
「過去の過ちを繰り返すために、警戒を怠れ」という風潮が全世界件で起こっているのではないでしょうか。その元凶は、言うまでもなく「西欧」「欧米」です。フランス・ドイツ・オーストリア・イタリア等々、軒並みに「極右擡頭」が真っ盛り。なぜ、こうなったか。恐らく「戦後八十年」という年回り(めぐりあわせ)が最大の理由かもしれません。ひゃねんでも五十年でもない、八十年。「個々人の経験」と「集団社会の歴史」の狭間に、ある種の隙間風(「先祖返り」と歴史修正主義の合体という)が吹いているのでしょう。
十分に現状に対する「警戒が足りなかったから」「警戒を怠ったから」、先祖返りに血道をあげる人々が増えたのでしょうか。はっきり言うなら、もう一度「ファシズム(黄金時代)」を取り戻したかったから、そう願う人々が多くなったのだということです。「ナショナリズムを掲げて闊歩する若者もいる。愛国者ではなく、ファシストだ」と語ったのがワイントラウプさん(左写真)。九十九歳。「戦争を知らない子どもたち」が、どの国においても圧倒的多数を占めている時代。だから、「過ち」は繰り返され、繰り返されようとしているのでしょう。「過ち」の未経験者だという自己認識が強く働いています。この劣島でも「国や郷土を愛しましょう」という「国家万歳教育」が強いられている。それが成功しているかどうか、よく分からないけれど、現状を肯定し、排他的な風潮が濃くなっているとみられるのですから、先ずは「順調」というところなのか。今の総理大臣は「軍事オタク」だというから、まぎれもなく、「愛国者」ではなく「ファシスト」に類するというべきだと思う。(ヘッダー写真「戦後78年 東京大空襲など被害者救済の署名活動 なぜ今?」NHK・2023年11月16日)(https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20231116a.html)

言うまでもなく、ファシストはファシズムを信奉している者。そのような人々が力を持ってくると、独裁主義に走り、排他主義に進むことは避けられないでしょう。政治形態としてというより、政治信条として始まることもあるが、ときには一気に「独裁権力」を求めることもある。たぶん、欧米主要国の現状は「極右支配」、あるいは「独裁待望」に深く傾いているのは否定できません。アメリカの現大統領の振る舞いは、いかにも独裁的であり、あからさまに排他的でもあるという意味では、間違いなく「ファシズム」前夜と、アメリカの現状に関しては、危機的な夜明け前です。
⦿ ファシズム(fascism)= 極右の国家主義的、全体主義的政治形態。初めはイタリアのムッソリーニの政治運動の呼称であったが、広義にはドイツのナチズムやスペインその他の同様の政治運動をさす。自由主義・共産主義に反対し、独裁的な指導者や暴力による政治の謳歌などを特徴とする。(デジタル大辞泉)
【日報抄】「過去の過ちを繰り返さないために、警戒を怠るな」。きのうの紙面に載った、この言葉が印象に残った。発言の主は、かつてポーランドのアウシュビッツ強制収容所に送られたレオン・ワイントラウプさんである▼99歳。解放80年の追悼式典で述べた。収容所で母親と叔母がガス室で殺された。発言の背景には欧州で広がる排他的な風潮があった。「ナショナリズムを掲げて闊歩(かっぽ)する若者もいる。愛国者ではなく、ファシストだ」▼第2次大戦中、ナチス・ドイツはユダヤ人の大量虐殺を引き起こした。その反省から、欧州では過度なナショナリズムを戒める考え方が主流だった。しかし近年は、自らと異なる人種や文化への攻撃的な論調や排外主義が目立ち始めた▼「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がある。経験から学ぶことを愚か者呼ばわりするとは言い過ぎな気もするが、自分のわずかな経験ばかりに頼ると狭量になったり、視野が狭まったりするという意味だと解釈したい▼歴史は他者の経験の膨大な積み重ねだろう。先の大戦を顧みれば、排外主義が肥大化した果てに大量虐殺が起きた。同様の構図は今も世界で悲劇を生んでいる。歴史に学ばねば、この先も繰り返すのは明らかだ▼わが国もことしで戦後80年を迎える。本紙をはじめ、メディアもさまざまな角度からあの時代に光を当てるはずだ。戦争を経験し歴史を紡いだ人は、今や一握りになってしまった。だからこそ、その言葉には真摯(しんし)に耳を傾けたい。(新潟日報・2025/01/30)

「日報抄」で引かれている「「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉はドイツ(プロイセン)の統一を成し遂げた「鉄血宰相」たるビスマルク(1815~1898)その人の言らしいとされています(後掲資料参照)。独裁主義の実践家であり、名代の排他主義者だった人です。その人が述べたという、その意味は深長ですね。(明治維新以降の日本の政治および政治家に計り知れない影響を与え続けた存在でした)彼は自らを「愚者」と見たか、「賢者」と見ていたか。もちろん、自分は「賢者」と自認していたからの表現だった。しかし、正当な評価をするなら、彼は「愚者」だということになりませんか。半分は冗談で言うのですが、でも「帝国主義(領土拡張主義)」を貫いたという点では、今の為政者の多くにも通じる「ファシスト」であったともいえそうです。他国に侵略し、領土拡張を図る、あるいは他国の領土を自らのものにしたいという欲望を隠さない、そんな政治家が現実政治の手綱を握っているのです。
「戦争を経験し歴史を紡いだ人は、今や一握りになってしまった。だからこそ、その言葉には真摯に耳を傾けたい」(コラム氏)しばしば「歴史は繰り返す」と言われます。表現にこだわる必要もないのですが、繰り返すのではなく、人間の犯す愚かさは、何時の時代でも瓜二つだということを言っているのでしょう。明治以降、この国は何度も「戦争」を起こしてきたが、日露戦争は日清戦争の繰り返しではなかったことは明らか。にもかかわらず、「戦争」という愚劣な行動を起こしたという意味で、人間の生み出す政治過程において、「歴史は繰り返す」というのでしょう。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という時、重要なのは、個人にとって、「経験と歴史」は異質なものではないということを知ることでしょう。さらに大切なのは、「歴史に学ぶ」という「自らの経験」そのものが、自分の過ちを防ぐ力になる、そのように「学ぶ」ことを経験する、それが歴史につながる(重なる)のです。

◉ビスマルク=プロイセン,ドイツの政治家。ユンカー出身。1848年の三月革命に際しては反革命派として活躍。革命後プロイセン公使としてドイツ連邦議会に派遣され,駐露・駐仏大使を歴任。1862年プロイセン首相兼外相となり,有名な鉄血演説を行い,議会を無視して軍備拡張を強行。小ドイツ主義を唱え,普墺戦争,普仏戦争を勝ち抜いてドイツを統一,1871年ドイツ帝国成立とともに帝国初代宰相となり,以後20年間その職にあってヨーロッパ外交の指導者となった。1878年ベルリン会議を主宰,また三帝同盟,ドイツ・オーストリア同盟,三国同盟,再保障条約などの同盟関係によってフランス孤立策をとり,ドイツの安全を確保しようとした。しかし内政面ではカトリック教会弾圧(文化闘争),社会主義弾圧(社会主義者鎮圧法)を図っていずれも失敗。1890年皇帝ウィルヘルム2世と衝突して辞職。(百科事典マイペディア)
IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII


















a
aの音訳。『大毘婆沙論(だいびばしゃろん)』巻136の譬喩(ひゆ)的説明によると、「2人の成人男子が何本ものカーシー産絹糸をつかんで引っ張り、もう1人の成人男子が中国産の剛刀でもって一気にこれを切断するとき、1本の切断につき64刹那が経過する」と述べられている。2人の男がかりに5000本の絹糸をつかんだとすると、剛刀による一瞬の切断で5000×64刹那の時間が経過するから、1刹那の短さが想像されよう。『大毘婆沙論』同所の科学的説明によると、1昼夜=30須臾(しゅゆ)、1須臾=30臘縛(ろうばく)、1臘縛=60怛刹那(たんせつな)、1怛刹那=120刹那である。1昼夜を24時間として計算すると、1刹那は75分の1秒になる。仏教哲学では「刹那」は、物質的、精神的、なかんずく精神的な現象の瞬間的生滅を説明するときに使われる。なお、今日の「刹那主義」ということばの概念は仏教のものではない。(日本大百科全書)








