最大最悪の「マッチポンプ」、即退場だ

 トランプ氏、米株急騰直前に「買いの好機」発言-ルール違反の指摘も 米ニューヨーク時間9日午前9時37分、トランプ大統領はソーシャルメディアへの投稿でこう発信した。「今は買いの好機だ」。/同日未明には、米国の主要な貿易相手国に対する高水準の相互関税が予定通り発動された。前日まで4営業日続落のS&P500種株価指数は、この日も軟調に始まった。/株安の原因は実質的にただ一つ、トランプ氏が世界各国・地域に仕掛ける貿易戦争だ。つまり、トランプ氏自身が、何らかの手を打てる立場にあった。(以下略)(Bloomberg・2025年4月10日 6:13)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-04-09/SUGVKIDWX2PS00)

 「arsonist-cum-fireman 」米国大統領は、文字通りに「マッチポンプ」だということ早くから知られていました。「三つ子の魂百まで」という俚諺はアメリカでも伝えられているでしょう。<The child is father to the man.>このマッチポンプ流渡世術(deal)は、彼の第一期大統領時代も指摘されていた。「追加関税実施延期か」と噂が出た段階(7日)で、市場の「時価総額は一時2兆ドル(約295兆円)近く増加」した。そして今回の実際の「延期表明」で、「時価総額は4兆3000億ドル膨らんだ」とされる。両日で、実に一千兆円近くが増加した計算。大統領は「火付けと消防」の一人二役、これに応じた多くの関係者も同じように、「濡れ手に粟」だったに違いない。取り巻きはすべてがインサイダー取引に奔ったんじゃないか。「利益相反(Conflict of interest)」そのもの。同一の弁護士が「原告」と「被告」の弁護を同時にするような、行司が相撲を取るような。これぞ「八百長(fixed game)」ではないですか。彼の国に「鬼平」はいないのか。

 今回の「関税問題」、核心部は対中国との「貿易戦争」、に名を借りた「覇権の争い(compete for supremacy)」。チキンレースは始まっている。どこまで行くか、どちらが音を上げるか。勝負の目途はついているのだ。マスク氏の「言動」に要注意ですね。トランプは彼を切れるか。「君は首だ(You’re fired.)」と宣告できるか。他国は、この争いの巻き添え(collateral damage)を食っているのだ。

 日本政府の「対米関税対策」、漏れ聞くところ、あれこれお土産を揃えて、とにかく「少しでも関税を下げてもらう」ことに躍起だという。何もしなくていいとは言いませんが、出鱈目の限りを尽くす米大統領に忖度も要らなければ、媚を売ることも一切ない。仮にそんなことをしたら、笑いものどころか、誰も「鼻もひっかけない」だろう。そして、思いついたのが、国民一人当たり、「三万円(五万円)の現金給付」だというのだから、開いた口が塞がらないですな。もっと、根本において腰を据えて変えなければならに問題が山積しているのだから、「金を配るのも政治」から「金を配ることが政治」へ行きついた、ぼんくら政治家こそ、頭を丸めて、出直してほしい。少しばかりの金の配給で「参院選」に勝てると瀬踏みされている(安く見られている)ような国民(有権者)である限り、破滅への道を外すことはないね。アメリカのことを笑えない。

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春嵐鳩飛ぶ翅を張りづめに

 花道を歩く 清水公園(香美市)―桜のしおり 見上げた空に、桜の花道があった。龍河洞(香美市土佐山田町逆川)から10分ほど歩いた清水公園。約200本のソメイヨシノが花盛りを迎えていた。/地元住民と龍河洞保存会が1970年ごろ、段々畑の跡地に植えたもの。毎年この時季には、同保存会が花見客用にテント2張りと長机、木のいすを用意しており、予約帳に名前と利用日時を書いておけば誰でも使えるそうだ。「皆さん、ごみもきちんと持ち帰ってくれますよ」と関係者。/訪れた日、机の上の予約帳を見ると週末はもういっぱいだった。テントは15日ごろまで置く予定という。(以下略)(高知新聞・2025/04/09)(下写真))

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「一時的にパニック状態に」広末涼子容疑者を逮捕 事故搬送先で看護師蹴る 静岡県警(高知新聞・2025/04/09)左写真は「高知龍馬マラソン2025」で大会ゲストを務めた広末涼子容疑者・2025/02/16撮影)

 昨日のお昼過ぎだったか、ネットニュースで「自称❍×が…」というニュースが流れました。世の中には奇特というか、変わった人もいるものだと咄嗟に思ったら、なんとご本人だったという。即座に「薬物を服用して運転していたので」それを胡麻化すための偽装工作か、と勘繰った。真相はまだわかりませんが、なんだか「桜散る散る、実に散る」という感想が湧きました。「ハナニアラシノタトエモアルゾ、コレカラダッテマダ咲クゼヨ」と言いたいですね。

 香美市の「桜の花道」、毎年写真で楽しみにしています。昨晩、「明日から三日間は雨らしいよ」と告げたら、かみさん曰く。「せっかく上野公園に行こうと思っていたのに」と残念がっていました。彼女は上野公園内にある音楽学校(声楽)の卒業生。いやになるほど桜に親しんだのですから、もう一度観て見たいというのです。わざわざ人込みに交じりたいという感覚は、ぼくには皆無。「雨 雨フレフレ モットフレ」と八代亜紀さん。何でHさんを持ち出したか、深い理由はない。彼女は高知出身だったということと、きっと、悲喜交々、桜満開の花道をも歩いた人でしたね、そんなことを瞬時に想起したまで。まだまだ、人生の入り口を過ぎたばかり。サクラでいえば、苗木から少しばかり育った段階の、幼木ですね。

 この人とはいささかの因縁があります。どうということでもないし、付き合ったというのでもありません、偶然のきっかけで。でもほんの数時間、小さな部屋で時間をともにしたことがあります(?)。言葉を交わしたこともある。当時、彼女は二十歳前後だったでしょうか(ツーショットもありますよ)。何の感想もありませんで、それだけのことでしたけれど、大変なエネルギーを使って芸能界に入るために精進されたことを聞いて、「なんでだろうか」「芸能の世界に魅せられたかなあ」という不思議な感慨を持ちました。まことに人それぞれ。これからという時の「若木の過ち」だったろうか。

 それにしても土佐(愛媛も凄い)の段々畑は、それは圧巻でした。見事というか、そこにお米やお茶や野菜などをたくさん育てているのですから、なおさら感動します。こんな急傾斜地に畑かよ、田んぼまで、という驚きであり、その農人の健気さ(bravery)に対する尊敬の気持ちが湧くのです。

 親父は土佐出身。誰言うことなく「おまんは長曾我部の一領(一両)具足じゃないか」と揶揄されたことが何度もありました。一領(一両)であろうが、具足(愚息)であろうが、武士であろうが、農人であろうが、生きる仕組みは変わらないさと、ぼくは土佐人のDNAを身に孕みながら生きて来たもので、だから、土佐と聞くと身が振るえる。もちろんおふくろは能登の出ですから、この血も騒ぐ。昨年一月の大きな地震の余波は、今なおぼくをゆすり続けています。そしてだからこそ、年甲斐もなく、桜が咲くと気分が高揚してしまうのですね。

 サクラは咲けば散る、花開けば、たちまち枯れる。人もまた同じかもね。咲いては散り、咲いては散りの繰り返しで、やがて「円熟」することもあるでしょう。一瞬の華やぎだって、見事なものだったともいえます。自らを取り戻して、再び歩かれるか、Hさん。香美市清水公園の桜はきっと来年も咲くでしょう。ぼくはそこまで生き永らえることがあるだろうか。長嶋さんに倣(なら)って一言。「リョーコさん、これも人生だよ」

 「花 あなたがくれたのは 花」(米津玄師「花に嵐」)

 表題句を含めて、いくつか。

・春嵐鳩飛ぶ翅(はね)を張りづめに(橋本多佳子)
・今ここに春の嵐の中を来て(成瀬正敏)
・落花いま紺青の空ゆく途中(同上)
・ぺんぺん草花白々と春嵐 (山口青邨)

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「シオミさんこれも人生だよ…」

【卓上四季】しかし私は生きている 最近出た文庫本が並ぶ書店の一角。三日月に向かって歩く人の後ろ姿を描いたブルーの表紙が目にとまった。俳優の塩見三省(さんせい)さんのエッセー集「歌うように伝えたい」(ちくま文庫)だ▼つかこうへい、岸田今日子ら先人に導かれ、舞台に立ってきた実力派。映画「Love Letter」、朝ドラ「あまちゃん」で見せた演技は渋みがあった▼順調に活動していた塩見さんは2014年春、66歳で病に倒れる。脳出血であった。命は助かったけれど、左半身に重いまひが残った。立ち上がること、歩くこと、そして演じることもできはしない▼過酷なリハビリが始まる。訓練のつらさに思わず音を上げた。発症前に撮ったテレビドラマが放映され、元気だった自分の姿を目にして嗚咽(おえつ)した▼やがて行きつ戻りつの変化が始まる。いろんな境遇の仲間と励まし合い、医療スタッフに支えられ、前を向こうとする。つえを手に少しずつ歩き、恐る恐る外出し…。演技の仕事も再開できるまでに▼「シオミさん、苦しい時には引いたらダメだよ。そういう時こそグッと前に出るんだ!」。リハビリを偶然ともにした長嶋茂雄さんの助言である。塩見さんはこうしたことばや場面を右手の人さし指でタブレット端末に打ち込んだ。深い内省も平明な表現でつづられている。読んだ後の余韻が消えない。(北海道新聞・2025/04/09)

 (ヘッダー写真は毎日新聞・俳優の塩見三省さん=東京都千代田区で2021年6月10日、前田梨里子撮影)

 「シオミさんこれも人生だよ…」脳出血の絶望にいた私にリハビリの師匠ミスター長嶋茂雄がかけてくれた言葉(塩見三省) 一生懸命やれば開ける3つの道 長嶋さんの言葉、「一生懸命にやればできるようになり、もっと一生懸命やれば楽しくなる。そしてもっともっと一生懸命やれば、誰かが助けてくれる!」を心に刻んでいる。/ 2018年の夏頃に体調を少し崩されたようで、リハビリに行っても逢えなくなり寂しく感じていたが、ニュースで伝え聞く快復の報せに安堵して、毎週この病院でミスターを待った。/ 2019年、外来でリハビリに通っていた私は、国の決めた規則でHリハビリテーション病院に通えなくなった。長嶋さんにお礼が言えなかったことだけが心残りであった。/ それから2年経って、長嶋さんにはテレビで逢えた。東京2020オリンピックはコロナ禍で2021年に延期され始まった。私はオリンピックにはあまり気持ちが向かなかったが、ただ聖火ランナーとしての長嶋さんだけは気になっていた。最後にお会いした頃には聖火を掲げ走ることに一心で、まるで「走る」ようにリハビリで鍛錬たんれんされていた長嶋さん。/ 開会式で両腕を抱えられた姿には、私と別れた時とのあまりの違いに驚いた。しかし夢を叶えられた長嶋さんは一点の曇りなく笑っておられた。(以下略)(Presidennt Woman・2025.01.14(https://president.jp/articles/-/90231?page=3)(註 これは素晴らしい長嶋茂雄論でもありましたね。S.Yamano)

(上写真・「巨人のファン感謝イベントで行われた球団創立90周年セレモニーで言葉を交わす長嶋茂雄さん(中央左)と柴田勲さん」)(2024年11月30日、東京ドーム)(同上)

 遥かの昔、ぼくは何歳の時だったろう。近所の友だちの家の庭で遊びながら、ラジオを聴いていました。(記録によると1957年秋)誰がラジオをつけたのか忘れましたが、神宮球場から6大学野球リーグ戦の中継をしていました。相手チームは忘れました。立教大学の長嶋茂雄という選手の放ったホームランのことははっきりと覚えています。最終学年の秋季リーグ戦、最終打席だったか。8本目の本塁打を打った場面。当時の新記録でした。恐らく、ぼくはその当時、東京六大学などまったく知らなかったけれど(今でも怪しい)、長嶋茂雄という選手は知っていたのでしょう。翌年巨人に入り、プロ最初の試合で国鉄(当時)の金田正一投手から「四打数四三振」を喫した場面も記憶に残っています。(当時、ぼくは彼の高校大学時代の野球少年・青年のことをよく調べていました。砂押監督という「鬼」のことも。彼は素手でノックの捕球を強要したというとんでもない監督だった。後に現ヤクルトの監督にも)

 そして大きな病に襲われた。それでも「闘魂」というのか、長嶋さんは甦(よみがえ)り続けています。というわけで、ぼくの中で長嶋さんは「英雄」でも「天才」でもなく、努力の人、最後まで「力を抜かない人」という強烈な印象が刻まれました。後年、ぼくは千葉県佐倉市に移住し、そこで三十年暮らしました。長嶋さんは佐倉市臼井の出身で、ぼくが住んだ地区の隣町。何歳になっても、野球に関心が薄れても、ぼくにとって長嶋さんは特別の人だったかもしれない。「努力の人」「信念の人」として、おそらく数えきれない多くの人々に「人生のエール」を送り続けてこられたのでしょう。塩見三省さんについて知るところはほとんどありませんが、いくつかのニュースや記事で病に斃れられ、復活にかけていることを知りました。長嶋さんとの強烈な出会いに、塩見さん自身が大いに励まされという。

 長嶋茂雄さん、現在89歳。ぼくは野村克也さんも好きでした。長嶋さんとは一歳違い(野村さんは1935年生まれ、長嶋さんは1936 年生まれ)。野村さんは自らとの比較で「長嶋はひまわりなら、俺は月見草」と生涯にわたって長嶋さんとの違いを語られていた。プロ野球選手(に限らず)、現役時代はもちろん、現役を退いてからもなお、多くの人に有言無言の励ましを与え続ける人もおられます。長嶋さんが「特別」とは思いません。重い病気を抱えながら、不死身のように、生への執念を絶やさなかった多くの知り合いが、ぼくにはいる。人それぞれに生きている流儀がありますけれど、「シオミさん、苦しい時には引いたらダメだよ。そういう時こそグッと前に出るんだ!」という長嶋さんの謹厳・激烈な生き方の流儀です。どんなときにも長嶋さんなんだなと、何だが涙が出てくるほどうれしく思いました。その「チョーさん」のエールに応えられておられる塩見さん、人生という舞台における塩見さんの「迫真の演技」は見ごたえというか、学びごたえがありますね。余計なことは言わないで、塩見さんの語られるところに耳を傾けていたい。(右写真・1962年撮影の長嶋茂雄(画像=『虹をかける男 実録小説長島茂雄』/ PD-Japan-organization)

 「リハビリテーション病院での長嶋さんは車椅子の人にも腰を屈め、視線を相手の人に合わせて笑顔で話される。この病気では腰を屈めてキープすることは大変なのである。長嶋さんは日本のスーパースターであるけれども、あくまでもこの居場所では、同じ病と闘っている人たちと同じ立場で目線を交わされる。温かく、そしてジェントルな人であった」(塩見さん)(Presidennt Woman・2025.01.14)

塩見 三省(しおみ・さんせい)俳優 1948年京都府生まれ。演劇を志し、中村伸郎、岸田今日子らと伴に別役実や太田省吾の舞台作品、つかこうへい作・演出の「熱海殺人事件」他に出演。その後、映画「12人の優しい日本人」「Love Letter」「ユリイカ」「血と骨」「アウトレイジビヨンド」、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」「パンとスープとネコ日和」他、多数の映像作品に出演。2014年に病に倒れるが、2017年、北野武監督の映画「アウトレイジ最終章」(第39回ヨコハマ映画祭助演男優受賞)で復帰。「劇映画孤独のグルメ」など。近年は、エッセイや脚本、書評も執筆し、著書に『歌うように伝えたい』がある。(同上記事・Presidennt Woman)

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脱「米国の腰巾着」の千載一遇の秋

「市場急落でもゴルフ」、トランプ氏の最も記憶に残るイメージに 民主党議員(CNN) 米民主党のアダム・シフ上院議員(カリフォルニア州選出)は6日、トランプ大統領の貿易政策が世界経済を揺るがす中、同氏がフロリダ州でゴルフに興じる様子を「トランプ大統領の任期中で最も記憶に残るイメージ」と評した。/トランプ氏が2日に発表した関税政策により市場は急落。4日にはダウ工業株平均が昨年12月の史上最高値から10%あまり下落し、調整局面入りして取引を終えた。
トランプ氏は発表以降、フロリダ州南部のゴルフ場で数日間を過ごしている。ホワイトハウスは5日、記者団に対し、トランプ氏がゴルフの試合に勝利し、6日もプレーすると発表した。/シフ氏はNBCの番組で「人々は老後資金が燃えているのを目にしていると思うが、彼はゴルフコースにいる。これが最も記憶に残るトランプ大統領のイメージになるかもしれない。人々の老後資金が炎に包まれている中、大統領がゴルフカートに乗っているのだ」と語った。
シフ氏は、米国が景気後退に陥れば「トランプ不況」と呼ばれることになるとの見方を示し、「トランプ氏に完全に責任がある。これは彼が行っている完全に自滅的な経済措置だ」と断じた。/シフ氏は、ベッセント財務長官とトランプ氏は裕福なので老後の資金について心配していないだろうが、カリフォルニア州の退職したばかりの人たちや退職を目前にしている人たちはおびえていると訴えた。(BBC・2025/04/07)https://www.cnn.co.jp/usa/35231427.html)(自身が所有するゴルフクラブに到着したトランプ米大統領=5日、フロリダ州ジュピター/Alex Brandon/AP)

 「こうすりゃああなる」との成算あっての関税政策だとはとても思われません。世界同時株価下落で、それは直ちに不況に直結する。もちろん、国によって影響の大小・緩急はあるだろう。それでも、安定した経済運営は簡単ではないのだから、当事者にとってだけでなく、高い関税を賦課される側にも、大きな犠牲を強いることは避けられない。この驚くべき「関税政策」(「政策」などと言えるかどうか)、大いに眉唾物。もう半世紀以上も前から、日米貿易摩擦で両国間に経済対立があった。日本の輸出過剰があまりにも目につくので、米国内で日本製品の「打ちこわし」「不買運動」が起ったほど。今回の相互関税導入の発端は、米大統領の「日米貿易不均衡」の歴史認識にあったのだ。それゆえに、日本だけを特別扱いして下されという「お願い外交」「弱腰交渉」は成功しないし、あまりのも「虫が良すぎる」と米国ばかりか、他国からも軽蔑されることになる。

● 日米貿易摩擦【にちべいぼうえきまさつ】=日米間の輸出入をめぐる経済的紛争のこと。従来は個別商品をめぐる紛争が中心的課題であった。当初は繊維,鉄鋼などの2〜3品目にすぎなかった対米輸出ラッシュが,日本の高度経済成長に伴い,広範囲の品目(自動車,カラーテレビ,VTR,工作機械,半導体など)に広がり,1960年代以降の日米間での恒常的な貿易不均衡となって米国の膨大な貿易赤字の原因ともなり,経済摩擦の様相となった。 この貿易不均衡を是正すべく米国は,日本の市場開放,輸入拡大といった輸入体制・制度の問題にまで転化し,市場開放をめぐる議論に進展。〈日米構造協議〉(1989年−1990年)では,日米貿易不均衡の原因である構造的な障壁を解明し,日本市場の透明性と開放を求めた。日本製自動車や半導体の対米輸出制限,1990年3月に合意をみた米国製スーパーコンピューターの導入,自動車・携帯電話の米モトローラ社方式の導入,医療機器,保険,自動車部品,農産物輸入など多方面にわたって市場開放が論争の焦点となった。 1990年代以降は日本の商習慣や輸入検査・認証の厳しさへの批判など構造面へと摩擦が拡大し,輸出製品の技術特許使用をめぐる訴訟の増加も問題となったが,WTO成立以後,交渉の主な舞台は日米協議の場からWTOの場へ移った。(百科事典マイペディア)

 今回の相互関税導入に反対する理由は単純明快。日本経済の頼みの綱である「自動車輸出」が行き詰り、結果的には「自動車一本足打法」とされる日本経済の潰滅が目に見えるからである。これまでと同じような、のらりくらりと核心部をずらして「利益を掠め取る」ような姑息な手段は、さらに米国の付属国家に成り下がる運命に身を任せることになるだろう。これまでも十分にアメリカの「強請(ゆすり)」・「集(たか)り」に応じてきた。今またこれまで同様に軟弱な、忖度交渉をするなら、遂にはアメリカの「腰巾着」に甘んじてきた国家運営は、他の道を探す可能性を塞いでしまうこと請け合いだ。真正面から、「不当」「不均衡」を申し立てるべきであって、夢にも「おべっか」や「おべんちゃら」を使うべきではないのは言うまでもない。

 【腰巾着(こしぎんちゃく)】 1腰につける巾着。 いつも、ある人の身辺を離れないで付き従っている人。現代では多く、目上の人に付き従い、御機嫌をとる者をあざける気持ちでいう。(デジタル大辞泉)

 現米大統領は脅しと強請で生きてきた人物。それを彼はディール(deal)と称する。大統領はとにかく、何が何でも「アメリカ一番」を達成したい、それは「自分一番」に重なる、そのような欲望をもって「職」にしがみついているのだ。無駄な金は払いたくない、使いたくないということであって、世界経済の秩序や自国民の経済的満足を図る政治的配慮は毛頭ない。使いたい税金を可能な限り集め、使いたくない税金(人件費も含む)は極力なくす、それだけの「国家運営」によって彼自身は、「一番になる」という威信をかけている。

 今次の相互関税賦課の真の狙いは対中国にある。経済的には中国に首位の座を奪われたという焦りが、大統領の「一番病」を刺激し、さらにその悪化を招くことになるという大統領の状況判断に、他国は巻き込まれたともいえる。軍事的に、両国ははたして勢力均衡しているのかどうか。ここでも中国の後塵を拝するという焦りと虞(おそれ)が米大統領をして無謀な関税政策導入を取らしめたと思う。しかし「ディール」をすべて捨ててしまったわけでもないのだから、中国は、その足元を見て動いているとも考えられる。「押して押して、また押して。それでもだめなら、さっと引く」のがT流ディールだ。

 「米中戦わば」という想定は、現段階ではありえない。「台湾有事」が論(あげつら)われているが、要するにこの島国が分不相応に「アメリカの肩代わり」をさせられるというだけのこと。「台湾有事は日本有事」という状況認識の真相は、「台湾」をめぐって米中戦わば、間違いなく日本はそれに巻き込まれるという話。アメリカにとって「台湾有事」はあり得ない。あるとするなら、日本にこそ、である。端的にえば、他国に駐留する「米軍」もすべて引き払いたいというのが米国大統領の本音。一挙にそこまで行くとは思われないが、米軍の肩代わりを日本がする羽目になるのだ、それが米国の(あるいは日本もそう思っているか)いつわらぬ計算だと思う。日米安保条約が含むさまざまな問題が、「相互関税導入」を奇貨として、あるいは大いに是正されるかもしれないと思う。

 「経済(金の問題)」ばかりに気を取られるべきではない。一国の自立・独立がかかっているのだ。窮地(危機)は好機でもある。(A once-in-a-lifetime chance)敗戦後初めて訪れたチャンスだと思う。「脱米国の腰巾着の千載一遇の秋(とき)」だ。(T大統領は、まるで韓国のY大統領の如く、現段階では不必要な「非常戒厳」を宣言した。世界経済を大混乱に陥らせている、さてその結末は。未曽有の混乱が続けば、遠くない将来(つまりは、はすぐにでも)、彼は、任にあらずと「罷免」されるかもしれないと、歴史は教えているんですな) 

 トランプ氏、中国に50%の追加関税を警告-日本などへの対応と差 
 トランプ米大統領は7日、中国が米国製品に対する34%の報復関税を撤回しない場合、「50%の追加関税を課す」と警告した。一方、日本とイスラエルとは交渉の用意があることを示した。市場は大規模な関税計画に関する同氏の意図をつかみかねている。
 トランプ氏は「中国が既に長期にわたる貿易面での不正行為に上乗せする形で課した34%の関税を、明日2025年4月8日までに撤回しない場合、米国は50%の対中追加関税を9日から課す」と、自身のソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」で表明した。/ホワイトハウス当局者によると、50%の追加関税は、トランプ大統領が中国からの全輸入品に対して9日から課す34%の相互関税、および合成麻薬フェンタニルの米国への流入に関連して先に課した20%の関税に上乗せされることになる。(Bloomberg・2025年4月8日)

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紫の花咲かせずばその草の名を…

 「折々のことば」(左囲み)、少し古いものですが、五年ほど前の樋口恵子さんの発言を引用しておきます。樋口さんは1932年5月生まれという。「九十を超えて、なお矍鑠(かくしゃく)(年をとっても丈夫で元気の様子)として活躍されています」、という言い方は適切ではないという気もします。それはともなく、お元気で、「老い」をしなやかに、否、しとやかに、それも否、しぶとく受け止めて、世の趨勢に向けて、反転攻勢の勢いで活動されていると見受けます。

(ヘッダー写真「婦人之友社『老いとは何かを伝えたい』新福尚武著:https://www.fujinnotomo.co.jp/book/senior/b6508/

 もう何年前になるか、樋口恵子さんにお会いしたことがありました。都内のホテルの「利き酒会」だったか、友人に誘われて出向いた。友人と樋口さんは親しい仲。友人はぼくを「〇□さんです」と紹介してくれた。と、すかさず樋口さんは「お名前は存じ上げておりました。いろいろと学ばせていただいております。これからもよろしく」とスラっと言われた。ぼくはもちろん初対面。樋口さんが知るはずもない貧書生だったから、半ば仰天したことでした。会が終わってから、友人曰く「樋口さんは、どなたに対してもいつもああなのよ。凄いでしょ」と。ぼくは呆気(あっけ)にとられてしまいました。「しぶとい人」という強烈な印象を持った。「生き方の流儀」として、ぼくは、文字通り粛然としましたね。かれこれ二十年も前になるでしょうか。だとすれば、樋口さんは70台前半だったことになります。年譜を見ると、ちょうど70歳で都知事候補になっておられる(結果は大敗。相手は石原某だったか)ぼくとはちょうど一回り年齢差があることになります。

 もう一度は、彼女は東京家政大学に勤めておられたが、同大学に所用があって、偶然にお会いしたことがあった。たったそれだけのすれ違いでしたが、八面六臂の活躍ぶりをみていて、彼女の貪欲な興味や関心の払い方には肝をつぶしたといってもいい。細かいことは省きますが、「人生百年時代」と名付けられたのは彼女だと、ご自身も言われています。なんだか有言実行の趣があって、ほとほと感心するのです。八十数歳で家を新築(改築?)されたと聞いた。もっと快適に暮らそう、だって。

 樋口さんの「生き方」「老い方」に学びましょう、学びたいというのではない。そう簡単に他人の「生き方」「老い方」が学べるはずもない。それぞれが自分流に生きる(老いる)ほかないのが現実です。いろいろな方々の「老人の記」を読んでいますし、どれもが参考になるといえばいえます。でも、それを自分のものに移し替えることはまずできないと考えた方がいい。いろいろな条件や事情がそろって「今の自分」「老いてゆく私」がある・いるからで、どこまで行っても自分流に生き、自分流に老いるほかないと言えます。あくまでも他人の「老い」は参考(鏡だったり、他山の石だったり)にするだけであって、自分の老いを少しでも、自他ともに快適に(自他ともに、できだけ不満を待たないで)、そうするための「老齢・自由自在」のようなものではないですかね。

 昨日の「有明抄」に、なかなか得難い・なり難い「老いのかたち」が出ていました。寝たきりの高齢女性に「今、健康だと思いますか?」と尋ねたら、返ってきた答えは「元気だよ」だった。「こんなに健康なの、私くらいだよね」とも。コラム氏は「老いとは、見た目では分からないものなのかもしれない」と書かれているが、「老い」に対する偏見が「他者の老い」を見えなくさせているのに、研究者もコラム氏も、つまり多くの人は気が付かないのですね。100歳の人に「今日は何月何日ですか?」と訊いて、「ここ(新聞)に書いてあるから、これを見れば何日かわかるんだ」と返した。固定観念(偏見)の眼鏡で「老い」を睥睨し、「認知症」を呪う、そんな図式が手に取るように見える。いやだな。

 何月何日何曜日がわからないから「認知症」なんですか、とぼくは逆に聞きたい。知る必要があれば、誰だって知るでしょう。という具合に考えると、物を忘れるというのは、はっきりとした「理由」があるはず、にもかかわらず、ぼくたちは(自分は認知症じゃないと自己判断して)、その「理由」が解せないのだ。それを「認知症」というのですかと、ぼくは医者と喧嘩したことがある。十年ほど前、血圧がかなり高かったので、近所のクリニックにかかったことがある。いろいろとデータ(数値)を見て、その医者は「あなたはきっと、八十を過ぎると『認知症』になります」と断言してくれた。その見立てを聞いて、ぼくは即座にクリニックを出た。二度と行かなくなりました。まるで中学校の教師が「Yよ、お前は英数国がとんでもなくできない。このままでは将来、碌な者にはならへんで」と言われたようなもの。癪にさわったが、中(あた)らずとも遠からずとも思った。医者の場合は、えげつなかった。「あなたはきっと死ぬでしょう」と名診断したような特異顔をしていた。阿保かいな。つまり、医者そのものが「認知症」を弄んでいたのだ。コラム氏も書いている、ある大学の研究チームが「認知症」が死因のトップになったという報告したと。「死因トップ」とはどういうことなのか、ぼくには理解できません。(このコラム氏には、以前にも電話で注文(不明朗なところを指摘した)みたいなことを伝えたたことがある。今回はしないつもり)

 日付がわからなかったり、人の名前が思い出せない、だから「死ぬのですか」と問いただしたいですね。もしそうなら、犬猫はぜーんぶ「認知症じゃん」と。認知症を正確に規定することは不可能でしょう。個々人の誤差というか「病気の幅」が広すぎたり、まちまちでありすぎますから。なんだか、猫も杓子も「認知症」にしてしまうような、反対にいうなら、医者たち(彼や彼女)は「認知症」に弄ばされていると、ぼくは見なしている。「有明抄」に築地正子(ついじまさこ)さんの短歌(啖呵)が出ています「のび盛り生意気盛り花盛り 老い盛りぞと言はせたきもの」築地さんは東京生まれでしたが、ご両親の事情で、心ならずも熊本に移り、そこで生涯を閉じられた方(1920~2006)。「ひとり、そこに立つ(屹立する)」という、毅然とした姿勢を通した方だったと思う。ここ(彼女の作品)にも凛とした、しかし老いの辛さが見えるような、そんな一人の「人生の春夏秋冬」が描かれているように思われます。

 「紫の花咲かせずばその草の名を知らずしてこの世過ぎけむ」(築地正子)「生まれる・生きる・死ぬ」というのは、そういうことではありませんか、それがまっとうなんじゃないですかと、歌人は訴えているような趣があると、ぼくには思われます。(もちろん、彼女は、そう思って生きたかどうか、別の問題です)

【有明抄】老いのかたち 人の心は不思議なものである。寝たきりの90代の女性に、研究者が枕元で質問した。「今、健康だと思いますか?」。答えは「元気だよ」。起き上がることもできず、状態がいいようには見えないのに。「こんなに健康なの、私くらいだよね」◆老いとは、見た目では分からないものなのかもしれない。別のとき、100歳の男性に尋ねた。「今日は何月何日ですか?」。答えが出てこない。それでも毎日読んでいる新聞を指さし、「ここに書いてあるから、これを見れば何日かわかるんだ」。日にちが覚えられないくらい何でもない、と◆認知症の話題を記事にする際、つい「患者」と書いてしまうことがある。精巧にできた体の不具合が「病気」なら、それも間違いではなかろう。ただ、本人がそう感じていない、老いの「状態」のひとつにも思えてくる◆慶応大などの研究で日本人の死因は2015~21年、脳卒中を上回って認知症が最多になった。社会全体で向き合わねばならない時代である。「患者」として医療や介護だけに問題を押しつければ、地域で生きる「隣人」としての姿を見失う◆〈のび盛り生意気盛り花盛り 老い盛りぞと言はせたきもの〉築地正子。いかに老いるかは人それぞれ。誰もが生涯現役でいられるわけでもない。それでもいいと肩の荷を軽くして人生を楽しめたらいい。(桑)(佐賀新聞・2024/04/06)

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「徒然に日乗」(708~714)

〇2025/04/06(日)朝から曇り空。午後には一雨来そうだとの予報。▶お昼頃に京都に電話。兄がでた。彼とは十数年前に京都に帰ったときに会って以来。その時も友人が京都市議選に出ていて、その応援演説を頼まれたための帰郷で、ゆっくり話す時間もなく、別れた。二番目の姉が亡くなる直前、姉の病状などを話して、会っておくことを勧めていたが、昨年の12月、入院中だった姉と面会し、話すことができたと言っていた。兄は、ぼくより7歳年上だから、今年の誕生日(10月10日だと、初めて聞いた)で、八十八歳になる。健康であってほしい。時々は電話するよと、そして再会を約束して終わる。▶米国の相互関税発動の第一段階が始まる。10%分、さらに残りは9日に予定されている。日米の株価の下落は驚愕の範囲であり、この先も恐ろしいことになるのではと杞憂される。日米ともに、4万円(ドル)をはるかに下回って、猶、底値が見えないのだ。予断が許さない状況が続くだろう(714)

〇2025/04/05(土)数日前から右目が不調だ。恐らく、昔風に言えば「ものもらい」だろうか。睡眠がどうしても不足しがちなうえに、パソコンに向かう時間がかなり長いので、目を酷使しているのは間違いない。少し腫れもあるが、さらに悪化する気配があるとは見えないと、自己診断をしている。もうすこし睡眠時間を確保して、目を注意して使いたい。さらに悪くなるようなら、医者に行かねばならないかもしれない。▶猫缶購入のためにあすみが丘へ。同じ缶詰を長く与えている。そのためか、あるいは缶詰以外の食餌(ドライフードなど)を与えすぎなのか、缶詰に空きが来ているように見える。あるいは、缶詰ではない食餌を要しすべきか、少し検討を要する。▶久しぶりに天気が好転し、日照時間も長かった。気分的もすっきりする。来週の前半にはまた天気が崩れると予想されている。▶裏庭に植えた「一本のサクラ」が満開である。恐らく「山桜」かと思うが、もう少していねいに見ないと間違えてしまう。最近、これも品種は未確認だが、一本の「枝垂(しだれ)桜」を植えた。まだ、苗の段階だが、少しばかり蕾が開きそうである。十分に成長した姿を見ることができるだろうか。(713)

〇2025/04/04(金)何日ぶりかで好天となった。気温も上がり、寒さは和らいだ。しかし予報によれば、また寒さが戻ってくるという。▶お昼頃だったか、元同僚のT氏から電話。昨年、当地で歓談した折、本年も、さらに友人を交えて会いたいものだと話していたように、できれば4月中に、我々二人とIさんKさんを加え、茂原あたりで一席設けようではないかとなり、連絡等をTさんにお願いすることになった。▶米大統領の積年の「執念」となっていた高関税賦課を世界各国にという方針が本朝に公表された。まず各国に10%、次に、それぞれに追加関税をと。日本は計24%という。それを受けて本日の各国マーケットは、ほとんどが大暴落。日本もおよそ1000円近く値下げ。ダウも同じように1680ドル近く下げた。この先どう展開するか。「世界貿易戦争」と言われるが、それぞれに打つ手があるのかどうか。日本では「対抗関税」策を出せるとは思えないが。この先の展開を見るほかない。「トランプ米大統領が大規模な関税措置を打ち出した後であれば、企業にとっては不確実性が下がるはずだった。だが実際には逆の効果をもたらし、リセッション(景気後退)のリスクも高めたとエコノミストはみている。/ブルームバーグが2、3両日に実施した調査では、エコノミスト54人のうち約76%は、広範にわたる関税賦課が企業の意思決定にとって貿易政策を巡る不確実性を高めると回答。また、今後12カ月の米リセッションリスクが高まると約92%が答えた」(Bloomberg・2025年4月4日)(712)

〇2025/04/03(木)このところ雨続きもあって、ゴミ出しを控えていた。しかしそれにも限界があって、けさ6時半に集積所に持っていく。この十年余、いつも朝6時半前後にゴミ出しをしている。この間、近所(と言っても7、8軒ほどしかない)の人に出会ったことがない。ごくたまに朝のジョギングに精を出しているTさんぐらいのものか。週3も要らないが、1~2度は必ず。マメに出すことを心掛けている。そして月1の「ビン・カン類」(主としてペットボトルと猫缶)は決してサボれない。あまりにも量が多すぎるので、一回も抜かせないのだ。ペットボトルはよく行くスーパーでも受け入れてはいるが、アルミ缶以外はまず無理。理由は不明ながら、猫缶は受け入れ不能なのだ。ごみ集積場の手前の家の庭に大きな空木の木が育っている。道路際にある。今朝見たら、木全体がかなり白っぽくなって、今にも可憐な花が咲きそうな気配があった。▶午後8時前に京都の姪から電話。昨日送っておいたものが届いたとの由。(711)

〇2025/04/02(水)お昼前に買い物。昨夜からの雨が続く。強く弱く、長時間降り続いている。▶京都の姪(亡くなった姉の子)に香奠を送る。本来なら仏前に額ずいて「お線香」を立てたいのだが、当方も年寄、兄弟は皆八十を超えている。葬式を省いたような「お見送り」を姪たちがしたのだ。暖かくなったら出向きたいもの。▶夕方4時ころまでには雨も上がったようだが、気温は低いまま。予報は明日も雨と出ている。低気圧が関東地方南岸に居座っている状態が続くか。山梨・河口湖辺りにも積雪があったよう。(710)

〇2025/04/01(火)終日雨、南岸低気圧の仕業だということで、関東地方でも降雪があった。気温の高低差が激しい。サクラ開花も、時を措かずたちまちに満開になったが、この降雨で今期の桜は終わったか。拙宅の裏庭の桜が見事に咲いている。何種類かあるので、時間ずらしながら楽しめそうだ。冬に逆戻りのような気配。終日自宅にとどまる。(709)

〇2025/03/31(月)お昼頃に買い物で茂原まで。やや雨模様の一日だった。▶午後一時ころに、京都の姪から電話。ぼくにとっては二番目の姉(姪の母親)が、二日前(今月29日)に亡くなったとの連絡。密葬などは終えたので、お葬式はしないとのことだった。八十四歳。昨秋には、年明けまでは無理のようだと聞いていたが、余命を保って、ここまで来たのだと考えると、いろいろな想い(思い)が重なる。▶民放テレビ局の週刊誌報道から始まった「N醜聞」に、第三者委員会報告書が出され、担当弁護士の記者会見があった。その触り部分を見ただけだったが、あまりにも出鱈目なテレビ会社の人権(希薄)意識に目を(耳を)覆いたくなったほど。即刻、監督官庁は、この会社に対して「放送免許」取り消しをすべきだと思う。「公共の福祉に資する」企業ではありないと断定できるからだ。(708)

*(老いる側の、当事者の「老い」に処する姿勢や覚悟も大事なのは言うまでもありません。それと同じように、重要なのは、「老い」の身近にいる人の付き合い方・接し方・口の利き方・手の出し方の質が問われるんですね。そんなことも細々と、ぼそぼそと呟いてみたい。ぼく自身が当事者なんです、「老いる人間」であると同時に「老い」のごく身近にいる人間でもありますから。妻85歳、夫80歳)

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大小問わず、権力誤用・濫用は犯罪だ

◎ 週初に愚考する(第六十四) ~ 二年余前にY氏が大統領に選出された際、この人は骨の髄まで検事総長だった人間、いずれは強権政治を恣(ほしいまま)にするだろうと、ぼくは「寝言」を書いた。間を置かず、彼は「非常戒厳」を宣言し、反対派国会議員を逮捕するとして、国軍を国会内に導き入れることまでした。どんな人間も悪事を働く、この人物は悪人に違いないという「偏見」を抱いて政治を行えば、自らの意に反する相手はすべて「犯罪人」だという抜きがたい偏見と差別感情に突き動かされる。これまでの「政争」「政変」と同じ轍を踏むなら、Y氏は逮捕即死刑は免れないとぼくは直感した。第一段階では、まず「大統領罷免」が決定、この先の処断の行方は今のところ明るくないと思う。

 自らに逆らう「左派議員」は許せないという「謬見」からの暴挙は、「国会」の機能そのものを否定したわけで、これではデモクラシーは死に絶えるほかないでしょう。その「大統領」に絶大なる支持を隠さない民衆もまた多勢であるというところに、今日の「独裁者」と「独裁信者」の驚くべき睦み合いがみられるのは、韓国だけに限らない、ある種の時代の病だ。

【有明抄】韓国大統領の罷免に思う 世の中にはたくさんの種類の「力」がある。その中で厄介と思う力が「権力」だ。体力や筋力は自分で育てられるが、権力は簡単には手に入らない。しかも目標達成のために権力が必要と考える人は、ともすれば権力獲得が手段ではなく、目的になってしまう。どれだけ権力を持っているかで人間の価値が決まると考えてしまうのかもしれない。そんな人が権力を手にすると乱用される恐れがある。だから人類は権力に歯止めをかける仕組みを考えてきた◆その一つが国家権力に制限をかける憲法だ。さまざまな政策が憲法に違反していないかを私たちはチェックできる。憲法違反と思えば政府に抵抗することもできる◆この典型的な事例が韓国の憲法裁判所がきのう下した判断である。昨年12月の「非常戒厳」宣言を巡り弾劾訴追された尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の罷免を決定した。「非常戒厳」を権力の乱用とした司法判断はその通りだろう。一方で対立が深まり、国民を分断するような状況は何か悲しい◆人が複数集まれば、ささいなことでも争いの芽が生まれる。それを収める手段の一つが権力でもある。正しく使えば弱い立場にある人を支えることもできる◆真の権力とはきっと、人々に勇気と希望を与える力。60日以内に行われる大統領選で韓国の有権者がどんな人に権力を託すのか注目したい。(義)(佐賀新聞・2025/04/05)

(ヘッダー写真はBBC2024/12/04)(ttps://www.bbc.com/japanese/articles/cr564eq6l3eo

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 これまでに、おそらく3回以上はサウナに入った経験はないと思う。山形西川町風に表現するなら、ぼくは「ととのわない」人間だと思う。しばしば耳にしたのが「風呂上がりのビール」で、これほど旨(うま)いものはないという常套句だったかもしれません。「(ととのう)サウナ」にしろ、「(風呂上がりの)ビール」にしろ、ごちゃごちゃ理屈を点けなくても、それだけでサウナは気持ちいいし、ビールは風呂なしで、十分に旨いとぼくは堪能してきた人間。(今では、アルコール非依存症」に罹患している)そのサウナ(sauna)が評判(悪評)を呼んでいるのが、山形県下の一町長の振る舞いです。よく事情が分かりませんが、「年度内に辞職したい」という元職員の申し出に対して、町長は同意・承認をしないで、逆に町長のが注文を突き付けた。それに反対したので「襟元をつかまれ、体がのけぞるほどの力で町長室に連れ込まれたという」(コラム「談話室」)ことらしい。

 どんな人間にも「好き嫌い」(好悪)がありますから、一概にそうすべきだったとは言えませんが、サウナを売り物にした町の職員や町長としてはいささか大人げないという気もします。つまりは「裸の付き合い」が欠けていた。「ととのわなかった」顛末はまことにお粗末というほかありません。西の兵庫県でも「ととのわない」こと夥しい知(痴)事の「権力濫用」が問われています。一知事や一町長だけが問われるのではなく、、県民や町民が分断され、「権力」を中に置いて、擁護と批判が抜き差しならないところまで行ってしまった状態がみられます。冷静になれないのは、ある種の「熱病」に罹患しているからで、そこから回復するには、中途半端では(引き返し)不可能だということのようです。行くところまで行くしかないなあ、という雰囲気を感じている。兵庫にも「サウナ」が必要か。いや、城崎温泉も有馬温泉もありま。

【談話室】▼▽「ととのう」。サウナでリフレッシュし、心身が満たされた状態を指す言葉として浸透した。生みの親は「濡(ぬ)れ頭巾ちゃん」の名で活躍するサウナ愛好家。先の言葉が生まれたエピソードをラジオ番組で明かしていた。▼▽サウナの後に仲間と食事をしていた時だ。入浴効果もあり、皆穏やかな表情で楽しんでいる。そんな多幸感に包まれていた瞬間にひらめいたのが「ととのった」。濡れ頭巾ちゃんは「サウナは人の心をのどかに、寛容にする」と語る。筆者も愛好家の一人として、賛同する。▼▽「ととのうなら西川」をキャッチフレーズに掲げる西川町が揺れている。菅野大志町長のパワハラ疑惑である。元職員の衣服をつかみ町長室に連れ込んだことは認め、謝罪した。「かっとなってやった」。町長は大のサウナ愛好家を自認するが、寛容さという点ではどうか。▼▽誰もが働きやすい職場を目指して行動するのが本来の役割だろう。元職員からは他の訴えもあり、第三者委員会が今後調査する。一度はまれば分かるが、サウナは己の心の内面にじっくりと向き合える場所である。真のリーダーシップとは何か、そこで自問してはいかがか。(山形新聞・2025/04/05) 
山形・西川町の元職員「襟元つかまれ町長室に連れ込まれた」と人権救済申し立て…町長陳謝「カッとなった」 山形県西川町の菅野大志町長に上着の襟元をつかまれ、町長室に連れ込まれるなどしたことが人権侵害だとして、元町職員の男性が、山形地方法務局に人権救済を申し立てたことがわかった。菅野町長は2日、町役場で記者会見し、「つらい思いをさせてしまったことをおわびする」と陳謝した。町は今後、パワーハラスメントに関する第三者委員会を設置し、実態を調査する。(柏このか、常陰亮佑)/男性の説明によると、男性は昨年、年度内での退職を申し出ていたが、12月10日に菅野町長から、担当業務について「責任もって遂行することを誓う」とした手書きの誓約書を示され、署名を求められた。男性は翌11日、署名できないと伝えたが、菅野町長に襟元をつかまれ、体がのけぞるほどの力で町長室に連れ込まれたという。/男性は署名をせず、3月31日付で退職し、4月1日、山形地方法務局に人権救済の申し立てを行った。/被害の申告を受けた法務局は、職員や人権擁護委員が事実関係を調べる。人権侵害が認められた場合は、加害者側に改善を求める勧告などの救済措置を行う。(以下略)(読売新聞・2025/04/02)(https://www.yomiuri.co.jp/national/20250402-OYT1T50145/

 ぼくが大学に入った1964年に大流行した歌に「お座敷小唄」がありました。なんとも下品な歌で、ぼくに「お座敷」趣味がなかったので、憧れもしなければ遊びたいとも思わなかった。ただ、その歌詞の中に「(どこに降ろうと)雪に変りはないじゃなし」とあって、怪訝に感じていました。富士山のてっぺんに降ろうが、京都先斗町(ぽんとちょう)に降ろうが、雪に変りはあるだろう、でもよ、「溶けて流れりゃ みな同じ」かあ、と実に複雑な感想を持ったので、よく覚えている。この曲は誰が作ったのかわからないらしいが、いずれ「S」氏ではないかと踏んでいました。この詩人兼作詞家は「ゲイシャ・ワルツ」なる曲を作っていたし、「東京音頭」の作詞も手掛けています。(彼ではないことは確かだろうが、そんな想像をしてしまうほどに下品だった)

 「富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も 雪に変りはないじゃなし 溶けて流れりゃ みな同じ」(「お座敷小唄」)ここでぼくが学んだ(大袈裟な)のは、大きな権力も小さな権力も、それを行使する人間の器も、場所や時代状況も大きく異なるけれども、それを濫用して人民を苦しめるの点では、まったく同じじゃないかということでした。「権力は腐る、必ず腐る。大きな権力は大きく、小さな権力は小さく」というようなことを言ったのは、ジョン・アクトン(1834-1902)という、英国の歴史家でした。(原文は<Power tends to corrupt and absolute power corrupts absolutely.>

 人口5千万人余の国家と町民4,336人の自治体では、規模は段違い(平行棒)、比べるべくもないでしょう。しかしどうですか、その代表者(大統領・首長)となれば、凡人には理解不能、未経験の「高揚感」「達成感」というか、権力行使者魂というものがあって、一度は存分に使ってみたいという誘惑(錯覚)に駆られるに違いありません。片や「ことごとく、自らの提案に反対する」(左派)国会議員の有象無象らが、一方では「自分の意に反する旧部下が、自分に背中を向けている。目にもの見せてやろうじゃないかと「拳を振り上げる」恰好でしたね。自制心や抑制力のないこと夥しいが、それこそ「権力亡者」の泣き所か。歴史は「権力の濫用」事例に事欠かない。いや「権力濫用史」こそが「政治史」であるということになるともいえそうです。今もあるかどうか、日本の国会議員の威力・権力について「国会は何でもできる。男を女に変えること以外は」と物凄い物言いがありました。今は「男を女に変えることだってできる」のだから、国会は万能ということになるんですか。ぼくには「無能」そのものにしか見えないが。

 今、米国では手に負えない「権力亡者」が猛威を振るい、自爆寸前。地球大の規模で、未曽有の災厄を齎そうとしている。この大統領の肝っ玉は、驚くほど小さいことは先刻周知の事実。だからこそ、見え透いているにもかかわらず、できるだけ大きく見せようと「偽装」を図る。他人に対してではなく、自分に対して、です。どうだ、俺はこんなに大きな肝っ玉を持っているのだと「思いたい」、「信じたい」んだね。まさに傍の迷惑考えず、です。無謀を無謀なままで実践するのは「勇気ある行為」ではありません。無謀が成功することもない。「どうだ、俺はこんなバカなことまで出来るのだぞ、驚いたか」と自分に言って聞かせているだけの、能天気な話。

 権力は腐るというのは、権力の座に就き、権力を掌握する人間が、かならず必要以上に尊大になり、腐敗堕落するという歴史の教えですが、今どきは、そうではないんですね。「権力の椅子(座)(seat of power)」そのものがすでに腐っている、だからそこに座る人間はたちまちのうちに腐るということのようです。時代の「進展」ですか、あるいは「退行」ですかな。

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