巳年(みどし)の一年が静かに始まった。昨年は世界中で戦争や争い事がつづき、心安らぐ時間は少なかった。「今年こそ平和な一年に」は、世界共通の願いだろう。
大みそか、NHKの「紅白歌合戦」の余韻にひたりながら「ゆく年くる年」を見た。例年より長いバージョンで、国内の10数カ所からの中継だった。
トップは何やら、どこかで見たことがあるような風景。桜井市の長谷寺だった。手前みそだが、1月1日付本紙別刷第3特集の表紙(49面)に登場しているのでご覧頂ければ幸いだ。
大河ドラマ「光る君へ」の主人公、藤原道長も参拝したという、古くから人々の篤い信仰で知られている名刹(さつ)である。ご本尊の長谷観音のお姿も画面越しに拝することができたのはありがたかった。
昨年の地震・豪雨の被災地・能登の珠洲市、須須(すず)神社▷戦後・被爆80年、ノーベル平和賞受賞で広島・原爆ドーム▷阪神淡路大震災から30年で神戸・ポートタワー▷ラジオ放送100年で「NHK放送博物館」▷4月に始まる大阪・関西万博の会場なども紹介された。
とにもかくにも「穏やかな暮らし」になりますように。(恵)(奈良新聞・2025/01/04)

一月四日。新年初の「燃えるごみ」収集の日。朝6時半に収積所に持っていく。十年一日の如くで、越してきて以来、計算するとおそらく二千回くらいも。火木土の週三回。わが家は 最初の約五年は一人住まい、後の五年以上は連れ合いも住みだした上に猫多数ですから、週2の割合でゴミ出しをしていることになります。住み始めのころは、ものによっては、直接に地区のゴミ焼却場に持ち込んでもいました。年末年始もなく、いつも通りの作業が続きます。旧臘には卒業生(三十年ほど前の)が「同窓会」会場から電話をかけてきて、小生の「安否確認」や「記憶力」テストをしてくれた。元日は娘親子が横浜から泊りがけ。二泊して、昨日帰った。そして、昨三日には。これも卒業生(十五年ほど前の)が拙宅に来た。隣町に所用があって、そのついでに「声」をかけてくれること、四、五年に及ぶ。昨日は昼過ぎから夕方五時ころまで滞在。都内の中学校社会科教師。その間、ラインで北海道や八王子などの同窓ゼミ生を呼びだし、しばし閑談に時間を潰した。
都会の公立学校の子どもや教師たちの「大変さ」は度を越えている。その中を「いつ辞めるか」と心が折れそうになりながらの勤続七年目だという。学校そのものは「百年一日」というべきで、点数競争や偏差値偏重教育が、悔しいけれど、この社会の学校教育史を作ってきた。そして、学制発布(1872年)以来百五十年後、ようやく崩壊の兆しは誰の目にも露わになってきたと思う。いじめや不登校児童生徒の激増、「精神疾患」という理由での、求職・退職教員の急増現象が続いています。学校丸、教育号という護送船団からの飛び降りであり、逃亡、否、解放を求めての降下でもあるでしょう。さらに後に続く人が出るのを止められない。少子化の波が、その危機的状況に輪をかけて襲い掛かっている。各地では集団教育が成り立たない事態の発生です。三十人や五十人では、従来の学校の機能が破綻するのも当たり前。

そして、ここにきて、教員志望者数が「募集定員」を下回る異常事態(欠員状態)が各地で生じています。少子化時代に、教員のなり手がいなくなるのですから、今や学校現場は、機能不全、学校脳梗塞が多発し、薬石効なしの「末期的症状」を呈しているとみる。それでもまだ気が付かない(ふりをして)か、教育関係者は当座凌ぎの弥縫策でお茶を濁す始末。進学競争だの大学受験だのと囃し立てながら、その挙句に、学歴・学校歴偏重社会における、卒業生の「就業状態」は悲惨な事態に陥っています。倫理・道徳の頽廃は地を這う如くというのか、地に落ちたというべきか。
そして「ゆく年くる年」です。ぼくはテレビを見ない人間ですから、コラム氏のように、律義に中継に付き合うこともありませんで、普段通りに夜は十時過ぎに就寝し、早朝三時過ぎには起床。猫ケアで一騒動をやらかしては、パソコンに向かう。昼頃には買い物に。とまあ、こんなだらだら坂生活を、文字通り十年一日のように重ねている。殴り書きされた「駄文の山」は二千を優に超えた。「それがどうした、恥ずかしい」という非難めいた囁きは、わが身中から聞こえてくる始末。言い訳・弁解をいうなら、「まあ、これ(駄文書き)がぼくの朝飯みたいなもの」、満足に食することはないが、食べたような気になるのですから、「それでよし」とはいかないが、致し方ないという気分で日を過ごしています。(日本語を忘れないため、昨日今日起ったことの記憶を確かめるため。駄文・雑文でしか、それをなしえない)
++++

奈良の長谷寺、訪れたのは小学生の高学年の頃か。微かな印象しか残っていません。鎮護国家だか、国家仏教だか何だか知りませんが、「大伽藍」というこけおどしをいかにも見せつけるような威容に、ぼくは辟易してきました。「奈良時代」以来、この国の仏教が、どこまでも「乃木坂」「欅坂」ならぬ。「堕落坂」をころげ堕ちて、なお堕ち続けているのですから、奈落の深さを思うばかり。「古くから人々の篤い信仰で知られている名刹(さつ)である」とコラム氏は書くが、果たしてそうだろうか。「名刹」とは何ですかと、コラム氏に聴きたくなります「刹」は「てら」「サツ」「セツ」といって、最初は修行中の僧が悟りを開いた時に建てる柱様の「旗印」だったもの。それが長く定置されるようになって、「名刹」「古刹」になったとされます。「ここに名僧あり」ということだったでしょうか。
⦿ はせ‐でら【長谷寺】= 奈良県桜井市初瀬(はせ)にある真言宗豊山派の総本山。山号は豊山(ぶざん)。西国三十三所第8番札所。天武天皇の時代に道明が開創と伝える。東大寺、ついで興福寺の末寺であったが、度々の火災ののち、安土桃山時代に羽柴秀長による復興を機(として、新義真言宗となった。本尊は十一面観音。牡丹の名所として知られる。本堂は国宝。初瀬寺。泊瀬寺(はつせでら)。豊山寺(ぶざんじ)。長谷観音。ちょうこくじ。(デジタル大辞泉)
+++++++
「とにもかくにも『穏やかな暮らし』になりますように」と、コラム氏に倣って、吾輩も祈るや切ですけれど、放っておいても月が替わり、年が替わる。願わくば「穏やかな暮らし」は世界各地の人々の上に訪れることを希うばかりです。その昔、島国の政治世界で「一国平和主義」を唱えた人が、自分だけよければいいのかと盛んに非難され、その非難はいたるところに流布されてきました。「軍備増強反対」の「平和主義」は画餅であるといわぬばかりに、政治の季節は「防備」「軍備」「装備」を重くし、ついには「専守防衛」ではなく、「敵基地攻撃能力」が「自衛隊」の本務になった感があります。軍拡競争というものがどれほど愚かなものだったかを知悉していた「専門家」たちが、その罠にはまって「集団的自衛権」などというあり得ない、覇権主義国の「戦闘能力」の一端を担う属国になったのでした。他に引けを取らぬ攻撃能力と武器を備えた国(次年度防衛・軍事予算は八兆円七千億円余)が、どうして「自他の人民」に「穏やかな暮らし」を担保できるでしょうか。

「今年もよろしく願います」と挨拶をしながら、「今年こそ~でありますように」と祈る。それは日々の生活の暮らしに支えられて初めて、意味のある「挨拶」となり「祈り」となるのではないか、ぼくはいつもそのように考えている。
「口きかぬ位牌に新年おめでたう」 (鈴木真砂女)」
IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII




























