
⁂ ネットでは大騒ぎだが、肝腎のテレビ局側は、これまでのように首を竦(すく)めて事態が過ぎるのを待っている。大きな看板(暖簾)を掲げ、世間で羽振りを利かせてきたテレビ企業群。ところが、その実態は(昔から、だと思う)とんだ食わせ物だった。「1見かけはよいが、実質はよくない物。偽物。2表面はさりげなく見せて、実は油断のならない者」(デジタル大辞泉)ヤクザや暴力団ならいざ知らず、天下周知のテレビ局が長年に及んで「女衒(ぜげん)業」を営んでいた、との疑いがかけられている。「《「衒」は売るの意》女を遊女屋などに売ることを業とする人。判人 (はんにん) 」(同上)▶ぼくは何十年とテレビを見ないが、仕事柄、テレビ局の人間と関わった経験が数度ある。今回矢面に立たされている局の呆れた振る舞いに断固抗議したことがあった。思い出すだに吐き気を催す。
「大学受験」をお笑い番組で扱い、(ナインナインの)タレントの一人を受験生に仕立て上げようとしていた(「メチャ何とか?」)。局の責任者を呼んで抗議し、受験を取り消させた。▶ぼくの勤務していた学校は、そんな荒んだ職場、堕落・頽廃の生き地獄に「地位」を求めて、学生諸君の多くはまっしぐらという風潮があった。今次の事件の概要を知るだけでも看過も容認もできない性格のもの。局の幹部職員が、「大物タレント」とつるみ(言いなりになり)、局の職員(女性アナウンサー等)を獲物・餌食として差し出していた。これまでにも何十年も続いてきた嫌悪・唾棄すべき「犯罪行為」そのものらしいし、それを最高幹部は知っていた。犯罪行為を「今回のトラブル」とかなんとか「矮小化」しているが、しかしやったことは「手籠(てご」め」じゃなかったか。「1 手荒い仕打ちをすること。力ずくで自由を奪い、危害を加えたり物を略奪したりすること。 暴力で女性を犯すこと」(デジタル大辞泉)会社も同罪だというべきだろう。職員に対する「安全配慮義務」違反は間違いないのだから。

(一刻も早く、「かけられている嫌疑」に対して、「社」として自らの姿勢や意見を明らかにすべきだ。言わずもがなだが、「企業は従業員が常に安全で働きやすい環境で仕事できるよう配慮しなくてはならない」労働契約法第五条)に完全に違反しているからだ)(件の「トラブル」が発生したのは2023年6月という。直後に「トラブルの内容」は被害を受けた職員から直接会社の幹部に報告されている。性加害暴力を受けた事実を知りながら、一年半以上も加害者である当該タレントをテレビに登場させ続けている。この事実を無視し、蓋をしたたような「暴力受け入れ体質」を温存させていた企業であるという自覚・認識は何処に行ってしまったのか。テレビ局の一部である「報道」部は、この問題には一切不可触と厳命されているのだろうか)
上場企業の不祥事・不始末は何を示すか。紛れもない「人権侵害」を多くの関係者はそれと知りつつ、長期間にわたり続けていた。それがこの企業社会の「伝統」「風習」「悪弊」だったのか。電波法で免許を与えられていたのだから、不法行為会社の犯した結果に対して、政府・官庁の責任も軽くない。▶二十年前にもなろうか、担当ゼミの学生がテレビ局を受験したいと相談に来た。アナウンサー職になりたいという。ぼくは言下に「他人の書いた原稿を読むだけの?」と、強いて慫慂しなかった。(「そんな空っぽの頭で(だから)、か」、と余計なことも言った記憶がある)

自社の女性アナウンサーを自らの「出世」「昇進」の道具(人質)にした、テレビ局の職員は例外なく大卒だったはず。「腐っても鯛」ではなく、腐ったら破落戸(ごろつき)でしかない人間が屯(たむろ)する企業風土は存在すること自体が許されない。しかもこの会社は「報道部」も持っている。ならば、何よりも自らの「犯罪行為」を、他に率先して報道すべきではないか。いずれにしても、他社や他人の不祥事を云々できるはずもない。▶一昨年以来のJ.J.問題は、広く深くメディアを侵食してきた。まだ深く広く、後続の輩による犯罪行為は続いているだろう。それが、今に始まったことではないのは、当のマスメディアは知悉(ちしつ)している。その上で「女性を食い物」「貢物」として提供していたのならば、もはや死命を制されても已むを得まい。看板を取り外す(取り下げる)べし。また提供された「食い物」を嬲(なぶり)り者にしたタレント(複数)は即逮捕すべきだ。
悪辣な暴力行為と知りつつ「示談」に立ち会う(犯罪に加担する)弁護士とはなんだろう。まちがいなく「共犯」だというほかない。「犯人隠匿罪」も成立しよう。犯罪者を救うためという理屈で、当人たちからの汚れた金を報酬として得る。また、犯罪行為の主が「口外禁止条項」を言い出すのも噴飯もの。醜いこと夥しいのは、金にあかして性加害を働くタレントに嘲笑(あざわら)われていた「視聴者」こそいい面の皮。タレント某のファンならなおさらのこと。今からでも遅くはないから、テレビ局は「元職員」の被害を刑事事件とすべく訴えるべきだ(「安全配慮義務」の遅ればせの執行)。その後に、自らは事業を畳む(解散する)がよい。

(*今回も多用されている「女子アナ」という蔑称、誰もかれもは、なぜ使うのか。「女・子ども」という、「大人・男」の持つ、抜きがたい「差別観」が厳存しているのは耐えがたいね。じつに悍(おぞ)ましい社会にぼくも生きている)
「女性よ、為されるがままになっていて、いいんですか」と、一老人は言いたい。

【斜面】「総合的な判断」。何事かを説明しているようで、実は何も言っていないに等しいこの言葉が、盛んに飛び交う界隈(かいわい)がある。年末から年明けにかけて、民放各局からタレントの中居正広さんの出演する番組やCMが次々と消えていった◆9日には本人が、週刊誌で報じられた女性との性的トラブルの存在を認めて謝罪した上で、既に解決済みとの認識を示した。ただ、各局は出演番組の休止や起用の見合わせを相次いで発表している。その理由に挙げているのが「総合的」な検討や判断だ◆この言葉、2年前に旧ジャニーズ事務所の性加害問題が表面化した時もよく耳にした。その後も、性加害やさまざまなトラブルでテレビ局やスポンサーが人気タレントの降板や起用について説明を求められた際に、具体的な言及を避けたいがための常とう句のように使われている◆けれどこの“説明”では、視聴者は蚊帳の外だ。何のことやらさっぱり分からない。総合的と言うからには、複数の判断を積み重ねて結論が導き出されたはず。だが、その肝心のところが伝えられていない。視聴者と誠実に向き合っているとは言い難い◆今回の件、民放各局は被害者の保護に配慮しつつ、番組休止などの理由を丁寧に説明する責任がある。ジャニーズ問題で問われたのは、見て見ぬふりを続けた「メディアの沈黙」だ。その反省に立ち、性加害の問題を深刻な人権侵害と捉えているか。信頼を取り戻せるかどうかの正念場だ。(信濃毎日新聞・2025/01/14)
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