現金でのお支払いは扱って…

【斜面】デジタル化の波間で「ご注文はQRコードでスマホからお願いします」「現金でのお支払いは扱っておりません」―。最近、身近な場所で、そんな声がかかる店に出合う。電話や検索ぐらいしかスマホを利用しない現金派の身としては、困る場面が増えた◆定期的な連絡が紙から電子通知に切り替わった公共料金もある。保険会社からはネットでの登録を促される。申請にまごつき電話で問い合わせても、なかなかつながらない。パスワード管理も面倒だ。デジタル化の波におぼれてしまいそうな感覚になる◆公共交通機関でもデジタル化が進んでいる。路線バスでは先月から、電子決済でしか運賃が支払えない「完全キャッシュレスバス」の実証運行が県外で始まった。鉄道もJR東日本が、スマホの位置情報を活用し、自動改札機を素通りして乗車できる仕組みの導入を検討している◆事業者の側の人手不足や業務の効率化が背景にある。デジタルサービスを便利だと感じる人も増えている。クレジットカードや電子マネーといった電子決済の総額は昨年120兆円を超え、全体の4割近くを占めた。この10年間で倍以上に膨らんでいる◆それでも抵抗感や不安を抱いてしまう。知らぬ間に個人情報が抜き取られ、監視される社会につながらないか。人と人とがふれあう機会が失われていかないか。インターネットが一般に広がり始めて30年がたつ。急速にデジタル化が進む時だからこそ、もたらす光と影に心を留めていたい。(信濃毎日新聞・2024/12/13)

 拙宅は辺鄙な場所にありますので、都市ガスではなくプロパンガスを利用している。地域をカヴァーする会社は三社あるが、ここに越してきて以来、NE社に決めている。別の一社は何度も訪問を繰り返して、執拗に「切り替え」「乗り換え」を強いていたが、ぼくは、その都度はっきりと断って、必要なら当方から連絡するからと言い続けたが、その後も何度か来た。やがてその会社は消費者庁からだったか、「勧告」を受けて、執拗な「訪問販売」の廉で処分を受けたと聞いた。今利用している会社は、「検針結果(使用料金)の連絡のはがき発送は十月一杯で止めるので、スマホで登録を。これまで同様のはがき連絡なら、一通につき220円戴く」と連絡してきた。時代の流れ仕方なし、要請通りに切り替えをと考えていたが、「スマホでQRコードを読み込んで、登録を」という。それ以外の方法な駄目。一方的とはこのこと。

 本社に連絡して、「スマホのないものはどうしますか」と尋ねたら、「仕方がない、はがきを続ける。有料です」という。AかBを選べ。Aは「はがき(有料)継続」、Bは「スマホ(QRコード読み込み)で変更(無料)」というので、おかしいではないか。客商売していながら、顧客を大事にしていないね、などと文句を言った。もちろん「カスハラをしているのではないから」と確認して強く注文を付けたら、即刻、地区の営業担当がやってきた(九月初めころか)。「お宅だけは無料にします」というから、「それは可笑しい。スマホを持たぬ人はたくさんいるのだから、それを考えなければ」と言ったら、時間をかけて、社内で相談するとか言っていた。結果は、今になっても伝えられない。あいかわらず「はがき連絡」はきている。有料とは書いていない。どうなっているのだろうか。地区の担当者はこの経緯をどう見ているのか。スマホ以外の変更届は認められないなら、この契約は断るといってある。そうなれば、当方も面倒。他の一社は不良会社だ。残り一社あるが。いよいよ<Off Grid>にするか、この終活時期にと一瞬考えるが、まあ、薪(まき)を燃料にするかとも考えている。

 出された手段(選択肢)は一つ、それがいやなら利用するなという、「問答無用」の場面が結構あるようで、はなはだ腹立たしい。ほぼ毎日のように買い物に出かけるが、会計する段であまり愉快ではないことが多すぎる。まず「買い物袋はどうする?」と訊く。「ポイントカードはあるか」と第二問。その他。その都度、誰彼なしに訊いているのだからぼくは呆れてしまう。ぼくはきっと「見ればわかるでしょ」「必要なら、こちらから申し出る」と返答する。それも面倒で、レジ係もすべて「セルフにしてくれ」と言いたくもなる。ところが、セルフレジで会計を済ますと、出口で「領収書確認」という。どうしてか?と訊けば、「不正(万引き)があるから」という。何をしているんだと思うばかり。この社会の人間関係や諸事万般の機械・器械・奇怪化は、いったい、どこに向かおうとしているのか、どうなってるんだと訝しく思う。「これは便利だ」と多くの人が受け入れているから、この「不人情」「非人情」状況はさらに進むだろう。「便利は怖いで」

 携帯電話時代到来時、ぼくはつまらない時代になったと心底思った。やがてスマホ万能。それがなければ人間止めるか、とまで言われるような、底の浅い、人情頓(とみ)に希薄になる社会に生きる、なんとも面倒なことになった。ぼくはスマホも持たないで生きている。「急速にデジタル化が進む時だからこそ、もたらす光と影に心を留めていたい」と、「斜面」氏は馬鹿に呑気なことを宣っている。「諸刃の剣」という語を知らないか。「知らぬ間に個人情報が抜き取られ、監視される社会につながらないか」と、アホかと言いたい。すっかりそうなっているじゃないか、そこから種々の問題が噴出しているんだぜと、頭に一発喰らわせてやりたい。新聞社は、そんな時代に、率先して「便乗しているだろ」と思うけれど、それを棚に上げての物言いだから、「終わってる」「始末に悪い」というほかない。「信毎」は好きな新聞だったな。

 「完全キャッシュレスバス」時代が目の前に来ている、そんな錯覚を持たされる。本当にそうなるか、まずならないね。そんな問題には興味がないのであって、スマホを介して「便利」を強制されて、孤独を託(かこ)つという矛盾した人間社会の出現に、ぼくはうんざりしてるのだ。「SNS」禁止を言い出す国まで出てきている。「便利は不便のことだ」といいたい。「文明開化」は時代の波。その波を、ぼくは老骨をものともせずに、軽々と泳ぐのさ。そしてAIだのITだので、ますます電力逼迫到来だから、原発の新増設だと、洋の東西で「天に唾する」狂気の沙汰の大合唱です。「天に唾する」者だけに被害が及ぶならいざ知らず、被害は全員平等に被るのというのだから、話になりません。台風で電線が切れたら、「完全キャッシュレス」はお陀仏になる。そんなチャラい話は日常茶飯事です。笑わせるな、と罵りたい。

 勤め人時代、「これからはペーパーレスだ」としきりに言われた。実際はどうか、相変わらず文書は出回り、パソコンも使われる時代になった。いろいろと滑稽を通り越すような愚か話は腐るほどあるが、要するに、新規のシステムが出現したから、「古い上着」は捨てられるかというと、そうはならないのだ。(これも勤め人時代、やたらに会議があった。ぼくは「書類一枚に内容をまとめて、配ってくれればそれで済むだろ」と提案して、ほとんど会議には出なかった。ぼくがが開いた会議は、最長でも一時間、ほとんどが30分程度で終わっていた。それで何の問題も出なかったな。「短ければいいというもんじゃない」という非難が出ていたのを覚えています)これからはテレビ時代だといってラジオは捨てられたか。テレビは見ない、スマホで十分、そういってテレビは姿を消したか。これからは電気自動車だと大騒ぎして、企業は割が合わなければそんなものは作らないだけ。相変わらずガソリン車前世時代が続くだろう。どこかにまだ「木炭車」が走っているかもしれないのだ。新幹線は古い・遅い、だから「リニア―」だという。その脇で、徒歩もあれば、自転車も。各駅列車も走っていれば、新幹線も、飛行機も、…。多くの「豊か」を失って、「便利」という「狭さ」「浅さ」を贖(あがな)う、愚かの限りですね。スマホがなければ、「闇バイト」はできない、「出会い系」は困難になるだろうが、人間の付き合いはさらに深まるでしょう。そうならなければ。(新聞だって、さらに、細々とでも残り続けるさ)

 時代が変わる、ますます便利な時代に、と多くの人が実感するのは、古いものはそれなりに使われ続ける中で、新規参入がどんどん増える時代だからです。「革新」というのは、古いものの再発見の謂いですよ。「温故知新」はこんなところに顔を出すんですね。「《「論語」為政から》過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと。[補説]「故 (ふる) きを温 (たず) ねて新しきを知る」と訓読する。「温」を「あたためて」と読む説もある。なお、「温古知新」と書くのは誤り」(デジタル大辞泉)つまり「歴史」という自らの過去を記憶する力が、生きることの元手(財産)になっているから、ぼくたちは人間として、少しでもかしこくもなれる余地があるのです。過去を持たない人間、そんなものを想像できますか。昨日もなければ、明日も考えらない、それは病的な事態でしょう。さかんに忌み嫌われている「認知⦿症」とかいう社会問題は、別の課題です。(記憶力の破損だけかどうか、実際にはもっと深い子細があるんですね、「認知⦿症」問題には。これはぼく自身の課題でもありますから、それは別の機会に、ていねいに愚考します)

 要するに選択肢が複数ある生活ができる時代、それが「便利」「豊か」な時代のことだとぼくは言いたい。「完全キャッシュレス」という以上は、お金が要らない時代かと錯覚するようなアホなことは言ってほしくない。当たり前に手間暇かけて人づきあいができるのに、わざわざその手間暇を省略する時代を「便利」とい言葉で糊塗しているですね。人間関係は希薄だとか、孤立を強いられているという不平や不満は、スマホを捨てれば、一気に解消されるとは言わないけれど、そうすれば改めて、他人と生身でつながって生きているのが当然(健康)と思われてくるはず。問題は人との付き合いであって、機器を通しての「付き合い」ではないですよ。

 ぼくらの生活の中には、縄文時代もあれば、奈良時代、鎌倉もあれば室町も。江戸時代など家の中にも頭の中にも詰まっていますよ。古いから、不便だからとあらゆるものを捨ててしまうなら、確実に「自らの歴史」は失われる、消されてしまう。いい悪いではなくいうことです、唐突に聞こえますか、蟻や蝶々に歴史があるでしょうか。歴史を実感しない生き方は、それだけ生きる本能が確かだからであって、その「本能」が軟(やわ)になり、その剥き出しが忌避されるようになって、その代用になったのが、人間の生み出す「文化(工夫)」「文明(科学と技術)」というものだった。その一面(便利さ)(効率性)のみに依存しきると、人間は落ち着いて、つまりは自分を失わないで、じぶんらしくは生きていけなくなりますね。

 「嘘だと思うなら、猫に訊いてみな」と、ぼくは猫から学んでいる。彼らは「完全キャッシュレス」「スマホレス」で生きているんだからね。友だちとしても、実に爽やかで厳か、身が引き締まるんですよ。

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日々に過ぎ行くさま、かねて思ひつる…

 本日は短く、手短に駄弁りましょうか。「簡潔にしてなお要領を得て」、それはぼくには難しい課題であり、それがうまく出来果(おお)せていれば、ぼくの人生(生き方)はもう少しちがったものになっていたかもしれない、と考えるのは間違いで、「簡にして要を得て(実際には、それは矛盾律みたいな)というのは念願ではあっても、現実には過ちの繰り返し、悔いの連続で人生は終わるのが「オチ」でしょう。いつのころからか、ぼくは「まあ、人生はこんなところやね」という諦念というか、覚悟みたいなものができたと思う。恐らく四十(不惑)を過ぎてからだったか。以来、他人とは競わない、偉くなりたい(地位や月給を多く得たい)とは考えない、「身の程を知れ」ということ、そんな素朴な生き方が重きをなすようになってきたのです。わざわざ、そんなこと(分に過ぎた生き方)に思い煩うこともなかったのは、自らの才能(知識ではない)の乏しさ、品性下等に気が付いたからでした。

 キリスト教の信者ではなかったが、「地の塩、世の光」になるような、なっているような人に激しく憧憬の念を抱いた。詳しくは書かないが、駅頭や繁華街の脇道に、「木製のポスト」を設け、その中に聖書の一節のような「小文」と、電車賃には足りる程度の「小銭」を常に用意していた人を知ったからでした。「どうぞ、ご自由にお使いください」その人は千葉県の市川に住んでいたキリスト教徒の小説家だった記憶があります。赤貧洗うが如き生活苦に喘ぎつつ、その最後は壮絶な死を迎えたと知った。その時以来、ぼくは「貧者の一灯」という語を大切な「志」のように堅持しようとしてきました。「長者の万灯」の前には、間違いなく光を失う、そんなささやかな心掛けを黙って持ち続けたいなという、ささやかな「覚悟」でした。心身の貧者であることを隠さないこと。

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 ぼくは高校生時代から吉田兼好さんを読んできた。在学していた高校の地が、兼好さんの散歩道だった気がしたからでした。彼は若いころには人並みに立身を願い出世を目指したが、目的を達せず曲折を経て、出家の真似事をするような生活を送る。その中で書き残されたのが「徒然草」でした。これまでに何度読んだか、読むたびに兼好さんが成長、いや臭(くさ)みや世知辛さが消えていくのがわかるように感じた。人生に「諦め」がついたということだったかもしれません。名を得たい、金が欲しい、人に褒められたいなどという塵のような穢れ(汚れ)が、兼好さんから消えて行く気がしたのは、ぼく自身が(もちろん、自らの無能を自覚したからだが)他人に自らを売り込むような人間ではないことがいやになるほどわかってきたからでした。

 卒業生で各地の小中高の教員になる人がたくさんいました。その人の誰かれなく、偉くなろうと考えない方がいいね、月給が高くなることは望まない、世間の評判に気を使わないように、なによりも「教室(現場)」を大事にしてほしいな、…。自分自身がができないのに、そんなことを言い続けてきた。もちろん、他人の人生の邪魔をする気はなかった。まあ、「兎と亀」なら、兎よりは亀になりたいという気分でした。「向こうのお山のふもとまで、どちらが先に行きつくか」というのではなく、あわてず騒がず、自分の歩調と歩幅で歩こうではないですか、そういうことだったと思う。どんな時でも「競争」から下りることに躊躇しませんでした。

⦿ ひんじゃ【貧者】 の 一灯(いっとう)=貧者が苦しい生活の中でやりくりして神仏に供える一つの灯明(とうみょう)。金持の供える万灯よりも尊く、功徳があるとされ、まごころの尊いことのたとえにいう。長者の万灯より貧者の一灯。
[初出の実例]「それは全体から言へば誠に僅かな貢献ですけれ共、所謂貧者(ヒンシャ)の一燈(トウ)でそれ丈けの富は作って居ります」(出典:国民経済講話‐乾(1917)〈福田徳三〉六章)(精選版日本国語大辞典)
⦿ ち‐の‐しお〔‐しほ〕【地の塩】= イエス=キリストの教え。神を信じる者は、腐敗を防ぐ塩のように、社会・人心の純化の模範であれとの意。模範や手本のたとえ。(デジタル大辞泉)

 そして兼好さんの簡にして要を得た「生き方の流儀」の見本です。解説は無用でしょう。ぼくの持つ、第一の心得は「今日できることは、明日でもできる」だった。<must> ではなく、<may> で行こう。「日々に過ぎ行く様、予て思ひつるには似ず。一年の中も、かくの如し。一生の間も、またしかなり」そういったからと、いい加減でいいというのではないのは、もちろんです。そこに、ささやかな「地の塩、世の光」に近い志があるといい、それがぼくの「生き方の流儀」になるといいと願ってきたのでした。だけれども、「日暮れて、道遠し」ではありますね。「人生は不定(定めなし)(定まらず)」と思い定めていれば、何とか一日をやり過ごせる気がするだけですが。

「今日は、その事を成さんと思へど、有らぬ急ぎ、先(ま)づ出で来て、紛(まぎ)れ暮し、待つ人は、障り有りて、頼めぬ人は、来り、頼みたる方の事は違ひて、思ひ寄らぬ道ばかり叶ひぬ。煩はしかりつる事はこと無くて、易(やす)かるべき事は、いと心苦し。日々に過ぎ行く様、予(かね)て思ひつるには似ず。一年(ひととせ)の中(うち)も、かくの如し。一生の間も、またしかなり。
 予てのあらまし、皆違(たが)ひゆくかと思ふに、自づから違はぬ事もあれば、いよいよ物は定め難し。不定(ふじょう)と心得ぬるのみ、真(まこと)にて、違はず。」(「徒然草 第百八十九段」) 

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「全ての被爆者に贈られる」賞か?

 医学賞や化学賞を受賞したならいざ知らず、日本被団協という「被爆者団体」のノーベル平和賞受賞は手放しで喜ばれるべきなのかどうか。いくつもの報道を見ていて、この問題(疑問)を指摘するものが何一つなかったことにぼくは大きな不審(不信)というか、違和感を持った。自然科学部門における発明や発見が、ある意味では人類の、あるいは地球の未来に積極的な貢献をなしたとされるなら、その「貢献・功績」に対して、誰かが、どこかが顕彰することは構わないでしょう。ぼくは被団協の方々の積年の運動継続の意義を認めることに対して、またその運動に連なる人々の持続する志に対して畏敬の念を抱くことについては人後に落ちないつもりです。しかし、現実に「核爆弾(原水爆)」は大きな武力・軍事力としてこの世界に脅威をもたらしており、時に、狂気の権力者たち(PやKなど)が核の脅威を武器にして侵略や攻撃を仕掛けている時代です。仮に、地球上の核爆弾がすべて放擲され尽くした段階(核廃絶)で、それをもたらした被団協の方々の多大な功績に報いるという意味での「授賞・受賞」には深甚の意味があるでしょう。

 少なくとも、現段階で「平和賞」受賞を云々すること自体、多くの人々には不謹慎だと思われるかもしれない。でも、この数年間の「平和賞」受賞者の、その後の軌跡を追うなら、権力側からの追放や拘束をさらに受けて、なお一層の人権侵害が続いているのだ。一片の「褒章」が、このような人権蹂躙に向かってなす術を持たない状況をなんとするか。誤解されること請け合いだから、ぼくは弁解めいたことは言わない。被団協の授賞・受賞に異議を唱えるのではない。問題は、その核廃絶活動とは別の問題として、多くの核保有国は、核爆弾をさらに戦争の有効な武器とする姿勢を崩していないという現実に、ぼくたちは目をつぶることは許されないのだ。国連安保理国は、これについて何をしたか。どうぞ廃絶運動は勝手におやりなさい、「平和賞」でもなんでもあげましょう、でも、核保有は断じて止めないからという、この状況を「ノーベル賞委員会」は是認しているのか、日本政府は明らかにそういう表明をしている。(「首相」「官房長官」という汚れた椅子に座る人物の「発言」はあからさまな「二枚舌」だ。後掲記事参照)

 「核兵器禁止条約」そのものに背中を向けつつ、「唯一の被爆国」を売り物・見世物にしている政府の薄汚い「アメリカ一辺倒」が、被団協の崇高な活動に唾をかけている。「なぶりもの」にしていないか。当たり前のこととして、内閣官房長官は米国の拡大抑止を確保しつつ、『核兵器のない世界』に向かって努力することは、決して矛盾するものではない」と、辻褄の合わぬ寝言を(真面目ぶって)発言する。「受賞は目出度い」「核保有は諦めない」と、まるで「二枚舌(double-dealing)」の見本です。「矛盾したことをいうこと。うそをつくこと」が、二枚の舌の役割。「閻魔さんがいない」のが悔しいね。彼らの本音は「核を持ちたい」であって、「唯一の被爆国」を、にもかかわらず「看板」にしているという破廉恥です。被団協という団体を看板(生贄・いけにえ)にし、見世物にし、そして、その「存在」の価値を貶めているのだ。

 受賞に当たっての田中熈巳さんのスピーチをぼくは静かに聞いていた。「核は人類とは共存できない」「共存を許してはいけない」という肺腑の言を聞き過ごすことができるのが権力者です。そんな権力者の尻馬に乗って、当たり障りのない言辞を弄している、「たちば✘(N党)」程度にしてやられる「新聞」などのメディア崩れ。いまや存在すること自体が悪徳・恥じだというべき段階にあるでしょう。珍しく、五紙の「コラム」を引用しました。まるで「(著名人死亡)予定原稿」のような書きぶりに、ぼくは言いようのない悲しみと背筋の凍る思いを覚えている。中でも長崎新聞の「智」さん。いつも教えられるばかりの記者だと、ぼくは敬意を払っていますが、この「記事」の最後はいただけないどころか、どういう意味か、改めて説明してもらいたいとさえ言いたのだ。「〈強く、負けず、共に強く生きた〉全ての被爆者に贈られる賞だ」と。核爆弾に被爆したから「贈られた」というのですか。そんな「賞」があるものか、あってたまるか。「被爆で死に、被爆に負けた、そんな被爆者」ではなく、「生き残ったすべての被爆者」に贈られる賞とは、なんとえげつない賞なのか、いったい、それはどういう意味か。長崎の人よ、こんな記事、わけのわからんコラムを書いてどうします。

 「核廃絶の運動を次の世代がつないでほしい▼授賞式があったオスロで多くの人々が、たいまつを掲げてパレードしていた。夜空を照らす灯に未来へつながる希望を感じた」(「卓上四季」)
「子どもの目に映る戦争や兵器、絶望的な状況。私たちはいつ、消し去れるのだろう」(「天風録」)
「(核廃絶を目指す団体代表理事、高橋悠太さん)24歳。中高生の頃、被団協の代表委員だった故坪井直さんの証言を冊子にまとめた。坪井さんは「頼んだよ、若者」と握手したという」(「小社会」)
「被団協に昨夜、ノーベル平和賞が授与された。〈強く、負けず、共に強く生きた〉全ての被爆者に贈られる賞だ」(「水や空」)
「核の出現で極まった「力の文化」を終わらせねば。核と人類は共存できない―。そう訴え、核実験のたび抗議の座り込みをした。隻眼で至った思想をさらに広げる時だ」(「斜面」)

(以下参考資料)

【卓上四季】たいまつを熈つなぐ ひと言ずつ、かみしめるように語りかける。20分間を超える演説は静かなさざなみのように世界へ広がった。ノーベル平和賞の授賞式。日本被団協の代表委員、田中熙巳(てるみ)さんのスピーチだ▼長崎の中学生だった13歳のとき、原爆の真っ白な閃光(せんこう)に驚愕(きょうがく)したこと。奇跡的に助かったものの、大切な身内を失ったこと。美しい港町が黒く焼き尽くされ、人々がむごたらしい死を強いられたこと。「たとえ戦争といえども、こんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけない」▼核の脅威に話は及んだ。地球上に1万2千発もの核弾頭が存在し、4千発はいますぐにでも発射できる。広島、長崎をはるかに上回る被害が生じる可能性があり、世界のだれもが関わりうるのだ―と▼三たび核兵器を使ってはならない。このおきてを被団協は長年、示し続けてきた。にもかかわらず核の脅しを口にする指導者が現れ、世界に危機が迫る。恐怖で身がすくむが、「決して諦めてはいけない」。ノーベル委員会トップの言葉だ▼92歳になる田中さんは訴えた。被爆者の平均年齢が85歳になり、10年先には直接体験の証言者は数人かもしれない。核廃絶の運動を次の世代がつないでほしい▼授賞式があったオスロで多くの人々が、たいまつを掲げてパレードしていた。夜空を照らす灯に未来へつながる希望を感じた。(北海道新聞・2024/12/12)

【天風録】目に焼き付いた戦争 関心が薄れていた人も多いだろう。シリア情勢に。アサド政権が崩壊した。半世紀以上続いた独裁体制。それを反体制派があっという間、10日ほどで打ち倒す。ロシアやイランから政権への軍事支援が薄れた隙を突いた▲「うれしいが同時に恐ろしい。何が起きるか」。市民は話す。独裁者は去ったものの、周辺国の思惑も絡み、国の先行きは見えてこない。長い内戦に、イスラム国の介入もあった。住民も国土もすっかり疲弊している▲「爆撃と戦争しか記憶にない」。命からがら逃れた難民も多い。昨年2月のトルコ・シリア大地震で両国の子ども700万人が被災した。内戦に災害。子どもたちが気がかりだ。瞳に映ってきたのは何だろう。大勢が憎み合い、殺し合う光景ではないか▲ノルウェー・オスロの会場に、被爆者による「原爆の絵」が並ぶ。日本被団協のノーベル平和賞受賞に合わせて。あの日、被爆者の目に焼き付いた光景である。数え切れぬ遺体、電車の乗降口で黒焦げになった母子…▲「貧者の核」がシリアには残されているらしい。開発費の安い化学兵器のことだ。子どもの目に映る戦争や兵器、絶望的な状況。私たちはいつ、消し去れるのだろう。(中國新聞・2024/12/11)
【小社会】頼んだよ 古い本紙の記事を検索していると、高知県に住む被爆者の証言に出合う。手を止めたのは1975年の特集。まだ戦後30年。被爆者は若く、証言は生々しい。
 兵役で広島にいた40代男性らさまざまな人がいる。長崎出身で後に捕鯨船の船員だったご主人と結ばれ、高知市に住む女性も45歳。被爆時の地獄を語る。「人がものすごい格好で歩いていた。髪も服も焼けて男か女かわからない」「目玉が飛び出し、それを手で押さえている人もいた」
 被爆者は戦後も健康への不安や差別に苦しんだ。女性はこうも言う。「友人に死産した人が多い…子供は断念せざるを得なかった」
 80年、当時の厚生相の私的諮問機関が打ち出したのが「受忍論」だった。戦争被害は国民が等しく我慢すべきだとし、国家補償を否定した。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は核兵器の廃絶と国家補償を運動の柱に、傷ついた心身をさらして証言を続けてきた。
 被団協にノーベル平和賞が授与された。ただ、来年は戦後80年。被爆者の平均年齢は85歳を超え、全国で活動は岐路に立つ。核の使用をちらつかせる指導者が現れた世界。地獄と受忍を強いられる人々を再び出してはならない。
 過日、核廃絶を目指す団体代表理事、高橋悠太さんの記事があった。24歳。中高生の頃、被団協の代表委員だった故坪井直さんの証言を冊子にまとめた。坪井さんは「頼んだよ、若者」と握手したという。(高知新聞・2024/12/11)
【水や空】ノーベル平和賞 長崎が11回目の原爆の日を迎えた1956年の8月9日。本紙の前身の長崎日日新聞は19歳の女性被爆者の服毒自殺を社会面で大きく報じている。将来を誓い合った相手がいたが、2人とも原爆で重傷を負い、長く治療が続いていた▲結婚はお互いの体がもっとよくなってから-と母親に諭された彼女は「私たちにそんな日が来るのだろうか」と思い詰め、自ら命を絶った。凄絶(せいぜつ)な核の惨禍を生き抜いた。だが、生き抜いたがための苦悩が、この街のあちこちにあった▲仲間に遺した言葉はこう結ばれていた。〈心から強く、何事にも負けず、共に強く生きて下さい〉。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は報道の翌日に長崎で産声を上げた▲結成宣言は悲痛な叫びで始まった。〈あの瞬間に死ななかった私たちが…今日までだまって、うつむいて、わかれわかれに、生き残ってきた私たちが、もうだまっておれないで/てをつないで立ち上がろうとして集まった大会なのでございます〉▲〈私たちの体験を通して人類の危機を救う〉-その決意を68年後の世界が受け止めた。被団協に昨夜、ノーベル平和賞が授与された。〈強く、負けず、共に強く生きた〉全ての被爆者に贈られる賞だ▲あの日から2万8978日。長崎は「最後の被爆地」であり続けている。(智)(長崎新聞・2024/12/11)
【斜面】隻眼の思想を世界に 英国の山荘に日本からヒバクシャが訪れた。1957年夏。56歳の哲学者、森滝市郎さん(1901~94年)である。前年に発足した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員で、後に初代理事長となった反核運動の牽(けん)引者だ◆迎えた老紳士は55年、アインシュタインら著名な科学者らとともに核廃絶を訴える宣言をまとめた哲学者バートランド・ラッセル(1872~1970年)、85歳。2人は核と人類の未来について語り合った。そのやりとりを森滝さんが書き残している◆ラッセルが聞いた。広島の人々は米国への恨みや憎しみが強いか、と。「事柄があまりにひどいので、恨むとか憎むとかいう感情よりも、こんなひどいことがまたとあってはならぬという気持ちの方が先に立つ」。その返答に感銘を受けたラッセルは日本での運動の成功を願った◆森滝さんと歩んだ人々はきのう、ノーベル平和賞授賞式で「ノーモア・ヒバクシャ」の願いを世界へ伝えた。同じ日、林芳正官房長官は「抑止力を維持、強化する大前提に立ち核兵器のない世界に取り組む」と言った。核の力を前提とする今日を省みず◆原爆で森滝さんは右目を失明した。気の毒がるラッセルに「平和への道はかえってよく見えるようになった」と言った。核の出現で極まった「力の文化」を終わらせねば。核と人類は共存できない―。そう訴え、核実験のたび抗議の座り込みをした。隻眼で至った思想をさらに広げる時だ。(信濃毎日新聞・2024/12/11)

(☚「二枚舌」首相です」 「石破茂首相は11日の衆院予算委員会で、来年3月に米ニューヨークで開かれる核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を巡り「参加国が会議で、どのような主張をしたのか検証しないといけない」と述べた。参加の是非は明言しなかった。(中略)/締約国会議に米欧の核同盟、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のドイツがオブザーバー参加しているのを念頭に「『核の傘』を提供されながら参加している国の主張と、会議の流れがどうなったかを検証する」と述べた。検証の期限は定めないとした。日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞に関しては「本当に素晴らしいことだ」と語った」(共同通信・2024/12/11)

 「林芳正官房長官は11日の記者会見で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の田中熙巳代表委員がノーベル平和賞授賞式で核兵器廃絶を訴えたことに関し、「米国の拡大抑止を確保しつつ、『核兵器のない世界』に向かって努力することは、決して矛盾するものではない」と強調した。/林氏は、石破茂首相と被団協メンバーの面会を調整していくと説明。田中氏が原爆犠牲者への国家補償を求めたことについては「戦災で亡くなった方と同様に給付などは行っていない」と述べるにとどめた」(時事通信・2024/12/11)(☛も「二枚舌」官房長官だ)

 (「政治家は嘘つきだ。嘘つきは泥棒の始まり、と世間では言われる。つまりは政治家は泥棒だ、ということさ」世の中には、まるで「政治家」しかいないみたいやね)

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桃李不言 下自成蹊(夢のごとき話)

 このところ、各国で軌を一にするような「政変」「政情不安」が生じています。それぞれにいかなる連携もないものと思われるが、「権力腐敗」が看過できないところにまで来ているのかもしれません。傷口が化膿し、ついには皮膚が破れて「膿」が溢れ出すように、腐敗菌を隠しおおせなくなった段階にあったということかもしれません。吹き出た化膿菌・腐敗菌は、さらに別の政治家の傷口に湧くのでしょう。際限のない「傷のなすりつけ合い」、それこそが政治なんだと数多の「当人たち」は広言しているかのようです。おのれの利を図る、それが政治というものだと世を憚らない振る舞いに、有権者(国民)は呆れもし落胆もし、それがまた、不埒な政治家面(づら)が蔓延る原因となる、この繰り返しが「政治の歴史」だと、言われているようです。

(ヘッダー部分の漢詩文)「余(よ)、李将軍を睹(み)るに悛悛(しゅんしゅん)として鄙人(ひじん)のごとく、口、道辞(どうじ)する能はず。死するの日に及び、天下、知ると知らざると、皆為に哀しみを尽くす。彼の其の忠実の心誠に士大夫(したいふ)に信ぜらるればなり。諺に曰はく、『桃李言はざれども、下自ら蹊を成す』」と。

 (「悛悛として鄙人のごとく」とは、「誠実謙虚で、まるで田舎の人のようで」、です。「口、道辞する能はず」というのは、「べらべら喋ることはせず」でした。「士大夫」は智者。その昔には、こんな人が、あちこちにいた、今だって、きっといるんでしょうね、どこかに)

 コラム「水や空」は最近の「政治腐敗」「政情不安」の状況を端的に語っている。それに触れる前に、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(「陳渉世家」「史記」所収)という故事について駄弁ります。「燕雀」とは「ツバメやスズメ」、つまりは小人のこと、「鴻鵠」とは「オオトリとクグイ」のこと、どちらも大きな鳥(大人の謂い)を指す。陳勝は呉広と並んで「秦」瓦解の魁(さきがけ)をなした人物です。その陳勝に一つに逸話があります。内容は「陳渉少時嘗与人庸耕。輟耕之壟上、悵恨久之曰、苟富貴無相忘。庸者笑而応曰、若為庸耕。何富貴也。陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知鴻鵠之志哉」

 若い時に陳勝は他人に雇われて農耕に従事していた。一休みしながら「俺が偉く(富貴)なっても、君たち(仲間)のことを忘れないでおこう」というと、「雇われ農夫が、富貴を得ることがあるかよ」と嘲りを受けた。その時に陳勝は「陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知鴻鵠之志哉」と。「つまらない人間に、どうして大きな志を持つ人間の気持ちがわかるものか」と嘆いた。後年、陳勝は呉広とともに秦に対する反乱を試み、秦国崩壊の「魁(さきがけ)」をなした、そのことを司馬遷は高く評価した。コラム氏が触れた「「桃李(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す」は、高徳大人の風を余すところなく語っているとぼくには思われます。プラトンに「国家」という大冊があります。いわば「鉄人政治」の理想を語った書として読まれてきました。私心なく、高徳に横溢した「哲学者」が出なければ、望ましい政治などできるはずもないということだったでしょう。最も優れた哲学者が政治を行わなければ、人民の不幸は終わることはないのだ、と。

 韓国の大統領は何を狙って「クーデター」を試みたか。自らの失政と妻の重なる汚職を責められることを潔しとせず、一気に「独裁」「専制」に舵を切ろうとしたのでしょう。何のための権力掌握かと、その狂気に恐れ入ります。シリアはどうか。アサド大統領はロシアやイランの後援・助力を得て、驚くべき圧政を続けていた。父親から数えて半世紀に及ぶ「独裁」政治を恣(ほしいまま)にしていたのです。現代版「朕は国家なり」と、権力の私物化を政治と錯誤していた代表例だったでしょう。彼を模した長大な銅像がなぎ倒され、民衆から足蹴にされる映像が流れていた。大きな「御殿」に棲み、たくさんの財宝を所持し、高価な車を何台も持つこと、それが政治でも何でもないことを彼は知っていたから、この期に及んで盟友プーチンの下に亡命した、家族ともども。人民の安寧・幸福は彼の眼中になかったことは確か。

 「指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか」(「水や空」)と殊勝な物言いをされますが、何のことはない、もともと「人心」にいかなる興味も関心もなかったといえばどうでしょう。「位人を極める」という、その一点にのみ全精力を注ぐことは「小人」のよくなせるところです。国を治めるには知力と有徳が求められることを失念すれば、その後はいかにして「位に居続ける」ということにすべてを集中させるでしょう。「座(くら)に居(い)る」ことが所期の目的ではなかったとしても、いずれはそうなるのだとすれば、人間という入れ物(器)は微小さは驚異的なものがあるでしょう。

【空や水】桃李の不在 中国の歴史書「史記」に桃李(とうり)、つまりモモとスモモを例に引いた一節がある。〈桃李もの言わざれども 下(した)おのずから蹊(みち)を成す〉。モモやスモモは何も言わないが、花や実を慕って人が集まり、その下には自然と道ができる、と▲徳のある人物の元には、おのずと人が集まることの例えらしい。なるほどと思いながら、どこか絵空事のように感じられるのは、誰かを慕って人垣ができるような場面をあまり見ないからだろうか▲いきなり“戒厳令”が出され、解除された韓国の混乱ぶり。いきなり半世紀以上にわたる独裁体制に幕が引かれたシリアの激変ぶり。あっけにとられては「人が集まり道ができる」の例えが、ますます現実離れした理想論に思えてくる▲お隣の国では尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に内乱容疑がかけられ、捜査が始まった。シリアで攻勢をかけた反体制派はすなわち過激派で、安定と呼ぶにはまだ遠い。どちらも道らしい道が見当たらない▲指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか▲日本も例外とは言えまい。桃李が“不在”だと、道は開けない。(徹)(長崎新聞・2024/12/10)

⦿ 桃李もの言わざれども、下自ずから蹊を成す ー 徳のある人のまわりには、何も言わなくても、その徳を慕って人が集まってくる、ということのたとえ。[由来] 中国で古くから使われていることわざ。特に、「史記―李将軍伝・賛」で、口べただった李公(りこう)という将軍が亡くなったとき、国中の人たちが悲しんだことを記したあとに、「桃李(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す(桃やスモモは、何も言わなくても、花や実に引かれて人が集まり、自然に木の下に道ができる)」と引用しているのが、有名です。(故事成語を知る辞典)

 東京に「成蹊(せいけい)大学」があります。そのHPに、当然のように「史記」からの当該箇所の引用が解説され、大学の名称の由来が語られている。さぞかし「桃や李」のような、物言わぬ人格者の徳を慕って多くの若人が集うであろうと語ります。ぼくは不勉強にして数多(あまた)の「卒業生」の名を知らないが、ただ一人、なぜだか元首相 A.S. 氏だけは記憶していました。(https://www.seikei.ac.jp/university/landing/origin/)

「成蹊(せいけい)」という名は、
司馬遷の『史記』の
「李将軍列伝 *」に引用された

「桃李不言 下自成蹊」
桃李(とうり)ものいはざれども、
下おのづから蹊(こみち)を成す
からとられた。
・
桃や李(すもも)は何も言わないが、
美しい花や良い香りの果実を
求めて人が集い、
その樹木の下には自然と
蹊(こみち・小道)ができるという
李広将軍その人を讃えた故事である。
・
桃や李は、
人格者であることのたとえで、
そのような人物は黙っていても、
徳を求めて人々が集まってくるという
意味を持つ。
・
「成蹊」の名を掲げて100年余り。
成蹊大学は、
魅力ある人物を育み続けます。

*李広【り・こう】(?-B.C.119年)
中国前漢時代の弓の名手でもあった将軍。

 「桃李不言 下自成蹊」、これと正反対なのが「門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる)」です。「《白居易「寓意」から》訪れる人がなくて、門の前には雀 (すずめ) が群れ遊び、網を張って捕らえられるほどである。訪問する人もなく、ひっそりしていることのたとえ」(デジタル大辞泉)。今でいうなら、流行(はや)らない商店街(シャッター通り)のようなものか。スズメさえも寄り付かない寂(さび)れ具合、全国のいたるところにありますね。成蹊大学(に限らず)は「定員割れ」を起こしていないでしょうね。大学が寂れたのは、少子化のせいでもありますけれど、「桃や李」のような有徳の先達(せんだつ・せんだち)がいないから、「下おのづから蹊を成す」ことがなくなったからだ、と言えば関係者に怒られますか。

 ぼくの率直な感想を言うなら、この社会が異様な少子化に見舞われているのは、まさに「門前雀羅を張る」ばかりに、国や市町村が栄える余地を失い、「桃李不言 下自成蹊」という篤実・誠意の政治家が、まったく不在だからだと言えないでしょうか。今時の政治家に「陳勝呉広」や「哲人政治」を求めること自体が、あるいは荒唐無稽、笑止千万と言われるのかもしれない。並みいる政治家諸君が、ただの一個の「桃」「李」たりえないのはなぜかと、ぼくはいつもの長嘆息に落ち込むのです。「燕雀安知鴻鵠之志哉」と絶望しかける陳勝もまた、この社会では「不在」を続けている。この小島社会の政治家は、口を開けば「政治に金がかかる」「政治に金をかける」と言わぬばかりの金権亡者ばかりといいたくなります。国土はいたるところ李の林であり、瓜の畑です。「李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず」(古楽府「君子行」)といってもなお、冠を被り直し、履のままで瓜畑に入る。挙句には「性欲」を野放したまま、女色を漁る。性欲旺盛な泥棒政治家が鎬(しのぎ)を競っているという自堕落社会。まさに「以ての外(Unbelievable)」といいたくなる惨状にあるのが「邦家政治と政治家」の現在地でしょう。

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小人罪なし璧を懐いて罪あり

 「諸刃(もろは)の剣」という。「《両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ。両刃の剣」(デジタル大辞泉)。この言葉はさらに広く解釈することもできるでしょう。「馬鹿と鋏は使いよう」などといって、「切れない鋏にも使いようがあるように、ばかも使い方しだいでは役に立つ」(同前)。つまり、人・物にはきっと(よしあしの)両面あるのであって、便利であると同時に危険でもあるいう「戒め」のようでもあります。 いつも言うように「便利は不便」ということにもなりそうです。

 (ヘッダー写真「うっすら雪化粧 真庭市蒜山地域」:山陽新聞・2024/12/08)(https://www.sanyonews.jp/article/1649569/

 少し古いものですが、BBCのニュースに「人工知能(AI)が人類滅亡を招く恐れがあると、専門家らが警告を発している」という記事に出会った。「ウェブサイト『センター・オブ・AIセーフティー』に掲載されたAIのリスクについての声明文には、『チャットGPT』を開発したオープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)、グーグル・ディープマインドのデミス・ハッサビスCEO、アンソロピックのダリオ・アモデイCEOといった、テクノロジー企業のトップも署名している。/声明は、『パンデミックや核戦争といった社会規模のリスクと同様、AIによる絶滅のリスクを低減することを世界的な優先事項とするべきだ』と呼びかけている」(2023年5月31日)(https://www.bbc.com/japanese/65762397

 「声明」の中では次のようないくつかの危険性が表明されていた。それに対して、現在の「AIレベル」では、それはあり得ないことで、「声明」は大げさに過ぎるとする意見も出されている。いずれにしても、「AI」には何かと問題があるという指摘は肯定するほかなさそう。

➊AIの兵器化:新薬開発ツールが化学兵器の製造に使われるといった可能性      
➋AIで生成された偽情報が社会を不安定化させ、「集団での意思決定に害を及ぼす」可能性                                                  ➌AIの力がより少数の人に集中し、国家が「監視と抑圧的な検閲を通じて、狭い価値観を強制」できるようになる可能性                                       ➍「映画『ウォーリー』で描かれたシナリオのように」、人類がAIに頼って衰退する可能性

 この点について、ぼくはこれまでにも「愚見」を述べてみました。使い方次第ではどっちにも転ぶというのですから、それを使う側の「自制力」や「倫理観」こそが問題にされなければならないということでしょう。この「AI」問題は、まるで「原子力・原発」問題における「功罪」両面に関して叫ばれているのと同じことが言えるのだと、ぼくは考えている。「戦時軍事力」としての「原子核(攻撃兵器)」の採用と、「平和的側面」としての「原子力発電」利用の二面性です。まるで「核爆弾(atomic bomb)」は「馬鹿」か「鋏」みたいで、使い方を誤ると、とんでもないことになるが、うまく利用すれば、思わない結果を得ることにもなる、と。同じように、「AI」の利用と普及に対する「過大評価」も「過小評価」も正しくないとまでは言えますが、その「過大」と「過小」の範囲・程度は誰が決めるのか、おそらく決め手はないのではないか。

 原子力問題の「IAEA(International Atomic Energy Agency)」機関の必要性を訴える専門家もいる。(*「国際原子力機関は、原子力分野での協力を進める世界の中心的機関である。核兵器の拡散を防ぎ、すべての国、とくに開発途上国が原子力科学と技術を平和目的に、安全に、安心して利用できるようにする。また、原子力の安全を強化するためのグローバルなプラットフォームとなる」(国連広報センター)

 以下に「二つのコラム」を引用してみました。佐賀市の小学校で「スマホ買わないの?」という質問に攻められている子ども。「スマホはいつか必要だと思えた時でいい、と。与えられるものではなく選び取るもの」という一少年の主張にコラム氏は動かされたようですが、「否応なく選ばされるもの」になっている趨勢にはいかに対峙しますかという問題は残されている。ぼくのような老人は「スマホなし」で生きていくにしても、その先は短く限られている。しかし、長くこの社会で生きていく人々には「スマホなし」は社会に存在する資格がないとされる時代に入っているんじゃないですか。スマホを持てという「社会的圧力に違和感」を覚えて成長するのは「きっと人生を実り豊かにするに違いない」と、コラム氏は極めて楽天的に構えておられるように見える。その程度の問題意識で済むのなら、話は簡単。スマホは「ID(identification)(身分証明書)」になる時代、なっている時代です。

 社会人であるためには「身分証明書」が不可欠で、それが今では「スマホ」に様変わりしているという時代。どこかの愚かしい政府は「スマホとマイナンバーカード」を合体させる方向に進むそうで、スマホがないと生活が成り立たなくなる社会に突入しているのです。スマホを持つのは「義務教育(就学)」を課されるようなもので、それが嫌なら「不登校」となるほかない。もちろん、「不登校」でも何とか生きていけるかもしれないけれど、社会的不利益は避けられません。ぼくは、誰もかれも「スマホを持つ」べきだというのではない。ぼくには不要だというばかりです。そんなものは不要だという姿勢は認められるべきだとしても、「スマホはいつか必要だと思えた時でいい」という主義・主張は、やがて「持つことになる」という表明でもあるのだと思う。それはそれで、一つの選択でしょう。「分数の割り算」に抱いた「違和感(dout)」と「スマホ所有」に持つ「違和感(uneasiness)」は、どうも質が違うようにぼくには感じられるのだ。

 いずれ「AI」が一大進化を遂げて、「原子力の平和利用」並みに肯定されるにしても、そしてその時代や会は現実のものになりつつあるのだが、どこまでいっても安全性にかかわる課題は残る、だから「AI」に接続しないスマホを持つようにすればいいということかもしれない。車社会は「交通・運輸」の拡大・利便に大いなる貢献をしているが、二酸化炭素(CO2)の排出(公害問題)と交通事故による「生命の損失」という大きな負の側面を伴っているのであり、「功罪半ば」しているにもかかわらず、この先も「自動車」は使われ続けるのだろう。そして、化石燃料を消費しない車は走らせられるが、車自体を作るのに「石油」「石炭」は不可欠であるという問題はいつまでも残り続ける。

【有明抄】違和感を大事に 小学校の時、分数の割り算すぐできた? 名作アニメ『おもひでぽろぽろ』にこんなセリフがある。「分数の割り算がすんなりできた人は、その後の人生もすんなりいくらしいのよ」◆分数を分数で割る。それが主人公の女の子は納得できない。片方の分母と分子をひっくり返して掛け算すれば、機械的に正解は出る。そう教わっても、リンゴ「3分の2」個を「4分の1」人で分けて…と考え始めると、その計算でいったい何が分かるのか、大人でも簡単には答えられない◆周囲は疑問を持たず、すんなり受け入れていることが、なぜか自分はふに落ちない。そんな違和感を大事にしながら成長するのは、分数の割り算を機械的に覚えるより、きっと人生を実り豊かにするに違いない◆おととい佐賀市少年の主張大会で印象深い発表を聞いた。いまや小学校高学年でスマホを持つ時代。友達はSNSや動画の話題で盛り上がっている。「スマホ買わないの?」と聞かれるたび、答えをのみ込んでしまう。それは「必要だと思わないから」◆SNSや動画に熱中するより、自然体験や異文化交流など今しかできない時間を大切にしたい。スマホはいつか必要だと思えた時でいい、と。与えられるものではなく選び取るもの。スマホの話がいつの間にか、生き方を語っているように思えて背筋が伸びた。(桑)(佐賀新聞・2024/12/10)

【夕歩道】こうなると2024年は「SNS選挙元年」として記憶されることになるかも。兵庫県知事選や東京都知事選で世を仰天させたSNSの影響力だが、海外では、さらに大変なことになっている由。
 ウクライナに隣接するルーマニアの大統領選第1回投票で、ほとんどSNSだけで選挙運動を行った無名の親ロシア派極右候補が首位に。本命視されていたチョラク首相は3位に沈み、敗退した。
 同候補の情報を拡散したインフルエンサーに第三者からの資金提供が判明とも。ロシアの介入も取り沙汰され、決選投票を前に憲法裁判所が選挙やり直しを決定。民主主義のきしむ音が聞こえる。(中日新聞・2024/12/09)

 さらに「スマホ(SNS)」が引き起こしている大きな問題が各地で生じている。「SNS選挙」と言われるものの弊害は、おそらく避けようがないだろう。豪州では「SNS」利用は一定年齢以下では禁止されるという法案が議会を通った。しかし「選挙権」と同じように、一定の年齢以上には使用禁止は、今のところはできない。強力な国家権力(中国のような)を行使すれば、スマホ(SNS)利用は全面的に禁止できようが、それはまた、別種の深刻な問題を生む。「知る権利」の規制と「知らせる義務」の放棄という政治問題です。

 中日新聞の「夕歩道」氏は「民主主義のきしむ音が聞こえる」と書かれている。「軋(きし)み」はいつだって起こっているのだけれど、それが「スマホ」時代になって顕著になっただけとも言える。「真偽取り混ぜて」ではなく、「虚と偽に満たされた」情報が、有権者の選択を歪めているということで、確かに「由々しい問題」だということはぼくも認める。「スマホさえなければ、こんなことにはならなかったのに」、そんな憐れな想念を持ちたくなるような、忌まわしい事件や事故が多発している社会です。「原発」利用、「銃所有」社会の陥穽、「SNS」の秘匿性という矛盾、そんな問題群の中に、「スマホ(SNS)」や「AI」が新規に、しかも急激に参入してきたのだ。さあ、どうすべきか、「AI」に訊くか。

 「小人罪なし璧(たま)を懐(いだ)いて罪あり」(「春秋左氏伝」)、「身分不相応なものを手にすると、災いを招いてしまう」とされる。「おサルがスマホを持つ」とどうなるでしょう。パンツをはいたサルは許せますが、スマホを持つサルは不気味ですね。ぼくは申年(さるどし)生まれですから、サルの気分は分かる気がします。「地獄谷のおサルは誰にメールしているのか」、あるいは「A と B は 不倫している」と Xで呟いているのかしら。

 ぼくのごく近くにかしこい存在がいて、ぼくのすることなすこと(一挙手一投足)を観察している。きっと、人間たちが「スマホを持ったサル」になにかと不都合なことを言うのと同じような、その賢存在は「批判や非難」を口にするでしょうか。「何とかに刃物」だとか、「ネコに何とか」とか。酒をたらふく呑んで、車を運転して、信号無視を繰り返し、挙句には「人身事故」を起こしてしまう、そんな危険性を「スマホ(AI)」を使う「小人(人間)」に感じ取っているに違いないでしょう。自分の始末が自分でできないんだ、気の毒だし、愚かだし、怖いな、と。

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絶望社会にひとり起つ

 〝叛逆老人〟86歳のルポライター鎌田慧は社会の断面を書き続ける 冤罪、原発、労働…全12巻の選集刊行開始 「完結まで死ねない」(略)青森県弘前市出身。高校卒業後に上京し、小さな工場で工員として働いていたが、解雇に遭う。撤回闘争に伴う職場占拠の応援に加わっていたさまざまな労働者と出会い「こういう世界を書きたい」と決意。愛読していたゴーリキーの影響もあり、早稲田大学に入学してロシア文学を学んだ。/ 卒業後、鉄鋼の業界紙や、月刊誌の編集を経てフリーに。スタートの労働問題をはじめ、取材テーマは冤罪(えんざい)、原子力発電所、沖縄、教育など多岐にわたる。通底するのは、資本主義が生み出す影の部分とも言えるだろう。「確かに影ですよ。あんまり明るいところには行ってないから。僕は労働問題から入ってる。高校終わって3年働いていてクビになった経験が根っこにあって、そこから世の中が見えた。社会の断面みたいなのが見えた。それは大事にしようと思ってやってきた」と振り返る。「一番最初の感覚が当たっていたんですよ」(中略)肩書は「ルポライター」を通してきた。「評論家っていうのも作家っていうのもおこがましい。ずっとルポライターで終わろうとしているけど、(「鎌田慧セレクション」が完結する)あと2年は生きるよ。完成しないで死ぬわけにいかないから」(中略)/ コラムをまとめた単行本のタイトルは「叛逆老人」。「昔は仙人みたいに山にこもって静かにしていたでしょうけど、今は〝叛逆老人〟を全うしたい」。86歳、まだまだ書き続ける。(共同通信・2024/12/07) 

 ある時期の数年間、鎌田さんにはとても親しくしていただいた。ぼくが担当している授業にも、非常勤講師として一年間、いろいろな問題(鎌田さん自身のテーマでもある、労働・冤罪・原発など)、多くのテーマを語ってもらった。小さな出来事がきっかけで、ぼく自身は鎌田さんから遠のいてしまったが、その後も鎌田さんの活動に関心を持ちながら、一人のファンとして、彼から学び続けてきました。このところ、自らを「叛逆老人」と称されているが、ぴったりした自己認識だと思う。ぼくに、一貫して鎌田さんを尊敬する気持ちが失せなかったのは、「インディペンデント派(無所属流)」を貫き通されているからでした。「寄らば小樹の陰」にさえも一顧だにされなかった、彼の生き方の流儀、その律儀さ(Conscientious)によるものでした。

 同じように、ぼくが大きな影響を受けていた鶴見俊輔さん(1922~2015)は晩年には、自称「不逞老人(Rebellious Old Man)」で生き抜こうとされた。この二人の「流儀」には相対峙するものがあると同時に、その生き方の底に「ラディカリズム(根本派)」の志が根差していたと思う。難問にぶつかったとき、いつだって、それぞれは「自らの意識の根っこ」に立ち戻る、そんな過激な駆動性があったと思う。波間に浮かぶ水の泡のような事柄をつかんで、事の本質と錯覚するような、そんな間抜けで、頓馬な姿勢や態度はとらなかったとぼくには映りました。「叛逆(Rebellion)」と「不逞(insubordination)」、この「生活態度(思想)」は学歴や生まれとはまず関係なく、それぞれが自らに課した難問によって鍛えられ育て上げられたものだったといえます。鶴見さんは九十を超えてなお思索と行動の人であり続けた。今、鎌田さんは文字通りに「社会問題」の荒海に、いわば救命胴衣を着けないままで身を挺しておられる。本年八十六歳、「今は〝叛逆老人〟を全うしたい」と、その意気や軒昂そのものです。ますますの健康を祈りつつ遠くから、その「叛逆」に添い続けたいもの。なんの根拠もありませんが、鎌田慧さんを思うと、きっと「山茶花(さざんか)」の花を想起してしまいます。どうしてでしょうね。俗っぽいことを言うようで気恥ずかしいのですが、「山茶花の花言葉」は「ひたむき」「困難に打ち克つ」だそうですね。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

「徒然に日乗」(589~595)

〇2024/12/08(日)日中は穏やかだったが、陽が落ちると急に寒くなる。▶昼前に買い物に茂原まで。午前中に駄文書き(打鍵)をし、その後に、気分転換のために外出するというパターンが続いている。陽射しのある日中に、植木の枝落としや屋根の樋の掃除をしたいのだが、なかなか気分が乗らないでいる。▶午後に、京都の姉たちから電話があった。長岡の姉は85歳。桂の姉は83歳。二番目の姉は体調を崩している。彼女はタバコ吸いで、その影響もあって肺を患っている。食事をすると疲れるという。春になったら「会いたいね」と言って、電話を切った。長岡の姉夫婦はいたって元気そうで、結婚生活六十数年を送っている。ほぼ同じ時刻に、横浜と草加市に住んでいる娘二人からも電話。12月6日が彼女たちの誕生日。姉たちには「お歳暮」代わりに、娘たちには「誕生祝い」みたいなものを贈ったところ。恒例のこと。▶韓国の今回の「クーデター」騒ぎで、この先、どういう結末を迎えるのか。曲折があろうが、大統領を含む、実行計画を練った連中は(内乱罪等で)逮捕、いずれは「極刑」だと思う。それにしても、韓国の市民の果敢な抵抗行動には見習うべきものがあると、感心している。この国では、果たしてどういうことになるだろうか。「クーデター」のような事件が起こるとは考えられないが、近年の自衛隊の膨張一途の動きには、文民統制を超える恐れなしとはしないのだ。(595)

〇2024/12/07(土)韓国大統領の「弾劾」を求めている野党案の採決は195人までが投票したが、200票までには5票足りず、そこに至るまで、投票を続ける(与党議員が議場に戻って賛成票を投ずるまで)ので、国会は開会したままであるとの報道がある。また、投票者が200名(国会議員の3分の2以上)に達することがなければ「弾劾」提案そのものが無効(廃案)だという。投票期限(8日午前0時48分まで採決が可能)がある中、異例の状況が韓国国会で続いている。大統領自身が辞任する気がないらしい。それにしても、どうにもならない人間を「大統領」として、与党は選出したし、国民も選挙で選んだことになる。*「韓国の国会は7日午後、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案を否決した。尹氏は職務停止を免れた。」(毎日新聞・2024/12/07/21:28)「韓国の尹錫悦大統領に対する弾劾訴追案は7日、投票者数が規定に達せず不成立となった。廃案となる。」(共同通信・2024/12/07/21:29)二つの新聞報道の内容が異なるのはどうしてだろうか。▶日本における「選挙」「投票」も危機状況にあることは否定できない。投票率が異様に低いし、低投票率で選ばれることで、当選者の信任の度合いが著しく削がれることになる。それゆえに、政治に権威も信頼も認められないのだろう。国民(有権者)は自らの首を自分で絞めている、そんな気がしてならない。▶終日寒さが続いた。我慢できないほどではないにしても本格的な冬の寒さになってきた。本日は「大雪(たいせつ)」だという。来週からはさらに寒さが続くらしい。風邪を引かないこと。(594)

〇2024/12/06(金)やや寒さが増してきたような。午前中に茂原まで買い物。▶韓国の「非常戒厳」発布の状況が少しずつ明らかになりつつある。尹大統領は、政敵や反尹派の政治家など十人ほどを逮捕するよう部下に命じていたと報じられている。本当に「戒厳令」が行き届くと思っていたのだろうか。今となれば、彼に近い関係者も大統領からは離反している。国会における「弾劾」決議はあす投票が行われる予定。今の段階では、当然のこととして「弾劾」は成立するのではと見られているが、予断は許さない。大統領自身の辞職はあるのだろうか。(593)

〇2024/12/05(木)アメリカ大統領選挙の結果をはじめ、大きな政治的変動が世界的規模で生じている。フランスでは「中道」派の内閣が総辞職し、極右と左翼連合の共闘が実を結んだかのごとくである。信じられない「混合」「野合」だ。ドイツでも政権与党が選挙で大負けする状況にある。欧米の「G7」諸国の諸大国に、現実における政治的破綻が認められるのは、どういうことだろうか。▶韓国における現大統領による唐突な「非常戒厳」発令にいたった経緯とその後に関しては、十分には見通せないままで推移している。こんなことが起るのだから、暢気に構えてはおられないということか。(592)

〇2024/12/04(水)昨深夜(本日未明)、韓国で「戒厳令」が敷かれたという報道が飛び込んできた。その瞬間、「大統領は何を考えてのことか」と思った。恐らく、自らの政権がこれ以上維持不能だとみなしたが故の「独裁宣言」、勝算のない「クーデター」の決起だったと思う。それにしても、この時期に「戒厳令」が成就するとでも見ていたのだろうか。一部報道によると、三か月前から準備していたといわれているが、それにしてはお粗末に過ぎる。「独裁」を狙ったのだと思うが、正気を逸していると言わざるを得ない。現大統領は、前職は検事総長だというから、想像以上に自らの権力を過大に見ていたに違いない。やはり、お粗末に過ぎるのだ。▶お昼過ぎに、茂原まで買い物。いつも通りの食材や果物など。少し寒い日が続くのか、かみさんが車に乗らない。いいことだと思う。恐らく四十年は乗っている計算だが、上手になった形跡がないのはどうしたことか。他人のことは言えた義理ではないが、とにかく自損「事故」は起こしても、他の車との事故や人身事故はもってのほか。ともども、高年齢であることを忘れないで、細心の注意を払って乗りたい。(591)

〇2024/12/03(火)終日、好天続く。長閑な気候というのか。昼過ぎまでパソコンの前に座る。何をするでもなく、ネットで音楽(主に軽音楽・ジャズなど)を聞く。パソコンが開いている間は、常に何かと音楽が鳴っているのだ。▶昼過ぎに買い物。茂原には大きなスーパーが二店舗ある。本日は、普段とは別の店に。▶医者にかかっている猫たち。いずれも「喧嘩傷」による「化膿」を来している。終日外に出ているので、何処で喧嘩をするのか、誰とするのか確認できない。あるいは家の猫同士かもしれない。少し離れた隣の「猫たち」の姿が、最近はあまり見られない。家主はときどき、野良になっている猫を見ると「餓死」という言葉を使っていた。また、自宅にいるのは「野良猫」とも話していた。食事を与えていないのだろうか。???(590)

〇2024/12/02(月)終日好天が続く。▶午前中、猫缶購入のためにあすみが丘へ。▶午後4時に頬の腫れている猫を病院へ連れて行く。何が原因か不安だったが、どうやら喧嘩傷のようだと診断される。頬の深いところが化膿しているので頬が膨らんでいるが、まだ傷口が開くほどになっていないので、もう少し様子を見てから、場合によっては「切開」もという。一週間分の薬をもらってくる。右足を噛まれた子と同じ消炎剤(化膿止め)の処方だった。しばらく医者と疎遠になっていたが、立て続けに医者通いが始まる。とにもかくにも「喧嘩」、仲間同士で派手にやることも。それを起こさないようにするには大いなる工夫がいるだろう。(589)

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