「壁」はいつか壊すために作るのか

<あのころ>「ベルリンの壁」が崩壊 35年前の11月9日

 1989(平成元)年11月9日、東ドイツ政府は旅行や移住のための出国を原則自由化することを決定、国民の西側への脱出を阻むために61年に築かれた「ベルリンの壁」は事実上崩壊した。検問所の周辺では、知人や親類との再会を喜び合う姿があちこちで展開された。写真は東側から壁をよじ登る市民ら。(ロイター=共同)(ヘッダー写真も共同通信・2024/11/09から)

 昨日は「ガラスの天井」について愚見を駄弁りました。別名は「見えない壁」という。それは何処にもないし、何処にでもあるという、まるで「幻(まぼろし)」「あやかし」のようなもの。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といいます。「幽霊と思っていたものは、枯れたススキだった。恐れられている人や物の実体がつまらないものであることのたとえ」(デジタル大辞泉)実際に存在しないにもかかわらず、人間の恐怖心(意識)が「幽霊」を生み出しているという、まるで「怖い御伽噺(おとぎばなし)」のようなものでした。「女性初の大統領」を目指して臨んだのに、大惨敗。それは「ガラスの天井」などという代物ではなく、日常の組織活動に大いに欠けるところがあった結果でした。「よく注意しなさい。ガラスの天井なんてどこにもないのよ」「あるのは、それを求めるあなたの意識なのです」

 この「ベルリンの壁」は現実に存在した。「東西冷戦の象徴」などとまるで「レガシー扱い」されてきましたが、何のことはない。川の水の流れをコンクリートの壁で堰(せ)き止めることはできたとしても、人間の自由(意識)は物理的に囲いこむことはできなかったという証明でしょう。自らの陣地を守るために築く壁。小は「個室」から始まり、個人の敷地を取り囲む「塀(ブロック)」があり、今では米や野菜を獣害から守るための「電気柵」まで、各種取り混ぜて、さまざまな「障壁」「防護壁」があります。その歴史は古く、もっともよく知られたのが「万里の長城」で、「西戎夷狄(せいじゅういてき)」から「中華」を守護するためのものであり、今日では、南北に朝鮮を隔てる「38度線」が実存しています。

 いままた、アメリカではメキシコとの境界線に「不法移民」の侵入を防ぐ壁を構築するという。自分たちが暴力で奪った土地を自らの領土(アメリカ・メキシコ戦争)にしておきながら、「移民」は認めないという不合理な話。「米国とメキシコとの間で行われた戦争。1846年、米国のテキサス併合後、国境紛争から開戦。圧勝した米国は、カリフォルニアニューメキシコを得た。米墨 (べいぼく)戦争」(デジタル大辞泉)もっと遡(さかのぼ)れば、原住民を撲滅・殲滅して、「アメリカ帝国」を作った歴史をもつ国です。「お里が知れる」(「言葉遣いやしぐさによって、その人の生まれや育ちがわかる。よくない意でいう」デジタル大辞泉)というのですか。左は、アメリカとメキシコの国境に作られた「壁」の上に乗り「壁は不要だと訴える動画を公開」したキシコ議会議員(ブラウリオ・ゲラ氏)(CNN・2017/03/04)

 政権に帰り咲いた元大統領は「壁の建築費はメキシコに払わせる」と笑わせる。この「バカの壁」問題も激しく再燃するでしょう。(米墨戦争に反対したソローという人(右写真)は、そのために監獄に入れられた。こんな理不尽なことをする国には「税金を払わない」という実力行使の廉で)

 西に「壁を壊す」ことに狂喜する人があれば、東には「壁を作る」ことに政治生命を賭ける人もいる。人間というのは賢いけれど馬鹿だという実証ですね。イスラエルとパレスチナの「戦争」は、実際は「壁(国境)」をめぐる領土争い。ウクラナイナとロシアもまた、「壁(国境)」の線引きに起因しています。こういう事実を突きつけられと、「権力亡者」は、自らの内部に「馬鹿の壁(征服欲)」を持っているというほかないようです。短絡して言うなら、「陣地争い」の軌跡が「人類の歴史」の重要な部分を占めているのだ。それを認めながら、言いようもない「恥辱」だとぼくは痛感している。(当地に越してきた直後、近所の人に「敷地には囲いを作る方がいい」と忠告された。今ではいろいろな動物(「害獣」だという)が自由に出入りしているし、やがては「金を出せ」と押しこむ手に負えない輩が来るかもしれない)

+++++++++++++++++++

(🔝はすべてAFP)【11月7日 AFPBB News】1989年のベルリンの壁(Berlin Wall)崩壊から、9日で30年。冷戦の象徴として街を東西に分断していた壁の崩壊に、ベルリン市民らが歓喜した当時を、写真で振り返る。AFPが捉えた歴史的瞬間(c)AFPBB News)(2019年11月7日 )

⦿ ベルリンの壁(Berliner Mauer)= 1961~89年まで西ベルリンを囲い込み,東ベルリンおよび周辺の東ドイツ地域との交通を遮断した障壁。ドイツが東西に分裂後の 49~61年の間に約 250万人の東ドイツ市民が西ドイツに脱出。特に熟練労働者,専門職,知識人の脱出がふえ続け,東ドイツ経済の命運を脅かす事態となった。そこで東ドイツは,東ベルリン市民の西ベルリンへの通行を遮断する障壁を構築した。壁の構築は 61年8月 12~13日の夜間に開始された。有刺鉄線とブロックによる障壁はその後,監視塔と銃座,地雷に守られた有刺鉄線付きのコンクリート壁 (高さ最大5メートル) に変った。 80年代までに,壁と電流フェンス,堡塁による障壁は 45キロに及び市を分断,その後さらに 120キロ延びて西ベルリンを囲い込み,東ドイツから完全に隔離した。こうしてベルリンの壁は,冷戦によるドイツおよび欧州の東西分断を象徴する存在となった。この間,約 5000人の東ドイツ市民が,さまざまな手段で壁を越え西ベルリンに逃げ延びた。一方,壁を越えようとして東ドイツ当局に捕えられた市民も 5000人に及び,ほかに 191人が壁越えの最中に射殺された。 89年 10月,東欧を巻込んだ民主化の波のなか,東ドイツの共産主義政権は崩壊。 11月9日,東ドイツ政府は西ドイツ (西ベルリンを含む) との国境を開放,ベルリンの壁も打ちこわされて通路ができ東ドイツ市民は西側と自由に往来できるようになった。これを境に,東西ドイツの政治的障壁としてのベルリンの壁はその役目を終えた。(ブリタニカ国際大百科事典)

(左写真・市が二分化される前に東ベルリンの自宅から西側に逃亡する市民(ドイツ・ベルリン)撮影日:1961年08月01日 AFP時事)(右写真・東ドイツ人民警察機動隊のコンラート・シューマン隊員。国境警備任務に就いていたが「ベルリンの壁」構築後、初の亡命者となった。彼が鉄条網を飛び越える姿を捉えた写真は「自由への跳躍」と題され、東西冷戦を象徴する写真の1つとなった。15.Aug.1961 (Photo by Chronos Media GmbH/ullstein bild via Getty Images)(下写真・ベルリンの壁跡を示す石とプレート(ドイツ・ベルリン) 撮影日:1999年10月21日 AFP時事)

__________________________

どこにも< Glass Ceiling> はなかった

 「ガラスの天井」は、世界のいたるところに設けられているというのでしょうか。仮にそうだとするなら、どうして「女性限定」の障壁であるのか、ぼくは以前から疑問を持ってきました。男性に対しては「ガラスの天井」という表現はまずされないでしょう。どうしてでしょうか。女性にだけ「天井(壁)」があるのであって、男性には、すべからく壁は破られているということなのか。決してそうではないでしょう。女性にある壁(天井)は、同時に、男性にもあるはずです。

 カマラ・ハリス氏が「米国初の女性副大統領」に選ばれたとき、「確かに女性初ではあるが、最後ではない」と、彼女自身が発言したことをぼくは覚えています。今回の選挙に負けたのは「女性だったから」ではなく、「民主党の時代おくれ」「組織の瓦解」が主因だったと、ぼくは考えています。男女を問わず、誰が候補者であったとしても「負けるべくして負ける」選挙だったと思う。いずれ明らかになるでしょう。現実に敗戦の理由や背景を「ハリスは女性だったから」、「彼女は黒人だったから」、「彼女は移民の子だったから」と、アメリカ社会が抱え込んできた「未解決の課題」に求める意見(世論)が、いまなおある。

 「ガラスの天井」は女性に対してだけの障壁ではないのです。女性の社会的進出を阻止する社会的「差別」は、男性にもなお存在することの「逆証明」です。男女を問わず、「政治的・社会的差別」があるから、それが今回は「ハリス候補」に適応されたのだと、ぼくは見ています。「女性だから、副大統領に」選ばれ、「女性だから、大統領に」選ばれなかったというのでしょうか。「勝てば官軍、負ければ賊軍」といいます。どれだけ破廉恥な犯罪を犯していても、「大統領」なら許される、これもまた「特権」という意味での、法の下の平等を踏みにじる差別です。(ここにこそ、「ファシズム」の根拠があるといいたい)(ハリス氏が勝つだろうという、岡目八目的関心はありましたと、正直に白状しておきます)

〇 ガラスの天井=「ガラスの天井」とは、英語の「グラスシーリング」(glass ceiling)の訳で、組織内で昇進に値する人材が、性別や人種などを理由に低い地位に甘んじることを強いられている不当な状態を、キャリアアップを阻む“見えない天井”になぞらえた比喩表現です。もっぱら女性の能力開発を妨げ、企業における上級管理職への昇進や意思決定の場への登用を阻害する要因について用いられることが多く、ガラスの天井の解消を図ることが、職場における男女平等参画を実現する上で重要な課題となっています。(2013/1/11掲載)(人事労務用語辞典)

 この「ガラスの天井」論議が出ると、ぼくはいつもイギリスの「女性初の首相」だった、サッチャー氏のことを思い出します。彼女が首相に選出されたのは今から半世紀前、1975年のことでした。「鉄の女」と称され、それこそ「イギリス病」克服のために絶大な権力を行使したといわれます。さすがに「女王陛下の英国」だったからでしょうか。イギリスには「ガラスの天井」は存在しなかったといいたいところですが、正確に言うと、存在しなったのは「ガラスの天井論」ではなかったか。目に見えない「ガラスの天井」と言われる女性の障壁、誰とは特定できませんが、「ガラスの天井」論を持ち出すのは、敗者の弁解、つまりは「負けた時の言い訳」のようにも聞こえてくると、あえてぼくは強弁したい。それ(弁解がましい言い分)は決して女性に限ったことではないでしょう。

 ハリス氏も破れなかった「天井」 支持に男女差くっきり 「ジェンダーの障壁は高い。非白人は、なおさら」  ◆ヒラリー・クリントン氏の敗北を教訓にして/女性の社会進出を阻む究極の「ガラスの天井」を破ることは、今回もかなわなかった。2016年大統領選で主要政党初の女性候補となったヒラリー・クリントン元国務長官に続き、ハリス氏も女性初の大統領には届かなかった。(ワシントン・浅井俊典)/ 選挙戦最終盤の10月29日、首都ワシントンでの演説で、党派や性別、人種を超えた「すべての米国人のための大統領になる」と訴えたハリス氏。16年のクリントン氏とは異なり、選挙戦では女性候補であることを前面に打ち出すのを避けてきた。/ 背景には「政治は男性の仕事」という偏見がいまだに米国に残り、「ガラスの天井」の打破を強調したクリントン氏が強い風当たりを受けて敗北した教訓がある。ハリス氏は自らの性別や人種などの属性についてはあえて語らず、人工妊娠中絶の権利擁護など政策を訴えた。合わせて検事としての実績を強調。強さもアピールすることで幅広い層からの支持獲得を狙った。(1)

◆「女性だから選ばれた」という攻撃にさらされ/しかし共和党の一部は、ハリス氏を女性だから選ばれた「DEI(多様性・公平性・包括性)候補」だと攻撃し、偏見を助長した。不法移民対策を担う副大統領としての実績の欠如や、バイデン政権での経済施策に対する有権者の不満も、ハリス氏への足かせになった。/ 民主党の伝統的な支持層である若者と黒人票の獲得でも苦戦した。若年層では、高学歴化の進む女性がリベラルなハリス氏を支持する一方、女性の進出によって自分たちが取り残されていると感じる非大卒の男性らが、トランプ氏の「力強い男性リーダー像」に共感。世論調査では女性の支持でハリス氏が30ポイントもリードしたのとは対照的に、男性はほぼ互角に持ち込まれた。黒人初の大統領となったオバマ氏の支援も受けたが、「男らしさ」を重視する傾向があるともされる黒人男性の支持も伸び悩んだ。/ インディアナ大のクリスティ・シーラー教授は「ジェンダーを巡る障壁は依然として高い。それが非白人の女性であればなおさらだ」と指摘した。(2)(東京新聞・2024/11/07)

⦿サッチャー(Thatcher, Margaret)[生]1925.10.13. グランサム [没]2013.4.8. ロンドン イギリスの政治家。首相(在任 1979~90)。イギリス初の女性首相。フルネーム Margaret Hilda Thatcher, Baroness Thatcher of Kesteven。父はグランサム市長。オックスフォード大学在学中から保守党連盟の指導者を務めた。1947年同大学を卒業後,化学研究員として働くかたわら法律と税制を学んだ。1959年下院議員。1961~64年年金・国民保険省政務次官。1970~74年教育・科学大臣。1975年2月の党大会で対立候補のエドワード・ヒースを破って保守党初の女性党首に就任。1979年5月の選挙で保守党が労働党に勝ち,首相に就任した。1982年アルゼンチンとのフォークランド戦争に勝利し,翌 1983年6月再選を果たす。内政・外交で手腕を発揮し,炭鉱労働者のストライキ,アイルランド共和軍のテロにも妥協せず,冷戦時代にはアメリカ合衆国のロナルド・W.レーガン大統領と強固に連携した。1987年6月の選挙で 376議席を獲得して大勝,イギリス近代政治史上初めて首相 3選を果たした。しかしサッチャリズムと称される国有企業の民営化,政府規制の緩和,労働組合活動の規制などの施策は「イギリス病」を克服したものの 1989年以降の景気後退に直面して行きづまる一方,党内からも強権支配への批判が高まり,1990年11月に辞任した。その強固な意志に基づく指導力を評して,「鉄の女」と呼ばれた。(ブリタニカ国際大百科事典)

 「目に見えない天井」と言われます。誰にも見えない「天井(壁)」が本当にあるのかどうか、大いに疑わしい。今回の大統領選挙の一大争点にもなったかに思われた「人工妊娠中絶」問題。これがアメリカ社会で争われるのは、それを「容認」する州、「否認」する州というように、対応がまちまちであるからという点と、「女性の身体」に「自己決定権(プロチョイス)」を認めるかどうかという問題でした。今なお、「中絶禁止(プロライフ)」の根拠を宗教的教義に委ねている、ある種の時代錯誤が生む問題ではあります。それを含めて、明らかに法的規制があるかないかの問題です。これを「目に見える天井(壁)」とするなら、「目に見えない天井(壁)」とは何のことでしょう。

 日本社会で男女平等が謳われたのは敗戦後の憲法制定を俟(ま)ってからでした。選挙権や大学入学資格も、戦後になって、ようやく女性に認められたのです。これは「旧法律」の規定が削除・否定された結果でした。「目に見えるガラス」が割られたのです。しかしそれ以降も、何かしらの男女不平等は残っている。それは「目に見えない天井」ではなく、あからさまな人権侵害です。人権侵害もまた「目に見える天井(壁)」だというべきでしょう。それでは「目に見えない壁」はどこにあるのか。あえて言うなら、それは男性の意識の中にある、さらには女性の意識の中にもあるということです。旧来の「男尊女卑」という差別主義(通念)が男性の意識裡に残存している限り、女性差別は続く。逆に、女性が解放されるためには、男性が「差別意識」から解放される必要があるということでしょう。

 くどくどしい駄弁を続けています。今次の米国大統領選挙に関して言うなら、民主党候補は「負けるべくして負けた」のです。全米各地に認められる民主党の「得票数の大幅な減少」は、明らかな党組織の「脆弱さ」「機能の毀損」を示している。ハリス候補に寄りかかり、彼女の個人プレイに目を向け、党組織の足腰の衰えが見えなかった・見なかったのではなかったか。表面的な「活況」「動員力」に目を奪われていたのかもしれません。他国の大統領選挙について、事の是非を語るのではありません。未解放の社会的・政治的規制(制約)、それを「差別」といっていいでしょう、その「差別」の前提には「差別意識」があります。差別する社会的意識をして「偏見」といい、それに行動が伴う時に「差別」となる。(右写真は「世界初の民選女性大統領・ビグディス氏(1980年8月)、 アイスランド)

 「偏見と差別」は個々人の問題であると同時に集団の問題でもあるという意味で、なかなかに厄介な「病理(pathology)」でもあります。自分は差別をしていないつもりでも、間違いなくそれは「差別」だったということがあります。「こういうのは、自分だけではない」「誰だってそうしているじゃないか」という事柄がたくさんあるでしょう。それは「社会常識」とか「社会通念」ともいわれるものです。社会全体が「偏見と差別」を受け入れていて、それが「権利の侵害」だと気が付かないことが往々にしてある。今回の米国大統領選挙に見られる多くの「差別発言」も、それを拒絶する人以上に容認する人が多かったということかもしれません。「ガラスの天井」「見えない壁」も、見方を変えれば、慣習的な「差別の構造」を指しているのかもしれないし、その差別を克服するには、数多くの「偏見」に自覚的になる必要があります。(左は「メキシコ発の女性大統領」就任式・2024/10/01)

 「見えない壁」といい、「ガラスの天井」ということによって、あるいは「偏見と差別」の社会的意識(通念)を容認しているということがないかどうか、それを明らかにする必要があるでしょう。人権問題もまた、一歩進んで二歩下がる、そんな往還運動の軌跡を描くものです。進んでいるのか、後退しているのか。まるで野球の「打率」のようで、積み重ねができないものなんですね。

***

・日常のなげきに狎(な)れつ冬に入る (飯田蛇笏 「白嶽」)

 (ただ今午前5時。室温15.4℃、湿度61%)(昨日は「立冬」の初日。「立冬 (りっとう)= 二十四節気の一つで暦法上は10月節という。太陽の視黄経が225°にあるときと決められており,11月7~8日ころに当たる。七十二候の〈山茶始めて開く〉の候に入り,旧暦の日付では9月15日~10月15日となる。10月を孟冬,11月を仲冬,12月を季冬といい,10~12月を冬としていたが,立冬からを冬と扱う場合もある。詩歌の題材としては立冬は立春や立秋ほど珍重されていない」(改定新版世界大百科事典)

_________________________

君死にたまふことなかれ

 ただ今、午前六時。室温16.7℃、湿度70%。ひときわ、身に染みる寒い朝。昨日は、アメリカ大統領選挙の帰趨を見極めるところまで、当地の速報番組に見入っていた。他国のことなのにと、自分でも思いながら、その行方を気にはしていた。午前の早い段階からの開票状況を見て、「おやっ、どうして伸びないのか」と怪訝に思っていた。昼過ぎには、ぼくは結果が予測できていた。結果は御覧の通り。理由や背景はいくらでも数えられます。

 ぼくは、たった一言いうばかり。彼の地には、そここまで「ファシズム(fascism)は育っていた」と。人種(民族)差別は大手を振って横行していた。やり玉に挙がったのは「移民」。アメリカから「移民」を排除して、いったい何が残ろう。「移民差別」を声高に、悪しざまに叫ぶ当事者が移民であることを忘れてはいないだろうか。加えて、女性差別の爆発。先頭に立って旗を振っていたのが何件もの「性犯罪」(強姦罪を含む)で有罪判決を受けている「候補者➡当選者」だった。それがもっとも典型的にみられたのは「妊娠中絶」禁止問題でした。「移民と女性」、それがハンディキャップになるのが、今次の選挙だったとするなら、H 候補は二重のハンディを負わされていたのだ。不誠実で不平等な、理不尽きわまる差別との「闘い」は終わらない。

 人種差別(Racism)と女性差別(Sexism)という、「人権侵害」そのものが大統領選挙の争点になったという現実には、ある種の恐怖を抱きます。敗れた候補者は、文字通りに「人種の坩堝(るつぼ)」とされるアメリカの「申し子(有色人であり、移民の子)(典型)」のような存在だった。その「申し子」をアメリカの多数の民衆は「廃嫡(disinheritance)」したのです。犯罪の告発件数が80件以上、刑法重犯の有罪件数が34件。公職(大統領)にあらざれば、即「逮捕拘束」の身だった。今となれば、すべての「犯罪」歴が解除される(無罪放免)か、そんな報道も出始めている。時代は暗さを増すなら、その中でひときわ光り輝く星々(☆彡)の出番もあるでしょう。暗ければさらに光る星(★)たち、それを、微光ですら放てなくなった星屑(stardust)であるぼくは見据えている。それぞれが光度(luminous intensity)を失わないこと、光度の強弱があってこそ、お互いが照らしあえる。

 (今朝、6時の段階で閲覧・閲読できた「コラム」の中から二つ)(ヘッダーの詩「君死にたまふことなかれ」は与謝野晶子作。明治三十七年九月、雑誌「明星」に発表。日露戦争に出生していた弟への「呼びかけ」の体裁を取った、「反戦詩」。副題は「旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて」とされていた)

 誰を選ぶかというのは、なによりも民主主義の要諦です。だから、T 候補が選ばれたことは事実として認める。それ以上にぼくには大きな問題となるのは、あの候補者ではなく、この候補者が選ばれたという事実の持つ別の側面です。「有権者が候補者によって選ばれた(候補者に引き付けられた)」ということを忘れたくない。たった一人の「大統領候補者」がファシズムを生みだし、増殖させるのではなく、たくさんの人民の中に「ファシズム」の根があり、それは育っていたという現下の「米国の土壌」、そのことに、ぼくは驚きを禁じ得ないのです。この劣島においても事情は変わらないでしょう。一朝事あれば、何時だって「ファシズム」は鎌首を擡(もた)げる。そのための「餌」はいくらでもあるのです。選挙期間中、彼の地では「アメリカ(白人)のためのアメリカ(白人)」というスローガン(幻想です)が聞こえていました。気を許していると、大声で「大和民族の美俗」を論(あげつら)う民衆は澎湃として起こるでしょう。「沖縄基地問題」の根はどこにあるか(抗議活動をしていた現地の人に対して、「黙れ、土人」と悪罵(abuse)を放った本土警察官(大阪?)がいた。どこからでも、現実にはできるはずもない「民族浄化」イデオロギー(原理主義)は沸き立つのだ。

 この社会(国)の「首相」や「国会議員」各位に願うことはただ一つ。「君国を売り給うことなかれ(Please don’t become a traitor)」と。

【卓上四季】「ガラスの天井」に挑む 刻一刻と更新される開票速報を食い入るように見つめていた。米大統領選である。全世界の関心を集めた選挙だけに目が離せない。だれが選ばれるかによって世界の景色が変わるのだから▼トランプ氏が返り咲き、大国のかじ取りを担うことが確実になった。激戦が予想されていた州も着実に押さえていった▼声も態度も大きい自信家だ。お世辞にも品がよいとはいえない。ビジネスにたけているかもしれぬ。けれど国を導く大統領としてはどうか。予測不能な言動が混乱を招いた1期目を思えば不安が募る▼なぜ彼は選ばれたのか。逆にいえば、なぜハリス氏は敗れたのか。物価高や中東情勢、移民問題などについて、現職の副大統領として手腕を発揮できなかった―。トランプ氏はそう主張した▼それだけではなさそうだ。女性の政治進出を阻む社会的な壁の存在である。明治大の兼子歩(かねこあゆむ)准教授は「カウボーイ的な男らしさ」が深く根を下ろすと指摘する。敵との<対決を辞さないという、理想的な白人男性像である>。トランプ氏はこれを体現する権威主義的な指導者としてアピールした、というのだ(「世界」11月号)▼ハリス氏の挑戦は一歩及ばず、初の女性大統領の誕生を阻む「ガラスの天井」を破れなかった。だが多くの支持を集めたことも事実だ。あとに続く女性はきっといる。(北海道新聞/2024/11/07)
【有明抄】アメリカのゆくえ 全国の映画館で「洋画離れ」が進んでいるという。今年上半期、ヒットの目安とされる興行収入10億円を超えた邦画は15本。対して洋画は3本だけだった◆劇場で洋画の予告を見れば、荒唐無稽なヒーローが力まかせに敵をなぎ倒す。これではねぇ…。かつて「全米が泣いた」の惹(じゃっ)句(く)に胸躍らせた世代はため息をつく◆主役は強くあらねばならない。見ている方がげんなりする、かの国のそんな価値観は大統領選びともなれば一段と鮮明になる。「私は泣いてはいけないから笑うのだ」。奴隷解放宣言で知られるリンカーン大統領さえ、そんなジョークを飛ばしている◆暗殺未遂、有権者登録で大金が当たる選挙違反すれすれの呼びかけ、投票所への爆破予告…。選挙戦をにぎわせた数々の話題は、とても民主主義の国とは思えない。米心理学会の調査では、米国の成人の約7割が大統領選に「大きなストレス」を感じていた。選ばれた「強い主役」は分断で傷ついた、かの国の現実でもある◆洋画が「あこがれ」だった遠い昔、移民出身のF・キャプラ監督は『スミス都へ行く』で民主主義の理想を描いた。味わい深いせりふがある。「あなたの常識的な正義感こそ、この国に…いえ、ゆがんだ世界のすべてに必要なのよ」。米国がなくしたもの、そして世界が失おうとしているものについて考え込む。(桑)(佐賀新聞・2024/11/07)
(*ファシズム(fascism)= 極右の国家主義的、全体主義的政治形態。初めはイタリアのムッソリーニの政治運動の呼称であったが、広義にはドイツのナチズムやスペインその他の同様の政治運動をさす。自由主義・共産主義に反対し、独裁的な指導者や暴力による政治の謳歌などを特徴とする。(デジタル大辞泉)

__________________________________

if you need a friend I’m sailing right behind

【卓上四季】明日に架ける橋 窓に防弾フィルムを貼ったり、狙撃手を配置したりした投票所がある。ホワイトハウス周辺のビルや店舗ではガラス窓を板で覆い始めた。不測の事態が起きるのではないか。不安と緊張が高まる米国で大統領選の投票が始まった▼時間をかけた選挙戦で政策と人物を吟味し、多くの候補から最良の指導者を選び出す。長く民主主義のお手本とみなされてきたのが米大統領選ではなかったか▼それがすっかり様変わりしてしまった。ののしり合い、誹謗(ひぼう)中傷、うそ…。連邦議会議事堂の襲撃や、演説中の候補の狙撃といった暴力事件の記憶も生々しい▼候補2人の支持率が最後まで拮抗(きっこう)する歴史的な大接戦である。それは真っ二つに割れた米国の現状を示していよう。深刻さを増す分断と対立は、もはや後戻りできないほどにまで深まったのだろうか▼1970年前後の米国。ベトナム反戦などの異議申し立ての動きは峠を越しつつあったが、世相はささくれだっていた。そのころヒットしたのが、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」だ▼いつも僕は君の味方だよ。君が疲れたとき、ひとりぼっちのとき、僕はこの身を投げ出そう、逆巻く波に架かる橋のように―。この歌は愛する人や友を励ますだけでなく、平和を思う歌としても浸透していった。いままさに求められる願いだろう。(北海道新聞・2024/11/06)

 いま、アメリカに限らず、いたるところで海は荒れ、大津波が襲って来ようとしている、そんな危機に瀕している時代。今から半世紀以上も前、大国アメリカは無謀な「ヴェトナム戦争」で激しく傷ついていたし、民衆の意思は国家権力とは明確に異なっていたように思えた。この極東の小島も、戦争の余波どころか、日米安保体制の、一方の当事国として、大義のない「戦争への参加(加担)」を強いられていた。学生だったぼくは、反戦運動に立ち上がりもせず、方々をうろついていたことを、いまさらのように苦々しく思い出している。ここ三か月の間、アメリカ大統領選挙のやりきれない実態を垣間見てきて、言い知れぬもの哀しさを覚えていた。

 そんな時に、微かに聞こえてきたのが<Bridge Over Troubled Water>でした。繰り返し聴くうちに、アメリカを含めて、世界は大荒れの大海にかかっている「橋上」に置かれているかのように思われた。寄せ来る大波に翻弄され、やがて急襲するであろう「大津波(a tsunami)」に飲み込まれんとしている、そんな強迫観念にも取りつかれかけていた。大統領選挙戦のさなかの10月、アメリカ南東部各州は想像を絶する「ハリケーン」に二度三度見舞われた。激しく「分断」された大国。互いに憎み合っているのか、憎しみを巻き散らすのは誰だろう。たった一人の権力亡者の周りには、まるでその亡者を駆り立て煽り立てるように、自らの出番を凝視している悪党がいる。政治や経済を蹂躙する魑魅魍魎がいる。

 疲れ果てるままの「あなた」に<I will lay me down><I will comfort you><I will ease your mind>と、包んでくれ、心を慰めてくれる「私」は誰だろう。アメリカの大統領がだれになるか、それはこの小さな島国には、自国の総理大臣がだれになるかよりも、もっと切迫した意味を持っていると、ぼくは思い続けています。この国が「今あるような事態」に陥っているのは、国民が望んだのではなく、何よりも為政者のアメリカ一辺倒という歪んだ権力意識がもたらしたもの、そのようにぼくは見ている。だから、そのアメリカと同じように、この社会の海岸を大きな津波が襲いかけているのでしょう。「一衣帯水(narrow strip of water)」というではないか。「荒れ狂う海に架かる橋」を、ぼくたちは探している。

 Bridge Over Troubled Water(1970作)

When you‘re weary, feeling small
When tears are in your eyes
I’ll dry them all
I‘m on your side, oh, when times get rough
And friends just can’t  be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

When you‘re down and out
when you’re on the street
When evening falls so hard
I will comfort you
I‘ll take your part, oh, when darkness comes
And pain is all around
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

Sail on silver girl, sail on by
Your time has come to shine
all your dreams are on their way
See how they shine,

oh, if you need a friend
I'm sailing right behind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind

*Simon & Garfunkel – Bridge Over Troubled Water (Audio)(https://www.youtube.com/watch?v=4G-YQA_bsOU&ab_channel=SimonGarfunkelVEVO

*Eva Cassidy – Bridge Over Troubled Water(https://www.youtube.com/watch?v=YHYW0drRwVg&ab_channel=EvaCassidy) *Elvis Presley ₋ Bridge over Troubled Water(https://www.youtube.com/watch?v=Y1KNQwpaekQ&ab_channel=8823macaron) 

⦿ 明日に架ける橋= アメリカ、ニューヨーク出身のポピュラー・デュオ、サイモン&ガーファンクルの曲。1970年に発表され、6週連続全米第1位、年間チャート第1位を記録した。グラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を含む4部門を受賞。同名のアルバムも最優秀アルバム賞と最優秀録音賞を受賞した。ソウル歌手のアレサ・フランクリンはじめ、数多くのアーティストによりカバーされている。「ローリング・ストーン」誌が選ぶ最も偉大な500曲第48位。原題《Bridge Over Troubled Water》。(デジタル大辞泉プラス)

___________________________

青は明るくもあり、暗くもある

 なんだかんだといいつつも、季節は、一気に向寒の砌(みぎり)に。これを書いている今、午前七時半、室温は19.2℃、湿度は68%です。朝、かみさんや猫たちと「今日は寒いね」と交わす言葉も的外れではない。そんな折、本当に日々の暮らしに、いろいろなものが遠慮会釈もなしに、わが目に耳に飛び込んできます。そのいちいちに応接する気もありませんが、やり過ごす中で、何時までも心にとどまり続けるものも多い。その多くは嬉しいことや楽しいことではなく、憂鬱なこと見たくも聞きたくもないことであるのは、どうしてでしょうか。「気にかかる」のは、清々しいことよりも鬱陶しいことと、人間の心持の在りようが決めているのかもしれない。

 山の中の一軒家というほどではないが、人家はまばら。かみさんと猫たくさんの生活です。暇ができたら(まだ勤めをしている時代の願い)少しはやってみようかと、ゴルフのクラブを集めていたことがあります。全部で50本ほどにもなったろうか。ぼくはセットで買って、それを担いでゴルフ場に行くことは想定していなかった。近所の練習場に、それこそ夏休みなどを利用して、ほぼ営業時間中は入りびたり、そんな打ち込み方だった。やがて勤めを辞め、同時に現在地に越してきました。たくさんあったゴルフクラブは、ぼくに断りもしないで、かみさんが始末してしまった。仕方なしに、その後買い足した五本か十本ほどのクラブを家に放置したままでした。

 数年前から、「闇バイト」などという物騒な「盗っ人商売(強盗・窃盗の類)」がニュースになって以来、玄関と寝室に、1番、2番といったアイアン・クラブを備えるようになった。いざという時、何ほどのことができるかわからないが、「抵抗」」「反撃」だけはしてみたい。つまりは「一矢を報いる」というやつです。超高齢化社会になった今、世の中に蔓延(はびこ)のが、二十歳そこそこの「青年たち」の暗躍というか、自暴自棄というか。物騒を通り越して、やりきれない思いが募ります。「一打百万」という「一獲千金」が成功しても、それで一生食っていけるわけもない。繰り返し「一打」を続けるほかないし、やがては「打席」に立てなくなることを考えれば、汗水たらして、働くことが何よりだと気づかないのが悲しい。なにがすきで、こんな時代や社会になってしまったのか。

 同じ若者でも、コラム「談話室」で触れられている「青い春」「青い風」というのはいいですね。今はすっかり身体を動かさなくなりました。でも往年は、それこそ「野外派」、今の「アウトドア組」でしたから、野球・ラグビー・テニスと、教室に入らないでできる運動は大いに楽しみました。やがて、チィームやペアの必要な運動は卒業して、すっかり「孤独青年、野性に帰る」仕儀になった。後年、ぼくは大学院では、ジャン・ジャック・ルッソオ(1712~1778)という人について学び、そのなにがしかを修士論文にも書きました。なぜか、その理由は単純明瞭だった。十八世紀、フランスの思想家ルッソオが唱導したのが「自然に帰れ」だったからです。その「自然人」が集住して「社会」を形成すると、どうしても混乱や争闘が生じるから、そのために必須のものとして求められたのが「社会契約」で、ルッソオはそれを強く唱えて、のちのフランス革命の準備をしたとされる人でした。今から思えば、偶然の出会いだったでしょうが、やはりぼくの中には「野性」「非文明人」「自然人」の血が流れている性向が、自覚もしないままにルッソオに向かわせたのでしょう。

 それはともかく、「談話室」です。これこそ偶然の一致というべきで、今秋は、あちこちに「青の風」「青の波」が揺れに揺れていました。今ではすっかり野球にもサッカーにも興味を失ってしまいました。けれども、若い人が「死力を尽くして」何事かに打ち込むのを見るのは嫌いではないどころか、そうあってほしいと願ってもいるのですから、西に東に「青の時代」を大歓迎する人々がいるのもまた、ぼくには頷けます。詳しいことは書きません。この「青」というカラーが特別に好まれるのは、いろいろな根拠や背景がありそうです。一方で、その「青(ブルー)」は「憂鬱」をも暗示しているのですから、明暗両面を持つ、物事の実態や現象の、一つの象徴でもあるように思うのです。「青年」「青春」は、真っすぐに受け入れられるとは限らない。迷いに迷うのもまた、「青春」の軌跡でもあります。ぼくは「人間青山」という語が大好きです。この駄文集録でもどこかで触れています。「人間」とは「じん官」、つまりは世の中。「青山」は「せいざん」です。人間の生きる場所は、世の中にはどこにもある。いたるところで、思い切り活動すれば、「青山」はどこにでも見つかるもの。つまり「死に場所」を気にかけないで生きたらどうか。

 それにしても、米国に「オオタニショウヘイ」がいて、この小島に「闇バイトに誘惑される兄さんたち」がいる。言いようのない、パラドックスですね、青春の。「青」は明・暗両面を備えているというのです。一人の人間の中に共存する「闇」のようなものか。

【談話室】▼▽色が人間の心理に及ぼす影響はさまざま知られる。心を落ち着かせ、集中力を高める効果があるとされるのは青だ。精神状態が安定すれば力の全てを発揮できる。最近のスポーツニュースに、そんな青の勢いを感じる。▼▽まずは米大リーグのワールドシリーズを制したドジャース。世界共通の色見本に載るほど有名な「ドジャーブルー」を身に着けた選手は、皆落ち着いて自分の役割に徹していたように映った。初戦の逆転サヨナラ満塁本塁打など、劇的なプレーも平常心があってこそだろう。▼▽ソフトバンクを下し26年ぶりのプロ野球日本一に輝いたDeNAのチームカラーも青だ。2連敗から4連勝。最後はブルー一色の本拠地スタジアムを、持ち味の伸び伸びとした野球で沸かせた。そしてサッカーJ2のわれらがモンテディオ山形。8連勝と勢いが止まらない。▼▽ついにJ1昇格プレーオフ圏に入った。悲願のJ1復帰に、ここからが正念場だ。青に吹く追い風を受けて「青炎」は一層燃え盛ろう。ところで、米国では青と赤を各シンボルカラーとする2党の大統領候補が激しく争う。青のハリス氏に一時吹いた風はやんだというが…。(山形新聞・2024/11/05)
ブルー【blue】= 色名の一つ。JISの色彩規格では「あざやかな青」としている。一般に、よく晴れた日中の青空や海の色をさす。重要な系統色であり、幅広い色を含む。代表的な派生色はアイアンブルー、ウルトラマリンブルー、オリエンタルブルー、コバルトブルー、サックスブルー、スカイブルー、セルリアンブルー、ターコイズブルー、ナイルブルー、ネービーブルー、ピーコックブルー、プルシャンブルー、ベビーブルー、ホリゾンブルー、マリンブルー、ミッドナイトブルーなど。また、レッド、グリーンとともに光の三原色の一つ。印刷で用いる色の三原色は和名でいうと、赤、黄、青だが、英名は順にマゼンタ、イエロー、シアンであり、ブルーではない。(色名がわかる辞典)

 「『私の青空』(わたしのあおぞら、My Blue Heaven)は、作曲:ウォルタ―・ドナルドソン、作詞:ジョージ・A・ホワイティングのポピュラー・ソング」(以下略)(Wikipedia)1927年発売。

*Frank Sinatra - My Blue Heaven(https://www.youtube.com/watch?v=25Ik6jNR5YA&ab_channel=ScrambledEggs1969)
*Norah Jones・My Blue Heaven(https://www.youtube.com/watch?v=maaH5tHFOQM&ab_channel=NorahJones-Topic

 今から百年ほども前の曲。どういうわけだか、ぼくはこの歌を小さいころから何度も聞いていました。日本でもこの原曲がアレンジされ、堀内恵三さんの作詞も手伝って、大いに流行しました。邦題は「青空」、その他。それこそ新旧入り交って、たくさんの歌手がカヴァーしています。参考までに、堀内恵三さんの訳詞の一部を。「夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空 日暮れてたどるは 我が家の細みち せまいながらも楽しい我が家 愛の日影のさすところ 恋しい家こそ私の青空」 「ブルーヘブン(青空)」は、ここでは「隠喩(暗喩)」的な言葉であり、それは「楽しい我が家」を言おうとしたもの。さらに言うと、「狭いながらも楽しい我が家」こそ、我々の「塒(ねぐら)」だというのです。この日米合作のような歌は、その発表の数年後に両国が熾烈極めて戦うことになります。

*つけたし 今夕からアメリカ大統領選挙の「投票」が始まります。「事前投票」は全米で約8000万票といわれる。そして、投票直前の段階で、史上初の女性大統領誕生が待望され、確実視されています。問題は、開票作業段階からの「混乱」と「騒動」「動乱」の懼れです。選挙結果は認めない、いや選挙は認めないという、一方の候補者側の作戦が開始されるでしょう。各地区の選挙事務所では防弾ガラスや、警備団が暴動発生に備えて、準備が頻(しき)りだという。2021年1月の首都暴動の再現です。「ファシズム」の浸食度が試されているのが、あからさまに「二分」された断裂社会、それが今のアメリカです。その行方に無関心ではいられないでしょう。

+++++

*さらに余談を この社会でも先ごろ「国会議員(衆議院議員)」選挙が行われました。「選挙」について、いわでもの一言。ぼくたちは候補者の中から、自らの投票によって「議員を選ぶ」といいます。それは一面では正しい。でも、その反面にある、大切なことが忘れられがちです。選ばれたのは「候補者」であると同時に、候補者によって「選挙民」が選ばれている、評価されているという事実です。アメリカ大統領に「H」氏が選ばれた、あるいは「T」氏が選ばれたというのは、その選ばれた候補者によって「投票者」が審判を下されているということです。30年代半ば、ドイツ社会では「ワイマール時代」が壊され、数度の選挙を通して「ナチス党」が第一党になり、ヒトラーが総統(首相)になったのは、歴史の事実です。その結果、その後の長い歴史の中で、ナチスやヒトラーを選んだドイツ国民が「裁かれてきた」という戦後史がありました。「誰を選ぶか」は「選んだ側」が責任を問われるということです。「ナチス」や「ヒトラー」を生み育てたのはナチ政党やヒトラー自身ではないということを、ぼくたちは肝に銘じておかねばならないでしょう。

*********

・人それぞれめいめいで着る秋の色(無骨)

________________________

名月や石の上なる茶わん酒(一茶)

【滴一滴】脳の萎縮とアルコール 「脳が少し萎縮してますね」。脳ドックの診断で医師から言われどきっとした。MRI画像によると頭蓋骨と前頭葉の間の隙間、側脳室という脳の中央の空洞が年齢の割に大きいそうだ▼考えられる原因はアルコールだという。飲酒が脳に影響することは近年よく知られてきた。1日にワインを1杯程度飲むだけでも萎縮は進み、脳の神経細胞が集積する灰白質や神経線維が集まる白質の体積が減少する。脳の萎縮は認知機能の低下につながりかねない▼肝機能障害の指標であるガンマGTPは近頃やや上がっていたが「何とかセーフ」と高をくくっていた。健康管理の甘さを反省する▼厚生労働省は今年「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表した。1日当たりの飲酒量は日本酒1合、ビール中瓶1本、ウイスキーのダブル1杯程度が適当でそれ以上飲むとがんや脳梗塞などを発症しやすくなるとも警鐘を鳴らす▼もっとも、酒は百薬の長という。新酒は秋の季語である。わが国では新米を醸した酒は古来、神へのささげものであり、日本文化の根っこを形づくってきた▼長い夏が終わり急速に深まる季節をめでながら熱いのを一杯の誘惑も感じるこのごろ。下戸だった夏目漱石が詠んでいる。〈ある時は新酒に酔て悔多き〉。気の置けぬ友と酌み交わす一献も格別だが、ほどほどに。(山陽新聞・2024年11月03日)

 十年ほど前、血圧がやたらに高くなって、近所のクリニックに飛び込んだ。何度か通院している間に、やや改善したのは、もちろん「降圧剤」の服用が効いたからだ。ある日の診察の折、医師から「あなたは確実に認知症になる」と断言されたときには、さすがに驚いたし、「この藪め!」と腹が立ち、その日以降通院するのを止めた。もちろん、血液検査を含め、いくつかの数値をもとにした「診断」だったろうが、患者にしてみれば、血圧の低下を求めているのに、いきなり「認知症だ」と、本当に「藪から棒」だった。怒りが込み上げてきたのは「君に言われるまでもない」という気になったからだ。「認知症」という診断名は、あまりに多様・多彩な症状を含んでいるので、どれもこれも一緒くたにしているようで、同じ語を使ってはいけないのではないかと、常に思っていた。

 昨日の山陽新聞のコラム「滴一滴」(上掲)に同じような目に遭った記者の経験談が出ていました。「脳が少し萎縮してますね」と診断され、その原因を「飲酒」に求めている。この記者氏は、とても素直な人に思えました。ぼくには見られない従順さで、「健康管理の甘さを反省する」としおらしい。医者に言われたからとは言え、そうかもしれないし、そうでないかもしれないとぼくは考えるが、世間の常識は「飲酒が真因」と疑わないのは、なぜだろうと、いつも疑問に思う。「喫煙は肺癌に」、これも巷間、まことしやかに受け入れられている。酒も煙草も、好きな人もいれば、嫌いな人もいる。つまり好きな人が認知症や肺癌になって、嫌いな人はそれとは無関係、そうであるならなるほどと肯けるが、現実には酒にも煙草にも一切無縁、そんな人でも、時には酒飲みタバコ吸いと同病になるのだ。理屈が合わない。

 厚生省も医者も、それに何と答えるか。タバコの場合に編み出した「屁理屈」は「受動喫煙」でした。では、飲酒と認知症の連鎖に捕らわれない、酒嫌いの人が指摘される病気になったら「受動飲酒」とでもいうのか。そんな珍説・奇説は耳にしません。酒も煙草も、無条件で勧められないのは、多かれ少なかれ、他人に迷惑をかけるから、それだけだとは言わないが、飲酒・喫煙が嫌われる大きな理由でしょうし、それには正当性があると、元重度の喫煙・飲酒派も認めます。ぼくは、藪医者の断定一件からほどなく、酒も止めたし、タバコはそれ以前から止めていました。医者に言われたからというのではなく、「もういいな」という気分が湧いてきて、即禁酒となった。禁断症状も出ない。脳の萎縮はどうなっているか、本人には分からない。「最近、物忘れがひどいね」とかみさんに言われたこともないから、あからさまな「記憶障害」は隠されているのだろうか。まあ、さまざまな病気の、間違いない「予備軍」ですよ、ぼくは。それでも「知らぬが仏」を地で行けばいいと、勝手に思っているのです。  

 「1日当たりの飲酒量は日本酒1合、ビール中瓶1本、ウイスキーのダブル1杯程度が適当でそれ以上飲むとがんや脳梗塞などを発症しやすくなるとも警鐘を鳴らす」と、まことに親切なことです。行政が「個人の嗜(たしな)み」に口を出すのは、他人は知らないが、ぼくは「大きなお世話」だと煩わしく感じています。余計なことを、そんな反発はいたる問題で、ぼくの中には生じている。この社会で蔓延(はびこ)るのは、善人面して口出しする「大きなお世話に小さな親切」です。まるで交通標語みたいで、ぼくは、それに対して耳を塞ぐのだ。

 それと同じ問題と考えているわけではないが、「同性婚」や「夫婦別姓」問題に「政治・行政」が口を出すのもどうかと思う。いい悪いというのではなく、「そうしたい・したくない」という判断は個々人のものではないか。アメリカの大統領選挙の報道を暇に飽かせて眺めていて、痛感するのは、個人の権利に類することに、政治権力が大きな声で口出しする、その「暴力性」に驚くばかりです。とりわけ「妊娠中絶(abortion)」を巡って、これまでにも、全米各地で理不尽な事態が生み出され、多くの母体・胎児のいのちが奪われている。「プロチョイス」と「プロライフ」という、人権・個人の権利の問題です。彼の国が野蛮(未開)だと見えてくるのは、同じ権利問題が、州によって判断が異なるということ。ある州は死刑廃止、別の州は死刑容認。これは、考えてみれば(考えてみなくても) 、まことに理不尽じゃないですか。文明と野蛮のはざまで揺れている、それがアメリカの実情ですし、この小島は「野蛮と未開」が鎬(しのぎ)を削っているようだと言えば、それは言いすぎだと非難されそう。

〇 プロ‐チョイス(pro-choice)《pro-は賛成の意》米国で、人工妊娠中絶の合法化を支持すること。産むか産まないかは女性の選択(チョイス)に任されるべきだとする主張。選択派。プロライト。
〇 プロ‐ライフ(pro-life)《pro-は賛成の意》米国で、人工妊娠中絶の合法化に反対すること。胎児の生命(ライフ)の尊重を主張する立場。生命派。(デジタル大辞泉) 

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

「徒然に日乗」(554~560)

◯2024/11/03(日)終日自宅に。何もしないで、無為な時間を過ごす。普段以上に何もしないままで、一日を終わる。「文化の日」に漠たる感想を持つが、世の中は、それにも触れないままで「連休」を受け入れているよう。光熱費も、食料品も、ものみな騰がる「憂愁の秋」といったところか。政府があって政治がない国に住む・生きる哀しさ。(560)

◯2024/11/02(土)台風21号から変わった熱帯低気圧と前線の影響で、線状降水帯による大雨が長崎県にもたらされた。その影響・余波は関東地方にも及び、かなりの雨が降っている。幸いに、当地ではそれほどではなかったが、近県では短時間で大量の雨が降ったようだ。▶昨夕から、米国大統領選挙に出馬している候補者の「元共和党議員銃殺指令」発言で米国報道は持ちきり。元大統領は完全に精神の均衡を失している。早い段階から「狂気」に見舞われているとみていたが、ここにきて、歯止めが利かなくなった。昨日以来の報道を見ていて、共和もは民主党も含めて、つまりは国会議員の中から候補者としてこの人物は相応しくないから、「選挙中止」といったような動きが出てこないのは、不思議そのもの。アリゾナ州当局は「殺人罪」などの容疑で捜査を開始したという。真相は分からない。にもかかわらず、選挙戦は滞りなく続行中で、そのうえで、この候補者の「当選」を声高に叫ぶメディアがあるのだから、この国の病みの深さを知らされる思いがする。(559)

◯2024/11/01(金)昼前に買い物。いつもの食材と猫のトイレ用の砂など。まだまだ、たくさんの商品の値上がりが続いている。政府は「デフレからの脱却」などと能天気なことを言っているが、現実は物価高騰のインフレ時代に入っているのだ。ガソリン代は一向に下がる気配はないので、それをもとにして生み出されるさまざまな「商品」「物流」の値上げ傾向は終わらない。これまで四百円台で購入していたネコ砂(8㌔)が五百円になっている。天然ガスや石油の値上げは、ロシアのウクライナ侵攻によるといわれるが、その「侵略戦争」を停止させる政治的行動がどこにも見られないのはどうしたことか。また同じように、イスラエルとパレスチナの戦時状態はレバノンその他に飛び火し、いずれイランと一戦交えることになると危惧されている。そうなれば、今以上に世界的な危機が生み出される。にもかかわらず、それを終了させる機運も仲介者の存在も我々には感じられないのは、なぜか。(558)

◯2024/10/31(木)終日自宅に。秋日和の一日だった。本日は外作業中止。買い物にも出かけず、何かをするでもなく過ごした。▶「ファシズム」というものをずっと考えている。今日のアメリカにおけるファシズムの格好の解説になっている、ジェイソン・スタンリー(Jason Stanley)の「ファシズムはどこからやってくるか」(HOW FASCISM WORKS The Politics Of Us And Them.2020Pub.)を再読している。いずれ、この本に沿って、私見を書いてみたい。(557)

◯2024/10/30(水)朝から、昨夜来の雨が続いている。昼前に「猫缶」等の買い出し。帰ってきて気づいたのだが、値引き(5~10%)は昨日までだった。迂闊というか、もう少し経済感覚を磨かなければならぬと思う。▶H候補の最後の「演説」を聞く。一方の候補者の集会がまれにみる、記念すべき「差別促進」演説だったので、彼女のスピーチが一層まともに見える(聞こえる)。どこに限らず、とにかく「政治」というのは厄介至極なものだと痛感する。そんな具合にぼくには受け止められたが、接戦状態は変わらないという。「支持率調査」の限界が数値には露呈されているのだろうか。彼の国のこと、「支持率調査」においてすら不正が横行しているというのだ。嘘と捏造に塗り固められた砂上の楼閣の如し。(556)

◯2024/10/29(火)6時半、例によって「生ごみ」出し。曇り空から、微かに雨粒が落ちている。寒い日となり、結局は終日、小止みなく雨は続いた。▶米国大統領選の、一方の候補者(元大統領)の最終演説?ーを観る。ニューヨークのマジソンスクウェアガーデン(MSG)で行われた。候補者当人登場前の「前座」から聞くに堪えない差別発言が続く。まるで差別人間たちのオンパレード。アメリカ国民の精神がいかに深く傷(いた)んでいるか。民族(人種)差別 女性差別等、何万という民衆(支持者?)を前に、これだけの「悪態」がつけるというのも、この社会の「分断」が確実に進んでいる証明なのだろう。加えて、いわゆる新興富豪と称される人々が、挙ってこの候補の側に寄り集まるというのも、望ましい政権ができたら、さらに「富豪の度」が進むと踏んでいるのだ。まさに「国盗り物語」か。(555)

◯2024/10/28(月)朝八時半ころに、かみさんが免許更新のための講習等に出かけた。今回で最後の更新だと思う。八十で運転は止(や)めるなどと言っていたが、何のことはない。今では何歳で運転お仕舞などとは言わないで、しばらくは乗るのだろう。注意力などは著しく衰えているから、いつも走っている道路限定にと、当方は考えている。午後2時過ぎには帰ってきた。「無事終了したの?」と訊くと、「終わった。後日警察に行って免許証を受け取るだけ」とあっけらかんとしている。彼女専用の車(1600cc )があるが、車体の方々が傷だらけ。人身事故はないのが救い。「ガードレールにぶつける程度なら」と言っておいたから、それを長年実践しているのだろうか。▶(554)

___________________________________