
⦿ 週初に愚考する(五拾)~ 数日前に近所の郵便局に出かけた。郵便料金が改訂になったので、返信を認(したた)めた古い葉書には不足分を切手で払い、四十枚ほどの古いものを新しい葉書と交換してもらうためだった。葉書一枚が22円の値上げだという。しばしば利用する郵便局だったが、すっかり人員が変わっていた。おそらく店舗の代表者(昔なら局長か)は女性だった。局内に客は三、四人くらいしかいなかったが、仕事の段取りが悪いのに驚くばかり。「交換に間違いがあってはいけませんから」とか「混雑していますので」などと、あらぬことを言いながらテキパキとはいかないのだ。以前から要領が悪いのが目に付いていたが、いよいよ「焼きが回ったか」といいたくなるような鈍(のろ)さだった。いえば「弁解ばかり」で、まるで当方は「カスハラ」爺さん扱いだった。「郵政民営化」は公金(郵便保険・郵便貯金など)を、誰かが好き放題に使えるようにしたばかりで、第一、局内に「アフラック保険」を販売していること自体が、民営化の象徴だったと言えよう。郵便局ははやらない「コンビニ(万屋・なんでもや)」になっている。まずは「店員教育」をしっかりやってほしいね。

本当は利用したくないのだが、長く専売(買)公社だったから、今なお「専売」時代の営業態度臭・醜(「親方日の丸」「横柄」「慇懃」)が抜けていないのだ。落日を迎えても気が付かない面々が取り仕切っているのだから始末に悪い。「年賀状」に関しては、どこかで触れました。かなり前から、ぼくは「年賀状」は出していないし、第一、年頭の「虚礼」は性分に合わないので、何十年も前に止めていました。新春の挨拶だからと、ぼくは「立春の日」直前に出すことにしている。一カ月以上も「挨拶」がないのは怪しからんと思われる向きもあったか、年賀状の枚数はかなり減りました。数の多少は問題外で、要は「虚礼」の部分を可能な限り減らしたい(なくしたい)、その一念での愚行だった。年賀状を書くという「強迫観念」から、すっかり解放されている。「春立つや 新年ふるき 米五升」と詠むのは芭蕉さんでした。
【地軸】年賀状 先日、社説原稿で「メリハリの利いた予算」と書いたところ点検した上役から「漢字があるため平仮名でめりはり」と教えられた。手元の記者ハンドブックを見直すと「減(め)り張り」との表記。合点がいった。
この字を当てれば、確かに分かりやすい。語感や強調の意図から片仮名にしたい気持ちも残るが。広辞苑では、緩むことと張ること。そして「特に邦楽で音の抑揚をいう」と説明される。さらなる由来がありそうだ。
語源の辞典などを眺めると、めりはりは「めりかり」が転じた言葉という。減りは低い音。その一方「上(か)り」は高い音。尺八といった管楽器の伝統音楽で使われている。邦楽と聞いて、そろそろ流れ始めるクリスマスソングのような曲を想像したものの、趣が異なる。
何かと気ぜわしい中、もうそんな時季か。霜月を迎え、年賀はがきが発売された。ことしから85円に値上げ。発行数は前年に比べて4分の1少ない10億7千万枚に減った。めりはりをつける企業や個人が多いのだろう。
数年来「今回で最後」との一筆が増えた。心さみしい思いは募るが、事情もさまざま。やりとりが続く先には、早めの準備に取りかかりたい。
机を整理していたら、コチョウラン柄のはがきが数十枚も出てきた。喪中の年に使い切らないまま、失念したらしい。必要とする人にお譲りした。フリマアプリのメルカリを通して、少しだけお安く。物価高。家計にも、めりはりを。(愛媛新聞・2024/11/06】

生来の筆不精だったから、例年年賀状を書くのは苦痛でした。だから、これももう何十年も前から、年齢の上下に無関係に、年頭に戴いた方にのみ「返信(返礼)」を、それも二月立春を期して出していたのです。文字通り「春立ちぬ」で、何か問題がありますかと当方は勝手に思うばかりで、相手の立場からすれば、何とも無分別、無礼者め、だったと思う。それでも「虚礼の部分」は可能な限りなくしたいという思いで、続けています。根が「不精」だから、とにかく字を書くのは苦手、それを誰かに読んでいただくのは、さらに嫌ですね。(ブログの駄文・雑文は、読む人知らずですから、それなりに気は楽。何しろ、朝飯代わりに打鍵運動をしているだけんで、気楽な分、駄文のレベルは下がり放しで、これだけは直しようがない。先月の「地軸」には「蘊蓄(うんちく)」が語られていました。「メリハリ」は、元は「めりかり」だったという。今日では、それとはまったく趣の異なる「メルカリ」が繁盛しているようですが。

いずれ「(元)官製年賀はがき」は消える運命にあるようです。もちろん、今だって「官製」ではなく「半官的半民的」性格で、何ともあいまいなところが、企業の性格としても中途半端だと思います。民と官が同居しているというのか、同床異夢というのか。もちろん、ぼくは何十年も年賀状を購入したことはない。何日までに出せば「元日に着きます」という「煽り」運転も経験したことはありません。これには亡き友人の影響があった。売れ残った数億枚は、「毎年焼却処分している」と報じられて、彼は「年賀状」は止めて、「寒中見舞い」に変え、旧郵政省の暴挙に抵抗していました。(いまも「暴挙」は続いているのだろうか)
松田聖子さんの「風立ちぬ」にあやかって、「春立ちぬ」が年頭の「挨拶」になっている、いつしかそんな習慣が付いてしまいました。年末年始も、まったくいつも通りだし、まさしく「メリカリ」だか「メリハリ」などもあったものではありません。「もういくつ寝るとお正月」というお伽噺をどこかで誰かから聴かされていたかもしれないという遠い思い出になってしまい、とっくに「正月」はどこかに消えました。大晦日も元日も、ぼくには「普段の一日」です。不謹慎な言い方ですが、その振る舞いは、まるで地震や雷などの「自然災害」に変わるところがない。それは「盆も正月も」ない、いつだってやってくる。「日常」の出来事になっている。昨年の元日は、今なお「能登」では続いているのです。それを忘れられないままで、「新年おめでとう」と言えますか。「言うだけでいいんだよ、どうせ虚礼なんだだから」と、どの面下げて言えますか。

恐らく「年賀状」は皆無にはならないでしょう。そういうものです。江戸や明治の習慣(「文化」、「文明」の名残り)は、辛うじてであれ、今も生きている。例えば「丁髷(ちょんまげ)」は国技館に腐るほどある・いる。カステラは「文明堂」ばかりとは限らないのです。ぼくたちが歴史を感じるのはそういうことですね。ぼくはあらゆる「虚礼」を世間からなくそうではないかなどというつもりはない。「虚礼に励もう、勤(いそ)しもう」という人々がいるのは結構。それを他人に断りなしに押し付けないでくれ、ぼくはそれだけを願っています。「年賀状」だけが虚礼ではない。この社会から「虚礼」を除去したら、社会がなくなるかもしれないと心配される向きもあろう。でも大丈夫、どんなにつまらないと思われる「格・式」でも残るところには残っている。

ぼくは小さい時から「式」と名のつくものが嫌いでした。四季も子規も史記も「だいしき」だったし、やがて来る「死期」は好き嫌いを超えていますから、甘受するほかないのですが、「~式」だけはだめでしたね。いちいち挙げませんが、それが消えると、ずいぶんとさっぱりしますし、かえって、「形式」なんかより「実質」が大事だという意識と生活の大転換が起るかもしれない。
・・・という「週初の愚考」でした。(後ろの方から「気は確かか」という声が聞こえる)(ただ今、午前4時半。室温19.1℃、湿度46%。暖房あり。膝上に、「白い甘えん坊」がいる早朝だ)
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