A barking dog seldom bites.

 他国民であっても、ある時期、ある国の大統領の一挙手一投足に固唾を飲む人がいても構わない、いや、それは当り前のことだとぼくは考えています。本日の「卓上四季」が扱った問題に関して、ぼくは大統領就任式当日の「演説」の愚劣さに改めて驚き、一期目で嫌になるほどとんでもない人物だということが天下に知れ渡ったにもかかわらず、その「「虚飾人間」を二度までも大統領に選ぶなどとは、あの国(の選挙民)も焼きが回ったなと思ったし、さっそく、その「不適格性」に対して批判、非難を投げかけました。もちろん、この国だけの特異な問題ではないのは、誰もが知っているはず。この人物は、決して大統領にしてはならない人物だったが、えてしてこういう不合理なことは起るものでしょう。

 不適格の理由の第一は、「不誠実」が背広を着ているだけ、そんな人物であるということ。平気で嘘を付く、権力や金をかさに着て、徹底的に「弱者」を叩く。いわば、より一層悪質な「いじめっ子」「お山の大将」だというのです。ぼくはこの主教の「諭(さと)し」「諫(いさ)め」を当然の言葉と聴いたし、しかし、いまでは、誰もがそうだとは受け取られないだろうとも思ったが、案の定、小心な大統領は「むくれて」「不満を述べ」「悪態をついた」のです。つまりはそれだけの人物だったということ。彼の支持者は、何が何でも支持するという、これもまた、いかにも理不尽なことだと思う。分断社会の隘路(あいろ)ですね。

(「トランプ氏に主教が『慈悲』求める…」(https://www.youtube.com/watch?v=tAFOB71jNXw

【卓上四季】静かだけど強いことば 見聞きしてから、もう半月ほどたったか。ずっと胸底に残り、何度となく思い出すことばと場面がある。先月21日、米国のワシントン大聖堂。新大統領就任を祝う礼拝の場だった。マリアン・バッデ主教は目の前のトランプ氏に向かって静かに切り出した▼「大統領閣下、どうか慈悲のこころを持ってください」。党派を問わず、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの子どもを育てる家庭があり、命の危険におびえる人もいる―。仏ノルマンディー産の石灰岩を使う白亜の大ホール。彼女の静かなことばが天井に吸い込まれていく▼主教は続けた。「農産物を収穫し、ビルを清掃し、養鶏場で働き、食堂で食器を洗い、病院で夜勤する人々がいます」。こうした移民は犯罪者ではなく良き隣人だ―。弱い立場の人々への寛容を説く▼相手は最高権力者であり、他者への攻撃をいとわない人物である。正面からの直言には勇気がいったろう。案の定、トランプ氏は主教を口汚くののしった▼大統領の「暴走」は加速するばかりだ。航空機の墜落事故を多様性重視の政策のせいにする。自由貿易の理念などお構いなく、高い関税の導入で脅す。これからも世界に混乱と不安をもたらすだろう▼けれども米国は一様ではない。多様な意見があり、声を上げる人がいる。バッデ主教の姿に希望をみる。(北海道新聞・2025/02/04)

 かねて「大言壮語」していた「高い関税をかける」の発動は数か国で、本日から始められる。「関税」は相手国だけに打撃を与えるのではなく、自国民にも高い物価を強いるのは馬鹿でもわかるころだが、それをあえて導入するというのは、一種の「脅し」。脅しをかけるのは「弱い人間の証拠」です。弱い犬ほど大声で鳴く(吠える)。恫喝の背後に恐れがあるのです。それを「恫疑虚喝(どうぎきょかつ)」という。「心の中では怯えながら、相手をおどすこと。『恫疑』は恐れて迷うこと。『虚喝』は虚勢をはっておどすこと。こけおどし」(四字熟語辞典オンライン)。困ったことだけれど、この手の小心者ほど権力の座につきたがるのです。なぜか。自分が小心者だということを自覚しているからです。「鎧」をまとって強くなった気になるのでしょう。名誉や地位を求めるのも、金に汚いのも、自分を大きく見せる手段。

 貿易相手国のすべてに、とことん「高い関税」をかけ通したらどうです。アメリカは、直ちに超インフレになり、生活困窮者が暴動を起こしかねないでしょう。人間の「性」には「男」と「女」しかないと断言したのだったかどうか。その次には「人種は白人」が一等上だというのだ。「一番病」の典型は「アメリカファースト」でしょう。自分が吐く言葉に彼はいかなる根拠も信頼も寄せてはいない。残念ですが、「口から出任せ」、それが政治のイロハだと思っているらしい。それが、彼の得意とする「ディール(取引)」の底意です。暴力やハラスメントも「ディール」だと思い込んでいるのだから、始末に悪いですな。パレスチナ問題では、ガザの再生・再興は不可能だから、「周辺国はパレスチナ難民を受け入れろ」と言ったが、どう聞き間違えたか。この劣島の首相が初会談を前に「受け入れの準備がある」と宣わるのだから、何を考えているのか。中東問題や「イスラエル対パレスチナ」問題にいささかの関心もない人間の寝言。いうことを聞くものがいるから「恫喝」がやめられないのだから。「無理が通れば道理は引っ込む」しかないというのか。

 politic は politeと同根で、ていねいであること、かつ誠実、つまりは礼儀正しさを求められるのです。それがないところは「政治」ではなく「暴力(violence)」そのものです。いたるところで、暴力と政治は「紙一重」の危うさです。

 とにかく、やたらに「偉そうに振る舞いたがる人間」がのさばる政治だけは、方法に混乱を招くのは必至だから、早く「こけおどし政治家」は退場を願いたいものだ。政治は「取り引き」ではないし、脅しや虚言で成り立つはずもないことを、あるいは一期目よりも一層早く知る羽目になるだろうか。劣島の一住人はそれを冀(こいねが)っている。(「ノーベル平和賞」が欲しくてならぬ大統領。どうしますか、みなさん)

 He is under the illusion that politics is a casino. But casinos are certainly political.

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生きててよかった(人生にイエス)

 らもさんの名前を何年ぶりで目にしたでしょうか。ある時期、ぼくは「中島らも」に入り浸りでした。きわめて神経質で、なんにでも傷つきやすい人だったと思う。その「諧謔(かいぎゃく)」は、どんなに深刻な問題に対しても見事に炸裂し、その爆弾によって粉砕・破壊された、ぼくは「捧腹絶倒」の重症患者だった。A新聞で連載されていた「明るい悩み相談室」、見事なもので、この手の「訳知り人生案内」「説教節的人生案内」には絶えて見られない、柔(渋)と剛(業)のアマルガムを思わせる「らも」哲学の開陳でもあったと思う。この人がいたずらに厳しさを強いる「超進」学校の生徒だったということは、あるはずもない奇蹟だったと思うし、何かの間違いだったかもしれない。親の唆(そそのか)しがあったのだろうと思うけれど、らもちゃんはまだ幼かった。案の定、そこから逸脱したのも、いかにも「らもさん」だったと思う。

 晩年に近づくにつれ、何かと非難され糾弾されるような行為に及んだが、すべてが「酒とうつ(双子かも)」のせいだったかどうか、ぼくにはよくわからなかった。死因など、まるで「冗談やんか」という意味では、不謹慎ながら、それもまた「らも流」だったか。「談話室」氏は書かれている。それなりに長く生きて、「『生きていてよかった』と思う夜がある」と呟(つぶや)くらもさんを紹介。彼がそういう「科白」を自分に吐くなど、挑発的、革命的な感じもしないでもない。「生きててよかったわ」という気分を味わったら、その後の人生がどんなに「ゴミくずみたいな日々であっても生きていける」と、マジで書いていたのか、といまさらのように「マジメ人間」でもあった、故らもさんに無性に会いたくなるのだ。

(中島らもOfficial site:https://ramo-nakajima.com/

【談話室】▼▽高校時代に出合ってから心の片隅に置いている言葉がある。作家の故中島らもさんのエッセー集「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」で見つけた。らもさんが、18歳で自殺した同い年の友人について回想したくだりだ。▼▽「おっさん」になるまで生きてみた結果、何十年に1回ぐらいかもしれないが「『生きていてよかった』と思う夜がある」と、らもさんはつづる。続くのは「一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける」。▼▽らもさん自身、アルコール依存症やうつ病などで苦しんだ。辛(つら)いことがあっても生き続ければいい。そんなメッセージだ。気持ちが沈んだとき、心の支えとなる言葉があると頼もしい。親しい人からのアドバイスはもちろん、見知らぬ誰かの声に助けられることだってある。▼▽悩みを抱えた人に寄り添う「山形いのちの電話」の相談員が不足していると先日報じられた。一方で昨年の対応件数は8千件を超えている。話を傾聴するだけで救える命があるという。「生きていてよかった」。受話器の向こうで、そんなふうに思う人が一人でも増えれば。(山形新聞・2025/02/02)
● 中島らも(なかじまらも)(1952―2004)= 小説家、劇作家。兵庫県尼崎市生まれ。本名中島裕之(ゆうし)。1975年(昭和50)大阪芸術大学放送学科卒業後、大阪の印刷会社に就職するが4年で退社。79年初めての小説『全ての聖夜の鎖』を自費出版する(のちに文芸春秋より刊行)。退職後はコピーライター養成講座に通い、82年広告代理店に入社。雑誌で軽妙なコピーの広告連載を始め、一躍人気を集める。これ以後エッセイやラジオ出演の依頼が殺到。84年には「中島らもの明るい悩み相談室」を『朝日新聞』大阪本社版の日曜版に連載開始、その後、全国版連載になる。86年中島らも事務所設立。同年劇団「笑殺軍団リリパット・アーミー」を結成する。同時期にアルコール性肝炎で50日間入院。このときの体験、病院で見聞した光景がのちに『今夜、すべてのバーで』(1991)に結実、同作は92年(平成4)吉川英治文学新人賞を受賞した。これ以前、すでに作者はコントやエッセイなどの著作で支持を集めていたが、小説家として注目を浴びるのはこの作品以降になる。
 91年には人体をモチーフにした幻想小説の連作集『人体模型の夜』が直木賞候補になる。94年、民俗学、心理学、薬物学、オカルトなど広範な知識を駆使した伝奇小説『ガダラの豚』で日本推理作家協会賞を受賞。ケニアと東京を主舞台に、怪しげな僧侶やいんちき新興宗教の教祖、超能力青年、手品師、呪術師などが跋扈(ばっこ)する姿を描きながら、近代科学と呪術的社会の相克を浮き彫りにした力作で、直木賞の候補にもなった。さらに、詐欺師たちの暗躍を描いた『永遠(とわ)も半ばを過ぎて』(1994)も同じく直木賞の候補にあげられた。
 94~95年、アルコール依存症と鬱病により最初は30日、次に70日ほど入院する。酒は高校・大学時代から飲んでいたというが、2000年発表の『バンド・オブ・ザ・ナイト』では80年代初期の日常を自伝風小説として描いている。それによると、周囲から「ヘルハウス」と呼ばれる作者とおぼしき人物の家には、ありとあらゆる問題を抱えた人々が、ときにはひと月に延べ100人以上も寝泊まりしていた。そんななかで、作者=「おれ」は、生活のために仕事をし、金を稼ぎ、やがて薬物と酒に溺れる日々を過ごすようになってゆく。94~95年の入院以後は一時は断酒を宣言するが、2003年2月麻薬及び向精神薬取締法違反、大麻取締法違反の両容疑で逮捕され、5月懲役10か月執行猶予3年の判決が下る。逮捕、拘置後に獄中体験を綴った『牢屋でやせるダイエット』(2003)を刊行した。(日本大百科全書ニッポニカ)

 「作家中島らもさん(本名・中島裕之=なかじま・ゆうし)が26日午前8時16分、脳挫傷による外傷性脳内血腫のため神戸市内の病院で死去していたことが27日、明らかになった。52歳。中島さんは16日早朝に階段から転落し頭など全身を強打、HCU(高度治療室)に入院していた。中島さんは92年に「今夜、すべてのバーで」で吉川英治文学新人賞を受賞。破天荒な私生活や言動でも知られ、03年には大麻所持で逮捕、有罪判決を受けた。(以下略)(日刊スポーツ・2004年4月28日)(https://www.nikkansports.com/entertainment/news/1682081.html

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「徒然に日乗」(645~651)(https://http836.home.blog/2025/02/03/

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 早くも二月(如月)に入りました

 本日(2月3日)は「立春(の入り)」です。その節目の日に、「3日(月)の立春を過ぎた来週の4日(火)頃から日本列島の上空に強い寒気が南下します。上空5500m付近で−36℃以下の大雪をもたらす寒気が4日(火)の夜には北海道から山陰付近まで南下する予想です。5日(水)には−42℃以下の寒気の中心部分が日本海に進んで、6日(木)にかけて寒波のピークとなります。−36℃以下の寒気がこれだけ広い範囲を覆うことはそれほど多くはなく、数年に一度のレベルとみられます」(WN・2025/02/01)(https://weathernews.jp/s/topics/202502/010135/

 珍しく風邪気味なのか、あるいは花粉症の前触れなのか、鼻水が止まりません。頭も少し痛い(こちらの方は年がら年中です)。やや睡眠不足の日が続いているので、それやこれやで、空の節々が悲鳴を上げかけているのですな。インフルエンザも流行中だし、老人なお壮健ならんか、決して無理をしないつもり。この地上、現下、至る所で地震・雷・火事・親父(狩り)と、世も末を思わせる狂乱ぶりです。とにかく、安心・安全専一に。

・きさらぎやうぐひすもちの青黄粉(万太郎) 今日は大豆なんかではなく、黄な粉持ちを買ってこようか。

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 「徒然に日乗」(645~651)

〇2025/02/02(日)夜半から降雨があり、午前中まで続いた。幸いなことにお湿り程度で、午後には止んでいた。▶終日自宅にとどまり、年賀状への返信の準備に時間を取られていた。自宅の印刷機で文面を刷るので、それなりに手間がかかる。今のところ、ハガキ印刷以外は自宅で印刷機を使うことがまったくないので、昨年のこの時期以来一年、印刷機は止まったままなので少し心配があった。猫が印刷機の上に乗り、まるでベッドのように独り占めしたりして、うまく作動・昨日するか心配だった。何とか動いてくれて、無事にハガキは印刷できた。(まだ少しは残っているが)その後に、宛名書きなどをして終わり。予定では明朝(3日)一番に投函する予定だ。▶本日は「節分」だった。豆まきなど何十年もしたことはない。(651)

〇2025/02/01(土)如月朔日。終日自宅に。▶かなり寒い一日だった。今冬一番の寒気団が週末から来週初めにかけて劣島にかかるとの予報、都心部にも降雪が予想されている。その前触れのような気温だった。当地では、明日は遅くに降雨がありそうとも。▶米大統領就任以来十日ほど。いよいよ本性をむき出しにして、自分流の政治パフォーマンスに走り出したと思う。恐らく、国内的には大混乱を予想させるし、他国との関係においても力を前提にした政治、強権政治を推進するばかり。世界の混乱には資しするものの、平和の到達にはきわめて危険な政治を展開するのだろう これが政治というものだろうか。自分を売り込むためだけの偽装政治行為だというべき。(650)

〇2025/01/31(金)本日で睦月も終わり。「あっという間のたばこの煙」、実感だ。跡形もなく時間は過ぎ去るが、残るのは各一週間(七日間)の「無為」「徒労」と「定かならぬ記憶」のみ。頼るは「暦」ばかりだが、その暦自体も頼りにはならぬから、何とも始末に悪い。▶昨年は正月の「能登地震」に度肝を抜かれたが、そののちには大きく被災した幾つかの地区に災害義援金の名目で「募金(寄付)」をしたので、確定申告時の所得税控除等を申請するための「義援金払い込み証明書」発行を七尾市、輪島市、穴水町に依頼した。ぼくとしては想定以上の金額になるが、被災地・被災者にすれば「雀の涙」ということだろう。できる範囲で、この後も続けていきたいものだ。(649)

〇2025/01/30(木)九日ぶりで「猫缶」購入のために千葉市緑区土気(あすみガ丘)に。現在の缶詰はいつから買い続けているのか、かなりの期間、これ一品で済ませてきた。少しばかり「飽き」が来ている子もいるが、全体的には以前ほどの食べ盛りではなくなったということかもしれない。缶詰のほかに、さまざまおやつ類を揃えているので、何とか食欲を落とさないでいるのかもしれない。寒さが厳しいので、大部分は家の中で夜を過ごしている。(648)

〇2025/01/29(水)今日も昼前に茂原まで。普段の買い物のほかに、後期高齢者医療保険料の第7期分を納入するため。今月末が納入締め切り。払い込みをしようとコンビニに行ったのはよかったが、念のためにと確認したら、別の「税金(固定資産税)」支払い用紙を持ってきてしまったことが判明。確認したつもりだったが、ミステイク。衰えが激しい。ちなみにこの保険料の払い込み年額が30万弱。この十年間で、一回だけ医者にかかったから、そっくり保険料を某機構に寄付しているようなもの。たまには医者にかかり、介護保険の申請をしたらどうか、そんなお誘いが、役場から来たような気がしたのが、つい先だって。役場(福祉課)からのアンケートに未回答のままでいたら、「安否不明」とされた。国庫や自治体に納付する税金等は、一円でも少なくしたい。その代わりに、必要なところに一円でも多く寄付したいと念じている。物価高の折から、初夏からのNPOの寄付要請がしばしば届く。小生は現在、4か所ほどの「ひとり親家庭」等の団体へ寄付をしている。深刻な事態が一向に完全されないどころか、物価高騰の折から一層厳しくなるのはなぜだろうかと、空の財布を恨めしく思うばかり。▶今冬一番の寒気団が劣島を襲っている。幸いに房総半島付近は今のところは寒さや降雪の災難からは逃れられている。この「寒気団」はしばらく居座るそうだから、油断はできない。(647)

〇2025/01/28(火)昼前に買い物、茂原まで。いつも書いてしまうが、物を買うたびに、そして同じような商品を購入しているのだが、物価高騰が極めて深刻だと感じてしまう。一回の買い物をひとまとめにしてみると、三割以上の値上げが続いているように感じる。個々の商品の値上げは数%だといわれるが、トータルでは2割3割以上の高騰だと言わざるを得ない。▶昨日の某テレビ局の「記者会見」はなんと十時間を費やしてなお、要領を得ないやり取りに終始した感が強い。結局は、会社幹部が守りたかったのは同社元社員の人権ではなく、タレントとの営業上の利益だったことが明白。それが、結果的には自らの名誉や地位だったことは明らか。そのために、役員たちは嘘を付き通すほかなかったのだろう。(646)

〇2025/01/27(月)終日寒さが身に堪える一日だった。風がないだけ、助かったという気分。陽射しがまったくなかったので、洗濯物を干すことができなかった。▶終日自宅に。このところ、方々で「通り魔的な事件」が多発している。件数の多少も問題であろうが、この何十年間にわたり社会問題になり続けてきた「精神疾患」を予想される人の犯罪と思われることが多すぎるのは、なぜだろうか。社会関係そのものが、個々人のレベルで壊れている、その端緒でもある家庭問題に、おおきな課題を持っている。処方箋が簡単に見つかるものではないけれど、何よりも「個人」の育ち方に深く神経を使い配慮を払うべきだろう。▶午後四時から始まったフジテレビ問題の記者会見、ただ今午後十時を過ぎるが、まだ続いている。何が問題を長引かせているのだろうか。実に単純で、知っている事実を隠蔽してきたことが、問題を大きくしてきたのだ。会社は無関係という無理筋を通そうとしている。この企業の変わり目は見つけられないと思う。四十年にわたって絶大な権力を行使し、会社の発展を阻害してきた「H天皇」の引責がなければ、もう終わり。社員の決起を求めたいところである。(645)

失敗の記憶を持ち続けること

⦿ 週初に愚考する(五拾六)「 勝ち負けのある戦事(いくさごと)鬼は外」(飯野無骨) 人間界の約束事は「自然界の後追い」がよろしかろう。人智の生み出す科学・技術は「自然」という天恵(天恩)を掌に乗せた気にさせる。「自家薬籠中」という思い上がりが、至る所で事件や事故を生み出している。その典型は「戦争」の齎す「災厄」だ。いまだ各地の「戦火」は消えず、飛び散る火花はあらぬ方面で新たな災厄を生む。半藤さんの語る「うぬぼれれ」や「身のほど知らず」は国家ばかりの占有ではない。▶「朕は国家なり」と思い込み、「われは天皇だ」という自他の誤認を増長させる結果、驚くべき弊害を社会全体にもたらすが、当人や取り巻きには「天皇の一族」「王様と友だち」という致命的な錯覚があって、自分たちは「治外法権」の恩典に与るという「逆上(のぼ)せた思い違い」が潜んでいるのに気づかない。ことが起こって、社会的非難や糾弾を受けて、なお責任を感じない。無責任の無限連鎖は企業や国家を解体させてもなお、自らの責任を自覚できないのがほとんどのケースで生じている。▶小さな島国には「無責任」を受容する麗しくも悪しき「習俗」がある。「うぬぼれ」が肥大し、やがて「逆上(のぼ)せ」を生む。

 「戦後八十年」、「昭和百年」は単なるめぐり合わせ。「立春」が時に2月2日、時に2月3日になるのと同じ現象。問題は「めぐり合わせ」の歴史的意義を自問することにあろう。戦争に負けて「八十年」も経った。そろそろ、もう一度、何処かと一戦を交える時だと、馬鹿どもを元気づけ、逆上せあがらせる端緒になりかねないのが、この小島社会の現状か。▶「戦争に」勝ち負けはつきものと多くは考えるが、何をもって「勝負」を判断するか。対米英戦争は負けだったが、その負けを呼んだのは「日清」日露」の怪しい勝利だったとするなら、「勝ちは負け」であるという学び方こそ歴史の示すところではないだろうか。▶「成功は失敗の源」という貴重な経験を誰しもが有している。もし「めぐり合わせ」に意味があるとするなら、間違った地点にもう一度戻る縁(よすが)にすること。間違いの記憶を持ち続けられる人は賢(かしこ)い人だといいたい。もちろん「危うきに近づかない」程度に、犬や猫並みに、です。それが「歴史に学ぶ」という意味だ。(犬や猫たちが「集団発狂」するのを見たことも聞いたこともない。殺りく兵器も造らず、ノーベル賞も欲しがらない、その程度の「慎ましさ」が欲しいですね)

【小社会】節分に 例年より1日早くて、ぴんとこないが、きょうは「節分」。地球の公転の関係で、たまにずれる年があり、ことしが該当するという。〇前回2月2日だったのは4年前の2021年。それでもなじみが薄いのは、前々回が120年以上前の1897(明治30)年だったからだろう。日清戦争終結の2年後に当たる。〇暦が巡るその120年余りの歴史を振り返ると、まさに悲劇ではないだろうか。日本は軍備拡張を加速させ、7年後の1904年には日露戦争に突入する。作家の故半藤一利さんは、その辛勝が日本が道を誤る転機になったとみる。〇「大勝利の国民戦争と夢想し、うぬぼれのぼせていい調子になった」(著書「語り継ぐこの国のかたち」)。うぬぼれはやがて昭和の大戦と敗戦につながる。戦後80年のことしは、そうした歴史を改めて意識せざるを得ない。〇折しも日露戦争が始まった04年の9月、高知新聞は誕生し昨年、創刊120年を迎えた。特に戦後80年、時の政治を厳しく問い続けてきたのは大戦中の戦争加担への猛省があるからだ。いまは国の体制も国際情勢も異なるが、国が防衛予算増強に走る姿はどうだろう。〇この先は子孫が暦を振り返る時、戦争のない歴史を刻んでいきたい。きょうは本紙120周年事業で、将棋の棋王戦コナミグループ杯5番勝負第1局が高知市で行われる。本紙が報じる「勝負」はいつまでもこういう平和の対決であり続けたいものだ。(高知新聞・2025/02/02)
【有明抄】福と鬼 「幸せ」は「する」と「あわす」が結びついた言葉。もともと二つのものがぴったり合わさった状態のことだった。古人はそれが自分の意志や努力だけでは実現せず、別の大きな力に左右されると信じていたという◆だから、かつては主に「運」や「めぐり合わせ」を指す言葉として使われた。当然「良いめぐり合わせ」があれば、「悪いめぐり合わせ」もある。「幸せ」には「不幸」や「人が死ぬこと」「葬式」といった意味さえあったというから驚く◆きょうは節分。冬から春への変わり目である。むかしは厄年に当たる人が氏神に詣でた後、くしやかんざしなど身につけたものをわざと落とした。そうやって悪いめぐり合わせを絶ったのである。中には、ふんどしを落とす男衆もいたらしい◆例年なら3日のはずが、このところ4年おきに1日繰り上がるという。地球が太陽の周りを回る公転周期とカレンダーとの微妙なズレが積み重なったからだとか。言葉の定義や習俗がうつろうように、時間は少しずつ季節の境目も変える◆「福は内、鬼は外」。願いを込めて豆をまく。福ばかりが都合よく舞い込むわけがない。反対に、鬼と見えた人に案外救われたりもする。世の中を見渡せば、福と鬼とをきっぱり分けられないことに気づく。「幸せ」と同様、禍福もそれとわかる姿はしていないものである。(桑)(佐賀新聞・2025/02/02)

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「はてなの価格」に、はてな?

 「はてなの茶碗」、ぼくはもっぱら古今亭志ん生さんでした。何十何百回聴いたかわかりません。京都の茶谷金兵衛(茶金)さんと「油売り」の掛け合いが底抜けに面白いのと、つまらない清水の数茶碗(雑器)に何百・何千両も出すという、権力者の無類の頽廃も、「笑い」の下地になっていて、この「馬鹿話」を伺って庶民が留飲を下げ続けた経緯(子細)が分かるような気がします。よく似た落語に「猫の茶碗(皿)」があります。欲しい人には、どんな下手物であっても目玉が飛び出るような価格でも欲しい、買いたい。(『はてなの茶碗』(はてなのちゃわん)は、古典落語で上方落語の演目の一つ。東京では『茶金』の名で演じられる。三代目桂米朝が、子供の頃にラジオから流れていた二代目桂三木助の口演の記憶をもとに戦後復活させた。現代では、米朝の実子五代目桂米團治などが得意として口演している)(Wikipedia)

 (ヘッダー写真「フジテレビが運営する動画配信サービスFODは、2024年11月1日(金)14時に発表された2024年 オリコン顧客満足度®調査 定額制動画配信サービスのランキングにおいて、「国内ドラマ」部門で2年連続となる1位を獲得しました」)(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001661.000000084.html

 「有明抄」で引用されている某作家の語りについて。「〈個人商店の時代って非常に値段が高かったんだけど、それは商品にコミュニケーション料とかカウンセリング料とか癒(いや)し料が入っていた〉というくだり。本当ですか。ぼくにはそんな店に出会ったことはなかった。当たり前に商売していて、しかも町や村に魚屋が一軒しかないような時代。「家庭のぐちを聞いてもらったり、体調を気遣ってもらったりする時間も含めて買っていたのだ」と。ホンマかいな。いかにもありそうで、実際はどうだったか。「ものの値段」とは需給の関係で決まるもの。人生相談料や夫婦喧嘩の仲裁料までが価格転嫁されていたんですか。大根やキャベツが高い理由は、相談料を含んでの「値段だった」など、ぼくは聞いたことも見たことも、経験したこともない。

 元は清水の数茶碗、値打なんかない二束三文の「はてなの茶碗」でも、天下の目利きが見れば評判を呼ぶ。まさに骨董・美術品などはその類。それこそ価格は「あってなきが如し」、それに値をつけるのは「鑑定家」であり、「好事家」たちの世界の話、それは一種の金持ちの「遊び」だったと思う。キュウリやナスビと違って、高価な骨董品など、そんなものたいての人にはなくても困らない。そんな不要な品物に何千万と費やす世界こそ、虚仮虚仮(こけこけ)の迷妄の世界ではないでしょうか。幸いなことに、ぼくにはそんな趣味も余裕もないから「書画骨董」の類は一つも持ち合わせていない。

 それはさておき「顧客満足度ナンバーワン」で購入する品物にどんなものがあるのでしょう。「お米」ですか、「マグロ」ですか、「胡瓜」ですか。「消費者庁の調査では、消費者の半数がこれを参考にしているらしい」とある、そんに面倒な商品には何があるのか、それを教えてほしい。こんな愚図な世の中ですから、「顧客満足度」のランキングを調べて買う品や人は、確かにあるでしょうが、はたして、それはスーパーで販売している野菜や食品なのでしょうか。「野菜に果物、お菓子に加工食品…値上げの話題を目にしない日はない」「資材高騰や人手不足でかさむコストを価格に転嫁せざるを得ない事情もわかる」「『顧客満足度』を『安さ』にばかり求める時代ではないのかもしれない」というけれど、「野菜に果物、お菓子に加工食品」などを、いちいち「顧客満足度」を参考にして買うような変わり者・暇人・世捨て人などがいるのでしょうか。その日の必要に応じて賄う品物に、いちいち「満足度ランキング」を調べて買うバカがいるはずもないでしょうね。

 某作家は「家庭のぐちを聞いてもらったり、体調を気遣ってもらったりする時間も含めて買っていたのだ」と異なことを断定されているがどこの店でしたか。ぼくは、一度だって酒屋に「人生相談」を持ち掛けたことはない。家庭のぐちを聞き入れて、相談料を取っていた店など一軒だってなかった。近所の八百屋や魚屋は、離婚相談にも乗るような暇人でも粋人でもなかったろうし、まさか弁護士事務所なんかではなかったでしょう。いかにもありそうで(だとは思われない)、しかしどこにもない話なら、「ネット時代」のお手の物(フェイク)、その程度の話を「さも、ありなん」と書く、喋るというのはいただけないな。ぼくはこの手の話には、どうしても引っ掛かるし、いかにも詐欺横行時代のネタにしかならないと思う。「管見」ですらないような噺を「針小棒大」に膨らませる(盛る)のを、昔は「誇大妄想狂」といったそうだ。今は作家や新聞記者というらしい。

【有明抄】はてなの価格 茶道具の目利きで随一といわれた主人がいた。この人が手に取って首をかしげただけで茶器の値段が上がる。ある日、茶店で出された湯飲みにどこからか水が漏れている。「はてな?」とつぶやけば、それが値打ちのある器だと勘違いされて…。上方落語「はてなの茶碗」である◆ものの価値とはよくわからないものである。近ごろ盛んな広告のうたい文句は「顧客満足度ナンバーワン」。消費者庁の調査では、消費者の半数がこれを参考にしているらしい。ところが広告主は調査会社に勧められるまま、根拠を十分確かめていないのが大半だったという◆野菜に果物、お菓子に加工食品…値上げの話題を目にしない日はない。家計にはこたえるが、資材高騰や人手不足でかさむコストを価格に転嫁せざるを得ない事情もわかる。あいまいな「顧客満足度」を「安さ」にばかり求める時代ではないのかもしれない◆作家の藤原智美さんが語っていた。〈個人商店の時代って非常に値段が高かったんだけど、それは商品にコミュニケーション料とかカウンセリング料とか癒(いや)し料が入っていた〉。家庭のぐちを聞いてもらったり、体調を気遣ってもらったりする時間も含めて買っていたのだ、と◆ものの価値は見えないところにある。それが値付けと見合っているか、陳列棚の前で「はてな?」と考えてみる。(桑)(佐賀新聞・2025/01/31)

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When will they ever learn? 

 このところずっと心晴れない日が続いています。理由はさまざまでしょうが、何よりも世界の各地で起こっている「戦争」「殺戮」「民族浄化」…。なんとでも形容できます、その惨禍・惨状がぼくたちの日常の一コマになっていることに耐えられないからだということです。その意味合いは異なるでしょうが、自動車事故で一人が亡くなるのと、一発のミサイルで何十人もが亡くなる、その軽重を問うのではありません。「いのちの重み」に変わりはないと思うと、ぼくは現状には居たたまれないのです。戦争に対峙するのに、ぼくには何もできない、せいぜい、間接の間接のようなまだるっこい署名やささやかな寄付くらいしか、今のぼくにはできない。だから、こそ、その不条理な殺人に怒りを思いきりぶつけるのです。気休めにもならないけれど、そうするほかに手がないと思うから、「心晴れない日々」が続くのです。

 その「戦争」(双方が悪い場合もあろうが、そのほとんどは「大義」を掲げて人を殺し合うのであり、戦争に「大義」があるはずもないのに。いずれもが、ほんの一握りの「権力者」のつまらない自尊心や功名心の為せる業。ぼくは政治は大嫌いだし、政治家などは、まさに軽蔑の的と言っていい存在でした。その背景には、どんな人間でも根っこには「政治性」があり、人というものは、時には誰彼に対して「政治的(暴力的)」になるという性質を持っているから、その「わが内なる暴力性」を限りなく抑制することが、ぼくには至上の命題となっているし、なってきたのです。

 高校時代、この国は日米安保条約改定問題に発する政治の季節は酣(たけなわ)だった。その状況も少しは知っていたが、ぼくは野球やラグビーに血道をあげていた。大学に入り、アメリカのベトナム戦争深入りが抜き差しならぬ時代に入っていた。当然のことながら、米国の地に「戦争反対」の輪が広がり、それを支えるように、たくさんの反戦歌が流れていました。たくさんあった中でも、ぼくは「花はどへ行った」に心を奪われた。ピートシガーは、ある意味ではアメリカンフォークの中興の祖の趣があったし、その単調・素朴な歌唱が気に入っていた。同時期には、この「花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone)」は、ジョン・バエズ、キングストン・トリオ、ピーター・ポール・マリー(P.P.M.)などのレコードや歌唱は多くの市民に受け入れられ、方々でその歌声とともに反戦の意気は上がっていたと思う。

 心晴れない日々、ぼくの耳には「花はどこへ行った」が流れ続けていたのです。そんなとき、奇遇というかめぐり合わせというか、今朝の「ラジオ深夜便」午前2時台にピート・シーガー特集があり、ぼくはそれを聞くともなく聞いていた。猫が盛んにぼくを起こしかけていました。「花は…」が聞こえてきて、ベッドを出た。一瞬、シーガーは何年生まれだったかが気になった。亡くなったのは2014年だから、とても高齢で亡くなっていたはず。咄嗟に評論の加藤修一、俳人の金子兜太さんの顔が浮かんできた。(多くの人の生年没年を覚えるのがぼくの趣味?)そして、改めてシーガーの年齢に驚いた。彼の詞はむずかしくはない。野原一杯に咲いていた花は何処へ行ったのか。若い娘がすべて摘んでしまった。その娘たちは何処へ行ったか。夫を探しに…。そして、それぞれの結びに<When will they ever learn? When will they ever learn?>と問いかける。「いったい、いつになると学ぶのか?」と。戦争が愚かであり、無辜の民を殺すことが名誉になるということがあるはずもないと、どうして人間は学ばないのだろうか。反戦歌というのは、人間の愚かさへの終わりのない「警鐘」、いやむしろ「弔鐘(a funeral bell)」だとぼくには思えるのです。

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⦿花はどこへ行った アメリカのフォーク・シンガー、ピート・シーガーの曲。1955年発表。コサック民謡に触発されてつくった曲。その後フォーク・シンガーのジョー・ヒッカーソンが歌詞を一部書き足したため、シーガーとヒッカーソンの共作とも言われている。サンフランシスコのフォーク・グループ、キングストン・トリオが1961年に発表したカバーが全米第21位を記録。1962年にはピーター・ポール&マリーがデビューアルバムに収録してヒット、以後反戦曲のスタンダードナンバーとなる。原題《Where Have All The Flowers Gone?》。(デジタル大辞泉)

⦿シーガー(Seeger, Pete)[生]1919.5.3. ニューヨーク,ニューヨーク [没]2014.1.27. ニューヨーク,ニューヨーク アメリカ合衆国のシンガー・ソングライター。別名 Peter Seeger。1950年代から 1960年代にかけて,フォークソングのリバイバルの立役者として数多くの曲を生み出した。代表作は『花はどこへ行った』『天使のハンマー』『ワインより甘いキス』『ターン・ターン・ターン』などで,単独作品も共作もある。ハーバード大学中退後,全米を旅してカントリー・バラード(→カントリー・アンド・ウェスタン)や労働歌,賛美歌を収集し,5弦バンジョーの名人芸を身につけた。1940年ウディ・ガスリーらとともにアルマナック・シンガーズを結成,1948年にはウィーバーズを立ち上げた。だが,シーガーがかつて左翼的な活動にかかわっていたせいで,ウィーバーズ時代,ソロ演奏家時代に要注意人物とみられた(→マッカーシズム)。1990年代にはそうした過去を乗り越え,1994年にナショナル・メダル・オブ・アーツを受けた。1996年にロックンロールの殿堂入りを果たした。1997,2009年にグラミー賞を受賞。(ブリタニカ国際大百科事典)

*Pete Seeger: Where Have All the Flowers Gone?(https://www.youtube.com/watch?v=1y2SIIeqy34

Where Have All The Flowers Gone?   
(Pete Seeger & Joe Hickerson)        

Where have all the flowers gone,
Long time passing?                 
Where have all the flowers gone,            
Long time ago?                     
Where have all the flowers gone?            
Young girls have picked them, ev'ryone.         
When will they ever learn?              
When will they ever learn?              

Where have all the young girls gone,         
Long time passing?
Where have all the young girls gone,
Long time ago?
Where have all the young girls gone?
Gone to husbands, ev'ryone.
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the husbands gone,
Long time passing?
Where have all the husbands gone,
Long time ago?
Where have all the husbands gone?
Gone to soldiers, ev'ryone.
When will they ever learn?
When will they ever learn?
Where have all the soldiers gone,
Long time passing?
Where have all the soldiers gone,
Long time ago?
Where have all the soldiers gone?
Gone to graveyards, ev'ryone.
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the graveyards gone,
Long time passing?
Where have all the graveyards gone,
Long time ago?
Where have all the graveyards gone?
Gone to flowers, ev'ryone.
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the flowers gone,
Long time passing?
Where have all the flowers gone,
Long time ago?
Where have all the flowers gone?
Young girls have picked them, ev'ryone.
When will they ever learn?
When will they ever learn?

*Where have all the flowers gone -The kingston trio(lyrics)(https://www.youtube.com/watch?v=bI3QVsW30j0&list=RDbI3QVsW30j0&start_radio=1&rv=jwpz-wkofZw

Peter, Paul and Mary – Where Have All the Flowers Gone (25th Anniversary Concert)(https://www.youtube.com/watch?v=ZgXNVA9ngx8

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