菜の花畑に…、さながら霞める朧月夜

 黄色いじゅうたん一面に 菜の花1000万本見頃 2/28からまつり 高知・四万十市 
 四万十市入田の四万十川河川敷で約1千万本の菜の花が見頃を迎えている。28日からは「四万十川花紀行 入田ヤナギ林菜の花まつり」が始まる。3月15日まで。
 市観光協会によると、菜の花は現在六分咲き。3月上旬には満開を迎え、中旬まで見頃が続くという。犬の散歩をしていた近くに住む女性(73)は「菜の花のいい香りがして『春が来た』って感じがする」とにっこり。
 菜の花まつりは、市観光協会などでつくる市観光振興連絡会議が主催。期間中の土日は飲食の出店が並び、物産展が開かれる。初日は地元の中高生によるコンサート、最終日はウエディングイベントを行う予定。(小谷暁)(高知新聞・2026/02/27)        (ヘッダー写真も)

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 一昨日、いつも通っている坂道を下りきった両側にある田んぼには水が張られていました。もうこんな時期になったのかと、いまさらのように季節の感覚がよみがえりました。これからしばらくは田んぼの整備を行い、田起こし(田打ち)や代掻きが続くのでしょう。ぼくも十歳未満ながら、牛馬のように、泥田に入って、大人たちのまねごとをした記憶が残っている。今日、苗は多くの農家ではハウスで栽培されています。昨年も騒動になった「コメ不足」「コメ高騰」が、はたしてうまく超えられるのでしょうか。この社会の農業は徹底的に先細り状態が続いていて、特にコメ作りが危機的事態にあることはよく知られています。それを克服するためにこそ「土地集約」による大規模農業経営を進めている。しかし、水田耕作に適している土地ばかりが田んぼとして使われているのではなく、人の手をを使わなければ苗さえも植えられない田んぼも少なくない。そんな問題を抱えているイネづくり・コメ作りの時期が今年もめぐってきたのです。(右上と左下の写真は「暦生活」・2021.03.19)

 その先ぶれとして、各地では「菜の花」畑を野外舞台にした、自然のページェント(pageant)が始まっています。鬱陶しい世間の万事にストレスを感じている、小生のような野人(自然人)向きにも、鮮やかな春の風情(ふぜい)を感じさせてくれます。拙宅前(南側)の道路わきに空き地があり、およそ150 坪ほどか、そこには時期になると菜の花がしみいる黄色を見せてくれていました。白や黄色の蝶々も「花から花へと」舞踊りをしていました。ところが、その空き地の手入れが行き届かなかったので、そこに鳥たちの仕業だろうと思われる「桑の木」があっという間に繁殖しました。今では2メートルもあるような成木となり、菜の花などが生育する隙間もなくなったような状態で、一気に我が心持も寂しくなった。

 元来菜の花は丈夫な植物で、その球根たるや、驚くほどの大きさと硬さを見せていて、それでもなお、この桑の木の樹勢(繁殖力)に気圧されているのです。昨夏の異常高温続きで、小生が外作業を控えたことが第一の要因だと思うが、まさか、他人の土地を勝手に整地・整備(除草など)するという気にもならず、当地に越してきた当座、あるいはこの空き地を購入しようかとも考えなくはなかったが、現状は、まさに「荒地に桑の実」です。残念ながら、居ながらにしての「菜の花畑」ははかなくも(今春は)消えてしまいました。

 だからこその、写真ではあっても、各地の「菜の花」に見惚(と)れるのでしょう。特に高知はいたるところが「菜の花畑」といった風情で、ヘッダー写真に出した四万十川流域は「菜の花の宝庫」とでもいうべきです。今では奇特な人々が土地の整備をし、菜の花の養生に精を出されているところも多く、まさしく「劣島の春」を彩(いろど)ってくれています。

 そして「朧月夜(おぼろづきよ)」(1914 年6月発表)です。誰もが好んで口ずさむ唱歌ではないでしょうか。もちろん、ぼくも大好きです。なによりも、その詞を見ていて飽きることがありません。「古き良き」といっていいかどうかわからないけれど、確かに存在していた何十年か昔の風景、春の情景が実にくっきりと謳われています。「源氏」には「朧月夜(おぼろづくよ)の君」が出てきて、この景色を愛(め)でる歴史は古いことがわかりますね。作詞の高野辰之さんは国文学者でした。

 同じコンビで、この年に「故郷(兎追いし…)」が発表されています。この大正3年は、第一次世界大戦が始まった年でもあります。「朧月夜」「故郷(ふるさと)」だけを取り出してみれば、なんとものどかで、これぞ日本、そう叫びたくなる向きもありましょう。しかし、この年にも、地震や火山爆発があり、西に東に炭鉱爆発が発生しています。戦争気分が横溢してもいました。明るい話題としては「東京駅」が完成した年でもありました。(これを設計した人。辰野金吾さんに関してもいくつか書きたいことがありますが、本日は止めておく)つまりは、いつだって世の中は「万事塞翁が馬」「糾(あざな)える縄の如し」と禍福を超え、「一寸先は闇」と、そこはかとない心配りをしながらの渡世だったということです。

 だからこそ、つかの間の「自然」の営みに、自らの呼吸を合わせて、自分を取り戻す縁(よすが)にしたのではないでしょうか。百年の後もまた、幸福も不幸も飲み込んで時代は過ぎていきます。ぼくは厭世的になる人間でも、懐古趣味を多分に含んだ性質(たち)であるとも思いません。むしろ、感傷癖は皆無だと思っている。だからこそ、いつだって、「時は今」、そんな感情や感覚で生きてきたし、残り少ない時間を過ごしたいと念じています。(⁂ ①「朧月夜」・https://www.youtube.com/watch?v=djNC73V-X0c&list=RDdjNC73V-X0c&start_radio=1)(⁂ ② 「朧月夜」秋本悠希、歌・https://www.youtube.com/watch?v=THI-kSDIoLk&list=RDTHI-kSDIoLk&start_radio=1

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 余話ですが(As an aside)。 蕪村(1716〜1783)に「菜の花や月は東に日は西に」という雄大な情景を詠んだ句があります。(右は松村呉春作 (1752~1811) の描く「「蕪村」 呉春は江戸中期の画家、四条派の祖)

 日月を詠み込む、はるかな『先駆け(魁)」には「「白日淪西阿  素月出東嶺(白日西阿に淪み、素月東嶺に出づ)」(陶淵明・365~427)あり、「草緑霜已白  日西月復東(草は緑にして霜は已に白く、日は西にして月は復た東なり)」(李白・701~762)あり、です。

 もちろん蕪村は先刻、先人の偉業を「承知之助」で、堂々と、狭い劣島の限界を突き抜けるような想いで、春の夕方を詠んだ(場所は「六甲山」上だったとされます)。いづれの作品の解説も、ぼくの手には余りますので、ここではいたしません。好きなように鑑賞(appreciation)すればいいし、そうしたいですね。

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非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也。

 昨日の午後、とても気になっていたので、ぼくは前首相の事務所(衆議院議員会館内)にメールを送りました。報道されているように、現首相は今次の選挙で当選した自党議員全員に「カタログギフト」を送ったという。ついては、「前首相」にも送られた(配布された)かどうか。「届けられたとして、その処理はどうされましたか」と尋ねました。折り返し返信が来ました。「このたびは貴重なご意見をお寄せいただき、誠にありがとうございます。/お送りいただいた内容は、石破 茂が政策を検討し、活動を進める上での参考とさせていただきます」という文面は自動返信だという。質問を「けむに巻く」というのか、自民党の長年の住人だと、さもありなん、残念だけれど、ダメさ加減を深く納得しました。なにも期待はできないんだ。まさか、「即刻返却した」という返信が来るとは予想もしなかったが、「もらっていながら、だんまりを決め込んでいる」、これが彼の「優柔不断」の最たるところ、左見右見(とみこうみ)、他人は「どうするか」と様子見を決めこんでいるのでしょう。煮え切らないこと夥しい、著しいぞ。ほかの議員にも聞いてみようとしたが、無駄だとわかっているので、止めました。ファシズム(あるいは「体制(大政)翼賛」)の風儀・風潮は蔓延しているね。

 (ヘッダー写真は 「NHK 放送100 大年表」より)(https://www.nhk.or.jp/archives/history/year/1936/

 「何が悪いの」と開き直ったという 西日本新聞の記事によると、当初は「批判」「非難」されたらどうしようと「うろたえて」いた首相も、周りや世間が騒がないとわかると、「『良かった』と胸をなで下ろし『何が悪いの』と開き直ったという」とありました。あほくさ、ですな。「コソ泥」を働いてびくびくしていたが、誰も気が付かないので、だんだん「図に乗り」「大胆になって」、ついには秀吉の寝室に忍び込んだが、「千鳥の香炉」が鳴って見つかり捕縛、京都三条河原で釜茹でになった「石川五右衛門」を思い出す。もちろん「奈良の女」は五右衛門ではないし、まさか「釜茹で(殺し)」に合うことはないでしょう。大事なのは、根は小心者ものだから「戦々恐々」だったが、だんだんと経験(悪事)を重ねるにつれて、大胆になってゆく、そしてついには「不敵」な輩そのものになる、まるで「師と仰ぐ」故首相の後塵を拝している、そんな趣があります。「前轍を踏む」、実に忠実に踏んでいると思う。故本総理も、最後まで「小心者(timid person)」の質は変わらなかったが、周囲が忖度の山を築いて守ってくれたのを錯覚し、自分は強者だと思い込んだ、とんだ「裸の王様(The Emperor’s New Clothes)」でした。ここに新しい「裸の女王(Naked Queen)」が生まれましたね。誰もが「真裸」であるのを知っているのに「美しいお召し物のですね」と。そして最後は嬲(なぶ)り殺すのでしょうか。(2月18日、「令和の二・二六」で、国会初登庁議員たち)

 この悪事(不法ではないけれど、政治家の道義心からすれば、恥ずかしい限りの腐敗行為)に気をよくして、さらに大それたことをやるでしょう。ここまでは大丈夫、ここまでは大丈夫と、まるで「地雷原」を忍び足で歩くようなものですが、気が付いたら「地雷」なんか一つもなかったと、安心して闊歩し、小石に躓いて落命という終末になるのでしょう。大石小石はどこにでもあります。大体、今の政界の風景というか風潮は、端的に言うなら「目をつむってやれよ。高市さんがかわいそうだろ」という発言に如実に表れています。目くじら立てるほどのことはないだろ、彼女のおかげでいいおもいができるのだから…、そんな醜悪で恥辱に満ちた「魂胆」が見え透いています。「物言えば、唇寒し、春の宵」ということか。それにしてもだれ一人、突っ返したという報道がないのはどうしたことか。元総理が三人もいるんだよ。ひょっとして、野党議員にも?(ここに、「女性総理」であるという「偏見(bias)」がないでしょうか、なければ幸い。

 この「べったり凪(なぎ)」の吹きようをこそ、ぼくは「ファシズム(fascism)」と呼んでいます。右を見て左を見て、そして「みんないっしょや」という、過同調が、国を誤らせるのがわかっているのに、怖いもの見たさで、「亡国に立ち会いたい」というのでしょう。「首相の人気にビビっている」と野党に対して、無批判を非難する輩もいますが、「野党」とは誰のことか。看板の上っ面は「野党的」でも、看板の原材料は「与党」そのものという建付けではないでしょうか。本来なら、当然違法だという法律でなければなりませんが、現行法では違法ではないが、違法的(まさに法の不備)だという、そんな悪質な行為に「諫言(かんげん)」する者はいないし、矢を放つ者もいない。(そんな法律を作るのが天職の議員ばかりさ)彼女を打てば、やがてブーメランになってわが身に返ると、大半は身に覚えがあるのでしょう。この小心な首相が、ここまで大胆になりつつあるのは、これまでの、どの首相も「贈り物」をしていたという過去の事実に基づく。だから、これを掘り返せば、「やばいと思う」御仁が出てくるのは避けられない。つまり、この政権党は「陶器製」であって、どこかを強く叩くと大音声を立てて割れることを恐れているから、またそのとばっちりを受けるのが怖いから、永田町は「べた凪」なんですよ。官房機密費という「(違法な)政治資金(税金)」のおこぼれに与らない政治家はいないんじゃないですか。

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 こんな「腐臭芬々」たる政治や政治家など構わなければいいじゃないかという気もします。ぼくの性分に合わないことははっきりしているからです。しかし、「義を見てせざるは勇無きなり」という、けちな「正義感」もぼくには、とても小さいものですが、あります。だから、国会議員の紳士淑女どもに、ぼくは進呈したいですね。 「子曰、非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也。」という孔子さんの言を。どこを、誰を見て、政治をしているのか、とね。

 儒教の核心は「祖先崇拝」というものでしょうが、その祖先の霊を祭(祀)(奉)らないで、それとは別種のものを「まつる」「あがめる」のは、そこから何かを得たいという卑しい気持ちの表れで、それこそ「諂(へつらい)である」というほかないのだ、と孔子は言われた。「諂い」(「諛い」)とは「おべっか・追従」です。「こびへつらう」とよく言いますが、まさに、今次の選挙に至る首相とその一派の振る舞いは「無思慮・無定見な選挙民」に「媚(こ)び諂い」、そして「阿(おもねっ)ている」だけではなかったか。「諂諛(てんゆ)」といい「阿諛(あゆ)」という、あるいは「阿世(あせい)」ともいうのですが、ひたすら「非其鬼而祭之、諂也」を実践しているのが、現下の社会全体の政治状況ですね。有権者に「諂う」「媚びる」、誠実に向き合うのではなく、票ほしさだけの「おべっか」でしょう。こんな為体で、政道が廃るのは当たり前、これは、行くところまで行って、「ご破算」になるほかないでしょう。

 「勝てば官軍(お上)、負ければ賊軍(下々)」という風潮は今につづいております。故元総理も「嘘のオンパレード」で、政治家人生を貫いたと思います。「吾道嘘以貫之」ということだったでしょう。現首相も、そのあとに続いているのです。醜悪(Ugly)で、はしたない(Indecent)こと夥(おびただ)しいものがあります。こんな愚劣な政治家や議員、総理大臣が幅を利かすこの国は、世界に関たる「恥辱の国」というべきでしょう。この女性宰相も「嘘と見栄」で張ったりをかましているだけで、まるで気球かアドバルンの如しです。つまりは「ヘリウム(helium)」ばかり、きわめて軽薄という意味です。別名は「貴ガス」とも。政治家として。いや首相としては最低のレベルにあるでしょう。

 子曰、非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也(いわく、あらずしてこれまつるは、へつらうなり。ざるは、ゆうきなり) 先祖の霊を祭らないで、別のものを祭るなど、そのことで何か利を得ようという邪念があるのであって、それこそ、媚び諂いの徒ではないか。眼前になすべき正しいことがあるのに、それを見て見ぬふりをしてやらないのは、勇気がないからである)

 この一節を現今の政治家諸氏に提供したいという気分はいささかもぼくにはありません。すくなくとも、彼や彼女らとは「累を異にす」るとさえ考えているからです。あれほどの「嘘」はつけないよ。だから、「ないもの強請(ねだ)り」はしないというか、ナスビの蔓(つる)にキュウリは生(な)らないですからね。この一節は、少なくとも、ぼく一個の人間の信条として、粗末にしてはならないと自戒を込めて使うばかりです。

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 <蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜> 昨日付の「夕歩道」(中日新聞)では、単なる偶然ですが、衆議院選挙の結果から生まれた「カタログギフト」と、90 年前の「二・二六事件」が並んで出ていました。単なる偶然だったけれど、二・二六事件が現在に起こるとすれば、「自民党に圧勝をもたらす」選挙民の「義挙」というべきか、いや「集合的奸計(かんけい)」であったか。忘れてならないのは、「有権者」は、いつだって「主権者」であるのであって、時に「有権者」でもあるというだけのこと。有権者は主権者のごく一部。主権者として、腐った権力には批判の礫(つぶて)を、ですよ。ぼくの好むところではありませんけれど、「鼓腹撃壌」を踏みにじられないためにも、おかしいことはおかしいと言い続けたり、嵐の世ですね。言いたいこと、書きたいことではなく、言うべきこと書くべきことを、自分流にですよ。桐生悠々先生の句に、<蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜>があります。https://www.chunichi.co.jp/article/766444

 世界のいたるところで、「言論の自由」は暴力によって脅威にさらされています。主権者が沈黙していて、どうすんですか。

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 高市首相「何が悪いの」取材応じず カタログギフト配布、自民ベテラン「目をつむってやれよ」「人気にびびってる」野党尻込み  
 昨年3月に石破茂首相(当時)が公邸で自民の衆院1期生と会食したのに合わせ、1人10万円の商品券を配布したことが発覚。物価高が国民生活を圧迫する中、批判は政権を直撃した。
 今回、高市首相に近い党幹部は「商品券は限りなく現金に近く悪質だ。首相のカタログとは違う」と強気を貫く。官邸幹部も「議員間でプレゼントを贈り合うことはよくある」と擁護。政府高官は「マスコミは、他の取材してくださいよ」と余裕を見せた。
 自民内の批判の声も小さい。九州選出の若手はカタログを早速、妻に渡した。「返し方も分からない。生活に役立つものを注文しようかな」。政務三役の一人は「問題ないのにわざわざ報道するのは、首相をいじめたいだけ」と批判の矛先をメディアに向けた。
 自民の国対関係者は、国会審議への影響を懸念し「余計な悩みが増えて、ありがた迷惑だ。『政治とカネ』に絡む問題は必要以上に気を付けてほしい」と表情を曇らせるが、首相と距離のあるベテランでさえ「目をつむってやれよ。高市さんがかわいそうだろ」。
 関係者によると、首相は当初、うろたえた様子だったが、党内や世論の反応を確かめると「良かった」と胸をなで下ろし「何が悪いの」と開き直ったという。(以下略)(西日本新聞・2026/02/26)(https://www.nishinippon.co.jp/item/1462522/)
【夕歩道】前略、初当選の皆さま。大雪のころの高市旋風に続いて、関東では先日、春一番が吹いたそうですね。8日の衆院選で当選した新人議員は106人、全当選者(465人)の22%という多さです。
 このうち自民は66人。高市首相が自分以外の自民当選者(315人)に党支部から約3万円もするカタログギフトを贈ったとか。民間は切り詰めています。皆さんの金銭感覚が狂いませんように。
 本日は「二・二六事件」の日。1936(昭和11)年、青年将校のクーデター未遂です。完成前の国会議事堂前に兵士が並ぶ写真が残っています。そんな時代は嫌。お互いに歴史を学びましょう。(中日新聞・2026/02/26)
【有明抄】二・二六事件から90年 〈濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ〉。昭和・平成を代表する女性歌人斎藤史さんは、昭和15(1940)年に出した初の歌集にこの一首を収めた。詞(ことば)書(がき)にこうある。〈昭和十一年二月廿(にじゅう)六日、事あり。友等、父、その事に関る〉◆「事」とは二・二六事件である。斎藤さんの父・瀏(りゅう)は陸軍少将。クーデターを首謀した陸軍中尉・栗原安秀は、佐賀出身の父親が同僚だった縁で気軽に自宅を訪ねてくる間柄だった。このため事件を手助けした罪に問われることになる◆当時は不作が続き、農村の収入源だった蚕糸価格も暴落。税金は変わらず、地方に不満が高まっていた。〈政治に失望し、漠然と何かの変革を待ち望む心があった〉と斎藤さんは事件の背景を読み解いている。処刑された将校に、佐賀をはじめ地方出身者が多いのはそのせいだろう、と◆「反乱軍」とされた彼らは葬儀もできず、お骨が安置できなかった。相談を受けた旧鍋島藩の菩提寺で法要が営まれたというのも奇縁である。事件をきっかけに軍部は政治への関与を強め、日本は日中戦争、太平洋戦争へと突き進んでいく。それが決起した若者たちの望んだ道だったろうか◆そんな日本の分岐点となった事件から90年。「力による支配」が横行する世界はいま「濁流」の中にある。その流れつく先に何があるだろう。(桑)《佐賀新聞・2026/02/26》

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「令和維新」がもたらすものは?

 二・二六事件と二・〇八事件について 長年の友人に、本日(昭和18年2月26日)生まれの政治学者がいます。彼のおかげで、毎年、否応なしに、この日をぼくは想起させられてきました。それは「昭和維新」を謳って(騙って)、決起した青年将校の反乱でした。(経緯と概略は、以下の辞書の引用を参照してほしい)先般、2月8日投開票の衆議院議員選挙は、周知のように「自民党圧勝」でした。まさに「腐(不)敗党」ではありました。この結果を「歴史的勝利」と報じたメディアもあったほど、驚くべき「地すべり現象(landslide phenomenon)」が起こったともいえます。その選挙結果を云々(うんぬん)したいのではなく、有権者の投票(期日前投票も含め)行動そのものに、どんな「意味」というか、「意識」が込められていたかということを愚考しているのです。期せずして働いた「腐敗党勝利」は、「集団的無意識(Collective Unconscious)」のもたらしたものだったと思う。付和雷同や群集心理とも異なる、図らずも同方向に向かう、そんな集団心理(mass psychology)というものが存在するんですね。

 識者は色々な論評を加えますが、いずれも「隔靴掻痒(かっかそうよう)」のようで、「そうだったか」と膝を打つほどのものはなかった。政治にはずぶの素人であるぼくは、この選挙は、あえて言うなら「2・08事件」だったと見た。(その「呼称」の下敷きになっているのが「2.26事件」でした)もちろん、令和の「御世」の国政選挙ですから、これは軍事行動でもなければ、要人の暗殺事件を意図したものでもないことは言うを俟(ま)たない。しかし、誰が指揮したのかは別にして、いわゆる「右翼勢力」に想定外の「勝利」をもたらした、個々の選挙民の「投票への希望(それは、ほほ絶望に重なると思う)」は、まるで「昭和維新」を懇望して企てられた、九十年前の今日という日、無謀な「クーデーター(蹶起・決起事件)」を惹起したのと同じような「政治維新・刷新」の思いが込められていたかもしれないと思うからです。あえて言うなら、首謀者は「風」であり、「空気」だったとしかいいようのない、無定形(無定見)感覚のなせる業だったでしょう。

 各世代ごとに感じる時代意識、さらには個々人の時代感覚はけっして同じであるはずもありませんが、共通してみられると思われるのは「現状を、とにかく変えてくれ」「今のままでは耐えられない」、そんな思いだったでしょうか。「失われた三十年」の清算、あるいは自らの失地回復を選挙の投票に重ねたのかもしれません。どう考えたって、首相に最もふさわしいとは誰も(とは言えないけれど、多くはそう考えていたはず)見ていなかった、ひとりの「女性」に白羽の矢が立てられたのは、偶然だったけれども、今思えば、それは「必然」であったというほかないように、ぼくは考えています。有能・無能、美・醜などが問題なのではなく、誰だってよかった、とにかく「やりきれない現状」を変えてくれれば、変えてくれそうであれば、極右であっても極左であっても構わないという「圧倒的多数有権者の投票意思」があったのでしょう。(彼女は「似非(えせ)右翼」だと、ぼくは見ている、つまりは「右翼気取り」「右翼まがい」で、ほんとうのところは「左翼」であり、それを隠して、権力に近づいただけだと、昔からぼくは判定している)

 今回の「選挙結果」を、九十年前の「二・二六事件」になぞらえることは荒唐無稽だと、ぼく自身も知ってはいます。それでもなお、この国の現状が袋小路に入り込んでおり、国力を含めた「昔日の面影」が年一年と薄くなる事態に直面して、多くの有権者はやり切れない「日常的抑圧」「抜け出せない閉塞感」を痛感していたと思う。だからすごい政治家に望みを託して「生活刷新」を期待したのではなった。これまでの駄文でくり返し書いてきたように、現状が変えられるなら誰(犬猫)だって、起爆になるなら、なん(戦争)だっていい、そんな絶望的な「焦燥感」があったのだと思っている。この「奈良の女性」だから「いい方向に政治を向け変えてくれる」という光を見出していたとは微塵も思われなかった。一日も早く「亡国」へ、そんな願いさえ込められていたかもしれません。これが投票に表れた「(絶望的)令和維新」の決行だったでしょう。集合的無意識というものが、時には強烈に作用するということです。この社会は、ある種の得体のしれない、実体のない「風・雲」に唆(そそのか)されているのだ。

 どこから考えても、この政治家は「嘘」と「見栄」で重装備していることは誰もが知っていると思う。知ってか知らずかではなく、この無免許運転手の運転する車に乗れば、凄惨な「大事故」が起こることは誰もが直感していたのです。にもかかわらず、その車に乗ろうとした、乗りたがった、その点において、今回見られた有権者の選挙(投票)行動は武器を持たない「無手勝流」の「謀反」「現状打破・破壊」だったとぼくは考えてしまうのです。彼女が無能であろうが、嘘つきであろうが、金に汚い政治家であろうが、法律を無視して政治活動をしようが、カルト集団と深いつながりがあっただろうとしても、有権者は、そんなものはどこ吹く風と、一顧だにしないのでしょう。いわば、有権者の多数が「自暴自棄」になった結果であり、それをうまく機能させたのが「小選挙区制」という政治制度の差し金(悪戯)だったということです。

 では、その次になにが起こるのか。予断は禁物ですが、ぼくの想定ではやはり、歴史上の「二・二六」の後、この国の為政者がたどった道を、再びこの国は選ぶのではないでしょうか、もう選んでしまっていますね。行きつくところまで行くのか、その途次で「(多くが)覚醒する」のか。ぼくは「毒を食らわば皿まで」「乗り掛かった舟」ということわざの示唆するところに傾いています。(いずれ、この「荒唐無稽」論の詳細は、稿を改めて駄弁るつもりです)

(どうでもいいことですけれど、現首相が先般の選挙で当選した「自党議員全員」にカタログギフトを配布したという報道で、気になっていたので、前首相にも「カタログギフトは届いたかどうか。届いたとして、その後の処置はどうされたか」をメールで問い合わせましたが、実に頓珍漢な「自動返信メール」が帰ってきました。「前 I 首相ももらったんだ、それを返しもしない」ままだと、ぼくは直感しました。実にむなしい政治状況ですな。「堕ちろ 堕ちろ」と安吾氏に倣って(「堕落論」)、ぼくは言うばかり)

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 「半年のうちに世相は変った。
しこ
御楯
みたて
といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋
やみや
となる。ももとせの命ねがはじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。けなげな心情で男を送った女達も半年の月日のうちに夫君の位牌
いはい
にぬかずくことも事務的になるばかりであろうし、やがて新たな面影を胸に宿すのも遠い日のことではない。人間が変ったのではない。人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ「人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない」

 「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱ぜいじゃくであり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」(安吾「堕落論」「坂口安吾全集14」ちくま文庫所収、筑摩書房 1990(平成2)年6月26日第1刷発行)

◎ 坂口安吾【さかぐちあんご】= 説家。本名炳五(へいご)。新潟市生れ。代議士坂口仁一郎(五峰)の五男。東洋大印哲卒。1931年《風博士》《黒谷村》で認められたが,観念的な作風のため一般には親しまれず,戦中の卓抜なエッセー《日本文化私観》《青春論》で注目された。エッセー《堕落論》,小説《白痴》で戦後の混乱期の人びとの心をとらえ一躍流行作家となった。偽善より堕落をよしとする野人精神を発揮して太宰治,織田作之助らとともに〈無頼(ぶらい)派〉と呼ばれた。ほかに《桜の森の満開の下》,推理小説《不連続殺人事件》,エッセー《安吾巷談》。《坂口安吾全集》12巻がある。1906-1955。(百科事典マイペディア)

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二・二六事件 (ににろくじけん)
 1936年2月26日に起こった皇道派青年将校によるクーデタ。満州事変開始前後から対英米協調・現状維持的勢力と,ワシントン体制の打破をめざし国家の改造ないし革新をはかる勢力との抗争が発展し,さらに後者の最大の担い手である陸軍内部に,国家改造にあたって官僚・財界とも提携しようとする幕僚層中心の統制派と,天皇に直結する〈昭和維新〉を遂行しようとする隊付青年将校中心の皇道派との対立が進行した。1934年士官学校事件による皇道派の村中孝次(たかじ)・磯部浅一の免官,35年7月皇道派の総帥真崎甚三郎教育総監の罷免,8月相沢三郎中佐による統制派のリーダー永田鉄山軍務局長の暗殺などで,両派の対立は激化の一途をたどった。皇道派青年将校は,拠点である第1師団の満州派遣が決定されると,現状維持派の政府・宮廷の要人および統制派の将領を打倒する〈昭和維新〉の決行につきすすんだ。(↷)
 36年2月26日早暁,皇道派青年将校は歩兵第1・第3連隊,近衛歩兵第3連隊など1473名の兵力を率い(ほかに民間人9名が参加),おりからの降雪をついて,要人を官邸または私邸に襲撃した。栗原安秀中尉の部隊は首相官邸で首相秘書の松尾伝蔵予備役陸軍大佐を殺害,これを岡田啓介首相と誤認した(岡田は女中部屋の押入れに隠れ,翌日弔問客にまぎれて脱出した)。坂井直(なおし)中尉の部隊は斎藤実内大臣と渡辺錠太郎教育総監を,中橋基明中尉の部隊は高橋是清蔵相をいずれも殺害し,安藤輝三大尉の部隊は鈴木貫太郎侍従長に重傷を負わせた。また野中四郎大尉の部隊は警視庁を,丹生誠忠(にゆうよしただ)中尉の部隊は陸相官邸付近をそれぞれ占拠し,襲撃を終えた他の部隊とともに麴町区南西部の政治・軍事の中枢を制圧した。さらに栗原らは反軍的とみなした東京朝日新聞社を襲って,活字ケースをひっくり返した。このほか河野寿(こうのひさし)大尉らの別働隊が湯河原滞在の牧野伸顕元内大臣を襲撃したが失敗し,牧野は脱出した。村中,磯部らは川島義之陸相に面会を強要し,国家改造の断行を迫った。真崎,荒木貞夫大将,香椎浩平(かしいこうへい)東京警備司令官らは決起に同情的態度をとり,決起を容認するかのような文言の陸相告示が出され,クーデタ部隊は〈警備部隊〉に編入,さらに27日午前3時東京市を区域とする戒厳令の施行によって〈麴町地区警備隊〉となり,兵站給養をうけた。しかし青年将校らは軍首脳部の〈善処〉をあてにして,蜂起後の計画を明確に立てておらず形勢の逆転を許した。(↷)
 天皇は重臣殺傷に激怒し,海軍も激しく反発,杉山元(はじめ)陸軍次官,石原莞爾(かんじ)作戦課長らの陸軍主流はカウンター・クーデタの方向に結集した。27日〈占拠部隊〉撤収の奉勅命令が下され,28日〈反乱部隊〉武力鎮圧の命令の下達により,29日約2万4000の大軍が反乱軍を包囲し,戦闘態勢をとるとともに,ラジオ放送や飛行機のビラなどで帰順を勧告した。青年将校らは奉勅命令に動揺し,目的をよく知らされないまま連れ出された下士官・兵士は〈兵に告ぐ〉の呼びかけをうけて続々と帰順,青年将校らは逮捕された。また皇道派の理論的指導者北一輝および西田税(みつぎ)らも逮捕され,クーデタは失敗した。(↷)
 陸軍首脳部は当初反乱を容認するかのような措置をとった失態を隠し,事件に対する非難をそらすため,青年将校らを極刑に処す方針をとり,一審制・非公開・弁護人なしの特設軍法会議で,7月5日17名に死刑の判決を下し,12日うち15名を処刑,翌37年8月19日北,西田,村中,磯部を死刑に処した。この間〈粛軍〉人事により皇道派系分子は一掃され,寺内寿一(ひさいち)陸相ら新統制派が陸軍主流として実権を掌握し,事件の威圧効果を利用して広田弘毅内閣の組閣に干渉,軍部大臣現役武官制復活など軍部の政治的発言力の著しい強化をもたらした。結局,統制派的勢力は,皇道派のクーデタを利用したカウンター・クーデタにより,皇道派を屠(ほふ)るとともに対英米協調的勢力を屈伏させ,圧倒的優位を築いたのである。(改定新版 世界大百科事典)

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 《「行動、間違いなかった」将校からの手紙 1936年に起きた「2・26事件」に参加した将校からの手紙を、元毎日新聞浦和(現・さいたま)支局長の石綿清一さん(94)=さいたま市浦和区=が保管していることが分かった。首謀した青年将校らに思想的影響を与えたとされる国家社会主義者・北一輝(きた・いっき)(1883~1937年)をたたえる内容で、事件から半世紀以上が過ぎた91年に受け取った。事件を「昭和維新」と記した文面などに、石綿さんは「『自分たちの行動に間違いはなかった』と思い続けていたのだろう」と思いを巡らせた。/手紙の差出人は埼玉県寄居町に住み、2006年に96歳で亡くなった麦屋清済(むぎや・きよずみ)さん。事件では斎藤実内大臣の襲撃に参加し、裁判で無期禁錮の判決を受け、42年に出所した。》(毎日新聞・2017/02/26)

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なれど 骨は骨 骨は聞きたかった

 「戦死やあわれ / 兵隊の死ぬるやあわれ」と謳った竹内浩三は24歳で潰(つい)えました。まさに「戦士やあわれ」だった。もちろん、戦争で死ぬ(殺される)のは兵士だけではない。「戦士やあわれ / 民の死ぬるやあわれ」です。兵士以上に、より多くの民衆は「殺される」のです。ロシアがウクライナに侵略を開始して四年が経過した。終わる気配がないのは、ひとえにロシアの不義によるでしょう。この東海の小島は、ウクライナ支援にそれなりの貢献をなしているという。しかし、どうして手を尽くして「戦争を終わらせる外交」をしないのでしょうか。ことあるごとに「戦争による唯一の被爆国」を標榜します。その「被爆国」が、原爆を投下した国のお尻を、「嬉々として舐(な)めている」こと(それを、為政者は「国是」という)に、ぼくは抑えようのない怒りをたぎらせ続けている。

 もちろん、ロシア軍にも多大な兵士の犠牲者がいます。一説によると百万を優に超えているという。文字通り「戦士やあわれ 兵隊の死ぬるやあわれ」ではないですか。この一事で、ぼくは「国家不要論」、それと同じことではありませんが、「無政府主義」の立場に立ち続けます。戦争をする国の一員であることは自分に許しがたいこと。ぼくは日本人であるらしいが、日本国民であることを、誇らしいと思ったことは一度もない。

 本日の「余録」にもぼくは万感の思いを寄せる。「ウクライナの民間人死者数は1万5000人、うち子どもは760人を超える▲その一人一人に顔があり、名前があり、歴史がある」、その死者への弔い(追悼)の気持ちを表すウクライナ選手に、IOCは「黒い腕章で弔意を示しては」と提案した。この時、IOCはどこに立っていたのでしょうか。なにを虞(おそ)れて、姑息な方途を命じようとしたのでしょうか。もちろん「同意」しなかった選手は「失格」とされた。ぼくは極論の持ち主であることを隠しません。明らかな「二重基準(double standards)」を持ち、当事国の一方の肩を持つIOCは、自身が政治的判断を下しているにもかかわらず、個々人の政治的・宗教的信条を容認しない、その理由は何でしょうか。

 なにはともあれ、ロシアの侵略は続き、「哀れな戦死者」は増え続けています。厳寒の熱源攻めは、命の綱ともいえる「燃料」をはじめとするライフラインの根絶を狙っている、このロシアの得体のしれない非人道の攻撃に背筋が凍り付いていますが、それでもなお、ぼくは、ささやかな気持ちを持ち続けて、なおウクライナの側に立つ。

【余録】ウクライナの9歳の女性柔道選手、ビクトリア・イバシュコさんは初めての大会で優勝したばかりだった。首都キーウへのロシア軍のミサイル攻撃で自宅から防空壕(ごう)に避難しようとして破片が当たった▲14歳のアリーナ・ペレグドワさんは女性重量挙げ選手。17歳以下の国内選手権で優勝し、五輪を目指していた。ドネツク州の港湾都市、マリウポリでロシア軍の砲撃を受け、母親と共にがれきに埋もれた▲ヘルメットに描かれた肖像画には2人も含まれていた。閉幕したミラノ・コルティナ冬季五輪スケルトン男子のウクライナ代表、ウラジスラフ・ヘラスケビッチ選手。犠牲になったアスリートを追悼するため、着用を求め、失格になった▲ロシアのウクライナ侵攻から4年。米シンクタンクなどの推計ではロシア軍の死者は32万人、ウクライナ軍は14万人。ウクライナの民間人死者数は1万5000人、うち子どもは760人を超える▲その一人一人に顔があり、名前があり、歴史がある。黒い腕章で弔意を示してはという国際オリンピック委員会の妥協案を受け入れず、信念を貫いたヘラスケビッチ選手の気持ちは理解できる▲戦争の終わりが見えないまま、その始まりから目を背けるような動きが強まってはいないか。ロシアの責任を問おうとしないトランプ米大統領の姿勢も影響しているのかもしれない。3月6日からのパラリンピックではロシア国旗が復活する。賛成多数で資格停止処分が解かれたそうだが、なんだか釈然としない。(毎日新聞・2026/02/25)
骨のうたう 竹内浩三

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるやあわれ
とおい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

苔いじらしや あわれや兵隊の死ぬるや
こらえきれないさびしさや
なかず 咆えず ひたすら 銃を持つ
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なにもない 骨
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や 女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨は骨 骨は聞きたかった
絶大な愛情のひびきを 聞きたかった

それはなかった
がらがらどんどん事務と常識が流れていた
骨は骨として崇められた
骨は チンチン音を立てて粉になった

ああ 戦場やあわれ
故国の風は 骨を吹きとばした
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった
なんにもないところで
骨は なんにもなしになった
(「竹内浩三全作品集 日本が見えない 全1巻」
藤原書店:2001(平成13)年11月30日初版第1刷発行)

◎ 竹内浩三 たけうち-こうぞう(1921-1945)= 昭和時代前期の詩人。大正10年5月12日生まれ。日大芸術科にまなぶかたわら,同人誌「伊勢文学」に詩や散文を発表。昭和17年繰り上げ卒業で入隊し,茨城県西筑波の滑空部隊に配属され,20年4月9日フィリピンで消息をたった。25歳。戦後,遺稿をまとめた「愚の旗」「筑波日記」「竹内浩三全集」などが出版された。三重県出身。【格言など】戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ/遠い他国でひよんんと死ぬるや/だまつて だれもいないところで/ひよんと死ぬるや(「骨のうたう」)(で示達版日本人名大辞典+Plus)

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良心を全世界に余すことなく伝えた

【産経抄】「追悼ヘルメット」選手の勇姿、世界の人々の心に刻まれた ミラノ・コルティナ冬季五輪の17日間の熱戦に心躍らされた。銀盤上の美しいスピン、青空の下、空中で身体を複雑に捻(ひね)る華麗な舞い…。ただ、ロシアの攻撃で死亡した仲間の遺影を描いた「追悼ヘルメット」で注目を浴びたウクライナ代表、ヘラスケビッチ選手に改めて触れずにはいられない。▼彼の生き方は、ナチスドイツの絶滅収容所に入れられながら生還し、名著「夜と霧」を書き上げた精神科医、V・E・フランクルの言葉を想起させる。<人は強制収容所に人間をぶちこみ全てを奪っても、与えられた環境でいかに振舞うかという人間としての最後の自由だけは奪えない> ▼五輪開会式と同時に、コルティナダンペッツォで行われた入場行進で、旗手まで務めた者としての責任を貫き通したヘラスケビッチ選手に対し、母国のゼレンスキー大統領は「自由勲章」授与で報いた。▼同国のシビハ外相は、国際オリンピック委員会(IOC)が見せた対応をこう明かす。「IOCは『世界にある130の紛争の1つについて沈黙すべきだ』と私たちの選手を脅し、蔑(さげす)み、さらには説教までした」。そして語気を強める。「後世の人々は、これを恥の瞬間として記憶するだろう」 ▼ウクライナ政府によれば、露軍侵略の4年で選手・コーチ約650人が命を落とし、スポーツ施設約800カ所が破壊された。悲惨さに言葉もない。露軍は今冬、エネルギー施設まで徹底破壊した。年配者や幼子は酷寒の夜、暖もなく、打ち震えている。ロシア指導者の体に温かな血は流れているか。▼ヘラスケビッチ選手は母国の苦しみ、人間としての良心を全世界に余すことなく伝えた。たとえ記録は残せずとも、その姿は人々の心に深く、刻まれた。(産經新聞・2026/02/23)
(*ヘッダー写真は「失格処分を受け、ヘルメットを手に記者会見するスケルトン男子ウクライナ代表のウラジスラフ・ヘラスケビッチ=2月12日」、イタリア・ミラノ(共同))

 昨日付の産経新聞コラム「産経抄」に強い賛意を表します。これもまた「産経新聞」の一部です。ここにフランクルを出し<人は強制収容所に人間をぶちこみ全てを奪っても、与えられた環境でいかに振舞うかという人間としての最後の自由だけは奪えない>という肺腑の言葉を、ウクライナの選手の行動に重ねています。さすれば、いかにも「平和の祭典」「自由の謳歌」とされている「五輪開催」が、まやかしに満ちているものであるか、「自由を満喫できる」のは、IOCという、金まみれの「怪物団体」の理不尽な命令に従順な国や選手たちだけということを暴いてくれた「ウクライナ選手の行動」に、諸君、注目したまえと言ってくれているようでした。 「ヘラスケビッチ選手は母国の苦しみ、人間としての良心を全世界に余すことなく伝えた」と産経抄氏は書く。ヘラスケビッチ選手の今回の言動において、ぼくは「オリンピックでは、勝つことよりも参加・参与することにこそ意義がある(Participation is more important than winning)」ということを、深く教えられているのです。

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 もう一度、「五輪と政治」という視点で、愚見を書き散らします。「何のためのスポーツか」という立場で考えれば、それは個々の選手の好みや信条に応じて、いくらでも述べられるでしょう。確かに「スポーツは一人の人間の権利」に属しますけれど、現実にはいろいろな制約や抑圧があることは隠れもない事実です。「オリンピックは勝つことよりも参加することに意義がある」といったのは誰でしたか。勝ち負け以上に、それには比べるべくもない田シャウトの交わり、交友というものが「世界平和」にどんなに大切なものであることかと、教えてくれているように僕には思われます。もちろん、それにはいくつかの説があるようですが、ここでは次の引用を参考にします。

 「1908年ロンドンオリンピックでの綱引きの競技においてイギリス代表とアメリカ代表の試合が行われたのであるが、この際にイギリス代表は警察官が主なメンバーであり、靴の底に鋲を打った靴を使用していた。これに対してアメリカ代表は抗議をしたものの、審判はこの抗議を拒否したために、アメリカ代表はこれに不服として棄権をした。このようにしたアメリカ代表に対してエセルバート・タルボットが送った言葉が「参加することに意義がある」であった。それから後の時代にピエール・ド・クーベルタンは、参加することに意義があると述べたことに加えて、人生で重要なのは、成功することではなくて努力することである。大切なことは勝ったことではなくて、よく戦ったということですという言葉も添えた」(Wikipedia)

 この発言もいろいろに解釈できますね。当然のことで、人それぞれに、参加する動機や目的は異なるのでしょうが、それがやがて、ほぼ同じような「参加意識」に固まってくるのは避けられなかった。今では「参加することに意義がある」という人はほとんどいなくなり、「参加して勝つことに価値がある」という「狭隘な」袋小路の中の価値観に変質してきたでしょう。「スポーツにおける勝利主義」「運動における立身出世」とでもいうような捉え方が圧倒的になりました。それを否定するつもりは、ぼくにはない。しかし、そんな「勝たねばならぬ何事も」は、多くの落とし穴を隠していることもまた事実です。「勝つためには手段を択ばない」という風潮は、どこにもあるのではないですか。よくプロの選手は「勝ってなんぼのもん」という現金主義をひけらかします。

 もちろん、表向きは、五輪選手はアマチュアです、と言えないところに今日的問題が巣くっているのでしょう。メダルの色によって「賞金額」「報奨金」が異なり、世間の評価が異なるという事情もあるらしい。つまり、五輪は時代とともに、選手や関係者、関係国において、その意味や価値を、金銭的・特権的尺度を中心に据えるように激しく変えられてきたということです。今はもう、「スポーツの限界」を超えていると、ぼくなどは考えている。「ドーピング」や「性転換」選手の問題などなど、「勝たねばならぬ」戦闘意識によって、まるで一発勝負の闘技に傾きすぎる時代の勢いはとどまるところを知らないようです。

 さらに加えて、表現は美しくありませんけれど、選手も、競技会場も「広告・宣伝(コマーシャリズム)」のための「掃き溜め(rubbish heap)」になっている。その「広告・宣伝」の主体に、さらに国家が加わってきたと言ったらどうでしょうか。商業主義の上に国家主義がかぶさって、身動きが取れない事態に陥っている、それが「五輪の今日の姿(実体)」だといえませんか(スポーツ界の「国連みたい)。「中(あた」らずと雖(いえど)も、遠からず(Although it’s not accurate, it’s not far off)」「何が何でも勝たねばならぬ」という覚悟が間違いでないのは確かですよ。国(国家)もまた、その威信にかけて五輪に向かう気概(国家意思)を隠さないのですから、国税をつぎ込んで強化されている「選手」もまた、その犠牲者になることは避けられないでしょう。各種スポーツ関係団体は、昔風にいうなら、「在郷軍人会」「国防婦人会」のような「際物(圧力団体でもある)」で、これなくして戦意・戦勝の持続は保たれなかったように、各種組織委員会・競技委員会があればこそ、「五輪ファースト」は維持されてきたのでしょう。

 繰り返しますが、国旗を背中に背負って参加する以上、それはある種の「戦争」になるほかないでしょう。それなのに、五輪は「平和の祭典」だから、政治や紛争を持ち込むなという「建前」「空論」が後を絶たない。IOCがそれを「金科玉条(golden rule)」としていること自体、笑止千万ですね。今のままでは、金がかかりすぎて、継続が困難となるのは目に見えているし、商業主義を野放しにすれば、金満国家が五輪を「拉致」「拘束」するのは火を見るより明らかでしょう。今だって、その惧(おそ)れなしとしません。

 五輪における政治主義を排除しようとするなら、会場などには国旗や国歌は一切持ち込み禁止、政治家が安易に五輪にかかわることも禁止するなど、少なくとも政治・政治家を排除する方途はいくらでもあると思う。(ぼくは、こんな五輪は止めたらいいという考えを、早くから持っている。各種競技の選手権大会・競技大会は既存のもので十分に運動精神を満たせるものがあると思う)(このように書きましたが、スポーツもまた、一面では「政治の一つ(一つの政治)」でもあることを忘れたくありません)(左の写真は「東京五輪2020」の開催が決まった瞬間の「狂喜乱舞」の一場。ここには元首相が三人も飛び撥ねているし、その他たくさんの「五輪」界隈の人間たちが蠢(うごめい)いていました。アマチュアリズムを踏みにじり、足蹴にしていませんか)

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 (以下は東京新聞の「五輪と政治」関連記事。この問題の現時点における問題整理(まとめ)としてはよく書かれていると思いましたので、引用しました)

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五輪は「平和の祭典」か「政治の道具」か トランプ氏はロスで、ヒトラーのベルリン五輪再現を狙ってないか  

 華麗な氷上パフォーマンスと、メダル獲得に沸くミラノ・コルティナ冬季五輪。世界をみれば紛争はやまず、ロシアによる侵攻が続くウクライナの選手は、戦死者を描いたヘルメットの着用を競技で認められず失格に。移民排斥を推し進める政権への抗議が拡大する米国では、2年後に夏季五輪開催を控える。多様なルーツの選手たちが集まる「平和の祭典」の価値が問われている。(中川紘希、中根政人)(上掲写真も東京新聞)

◆ヘラスケビッチ選手「犠牲者がいるからこそ、自分はここにいる」
 国際オリンピック委員会(IOC)が12日明らかにしたスケルトン男子のウクライナ代表、ウラジスラフ・ヘラスケビッチ選手(27)の失格処分。同選手は「とても失望している」と吐露し、処分取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したが、これも棄却された
 ロシアの攻撃で命を落とした母国のアスリートたちを描いたヘルメットを着用しての競技は、選手の表現に関するガイドラインに抵触すると判断された。ウクライナのゼレンスキー大統領は「彼の行動を誇りに思う」とたたえ、勲章の授与を発表した。
 同選手は処分前、米メディアの取材に対し「犠牲者がいるからこそ、自分は今日ここにいることができ、彼らを裏切るつもりはない」と決意を語っていた。 (中略) (↷ に続く)

                                                                                                                                                 
◆代表選考で「権力に批判的な意見の選手を排除しかねない」
 (中略)
 五輪につきまとう政治とナショナリズムの影。2028年の夏季五輪が開かれるロサンゼルスは、トランプ氏が敵視する民主党の支持者が多いカリフォルニア州の中心都市だ。しかも次期米大統領選の直前の開催となる。
 上智大の前嶋和弘教授(米国政治外交)は「トランプ氏には、ヒトラーのベルリン五輪を彷彿(ほうふつ)とさせるような、国威発揚のための五輪にしようとする意図がある。スポーツを政治の道具と考えている」と主張する。米国代表の選考に関しても「トランプ氏に批判的な意見の選手を排除しかねない」と訴える。
 舛本直文・東京都立大客員教授(オリンピック研究)は、トランプ氏の存在自体が五輪が掲げる「平和」を阻害する要因だとして、ロサンゼルス五輪を巡る環境に対して強い危機感を抱く。
 「五輪とは、平和を希求するための取り組みだ。この理想を取り下げてしまえば、戦争や紛争ばかりの世界でいいのかということになってしまう。理想を捨ててはいけない」


◆デスクメモ
 1968年メキシコ五輪表彰台。黒い手袋をはめた拳を突き上げて米国での黒人差別に抗議し、大会を追われた陸上選手らがいた。五輪が国威発揚や大国のPRに利用されてきた一方で、追悼のヘルメットも認められないのはモヤる。メダルより大切な尊厳の意思表示と受け止めたい。(恭)(東京新聞「こちら特報部」・2026年2月19日 06時00分)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/469693

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Peace ! Towards the distant horizon

IOC、ナチス時代の五輪扱ったTシャツを販売 批判集中(CNN) ナチスドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーがナチス思想を誇示する場として利用した1936年ベルリンオリンピック(五輪)を記念する商品を販売しているとして、国際オリンピック委員会(IOC)に批判が寄せられている。
ミラノ・コルティナ冬季五輪の開催で注目を集める五輪公式サイトには、物議を醸したナチスの五輪を扱った男性用Tシャツが掲載されている。IOCの「ヘリテージ・コレクション」の一部とされ、現在は「在庫切れ」と表示されている。
このTシャツは、フランツ・ビュルベルがデザインを手掛けた大会のオリジナルポスターをあしらったもの。月桂樹(げっけいじゅ)の冠をかぶった男性アスリートの背後に五輪のリングが描かれ、その下にブランデンブルク門、さらには「ドイツ・ベルリンの1936年五輪大会」との説明が付されている。
五輪公式サイトに設けられたヘリテージ・コレクションのランディングページには、「五輪の各大会はそれぞれ、人類をたたえる目的で世界が結集した歴史上唯一無二の時と場所を反映している」との記述もある。
ヒトラーはナチスの政権掌握から3年半後に開催されたベルリン五輪を、ナチスを宣伝する一大スペクタクルとして利用した。「アーリア人」選手の人種的優越性を誇示しようとする一方、アフリカ系米国人の参加者については「非人間的」だとして公然と蔑視した。
それでも、大会の主役となったのはアフリカ系米国人のジェシー・オーエンスさんだった。オーエンスさんはナチス式敬礼をする人々に囲まれながら表彰台に上がり、4個の金メダルを授与された。
クリスティン・シュミット氏は、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)関係の資料を所蔵する世界最古のアーカイブ、英ウィーナー・ホロコースト図書館の共同責任者を務める。
シュミット氏はCNNに対し、「ナチスは抑圧的な政権を世界に誇示する目的で1936年の五輪を利用した。国際関係の修復を狙う一方で、ほぼすべてのドイツ系ユダヤ人選手の出場を阻み、ベルリンに住んでいたロマ人およそ800人を拘束した。さらに反ユダヤ主義の激しい暴力や宣伝の痕跡を世界の来訪者の目から隠した」と指摘した。
そのうえで「ファシズムや反ユダヤ主義を掲げたナチスのプロパガンダは大会の広報にも浸透しており、海外のユダヤ人アスリートの多くは出場を見合わせた。これらの大会を美的に評価することを、その後に続いた惨劇から簡単に切り離すことができるのか、IOCは検討すべきだ」との見方を示した。(BBC・2026/02/14)                                                   

 この駄文を書きだす直前まで、ぼくはN✖Kの「ラジオ深夜便」を聞いていましたが、4時半前に電源を切りました。「ミラノ五輪」冬季大会の「閉会式」の放送が始まるというアナウンスがあったからです。今朝 4 時半からの閉会式で、五輪大会は終わるとニュースは伝えています。昨日も駄弁りましたが、ぼくはテレビでもラジオでもネットでも、まず「五輪報道」は見ない・聞かないことにしています。理由は単純、「なんで背中に国旗を背負うんですか?」断るまでもなく、ぼくはスポーツ大好き人間ですけれど、反対に国旗(日の丸)・国歌(君が代)はあまり好きではない人間です。好きな運動に嫌いな「国家」が絡んできたら、スポーツ(競技)を見ないことにします。まあ、どういっても「詮方なし」ということ。今次の大会でも、ウクライナのスケルトン選手の「追悼ヘルメット」着用が禁止され、それに従わなかったヘラスケヴィッチ選手は「失格」となったといいます。

(⇧写真:「1936年ベルリン五輪の開会式でのアドルフ・ヒトラー)(BBC・同上)                                              (ヘッダー写真はNUMBER Web・https://number.bunshun.jp/articles/-/848439?page=1

 「追悼ヘルメット」は、五輪憲章に違反すると、IOCいいますが、その主張はいつでも「首尾一貫」していたとは思われない歴史があります。詳細は省きます。今回の大会でも、戦争(侵略)当事国や「武力で他国を侵略した国」の参加を認めています。この矛盾には目をつぶり、選手個人の行為に目くじらをたてる、そんな「(二重基準の)スポーツ大会」は、少なくともぼく個人に関しては、観戦をボイコットするに限りますね。五輪だけではありません。すべからくスポーツにはスポーツ精神によって受け止めるべし、というべきもので、そこに国家の意図や命令が入ること自体が、スポーツの冒涜であると、ぼくは昔から考えてきました。大学に入学した年の10月には、東京五輪が開かれました。その時でも、各競技を熱心にテレビ観戦したという記憶はありません。「東洋の魔女」などという呼称そのものに、ある種の「胡散(うさん)臭さ」を感じていました。もちろん、「バレーボール」そのものを嫌っていたわけではなく、その競技や試合、あるいは選手たちに、必要以上の「添加物(国の代表?)」を加える報道姿勢に大いなる違和感を覚えていたというのです。

 (右写真:「1968年夏季オリンピックの200メートル走後、表彰台で拳を突き上げる金メダリストのトミー・スミス(中央)と銅メダリストのジョン・カルロス(右)。二人ともオリンピック人権プロジェクトのバッジを着用している。オーストラリアのピーター・ノーマン(銀メダリスト、左)も、スミスとカルロスへの連帯を示すOPHRバッジを着用している」(Wikipedia)(この出来事に好いて、ぼくはどこかで触れています。メキシコからの帰国後、二人の黒人選手はアメリカ社会からの「抑圧」を長年にわたって受け続けたのでした)


The american sprinters Tommie Smith, John Carlos and Peter Norman during the award ceremony of the 200 m’s race at the Mexican Olympic games. During the awards ceremony, Smith and Carlos protested against racial discrimination: they went barefoot on the podium and listened to their anthem bowing their heads and raising a fist with a black glove. Mexico City, Mexico, 1968 Mexico city, Mexico, 1968(Wikipedia)
Black Power Salute ブラックパワー・サリュートとして有名なものは、1968年メキシコシティーオリンピックにおいてアフリカ系アメリカ人選手のトミー・スミスとジョン・カーロスが行ったものであり、また、近代オリンピックの歴史において、もっとも有名な政治行為として知られた。
1968年10月17日に行われた男子200メートル競走において、トミー・スミスが優勝(米国、19秒83、世界記録)、ピーター・ノーマンが2位(オーストラリア、20秒06)、ジョン・カーロスが3位(米国、20秒10)になり[1][2]、同日夕刻に表彰式が行われた。
スミスとカーロスは、米国における差別による黒人の貧困を象徴するため、シューズを脱いで黒いソックスを履いた姿で表彰式に臨んだ[1]。さらにスミスは黒人のプライドを象徴する黒いスカーフを首にまとい、カーロスはクー・クラックス・クランなどの白人至上主義団体によるリンチを受けた人々を祈念するためロザリオを身につけていた[2]。一方、二人とともに表彰式に臨むことになったノーマンも、表彰式前に二人の様子を見て行動に賛同し、二人がつけていた「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(英語版)(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)」のバッジを受け取り、胸につけた[1]。また、スミスとカーロスが黒いグローブを片手にしかはめていない理由は、カーロスが自身のものを持参し忘れたので、ノーマンがスミスの左右一組のグローブを二人で分かち合うよう提案したためであり、スミスが右手に、カーロスが左手にはめた[2]。
シューズを脱いで手に持ち、黒いソックスを履くなどしているスミス(壇上)たち。
表彰式において、三人がそれぞれメダルを授与されたあと、アメリカ国歌が演奏され星条旗掲揚されている間中、スミスとカーロスは目線を下に外して頭を垂れ、黒いグローブをはめた側の握りこぶしを高々と突き上げた[1]。会場の観客からは歓声とブーイングが巻き起こり、この時の様子は世界中のニュースで取り上げられた[1]。
後にスミスは「もし私が勝利しただけなら、私はアメリカ黒人ではなく、ひとりのアメリカ人であるのです。しかし、もし仮に私が何か悪いことをすれば、たちまち皆は私をニグロであると言い放つでしょう。私たちは黒人であり、黒人であることに誇りを持っている。アメリカ黒人は(将来)私たちが今夜したことが何だったのかを理解することになるでしょう。」とこの時のことを語っている。(以下略)(Wikipedia)

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 五輪大会における最大の障害物は、ぼくの個人的意見からするなら「国旗」「国歌」の扱われ方でした。「日の丸」、「君が代」に特別の悪感情を持つものではありませんけれど、五輪における勝利が「国家」への奉仕だという意味合いを持たせているのなら、それはおかしい、間違っているとさえ思われてきます。これをとやかく言う気もないけれども、今日政治権力の近傍に「五輪メダリスト」が蝟集しているさまは何を示しているのでしょうか。商業主義に毒され切っているIOCが、選手の個々人の真摯な主張を恣意的に判断し、「五輪憲章違反」だとするような姿勢は、あまりにも政治的じゃないですか。

(左写真:ウラジスラフ・ヘラスケヴィッチ選手のヘルメットには、戦争で亡くなったウクライナのアスリートたちの写真があしらわれている)(BBC・2026/02/12)

《ミラノ・コルティナ・オリンピック(五輪)で、ウクライナのスケルトン男子選手が着用しているヘルメットが議論を呼んでいる。ロシアによる全面侵攻で殺されたアスリートらの写真をちりばめていることが問題視され、国際オリンピック委員会(IOC)が使用禁止を通告。しかし、同選手は11日の練習でもこれをかぶり、今後も使い続けると表明している。/スケルトン男子は12日に予選が始まり、13日に決勝がある。ウラジスラフ・ヘラスケヴィッチ選手(26)は9、10両日の練習で、問題となっているヘルメットを着用。この日もかぶり続け、「これらのアスリートは競技場に立つに値するからだ」と述べた。/IOCは、このヘルメットがオリンピック憲章に違反するとし、使用を禁止した。同憲章の規則50条2項は、「オリンピックの用地、競技会場、その他の区域ではいかなる種類のデモも、政治的、宗教的、人種的な宣伝も許可されない」と定めている。(以下略)》(https://www.bbc.com/japanese/articles/cjd9ly04r17o

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*参考資料 「五輪の父でさえ「女性参加は不快で間違っている」…女性はどうやって“オリンピックの性差別”と戦ってきたのか? オリンピックは勝つことではなく参加することにこそ意義がある」/誰もが耳にしたことがある言葉だろう。この名言を述べたのは古代オリンピックを近代に復興させ、「近代オリンピックの父」と呼ばれているピエール・ド・クーベルタンだ。クーベルタンはIOC(国際オリンピック委員会)の初代事務局長を務め、五輪のマークを考案したことでも知られる。/そのクーベルタンはこんな発言もしていた。/「女性をオリンピックに参加させることは、実際的でなく、面白くなく、不快で、間違っている」/彼はさらにこうも述べた。/「女性の誇りは、産む子供の数とクオリティーを通してはっきりと表に現れる。そしてスポーツについて言えば、女性の素晴らしい偉業は、自分の記録を出すことではなく、息子たちを勝利に向けて励ますことだ」/クーベルタンは、オリンピックは男性のためにあるスポーツの祭典であり、女性はオリンピックに出場できるような優秀な男子をたくさん産めばいいと考えていたのである。あからさまな女性差別だが、女性参政権がなかった時代である。彼の発言に違和感を覚える人はあまりいなかったのかもしれない。(以下略)(NUMBER /2021/03/02)(https://number.bunshun.jp/articles/-/847213?page=1

 余談ですが、本人は真剣でもあります。五輪会場内にはいかなる「国旗」も持ち込みを禁じるべきだと思う。どうして、国旗を先頭に入場するのが「平和の祭典」なのか、ぼくには理解不能。スノボーやスケートの技を競うのに国旗は似合わないし、まったく不要ではないかというばかり。各種スポーツの開催に「国旗」が多用されているのは何で、ですか。時には国歌まで持ち出されています。実に興ざめものですな。まさか、国旗のために「競技する」選手はいないだろうし、いるとすれば、それは「スポーツ精神」を間違えて受け取っているでしょうね。次に、これもぼくの夢です。五輪に限らないが、男女が入り混じって、例えば「マラソン」レースをする。かなりの数の女性選手は男性選手以上の能力があることが明らかになるでしょう。さらに偏見や差別を克服する、またとない機会を五輪大会が提供するべきではないですか。性差、国力(軍事力)差を認めない「平和の祭典」であってほしいし、そのためには「差別」「戦争」が開催時に顕著であるときには、「五輪」は中止してはどうでしょうか。

 「女性をオリンピックに参加させることは、実際的でなく、面白くなく、不快で、間違っている」というオリンピックの「父」の発言、当時においてだって。それは偏見であり差別に満ちていると考えた人はいたはず。長い時間をかけて、ここまで来たというのが実情でしょう。でも、まだまだ、永い道のりが残っているんでしょうね。人種差別・性差別をはじめとする「人権意識の希薄さ」が、徐々に克服されてくる歴史でもあったのが五輪大会だったといえるなら、「365歩のマーチ」のごとく、はるかな「水平線(horizon」に向かって歩み続ける必要があるでしょうね。

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「徒然に日乗」(1011~1017)

◎2026年2月22日(日)如月も残すところ一週間。ひたすら時間が小生の脳細胞をかすめて追い越しているという感覚だ。比較的に長閑(のどか)な、いい天気の一日だった。終日自宅に。▶一週間ほど前から気になっていた猫(♂)あ、まだ帰ってこない。しばらく前に車にはねられて、その死骸に何匹ものカラスが集(たか)っていたのを、車で通りがかりに見て、瞬間的に「ROO(猫の名前)」だと直感した。昨日の昼前に、死体の始末をしようと、段ボールやらスコップなど、いろいろと準備して出かけたのだが、もう、その痕跡すら残っていなかった。ゴミ収集車が運んで行ったのかもしれないと思った。(燃えるゴミ)として始末されたのかもしれなかった。車の激しい通りには出ないものと思っていたが、どういうわけか、自宅近くの県道にまで行っていて、そこを横断しようとして轢かれたのかもしれなかった。これまで、この地に来て、どれくらいの猫の死に遭遇したか。おそらく十匹はいただろう。家に帰らないまま今に至っているのを加えると、相当数になる。今も続く「猫との共生生活」だが、モットーは、猫を飼う(ペットにする)のではなく、一緒に生活するという感覚、そして猫は家の中を出入り自由にするということ、加えて、次々に猫が増えたので、先輩後輩で相性がどうしても会わないものも出てくるので、それを無理に家に閉じ込めることはしないこと、いつ何時、事故・事件に遭遇するかもしれないので、元気なうちは食事だけは十分すぎるほどに与えること、ウイルスやけがなどの際には病院に連れていき治療を施す等、これが原則だ。猫のいる暮らしが始まって7年目。今では近所で放置されている猫が拙宅に来るので、その子たちにも食事を出している。もとをただせば、この子たちはすべて兄弟姉妹だったのだから、そう思っている。(1017)

◎2026年2月21日(土)アメリカから大きなニュースが届いた。大統領の板政策である「関税」に関する違憲判決が連邦最高裁で出された。この後の経過が十分に注目されるだろう。日本の関税は15%だが、この先の交渉などによって10%になるのかどうか。「トランプ関税に最高裁が無効判断、市場への影響は-ウォール街の見方 米連邦最高裁は20日、トランプ大統領が打ち出した大規模な関税措置について効力を認めないとの判断を下した。トランプ氏にとっては看板政策の根拠が否定された形で、政権復帰後、司法面での最大の敗北となった(以下略)」(Bloomberg・2026年2月21日)(意見)とされた「高関税」で得た「収入」は、この先どうするのか。いくつかの塗油差では、この高関税の始末は、アメリカ企業と消費者が、およそ7~8割の負担を強いられたという。いよいよ、米大統領は焼きが回ってきたことを隠せないのだ。取り巻きはどうするか。もちろん、取り巻きの末席には日本政府がいるのだ(1016)

◎2026年2月20日(金)終日自宅に。とても寒い一日だった。加えて、花粉の飛散が大々的に始まっているという報道あり。当地はどうか。例年の何倍もの多量の飛散が予想されて、この先は大いに思いやられるのだ。いかに「予防」することができるか。▶いよいよ「ファシズム」国会の開会である。金融破綻なにするものぞ、と相も変わらず「責任ある積極財政」を叫びつつ、いかなる根拠もなく『日本の偉大さ』を唱える時代がかかった、きわめて空虚な「精神論」(施政方針)演説がなされた。「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」と、「大和魂」連呼の雄叫びを議事堂で吠えた、首相の「施政方針」、こんな程度のアジ演説を臆面もなく口走るとは。まさに、戦前「満州事変」時代の国家経営に逆戻りした姿がそこに明らかに見て取れる。(1015)

◎2026年2月19日(木) ①【ロンドン共同】英BBC放送は19日、英警察がチャールズ国王の弟のアンドルー元王子(66)を逮捕したと報じた。逮捕容疑の詳細は不明だが、少女らの性的人身売買罪で起訴され自殺した米富豪エプスタイン氏に機密情報を漏えいした疑いなどで捜査を受けていた。英王室の家系から逮捕者が出るのは極めて異例。/アンドルー元王子はエプスタイン氏から紹介された17歳の少女への性的虐待疑惑を巡り、昨年11月に王子の称号を剥奪されていた。/元王子はアフガニスタンでの投資に関する情報や、シンガポールや香港などを訪問した際の報告をエプスタイン氏に伝えた疑いが持たれている。米司法省が開示したエプスタイン氏に関する文書に含まれていたメール記録で判明した。(共同通信・2026/02/19)エプスタイン事件がさらに深刻の度を深めていると思われる。もちろん、米国の現職大統領の関与もまた否定できない事態を迎えつつあると思われる。②【ソウル共同】韓国のソウル中央地裁は19日、2024年12月に「非常戒厳」を宣言し、内乱首謀罪に問われた前大統領、尹錫悦被告(65)に無期懲役の判決を言い渡した。求刑は死刑だったが、回避した。尹被告は「戒厳令は大統領権限の行使で内乱ではない」として起訴内容を全面的に否認しており、控訴するとみられる。(共同通信・2026/02/19)隣国元大統領の「日所愉快減」発出に対する裁判(一審)の判決が出された。検察の求刑は「死刑」だったが、裁判所の判決は「無期懲役」だった。大統領就任前は「韓国の検事総長」だった人。単純に比較するつもりはないけれど、この国の「三権」は、かなり痛んでいると断じざるを得ない。政府が堕落していて、行政はしっかりするということはあり得ない。国のかたちの基礎を作る「司法・立法・行政」が今の為体(ていたらく)では論外という語ほかない。(1014)

◎2026年2月18日(水)早朝5時半に「ビン・カン」回収の準備をする。収集場にある回収袋を取りに行って、自宅の駐車場で詰める作業をし、それを収集場まで持参。月に一度、必ずやらなければ、相当量のビン・カン類が溜まる。以前は、ごみ処理場まで持参し、キロいくらで料金を払っていたものだ。▶昼前に、猫の「おやつ類」を買うために市原のホームセンターまで。決まった缶詰類が続くと、人間同様に食傷気味になるので、なるべくバラエティを考えて購入するようにしている。大量に購入するので、少しでも安いものを求めたいと、こういう買い方になる。▶Bloombergがこんな記事を出している。「消費税減税は避けるべきだ」とIMFが警鐘、財政健全化の重要性強調 国際通貨基金(IMF)は18日、日本経済に関する審査(対日4条協議)終了後に公表した声明で、日本政府に対し消費税減税は避けるべきだとの見解を示した。高市早苗首相が進める積極財政を巡り、財政健全化の重要性を強調した。/声明では、「短期的には財政政策のさらなる緩和は控え、最近の財政健全化の成果を保持すべきだ」と主張。財政余力を損なわず、ショックへの対応能力を維持するには財政規律が必要であり、これは国債市場の安定にも寄与すると分析した」IMF(国際通貨基金)がこのような記事を掲載するというのは、それなりに日本の「放漫財政」運営と、それによる「国債の累積額」が危険水域に達しているという認識にあるということだろう。特に「消費税減税」を2年間とはいえ、ゼロにするという政策は、日本にとってと同時に、世界の債券市場に多大な影響を及ぼすという警告になる。▶同じ新聞記事。「生保4社の国内債含み損13兆円超に拡大、日本生命5.5兆円-12月末 国内金利の上昇(債券価格は下落)を受け、生命保険会社が保有する日本国債などの国内債含み損が拡大している。日本生命保険など大手4社の合計は昨年12月末時点で13兆2460億円となり、9月末と比べて約2兆円拡大した。/日本生命が18日発表した2025年10-12月期(第3四半期)末の国内債券の含み損は5兆4519億円と9月末から7632億円増えた。13日に公表済みの第一生命保険、明治安田生命保険、住友生命保険を含め大手4社すべてで拡大した。/金利上昇の背景には、昨年10月に発足した高市早苗政権による積極的な財政政策への懸念や日本銀行の追加利上げ観測がある。第3四半期の国債市場では大手生保などが主な投資対象とする超長期債を中心に利回りが急上昇した。中でも30年債と40年債の利回りは12月20日に過去最高を記録した」(以下略)いよいよ、外堀が埋められ始めてきた狼煙(のろし)のようなデータであろう。(1013)

◎2026年2月17日(火)朝方はかなり寒く、時間とともに気温が下がってきた。途中からは雨も降りだして、「寒の戻り」のような天気だった。その雨も昼前には止んで、それでも日差しはなく、寒いままの一日だった。▶終日自宅に。▶このところ気になっているのだが、しばらく帰ってこない猫がいる。もう三日も経つだろうか。昨日、昼頃に茂原方面とは反対側方向に、県道を通ったところ、家の近くだったが、車に引かれた猫をカラスの群れが襲っていた。ひょっとして、あの子ではないかと直感した。赤虎だったし。惹かれてからかなり時間が過ぎていたかもしれない。通り過ぎてから、引き返して確かめようとしたが、車の量も多く、そのまま通過してしまった。今晩になってもまだ帰らないから、きっとあの子に違いないと、始末の思案をしている。昼夜を問わず、我が家の猫たちは家を出たり入ったりしているので、車のたくさん通るところまで出れば、困ったことになると考えていた。明日にでも確認しに行こうか。あるいはカラスが、バラバラにしてどこかにもっていったか。(1012)

◎2026年2月16日(月)日中は晴れていたが、夜になってから雨が降り出してきた。関東地方のかなりのところでも、あるいは降雪があるだろうという予報である。▶お昼前に買い物に茂原まで。久しぶりにいつも行くスーパーとは異なる店に出向いたが、大変な混雑ぶりだった。と同時に、いつも痛感する物価高騰。少しばかりの商品(食料品)を買うだけで、五千円も支払うのである。ぼくの感覚では2割3割の値上がりが今もなお続いているように思ってしまう。年が改まっても物価高は続いているのだ。政治の不作為をどうしやものか。(1011)

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