質問する、それが教師の仕事だね

 大学を卒業したのが1968年月でしたから、もう60年近く前になります。田舎に帰って中学校(歴史)の教師をやろうとずっと思っていました。しかし、もう少し勉強しなければとても「でもしか教師」にさえなれないという自覚はあって、同じ大学の大学院に進んだのが、結果的には大きな過ちだったかもしれない。学部時代と同じ教員がいて、ぼくは驚愕し、かつ落胆したものだった。だから、なおさら中学校の教師になるという道を進まなかったという点ではたしかに過ちでしたね。その後、あまり考えもしないで大学の教師のようなものになってしまったが、それは「惰性」だったと正直に言っておきます。特に研究したいテーマがあったわけでもなく、大学に就職(所属)して生きて行こうという強い考えも微塵もありませんでした。ぼくが所属したのは「教育学部」だったのは、卒業後の仕事を考えてのことだったから、そこ(入学する)までは間違いではなかったでしょうが。

 教師稼業の発端から「教職課程」というコースの授業をたくさん担当しました。大まかに言うなら、学校教育にかかわるさまざまな問題を包摂するような、問題山積の授業群だったと言えます。実に古めかしい科目名が教育や学校教育への古臭い、百年前と少しも変わらない、いわば古色蒼然とした印象を与えていた。もちろん、その内容だって、ほとんど「化石(fossil)」に似ているという代物でした。教育原理・道徳教育・生活指導・教授法(教科教育法)などなど、そのどれもが、せんぜんそのままに「観念」の被り物をつけられて、その古さと重さで喘いでいたといっていいでしょう。この「古色蒼然」は今も続いていると思う。昔の名前で出ています、そんな日本画が額にかかっていた気がします。ぼくはシガナイ学校教師の末端席に、最初から最後まで、自分の居場所がどこにもないという感覚をただの一度も忘れないで、ほぼ半世紀ほど過ごしたことになります。壮大な無駄だった気がします。

 教育とは何か、こんな問題を飽きもせず、その間には繰り返していました。いつだって「自問自答(self-questioning)」していた。教育とは「右側通行」だと考えてみたり、いや「左側通行」なのだと考えなおしたり。今に至るまで、正解など得られるはずもなかったのは、ぼくにはさいわいでした。どのみち、考えることをよそにして、何物も始まらないのが教育という問題だったと思い至ったからです。さらに問い続けてきたのは、教師とは誰のことかという、一見すると自明に見える問題でした。学校教師の使命は「教えること」だと誰もが考えるし、それで間違いはないでしょう。でも、いったい「何を教えるのか」となると、ぼくには自明ではなかった。ここに、ぼくたちの躓きの石が転がっていたんですね。「教科書を教える」「教えたところをテストする」、その結果、「誰ができて、誰ができないか」を自他に明らかにすること、それが教師の仕事だと、大半は了解しているはずです。その程度なんですね。今日の多くの医者がするように「病名診断」を下すのが職業になっている、そんな「優劣判断」決定人、それが教師の仕事みたいに思われてきます。

 何を教えるか、「徳川幕府を開いたのは誰か」とか「ハムレットの作者はだれか」、そんな問題を何千何百提出しようが、あるいは答えようが、何処に値打ちがあるのか、わからない人にはわからないでしょう。そのような愚問提示が子どもの生活や精神(知性)の成長にどのようなかかわりがあるのか、おそらく何もないともいえるでしょう。教師は教える人、生徒は教えられる人(学ぶ人)という約割分業が成り立っているから、学校の役割・機能は自明だと考えられてきました。ぼくは自分が小・中・高にいたころから、とにかく学校は嫌いだったし、教師も好きではなかった。どの教師も「教える」病に罹患していると考えていました。隙あらば「教えよう」とする、実に異質な存在に思えました。廊下の歩き方から、手の洗い方、食事時の箸の持ち方まで、何でも教えたがる人種だとみなしていた。「これが正しい」「それは間違いだ」と、いかにも自信をもって断定している、その姿勢が大嫌いだった。つまり疑問の余地がない領域に住んでいるつもりの人種に見えたのです。架空(虚)の世界の住人だったと思う。

 自分が教師の真似事をしだして、何よりも「教えることができない」という自分の無能さ加減と、問題の不可解さに気が付きました。「イギリスの首都はロンドンです」と伝える(覚えさせる)ことが教えることなのか。そんなことはないのであって、いつ、どのような事情で「ロンドン」がイギリスの中心になったか、その歴史がわからなければ「イギリスの首都はロンドンです」を学んだことにも教えたことにもならないということです。どんな事柄にも「歴史」(「意味」「内容」)があるのであって、そこに至らない、触れない何事も、それは単なる言葉遊びにすぎないではないか、そんな当たり前のことに気が付いたともいえます。また、教育は教室の中で始まり、その中で完結するものではないことも分かった。教室を越えて、学校を越えて、教育(子どもと教師の付き合い)は続くのではないか。そんなことに気が付きだすと、学校というところの狭さ、理不尽さ、意味の浅さが大いに気になりだした。

【あぶくま抄】教師 名物教師は、どの学校にも一人はいる。昭和の終わりごろ、県北地方の進学校に長く在籍した国語の先生も、そうだった。ぎょろりとした目が愛らしい。物言いにはユーモアがあった▼クラスや学年の垣根を越えて生徒と接した。学校になじめず、やんちゃな子とは特に親しく。教科書を閉じたままの文学少年には、「東京には文豪の行きつけの店がある。都内の大学に進学し、巡ってみればいい」。未知なる世界への憧れを誘い、机に向かわせた▼最近の「聖職」はとかく忙しく、管理職になるのを望まない傾向もあるという。小中学校の教頭は朝早くに出勤し、学校の門を開ける。帰りは連日、ほぼ最後。責任も重くのしかかる。生身の人間なれば、愚痴の一つも出てこよう。働き方改革が叫ばれて久しいが、事務作業などが増え、ゆとりが失われているとの声も聞く。昇進を目指す意欲は、いつしかしぼんでしまうのだろうか▼給与アップや労働時間削減など処遇改善に向けた国の検討が進む。熱血教師がいても今や孤軍奮闘、孤立無援では立つ瀬がない。改めるべきは、今すぐ改めて。陰に日なたに見守ってくれる、あの優しい目を学び舎から絶やさぬように。(福島民報・2025/02/25)

 どこにだって教師は存在するし、どんな境遇にあっても、何処にだって学校(「教育の場」という意味)はあるということの発見だったでしょう。コラム「あぶくま抄」氏の言い分は分からないでもない。どんなところにも「優れた教師」はいるでしょうし、「名物教師」もいると思う。問題は、何において「優れ」、何において「名物」かということ。そして、「誰にとっても教師であること」は不可能だろうし、どんな人間でも誰かの教師にはなっているともいえます。つまり、万人にとっての教師はいない、その代わりに「誰かの教師」であることは大いに想像できます。教師の仕事は教えることではない。この点を踏まえれば、「日本の教師」という偶像(idol・image)はきわめて観念的に過ぎるにもかかわらず、その過剰な観念に支配されて、驚くほど窮屈だと、ぼくには思われてきます。もっと破天荒(unprecedented)であってもいいじゃないか、羽目を外したらどうか。四角四面の教師像をこそ突き破ろう、そんな思いがぼくの中に溢れて来たともいえます。

 今日、現場で奮闘している教師の境遇というか、教育環境は、実に息苦しいものだという実感もあるし、経験から学んだところもある。四角四面というか杓子定規というか、あるいは形式主義でもあり官僚風でもあると言ったらどうでしょう。驚くべきことですが、工夫する余地もなければ、自由に振る舞う範囲がほとんどないのです。少子化が進んでいく中で、さらに教師のなりては払底するのは目に見えています。教職に魅力があるかないか、その決め手は「学校・教育(授業)の自由の雰囲気いかん」にかかっているでしょう。

 ぼくは長い間の「教師(まがい)業」において、徹底して「教えないで問い続ける」ことを一貫してきたと思う。教えないで質問する、それが教師の仕事だといい続けてきたし、自分でもそれを実践しようとしてきた。だから「成績」「点数」「席次」などは二の次に置いていたと思う。洒落た言葉を使うなら「優劣の彼方」にまで子ども(生徒・学生)たちと共に歩くことを目指していたともいえます。学校教育は子どもたちといっしょに山に登るようなもの。ある種の冒険であり、未知への挑戦だと思っていました。予定調和ではなく、いつ難問に遭遇するか、そこで休憩もし長考もできる、そのような判断力を身につける。そこに見られる「教育の可能性」を開いていきたいと念じていたのです。

 結論ではありませんが、教育(授業)を通じて、子どもの考える力が育つ、もちろん教師自身の思考力も。それがぼくの憧れの「教育」であり「授業」でしたし、そんな力を育てられる学校(教室)こそ、ぼくたちの居場所(meeting room)だと思っていました。教室は「考える練習場」だったと思う。子どもたちの輪の中にいる教師。その人は何をするためにそこにいるのか。「問題を出し続ける意志を持つ」、それが「教える」なんだ。だから、彼や彼女のすることというのは、「教えないで質問する」ことばかり、それが教師という存在の仕事だ。子どもたちが「自分流に考える力」を育てるのを支える、サポーターなんだね。

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 あるきっかけがあって、ぼくはメキシコで作られた映画「型破りな(radical)教室」を知りました。2023年につくられ、日本でも公開されました。ぼくな未見ですが、今なお上映しているところがあります。なんとしても観ておきたいとと思っています。いろいろなデータや情報を見た限りでは、「教えないで、問う」教師がそこにいたと思われます。「麻薬と殺人が日常と化した国境近くの小学校。子供たちは常に犯罪と隣り合わせの環境で育ち、教育設備は不足し、意欲のない教員ばかりで、学力は国内最底辺。しかし、新任教師のフアレスが赴任し、そのユニークで型破りな授業で、子供たちは探求する喜びを知り、クラス全体の成績は飛躍的に上昇。そのうち10人は全国上位0.1%のトップクラスに食い込んだ!/アメリカとの国境近くにあるマタモロスの小学校で2011年に起きた実話を描いた本作は、本国で300万人を動員し、2023年No.1の大ヒットを記録。更にアメリカでも限定公開かつスペイン語作品にも関わらず初週5位の快挙をとげ、絶賛の嵐は北米まで広がった。『コーダ あいのうた』に続いての教師役ながら、新たな魅力を発揮したエウヘニオ・デルベスにも注目。/未来を望むことさえしなかった子供たちが、可能性や夢に出会い、瞳がきらきら輝きだす光景に、心打たれる奇跡の感動作が誕生した」(https://katayaburiclass.com/

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「『型破りな教室』公式サイト」(https://katayaburiclass.com/)                                                        「『型破りな教室』予告」(https://www.youtube.com/watch?v=H6BicE5iUvk)                                                (上映中・新宿武蔵野館https://shinjuku.musashino-k.jp/movies/43601/

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「分捕り・山分け(M&A)」の世界史

 どこの「国(邦)」でもおそらくは「国生み」「国造り」物語(神話・myth)があるはずです。この東海の小島にもある。神代の昔、この島の世界には「天津神」「国津神」「海神(わたつみ・わだづみ)」のそれぞれが支配する境界(天・地・海)があった。やがて、「天孫降臨」が起こり、天地を支配する神々の闘いがあって、天神(天照大神の後裔)が勝利をおさめ、それ以降、紆余曲折を経ながら、その皇孫の権力が途切れなく(実際にはそうではなかったが)、今に続くという「神話」を夢想する歴史家や政治家、その他が後を絶ちません。「皇紀二千六百年(「神武天皇」即位の皇紀元年は西暦紀元前660年にあたる)」をはるかに超える歴史の、その大半は「国盗り物語」が占めているといっても過言ではないでしょう。たとえ三十坪ばかりの狭い敷地であっても、狭いがゆえに境界線を巡って隣家同士が争う「(土地・領土争い)裁判」が絶えないというのも、「土地(一国)を所有したい」という、ある種の「天性・天然の所有欲」が人間には備わっているのだということもできます。

 戦後の国民作家とも称された司馬遼太郎さん(1923~1996)のほとんどの作品もまた、多様多彩を極めた「国盗り物語」であったといっていいでしょう。誰のものでもなかった土地(そういうものがあったとして)、それを最初に「これは俺(私)の土地だ」と宣言したら、誰もがその宣言を認めたということだったでしょう。やがて、政治や経済の必要から、他人の所有地が欲しくなり、手段を択ばずに「土地争い」を仕掛け、武力や巧緻・姦計に総力を挙げては「国盗り」に励んできたものが多かったともいえます。今に例えるなら、企業の「吸収・併合」、つまりは「M&A(merger and acquisition)」、弱肉強食です。企業ならまだしも、これが独立した国の「他国による吸収・合併」となると、それこそいきおい、戦争になることは避けられない。この劣島の試みた韓国併合(朝鮮侵略)、「満州事変」などは、少なくとも計画段階では「侵略」であり、「土地奪取」であったことは事実です。その後始末は今に及んで、始末はついていないのです。

 そして今、ロシア侵略に端を発した「ウクライナ戦争」の「和平交渉」という名の、「分け前談義」が画策されている。ウクライナの土地は誰のものだったか、そこから問題の泉を掘り当てようとするなら、おそらく世界のいたるところで「蜂の巣騒動」が起こることになるでしょう。少なくとも「ロシア侵略」時点の土地(領土)境界線を基準(起点)に話が始まるのが筋であり、政治判断としての妥当性はそこにあると思う。それを無視して(そのうえ、当事者の一方を排除して)、分け前の相談を大国だけで行うというのはいかに考えても「正義に悖(もと)る」というほかない。(情けないことに「ヤルタ会談」を気取っている連中がいるのも確か)

 この東海の小国にも、いくつもの「領土」問題がある。北方領土や南西諸島、あるいは韓国との争いになっている竹島(独島)などなど。「侵略」戦争の爪痕を長年にわたり舐めてきた歴史を有しています。「日本海」は「東海」であると称する国もあります。(両方併記でいいのではないか)いままた、沖縄は「我が領土」と言い出している国もあるし、日本本土は何処であっても「我が領有地」と実行支配権(治外法権所有)をわが物顔で行使している国もあります。

 ウクライナ問題は決して「対岸の火事」視はできないはず。イスラエル・パレスチナ(ガザ)問題もまた、大国の植民地放棄後の積み残し(課題)を放置してきた報いであって、パレスチナの責任が問われるべき問題ではなかったはず。今も昔も「国盗り(領土拡張)物語」を演じたがる権力者はごまんと存在してきたが、そこに住む人民(民衆)の側に立って、問題を凝視し続けるものは皆無だったと言えます。「持つものはさらに持ちたくなる」とでもいうように、好き放題に大国はさらに大国になろうとして、結局は肥満症、拡大病の結果、他国を巻き込んだ大災厄を引き起こすのです。(左上写真「北方領土生んだヤルタ会談、ウクライナで再現狙うロシア トランプ政権誕生で期待論高まる」北海道新聞デジタル・2025/02/05)(https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1119927/

 「国盗り物語」などとまるでお伽噺を語るようにぼくたちは、暢気に見做していますが、何のことはない、人殺し戦争であり、無辜の民の殲滅行為でもあるということを忘れてはならない。居間でテレビを見ながら、あるいは飲酒しながら、ミサイル発射命令を出し、挙句には「核のボタンを押す」、それがやりきれないほどの頽廃した現代の「戦争」です。「世界」はいつだって試されている。ならず者の天下、唯我独尊(傍若無人)の振る舞いを傍観するな、放置するな、見逃すな、見て見ぬふりをするなと、房総の一老人は暴走気味に叫んでいるのだ。叫ばずにはおられない

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【小社会】一枚の紙切れ 英国の首相チャーチルは第2次大戦中の1944年秋、モスクワにソ連の指導者スターリンを訪ねている。「ナチス後の世界」の交渉が目的。英宰相は小さなメモ用紙に手書きでこう書いた。▼ルーマニアは「ロシア90% 他国10%」。ギリシャは「英国90% ロシア10%」。ハンガリー50%ずつ。ブルガリアは「ロシア75% 他国25%」…。ソ連の独裁者は紙の右上に大きく印をつけ、同意を示した。▼情報開示の考え方が進んだ英国は公文書館にこのメモを残す。2カ国の指導者だけで、さらさらと鉛筆で書いた1枚の紙切れ。在英ジャーナリスト、小林恭子さんは「何百万人の将来がこれで左右されたのか」と言葉が出なかったという(「英国公文書の世界史」)。▼1枚の紙切れは、翌年2月のヤルタ会談以降にもつながったようだ。会談では当事国抜きで、ドイツの分割統治や中・東欧の政治体制が決まる。戦後の人々の運命や世界の構図を方向づけた。▼ロシアのウクライナ侵攻から、きのうで3年が過ぎた。登場したトランプ米大統領。隣国の人々を惨禍にたたき込んだ為政者におもねる言動に、言葉を失う。当事国抜きの米ロ交渉。ロシアからは「ヤルタの再現」の機運も伝わる。また大国だけの思惑で戦争に傷ついた人々、国の将来は決められるのか。▼交渉はこれからの平和、国際秩序にも関わる。このままでは後世の検証に耐えられるとは、とても思えない。(高知新聞・2025/02/25)

【筆洗】寒い冬、子どもが雪の中に手袋の片方を落としてしまう。その手袋をモグラが最初に見つけて、自分の家にする▼次にウサギがやって来て、モグラの横にもぐり込む。続いてフクロウ、アナグマ、キツネにクマ。みんなが手袋の中に入って暖を取るので手袋はぎゅうぎゅう詰めになる。さまざまなバージョンがあるが、ウクライナ民話の「ミトン(手袋)」の大筋はこうである▼ロシアによるウクライナ侵攻から24日で3年となる。民話にたとえるならばウクライナは平和という暖かな手袋を奪われ、雪の中、かじかむ手に息を吹きかけながら手袋を捜し続けているのだろう。ウクライナの3年の心細さを思う▼奪った手袋の中にわが物顔で入り込んでいるのはロシアに他なるまい。この手袋がいつウクライナのもとへ返り、「平和」の暖を取れるのかがまるで見えない▼米国が手袋を取り戻す仲介をするというが、これがどうも怪しい。トランプ大統領のロシア寄りの姿勢やウクライナに鉱物資源の提供を要求する言葉を聞けば、米国はウクライナの手袋の中でロシアの隣にちゃっかり、もぐり込もうとしているようでさえある▼あの民話では最後に子どもの元に大切な手袋が戻ってくる。その日を信じたいが、米国も絡む複雑な展開の中、ウクライナの手袋はこの3年間で、最も持ち主から遠ざかっているような気がしてならない。(東京新聞・2025/02/24)

⦿ ヤルタ会談(Yalta Conference)= 1945年2月4~11日,クリミア半島のヤルタで行われたアメリカの F.ルーズベルト大統領,イギリスの W.チャーチル首相,ソ連の I.スターリン首相の会議。クリミア会議とも呼ばれる。これが連合国3巨頭の最後の会談となった (ルーズベルトは 1945年4月に死去) 。同会談では戦後のドイツ処理問題や東欧問題などの第2次世界大戦の戦後処理,国際連合の創設やソ連の対日参戦などについて話し合われ,10をこえる各種の協定 (秘密協定を含む) が結ばれた。この会談はそれまでに開かれたカイロ会談などの延長線上に位置する会談であり,戦後の国際秩序の枠組みと基礎を確立した重要な会談であった。このため第2次世界大戦後の国際秩序をヤルタ体制と呼ぶようになった。またソ連の対日参戦を取決めた秘密協定は,千島列島のソ連への帰属を明記したことから,戦後,北方領土問題との関連で,この協定の法的効力をめぐって日ソ間の論争の的となったが,ソ連解体後この問題は日本とロシアの交渉に引継がれている。(ブリタニカ国際大百科事典)

(⇦2025年2月8日、クリミア半島ヤルタのアートギャラリーで「ヤルタ2.0」と題された展覧会が開催。米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席が並んで座る作品が展示されていた。ここに描かれた3首脳も、1945年のヤルタ会談のように、戦後の国際体制を自分たちだけで決めようと考えているのかも知れない)(写真:ロイター/アフロ)(「「ウクライナに戦争を継続させている指導者がいる」とゼレンスキーを悪者にしたトランプ、侵略者と手を組む腹積もり」JB Press・2025/02/21)

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降る雪やもう止むときぞ春よ来い

 ロシアによるウクライナ侵略からまる三年が経過しました。戦禍は拡大の一途をたどり、ウクライナそのものが地球上から消される危険性さえ出ている。ウクライナに平和をと、誰もが望んでいるにもかかわらず、悲しみと苦悩に沈みながらも、存亡をかけて抵抗している土地とそこに住まう人々に向けて、轟音けたたましいブルドーザー(bulldozer)で乗り込み、そこに刻されている戦争の痕跡(爪痕)を掻き消し、見た目の「平和」を一瞬でも齎(もたら)せられれば勿怪の幸い、自らの手柄に仕立て上げるために恥も外聞もなく躍起になった一人の「亡者」(「金銭や色欲などの執念にとりつかれている人」デジタル大辞泉)がいきりたっている。まさに「権力と名誉」の強欲ボケ大将である。

 そのイカレた亡者を見越して、「この戦争を終わらせることができるのはあなただけだ」と別の亡者が、薄笑いを隠しながら耳元で囁く、いままさに、そんな野放図(「人を人とも思わないずうずうしい態度。横柄なこと。また、そのさま。傍若無人」・デジタル大辞泉)の舞台が展開されようとしています。ウクライナの「戦時状態」を踏み潰してでも、表面的に消去してしまえば、念願の「和平」が生まれるとばかり、この二人の「亡者」はまさに呉越同舟宜しく、自らの権力と名誉の保持のために世界の平和を願う人民を敵に回して、なお恬(てん)として恥じる気もないのです。二日前の読売新聞は「(トランプの)最大のレガシーは停戦の実現(=政治的遺産)」と指摘し、「(その足元を)見透かしつけ込むプーチン氏」と書いた。地獄で手を握り合う「悪の兄弟・不実の双璧」というべきか。今また、ウクライナは大国の玩弄物にならされかけているのです。

 「帝政ロシア期のウクライナの詩人、タラス・シェフチェンコに『遺言』という詩がある。<さあ、わたしを地に埋めて、立ちあがれ。重い鎖を断ち切り、手に入れた自由を圧政者たちの血で洗え><そして、すばらしい新たな家族とともに、自由の民とともに、やさしい言葉でそっと、わたしのことも思いだしてくれ>(「産経抄」)

 「産経抄」のコラム氏にぼくは共鳴します。この東海の小島の政府は「ウクライナへの支持と支援」を断固続けると明言しています。それをどこまで貫けるか。米国の「亡者」に横槍を喰らわせられれば、一瞬にして「態度豹変(ウクライナへの裏切り)」とならないか。米国の片棒を担ぎ、その尻馬に乗ることを国是としている小国が、はたしてその意志を貫けるか。いや、断固として貫くべきです。

【産経抄】ウクライナを忘れない、侵略戦争から3年 人は忘れやすい生き物である。ドイツの心理学者エビングハウスによれば、覚えた事柄の42%は20分後に忘れるという。1時間後には56%、1日後には74%を忘却する。人はそれゆえ繰り返し学び、思い出し、記憶に定着させる。▼ロシアがウクライナへの侵略を始めてから3年になる。露軍の暴虐、苦難に耐えて戦い続けるウクライナ国民の強さを、メディアは繰り返し伝えてきた。罪を負うべきはプーチン露大統領であり、どれほど時間がたとうと、その事実は変わらない。▼避難した先のロンドンで働く通訳の男性は、英首相官邸近くで毎週デモに加わり、ウクライナを忘れるなと訴え続ける。「これはウクライナだけの戦争じゃない…全体主義に対する民主主義の戦いなんだ」(『ウクライナ わたしのことも思いだして』ジョージ・バトラー著)。▼トランプ米大統領はしかし、侵略戦争を「ウクライナが始めた」と難じ、ゼレンスキー大統領を「独裁者」と痛罵する。米露の停戦交渉はウクライナや欧州の頭越しに進みつつある。トランプ氏の記憶力を疑うわけではないが、非難の矛先を誤ったまま決着を急ぐ構図は危うい。▼帝政ロシア期のウクライナの詩人、タラス・シェフチェンコに『遺言』という詩がある。<さあ、わたしを地に埋めて、立ちあがれ。重い鎖を断ち切り、手に入れた自由を圧政者たちの血で洗え>。かの国にとり、解放は血に刷り込まれた願いだ。▼詩には続きがある。<そして、すばらしい新たな家族とともに、自由の民とともに、やさしい言葉でそっと、わたしのことも思いだしてくれ>。祖国を守るため、いまも前線や銃後で戦う人々を見放してはなるまい。小欄もまた、繰り返し書き続けていく。(産經氏新聞・2025/02/24)

 「最大の『レガシー』は停戦実現、功名心で前のめりのトランプ氏…見透かしつけ込むプーチン氏 トランプ氏は昨年秋の大統領選で、ウクライナ支援を続けてきた当時のバイデン政権を批判し、『即時停戦』を公約に掲げて当選した。/トランプ氏が前のめりなのは、停戦実現を大統領としての『最大のレガシー(政治的遺産)』(19日の演説)としたいからだ」「この3年間、米欧の制裁で国際社会で孤立を深めたロシアは、停戦を急ぐトランプ氏の思惑を見透かし、制裁解除を含め最大限つけ込むとみられる。/『この戦争を終わらせることができるのはあなただけだ』。プーチン氏は12日の電話会談でトランプ氏にこう語って持ち上げた。/トランプ氏は交渉相手に厳しい要求を突きつけ、譲歩を引き出す『ディール(取引)』を好む。だが、トランプ氏はウクライナのNATO加盟反対などロシアが重視するカードを早くも切っている。『ロシアに対する交渉のテコを一方的に放棄している』(政治専門紙ポリティコ)との指摘もあり、交渉はいずれ行き詰まる恐れもある(以下略)」(読売新聞オンライン・2025/02/23)(https://news.yahoo.co.jp/articles/0e2794dbe3dcd1af285acfe81d55802e0dbbc0d0?page=2

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【北斗星】「まだもののかたちに雪の積もりをり」。2005年に開かれた本社主催の第78回全県俳句大会で講師を務めた片山由美子さんの代表句だ。降り積もる雪がやがては物の輪郭さえ覆い尽くそうとしている情景を描いた▼17日に積雪ゼロだった秋田市にまとまった雪が降った19日、雪の積もった車を見てこの句を思い出した。今月上旬からの寒波が列島を去った後、半ば過ぎから新たな寒波が居座っている▼同様に積雪がなかった能代市は21日に約60センチ。北秋田市鷹巣は同日の積雪深が141センチと1979年以降の観測史上最大となった。もはや「もののかたち」どころではない。春を目前にして除雪に追われた住民は雪雲を恨みたくもなろう▼寒波は日本海側を中心に大雪をもたらし、中には積雪が5メートルに達した地域があった。石川県には「顕著な大雪情報」も出された。能登半島地震被災地の仮設住宅では高齢者が多く暮らす。その駐車場の車が雪に覆われた。ボランティアが周辺の除雪を始めたと知りホッとした▼ただ高齢化が著しいという事情は本県も同じだ。県北地域では時ならぬ大雪でJRや路線バスまで大混乱。人手不足の昨今、屋根の雪下ろしや除排雪を早急に頼める業者を見つけることは難しい。県内外から専門業者やボランティアが支援に駆け付けてくれるような仕組みが欲しい▼連休中の列島は雪や冷え込みが続く予報だ。屋根雪の落下にも細心の注意をしなくては。春到来まであともう一踏ん張り。(秋田魁新聞・2025/02/23)

 年明けから、再三に及んで「史上最強寒気団」なる、冬の「ならず者」が襲来し、劣島各地に破壊的災厄を齎す大雪、豪雪を積み増しています。ぼくはこれを、不謹慎の謗(そし)りを受けることを覚悟しながら、いったい何のため、誰のための「あとかくしの雪」かと思うのです。昔話に出てくる「旅の僧(弘法大師)」は、善行を施したいがために他人の「ダイコン一本」を盗んだ、貧しい生活を送るお婆さんの「足跡」を消すために雪を降らせたとされます。今、日本の各地で降り積もる大雪は、いったいなんのための「あとかくしの雪」であり、誰の所業をもみ消すための「あとかくしの雪」なのでしょうか。

 雪よ、もう降るな。何をしている、春よ来い!!! (筆者は苛立ち気味です。どうしても降りたいのなら、永田町か霞が関か)

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 『あとかくしの雪』 ― 新潟県 ― 語り 井上 瑤 再話 六渡 邦昭

 とんと昔があったげど。/ある冬の夕方、雪のふりつもった里の村に旅の坊さまがやってきた。/腹(はら)をすかせ、とぼらとぼら歩きながら、一軒(いっけん)一軒訪(たず)ねては、/「どうか一晩(ひとばん)だけ泊めて下され」/と、たのんで廻(まわ)ったと。が、どこの家でもみすぼらしい旅の坊さまの姿を見ると、/「よそに行ってくろ」/というて、泊めてくれなんだ。
 しかたなしに、寒い雪の道をふるえながら歩いていると、村はずれに小(ち)っこい家があった。/坊さまは、またことわられるかもしれんと思いながら、ホトホトと板戸(いたど)をたたくと、中から婆(ばあ)さまが出てきた。 /「宿がなくて困っています。どうか一晩だけ泊めて下され。」/「とめてあげたいども、おらとこは貧乏(びんぼう)でお坊さまに食うてもらうようなもんもないすけ、どうかよその家に行ってくれんかのう。」/「村中の家にたのんでみたが、どこの家でもことわられてしもうた。何もいらんから泊めて下されや。」/「そうかそうか、それは難儀(なんぎ)じゃろう。こんな家でよかったら泊まってくろ」/婆さまはそう言うと坊さまを家に入れ囲炉裏(いろり)に火を焚(た)いて部屋をあっためたんだと。/旅をしてきた坊さまだから、さぞかし腹をすかせているだろうと思ったが、食べさせられるような物は何にも無い。/婆さまは、夜おそうなってから家をぬけ出した。雪の上をあっちへよろよろ、こっちへよろよろしながら、ようやく金持ちの家の大根置き場へ行くと、大根を一本、こそっとぬすんできた。/雪の上には、婆さまの足あとがくっきりとついていたそうな。(以下略)(https://minwanoheya.jp/area/niigata_026/

(ヘッダー写真:「輪島市の仮設住宅では朝から雪かき」https://www.yomiuri.co.jp/national/20250222-OYT1T50061/

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「徒然に日乗」(666~672)

〇2025/02/23(日)午前中に買い物で、茂原まで。牛乳や食パンなどは、ほぼ毎日使うので、必ず補充しておく必要がある。それに、毎日の食料品(夕食用)の選定購入。寒いので、できるだけ身体が温まるものをと考えている。▶東北から山陰にかけて、日本海側の大雪は激しいものだった。強とも歯牙も大雪に見舞われている。石川県では被災地に無情の豪雪といった趣で、高齢者が無理をしてまでも屋根や道路の除雪作業をせざるを得ない状況に、遠くから地団太を踏んで何とかしたい、何とかならないかと切歯扼腕している。▶寒気団の影響は明日以降も続くという。交通事故や除雪中事故、それに異常な乾燥が続いているので、火災の注意も欠かせない。如月も下旬に入って、なお冬季の寒さが各地で続いている。(ヘッダー写真に見られるとおり、それこそ拷問のような無理強いを迫られる雪かきに思える)(672)

〇2025/02/22(土)朝、6時半過ぎにゴミ出しに。車内の気温は-4℃だった。列島日本海側の各地で激しい降雪が続いているのだ。石川県の豪雪には言葉もない。また各地では軒並み、史上最高記録という。「線状降雪帯」の仕業だが、これもまた海水温度の異様な高さによるともいわれている。四季ならぬ二季(夏・冬)の両者に共通して温暖化の負の影響での豪雨と豪雪が発生する。要路の人間たちは何を考えているのだろうか。▶午後3時半頃、小生からT君(都下私立学校教師)に電話。「御機嫌伺」のため。相変わらずの多忙で、くれぐれも健康に留意してほしいと願う。入試も終わったらしい。早速に男女共学の効果が出て、応募者は増えたという。これに、普段の授業等が充実すれば、かなりの展望が持てるのだが。(671)

〇2025/02/21(金)穏やかな日差しに恵まれた日だった。▶午前中に買い物、茂原まで。ついでに、今年度の最後の諸税を払い込むつもりだったが、料金が不足していて、本日は取りやめた。帰宅後、大阪のS君から電話。先日の拙宅訪問を準備してくれたのだったが、その彼がパソコン用のハードの新品を贈ってくれた、その設置具合などを問い合わせてきた。まだ、新規の器械を設定してなかったので、陽気がよくなった段階で、少し大きめのモニター(32型)を購入して、データを移し替えようかと考えている旨を伝えた。すでに一台、32型を使用している。ごく初期のころから(もう二十年以上も)、彼には本当にパソコン関係の設定などには世話になりっぱなし。申し訳ないと思いつつ、感謝している。(670)

〇2025/02/20(木)陽射しはあるが、風が強く、かなり寒い一日だった。▶午前中に、過日拙宅に来てくれた卒業生たちにお礼の葉書を出しておいた。総勢13名(+スマホ電話参加1名)だったが、ゆっくりと話すことはできなかったが、全員で5~6時間も一緒に過ごせたのだから、まさしく「番外ゼミ」の雰囲気があった。三十年の間隔を感じさせないのは、少なくとも二年間、あるいは人によってはそれ以上の時間をともに教室で過ごした恩恵でもあったろう。この後も、元気で過ごされますように。▶茂原緑ヶ丘に昨年開店した「業務用ス―パー」、ごくまれに利用するが、ほとんど「食指」が動かないのに理由がありそう。すべての商品がそうだとは思えないが、分量が多すぎるのだ。特に食品などは夫婦では食べきれないし、何よりも好みが合わないといっておく。天然水などは、助かりはするが、それ以外ではしばしば利用しようという気にならない。(669)

〇2025/02/19(水)朝6時半ころに「ビン・カン」回収日(月一、第3水曜日)のために集積所まで出しに行く。相変わらず、猫缶は収集袋一杯になる。いささかも減らないのが不思議。▶十時過ぎに猫缶を買うためにあすみが丘へのH.C.へ。とても風の強い日であり、気温もあまり上がっていなかったようだ。例の寒気団が劣島上空に陣取って、しこたま雪を降らせているのだろうか。交通事故を含めて、犠牲者が出ないことを祈る。(668)

〇2025/02/18(火)風が強く、そのために気温は低くはないが、とても寒い日だった。▶お昼前に買い物、茂原まで。かみさんは午後、茂原にまで出かける。▶七尾市に依頼していた「寄付金(災害義援金)」の領収書が届いていないので、問い合わせたところ、昨日発送したとか。電話の直後に、郵便配達があった。今回の寒気団居座りの影響でたくさんの降雪があったという。(667)

〇2025/02/17(月)午前十時頃に近所のH.C.まで、猫のドライフードを買うために出かけた。乾燥食品の食害というか、薬害が報道されている中、いささか気にはなるが、かなり好んで食べ続けている商品で、どうしてもそれを選んでしまう。厳密に調べて買うとなると、人間用の食品も同じことだろうが、猫などのペットの食料品となると一層気を付ける必要がありそう。人間用ほどに規制が厳しいとは思えないからだ。▶本日は春の陽気で、17度ほどもあった。明日からは、地域によって再び強烈な寒気団が居座るらしい。風や風邪などには十分に気を付けたい。▶コメの備蓄米放出が決まったそうだが、それが消費者に届く時(三月段階という)の値段が、今よりも下がるとはとても思われないのだ。これまで「コメの仲買」などしていなかったような業者が、せっせと溜め込んでいるという。儲かるならなんだってするという業者の暗躍する状況にぼくたちは住んでいるのだ。さらには、農家そのものが「売り惜しみ」をして溜め込んでいるとも報じられている。何かにつけて、忌まわしい時代になったものだと痛感する。この国では農政は政治に翻弄されてきた。その挙句に「農政」とは「ノー政」のことかという事態に陥っている。(666)

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・ふる雪やすでに深雪の一伽藍 (橋本鶏二)
・樹も橋もこの世にありぬ深雪晴 (清水径子)
・深雪掻く家と家とをつながんと( 西東三鬼)

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今年八十の「生き物係」です

⦿ 週初に愚考する(五拾八)~ まだ小学生の頃、ときどき自宅近くに「野犬狩り」、通称「犬とり」と呼ばれていた人たちが、金属製の輪のついた道具(首を絞めるため)をもっていて「野良犬(飼い主のいない犬)」を掴まえては、檻(おり)のような籠に入れてどこかへ連れて行く場面を何度か目にしたことがあります。以来、「いぬとり」という語感にはとても気味の悪い印象持つようになりました。野犬の取り締まりなのでしょうが、その後はどうするか、どういう処分の仕方をしていたか、当時も今も、「処分方法は一つ」だとするなら、何とも野蛮極まるというべきです。人間を殺害すること(死刑も含めて)が人間の社会では日常的に見られるのですから、ぼくたちは、殺す、殺されるということに関しては著しく不感症になっているのでしょう。戦争における「殺戮行為」は、むしろ誇るべきであるとさえ、見られるのをなんとしますか。

 中学2年生になり、クラス担任は体育の教師だったが、彼は何かあると、きっと生徒に暴力(体罰)を振るうことで有名だった。彼に限らず、男性教師に限らず、時代の風潮は「体罰野放し状態」でしたね。ぼくも一度、担任教師に張り手を喰らったことがある。どこかで触れたと思うが、殴られるほどの悪さをしたのではなかった。ともかく、その教師は生徒たちからはひどく嫌われていたのは事実でした。彼につけられた綽名(あだな)が「いぬとり」あるいは「いぬごろし」でした。この教師とは因縁があり、ぼくの弟も彼の担任クラスに入っていた。十年以上も前に亡くなられたが、晩年は、あるきっかけで年賀状のやり取りをしていました。「中学生」だったぼくのことを、あの S 先生は覚えていたでしょうか。

【国原譜】自宅近所で見かける数匹の野良猫と付き合っている。耳にV字型の切れ込みがあり、その形が桜の花びらのようだから「さくら猫」とも呼ばれる。▶いわゆる「地域猫」である。猫のふんなどで苦情も出ていることから、猫好きの住民らがボランティアで、耳カットをして不妊手術を施したという。▶県内の自治体でも取り組みが行われており、奈良市では野良猫を増やさないための「TNR活動」を実施している。捕獲して不妊手術を行い、元の場所に戻すというものだ。▶当然ながら、地域猫は一代限りだ。強制的な手術で命をつなぐ道を絶つことに、もやもやした思いは残る。もっと別の「共生」の形はないかとも思う。▶奈良公園の鹿は「奈良のシカ」という国の天然記念物。野良鹿とは言わないが野生だ。地域猫とはずいぶん境遇が違うが、人間社会が軸だから仕方ないのかも。▶2月22日は「猫の日」だという。「にゃん・にゃん・にゃん」の語呂合わせ。付き合いといっても、少し懐いてきたので餌をやるぐらいだ。それを快く思わない人もいるだろうが。でも、その命はいとおしい。(北)(奈良新聞・2025/02/22)

 ある時期まで、自宅にはいつも犬がいた。複数ではなく、いつだって「一人(一頭)」だけでした。その後、京都を離れ、大学を卒業し、やがて結婚し、子どもができてから、知らない間に、子どもたちが「野良犬」や「野良猫」を家に連れてきて、以来半世紀、何時もたくさんの猫(時には犬も)といっしょに住む生活を続けてきました。ぼくの感覚では「猫(犬)を飼う」という気持ちになることがないのです。「猫(犬)と暮らす」「子どもと暮らす」ということ。これまでにどれくらいの数の猫たちと暮らして来たでしょうか。記録を残していないが、おそらく50に近いか、それを超えているか。(以下の猫がたくさんいる写真は、各地にある猫島の一つとして有名になった「青島」(愛媛県)の猫たち。https://ontrip.jal.co.jp/tohoku/17578036

 しばしば、「猫が好きですか?」と尋ねられ、「猫を飼っているんですか?」と話しかけられる。ぼくはいつだって、それに対して「好きではありませんよ」「飼いネコ(ペット)ではない」と返事をする始末。好き嫌いを越えて、何とかしなければ「猫が困るでしょう」というだけのこと。「誰も面倒を見ないのなら、当方が世話をする」というばかり。一つや二つではなく、たちまちのうちに複数の「野良猫」が我が家に集まるようになりました。十数匹になることもありました。いろいろな理由で猫が亡くなるのですが、最後の「看取り」まで付き合ってきました。具合が悪くなれば動物病院に連れて行く、亡くなればペット霊園で「荼毘(だび(jhāpeti)」に付す、遺骨を持ち帰る。その骨を自宅の庭などに埋めてきましたが、あまりにも数が増えたので、今でも拙宅で骨壺に入れたままで保管している。今住んでいる敷地内にいくつもの、新しい「猫の骨」が埋葬されています。

 (「子どもが好きだから、教師になりたい」という。「嫌いになったから、教師を辞める」というのでしょうか。猫といっしょにしてはいけないでしょうが、「好き・嫌い」を超えたところで付き合うのでなければ、なかなか教師も猫トモも勤まらないと思う。好きなのは当たり前、それを論じますかといいたいですね。ついでに言っておきます。「子どもと付き合うことに自信をなくした」という人もいます。やる前は自信があったんですかと、逆に尋ねたい。今、ペット飼育で大きな問題になっているのは、「好きだから飼いたい」、「嫌いになったから捨てる」、こんな性悪な根性でペットを弄ぶ輩(やから)が多すぎるんですね。人間の付き合い(結婚など、子育ても含めて)にも、同じような「短絡的な」感情のはき違えが横行しているように思う。ペットとの付き合いでも、教師の仕事でも、とにかく「無理をしないこと」です。ゆっくり付き合って初めて、分かり合えることがあるんです。同じ人間と五十年いっしょにいても、もちろん理解ができないところが残るんですから、なんにせよ、生き物同士は謎だらけ)

 今現在、拙宅には二十の猫たちがいる。そのすべてが、おとなしく家に収まっているかといえば、とんでもないというばかり。夜は外にいて(居場所は分からない)、食事だけは必ず家に帰ってきて食べる子もいる。仲間同士で喧嘩して、弱いものを家にいれないこともある(イジメる子は許せないが、なかなか治らない)。そのほとんどは自宅近くの林で生まれた「野性(野良)の子」で、中には拙宅でお産の面倒を見た子もいくつもいます。そのすべては「去勢」「避妊」の手術を施してあります。なかなかの物入りでしたが、何とか工面して今に至っている。もちろん喧嘩をして怪我(けが)をする、あるいは病気になる、そんなときは動物病院に連れて行く。「家の飼い猫」としているのではありませんから、医者に連れて行くにも一苦労。今は少なくなりましたが、噛まれたり引っ掛かれたりと生傷は絶えないことでした。それでも、なんとかいっしょに暮らすことを続けているのです。

 近所の人はこの「猫屋敷」の住人をどう見ているか、わざわざ尋ねないからわからないが、おそらく、猫たちが迷惑をかけていることと思うので、なかなか気が引けるのです。「どうしてそんなにたくさんの猫を」と思われるでしょうが、それには理由(事情)がある、少し離れた隣家(50mほど東)にたくさんの猫がいました。今でもいる。ほとんど面倒を見ていないに等しい状態がずっと続いています。もちろん「手術」などは一切しないから、毎年たくさんの子どもが生まれる。食事も満足に与えられていないから、自然淘汰(餓死・病死)で、極端に増えることはない。この家の住人に、近所の誰もが「何とかしてください」と言わないままでずいぶん時間が経ったと聞く。話にならない、取りつく島がないのですね。ぼくも何度か話をしたが、先ず受け入れない。「あれはうちの猫ではない。野良猫だ」というばかり。キャットフードを与えているような与えていないような。お腹が大きくなっても満足に食事にありつけないので、勢い、少し離れている隣(拙宅)に来る。かみさんがみかねて(見るに忍びなくて)、食事をやりだした。そこから、爆発的に「猫口増」が始まり、今に至っているのです。

 あれこれと書けば、なんだ愚痴を言ってるんじゃないかと受け取られそうですから、これ以上は書きません。やれるならやる、まあ、できる範囲で猫と暮らすというだけのこと。決して見せびらかすのではない、当たり前に泣いたり騒いだりという日常を送りたいし、そうしているつもり。その暮らし方は「同居アリ」「別居アリ」「養子もアリ」「何でもアリ」ですね。猫が家にいると、それもたくさんいると、家を留守にできないのが難点です。夫婦のどちらかはきっと家に残る必要があり、交代で外の用事を済ませることにしています。多くの猫たちは、日中は外で過ごすことが多いので、いつも自由に出入りできるようにしてある。このところいくつかのよそ者(家猫らしい)が家に入ってきて、家の猫の食餌を盗る。喧嘩をすることもあるので、なかなか気が抜けない状態が続きます。

 いつも感心するのは、各地で「地域猫」と称して、野良猫たちの世話をしている人々がたくさんいることです。もちろん、その猫たちには必要な(と人間が感がる)手術や治療を施している。なかには何人もの世話係が付きっ切りで面倒を見ているところも多い。地域全体がそれを理解しているとは限らないので、ご苦労なことに頭が下がります。有名無名含めて、いくつもの団体が「飼い主のいない猫たち」の世話係をしているのです。また、「保護猫」と称して、飼い主を探す(仲介を斡旋する)活動をしているところもあります。もちろん「猫カフェ」なども、近年は多い。

 ただ今は、第何次か知りませんが、「飼い猫ブーム」だそうです。もちろん、地域猫や保護猫の「親」になる人も多いのでしょう。でもブームの大半は「ペットショップ」からの「買い猫」ではないか。拙宅からは少し離れた国道沿いにも「ペットショップ」があります。この業界の陰の事情を少し知るだけでも、身の毛が弥立(よだ)つほどです。「子犬・子猫入荷しました」「値下げします」などと宣伝に努めているのを見るたびに、一日も早く「ペットショップ」を法的には禁止してほしいと願うのです。こんなところにも、ぼくは「人間中心主義(humanism」を見てしまいます。ヒューマニズムとは人間のエゴイズム(egocentrism)でもあるんですね。あらゆる事柄が「人間中心」「人間本意」で動いている、それは無条件に受け入れられることでしょうか。「人間を尊重すること」の「核心」は「いのちを尊ぶ」です。だから、人間の隣にいる「生き物を大事に」という姿勢・態度が育つのでなければ、他人を尊ぶことはまずできない相談でしょう。「我が子」だけ「うちのペット」だけをかわいがるという偏った精神が、社会全体を歪(いびつ)なものにしていると思います。

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空気は読むのではなく、吸うのだ

 多元的無知とは社会心理学者のオルポート,F.H.が使用した言葉です。/これは集団内で取られるある行動について、自分は賛成していないにもかかわらず「きっと他の人たちはそうした行動に賛成しているのだろう」と、その集団内の多くの人が思い込む状態を表します。/ 例えば、大きな災害があり、飲み会やお花見などを一切自粛しようというムードが国全体に拡がっている時、自分自身は「ちょっとやり過ぎで、過剰反応ではないか」と反対意見を持ったとしても、「きっと周りの人は自粛するのが当然だと考え納得しているに違いない」と思い込むような場合が当てはまります。/ そこで、ちょっと本音を話してみようということになれば、実はみんなが「自粛ムードが過剰すぎる」と思っていると判明するということも往々にしてあります。(「心理学用語集サイコタム」=https://psychoterm.jp/basic/society/pluralistic-ignorance

 「多元的無知(pluralistic ignorance)」を別の表現に換えれば、「集団感染(outbreak)」、あるいは「群集心理(herd mentality)」とでもいえるでしょうか。あるいは「同調圧力(peer pressure)」「過同調(oversynchronization)」でもありますね。集団のメンバーはそれぞれ個々人で意識的に判断できる能力があるにもかかわらず、「みんながそう考えている」と思う・思い込まされることで、自分も「そうなんだ」「自分の考えは異端かも」と、あえて集団の中に自分を潜らせ、右に倣えという仕儀に至る。ぼくはこれを「付和雷同(follow the crowd)」と言い換えたい。「一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること」(デジタル大辞泉)

この社会では「空気を読む」のに多くの人は敏感であるともいわれています。だから、逆に「空気を読まない」ものは✖印をつけられるらしい。アメリカは、それに反して「個が発達」しているので(そうでない人もたくさんいるのに)、自分の意見をはっきりと表明するなどと、そんなにはっきりとした根拠もないのに(とぼくには見える)、この国では多くの人々は間違った評価をしている・きたんじゃないですか。何処(いずこ)も同じ「秋の夕暮れ」、「8時だよ、全員集合」なんですよ。集団というのは、一つに固まると、ある意味では手に負えなくなる。だから、肝腎なのは、「固まり」から足を抜け出していること」ですね。

 本日の「余録」はどうでしょう。この時期に、米国大統領の言動に対して、このような批判や意見を言わねばならぬと筆者は感じたかどうかわかりません。でも、「トランプは裸の王様だ」と断言しているのは、自分は極東の小島にいる安心感があるからで、いかにも「空気を読んでいる」と感じられなくもありません。「一番怖いのは相次ぐトランプ流に感覚が次第にまひし、国際社会が『多元的無知』に陥ってしまうことだ。『王様は裸だ』と叫ぶ少年がいない世界は危機である」と、まるで他人事のように高みからの見物を決め込んでいるようで、ぼくにはその「火事場見物的姿勢」が気に入らないですね。じゃあ、「日本はどうなんだ」と、返したくなるね。貴新聞は「王様は裸だ」と叫ぶ少年ではないんですか、なるつもりはないということでしょうか。

 「自分は裸の王様だ」という事実に、誰よりも気づいているのはトランプ自身ですよ。にもかかわらず、「なんと美しい服でしょう、王様」とそれこそ嘘八百を並べ立てている取り巻きが、トランプの「自分は裸なんだ?」という疑心暗鬼を晴らすが如くに「おべっか(おべんちゃら)(flattery)」を言いまくる。つまりは「忖度(そんたく)」するんですね。それで当人は舞い上がってしまうのですが。この小島の元首相もそうでした。舞い上がりすぎてとんでもないことになりました。忖度する側の典型はアメリカのマスメディアです。あらゆる既存の社会的な有力者がトランプへと靡きに靡いているのに歩調を合わせ、メディアそのものが、すべてではもちろんないが、それに便乗し、尻馬に乗ろうとしている、その状況は「狂気の沙汰(madness)」というほかありません。

 繰り返していっているのですが、そんな「裸の王様」に、まるで猫なで声で「立派なご洋服ですね」と揉み手をして擦り寄ったのは誰だったか。この小島の、見たくもない「裸の王様」ではなかったか。大小(米日)二人の「王様」は、自分たちは裸だと気が付いている。しかし取り巻きはその偽りの「無知蒙昧」から目が覚めることを阻害しているのです。

 誰もかれもが、「王様は裸」だと知っている。もっと下品に言えば、「彼はパンツすら履いていない」というべきだ。多くの民衆は、醜悪な裸を見せつけられて、気分がすぐれない(反吐を吐きそう)にもかかわらず、本当のことを言えば、この「町内(社会)」に住めなくなるとでも妄想しているのでしょうか。彼の最初の大統領就任時から「彼は裸である」、「真っ裸である」と、ぼくは断じてきた。単なる「裸の王様」ではなく、女性蔑視(misogyny)を隠さないで「強姦」や「暴力」を犯し、「性犯罪」を金で片づけることを繰り返している、そんな野獣のような「裸の王様」であり、「脱税等の犯罪」を繰り返している知能的な「裸の王様」でもあるといってきました。彼自身が自己嫌悪に陥るとは思われませんが、自分が上等の人間ではない、下品な男性であることを知っているのに、周りが持ち上げ、胡麻をすり、「裸ではありません」「殿、さすがです」と彼自身の意識を朦朧とさせ麻痺させているのです。要するに、彼の支持者自身もまた、まぎれもなく「裸の家臣」なんですよ。

 「にじむ万能感が気になる」とコラム氏は書くが、すでに米大統領は狂気の域に入っている、正気を失しているとぼくは言いたいほど、良識も正常な判断力も持ち合わせていない、それこそ「剥き出しの情念」が全裸で世間を彷徨・闊歩しているのです。取り巻きも支持者も、自分のためにもはっきりと「ノー」を突き付けるべきだ、そうでなければ、世界は彼の狂気にふりまわされ、危殆に瀕することになるのは請け合いです。さて、この先、いかなる振る舞いが始まるか。アメリカの社会には無数の「裸の王様」がいる。大統領の椅子を目指している「真っ裸」の有象無象が満を持しているのです。醜悪の極み、それがアメリカの政治社会だろう。(でも、この国だって事情は同じです)

 「多元的無知」とは「集団催眠(mass hypnosis)」に罹患しているということでしょう。どこからか一陣の風が吹き込んでくれば、全員ではないけれど、少しは覚醒するものも出て来るに違いありません。「大統領は偽情報に踊らされている」とウクライナ大統領は真実を言った。ロシアの宣伝に踊らされている、と。本当のこと(「あなたは裸である」)を指摘されて、著しく恥辱を舐めさせられたから「ウ大統領は独裁者」だと、本能的に叫んだのです。図星を指されると、人間は狼狽する。何でこんな出鱈目な「和平」実現を主張するのだと問われて、「ノーベル平和賞が是が非でも欲しいからだ」と当たり前の感覚をもつ人間ならいうことはできないけれど、この飛び切りの「裸の王様」は、恥も外聞も一切持たない、文字通りの「裸一貫」ですから、世評などものともしないでしょう。世界の良識ある首脳(そんな御仁がいればの話ですが)が「羽交い絞め」にしてでも、彼の狂気を沈め、催眠状態からの覚醒を促す時期に来ているんじゃないですか。

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「だれも自分が見えないと言うことを気づかれないようにしていました。自分は今の仕事にふさわしくないだとか、バカだとかいうことを知られたくなかったのです。ですから、今までこれほどひょうばんのいい服はありませんでした。
「でも、王さま、はだかだよ。」/とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。/「王さま、はだかだよ。」/「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」
 横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。/「王さまははだかだぞ!」/ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。(THE EMPEROR’S NEW SUIT(Hans Christian Andersen)(後掲参照)

【余録】童話作家、アンデルセンの名作「裸の王様」は、周囲に批判者がいない中で非常識な行動をしてしまう権力者が主人公だ。一方で、陰の主役もいる。本当は衣服が見えないのに王様をほめそやした家来や国民である▲社会心理学などの分野に「多元的無知」という言葉がある。集団の多くの人が規範を受け入れていないにもかかわらず「多数派は受け入れている」と思い込み信じたり、言い出せなくなったりする状態だ。裸の王様はその例として、よく引き合いに出される▲就任1カ月、自らを「王様」と呼び始めた米国のトランプ大統領である。ニューヨーク市で導入された「渋滞税」承認の取り消しを発表し、自身のSNSに「渋滞税は死んだ。王様万歳」と書き込んだ。ホワイトハウスのX(ツイッター)にも転載された。にじむ万能感が気になる▲この1カ月、ガザ地区の米国所有構想、関税外交などの言動が波紋を広げ続けたトランプ氏だ。ロシアと米のウクライナ和平協議を巡り、ゼレンスキー大統領を「選挙で選ばれていない独裁者」と批判したのには心底、驚いた▲ロシア寄りスタンスが指摘され、ウクライナの頭越し決着に動くことが懸念されるトランプ氏だ。反発は計算ずくの恫喝(どうかつ)かもしれないが、他国指導者の正統性を根拠もなく否定する言動は一線を越えている▲一番怖いのは相次ぐトランプ流に感覚が次第にまひし、国際社会が「多元的無知」に陥ってしまうことだ。「王様は裸だ」と叫ぶ少年がいない世界は危機である。(毎日新聞・2025/02/22)

(へッダ―写真・「今日発売の小学館『めばえ』5月号の「おはなし読み聞かせ」ページ、アンデルセン童話の『はだかの王様』の絵を描かせていただきました!」:by ehon_yuriko_igawa |2019-04-01)(https://ehonigawa.exblog.jp/30205810/   

 空気は読むものではなく、吸うものだ。いつでも新鮮な空気を脳細胞に補給してやらないと、「多元的無知」「集団催眠」「付和雷同」に罹ってしまうでしょう。ある種の「洗脳(brainwashing)」です。「洗脳」されているもののもっとも困ったところは「自分は由緒正しい原理や哲学に従っている」という、自らの思考停止に気づかないところです。いくら言っても、かえって「自らの由緒正しさ(実際は「荒唐無稽」「反社会的暴力」なんだが)」を信じ込む、妄信する方向に行くのです。質(たち)はいたって悪い。「憑き物」に取りつかれているんですね。「狐憑き」大流行の時代がありました。今だってあるんですね。「おかしい」と思うことは世の中には溢れている。多くの人はそれに気が付いています。

 でも「おかしいことはおかしい」と指摘するのは、なかなかできない、つまり「場の空気」「集団に吹く風」「得たいの知れない雰囲気」を読んでしまう、飲まれてしまう、そう解釈されます。でも、それ違いますね。自分の利害に関係ないなら無関心を装っておけ、そんな無責任な態度に馴れ切っているんです。少しでも新鮮な空気を吸収して肺臓に取り入れ、それを脳内細胞に送り込むことによって、脳は活性化されるんじゃないですか。「読むんじゃなく、吸うんです、空気は」ね。ここらで「深呼吸」の必要がありますね、長田先輩。

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 THE EMPEROR’S NEW SUIT(Hans Christian Andersen) むかしむかし、とある国のある城に王さまが住んでいました。王さまはぴっかぴかの新しい服が大好きで、服を買うことばかりにお金を使っていました。王さまののぞむことといったら、いつもきれいな服を着て、みんなにいいなぁと言われることでした。戦いなんてきらいだし、おしばいだって面白くありません。だって、服を着られればそれでいいんですから。新しい服だったらなおさらです。一時間ごとに服を着がえて、みんなに見せびらかすのでした。ふつう、めしつかいに王さまはどこにいるのですか、と聞くと、「王さまは会議室にいらっしゃいます。」と言うものですが、ここの王さまはちがいます。「王さまは衣装いしょう部屋にいらっしゃいます。」と言うのです。
 城のまわりには町が広がっていました。とても大きな町で、いつも活気に満ちていました。世界中のあちこちから知らない人が毎日、おおぜいやって来ます。(中略) / 王さまはきらびやかなてんがいの下、どうどうと行進していました。人々は通りやまどから王さまを見ていて、みんなこんなふうにさけんでいました。「ひゃぁ、新しい王さまの服はなんてめずらしいんでしょう! それにあの長いすそと言ったら! 本当によくおにあいだこと!」/だれも自分が見えないと言うことを気づかれないようにしていました。自分は今の仕事にふさわしくないだとか、バカだとかいうことを知られたくなかったのです。ですから、今までこれほどひょうばんのいい服はありませんでした。


 「でも、王さま、はだかだよ。」/とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。/「王さま、はだかだよ。」/「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」/横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。/「王さまははだかだぞ!」/ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。(「はだかの王様・大久保ゆう訳:青空文庫)(https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/46319_23030.html

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偽りても、賢を学ばんを、賢と言ふべし

 「ネット時代SNS万能の風あり世の末に」(無骨)ぼくは「ネット」に乗る情報なら何でも飛びつくようなことはしません。従来は宅配新聞やテレビの報道番組で用が足りていたのが、いまでは新聞購読は何十年も止めており、テレビ視聴はほとんどしなくなったので、オールドメディアと称される「新聞」「テレビ」に代わる情報源を探してみたりします。でも、そんなものは何処にもないという状況で、勢い、毒にも薬にもならない、旧来型のマスメディアのネット版とでもいうべきものから、あれこれの世相や世間の出来事を教えられる程度。まるで横文字を縦にしたような、いわば入巣の翻訳版を見ているような気になるのです。

 それにしても、どれほど選択を厳しくしてもネットから流れてくる情報は、ぼくには「話半分」、いや「話四分一」つまりは「眉唾物」であると心得て、それらに共通する「確からしさ」、そんなものがあるとして、それ(客観性)を自分流に嗅ぎ当てるという余計な手間をかけざるを得ないことに、いささかうんざりもしています。国を問わず、政治家は嘘を付く、そんな「嘘つき」を絶大なエネルギーで支持する民衆が跋扈・群居しているのですから、不思議とも奇怪だとも想いながら、刻々と我が「ガイタン(慨嘆)」は深くなるばかりという仕儀に立ち至っているのです。要するに、「嘘を一万回繰り返せば、嘘の皮が剥がれる」という社会共通の誤解があるのだということです。「嘘から出た真(実)」は、嘘か真か?

 本日は、そんなときの「精神の気付け薬」のようになっている兼好さんのエッセー「二題」です。ぼくのもっとも好む文章ですから、これまでにも方々で引用したり、敷衍したり。それでもなお、性懲りもなく、ここに引き出してみたくなった理由は、他でもありません。この節、頓(とみ)に人間(の品性)が悪くなりすぎた(下劣になった)からでもあり、サモシイ根性剥き出しの人間どもが血で血を洗い、嘘で嘘を打ち負かそうとする、その異様な「嘘つき合戦」の成り行きに身も心も放心するばかりという状況に、自分の足で立つためには、いまさらに兼好流の生き方をお浚(さら)いしたくなったからです。

 まず、賢い人は自分が知っていることでも「こんなことまで知っている」などとは余計なことは言わないものだ。自分は何でも心得ているなどという人間に限って(多くは田舎から出て来たばかりの人間、と兼好は言う)無教養をひけらかして、それをさも訳知り顔で話すのだから、きっと「自分は教養がある」とでも錯覚したがっているのだ。この「第七十九段」は、ぼく自身、「以って自戒の文」としてきたと言いたいところですが、いかにも「自らもいみじ(すばらしい、なかなかのものじゃ)と思へる気色」が抜けきらないのは、まだまだ、この年齢になっても修行・修養がまったく足りないということを思い知らされるのです。

 どうしたらいいか。本当に物事に通じている人間は、よく知っている「道(技・業)」については軽々しく口を利かないで、誰かから訊かれない限りは、口を閉ざすのだとは、何とも羨ましいというほかありません。本当に酒の美味(うま)さを心得ている「酒飲み」は、先ずがぶ飲みなどという、はしたない真似はしないで、猪口(ちょこ)を口元に運び、それで唇を湿(しめ)すだけ、そんな「酒飲み」にはとうとうなれませんでしたね。「問はぬ限りは言はぬこそいみじけれ」…。こういう賢人になりたかったなあと、しみじみ、つくづく願っていましたからね。

 何事も、入り立たぬ様したるぞ、良き。/ 良き人は、知りたる事とて、然(さ)のみ、知り顔にやは言ふ。片田舎より差し出でたる人こそ、万(よろづ)の道に心得たる由の差し答(いら)へは、すれ。然れば、世に恥づかしき方も有れど、自らもいみじと思へる気色(けしき)、頑(かたく)ななり。良く弁(わきま)へたる道には、必ず口重く、問はぬ限りは言はぬこそいみじけれ。(「徒然草  第七十九段」)

 「第八十五段」は若いころから諳んじるほどに読んできました。それだけ読んだのだから、「愚か」でなくなったかというと、そうでないのですから、人間の「感情」「情念」は、我ながら始末に負えないということでしょうか。どんな人でも素直な心ばかりでないのですから、どこかに嘘や偽りが入り込む。世の中には、しかし心底から正直な人もいないわけではない。そういう人を見たりすると、我ながら羨ましくもなるのです。そんな経験は一度や二度ではありませんでした。「この人は、ここまで正直なのか」と驚嘆したこともあります。その人とは半世紀以上付き合ってきましたから、このように正直な人にも弱点や盲点があることを知って、正直一途とは、なんと困難な境地かと教えられたこともある。

 余談です。親でも教師でも「子どもは素直(従順)であるべきだ」と固く信じて疑わないところがあります。「素直(obedient)」と「正直(honesty)」は違う。あまり厳密に区別するのもどうかと思いはしますが、やはり、「素直」「従順」は好まれ、「正直」「率直」はやや敬遠される傾向があるようにぼくなどは感じてきました。親や教師から言われ、教えられたことは何でも「受け入れる」のも考え物だという子がいたら、親も教師も気分はよかろうはずもないでしょう。それはともかく、あまりにも賢明な人を見ると、人はそれをまともに評価したがらず、「「大きなる利を得んが為に、少しきの利を受けず、偽り飾りて、名を立てんとす」と批判・非難する。まるで人間の種類が違うんでしょうね。

 このような表現をするところに、ぼくは兼好という人間の骨頂を見るのです。人間観察というか、世間を見る兼好の眼は穏やかではないでしょう。他人の幸福を喜べない人間はいるもので、それと同様に「賢者」を、自分の賢明でない心(尺度)で測るんでしょうね。「あの人はああしているが、それはさらに大きな利を得るために猫を被っているのだ」と。こんな人間の「下種の根性(下愚の性)」は治らないもの。嘘でも「賢者の真似」はできない相談だと、兼好さんは断罪します。

 次の一文は、「賢と愚」の境界を知るには格好の道標になるでしょう。「狂人の真似とて大路を走らば、則ち狂人なり」「悪人の真似とて、人を殺さば、悪人なり」真似をするは「まねる」「まねぶ」、つまりは「学ぶ」です。いかなる学び方も、その端緒・発端は「まねぶ」「まねる」から始まる。だから、と兼好さんは指摘する。ここは、ぼくの大いに「まねぶ」ところでした。「驥(き)」とは「不世出の名馬」のこと(「1日に千里を走るほどの名馬。駿馬 (しゅんめ)」。(デジタル大辞泉) 「舜(しゅん)」は中国古代の聖人です。名馬や聖人を「まねる」、「学ぶ」人間は「その類」「その徒」だといいます。結論ではありませんが、兼好さんの「生き方の姿勢・思想」が如実に出ているのが「偽りても、賢を学ばんを、賢と言ふべし」というところに滲み出ています。ぼくのような下愚が、それでも何とか然るべき人たちの書いたものを読むのは「偽りても、賢を学ばん」という心持ちからではなかったかと、実に思い当たるものがあるのです。そして、悔しいけれど、嘘でも「賢」を学んだつもりになっただけだったと、今にして思い当たる。

 人の心、素直ならねば、偽り無きにしもあらず。然(さ)れども、自(おの)づから正直の人、などか無からん。己(おのれ)、素直ならねど、人の賢(けん)を見て羨(うらや)むは、尋常(よのつね)なり。至りて愚かなる人は、偶々(たまたま)、賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んが為に、少しきの利を受けず、偽り飾りて、名を立てんとす」と謗(そし)る。己が心に違(たが)へるに因(よ)りて、この嘲(あざけ)りを成(な)すにて知りぬ、この人は下愚(かぐ)の性(せい)、移るべからず。偽りて、小利をも辞すべからず、仮(かり)にも、賢を学ぶべからず。
 狂人の真似とて大路(おほち)を走らば、則ち狂人なり。悪人の真似とて、人を殺さば、悪人なり。驥(き)を学ぶは、驥の類(たぐ)ひ、舜を学ぶは、舜の徒(ともがら)なり。偽りても、賢を学ばんを、賢と言ふべし。(同・第八十五段」)

 もっとも大事な事柄が残されている。何を「賢」とし、誰を「賢」と見るか。他人から教えてもらうのか、はたまた、自らの直感(直観)(intuition)、判断力(judgment)によるのか。そのような才能(能力)を身につけるためにも「偽りても、賢を学ばん」というところに戻る。いかにも面倒でんな。

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