
数日前、ある新聞に「なるほどなあ」という記事が出ていました。禁煙効果は、都会よりは田舎、つまりは緑の多い環境の方が成功率は高いという、海外の研究の報告でした。さもありなんと思いました。ぼくは二十歳頃からおよそ半世紀、喫煙と禁煙を繰り返していました。固い決意をもって「タバコは止めた」というのではなく、吸いたくないから吸わない、吸いたくなったからまた喫煙という具合でした。当地に越してきて間もなしに、ぼくはタバコを止めていました。「今日から禁煙だ」と決意したわけではなく、気が付いたら吸わなくなっていた、以来十数年。そんなことでしたから、新聞記事の「緑の多い環境の方が禁煙効果は云々」に、思い当たったという次第です。タバコも止めたのだから、ついでに酒も止そうかと思い立って、即日飲まなくなった。以来両方とは全く無縁になりました。友人はまあ信用していないようですが。今から考えでも、生活環境の影響は大だったと思う。

本日が「みどりの日」だという、その制定の経緯などほとんど忘却していました。もともとは「天皇誕生日」、それが二十年近く行方定まらなかったというのも不思議な話で、まあ「国民の祝日」に関する法律など、ある意味では時の世情や政府の思い付きで決められる傾向は強かったでしょうから、「天皇誕生日」が「みどりの日」になろうが、「海の日」「山の日」になろうが、ぼくにはあまり関心もなかったのであり、多くの人にとっては「休日(祝日)」が増えるのか、というくらいの関心は湧くのかもしれません。「さて、きょうは制定から38回目、5月に移行後20回目のみどりの日。いま、私たちと自然の関係はどうだろうか」というコラム氏の問題提起です。「山火事にクマ被害。温暖化や災害…。考えさせられる現象が多い。大型連休は自然に親しみ、自然を考える絶好の機会だ」と当たり障りのない意見を述べておられるが、山林面積が8割に及ぼうかという土佐の高知の新聞として、ぼくには物足りないどころか、さらに「みどり」県としての「正論」を主張をしてもらいたいと願うばかりです。
【小社会】みどりの日 5月4日が祝日「みどりの日」となったのは2007年だった。それ以前は単に「国民の休日」とされ、この年、ようやく祝日らしい位置付けになったように感じられる。▼みどりの日の制定自体は1989年。当初は4月29日だった。もともと「天皇誕生日」として定着していた日だが、昭和天皇が崩御。昭和天皇が植物に造詣が深く、新緑の季節でもあったことから、祝日として残したまま、みどりの日に変更された。▼祝日法には「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」日とある。制定当時、官房長官を務めていた小渕恵三元首相は新設に当たり、国会で思いを込めた答弁をしている。▼「国民生活は物質的にはほぼ満足し得る水準に達したものと考えられるが、これからは、これまでにも増して心の潤いやゆとりといった心の豊かさを涵養(かんよう)することが求められる」。だから自然を愛そう、と。▼「みどり」とあるが、植物だけでなく野生動物も含めた自然と考えるべきだろう。さて、きょうは制定から38回目、5月に移行後20回目のみどりの日。いま、私たちと自然の関係はどうだろうか。▼山火事にクマ被害。温暖化や災害…。考えさせられる現象が多い。大型連休は自然に親しみ、自然を考える絶好の機会だ。天候はいまひとつだが、雨が降るたびに緑は濃くなる。カエルの声も響く。そんな季節の確認作業も過ごし方の一つではないだろうか。(高知新聞・2026/05/04)

これまでの生涯で、ぼくは約十年ばかり「マンション」というコンクリートで囲われた住まいで生活した経験があります。それに関して「能書き」を垂れるほどの知見は持ち合わせておりませんが、一言でいうなら、「住まいは木造、それも平屋に限るね」という話になるでしょう。理由は単純です。人間という生き物もまた、自然環境の産物であり、それを超えることはできないだろうという、一種の宿命論に他ならない、その程度の意見です。コンクリートと木造のどちらがいいか、「価格」や「工法」その他を抜きにして考えれば、どうでしょう、やはり木造なんじゃないですか。タワマンだの「摩天楼」などという「喧伝」は不動産界隈の言い分であって、それも電気やガスがいつだって滞りなく供給されるという前提に立っての話。地震多発劣島に住む限りは、その条件を抜きにした構造物は論外だとも思ってきました。以下のコラム「滴一滴」は、木造のいいことづくめの感がありますが、まんざら虚偽でもないはずで、「プレハブだった建物を木造に建て替えたら、人手不足が解消した」という。「風が吹けば桶屋が儲かる」という説です。

ぼくは教育の歴史や原理を、人並み以下でしたが、半世紀にわたり愚考し実践してきたものです。その拙(つた)ない経験から導き出せるものはあまりありそうにないのですが、たった一つ、学校教育の「一元化(注入主義・点数重視・教主生従など)」の大本は、学校建築の一元化によるところ大であるという結論でした。荒れる学校・いじめの蔓延もまた、コンクリート校舎の産物ではなかったかという与太話です。ぼくも人並みに(とは言えないものでした)小中高大と就学期間を過ごしましたが、小学校を除いて、後はほとんどがコンクリート校舎(教室)だったように思う。「滴一滴」の記述に偽りがあろうとは思われません。「倉敷市で1棟が木造化された事例を見た岡山市が2018年度着工以降の計41棟を木造化し、好評を得ている」という具体例に記述が及んでいるのですから、今度は「学校に生じる諸問題」のいくらかを、コンクリート校舎と木造校舎で比較されるとどうでしょう。大した差がないという結果が出たところで、問題ではないでしょう。もちろん、都会と田舎の比較も大事でしょうね。
【滴一滴】建物の木造化で人手不足が解消 プレハブだった建物を木造に建て替えたら、人手不足が解消したー。訪れた学童保育施設でこんな話を耳にした。名古屋市緑区のあおぞら学童保育クラブだ。2階建ての建物は、柱や壁、はり、棚などにあふれんばかりに木が使われ、ぬくもりが伝わってくる▼6年前に木造化されると、冬は極寒だった室内が暖かく、エアコンが効かない夏の猛暑も改善された。残響がひどく大声になっていたイライラも減り、子どもの笑顔が増えたという▼効果は指導員の採用にも及ぶ。人手不足の中でも遠方を含めて応募がすぐに来るようになった。快適さは子どもたちだけでなく、働く環境としても大切だと気付かされる▼取り組みを推進したのが一般社団法人・森と子ども未来会議だ。愛知県内外の建物の木造化により、木の伐採・植樹といった循環による林業や森林の再生を目指す▼岡山県で木造化を働きかけている県学童保育連絡協議会も未来会議と連携して、勉強会などを開催している。県内の学童保育施設では、倉敷市で1棟が木造化された事例を見た岡山市が2018年度着工以降の計41棟を木造化し、好評を得ている▼森林は県の面積の7割近くを占め、戦後に植林された木々が成長して伐採期を迎えた。きょうはみどりの日。山で出番を待つ木々の活用を暮らしの中でさらに進めていきたい。(山陽新聞・2026/05/04)

もちろん、事は学校建築だけではないでしょう。公共の建物や個人の住宅にしても同じような問題を抱えている。面積の7割近くが山林であり、その山林が荒れるに任せているような現状に鑑みて、国レベルで、あるいは自治体が率先して、木造建築の効用を体験する時期ではないでしょうか。ものみな石油由来の製品に囲まれ、その多くが海外からの輸入に頼っている国の現状は、きわめて心細い展望しか描けません。円安や物価高騰は一時的な現象かもしれませんけれど、少子高齢化の現状に想いを寄せれば、何よりも「足元から」ということになりはしませんか。「灯台下暗し(The darkest place is under the candlestick.)」といいます。各地で発生している「熊問題」、まるで蛇蝎の如く嫌われている熊を思うと、それは、あるいは、特定の人間たちなのではないかと錯覚しそうです。都会に屹立する高層マンション、約70㎡、新築、一戸の値段が1憶7千万円もするという。貧乏性ですから、一例をあげて計算します。1億7千万円の一戸を、年収8百万円の人が買ったとして、年収をすべて返済に充てるだけで(利息は計算しないで)、約22年かかります。食べなくても、人は生きていけるんですか。<Man does not live by bread alone.>生きる支え(目標があれば)、パンはなくとも生きていきていけるということ、マジですか?

この国の衰退の大きな理由の一つに、ぼくは「一極集中」「極度の都市化」だと、多くの人の意見に同じです。どうして、専門家や政治家が、この問題にまじめに取り組まないのか。つまるところ、衰退を早めるための政治にまっすぐに奔走しているようにしか思われないのです。いまさら、そのことをどうこう言っても始まりません。「衰退の速度が高速化する」方向を選んだのは、誰ですかという問題でもありますね。木材が豊富にあり、新鮮な空気が充満している山間地が「過疎地」と呼ばれ、「限界集落」などと揶揄されているうちはまだしも、高度に都市化が進んで、ゆっくりと安心して、一息ももつけないコンクリートの中で齷齪(あくせく)するのも、結局は個々人の自由な判断なのでしょうか、政治・行政は、この風潮に手を染めていないんですか、そんなことを愚考しているうちに、「みどりの日」が始まりました。(今週も、先週同様に、拉致もないことに付き合っているうちに「前口上」の駄文が長くなりました。「堕落日記」は別口で、お昼頃までに掲載しておきます。ただ今、午前十時過ぎ)
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(参考資料)《自然の中、親子で成長 多治見「森のようちえん」にスミセイ未来賞 多治見市の一般社団法人「MORIWARA(モリワラ)」が運営し、自然育児をうたう保育団体「森のわらべ多治見園」が、住友生命による子育て支援活動を表彰する「未来を強くする子育てプロジェクト」でスミセイ未来賞を受賞した。自然の中で子どもたちの感情を育むとともに、母親が子育ての喜びを実感できる環境づくりに重きを置いている。 (吉田英悟)/浅井智子園長(56)=同市滝呂町=が2008年に前身となる「お散歩会」を始めて、翌年から正式に年少から年長の認可外保育施設「森のようちえん」を開園した。園舎を持たず、多治見市近隣の里山や緑地公園、キャンプ場などで活動。自然の中で四季を感じながら感性を育んでいく保育に取り組んできた。20年からは同市滝呂町のオリベフットサルパーク内の施設の一部を園舎としている。(以下略)(写真「森の中で笑顔で遊ぶ園児たち=多治見市内で」)(中日新聞・2025/03/15)

「わたしたちは、多治見の豊かな自然の恵みを存分に堪能しながら、自然との触れ合いの中で本物の体験を重ね、センス オブ ワンダーの感性を磨いていきます」「わたしたち森のわらべは、母と子の笑顔があふれる社会作りを通して世界平和に貢献していきます。一般社団法人MORIWARA 自然育児 森のわらべ多治見園」(HP:https://morinowarabe.org/)
(蛇足 この小さな「森のようちえん」の、ささやかながらも、サポーターの一員に、ぼくは加えてもらっています)
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