けったいやなア、ほんまに。

 4月13日から「大阪国際万博」が開催されるという。出鱈目(でたらめ)の限りを尽くした万博問題も、いよいよ大詰め、最終段階。誰が「万博」を大阪に誘致したのか。聞くところによると「酒席の談合」だったとされる。語るに落ちた話だから、詳細は述べない。要するにA党が政権維持を図るために、あるいはそれがかなわなかったら、B党と一緒になって新たな政党を立ち上げ、あわよくば政権奪取を図るため、そんな恥ずかしい「利権」獲得のために、大枚・国税等を数千億円もはたいて「ゴミの島」に捨てたのだ(開催地を決めたらしい)。このゴミ埋め立て地を、大阪府は「夢洲(ゆめしま)」などと府市民を惑わし騙す名称にした。A党は老舗の腐敗党であり、B党(グループ)は、Aから分かれた面子(めんつ)による新腐敗党。どちらも「新自由主義」とかいう民衆切り捨て教の一派。まるで暴力団に違わない傍若無人党でもある。

 これが酒席での政治的野合の前段で、本命(後段)は「カジノ経営ホテル」の誘致だった。もちろんアメリカ資本で、米国元大統領(再選されて、現職の大統領でもある)の盟友をもって任じていた故元首相(天性の嘘つき)が、日米関係の誼(よしみ)で強請(ゆす)られ、挙句にカジノ業者を押し付けられ、ルーレット会場(ホテル)の誘致を求められた挙句のこと。二重、三重の「売国的政治案件」だったというほかない。

 それもあってか、開催2カ月を前にして、なお「開催反対」「万博止めろ」の民衆の声は絶えないどころか、いよいよプレストよろしく、クレッシェンドの勢いで大合唱が鳴り響いている。「維新」の政治家は碌でもない輩ばかりといいたくなる。「維新は半ぐれだ」という評論家もいる。これが現代日本の政治家のレベルだと聞けば、この国があらゆる指標で止めどもない勢いで、欅坂ならぬ「下り坂」を転がり落ちていることが判然とする。つまり、この国は「先進国」などでないのはもちろんのこと、二等国でも三等国でもなく、あえて言うなら、もっとも堕落し、近代化過程の途次で、いちはやく行き詰った国というべきであろう。

 ランク付けに価値があるとは思われないけれど、少なくとも国内の堕落や頽廃がさらに激しさを増しているのは、西洋音楽に例えれば、最終楽章の「フィナーレ」に、楽団員のすべてが息切れし、指揮者は指揮台から転げ落ちてしまって、身動きが取れない状態で床に倒れ伏している。ただ、空しく時間ばかりが経過しているという風に見える。もちろん、最初のころにいた聴衆も払底し、わずかな客も、今では寒さで凍えている始末(少子高齢化の一現象)。

 大阪生まれの「おせいさん」(田辺聖子・1928~2019 )が健在であったなら、カモカのおっちゃんとどんな会話を交わしていただろうか。ぼくにでも、ほぼ推察できる気がする。名代の宝塚ファンでもあった。後年、兵庫県住まいをされたけれど、今日の宝塚歌劇団の「集団イジメによる自殺事件」も見ないままだったし、さらには兵庫県知事選挙の醜態も経験されなかったのは、おせいさんファンのひとりとして「せめてもの慰み」だったと思うばかり。おっちゃんとおせいさんは「けったいやなア」「アカンことになったなあ」「大阪も兵庫も、なんでこんなにアカンようになったやろな」「そら分かったるで、学校教育と家庭教育が壊れてしまったからや」「そんな腐った学校や家庭から生まれた政治家や役人たちの不作為・不誠実・不義理のせいやと思うわ」「つまり、まず国会にいる政治家がどないもしようのないあかんたれやちゅうこっちゃ」「自分の腹ばかり太らせる、それを選挙民は見て見んふりしとる」「もうアカンで」「治らんか、おっちゃん」「手遅れちゅうこっちゃア」

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 大阪や兵庫だけが悪うなったんとちゃうで(と当方もつられて関西弁になってるやんか)。国の政治家が阿保やからや。嘘八百を連ねて、なお政治権力をつかんでいるちゅうのは、要するに選挙民がアカンにゃね。それをどないかせんと、この腐敗病・堕落癖はどこまで行っても治らんで、ホンマやで。それにしても、どいつもこいつも「大学は出ました」と言うてる。入ったんやから、出る。つまりは「心太(ところてん」式やな。スーッと出よるんやから、何も勉強せなんだいうこっちゃ」、えらいことになっとるね。

【新生面】けったいやなア 熊本で耳にすることはほとんどないが「けったいな」という言葉がある。<けったいな、という語ほど、大阪人が頻発するものはないであろう>と生粋の大阪人で2019年に亡くなった田辺聖子さんが『大阪弁ちゃらんぽらん』に書いている▼語源は「希代」とされる。関西では「キ」を「ケ」と発音するから、なまってけったいとなったのではという。田辺さんは「怪[け]ッ態[たい]な」と当て字で書くのを好んだ。怪奇な、ふしぎな、へんな、つじつまの合わぬ、おかしな、といった広い意味合いがある▼1970年の大阪万博でも「何や、けったいやなあ」と感嘆して見上げた来場者がいたはずだ。岡本太郎さんが手がけた「太陽の塔」。度肝を抜くような巨大な異形のオブジェはいまも万博跡地の公園にそびえ立ち、観光客を引きつけている▼そんな目玉が見当たらないせいか、大阪で2度目となる「大阪・関西万博」で前売り入場券の売れ行きが伸び悩んでいるという▼販売の基本はスマホを活用した電子チケット。手続きが煩雑、デジタル弱者には不便だと評判が悪い。何より、そうした手間を乗り越えてでも「行きたい」と思わせる何かが足りないゆえの前売り不振ではないか。目玉とされた「空飛ぶクルマ」の商用運航も間に合わなかった▼もっとも数多いパビリオン(展示館)の中には面白いものがありそうだ。実際の観覧が始まれば評判を呼び、人気を博す展示が現れるかも。ワクワクドキドキのけったいなモンも見つかるはず、知らん、けど。(熊本日日新聞・2025/02/16)

● 万国博覧会【ばんこくはくらんかい】世界各国の参加で開かれる国際博覧会。万博,EXPOとも。1928年の国際博覧会条約では,政府または政府公認の団体が主催し,諸外国の参加を招請,会期3週間以上6ヵ月以内としている。1851年ロンドンのクリスタル・パレスで開催されたのを最初に,エッフェル塔を記念物として建設した1889年のパリ万国博や,〈科学文明とヒューマニズム〉をテーマとした,1958年第2次大戦後初のブリュッセル万国博など,欧米主要都市で相次いで開かれた。日本は1867年のパリ博に初めて参加,1940年には東京で開催の予定であったが,戦争で中止。1970年大阪千里丘陵で開催の日本万国博覧会(大阪万博)はアジアで最初の万国博覧会で,77ヵ国が参加,6421万8770人の入場者数を記録した。日本ではその後1975年―1976年に沖縄国際海洋博覧会(沖縄県),1985年に国際科学技術博覧会(通称は科学万博つくば’85,茨城県),1990年に国際花と緑の博覧会(大阪市)が開かれた。2005年には愛知県(瀬戸市)での国際博覧会が開かれたが(愛知万博),会場建設にともなう環境破壊が問題となるなど,〈自然の叡智〉というテーマとも関連して保護と開発が論議された。2010年には上海で国際博覧会が開催。(百科事典マイペディア)

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「徒然に日常」(659~665)

〇2025/02/16(日)穏やかな陽気の一日だった。午前中に買い物に。昨日の勢寿しの「寿司樽」(十五人前)を返却してきた。いつも行くスーパー(ランドローム茂原店)の隣にあるだから。経営者の出身地が「天津小湊」なので、毎日そこからネタを仕入れているという。本当は週に一回は行きたいのだが、猫がいるので、家を空っぽにすることもできず、昨年の九月に行ったきり。猫がいない頃は、週一で通っていた。拙宅は少し店から離れているが、出前はOKなので、今後も注文する機会は多くなりそう。▶Sさん(成田市公津の杜在住)からメールがあった。これまでしばしば来られていたが、最近は縁遠くなっている。昨日来宅のゼミ生の同期生。ほんの一瞬だったが、スマホ(の電話)で参加してくれた方。(665)

〇2025/02/15(土)午後に卒業生が大挙してやってきた。総勢13名。(電話参加1名)卒業以来ほぼ三十年経過の方々だった。(詳細は「ブログ<Can’t Help Falling In Love>」に)(664)

〇2025/02/14(金)昼前に買い物に、茂原まで。▶帰宅後に、W君から電話。明日の参加者の件についてだった。何名になるのか、よく分からないままだったが、13名になりましたという話。ただ、車で来る人がだれで、電車組がだれかがわからないので、今晩に、それを確かめて電話してほしいと依頼しておいた。午後9時半を過ぎたがまだ連絡がない。全員が自動車でくるのだろうか。(663)

〇2025/02/13(木)終日激しい風が吹き荒れた。北から、西からの風向きがほとんどだったので、「春一番」とはならなかった。▶午前中は拙宅前の町道に埋設されている水道管からの漏水修理の工事があった。たぶん、午後の段階で終了したと思われる。▶お昼前にいつも通りに買い物で、茂原へ。強風は一向に収まらず、枯れ枝などが庭や屋根に吹き落されている。後片付けは大仕事。▶S君から電話あり。15日の件で、出席者が2名増えるということだった。都合9名か。と思いきや、午後9時ころにHさんから電話。出版社勤務の方で、「何人か連れて行っていいですか」とのこと。さらに数名増えそうな様子。十名を超えるが、最終的には明晩にでも教えてほしいと伝えた。(662)

〇2025/02/12(水)午前十時過ぎに猫缶購入のためにあすみが丘へ。前回から十日以上経過しているから、さすがにこの缶詰に対する食欲は落ちているのだと思う。これに変わるものがあればいいが、先ずなさそう。いろいろと試してきたが、最もなじんでいたのだから、もう少し続けてみたい。おやつ類はいろいろと種類を揃えて出している。▶午後、水道局を名乗る人が来て、拙宅前道路の少し先で「水道管破損により漏水」があるので、「この道路は通行止めにします」ということだった。各地で道路陥没が発生しているが、下水管や水道管の劣化が原因とされている。隣町の大網白里でも、昨日陥没事故が起こっている。劣島全体ではどういうことになるのだろうか。住宅にしてもマンションにしても耐久財ではなく、せいぜいが三十年か五十年、都合よく短期間の耐久期限を我々は受け入れて来たのではなかったか。▶長期間に及んだ最強寒気団もようやくどこかへ移動したらしい。それにしても、その後遺症はなお続いている。また、寒波の襲来と同時に火災件数が増えているようにも思われる。十分に注意したい。(661)

〇2025/02/11(火)本日は「建国記念の日」だという。この国が誕生した日を祝うというのだから、実に荒唐無稽なこと。神武天皇即位時、それが「紀元」の始まりだとして、従来は「紀元節」などと称されていた「神話的寓話」だった。こんなことを真剣に(だろうと思う)考え着くのだから、政治とは「お伽噺の世界」だといいたくもなる。今でも「紀元節」大祝賀(奉祝)会を虚構(挙行)しているのだろうか。▶昼前に買い物で茂原まで。いつも言うことだが、何を買ったわけでもないのに、五千円で釣銭がわずか。物価高騰、まったく鎮まる気配がないのはなぜだろうか。▶S君からメールが入っていた。拙宅訪問日は14日と(小生が)誤記していたことを指摘された。15日の誤り。少しばかり時間を早めてもらった。幸いなことに、今のところ天候には恵まれそう。(660)

〇2025/02/10(月)終日自宅に。▶劣島上空に居座り続けている最強寒気団の運んでくる豪雪は各地に甚大な被害をもたらしている。先月末から数えて、すでに十日余。本日も雪害の報道が各地からあった。▶穴水町役場から電話。送り返した「領収書」が届いたとのこと。彼の地でも、降雪が激しいとの話もあった。(659)

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Can’t Help Falling In Love

 昨日(2月15日)午後、拙宅に卒業生が集まった。勤めていた大学の担当ゼミの卒業生でした。よく忘れないで、教師の風上にも置けないようなダメ人間のところを訪ねてくれたものと感謝しています。話せば長くなるし詰まらぬことでしたから、その話は省きますが、ぼくは授業を担当するのが他人よりうんと遅かった。「助手」になったのは25歳過ぎだったが、それから横道に入り込み、当時の上司(教授)の意に背いて論文なども書かなかったから、案の定、「君は首だ(You get fired.)」と告げられた。(この辺りの事情はどこかで触れています)「首になるのはかまわないが、先生から給料をもらっているのではないし、教授会で決められた人事ですから、そこに諮ってほしい」と告げたら、その件は沙汰止みになった。というわけで、昨日来てくださった面々は、担当した、最初期の「演習(ゼミナール)」の卒業生でした。

 ほぼ、三十年ぶりの「ゼミ」の復活だったと思う。総勢は十三名。狭くて汚いわが家にはもったいないほどの訪問者(賓客)だった。スマホ電話で参加された方もいました。同時期のゼミ生でした。ぼくの連れ合いも、臨時ゼミに参加していたが、時に戦友の「旧悪をばらす」という宜しくない言動もあって、冷や汗ものだったが、最終的には夜の八時過ぎに解散。およそ6時間に及んだ臨時ゼミは終わりました。宮城や大阪から来られた方の帰宅行は大変だったと思う。ここで、十三名(+電話参加のおひとりも)の方々について、三十年ほどの間隔を埋めるべく、なにがしかのコメント(人物評)を書くところでしょうが、ぼくにはその観察力も表現力も備わっていない。いささか変則に流れますが、今から60数年前に観た映画「ブルーハワイ(Blue Hawaii)」の主題曲になった、エルヴィス・プレスリーの<Can’t Help Falling in Love>( 1961年作)を引用して、その代用にしたいと思う。

 曲自体は、「チャラい恋愛節」です。しかし、昨日から今日に至る、ぼくの心境を正直に吐露するなら「愛さずにはいられない」というほかないと、懐旧の情の胸に迫る(込み上げる)ものがあったのです。ぼくは「教育」を志(むね)とする授業や活動に、ささやかながら従事していました。軽薄なことに、人並みに「教育とは…」と訳知り顔で語ってきたし、語りすぎてきたという慙愧の念がある。だから、その罪滅ぼしのように、かかる「駄文ブログ」を書き殴っているのでしょう。要するに、ひとはひとを、遂には<Can’t Help Falling in Love>という地点にまで至れれば、以って冥すべしとするのです。誰彼にも成功や失敗があるのは当然でしょう。それを含めて、教育は付き合いに尽きると、ぼくは確信している。長い付き合いの中で育つもの、それはお互いが作り上げるものであり、それをあえて「教育」と呼んでもいいでしょう。

 旧交を温めている際に「少しも変わらない」という言葉がたくさん出てきました。この評言にはいくつもの意味(含意)があります。三十年経っても変わらないというのは、いい・悪いではない、変わらない「その人(の核心部)」を掴まえたという確かさがあってのことだったでしょうか。プレスリーの歌は若い男女の、束の間の恋物語ですから、<Only fools rush in>、いわば「若気の至り」「一目惚(ひとめぼ)れ」というもので、これを世間では「恋は盲目」とかいうらしい。ぼくにもそんな時代があったかどうか、記憶力の衰えは何も示してくれません。だから、大事なのは、「ずっと盲目でいられれば」ということでしょう。

 別の表現でいうと、「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」ということ。熱が冷めてみると「なんだ、アバタじゃん」ということになるのがお定まり。さてそれから先をどうしますか。「好きになり続ける」のは至難の業だけれど、その「好き」の中にたくさんの「嫌い」がなければ、「好きだけの感情」にはいささかの展望もないでしょう。「愛」の強さに応じて生まれてくるのは「憎」です。「愛憎半ばする」というのは本当ですね。恋愛とは何か、ぼくにはわかりませんが、好きと嫌いが背中合わせで、ひとは付き合う。

 いささか脱線気味です。「二十歳前後の若者たち(三十年ほど前の)が、拙宅の居間」に集われていたことを想うと、一入(ひとしお)の感慨がありますね。うんと若いころ、ぼくはプレスリーに好(い)かれていたことがありました。後年、彼の伝記などを調べ、大変な生涯を送った人として、改めて聴き直したものでした。彼は双子で生まれたが、乳児期、片割れがその横で死に絶えている中、真っ暗な穴倉のような部屋で生き延びたのでした。その後も極貧に洗われた家庭で育てられた。後年の彼の明るくも、時に暗い影が差す表情に、ぼくは引き付けられていた。まだぼくは高校生だった頃のこと。

Can't Help Falling in Love 

Wise men say
"Only fools rush in"
But I can't help
Falling in love with you

Shall I stay?
Would it be a sin
If I can't help
Falling in love with you?

Like a river flows
Surely to the sea
Darling, so it goes
Some things are meant to be(以下略)

<Elvis Presley – Can’t Help Falling In Love (Official Audio)>https://www.youtube.com/watch?v=vGJTaP6anOU)              <Elvis Presley – Can’t Help Falling In Love (’68 Comeback Special)>https://www.youtube.com/watch?v=ttuVUynl5SU)                  <Can’t Help Falling in Love – Lucy Thomas – (Official Music Video)>https://www.youtube.com/watch?v=0siyVtIxu4M

プレスリー(Elvis Presley)生没年:1935-77 アメリカの大衆音楽が生んだ戦後最大のスター。南部黒人音楽の中心地メンフィスで貧しい白人労働者家庭に育ち,黒人のリズム・アンド・ブルースをまねて歌ったのが,ロックンロールの創始者の一人としての栄光につながった。1954年に初めてのレコード《ザッツ・オーライト・ママ》を録音した。それがきっかけで広く認められ,56年に《ハートブレーク・ホテルHeartbreak Hotel》の大ヒットを放ち,ロックンロールのブームを世界中に巻き起こした。その後も《冷たくしないで》《ラブ・ミ―・テンダー(やさしく愛して)》などの大ヒットを連発。58年から60年までの兵役による活動中断後は映画出演が多くなり,歌手としても幅広い層を狙った保守的な行き方へと転換した。すでに映画界へは1956年《やさしく愛して》でデビューしていたが,60年代にはドン・シーゲル監督による《燃える平原児》(1961)のほか,ヒット曲をからめた《ブルー・ハワイ》《ガール!ガール!ガール!》《ラスベガス万歳》など多くに出演した。これらの多くは明るく健康な好青年が,恋と冒険に活躍する単純なストーリーで,興行的には成功したものの,しだいに衝撃力が弱まった観があった。しかし,68年以降,テレビの特別番組や,ラスベガス・インターナショナル・ホテルのショーで成功を収め,同じショーを記録した映画《エルビス・オン・ステージElvis On Stage》(1970),ホノルル公演の世界宇宙中継など華やかな活動で王者復活の話題をまいた。しかし過酷なスター生活のなかで健康をむしばまれ,42歳で死去した。(世界大百科事典)

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 大学一年生の英語の授業で、担当教師は「RとL」の発音の違いを正確にしないと大変なことになると、実際にあった話を教えてくれました。プレスリーの「優しく愛して」はその時の格好の教材だった。love が rub になっている、それが<Only fools rush in>ということの真意かもしれません。「優しく擦(こす)って」と、愛することを取り違えないでおこうと、若かった(なんと二十歳前でした)ぼくは心に決めました。この担当教師のU 先生。彼は優れた言語学の研究者でもあったが、若くして亡くなられた。このUさんの結婚式で、ピアノ演奏者を探すように頼まれて、知り合いの女性音楽家を紹介したことも思い出します。

 間断なくというのか、間断を挟みながらかもしれない、それでもなお続く関係を大事にしたい。「あの人は、昔のままの人だった」という再発見が、また新たな関係のきっかけになるのでしょか。教育は教室を超え、学校を越えて続く(「付き合い」という関係です)。だから、「遠路はるばる」と、辺鄙なところに来てくださった方々に、深く感謝します。

 (postscript 小さな声(文字)で。「ヨーコチャン、この駄文、あなたの目に留まるといいな」 そして、先は長いぜよ、とも言っておきたいね)

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公認の「性」は男と女だけ?

【小社会】虹は消えたか 虹は何色と聞かれたら? 日本人の多くは7色と答えるだろう。外国では6色だったり、5色だったり。想像しにくいが、2色に見る文化もある。もちろん虹の色は無限にあり、白黒はつけられない。
 トランプ米大統領が1月に行った就任演説が波紋を広げている。「政府の認める性別は男性と女性だけだ」とLGBTQ(性的少数者)を否定した。かと思えば、同月末の航空機事故に絡めて連邦航空局の障害者雇用を難じた。
 5年前のトランプ氏1期目。コロナ禍では差別的なポピュリズムが台頭しやすいとするスロベニア出身の哲学者、S・ジジェクさんはトランプ氏の言動をこう皮肉った。「われわれが見ているのは『裸の王様』のリメーク版である」(著書「パンデミック2」)
 「裸の王様」から受け取る教訓は、忖度(そんたく)して口をつぐむ大人とは違う「無邪気な子どもの目線」の大切さだろう。だが、リメーク版はその次元を超えて「現在は王様本人が自慢げに『俺は何も着ていない』と公言している」とも。
 2期目はどうなのだろう。米国の交流サイト(SNS)大手は、採用などで多様性に配慮する施策を廃止して、ファクトチェックもやめるという。いよいよ王は悠然と闊歩(かっぽ)し、追随する層は分厚くなったように映る
 虹は決めつけ、押しつけをいさめる多様性を象徴する。そろそろ、春雨とともに各地に架かる頃。色とりどりの橋は私たちにどう映るだろう。(高知新聞・2025/02/15)

(ヘッダー写真「米ニューヨーク市で、トランスジェンダーの権利を守るデモに参加した人々」(2025年2月3日撮影)。(c)CHARLY TRIBALLEAU/AFPhttps://www.afpbb.com/articles/-/3561344?pno=5&pid=doc-36X46KZ_1_2455949_preview

⦿ 週初に愚考する(五拾七)~ 「人間の性は男と女だけ、これが政府の公式見解」という。その時の「政府」とは? たぶん、選挙で選ばれた大統領なのだから、「全権委任」されたと、意図して錯覚している。大概の政治権力はそんなものだ。「何でもできる」という過信は、中身のない証拠である。社会の現実や日々生じている個々の事象を、自分は気に入らないから一切認めないという権威ずく政府。そんな政府はいらないと、新たな大統領を選んで「LGBTQ+」からなる「性の多様性」を認めるのが「政府の公式見解」とするとなると、「政府」の正統性・正当性(legitimacy)の根拠は何処にあることになるのかという問題は消えないままである。憲法だって、時には改正(修正)は不可避であり、それは当たり前のこと。「この国は武力(としての軍隊)は持たない」と宣言していたが、時代の政治状況の変化で、「戦力としての軍隊はこれは強固に保持する」ということだって起こる。

 極論を言うなら、政府・権力が「人間には男と女しかいない」と言ってみたり、「我が国の国民は白人だけが公正る」と言ってみたり。四年後には、「国民とはこの国に住む権利を正当に有する人すべて」ということにもなる。まるで政府は「日替わり定食」のメニュを書くばかりの役割しかないのか。ラーメン屋の日替わりなら受け入れもするが、それが突然、日本蕎麦屋になったり、洋食屋になったりでは、おちおち付き合ってもいられぬ。におhンは言うまでも亡いけれど、アメリカもとことん下種な社会(国)になったものと、ぼくは目を瞠(みは)っている

 「朝令暮改」を旨とする権力も妥当性(正当性・正統性)を持たないけれど、一党独裁、ファシズム政治によって、あらぬ「政策」を決定されるのもはなはだ迷惑極まる。こんな愚かしい政治権力の例示には事欠かないのが「歴史」であろう。絶対的権力者だという自惚れ(錯覚)は、自分一人の間違いで終わらないとき、国家・国民は路頭に迷うことになるし、その国民の被害と苦悩は計り知れない。そればかりか、他国の受ける迷惑や損害も半端なものではないだろう。「関税大統領」、その損得はどうなるのだろうか。そんな事態が、ただ今の米国で生じ(ようとし)ている。要するに、多数決(投票・選挙)で勝ったのだから、「何をしてもかまわない」と暴走する「独裁者」を阻止(排除)できない、そんな民主主義はいらないというべき。溝(どぶ)に捨てるべし。「トランスジェンダーの権利」を守ろうとする人々を、未公認(非公認)の人種(民衆)として、政府に盾突く犯罪者だとするのだろうか。是非とも、そうして欲しいね。アメリカでは「監獄」建設ラッシュが続くだろう。

 極東の小島にいてぼくが痛感するのは、「トランプへ、トランプへと草木も靡く(Even the grass and trees bow to Trump)」という著しい頽廃現象だ。アメリカは、これほどに愚かな国だったと、当事者が率先して世界に宣伝しているのだから、始末に悪いし、その自覚を持たない連中(GAFAを含めた「成功者」)が社会的権威のそれぞれの具現者であるからなおさらに、アメリカ社会の道徳的、あるいは政治的劣化は看過できないほどだということだろう。その「劣化」現象を修復するための「アメリカ第一」「再びアメリカを大国に」というスローガンなのだと強弁する大統領が「英雄視」される、そんな危機的状況下に彼の国はあるのだし、そんなヤバい国の「尻馬に乗る(riding on horseback)」、この小島の総理は落馬すこと間違いなしだ。(次に打って出る「大統領の暴挙(快挙)」は、多様性を認める国との「国交断絶」大統領令の署名だ。かくして、アメリカは限りなく孤立した国へと独走することになる。野蛮な時代、それが「黄金時代」だというのだから、始末に負えない)

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(右写真 ➡ )「ストーンウォールの反乱」の記念碑に関する米国立公園局のウェブサイトから「トランスジェンダー」「クィア」が削除されたのを受け、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」の前で行われた抗議デモ(2025年2月14日撮影)。(c)Kena Betancur/AFP」=https://www.afpbb.com/articles/-/3563113?pno=1&pid=doc-36XW2FH_1_2503325_preview

LGBTQ権利運動発祥地の公園局サイトから「TQ」削除 米NYでデモ 【2月15日 AFP】米国立公園局は14日、LGBTQ(性的少数者)の権利運動の原点となった1969年の「ストーンウォールの反乱」の記念碑に関するウェブサイトから、トランスジェンダーとクィアに関する記述を削除した。これを受け、ニューヨーク市では同日、抗議デモが行われた。/この動きは、ドナルド・トランプ大統領が同国に性別は男性と女性の二つしかないとする大統領令を出し、トランスジェンダーの人々への攻撃を主導する中で起きた。
連邦政府機関の一つである国立公園局が管理するウェブサイトは、ストーンウォールの反乱の現場となったゲイバー「ストーンウォール・イン」やビジターセンターに関する情報を提供していた。
ニューヨークのグリニッチビレッジにあったこのゲイバーは1969年6月28日、警察の強制捜査を受けた。これをきっかけに6日間に及ぶ暴動に発展し、現代の同性愛者の権利運動の発端となった。この運動は後にトランスジェンダーやノンバイナリーの人々にも拡大した。/だが、同サイトで14日、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィアの頭文字を取った「LGBTQ」が「LGB」に変更され、トランスジェンダーとクィアに関する言及もすべて削除された。
この動きに対し、ニューヨーク市内で抗議デモが開催され、数百人が参加。「沈黙=死」「Tなくしてストーンウォールなし」などと書かれたプラカードを掲げた。(以下略)(https://www.afpbb.com/articles/-/3563113?cx_part=topstory)

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「和平交渉」に前のめり、なぜ?

 この地上から「戦禍(戦火)」が消えるなら、手段は選ばなというのはどうか。「(表立った)殺戮合戦」さえなくなれば、「戦争」の痕跡が残っても仕方がない。「殺し合い」、いや「一方的殺され損」を世界の人民が黙認し、土足で侵略してきた泥棒が奪った「侵略地」を固定したままの「戦争終結」を強いるような「和平交渉」は、しかし、必ずや、新たな「戦争」の火種(禍根)を残すことにしかならないだろうと思う。それは「歴史」が教えています。「ガザ」はもはや再興不可能だから、住民は周辺国が引きとれという「米大統領の打算」を、誰が認めるだろうか。「それを君が言うか」だね。

 空っぽにした「ガザ跡地」をアメリカが「リゾート(中東のリヴィエラ)」にするという。これまでも本来の居住地を追い出され、迫害され続けてきた、いわば「地域内難民」であることを余儀なくされたパレスチナの人々を、さらにあからさまな、正真正銘の「難民(refugees)」に仕立てるような「ガザ買収」は誰のためになるのか、そのことを強く考えている。大国が寄ってたかってパレスチナの地に住んでいる人々に「イスラエル人に軒を貸してやれ」と言った。それが結果として「母屋まで盗られた」のだから、まるで国際的なだまし討ちにあったのが、ガザ(パレスチナ」問題の発端でした。

 (ヘッダー写真はアムネスティ国際ニュース・2024年12月5日)(https://www.amnesty.or.jp/news/2024/1205_10533.html

 ウクライナの「平和」交渉(取り引き)を当事国を抜きにして、侵略者とそれを支持する米大統領で取り決め、その結論をウクライナ当局に飲ませる、それを「和平」と呼ぶことはできない。ウクライナの市民の多くが既に難民化しているのに、さらに多数の難民を生もうという、この「平和構想」は誰のためになるのでしょうか。「(ウクライナは)いつかロシアになるかもしれない」、「トランプ米大統領はロシア寄りの姿勢が目立つ。侵略者側との交渉の結果として、ウクライナに大きな譲歩を求めかねない」のが狙い目だろうか。米・露という、覇権主義の権化のような国と国、まるで「水と油」の関係にある両者が腹を割って話うことはできないのはこれまでの両国関係で明らかにされている。その上に「他国の土地」を勝手に(権力者自身の)互いの利益のために弄(もてあそ)ぶのだから、当事国はたまったものではないでしょう。

 「パレスチナ問題」も「ウクライナ侵略戦争」も、どちらも長い長い前史があります。百年、二百年どころではない。その歴史や事情を一切無視して、当面「戦火」が絶え、「戦禍」が消えることだけを求めるような「上辺の平和構想」を急ぐのはなぜだろう。「喧嘩の仲裁(arbitration of disputes)」は必要だとして、仲裁役の「行司」が鎧や武器を隠しているなら、いずれ「見せかけの和平」は潰える羽目になり、一層悲惨な事態を生むことは避けられない。そんなことは構うものかとばかりに、「火種」を強引に埋めてしまうような「平和詐欺」を働くアメリカ大統領は、とんだ「食わせ者(trick)」だというほかない。「平和という名誉(メダル)」を盗ることができるなら、いかなる手段(侵略も略奪も)も選ばないとは、と何度でも言いたい。

 世界の人民(諸国民)は、現実の「悲劇」を食い物にするハイエナ(hyena)が演じる「喜劇」の見物客であっては断じてならないと思う。「自らの欲望を満たす」ためなら、平和であろうが、戦争であろうが、当人にとっては選ぶところではないのです。「野蛮時代の野蛮な政治家(a barbaric politician in a barbaric era)」というべきでしょう。つまりは、今では自他ともに認める「裸の王様(king naked)」だから、恥も外聞もないということ。「鈴」だけではなく、しっかりした「首輪」をつけなければ。「見栄っ張り」のダシに使われては「平和」も泣こうというもの。彼が本当に欲しいのは「平和」なんかではないのだ。欲しくてたまらないのは「平和賞」というメダルなんだから、努々(ゆめゆめ)騙されてはならないと言わでもことを記しておきます。

【水や空】「冬の太陽」か否か 日本語では「見かけ倒し」だろうか。冬の日差しは弱いことから、ロシアでは〈冬の太陽は光れども燃えず〉といい、見かけだけで実効のないことをそう例えるらしい▲光っても燃えない太陽なのか、雪解けをもたらす春光か、今は何とも測りがたい。トランプ米大統領がロシアとウクライナの戦争終結に向けて動き出した。まずは両国の大統領と電話会談し、これから交渉を進めるとしている▲ウクライナについて「いつかロシアになるかもしれない」と言い放ったその人は、どんな着地点を探るのだろう。見かけは「妥結」、実は「ロシア寄り」ならば、日が差し込むといっても本当の解決には遠い▲ウクライナに対して米国は、支援を続ける見返りとして希少な鉱物資源を要求している。こんなに重大な局面でも、損得勘定のそろばんずくが顔を出すトランプ氏は、大統領より「アメリカ株式会社の経営者」という肩書がお似合いかもしれない▲マックス・ウェーバーは〈政治とは情熱と判断力を駆使しながら、堅い板に力を込めてじわじわっと穴をくりぬいていく作業である〉と書いている。経営力よりも今はまさに政治力の出番だろう▲電動ドリルで一気にうがつのではない。じわじわっと調停の風穴を開けてこそ、和平という陽光が差し込むに違いない。(徹)(長崎新聞・2025/02/14)
【談話室】▼▽19世紀ロシアの文学者クルイロフは、風刺の効いた寓話(ぐうわ)で名高い。何か出来事があれば即座にそれを題材に創作し、世に出したという。社会の矛盾や人間の愚かさなどを突く作品は広く支持され、海外でも翻訳された。▼▽例えば農民と強盗の話がある。市場で雌牛と乳を搾る桶(おけ)を買った男が、家に帰る途中で賊(ぞく)に襲われ、身ぐるみ剝がされた。1年間、食うや食わずで働き、やっとこの日が来たのに。助けを請う農民に強盗はこんな言葉をかける。「よし泣くな。この乳桶だけは返してやろう」▼▽強奪しておきながら、あたかも慈悲を施すかのような振る舞い。しかも価値の高い牛は手放さない。力に基づく横暴は昔も今も認められまい。ウクライナがこの農民になってしまわないかと懸念する。ロシアとウクライナの戦争終結に向け、米ロ首脳が交渉開始で合意した。▼▽トランプ米大統領はロシア寄りの姿勢が目立つ。侵略者側との交渉の結果として、ウクライナに大きな譲歩を求めかねない。寓話には、羊抜きの会議でオオカミを羊の管理人と決める愚行を戒める物語もある。最も重要な当事者の声が蔑(ないがし)ろにされることがあってはならない。(山形新聞・2025/02/14)

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到底承服できず、控訴して上級審の…

 このところ検察庁の判断は大いに狂っているというほかありません。巨悪を見逃し、コソ泥を捕まえることに躍起になっているのだ。そもそもの「存在」の根拠が疑われていると、ぼくは想っている。「社会正義」は、この小島では風前の灯火に思われてきます。本来の検察精神をどこかに置き忘れたか、いや、現状に見られること(「巨悪」「生来の悪党」にからきし弱い)、これこそが「検察の本心」だったというべきか。昨年9月の「袴田さん無罪」判決に対して公表された検事総長の「談話」について、ぼくは、当時も大いに疑問を抱いたし、それ以来、ずっと抱き続けていたところ。漸くにして弁護団が、そんな発言に対しる「損害賠償を求める訴訟を提起」した。遅きに失したとはいえ、当たり前の処置だったと思う。

 (ヘッダー写真は最高検察庁)(https://www.kensatsu.go.jp/kakuchou/supreme/supreme.htm

 出鱈目な捏造証拠が維持しがたいものだと判断されての静岡地裁の「無罪」判決だった。にもかかわらず、「検察は立派な証拠に基づいて、袴田巌を犯人と、今もなお確信している」のだから、「「到底承服できず、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容だ」とまで、この屑(くず)みたいな総長が言ったのです。ではなぜ控訴しなかったのか。「すれば、世間の笑いものになるだけ」という検察なりの判断があったからだ。ぼくの邪推では、この「談話」は検事総長の独自の発言ではなく、何かに忖度した、誰かに言わされたものだったと、ぼくは見なしています。時の検事総長が、正当な裁判(法廷)によって受けた「無罪判決」を否定(無視)し、無罪の人間を「犯人」と名指す如き違法行為は、断じて看過できないものでした。ところが、奇怪なことに、この検事総長は、笑止千万の「談話」を出した責任を一切認めていないかのようです。「被告は、結果的には再審無罪になったが」「さらに控訴して死刑判決を確定すべき事案」だったと断じたのです。どういう理屈がそこにあるのでしょうか。 検査の「メンツ(面子)」というのか、そんなケチな根性が見え透いています。恥ずかしい、愚かしい。

 検事総長談話は「名誉毀損」 袴田巌さん弁護団、提訴へ―静岡 1966年に静岡県でみそ製造会社の一家4人が殺害された事件で再審無罪が確定した袴田巌さん(88)の弁護団は「畝本直美検事総長が控訴断念時に発表した談話は袴田さんを犯人視しており、名誉毀損(きそん)に当たる」とし、国に損害賠償を求める訴訟を起こす方針を確認した。13日、関係者への取材で分かった。
 弁護団は、違法捜査に対する国家賠償訴訟も提起することで一致。いずれも、袴田さんの成年後見人が最終的に判断するという。
 畝本検事総長は昨年10月、静岡地裁の再審無罪判決に対する談話で控訴断念を表明した際、判決について「到底承服できず、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容だ」と指摘。弁護団は謝罪を求めて抗議声明を出し、修正した総長談話を出すよう訴えていた。
 袴田さんは80年に死刑が確定。昨年9月、静岡地裁で再審無罪が言い渡され、静岡地検が翌月、上訴権を放棄して確定した。(時事通信・2025年02月13日)
 「袴田さんに直接謝罪を」 検事総長談話に弁護団―静岡 1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑確定後に再審無罪となった袴田巌さん(88)の弁護団が10日、「有罪立証の判断の誤りを率直に認め、袴田さんに直接謝罪すべきだ」として、検事総長談話を批判する声明文を静岡地検に提出した。
 畝本直美検事総長は8日に控訴断念を表明する談話を公表。その中で、静岡地裁の無罪判決に対して、「到底承服できず、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容だ」と指摘した。
 弁護団は声明で、「無罪判決を受けた袴田さんを犯人視することであり、名誉毀損(きそん)にもなりかねない」と厳しく批判。記者会見した小川秀世事務局長は「法律的にも事実の認識としてもおかしいし、きちっとした謝罪もされていない。修正された談話を検事総長が出すべきだ」と訴えた。
 袴田さんは80年に死刑が確定。2023年に再審開始が確定し、9月26日に静岡地裁で無罪を言い渡された。静岡地検が今月9日、判決に対する上訴権を放棄し、無罪が確定した。(時事通信・2024年10月10日)
袴田巌さん再審無罪 1966年、静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務宅が全焼し、一家4人の他殺体が見つかった。強盗殺人などの容疑で逮捕、起訴された袴田巌はかまた・いわおさん(88)は公判で無罪を訴えたが、80年に死刑が確定。第2次再審請求で静岡地裁が2014年、再審開始を認め、袴田さんは約48年ぶりに釈放された。23年に始まった再審で地裁は24年9月、捜査機関の証拠捏造ねつぞうを指摘し、無罪判決を言い渡した。検事総長が控訴断念を表明し、10月9日に無罪が確定した。(共同通信ニュース用語解説)

 こんな愚かな「談話」を世間にひけらかして、その後は一切口を噤(つぐ)んでいる検察トップがあるだろうか。巷間、「第二の黒川」だなどと揶揄(やゆ)、いや正しい評価が当てられているのも「むべなるかな」と言いたい。司法。裁判を壟断し、検察を権力の手先にしようとした故元首相の犯した誤りは、到底一朝一夕には漱(すす)げないものがあります。「三権分立」という建前を標榜しつつ、それを根こそぎにしてきた政治(行政)の破天荒(暴力)が、いまなおこの国の現状に壊滅的な損傷を与え続けているのです。袴田氏に対する「あからさまな名誉棄損」を断罪し、その証明としての「損害賠償」を求めた裁判の行方を見守り続けたい。その前に、検事総長は袴田さん姉弟に深く謝罪すべきであり、同時に現職を退くべきだと思う。

⁂壟断「ろう‐だん」=[名](スル)「大資本家が小資本家を吸収して利益を—すると云って」〈魯庵・社会百面相〉 高い丘の切り立っている所。 《いやしい男が高い所から市場を見下ろして商売に都合のよい場所を見定め、利益を独占したという、「孟子」公孫丑下の故事から》利益や権利を独り占めにすること」(デジタル大辞泉)

黒川元検事長を巡る問題 政府は2020年1月に黒川氏の定年を半年間延長する閣議決定をし、検事総長就任を可能にしたが、前例がなく「違法な人事だ」との批判が国会で噴出。検察官の定年を延長できるようにする検察庁法改正案にも後付けとの反発が広がり、成立が見送られた。その直後、週刊文春が賭けマージャン疑惑を報道し、市民団体などが黒川氏を刑事告発。東京地検は一度は不起訴にしたが、検察審査会の「起訴相当」議決を受けて今年3月、黒川氏を略式起訴。東京簡裁が罰金20万円の略式命令を出した。(以下略)(東京新聞・2021年11月11日)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/142053

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技術者は20年余で4割減った

 昨日の午後、玄関に「水道局のものです」と、一人の男性が訪ねてきた。「前の道路の水道管が壊れたのか、漏水がありますので、明日その工事をします。この先の道路を通行止めにします」との知らせでした。直接我が家には影響はなかったが、こんな辺鄙なところでも「水道管破損」があるのだと気になった。詳しい工事内容は見ていないが、隣の家は200メートルほど離れており、その家主は「この地に住みだして50年以上」と言っていたのを思い出しました。電気と水道は普及していますが、ガスはプロパンです。つい二日ほど前には隣町の大網白里でも道路陥没事故があり、やはり水道管の破損が原因のようだと報道されていました。

【小社会】見えない大事なもの 詩人、相田みつをさんの代表作の一つに〈土の中の水道管/高いビルの下の下水/大事なものは表に出ない〉がある。今ほどこの詩が切実に響く時はないだろう。
 下水道管の老朽による埼玉県八潮市の道路陥没事故は、収束が遠い。相次ぐ崩落と管からの漏水で転落者の救出と復旧は難航。二次被害防止で手探りが続く。この間、120万人超の生活に影響が生じた。本格復旧には3年かかるとも。
 悔やまれるのは点検か。事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか。
 車が転落する動画は県民にも衝撃を与えた。下水道整備が最も進む高知市の管の総延長は1125キロ、ざっと高知―北海道に相当する。うち134キロが耐用年数の目安とされる50年超という。市当局は「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」とするが、老朽化の流れは避けられるものではない。
 かたや、下水道を支える体制は縮んでいる。全国の自治体の技術者は20年余で4割減った。人口減少などで利用料収入は減り、財政難も生じている。
 〈花を支える枝/枝を支える幹/幹を支える根/根は見えねんだなあ〉。相田さんにはこんな詩もある。行政運営に通じる内容だろう。見栄えのする事業やポストも、インフラという「根」があってこそだ。その向き合い方を測る予算や人事発表の季節も近づいている。(高知新聞・2025/02/13)

 いわゆる「社会的インフラ」の耐用年数はおおよそ50年ほどらしいから、劣島の各地で取り換え時期に当たっているさなかでの「埼玉県八潮市の事故」だったのでしょう。発生以来二週間を経過してなお、行方が分からない運転手の救出作業が続けられています。おそらくこの先どれくらい時間がかかるかよく分からないというのが本当のようで、生活基盤の損壊がもたらす影響は計り知れないと思われます。「事故箇所は5年前、補修不要と判断された。原因解明は調査を待つしかないが、一つの穴でここまで被害が広がるとの認識があったかどうか」(「小社会」)と問われれば、なかったというほかないでしょう。この社会でインフラに関する大掛かりな保守点検に総力を挙げるきっかけになったのが、「中央自動道笹子トンネル天井版崩落事故」でした。

◇発生日時・2012年12月2日 日曜日 午前8時03分 場所・中央自動車道(上り線)笹子トンネル内(延長4.7km、大月JCT~勝沼IC間) 事故内容・笹子トンネル(上り線)の東京側坑口から約1.5km付近で、トンネル換気ダクト用に設置されている天井板が、138mにわたり崩落し、9名もの尊い命が失われ多くの方々が被害に遭われました。(「NXECO中日本企業情報サイト」・https://www.c-nexco.co.jp/corporate/safety/sasago/summary/)「笹子トンネル事故 2012年12月2日午前8時3分、山梨県大月市の中央自動車道・笹子トンネル上り線でつり下げられた天井板が長さ約140メートルにわたって崩落。走行中の車4台が巻き込まれ、うち3台が下敷きになり、9人が死亡、3人がけがをしました」(NHK・https://www3.nhk.or.jp/news/special/jiken_kisha/shougen/shougen54-2/

 ぼくは、子どもが学校に入るころまでは毎年休暇を利用して遠出をしていました。この「笹子トンネル」も何度も通っていた。勝沼あたりに「ブドウ狩り」に出かけるとか、あるいは東名に抜けるために利用していたのでした。このトンネル事故段階でも、なお「検査」では問題は見つけられていなかった。たくさんの犠牲者を出して初めて、「こんな事故が起こるのか」ということに関係者は気づいたというほどに、根拠のない「安全神話」が社会に広がっていた。今も事態は変わらないままだといえるでしょう。コラム氏は高知市の「検査は定期的に行い、現時点で問題はない」という回答を引いています。当然行政当局はそういうのでしょう。しかし、事態が明らかになって初めて、問題意識の希薄さに「臍を噛む」のがほとんどです。

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〇「インフラストラクチャー【infrastructure】」=《下部構造の意》社会的経済基盤と社会的生産基盤とを形成するものの総称。道路・港湾・河川・鉄道・通信情報施設・下水道・学校・病院・公園・公営住宅などが含まれる。インフラ。(デジタル大辞泉)

〇インフラ=辞書的な意味としては「下部構造」や「基盤」といった意味になる。何を「インフラ」と捉えるかは、どこに注目するかで変わるので、その意味では極めて相対的な概念である。インターネットを考えた場合、たとえば日米間の海底ケーブルなどもインフラだろうし、DNSなどのサービスもインフラとして機能しているといえる。注目している事柄に対して、それを実現するための基盤となっているものは何によらずインフラと呼ばれることになるだろう。日本では大きな災害が続いたこともあり、「ライフライン:Life Line」という用語も一般的に使われるようになってきた。これも、日常生活を支えるインフラ、という言い方ができる。(ASCII.JPデジタル用語辞典)

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 森鴎外に「普請中」という短編があります。1910年に発表された。ほぼ同時期、夏目漱石には「現代日本の開化」(1911年)という講演が発表されました。いずれも日清・日露戦争後の「日本の姿」が活写されている。いつまでも上滑りの「普請中(Under construction)」が続くということでした。ぼくが上京してきた1963年、4年ころも、都内のいたるところが「普請中」でした。東海道新幹線工事も大詰めを迎えていた。当時は東京五輪を控えて、それこそ「現代日本の開化」に血眼になっていた時代でした。鴎外・漱石の時代から百年。東京五輪(1964 年)からは五十年。この国は、少なくとも半世紀に一回は必ず大々的な「普請」を行ってこなければならなかったのでしょう。急いで始めた「近代化」「文明化」「都市化」というものが、どんなに脆弱な基盤しか準備できなかったかを、今にして、大きなインフラの破損によって知るのです。

 毎年のように襲ってくる「自然災害」は言うに及ばず、社会生活の基盤をなすインフラストラクチャーの総取り換えも待ったなしだということを、ぼくたちは度重なる「災害」による生活の破壊によって思い知らされているのではないか。自宅前の道路に埋設された水道管(塩ビ管だそうです)の破損による漏水工事のために、つい先ほど(午前九時ころ)数台の車両が列をなして家の前を通っています。工事関係者が再び訪れて、「工事には時間はかからない」し、「お宅の水は止まりません」ということでした。ほんの数軒しかない町内での出来事なら、平気で済ませることもできます。

 この国は、年がら年中、至る所を掘り起こし、埋め立て、また掘りだしては埋めています。この「自然・環境」に向かう攻撃は留まるところを知らないままに、あっという間に百年百五十年が経過したのです。いったい何のためのトンネルや高速道路の敷設だったのか、あるいは社会インフラの整備と言いながら、生活状況が一向に改善されない嫌いがあるのはどうしてでしょうか。ぼくは上京したころの東京を挙げての「普請中」に、大きな違和感を持ってきました。ここでも問題となるのは、いろいろな政治経済上の理由から、何よりも「東京一極集中」を、多くの人々が目指してきたということです。「外国人に対して乃公(おれ)の国には富士山があるというような馬鹿は今日はあまり云わないようだが、戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである」(漱石「現代日本の開化」)「戦争以後」とは「日露戦後」です。東京都知事が「東京を世界一」にと、恥知らずな馬鹿を言っています。百年前の馬鹿」と選ぶところはないですね。

 何の疑いもなく走行中、トンネル内の天井から何トンも重量のある鉄板が剥がれ落ちて、車を直撃する。何の気がかりもなく走っている国道が突然陥没し車体ごと飲み込まれる。こんな恐ろしいことが日常的に生じているのをぼくたちは、無視してきた感があります。そのような脆弱な基盤(砂上)の上に、ぼくたちは日常生活(楼閣)を営んでいる。そのインフラを整備し、補修する支え手が圧倒的に減少しているということ自体、語るに落ちた話です。最大の「インフラストラクチャ―」である「人口(人間)」そのものが危機的な状況にあるということに、まだぼくたちは、本当に気が付いていないのではないでしょうか。危機は及んでいる、わが足元に。

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