過激が過激を呼び、悲劇に終わる

トランプ氏、「タカ派」チェイニー氏は銃撃されるべきと発言 ハリス氏「大統領に不適格」(CNN) 米共和党の大統領候補トランプ前大統領は自身に批判的な共和党のリズ・チェイニー元下院議員について、「戦争好きのタカ派」と評し、銃撃されるべきだとの認識を示した。
トランプ氏は10月31日、アリゾナ州グレンデールでの選挙イベントにFOXニュースの元司会者タッカー・カールソン氏と登壇した際、チェイニー氏について「彼女は戦争好きの過激なタカ派だ。彼女にライフルを持たせてあそこに立たせ、9本の銃で銃撃してみよう」と発言。「自分の顔に銃が向けられた時に彼女がどう思うか、見てみようじゃないか」と述べた。
チェイニー氏はかつて下院共和党のナンバー3だった人物。トランプ氏はチェイニー氏に中傷の言葉も浴びせ、「大ばかもの」「おろかな人間」「まぬけ」と酷評した。
チェイニー氏は銃口を向けられるべきだと示唆するトランプ氏の発言は、政敵に対する暴力的な言葉遣いが一段と過激化したことを示す。大統領選を数日後に控え、2020年選挙での敗北を認めていないトランプ氏は早くも国民の信頼感を損なう動きに出ている。数週間前には、「内なる敵」と評する政敵に軍事行動を取ることも示唆した。
チェイニー氏はおそらく、トランプ氏による20年選挙結果転覆の試みや、21年1月6日に起きた連邦議会議事堂襲撃事件へのトランプ氏の関与を最も声高に批判している共和党関係者だ。議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会で主導的な役割を果たした後、22年中間選挙の予備選でトランプ氏の支持を受けた対抗馬に敗れ、ワイオミング州の下院議席を追われた。
チェイニー氏は夜になってトランプ氏の発言に反応。「これは独裁者が自由な国を破壊するやり方だ」と述べた。
さらにX(旧ツイッター)で「独裁者は抗議の声を上げる者に死の脅迫を与える。狭量で執念深く、冷酷で不安定な独裁者志望の男に我々の国や自由を委ねるわけにはいかない」と表明した。
チェイニー氏はこのところ民主党の大統領候補ハリス副大統領と一緒に遊説を行っており、政党間の違いを脇に置いてハリス氏を支持し、民主主義への脅威となる候補を拒絶するよう共和党員に訴えている。
ハリス氏は1日、同行記者団の取材に、トランプ氏の発言後にチェイニー氏と会話していないことを認めつつも、こうした言葉を使う人物は「明らかに大統領に失格、不適格だ」と指摘した。(CNN.c.jp・2024/11/02)(https://www.cnn.co.jp/usa/35225656.html)(https://www.cnn.co.jp/usa/35225656.html

 昨夕、このニュースが飛び込んできた。「慄然とした」というべきか。何ということか、ここまで来ていたのか、そんな驚きと悲しみが入り混じって、ぼくを襲った。他者への際限のない、節度も何もない悪態(中傷)(侮辱)を垂れ流すことが「選挙運動」だった、元大統領。ついに、ここまで来ていたのかという、共和党関係者への言い知れぬ怒りが、何人かの顔を思い浮かべながら、ぼくの内部から起こってきました。世界のトップに位置(君臨)する「富豪」「成金」たちが狂気の元大統領の下に馳せ参じ、金に飽かせて権力に取り入る、いまなおこんな恥ずかしいことが、あろうことか、アメリカで生じていた。新聞をはじめとするマスコミ・メディアも、薄汚れ、狂ってしまった、箍(たが)の外れた「権力の幻影」に牙も抜かれ、肝も潰されてしまった。

 この三か月、それこそ、暇に飽かせて米国大統領選挙報道に釘付けになっている。理由は単純明快。この大国は、劣島の「宗主国」でもあるからだ。もう何年も前にもなりますが、凶弾に斃れた元首相は、なにをおいても異常心理にとらわれている「大統領」に、この小島のすべてをあずけていたことが判明した時、ぼくは、涙が流れてきた。自分でも自制できないほどに泣けてきた。「国を売る」ということが、このような時代、この社会で行われていた。その「売国奴(traitor)」、元首相を多くの国民はこぞって支持してきた。もちろんメディアは大きな提灯や金太鼓をぶら下げていたからだった。自分の頭で判断しない・できない人間が集団内に増殖すると、いとも簡単に権力はすべてを支配する。この「売国の徒」に「勲一等」だという、これが国のすること。

 元大統領の言動に対して、アリゾナの捜査当局は「殺人罪」だかの嫌疑で捜査を開始したと報道されている。はっきり言って、この段階で「選挙活動」は中止だろう。法的に可能かどうか、ぼくにはよくわかりませんが、元大統領の息がかかった最高裁判事たちが「判断」を下すべきだろう。その前段階で、アリゾナの州裁判所の出番があるのかもしれない。いずれにしても、選挙戦は、「没収試合」で…、その先はアメリカ自身が打開するべき事柄です。もしそれができなかったら、この「大国」はファシズムに覆われた「独裁国家」として完了したということだと思う。

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子曰、巧言令色、鮮矣仁。

<小社会>真正面から 「テレビで見るより怖くない。石破茂でございます」。こわもての首相は街頭演説の冒頭、自虐ネタで和ませる。しばしば訪れた高知でもそうだった。
 民主党政権下の2011年、来高した石破氏と差し向かいで話す機会があった。次期衆院選の展望を聞くと「私は予想屋じゃない」とぴしゃり。あの目は、テレビで見るより怖かった。
 ただ、政策の質問には真正面から答える人だった。「日本は核兵器を開発すべきではないが、抑止力のために開発能力は保有すべきだ。そのためにも原発は必要」と語る。福島で原発事故が起きた年。「受けねえんだよな、この話は」とぼやきつつ持論を説いた。
 是非はともかく、賛否の分かれるテーマから逃げない姿勢が印象に残った。「自民党はおごり高ぶっていたから政権を失った。謙虚な反省がなければならない」とも訴え、地方再生に熱弁を振るった。
 あれから13年。首相に就いた石破氏には期待もあった。森友学園や旧統一教会との関係、そして裏金。安倍元首相や旧安倍派を中心に起きた問題は、政治を陰で進め、数の力で押し通す体質の表れだった。それを変えてくれるのでは、と。
 衆院選で大敗した今、敗因を作った裏金議員の周辺が「石破降ろし」を論じているのは噴飯ものだが、石破氏が追い込まれたのは間違いない。ここは原点に返り、逃げずに、真正面から、政治改革に取り組む姿を国民に見せるしかない。(高知新聞・2024/11/02)

 「彼は根っからのファシスト」と元の部下たちからその正体を暴かれたのは、米国の元大統領でした。ヒトラーを信奉しているとは言わないだけで、それこそ、根は「独裁」志向であることは間違いなさそうで、これまでもその正体を垣間見せてはいたが、なかなか全体が見えなかったのは、彼が賢明だったからか、あるいは彼を手足のように動かず「黒衣(くろご)」がいたか。どうも、裏方に徹して、元大統領を掌握・差配している人間がいると、ぼくは見ています。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということになるかどうか。彼は「傀儡(かいらい・くぐつ)」「ですが、誰(何者)が操っているのか。脳内の蛋白質(アミロイドβ)という説があります。

 それはともかく、現総理は「根っからの保守派」であることは間違いのないところ。「保守」の定義は簡単ではないし、「保守」にも何通りかの流儀があるから、裏保守か表保守かと問われる以上に、彼は「自民党的保守」だといいたいのです。「筋金入りの自民党」といえば、現行憲法の即改正派だろうし、国防軍備増強の主張者でもある。そして「集団的自衛権」を云々することにおいても、現首相は人後に落ちません。何よりも「米国一辺倒」をその特異体質とする。一時期、いくつかの理由で自民党を離れ、新党結成、あるいは他党に所属していた時期(1993-97)もありました。でも、お里恋しやと「本家」に帰り、一層「根っからの保守」であることに勉めました。派閥活動も活発で、ある時期からは自前の派閥(やがて、それは擬似派閥「水月会」という看板を掛けていたこともある)を持ち、政局の出来(しゅったい)に即応できるため、無派閥という「派閥」を掲げていました。つまりは「骨の髄まで保守」でした。

 「巧言令色」という語があります。もちろん「論語(学而)」からのもので、「鮮(すく)なし仁」と続きます。「巧みな言葉を用い、表情をとりつくろって人に気に入られようとする者には、仁の心が欠けている」(デジタル大辞泉)と、まことに容赦ない人物評価です。口ではきれいごとばかり、心には「仁」がない、「仁」がないから、きれいごとが言えるということです。その「仁」とは、「思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生 (きょうせい) を実現しようとする実践倫理」(同前)と、現総理は図星を指された感がありませんか。「仁義礼智心」という五倫五常の筆頭です。ぼくはこれ(仁)を「人間関係の潤滑油」と捉え、他者への愛情、畏敬の念などと理解している。それがないというのは、困ったことですね。そこはそれ、世の中は人それぞれですから、そのような「茂氏」でも、真っすぐか歪んでいながらか、受け入れる人もいれば、利害得失で交際の可否を判ずる者もいるでしょう。

 一国政治の最高指導者がそれ(「巧言令色)でいいとは思わない。いや、その程度の「軽さ」では困るの事よ。彼の口調は、いかにも重々しく感じられますが、きつく言うなら「人物の軽さ」を体重と口調の重々しさ(装っている)で胡麻化しているのです。

 もっといけないのは、屁理屈を言いすぎること。理屈にもならない言い分を言うのは、ぼくにも自覚はありますからわかるが、利口ぶって、暴論を隠しているのです。真正面から受け止めるのではなく、一時しのぎでその場をごまかす、つまりは取り繕うということです。その代表例が「原発問題」に関する屁理屈でしょう。「日本は核兵器を開発すべきではないが、抑止力のために開発能力は保有すべきだ。そのためにも原発は必要」というもの。「抑止力」と言葉を濁すが、抑止力は攻撃力の異名。だから、よからぬことをたくらむ国(指導者)は、それを開発し所有したがるのです。「広島」「長崎」に投下された「核爆弾」は「抑止力」の行使だったのでしょうか。

 核開発とその保有、それが無理だとわかったのか、今では「核の共(同保)有」を言い出している。アメリカとの「共有」ということは、断じてあり得ない。アメリカが日本国内に持ち込むこと、それを「核保有」というなら、それもまた「屁理屈」です。あるいは「アジア版NATO」の主張などもその類。「根っからの保守」とは、必要以上に強がって「戦争したがる」、その体質を持つ人間の謂いでしょう。その意味では「凶弾に斃れた元総理」と出自はいっしょです。だから、両者は容易く近づき、激しく分かれたのです、それはまるで愛憎半ばする「肉親」同士のようでもあった。

 どうして彼が「総裁」になったか、なれたか。候補に名乗りを上げた面子(メンツ)を見れば、これも駄目、あれも駄目、残りは彼しかいなかった、そうだったかもしれないし、誰がどうというのではなく、自民党内の派閥力が作用した結果、消極的に生み出されただけの総裁だった。そのような極めて「いやいやながら」選ばれた「総裁」だったから、直前直後の彼自身の「発言」に一貫性がなかったでしょう。「いやいやながら」という投票者の気分が読めないところが、この御仁の甘いところ。もやしのような育ちだったからだろうか。重々しそうにしていながら、何時だって「軽挙妄動」する人間かもしれない。危ないですね。

 (「総裁任期は三年」ですから、自分から辞めるといわない限りは続くでしょう。「合従連衡」は世の習いです。もとをただせば、同じ釜の飯を食った仲間です、首相自身は政権維持に狂奔しているのでしょうけれど、腰を据えて、「民草」の安寧、安心を心底から図ってほしい)

*余計なことながら 現首相に二言、三言。①まず体重を軽くすること。その管理ができないようでは、国家政治の管理・管掌はできるはずもない。②「オタク」を早く卒業してくれ。そんなことを言い触らして何の意味があるんです? 「 物わかりのいい人」と他人から思われたいのなら、その程度のことででは、それはとても無理。あなたの姿形を見るだけで、「人物」がわかりますよ。③(国民の安寧のために)徹底して「戦う」ことを真剣に考えてもらいたいね。「戦争ごっこ」を言うだけ(巧言令色)だから、「国防オタク」などと、詰(なじ)られるんですよ。それでは側にいてくる人はないでしょう(鮮矣仁)。

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渡る世間は鬼ばかり、か

<卓上四季>星空を仰ぐ 更けまで仕事した帰り道、ふと空を見上げた。南東の方に、ひときわ明るく輝く星がある。木星だ。追いかけるようにオリオンがきらめく。冷え込みが強くなると、星空もさえてくる▼子どものころを思い出す。育ったのが日本海側のちいさな街だったから星がよく見えた。星座早見盤を片手に夜空を仰ぎ、星々の名前や位置を覚える。惑星探査機ボイジャーが木星や土星の鮮やかな写真をはるばる送ってきたころだ。あこがれていた天文学者にはなれなかったけれど、宇宙に対する畏敬の念は忘れない▼地上がどんなに争いや困難に満ちていても、星はいつも変わらずに光を放つ。季節がめぐるにつれて位置を変え、1年たてば同じ所で瞬く。そんな当たり前のことが、思い屈した身を励ましてくれる▼戦後の俳句界をリードした山口誓子(せいし)は星をこよなく愛した。秋の夜空を眺め、これだけ多くの星があるのだからきっと自分の星もあるだろう、と思ったそうだ▼<露(つゆ)けき身いかなる星の司(つか)さどる>。夜露にぬれた地上の私を支配するのは一体どの星なのだろうか―。俳人は願いもこめて記している。それはスバルだ、と▼<暗き雁(かり)暗き昴(すばる)を見て帰る>。スバルの微光を浴びつつ、北をめざす鳥たちの影を目にする夜もじきに来るだろう。冬に向け、輝きを増してゆく星々を眺めてみようか。(北海道新聞・2024/11/01) 

 十一月朔日、午前6時。ただ今の室温は17.8℃、湿度は67%。部屋にいるだけで、寒い。暖房が欲しいなどと、寝ぼけたことを思ってしまいます。いいこと、楽しいことがほとんどない日常。それが人間の社会か。殺伐・陰惨な事件ばかりが目につきます。政治や経済などというと、なにか難しそうなことに思えますが、何のこともない、自分の「よかれ」を考えると同時に(次いでに)、他者にも「よかれ」と思いを寄せる・馳せるというか、思い遣る、そんな心持があるだけで、社会・世間はいくらかは居心地がよくなると思うのですが。

 「知らぬが仏」という俚諺(りげん)あります。「諺(ことわざ)」ですね。よく耳にしますが、さて、どういうことかと改めて聞かれると要領を得ないことも多くあります。「知れば腹も立つが、知らないから仏のように平静でいられる。また、本人だけが知らないで平然としているのを、あざけっていう語」(デジタル大辞泉)とあります。なんだか、あまりいい気持のしない「内緒話」のようで、ぼくには釈然としないところがあります。「当人」ばかりを除け者にして、それを出汁に、他人が笑うとか、虚仮(こけ)にするような。その出典(出始め)は、「江戸いろはかるた」だそうです。「犬も歩けば棒に当たる」「論より証拠」などと、まるで、世事万般ではないにしても、世の中を生き抜くには少々の「ゆとり」や「遊び」がいるのですよという、処世の訓のようでもあります。

 「知らぬが仏」と言っているうちはいいけれど、それが嵩じてくると、世の中は味気なくも息苦しくもなるのは避けられない。まして、ネット万能時代です。知らなくてもいいことばかりが、情報の波に乗せられて押し寄せてくる。北海道からは「大学生が撲殺された」という事件報道がある、鹿児島県では「度重なる不祥事で、警察官処分」をこっそりと済ませたという、知りたくないニュースが飛び込んできます。国内に限らない。対岸の「宗主国」では、大統領選挙応援で、T候補の応援で「プエルトリコはごみの島」と悪態をついた人物が世間から顰蹙を買った直後に、反対候補を応援するためか、足を引っ張るつもりだったか、現大統領は「『ゴミの島』という支持者(応援団)こそ、ゴミだ」と言わずもがなの失言をして、大騒ぎの様子がぼくの耳目に接近してくるのです。「バカ、という方がバカ」か。

 誰でも、なんでも、とにかく「知らぬが仏」を決め込んだら、社会(世間)どうなるか。どうにもならないでしょう。単に滑った転んだというなら、どうだってかまわないけれど、人が殺された、人を殺したとなると、穏やかではありません。他国とはいえ、アメリカの大統領が「だれ」になるか、ぼくたちには無関係ではないとなると、話は面倒です。知らなければいけないこと、知る必要のあることを無視するわけにもいかないけれど、どうも世の中は旨い具合にはいきませんね。

 それにしても、ぼくたちの住んでいる社会は「穏やか」というのか「呑気」というのか。いやいや、その実、世界の外れ者なんだという声も聞かれそうで、日々の明け暮れで大童(おおわらわ)。他人のことなど知ったものか、そんな風潮は、頓に強くなっている気もします。「日給十万円」とか「ホワイト案件」とか言われて、若者が即応する時代・社会です。まるで「生き馬の目を抜く」ような社会というのは、ぼくには「譬え話」だったが、現実には、本当に「生き馬の目を抉(えぐ)る」んですね。「一目、五十万」という闇バイトに十代、二十代が馳せ参じるという悍(おぞ)ましさ。

 さて、為政者や教育者、果ては子どもの親御はどこから手を付けますか。そもそも、打つ手はあるのか。

 「渡る世間に鬼はなし」と言われる。果たしてどうですか。学校社会も、まぎれもない一つの社会、世間です。「世の中には無情な人ばかりがいるのではなく、困ったときには助けてくれる情け深い人もいるものだということ」(デジタル大辞泉)らしい。ハタと考えてみる、「無情な人ばかりしか学校にはいないのだろうか」「時には助けてくれる情け深い人もいる」と、教師自身が経験できなければ、子どもは路頭に迷うほかないでしょう。「教える-育てる」「学ぶ-育つ」のどちらの働きにも、互いに助け合う(教え合い、学び合う)関係がなくして、どうして人間の教育が可能になるのでしょうか。

 たしかに「渡る世間」に信号機は設けられていません。自分で判断する力がなければ、弱肉強食になるか、血で血を洗う争闘になるか。結局は「誰かの餌食」になるのが落ちですね。まるで、西洋の哲学者が縷々述べ語ってきた「自然(敵対)状態」が、極東の社会にも現出しているようにも見えてきます。

目を閉じて何も見えず 哀しくて目を開ければ
荒野に向かう道より 他に見えるものはなし
ああ砕け散る宿命の星たちよ
せめて密やかにこの身を照らせよ
我は行く 蒼白き頬のままで
我は行く さらば昴よ(詞:谷村新司)
 (ぼくには難解すぎて、途方に暮れてしまいます)

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どこがこんなに切ないんだらうね

【余録」「秋深き隣は何をする人ぞ」。この句は芭蕉(ばしょう)が大阪で最後の句会に出た夜に作られたそうだ。1694(元禄7)年11月15日(旧暦9月28日)。翌日から床に伏し、2週間後に死去した。赤痢で体調を崩したとみられている。秋の夜長に人恋しさを感じたのだろうか▲旧暦では9月を晩秋と呼んだ。まさに「秋深き」だったわけだ。だが、この年の旧暦9月が今の10月19日から始まったと聞くと、晩秋には早い気もする。先週までは気温25度以上の夏日もあった。本州では紅葉の見ごろもこれからだ▲和歌山地方気象台が観測するカエデの標本木が紅葉する日は半世紀で半月も遅くなった。全国的にも同様のデータがある。北米も事情は同じらしい。東海岸のメーン州で例年は紅葉の盛りの9月末に3分の1が色づいていないと報じられていた▲地球温暖化で夏が長くなっていることは確かなようだ。米科学誌に掲載された論文によると、気温で四季を分けた場合、北半球では1952年から約60年の間に夏の長さが17日間伸びる一方、秋、冬、春はそれぞれ短くなった計算になるという▲あすは二十四節気(にじゅうしせっき)の霜降(そうこう)。朝晩の冷え込みが増し、山間部などでは霜が降り始める時期だ。暦の上では秋の終わりが近いが、始まったばかりのような秋に簡単に去られても困る▲コロナ禍で続いてきた自粛の日々にも、ようやく晴れ間が見えてきた。紅葉という自然の恵みを堪能する機会を逃したくはない。/「大(おお)紅葉(もみじ)燃え上がらんとしつつあり」高浜虚子(たかはまきょし)(毎日新聞・2021/10/22)(*旧聞です。新聞は旧聞に如かず)

(本日は「ラン(蘭)」について駄弁ろうと思った。三十過ぎに、どうしたことか、「ランを育てよう」と。しばらくやってみたが、これは大変な作業だと、マメ人間ではないので、サッサと止めてしまった。ラン造りの「大家」、その人は教育学の研究者でもあり、彼の話を聞いたからでした。「ランにかぶれると、ほとんど旅行らしいものはできなくなりますよ」と。気やすく家を空けられないのだ。ランは「水遣り」がひと時も欠かせない。何十年の後、ぼくもまず、家が空けられなくなっています。「ラン」のせいではなく、「ネコ」のせいで)

 ただ今、午前7時、室温17.2℃、湿度72%。すっかり肌寒くなりました。当地も、「秋深き隣は何をする人ぞ」と何かに語りかけたくなる、やたらに人恋しくなる頃合いでしょうか。といっても、拙宅の隣りは、いささかも軒を接していない。一番近いのが道路を挟んで南に一軒あるが、ここの住人は「会社」の事務室(支所?)。以前は高齢者夫妻が住まわれていたが、ともに近年亡くなり、家主が借家にしたという。東隣は、まさに「隣は何をする人ぞ」と尋ねたくなるような、壮年(五十がらみか)の男性が一人。職業(隠居)はないそうで、たくさんの猫が住みついており、その中の除け者にされたのが、拙宅にやってきた。西北の隣人は、約300mほど奥まったところに住む(行き止まり)。以前は子どもさんが何人かいたが、今は夫婦二人。シェパードがいたのが、最近はその姿を見ない。というわけで、「隣」は近いような遠いような。

 この芭蕉句は、最晩年、それも死の直前に詠んだ句でした。大坂の地で、死の床に伏しての「病中吟」であり、しかもそこは門弟の家、「隣」がだれであるか、俳聖は明らかにしていません。一種の謎のような、あるいは「幽明界を異にする」境地にあった人からすれば、「隣」は俄(にわ)かに妖しくなってきます。この最後の旅についても何度か駄弁っていますので、ここでは余計なことは言わない。ともかく、「秋が深い」といいたくなり、そうなるとなおさら、人それぞれに「物思いにふける」時期でもあるのでしょう。

 テレビのニュースで、曾遊の上高地が映されていました。季節柄、山の紅葉に、大勢(すぎる)の人々が訪れ、それこそ、紅葉も色をなしたというのではなく、あまりにも夏の暑さが長く続いていたので、例年になく色づきが遅れているという話題でした。多い時には、一日一万五千人を超える観光地、紅葉を見に行くのか、人間を見に行くのか。まるで、夏の盛りの富士山五合目辺りのようで、ぼくには上高地が可哀そうになってくる。いろいろと若い時分には、この周辺で遊んだので、なおさら「秋深し」の上高地が雑踏で混雑する新宿や渋谷の交差点を思わされ、まさに土足で踏み躙られている想いがしました。

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・さまざまなこと想われて山の郷(無骨)

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 秋の夜の会話  草野心平(1903‐1988)

さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずゐぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだらうね
腹だらうかね
腹とつたら死ぬだらうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね(第一詩集『第百階級』所収(昭和3年刊)

 酷暑に次ぐ酷暑でしたから、ひときわ、秋の陽射しが恋しく懐かしい。高知新聞の「小社会」は、とりわけよく読むコラムですが、昨日は粋な言葉を思い出させてくれました。秋に連なる言葉の群れ。右に習って、思いつくままに。「秋味(鮭)」「秋風」「秋寒」「一葉知秋」「一刻千秋」などなど。それぞれが、どこか淋しさを含んだ「秋色」を見せているように感じられて、人恋しくもなるのでしょう。「秋風」は「あきかぜ」と読むようですが、「飽き」に懸けると「男女(多くは)の仲が冷める」とする。同じ秋の現象でも「秋波」とくれば、がぜん色めく。「暗に秋波を送る(暗送秋波)」と、ぼくにはよくわからない「しぐさ(仕草・仕種)」もあるのです。「秋波(しゅうは)」とは美しい女性の目もとであり、そのような女性の「目つき」を言うらしい。さらには「流し目」などとも受け取られます。流し目、下品になりそうですが「色目」に同じ。「色に出にけり」といえば、平兼盛の「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」があります。「さては、色(小指)ができたんですね?」と。ぼくにはまったくなかった「色」でしたね。

 とまあ、「秋」はそれぞれ、森羅万象、有為転変にまで及ぶ「秋景色」です。その「秋(あき)」は、また時(とき)でもあり、「春秋・千秋」と評して「一年」「年月」の意を示すのに使われてきた。今こそは「天下動乱の秋(とき)」などと、たいそう大仰に物事を表現したものでした。でも、言うに事欠いて「与野党決戦の秋(とき)」と擬せられるが、それは不正確で、「与党」と「偽与党」の馴れ合い時、見たくもない「濡れ場(love scene)」の一幕ではありませんでしたか。「割りない仲」(道理に合わない仲)などといって、これもまた、学校では教えてくれない「人生色々」でした。政治が、まるで「色事(いろごと)」になっているような気がして、ぼくは目を伏せ、耳を塞ぎたくなるのです。出たり入ったり、付いたり離れたり。「夫婦喧嘩は犬も喰わない」というが、そんな政治(政事)から抜け出られないのは宿命のようですな。「思う人には思われず…」という流行り歌がありました。これも、政界という「色街」で口遊(ずさ)まれたんでしょうね。

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【小社会】秋忘れ 秋忘れ、秋収め、秋泊(どま)り…。辞書を引くと、秋と稲作が結びついた言葉がいくつもある。収穫作業に追われた日々を忘れ、家族たちとほっと一息つく。厳しい労働で得た、その年の実りへの感謝も言葉には込められている。
 秋泊りは、稲刈りがすんだ農家の妻が骨休めに生家へ戻ることをいう。長野や秋田で使われたそうだ。そうした言葉は多くの地域にあっただろう。季節と人が、今よりもずっと身近だったころの暮らしを辞書は教えてくれる。
 秋は、重大な時機を示す「とき」とも読む。与野党決戦の秋が終わり、自公は15年ぶりに過半数を割った。派閥裏金事件で選挙前から自民は防戦一方だった。加えて、投票の数日前に発覚した非公認候補側への2千万円問題がとどめを刺した。
 「あきれた。入れん方がよかったかなと、もやもやしてる」。きのうの本紙に、期日前投票で自民に投じた有権者の嘆き節が載っていた。「政治とカネ」を甘く見過ぎた大きなしっぺ返しが、この秋の結果だ。
 選挙であまり注目されなかったが、食料安全保障も争点の一つだった。解決策となるのか、再生二期作という耕作法をテレビで知った。私たちになじみ深い二期作とは違い、刈り取った後の株から伸びた稲を育てて収穫する。温暖化で日本でも耕作地が広がる可能性がある。
 稲のように、この国の政治は再生するだろうか。本来の意味から外れるが、秋忘れは許さない。(高知新聞・2024/10/30)

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「信念に基づく正しい決断」(承前)

 

 新聞紙(社)の「黄昏(twilight)」は、どこの国でも起こっています。この問題にあまり深入りしたくないのは、新聞の誕生以来、同じようなことが起ったり消えたりしてきた歴史をぼくは学んで来たからです。もちろん、この極東の小島に新聞が生まれたのは、あるいは平安時代や鎌倉時代に遡(さかのぼ)るかもしれません。「方丈記」の鴨長明は、今日風に言うなら、立派なニュースレポーター(事件記者)でした。時の絶大な権力者だった平清盛の政治的動向を、あるいは権力の儚すぎる消長・盛衰をはっきりと見出していたし、地震や火災の猛威から、その災厄の悲惨さまで、克明に報道する人だった。その「記録報告」「調査報道」が、ぼくたちが今も読むことができる「方丈記」だったと、ぼくは受け取ってきた。

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」

 昨日も触れた米紙ワシントンポストの「大統領候補者支持表明」の是非をめぐる問題は思わぬ展開を見せています。そうなることは当然ですが、どういうわけか、これをまともな「ニュース」として扱おうとする邦字新聞がないのは現状から推せば、言う言葉もありません。新聞は誰のものか?「オーナー(社主)」のものに決まっている、そう図星を指されればその通り。だから、社主の一存で何をどうするかが決められるのに、だれも異論はないはず、文句あるか、と。そうなれば事は簡単。ポスト紙のベゾス社主の「釈明」「弁解」「言い訳」は、新聞紙の社主として、ぼくは理解しないし、もちろん評価できない。「特定候補への推薦が形勢を変えることはない」「ペンシルベニアの有権者の中に、A紙の推薦に従おうなどと考える人は一人もいない」と、いとして問題の所在をごまかし、およそ新聞というものの存在を玩具のようにしか見ていないことに、ぼくは言葉を失う。アマゾンが儲かるのと、ワシントンポストが商売になるのと、使う言葉(利益が上がる)は変わらないけれど、その内容たるや、比較を絶しているというべきでしょう。彼には、両社は同じ利益事業だといいたいらしい。「(推薦見送りは)信念に基づく正しい決断」とは、新聞買収(2013年)の段階で表明しておくべきだったと思う。新聞と名乗る商売には不向きですよ。「信念」にもいろいろあることは否定しませんが。(WPは闇の中で死んだ)

 山中に居住する身として、アマゾン利用は生活維持には不可欠となっているけれど、この程度の認識(計算)で新聞経営に当たっている人だったとするなら、ぼくはアマゾン利用を再考(中止)するでしょう。「共和党候補のトランプ前大統領が再選された場合に備えようとする『臆病』で『卑劣』な決定」と、元編集長は吐き捨てる。この新聞の何人もの編集者の意見や論説に親しんできたものとして、この社主の「卑怯」で「臆病」な、あるいは権力への密着を自ら求めるような姿勢がある以上は、残念だけれど、この新聞社の将来はないと思います。「米国に『専制政治が迫っている』と警告し、トランプ氏が国家に与える脅威について沈黙を続けるわけにはいかないと述べた」一人の編集者の意気に、辛うじてポスト紙の最後の息遣いをぼくは感じています。(WPは、ここで死を迎えた」と思う。「甦(よみがえ)りはあるか」、いかにして、それは可能か。

ワシントン・ポスト紙の候補推薦見送りに批判集中、オーナーのベゾス氏が釈明(CNN) 米紙ワシントン・ポストが先週、今回の大統領選では特定候補を推薦しないと発表したことについて、同紙オーナーのジェフ・ベゾス氏は28日夜、異例の寄稿で釈明した。
推薦見送りは25日、同紙発行人のウィリアム・ルイス氏が発表していた。事情に詳しい人物がCNNに語ったところによると、論説委員らは民主党候補のハリス副大統領を推薦するとの原稿を用意していたが、ベゾス氏が取り下げさせたという。
ベゾス氏は紙上で「特定候補への推薦が形勢を変えることはない」「(激戦州)ペンシルベニアの有権者の中に、A紙の推薦に従おうなどと考える人は一人もいない」と主張。候補者を推薦することは、実は「偏向している、独立性がないという認識を生む」ばかりだと述べ、推薦見送りは「信念に基づく正しい決断」だと強調した。
同氏は「もっと早く変更していればよかった」と認めつつ、「これは計画不足で、意図的な戦略ではない」と主張した。
これに先立ち、同紙がハリス氏を推薦しないことに抗議して、数千人の読者が購読を中止した。
ウォーターゲート事件の調査報道で知られるジャーナリストのカール・バーンスタイン、ボブ・ウッドワード両氏が非難声明を出し、同紙のコラムニスト二十数人は「大変な間違い」とする公開書簡に署名した。
マーティー・バロン元編集局長は、共和党候補のトランプ前大統領が再選された場合に備えようとする「臆病」で「卑劣」な決定だと断じた。/28日には論説委員3人が辞任。今年のピュリツァー賞の社説部門で受賞した論説委員の1人、デービッド・ホフマン氏は辞任にあたりCNNとのインタビューで、米国に「専制政治が迫っている」と警告し、トランプ氏が国家に与える脅威について沈黙を続けるわけにはいかないと述べた。/見送り発表の直後に、トランプ氏はベゾス氏が率いる宇宙企業ブルーオリジンの幹部らと面会していた。ベゾス氏は寄稿の中で、この会合のことは事前に知らなかったと述べ、「何の交換条件もない。どちらの陣営や候補者にも全く相談、通知することなく、完全に内部で決めたことだ」と強調した。(https://www.cnn.co.jp/usa/35225475.html) 

https://www.youtube.com/watch?v=uFjUAZztl0I&ab_channel=TheView

 繰り返し、見苦しい(読みぐるしい)駄文で触れてきましたが、もし、ある社会で、新聞が、それも健全な新聞が存在しなければ、政治権力の「横暴」(堕落)や「記事の捏造」(腐敗)は留まるところを知らないでしょう。この社会において今も眼前で見せつけられているのを含めて、その惨憺たる実例には事欠かないのです。どんなに小さな「タブロイド」であっても、権力批判に目を瞑(つぶ)らないなら、権力はそれを潰しにかかるでしょう。潰されても潰されても「権力批判」をいのちとする「新聞」がある限り、権力は枕を高くして眠れない。

 わが社会に、このような「新聞の魂を売り飛ばすのか」と大きな波紋(事件)が起こらないのは、とっくの昔に魂を売り飛ばしていながら、「われわれは社会の木鐸だ」と自らを欺いている「新聞」ばかりになってしまったからでしょう。具体例を書きたいが、ここでは止めておきます。いちいちの新聞社の「権力」との二人三脚ぶり、あるいは腰巾着ぶり、それこそが、日々の新聞(記事)にほかならないのだというのが、わが現実ですし、それがまた、この社会では何十年も間断なく続いてきたのですから、新聞は旧聞に如かずというわけです。

 ナチ時代のドイツがいかにしてファシズムを浸透させてきたか、大スポンサーがナチにに擦り寄り、「軍・政・官・産」が忌まわしいクァルテットを結成したからでした。それをそっくり模倣していたのがこの日本の「大政翼賛会」だったろう。そして「日・独・伊」という悪の枢軸トリオと国運を懸けて戦ったのが、アメリカでした。よりによってそのアメリカが、こともあろうに…。白人の白人による「アメリカ」を標榜するのも「優生イデオロギー」のしからしむるところ。(アメリカから「移民」を除いたら、何が残るのでしょうか)

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ゆく河のながれは絶えずして

 ゆくのながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と(すみか)と、またかくのごとし。(中略)知らず、生まれ、死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、宿り、がためにか心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露にことならず。いは露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。いは花しぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、を待つ事なし。(「方丈記」・参考文献浅見和彦校訂・訳、ちくま学芸文庫)

 ぼくは吉田兼好(1283~1352)も好きですが、鴨長明(1155~1216)も、ずいぶん長い間、それなりに親しんできました。もちろん、「徒然草」や「方丈記」を好きな時に好きなように読んできたというだけのこと。そこから、たいそうな人生観や無常観を得たわけでもなく、人並みに研究してやろうなどという殊勝な心掛けももたなかった。彼らを通してぼくが学んだのは、「時世時節は変わろとままよ」、たったそればかりでした。時世(時節)とは「その時その時の移り変わり。その時その時のめぐりあわせ」(デジタル大辞泉)、それはまるで運命みたいなもので、そこに生まれ合わせたものの「悲哀」もまた、何の計らいか、ひたすらめぐりあわせであるというほかないのでしょう。

 彼らが生きた時代、それは今から七百年も八百年もの昔でした。平安末から室町初期くらいです。この二人には、もちろん交流はなかったし、兼好さんは長明のファンだったかどうか、定かではない。この二人が残した「随筆」は、ぼく(ら)にとっては、またとない「生き方の流儀」の参考文献でありました。縄文や弥生時代の人々の文章が残されていたら、それもまた、ぼくには「生き方の流儀」の立派な文献となっているはずです。何が言いたいか。「時世・時節は変わろとままよ」、です。「人はいかにして生きていたか」、それはいつの時代にも変わらない定めだったというのです。彼らの生きた「世間」と、ぼくたちが生きている「世間」には、本質において違いがあるとは、ぼくには考えられない。特に、長明が生きた平安末、実に「末法」とでもいうほかないような生き地獄だった、そんなことすら想像しているのです。現代に通じますね。

 つい先ほど(朝の6時半ころ)、「生ごみ」回収所までごみの袋を出してきました。微かに降っているようで、「秋雨」とまでは言えないでしょうが、「そぼ降る」という感じではありました。低気圧や前線の関係で、頓(とみ)に肌寒くなって、ひときわ季節が進んだというところでしょうか。(ただ今の室温20,2℃、湿度70%。午前7時)本日の「天風録」(中國新聞)が、しとしと降る秋雨について、なかなかなまめかしい表現(秋波)で、現下の永田町(政界)にそぼ降る(しとしと)雨(いや見方によれば、集中豪雨かもしれません)を例えに使って、直前に終わった選挙結果に蘊蓄を傾けている風情がありました。

【天風録】「1強多弱」の幕切れ この時季の雨は、しとしと降る。ひとしきり降ったかと思えば、やみ、晩秋を染め上げていく。物静かで澄んだ水面(みなも)に立つ「秋波(しゅうは)」は転じて、女性の涼しげな目元の例えになってきた▲ただ、慣用句の「秋波を送る」は生ぐさい。手元の辞書には「下心をもって誘いかける」との語釈が見える。総選挙から一夜明け、躍進した国民民主党に水面下で秋波が送られているという。議席が過半数を割った与党に加え、勢い込む野党からも▲当の玉木雄一郎代表は今のところ、双方につれないそぶりを見せている。せっかく4倍まで伸びた勢力である。来年夏には次のステップ、参院選も控える。焦って安売りする手はないのだろう▲自民党は比較第1党の座こそ辛うじて守ったものの、慣れない少数与党の切り盛りに追われるかもしれない。とはいえ、ものは考えようだ。多様な民意をくみ取り、政策本位で合意を図っていく。民主主義の王道に与野党が立ち返る転機になり得る▲「1強多弱」の政治がやっと終わった。「政治とカネ」や旧統一教会問題の温床でもあった。波乱含みの政局の向こうに、果たして春は待っているのだろうか。祈りの方が深くなる秋の暮れである。(中國新聞・2024/10/29】

 衆議院議員選挙期間中は無関心を徹底したので、その結果がどうなったか、分かりませんでした。終わってみれば、「与党惨敗」だの、「立民大躍進」だのと、ネットの記事も浮かれ放題のようで、ぼくはまったく白けたままで、記事に目を向けていました。国民民主党という政党は、今回の選挙で議席を四倍に増やしたという。一躍「政局」の核になるところに祭り上げられて、党の代表は、その挙措や身振りに大時代的な雰囲気(色気)を漂わせています。四倍というからどれだけの議席かというと、「28議席」だという。元の母数は「7議席」だったから、四倍であろうが五倍であろうが、どうということもないではないかと、ぼくなどは直感してしまう。負け組・勝ち組の間を行き交った議席は、結局はいささかの変化も政治や政策に、つまりは民草の幸福にはいささかの変化をもたらさないと、現段階においても言えますね。

 端的に言うなら、自民党や公明党は確かに議席を大幅に減らしました。減らした分はどこに行ったか。「共産党」や「れいわ新撰組」に移ったというのなら、「政界に激震走る」という大異変と捉えられるところだったでしょうが、何のことはない、元をただせば、減った党と増えた党で「差し引きゼロ(ちゃら)」ではないですか。本は兄弟姉妹だったし、同じ釜の飯を食っていた「仲間」でした。だから、ぼくに言わせれば、勝ちも負けもない。そんな永田政治村の、いつも見慣れている、単なる空騒ぎにしか、ぼくには映らなかった。細かいことは言いません。その昔は、同じファミリーだったが、家族の人数が増えて、いろいろな事情で分家や家出、あるいじゃ勘当などが相次いだ。以来、やむなく党内党(つまりは派閥)に分かれているだけの話。大きな円を描けば、みんな親類縁者で、「同胞(はらから)」「一族郎党」でしかないでしょう。

 だから、「自民党は比較第1党の座こそ辛うじて守ったものの、慣れない少数与党の切り盛りに追われるかもしれない」「ものは考えようだ。多様な民意をくみ取り、政策本位で合意を図っていく。民主主義の王道に与野党が立ち返る転機になり得る」と、このコラム氏だけではない、ほとんどの報道は見せかけの「与野党」を対立する政党同士と見立てているけれど、ぼくに言わせれば、わざと錯覚して事態を捏造して言っているだけ。その方がニュースとしては面白いから、ですか。もう一度言います。この国の政治の世界に存在するのは「与党と擬似与党(the government party)」であって、そこに「野党(the opposition party)」はない。共産党やれいわ新選組があるではないかと言われそうですけれど、それは「政党ですか」と訊かれれば返答に窮するほど、「政党」の体をなしていません。だからそれを「野党」と呼ぶのは、ぼくには憚られるのです。面倒ですから、細かい議論は省きますが、要するに、小さなコップがいくつかあって、それぞれが「コップの中の嵐」を経験している。外側には、その小さなコップをすべて取り込んでいる、やや大きめのコップがあるのです。だから、小さなコップの争い(嵐)も、やや大きめのコップの争い(嵐)も、出どころはいっしょ。

 ひょっとして、小さなコップにはひびが入っていて、「嵐」が起こるたびに中の水が漏れて、やや大きなコップに吸収される。その反対も時には起きるでしょう。やや大きめのコップがひび割れして、漏れた水は、それを載せているお盆の上にこぼれる。分かりやすく言えば、大きなお盆の上にある大小まちまちのコップの水は、結局はいつだって同じ性質の水(H+O+O)であって、だから、くっついたり離れたり、「似たもの夫婦」とかいうのでしょうか。昨日の友は今日の敵。その反対もある。こんな出入りを繰り返してきたのが「永田村」ですよ。(共産党やれいわ新選組だって、同じ釜の飯を食ってきた仲間同士。いつの日か、この国が続いていれば、「永田村は一家、政治家は皆兄弟」ということになる時が来るかもしれません。(欧州各国の議会議員選挙をを見ていると,そんなことがしきりに考えられてきます、極右と極左は別世界の住人です。その別世界の住人が、みんなのいる街に住み着こうとしているのが欧州の現状です) 

 今般の衆議院議員選挙について、ぼくは終始、まったくメディアの報道を見なかった。見る気がしなかったし、それ以上にアメリカの「大統領選挙」の動向・帰趨の方が、現実の時代や社会に大きな影響を及ぼすと考えたからでした。日本の政治も、それとは裏腹の関係にあると思うのですが、あまり適切な報道がなされていたとは思えませんでした。そのアメリカでは、実に奇妙な政治現象が、大統領選挙運動を通してあからさまに見えだしてきたのです。とっくに滅亡したと思われていた「ファシズム」が、今の今まで生き延びていた、と。

 ファシズムを倒して自らの存在理由を際立たせたのがアメリカ、そのアメリカの大統領選挙で、国を挙げて戦った不倶戴天の敵だった「ファシズム」が、お膝元で生まれかかっているというのは、実に見ものというか、時代が逆流しているのだと、既視感(déjà-vu・デジャビュ)に襲われている。悪態の限りを尽くした「人種(移民)差別」や「女性蔑視」の暴風圏にあるような光景が見られています。MAGAと叫んで、夢よもう一度と、口から出任せ放題に、元大統領は人民を煽(あお)りに煽っている。いたるところで<We>と<They>との、徹底した分断を図っている。いずれ、この動きは、暴力を伴った「民族浄化」や「優生思想(教条)」に収斂(しゅうれん)されて、徹底した一国覇権主義に雪崩込(なだれ)むのでしょうか。(「選挙」というけれど、一方の候補者は、「選挙」そのものを否定している)

 MAGAとは「再び、アメリカを偉大に」というスローガンです。その「偉大なアメリカ」はいつ、どこにあったのでしょうか。空想夢幻の世界というほかないのですが、ありもしないことをあったと固く信じさせる(狂信させる)ことこそ、ファシズムの最大の教則・教義(イデオロギー)なのでしょう。若い時に読んだ「イデオロギーとユートピア(Ideologie und Utopie)」(1929年刊)というマンハイムの本をしきりに思い起こしています。ナチがいよいよ勃興してきかかって、長閑だった(隙間だらけの)ワイマール体制が「手籠め」にされんとしていた、まさに時節に書かれた。マんハイムはユダヤ人だった。戦後も生き延びたが、その出自のために苦悩に襲われ続けた障害でした。(一面では、ユダヤ資本に動かされているアメリカの、あるいは「大統領」になろうかという人物が、よりによってファシズムに突き動かされるというのは「悪夢」ですか、「醒酔笑」ですか)

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