
ただ今は12月30日、午前4時50分。今朝も二時に起こされ、そのままパソコンを前にして座っている。家にある三台のファンヒーターは全開で、寒さのためか、猫たちの動きも悪い。朝の冷え込みはやや厳しいが、たまらないほどではないのも、何かと人間には好都合です。世間が静まっているのでしょうか、近くの県道を通る車の音もほとんど聞こえてこない。そんなひと時、ネットニュースをざっと眺めまわしている。年始と年末の間には、確実に一年の経過があったはずなのに、世界で起こっていることはほとんど変わらないように感じられるのはどうしてだろうか。愚かさに盆暮れのケジメもあるものか。そういうことですね
(ヘッダー写真はNHK:2024年12月27日)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241227/k10014681131000.html)
いくつもの「戦争」が継続されている。死者をはじめ数えきれない犠牲者の存在を思えば、居ても立ってもおられない気がしてくる。大まかな言いようをすれば、各地の戦争や紛争も、結局は「超大国「大国」というものの息がかかった「代理戦争」であって、当の大国権力者は背広にネクタイ、あるいはスーツに身を窶(やつ)して、普段通りの権力の永続保持を画しつつ、いとも簡単に「殺戮」の笛を吹いているのだ、それを思えば、「権力」というものの理不尽さを、心底から憎みたくなるのです。贅を尽くした生活、一族郎党の目を覆いたくなるような不正(蓄財)等々、権力が為しうる最大の貢献は、「我が身の利益」をひたすら図る、そのための「殺戮」「ジェノサイド」かと思えば、苦々しいものが込み上げてくるばかり。





家庭内の喧嘩や暴力の行使と「戦争」を齎す暴力は質的にも類を異にします。国家の犯罪というけれど、その実は「権力者」の非道徳な行動の反映であることがほとんどです。誰が振るっても「暴力」は暴力です。しかし、政治権力者が駆使する「暴力」は桁違いに大きい犠牲が伴うものであり、その損失は計り知れない。つまりは単なる個々人の行使する暴力とは本質において違うもの、それを見間違えないようにしたい。いつも言うことだが、詰まらぬ人間が付く嘘も、位人臣を極めた人間が吐く嘘も「嘘に変わりはない」のでしょう。しかし、総理大臣のつく嘘は、ぼくが口にするのとはわけが違うことくらいは、はっきりと感じ取っていたい。

「不倫」だとか「不貞」とか「性加害」というが、それを犯すのは人間だという点に変わりはないけれど、人の上に立つ人間が平気の平左で居直る・居座るというのは「頽廃の極み」、それを、われわれはどう見るか。政治家であることの価値が下落したととるか、人間そのものの品性が下劣になったと見るべきか。泥棒をしても暴力を振るっても人倫に悖(もと)る行いに奔っても咎められないのをいいことにして、あるいは咎められても恥もしないで、同じ地位に座っているというのは、底なしの厚かましさ。厚顔無恥も極まったというべきか。ある政党の代表が「不倫」を重ねて、ばれて、そして「私は恥を忍んで」ここに立っているとほざいた。

「恥を忍ぶ」とは、そうすることは自分には我慢できない恥ずべきことだが、あえてそれをするという意味でしょう。恥を堪(こら)えて、敵に従うというように。でもこの腐りきった政治家崩れの恥を忍ぶは、「恥を感じることをぐっとこらえ」「 恥ずべきと考える行いを敢えてする」というのです。つまり人前に立つのは、当たり前に「恥ずべきこと」と考えることを、自分はそんなことは「恥だとは」考えないで、そうしているとい言いたいだけ。自分の脳内にある恥辱の感覚を殺しているのではなく、最初からないんですね。そうしているうちに、恥も外聞も消えてしまう、自他の意識から消え去るという次第。外道(道理に添わぬ慢心)というほかないじゃないでしょうか。「心ない嘘」が背広を着て、人前に立つ、実際は「あのおっちゃんら、裸なんや」という子どもたちの声が聞こえてきますよ。(選ばれたものが屑(くず)だということは、誰でもない、選挙民の多くが「屑」を好んだということ。騙されたというのなら、その過ちを肝に銘じておくだけですけあっちこちのいのは有権者の側もだ、と言えそうなのが情けない。

年の瀬だからと、世事に対して、いささかの感慨が当方にあろうはずもない。当たり前に「悪は悪」、「理不尽は理不尽」と言い続けるばかりだし、時にはその想いをいささかでも行動に移す、そんなことを念じつつ、否応なく年老いていく。
(表題句は筑紫磐井作。元文部官僚。本名は國谷実。1950年生)(句の情景は「殺伐さ」を感じさせないか。痛ましいと映らないか。そこには「温かみ」とか「優しさ」というものが欠けているといえば語弊があろうが、何か、異種の存在を扱う方法が張り巡らされているように思う。どこかの施設でしょう、あっちこちの「老人たち」が「カゴメ、カゴメ」の遊戯をさせられているのか。「後ろの正面だあれ」とは、鬼か蛇か。「童心」というものでなければ、それはなんだろう?)
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「徒然に日乗」(610~616)

〇2024/12/29(日)昼前に猫缶購入のため、あすみが丘へ。猫の食料仕入れは年内最後になるはず。人出は多かったが、混雑しているというほどでもなかった。▶残すところ三日。事件や事故に気を取られているうちに、一年があっという間に過ぎ去ったというのが実感だ。▶帰宅後、襖の張替えをする。今のところ4枚だけだが、他にも破られているところが何枚か残っている。なれればどうということもないが、それでもなかなかに手間取るのも、やりつけないせいかもしれない。猫に気を付けて、破られないようにしないと、この先も、張替え作業はきりがないだろう。予定していた作業は何とか終了。▶韓国からとんでもない飛行機事故が届いた。着陸に失敗し、179人高の死亡が報じられている。「バードストライク」が原因かと言われる。(616)
〇2024/12/28(土)襖の張替え、第二日目。昨日は、糊が足りなくなったので、襖間一枚を張替ただけで中断。昼前に茂原まで買い物、ついで襖張替え用の糊を購入。可能ならば明日中にでも張替えを終わりたい。少なくとも、汚さも目立つ襖を張り替えるのだが、少しは見栄えもよくなるはず。▶午後八時過ぎか、F君から電話。祖母のいる誉田に年明けに来る予定。「今夏は行けなかったので、正月三日に伺いたい、都合がつきますか」という話。少しだけなら時間が取れそうなので、日にちが近くなったら、また連絡を。長野のO君の「健在」ぶりを話す。当方から連絡を取って、無事を確認したが、F君からも連絡できるなら、ぜひとも声を届けてほしいと依頼。(615)

〇2024/12/27(金)和室の襖(12枚)の張替え、その第一回目。とにかく、障子や襖の紙を破るのが猫の仕事のようなもの。加えて、ソファーで爪とぎ。家の中のものはズタズタだ。二月か三月程前には、障子(12枚程)の張替えをしたばかり。業者に依頼すれば簡単だが、「おあし」がかかる。簡単にやれるものは自前でと、できるだけ自分たちでやるようにはしている。手間暇かかることもあるが、普段着のままでの「DIY」である。正月までにいくらもないが、最後まで何とか仕上げておきたい。▶午後8時前に卒業生のS君から電話。卒後30年前後になるゼミ仲間たちの「忘年会」らしい。池袋の「サンシャイン」(旧須鴨刑務所跡地)で楽しんでいるそうだ。参加者が交替で電話に出て声を聴かせてくれた。それぞれが多忙な生活を送っているのが手に取るようにわかった。健康で過ごされますように。(S.H.・K.T.・K.Y.・W.S.・K.H.・W.I.の六名だった)(614)
〇2024/12/26(木)昼前に茂原まで買い物に。年末だが、その雰囲気を感じさせるものは、何もなかった。相変わらず「物価」が上昇していることを痛感する。取り立てて高価なものを買ったわけでもなく、たくさんの品物を購入したのでもないのに、会計は五千円前後になる。驚くべき高騰ぶり。いつも利用するGSのレギュラーガソリンは1㍑174円とか。一気に七円も上がっているのだ。ハイオクだとさらに高く1㍑が185円になる。灯油も11月の段階では1㍑が109円だったが、このところ115円に値上がりしている。18㍑だと1962円から2070円に。気軽に商店やGSに入れない事態が来ているようだ。▶国会の会期は本日まで。衆議院選挙が終わった段階で「過半数割れ」した与党だったが、何のことはない、偽野党の中からは与党候補は引きも切らないままで、従来の政党政治とどこが変わったのかと、大いに疑問をもってしまう。強引な国会運営はできなくなったのは事実だが、表向きは「話し合い」を見せつつ、結果的には、従来の国民無視の政治が続いているというばかり。それぞれの任にある人間の器量や判断力が著しく未熟(腐熟・不)熟)のままだというべきか。(613)

〇2024/12/25(水)終日自宅に。寒さが募るというほどでもない日が続いている。インフルエンザやコロナの流行が収まる気配もないので、十分に注意したい。▶単なる印象ではなく、いろいろな報道や証言も続けば、この社会は相当に退化というか劣化が、各方面で進んでいるという実感がわいてくる。政治や経済に携わる人間の意識の低俗・堕落化が何よりの問題であるとも思われる。この社会の各方面の劣化関連する道徳や社会風儀の頽廃に、それぞれが問題意識を見失っているのではないか。凶悪な事件や短絡t歴犯罪の増加も含めて、社会の現状に脅威や恐怖を覚えるのだ。(612)
〇2024/12/24(火)午前中に買い物、茂原まで。帰路には灯油購入、2缶(36㍑)。さらに猫たちのドライフードなど。帰宅後に、長柄町の民生委員が来宅。小生の「安否確認のために来た」という。八月頃だったか、町役場からアンケート用紙が送られてきて、「医者にかかった記録も、介護保険の申請などもないので、安否確認のために調査用紙を送った」ぼくは回答をしないままで放置しておいた。結果、民生委員は、役場から当人の「安否」が不明なので確認してきてほしいという依頼を受けて、来訪したという。その直後に役場に連絡し担当者にアンケート調査の実施などの経過を含めて、事情を確認した。わずか36人ばかりの該当者にぼくが含まれていて、返信がないので連絡普通、安否不明というので調査に入ったという。担当者の「善意」は認めたうえで、調査実施の前にやるべきことはあったはずで、いきなり「認知症」調査まがいをすること自体、良識が疑われる。当問題を含めて、行政の姿勢を十分に考え直してほしいと担当者に申し入れておいた。(611)

〇2024/12/23(月)猫缶購入のためにあすみが丘へ。午後に「プロパンガス会社」から電話。以前に指摘していた、「検針結果通知案内」の件について、担当者から連絡。従来は葉書(無料)で通知していたが、11月からはネットで通知(スマホで変更申請)となり、それ以外は有料になるという連絡に対して、スマホで変更申請しない限りは葉書通知(有料)になるのは理解できないので善処してほしいと申し出ていた。近々、パソコンでも申請が可となるというので、それまで待つと答えておいた。顧客に対する姿勢が誠実ではないと、企業に異議申し立てをしている。企業の姿勢が自己本位になっている状況に、一顧客として看過できないのだ。他にも問題はありすぎるほど。雇用形態の問題(非正規社員の増大等)が噴出しているという気がしている。(610)
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