
このところ、各国で軌を一にするような「政変」「政情不安」が生じています。それぞれにいかなる連携もないものと思われるが、「権力腐敗」が看過できないところにまで来ているのかもしれません。傷口が化膿し、ついには皮膚が破れて「膿」が溢れ出すように、腐敗菌を隠しおおせなくなった段階にあったということかもしれません。吹き出た化膿菌・腐敗菌は、さらに別の政治家の傷口に湧くのでしょう。際限のない「傷のなすりつけ合い」、それこそが政治なんだと数多の「当人たち」は広言しているかのようです。おのれの利を図る、それが政治というものだと世を憚らない振る舞いに、有権者(国民)は呆れもし落胆もし、それがまた、不埒な政治家面(づら)が蔓延る原因となる、この繰り返しが「政治の歴史」だと、言われているようです。
(ヘッダー部分の漢詩文)「余(よ)、李将軍を睹(み)るに悛悛(しゅんしゅん)として鄙人(ひじん)のごとく、口、道辞(どうじ)する能はず。死するの日に及び、天下、知ると知らざると、皆為に哀しみを尽くす。彼の其の忠実の心誠に士大夫(したいふ)に信ぜらるればなり。諺に曰はく、『桃李言はざれども、下自ら蹊を成す』」と。
(「悛悛として鄙人のごとく」とは、「誠実謙虚で、まるで田舎の人のようで」、です。「口、道辞する能はず」というのは、「べらべら喋ることはせず」でした。「士大夫」は智者。その昔には、こんな人が、あちこちにいた、今だって、きっといるんでしょうね、どこかに)
コラム「水や空」は最近の「政治腐敗」「政情不安」の状況を端的に語っている。それに触れる前に、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(「陳渉世家」「史記」所収)という故事について駄弁ります。「燕雀」とは「ツバメやスズメ」、つまりは小人のこと、「鴻鵠」とは「オオトリとクグイ」のこと、どちらも大きな鳥(大人の謂い)を指す。陳勝は呉広と並んで「秦」瓦解の魁(さきがけ)をなした人物です。その陳勝に一つに逸話があります。内容は「陳渉少時嘗与レ人庸耕。輟レ耕之二壟上一、悵恨久レ之曰、苟富貴無二相忘一。庸者笑而応曰、若為二庸耕一。何富貴也。陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知二鴻鵠之志一哉」

若い時に陳勝は他人に雇われて農耕に従事していた。一休みしながら「俺が偉く(富貴)なっても、君たち(仲間)のことを忘れないでおこう」というと、「雇われ農夫が、富貴を得ることがあるかよ」と嘲りを受けた。その時に陳勝は「陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知二鴻鵠之志一哉」と。「つまらない人間に、どうして大きな志を持つ人間の気持ちがわかるものか」と嘆いた。後年、陳勝は呉広とともに秦に対する反乱を試み、秦国崩壊の「魁(さきがけ)」をなした、そのことを司馬遷は高く評価した。コラム氏が触れた「「桃李言(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す」は、高徳大人の風を余すところなく語っているとぼくには思われます。プラトンに「国家」という大冊があります。いわば「鉄人政治」の理想を語った書として読まれてきました。私心なく、高徳に横溢した「哲学者」が出なければ、望ましい政治などできるはずもないということだったでしょう。最も優れた哲学者が政治を行わなければ、人民の不幸は終わることはないのだ、と。
韓国の大統領は何を狙って「クーデター」を試みたか。自らの失政と妻の重なる汚職を責められることを潔しとせず、一気に「独裁」「専制」に舵を切ろうとしたのでしょう。何のための権力掌握かと、その狂気に恐れ入ります。シリアはどうか。アサド大統領はロシアやイランの後援・助力を得て、驚くべき圧政を続けていた。父親から数えて半世紀に及ぶ「独裁」政治を恣(ほしいまま)にしていたのです。現代版「朕は国家なり」と、権力の私物化を政治と錯誤していた代表例だったでしょう。彼を模した長大な銅像がなぎ倒され、民衆から足蹴にされる映像が流れていた。大きな「御殿」に棲み、たくさんの財宝を所持し、高価な車を何台も持つこと、それが政治でも何でもないことを彼は知っていたから、この期に及んで盟友プーチンの下に亡命した、家族ともども。人民の安寧・幸福は彼の眼中になかったことは確か。

「指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか」(「水や空」)と殊勝な物言いをされますが、何のことはない、もともと「人心」にいかなる興味も関心もなかったといえばどうでしょう。「位人を極める」という、その一点にのみ全精力を注ぐことは「小人」のよくなせるところです。国を治めるには知力と有徳が求められることを失念すれば、その後はいかにして「位に居続ける」ということにすべてを集中させるでしょう。「座(くら)に居(い)る」ことが所期の目的ではなかったとしても、いずれはそうなるのだとすれば、人間という入れ物(器)は微小さは驚異的なものがあるでしょう。
【空や水】桃李の不在 中国の歴史書「史記」に桃李(とうり)、つまりモモとスモモを例に引いた一節がある。〈桃李もの言わざれども 下(した)おのずから蹊(みち)を成す〉。モモやスモモは何も言わないが、花や実を慕って人が集まり、その下には自然と道ができる、と▲徳のある人物の元には、おのずと人が集まることの例えらしい。なるほどと思いながら、どこか絵空事のように感じられるのは、誰かを慕って人垣ができるような場面をあまり見ないからだろうか▲いきなり“戒厳令”が出され、解除された韓国の混乱ぶり。いきなり半世紀以上にわたる独裁体制に幕が引かれたシリアの激変ぶり。あっけにとられては「人が集まり道ができる」の例えが、ますます現実離れした理想論に思えてくる▲お隣の国では尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に内乱容疑がかけられ、捜査が始まった。シリアで攻勢をかけた反体制派はすなわち過激派で、安定と呼ぶにはまだ遠い。どちらも道らしい道が見当たらない▲指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか▲日本も例外とは言えまい。桃李が“不在”だと、道は開けない。(徹)(長崎新聞・2024/12/10)
⦿ 桃李もの言わざれども、下自ずから蹊を成す ー 徳のある人のまわりには、何も言わなくても、その徳を慕って人が集まってくる、ということのたとえ。[由来] 中国で古くから使われていることわざ。特に、「史記―李将軍伝・賛」で、口べただった李公(りこう)という将軍が亡くなったとき、国中の人たちが悲しんだことを記したあとに、「桃李言(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す(桃やスモモは、何も言わなくても、花や実に引かれて人が集まり、自然に木の下に道ができる)」と引用しているのが、有名です。(故事成語を知る辞典)
東京に「成蹊(せいけい)大学」があります。そのHPに、当然のように「史記」からの当該箇所の引用が解説され、大学の名称の由来が語られている。さぞかし「桃や李」のような、物言わぬ人格者の徳を慕って多くの若人が集うであろうと語ります。ぼくは不勉強にして数多(あまた)の「卒業生」の名を知らないが、ただ一人、なぜだか元首相 A.S. 氏だけは記憶していました。(https://www.seikei.ac.jp/university/landing/origin/)

「成蹊(せいけい)」という名は、
司馬遷の『史記』の
「李将軍列伝 *」に引用された
「桃李不言 下自成蹊」
桃李(とうり)ものいはざれども、
下おのづから蹊(こみち)を成す
からとられた。
・
桃や李(すもも)は何も言わないが、
美しい花や良い香りの果実を
求めて人が集い、
その樹木の下には自然と
蹊(こみち・小道)ができるという
李広将軍その人を讃えた故事である。
・
桃や李は、
人格者であることのたとえで、
そのような人物は黙っていても、
徳を求めて人々が集まってくるという
意味を持つ。
・
「成蹊」の名を掲げて100年余り。
成蹊大学は、
魅力ある人物を育み続けます。
*李広【り・こう】(?-B.C.119年)
中国前漢時代の弓の名手でもあった将軍。

「桃李不言 下自成蹊」、これと正反対なのが「門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる)」です。「《白居易「寓意」から》訪れる人がなくて、門の前には雀 (すずめ) が群れ遊び、網を張って捕らえられるほどである。訪問する人もなく、ひっそりしていることのたとえ」(デジタル大辞泉)。今でいうなら、流行(はや)らない商店街(シャッター通り)のようなものか。スズメさえも寄り付かない寂(さび)れ具合、全国のいたるところにありますね。成蹊大学(に限らず)は「定員割れ」を起こしていないでしょうね。大学が寂れたのは、少子化のせいでもありますけれど、「桃や李」のような有徳の先達(せんだつ・せんだち)がいないから、「下おのづから蹊を成す」ことがなくなったからだ、と言えば関係者に怒られますか。

ぼくの率直な感想を言うなら、この社会が異様な少子化に見舞われているのは、まさに「門前雀羅を張る」ばかりに、国や市町村が栄える余地を失い、「桃李不言 下自成蹊」という篤実・誠意の政治家が、まったく不在だからだと言えないでしょうか。今時の政治家に「陳勝呉広」や「哲人政治」を求めること自体が、あるいは荒唐無稽、笑止千万と言われるのかもしれない。並みいる政治家諸君が、ただの一個の「桃」「李」たりえないのはなぜかと、ぼくはいつもの長嘆息に落ち込むのです。「燕雀安知二鴻鵠之志一哉」と絶望しかける陳勝もまた、この社会では「不在」を続けている。この小島社会の政治家は、口を開けば「政治に金がかかる」「政治に金をかける」と言わぬばかりの金権亡者ばかりといいたくなります。国土はいたるところ李の林であり、瓜の畑です。「李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず」(古楽府「君子行」)といってもなお、冠を被り直し、履のままで瓜畑に入る。挙句には「性欲」を野放したまま、女色を漁る。性欲旺盛な泥棒政治家が鎬(しのぎ)を競っているという自堕落社会。まさに「以ての外(Unbelievable)」といいたくなる惨状にあるのが「邦家政治と政治家」の現在地でしょう。
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