
昨日の午後、玄関に「水道局のものです」と、一人の男性が訪ねてきた。「前の道路の水道管が壊れたのか、漏水がありますので、明日その工事をします。この先の道路を通行止めにします」との知らせでした。直接我が家には影響はなかったが、こんな辺鄙なところでも「水道管破損」があるのだと気になった。詳しい工事内容は見ていないが、隣の家は200メートルほど離れており、その家主は「この地に住みだして50年以上」と言っていたのを思い出しました。電気と水道は普及していますが、ガスはプロパンです。つい二日ほど前には隣町の大網白里でも道路陥没事故があり、やはり水道管の破損が原因のようだと報道されていました。
【小社会】見えない大事なもの 詩人、相田みつをさんの代表作の一つに〈土の中の水道管/高いビルの下の下水/大事なものは表に出ない〉がある。今ほどこの詩が切実に響く時はないだろう。
下水道管の老朽による埼玉県八潮市の道路陥没事故は、収束が遠い。相次ぐ崩落と管からの漏水で転落者の救出と復旧は難航。二次被害防止で手探りが続く。この間、120万人超の生活に影響が生じた。本格復旧には3年かかるとも。
悔やまれるのは点検か。事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか。
車が転落する動画は県民にも衝撃を与えた。下水道整備が最も進む高知市の管の総延長は1125キロ、ざっと高知―北海道に相当する。うち134キロが耐用年数の目安とされる50年超という。市当局は「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」とするが、老朽化の流れは避けられるものではない。
かたや、下水道を支える体制は縮んでいる。全国の自治体の技術者は20年余で4割減った。人口減少などで利用料収入は減り、財政難も生じている。
〈花を支える枝/枝を支える幹/幹を支える根/根は見えねんだなあ〉。相田さんにはこんな詩もある。行政運営に通じる内容だろう。見栄えのする事業やポストも、インフラという「根」があってこそだ。その向き合い方を測る予算や人事発表の季節も近づいている。(高知新聞・2025/02/13)

いわゆる「社会的インフラ」の耐用年数はおおよそ50年ほどらしいから、劣島の各地で取り換え時期に当たっているさなかでの「埼玉県八潮市の事故」だったのでしょう。発生以来二週間を経過してなお、行方が分からない運転手の救出作業が続けられています。おそらくこの先どれくらい時間がかかるかよく分からないというのが本当のようで、生活基盤の損壊がもたらす影響は計り知れないと思われます。「事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか」(「小社会」)と問われれば、なかったというほかないでしょう。この社会でインフラに関する大掛かりな保守点検に総力を挙げるきっかけになったのが、「中央自動道笹子トンネル天井版崩落事故」でした。

◇発生日時・2012年12月2日 日曜日 午前8時03分 場所・中央自動車道(上り線)笹子トンネル内(延長4.7km、大月JCT~勝沼IC間) 事故内容・笹子トンネル(上り線)の東京側坑口から約1.5km付近で、トンネル換気ダクト用に設置されている天井板が、138mにわたり崩落し、9名もの尊い命が失われ多くの方々が被害に遭われました。(「NXECO中日本企業情報サイト」・https://www.c-nexco.co.jp/corporate/safety/sasago/summary/)「笹子トンネル事故 2012年12月2日午前8時3分、山梨県大月市の中央自動車道・笹子トンネル上り線でつり下げられた天井板が長さ約140メートルにわたって崩落。走行中の車4台が巻き込まれ、うち3台が下敷きになり、9人が死亡、3人がけがをしました」(NHK・https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/shougen/shougen54-2/)

ぼくは、子どもが学校に入るころまでは毎年休暇を利用して遠出をしていました。この「笹子トンネル」も何度も通っていた。勝沼あたりに「ブドウ狩り」に出かけるとか、あるいは東名に抜けるために利用していたのでした。このトンネル事故段階でも、なお「検査」では問題は見つけられていなかった。たくさんの犠牲者を出して初めて、「こんな事故が起こるのか」ということに関係者は気づいたというほどに、根拠のない「安全神話」が社会に広がっていた。今も事態は変わらないままだといえるでしょう。コラム氏は高知市の「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」という回答を引いています。当然行政当局はそういうのでしょう。しかし、事態が明らかになって初めて、問題意識の希薄さに「臍を噛む」のがほとんどです。
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〇「インフラストラクチャー【infrastructure】」=《下部構造の意》社会的経済基盤と社会的生産基盤とを形成するものの総称。道路・港湾・河川・鉄道・通信情報施設・下水道・学校・病院・公園・公営住宅などが含まれる。インフラ。(デジタル大辞泉)
〇インフラ=辞書的な意味としては「下部構造」や「基盤」といった意味になる。何を「インフラ」と捉えるかは、どこに注目するかで変わるので、その意味では極めて相対的な概念である。インターネットを考えた場合、たとえば日米間の海底ケーブルなどもインフラだろうし、DNSなどのサービスもインフラとして機能しているといえる。注目している事柄に対して、それを実現するための基盤となっているものは何によらずインフラと呼ばれることになるだろう。日本では大きな災害が続いたこともあり、「ライフライン:Life Line」という用語も一般的に使われるようになってきた。これも、日常生活を支えるインフラ、という言い方ができる。(ASCII.JPデジタル用語辞典)
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森鴎外に「普請中」という短編があります。1910年に発表された。ほぼ同時期、夏目漱石には「現代日本の開化」(1911年)という講演が発表されました。いずれも日清・日露戦争後の「日本の姿」が活写されている。いつまでも上滑りの「普請中(Under construction)」が続くということでした。ぼくが上京してきた1963年、4年ころも、都内のいたるところが「普請中」でした。東海道新幹線工事も大詰めを迎えていた。当時は東京五輪を控えて、それこそ「現代日本の開化」に血眼になっていた時代でした。鴎外・漱石の時代から百年。東京五輪(1964 年)からは五十年。この国は、少なくとも半世紀に一回は必ず大々的な「普請」を行ってこなければならなかったのでしょう。急いで始めた「近代化」「文明化」「都市化」というものが、どんなに脆弱な基盤しか準備できなかったかを、今にして、大きなインフラの破損によって知るのです。
毎年のように襲ってくる「自然災害」は言うに及ばず、社会生活の基盤をなすインフラストラクチャーの総取り換えも待ったなしだということを、ぼくたちは度重なる「災害」による生活の破壊によって思い知らされているのではないか。自宅前の道路に埋設された水道管(塩ビ管だそうです)の破損による漏水工事のために、つい先ほど(午前九時ころ)数台の車両が列をなして家の前を通っています。工事関係者が再び訪れて、「工事には時間はかからない」し、「お宅の水は止まりません」ということでした。ほんの数軒しかない町内での出来事なら、平気で済ませることもできます。

この国は、年がら年中、至る所を掘り起こし、埋め立て、また掘りだしては埋めています。この「自然・環境」に向かう攻撃は留まるところを知らないままに、あっという間に百年百五十年が経過したのです。いったい何のためのトンネルや高速道路の敷設だったのか、あるいは社会インフラの整備と言いながら、生活状況が一向に改善されない嫌いがあるのはどうしてでしょうか。ぼくは上京したころの東京を挙げての「普請中」に、大きな違和感を持ってきました。ここでも問題となるのは、いろいろな政治経済上の理由から、何よりも「東京一極集中」を、多くの人々が目指してきたということです。「外国人に対して乃公(おれ)の国には富士山があるというような馬鹿は今日はあまり云わないようだが、戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである」(漱石「現代日本の開化」)「戦争以後」とは「日露戦後」です。東京都知事が「東京を世界一」にと、恥知らずな馬鹿を言っています。百年前の馬鹿」と選ぶところはないですね。

何の疑いもなく走行中、トンネル内の天井から何トンも重量のある鉄板が剥がれ落ちて、車を直撃する。何の気がかりもなく走っている国道が突然陥没し車体ごと飲み込まれる。こんな恐ろしいことが日常的に生じているのをぼくたちは、無視してきた感があります。そのような脆弱な基盤(砂上)の上に、ぼくたちは日常生活(楼閣)を営んでいる。そのインフラを整備し、補修する支え手が圧倒的に減少しているということ自体、語るに落ちた話です。最大の「インフラストラクチャ―」である「人口(人間)」そのものが危機的な状況にあるということに、まだぼくたちは、本当に気が付いていないのではないでしょうか。危機は及んでいる、わが足元に。
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