り出されているという思いがあった。

 その山藤章二さんが亡くなられたと知って驚き、年齢は八十七歳とされていたので、さらに一驚。今では、さして長命とは言えないかもしれませんが、長い間、ぼくには山藤さんの動向が見えなかったから、とても衝撃を受けた。白髭(ヤギヒゲ)を生やした風貌に、すっかり老人になりきった、なり切りすぎていたと思った、晩年の山藤さんには似つかわしくないとは言えませんけれど、彼もまた「好々爺」になったのかという、言いようのない感慨(寂しさ)がわいてきました。

【小社会】政治家の顔 訃報が届いたイラストレーターの山藤章二さんは、大の阪神ファンでもあった。高知市夏季大学で来高した年のこと。その十数年前に安芸キャンプを取材した帰りに食べたきつねうどんの味が忘れられず、うどん屋を訪ねた。▶ところが、店の主人は「わざわざ東京から…」と大歓待で、出てきた丼には天ぷら、肉、ちくわの大サービス。「普通のきつね」を所望していた山藤さんは言い出せない。「田舎の人の親切はありがた過ぎて腹にこたえる…の巻」。著書「忘月忘日」を基にした記事が本紙にある。▶和田誠さんら精鋭と競った時代に確立した山藤流は、「ヒューマンなもの」だという。落語を愛し、川柳や俳句にも造詣が深い。政治家、芸能人らを鋭く斬る風刺似顔絵にも独特の情緒と人間くささがあった。▶週刊朝日で「ブラック・アングル」を描き始めたのは、ロッキード事件が発覚した年だった。政界はいわゆる「三角大福」の時代。「幸運だった。からかいがいのある大物、個性派ばかり」▶その政治家の顔も、30年ほど前には「チマチマ顔がのしてきた。〈アマチュアの時代〉の風潮」(山藤章二の顔事典)。週刊朝日の連載を終えた3年前も「最近の政治家の顔をみていると、あまり描く気にもなりません(笑)」。▶オタク系の評もある新首相。駅前が似合うドジョウ元首相。いまの政局の主役たちも、山藤さんに言わせれば「いや、まだまだ」だろうか。(高知新聞。・2024/10/04)

 イラストレーターの山藤章二さん死去、「週刊朝日」で40年以上連載 「風刺とブラックユーモアを利かせた画風で、45年続いた「週刊朝日」の連載「ブラック・アングル」でも知られたイラストレーターの山藤章二j(やまふじ・しょうじ)さんが30日、老衰のため死去した。87歳だった。葬儀は近親者で営む。喪主は長男大地さん。/1937年東京生まれ。60年に武蔵野美術学校(現・武蔵野美大)を卒業し、広告会社のデザイナーとして働く傍ら演劇ポスターなどを手がけ、64年に独立。寺山修司や松本清張ら流行作家の挿絵を描きながら試行錯誤し、「週刊文春」に連載された野坂昭如の小説「エロトピア」などの挿絵で70年に講談社出版文化賞、71年には文芸春秋漫画賞を受賞した。(以下略)(朝日新聞・2024/09/30)

 山藤さんの代表作はどれかと訊かれれば、たちまちぼくは困惑する。すべてとは言いません、全貌を見てきたわけではないのですから、なおさらです。そんな人間からすれば、見たものの中の多くが「代表作」であるのは当然でしょう。そのような「作品」が出来上がるについては、凡人には想像を絶した苦しみがあったのかもしれないと考えると、ますます「作品」に引き付けられるのです。山藤さんの仕事は多方面にわたり、ぼくなどにはとても追跡しきれないほどの広がりと深さがありました。ぼくが見たのは、ほんの一部の、また一部であり、それで山藤章二の仕事を語り尽くせるものではないし、語るつもりもありません。わずかに触れるだけで痺(しび)れるのですから、まるで鯰(なまず)のような感電性があった。

 彼の名を高からしめたのは「ブラックアングル」でしたが、当初、週刊朝日では山藤作品を表紙に用いていた。だが、とても(あまり)評判・評価がよくなかった。どぎつく「ブラック」過ぎると思われたからでした。それで短期間で表紙連載は中止されたが、その一方で強い味方(評価)もあった。それで表面(玄関先)に置くのにはふさわしくないだろうが、裏口に回したらどうだろうと、最後のページに持ってこられた。いかにも山藤さんの「漫画」の性質を表しているのではないでしょうか。床の間には飾れないが便所には格好の額縁だといわれる作品や作者もいるのです。場所を得る(適材適所)ということか。週刊誌好きでしたが、週刊朝日はほとんど買って読むことはなかった。それが「ブラックアングル」だけは熱心に立ち読み・立ち見したものでした。

 ある時期、それも間断なく、ぼくは山藤さんの「一枚の漫画」に引き付けられた、まるで誘蛾灯に惹かれる蛾のようなものでした。彼自身も落語を話した方でしたから、落語家の顔を描いたものがたくさんありました。その中でもやはり、「談志」は秀逸というべきでしょうか。極端にその顔かたちを強調した中に、負けん気の強かった、毒舌に毒舌を繰り出そうと呻吟していた談志さんの「面目」が活写されています。ぼくは二度ほど二つ目時代の談志さんの寄席に出かけたことがありました。当時はスマートで、いささかの毒気にも気づかなかったが、とても勉強家だった印象があります。その話芸は、ついに好きになることはなかった。落語(寄席)の舞台が、彼には狭すぎたということだったかもしれない。

 その他、駄弁ればきりがないけれど、漫画の奥行というのか、社会風刺の辛味や苦みの一筋縄ではいかない晦渋さを見事に掬(すく)い取った、山藤さんはそんな漫画家だったと思う。あえて言わずもがなの一言を加えれば、「不世出」の人でしたね。

 晩年の活動をぼくはまったく知らないでいましたが、そこにも山藤流の「飄逸」と「毒舌」が相まって、かなり豊饒かつ濃密な時間を過ごされていたのだと思う。「はじめての八十歳」や「老いては自分に従え」など、歳はとってもヤマフジだ、そんな趣向が充満していますし、若いころよりも相当に軟らかくなった分、いかにも世間の風波が彼の角質を少しは削り取ったかとも思われてきます。「なんだ、ヤマフジも普通のことろがあるじゃないか」と。「自問自答こそ老後の楽しみ」という彼の自得した思想(生活態度)は、並の人間には経験できない「生活のスタイル」、いや「アングル」だったでしょう。

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「降りかかる火の粉」みたいなもの

 昨夕、かみさんとテレビニュースを見ながら食事をしていると、画面上部にテロップが流れた(午後6時半ころ)。「日本被団協にノーベル平和賞」と。ぼくの脳裏にいくつかのことが、咄嗟に思い浮かびました。まず、「佐藤元総理の同賞受賞」の「汚点」光景でした。ついで、被団協に連なる何人かの方々の顔が甦(よみがえ)りました。もちろん被爆者です。一人、二人、三人と。親しく話した人もいましたし、ほんの数回会っただけの人も。さらには、この国の政府(政治)のこと。「非核」条約には加盟しないばかりか、「核抑止力」「核共同保持(利用)」などという妄言を、恥ずかしげもなくしているし、していましたから。

 ノーベル平和賞委員会はいかにも皮肉な仕打ちをしたのではなかったか。そんな悪い冗談のような思いで、妄想や夢想はさらに続いて、床に入った次第。朝、三時前に起こされ(もちろん猫たちに)、猫に食事を与えて、少し静かになったところで、ネットニュースを改めて眺めていました。「平和賞」には散々な非難やや批判がつきまとってきました。それほどに「平和は水物」「際物」だということにもなるでしょう。(沖縄返還に際しての「密約の主」だった)佐藤栄作氏の受賞は、高知新聞のコラム「小社会」氏が書かれているように、実際には選考委員の中にも、「佐藤に授けたのは最大の間違いだった」と、後年に述べていたのをぼくは読んだことがある。受賞に至る経過も、ぼくはそれなりに知っています。受賞のための事前運動には金員まで動員されたといいます。何賞に限らず、欲しい人がまず手を挙げ、理由(平和への貢献度)を(デッチ)挙げ、受賞運動を立ち上げて…、というように、周囲の運動力によってノーベル賞委員会は動かされるということだったでしょう。同文学賞などもその批判は免れがたいようです。まるでコンクール・コンテストのようではないでしょうか。

 被団協が受賞したことをとやかく言うのではありません。この団体がそんな賞であれ、顕彰されたのは結構なことであるし、その上で、受賞したかどうかに関係なく、その主体的な核廃絶運動の軌跡(歴史)が標(しる)した値打ちはいささかも変わらないのです。ノーベル賞を、まるで五輪競技の「金メダル」のようにとらえる人がいます。それはそれで、そんな人がいても構わないでしょう。金メダル獲得を求めて、死に物狂いで研鑽したのですから、他人がとやかく言う筋合いではないでしょう。ノーベル賞も、実は五輪の金メダルの類だといえば、どんな罵詈雑言が飛んでくるのでしょうか。メダルを貰ってそれを誇りにする人、人生の最大の価値にする者がいても構わない。しかし、賞の有無とは無関係に、ある人や団体の行動(活動)(記録)は少しも色褪(あ)せない、そんな生き方もあるのでしょう。受賞前、受賞後で世間の評価は大いに変わるだろうけれど、それも仕方がないこと。

 でも、それ(メダルや賞状)が欲しくて「何かをする」というのは、ぼくに馴染まないスタイル(生活の方法)です。それが人生の目的になるというのは奇妙なことではいないですかと、ぼくは自分では考えています。あえていうなら、何とか賞など、「降りかかる火の粉は…」の類だと、ぼくは思っています。わざわざ、火の粉が降り懸かるように身を寄せるのは愚かしいし、降り懸かってきたら、振り払う必要がある、そして何事もなったかのように、また歩き出す。

【小社会】ノーベル平和賞 日本初となるノーベル平和賞を佐藤栄作元首相が受賞したのは、ちょうど50年前の1974年だった。本来なら名誉ある受賞として歴史に刻まれるが、いまや平和賞の「黒歴史」とでもいうべきか。▶核を「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則提唱などが受賞理由だった。だが、後に沖縄への核持ち込みを認める密約を米国と結んでいたことが判明。平和賞のお膝元ノルウェーでは、歴史家に「佐藤を選んだのはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り」とまで批判された。▶当時、委員会はアジア初の平和賞を強く意識していたことが分かっている。唯一の戦争被爆国として世界、アジアの核軍縮や非核化に日本の役割を期待したのだろう。▶ところが、日本は期待を裏切り続ける。いまも米国の「核の傘」に依存したまま、核兵器禁止条約にも署名していない。そんな中、委員会は日本の団体に新たな期待を見いだしたようだ。ことしの平和賞に日本原水爆被害者団体協議会▶(被団協)が選ばれた。▶56年の結成以来、一貫して核廃絶運動に取り組んできた。敬意を表したい。被爆者の高齢化が進む中、政府には日本が進むべき道の再考が改めて求められよう。▶被爆地では核廃絶運動に参加する多くの高校生も受賞を喜んだ。広島市では「若い世代に非核を求める波を広げたい」との声が上がっていた。新たな歴史をつくっていけるとの希望も感じられた吉報だった。(高知新聞・2024/10/12)

 今回のノーベル賞委員会の授賞の選択・判断にはどんな意味合いがあるのか、ぼくにはよくわからないことですけれど、ただはっきりといえることは、日本政府の「核」を弄ぶ不真面目な態度に一撃を加えたとまでは言えるのではないか。具体的に時の総理大臣を打擲するのも一案ですが、被団協という「被爆者団体」の人生を懸けた「核廃絶」活動に、思いやりをもって同賞を授けたというその行為に、ぼくはそれを感じるのです。昨年の「広島サミット」における被爆者たちの祈り、それにまるで冷や水をかけ、砂をかけるような当時の首相の「核の抑止力の大肯定」(もちろん、それはアメリカの核だけを肯定したのですが)という政治・政治家の不誠実な仕打ち。この瞬間の民間団体と政治権力の目に見えない「核廃絶」に対する姿勢の正当性(正統性)如何に大きな楔(くさび)を打ち込んだと思えたのでした。

 ノーベル平和賞を受賞したから、「被団協はすごい」ということになるはずがありません。受賞の有無にかかわらず、人類の平和と安寧には、誰かがいのちを懸けてとりくまなければならない、そんな貴重な平和への地歩を、全体重を乗せて踏み固めてこられた方々に深甚の敬意をこめて、その傍らで、平和を脅かすものに対する嫌悪と抵抗を忘れたくない、そんな思いをさらに強くする機会となりました。(首相や元首相が、今回の授賞について「心からお祝い申し上げます」と、言えた義理ですか)

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判決は承服できない。しかしながら…

 静岡地裁における袴田事件の「再審無罪」の判決(2024/09/28)を受け、検事総長が「談話」を発表(2024/10/08)しました。一読、案の定・予想通りという感想を持つと同時に、「この国に、この検察あり」では、これからもさらに「冤罪」事件は後を絶たないだろうという強固な確信を持ちました。今この問題について、検察権力に対して何かを言うのは、「糠に釘」、あるいは「暖簾に腕押し」というほどの徒労感を持たざるを得ないのですが、少なくとも徒労感の寸分たりとも吐き出しておきたい・おかねばと、以下に愚感を綴ります。(ヘッダー写真は「テレ東BIZ」・2024/10/07)

 公表された「談話」は、まったく支離滅裂な、実に読むに堪えない「作文」「捏造」です。真意がないというのはこのこと、人命を枯葉の如くに扱っているという軽薄さです。怖いですね。これはいうところの「談話」などではないとすべきです。「(談話とは) ある事柄に関して、非公式にまたは形式ばらずに意見を述べること。また、その内容」(デジタル大辞泉)ここでは「刑事裁判論」、さらには「人権論」という領域の問題でしょう。検察が「控訴断念」に際して述べた「意見」というものに、ほとんど読み取るべき、検察当局の「覚悟」や「姿勢」が見当たらない。恥ずかしい限りの、しかしながら、「冤罪」を着せられた側にとっては断じて許容すべからざる「強弁」「自論・持論」でしかないのです。いささかの「謙虚さ」もなければ、「謝罪」意識のかけら(欠片)もないのは、性悪な検察の「面目躍如」ですな。

 「談話は意見」と辞書が説明するが、実際には、見苦しくも甚だしい「人権侵害」を重ねる「弁解」でしかないのは、この国における「検察当局」の国民(人間)に対する、「人を見たら泥棒と思え」「あれは殺人犯で間違いない」というような偏見に満ち満ちた「談話」、つまりは「作り話」になっているからです。二度三度と読み返しましたが、この「談話」という「弁解」「強弁」は、検察当局における「合作(AIによる作文)」であって、検事総長が開陳した自身の「意見(違憲)・談話」とはとても思えません。もしこれが検事総長の抱いた「見解」であるなら、彼女は、およそこの職にとどまる資格は微塵もない、恥ずかしい「人造人間」だというほかないでしょう。

 くどくどしく駄見を述べるのは避けます。要するに、静岡地裁の判決は間違いであり、そこに至る道筋をつけた東京高裁の決定には事実誤認があるので、本来なら「控訴」するのが当然、つまり被告は「死刑」が妥当だと断定したい思いが滲(にじ)み出ている。そうであるなら、どうして「控訴」しないのか、天下、白日の下に「被告人は死刑」を主張し続けるべきではなかったか。それができなかった・しなかったのは「捜査に無理があり」「出された証拠物件は捏造」だということを暗に自認しているからでしょう。証拠隠滅・証拠改竄は警察・検察の常套手段、それゆえに「自白」、つまりは「供述調書」にしかよりかかれなかった裁判だったと白状しているのです。いかにも図星、「冤罪を作ってしまった」と、「顔に書いている」ではないかといたいところです。

 言うに事欠くとはこのこと。「東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断」したというけれど、どうして今までの段階で、そのように判断しなかったのか。「改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、…」と述べるなら、即刻「控訴」すべきだった。この大きな「矛盾」を並列する、何とも杜撰(ずさん)極まりない、無神経な「談話」です。半世紀以上も身柄を拘束し、「死刑判決」から四十余年も経過していながら、「死刑」判決を確定できなかったのはなぜか。「被告人は犯人」だといって、その主張を通すつもりなら、だれが考えても「控訴」しかなかったのではないか。「無罪放免」に水を差すようですけれど、検察は、総力を挙げて「控訴」すべきだったと思う。

 ところが「袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました」と、ぬけぬけと誠実な裁判に努めたという虚言。徒(いたづら)に裁判を遅延させた理由が「決定的証拠」を持たない「犯人でっちあげ」事件だったからで、むしろ「検察」が人権蹂躙を続けてきたことの「顧慮」「配慮」「自省」が微塵もないのは、いかにもこの国の「検察」だというべきでしょう。「思い込んだら命がけ」という俗言がありますが、検察に関して言うなら「犯人だと思い込む」けれど、けっして「命(検察の責任)」を賭けることはしないという、じつに軽薄な人権感覚ではないでしょうか。

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 刑事裁判事件に関して、少なくとも、いくつかの大原則(公理)があるとされています。それは「公理」ともいえるものでしょう。「(公理とは) 自明であると否とを問わず、ある理論の前提となる仮定」(デジタル大辞泉)その①は「推定無罪」という原則です。犯罪が確証されるまでは「推定無罪」が人権理論の根拠をなしています。その②は「疑わしきは被告人(犯人に擬せられた人)の利益」という原則。「怪しい」「疑わしい」「犯人臭い」などというだけでは、何事も決められないということ。検事総長の「談話」を読んでいて、この権力機構は「再審制度」を反故にしているも同然、そんな不遜な「唯我独尊」の教条(独断)に凝り固まっているようですね。

 袴田さん再審で検察が控訴断念「判決は到底承服できない。しかしながら…」畝本直美検事総長が談話  2024年10月8日 17時27分

検事総長談話 (令和6年10月8日)
○結論
 検察は、袴田巖さんを被告人とする令和6年9月26日付け静岡地方裁判所の判決に対し、控訴しないこととしました。
○令和5年の東京高裁決定を踏まえた対応
 本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。そして、袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。
○静岡地裁判決に対する評価
 本判決では、いわゆる「5点の衣類」として発見された白半袖シャツに付着していた血痕のDNA型が袴田さんのものと一致するか、袴田さんは事件当時鉄紺色のズボンを着用することができたかといった多くの争点について、弁護人の主張が排斥されています。
 しかしながら、1年以上みそ漬けにされた着衣の血痕の赤みは消失するか、との争点について、多くの科学者による「『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解やその根拠に十分な検討を加えないまま、醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠し、「5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。」と断定したことについては大きな疑念を抱かざるを得ません。
 加えて、本判決は、消失するはずの赤みが残っていたということは、「5点の衣類」が捜査機関のねつ造であると断定した上、検察官もそれを承知で関与していたことを示唆していますが、何ら具体的な証拠や根拠が示されていません。それどころか、理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が「5点の衣類」を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。
○控訴の要否
 このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。
○所感と今後の方針
 先にも述べたとおり、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。/最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。
  以上

 「本(静岡地裁」判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき」だという姿勢を貫いて裁判を続行すべきでしょう。「袴田は真犯人」なのだから、その確定判決を得るまでは諦めないでほしい、それでなければ、「凶悪な殺人犯」を取り逃がしてしまうではないかといっておきながら、そうしない・できないのは、どうしてか。(当局は「彼を真犯人」だと断定していながら)神田さんは「結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し」、控訴断念、被告の無罪は確定というのですが、何を伝えたいのか「作文談話」では何一つ当方に伝わってこないのは「(AIによる)作文(作り話)」だからです。この「弁解」という実態を有する「談話」が明示している内容は、驚くほどの矛盾撞着であり、それこそ無茶苦茶です。

 裁判が長引き、各所判断(判決)が一致しなかったので、「結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました」というのは、「裁判所の判断」が明確に下せなかったということ(検察の敗訴)を意味しているのであって、にもかかわらず、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を踏みにじってきたのが検察だという自覚を失っているのですから、言葉を失ってしまいます。

 「裁判は人を裁く」と受け取られていますが、実際は「提示された証拠」を裁くのです。確実に犯罪事実を立証するに足る事実(証拠)の有無が肝心なのは論を待ちません。その「証拠」を捏造していたなら、誰だって「犯人」に仕立て上げることはできる。その「でっち上げ」を得意技としてきたのがこの国の警察・司法権力でした。今回の静岡地裁の判決も、「検察の出した証拠」を裁いたのです。ぼくが反吐を吐きたくなるのは、今の時代にあっても牢固として、この「でっち上げ」「冤罪づくり」を堂々と敢行して、世にのさばっている検察や警察権力(全体であるといえないにしても)の存在です。(近くは「大川原冤罪事件」がありました)

 「袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と、心底痛切に思っているなら、少なくともこの事案に関して要路にあった人々(警察・検察・裁判所)の責任を明確にすべきではないですか。この際「検事総長」は即刻、辞職すべきでしょう。せめても「贖罪」「罪滅ぼし」の存在の証(あかし)にはなる、いや、ならないかもしれん。しかし、ケジメはつけるべきでしょう。

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 「無罪になった袴田さんを犯人視している」弁護団が怒りあらわ 控訴断念の検事総長談話を猛批判 袴田巖さんの無罪判決を受け「判決を承服できないが控訴を断念する」と発表した検事総長の談話について弁護団は「無罪になった袴田さんを犯人視している」と批判しました。(以下略)(テレビ静岡・2024/10/10)(https://news.yahoo.co.jp/articles/ca8dc9b119bf246e3dc36d236f449ca21f444b90

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