時代は変わった、飛び切り悪く変わった。

【斜面】チョルノービリと福島 お別れ会だというのにさざめく会場はどこか明るくて温かい。生前の人柄ゆえだろうか。昨年12月に85歳で亡くなった写真家で映画監督の本橋成一さん。炭鉱や大衆芸能など市井の人々の営みを撮り続けた。先月都内の会に足を運んだ◆初めて取材したのは30年近く前だ。本橋さんは旧ソ連・チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故で放射能に汚染されたベラルーシの村に通い、ドキュメンタリー映画を作っていた。「原発事故や核エネルギーのことを『いのち』からとらえたい」と◆松本の日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)の医療支援に同行したのが縁という。何十回と現地を訪ねた。強制移住地域となった村に「故郷で生を全うしたい」と戻り、自給自足で暮らす人たち。本橋さんは大地に根差し育まれるいのちを見つめた。現地に晩年まで通い続ける◆26日でチョルノービリ原発事故から40年になる。先の見えない廃炉作業が続き、今なお住民の帰還が許されない地域もある。この現状が、東京電力福島第1原発事故の被災地と二重写しになる。15年を経た今も福島県内の7市町村に帰還困難区域が残る◆人間が放射能で汚してしまった大地。回復させるには長い年月がかかる。本橋さんは3・11の直後、本紙でこう指摘した。「自然を完全にコントロールできるという人間の思い上がりがあった」。25年の時をおいて起きた二つの原発事故の教訓は、私たちの骨身にどれほど染みているのか。信濃毎日新聞・2026/04/23)

 《写真家の本橋成一さんが死去 チェルノブイリ原発事故後の様子を記録 チェルノブイリ原発事故で汚染された村の暮らしや、市井の人々を撮り続けた写真家で映画監督の本橋成一(もとはし・せいいち)さんが、2025年12月20日、老衰のため死去した。85歳だった。葬儀は本人の希望により近親者で営んだ。遺族によると、3月にお別れの会を行う予定だという。/1940年、東京都中野区生まれ。68年、炭鉱労働者を追った「炭鉱〈ヤマ〉」で第5回太陽賞を受賞し、写真家としてデビュー。その後もサーカスや上野駅、築地市場などを題材に写真集を出版した。/91年からは、チェルノブイリ原発事故によって放射能汚染の被害にあったベラルーシの地域に通い、地域に暮らす人々の様子も記録してきた。/この地をめぐって95年、写真集「無限抱擁」で日本写真協会年度賞。97年に「ナージャの村」でドキュメンタリー映画を初監督し、02年には「アレクセイと泉」で、第52回ベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞を受賞するなど国内外で高い評価を受けた。/90年に有限会社ポレポレタイムス社(東京都中野区)を設立。同社が03年から運営する映画館「ポレポレ東中野」の立ち上げに関わった。》(朝日新聞・2026/01/05)(ヘッダー写真は「ナージャの村」より)

【日報抄】〈狭い部屋で仲間と夢描いた いつかはこの国目を覚ますと〉。1976年「路地裏の少年」でソロデビューしたシンガー・ソングライターの浜田省吾さんが、今月で活動50年を迎えた。どうですか、浜田さん。半世紀を経て、この国は目覚め、良くなったでしょうか?▼コンサートのチケットを取るのに何度も外れ、悔しい思いをさせられた。弱者の視点から世の中を捉えた多くの歌が、魅力の一つだと思っている▼浜田さんの父親は警察官だった。原爆投下後の広島市内へ救助活動に入り、被爆する。子供の時に、父から聞いた被爆地での体験談は、原爆資料館で見た以上の恐ろしさを浜田さんに与えたという。同じころにキューバ危機が起こり、「その時の恐怖心が、ボクの核戦争に対しての原体験になってる」と語っている(田家秀樹著「陽のあたる場所」)▼原爆や核を取り上げた歌は、被爆2世として訴えたかったテーマなのだろうか。権力者を批判し、〈この星が何処(どこ)へ行こうとしてるのか もう誰にもわからない〉と警鐘を込めた「僕と彼女と週末に」。80年代に作られた歌だが、米国やロシアといった世界の大国の現在の振る舞いを見ると、歌詞のような不安が、現実味を帯びてくる▼戦火はやむことがなく、多くの命が失われ続けている。〈子供は夢見ることを知らない〉とのフレーズが悲しく響く▼「音楽って祈りだと思うよ」と浜田さんは述べている。そうならば、平和への祈り、願いをこれからも歌い続けてほしい。(新潟日報・2026/04/23)

(⁂ 「愛の世代の前に」 (「僕と彼女と週末に」):https://www.youtube.com/watch?v=xJ4zII1m3m0&list=RDxJ4zII1m3m0&start_radio=1

《「愛の世代の前に」は、浪人時代に町支くんに送った歌詞の中にあったフレーズで、“やがて訪れる愛の世代の前に僕らはみんな~”みたいな感じだった。でも、その時は曲として完成せず、“愛の世代の前に”という言葉だけが残ってた。
 俺達が若い頃、世代のキャッチコピーのような感じで“ラブ・ジェネレーション”という言葉があった。“ラブ&ピース”とかね。ウッドストックなどに代表されるヒッピー文化の中から生まれた言葉のひとつ。
 でも、俺は“ラブ・ジェネレーション”、つまり“愛の世代”という言葉にリアルさを感じなかった。人類にとって、原爆が投下される1945年以前の何億年と、それ以降のわずか30数年というのはまったく違う時代で、俺達は一瞬にして人類がきえてしまうという危機と虚無感の中に生きている世代で、その危機と虚無がこの地球上から消えない限り“愛の世代”とは言えない、「俺達は今、愛の世代の前に生きているんだ」と、そういう意味を込めて作った歌です。」》(SHOGO HAMADA OFFICIAL WEB SITE

 (以下は引用する必要があったかどうか。「父は戦前特高警察官、その後は地方警察署に勤務。竹原警察署勤務時代の1945年8月6日、広島市への原爆投下直後に救援隊として広島市に入り二次被爆した。浜田省吾は被爆二世にあたる。」Wikipedia) 

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【筆洗】「タマゴを割らずにオムレツは作れない」。欧米の慣用句という。大きな成果を得るためには犠牲もやむを得ない。そんな意味である▼タマゴをついに割ってしまったか。政府は防衛装備移転三原則などを見直し、殺傷能力のある武器の輸出を原則解禁した。これでミサイルも護衛艦も売れる。戦後の防衛政策の大きな転換である▼政府の説明はこうである。中国の海洋進出など安保環境が厳しさを増す中、同盟国・同志国への武器輸出によって連携強化が必要であり、同時に輸出によって国内防衛産業も育てたい。あの慣用句でいえば日本の平和という「オムレツ」を作るには「タマゴ」を割って武器輸出を解禁せざるを得ないということなのだろう▼それでも、心が落ち着かぬのはこれで本当に「オムレツ」ができるのか、平和に資するのかという疑念が消えぬせいか▼戦後の平和主義を踏まえて武器輸出を控えてきた日本が方針を変えて武器を売るとなれば中国などは反発を強めるだろう。かえって緊張は高まり、むしろ平和から遠ざかることになりはしないか▼戦争にかかわりたくない。紛争を助長したくない。武器輸出の禁止はそう唱えながら長年温めてきたタマゴなのに、さほどの議論もないまま片手でコチン。首相にいわせればこれで日本も「普通の国」に一歩前進したのかもしれぬが、「普通」が正しいとは限るまい。(東京新聞・2026/04/23)

 《「武器」輸出解禁、日本の安保政策は大きな転換点…首相「防衛装備面で支え合うパートナー重要」 政府は21日、防衛装備品の海外輸出に関するルールを定める「防衛装備移転3原則」と運用指針を改定し、殺傷・破壊能力のある武器を原則輸出できるようにした。国内の防衛産業の生産基盤を強化し、有事に戦い続ける継戦能力を高めて抑止力・対処力を向上させる狙いがある。武器輸出を制限してきた日本の安全保障政策は、大きな転換点を迎えた。/高市首相は21日、首相官邸で記者団に対し、「どの国も1か国のみでは自国の平和と安全を守ることはできなくなっている。防衛装備面で互いを支え合うパートナーは重要だ」と述べた。/政府は新たな3原則を閣議決定し、持ち回りの国家安全保障会議(NSC)9大臣会合で運用指針を改定した。近く関係省庁の局長級による枠組みを設け、装備品の輸出に関する政府の司令塔機能を強化する。/新たな3原則は、輸出促進の意義を「同志国が共通の装備品を運用することは相互支援を可能とする」と説明した。防衛産業を強化することは、「有事に必要な継戦能力を支える生産能力を国内で確保する」ことにつながるとも指摘した。》(読売新聞・2026/04/21》

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 順不同に「三つの記事」を並べました。その一つ一つに、訳知り顔をして「注釈」はつけません。つけたくありませんね。

 本橋さんに関してもたくさんの「注釈」や「お礼」の心持はあります。何度「ナージャの村」を見たことか。(その挙句にDVDまで購入しました)「ポレポレ中野」にも通いました。この映像(「ナージャの村」)がぼくにショックを与えた理由が、あまりにも「美しすぎる」ということでした。「地獄に天国」が垣間見えたというのか、天国はまた、地獄の別名であるという本橋さんの「伝言」だったのでしょうか。歩とは資産のお仕事に出会えたこと、その死に際して、お礼と追悼の辞を述べたいと存じます。(合掌)

 それにしても、国家というものは「理不尽」を絵にかいたような暴力行為を働くもの。戦争はその最たるものですけれど、勝手に作られ原発もまた、一皮むけば、際限のない「暴力」を及ぼすものというほかありません。触れてはいけなかった(秘密の箱」をこんなに開けたままで、その始末をどうしようというのでしょうか。文字通りに、使い方を誤れば、人類史上最悪の「殺傷能力のある武器」ではないでしょうか。

 浜田さんに関して、ほとんど知るところがありません。「グラサンのロックシンガー」という印象のみ。せいぜいこの曲を聞きかじっていたことくらいです。《アルバムのタイトルは「地球上から核兵器」が根絶されない限り、本当のラブ・ジェネレーション(愛の世代)は訪れない」という意味が込められている。》(Wikipedia)

 「武器、輸出解禁」という悍(おぞ)ましい物言い。自分たちで禁止にしておいて、「時代が変わった」から「解禁」とは、いかにも国(国家権力)の「理不尽さ」を見事なまでに表しています。「羹に懲りてなますを吹く」(「あつものにこりてなますをふく」)という言い方があります。その意図するところは、以下の通りでしょうか。同じような訓戒として英語では<A burnt child dreads the fire.(火傷した子どもは火をこわがる)>とあります。さすれば、この国の為政者どもは「満州侵略」「朝鮮・台湾の植民地化」「対英米戦争」等々という、言語に絶する「暴力行使」の結果がもたらした、内外の、2千万を超える犠牲者に対して、首(こうべ)を垂れることはないのでしょうか。「靖国の英霊」には礼節を尽くすけれど、他国の犠牲者などは知ったことではないという、驚くべき「振る舞い」に出ていると、ぼくには写ります。そして、今なお、未曽有の犠牲者を生むに至った「蛮行」を忘れているのか、忘れているふりをしているのか。

 多数が蒙(こうむ)った「災禍(大火傷)」を知らない(無知)のでしょうか。それとも、あの程度の「やけど」なんて大したことはないさ、と嘯(うそぶ)いているのでしょうか。両方でしょうねえ。はしなくも「時代は変わった」と宣(のたま)った総理だった。時代は変わったという、では、変わらないままだった「時代」とはいつのことだったか。政治にも「不易流行」はあるでしょうが、勝手に変わるものではない、変えようがないのが、「道徳的正しさ」「人間への優しさ」でしょう。

 「あつものに懲りて膾を吹く/一度の失敗にこりて、必要以上に用心することのたとえ。/[使用例] あつものに懲りて膾を吹くは、株を守って兎を待つと、等しく一様の大律に支配せらる[夏目漱石*虞美人草|1907] [由来] 「楚辞」の一節から。主君をいさめようとして嫌われてしまった、臣下の気持ちをうたった作品の一節に、「羹に懲るる者はあえものを吹く、何ぞの志を変えざるや(吸い物の熱さにこりて、野菜のあえもののような冷たい料理までも吹いてさます者もいるのに、主君をいさめて失敗した自分は、どうして考えを変えようとしないのだろう)」とあります。日本では、この「虀」が「膾(細かく刻んだ生肉)」に変わった形で定着しています。」(故事成語を知る事典)

 この政権が昨秋にできた時から、首相をはじめとした各閣僚たち、あるいは官僚のほとんどが「歴史」に関心がないのか、あるいは全くの無知なのか、(両方に共通する姿勢は「不勉強」というか、怠慢でしょうね)いとも簡単に「日本万歳」を言ってのけます。「中国何するものぞ」という、考えられない「敵意」「敵国視」はどこから生じるのか。ぼくにはよくわからない。たぶん、日本が嘗(かつ)て中国に対して、どのような犠牲を強いてきたか、その歴史事実を知らないのだと、ぼくは以前から思っています。日米戦争だって、日本が無条件降伏(敗戦)したことすら知らないのだと考えると、慄然とし、やがて空恐ろしくなります。でも、その中国を相手に回し(中国の軍拡を理由にして)、あらゆる「軍備増強」「軍事大国化」の正当化を図る、実はそれはこの国がみずから「墓穴」を掘っているのに気がつかないというのですから、開いた口が塞がらない。こんな「無謀」「無恥」な連中を、大手メディアをはじめとして相当数の有権者が、挙(こぞ)って(「女性宰相」を筆頭にして)持ち上げるのは、そのうち、思い切り梯子(はしご)を外すためなんでしょうか。

 今どき、軍事大国化に狂奔するというのは、文字通りに狂気の沙汰(utter madness)ですね。「平和国家」で売り出していたが、どうも人気凋落傾向が止まらない、だったら「軍事国家」で金儲けをしようじゃないかという、見下げた根性だとぼくには思われます。「軍備で平和を!」という、まるで「出刃包丁で髭を剃(そ)る」という、危険でバカ臭い所業でしょう。

 「卵を割らずにオムレツは作れない」とは、さしずめ「オムレツは平和に」、「卵は殺傷道具(武器)」に、なぞらえているというのでしょうか。omelette(omelet)の歴史は古い。日本式オムレツは出来立てほやほや、割った卵にはさまざまな武器が入っていたとする。要するに、表向きは「平和」を装っているけれど、一皮めくれば武器弾薬の類が出てくるわ出てくるわ、これぞ、「日本風オムレット」なのでしょう。誰が食べたいのか。揃いもそろって、人を殺傷するのをこよなく愛するという面々、その大半が「最高学府」出身を鼻にかけているときた日には、俺っち、立つ瀬がありません。野党を含めて、こんなに「好戦的(jingoistic)」は国民だったかと、ぼくは深く疑うものです。夢遊病に罹患しているんだ、きっと。

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そんなに人を殺したい? 底も箍も外れたね


 ぼくが乗っている車の後部窓(rear window)部分に、以下のアッピールを書いた「プラカード(Placard)」を先月から掲げて、あまりやらないドライブを、今のところ、好天の日に限定して房総半島の中央部を走行しています。まあ、示威行動としてはまったくの無効果でしょうが、ぼく自身の意志を車に乗せて、「一人デモやるのだ」といった、おおらかな気分です。時間のある時は50キロ程度は走ります。どこから見ても賛成できない「アメリカの戦争」に、国の為政者たちは「尻尾を振って」、人殺しの加担に馳せ参じている。怒りと同時に悲しみがぼくを覆いつくしています。

 まさしく「疾走する怒り」と「疾走する悲しみ」の組曲みたいで、曲調は「太鼓連打」あり、「トランペット咆哮」ありで、およそ美しくない不協和音の入り混じった「破綻調」です。でも「戦争は断じて認めたくない」という、ささやかな反戦の隊列に加わる、これはせめてものぼくの「ごっこ遊び(pretend play)」なんだ。

 (タイトル中の「底も箍も」の「」は「たが」で、「竹を割き、編んで輪にしたもの。桶(おけ)・樽(たる)などの外側にはめて締めかためるのに用いる。金属製のものもある」(デジタル大辞泉)

 「喉元過ぎれば、熱さを忘れる(Once the danger is past, the pain is forgotten.)」といわれますが、自分の喉を通ったのではないから、熱さもへちまもあるものかと、「戦う宰相」を筆頭に、喜び勇んで(と思われる)アメリカの尻を舐(な)めているのです。考えるまでもなく、アメリカもまた、尾籠な趣味を持ったものだと思うばかり。「これ、日本よ!みっともないことは止めないか」と叱るならいざ知らず、舐められて、余計に気分が高揚しているのですから、「腐ってもアメリカ」というのですか? 世界の鼻つまみ者になっているうちはいいけれど、今では手当たり次第に「人殺し」を続ける、「狂気に支配された国(A nation ruled by madness)」になってしまった。どうしてでしょうか。

 一人が狂えば、みんなが狂うという、それは本当なんですな(It’s really true that if one person goes mad, everyone goes mad.)。日本政府は武器輸出の原則を無にして、殺傷力のある武器を飯のタネにするという、これまた狂気の沙汰を演じています。国会審議・論議はどこに行ったのでしょう。狂い猛った内閣だけで物事を決めるという、独裁政権をだれが許したのか。有権者は「胸に」「頭に」手を置いて、篤と考える必要があります。もちろんぼくも、です。20年前、まだ「羹(あつもの)に懲(こ)りていた」時代、外務省は「武器の供給源とならず、武器の売買で利益を得ない」と殊勝なことを言っていた。さらにその30年も前に、時の外務大臣は「たとえ何がしかの外貨の黒字が稼げるとしても、我が国は兵器の輸出で金を稼ぐほど落ちぶれていない」 「もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきなのだろう」(後の首相・宮澤喜一発言・1976年5月)と敗戦国の「矜持(五分の魂)」を持ち出していました。

 今、アメリカトランプに抱きつき、尻毛を撫(な)でる愚挙に出た首相は「日本をとりまく情勢は厳しいものになってきている。同志国を増やして一緒に地域の安定を実現しなければいけない時代になっている。時代が変わったと感じる」と武器商人で結構、金儲けのどこが悪いと、大見えを切った、尻をまくった(見たくもないが)のでした。(2026年3月17日。参院予算委員会)これこそ、「マッチポンプ」というのでしょう。どこと一戦を交えるのか知らないけれど、自らが戦場に赴く気遣いがないからこそ、こんな出鱈目な無責任な言質を臆面もなく吐けるのだと思う。任天堂ではあるまいし、「戦争ごっこ」は止めてくれよと、何度でも、ぼくは声を出して叫びたい。

【小社会】気づかない加害者 祝婚歌などで知られ、ことし生誕100年を迎えた詩人の吉野弘さんは、満員のバスに乗った時の思いを「加害者・被害者」という随筆に残している。1970年代のことだ。◆狭い車内に大きなバッグを背負った人がいた。だが、周囲の迷惑になっているのに本人は気づかない。注意しようと思ったが吉野さんはためらった。そして詩人の柔軟な想像力は車内から世界へと広がる。◆ベトナム戦争が終わって間もない頃だった。戦争中、日本のさまざまな産業は特需で潤う。銃口を直接向けなくても、間接的にベトナムの人を殺傷していたのではないか。車内の「気づかない加害者」と自分たちの暮らしを吉野さんは重ねた。◆泉下の詩人はこの安全保障上の大転換をどう感じているだろう。政府はきのう、殺傷能力のある武器移転を原則可能とする指針を決めた。装備品移転は、救難や輸送など非戦闘目的に限られていた。武器輸出を認めてこなかった「平和国家」の理念など考慮していない決定だ。◆しかも「特段の事情」があれば、戦闘中の国などへの移転も認めるという。国会への通知は移転の決定後だ。国民はどうチェックすればいいのか。◆吉野さんには漢字の「目」を視覚的に捉えた随筆がある。中でも「眠」は秀逸だ。〈民の目は、いつも眠いのです/民が物事を正視しないで横目ばかり使っておりますと、それが、いつのまにか…〉。詩人の警句を読み返した。(高知新聞・2026/04/22)
 [社説]殺傷兵器輸出 平和国家の柱が崩れた
 
 「平和国家」が音を立てて崩れていく。そう思わせる戦後日本の安全保障政策の大転換だ。/政府は防衛装備品の輸出を定めたルール「防衛装備移転三原則」と運用指針を改定し、殺傷能力のある武器輸出の解禁へ舵(かじ)を切った。/これまでは、救難や警戒、掃海など戦闘行為に該当しない「5類型」に限って認めていたが、それを撤廃した。/新たなルールでは、装備品を護衛艦やミサイルなどの「武器」と、防弾チョッキや警戒管制レーダーなどの「非武器」に分類。/殺傷能力の高い武器も秘密保護などに関する防衛装備移転協定の締結を条件に輸出する。締結国は米英など17カ国に上る。/現に戦闘が行われている国への輸出は原則不可とするものの、「特段の事情」がある場合は可能とする。時の政権の判断で例外を認める「抜け道」を残した格好だ。/仮にイランと交戦中の米国への輸出が審査された場合、直ちには輸出を禁じないという。/日本は戦後、平和国家の理念から、武器輸出を事実上禁じてきた。安倍政権下の2014年に政策転換して以降、段階的に緩和されたが、それでも非戦闘目的に限ってきた。/そして今回、制限がなくなる。/想像してみてほしい。日本製の武器が、他国の人々を傷つけ、子どもの命を奪うことを。日本は紛争に加担することになり、日本ならではの平和貢献ができなくなる。
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 「歯止め策」の議論も尽くされていない。/歴史的転換となるルール改定にもかかわらず、自民と維新の実務者協議は3回だけ。閣議と国家安全保障会議(NSC)で最終決定された。/実際の武器輸出に関しても、首相らNSC4大臣会合で審査し、事後的に国会議員に通知する仕組みとなっている。/共同通信社が先月実施した世論調査で、武器輸出を「認めるべきではない」は56%と半数を超え、「認めるべきだ」は36%だった。/国論二分どころか、反対の強い政策である。/国会での議論など国民の理解を得る手順が必要なのは当然だ。/輸出ルールの法制化、国会が事前にチェック機能を発揮できる仕組みを作らなければならない。
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 外務省が05年に発表した「平和国家としての60年の歩み」は、国際紛争助長回避の項目でこう記している。/「武器の供給源とならず、武器の売買で利益を得ない」/武器輸出解禁は、結果的に紛争を助長し、地域の軍拡競争をあおる懸念がある。/高市早苗首相は「平和国家の基本理念を堅持することに全く変わりはない」とXに投稿した。/「全く変わりはない」というのは詭(き)弁(べん)でしかない。殺傷兵器の輸出は、平和国家の根幹を損なう。(公開日:2026年4月22日 4:01・琉球新報)

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戀といふ字を砕て見れば糸し糸しと言心

 耳障りなというべき「言葉使い」は意外に多くありそうです。例を挙げればきりがありません。それだけ、人間の関係が複雑多様である実態を示しているのでしょうか。驚くことに、いくつかの県(地方・旧藩)では「敬語」がないなどといわれてきました。人間の付き合いが「水平」で、「身分の差」をそれほど意識しなったということだったか。「俺とお前」『僕と君」「わたしとあなた」のように、もちろん男女間でも同じようでもあったとされる。当然、その反対は「垂直(上下)」の人間関係です。この社会ではかなり長く「身分制」が社会制度として機能していたこともあって、いたずらに、と思われるほどに「敬語」「謙譲語」「丁寧語」などが生み出されてきたともいえそうです。反対に、その余波として、表向きは「丁寧」だけれど、真意はそうではないという、二面性(裏表)を持った表現もよく使われてきたのではないでしょうか。「身分制」の痕跡を消してしまう状況が生まれているという証明でもあります。

【有明抄】ロボット パーティー会場にて。「これより会を始めさせていただきます」。司会者が「本日、進行を務めさせていただきます…」と自己紹介。「それでは乾杯に移らせていただきます」。次に「祝電を披露させていただきます」。最後は「これで会を終わらせていただきます」◆「~させていただきます」は気になる日本語として評判が悪い。堂々と「~します」と言えばいいのに、他人の顔色をうかがって、自分の意思や責任をあいまいにしている、と。〈誰かに使役される受動的なロボットとして世界に対峙している〉とはコラムニスト小田嶋隆さんの指摘◆中国では人型ロボットがハーフマラソンで、男子の世界記録を上回ったという。ロボットが初参加した昨年の大会からわずか1年でタイムを半分以下に短縮したというから、進化のスピードにも舌を巻く◆世の中は人間の動きに合わせて設計されており、ロボット導入には複雑な動きができる人型が向いているとか。中国は今年を「実用化元年」として力こぶを入れる。ファミレスなどで見かける猫の顔をした中国製の配膳ロボも二足歩行を始めるかもしれない◆人間並みの文章や絵をかくAI(人工知能)が、やがて人間のような喜怒哀楽を覚える…そんな未来が空想とは言い切れない。ロボットが人間に近づく時代に、人間はロボットみたいになっていく。(桑)(佐賀新聞・2026/04/21)

 本日のコラム「有明抄」は「~させていただきます」を槍玉にあげておられる。ぼくも、この表現には昔から「辟易(へきえき)」してきた・させられてきたので、大いに「我が意を得たり」という気分であります。「謙る・遜(へりくだ)る」というのでしょうか、とても嫌な表現ではないでしょうか。「相手を敬って自分を控えめにする。謙遜(けんそん)する」(デジタル大辞泉)とありますが、それ以上に使う必要のない時にも多用されるのですから、なんだか魂胆がありそうですね。

 このような過剰な「丁寧語」(勝手に「慇懃無礼語」、または「バカ丁寧語」と呼んでいます)には、実は相反する意味(含意)があって、必要以上に「丁寧」に話しているけれども、腹の裡では「それほどにも、相手を重んじていない」ことが多く、それと察しられても嫌だし、察しられなければもっと嫌だという、人間同士の間に流れる奇妙な感情の「縺(もつ)れ」があることが多かろうと、貧しい経験から学んだというか、そういう「首尾」「仔細」があった思うようになりました。いわば「表の意味」と「裏の意味」のような、二重の言葉使いが発達してきた歴史的経緯があるようです。その淵源は「身分制」の残存(痕跡)だったことは確かです。(左は「『させていただきます』は使いすぎるな」日経新聞・2012年4月13日])

 もちろん、今日は「身分制」は撤廃されて、もう一世紀以上も経過していますが、身分制の「名残り(residue)(余波・形見)」らしい物言いが「尊敬語」や「謙譲語」「丁寧語」などにその幻影を残していると、ぼくには思われます。「~させていただきます」などといわれると、勝手にしなと、ぼくなどは言いたくなるのです。これに似た表現に「バカ丁寧(overly polite)」という言辞があるでしょう。その本(元)は「慇懃無礼」だったと思う。「慇懃(いんぎん)」とは、「 真心がこもっていて、礼儀正しいこと。また、そのさま。ねんごろ」(デジタル大辞泉)とあり、ひたすら「尊重されるべき態度・物腰」を示す言葉と受け取れます。しかし、その後に「無礼」という、正反対の言葉がくっつくと、「丁寧であるだけ」、かえって「ゾンザイ」と取られます。「バカ正直」なども、この例ですね。本来なら、慇懃と無礼をは「水と油」、あるいは「正と反」の関係にあるのですが、その言葉が、新たな意味を持って生まれるのにもまた、いくつかの仔細がありそうです。

 「バカ丁寧」にも幾分かは「相手を見下す」ニュアンスがありましょうが、「慇懃無礼」となると、実に鮮やかに「表向きは丁寧」であるけれども、その含みには、かえって「相手に対する優越感情」があって、かえって「礼節を欠いている」と思わせる種類の言葉ではないでしょうか。(「superficial politeness」「hypocritical courtesy」)これに反対なのが「横柄親切」「誠心誠意」などという表現でしょう。一見ぶっきらぼうだけれど、その心根には優しさがあるという、そんな物言いであり、とにかく「誠実そのもの」という表現などなど、本当に、言葉(表現)には人間性・人間関係の百面相が現れると見た方がいいでしょう。

 この手の言葉には、本人が意図して使っている場合と、その深い含みを知らないで使う時とがありそうです。自分を低く見せることによって「相手を高くする」心持ちがある場合と、相手をそれほど評価はしていないのに、言葉つきだけは「丁寧に」、そんな「語法」として多用されることもあるしょう。このコラム氏の「言い分」は、やや飛躍していて、「人型ロボット」開発の先に、人間のロボット化は避けられないのではないかという「危惧」であったのでしょう。「人間並みの文章や絵をかくAI(人工知能)が、やがて人間のような喜怒哀楽を覚える…そんな未来が空想とは言い切れない。ロボットが人間に近づく時代に、人間はロボットみたいになっていく」(コラム)と。いつもに似ない、ややぼやけた言い方だと見えるし、ぼくには、すっきりとは解せないところです。

 この現代風の難問を切り取ったのが、先年、亡くなられた小田嶋隆さんでした。〈誰かに使役される受動的なロボットとして世界に対峙している〉、と、「受け身人間」の大量の出現を、そのような人間の心情(態度)(反応)の表出と評されたとあります。渡る世間は鬼ばかりだから、あるいは身を殺して「できるだけ控えめに、生きていけ」と諭す、いわば訓戒のようにも聞こえます。

 ぼくは、この時代の「風潮」「トレンド」に水を差す気は毛頭ありませんけれど、人間が生み出したロボットが、驚くべき働きをするからといって、仰天はしない人間です。一度に大量の荷物を運びたいという人間の欲望は、驚異的な展開を示して、それこそ多様な「運搬機器類」を生み出しました。「必要は発明の母だ(Necessity is the mother of invention.)」というそうです。その時「父親」は誰だったか、父は何をしたのか、それが答えられてこなかった問題です。よく指摘されるのが、「偶然」が父だったという言説です。たまたま、偶然から「素晴らしい発明」が生まれた、「必要が偶然」とが「番(つがい)」になって、新たな発明が成就したとされる。あるいは「怠惰」が、「必要」に一目ぼれして、ついに新規の発明に導いたともいわれます。そうかもしれないし、そではないかもしれません。唐突に聞こえそうでしょうが、ぼくなら「人間が人間であることに耐えられなくなったから」とでも答えるでしょう。「便利」を求め、「不便」を目の敵にして、ついには「人間性」が破綻をきたしかけている、それが「ロボット横行の時代」なのでしょうか。

 「人間の感情」は複雑怪奇です。ある人を「死ぬほど好きだ」といって、「死ぬ」のは自分ではないことが多いでしょ。「好きなのに、口では嫌いだ」といってしまうこともあります。これを「二律背反」現象と名付けたらどうでしょう。「させていただく」というのは表面のこと、内面では「しかたがない、やってやるよ」という場合が多いというのは、あまりいい傾向ではないですね。つまり、表現も人間も、できるだけ「角が立たない」ようにと、摩擦(friction)の少ない人間(社会)関係を望んでいるのでしょう。でも、摩擦がなければ、物は動かないのが道理なんですが。ロボットが活躍する社会や時代は、否応なしに「人間性の危機(crisis of Humanity)」の時代でもあるのです。

 どうして危機なのか。「人間の条件(The Human Condition)」が徐々に、あるいは大幅に失われているにもかかわらず、人間自身がその「欠如」に、嬉々として加担・同調しているからです。

 (へんてこな駄文の典型になりました。どこかで稿を改めて)

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「ごっこ遊び」のどこかおかしいかい

 何度も書いていますが、この国の政府は、いったいどの国と「戦争」する予定(計画と覚悟)ですか。本気(マジ)でそんな荒唐無稽な「絵空事」を考えているのですか。誰に言われたわけでもないのに、いや米国から強制されているから、身の丈にふさわしくない「軍事費」をでっちあげているのですか。武器があれば、使ってみたくなるのが「愚か者」の行きつく先です。少なくとも、ぼくの鈍い感覚で見るなら、「戦争ができる国」に作り替えたがっている勢力があるのは、いつの時代においてもまぎれもない事実です。それによって金儲けを企んでいるものがいるからです。アメリカはこの百年、一貫して「軍事立国」であったのは「軍事費(軍需産業)」が国の経済を支え続けてきたからです。まさしく、彼の「北朝鮮」に等しい。人殺しを無数に重ねているから、北朝鮮以下の暴力国です。そして、この日本は「米国の下請け」か、「孫請け」でしょ。反旗を翻しなさいよ、理不尽であろうといって、さ。

 愚かにもほどがあるといいたい。「暴力尊重」「覇権上等」をまるで国是にしたような狂人大統領に占拠された無法国の、その「属国(vassal state)」になり果てて、日本という国(の政権与党)は米国の言いなり、言い値で物事を判断する・させられる国になったというほかありません。「戦争放棄」「軍隊廃棄」をアメリカに使嗾(しそう)されて、文字通り「言いなりに放棄」する義挙に出て「憲法」を持った。「強いられた憲法」とある人々は言う。そして今度は、同じ米国から「(戦争をするのに邪魔な)憲法は破棄」し、軍事力増強に励めと言われて、唯々諾々と米国の命令に従っている。衆人環視の裡で「抱きつく(hug)」という破廉恥、恥知らず、です。 (右上写真:国会に向かい、改憲反対を訴える参加者たち=東京・永田町で(久野千恵子撮影)東京新聞・2026/04/19)

 「腐っても鯛」という言葉があります。世間は誤解して喜んでいます。この国は無謀な、勝ち目なし戦争の終末を「被占領」という「半植民地化状態」で迎えました。以来、八十余年、幸いなことに「戦火に巻き込まれることはなかった」といいたいところですが、実はそうではなかった。米国がはじめた戦争の「軍事基地提供(兵站)(ロジスティクス・logistics)」を余儀なくされたからです。「朝鮮戦争」「ベトナム戦争」「アフガニスタン戦争」「イラク戦争」、そして今「イラン侵略」などなどと、数え上げればきりがないほどに、自称「平和国家」、そして歴史事実でもある「唯一の被爆国」は、常にアメリカの後方にいて、「戦争(人を殺す戦い)」に繋がり・連なってきました。そして、今度は「武器(軍備)輸出」で戦争(殺戮)に直結する国になろうとしている。(左写真は徳島新聞・2026/04/09)

 「腐っても鯛」、どれほど落ちぶれようが、「戦争放棄の憲法」を国是にする国だ、それが「落ちぶれたと雖も、戦争しない国」である、という矜持(きょうじ)があり、多くの戦争で亡くなった人々の「遺言」だった、それこそが「腐っても鯛だ」という言葉の、ぼくっちの国における現状認識でしょう。「腐っても鯛は鯛である(しかない)」、そのような腐敗した「鯛」に値打ちがありますか。食べられるんでしょうか、食べる気になるのでしょうか。「腐っても、腐らなくても鯛は鯛である、鰯(いわし)にはなれない」と、「名魚」の窮屈さ(落剝した誉れ)を言い当てただけのことです。この明言は「鯛そのもの」が言い出したことではなく、魚で商売をする人間の仕業でしたね。

 「腐っても日本」とは、どこまで行っても『日本』であるという現実を指す。いかに落ちぶれた国(日本)」と蔑まれようが「日本は日本」、戦争をしない国であることに変わりはない、そんな「日本」を汚すな、利用するな、誤用するな、ということ。これが「国会前デモ」の動機であり、結果です。残念ながら、ぼくは「国会前デモ」に参加できそうにありません。しかし、房総半島の山中にあって、車の後部ガラス(リアウィンドウ)部に「アメリカは戦争を止めろ!」という「プラカード」(自作)を掲げて、普段以上に半島の一角をドライブしています。人目に立つかどうかという以上に、自分の気持ちを正直に示し、それを「薫風」に晒したいというささやかな気持ちからです。「腐っても爺さん」です。(右は京都新聞・2026/04/20)

 この市民参加のデモに対して、政権党議員からの「揶揄」「嘲笑」が公開されました。「高市チルドレンから“激ヤバ”議員が飛び出した。自民党の門寛子衆院議員が14日配信のアベマプライムの番組に出演。国会前に3万人が集まり、『高市反対』の声を上げたペンライトデモについて『ごっこ遊び』と揶揄し、…」「国会に集まってペンライトを振るって、それで政権変わらないですよね。分かってますよね、皆さん。なのにそういう手段を取って『やった気』になっている。厳しいことを言うようですけど『ごっこ遊び』にしか見えないんですよ。本気で政治を変えるんだったら、今すぐ政党をつくって人々の支持を集めて、政治に打って出ればいいんですよ。それをやらないで、言葉だけで『高市はおかしい』とか言うのは『ごっこ遊び』の域を出ないんですよ!」(日刊ゲンダイ・2026/04/17)

 腐っても自民党、腐った自民党。腐り切った自民党。この政権党の政治は「ごっこ遊び」以下の、「税金をネコババする政治」、「戦争ごっこ」に興じ、狂奔する政党じゃないか?「人を殺そうとする「ごっこ」と、人を殺すことを阻止したいという「ごっこ」の戦いですよ。嘲(あざけ)るだけ嘲り、驕(おご)りたいだけ驕ればいい。

 〈社説〉党大会に自衛官 緩んでいる政治的中立 自民党大会で自衛官が制服姿でステージに上がり、党所属議員の国歌斉唱をリードしたことが、野党などの批判を浴びている。
 「隊員は、政党または政治的目的のために、選挙権の行使を除くほか、政治的行為をしてはならない」と定めた自衛隊法61条に違反する疑いがある。
 自民党と自衛隊の双方に、自衛隊が守らねばならない政治的中立に対する認識の甘さがあったと言わざるを得ない。
 軍事的な実力組織を政治から切り離す考え方は、歴史に起因する重い教訓に基づく。戦前の旧日本軍が政治力を得て無謀な戦争へと突き進んだ過ちを、再認識する必要がある。
 国歌を歌ったのは陸上自衛隊中央音楽隊所属の女性3等陸曹。都内のホテルで開かれた党大会の冒頭、「陸自が誇るソプラノ歌手」と紹介されて登壇した。音楽隊の副隊長も出席していた。
 陸自トップの荒井正芳陸上幕僚長は「職務ではなく私人として歌唱したもので、不適切だったとは考えていない」と述べている。
 3等陸曹は、党大会のイベント会社の依頼を受け、音楽隊を通じて担当部署に相談していた。荒井氏も事前に報告を受けていたという。会場で所属を含めて紹介されている。組織的な対応ではないと主張するのは無理がある。
 高市早苗首相は「支援を呼びかけたわけではなく、国歌を歌唱したということ」と強調し、「政治的行為には当たらない」との見解を示している。小泉進次郎防衛相も「国歌歌唱自体は自衛隊法違反に当たらない」と繰り返す。
 問題の根本は、特定の政党の大会で誰が見ても自衛官と分かる形で登壇、歌唱し、それを認めた組織の判断にある。党勢の拡大に自衛隊が協力したと受け取られても仕方ない対応ではないか。
 首相は会場に着くまで「知らなかった」とし、小泉防衛相にも事前の報告はなかったという。小泉氏は「情報共有について反省すべき点があった」とし、報告体制を改善するとしている。
 政治的中立を巡る疑念が広がるなか、木原稔官房長官は、自衛隊法に抵触しないとした上で、「政治的な誤解」を招く可能性があったことを「しっかりと反省すべきだ」とも述べた。
 議会に責任を負う大臣(文民)の制御下に実力組織を置き、独走を防ぐ「文民統制」が機能しているのか、大いに疑問だ。自民と防衛省それぞれが違法性を含め検証し、改めて見解を示すべきだ。(信濃毎日新聞・2024/04/20)

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「徒然に日乗」(1066~1073)

◎2026年04月19日(日)「春日和」という気候だった。午前中に茂原まで買い物。その前にいつものように、長南町付近をドライブ。とても清々(すがすが)しい風が吹いていた。信号もなく、交通量も少なく、快適なドライブだった。(ぼくのささやかな、一人デモでもある)▼仙台在住の卒業生のNさんから封書が届いた。以前にも送ってもらったもの(寄稿文)も含まれていたが、彼の「人となり」を強く感じさせるものだったし、誠実な人柄そのままで教職を務められたのだと思う。本年、古希を迎えたという。何十年ぶりかで声が聞けるかと、電話をしたが、つながらなかった。改めて機会を見つけて話ができればと思う。▼「改憲・戦争にNO! 国会前デモ 思い思いの旗、プラカード手に 高市政権が進める改憲の動きや、戦争に反対するデモが19日、国会前であった。市民団体『戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会』などが呼びかけ、3万6000人(主催者発表)が参加。手作りのプラカードや旗を手にした人たちが多く集まり【戦争反対、改憲反対』の声を響かせた」(毎日新聞・2026/04/19)(1073)

◎2026年04月18日(土)午前中に市原のHCまで、猫の食料購入のために。併せて「人間の分」もと、同じ敷地内の隣にあるスーパーに入ったが、土曜日の開店早々であるにも関わらず、満員で、反射的に店から出て、一目散に帰宅。「超安売り」で有名な店だとは知っていたが、これほどの客の混み具合かと驚いた。帰宅後、そのままいつも通りに茂原に出向き、必要なものを購入。▼3月12日開会の自民党大会で自衛官が「国歌」を歌って参加した点、いろいろな面で法律違反ではないかと、方々から批判が出ている。自民党は「自衛隊の私物化」を行ったに等しいのだが、「責任者不在」とは驚くばかり。別の党が同じように行動に出た場合は、許されるのだろうか。誰も責任を取ろうとはしないだろうか。こんないい加減なことをしていて、日本の防衛は完遂されるのか。自衛隊幹部が、参加・独唱を認めたというが、ここにも責任問題が残されているのだ。この国の政治全体の「「緊張感喪失」「弛緩状態の蔓延」、「政治家は馬鹿」というほかない。(1072)

◎2026年04月17日(金)前日よりは気温は低め、やや肌寒い一日。終日、自宅に。▼園部の児童殺害事件のおおよその経過が判明しつつあるが、分かるに応じて、気分は荒(すさ)んでくる。殺すことはなかったと、どうして「ブレーキ」は働かなかったか。この同じ人間が「人を助けることもある」のだから、ゆめゆめ、自制心(情念の虜にならないブレーキの役割を果たすこと)を麻痺させてはいけないと、改めて痛感する。夜遅くに「母親も任同行を求められた」という情報が流れた。しかし、フェイクがほとんどで、警察の発表以外には確からしい報道もない中で、その見極めを間違えないようにするのは当然だろう。それにしてもネット環境は、したい放題の「人権侵害外」の巣窟だ。(1071)

◎2026年04月16日(木)園部児童行方不明事件、ついに継父が「死体遺棄」「殺人」の容疑で逮捕、未明午前一時過ぎの報道だった。計画的であると同時に、きわめて杜撰な、父親(だけかどうか)の犯行だった。誰が見てもこういう結果が出ると、まず疑われるのは目に見えていたにもかかわらず、犯行に奔ったというのだから、そこには「衝動」に突き動かされたのだったかと思う。それにしても…、というほかない事件。人間の「情念(あるいは情動)」の底抜けの恐ろしさを見る気がしている。(1070)

◎2026年04月15日(水)京都園部の事件では、ついに被害者宅の捜索が行われ、両親を含めた親族への事情聴取が行われた模様。ほとんど捜査情報が公開されないので、確かなことは言えない。それにしても、こんな事件が起これば、誰がやったかは容易に想定できると考えてもおかしくないのに。強い「殺意」があったとすれば、などと考えてくると、気が狂いそうになる。ひたすら、故人の冥福を祈るのみ。▼徐々にこの国の経済的破綻が近づいてきている。それにしても、どんな手が政治的に施されたのだろうか。まるで、壊れたテレビのように、悍(おぞ)ましい寸劇舞台を見せられたような「党大会風景」だった。▼「焦点:日本の武器輸出緩和、欧州や東南アが関心 米国依存低減へ [東京 15日 ロイター] – 日本政府が近く決定する武器輸出の規制緩和に、欧州や東南アジア諸国が関心を寄せている。武器の主要な調達先だった米国の供給能力がウクライナやイランの紛争でひっ迫、自国第一主義を掲げる同国への信頼も揺らいでおり、世界の武器市場から距離を置いてきた日本をサプライチェーン(供給網)に組み込みたいとの思惑がある。武器輸出に慎重だった日本企業も、生産能力や海外での情報収集を強化するなど前向きな姿勢に転じつつある」(Reuters・2026/04/15)▼「自衛官 自民大会で「君が代」斉唱 陸監修本でも“違反行為” 陸上自衛隊の幕僚監部人事部が監修した隊内向けの書籍で、陸自隊員の「政治的行為の制限」についてQ&A方式でまとめていることが14日、わかりました。これによると、12日の自民党大会で陸上自衛隊中央音楽隊の現役女性自衛官が「君が代」を歌ったことは、「政治的行為」を禁じる自衛隊法61条に違反することが、明らかになりました。(中略)/このなかで自衛隊法61条で禁止する政治的行為の制限について説明しています。/「隊員に関する政治的行為制限の規定はどうなっているか」という設問があります。回答は「制限されているのは、政治的目的をもって行われた政治的行為」としています。政治的目的にあたる「特定の政党(中略)を支持」することについては、「特定の政党(中略)がその勢力を維持拡大するように(中略)影響を与えること」としています。(中略)/自衛隊内部では明確に違反とされる行為を与党の自民党が堂々と行い、高市早苗内閣の閣僚らが問題なしとすることは詭弁(きべん)としかいいようがありません」(しんぶん赤旗・2026年4月15日)どうしようもないところにこの国は来ている。劣化の激しさは手に負えなくなっているのだ(1069)

 (下写真:「1943年10月21日、明治神宮外苑競技場で開催された第1回「学徒出陣壮行会」翌日の朝日新聞)

◎2026年04月14日(火)《京都府南丹市園部町の山林で13日夕に見つかった子どもとみられる遺体について、京都府警は14日夜、先月23日から行方不明となっている園部小の安達結希さん(11)と判明した、と発表した。/府警捜査1課は14日午後6時45分から記者団の取材に応じ、遺体の状況について「刺し傷、切り傷は確認されていない」と説明した。着衣の乱れについては「捜査に支障をきたす恐れがあるため差し控える」とした。》(京都新聞・2026/04/14)この事件(事故ではない)の報道をに接していて、「不思議なこと」が多すぎると思っている。警察は早い段階から「首謀者を特定していただろうし、直接・間接に「事情聴取」を踏まえて捜査に当たっていたとぼくには思われる。「犯人が特定されているにもかかわらず、逮捕、あるいは参考人聴取をしないのはなぜだろうか」「あるいは思わない展開があって、まったくの第三者が事件を起こしたと考えられているのだろうか」現段階では全貌がわからないから、余計なことは言わない。「義父」とのそれらしい「関係」が成立していなかったと思われるが、仮にそうだとして、どうして、ここまで事態が突き進んだのだろうか。▼石油枯渇問題に直面しているにもかかわらず、政府与党の不真面目さは看過できないところにある。「座して死滅を俟つ」というほかないように感じられる。一人の「無能・無羞恥」が首相になると、結果は想定外の状況に突き進むということだろう。「自民党・党大会」は悪たれ小・中学生の「学芸会」レベル以下だったと思う。自衛隊員を私的使用したといわれるような失態を止める者がいなかったとは、完全に底が抜けたのだ。まじめさが著しくかけていた。《12日の自民党大会で制服姿の自衛官がステージに上がり、党所属国会議員らによる国歌斉唱をリードしたことが物議を醸している。自衛隊法は隊員の政治的行為を禁じているためだ。野党から「法令違反の疑いがある」と批判が噴出しており、高市政権幹部は火消しに躍起だ》(時事通信・2026/04/14)▼アメリカの大統領は常軌を逸している(Schizophrenia)ことが、誰の目にも明らかだと思われるにもかかわらず、このまま放置した状態でいいのだろうかと思うばかり。(1068)

◎2026年04月13日(月)アメリカイラン協議が不調で、さらに事態は複雑かつ、泥沼化へと突き進んでいる。アメリカがホルムズ海峡を封鎖し、イラン関係の船舶の航行を検査(臨検)するという。日毎に変容しているので、この先いかなる展開になるかは読めないのが実情だ。▼円安が進行し(1㌦160円に接近)、長期金利が2.5%直前まで上昇。物価高騰はさらに進むという事態になってもなお、この国の政府は「大丈夫だ」というばかり。なすすべもなく、誰かが助けてくれると考えているらしい。恥ずかしい以上に、無責任。▼「米中央軍、オマーン湾とアラビア海での封鎖を通知 イラン沿岸全域 ロンドン 13日 ロイター] – 米中央軍は13日、ホルム​ズ海峡の東側に位‌置するオマーン湾とアラビア海でイランの港​湾・沿岸部へ​の海上封鎖を実施する⁠と船舶向けの通知​で明らかにした。​ロイターが通知を把握した。/13日の1400GMT(日本時間午後11時)に発効す​る。/通知では「​許可なく封鎖海域に出入り‌する⁠船舶は、臨検、進路変更、拿捕(だほ)の対象となる」と​し、​イラ⁠ン以外を目的地とする航行は妨​げないとして​いる。/封鎖⁠の対象はイラン沿岸全域とし、食料・医⁠薬品​などの人​道的物資の輸送は臨検を条​件に認めるとしている。」(ロイター・2026/04/13)▼京都南丹市の小児行方不明で、山中から「遺体発見」と報道。当人かどうかの確認が待たれる。当初から案じられていた結果になったのかもしれない。それにしても、痛ましい限り。(1067)

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鳥海の雪映る田を植ゑのこす

 残雪の鳥海山と共演 芋川・桜づつみ(由利本荘市) 秋田の春・桜日和 芋川の両岸には約10キロにわたって約2千本の桜が植えられている。同市の館前橋近くでは、午前中から市民や観光客らが訪れ、写真を撮ったり、桜をじっくりと観賞したりしていた。/大館市から訪れた90代の女性は「桜並木とバックの鳥海山がすごくきれいだ。車から見るのと実際に現地に来て眺めるのではまた雰囲気が違ってよかった。桜の季節に、雲一つない状態で鳥海山の頂上まで見たのは初めてかもしれない」と話した。(秋田魁新報・2026/04/14)

 (ヘッダー写真は「季節限定の逆さ鳥海が出現 庄内地方に田植えシーズン到来告げる」(朝日新聞・2023年5月8日 11時00分)

 「山形、秋田の両県にまたがる鳥海山(2236メートル)の山肌に「種まきじいさん」が姿を現した。残雪に囲まれた地形が腰を曲げて畑に種をまく人の姿に見え、農作業の本格化を告げる春の風物詩となっている。(後略)(山形新聞・2026/ 04/15)

 「米どころの庄内地域で田植え作業が始まっている。好天に恵まれた5日は、残雪の鳥海山をバックに、「逆さ鳥海」が映る水田で、農家が豊作を願いながら作業に励んでいた。(後略)」(山形新聞・2025/-5/06)

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 このところ、各地方紙の桜便りに束の間の旅風情を楽しんでいます。大勢の見物客がいない、一枚の写真にぼくは見惚れている。遥かかなたの「鳥海山」を背景に、秋田・山形の季節は移りゆきます。両県とも何度か野暮用で出かけたものでしたが、こんなにゆっくりと「景色」を目にする余裕は持てませんでした。高校時代まで住んでいた京都の住まいはの、背景は「愛宕山」(標高924メートル)(右写真)。毎日朝夕となく、愛宕山(あたごさん)を望みながらの明け暮れだったことを懐かしく思い出しています。山が動いたという人がいましたが、動いてもらっては困るという反発心もまた、ぼくにはあります。鳥海山を主人公にした「写真」、この「静止画像」を目にしつつ、春は過ぎ、夏に向かう。

 芭蕉は遥かの昔、「行く春や近江の人と惜しみけり」と詠みました。「志賀唐崎に舟を浮べて人々春を惜しみけるに」と前書きに。元禄3(1690)年3月、俳聖47歳の作。「おくのほそ道」の東北行にも触れたのですが、それは別の機会に。彼が旅に誘われた理由が、この年になると少しはわかる気もしています。

 表題句は秋櫻子さんの作です。はじめは短歌(窪田空穂氏に師事)、その後俳句に(虚子のもとに)。やがて写生派の虚子と別れ、抒情の回復を図る。稼業の産婦人科医でもありましたし、頻繁に旅に出ておら得r他。まさに超人的な多忙の中での句作でした。表題句はスケールの大きさと(田植えのという)人事の取り合わせです。植え残したのはどうしてでしょうか。「鳥海」の姿をわずかでも留めておきたかったからでしょうか。

◎ 水原秋桜子 (みずはらしゅうおうし) 生没年:1892-1981(明治25-昭和56)= 俳人。東京生れ。本名豊。別号喜雨亭。1918年東大医学部卒。家業の産婦人科病院を継ぐ。22年,富安風生(とみやすふうせい)らと東大俳句会を再興し,高浜虚子に師事した。短歌的抒情を導入,感動を調べで表現する清新典雅な自然諷詠に新風を樹立,山口誓子,阿波野青畝,高野素十と共に4Sと呼ばれて昭和初期の《ホトトギス》に黄金時代を築いた。28年,昭和医専の教授となる。30年には第1句集《葛飾》を上梓,みずみずしい抒情世界は青年俳人を魅了し,新興俳句の口火となり,石田波郷,加藤楸邨らの俳人を育てた。しかし主観や抒情を重んじる傾向は虚子の客観写生と対立,31年主宰誌《馬酔木(あしび)》に論文〈自然の真と文芸上の真〉を発表して《ホトトギス》を離脱した。35年有季定型の立場をとり,以後《馬酔木》により俳壇の重鎮として俳句の発展に尽力した。幅広い教養と洗練された美意識に基づく自然諷詠を本領とし,晩年は身辺諷詠に円熟を示した。〈啄木鳥(きつつき)や落葉をいそぐ牧の木々〉(《葛飾》)。(改定新版世界大百科事典) 

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「働いて…」は、こういうことだった

【桜紀行】飯舘三千本の復興桜(福島県飯舘村) 福島県飯舘村伊丹沢の会田征男さん(81)、ツタ枝さん(79)夫妻が1998(平成10)年から、自宅の桑畑に桜の苗木を植えてきた。ソメイヨシノやオオヤマザクラなど計約3千本が山里を薄紅色に染めている。/東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされても飯舘の自宅に通い、樹木を手入れしてきた。村に帰還後は「村民が集える場にしたい」との願いを込めて、ボランティアと一緒に管理を続けている。
 18日午後5時から同8時までライトアップする。19日午前10時から午後3時まで桜祭りを催し、出店やバンド演奏などが繰り広げられる。/【アクセス】飯舘村役場から車で約5分。(福島民報・2026/04/18)(ヘッダー写真も)

 桜は人をある種の酩酊状態(intoxicated state)に誘うのでしょうか。もちろん花見客は言うまでもありません。それ以上に「桜を植える・育てる」人の気持ちが、わずかながらもわかる気もします。福島ヘは何度か出かけたことがありました。震災直後の夏にも郡山まで行って、その状況を遠見した。先輩(三年前に亡くなられた)が相馬におられ、その後の復興状況を直接に伺ってもいました。おそらく、この先、あるいはぼくの福島行きはかなわないだろうと考えていますが、いろいろな情報を得ての、現段階の感想を言わせてもらえれば、人が去り、人が住まなくなる地域として、あるいは「福島」は多くの証言を「現代の歴史」に刻み続けるのだろうと思う。各地の桜模様が、今春も繰り広げられましたが、地震に遭遇し、原発事故に襲われつつ、なおも生き延びている、「命」の健気さ、蘇生力の強靭さを、ぼく自身の支えとして、荒れ果てる寸前の拙宅の庭に心を移して、「木魂(樹木に宿る精霊・木の精)」の前で瞬間でも「虚心」になれればと願っています。(上の写真は昨年の同時期のもの:福島民報・2025/04/22)

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⁂ 週初に愚考する(115)~ 《1972(昭和47)年6月17日、8年近くの長期政権を担った佐藤栄作首相が退陣表明の記者会見に臨んだ。「テレビは真実を伝えるが、偏向している新聞は大嫌いだ」「帰ってください」などと発言。記者が抗議して総退席した後も一人テレビカメラに向かう異例の会見となった》(共同通信・2019年06月17日 08時00分)

 この場面をよく覚えています。権力者の「引き際」というのか、あるいは「末路」「見の処し方」というべきか。この首相に対して、ぼくは一貫して「横柄」「不遜」「権高」という印象しか持てなかった。理由はよくわからないが、いわば「肌合いが合わない」(という表現は、彼我の人間力の差からは適切な物言いではないでしょうが)、そういう感覚しか持てなかったのは事実。「沖縄返還(本土復帰)」を成し遂げた首相と高く評価されますが、その内実は「密約」その他の虚偽がありすぎたのも事実。また、余談ですが、「ノーベル平和賞」を授賞された際の政治的駆け引きも、いかにもこの人物らしいと、ぼくは嫌な気分になったことも。今なおその嫌な感じが残り続けている。その雰囲気を、当代の米国現大統領、日本首相にも感じている。

 このS 総理の本音は「断固として批判は許さない」という狭量さ(narrow-minded)、小心翼々(timid)だったでしょう。こういう人間が政治家になるとどうなるか、その「去り際」において、鮮やかに人間性のけち臭さが晒された、器の小ささを如実に示した、「一場の寸劇」、実に醜悪でしたね。「横柄さ」「虚言癖」に関して、現首相と比較するつもりはありません。けれども、権力志向の旺盛な(唯我的)人間に、どこかで共通する「性格」「特質」「傾向」「偏向」があると思われます。その第一は「他からの批判は断固として拒否」という最も政治家に必要な度量(generosity)というものの「欠如(lack)」でしょう。「我執」「我臭」がありすぎます。見るだけで、その臭気が芬々としているのを感じるのですよ。

【金口木舌】空虚な空間 情報収集がてらスマートフォンでX(旧ツイッター)を眺めていると、高市早苗首相の投稿に時々出くわす。フォローしているわけではないが、つい読んでしまう▼内容は日々の首相動静や政府の施策など。ロックバンド「ディープ・パープル」のメンバーと面談したという投稿が話題となったが、首相のSNS多用には記者会見や国会審議にもっと時間を割くべきだという異論もある▼SNSならば既存メディアを介さず、議会の洗礼をくぐり抜け、効率よく政府・与党の方針が伝わると考えているなら勘違い。議会や記者の質問や追及を避けてばかりでは、国民の理解も広がらない▼首相とメディアの関係で引き合いに出されるのが1972年6月の佐藤栄作首相の退任会見。「新聞は偏向している。私がテレビを通じて国民に直接話したい」という理由で会見場から記者を締め出した▼テレビカメラに向かって話す佐藤首相の前には、がらんとした空間が広がっていた。Xで情報を発する高市首相の周囲に広がる空虚なネット空間を想像する。生身の人間に直接語りかけ、反論を聞く機会を増やしてはどうか。(琉球新報・2026/04/19)

 「首相のSNS多用には記者会見や国会審議にもっと時間を割くべきだという異論もある▼SNSならば既存メディアを介さず、議会の洗礼をくぐり抜け、効率よく政府・与党の方針が伝わると考えているなら勘違い。議会や記者の質問や追及を避けてばかりでは、国民の理解も広がらない」(「金口木舌」)といっても、聞く耳を持たないのですから、始末に悪いですね。この自己主張が自己欺瞞に裏打ちされている人間ほど、誠意や寛容から距離のある人間はいないと、ぼくは経験から学んできました。「自分は偉い」と思うって、どういうことなんですか。「偉い」ということの実態がわかりません、ぼくには。

 首相が就任したのが昨秋、以来、半年が過ぎましたが、この間、首相はどういうことをしたか、ぼくには思い当たらない。驚くほどの自己主張・自己弁護は目立ちましたが、「働いて…」という「口上(speech)」は、この人にとっては口から出まかせだったことが今にしてわかります。目立ちたがりの批判嫌い、これではまともな、地に足のついた政治ができないのは道理です。そして、ここにきてあまりにも「横柄な態度」が目につくのが「間違いを認めない」「自説を曲げない」という政治家失格の、無責任な態度でしょう。細かいことは言いません。過日の自民党大会で「現職自衛官」が「国歌(君が代)」を斉唱した問題でも、「私は知らない」「法的に問題はない」「自衛隊法違反にあたらず」と、判で押した反応しかできないままです。明らかな「イハン・いはん・違反」ですよ。自分で勝手に決めるものではないでしょう。この「不誠実な無反応」に対して、他の閣僚も右へ倣えです。早い段階から、この首相が辞めない限り「国難」は続くと、ぼくはいっていましたが、今でも、一層強く思っている。

 当たり前のことですね、どんな人にも「他者の評価」はついて回ります。「毀誉褒貶(きよほうへん)(public criticism)」というものでしょう。誉(ほ)める人がいれば貶(けな)す人もいる。「毀」と「貶」はどちらも欠点を衝く批判・非難を指す。また「誉」と「褒」はどちらも「ほめる」です。いかなる人間でも、いずれか一方だけということはないでしょう。

 少し意味合いが違うかもしれませんけれど、「蓼食う虫も好き好き」といいますからね。「蓼(たで)」とは「タデ科植物の総称」で、「香辛料」として利用される。「辛い蓼を好んで食う虫があるように、人の好みはさまざまで、いちがいにはいえないというたとえ」(精選版日本国語大辞典)「位、人臣を極める」ような人物への「好き嫌い」の程度は、常人とは比較を絶して大きな意味があるでしょう。一国の権力者が「蓼(たで)」というつもりもありません(いや、ちょっとはあるか)。しかし、我が意に反して「悪政」「苛政」を施そうとするなら、たとえ「蟷螂之斧」と評されようとも、身の程は顧みつつ、批判の声は上げ続けるべきだと思っている。

(*「とうろう【蟷螂】 が 斧(おの)を=もって[=取(と)りて・怒(いか)らせて]隆車(りゅうしゃ)[=龍車(りゅうしゃ)]に向(む)かう=(カマキリが、前足をふりあげて、高く大きい車に立ち向かうの意 ) 弱者が、自分の力をかえりみないで、強者に立ち向かう。無謀で、身のほどをわきまえないことのたとえ。蟷螂手をあげて隆車に向かう。蟷螂車をさえぎる。蟷螂が斧。蟷螂の斧」(精選版日本国語大辞典)

 「議会や記者の質問や追及を避けてばかりでは、国民の理解も広がらない」「Xで情報を発する高市首相の周囲に広がる空虚なネット空間を想像する。生身の人間に直接語りかけ、反論を聞く機会を増やしてはどうか」とコラム氏は温情を掛けられるが、もう遅いでしょう。「国民の理解」はもういい、抜き打ち選挙の「民意(大勝)」だけで、何でもできると、議会も無用と言い出す始末です。米大統領に「侮蔑されて」も、それを意に介さないほど「異常心理」に覆われているのでしょうか。今やるべき喫緊の課題は何か。少なくとも「憲法改正」や「スパイ防止法」などという、「国論を二分」するような問題でないことは確か。この御仁、目が覚めないで「女性初」の二弾目、三弾目を狙っているのでしょうか。困った方だ。いずれ、早い段階で「私は辞める」とSNSで囁くのかもしれません。 「乞う、ご期待!」ですな。

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