出会いは束の間、教師の仕事とは?

<あのころ>「山びこ学校」刊行 無着成恭氏指導の文集 1951(昭和26)年3月5日、無着成恭編「山びこ学校」が出版され反響を呼んだ。山形県・山元中学校の生徒43人が貧村に生きる家族を克明に記録した「生活つづり方」文集。戦後民主主義教育の典型と評価されベストセラーに。映画にもなったが、地元の恥をさらしたと批判され無着氏は村を去った。(2022年03月05日 08時00分 共同通信)(写真➡:右側地図の前には無着先生。「学級会」の教室風景)

 「国語科」における「作文」という分野は明治初期の学校開始以来、しばしば名前を変えながら、今に続いています。その中で、「生活綴方」が公教育の中で、教科書のない教科として、教師側の工夫や創意を十分に生かせるものとして、時代と共に広く普及してきました。「生活を見つめ直す」授業として、特に東北地方で大きな教育運動を伴った実践が積み重ねられてきました。その嚆矢(こうし)は「北方(性)教育」だったと思われます。生活の貧しさを直視するという実践の狙いは、大きな成果を生んできましたが、やがてそれは国家権力の「忌諱(きい・きき)」に触れるものとして多くの実践教師の弾圧にまで及んだのでした。無着氏の実践は、北方教育の流れを汲むものであり、彼自身の記録にもその傾向は色濃く反映されていました。

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 「教育は芸術である」といった教師がいました。その真意はぼくの理解を超えていましたが、絵画や彫刻、あるいは音楽や文学などと同じように、長い研鑽・精進を必要とする尊い仕事だということだったかもしれないと考えてきました。その教師はまた、「教育(授業)は儚(はかない)いものだ」という意味のことも言われていた。教師と子ども、子どもたちとの一瞬の出会いが生み出す共同の作業が授業(教育)であって、それはいつまでも遺されるものではないということだったと思う。ごく当たり前に「(ある事柄を)教え、記憶させ、それをテストする」という意味での「儚さ」を指摘したものではないでしょう。そんなものは儚いどころの話ではないからです。

 一人の教師(それを無着さんだとすれば)と四十三人の中学生の、三年間に及ぶ「交流記録」「実践記録」は残されましたし、教師とそれぞれの子どもたちの「教室における出会い」は記憶され、思い出されるべきものとして理解はされましょうが、一瞬間で終わるほかない「やり取り」「出会い」はたちまちのうちに消え去ります。素晴らしい授業が行われたなら、その「よさ」は後々までも残り続けるといえるかどうか。言えるようでもあり、言えないようにも思われてきます。その瞬間に感じる思いや実感は、スマホで切り取ることはできない相談で、辛うじて、一人一人の記憶の中で発酵し続けて初めて、生きているともいえるのでしょう。

 これはどんなことにも言えるのであります。教室で行われた授業という「実践」に関する残された記憶は教師だけのものであり、生徒一人のものである、というべきではないでしょうか。全員で成し遂げた「授業の達成」は、一瞬で消え去るものです。ここまでくると、教育とは? 授業とは? そんな問題に正面から衝突せざるを得なくなる。無着さんと43人の子どもたちとの「授業」という共同作業は、一冊の書物にはなり、多くの人に受け入れられましたが、それは「記録」であって、教室の一瞬における「達成」、その都度に生じた「感慨」の、いわば「抜け殻」のようなものです。名人の落語高座を聴いて感動するのは、寄席における落語家とそれに聞き入る一人の好事家の間に、一瞬に起こる事柄(飛び交う火花)です。それを感動といってもいいでしょうか。その感動(火花)は消えものであって、辛うじて記憶の中で(擬似感動として)生き続けるかもしれないものでしょう。

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 「毀誉褒貶(きよほうへん)」という語があります。「ほめることとけなすこと。または、ほめる人もいればけなす人もいるという意味から、世間の評判のこと。『毀』と『貶』はどちらも欠点を悪く言う、非難するという意味。『誉』と『褒』はどちらもほめるという意味。同じような意味の言葉を重ねて強調した言葉」(四字熟語辞典ONLINE)いささか勇み足の謗りは受けるかもしれませんが、この言葉は無着成恭という存在によく似合っているとぼくは思います。無着さんが教師になったのは、戦後の学校教育の再出発点であり、山形師範を卒業して生家の隣村だった「山元村」の中学校社会科教師としてでした。新制(新生)中学校の発足と同時の、戦後生まれの新しい教科「社会科」担当教師だった。時に、無着成恭青年、十九歳の春だった。

 無着さんについて、「やまびこ学校」について、ぼくはたくさんの文章を書いてきました。このベストセラーを何度読んだかわかりません。読んだ回数は数えられないのですけれど、それでは一冊の「やまびこ学校」はこの社会の学校教育に何を齎したか、となると簡単には語れない。「生活綴方」は戦前からありましたし、戦後も継続して大きなうねりを持った運動のようにたくさんの実践が重ねられてきました。いま、その歴史についてぼくは語る気はしません。誤解を承知で言うなら、「生活綴方」も、無着成恭という教師の実践も、時代が降るとともに、「経済成長」という生活(豊かさの追求)至上主義の荒波にかき消されたと思われます。当時の「山元中学校」の子どもたちの生活は「貧乏」「貧困」「生活苦」という日々の生活との戦い方に明け暮れていたといえるでしょう。その「戦いの記録」こそが「教育実践の核心」であり、「教えて、教えられて、それで終わり」では手の施しようもない、ある面では教室に収まり切れない教育の仕事がそこに発見されるはずです。

 「やまびこ学校」刊行以来、もう七十数年も経過したのかという、いいようのない淋しさだけがぼくの中で湧いています

無着成恭【むちゃくせいきょう】(1927~2023)教育家,僧侶。山形県生れ。山形師範学校,駒沢大学仏教学部卒業。1948年山形県山元村立山元中学校教師となり,生徒の生活記録文を編集した《山びこ学校》を1951年に刊行し,生活綴方の再興と評された。1956年私立明星学園勤務,1970年《続・山びこ学校》を刊行した。1983年千葉県の曹洞宗福泉寺住職。〈新教育〉に基づく社会科学習の非現実性を批判するなど独特な教育評論でも知られ,著書に《無着成恭の詩の授業》(1982年),《無着成恭の昭和教育論》(1989年)などがある。(百科事典マイペディア)

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 「山びこ学校」無着成恭さん死去 生活綴方を実践、ラジオでも人気 生活綴方(つづりかた)の記録「山びこ学校」の編者で、TBSラジオ「全国こども電話相談室」の回答者を長年務めた、僧侶で教育者の無着成恭(むちゃくせいきょう)さんが21日、敗血症性ショックのため死去した。96歳だった。通夜は26日午後5時、葬儀は27日午前11時から千葉県多古町一鍬田292の福泉寺で。喪主は長男で同寺住職の成融(せいゆう)さん。
 山形県生まれ。1948年に赴任した同県山元村(現・上山市)の中学校で、子どもたちが生活のありのままを作文に書く教育「生活綴方」を実践。生徒43人の詩や作文を収めた学級文集を編集した「山びこ学校」を51年に出版し、ベストセラーになった。その後、明星(みょうじょう)学園(東京)で教諭や教頭を務め、64年からは「全国こども電話相談室」の回答者を約30年続けた。大分県国東市の泉福寺の住職を経て、過去に住職を務めた福泉寺で暮らしていた。(宮崎亮)朝日新聞デジタル2023年07月24日掲載(ヘッダー写真も含む)(https://book.asahi.com/article/14965021

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Stay Hungry. Stay Foolish.(S.P. Jobs)

 五日ほど前、近所で火事がありました。現場には行きませんでしたが、消防車が何台も出動、消火活動の状況が聞こえてくるほど近くだった。煙が黙々と上がって心配しましたが、幸いに大きな火事にはならなかったようでした。岩手県大船渡市の「山火事」はいまだに鎮火のめどが立たないようです。このところ、方々で火災が発生しており、いかにも火事の多い季節だし、殊に今年はなぜだか多いという印象を持っています。火災による死傷者も多く報道されています。長く続く雨なしの乾燥状態が、折からの風の影響もうけて出火、延焼を広げていると思われます。その意味で、昨日以来、久方ぶりの雨は「恵み」となるといいのですが。天気予報では関東近県では、なんと大雪が予想されています。季節外れの大雪となるのかどうか。

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 弥生に入り、頓(とみ)に花粉の飛散量が増えているのか、例年以上に目鼻がダメージを受けています。「嚏(くしゃみ)・鼻水・鼻づまり」と、真正の風邪の症状を呈しながら、花粉アレルギーの仕業だといいます。少しばかり頭も重い感じがしている。花粉症の決定的予防策も対処法もなさそうで、ひたすら外出を控えて、季節が移るのを待つばかりです。

 そんな折、今が「入学試験」の最盛期なのでしょうか。小中高大と、時代は少子化と騒がれてはいますけれど、相変わらずの「入学試験」劣島ではあります。ぼくは高校受験を経験しましたが、どうということはなかった。当時の居住地(京都)では「学区制」が敷かれていて、住所があるところの学区に「公立高校」が一校だけ。その高校を受験し、不合格だったら「中卒」のままで人生を続ける予定でした。幸か不幸か、ぎりぎりで合格(担任教師いわく、「君はどうして私立校を受験しないのだ。誰それだって(成績最優秀者)、掛け持ち・滑り止め受験しているぞ」と受験前に説教された)不合格だったら、自転車屋か大工になるつもりでした。「掛け持ち」「滑り止め」という言葉を、その時に初めて知った。

 高校受験の数点の違いが「人生の岐路」を生むのは当たり前に受け入れられていたのでした。それで思い出すのは、スティーブ・ジョブズ(1955~2011)というアップル創業者の生涯です。彼の母親は未婚の大学生のときに、彼を出産する。生まれた子は養子にすることが決まっていた。彼は貧しい労働者の夫婦の養子になった。義母は高卒、義父は中卒だったらしい。両親に苦労をかけて入学した大学は、まったく彼の意に添わないもので、彼は半年で退学する。両親の蓄えをすべてつぎ込んで入学した結果だった。しばらくは友人の住まいに居候。共同創業者のウォズニアックと両親の家のガレージでアップルを創業したのは二十歳のときだった。やがて企業(起業)は成功し、大きな財を得た。しかし彼の人生は順調には進まなかった。三十歳になって、彼は自らが創業した会社から「解雇」を通告されたのです。

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 2003年(48歳)に膵臓がんが見つかる。幸いにも悪性ではなかったので一命をとりとめ、さらに仕事を続けていたが、2011年に肝臓がんのために死去(56歳だった)。彼の成功譚を語るのではありません。「波瀾万丈」といい、「花に嵐の例えもあるぞ」といいます。「禍福は糾(あざな)える縄」の例えもあります。それぞれの歩く道は、誰にとっても平坦でもなければ、近道(バイパス)もないでしょう。人生の時間の長い短いにかかわらず、人が歩くのに費やした「骨折り(苦労)(経験)」には、それに相応しい「草臥(くたび)れ(学習効果)(実感)」が伴うのです。これはぼくの勝手な受け取り方ですが、「骨折り損の草臥れ儲(もう)け」とは、骨を折って損をした、無駄だったと考える必要はなく、その分は、きっと「草臥れ」として身についているのだ、そのように自分なりに思ってきました。ジョブズさんは言っておられる。人生のその都度にやっていること(点)が、初めから一本の線でつながることは想定できない、と。

 「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです」と、ある大学に招かれた際の「卒業式」で語っている。よくエスカレーター式とか、階段式などといって、人生は機械仕掛け、親がかりで、順調に数s無ことができると考えたがる傾向(風潮)がありますが、どうでしょうか。「有名校」とか「名門校」(そんなものがあるとして)に入れば、そのまま順調に「有名になる人生」や「名門を維持できる人生」を歩けると考える根拠は何処にもないでしょう。ジョブズさんが2005年6月12日に招かれたスタンフォード大で行った卒業式の講演で、いつまでも「Stay Hungry. Stay Foolish.を忘れないで」と語って講演を終えています。(この<Foolish>はどういうニュアンスでしょうか。「愚かで」ということを、別の観点から見れば「愚直に」ともいえそうですが、どうでしょうか)

 ジョブズさんのような生涯を送ることは何人にも不可能です。でも彼が、若いころに受け止め、それをわれわれに残ししてくれた言葉である<Stay Hungry. Stay Foolish.>を実践するのはどうでしょうか。この「箴言(proverb)」に、ジョブズはさんは一冊の本の中で出会ったといいます。「全地球カタログ(The Whole Earth Catalog)」です。著者はスチュワート・ブランドという若い人。パソコンが普及するはるか以前の、1960代年の出版で、版を重ねたといいます。この「全地球カタログ」の最終版(1970年に発行)の中に書かれていたのが「いつも腹を空かせていろ、愚かなままでいろ」という言葉だったという。googleの姿形も見えない時代の壮大な「地球の歩き方」であり、「世界の見方」でした。

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【金口木舌】「好きなもの追いかけて」 名護高校付属桜中学校1年の花原秀さんと初めて会ったのは2年前。名護市内のイベントでアリの飼育を紹介していた。小学校低学年から、餌やりや観察を続ける「アリ博士」。本紙で紹介すると反響を呼んだ▼花原さんが今度は人命救助に貢献し、名護署から感謝状を受け取った。通学路の川に落ちて大けがを負った男性を発見、両親を呼び、救助へとつなげた。生き物が好きで、よく川の様子を見ていたという▼「生き物も人も好きなので、放ってはおけない。必ず助ける人間だと思う」と父の努さん。生き物を大切に思う、優しい心が命を救った。児童生徒の活躍は地域を明るくしてくれる▼きょうから県立高校の入試が始まる。努力を重ねてきた受験生、背中を押す家族も気が気ではないだろう。希望を抱き、入試に挑む、すべての受験生にエールを送る▼「特色選抜制度」の導入など、今年から高校入試は大きく変わった。新制度に中学校や保護者の不安も大きかったと聞く。学校現場、生徒の声を拾い、制度を磨き上げることが求められる。生徒が夢や「好きなもの」を追い続けられる教育環境を目指して。(琉球新報・2025/03/04)

◎スティーブ・ジョブズ 米アップル社の創業者の一人。1955年2月24日生まれ。米カリフォルニア州出身。76年、同じく創業者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏が自作したコンピューター、アップルIの将来性を見抜き、販売を始める。77年にはアップルコンピューター社を設立。同年に発売したアップルⅡが爆発的に売れ、80年には2億ドルを超える資産を手にして、20代でフォーブスの長者番付に載るなど世間の注目を集めた。ちなみに、パソコンとして初めてGUI(Graphical User Interface)を採用しており、かつ、アップル社を代表している「マッキントッシュ(Macintosh)」は、ジョブズこだわりの製品である。/85年、ジョブズはマッキントッシュの売り上げ不振などを理由に解雇されるが、その後、教育やビジネス市場向けワークステーションの開発製造会社「NeXT社」を創業し、独自OS「NeXT OS」搭載のコンピューターを発売する。また、86年には、ルーカスフィルム社のコンピューター関連部門を買収して「ピクサー社」を設立しCEO(最高経営責任者)に就任する。ピクサー社は95年に世界初のフルCG映画「トイ・ストーリー」などで成功を収めている。⇙)


(⇗)97年には、当時低迷するアップル社に暫定CEOとして復帰し、斬新なデザインのパソコン「iMac」をヒットさせる。2000年には正式にCEOとなり、01年にNeXT社のOSを基本にしたMac OSの後継となる「Mac OS X」を発売。また同年には、携帯型音楽プレーヤー「iPod」と音楽再生・管理ソフト「iTunes」をベースにした音楽配信ビジネスを開始し成功を収める。さらに、07年には「iPhone」でスマートフォン市場に参入し、「iPhone」をスマートフォンブームの火付け役とする。10年には「iPad」で、タブレット型デバイスという新たな市場をリードするなどと、ここ数年でアップル社は数々のヒット商品を出し続け、11年には、アップル社の売上高が過去最高となった。見事にアップル社の再建を果たしたジョブズだったが、11年8月24日、健康問題を理由にCEOを退任すると発表した。後任は、ティム・クックCOO(最高執行責任者)で、ジョブズは取締役会長となる。/ジョブズは妥協を許さない完璧主義者であり、その強引な経営方針を批判する声もあるが、反面、強いカリスマ性は多くの人に評価される。/また、人を魅了するプレゼンテーションや数々の名言、格言が有名。iPhone発表時には「本日、アップルは電話を再発明する」という言葉を、他社幹部をアップル社に誘った際には「残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?」という言葉を残している。/11年10月5日、ジョブズが死去したことが、米アップル社によって発表された。享年56。(知恵蔵)(左上写真 ソニー創業者の盛田昭夫氏と。盛田さんは自身が開発した「ウォークマン」を手にしている)

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よく見れば薺花咲く垣根かな

 三月三日、「雛(ひな)祭り」だそうです。その「雛」は、音読みで「ス」「スウ」、そして訓読みでは「ひな」「ひよこ」と読ませます。「灯りをつけましょ ぼんぼりに」と詠ったことはないけれど、この日近くになると街中に「ひな祭り」の歌が鳴り響いていました。今ではすっかり聞こえなくなったようですが、少子化と関係があるのでしょうか。

 あっという間に二カ月が過ぎ去りました。弥生三月、いろいろな草花が咲き出すころ。表題の句は芭蕉。ぼくの好きな一句です。貞亨3(1686)年、春(?)、44歳の時のもの。江戸深川の芭蕉庵で詠まれたという。拙宅のあちこちに一面群れをなして咲いているのを見ると、芭蕉の句作当時のそれは「よく見れば」というほどに珍しい花だったのかと思われてくる。「薺」は「なずな」で「春の七草」のひとつ。花は春を通して咲く。アブラナ科ナズナ属の二年草。いろいろな思いが結びついて、この花をぼくは好んできました。一名「ぺんぺん草」とも。菱形の小さな実が三味線の撥(バチ)の形に似ているところから、その連想で「ペンペン」と言ったらしいですね。小さく白い花は愛らしいというか、奥ゆかしいというか。(俗諺に「佐賀モン(県人)が歩いた後にはぺんぺん草も残らない」と言われてきた。どういう意味じゃろか、薬味にもなる薬草です)

 昔から「地震雷火事親父」と言い伝えられてきました。最後の「親父(おやじ)」は、今や絶滅種で、昭和の終焉と共に姿を消してしまったか。それにしても、今シーズン、いかもに「火災」が多いように思われます。そのほとんどは住宅などの火災ですが、今も延焼中の岩手県大船渡市近郊の「山火事」はなお火勢を強めており、必死の消火活動が続いています。四千人に及ぶ避難者が出ています。近くの住宅にも延焼中で、多くの方は着の身着のままで避難されている。大震災から十余年、震災と津波を恐れて(警戒して)高台に移転し、今回の災厄に遭遇された方もいる。慰める言葉もないほどの災難。異常な乾燥が続いている中、風にあおられての延焼。当地(房総半島)では、昨夜来の小雨が続いています。干天の慈雨、いや不謹慎ながら、大船渡近辺には「干天の降雨(消火に適量の雨)」を期待しています。

【いばらき春秋】きのうまでの週末はぽかぽか陽気だった。梅や桃の香り華やぐ時季であり、軽装で外に繰り出す人の姿が多く見られた。気温は一転、きょうから再び寒さが戻るという。週間天気予報に雨傘マークも久しぶりに顔を出した▼気象庁によると、水戸の降水量は今年に入り1、2月合わせてわずか21ミリ。とりわけ2月は2ミリと極端に少なく、統計がある1897年以降の単月データで最も少なくなった▼乾燥注意報が連日発令されているが、肌はカサカサ、体中がかゆいわけだ。乾燥で最も注意が必要なのはやはり火災である。発生記事が連日のように紙面をにぎわす▼被害は住宅ばかりでなく畑の枯れ草や芝生、竹林などに及ぶ。野焼きが延焼するケースが目立つ。そもそも野焼きは一部の例外を除き廃棄物処理法で禁止されている。違反した場合は5年以下の懲役か1千万円以下の罰金、その両方を科せられることもある▼行政も「野焼きは犯罪」などと注意を呼びかけている。昔から怖いものに「地震、雷、火事、おやじ」と言う。「おやじ」は「親父」ではなく「やまじ風」(突風)との説もある▼岩手県大船渡市の山林火災は延焼が続き、災害級の被害となっている。春風が吹く季節。何はともあれ火の用心である。(島)(茨城新聞・2025/03/03)

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「徒然に日乗」(673~679)

〇2025/03/02(日)終日、凌ぎよい天候だった。気温も二十度を超えたほど。明日からは冬に逆戻りとか。また、岩手大船渡の山火事はさらに燃え広がっており、鎮火の見通しが立っておらず、避難者の増大も加わって、いっそう被害が増えている。これ以上、犠牲者が出ないことを祈るばかり。▶午前中に買い物で茂原まで。明日からの、まさかの「降雪」(の恐れ)も考えて、少しばかり食材を多く購入した。▶かみさんの体調はまだ本調子ではなさそう。毎食後の薬の服用を忘れるのだから、困ったものだし、とても油断ができない。「やれやれ」だな(679)

〇2025/03/01(土)午前中に灯油(18㍑×2缶)購入。帰路にはホームセンターでシャンプーや洗剤等の購入。▶かなり執拗な「花粉症」に罹患している。それなりに風が出ているので、花粉の飛散量は多いのだろう。拙宅の周囲はスギとヒノキの林だから、この先も思いやられる季節が続きそう。▶米国大統領とウクライナ大統領の(戦争終結(和平交渉)に向けての)会見では、驚くべき事態が発生している。トランプはロシア側と謀って、ゼレンスキーに罠を仕掛けたと、もっぱらの報道。ロシア(P)とアメリカ(T)が手を結んだのだ。ならず者の癒着(野合)。アメリカは底なし沼に嵌っていくようだ。戦後の冷戦時代の延長上に、社会主義国を詐称する国と民主主義を偽装する国の対立状態が長く続いていたが、アメリカがならず者国家の側にすり寄って行く事態が生まれたのだから、戦後体制は終焉を迎えたというべきではないか。それにしても、アメリカの漂流、いや地滑り的崩落は、この先どう言う状況になるのだろうか。それを阻止する余力は今の米国にはなさそうだ。ウクライナという瀬戸際国家への距離に基づいて、諸国は、自らの政治姿勢をどこに求めるのかが試されているのだと思う。▶この劣島国でも、「一党多弱」などと言われたが、実際は「(一人の」裸の王様」を神輿に乗せて、取り巻きは喜んで担ぎ手になる、そのうちに「裸の王様」は、自分が裸であることを承知して、「馬鹿な権力行使」に奔った。それを誰m止めなかった事態がしばらく続いて、この国は落ちるところまで堕ちて行く状況がまだ続いている。そこに、アメリカの現状を見る思いがする。(678)

〇2025/02/28(金)本日で二月は終わり。瞬く間の二カ月だった。陽気はかなり凌ぎやすかったが、また来週明けにも寒波が来るという。▶昼前に猫缶等の購入のためにあすみが丘(土気)まで。ついでに簡単な夕食の準備も。いつも通りの品物購入だったが、一向に物価の高騰は収まっていないと痛感する。同じ商品だが、購入するたびに値上がりしているような錯覚に襲われる。▶連れ合いが薬の服用を忘れているのが気になる。とにかく体内の炎症を鎮めるのが何より肝心だから、そのためには規則的に服用するのが肝心。薬の管理もできなくなったとは思わないが、これまでの「宵っ張りの朝寝坊」的生活と、このところ特に気になる、長時間のテレビ視聴、これを改めるまでは、うるさく感じられても、横から口出しをせざるを得ないのだ。(677)

〇2025/02/27(木)本日午前九時過ぎに病院の整形外科へ。この病院は名の知れたところだが、今は当たり前の街の病院。すぐ近所で、これまでに何度も連れ合いが通院もし、入院もしたところ。長い時間をかけ、血液検査や放射線撮影をし、その結果をもとに診察。要するに、「血中CRP(C反応性蛋白)濃度」が異常に高いことが判明。「CRPとはC-リアクティブプロテインというたんぱく質で、体内で炎症が起きたり組織細胞に障害が起こるとこのたんぱく質が増えていきます。この検査値をみてもどの臓器に異常が起こっているかという診断はつきませんが、炎症状態の経過を見るには重要な検査値です。検査値が非常に高い場合は結核などの慢性感染症、関節リウマチなどの膠原病、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などで、軽度の上昇はウイルス感染症、内分泌疾患などが考えられます」(https://www.dock-tokyo.jp/)診断の結果はその通りで、差し当たっては痛み止めを(二週間分)処方された。それで痛みが鎮静すればよし?ということだった。数日間様子を見てから判断したい。(676)

〇2025/02/26(水)午後4時に茂原の整骨院に連れ合いを連れていく。もう四日ほど経っているが、痛みが増しているようで、見ているのがつらい。治療を終えたが、院長いわく。「別の病院の整形外科で一度診てもらったらどうか」と。それは当然当方も考えてい。本人が言うような「寝違い」などではなく、むしろ内部からの痛みなのではないかとぼくは見ているほど。整骨院から帰った段階で、以前に入院したこともある近くの総合病院の整形外科に行く段取りをつけた。明朝八時半に病院に連絡し、その後、病院まで出向くことにしている。(675)

〇2025/02/25(火)二日ほど前から連れ合いが首筋・肩の痛みを訴えていた。本人は「寝違えた」と言っている。時間の経過とともに痛みが苦痛に変わっている。夜も十分に眠れないほどの痛さだったという。鎮痛湿布を張ったがなかなか治まらない。午前中に近所の整骨院に連絡をして予約を取った。治療時間は午後二時半過ぎになった。時間通りに医院に出向き治療を施してもらった。明日も午後四時に通院することにした。今のところ原因がなんであるか判らないとのことだった。▶連れ合いが治療中に買い物に出かけて、三十分程で医院に戻ったら、治療がもう十分ほどで終わるということだった。この治療でうまく行くとよいのだが。▶アメリカ大統領はまったくの狂気に見舞われていると思う。虚偽でもなんでもみずから思ったこと、自分に有利な点があれば、あることないことに関する発言には抑制が効かないこと夥しい。はっきりとT&P(米露)が握りあっているのだ。そのことはあからさまであるにもかかわらず、誰も直接に諫言も言えず制止することもかなわないとしたら、いくつかの理由で米国は「非常事態(前後不覚)」に陥っている。(674)

〇2025/02/24(月)終日自宅内に。それほど風もなく、穏やかといってもいいほどの陽気だった。▶本日で「ウクライナ侵略」が丸三年になった。予想外の長期戦になっているというべきか。その「内容」にはいくつもの側面があろう。第一は、負けるわけにはいかないウクライナの死活問題としての戦争である。発端はロシアの「侵略」だったし、おそらく、大半の想定(予想)では「短期でロシアの勝利に終わる」だったろうが、何をもって「勝利か」を決めていなかったが故の長期戦だったと思う。手を引く機会を逃し続けたのは「ロシアのメンツ」だったのではなかったか。「戦争終結」に向けて、米大統領の前のめりはどんな方向に向かうのか(「侵略」「侵攻」という語を使わないでという、その姿勢は狂っているとしか言いようがない。「アメリカはロシアの側に立つ」と宣言したに等しい。その理由は何処にあるのか)今後の予測はぼくにはできない。しかし「侵略」そのものを無条件で認めるような「和平」はあり得ないだろうし、ウクライナの独立を認めるなら、ロシアが半ば占拠している状況を御破算にしなければ、決着がつかないかもしれない。となると、結局は「消耗戦」になるのだろうか。それはあまり想定したくはない。(673)

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ウクライナを消せば平和が来る?

⦿ 週初に愚考する(五拾九)~ おそらく早い段階から、「今日の舞台」あることを想定してTはPとは連絡を取り合っていたと思う。野心を持つ者同士の「野合」(あまり美しい言葉ではないが、ここで使うのがふさわしいと思う)だった。時限爆弾(あるいは地雷)を仕掛けたのは策略の鬼才に決まっている。大ロシア復活を果たした「新皇帝」の冠を被ることを希求してやまない権力者。齢、七十を過ぎてもう時間がない。そこに登場した(させた)のが米国商売人。利益(名誉)が騰がるなら何でも図(謀)る、いかなる手段を取ることにも躊躇しない。ウクライナ大統領をホワイトハウスへ呼び込んだ、誘(おび)き出したこと、それこそが両者にとっては「時宜を得た(timely)」策略だったというのだ。

 Zをわざわざワシントン(ホワイトハウス)まで招き寄せて、一発かましてやった(辱めた)という構図。それ以前に、米大統領はホワイトハウス内で取材できるメディアは選別すると公言し、APやロイターなどの批判的メディアは排斥していた。その代わりにだろうか、昨日の会見の場に(タス通信だったか。註 後にクレムリン関係の記者だったことが判明・03/03)ロシア側記者がカメラを構えていたという報道がある。後継者に任じられた副大統領も、脚本通りに「準主役」を演じた。「してやったり」とほくそ笑んでいるとするなら、地獄行きだ。舞台装置も観客に見栄えがするように整えられていた(何枚もの全体写真をみよ)。これを「サル芝居」といい、「田舎芝居」とこき下ろすことはできるが、この芝居の幕は上がったばかり、今や舞台は第二幕に移っている。

 仕掛けられた地雷(あるいは時限爆弾)を踏んだのは誰だったか。多くは「罠」に嵌められたたZだというだろうが、ぼくはそうは見ていない。彼は六方を踏み、筋を通し切った。「雪が溶ければ春になる」という如く、「地上からウクライナをなくすれば、『平和』になる」と、愚かにも、悲しくも妄想しているのは誰と誰だ。愚かしいにもほどがあるというもの。

 いずれ、この汚い関係(姦計・evil scheme)は明かされる。世界の人民をペテンにかけて、「野合」から得られるものはなにか。恥辱だけでないことは確か。第二次世界大戦後、維持されてきた「アメリカの地位」は大西洋の藻屑(seaweed)消えたと思う。それにしても、米国の品性及び信頼が地に堕ちたことを大喜びし、Pにすり寄る自国大統領を礼賛するという前代未聞の「情景」に狂喜する(風に見せている)米国民(国会議員を始めとして)がいることに、やりきれない頽廃を感じている。この国と同盟しようとする国の未来もない。

 ぼくは必要以上に、アメリカT大統領の再登板に関して、批判に終始する駄弁を弄しているが、それは東海の小島の命運に不可避の悪影響を及ぼすから、それだけではないが、その愁いは小さくなかった。逆に見れば、汚い、主従に等しい「日米体制」の軛(くびき)から、曲がりなりにも足を抜く機会(口実)に恵まれたのだ。I首相よ、ウクライナ支援に手を抜くな。

(*「野合」とは「正式の手続きによらず、夫婦になること」「共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まること。『選挙のための—と批判される』」(デジタル大辞泉)

【卓上四季】おまえのものは… ガキ大将の代表格といえば「ドラえもん」に登場するジャイアンが思い浮かぶ。スネ夫とコンビでのび太をいじめる乱暴者。彼には決めぜりふがある。おまえのものはオレのもの、オレのものもオレのもの―。理不尽であっても「オレがルールなんだから欲しいものは全部よこせ」という感じだ▼米国のトランプ大統領が重なって見える。ウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談もそうだった。のっけから言い放つ。「掘って掘って掘りまくり、レアアースを手にするのが楽しみだ」。相手方の鉱物資源の権益がおもな議題とはいえ、あまりに露骨だった▼やりとりはやがて激しい口論に。怒りからかトランプ氏の顔は紅潮していく。脇から加わるバンス副大統領はスネ夫の役どころか。圧倒的な力を持つ側が脅す構図に思えた▼ゼレンスキー氏も黙っていない。ロシアの軍事侵攻で苦難と犠牲を強いられる。言うべきことを言う姿勢は揺るぎないが、なにより必要だった和平は遠のいた▼開戦から3年。今後どうなっていくのか。欧州各国がウクライナ支持を表明しても、交渉が決裂したショックは大きい▼ジャイアンには善悪をわきまえ、叱ってくれる母親がいた。トランプ氏の周囲には1期目と違って、忠誠を誓う者しかいない。これがなにをもたらすのだろうか。心配は尽きない。(北海道新聞・2025/03/02)
ゼレンスキー氏、トランプ氏に謝罪する必要なし 首脳会談後のインタビュー(CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領はFOXニュースのインタビューに応じ、ホワイトハウスでの激しい応酬を受けてトランプ米大統領に謝罪する必要性は感じていないと明らかにした。/ゼレンスキー氏は「いや、私は大統領と米国民を尊敬している。我々は非常にオープンに、率直になる必要があると思う。何か悪いことをしたとは考えていない」と発言。「民主主義と自由なメディアにあらゆる敬意を込めて言うが、中にはメディアの外で議論しなければならないこともある」とも述べた。/ホワイトハウスのチャン広報部長はトランプ氏が番組を視聴していたか問われ、エアフォースワン(大統領専用機)の機内で記者団に「イエス」と返答したものの、それ以上は詳しく語らなかった。(CNN・2025/03/01)(https://www.cnn.co.jp/world/35229961.html

(事前の会談が決裂に終わったため、中止された協定調印式と記者会見の会場)(2月28日、ホワイトハウス)(BBC NEWS)

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弥生の空の下に 「時限爆弾」 が

 弥生(三月)朔日。大船渡近郊の山火事はなお燃え盛っています。いろいろな困難な条件がそろっている山火事です、この先、一刻も早く鎮火することを願うばかりです。(ヘッダー写真「ロシア軍の侵攻により破壊されたウクライナ東部バフムートの街並み=AP」)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/232858

 日本時間の午前一時過ぎから、ホワイトハウスで行われた米大統領とウクライナ大統領の会談。見る予定はなかったが、固唾をのんで観てしまった。いろいろな意見や批評はあるだろうが、米側はウクライナを一足で踏み潰せるという、まさしくロシアのP大統領と同じ「蔑視」や「偏見」をウクライナに抱いていることを隠さなかった。「文句をいうな。頭を下げて感謝しろ」「誰に向かってモノを言っているのだ」「立場を弁えろ」という強圧姿勢は何を示しているか。そのきっかけを作った副大統領の、大統領への見え見えの忖度と追従が、裸の王様をけしかけてしまった。

 ウクライナの惨禍や窮状を取引の材料にしているのがありあり、それをカードにして強請(ゆすり)と脅しをかけたのが米大統領。ウクライナ大統領は国を死守するという気概があるのは当たり前。個人の「利益」「名誉」を最優先することに必死の「商売人」とは志が違うというばかりです。この結果は、どうなるかぼくには予想することはできない。本当に「和平」を望むなら、米国大統領は出直すべきであり、改めて歴史を学び直した方がいいでしょう。まず無理なことだが。振り上げた拳(こぶし)をどこに卸すか、見ものです。彼は露大統領と口約束しているに違いない、「Zは、この俺に任せておけ」と。(T大統領はPの「腰巾着(waist pouch)」になり下がり、アメリカの副大統領VはTの「腰巾着(waist pouch)」に喜んで成り下がっている。早朝から醜悪な物を観てしまったと思う。

 想わない抵抗に遭って怯(ひる)んだのは米大統領。「俺に何を言うか」「無礼者」という「根拠のない唯我独尊」の振る舞いから生み出されるのはアメリカそのものをも貶めることだとは、まったく気がつかないのだから、始末に悪い存在だ。心底から「ウクライナに平和を」と願っているのなら、こんな不遜な態度は出てこないはず。ウクライナを支援してきたのはアメリカ歴代大統領であり、アメリカ議会であり、アメリカ国民だということを、今の今になって全否定することはできない相談。「何を欲しがって、プーチンの股間を潜ろうとしているのか」と問われて、T大統領は何と答えるか。それだけ「褒章」が欲しかったのです。この一場の「闘論」は、米国側が仕掛けた「罠(trap)」だっと思う。とんでもない国になったものだね。(追加:MANBC<‘There is no question this was a setup’: Amb. Susan Rice on Trump’s Oval Office ambush of Zelenskyy>=https://www.youtube.com/watch?v=yWbK5gfNYd4)(2025/03/01/10:00 A.M.)

 これ(交渉)は「ロシアとアメリカ」の問題だというなら、それに即した、ウクライナに対する「礼儀「「仁義」というものがあると、逆に糺(ただ)されないでしょうか。当事者抜きの「交渉」は米露のならず者が相談ずくで始めようとしているもの。一方の当事者(U)抜きの「合意(agreement)」とは何ですか。弥生の空の下、方々に「時限爆弾(time bomb)」が仕掛けられ、「地雷(landmines)」が埋められている、実におっかない世界の現実です。それを最初に踏んだのは、あるいは最初の打撃を受けたのは、誰だったか、ぼくには明らかなように思われます。<Trump tells Zelenskyy he’s ‘gambling with World War III’ in tense exchange>(https://www.youtube.com/channel/UCaXkIU1QidjPwiAYu6GcHjg

  米ウクライナ首脳会談は決裂、資源取引で署名至らず-激しい口論の末 トランプ米大統領は28日、ホワイトハウスでウクライナのゼレンスキー大統領と会談したが、予定されていた資源取引は署名に至らず、首脳会談後の共同記者会見も中止となった。ロシアとの合意を目指すトランプ氏の取り組みにゼレンスキー氏が疑問を呈したことで、会談は冒頭から激しい応酬となった。
  今回の会談は両首脳の結束を示す場となるはずだったが、ゼレンスキー氏はテレビカメラの前で米国側と衝突する格好となり、ホワイトハウスを後にした。ロシアのプーチン大統領とのディールを目指すトランプ氏は資源取引について、米国の対ウクライナ支援への見返りとして必要な一歩だと位置づけていた。  
  トランプ氏はゼレンスキー氏がホワイトハウスを去る直前、自身のソーシャルメディアプラットフォームであるトゥルース・ソーシャルに投稿。「彼はこの大切な大統領執務室で米国を侮辱した。平和を受け入れる準備ができたら戻ってくればいい」と突き放した。
  協議決裂を受けて、外国為替市場ではドル指数が上げ幅を拡大。ユーロは売られた。(Bloomberg・2025/03/01)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-02-28/SSEKSMT0AFB400?srnd=cojp-v2)

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「風邪は万病の元」と言われます

 毎年、この季節になると「花粉症」に罹患し、大いに不快な時間を過ごす羽目になる。四十歳ころまで、花粉症になったという自覚はなかったし、それで悩まされたことはありませんでした。恐らく、千葉県に越してきてかなり経ってから花粉症の症状が出てきたように覚えています。でも、その治療のために医者にかかったことは一度もない。理由は単純、今の医療で花粉症が収まることはないと思うからです。年々歳々、花粉症の研究が詳しくなり、その医学的な対策(治療法)が進化しているように見られるのに、かえって、花粉症に罹患する人が多くなり、花粉症対策の療法が追い付いていないという状況判断から、ぼくは医者にはかからないと、今の段階では決めています。花粉症はある種のアレルギー反応であり、別の観点では「感染症」的でもあるでしょう。花粉症のメカニズムがわかり、その治療法が確立すれば、大きな前進を医学は果たしたことになるでしょうが、それは先のこと、おそらく身体のメカニズムが解明され、タンパク質等の働きが突き止められた暁のこと、夜明けははるかに遠い、ですね。

 このところ、必ず2月から3月ころまで、いわゆる花粉症に罹(かか)ります。嚏(くしゃみ)・鼻水・鼻づまり、それに目の痒みや痛みなどなど、主な症状はその程度ですが、その症状も年によって差があるのでしょうか。今年は特に激しい、酷いという、例年との比較は、ぼくの場合はうまくできていない。それは毎年のこと、ある種の季節症状であって、時季が過ぎれば収まるのですから、何とかしなければということにもならないのは、あるいはさいわいなこととぼくは考えている。もちろん、その重・軽症程度は人によりけりで、大いに悩まされ、日常生活に支障をきたす人もおられるでしょう。毎年、この季節になると、おそらく「花粉症」について駄文を書き下しているはずですから、今回もあまりそれに触れることはしません。

 ただ、花粉症がこの社会で問題にされたのは1960年台以降のこと、それ以前は多くの症例報告はないとされていました。コラム「小社会」にあるようにアメリカの「ブタクサ」花粉症は、近年、日本でも(秋に)見られますから、スギやヒノキが主たる原因とは言い難くなってきました。さらに多くの植物の花粉によって引き起こされていることも報告されています。幸か不幸か、拙宅はスギとヒノキの林に囲まれていますし、庭の方々にはブタクサなどの野草も生い茂っています(秋口)。花粉症を引き起こすには最良の環境だと言えますね。しかし、連れ合いは花粉症の症状を見せることは今のところはない。あるいはあるのかもしれませんが、本人には自覚がないだけかもしれない。

 その連れ合いは、昨日近くの病院(整形外科)で診察を受け、首や肩などの激しい痛みの「原因」がわかりました。検査の結果、「血中CRP(C反応性蛋白)濃度」が異常に高いことが判明したのです。「CRPとはC-リアクティブプロテインというたんぱく質で、体内で炎症が起きたり組織細胞に障害が起こるとこのたんぱく質が増えていきます」((https://www.dock-tokyo.jp/)このCRPが活性化すると、いろいろな疾患の原因(引き金)になるとされていますが、検査の結果だけでは、どういう疾患や感染症なのかはわからないので、その後の追跡検査や継続観察(診察も)が必要とされています。差し当たっては鎮痛剤を服用し、それで治まれば、第一段階の治療は終わりだと言われた(が、納得することはできませんでした)。

 「CRPの検査値をみてもどの臓器に異常が起こっているかという診断はつきません。炎症状態の経過を見るには重要な検査値です。検査値が非常に高い場合は結核などの慢性感染症、関節リウマチなどの膠原病、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などで、軽度の上昇はウイルス感染症、内分泌疾患などが考えられます」(https://www.dock-tokyo.jp/)

 昨日の病院では「痛み止め(鎮痛剤)」を処方された。風邪の初期症状などにも使われている薬の仲間です(三共製薬)。つまりはある種のウィルスによる感染症かもしれないという診断なのかもしれません。その医者(この病院の院長)はほとんど「診断」についての説明はしなかった。その姿勢は驚くべきことだったと言いたい。たぶん、駆け込む診療科が間違っていたからだったかもしれない。むしろ、「内科」へ行くべきだったろう。(最初に通ったのが整骨院だったから、その医師の勧めもあって整形外科にしたのだったが)昨日診察を受けた病院の内科にも連れ合いはかかっていたことがある。担当医師は、別の大きな病院勤務でもあり、そこに移っての治療は続いたが、いつ果てるとも知れない通院に思われたので、途中でいかなくなった。ともかく、昨日処方された薬で痛みが鎮静すればよし?ということだった。(数日間様子を見てから、どうするかを判断したい)

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 昔から、「風邪は万病のもと」と言いました。文字通りに、風邪も一種の感染症であり、体力の衰えているときには、感染症状がひどくなり、それによって隠れていた症状(病気)が顕在するということがあります。ちょっとした風邪が引き金になって、大きな病が明かされるのでしょう。「風邪は百病の長」とか、「風邪は百病の元」などともいわれてきました。連れ合いの通院によって、ぼくは図らずも、この「諺(ことわざ)」を思い出していました。体力の衰えや、消耗を放置しておけば、さまざまな症状が身体に出現する。たぶん、いろいろな種類の特定タンパク質が体内で分泌し、それによって大切な「細胞」などが壊されることになるからでしょう。風邪の引き起こすメカニズムを解明することができれば、医学における画期的な進歩が達成されると思う。特定のたんぱく質の分泌とその原因等が明らかにされれば、かなりの病気(疾患)の治療に有効な成果を上げられるはずだからです。

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【いばらき春秋】急ぎ足というより駆け足だろう。つい先日、新年を祝ったばかりなのに、2月が終わり、あしたから3月。「一月往(い)ぬる二月逃げる三月去る」とはよく言ったもので、月の頭文字に掛けた名調子の通り、どんどん過ぎていく▼28日しかないのだから「逃げ月」は当たり前。と思っていたら、このことわざは2月だけが短くなかった旧暦当時にあったとの説も。いずれにしろ、目まぐるしい▼ここ数日は、自分こそ逃げ出したいと思っている人も多いのでは。ぽかぽか陽気となり、スギ花粉の飛散が一気に本格化。社会面の右下にある「きょうの花粉情報」の丸顔は、県内は「少ない」と毎日にこにこ笑っていたのに一変、「多い」と泣き出しそうな顔になってしまった▼来月のピークを前に今季は「過去最凶」とも聞く。気象情報会社によると、飛散量は各地で例年よりも多く、県内は最大2倍と予測する▼そんな中で近年注目されるのが避暑地ならぬ「避粉地」。北海道や沖縄県のほか、海辺や離島はスギ林がなく、花粉症が和らぐとして、新たな旅行スタイルの提案や企業誘致に力を入れる▼国民病といわれる中、少しでも花粉に悩まされず春を楽しみたい。人々の思いをよそにきょうで2月が逃げる。(拓)(茨城新聞・2025/02/28)

【小社会】あの季節へ 日本テニス界の黎明(れいめい)期を築いた選手に熊谷一弥(1890~1968年)がいる。20年、アントワープ(ベルギー)五輪で銀メダルを獲得。日本人初の五輪メダリストとなった。▼熊谷の実力はそれで十分証明されているが、翌年の国別対抗戦デビスカップ(米国)も印象的である。「鼻詰まりて鼻汁不断に流れ出(い)でて苦しんだ」と著書にある通り、全力を出し切れなかったものの準優勝を果たす。▼本人は当初、風邪と捉えていたようだが、受診の結果、当時、米国の風土病とされていた「枯草(こそう)熱」と判明する。いまでいう花粉症で、ブタクサが原因とみられる。治療法もなかった時代だから、随分と悔やんだに違いない。▼日本で花粉症が報告され始めたのは60年代なので、それより40年も前の体験になる。メダルだけでなく花粉症患者としても先駆けだったわけだ。その熊谷も、花粉症が後に日本の国民病になるとは思いもしなかったろう。▼寒さが和らいできた。春の到来は歓迎するが、スギ花粉も伴うからつらい。日本気象協会によると県内はこの週末、飛散量が「非常に多い」と予想。それこそ花粉症を突然発症し、風邪と勘違いする人もいるというから注意を。▼四国の今春の飛散は昨年の猛暑の影響もあって、前年比8倍といわれる。夏の気温は翌年の花粉症をも左右する。折しも一昨日、気象庁がことし6~8月の予報を発表した。またも平年より暑い夏という。(高知新聞・2025/02/27)

◎ 花粉症(かふんしょう)pollinosis=アレルギー性鼻炎のうち,特に花粉の飛散期である春と秋に限定して起きるものをいう。普通のアレルギー性鼻炎の場合,日本では主に室内塵 (ハウスダスト) やそれに含まれるコナダニ,チリダニが抗原となるが,花粉症ではスギ花粉やブタクサ花粉,稲科植物 (カモガヤ,オオアワガエリなど) の花粉が原因となってI型アレルギー (免疫グロブリンの一つである IgE抗体が関与する反応) を起す。くしゃみ,鼻水,鼻づまりのほかに,眼,皮膚,のどなどにも発赤や腫脹が起り,さらに全身症状や気管支喘息を随伴する。花粉の飛散期を過ぎると突然,症状は消失する。花粉が原因であることが証明されなかった 1873年以前には,誤って枯草熱 (こそうねつ) hay feverといわれた。治療には対症的に抗ヒスタミン剤や局所用ステロイド剤の使用が試みられるが,最も効果的なのはマスクなどによって花粉の吸入を避けることである。また,開花期の数週間前から花粉毒素を使って脱感作を行うこともある。(ブリタニカ国際大百科事典)

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