備えあっても憂いあり、それでも…

 火災発生以来八日目。ようやく待望の雨が降り、鎮火、消火の目途が付いたといっていいのかどうか。山林地帯だけに消火活動も思うに任せず、空陸からの活動には限界があろう。消火のために海からの水を確保するのに8キロもホースをつないでいるという。焼失家屋も数を増しているし、避難者の生活も、先行きの不安は残る。全国各地からの応援隊が消火や避難者の安全確保のために活動、「相身互い身」ということだ。

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 唐突ですが、鴨長明の生きた時代、それこそ「安元の大火」(1177年)から、「治承の辻風」「養和の飢饉」「元暦の大地震」(1185年)まで、と十年ほどの間に息つく間もなく、大災厄(天変地異)が生じている。長明さんは言う、「すべて、世の中のありにくく、我が身と栖(すみか)との、はかなく、あだなるさま、また、かくのごとし。いはむや、所により、身の程にしたがひつつ、心を悩ます事は、あげて計(かず)ふべからず」(「方丈記」)ここに九百年を隔てる「世の有様」を持ってきても無意味かもしれぬ。それほどに、この小さな島に住む者には「災害」は不可避(運命)であり、時代や場所が変ろうとも、その「あだなるさま」は尽きることなく永遠であり、不変(普遍)であると、後世から読めば、長明さんはいっているようにも聞こえてきます。

 九百年、千年の時間が「歴史」という名でぼくたちに与えられてきた意味は何処にあるのかと、今さらに問いだす始末に、われながら言葉を失うのだ。「世に従へば、身、苦し。従はねば、狂せるに似たり。いづれの所を占めて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身を宿し、たまゆらも心を休むべき」(同上)(既出・浅見校訂・訳:ちくま学芸文庫版)

 延焼拡大ないか警戒継続 岩手・大船渡山火事 岩手県大船渡市の大規模山林火災で、消防などは6日、延焼が広がっていないか警戒を続けた。これまでに市面積の9%に当たる約2900ヘクタールが焼失。5日にまとまった雨が降り、地元消防は地上の調査では延焼拡大が見られなかったと明らかにしていた。天候状況を見ながら、ヘリコプターによる偵察を行う。
 市によると、火災は2月26日に発生し、三陸町綾里の6地区と赤崎町外口地区で住宅や作業場など計78棟が焼失。1896世帯4596人に対する避難指示が続き、5日午後6時時点で避難所に1239人、親戚宅などに3055人が身を寄せている。(共同通信・2025/03/06)

 早ければ早いほど、救われるもの(人命ばかりではなく、多くの動植物の「いのち」も含まれる)が多くなるのは当たり前。自衛隊出動も早い段階から見られた。人力、機械力による消火活動以上に、自然の恵みである多くの降雨量が期待されるところ。新年もはや三月。安心して走行していた道路が突然陥没、いまなお運転者の身体確認が達成されていない、埼玉県の八潮市の事故から、各地で道路陥没事故が相次ぐ。記録的な豪雪による家屋の損害や人命の損失も後を絶ちません。

 「災害劣島」と言われるゆえんは、地理的な位置によるところ大だが、それ以上に「人災」の側面も決して見逃しにはできないと思う。この段階でとやかく言う暇はないけれど、国土保全、いや国土強靭化などと言っては巨額財源を傾けてきたのに、さていったん、事態が急変すれば、ほとんど予防的備えすらなかったことがあからさまになる、それはなぜか。

 「延焼拡大見られず」鎮圧に向け“残火処理”急ぐ 大船渡・山林火災8日目に待望の雨 日に日に拡大を続けてきた岩手県大船渡市の山林火災。発生から8日目を迎えた5日は、地元にとって待望の雨となり、炎は目視で確認できない状態にまで収まりました。大船渡市は、雨による効果があったとしていて、「地上隊からの報告では延焼拡大は見られない」と述べています。(テレ朝NEWS2025/03/06 01:49)(ヘッダー写真も)(https://news.goo.ne.jp/article/tvasahinews/nation/tvasahinews-900019886.html)

 言うまでもなく、政治(家)だけに責任を負わせることは無理だとしても、それにしても、事件や事故、災害が発生して初めて、「無防備」「無策」が指摘されるのであっては国民はたまらない。「備えあっても憂いあり」の時代、官民挙げて、「生命への脅威」を取り除くために、かかる方面への政治や経済の活力移譲を特に求めたいと思う。「備えあっても憂いあり。にもかかわらず、なお備えよう」もちろん、国民のすべき事柄(責任)も小さくないことを忘れたくない。

 大船渡市の山林火災、延焼拡大は見られず 空中消火は見合わせ 大船渡市の大規模山林火災は5日、悪天候のためヘリによる空中消火活動は見合わせた。地上部隊が活動し、同隊によると延焼の拡大はみられない。市は避難指示の解除、一部解除について6日以降に判断する。/建物被害については、延焼地域の上空偵察の映像や現地調査(一部地域)により、少なくとも三陸町綾里の小路16棟、石浜9棟、田浜9棟、港19棟、岩崎下4棟、宮野東3棟、赤崎町外口18棟の焼失が確認されたと発表した。/市によると、5日午前11時現在、市内の12避難所に1227人(避難車両655台)、親戚・知人宅などに2924人が身を寄せている。/県によると、6~10日に県災害派遣福祉チーム(DWAT)5人程度を派遣する。(岩手日報・2025/03/05)

 (ただ今、3月6日、午前7時半。今の今、今春初めて鴬(うぐいす)の啼き声を聞いた。拙宅横の竹藪からの第一声、ぼくにとって)

鶯や籔の隅には去年の雪(子規) ・ほがらかに鶯啼きぬ風の中日野草城) ・遠ければ鶯遠きだけ澄む深山(蛇笏)

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啓蟄や心の虚洞を如何にせむ

 本日は二十四節季でいう「啓蟄(けいちつ)」です。一気呵成に季節は移ると言いたくもあり、言いたくもなし、ですね。「蟄居屏息」「蟄居閉門」、どちらも息をひそめて閉じこもるという意です。江戸時代の処罰にもなっていました。「蟄」は「チツ」「チュウ」(音読み)。「かく(れる)」「とじこ(もる)」(訓読み)です。この節季をぼくは待ち望んでいたといえばおかしいでしょうが、少し気を揉みながらの「節季」迎え、それがこの地に越して以来、十年余の「習い」になっています。「冬ごもりの虫が地中からはい出るころ。太陽暦で3月6日(~3月9日)ごろ。《 春》」(デジタル大辞泉)間もなく庭中にアリが満ち満ちることになる。

【筆洗】「蟄虫啓戸」(すごもりむしとをひらく)。冬の間、地中で眠っていた虫などが春の訪れを知り、穴から出てくるころという。本日の5日は二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」である▼「啓蟄」といえど、寒の戻りに虫たちも穴を離れがたかろう。昨日、関東地方に大雪の予報が出て、雪に不慣れな東京は身構えた▼春先の雪の予報にやれやれと思う一方、この雪や雨が東北の火の勢いをいくらかでも弱めてくれることを願った人は多いだろう。岩手県大船渡市で発生した山林火災である。2月26日の発生から1週間となるが、収まる気配が見えぬ。焼失面積は既に同市の8%に及ぶという▼全国から派遣された消防隊員や自衛隊が昼夜を問わず消火にあたるものの、自然との闘いに苦戦しているようだ。雨不足で乾燥した空気と強い風が火の手を強める。避難していらっしゃる方の疲労も心配になる▼同じ岩手県の北上市の神楽保存会が早期の鎮火を願い、雨を降らせると伝えられる「龍神石」の前で神楽を奉納したと聞いた。科学の時代になろうと人の身を案じる神楽の気持ちがありがたい▼奉納のおかげか。大船渡でも雪や雨が期待できるとの予報に少しほっとする。<あめゆじゆとてちてけんじや>-。岩手出身の宮沢賢治の「永訣(えいけつ)の朝」。病にある妹トシの雨雪を口にしたいと求める言葉が悲しいが、大船渡に今、<あめゆじゆ>がほしい。(東京新聞・2025/03/05)

 昨夜来の降雨が続いています。祈るように待っていた降雨、山火事延焼中の大船渡の空からも、雪や雨が落ちていると聞いて、まずは少し安心。しかし、なかなか手ごわいのが火炎です。少しばかりの雨では、かえって酸素を補給することになり、むしろ「藪蛇(やぶへび)」になりかねません。今少し、消火に有効な雨雪量であってほしいと欲を出しているのです。必要以上はいらないが。二日前、久方ぶりに現地では「雨乞神事」が執り行われていました。効果というか、霊験あらたかだったのですね。

 いま「藪蛇」という言葉を使いました。「《「藪をつついて蛇を出す」から》よけいなことをして、かえって自分にとって悪い結果を招くこと」(デジタル大辞泉)拙宅の敷地左右と後ろの三方には「竹藪」が控えています。すでにイノシシは早くから土地を掘り起こして木の根を探している。大変に大きな穴を掘りだしては、一度として「埋め戻し」をした試しがないのには呆れかえる。そして、この季節、いよいよ「蛇」の登場です。ごくたまに庭に侵入してくることがあります。それ以上に困るのが猫が小さなのを咥(くわ)えて家の中に持ち込むのです。それもたった一つの猫だけがそれを得意にしている。昨年は三、四度も家に連れてきた。油断していると、家の中に蛇が籠ることになりかねないので気を使います。

 猫にとって、蛇が天敵だと言われていますが、そうでない猫もいるのでしょうか。当地には、毒を持つのと持たないのがいるといいますが、どちらにしても咬まれれば大事になります。わが家の猫も、これまでに何度も大きく腫らして動物病院に急行したことがある。人間に用いられる「血清」はないようで、ひたすら化膿止めを飲ませて幸運を待つばかりという。重症化して大事に至らなかったのは、ただただ幸運であっただけかもしれません。この地には、猛毒を含め、多くの種類が棲息(生息)している。近所の同年配によれば、「それでも、近頃は少なくなったよ。恐らく猪などが食べたからだろう」ということでした。いろいろな生き物がいる中で、なぜ「蛇」ばかりが嫌われるのか、「旧約聖書」の悪影響かもしれません。

◎ 楽園追放 (らくえんついほう)(Expulsion・Vertreibung aus dem Paradies[ドイツ])楽園追放= アダムとイブの,エデンの園(楽園)からの追放をいう。旧約聖書《創世記》2~3章によると,アダムとイブは苦しみも心配もなくエデンの園に住んでいたが,蛇の誘惑に負けて知恵の木の実を食べた。神の命にそむくこの行為(原罪)のため2人は楽園を追われ,それ以来人間は苦労して働き,ついには死する運命となった。(世界大百科事典)

 信者であるなしにかかわらず、災厄ばかりが降り注ぐというのは、困りものですが、相手は人間どもをよく思っていないのかもしれません。くれぐれも注意するに越したことはありませんね。大船渡の山火事延焼中の報道に、「啓蟄」前の動物たちはどうしているか、とても気が気ではありませんでした。豪州の山火事ではカンガルーやコアラが大火傷(やけど)で死んだり重傷を負うニュースが届けられます。「地上に楽園」は無理な話でしょうが、せめて自然災害の被害には遭わないことを「命あるもの」のためにはぼくは祈りたい。

 今年は、例年とは趣の異なった「啓蟄」初日の気分ではありました。以下掲載の五句の中では、どうですか、第四句が今のぼくの気持ちにもふさわしいというべきか。心の内にも外にも形を成さぬばかりに微塵に砕かれた破壊のさまが昂進している、つまりはわが心にも虚ろな空洞が、寂(さび)しい風を吹かせているのです。その風はどこから来るのか。ずっと吹いているようでもあり、このところ急に感じられるようにも思われる、春の寒い風。

・啓蟄の庭とも畠ともつかず(安住 敦)
・啓蟄のとぐろを卷いてゐる風よ(島田牙城)
・庭上に啓蟄の気の漂へり(相生垣瓜人)
・啓蟄や心の虚洞(うろ)を如何にせむ(林翔)
・啓蟄や吾にものいふ石の蟇(山口青邨) 

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出会いは束の間、教師の仕事とは?

<あのころ>「山びこ学校」刊行 無着成恭氏指導の文集 1951(昭和26)年3月5日、無着成恭編「山びこ学校」が出版され反響を呼んだ。山形県・山元中学校の生徒43人が貧村に生きる家族を克明に記録した「生活つづり方」文集。戦後民主主義教育の典型と評価されベストセラーに。映画にもなったが、地元の恥をさらしたと批判され無着氏は村を去った。(2022年03月05日 08時00分 共同通信)(写真➡:右側地図の前には無着先生。「学級会」の教室風景)

 「国語科」における「作文」という分野は明治初期の学校開始以来、しばしば名前を変えながら、今に続いています。その中で、「生活綴方」が公教育の中で、教科書のない教科として、教師側の工夫や創意を十分に生かせるものとして、時代と共に広く普及してきました。「生活を見つめ直す」授業として、特に東北地方で大きな教育運動を伴った実践が積み重ねられてきました。その嚆矢(こうし)は「北方(性)教育」だったと思われます。生活の貧しさを直視するという実践の狙いは、大きな成果を生んできましたが、やがてそれは国家権力の「忌諱(きい・きき)」に触れるものとして多くの実践教師の弾圧にまで及んだのでした。無着氏の実践は、北方教育の流れを汲むものであり、彼自身の記録にもその傾向は色濃く反映されていました。

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 「教育は芸術である」といった教師がいました。その真意はぼくの理解を超えていましたが、絵画や彫刻、あるいは音楽や文学などと同じように、長い研鑽・精進を必要とする尊い仕事だということだったかもしれないと考えてきました。その教師はまた、「教育(授業)は儚(はかない)いものだ」という意味のことも言われていた。教師と子ども、子どもたちとの一瞬の出会いが生み出す共同の作業が授業(教育)であって、それはいつまでも遺されるものではないということだったと思う。ごく当たり前に「(ある事柄を)教え、記憶させ、それをテストする」という意味での「儚さ」を指摘したものではないでしょう。そんなものは儚いどころの話ではないからです。

 一人の教師(それを無着さんだとすれば)と四十三人の中学生の、三年間に及ぶ「交流記録」「実践記録」は残されましたし、教師とそれぞれの子どもたちの「教室における出会い」は記憶され、思い出されるべきものとして理解はされましょうが、一瞬間で終わるほかない「やり取り」「出会い」はたちまちのうちに消え去ります。素晴らしい授業が行われたなら、その「よさ」は後々までも残り続けるといえるかどうか。言えるようでもあり、言えないようにも思われてきます。その瞬間に感じる思いや実感は、スマホで切り取ることはできない相談で、辛うじて、一人一人の記憶の中で発酵し続けて初めて、生きているともいえるのでしょう。

 これはどんなことにも言えるのであります。教室で行われた授業という「実践」に関する残された記憶は教師だけのものであり、生徒一人のものである、というべきではないでしょうか。全員で成し遂げた「授業の達成」は、一瞬で消え去るものです。ここまでくると、教育とは? 授業とは? そんな問題に正面から衝突せざるを得なくなる。無着さんと43人の子どもたちとの「授業」という共同作業は、一冊の書物にはなり、多くの人に受け入れられましたが、それは「記録」であって、教室の一瞬における「達成」、その都度に生じた「感慨」の、いわば「抜け殻」のようなものです。名人の落語高座を聴いて感動するのは、寄席における落語家とそれに聞き入る一人の好事家の間に、一瞬に起こる事柄(飛び交う火花)です。それを感動といってもいいでしょうか。その感動(火花)は消えものであって、辛うじて記憶の中で(擬似感動として)生き続けるかもしれないものでしょう。

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 「毀誉褒貶(きよほうへん)」という語があります。「ほめることとけなすこと。または、ほめる人もいればけなす人もいるという意味から、世間の評判のこと。『毀』と『貶』はどちらも欠点を悪く言う、非難するという意味。『誉』と『褒』はどちらもほめるという意味。同じような意味の言葉を重ねて強調した言葉」(四字熟語辞典ONLINE)いささか勇み足の謗りは受けるかもしれませんが、この言葉は無着成恭という存在によく似合っているとぼくは思います。無着さんが教師になったのは、戦後の学校教育の再出発点であり、山形師範を卒業して生家の隣村だった「山元村」の中学校社会科教師としてでした。新制(新生)中学校の発足と同時の、戦後生まれの新しい教科「社会科」担当教師だった。時に、無着成恭青年、十九歳の春だった。

 無着さんについて、「やまびこ学校」について、ぼくはたくさんの文章を書いてきました。このベストセラーを何度読んだかわかりません。読んだ回数は数えられないのですけれど、それでは一冊の「やまびこ学校」はこの社会の学校教育に何を齎したか、となると簡単には語れない。「生活綴方」は戦前からありましたし、戦後も継続して大きなうねりを持った運動のようにたくさんの実践が重ねられてきました。いま、その歴史についてぼくは語る気はしません。誤解を承知で言うなら、「生活綴方」も、無着成恭という教師の実践も、時代が降るとともに、「経済成長」という生活(豊かさの追求)至上主義の荒波にかき消されたと思われます。当時の「山元中学校」の子どもたちの生活は「貧乏」「貧困」「生活苦」という日々の生活との戦い方に明け暮れていたといえるでしょう。その「戦いの記録」こそが「教育実践の核心」であり、「教えて、教えられて、それで終わり」では手の施しようもない、ある面では教室に収まり切れない教育の仕事がそこに発見されるはずです。

 「やまびこ学校」刊行以来、もう七十数年も経過したのかという、いいようのない淋しさだけがぼくの中で湧いています

無着成恭【むちゃくせいきょう】(1927~2023)教育家,僧侶。山形県生れ。山形師範学校,駒沢大学仏教学部卒業。1948年山形県山元村立山元中学校教師となり,生徒の生活記録文を編集した《山びこ学校》を1951年に刊行し,生活綴方の再興と評された。1956年私立明星学園勤務,1970年《続・山びこ学校》を刊行した。1983年千葉県の曹洞宗福泉寺住職。〈新教育〉に基づく社会科学習の非現実性を批判するなど独特な教育評論でも知られ,著書に《無着成恭の詩の授業》(1982年),《無着成恭の昭和教育論》(1989年)などがある。(百科事典マイペディア)

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 「山びこ学校」無着成恭さん死去 生活綴方を実践、ラジオでも人気 生活綴方(つづりかた)の記録「山びこ学校」の編者で、TBSラジオ「全国こども電話相談室」の回答者を長年務めた、僧侶で教育者の無着成恭(むちゃくせいきょう)さんが21日、敗血症性ショックのため死去した。96歳だった。通夜は26日午後5時、葬儀は27日午前11時から千葉県多古町一鍬田292の福泉寺で。喪主は長男で同寺住職の成融(せいゆう)さん。
 山形県生まれ。1948年に赴任した同県山元村(現・上山市)の中学校で、子どもたちが生活のありのままを作文に書く教育「生活綴方」を実践。生徒43人の詩や作文を収めた学級文集を編集した「山びこ学校」を51年に出版し、ベストセラーになった。その後、明星(みょうじょう)学園(東京)で教諭や教頭を務め、64年からは「全国こども電話相談室」の回答者を約30年続けた。大分県国東市の泉福寺の住職を経て、過去に住職を務めた福泉寺で暮らしていた。(宮崎亮)朝日新聞デジタル2023年07月24日掲載(ヘッダー写真も含む)(https://book.asahi.com/article/14965021

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Stay Hungry. Stay Foolish.(S.P. Jobs)

 五日ほど前、近所で火事がありました。現場には行きませんでしたが、消防車が何台も出動、消火活動の状況が聞こえてくるほど近くだった。煙が黙々と上がって心配しましたが、幸いに大きな火事にはならなかったようでした。岩手県大船渡市の「山火事」はいまだに鎮火のめどが立たないようです。このところ、方々で火災が発生しており、いかにも火事の多い季節だし、殊に今年はなぜだか多いという印象を持っています。火災による死傷者も多く報道されています。長く続く雨なしの乾燥状態が、折からの風の影響もうけて出火、延焼を広げていると思われます。その意味で、昨日以来、久方ぶりの雨は「恵み」となるといいのですが。天気予報では関東近県では、なんと大雪が予想されています。季節外れの大雪となるのかどうか。

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 弥生に入り、頓(とみ)に花粉の飛散量が増えているのか、例年以上に目鼻がダメージを受けています。「嚏(くしゃみ)・鼻水・鼻づまり」と、真正の風邪の症状を呈しながら、花粉アレルギーの仕業だといいます。少しばかり頭も重い感じがしている。花粉症の決定的予防策も対処法もなさそうで、ひたすら外出を控えて、季節が移るのを待つばかりです。

 そんな折、今が「入学試験」の最盛期なのでしょうか。小中高大と、時代は少子化と騒がれてはいますけれど、相変わらずの「入学試験」劣島ではあります。ぼくは高校受験を経験しましたが、どうということはなかった。当時の居住地(京都)では「学区制」が敷かれていて、住所があるところの学区に「公立高校」が一校だけ。その高校を受験し、不合格だったら「中卒」のままで人生を続ける予定でした。幸か不幸か、ぎりぎりで合格(担任教師いわく、「君はどうして私立校を受験しないのだ。誰それだって(成績最優秀者)、掛け持ち・滑り止め受験しているぞ」と受験前に説教された)不合格だったら、自転車屋か大工になるつもりでした。「掛け持ち」「滑り止め」という言葉を、その時に初めて知った。

 高校受験の数点の違いが「人生の岐路」を生むのは当たり前に受け入れられていたのでした。それで思い出すのは、スティーブ・ジョブズ(1955~2011)というアップル創業者の生涯です。彼の母親は未婚の大学生のときに、彼を出産する。生まれた子は養子にすることが決まっていた。彼は貧しい労働者の夫婦の養子になった。義母は高卒、義父は中卒だったらしい。両親に苦労をかけて入学した大学は、まったく彼の意に添わないもので、彼は半年で退学する。両親の蓄えをすべてつぎ込んで入学した結果だった。しばらくは友人の住まいに居候。共同創業者のウォズニアックと両親の家のガレージでアップルを創業したのは二十歳のときだった。やがて企業(起業)は成功し、大きな財を得た。しかし彼の人生は順調には進まなかった。三十歳になって、彼は自らが創業した会社から「解雇」を通告されたのです。

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 2003年(48歳)に膵臓がんが見つかる。幸いにも悪性ではなかったので一命をとりとめ、さらに仕事を続けていたが、2011年に肝臓がんのために死去(56歳だった)。彼の成功譚を語るのではありません。「波瀾万丈」といい、「花に嵐の例えもあるぞ」といいます。「禍福は糾(あざな)える縄」の例えもあります。それぞれの歩く道は、誰にとっても平坦でもなければ、近道(バイパス)もないでしょう。人生の時間の長い短いにかかわらず、人が歩くのに費やした「骨折り(苦労)(経験)」には、それに相応しい「草臥(くたび)れ(学習効果)(実感)」が伴うのです。これはぼくの勝手な受け取り方ですが、「骨折り損の草臥れ儲(もう)け」とは、骨を折って損をした、無駄だったと考える必要はなく、その分は、きっと「草臥れ」として身についているのだ、そのように自分なりに思ってきました。ジョブズさんは言っておられる。人生のその都度にやっていること(点)が、初めから一本の線でつながることは想定できない、と。

 「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです」と、ある大学に招かれた際の「卒業式」で語っている。よくエスカレーター式とか、階段式などといって、人生は機械仕掛け、親がかりで、順調に数s無ことができると考えたがる傾向(風潮)がありますが、どうでしょうか。「有名校」とか「名門校」(そんなものがあるとして)に入れば、そのまま順調に「有名になる人生」や「名門を維持できる人生」を歩けると考える根拠は何処にもないでしょう。ジョブズさんが2005年6月12日に招かれたスタンフォード大で行った卒業式の講演で、いつまでも「Stay Hungry. Stay Foolish.を忘れないで」と語って講演を終えています。(この<Foolish>はどういうニュアンスでしょうか。「愚かで」ということを、別の観点から見れば「愚直に」ともいえそうですが、どうでしょうか)

 ジョブズさんのような生涯を送ることは何人にも不可能です。でも彼が、若いころに受け止め、それをわれわれに残ししてくれた言葉である<Stay Hungry. Stay Foolish.>を実践するのはどうでしょうか。この「箴言(proverb)」に、ジョブズはさんは一冊の本の中で出会ったといいます。「全地球カタログ(The Whole Earth Catalog)」です。著者はスチュワート・ブランドという若い人。パソコンが普及するはるか以前の、1960代年の出版で、版を重ねたといいます。この「全地球カタログ」の最終版(1970年に発行)の中に書かれていたのが「いつも腹を空かせていろ、愚かなままでいろ」という言葉だったという。googleの姿形も見えない時代の壮大な「地球の歩き方」であり、「世界の見方」でした。

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【金口木舌】「好きなもの追いかけて」 名護高校付属桜中学校1年の花原秀さんと初めて会ったのは2年前。名護市内のイベントでアリの飼育を紹介していた。小学校低学年から、餌やりや観察を続ける「アリ博士」。本紙で紹介すると反響を呼んだ▼花原さんが今度は人命救助に貢献し、名護署から感謝状を受け取った。通学路の川に落ちて大けがを負った男性を発見、両親を呼び、救助へとつなげた。生き物が好きで、よく川の様子を見ていたという▼「生き物も人も好きなので、放ってはおけない。必ず助ける人間だと思う」と父の努さん。生き物を大切に思う、優しい心が命を救った。児童生徒の活躍は地域を明るくしてくれる▼きょうから県立高校の入試が始まる。努力を重ねてきた受験生、背中を押す家族も気が気ではないだろう。希望を抱き、入試に挑む、すべての受験生にエールを送る▼「特色選抜制度」の導入など、今年から高校入試は大きく変わった。新制度に中学校や保護者の不安も大きかったと聞く。学校現場、生徒の声を拾い、制度を磨き上げることが求められる。生徒が夢や「好きなもの」を追い続けられる教育環境を目指して。(琉球新報・2025/03/04)

◎スティーブ・ジョブズ 米アップル社の創業者の一人。1955年2月24日生まれ。米カリフォルニア州出身。76年、同じく創業者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏が自作したコンピューター、アップルIの将来性を見抜き、販売を始める。77年にはアップルコンピューター社を設立。同年に発売したアップルⅡが爆発的に売れ、80年には2億ドルを超える資産を手にして、20代でフォーブスの長者番付に載るなど世間の注目を集めた。ちなみに、パソコンとして初めてGUI(Graphical User Interface)を採用しており、かつ、アップル社を代表している「マッキントッシュ(Macintosh)」は、ジョブズこだわりの製品である。/85年、ジョブズはマッキントッシュの売り上げ不振などを理由に解雇されるが、その後、教育やビジネス市場向けワークステーションの開発製造会社「NeXT社」を創業し、独自OS「NeXT OS」搭載のコンピューターを発売する。また、86年には、ルーカスフィルム社のコンピューター関連部門を買収して「ピクサー社」を設立しCEO(最高経営責任者)に就任する。ピクサー社は95年に世界初のフルCG映画「トイ・ストーリー」などで成功を収めている。⇙)


(⇗)97年には、当時低迷するアップル社に暫定CEOとして復帰し、斬新なデザインのパソコン「iMac」をヒットさせる。2000年には正式にCEOとなり、01年にNeXT社のOSを基本にしたMac OSの後継となる「Mac OS X」を発売。また同年には、携帯型音楽プレーヤー「iPod」と音楽再生・管理ソフト「iTunes」をベースにした音楽配信ビジネスを開始し成功を収める。さらに、07年には「iPhone」でスマートフォン市場に参入し、「iPhone」をスマートフォンブームの火付け役とする。10年には「iPad」で、タブレット型デバイスという新たな市場をリードするなどと、ここ数年でアップル社は数々のヒット商品を出し続け、11年には、アップル社の売上高が過去最高となった。見事にアップル社の再建を果たしたジョブズだったが、11年8月24日、健康問題を理由にCEOを退任すると発表した。後任は、ティム・クックCOO(最高執行責任者)で、ジョブズは取締役会長となる。/ジョブズは妥協を許さない完璧主義者であり、その強引な経営方針を批判する声もあるが、反面、強いカリスマ性は多くの人に評価される。/また、人を魅了するプレゼンテーションや数々の名言、格言が有名。iPhone発表時には「本日、アップルは電話を再発明する」という言葉を、他社幹部をアップル社に誘った際には「残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?」という言葉を残している。/11年10月5日、ジョブズが死去したことが、米アップル社によって発表された。享年56。(知恵蔵)(左上写真 ソニー創業者の盛田昭夫氏と。盛田さんは自身が開発した「ウォークマン」を手にしている)

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よく見れば薺花咲く垣根かな

 三月三日、「雛(ひな)祭り」だそうです。その「雛」は、音読みで「ス」「スウ」、そして訓読みでは「ひな」「ひよこ」と読ませます。「灯りをつけましょ ぼんぼりに」と詠ったことはないけれど、この日近くになると街中に「ひな祭り」の歌が鳴り響いていました。今ではすっかり聞こえなくなったようですが、少子化と関係があるのでしょうか。

 あっという間に二カ月が過ぎ去りました。弥生三月、いろいろな草花が咲き出すころ。表題の句は芭蕉。ぼくの好きな一句です。貞亨3(1686)年、春(?)、44歳の時のもの。江戸深川の芭蕉庵で詠まれたという。拙宅のあちこちに一面群れをなして咲いているのを見ると、芭蕉の句作当時のそれは「よく見れば」というほどに珍しい花だったのかと思われてくる。「薺」は「なずな」で「春の七草」のひとつ。花は春を通して咲く。アブラナ科ナズナ属の二年草。いろいろな思いが結びついて、この花をぼくは好んできました。一名「ぺんぺん草」とも。菱形の小さな実が三味線の撥(バチ)の形に似ているところから、その連想で「ペンペン」と言ったらしいですね。小さく白い花は愛らしいというか、奥ゆかしいというか。(俗諺に「佐賀モン(県人)が歩いた後にはぺんぺん草も残らない」と言われてきた。どういう意味じゃろか、薬味にもなる薬草です)

 昔から「地震雷火事親父」と言い伝えられてきました。最後の「親父(おやじ)」は、今や絶滅種で、昭和の終焉と共に姿を消してしまったか。それにしても、今シーズン、いかもに「火災」が多いように思われます。そのほとんどは住宅などの火災ですが、今も延焼中の岩手県大船渡市近郊の「山火事」はなお火勢を強めており、必死の消火活動が続いています。四千人に及ぶ避難者が出ています。近くの住宅にも延焼中で、多くの方は着の身着のままで避難されている。大震災から十余年、震災と津波を恐れて(警戒して)高台に移転し、今回の災厄に遭遇された方もいる。慰める言葉もないほどの災難。異常な乾燥が続いている中、風にあおられての延焼。当地(房総半島)では、昨夜来の小雨が続いています。干天の慈雨、いや不謹慎ながら、大船渡近辺には「干天の降雨(消火に適量の雨)」を期待しています。

【いばらき春秋】きのうまでの週末はぽかぽか陽気だった。梅や桃の香り華やぐ時季であり、軽装で外に繰り出す人の姿が多く見られた。気温は一転、きょうから再び寒さが戻るという。週間天気予報に雨傘マークも久しぶりに顔を出した▼気象庁によると、水戸の降水量は今年に入り1、2月合わせてわずか21ミリ。とりわけ2月は2ミリと極端に少なく、統計がある1897年以降の単月データで最も少なくなった▼乾燥注意報が連日発令されているが、肌はカサカサ、体中がかゆいわけだ。乾燥で最も注意が必要なのはやはり火災である。発生記事が連日のように紙面をにぎわす▼被害は住宅ばかりでなく畑の枯れ草や芝生、竹林などに及ぶ。野焼きが延焼するケースが目立つ。そもそも野焼きは一部の例外を除き廃棄物処理法で禁止されている。違反した場合は5年以下の懲役か1千万円以下の罰金、その両方を科せられることもある▼行政も「野焼きは犯罪」などと注意を呼びかけている。昔から怖いものに「地震、雷、火事、おやじ」と言う。「おやじ」は「親父」ではなく「やまじ風」(突風)との説もある▼岩手県大船渡市の山林火災は延焼が続き、災害級の被害となっている。春風が吹く季節。何はともあれ火の用心である。(島)(茨城新聞・2025/03/03)

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「徒然に日乗」(673~679)

〇2025/03/02(日)終日、凌ぎよい天候だった。気温も二十度を超えたほど。明日からは冬に逆戻りとか。また、岩手大船渡の山火事はさらに燃え広がっており、鎮火の見通しが立っておらず、避難者の増大も加わって、いっそう被害が増えている。これ以上、犠牲者が出ないことを祈るばかり。▶午前中に買い物で茂原まで。明日からの、まさかの「降雪」(の恐れ)も考えて、少しばかり食材を多く購入した。▶かみさんの体調はまだ本調子ではなさそう。毎食後の薬の服用を忘れるのだから、困ったものだし、とても油断ができない。「やれやれ」だな(679)

〇2025/03/01(土)午前中に灯油(18㍑×2缶)購入。帰路にはホームセンターでシャンプーや洗剤等の購入。▶かなり執拗な「花粉症」に罹患している。それなりに風が出ているので、花粉の飛散量は多いのだろう。拙宅の周囲はスギとヒノキの林だから、この先も思いやられる季節が続きそう。▶米国大統領とウクライナ大統領の(戦争終結(和平交渉)に向けての)会見では、驚くべき事態が発生している。トランプはロシア側と謀って、ゼレンスキーに罠を仕掛けたと、もっぱらの報道。ロシア(P)とアメリカ(T)が手を結んだのだ。ならず者の癒着(野合)。アメリカは底なし沼に嵌っていくようだ。戦後の冷戦時代の延長上に、社会主義国を詐称する国と民主主義を偽装する国の対立状態が長く続いていたが、アメリカがならず者国家の側にすり寄って行く事態が生まれたのだから、戦後体制は終焉を迎えたというべきではないか。それにしても、アメリカの漂流、いや地滑り的崩落は、この先どう言う状況になるのだろうか。それを阻止する余力は今の米国にはなさそうだ。ウクライナという瀬戸際国家への距離に基づいて、諸国は、自らの政治姿勢をどこに求めるのかが試されているのだと思う。▶この劣島国でも、「一党多弱」などと言われたが、実際は「(一人の」裸の王様」を神輿に乗せて、取り巻きは喜んで担ぎ手になる、そのうちに「裸の王様」は、自分が裸であることを承知して、「馬鹿な権力行使」に奔った。それを誰m止めなかった事態がしばらく続いて、この国は落ちるところまで堕ちて行く状況がまだ続いている。そこに、アメリカの現状を見る思いがする。(678)

〇2025/02/28(金)本日で二月は終わり。瞬く間の二カ月だった。陽気はかなり凌ぎやすかったが、また来週明けにも寒波が来るという。▶昼前に猫缶等の購入のためにあすみが丘(土気)まで。ついでに簡単な夕食の準備も。いつも通りの品物購入だったが、一向に物価の高騰は収まっていないと痛感する。同じ商品だが、購入するたびに値上がりしているような錯覚に襲われる。▶連れ合いが薬の服用を忘れているのが気になる。とにかく体内の炎症を鎮めるのが何より肝心だから、そのためには規則的に服用するのが肝心。薬の管理もできなくなったとは思わないが、これまでの「宵っ張りの朝寝坊」的生活と、このところ特に気になる、長時間のテレビ視聴、これを改めるまでは、うるさく感じられても、横から口出しをせざるを得ないのだ。(677)

〇2025/02/27(木)本日午前九時過ぎに病院の整形外科へ。この病院は名の知れたところだが、今は当たり前の街の病院。すぐ近所で、これまでに何度も連れ合いが通院もし、入院もしたところ。長い時間をかけ、血液検査や放射線撮影をし、その結果をもとに診察。要するに、「血中CRP(C反応性蛋白)濃度」が異常に高いことが判明。「CRPとはC-リアクティブプロテインというたんぱく質で、体内で炎症が起きたり組織細胞に障害が起こるとこのたんぱく質が増えていきます。この検査値をみてもどの臓器に異常が起こっているかという診断はつきませんが、炎症状態の経過を見るには重要な検査値です。検査値が非常に高い場合は結核などの慢性感染症、関節リウマチなどの膠原病、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などで、軽度の上昇はウイルス感染症、内分泌疾患などが考えられます」(https://www.dock-tokyo.jp/)診断の結果はその通りで、差し当たっては痛み止めを(二週間分)処方された。それで痛みが鎮静すればよし?ということだった。数日間様子を見てから判断したい。(676)

〇2025/02/26(水)午後4時に茂原の整骨院に連れ合いを連れていく。もう四日ほど経っているが、痛みが増しているようで、見ているのがつらい。治療を終えたが、院長いわく。「別の病院の整形外科で一度診てもらったらどうか」と。それは当然当方も考えてい。本人が言うような「寝違い」などではなく、むしろ内部からの痛みなのではないかとぼくは見ているほど。整骨院から帰った段階で、以前に入院したこともある近くの総合病院の整形外科に行く段取りをつけた。明朝八時半に病院に連絡し、その後、病院まで出向くことにしている。(675)

〇2025/02/25(火)二日ほど前から連れ合いが首筋・肩の痛みを訴えていた。本人は「寝違えた」と言っている。時間の経過とともに痛みが苦痛に変わっている。夜も十分に眠れないほどの痛さだったという。鎮痛湿布を張ったがなかなか治まらない。午前中に近所の整骨院に連絡をして予約を取った。治療時間は午後二時半過ぎになった。時間通りに医院に出向き治療を施してもらった。明日も午後四時に通院することにした。今のところ原因がなんであるか判らないとのことだった。▶連れ合いが治療中に買い物に出かけて、三十分程で医院に戻ったら、治療がもう十分ほどで終わるということだった。この治療でうまく行くとよいのだが。▶アメリカ大統領はまったくの狂気に見舞われていると思う。虚偽でもなんでもみずから思ったこと、自分に有利な点があれば、あることないことに関する発言には抑制が効かないこと夥しい。はっきりとT&P(米露)が握りあっているのだ。そのことはあからさまであるにもかかわらず、誰も直接に諫言も言えず制止することもかなわないとしたら、いくつかの理由で米国は「非常事態(前後不覚)」に陥っている。(674)

〇2025/02/24(月)終日自宅内に。それほど風もなく、穏やかといってもいいほどの陽気だった。▶本日で「ウクライナ侵略」が丸三年になった。予想外の長期戦になっているというべきか。その「内容」にはいくつもの側面があろう。第一は、負けるわけにはいかないウクライナの死活問題としての戦争である。発端はロシアの「侵略」だったし、おそらく、大半の想定(予想)では「短期でロシアの勝利に終わる」だったろうが、何をもって「勝利か」を決めていなかったが故の長期戦だったと思う。手を引く機会を逃し続けたのは「ロシアのメンツ」だったのではなかったか。「戦争終結」に向けて、米大統領の前のめりはどんな方向に向かうのか(「侵略」「侵攻」という語を使わないでという、その姿勢は狂っているとしか言いようがない。「アメリカはロシアの側に立つ」と宣言したに等しい。その理由は何処にあるのか)今後の予測はぼくにはできない。しかし「侵略」そのものを無条件で認めるような「和平」はあり得ないだろうし、ウクライナの独立を認めるなら、ロシアが半ば占拠している状況を御破算にしなければ、決着がつかないかもしれない。となると、結局は「消耗戦」になるのだろうか。それはあまり想定したくはない。(673)

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ウクライナを消せば平和が来る?

⦿ 週初に愚考する(五拾九)~ おそらく早い段階から、「今日の舞台」あることを想定してTはPとは連絡を取り合っていたと思う。野心を持つ者同士の「野合」(あまり美しい言葉ではないが、ここで使うのがふさわしいと思う)だった。時限爆弾(あるいは地雷)を仕掛けたのは策略の鬼才に決まっている。大ロシア復活を果たした「新皇帝」の冠を被ることを希求してやまない権力者。齢、七十を過ぎてもう時間がない。そこに登場した(させた)のが米国商売人。利益(名誉)が騰がるなら何でも図(謀)る、いかなる手段を取ることにも躊躇しない。ウクライナ大統領をホワイトハウスへ呼び込んだ、誘(おび)き出したこと、それこそが両者にとっては「時宜を得た(timely)」策略だったというのだ。

 Zをわざわざワシントン(ホワイトハウス)まで招き寄せて、一発かましてやった(辱めた)という構図。それ以前に、米大統領はホワイトハウス内で取材できるメディアは選別すると公言し、APやロイターなどの批判的メディアは排斥していた。その代わりにだろうか、昨日の会見の場に(タス通信だったか。註 後にクレムリン関係の記者だったことが判明・03/03)ロシア側記者がカメラを構えていたという報道がある。後継者に任じられた副大統領も、脚本通りに「準主役」を演じた。「してやったり」とほくそ笑んでいるとするなら、地獄行きだ。舞台装置も観客に見栄えがするように整えられていた(何枚もの全体写真をみよ)。これを「サル芝居」といい、「田舎芝居」とこき下ろすことはできるが、この芝居の幕は上がったばかり、今や舞台は第二幕に移っている。

 仕掛けられた地雷(あるいは時限爆弾)を踏んだのは誰だったか。多くは「罠」に嵌められたたZだというだろうが、ぼくはそうは見ていない。彼は六方を踏み、筋を通し切った。「雪が溶ければ春になる」という如く、「地上からウクライナをなくすれば、『平和』になる」と、愚かにも、悲しくも妄想しているのは誰と誰だ。愚かしいにもほどがあるというもの。

 いずれ、この汚い関係(姦計・evil scheme)は明かされる。世界の人民をペテンにかけて、「野合」から得られるものはなにか。恥辱だけでないことは確か。第二次世界大戦後、維持されてきた「アメリカの地位」は大西洋の藻屑(seaweed)消えたと思う。それにしても、米国の品性及び信頼が地に堕ちたことを大喜びし、Pにすり寄る自国大統領を礼賛するという前代未聞の「情景」に狂喜する(風に見せている)米国民(国会議員を始めとして)がいることに、やりきれない頽廃を感じている。この国と同盟しようとする国の未来もない。

 ぼくは必要以上に、アメリカT大統領の再登板に関して、批判に終始する駄弁を弄しているが、それは東海の小島の命運に不可避の悪影響を及ぼすから、それだけではないが、その愁いは小さくなかった。逆に見れば、汚い、主従に等しい「日米体制」の軛(くびき)から、曲がりなりにも足を抜く機会(口実)に恵まれたのだ。I首相よ、ウクライナ支援に手を抜くな。

(*「野合」とは「正式の手続きによらず、夫婦になること」「共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まること。『選挙のための—と批判される』」(デジタル大辞泉)

【卓上四季】おまえのものは… ガキ大将の代表格といえば「ドラえもん」に登場するジャイアンが思い浮かぶ。スネ夫とコンビでのび太をいじめる乱暴者。彼には決めぜりふがある。おまえのものはオレのもの、オレのものもオレのもの―。理不尽であっても「オレがルールなんだから欲しいものは全部よこせ」という感じだ▼米国のトランプ大統領が重なって見える。ウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談もそうだった。のっけから言い放つ。「掘って掘って掘りまくり、レアアースを手にするのが楽しみだ」。相手方の鉱物資源の権益がおもな議題とはいえ、あまりに露骨だった▼やりとりはやがて激しい口論に。怒りからかトランプ氏の顔は紅潮していく。脇から加わるバンス副大統領はスネ夫の役どころか。圧倒的な力を持つ側が脅す構図に思えた▼ゼレンスキー氏も黙っていない。ロシアの軍事侵攻で苦難と犠牲を強いられる。言うべきことを言う姿勢は揺るぎないが、なにより必要だった和平は遠のいた▼開戦から3年。今後どうなっていくのか。欧州各国がウクライナ支持を表明しても、交渉が決裂したショックは大きい▼ジャイアンには善悪をわきまえ、叱ってくれる母親がいた。トランプ氏の周囲には1期目と違って、忠誠を誓う者しかいない。これがなにをもたらすのだろうか。心配は尽きない。(北海道新聞・2025/03/02)
ゼレンスキー氏、トランプ氏に謝罪する必要なし 首脳会談後のインタビュー(CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領はFOXニュースのインタビューに応じ、ホワイトハウスでの激しい応酬を受けてトランプ米大統領に謝罪する必要性は感じていないと明らかにした。/ゼレンスキー氏は「いや、私は大統領と米国民を尊敬している。我々は非常にオープンに、率直になる必要があると思う。何か悪いことをしたとは考えていない」と発言。「民主主義と自由なメディアにあらゆる敬意を込めて言うが、中にはメディアの外で議論しなければならないこともある」とも述べた。/ホワイトハウスのチャン広報部長はトランプ氏が番組を視聴していたか問われ、エアフォースワン(大統領専用機)の機内で記者団に「イエス」と返答したものの、それ以上は詳しく語らなかった。(CNN・2025/03/01)(https://www.cnn.co.jp/world/35229961.html

(事前の会談が決裂に終わったため、中止された協定調印式と記者会見の会場)(2月28日、ホワイトハウス)(BBC NEWS)

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