桃李不言 下自成蹊(夢のごとき話)

 このところ、各国で軌を一にするような「政変」「政情不安」が生じています。それぞれにいかなる連携もないものと思われるが、「権力腐敗」が看過できないところにまで来ているのかもしれません。傷口が化膿し、ついには皮膚が破れて「膿」が溢れ出すように、腐敗菌を隠しおおせなくなった段階にあったということかもしれません。吹き出た化膿菌・腐敗菌は、さらに別の政治家の傷口に湧くのでしょう。際限のない「傷のなすりつけ合い」、それこそが政治なんだと数多の「当人たち」は広言しているかのようです。おのれの利を図る、それが政治というものだと世を憚らない振る舞いに、有権者(国民)は呆れもし落胆もし、それがまた、不埒な政治家面(づら)が蔓延る原因となる、この繰り返しが「政治の歴史」だと、言われているようです。

(ヘッダー部分の漢詩文)「余(よ)、李将軍を睹(み)るに悛悛(しゅんしゅん)として鄙人(ひじん)のごとく、口、道辞(どうじ)する能はず。死するの日に及び、天下、知ると知らざると、皆為に哀しみを尽くす。彼の其の忠実の心誠に士大夫(したいふ)に信ぜらるればなり。諺に曰はく、『桃李言はざれども、下自ら蹊を成す』」と。

 (「悛悛として鄙人のごとく」とは、「誠実謙虚で、まるで田舎の人のようで」、です。「口、道辞する能はず」というのは、「べらべら喋ることはせず」でした。「士大夫」は智者。その昔には、こんな人が、あちこちにいた、今だって、きっといるんでしょうね、どこかに)

 コラム「水や空」は最近の「政治腐敗」「政情不安」の状況を端的に語っている。それに触れる前に、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(「陳渉世家」「史記」所収)という故事について駄弁ります。「燕雀」とは「ツバメやスズメ」、つまりは小人のこと、「鴻鵠」とは「オオトリとクグイ」のこと、どちらも大きな鳥(大人の謂い)を指す。陳勝は呉広と並んで「秦」瓦解の魁(さきがけ)をなした人物です。その陳勝に一つに逸話があります。内容は「陳渉少時嘗与人庸耕。輟耕之壟上、悵恨久之曰、苟富貴無相忘。庸者笑而応曰、若為庸耕。何富貴也。陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知鴻鵠之志哉」

 若い時に陳勝は他人に雇われて農耕に従事していた。一休みしながら「俺が偉く(富貴)なっても、君たち(仲間)のことを忘れないでおこう」というと、「雇われ農夫が、富貴を得ることがあるかよ」と嘲りを受けた。その時に陳勝は「陳渉太息曰、嗟乎、燕雀安知鴻鵠之志哉」と。「つまらない人間に、どうして大きな志を持つ人間の気持ちがわかるものか」と嘆いた。後年、陳勝は呉広とともに秦に対する反乱を試み、秦国崩壊の「魁(さきがけ)」をなした、そのことを司馬遷は高く評価した。コラム氏が触れた「「桃李(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す」は、高徳大人の風を余すところなく語っているとぼくには思われます。プラトンに「国家」という大冊があります。いわば「鉄人政治」の理想を語った書として読まれてきました。私心なく、高徳に横溢した「哲学者」が出なければ、望ましい政治などできるはずもないということだったでしょう。最も優れた哲学者が政治を行わなければ、人民の不幸は終わることはないのだ、と。

 韓国の大統領は何を狙って「クーデター」を試みたか。自らの失政と妻の重なる汚職を責められることを潔しとせず、一気に「独裁」「専制」に舵を切ろうとしたのでしょう。何のための権力掌握かと、その狂気に恐れ入ります。シリアはどうか。アサド大統領はロシアやイランの後援・助力を得て、驚くべき圧政を続けていた。父親から数えて半世紀に及ぶ「独裁」政治を恣(ほしいまま)にしていたのです。現代版「朕は国家なり」と、権力の私物化を政治と錯誤していた代表例だったでしょう。彼を模した長大な銅像がなぎ倒され、民衆から足蹴にされる映像が流れていた。大きな「御殿」に棲み、たくさんの財宝を所持し、高価な車を何台も持つこと、それが政治でも何でもないことを彼は知っていたから、この期に及んで盟友プーチンの下に亡命した、家族ともども。人民の安寧・幸福は彼の眼中になかったことは確か。

 「指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか」(「水や空」)と殊勝な物言いをされますが、何のことはない、もともと「人心」にいかなる興味も関心もなかったといえばどうでしょう。「位人を極める」という、その一点にのみ全精力を注ぐことは「小人」のよくなせるところです。国を治めるには知力と有徳が求められることを失念すれば、その後はいかにして「位に居続ける」ということにすべてを集中させるでしょう。「座(くら)に居(い)る」ことが所期の目的ではなかったとしても、いずれはそうなるのだとすれば、人間という入れ物(器)は微小さは驚異的なものがあるでしょう。

【空や水】桃李の不在 中国の歴史書「史記」に桃李(とうり)、つまりモモとスモモを例に引いた一節がある。〈桃李もの言わざれども 下(した)おのずから蹊(みち)を成す〉。モモやスモモは何も言わないが、花や実を慕って人が集まり、その下には自然と道ができる、と▲徳のある人物の元には、おのずと人が集まることの例えらしい。なるほどと思いながら、どこか絵空事のように感じられるのは、誰かを慕って人垣ができるような場面をあまり見ないからだろうか▲いきなり“戒厳令”が出され、解除された韓国の混乱ぶり。いきなり半世紀以上にわたる独裁体制に幕が引かれたシリアの激変ぶり。あっけにとられては「人が集まり道ができる」の例えが、ますます現実離れした理想論に思えてくる▲お隣の国では尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に内乱容疑がかけられ、捜査が始まった。シリアで攻勢をかけた反体制派はすなわち過激派で、安定と呼ぶにはまだ遠い。どちらも道らしい道が見当たらない▲指導者の元に人が集まるのではなく、むしろ人心が離れていくのは、何もこの2カ国に限った話ではない。連立政権が崩壊したドイツ。3カ月で内閣が総辞職したフランス。世界中でガラガラと国の土台が崩れる音が響いた1年…とは言い過ぎだろうか▲日本も例外とは言えまい。桃李が“不在”だと、道は開けない。(徹)(長崎新聞・2024/12/10)

⦿ 桃李もの言わざれども、下自ずから蹊を成す ー 徳のある人のまわりには、何も言わなくても、その徳を慕って人が集まってくる、ということのたとえ。[由来] 中国で古くから使われていることわざ。特に、「史記―李将軍伝・賛」で、口べただった李公(りこう)という将軍が亡くなったとき、国中の人たちが悲しんだことを記したあとに、「桃李(ものい)わざれども、下自ずから蹊を成す(桃やスモモは、何も言わなくても、花や実に引かれて人が集まり、自然に木の下に道ができる)」と引用しているのが、有名です。(故事成語を知る辞典)

 東京に「成蹊(せいけい)大学」があります。そのHPに、当然のように「史記」からの当該箇所の引用が解説され、大学の名称の由来が語られている。さぞかし「桃や李」のような、物言わぬ人格者の徳を慕って多くの若人が集うであろうと語ります。ぼくは不勉強にして数多(あまた)の「卒業生」の名を知らないが、ただ一人、なぜだか元首相 A.S. 氏だけは記憶していました。(https://www.seikei.ac.jp/university/landing/origin/)

「成蹊(せいけい)」という名は、
司馬遷の『史記』の
「李将軍列伝 *」に引用された

「桃李不言 下自成蹊」
桃李(とうり)ものいはざれども、
下おのづから蹊(こみち)を成す
からとられた。
・
桃や李(すもも)は何も言わないが、
美しい花や良い香りの果実を
求めて人が集い、
その樹木の下には自然と
蹊(こみち・小道)ができるという
李広将軍その人を讃えた故事である。
・
桃や李は、
人格者であることのたとえで、
そのような人物は黙っていても、
徳を求めて人々が集まってくるという
意味を持つ。
・
「成蹊」の名を掲げて100年余り。
成蹊大学は、
魅力ある人物を育み続けます。

*李広【り・こう】(?-B.C.119年)
中国前漢時代の弓の名手でもあった将軍。

 「桃李不言 下自成蹊」、これと正反対なのが「門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる)」です。「《白居易「寓意」から》訪れる人がなくて、門の前には雀 (すずめ) が群れ遊び、網を張って捕らえられるほどである。訪問する人もなく、ひっそりしていることのたとえ」(デジタル大辞泉)。今でいうなら、流行(はや)らない商店街(シャッター通り)のようなものか。スズメさえも寄り付かない寂(さび)れ具合、全国のいたるところにありますね。成蹊大学(に限らず)は「定員割れ」を起こしていないでしょうね。大学が寂れたのは、少子化のせいでもありますけれど、「桃や李」のような有徳の先達(せんだつ・せんだち)がいないから、「下おのづから蹊を成す」ことがなくなったからだ、と言えば関係者に怒られますか。

 ぼくの率直な感想を言うなら、この社会が異様な少子化に見舞われているのは、まさに「門前雀羅を張る」ばかりに、国や市町村が栄える余地を失い、「桃李不言 下自成蹊」という篤実・誠意の政治家が、まったく不在だからだと言えないでしょうか。今時の政治家に「陳勝呉広」や「哲人政治」を求めること自体が、あるいは荒唐無稽、笑止千万と言われるのかもしれない。並みいる政治家諸君が、ただの一個の「桃」「李」たりえないのはなぜかと、ぼくはいつもの長嘆息に落ち込むのです。「燕雀安知鴻鵠之志哉」と絶望しかける陳勝もまた、この社会では「不在」を続けている。この小島社会の政治家は、口を開けば「政治に金がかかる」「政治に金をかける」と言わぬばかりの金権亡者ばかりといいたくなります。国土はいたるところ李の林であり、瓜の畑です。「李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず」(古楽府「君子行」)といってもなお、冠を被り直し、履のままで瓜畑に入る。挙句には「性欲」を野放したまま、女色を漁る。性欲旺盛な泥棒政治家が鎬(しのぎ)を競っているという自堕落社会。まさに「以ての外(Unbelievable)」といいたくなる惨状にあるのが「邦家政治と政治家」の現在地でしょう。

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 小人罪なし璧を懐いて罪あり

 「諸刃(もろは)の剣」という。「《両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ。両刃の剣」(デジタル大辞泉)。この言葉はさらに広く解釈することもできるでしょう。「馬鹿と鋏は使いよう」などといって、「切れない鋏にも使いようがあるように、ばかも使い方しだいでは役に立つ」(同前)。つまり、物にはきっと(よしあしの)両面あるのであって、便利であると同時に危険でもあるいう「戒め」のようでもあります。 いつも言うように「便利は不便」ということにもなりそうです。

 (ヘッダー写真「うっすら雪化粧 真庭市蒜山地域」:山陽新聞・2024/12/08)(https://www.sanyonews.jp/article/1649569/

 少し古いものですが、BBCのニュースに「人工知能(AI)が人類滅亡を招く恐れがあると、専門家らが警告を発している」とい記事に出会った。「ウェブサイト『センター・オブ・AIセーフティー』に掲載されたAIのリスクについての声明文には、『チャットGPT』を開発したオープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)、グーグル・ディープマインドのデミス・ハッサビスCEO、アンソロピックのダリオ・アモデイCEOといった、テクノロジー企業のトップも署名している。/声明は、『パンデミックや核戦争といった社会規模のリスクと同様、AIによる絶滅のリスクを低減することを世界的な優先事項とするべきだ』と呼びかけている」(2023年5月31日)(https://www.bbc.com/japanese/65762397

 「声明」の中では次のようないくつかの危険性が表明されていた。それに対して、現在の「AIレベル」では、それはあり得ないことで、「声明」は大げさに過ぎるとする意見も出されている。いずれにしても、「AI]には何かと問題があるという指摘は肯定するほかなさそう。

➊AIの兵器化:新薬開発ツールが化学兵器の製造に使われるといった可能性      
➋AIで生成された偽情報が社会を不安定化させ、「集団での意思決定に害を及ぼす」可能性                                                  ➌AIの力がより少数の人に集中し、国家が「監視と抑圧的な検閲を通じて、狭い価値観を強制」できるようになる可能性                                        ➍「映画『ウォーリー』で描かれたシナリオのように」、人類がAIに頼って衰退する可能性

 この点について、ぼくはこれまでにも「愚見」を述べてみました。使い方次第ではどっちにも転ぶというのですから、それを使う側の「自制力」や「倫理観」こそが問題にされなければならないということでしょう。この「AI」問題は、まるで「原子力・原発」問題における「功罪」両面に関して叫ばれているのと同じことが言えるのだと、ぼくは考えている。「戦時軍事力」としての「原子核(攻撃兵器)」の採用と、「平和的側面」としての「原子力発電」利用の二面性です。まるで「核爆弾(atomic bomb)」は「馬鹿」か「鋏」みたいで、使い方を誤ると、とんでもないことになるが、うまく利用すれば、思わない結果を得ることにもなる、と。同じように、「AI」の利用と普及に対する「過大評価」も「過小評価」も正しくないとまでは言えますが、その「過大」と「過小」の範囲・程度は誰が決めるのか、おそらく決め手はないのではないか。

 原子力問題の「IAEA(International Atomic Energy Agency)」機関の必要性を訴える専門家もいる。(*「国際原子力機関は、原子力分野での協力を進める世界の中心的機関である。核兵器の拡散を防ぎ、すべての国、とくに開発途上国が原子力科学と技術を平和目的に、安全に、安心して利用できるようにする。また、原子力の安全を強化するためのグローバルなプラットフォームとなる」(国連広報センター)

 以下に「二つのコラム」を引用してみました。佐賀市の小学校で「スマホ買わないの?」という質問に攻められている子ども。「スマホはいつか必要だと思えた時でいい、と。与えられるものではなく選び取るもの」という一少年の主張にコラム氏は動かされたようですが、「否応なく選ばされるもの」になっている趨勢にはいかに対峙しますかという問題は残されている。ぼくのような老人は「スマホなし」で生きていくにしても、その先は短く限られている。しかし、長くこの社会で生きていく人々には「スマホなし」は社会に存在する資格がないとされる時代に入っているんじゃないですか。スマホを持てという「社会的圧力に違和感」を覚えて成長するのは「きっと人生を実り豊かにするに違いない」と、コラム氏は極めて楽天的に構えておられるように見える。その程度の問題意識で済むのなら、話は簡単。スマホは「ID(identification)(身分証明書)」になる時代、なっている時代です。

 社会人であるためには「身分証明書」が不可欠で、それが今では「スマホ」に様変わりしているという時代。どこかの愚かしい政府は「スマホとマイナンバーカード」を合体させる方向に進むそうで、スマホがないと生活が成り立たなくなる社会に突入しているのです。スマホを持つのは「義務教育(就学)」を課されるようなもので、それが嫌なら「不登校」となるほかない。もちろん、「不登校」でも何とか生きていけるかもしれないけれど、社会的不利益は避けられません。ぼくは、誰もかれも「スマホを持つ」べきだというのではない。ぼくには不要だというばかりです。そんなものは不要だという姿勢は認められるべきだとしても、「スマホはいつか必要だと思えた時でいい」という主義・主張は、やがて「持つことになる」という表明でもあるのだと思う。それはそれで、一つの選択でしょう。「分数の割り算」に抱いた「違和感(dout)」と「スマホ所有」に持つ「違和感(uneasiness)」は、どうも質が違うようにぼくには感じられるのだ。

 いずれ「AI」が一大進化を遂げて、「原子力の平和利用」並みに肯定されるにしても、そしてその時代や会は現実のものになりつつあるのだが、どこまでいっても安全性にかかわる課題は残る、だから「AI」に接続しないスマホを持つようにすればいいということかもしれない。車社会は「交通・運輸」の拡大・利便に大いなる貢献をしているが、二酸化炭素(CO2)の排出(公害問題)と交通事故による「生命の損失」という大きな負の側面を伴っているのであり、「功罪半ば」しているにもかかわらず、この先も「自動車」は使われ続けるのだろう。そして、化石燃料を消費しない車は走らせられるが、車自体を作るのに「石油」「石炭」は不可欠であるという問題はいつまでも残り続ける。

【有明抄】違和感を大事に 小学校の時、分数の割り算すぐできた? 名作アニメ『おもひでぽろぽろ』にこんなセリフがある。「分数の割り算がすんなりできた人は、その後の人生もすんなりいくらしいのよ」◆分数を分数で割る。それが主人公の女の子は納得できない。片方の分母と分子をひっくり返して掛け算すれば、機械的に正解は出る。そう教わっても、リンゴ「3分の2」個を「4分の1」人で分けて…と考え始めると、その計算でいったい何が分かるのか、大人でも簡単には答えられない◆周囲は疑問を持たず、すんなり受け入れていることが、なぜか自分はふに落ちない。そんな違和感を大事にしながら成長するのは、分数の割り算を機械的に覚えるより、きっと人生を実り豊かにするに違いない◆おととい佐賀市少年の主張大会で印象深い発表を聞いた。いまや小学校高学年でスマホを持つ時代。友達はSNSや動画の話題で盛り上がっている。「スマホ買わないの?」と聞かれるたび、答えをのみ込んでしまう。それは「必要だと思わないから」◆SNSや動画に熱中するより、自然体験や異文化交流など今しかできない時間を大切にしたい。スマホはいつか必要だと思えた時でいい、と。与えられるものではなく選び取るもの。スマホの話がいつの間にか、生き方を語っているように思えて背筋が伸びた。(桑)(佐賀新聞・2024/12/10)
【夕歩道】こうなると2024年は「SNS選挙元年」として記憶されることになるかも。兵庫県知事選や東京都知事選で世を仰天させたSNSの影響力だが、海外では、さらに大変なことになっている由。
 ウクライナに隣接するルーマニアの大統領選第1回投票で、ほとんどSNSだけで選挙運動を行った無名の親ロシア派極右候補が首位に。本命視されていたチョラク首相は3位に沈み、敗退した。
 同候補の情報を拡散したインフルエンサーに第三者からの資金提供が判明とも。ロシアの介入も取り沙汰され、決選投票を前に憲法裁判所が選挙やり直しを決定。民主主義のきしむ音が聞こえる。(中日新聞・2024/12/09)

 さらに「スマホ(SNS)」が引き起こしている大きな問題が各地で生じている。「SNS選挙」と言われるものの弊害は、おそらく避けようがないだろう。豪州では「SNS」利用は一定年齢以下では禁止されるという法案が議会を通った。しかし「選挙権」と同じように、一定の年齢以上には使用禁止は、今のところはできない。強力な国家権力(中国のような)を行使すれば、スマホ(SNS)利用は全面的に禁止できようが、それはまた、別種の深刻な問題を生む。「知る権利」の規制と「知らせる義務」の放棄という政治問題です。

 中日新聞の「夕歩道」氏は「民主主義のきしむ音が聞こえる」と書かれている。「軋(きし)み」はいつだって起こっているのだけれど、それが「スマホ」時代になって顕著になっただけとも言える。「真偽取り混ぜて」ではなく、「虚と偽に満たされた」情報が、有権者の選択を歪めているということで、確かに「由々しい問題」だということはぼくも認める。「スマホさえなければ、こんなことにはならなかったのに」、そんな憐れな想念を持ちたくなるような、忌まわしい事件や事故が多発している社会です。「原発」利用、「銃所有」社会の陥穽、「SNS」の秘匿性という矛盾、そんな問題群の中に、「スマホ(SNS)」や「AI」が新規に、しかも急激に参入してきたのだ。さあ、どうすべきか、「AI}に訊くか。

 「小人罪なし璧(たま)を懐(いだ)いて罪あり」(「春秋左氏伝」)、「身分不相応なものを手にすると、災いを招いてしまう」とされる。「おサルがスマホを持つ」とどうなるでしょう。パンツをはいたサルは許せますが、スマホを持つサルは不気味ですね。ぼくは申年(さるどし)生まれですから、サルの気分は分かる気がします。「地獄谷のおサルは誰にメールしているのか」、あるいは「A と B は 不倫している」と Xで呟いているのかしら。

 ぼくのごく近くにかしこい存在がいて、ぼくのすることなすこと(一挙手一投足)を観察している。きっと、人間たちが「スマホを持ったサル」になにかと不都合なことを言うのと同じような、その賢存在は「批判や非難」を口にするでしょうか。「何とかに刃物」だとか、「「ネコに何とか」とか。酒をたらふく呑んで、車を運転して、信号無視を繰り返し、挙句には「人身事故」を起こしてしまう、そんな危険性を「スマホ(AI)」を使う「小人(人間)」に感じ取っているに違いないでしょう。自分の始末が自分でできないんだ、気の毒だし、愚かだし、怖いな、と。

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絶望社会にひとり起つ

 〝叛逆老人〟86歳のルポライター鎌田慧は社会の断面を書き続ける 冤罪、原発、労働…全12巻の選集刊行開始 「完結まで死ねない」(略)青森県弘前市出身。高校卒業後に上京し、小さな工場で工員として働いていたが、解雇に遭う。撤回闘争に伴う職場占拠の応援に加わっていたさまざまな労働者と出会い「こういう世界を書きたい」と決意。愛読していたゴーリキーの影響もあり、早稲田大学に入学してロシア文学を学んだ。/ 卒業後、鉄鋼の業界紙や、月刊誌の編集を経てフリーに。スタートの労働問題をはじめ、取材テーマは冤罪(えんざい)、原子力発電所、沖縄、教育など多岐にわたる。通底するのは、資本主義が生み出す影の部分とも言えるだろう。「確かに影ですよ。あんまり明るいところには行ってないから。僕は労働問題から入ってる。高校終わって3年働いていてクビになった経験が根っこにあって、そこから世の中が見えた。社会の断面みたいなのが見えた。それは大事にしようと思ってやってきた」と振り返る。「一番最初の感覚が当たっていたんですよ」(中略)肩書は「ルポライター」を通してきた。「評論家っていうのも作家っていうのもおこがましい。ずっとルポライターで終わろうとしているけど、(「鎌田慧セレクション」が完結する)あと2年は生きるよ。完成しないで死ぬわけにいかないから」(中略)/ コラムをまとめた単行本のタイトルは「叛逆老人」。「昔は仙人みたいに山にこもって静かにしていたでしょうけど、今は〝叛逆老人〟を全うしたい」。86歳、まだまだ書き続ける。(共同通信・2024/12/07) 

 ある時期の数年間、鎌田さんにはとても親しくしていただいた。ぼくが担当している授業にも、非常勤講師として一年間、いろいろな問題(鎌田さん自身のテーマでもある、労働・冤罪・原発など)、多くのテーマを語ってもらった。小さな出来事がきっかけで、ぼく自身は鎌田さんから遠のいてしまったが、その後も鎌田さんの活動に関心を持ちながら、一人のファンとして、彼から学び続けてきました。このところ、自らを「叛逆老人」と称されているが、ぴったりした自己認識だと思う。ぼくに、一貫して鎌田さんを尊敬する気持ちが失せなかったのは、「インディペンデント派(無所属流)」を貫き通されているからでした。「寄らば小樹の陰」にさえも一顧だにされなかった、彼の生き方の流儀、その律儀さ(Conscientious)によるものでした。

 同じように、ぼくが大きな影響を受けていた鶴見俊輔さん(1922~2015)は晩年には、自称「不逞老人(Rebellious Old Man)」で生き抜こうとされた。この二人の「流儀」には相対峙するものがあると同時に、その生き方の底に「ラディカリズム(根本派)」の志が根差していたと思う。難問にぶつかったとき、いつだって、それぞれは「自らの意識の根っこ」に立ち戻る、そんな過激な駆動性があったと思う。波間に浮かぶ水の泡のような事柄をつかんで、事の本質と錯覚するような、そんな間抜けで、頓馬な姿勢や態度はとらなかったとぼくには映りました。「叛逆(Rebellion)」と「不逞(insubordination)」、この「生活態度(思想)」は学歴や生まれとはまず関係なく、それぞれが自らに課した難問によって鍛えられ育て上げられたものだったといえます。鶴見さんは九十を超えてなお思索と行動の人であり続けた。今、鎌田さんは文字通りに「社会問題」の荒海に、いわば救命胴衣を着けないままで身を挺しておられる。本年八十六歳、「今は〝叛逆老人〟を全うしたい」と、その意気や軒昂そのものです。ますますの健康を祈りつつ遠くから、その「叛逆」に添い続けたいもの。なんの根拠もありませんが、鎌田慧さんを思うと、きっと「山茶花(さざんか)」の花を想起してしまいます。どうしてでしょうね。俗っぽいことを言うようで気恥ずかしいのですが、「山茶花の花言葉」は「ひたむき」「困難に打ち克つ」だそうですね。

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

「徒然に日乗」(589~595)

〇2024/12/08(日)日中は穏やかだったが、陽が落ちると急に寒くなる。▶昼前に買い物に茂原まで。午前中に駄文書き(打鍵)をし、その後に、気分転換のために外出するというパターンが続いている。陽射しのある日中に、植木の枝落としや屋根の樋の掃除をしたいのだが、なかなか気分が乗らないでいる。▶午後に、京都の姉たちから電話があった。長岡の姉は85歳。桂の姉は83歳。二番目の姉は体調を崩している。彼女はタバコ吸いで、その影響もあって肺を患っている。食事をすると疲れるという。春になったら「会いたいね」と言って、電話を切った。長岡の姉夫婦はいたって元気そうで、結婚生活六十数年を送っている。ほぼ同じ時刻に、横浜と草加市に住んでいる娘二人からも電話。12月6日が彼女たちの誕生日。姉たちには「お歳暮」代わりに、娘たちには「誕生祝い」みたいなものを贈ったところ。恒例のこと。▶韓国の今回の「クーデター」騒ぎで、この先、どういう結末を迎えるのか。曲折があろうが、大統領を含む、実行計画を練った連中は(内乱罪等で)逮捕、いずれは「極刑」だと思う。それにしても、韓国の市民の果敢な抵抗行動には見習うべきものがあると、感心している。この国では、果たしてどういうことになるだろうか。「クーデター」のような事件が起こるとは考えられないが、近年の自衛隊の膨張一途の動きには、文民統制を超える恐れなしとはしないのだ。(595)

〇2024/12/07(土)韓国大統領の「弾劾」を求めている野党案の採決は195人までが投票したが、200票までには5票足りず、そこに至るまで、投票を続ける(与党議員が議場に戻って賛成票を投ずるまで)ので、国会は開会したままであるとの報道がある。また、投票者が200名(国会議員の3分の2以上)に達することがなければ「弾劾」提案そのものが無効(廃案)だという。投票期限(8日午前0時48分まで採決が可能)がある中、異例の状況が韓国国会で続いている。大統領自身が辞任する気がないらしい。それにしても、どうにもならない人間を「大統領」として、与党は選出したし、国民も選挙で選んだことになる。*「韓国の国会は7日午後、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案を否決した。尹氏は職務停止を免れた。」(毎日新聞・2024/12/07/21:28)「韓国の尹錫悦大統領に対する弾劾訴追案は7日、投票者数が規定に達せず不成立となった。廃案となる。」(共同通信・2024/12/07/21:29)二つの新聞報道の内容が異なるのはどうしてだろうか。▶日本における「選挙」「投票」も危機状況にあることは否定できない。投票率が異様に低いし、低投票率で選ばれることで、当選者の信任の度合いが著しく削がれることになる。それゆえに、政治に権威も信頼も認められないのだろう。国民(有権者)は自らの首を自分で絞めている、そんな気がしてならない。▶終日寒さが続いた。我慢できないほどではないにしても本格的な冬の寒さになってきた。本日は「大雪(たいせつ)」だという。来週からはさらに寒さが続くらしい。風邪を引かないこと。(594)

〇2024/12/06(金)やや寒さが増してきたような。午前中に茂原まで買い物。▶韓国の「非常戒厳」発布の状況が少しずつ明らかになりつつある。尹大統領は、政敵や反尹派の政治家など十人ほどを逮捕するよう部下に命じていたと報じられている。本当に「戒厳令」が行き届くと思っていたのだろうか。今となれば、彼に近い関係者も大統領からは離反している。国会における「弾劾」決議はあす投票が行われる予定。今の段階では、当然のこととして「弾劾」は成立するのではと見られているが、予断は許さない。大統領自身の辞職はあるのだろうか。(593)

〇2024/12/05(木)アメリカ大統領選挙の結果をはじめ、大きな政治的変動が世界的規模で生じている。フランスでは「中道」派の内閣が総辞職し、極右と左翼連合の共闘が実を結んだかのごとくである。信じられない「混合」「野合」だ。ドイツでも政権与党が選挙で大負けする状況にある。欧米の「G7」諸国の諸大国に、現実における政治的破綻が認められるのは、どういうことだろうか。▶韓国における現大統領による唐突な「非常戒厳」発令にいたった経緯とその後に関しては、十分には見通せないままで推移している。こんなことが起るのだから、暢気に構えてはおられないということか。(592)

〇2024/12/04(水)昨深夜(本日未明)、韓国で「戒厳令」が敷かれたという報道が飛び込んできた。その瞬間、「大統領は何を考えてのことか」と思った。恐らく、自らの政権がこれ以上維持不能だとみなしたが故の「独裁宣言」、勝算のない「クーデター」の決起だったと思う。それにしても、この時期に「戒厳令」が成就するとでも見ていたのだろうか。一部報道によると、三か月前から準備していたといわれているが、それにしてはお粗末に過ぎる。「独裁」を狙ったのだと思うが、正気を逸していると言わざるを得ない。現大統領は、前職は検事総長だというから、想像以上に自らの権力を過大に見ていたに違いない。やはり、お粗末に過ぎるのだ。▶お昼過ぎに、茂原まで買い物。いつも通りの食材や果物など。少し寒い日が続くのか、かみさんが車に乗らない。いいことだと思う。恐らく四十年は乗っている計算だが、上手になった形跡がないのはどうしたことか。他人のことは言えた義理ではないが、とにかく自損「事故」は起こしても、他の車との事故や人身事故はもってのほか。ともども、高年齢であることを忘れないで、細心の注意を払って乗りたい。(591)

〇2024/12/03(火)終日、好天続く。長閑な気候というのか。昼過ぎまでパソコンの前に座る。何をするでもなく、ネットで音楽(主に軽音楽・ジャズなど)を聞く。パソコンが開いている間は、常に何かと音楽が鳴っているのだ。▶昼過ぎに買い物。茂原には大きなスーパーが二店舗ある。本日は、普段とは別の店に。▶医者にかかっている猫たち。いずれも「喧嘩傷」による「化膿」を来している。終日外に出ているので、何処で喧嘩をするのか、誰とするのか確認できない。あるいは家の猫同士かもしれない。少し離れた隣の「猫たち」の姿が、最近はあまり見られない。家主はときどき、野良になっている猫を見ると「餓死」という言葉を使っていた。また、自宅にいるのは「野良猫」とも話していた。食事を与えていないのだろうか。???(590)

〇2024/12/02(月)終日好天が続く。▶午前中、猫缶購入のためにあすみが丘へ。▶午後4時に頬の腫れている猫を病院へ連れて行く。何が原因か不安だったが、どうやら喧嘩傷のようだと診断される。頬の深いところが化膿しているので頬が膨らんでいるが、まだ傷口が開くほどになっていないので、もう少し様子を見てから、場合によっては「切開」もという。一週間分の薬をもらってくる。右足を噛まれた子と同じ消炎剤(化膿止め)の処方だった。しばらく医者と疎遠になっていたが、立て続けに医者通いが始まる。とにもかくにも「喧嘩」、仲間同士で派手にやることも。それを起こさないようにするには大いなる工夫がいるだろう。(589)

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戦争を支える「感情」は誰にもあるか

⦿ 週初に愚考する(四拾八) ~ 昨12月7日は二十四節季でいう「大雪(たいせつ)」の初日でした。この季節らしい寒さが当地をも襲い、関東地方の山間部では雪が降りました。ここから「冬至」(12月21日)前日までの期間を「大雪」という。別称は「十一月節」(旧暦10月後半から11月前半)。『暦便覧』(江戸時代の暦の解説書)には「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」とある。寒さが一入(ひとしお)身に堪(こた)える時節、そのたびに、ぼくは「開戦何十年」を迎えている。「開戦記念日」と言っていいのかどうか。歴史の輪の中に取り込まれている以上、ぼくはこの忌まわしい「記念日」とは無縁ではありません。

 生まれたのは昭和十九(1944)年九月、戦中の能登半島の苫谷においてだった。そこには戦争の臭いはしなかったとは言えない。なぜなら、戦時中でなければ、おそらくぼくは京都で生まれていただろうから。もちろん「敗戦の日(昭和二十年八月十五日)」も知らない。だから、第二次世界大戦における「わが邦」の無謀極まりない「戦争犯罪」は、すべて成人してから学んだことばかりです。変なもののいいようですが、戦争を知らない(未経験)人間であることが、ぼくにはもどかしいのだった。

 「戦争は知らずに、結末だけを知る私たちが当時の空気を後知恵で非難するのはルール違反でしかない。ただ、大和魂だ、日本は神の国だ-という高揚感や興奮が無謀な戦争を支えていたことは、何度でも胸に刻んでおきたい」というコラム氏の指摘は、ぼくにもその通りに符合するし、その一点において、ぼくは、なにをおいても「戦争」を受け入れられないままで年を取ってしまいました。そもそも「国家」が戦争を起こす、という前提が崩れた今、それでも、いかなる理由においても戦争(戦闘)は反対だと、体を張って言いたいのだ。

 この国に生まれた以上、「先の戦争」の敗戦後、ぼくたちは、次の戦争が来るまではいつだって「戦前」に生きている。「開戦から83年」は、同じように「敗戦から79年」でもあります。少なくとも、「戦前」「戦中」「戦後」という時間を、親たちの世代から受け継ぎ、自分自身の生活感覚の中で生きて来たことは事実です。ここにきて、世界のいたるところで「戦端」が開かれ、「殺戮」が繰り返されている。どこにも戦争のない地域がない時代をぼくたちは生きているのです。ウクライナしかり、イスラエルしかり、その他、さまざまな歴史の行きがかりから、否応なく「戦争状態」に入っているのだ。そして、世界の多くの国々は、「戦争状態」にある当事国とは無縁・無関係ではいられない。

【水や空】開戦から83年 いのちと愛の言葉を最後まで手放さなかった詩人もその時代は“軍国少年”だった。谷川俊太郎さんが模型ヒコーキへの熱をつづった作文を〈僕の模型よ、お前もほんとの飛行機と一緒にニューヨーク爆撃に行け!〉と結んだのは10歳の春。開戦の翌年だった▲もう、少国民教育が行き渡っていた時代だったのですね-の問いに「そのようですね」と短く応じている。文芸評論家・尾崎真理子さんとの対談集「詩人なんて呼ばれて」(新潮文庫)から▲戦争は知らずに、結末だけを知る私たちが当時の空気を後知恵で非難するのはルール違反でしかない。ただ、大和魂だ、日本は神の国だ-という高揚感や興奮が無謀な戦争を支えていたことは、何度でも胸に刻んでおきたい▲高揚感はやがて消える。谷川さんよりも5歳年長の詩人・茨木のり子さんは「わたしが一番きれいだったとき」に戦争の現実を詰め込んで語った。〈街々はがらがら崩れていって〉〈まわりの人達が沢山(たくさん)死んだ〉〈男たちは挙手の礼しか知らなくて〉▲〈わたしの国は戦争で負けた/そんな馬鹿なことってあるものか〉-青春を返して。でも、戦争が始まってしまったらその叫びはどこにも届かない。「馬鹿なこと」は「敗戦」ではなく「開戦」だ▲太平洋戦争の開戦から8日で83年になる。(智)(長崎新聞・2024/12/07】

 アメリカの大統領選挙キャンペーンが開始されたころから、しばしば「ファシズム」について愚考を重ねていました。あるいは「独裁」「専制」などについても埒のないことに焦点を当てようとして時間を無駄にしていた。この時期、同じような条件のめぐりあわせで、欧米各地で「保守主義」や「超保守主義」が擡頭しだしており、まるで一世紀前の欧州における「ナチズム」前夜の様相を見せていると、ぼくは心を痛めていた。その核心部は「自国第一」「自民族中心」という排他的な政治教条の信奉だといっても過言ではないでしょう。

 裏を返せば、この「教条」の第一条は「移民(あるいは難民)排斥」であり、第二条は「反共産主義」です。そして第三条は「家父長制尊重(「男尊女卑」という教条)」でしょう。少なくとも、この三点に限って言うなら、この国(邦)は百年前といささかの変化もないと思われます。それは政治家だけのことではなく、多くの政治家が「反共」に我が身を置くのは、そうすることを国民(有権者)から求められているからだといえば、的外れと非難されるでしょうか。「移民・難民排除」もまた、政治家の指導よろしくを得て、国民がそんな立場を堅持するに至ったからという以上に、国民性の要素の一部にせよ、強固な排他主義が根差しているからだとぼくは言いたいのです。国民のかなりの部分が、そのような「教条(イデオロギー)」に引き寄せられている限り、それを根拠にした政治や政治家が跋扈(ばっこ)するのは当たり前のこと。

 「真珠湾攻撃」を報じた写真を見て、当時、ある文芸評論家 K 氏は「美しい」と感じ、満州事変以降の日中戦争に対して「国民は黙って戦争に身を処した」という趣旨のことを述べた。そのような「戦争受容」を示した評論家の中に、否定しがたい「自民族優先主義(Ethnocentrism)」があったともいえます。やがて、その人は「国粋(Nationalism)」の一歩手前まで歩いて行った気がしました。

 上に挙げた三つの教条、そんなものは「過ぎ去った国家主義の残滓」だと言い切れないところに、「民族」集団の脆(もろ)さと危険性が存在しているのではないでしょうか。開戦83年、終戦(敗戦)79年。この長い歴史的時間に何が変わったのでしょうか。再び引用します。「ただ、大和魂だ、日本は神の国だ-という高揚感や興奮が無謀な戦争を支えていたことは、何度でも胸に刻んでおきたい」という(智)さんの指摘は、今なお生きているのです。

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写真(映像)は何を語るのか

「何もしないなんて無理だった」 戒厳騒動の中で兵士の銃をつかんだ女性が心境を語る 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が3日夜に突如として非常戒厳を宣布したことで、多くの人々にとって歴史の一部でしかなかった光景が目の前に現れた。
そうしたなか、国会に議員が入るの阻止するために派遣された兵士に立ち向かう一人の女性の姿が、特に注目された。
野党「共に民主党」の報道官であるアン・ギリョンさん(35)。兵士の武器をつかみ、その映像がインターネットで広く共有された。
BBCコリア語サービスのインタビューでアンさんは、「考える暇はなかった。ただ、これを止めなければならないと分かっていた」と話した。/野党の議員らは4日未明、戒厳令の解除決議を採択。尹氏は宣布から約6時間後、国会の要求に従って解除を発表した。
韓国国会では5日、大統領の対する弾劾訴追案が発議された。7日に採決が行われる予定だ。(BBC NEWS JAPAN・2024/12/06)

(⇧https://www.bbc.com/japanese/articles/clyg2glykv9o(BBC NEWS JAPAN・2024/12/06)(この映像については、逆の捉え方がなされている。銃口を向けられたとされる女性が、実際には兵士から銃を奪おうとした、銃口を自分の方に向けさせたのだ、というのだ)

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 天安門事件から30年 中国が忘れた映像(右):「中国の民主化運動が軍によって鎮圧された天安門事件から30年を迎えた4日、香港で追悼集会が開かれ、数万人が参加した。/集会はヴィクトリア公園を中心に開かれた。参加者数は、主催者が18万人と発表した一方、警察は4万人に満たなかったとしている。/中国国内では、香港とマカオでのみ、天安門事件に関する行事を開くことができる。マカオ中心部でも、香港より小規模の追悼集会が開かれた」(BBC NEWS JAPAN・2019/06/05)(https://www.bbc.com/japanese/48522958)(なお、この映像に関しては、中国当局の「偽装工作」であって、戦車の前に「立ちはだかっている男性」は当局の一員であるという情報(解釈・解説)もある。註「天安門事件で出現した偽旗工作疑惑の一考察」加藤青延・政治経済年報 23)

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 一枚の写真、一本の映像は何を語ろうとしているのか。あるいは何を語らせられようとしているのか。写真(映像)が存在するのは「事実」であっても(写真があるということ)、それをどのように見るか、見せるかによっては、まったく真逆の「解釈」が成り立つでしょう。それは避けられない「矛盾」「対立」であって、だからこそ「歴史の真相」を語って論争が生じる所以でもあるのです。同じ出来事を、まったく正反対の見方・捉え方で受け止めるのは、いつでもどこにでも、誰にとってもありうることです。今般の「非常戒厳」発令(宣布)事件についても、大統領の「狂気」が惹き起こしたとする解釈に対して、大統領は野党議員の反発を呼び、「大統領弾劾」を招き寄せて議会を解散させるための「策略」「戦術」だったという解説さえあります。

 要するに「権力」というものは、衣の下に鎧を装った「暴力主体」だということを、ぼくはいつだって疑わないでいます。ニーチェでしたか、「一つの『事実』ではなく、多くの『解釈』だけがあるんだ」といった(「権力への意思(Wille zur Macht)」)。写真や映像が切り取った「現象(phenomenon )」(女性に向けられている銃口。男性に向かいかける戦車)は、いかにも事実のようにして存在しているが、それは錯覚かもしれないのであって、確からしいのは、その「現象」を自分(他人)はいかに「解釈」するか、それだけが重大事(問題)だと言えませんか。だから、ぼくたちは自らの判断において「誤りを犯す」のです。他人にひきずられて間違えるのではなく、自らの主体性において間違える。それをこそ、人間は間違える動物というのでしょう。主観と客観の問題(異同)です。この時、客観性というのは、それぞれの主観に共通する部分であるということですね。(左のベン図の真ん中の黒い、すべてが重なり合っている部分)

 間違いは個人においてだけ起るのではなく、全体(大部分)が誤りを犯すことも、何時だって生じている。

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写真が喚起するものとは? 多くの人は知っているでしょう。とても有名になった「一枚の写真」があります。日本では中学校の社会科教科書にも掲載されました。あるいは英語の教科書にも。ケビン・カーターという南ア出身の写真家は、このスーダンで撮った写真で1994年にピュリッツァー賞を受賞した。その三カ月後にカーターは自殺したと言われます。飢餓に襲われて土の上にうつぶせになって動かない少女。その背後には「ハゲワシ」。

 「「ハゲワシと少女」と題された「一枚の写真」は世界を駆け巡り、大きな問題を引き起こした。「写真を撮る前に、なぜ、少女を助けなかったか」と。その「実際(「事実」といってもいいでしょう)」はどうだったか。「事実」は何だったか。真実は何処にあるのか、あったのか。「結論」は明らかでした。今でいうところの「フェイク」だったとされます。AI時代のただなかにある今、たくさんの「眼」が見つめる「現象(出来事)」はまだしも、たった一人の「目撃者」しかいないときに、残された「写真」や「映像」「記録」をぼくたちはいかにして受け止められるのか。裁判の有罪無罪を決定する、その判断(裁判過程)と同じことが、いつでもぼくたちの経験において起こるのです。

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The Nightmare Before Christmas

 どこをとっても、こんな事態が起こるとは、「非常戒厳」を敷こうとした当事者たちを除いては、だれも想定できなかったでしょう。 時に、このような「悪夢(ナイトメア)」は、ある日突然起こり、突然終幕を迎える(ことがある)。つまり、これは一幕一場の「韓流・サル芝居」だったということで、それで終われば「なんだったんだよ」という余韻は残るが、残り続けるが、多くは歴史の忘却の彼方に消えてゆく運命にある。ぼくの直感ですから、あてにはなりませんが、この「クーデター計画(夢想)は、韓国の社会に計り知れない残滓(ざんし)を遺し続けるであろうと、ぼくは考えている。この東海の小島といえども、その残響を聞かないわけにはいかないでしょうし、余波は受け続けることになるでしょう。

 この危機極まる「寸劇」を眺めていて、三十年も前のディズニーのアニメーション映画のことを辛うじて思い出しています。主人公はジャック・スケリントン。ハロウィン村の「大王」です。毎年訪れる「ハロウィン」の陳腐さに飽き足りず、もっと刺激のあることを画策するのでした。今般の韓国大統領の「独演会(自作自演)」は、まさしく「クリスマス前の悪夢」そのものだったと思う。まさかこんなことが今の韓国に起こるとは、お釈迦様はもちろん、彼の国の誰もは考えてもいなかったし、起こそうとした当人たちも、「非常戒厳」を発布したまでは勢い(酔狂)があったけれど、とたんに目が覚めたか。自分たちだけはまともで、他はすべて狂っていると、ほとんどの狂人は考える、そのように大統領とその取り巻きは信じ込んでいた。だが、いったん「宣言」した直後に身の震えが来て、突如、酔いが醒めたのか、正常に戻ったと思い違いをしたのか、「戒厳令」を取り下げた。この後の展開は、簡単に読めそうでいて、容易には読めない。

 「一件落着」とはいかないのが、今日の世界と政界です。ぼくはここで中国春秋時代、楚の国の詩人・屈原(前340ころ〜前278ころ)の言葉を思い出します。「衆酔独醒(しゅうすいどくせい)」、「「衆人皆酔えるに、我独り醒めたり」と。屈原は他人の讒言(ざんげん)のによって、その地位を追われ、屈辱の死を迎えた。韓国大統領に屈原詩人を重ねることは断じてできないのは、彼自身が保身のために「独裁・専制」という「悪夢」を描いたからです。その悪夢は、当人にとってと同時に、国家国民すべてにとっても、正夢になりかけようとしたのでした。まさに危機一髪。

⦿ くつ‐げん【屈原】= [ 一 ] 中国、戦国時代の楚の政治家、文人。名は平。字(あざな)は原。楚王の一族で懐王に信任され、左徒、三閭大夫(さんりょたいふ)となる。頃襄王(けいじょうおう)のとき、中傷にあって江南に追放され、時世を憂えて悩み苦しんだすえ、泪羅(べきら)の淵に身を投じた。「楚辞」の代表作家で、その自伝的叙事詩「離騒」は後世の文学に大きな影響を与えた。ほかに「天問」「九歌」など。(前三四〇頃‐前二七八頃)(精選版日本国語大辞典)

 民主主義はおどろくほど軟弱であり、安定性(落ち着き)がありません。そこからは素晴らしい法律・制度(社会システム)が生まれることもあれば、信じられない悪夢・凶事(専断政治・独裁権力、騒乱頻発など)も招き寄せてしまう。いつだって、それは新生児か幼児のような脆弱さを持っているのです。現代韓国は「ハロウィン・タウン」ではないし、尹大統領は「町の大王・ジャック・スケリントン」ではないでしょう。でも、あたかも劇中の「悪夢」が「冬のソナタ」ならぬ、六時間の狂詩曲を掻き鳴らしたかのような事態をもたらしたのは「夢」ではなかった。(氷点下のソウル市内や韓国各地に、多くの市民が「非常戒厳反対」「大統統領弾劾」を掛け声に、集結した状況を見ていて、こみ上げるものがありました)代議制、間接民主主義にとって「選挙」が何よりのバックボーンですけれど、その「選挙」が「魔王」を生み、独裁者を招き寄せるのです。欧米にもまた、民主主義の不可欠条件でもある選挙によって「妖怪」が生まれようとしている。この瑞穂の国も例外ではありません。欧州で暴れまくった、前回の「妖怪(monster)」を退治してから、幾年(一世紀)も経ていないのに、です。「妖怪は死んではいなかった」「今や、妖怪の子は世界中を闊歩しだしている」という末世の時節でしょう。 

 「ハロウィン・タウン。それは年に一度のハロウィンのお祭りを人間界へ送り出す不思議な町。しかし、この町の人気者“カボチャ王”ことジャックは、毎年同じように繰り返されるハロウィンの準備にうんざりしていた。ある日、ジャックは森の中で奇妙な扉を見つける。そのひとつを開いてみると、そこはハロウィン・タウンとはまったく別の、陽気で明るいクリスマス・タウンだった。一面の銀世界にピカピカ光るライト、心はずむケーキやツリー、そして優しい人たち。たちまち、その初めての世界に魅せられたジャックは、彼に想いを寄せるつぎはぎ人形サリーの心配をよそに、自分流のクリスマスを計画する。ジャックが夢見たハロウィン風クリスマスとは…?」(「ティム・バートン(原作) :ナイトメアー・ビフォア・クリスマス 」(https://www.disney.co.jp/fc/nbc

 「The Nightmare Before Christmas – This is Halloween (Lyrics)」:(https://www.youtube.com/watch?v=fW4XLxeBjtw&list=PLwrMm69NXHFztSFXji5OeRxCgFdHYGViu&ab_channel=MovieClips

【産経抄】国の命運を質草に、尹大統領の「非常戒厳」 ソウルでアジア競技大会が開かれたのは、韓国がまだ軍政下にあった1986年である。当時の全斗煥政権は、民主化の動きに神経を尖(とが)らせていた。街の方々に学生デモを鎮圧した催涙ガスが残り、歩けば目や鼻が痛んだという。▼現地で取材した先輩から、そう聞かされた。「夜は3人以上で歩くな」と注意を受けていたそうだが、酒場は繁盛していたらしい。それがソウル五輪の2年前である。民主主義国家としての鼓動が、抑え難いほどに高まっていた様子がうかがえる。▼尹錫悦大統領はいつの時代に時計の針を合わせたのだろう。3日夜に発した唐突な「非常戒厳」である。国会で多数派を占める野党「共に民主党」が国政や司法を麻痺(まひ)させている―と。与野党からは批判の声が上がり、国会の決議を受けて宣言から約6時間後に戒厳令を解いた。▼野党に主導権を握られ、国政が立ち行かなくなっているとはいえ、常軌を逸している。尹氏の側近は一斉に辞意を表明し、野党側は弾劾する構えだ。政情不安は、北朝鮮などを喜ばせるだけだろう。さまざまな余波に、わが国も備えねばならない。▼尹氏がソウル大学法学部に入学したのは79年である。在学中に仲間と模擬裁判を開き、クーデターで実権を握った全氏に、裁判長役の尹氏が「無期懲役」を言い渡した話は知られている。腕ずくで権力を奪う行為は民主主義と相いれないと、わきまえていた人ではなかったのか。▼政権支持率の低迷には尹夫人の醜聞も影を落としている。<総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るゝぞ>と西郷隆盛の遺訓にある。無謀な乾坤一擲(けんこんいってき)に私心は混じっていなかったか。国の命運に加え、東アジアの安定も質草にした暴挙だろう。(產經新聞・2024/12/05)
【斜面】口実はいかようにも 深夜のたくらみは朝を待たずについえた。韓国の大統領が非常戒厳を突如宣言し、国会に軍を突入させた。1980年代までの軍事独裁がよみがえるような事態だ。議員や市民が即座に抵抗して、民主国家の基盤はかろうじて守られた◆尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は妻の醜聞などで支持を失い、与党は4月の総選挙で大敗。国会と鋭く対立し、政権運営は手詰まりとなる。支持率はどん底。局面打開の賭けに出たか。民心を顧みない強権的な政治家の本性を見せられた気がする。まさに墓穴を掘った◆「血を吐く心情で訴える」と始まる戒厳宣言。主張はこうだ。野党による予算削除などは「内乱を画策する反国家行為」であり、国会は自由民主主義を崩壊させる「怪物」であり、自分は北朝鮮に従う勢力を撲滅して憲法秩序を守る。そのため政治活動を禁じ、言論を統制する―◆憲法を守るため、憲法を制限する? 無理筋な理屈だ。対話なき政治と指導者の錯誤はかくも危うい。戦前の日本も戒厳などで国民は合法的に統制された。現行憲法にそうした定めがないのは、さまざまな口実で民主主義が壊される危険に備えたからだ◆今の改憲論議で取り沙汰される緊急事態条項も、政府に憲法の原則を超えた強い権限を与える点は戒厳と変わらない。災害対応を前面に掲げながら、体制の維持に使われ、民(たみ)が抑圧されないか。議論の行方に用心が要る。統制と弾圧を直接体験した世代がいなくなりつつある国なのだから。(信濃毎日新聞・2024/12/05)

(追記・少しずつ、事件の続報が入ってきている。まだまだ余韻は冷めないどころか、さらに大きな転回を見せるかもしれません。たぶん、大統領は「内乱罪」等の容疑で逮捕され、いずれ「極刑」は免れないという報道も出ています。狂気の沙汰というべきでしょう)(2024/12/06,pm.16.00.追記する)

 尹大統領「非常戒厳」宣言…その時、名指しされた「逮捕対象者」9人の名前 【12月06日 KOREA WAVE】韓国・国家情報院(国情院)のホン・ジャンウォン第1次長(写真左)は6日、「非常戒厳」発表直後にユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が電話で「この機会にすべて捕まえて整理しろ」と指示し、国軍防諜司令部を支援するよう命じたと明らかにした。 ホン次長は同日、シン・ソンボム情報委員長との面談の場でこのように発言したと、情報委員会所属の野党幹事であるキム・ビョンギ議員(共に民主党)が伝えた。 この時、ユン大統領は「国情院にも対共捜査権(国家保安法違反のスパイ活動などを捜査する権限)を与えるから、まず防諜司令部を支援しろ。資金が必要なら資金を、人員が必要なら人員を無条件で支援しろ」と述べたという。 大統領との通話直後、ホン次長はヨ・インヒョン防諜司令官に電話をかけ「何を支援すればよいか」と尋ねたところ、ヨ・インヒョン氏は「逮捕班が(国会に)出向いているが所在が把握できない」とし、「逮捕対象者の名簿を読み上げるので位置追跡をしてほしい」と求めた。/ この時、伝えられた名簿には▽「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表▽ウ・ウォンシク(禹元植)国会議長▽与党「国民の力」のハン・ドンフン(韓東勲)代表▽「共に民主党」のキム・ミンソク(金民錫)最高委員▽「共に民主党」のパク・チャンデ(朴賛大)院内代表▽「共に民主党」のチョン・チョンレ(鄭清来)議員▽野党「祖国革新党」のチョ・グク(曺国)代表▽ラジオDJのキム・オジュン氏▽キム・ミョンス元最高裁判事――の氏名があったという。 ホン次長はこうした話を聞いたあと「狂っていると思った」と述べ、それ以上はメモしなかったと語った。(c)KOREA WAVE/AFPBB News・2024.12.06(金) 15:21。(https://news.yahoo.co.jp/articles/cf8b620ab7c76b2267f8e8fd26c570b25895be71

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