【滴一滴】ぼっーとして蓄える 長崎県五島列島の最北部にある人口約1700人の宇久島(うくじま)は、島の半分ほどのエリアでスマートフォンの電波が届かない。地元の観光協会は不便さを逆手に取った旅をPRする▼スマホではなく豊かな自然に目を向け、海辺でハンモックを広げたり、夕焼けを眺めたりしてぼんやり過ごす。希望すれば、島に滞在する間はスマホを預かってくれる▼そんな何もしない時間への関心が高まっているらしい。「ぼーっとする大会」と名付けられた韓国発祥の催しが世界に広がり、一昨年からは日本でも開かれている▼ルールは単純。90分間、寝そべるなど楽な姿勢でひたすらぼーっとし、その間、心拍数を計測していかに心身をリラックスさせられたかを競う。スマホや時計のチェック、会話は禁止で、居眠りしても失格だ。昨年の東京大会には90人が参加。効率性が重視され、時間の価値が高まっている時代に、ぜいたくとも言えるひとときを過ごした▼ぼんやりしているのは人間にとって貴い時間で、必ず蓄えられているものがある。詩人で哲学者の故串田孫一氏は随筆「無為の貴さ」でそうつづった。では、何を蓄えるのか。畳みかけるように尋ねるものではないと、私たちの性急さを戒める▼それでも知りたいなら、日常の隙間時間にでも体験してみることだ。もちろん、スマホの電源は切って。(山陽新聞・2025/03/28)
(ヘッダー写真・「約190万年前の噴火によって誕生した宇久島。島の中央にそびえる城ヶ岳からなだらかな裾野が広がり、真っ白な砂浜が続く大浜海水浴場や、推定数百年の樹齢をもつアコウの巨樹、城ヶ岳山頂に鎮座する愛宕地蔵様など、島内には豊かな自然に抱かれたパワースポットが数多く存在している」・https://discoverjapan-web.com/article/9937 )
五島列島やその近くの島々に赴いたことは一度もありませんが、早くから、ぼくは福江島や、奈留島、小値賀島(おぢかじま)には親近感を持っていました。福江島出身の大学同級生がいて、長く付き合っていたからでした。彼は同じ同級生の友人の妹と結婚をし、ぼくが住んでいた千葉市内では数分の距離に居を構えていたこともありました。ある月刊雑誌社に勤めており、何度か「埋め草原稿」の依頼があって、拙い原稿を書いたことがあった。K さんは大学に入る前には何年間か、陸上自衛官になっていた経験があった。それで同級生とはいえ、おそらく五歳くらいは年上だったと思う。いまから六十年近く前に、暇があれば、夜を徹して「国防」「戦争」などについて終わりのない議論をしたことが思い出されます。詳しい事情は分からないが、五十を前に亡くなったのではなかったか。
Kさんを想うたびに福江島を想像(空想)してみるのがぼくの習慣になった。名留島出身のひとりの女性、彼女は島を出て後、水俣病に罹患した。その後の一家の歴史を、ある記録映画で知ることができた。偏見や差別を具体的に探る大きなきっかけを与えられたのでした。また小値賀島についても小さな奇縁がありました。20年ほど前に、平戸出身の近藤益男という教育者について小さな本を書いたことがある、その近藤さんが何度目かの転任の末に、この島に飛ばされたことがあり、そこで苦心しながら教師を続けていた、その記録(生活綴り方)にも詳しく島の状況が出ていたので、遥かな南方の小さな島のことをしきりに考えていた次期がありました。近藤さんは、おそらく、この島社会における「障碍者教育」のパイオニアと言っていいほどの実践を遺された人として、ぼくは大いに薫陶を受けたのでした。彼に関しても語りたいことはいくらもありますが、それはまた別の機会にでも。
彼は詩人でもあり俳句(自由律句)の作者でもありました。まだ調べはついていませんが、彼の師匠は荻原井泉水で、同じ弟子には種田山頭火や尾崎放哉がいましたから、長崎のどこかで山頭火と遭遇している形跡があるのですね。これは想像の上での話ですが、自然や教育に関してどこかで、二人は語っていたのではないかと、それを考えると、苦難を背負って歩いていた二人に訪れた一時の「ボーとして蓄える」、貴重な瞬間ではなかったと妄想が働きます。近藤さんはたくさんの栄誉(賞)をえていますが、つねづね「賞なんかでは教育はできん」と言っておられた。(「かげろう、ちえたらぬ子に石ころをならべ」 近藤益雄)
◎ 近藤 益雄(コンドウ エキオ)= 昭和期の教育家,障害者教育実践家,童謡詩人 なずな園創設者;のぎく学園創設者。 生年明治40(1907)年3月19日 没年昭和39(1964)年5月17日 出身地長崎県佐世保市 学歴〔年〕国学院大学高等師範部〔昭和2年〕卒 主な受賞名〔年〕文部大臣表彰,読売教育賞〔昭和29年〕,西日本文化賞,ヘレン・ケラー教育賞〔昭和38年〕,日本精神衛生連盟表彰 経歴昭和3年帰郷し、長崎県北部の辺地・離島の児童教育に従事、児童詩や生活綴方教育に専念。昭和16年「子どもと生きる」を刊行。23年田平小学校長。25年自ら校長をやめ、佐々町口石小学校に特殊学級を開設、その担任となる。かたわら28年には生活施設・のぎく寮(後に、のぎく学園)を創設、家族ぐるみで知的障害児の指導にあたる。37年口石小学校を退職し、寮を学園と改めその経営に専念。同年秋には精神薄弱成人ホーム・なずな寮(後の、なずな園)を創設、その経営を次男の原理夫婦にまかす。「のんき、こんき、げんき」を合言葉に障害児教育運動を推進した。著書に「近藤益雄著作集」(全7巻別館1)、詩集に「この子をひざに」などがある。(20世紀日本人名事典)
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ここからが本日の主題(というほどでもないが)、どこの世界でも、とにかく例え一瞬でも「日常性」から逃避したいという、飽くなき挑戦というべきか、例えようのない愚かな試行というべきか、それを試みる人々がいます。まるで年がら年中鎖や首輪でつながれている犬が、週の内のたった一時間だけ鎖や首輪から自由になりたいと願い出て、ようやく飼い主から、束の間の「自由」を得るという、そんな仕草に似ていなくもありません。しかも自由行動の範囲は室内に限り、室外(家の周囲)には金網が張り巡らされているという始末。人間のすることやしたいことはまったくとらえどころがないと同時に、何処でも同じような得体のしれない束縛から逃げ出したいという衝動に駆られているのかもしれません。
例を挙げればきりもないが、この劣島でもしばしば見られたのが「ノーカーデー」という代物でした。週一で、通勤用に車には乗らないという運動がありました。まだどこかにあるのかしら。あるいは、休肝(臓)日と言って、酒飲みが肝臓を労(いた)わるために、これも週一で、禁酒の日を設けるというようですが、成功した話は聞いたことがない。落語にある馬鹿話のようで、笑えないから情けないのですよ。
ぼくはスマホを持ったことがないから、それを手放して「ぼーっとする時間」をわざわざ作る必要性を感じません。四六時中ボーとしていますから。宇久島もなんだか別のことを売りにした方がいいと思う。「ルールは単純。90分間、寝そべるなど楽な姿勢でひたすらぼーっとし、その間、心拍数を計測していかに心身をリラックスさせられたかを競う」というのですから、コンテストなんでしょうね。これに世界の心ない同士が賛同したというから、何が悲しくてスマホを持つのかと、おサルさんが訊きそうですね。そもそも「心拍数を計測して」ということをこそ断ち切らなければ。
コラム「滴一滴」を読んでいて、フロムという人の「自由からの逃走」 を思い出していました。自由であることはあまりにも不安で寄る辺ないから、なにかに頼りたくて、多くは宗教(カルト)や政治主義(ファシズムに)ににじり寄り、多くの同行(同好)の士と交わることによって「安心感」というか、「不安からの脱出」を図るというものでした。コラム氏は面白いことを書いている。「昨年の東京大会には90人が参加。効率性が重視され、時間の価値が高まっている時代に、ぜいたくとも言えるひとときを過ごした」と。阿保草。書いている本人が、その「姿態」どういうことかお分かりでないから、平気でこんなバカ話を話題にするのでしょう。「(スマホを持たない)ぜいたくともいえるひととき」だってさ。大酒飲みが、散々苦労した末に「断酒会」に入って酒から切れて改心したという成功譚がありますが、苦労の末に身を亡ぼす人もいないわけではありません。「初めから飲むな!」
現代では、スマホは生活必需品なのでしょう。だからそれを持たない生活は考えられないというのなら仕方がない。ぼくはそのスマホとやらに頼るのも頼られるの嫌ですから、はじめからもたないことにしている。それで生活の不便を感じたことがないのです。「毎日がぜいたくともいえるひとときも、ふたときも、みときも」過ごしていると言っていい。串田孫一さん(写真☛)写真)には若いころに何かと教えられました。彼はデカルトやアランという思想家の紹介者でもあった。「ぼんやりしているのは人間にとって貴い時間で、必ず蓄えられているものがある。詩人で哲学者の故串田孫一氏は随筆『無為の貴さ』でそうつづった。では、何を蓄えるのか。畳みかけるように尋ねるものではないと、私たちの性急さを戒める」とコラム氏は書かれている。ぼくに言わせれば、実は忙しそうにスマホをいじっている時間こそが、中身のない「無為」な時間なんではないですか。
串田さんと同時代のフランス文学研究者だった渡辺一夫さん(☚写真)は、「ぼくは一生涯に何冊の本が読めるだろうか」と計算されています。一日一冊なら、五十年間、元気で健康を保てるとして、総計18250冊。でも三日に一日は用事や何かで読めない日もあるだろうから、せいぜいが10000冊ほどか。さらに病気などもあるから、もっと読めない日もあるだろうと、生涯を通して読める本は、たかだか数千冊程度などと書かれていて、ぼくは感心(驚嘆)したことがあります。本を読むことが無条件にいいことだとは限らない。今のスマホみたいな「無為の時間」を奪う凶器になることもあるでしょう。現代世界経済は「スマホで持っている」と言っても過言ではないでしょう。ということは、スマホという鎖(首輪)に繋がれて「自由からの逃走」を知らないうちに図っているけれども、自由になれない多くの人間がその経済を支えていることになるのではないですか。
いずれ固定電話がなくなるでしょう。なくしたい人たちがいるからです。「君はどうする?}と聞かれそうですが、いささかも困らない。スマホも持たない、固定電話もなくなる。さあ、どうする。糸電話でも作るか。人とつながる方法はいくらもある。手紙やはがきもあるではないか。いや、それもやがて消える運命にあるという。そこまで来てようやく、「ぼっーとして蓄える 」ものがなんであるかが、いやでもわかろうというもの。
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動画:スマホから離れる夜 ロンドンで「オフライン・クラブ」人気 【3月19日 AFP】英国・ロンドンで先月、スマートフォンを預けて、夜の2時間をクラブで一緒にゆったりと過ごそうというイベントが開かれた。イベントには150人以上の若者が参加した。/このイベントは「オフライン・クラブ」が主催。2時間の「デジタル・デトックス」チケットは発売とほぼ同時に完売するほどの人気だった。参加者の年齢層は主に20~35歳。多くの若者がネット上ではなく、リアルな世界で集まりたいと考えているようだ。/参加者は9.5ポンド(約1800円)を支払い、入り口で電源を切ったスマートフォンを預けると、本を読んだり編み物をしたりと好きなことをしながら、思い思いのひとときを過ごしていた。/イベントの主催者は取材に対し「参加者は無理やり『スマホを持たない』状況に置かれる。最初の段階でスマホを預けるので、文字通り、気が散ることはない。(中略)イベントのチケットはどこも完売している。皆、本当はスマホから離れたいと思っている証しだ」と話した。/推計によると、英国の若者は1日4時間以上スマートフォンを利用しているというが、参加者の一部からは「スマホの使用時間はもっと長い」という声も聞かれた。/35歳の参加者は「仕事のない週末は特に、1日6~8時間はスマホを使っている。スマホにとらわれているというか、ある意味、中毒みたいなものだ」と話した。/このイベントはロンドンでは昨年から開催されていて、これまでに2000人以上が参加。他にもフランス・パリやスペイン・バルセロナなど、各都市で開かれている。/ただ、皮肉なことに、イベントの開催ついては、多くの参加者がSNSを通じて知ることが多いという。(https://www.afpbb.com/articles/-/3567529?cx_part=common_focus) 映像は2月13日撮影。(c)AFP・2025年3月19日
【1月8日 AFP】英ロンドンで7日、ズボンを着用せずに地下鉄に乗る恒例のイベント「パンツなしで地下鉄に乗ろう(No Pants Subway Ride)」が開催された。/今では世界60都市以上に広がっているこのイベント。開催時期は真冬となっており、参加者はズボンをはかずに地下鉄に乗り込む。通常通りに振る舞うことがルールとなっており、乗車駅も参加者によってまちまちだ。(c)AFP・2024年1月8日
➡➡➡「No Pants Subway Ride」の理由がよく分からない。なんでもズボンを履かないで地下鉄に乗ろうというのか。この運動の動機よく分からない。馬鹿草。これもまた、よくある「ヌード願望」の一種でしょうか。たまにズボンの前チャックを人前で開けたままで「御用」になる人がいます。恐らくそれに近い「露悪趣味」か。それともここにもある種の束縛(パンツ・スマホ)からの脱出願望があるとみられなくもありません。ノーカー、ノーパンツ、ノースマホ…。これらに共通するのは自らの身体の一部になってしまったものから、一瞬だけでも、自分を剥がしておきたいという「鎖と犬」の関係に似ているでしょう。犬はずっと自由でいたいとは思わない。食事をくれるなら(もらえるなら)、少々の束縛は甘んじて受けますよと買われることを受け入れている見たい。「スマホと私」も「縛られたくないけれど、縛られたい」という矛盾した(倒錯した)性癖かもしれない。それはまあ、「鳥籠の自由」を満喫しているとみなされている(かどうか、鳥に訊かなければわからない)、文鳥やインコみたいなものか。スマホの必要性はさらに高まることは間違いありません。さあどうしますか、「ぼっーとして蓄える 」、そんな当たり前の生活に戻りますか。戻れますか。
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