技術者は20年余で4割減った

 昨日の午後、玄関に「水道局のものです」と、一人の男性が訪ねてきた。「前の道路の水道管が壊れたのか、漏水がありますので、明日その工事をします。この先の道路を通行止めにします」との知らせでした。直接我が家には影響はなかったが、こんな辺鄙なところでも「水道管破損」があるのだと気になった。詳しい工事内容は見ていないが、隣の家は200メートルほど離れており、その家主は「この地に住みだして50年以上」と言っていたのを思い出しました。電気と水道は普及していますが、ガスはプロパンです。つい二日ほど前には隣町の大網白里でも道路陥没事故があり、やはり水道管の破損が原因のようだと報道されていました。

【小社会】見えない大事なもの 詩人、相田みつをさんの代表作の一つに〈土の中の水道管/高いビルの下の下水/大事なものは表に出ない〉がある。今ほどこの詩が切実に響く時はないだろう。
 下水道管の老朽による埼玉県八潮市の道路陥没事故は、収束が遠い。相次ぐ崩落と管からの漏水で転落者の救出と復旧は難航。二次被害防止で手探りが続く。この間、120万人超の生活に影響が生じた。本格復旧には3年かかるとも。
 悔やまれるのは点検か。事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか。
 車が転落する動画は県民にも衝撃を与えた。下水道整備が最も進む高知市の管の総延長は1125キロ、ざっと高知―北海道に相当する。うち134キロが耐用年数の目安とされる50年超という。市当局は「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」とするが、老朽化の流れは避けられるものではない。
 かたや、下水道を支える体制は縮んでいる。全国の自治体の技術者は20年余で4割減った。人口減少などで利用料収入は減り、財政難も生じている。
 〈花を支える枝/枝を支える幹/幹を支える根/根は見えねんだなあ〉。相田さんにはこんな詩もある。行政運営に通じる内容だろう。見栄えのする事業やポストも、インフラという「根」があってこそだ。その向き合い方を測る予算や人事発表の季節も近づいている。(高知新聞・2025/02/13)

 いわゆる「社会的インフラ」の耐用年数はおおよそ50年ほどらしいから、劣島の各地で取り換え時期に当たっているさなかでの「埼玉県八潮市の事故」だったのでしょう。発生以来二週間を経過してなお、行方が分からない運転手の救出作業が続けられています。おそらくこの先どれくらい時間がかかるかよく分からないというのが本当のようで、生活基盤の損壊がもたらす影響は計り知れないと思われます。「事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか」(「小社会」)と問われれば、なかったというほかないでしょう。この社会でインフラに関する大掛かりな保守点検に総力を挙げるきっかけになったのが、「中央自動道笹子トンネル天井版崩落事故」でした。

◇発生日時・2012年12月2日 日曜日 午前8時03分 場所・中央自動車道(上り線)笹子トンネル内(延長4.7km、大月JCT~勝沼IC間) 事故内容・笹子トンネル(上り線)の東京側坑口から約1.5km付近で、トンネル換気ダクト用に設置されている天井板が、138mにわたり崩落し、9名もの尊い命が失われ多くの方々が被害に遭われました。(「NXECO中日本企業情報サイト」・https://www.c-nexco.co.jp/corporate/safety/sasago/summary/)「笹子トンネル事故 2012年12月2日午前8時3分、山梨県大月市の中央自動車道・笹子トンネル上り線でつり下げられた天井板が長さ約140メートルにわたって崩落。走行中の車4台が巻き込まれ、うち3台が下敷きになり、9人が死亡、3人がけがをしました」(NHK・https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/shougen/shougen54-2/

 ぼくは、子どもが学校に入るころまでは毎年休暇を利用して遠出をしていました。この「笹子トンネル」も何度も通っていた。勝沼あたりに「ブドウ狩り」に出かけるとか、あるいは東名に抜けるために利用していたのでした。このトンネル事故段階でも、なお「検査」では問題は見つけられていなかった。たくさんの犠牲者を出して初めて、「こんな事故が起こるのか」ということに関係者は気づいたというほどに、根拠のない「安全神話」が社会に広がっていた。今も事態は変わらないままだといえるでしょう。コラム氏は高知市の「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」という回答を引いています。当然行政当局はそういうのでしょう。しかし、事態が明らかになって初めて、問題意識の希薄さに「臍を噛む」のがほとんどです。

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〇「インフラストラクチャー【infrastructure】」=《下部構造の意》社会的経済基盤と社会的生産基盤とを形成するものの総称。道路・港湾・河川・鉄道・通信情報施設・下水道・学校・病院・公園・公営住宅などが含まれる。インフラ。(デジタル大辞泉)

〇インフラ=辞書的な意味としては「下部構造」や「基盤」といった意味になる。何を「インフラ」と捉えるかは、どこに注目するかで変わるので、その意味では極めて相対的な概念である。インターネットを考えた場合、たとえば日米間の海底ケーブルなどもインフラだろうし、DNSなどのサービスもインフラとして機能しているといえる。注目している事柄に対して、それを実現するための基盤となっているものは何によらずインフラと呼ばれることになるだろう。日本では大きな災害が続いたこともあり、「ライフライン:Life Line」という用語も一般的に使われるようになってきた。これも、日常生活を支えるインフラ、という言い方ができる。(ASCII.JPデジタル用語辞典)

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 森鴎外に「普請中」という短編があります。1910年に発表された。ほぼ同時期、夏目漱石には「現代日本の開化」(1911年)という講演が発表されました。いずれも日清・日露戦争後の「日本の姿」が活写されている。いつまでも上滑りの「普請中(Under construction)」が続くということでした。ぼくが上京してきた1963年、4年ころも、都内のいたるところが「普請中」でした。東海道新幹線工事も大詰めを迎えていた。当時は東京五輪を控えて、それこそ「現代日本の開化」に血眼になっていた時代でした。鴎外・漱石の時代から百年。東京五輪(1964 年)からは五十年。この国は、少なくとも半世紀に一回は必ず大々的な「普請」を行ってこなければならなかったのでしょう。急いで始めた「近代化」「文明化」「都市化」というものが、どんなに脆弱な基盤しか準備できなかったかを、今にして、大きなインフラの破損によって知るのです。

 毎年のように襲ってくる「自然災害」は言うに及ばず、社会生活の基盤をなすインフラストラクチャーの総取り換えも待ったなしだということを、ぼくたちは度重なる「災害」による生活の破壊によって思い知らされているのではないか。自宅前の道路に埋設された水道管(塩ビ管だそうです)の破損による漏水工事のために、つい先ほど(午前九時ころ)数台の車両が列をなして家の前を通っています。工事関係者が再び訪れて、「工事には時間はかからない」し、「お宅の水は止まりません」ということでした。ほんの数軒しかない町内での出来事なら、平気で済ませることもできます。

 この国は、年がら年中、至る所を掘り起こし、埋め立て、また掘りだしては埋めています。この「自然・環境」に向かう攻撃は留まるところを知らないままに、あっという間に百年百五十年が経過したのです。いったい何のためのトンネルや高速道路の敷設だったのか、あるいは社会インフラの整備と言いながら、生活状況が一向に改善されない嫌いがあるのはどうしてでしょうか。ぼくは上京したころの東京を挙げての「普請中」に、大きな違和感を持ってきました。ここでも問題となるのは、いろいろな政治経済上の理由から、何よりも「東京一極集中」を、多くの人々が目指してきたということです。「外国人に対して乃公(おれ)の国には富士山があるというような馬鹿は今日はあまり云わないようだが、戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである」(漱石「現代日本の開化」)「戦争以後」とは「日露戦後」です。東京都知事が「東京を世界一」にと、恥知らずな馬鹿を言っています。百年前の馬鹿」と選ぶところはないですね。

 何の疑いもなく走行中、トンネル内の天井から何トンも重量のある鉄板が剥がれ落ちて、車を直撃する。何の気がかりもなく走っている国道が突然陥没し車体ごと飲み込まれる。こんな恐ろしいことが日常的に生じているのをぼくたちは、無視してきた感があります。そのような脆弱な基盤(砂上)の上に、ぼくたちは日常生活(楼閣)を営んでいる。そのインフラを整備し、補修する支え手が圧倒的に減少しているということ自体、語るに落ちた話です。最大の「インフラストラクチャ―」である「人口(人間)」そのものが危機的な状況にあるということに、まだぼくたちは、本当に気が付いていないのではないでしょうか。危機は及んでいる、わが足元に。

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マイナスの感情を 笑いに変換

 「君は何歳くらいまで生きていたいか(生きるつもりか)」と問われたら、ぼくは答えに窮する。せいぜいが「心臓が止まるところまで」というくらいがオチでしょう。これまで、そんな年齢(生涯)のことなど考えたこともなかった。ずいぶん呑気だともいえるし、そもそも健康であっても病気に苦しんでいても、自分は何歳まで生きるかなど、問いようがなかったからです。もちろん健康や長寿に関しては人並みに関心もあったし、徹底していたとは言えないにしても、意図的な不摂生は避けようとはしていました。「長生き」「年齢」について、もっとも驚かされたのは、どれくらい前のことだったか、元京都府知事の蜷川虎三さん(1897年 – 1981年)がある時、清水寺の管長だった大西良慶さん (1875₋1983)に「あんた、おいくつですか」と訊かれて、「八十です」と答えたら、「お若いですね」と一蹴された実話に接した時でした。蜷川さんは、八十過ぎまで知事を務められていたころの逸話。「ぼくはこんなに高齢でも、ちゃんと知事をしてます」と誇らしげに言ったつもりだったでしょうが、案の相違して、「五十六十、鼻たれ小僧。七十八十、働き盛り」とかなんとか言われたのでした。このとき大西管長は百歳を優に超えていました。「今年の漢字」などという愚かなことをまだやっていない頃の清水寺の総帥だった。(ヘッダー写真:https://books.bunshun.jp/articles/-/8802

 二度目に「長生き」を深く考えさせられたのは、これはどこかで触れましたが、おふくろとの束の間の会話でした。もう二十数年前になりました。休みを利用して帰郷した際、朝飯時だったか「うちは、ちょっと長生きしすぎたなあ」と誰に言うともなく呟いた。もちろんそこにはぼくしかいなかったから、ぼくに聞かせたのだったろう。時に、おふくろは九十手前だったかもしれない。そんな「生き過ぎた」という感慨をおふくろが漏らしたのは、その時一度きりでした。その後、彼女は百歳まで生きた。(最晩年の数年間は病院暮らしだった)もちろん、大西良慶さんとおふくろを比較するのではない。年齢(寿命)は、誰にも分らないし、いつかはきっと果てるのは避けられない事実であるのも知っている。この二度の経験は、少なくとも自分の寿命を考えるときのメモリ(目印)のようになっているのです。うんと若い時に亡くなった知人や友人もいた。しかし、その時には、年齢について考える暇はなかったのだと思う。「生きる」という問題は、ぼくには起こらなかったというべきでしょう。

 本日の「天風録」の主人公の「石井哲代さん」について。以前から何度か、記事は目にはしていましたが、いよいよ百歳を超えて「円熟」しておられる風を知って、こういう人生を送っておられる女性がいるのだと、深く動かされています。「104歳、哲代さんのひとり暮らし」。元は小学校の教師。夫になる人も同僚で、とにかく豪快な人物だったし、典型的な「亭主関白」だったという。その夫も20年前に他界。以来独り暮らし。子どもはできなかった。(「石井哲代さん103歳がふりかえる、“山あり谷あり”だった夫婦の時間」:文春 本の話:https://books.bunshun.jp/articles/-/8802

【天風録】唾を飲み込む大切さ 先日、妻と大げんかをした。「真剣に聞いてない」「そんなふうに言われるのは心外じゃ」。わが家に降りかかった、あるトラブルを巡って言い合いに。ふてくされて自室にこもっていると、妻がわびに来た▲頭に血が上ったら「唾を3回飲み込みなさい」と哲代おばあちゃんが言うとったんよ―。広島県尾道市の山あいに暮らす石井哲代さんの日常をつづった本を、けんかの後に読んだという。ベースになった本紙連載が始まったのは、哲代さんが100歳の時▲口を突いて出そうになった言葉を、唾と一緒にいったん飲み込む。そのちょっとした間をつくるのが大事なのだ。不安にさせたことと併せて後悔しきりである。仲直りのきっかけに感謝しつつ、妻を誘い映画「104歳、哲代さんのひとり暮らし」を見た▲年齢を重ね、できないことが増えた。切ない現実が映る。それでも自分を上手に励まして、感謝を忘れず笑って暮らす。そうすれば自然と周りに人が集まってきて、笑顔が広がっていく▲1人暮らしだけれど、1人では生きていない。そんな哲代さんを見ていると年を拾うのも悪くないと思えてくる。まずは、唾を飲み込む大切さを忘れないようにしなければ。(中國新聞・2025/02/12)

「わしが大将」という豪快な人 職場には真っ先に出勤して、よう仕事をする人でした。教師として尊敬しておりました。家に帰ったら農作業も一生懸命でね。愚痴なんか聞いたことはなかったです。/人としてもようモテとったじゃろうと思います。「わしが大将」という豪快な人でみんなと飲み歩いた後、うちにもよう連れてきちゃった。同僚の先生が10人以上来られたこともあるん。女の先生もおってケチャケチャおしゃべりしてね。こっちは台所に立ちっ放しでもてなして、片付けも全部するんですから。わたくしも女の先生だよって言いたくなりました(笑)。/感謝の言葉があったか? 何があろうに。あはは。哲代のおかげじゃとか言うようなことがあったら世の中がひっくり返るでしょうよ。亭主関白を地でいくような人でした。/それだけに夫のちょっとした気配りがうれしかったんです。

 嬉しかった贈り物 いつだったか電気釜が出始めたころ、一番に買ってきてくれちゃったの。「これでご飯を炊けば早かろうが。起きんでいいけん、らくになろう」って。そのときは「えっ」てびっくりしたんです。それまでは朝早く起きて台所のおくどさん(かまど)に火を入れて朝食とお弁当用のご飯を炊いていましたから。私、その電気釜をどこに置いたと思う? 枕元でございます。寝間の柱のコンセントに差してね。明け方に布団から手を伸ばしてスイッチ入れて二度寝するの。炊き上がったら起きるんです。/横着もんだと思うでしょう? 本当は良英さんが私のために買ってきてくれたんがうれしかったん。じゃから「助かるわぁ、うれしいわぁ」って伝えたかったんですね。良英さんのちょっとした優しさをすごく大きく喜んでおりました。私も単純なんでございます。/ええとこはしっかり見てあげて、気に入らん部分は目をつむるの。それが夫婦が添い遂げる秘訣かも分かりません。なーんちゃって」 〉(同上)

 この女性の強靭さは天性のものかもしれない。夫のあまりのわがままに何度も試みた「家出」、しかしいつも家に戻ってゆく。それを無条件に受け入れる「わがまま亭主」の度量もまた、ここでは看過できないでしょう。人生(生き方)は、それこそ人それぞれ。長くも短くもあるけれど、それを感じるのはご本人です。このような人生を生きている、生きていた人を見ると、「ぼくはヒヨコ」「わたしは二歳」、つまりは、何もわかっていないということを突き付けられるのです。人並みに結婚五十年を過ぎましたが、夫婦ともども「若造」「青二才」という感覚が抜けきれないままで、生きています。なかなか「まるうなっていかない」というもどかしさを抱きながらの老年生二人です。(右は大西良慶師)

 〈良英さんは晩年、脳梗塞を患って自宅の洋間に置いた寝台に寝ていました。地域の仲間が集う「仲よしクラブ」に行ってくるよって声をかければ「おうおう」って送り出してくれて、帰ったら練習した踊りを踊って見せたこともありましたねえ。終わりに向かうほど良英さんは優しく、まるうなっていった気がします。/自宅で介護を続けていましたが、最期は入院したんです。ルール違反かもしれんけど、亡くなるとき、お酒を少し口に含ませてあげたんです。私の腕に抱いて。そうしたら、あがなええ顔したことないくらいににっこりしてね。こっくんって音までさせて。「早う家に戻ってようけ飲みましょうで」って言ったら、またにっこりして。しばらくして、静かにすーっと旅立っていきました〉(同上)

 「1人暮らしだけれど、1人では生きていない」(「天風録」)ということを熟知するにも長い人生(時間)を要するんですね。

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 一極集中打破は「京」を地方に

 本日は「建国記念の日」だそうです。いつの日か、時代もなんにもわからない頃に、この「国」は造られたらしい。造った人は分からないが、できたのは事実ですから「建国を祈念する日」となったらしい。その昔は「紀元節」と言った。「明治5年(1872)、日本書紀の伝える神武天皇即位の日に基づいて制定された祝日で、2月11日。昭和23年(1948)廃止されたが、昭和41年(1966)から「建国記念の日」として復活し、「国民の祝日となった」天皇の御代の始まりを記す。その厳かな「祝日」に相応しいテーマかどうか、ともなく雑談です。 

 東京一極集中」再び進行、転入超過7万9000人…新潟県など40道府県は転出超過、若者ら流出・2024年 総務省が1月31日に発表した2024年の人口移動報告によると、47都道府県のうち、転入者数が転出者数を上回る「転入超過」(国内)は東京が7万9285人で最多だった。前年から1万1千人増え、新型コロナウイルス禍で一時は緩和された東京一極集中が再び進行。感染拡大前の水準にほぼ戻った。新潟県など40道府県は「転出超過」で就職や進学で若者らが流出している。/政府は10年余り地方創生を進めてきたものの、成果に乏しい。独自に教育環境を充実させるなどして転入者が増えている地域もある。看板政策「地方創生2・0」を掲げる石破政権の取り組みが問われそうだ。/東京の転入超過数は15〜19歳が1万4286人、20〜24歳が6万4070人と若い世代が目立つ。林芳正官房長官は記者会見で「若年層や女性の東京への転入超過が継続している。若者、女性にも選ばれる地方の実現へ施策を具体化したい」と述べた。(以下略)(新潟新聞・2025/02/10)

 今から60年以上も前に「お上りさん(上京する)」になった人間からすれば、ひたすら「東京一極集中」は続いてきたともいえるでしょう。これを流行歌の歴史をたどって証明したいのですが、少しばかり時間と労力がかかるので、本日は止めておきます。「別れの一本杉」(春日八郎)は1955年でした。「リンゴ村から」(三橋美智也)は1956年。「東京だよおっかさん」は(島倉千代子)1957年。「ぼくの恋人東京へいっちっち」(「ぼくは泣いちっち」(守屋ひろし)は1959年。東京へ東京へと、「寄せ来る波も黄金なり」とばかりに、東京が人口爆発めがけて膨れ上がっていた時代。あるいは「江戸へ江戸へと草木も靡(なび)く」と、「佐渡情話」ならぬ「江戸情話」が大きな役割を果たしたのではなかったかと、ぼくは愚考している。五十年代後半、ぼくの中学時代の修学旅行は東京だった。

 結果的に、ぼくは大学進学のために東京へ向かったことになるようですが、実際はもう少し事情があった。もっと世界状況を知っていたら、ぼくは北海道へ行ったかもしれないし、あるいは外国に出ていたかもしれなかった。東京に住んだのは、いわば「途中下車」だった」ともいえます。東京に憧れたというよりは、京都の狭さに嫌気がさしていたからでした。京都を出て、何処に行って何をしてもかまわないという奔放な感情がありました。しかし、そうは言いながら、東京に十年住み、やがて千葉に移住し、そこで三か所も転居を繰り返し、現在地(房総半島の不便な地)に住むようになって十年余。まるで東京へ憧れたか、流れ着いたか、どちらにしても集中の「一極」に足を取られたkとに変わりはなかった。

 さて、かくも人口集中が生じている「東京とは何か」という問題。 それを読み解けば、「一極集中」は雲散霧消します、確実に。官庁や国会機能を地方に移転を、などと寝ぼけたことを政治家は言っています。そもそも「都(宮処)」とは「皇居のある地」、つまりは「天皇の住んでいる場所」を指していました。宮家(三宅・みやけ)、公(大宅家・おおやけ)のあるところですから、明治維新初期に天皇が東京(江戸)に「散歩」に出かけて、そのまま居ついたので、やがて東京は「都(京・みやこ)」になった。それ以前は東京府であり東京市だった。(1943年7月1日:東京都発足)面倒なことは言わない。要は、天皇が住む地が「都」だったし、皇族たちも都にそのままに残りました。現在の京都がそれ。だから、一極集中変革の小さな議論をいくら重ねても、あるいは実施しても無駄とは言わぬが、問題の解決にはならない。ならば、現在の「皇居」を地方に移せばいいのでないですか。それではと、「天皇」が移転はいやだ、今のところ(東京)がいいというでしょうか。(左の表は「東京都の人口推移」)

 実は、明治天皇が東京に行幸(ぎょうこう・ぎょうごう)といって京都御所を外出されたのが、明治元年と明治二年でした。そしてそれ以来、東京に住むつき、京都は留守のままとなった。その証拠に京都では今なお「天皇御帰還」を待望している団体や人々がいます。それにしても、百五十年以上も留守が続いているのです。京都にいつかは戻られるかもしれないが、その際には、どこかに長居(移転)されたらどうでしょう。どこがいいとは言えませんが、山間僻地などは如何か。東北地方など、あるいは山陰地方など、候補地はいくらでもあります。ぼくの大好きだった都はるみさんは、京都出身。彼女も江戸に出てきて歌手になり、やがて歌手を辞めて、今は秋田だったかに「好きになった人」といっしょに暮しておられるという。はるみさんのいるところは何処だって「都(はるみ)」でしょ。

 今からではこの国の衰退をとどめるのは不可能でしょうが、それでもやってみる価値はあると思う。「遷都」とは「都を他の地に移すこと。みやこうつり。『地方に—する』」(デジタル大辞泉)皇居を移し、宮内庁を移し、それに伴い職員や関係省庁も移転させる。ほどなく、「新都」は人口増が始まるでしょう。大坂の知事や市長は無能ですね。「大阪都構想」などと寝言を言っているけれど、そんなチャラいものではなく、「皇居を造りなはれ」。「大阪城」があるやんか。これで十分にに「江戸」に張り合えまっせ。何か、江戸時代に先祖返りやね。

 天皇が住まれるところが都(宮城・皇居・御所・皇宮)だった。京都には御所があるし、奈良にもありました。いくつでも、方々に「御所」を造れば、それを境に、近辺に人は集まり、賑わいが起るでしょう。それこそ、一か所に固定ではなく、「御所」を数年ごとに方々に造営し、天皇が住まわれるといい。国体」ではないけれど、数年(代替わり)ごとの、各地方における「御所」の持ち回り、それに倣って「住めば都」という居住空間論が、新たに生まれることでしょう。

その昔、京都に天皇が住んでいたころ、他所から京都に行くことを「お上りさん」「上り」などと称していました。それが、ある時期から、東京に行くことを「のぼり」「お上りさん」というようになった。ぼくはだから、1960年代半ば頃は「お上りさん」でした。列車もすべて、「上り下り」は、東京を起点にしているのです。明治以前、関西方面は上方と呼ばれていたのに対し、江戸方面(関東)は「下る」「下らない」と称していた。それは、はじめは「都から地方へ行く」「 ( 内裏が都城の北にあったところから ) 京都の内で、南へ行く」(精選版日本国語大辞典)の説明でした。つまり、京都から離れるということだった。ぼくはいつの日か、再び「お上りさん(京都に行く)」と言われるようになるのでしょうかその前に、わが寿命が「お上りさん」になることは間違いありません。。

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「お山の大将、俺一人」となる

 雑誌の表紙に誰が選ばれようが、大騒ぎをすることではないでしょう。しかも、それは他国のこと、と一応は言っておきます。現実(表)の大統領と本当(裏)の大統領の「覇権争い」はいつか(遠からず)決着がつくと思う。その形にはいろいろな想像が働くが、「お山の大将、俺一人」ということですから、結末は明らかだともいえます。おそらく、現下のアメリカ政治の難問は「対中国」の戦略如何です。それをいかに高めて行くかは、ひとえにマスク氏の中国に対する影響力にあるというのは事実ですから、マスク氏を重用した。それを十分に分かったうえで、かなり大胆な行動に出ているのが、テスラ創業者の振る舞い。現実の大統領は、それを許しているとは思えないし、二人の間に「阿吽の呼吸」が働いているとも考えられない、とぼくは見る。

 ぼくは一貫して「T大統領」を評価していません。もちろん、個人の判断ですからなんとでもいえるのですが、アメリカがデモクラシーの一定程度の高み(レヴェル)に到達している国なら、「法の下の平等」は遵守されるべきであると思うし、人種差別や女性蔑視(ミソジニー・misogyny)(人間扱いをしない)に凝り固まっている人間をいたずらに評価するのはある種の頽廃でしかないと思っています。「大統領」だから、幾多の犯罪が見逃されるというのは、明らかに間違っているでしょう。人間として失格ではないですか。しかし、この問題は今は「不問」に付されていますから、これ以上は言わない。

 その「人間失格」米大統領と日本の「優柔不断」首相が初の会談を行い、「大成功」だと劣島のマスメディアは持ちきりです。「虎の尾」を踏まないための「細心の準備」が功を奏したというのです。そうですかと、ぼくは疑いを持っている。あまり話したくないが、要するに、首相個人の大統領への擦り寄りが、期待に反してうまく行ったということでしょう。あるいは現首相では米大統領の不興を買うかもしれないという事前の評価が低すぎたということだったと思う。その「成功した会談(怪談)」の結果、「日米関係」が一ミリでも好転した形跡はあるか。これから、この問いに対する答えは明らかになるはず。どっちにしろ、故元総理の「二の舞」でしかないとぼくは見ています。あくまでも勝手な、歪んだ判断ですよ。

 相も変わらず、この島国政府は「アメリカのATM」で満足している、つまりは「奴隷根性」で良しとするのだから、何をか況や、と一庶民は長嘆息です。

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タイム誌の表紙が物議 マスク氏が大統領の執務机に (CNN) 米誌タイムが最新号の表紙に、起業家イーロン・マスク氏がホワイトハウスの大統領執務室でデスクの前に座る姿を描き、物議を醸している。
マスク氏はトランプ大統領から新設の「政府効率化省(DOGE)」トップに任命され、政府の規模縮小や歳出削減に乗り出した。ただし最近、権限の一部は複数の訴訟に阻まれている。
赤い背景の表紙に描かれたマスク氏は、星条旗と大統領旗を背に、コーヒーカップを持って大統領席に着いている。
最新号の特集記事は、マスク氏の容赦ない施策に数百万人の政府職員が翻弄(ほんろう)されていると主張。同氏は今のところ、トランプ氏以外のだれに対しても説明責任を負っていないようだと指摘した。同誌からDOGEへの質問はすべてホワイトハウスに回され、ホワイトハウスはコメントを拒否したという。
タイムは昨年11月号の表紙にもマスク氏を起用し、米大統領選への影響力などを取り上げていた。どちらの表紙からも、真の権力はトランプ氏でなくマスク氏にあるとの見方がうかがえる。(CNN・2025.02.09 Sun)
米タイム誌「今年の人」にイーロン・マスク氏、テスラとスペースX率い絶大な影響力及ぼす ニューヨーク(CNN Business) 米タイム誌は2021年の「今年の人」に電気自動車(EV)メーカーのテスラと宇宙企業のスペースXの最高経営責任者(CEO)を務めるイーロン・マスク氏を選出した。
タイム誌のエドワード・フェルゼンタール編集長は「今年の人とは影響力の指標だ。マスク氏を上回るほどの影響力を地球上の生活に与えている人はほとんどいない。地球外の生活に関してもそうかもしれない」「2021年、マスク氏は世界一の富豪に躍り出ただけでなく、おそらく我々の社会における巨大な転換の最たる事例を体現する存在でもあった」と、選出の理由を説明した。
今年がマスク氏にとっての当たり年だったのは間違いない。テスラ株の上昇などにより世界一の富豪に上り詰めたほか、スペースXではプロの宇宙飛行士を含まない旅行客のみが搭乗した宇宙船を史上初めて地球の軌道上に打ち上げた。
タイム誌が1927年から選出している「今年の人」は、その後個人のみならず当該の年に最も影響力のあった団体や運動、考え方も選考対象となってきた。負の影響を考慮する場合もあるため、選出が必ずしも名誉とみなされるとは限らない。
例えば38年には、アドルフ・ヒトラーがその年の人物に選ばれている。(CNN・2021.12.14 Tue )

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「徒然に日乗」(652~658)

〇2025/02/09(日)劣島上空の寒気団はなお豪雪を齎している。福島・新潟・石川など、史上最大の降雪量だという。屋根の雪下ろし、道路の除雪、それを必要とする前に、各地で自動車の渋滞や事故が多発。台風や豪雨も嫌なものだが、この時節であっても、誰もが気が滅入るほどの被害をもたらしている。▶日本海側の豪雪に比して、太平洋岸、特に関東地方では陽が射す程の好天気。さすがの寒気団も消え入り時か、豪雪も本日が最終段階だとか。被害の小さいことを祈願している。(658)
〇2025/02/08(土)明け方からやや強い風があり、そのために気温も上がらなかった。劣島の方々で大雪が降っている。これほどの降雪量があるのは劣島全体ではまれなことだろう。▶昼前に灯油などを購入するために出かける。寒い日が続くので、どうしても灯油(ファンヒーター用)は必要で、大半は猫の暖房用。風邪など引かれた日には、なかなかの出費だからと、必要以上に部屋を暖めている。▶日米首脳会談が「成功裏」に終わったそうだ。「成功」「失敗」とは何を指して言うのだろうか。この先の両国関係の経過を見なければ何を言うこともできまい。主従関係、従属関係であることはいささかも変わりないのだ。要するに、米大統領に丸(〇)を貰うための「へりくだり」「卑屈」を一貫したので、相手方が気分を良くしただけのことだといえるだろう。(657)
〇2025/02/07(金)終日寒さが持続していた。各地でも大雪が降っているらしい。▶昨日触れた「災害義援金」の領収書の宛名ミスを訂正してもらった新規のもが届いたので、お礼かたがた、その旨を電話連絡したところ、穴水町の担当者いわく、「雪はものすごく降っています」と。復興が遅れに遅れている上に、台風や豪雪は他地域並みに被るのだから、当地の人には理不尽に思われるだろう。夕方になって、ますます気温が下がってきた。あるいは、当地でも降雪があるかもしれないような天気具合だ。▶兵庫県知事選挙に関して、神戸地検と兵庫県警がPR会社への家宅捜索(強制捜査)を始めたとの一報が夕刻に出された。いよいよ知事の公選法違反(買収容疑)を立件する段階に入ったと言えようか。(656)
〇2025/02/06(木)駄文書きに夢中になっていて、「ゴミ収集」時間に間に合わなくなった。本日分は土曜日に。▶昼前に買い物に、茂原まで。帰宅後、郵便物が届く。その中で穴水町役場に依頼していた寄付金領収書の、当方の宛名が間違っていた。それでは税務署は受け取らないので、書き換えを依頼した。(なんと、書き間違えた「領収書」を役場まで返送してれということだった、その後に新規に作ったものを送るという。面倒を省いて当方で送り返した)その帰途に、近所のHCで猫用のドライフードを買う。(655)
〇2025/02/05(水)史上最強の寒気団の居座りは続いている。東北・北海道、あるいは北陸・九州方面などで半端ではない大雪が続いているようだ。▶一週間ぶりに猫缶を買うためにあすみが丘へ。加えて、部屋の蛍光灯(サークル)が寿命のようで、交換用のものを購入した。二年後に、「蛍光灯製造は止める」という注意書きが売り場に張ってあった。昭和が終わる、一つの典型事例のような気がしたな。▶夕方5時前に大阪のS君(ゼミ卒業生)から電話。2月15日午後に拙宅に来るという連洛。総勢7名だそう。賑やかになりそうだ。(654)
〇2025/02/04(火)終日自宅内に。最強の寒気団が劣島上空に居座り、北海道や東北・北陸あるいは山陰・九州地方に大雪を齎している。史上最大級の積雪量の記録が各地で出ている。まるで真夏の「最高温度」の記録続出の冬季版である。各地で事故などが起きているが、大事に至らないことを祈る。▶高い関税の障壁を設けて、相手国を威す米大統領の「強請(ゆすり)」政治の先行きを見てみたい。それがいとも簡単に通用するのだろうか。威せばいうことを聞くなどという暴力団並みのパフォーマンスが政治であるはずもない。内外に「摩擦」を生みだけの政治まがいには展望はないと思う。▶埼玉県八潮市の道路陥没事故はさらに救出が遠のいて、近辺を含めた広範囲の住民の日常生活に支障が出てきている。いかなる展望があるのだろうか。同じような事故が各地で頻発しているし、さらに大事に至らないとも限らない。これもある種の「災害」だろう。どのようにそれに対処するか。(653)
〇2025/02/03(月)本日は「立春」、折から、今冬最強の寒気団が劣島上空に到達するという。気温は高くはないが、寒くて困るというほどでもなかった一日。この先、しばらくは「寒気団」は居座りを続けるらしい。しかし、房総半島は比較的穏やかな気候らしい。▶埼玉県八潮市の道路陥没事故は、発生以来一週間経過。事態は悪化を深めている。生き埋めになっている男性の救出の目途はまったく立っていない。我が家の娘が草加市に住んでいるが、影響はないのだろうか。気にはなっているが、連絡ないので、あるいは大丈夫なのか。▶昼前に買い物で茂原まで。帰宅後、連れ合いは美容室に行くという。▶「立春の挨拶状」になっている年賀状への返信は、今朝早くに投函しておいた。いろいろと会って話したい人もいるのに、「虚礼」で済ませている感が否定できないのがモドカシイ。(652)

(ヘッダー写真は北陸放送・https://www.youtube.com/watch?v=FJziFAkOCNQ

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水と油を混ぜる方法

⦿ 週初に愚考する(五拾六)~ 今朝の「有明抄」には含蓄がありますね。今でも棲息しているでしょうか、無類の世話好き(世話焼き)がどこにもいて、似合いのカップルを作り上げて、正体不明の「狐」と「狸」を結びつける。いわゆる「仲人(なこうど)」「《「なかびと」の音変化》中に立って橋渡しをする人。特に、結婚の仲立ちをする人。媒酌人。月下氷人 (げっかひょうじん) 。ちゅうにん。」(デジタル大辞泉)

 ここから「縁談」が起り、そのなれの果てが「破談」でしょうか。幸か不幸か、所帯を持つ前にご破算になればいいものの、そうでないときは、なかなか面倒です。「不思議やな結婚の数ほど増える離婚かな」(無骨)。まるで他人事のようにしゃべりだしましたけれど、小生には「結婚」や「結婚生活」を語る資格は微塵もないことだけは告白しておきます。昨年結婚五十年を過ぎた夫婦ですから、うまくいったのかと思われそう。しかしその実態は、戦争、戦争、また戦争。何時だって「諍(いさか)い」に明け暮れていたのです。その喧嘩の勝ち負けです。相撲でいうなら「7勝8敗」と言いたいところですけれど、ぼくの場合は。いつだって「十五連敗」で、やけくそになりながら「負けるが勝ちや」という「怪しい美学」に生きているのです。

 「〈結婚は雪げしきのようなものである。はじめはきれいだが、やがて雪どけがして、ぬかるみができる〉と有三先生は仰います。つまりは、結婚とは、「どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ」というわけです。泥をかぶり泥水をかぶり、やがて互いに疲れ果てて、手を取り合えば「泥濘」も捨てたものではないでしょうに。そうはいかない方が多いのかもしれません。「40歳未満の既婚者のうち4組に1組がマッチングアプリで出会う時代」すなわち、マッチングアプリが今日の「仲人(世話焼き)」ということになりそうです。いざ結婚して、うまくいかなければ、、その昔は「仲人(人間)」に、その始末を持ち込んだものでしょうが、今日はどうするのか、「家裁」へ行くのか、あるいは「AI」なのか。「人を見る目」は誰にもあるが、それがつねによく見える目かどうかは怪しい。「恋は盲目」だとかいうそうですから。「人は見た目がすべて」とは言えないでしょうが、零でもないところに「出会い」の困難さがあるのかもしれません。「一目で惚れて二目で嫌ううまく行くはずないやんか」(無骨)

 「ホンダと日産」、この話が公表された際、ぼくはうまく行くはずもないと言っておきました。理由は単純。出自や家系を誇りはするが、それ以外にはいかなる美徳(売り)もない、もう終わっている会社が、戦後生まれの町工場上がりと、下に見る会社とうまくいく可能性はいささかもなかったと判断できるからです。その通りになったのは、当然。企業の株価比率(総額)が1対5ですから、逆立ちしても対等合併はあり得なかった。プライドだか家柄だか、そんなものを今時誇っているから、方々に身売り(身請け)する羽目になるのに、それがわからないのですから、潰れる運命にあ・あったというべき。ぼくはこれまで半世紀以上も車に乗ってきましたが、日産車は最初から現行車まで三台。いずれも「セドリック」という車種で、三台ともに10万キロ以上を走行したものでした。需要がなければ、市場から消える、産業資本社会の仕組みですね。(この「縁談」➡「破談」の裏(仲人)には経産省がいたことを見逃してはいけない。それを含めて、この国は坂道をノーブレーキで降っている)

 「幸せな結婚の秘訣は、どれだけ相性がいいかではなく、相性の悪さをどう乗り切るかにかかっている」というのは図星。もちろん、抜群に相性がいい組み合わせもあろうが、それは奇蹟みたいなもの。ぼくたち夫婦などは自慢ではないが、「水と油」だと思ってきました。どうあっても混ざらない、反発し合ってばかりで、半世紀です。ほとほと疲れましたね。もちろんそれは相手も実感は同じ。混ざるのではなく、反発し合う、それが五十年の軌跡(歴史)でした。

 〈 問ひつめて確かめ合ひしことなくてわれらにいまだ踏まぬ雪ある 〉そうです。要するに、人生は、結婚生活も含めて、その瞬間ごとが未知の世界に入ることです。(ちなみに、連れ合いの自家用車はホンダ、小生は日産です。「破談しかない」、まさに危険極まりない間柄ですな)

 企業の合併は「人間同士の結婚」ではない。まさに似て非なるもの。変な企業とくっついたら、自身を亡ぼすかもしれない世界ですから、ホンダが日産を「子会社」にするのは、理にかなっているのです。それが嫌なら「ご破算」になるほかなかったということ、ここに及んで、日産は自己認識(この際、生き残るためには、吸収合併しかない)がなかったことになります。会社幹部たちが「自分がかわいい」のか「企業がかわいい」のかを区別できなかったんですね。泉下の鮎川儀介氏(日産創業者)は何を想うか。

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【有明抄】破談 窓を開けると一面が銀世界。そんな朝に胸おどらせることが、年とともに少なくなっていく。『路傍の石』の作家山本有三の一文を思い出すせいかもしれない。〈結婚は雪げしきのようなものである。はじめはきれいだが、やがて雪どけがして、ぬかるみができる〉◆結婚の「婚」の右側にある「昏」は、もともと「暗くて見えない」という意味だそうで、言葉のなりたちを思えば実に奥深い。こども家庭庁の調査によると、40歳未満の既婚者のうち4組に1組がマッチングアプリで出会う時代。雪上の相手がよく見えず、気づけばぬかるみ…なんてご同輩が増えないことを祈るばかり◆人の縁ですら厄介なのだから、組織同士となれば余計むずかしい。ホンダと日産の経営統合は破談になった。好意を寄せる台湾企業を袖にして、世界の自動車産業の勢力図を塗り替える縁談も、互いの関係が対等か従うかで溝ができたのだとか◆幸せな結婚の秘(ひ)訣(けつ)は、どれだけ相性がいいかではなく、相性の悪さをどう乗り切るかにかかっている、と言った人がいる。厳しい国際競争の中で生き残りを図る企業にも妙手はなかったらしい◆〈問ひつめて確かめ合ひしことなくてわれらにいまだ踏まぬ雪ある〉小島ゆかり。多少のことには目をつぶる。そんな円満の知恵も、時間をかけないと使いこなせないものである。(桑)(佐賀新聞・2025/02/09)

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【明窓】水と油 ホンダと日産 「水と油」という。水と油が互いに溶け合わないように、性質が合わず、しっくり調和しないことを表す例え。経営統合交渉が開始からわずか1カ月余りで打ち切られるホンダと日産自動車がそうだろう。
 技術開発を重視し職人肌のホンダと、官僚気質が抜けないとされる日産。歴史的な再編として注目を集める半面、社風の違いから業界内では「水が合わない」と当初から協議難航を予想する声も多かった。日産のリストラ策の甘さにいら立つホンダに、対等に近い立場での統合にこだわる日産。互いのメンツをぶつけ合うだけでは展望は開けまい。
 同様に「水と油」に例えられるのが、トランプ米大統領と石破茂首相だ。パレスチナ自治区ガザを米国が長期的に「所有する」と主張するなど“俺様”ぶりを発揮するトランプ氏に、自分の方針や政策を語る際は前提条件をはっきりさせ、結論を急がず相手にじっくり語りかける石破氏。水が合いそうにないのは容易に想像できる。初の首脳会談はどう進むのか。
 溶け合わない水と油だが、界面活性剤や乳化剤など仲介役を入れることで混ざった状態を保つことができる。代表例がマヨネーズ。卵黄が仲介役を果たし、食卓を彩る。
 この卵黄効果が「水と油をまぜる方法」としてホンダのホームページの子ども向け自由研究コーナーに掲載されているのを見つけた。経営統合の仲介役は見つからなかったのか。(健)(山陰中央新報・2025/02/08)(註 ヘッダー写真です)

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お好きな「のり弁」、おひとつ

 最強の寒気団が、劣島上空にまだ居座っている。そして、各地に途轍もない雪を降らせています。昨日、必要があって、能登半島の穴水町(七尾市の隣町)の役場に電話をかけて、そのついでに「雪はどうですか」と訊いたら、「とてつもなく降っている」と担当者が話されていた。「豪雪です」、とも。地震からの復旧・復興が思うに任せない中での、度重なる不意の災害は身に堪えるだろうと、深く心配もし、同情も深くしました。

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 さて、森友学園関連「公文書開示請求」裁判。大阪高裁の判決が出ました。そもそも「そんな文書はない」とあからさまな嘘を付いてまでして、「総理の嘘」を隠したかった。この間の経過を議論していた国会の予算委員会の審議をぼくは見ていました。当時の財務省理財局長の「廃棄した」だの、「文書は存在しない」などという答弁に、この連中はどういう魂胆で、平気でうそを流すのだろうという気がしました。財務大臣の命令一家、総理を守るための体制ができたいたということでした。

 「総理大臣の犯罪を示す証拠物件」でしたから、裁判では最初から「そんなものはない」とは言わず、「あるともないともいわない」と押し通してきたのだった。不真面目ですね。「存否(あるなし)」に言及せずというのは「あるということ」で、そうも言えないから、徹底した不真面目を隠さなかった。しかし、大阪高裁は、そのを文書の存在を認め、それを開示をせよ、という判決だった。だが、果たして行政(政府)側は「そういたします」と態度を改めるとは思えない。請求された文書はこれですと、「真っ黒ののり弁」を出すのだろうという想像はつく。公文書は、すべからく公開が原則だし、国民の知る権利に障壁を設けてはならないのは当然。

 「第一条 この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」(行政機関の保有する情報の公開に関する法律

 「すみぬり‐きょうかしょ〔‐ケウクワシヨ〕【墨塗(り)教科書】=記述の一部を墨で塗りつぶした教科書。第二次大戦直後、日本の国民学校では、軍国主義的な内容を墨汁で塗り読めなくした教科書が使用された。(デジタル大辞泉)

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 「のり弁」の走りはいつからでしょうか。明治時代にもあったでしょうか。少なくとも、ぼくの記憶は曖昧ですが、戦後に学校教育が再開された段階では各地の学校で子どもたちは「のり弁つくり」に駆り出されました。いわゆる「教科書墨塗り」です。時期的に見るなら、ぼくも墨汁一滴、黒々と墨を塗ったのは間違いない。幸いなことに、その覚えが皆無なのは、学校・教師無関心が既に芽生えていたからでしょうか。

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【余録】「南史筆を曲げず」。中国古代の史官が命を賭して主君殺害の史実を記録に残そうとした故事を指す。紙ではなく竹簡に記録した時代で「太史の簡」とも言う。権勢を恐れず、真実を記録する官吏の理想を指す言葉として伝えられてきた▲逆に「曲筆舞文」は事実を曲げた文章を書くことだ。職務に忠実な「南史」が「曲筆舞文」の強要に抵抗し、苦悩を深めた。これが森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん事件で近畿財務局職員の赤木俊夫さんが命を絶った構図だろう▲改ざんの経緯を記録した「赤木ファイル」はさながら現代版「太史の簡」。開示されたファイルから精いっぱいの抵抗ぶりがうかがえるが、全体像は見えない。夫の死の真相を知ろうと妻が関連文書の開示を求めたのは当然だ▲文書を不開示にした国の決定を「違法」とした大阪高裁判決を政府が受け入れた。石破茂首相が上告見送りを指示したという。加藤勝信財務相も文書の存在を認めた。「びっくりした」という妻の言葉がこれまでの国の姿勢を物語る▲法律の条文を勝手に解釈して乱用する意味の四字熟語に「舞文弄法(ろうほう)」がある。情報公開法の条文を独自に解釈し、文書の存否さえ明らかにしてこなかった財務省は「舞文弄法」のそしりを免れない▲判決が確定してもすぐに文書が開示されるわけではない。開示されても「のり弁」と皮肉られる黒塗り状態では真相究明に程遠い。「原則公開」という情報公開法の理念に基づいた対応こそ信頼回復の道である。(毎日新聞・2025/02/08)
【金口木舌】注文してない「のり弁」ご飯の上にのりが敷かれ、揚げ物などが盛られたのり弁。手軽に食べられるので、よく買う。のりの下におかかや昆布が隠れているのも楽しみの一つだ▼いただけないのり弁もある。市民らの情報開示請求に対し、行政機関が内容を見えないように黒く塗りつぶして文書を提供することがある。情報公開に後ろ向きで、開示した体裁を取り繕ったものだ。見た目が似ていて「のり弁」と言われる▼2023年12月の米兵少女誘拐暴行事件などで外務省は調査団体インフォームド・パブリック・プロジェクトの開示請求に対し、米側とのやりとりを「のり弁」で開示した▼戦後80年、何度も繰り返された米軍関係者の事件事故。日米は重大事案があると再発防止策などを提示するが、なくなったためしがない。有効な対策がとられたのかも、全く検証ができない▼今回の事件について、林芳正官房長官は「抗議した」と説明していたが、実際は「申し入れ」だった。その時の日米間のやりとりも明かされない。情報公開を求めているのに、注文していない「のり弁」を出し続けるのは、国によるハラスメントではないか。(琉球新報・2025/02/08)
【夕歩道】国が「認諾」という奇手を繰り出したのは2021年末。何も主張せず請求された通りに賠償金を支払って訴訟を終結させる。赤木さん側を「不戦勝」にさせ、真相究明の動きを封じたのである。
 そうまでして臭い物を覆うふたを死守してきた国の姿勢が多少は変わるのか。文書開示を巡る今度の森友訴訟で、国は上告断念を表明し、存否も明らかにしてこなかった対象文書の存在を認めた。
 石破首相は「自ら命を絶たれたことは本当に重い。判決を真摯(しんし)に受け止めるべきだ」と。当たり前の内容だろうが、本件で初めて為政者のまともな発言を聞いた気がする。これまでがひど過ぎた。(中日新聞・2025/02/07)
森友学園に関する決裁文書改ざん 上告しない方針 加藤財務相 森友学園に関する財務省の決裁文書の改ざんをめぐり、関連文書を存否も明らかにせず不開示とした決定を取り消した大阪高等裁判所の判決に対し、加藤財務大臣は、石破総理大臣から指示を受け上告しない方針を示しました。加藤財務大臣は記者団に対し、文書の開示・不開示について今後、検討する考えを示しました。
森友学園に関する財務省の決裁文書の改ざんに関与させられ自殺した近畿財務局の職員、赤木俊夫さん(当時54)の妻の雅子さんが国に関連文書の開示を求めた裁判で、2審の大阪高等裁判所は、先月、1審とは逆に、国が文書の存否も明らかにせず不開示とした決定は違法だとして、取り消す判決を言い渡しました。
加藤財務大臣は6日午後、石破総理大臣から指示を受け上告しない方針を明らかにしましたが、この関連文書について、夕方、財務省内で記者団に対し、「検察に提出した文書は財務省に戻ってきている。相当量だと聞いている」と述べました。
そのうえで「法律にのっとって国民への説明責任を果たすという観点から、丁寧に検討すべきという総理の指示を受けてこれから取り組んでいく」と述べ、文書の開示・不開示について今後、検討する考えを示しました。(以下略)(NHK・2025/02/06)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250206/k10014714471000.html)  

 「国家機関説」を自説として持っています。しかしその国家機関が「恣意的」に、時には「意図的」に国民の諸権利を侵害してしまうのですから、何をか況(いわん)や、です。時の総理大臣があからさまな「犯罪」に触れる行為をした。それを追及されて、国会で偽証答弁に終始し、その挙句の「文書改竄」にまで至った事件。行政行為として職務を忠実に果たしていた一職員が、「文書改竄」を命ぜられ、その行為の不当性を身をもって明かした。「改竄の経緯をファイル」に遺していた。今日、いずれの役所においても「虚偽」「偽装」「文書隠匿」「不開示」等々、およそ考えられる限りの遵法の最低限度の配慮をないものにすることを異常なものとはしていません。 

 「判決が確定してもすぐに文書が開示されるわけではない。開示されても『のり弁』と皮肉られる黒塗り状態では真相究明に程遠い。『原則公開』という情報公開法の理念に基づいた対応こそ信頼回復の道である」と「余録」氏。中央官庁の率先垂範の悪事(隠蔽・改竄)は、一瀉千里で、各地方段階にも及びます。さまざまな不法行為が罷り通っている社会、それは法治国の名に値(あたい)しないのは言うを俟(ま)たない。不真面目、不誠実、不遜、傍若無人…、あらゆる心ない仕業というほかない行為を果たしつつ、それを「恬として恥じない」官僚、公務員、公僕とは何者なのだろうか。

 「何人も、故意に、この法律又はこの法律に基づく命令に違反し、又は違反を企て若しくは共謀してはならない。又、何人も、故意に、この法律又はこの法律に基づく命令の施行に関し、虚偽行為をなし、若しくはなそうと企て、又はその施行を妨げてはならない」(国家公務員法第一条)

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