突き上げた拳は何を壊したか

【余録】米国で黒人差別に抗議する「公民権運動」の母と呼ばれたのがローザ・パークスだ。1955年に公営バスで白人に席を譲るように指示されたが動かず、逮捕された▲それより早い大戦中、米陸軍のバスで運転手の指示を拒否し、軍法会議にかけられた黒人少尉がいた。無罪判決を受けて除隊後にドジャース入りし、黒人初の大リーガーになったジャッキー・ロビンソンである▲3月に国防総省のホームページからジャッキーの写真やプロフィルが突然、姿を消して論議を呼んだ。ミスという釈明で復活したものの、軍の学校図書館からも伝記排除の動きが伝えられる▲DEI(多様性、公平性、包摂性)見直しに動くトランプ政権の意向が背景にあるという。きょう15日に変化はあるのか。デビューの日にちなみ、大リーグ選手たちが永久欠番の42をつける「ジャッキー・ロビンソン・デー」である▲昨年のワールドシリーズ優勝を記念した大谷翔平選手らドジャース一行のホワイトハウス訪問をめぐっても議論が起きた。ジャッキー以来の伝統でDEIを信条とする球団。記念日を前にしたトランプ氏表敬を批判する論調もあった▲「白人の坊やが上げた金切り声を一生忘れることはない」。72年の死の直前、自伝に記した。差別意識が強かった南部の街での試合。「すごいぞ、ジャッキー」という叫び声に緊張した雰囲気がやわらぎ、「勝った」と思った。その後も長く積み上げられてきた反差別の歴史である。簡単に揺らぐことはあるまい。(毎日新聞・2025/04/15)(ヘッダー写真:1956年の日米野球で来日したブルックリン・ドジャース(当時)のジャッキー・ロビンソン選手=東京都文京区の後楽園球場で1956年10月、東京本社写真部員撮影)

◎ ジャッキー・ ロビンソン(Jackie Robinson)1919.1.31 – 1972.10.24= 米国の野球選手。ジョージア州生まれ。本名 John Roosvelt Robinson。南カリフォルニア大学中退後、1946年ブルックリン・ドジャースに入団し、’47年一軍入り、アメリカ大リーグ初の黒人選手となる。’49年ナショナル・リーグ首位打者、最高殊勲選手となり、’56年現役引退。’62年黒人選手初の野球殿堂入りを果たす。’56ドジャースとともに来日。陸上競技選手のマシューは兄。(20世紀西洋人名事典)

“リー”ローザ・ルイーズ・マコーリー・パークス(Rosa “Lee” Louise McCauley Parks, 1913年2月4日 – 2005年10月24日)は、アメリカ合衆国の公民権運動活動家。/1955年にアラバマ州モンゴメリーで公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み[1]、ジム・クロウ法違反の容疑で逮捕されて著名となる。これを契機にモンゴメリー・バス・ボイコット事件が勃発。アフリカ系アメリカ人(黒人)による公民権運動の嚆矢となったことで、ローザは米国史における文化的アイコンと見なされ、米国連邦議会から「公民権運動の母」と呼ばれた。人権擁護運動の共有財産(共有遺産)として、その行動は国際的に高く評価されている。(以下略)(Wikipedia)

 野球の技術が卓越していたという前に、ひとりの人間としての「尊厳」(当たり前に認められるべき「人間性の自覚」といっていい)を自らの内に秘めていたという点で、ロビンソンさんには人間の卓越性が認められるのではないでしょうか。人種や性別、家柄や宗教的心情はそれぞれの固有性を互いに認められて初めて、各個人は社会のなかで併存しうるのです。DEI(多様性・diversity:公平性・equity:包摂性inclusion)を根底から否定する権力が、この時代にアメリカに存在するということ自体、社会倫理というか、道徳的価値そのものが、一直線に向上するものではないということを明らかに示しています。アメリカの現大統領は人種差別・性差別の意義を公言(広言)して憚(はばか)りません。少なくとも、アメリカ社会のかなりの割合が現大統領を支持しているという事実は、今なお根強く「偏見や差別」がアメリカ社会に厳存していることを示しているでしょう。

(上左写真:ドジャースの選手らとホワイトハウスを訪れ、トランプ米大統領と握手する大谷翔平選手(左)=2025年4月7日、AP)

 少年時代、ぼくは一端(いっぱし)の野球少年でした。日本のプロ野球に引き寄せられたのは言うまでもありませんが、アメリカ野球の選手たちの何人もが、いわば大スターとして「異星人」の如く思われていた時代だった。その当時、ヤンキースがやたらに強く、やがて「くたばれヤンキース」という映画まで出来たほど。大リーグチームが何度か来日し、観光気分であったかもしれない遠征だったが、桁違いのスケールで日本のチームを圧倒したのを覚えています。まるでラグビースコアのような試合の連続。もう七十年も前のことになります。

 以来、幾星霜。日本人選手が注目の的である時代が来るとは考えられもしませんでしたが、それでもなお、人種差別が続いていないかどうか。時々、アメリカのスポーツニュースを、現地報道で見ていて、きわめてやわな(一選手に依存した)「日本人選手ブーム」を感じてしまうのです。しばしば、アメリカは「人種の坩堝(るつぼ)(a melting pot of races)」と評されてきた。その意味は「移民によって成り立つ国」であり、「多民族・多人種」の国だということです。その多様性を真っ向から否定する政権が登場したのですから、ぼくにとっては驚天動地の出来事でした。ジャッキー・ロビンソン氏のことはかすかながら記憶している。「黒人第一号」のメジャーリーガーだったことは言うまでもありません。野球のセンスにおいても名選手の域にあったという事実。そして何よりも信念の人だったということです。

(下写真:ワシントン記念塔広場からリンカーン記念堂に至る一帯を埋める「仕事と自由を求める大行進」参加者に向かって手を振るキング牧師(1963年08月28日) 【AFP時事】)

 アメリカ社会が人種差別や性差別に驚くほどほど「寛容」であったというのは、国の成り立ちから来ているのであり、それは歴史の事実です。あらゆる領域で、まず黒人蔑視・差別が法的にも罷り通っていた。今なおその明白な痕跡を残しているところがみられます。Black Lives Matter.の渦潮が巻き起こったのは、その今日的証明でした。差別は黒人に向けられたものだけではないのは言うまでもありません。「公民権法」獲得までに払われた犠牲は、アメリカの暗い歴史として忘れられないものです。「余録」氏は「その後も長く積み上げられてきた反差別の歴史である。簡単に揺らぐことはあるまい」と書く。

 そうでしょうか。今も揺らぎに揺らいでいるのではないですか。いつだって「(人種・民族の)公平・平等」は風前の灯火と言ったらどうでしょうか。有り体に言うなら、「白人以外はアメリカ非国民」と言わぬばかりの「政権」が大手を振っている。その政権を、アメリカ国民の過半数が支持しているのです。「アメリカから移民を排除したら、何が残るのか」と言いたいけれど、そんなことお構いなしに、白人中心主義(white supremacy・white centrism)が傍若無人の振る舞いを見せている。もちろん、アメリカだけの問題でないのは言うまでもありません。極東の小島にだって、いわれのない差別や抑圧・暴力は存在しています。加えて、近年の外国籍の人々に対するヘイト主義の横行も。それを見るにつけて、「差別の無限連鎖」を考えてしまいます。差別と被差別の構造とまではいわないにしても、それに近い状況で生じている民族・人種差別、性差別などなど、枚挙にいとまがないのはなぜか。

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トミー・スミス(米国)=19秒83 メキシコ五輪200メートル表彰式。手袋をはめた手を挙げて米国内での人種差別に抗議するトミー・スミス(中央)とジョン・カルロス(右)。スミスは200メートルで金メダルを、カルロスは銅メダルを獲得した(1968年10月17日) 【AFP=時事】

五輪の表彰台でこぶしを突き上げた黒人金メダリスト 半世紀を経て、BLMを語る 1968年のメキシコ五輪。陸上男子200mの表彰式に、2人の米黒人選手が臨んだ。/金のトミー・スミスと銅のジョン・カーロスが、台に上がった。靴は、はいていなかった。黒い靴下は、貧困を表していた。黒い手袋は、ブラックパワーと差別からの解放を意味していた。/そして、2人とも(訳注=米国歌が演奏され、国旗が揚がると、下を向いて)こぶしを突き上げた。/無言の抗議。「それは、自由を求める叫びだった」と76歳になったスミスは顧みる。/2人の陸上競技人生はその後、(訳注=米オリンピック委員会の処分などで)事実上閉ざされた。しかし、こぶしを突き上げる姿は、最も象徴的な歴史の一場面としてスポーツ史に残った。(以下略)・Globe・更新日:2022.11.29 公開日:2020.08.14)(https://globe.asahi.com/article/13628958)(この問題に関しては、どこかで触れています)

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学校はちょっぴりつかれるところです

【有明抄】学ぶ意義 公開中の映画「35年目のラブレター」は貧しい家庭に生まれ、小学校を卒業しなかった男性が主人公。彼は退職後、60代で夜間中学校に通い始める◆読み書きは勉学の基礎。学ばなければ漢字もひらがなもただの記号にすぎない。つらい経験をした主人公のように、読めないことは恐怖。逆に、文字を覚えたら世界が広がる。新しいことを知る。解けなかった問題が分かる。学ぶことはいくつになっても楽しい。だが、戦中、戦後の混乱期、映画と同じように義務教育を終えられなかった人がいる。近年は不登校などさまざまな事情で十分な学びができなかった人がいる◆補う手段の一つが夜間中学校。日本国憲法は教育を受ける権利を保障する。「学び直す機会」も憲法が定める権利だろう。文科省によると、佐賀市に昨春開校した県立彩志(さいし)学舎中学校をはじめ、41都道府県・政令指定都市に62の夜間中学校がある◆きのうは県内の多くの小学校で入学式があった。義務教育の第一歩。だんだん難しくなり、勉強が嫌いになることがあるかもしれない◆でも大丈夫。「35年目のラブレター」に「嫌いなものも、いいところを三つ見つけたら好きになる」という言葉が出てくる。勉強のいいところを見つけてみよう。その一つはきっと、映画のように、すてきな言葉の贈り物の価値に気づくこと。(義)(佐賀新聞・2025/04/12)
(ヘッダー写真「県内唯一 常総の公立夜間中学 開級から1年 夢に向かって学ぶ」・授業に取り組む夜間中学の生徒たち=常総市小山戸町で)(https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=106624&pid=345600)

 ある時期から「識字」とか「識字率」という語がさかんに飛び交い始めました。その社会的な背景が何だったんだろうと考えたことがあります。一時期ほど、この「ことば」を聞かないのはぼくだけなのか、それとも「識字教育」の効果があって、それほどやかましく言われなくなったということでしょうか。「聞く⇔ 話す」、「読む⇔ 書く」という四要素がひとまとまりで、「識字能力(literacy)」が構成されているとするなら、十分に「読み書き」できるという人でも、何かと怪しいと言えないでしょうが。ネット社会ならなおさら、読み書きの訓練をじゅうぶんに要求されないまま、「情報の海」「言葉の荒波」に放り出されてしまうことになります。言葉(語彙)(vocabulary)には、時代の相(世相)が色濃く反映されていますから、単に読み書きができるだけでは、十分であるとは言えないでしょう。「言葉は生きている」「生きている言葉」というものを考える。

 「読み書き」に不自由する理由はさまざまですから、誰もかれもが「識字教室」に通えばいいというものでもなさそうです。教育の根は「一対一」で、「私とあなた」「ぼくと君」という関係が成り立って初めて、教育の端緒が開かれます。学校教育の難しさは「一対多」(一人の教師 vs 多数の子ども)が授業の基本形ですから、どうしても、子どもの中にできる子・できない子を創り出してしまう。あるいは、「優劣」を明らかにするための授業・教育という、驚くべき本末顛倒顛が当たり前の景色になるのでしょう。

 教育(授業)の効率などということを言う、そのこと自体が、一面では教育の否定になると思う。出来不出来は、人によって能力差がある。得意不得意も人それぞれです。教師(親)は、ひとりの子どもに即して、何事をも始めるという覚悟のようなものが求められます。ぼくは、学校嫌い(教師不信)を一貫して維持してきた人間ですから、誰かが何かを誰かに教えるという、一連の連続した行為の難しさをよく分かっていたと思う。「出された問題に、正解は一つ」で、「その正解は教師だけが知っている」という、学校の「掟」「作り話」をまず破ることから始めたい、始めてほしい。教育を効率的にするというのは「優劣の差」を明らかにする、そこから「能力別集団の編成」に行きつきます。そこを破壊することから始めれば、できる子どもでも、実は何もわかっていないということが明らかになるでしょう。識字率が高く、高学歴社会などという評判が内外に立っているけれども、この社会の実際・実態はどうでしょうか。実に「精神」は貧相じゃないですか。

 「文字を覚えたら世界が広がる。新しいことを知る。解けなかった問題が分かる。学ぶことはいくつになっても楽しい」と、その通りですね。「覚える」「広がる」「知る」「分かる」という感情を伴った行為は、人それぞれに違うはず。もう半世紀以上も前の話です。関西地方のある識字学級で、読み書きが不自由な一人の女性が、教室で「美しい」という字の「読みと書き」を習って、ほとほと感心したと言われた。「自分は毎日のように畑仕事に出かける。太陽が沈むときの情景もしばしばみていた」「『美しい』という字(の読み書き)を覚えて、夕日がこんなに「美しい」ものなんだと、心から分かった」と言われたそうです。(できすぎた話だといわれますが、どうでしょうか)感情や感覚(感受性)と切断されて、どれだけたくさんのことばの「読み書き」ができても、精神の豊かさは得られないのではないですか。辞書は言葉の「宝庫」ですけれど、誰かがそれを開いて息を吹きかけなければ、単なる「紙の束」、そんな(紙束)人間作りに勤(いそ)しんでこなかったか、学校は。

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「徒然に日乗」(715~721)

〇2025/04/13(日)朝から小雨。大降りにはならなかったが、各地の桜は散ってしまったかもしれない。「日本三大桜」も、それぞれに今年の満開期を迎えたよう。ぼくは人込みに交じるようなことはしないので、今年は何処にも出かけなかった。新聞やテレビなどの報道、写真で見聞するばかり。それでも十分に満足する。しかし、「三大桜」などと持て囃される「桜」そのものには、はさぞ迷惑な話。望みもしないのに、大混雑の中に「じっと立つ」ほかないような仕儀で、根っこを踏まれ、支柱を揺すられる。街中などでは、寿命がタダでさえ怪しいのに、昼ばかりか、夜までも「ライトアップ」と称して、静かに呼吸をさせてくれないのだから、満開騒ぎも早く終わりにしたいだろう▶トランプの「関税戦争」(実態は対中国であって、他国は添え物。ダミーに使われただけ)の背景や舞台裏が明るみに出されそう。まず泰一は、イーロン・マスクとの対立が抜き差しならない段階に来ていることが、始まり。マスク氏は「関税ゼロ」を主張するのだから、トランプの立つ瀬はないも同然。と同時に、今回の相互関税賦課の突然の延期(三か月は、この先もずっとと同じこと)声明で、トランプ自身も取り巻きも金持ち連中も「インサイダー不正」で、しこたま設けたらしいという。いくつかのマスコミは背景に光をあてようとしているが、さてどういう方向に進むか。アメリカも堕(墜)ちたものというほかない。(721)

〇2025/04/12(土)右目瞼の腫れがより酷くなった。昨日に続いて、午前九時過ぎに眼科に出かける。診察してもらった結果、目の炎症防止の薬をくれた。昨日出された塗り薬は中止とのこと。薬局によって薬を貰い、帰宅。鏡を見ると、右瞼の下の方から「膿」のようなものが微かに出ている。恐らく虫などに刺された・咬まれた傷口から細菌が入って化膿したのだろうか。即座に考えたのは、眼科医は何を見ていたのかということ。ちょっと見ではわからないけれど、診察用のレンズ越しなら、「傷口」が見えてもよかろうにと思った。これで少しは腫れが引いてくれたら、今回の騒ぎは「虫の仕業」(猫が媒介か)ということになる。そうであってほしいし、それで一件落着となることを願う。来週月曜日に再診の予定。(720)

〇2025/04/11(金)一週間ほど前から右目の具合がよくない。当初は痛みがあったが、次第に俗にいう「ものもらい」のような症状を感じるようになった。数日間は市販の眼薬で手当てをしていて、少しは良くなった気配があったが、今朝、あまりにも気になったので幹部に手を当てて、擦ったのが、よくなかったのか、かなり腫れが酷くなった。やむを得ず、茂原にある「眼科」に駆け込んだ。眼球自体にはまったく異常なところは見られないという見立てだったが、帰宅後も症状はひどくなり、腫れも痒みも増してくる。塗り薬を貰ったが、それを塗布したところで効き目があるようには思われない。一晩様子を見て、場合によっては明日、もう一度眼科に出かけることにしよう。T氏からメール。いわば当地での同窓会開催の件で、今月の21日か22日はどうかということだったので、両日のどちらでも結構と返信。同じ時期にユニオンのメンバーでもあった仲間▶相互関税では、いよいよ「チキンレース」が深刻化し、同時に、「株安・米国債の投げ売り、金利も上昇」、此の三悪がそろって発生している。どこで、どちら(米露)が理性をだせるのか、あるいは行くところまで行ってしまうのか。この劣島社会の政治経済の現況を見ていると、いささかの望みも見えてこない。そもそも「高関税」自体、アメリカが主導してきた貿易市場原理には違反しているのだから、米国はまったく独自の「孤立国家」を目指すということだろう。(719)

〇2025/04/10(木)午前6時半ころに「生ごみ出し」。お昼前に買い物▶帰宅後、キャッシュカードをかみさん(名義)用に作るために銀行へ。これまで一枚だったのが不思議というもの。めったに使わないが、名義人用とかみさん用を始めから作っておくべきだった。これまでに何度か、カードを失くしたり、暗証番号の間違いや忘れたりと、何度か発行し直してもらってきた。このところ、少し、再発行の間が空いているが、安心はできない。それぞれに一枚ずつ持っていても、事態に特段の変化があるわけではないが。帰りにHCによって、庭に蒔く肥料と、何本かの植木(若木)を求めようと、立ち寄った。これはいい、というものはなかったので、買わないで帰ってきた。花粉の飛散量が落ち着いてきたとは言うものの、檜(ひのき)の番が回って来たらしいので、油断はできない。うんと落ち着いたら、庭作業を始めたい。午後から、あるいは当地方面は雨らしいという予報。(718)

〇2025/04/09(水)本日も好天。やや風は強かったが、日差しは十分にあった▶お昼頃に買い物。猫のドライフードも購入、いつものHCで、幾種類かの植木が値引きされて売られていた。以前から欲しかったものに「海棠(街道)」、この時期によく咲いて、とても心が和む花で、何時も庭には植えて来たもの。それに吉野さくら(山桜)。本日は吉野桜を一本購入。この年齢でと言われそうだが、一年の成長そのものが楽しみなのだ。次回は、海棠を買うだろうか。これはとても生長が遅い木だ▶昨日だったか、少しばかり歩こうとしたが何とも衰えの酷いのには腰を抜かすほど。車のオイル交換等にいくらか時間がかかるというので、すぐそばのS.M.まで歩いたのだ。一キロもない近間。帰りは少し重い買い物かごを持っていが、それにしても足が動かない。昨夏の猛暑を避けて、外に出ないようにしていた祟りだと思う。少しずつ調子を整えて、庭仕事に精を出したい。幸いなことに花粉の飛翔もそれほどでもなくなった気もするのだから▶本日も東京の株式下落が終わらないし(およそ1300円下がる)、ニューヨークダウの下落も続いている(320ドル超下落)。中国との一騎打ちが鮮明になってきた。まるで「ロシアンルーレット」「チキンレース」の様相を呈してきた。どちらが先に音をあげるか。この間、ウクライナとロシア、イスラエルとガザの「戦闘」打開は一気に経済問題の後景に退けられている。(717)

〇2025/04/08(火)終日好天。裏庭の桜(確かに山桜だった)が輝く陽光の下にとても映えて、素晴らしい開花ぶりだった。まだ開花前のものも何本かあるが、どうも、若い木は毎年の花の付き方が異なるようで、その辺の具合はどうなっているのか、調べて見たい▶かみさん用の車のオイルとエレメントの交換で車屋に行く。ちょうど十年乗り続けたことになる。約8万4千キロ走行。年間にならすと8千キロ程度だから、買い物専用車だとしてもかなり乗っていると思う。交換に要する時間を利用して、買い物に▶今日はこの数日の下落続きの反動で、株価は高騰し、「8日の日経平均は、4営業日ぶりに反発して始まり午前には、一時2100円以上値上がりしました。午後も買いが先行する流れは変わらず終値は、7日より1876円高い3万3012円となり、過去4番目に高い上げ幅となりました。7日までの3営業日で、4500円余り下落していたため、市場関係者は「パニック売り」がいったん落ち着き、反発の動きが出たとみています。」(ANNニュース)この先はどうなるのか。まだ先行きは見通せない状況。明日からは追加関税が発動予定で、日本は24%だという。「ニューヨークダウ」は37,965.60ドルの、前日比349.26ドル下落だから、まだ落ち着きようがない状態が続いているようだ。当局が何らかの政策変更をしなければ、さらに株安、物価高が続き、インフレは昂進するだろう。日米は運命共同体なんだという「嫌な絆」がモノを言っている。(716)

〇2025/04/07(月)4月2日に発表された、トランプ米大統領の「相互関税」発動発表以来、日米の株安が下げ止まらない状態。日本株の場合は、この五日ほどで4000円弱まで暴落。アメリカダウも4万円を割り込んで、さらに下落中。まるで荒唐無稽な「関税」を投網の如くに各国にかけて、結果がどうなるか、おそらく何も確信はないに違いないと思う。こうすればこうなるという「あてずっぽう」だ。この先、9日には追加関税が発動されるが、このままだと世界経済は壊滅状態に陥るだろう。そして、アメリカにとって貿易収支が改善さる気遣いは絶無だと思う。この小さな国も、今の泥沼から、いかにして抜け出すことが可能か。地獄まで行かなければならないように見えるが。長い目で見れば、おそらく米国の言いなりにしかならないようなお国ぶりを脱する絶好のチャンスではないか。恐らく、今回の高関税は、もし実施されたら、致命的な損害を与えられるかもしれないが、何、それは八十年前に経験済み。壊滅して、無からの再出発。死ぬ思いをするだろうが、こんな出鱈目で、独りよがりでわがままな政治(国歌運営)をするような国とはこれまでのの関係を清算・打破するべき。これを逃す手はないと思うのだ▶お昼頃に買い物。本日もまた、物価高騰の念押しのような会計だった。特に何を買ったのでもないのに、7千円超になっている。買い物途中の14号線(茂原街道)のGSの、レギュラーガソリン1㍑当たり185円の値がついていた。ひどいもので、これだけの高騰は、ぼくは未経験。おいそれと車にも乗れない時代なのだ。終わりが見通せないと来ている。(715)

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裕福な側近たちがこの急反発で大もうけした

トランプ氏にインサイダー取引疑惑 民主党議員団、SECに調査要請 【4月12日 AFP】進歩派のエリザベス・ウォーレン米上院議員率いる民主党議員6人が11日、ドナルド・トランプ大統領が「相互関税」の一部停止を発表する前に、トランプ氏またはその側近らが証券取引法に違反したかどうかについて、資本市場の監督を担う米証券取引委員会(SEC)に調査を求めた。
ウォーレン氏らはSECに宛てた書簡で、株価が暴落していた9日未明に、トランプ氏が自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」に「絶好の買い時だ!!!」と投稿した点を指摘した。
その数時間後にトランプ氏は、「相互関税」の上乗せ分を90日間停止すると発表。それを受けて株価は急反発し、S&P500種指数は2008年世界金融危機からの回復以来最大の上げ幅を記録した。
同日にその後、ホワイトハウスが共有した動画で、トランプ氏は既に裕福な側近たちがこの急反発で大もうけしたことを自慢していた。
ウォーレン氏らはSECに宛てた書簡で、「関税の発表によって、政権の内部関係者と友人たちが米国民を犠牲にして豊かになったかどうかについて、SECに調査を求める」と要請。
また、「大統領の家族を含む内部関係者が、関税の一時停止を事前に知っていて、大統領の発表前にその知識を悪用して株式取引を行ったのかどうか」についても調査を求めている。
トランプ氏はトゥルースソーシャルへの投稿に「DJT」と署名した。これはトランプ氏のイニシャルでもあるが、同氏のメディア企業「トランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ」のティッカーシンボル(銘柄コード)でもある。同社の株価は9日、21.67%上昇して取引を終えた。
ウォーレン氏らはSECに対し、トランプ氏とその献金者ら内部関係者が、市場操作、インサイダー取引などの証券取引法違反をしたかどうかの調査を求めている。
ホワイトハウスの広報顧問を務めるマーゴ・マーティン氏が9日にXに投稿した動画では、トランプ氏は、関税の上乗せ分の一部停止を発表した後、億万長者の仲間たちが株式市場でどれほどの利益を上げたかを自慢していた。(c)AFP(2025年4月12日)

➀<Democratic Lawmakers Call For Insider Trading Investigation into Trump Over Tariff Pause>(https://www.youtube.com/watch?v=AaLCiIs8TaQ)                                                         ➁<Schiff Destroys Trump for Major Insider Trading Scandal>(https://www.youtube.com/watch?v=gi-lEtE_2_) 

◎週初に愚考する(六十五の弐) 何が起こっているのでしょうか。「相互関税」の導入は「アメリカ第一」宣言の背骨だと言っていたご当人が、「相互関税」実施の中止(三か月間)を突如言い出した、その狙いは何だったか。ぼくは、繰り返し白状しているように、政治の素人であり、経済知識も皆無です。しかし、今回の、米大統領の「法外な高関税賦課」策導入と、その突然の延期がもたらした「政見がらみ・政見ぐるみ疑惑」は、極めつけの政経音痴(素人)でも予測できること、アメリカでは、関係者から、それは計画的だったとも指摘されている。

 ここでぼくが強調したいのは、実際に大掛かりな「インサイダー取引」が行われていたかどうかではなく(もちろん行われていたとすれば、関係したものはすべてが犯罪人として逮捕されるべきだが、司法の現状は、「信賞必罰」「勧善懲悪」とは行かないのがアメリカの腐敗の生半可ではないところ)、このような「疑惑」が語られること自体に大きな問題があるということです。「李下に冠を正さず」というけれど、世のあらゆる事柄は「ディール(取り引き)」であり、手段はどうであれ、儲かればすべてよし、儲からなければな話にならないという「金券亡者」の集団が政治中枢を握っているという現実問題の情けなさです。戦争すら「自己の利益に利用する」、ウクライナやガザで、どれだけ無辜の民が犠牲になろうが、歯牙にもかけない。要するに「儲け話」の一つに過ぎないという権力者の凄まじい現状を見れば、手に負えない強盗団にアメリカは拉致・監禁されているのです。

 「濡れ手に粟(Making money easily)」の連中がアメリカはおろか、世界経済を手玉に取り(混乱させ)、牛耳っているとは、アメリカも堕ちるところまで堕ちたものと強烈に実感している。(現大統領はビットコインでも「インサイダー取引」が疑われている)こんな腐った権力者は、即刻排除しなければ、といいたいね。胡散臭い権力者に好き放題に嬲(なぶ)り者にされている間、安眠を貪っていた「眠れる鷹(Sleeping Hawk)」、そんなアメリカにも「潮目」が変わってきたと思われる現象がいくつか見えている。現段階では、「最大のインサイダー取引醜聞(Major Insider Trading Scandal)」の内容は分からない。しかし限りなく黒に近い(almost black)ものであるのは確かだと、ぼくにさえ思われるのです。

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樹木にも介護は必要、見世物じゃねえ

福島・三春滝桜が満開に 天気回復して青空が広がる 日本三大桜の一つとして知られている福島県三春町の三春滝桜が満開を迎えています。朝に空を覆っていた雲が解消し、青空にピンクの花が良く映えています。
来週にかけて楽しめる見通し
福島県三春町によると、昨日の時点で五分咲きだった三春滝桜は今日12日(土)、満開となりました。昨年に比べると2日遅い満開です。(2025/04/12 11:29 ウェザーニュース)
令和7年の三春滝桜の観光対策等の内容について、お知らせします。
 ▶現在の三春滝桜は「満開」です。
  4月12日18時現在、滝桜周辺道路で渋滞が発生しています。
 ▶夜桜ライトアップに伴い大渋滞が発生しています。
  夜桜ライトアップに伴い、滝桜周辺道路では大渋滞が発生しています。
  自家用車でご来場のお客様は三春町運動公園からの無料シャトルバスをご利用ください。
  ライトアップは滝桜保護の観点から午後9時に消灯します。十分に時間に余裕をもっておこしください。
 ▶無料シャトルバスの運行日が決まりました。
  4月12日(土)~13日(日)は滝桜周辺道路の大変な交通渋滞が予想されます。公共交通機関をご利用ください。  
  なお、自家用車でご来場のお客様は三春町運動公園からの無料シャトルバスをご利用ください。(三春町・2025年04月12日更新)(https://www.town.miharu.fukushima.jp/soshiki/7/0425takizakurakankokoushin_3_1_1_1_1_1.html)

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◎ 週初に愚考する(第六十伍 ) ~ 勤め人時代、ほとんどは千葉県から都内に通っていました。なかでも馴染みになったのが東京メトロ「東西線」で、ほぼ半世紀近くは利用していました。最初は西船橋から中野まで、やがて、東葉勝田台(千葉県八千代市)から三鷹までが開通した。始発(終着)駅からと、地下鉄の延伸を待って移住しました。沿線にはいろいろな見所もあって、ぼくはしばしば途中下車しては足を延ばしたものでした。中でも茅場町や日本橋ではどれくらい道草を食ったことか。それがあったから、長い通勤時間も、気の乗らない、実に嫌な職場勤務も乗り越えることができたともいえます。茅場町は、かつての「株取引」の中心地。その地下鉄駅の真上にあったのが山種美術館(今は移転して、そこにはない)。証券会社の経営者(山崎種二氏)の収集した大変な絵画のコレクションを誇っていました。ぼくはこの美術館に数えきれないほど通ったもので、時には、ほぼ一人で館内の作品を、長時間、思う存分に満喫したこともあった。(日本橋には「丸善」があった)

 細かく述べればきりがありません。ばくは、ここで日本画の「名作」の数々を堪能したものでした。その一つが橋本明治さんの「朝暘桜」(三春滝桜。紅枝垂れ桜)だった。時期は記憶していませんが、その繊細さと色彩の鮮やかさに圧倒されたことを今もはっきりと思い出すことができます。その他、奥村土牛さんの作品(桜)も観たような記憶があります。この桜ばかりは、現地に出かけて観たことはない。しかし、毎年、何時ものように満開時期の新聞やテレビ等の報道で必ず目にしてきました。それだけで、ぼくは満足しているのです。(左写真:橋本明治『朝陽桜』1970(昭和45)年 紙本・彩色・額(1面) 181.5×162.0cm ・山種美術館)

 この三春の「滝桜」、昨日が満開だとありました。2011年3月の東日本大震災の際には、大いに心配されましたが、不死身の如くに蘇っています。しかし、ぼくはこの桜をごく近くまで行って観ようという気にはなれません。まるで「満身創痍」ではないか、そっとしておいてやれよ、そんな気ががしきりにするのです。観光(見世物)化するのは間違いだというのではありませんが、心ない人々が多すぎて、桜(に限らず)の「根」(動脈)を平気で踏みつける。それも何百何千人が。よく言われることですけれど、桜の枝先の真下まで根は伸びている。その新しい命をはぐくむ血管のもっとも細い先端部分を踏みつけるのですから、桜(に限らず)の生育が衰えるのは当然でしょう。

 もちろん、樹木にも寿命というものがある。この「滝桜」は樹齢1000年とされますから、大長寿。そこに数多の観光客が、毎年毎年、押し寄せることが繰り返されます。だからというのではありませんが、ぼくは写真や絵画を見るだけで大満足しているのです(我慢をしているのではない)。今年も満開を迎えたということは、かなりの精力を、この木は使ったということだし、写真で見ても、大勢の人々が樹木の根っこを踏みつけながら「桜見物」を楽しんでいるのだと思うと、心ない仕業だし、見るも無残、痛々しさを感じてしまう。

 もう一本、忘れられない桜があります。山梨県北杜市内実相寺境内の「山高神代桜(エドヒガン)」です。早くに亡くなった友人のHさん(社会主義憲法・東欧社会主義の研究者だった)が都内から移住されて武川に住まわれたとき、誘われて泊りがけで出かけたことがあります。もう三十年近く前になるでしょうか。彼は大変に勤勉な学者・研究者であり、かつ深い教養の持ち主で、数歳年上のぼくなどは足元にも及ばなかった。新宿から中央線で通勤する彼の元気は姿が、いつでも彷彿します。彼は無類の酒好きで、しかも崩れることは一度もなかった。何十回、何百回と酒の席を共にしたことか。ぼくにはかけがえのない友人でした。六十歳前に亡くなられたのではなかった。その彼に案内されて、北杜市武川を訪れ、この「神代桜」に目見えました。もちろん、開花の時期ではなかった。それもで、その樹相の厳かさには打たれました。一説では「樹齢2000年」とされています。虚実はともかく、そう聞くだけで、大大長寿です、ぼくは気が遠くなる。

 もともと自然界に成長する桜は長寿なのでしょうが、ぼくたちが見せつけられている(促成)栽培種の「染井吉野(ソメイヨシノ)」はよく生きて百年、せいぜいが八十年と言われます。このソメイヨシノを江戸各所に植樹したのは、江戸幕府だと言われ、江戸城内には桜の苗床もあった。綱吉時代だったか。「桜の花見」、花見と言えば「桜」と言われるようになった理由(発端)はこの辺りにあるのでしょう。上野、向島や飛鳥山など、ぼくは東京に住んでいたころは毎年のように出かけたもの。まだまだ閑散としていて、とても風情があった時代。

 山梨の「神代桜」も、相当に介護・介助を必要としています。見るからに痛々しい。車椅子どころの話ではない、全身に管が付けられて、息も絶え絶えにベッドに付している、そんな景色がぼくには見えます。

 「神代桜は、樹齢2000年とも言われ、日本三大桜の一つとされております。 伝説によると、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東国へ遠征された際この地に立ち寄られ、 記念にこの桜をお手植えされたと伝えられています。大正11年には、国の天然記念物に指定され、 平成2年には「新日本名木百選」にも指定されました。幾度となく自然災害にあい、最盛期の大きさに比べると小さくなったものの、 東方に太く力強い枝を伸ばし、それらを支える幹の姿からは、「生命」を感じさせてくれます」(日蓮宗大津山実相寺:https://www.jindaizakura.com/

(➹ 山梨県観光機構:https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_4256.html

 誰が言ったか、「日本三大桜」だって。三春の滝桜を別にして、二本(根尾谷の薄墨桜と山高神代桜)の、有名になりすぎた桜を、ぼくはかなり以前に、こっそりと見ていました。もちろんたった一人で、あるいはほんの数人で。無数の添え木に支えらている木の姿を見ると、あまりにも痛々しい気分に襲われます。もうたくさんだ、そんな気分になるのです。人間だって、樹木だって「若い者」に限るというのでは決してありません。何かの病気で入院中、たくさんの管(チューブ)でつながれた患者を大勢で見舞いに行く神経がぼくには判らない。樹齢2000年と言われて、なんと尊いことかと、それだけで「高齢」を崇める、そんな気風がこの社会にあるのかどうか、ぼくには疑わしい。写真で見るのも気が重い。つまりは、人でもものでも、それ相応の接し方があるといいたいだけ。

 桜前線は、気候変動に翻弄されながらも劣島を北上中。各地で「桜祭り」だ「観桜祭」だといって、人間の目に余る振る舞いが繰り広げられるのでしょう。それを咎めてもしようがないし、ぼくはそんな群集の中に入らないだけのことです。大事な命の根(樹根)を土足で踏み躙る、そんな蛮行は少なくとも避けたいと思うばかりです(大半は、この細根部分から栄養分を吸収する)。

 (この一週間、右目に異常があって、珍しく目医者通いをしている。医者には慣れておらず、おそらく十年ぶりの通院です。少しは回復して来たようですが、気分は重いままに駄文を綴っている。対岸の米国大統領一味・一党には「大々的なインサイダー取引」の嫌疑がかけられている。事実かどうかは、脇に置くとして、そのような疑いが出ること自体、ホワイトハウスはブラックハウスではないですか、と怒りが込み上げてくる。つまり、そんな盗っ人支配の国の「言いなり放題」「腰巾着」になりきっている、この国の一住民であることに、腹が立つのです。卯月も半ば、暖房器具を片付けないままで、卒倒するような「暑い日」が来るのですかね。「物価高・株安・円安」の三点セットはとにかく御免被(こうむ)りたいもの。ただ今、午前6時半、雨模様です)(本年の「桜問答」「桜談議」は、本日をもってお仕舞いにします)

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Reciprocal tariffs would be an own goal for Trump

Protestors shout slogans as they take to the streets and march during a “Hands Off!” protest against President Donald Trump on Saturday, April 5, 2025, in New York. (AP Photo/Andres Kudacki)(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2025/04/546458.php

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習近平主席、激化する対米貿易戦争「恐れていない」 香港(CNN) 国際市場の暴落を招き、世界的な景気後退懸念をあおっている米国との貿易戦争の激化をめぐり、中国の習近平(シーチンピン)国家主席は11日、中国は「恐れていない」と述べた。習氏が公の場で関税問題について発言するのは初めて。/中国国営中央テレビ(CCTV)によると、習氏は、首都北京を訪問しているスペインのサンチェス首相に対し、「貿易戦争に勝者はいない。世界に逆行すれば孤立を招くだけだ」と述べた。/習氏はさらに、「70年以上にわたり、中国は自立と勤勉さによって発展してきた。他国からの施しに頼ったことは一度としてなく、いかなる不当な抑圧も恐れない」とし、「外部環境がどのように変化しようとも、中国は自信を持ち続け、焦点を定め、自国の問題を適切に管理することに集中する」と言明した。(CNN・2025/04/11)(https://www.cnn.co.jp/world/35231690.html

トランプ氏、中国とのチキンゲームに敗れるかもしれない理由(CNN) トランプ米大統領は米国に次ぐ世界第2の経済大国である中国を孤立させるため、少なくとも当面は貿易戦争の矛先を絞る方針を打ち出した。/トランプ氏は中国の習近平(シーチンピン)国家主席が先に折れることを期待して圧力を強めているとみられる。だが、米コーネル大学のチャン・ウェンドン助教(応用経済政策学・政策)によると、習氏はしばらく様子を見ている可能性がある。/チャン氏はメールで「中国は『最後まで戦う』と表明しており、状況がさらにエスカレートするリスクもある」と説明。「2018〜19年の貿易戦争以降、すでに中国は大豆などの農産物を含む米国製品への依存度を下げてきた。しかし今回は、米国に対抗して国内消費へ軸足を移そうとする中国指導部に対し、これまで以上に協力的な一般国民の後押しが寄せられている」と指摘した。(CNN・2025/04/10)(https://www.cnn.co.jp/usa/35231570.html

トランプ氏に寄付したハイテク企業トップたち、計264兆円の資金失う羽目に ニューヨーク(CNN) シリコンバレーのリーダーたちは、トランプ米大統領が昨年の大統領選を戦う間や大統領就任時に、同氏への寄付を行ってきた。フロリダ州の同氏の邸宅マール・ア・ラーゴを訪れ、同氏の就任演説では出席者たちの中心に座っていた。しかしトランプ氏の大統領就任から3カ月、彼らの財布は同氏の政策によって打撃を受けている。/マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)のメタ、ティム・クックCEOのアップル、スンダー・ピチャイCEOのグーグル、イーロン・マスクCEOのテスラ、ジェフ・ベゾス氏創業のアマゾンの時価総額は年初来、累積で1兆8000億ドル(約264兆円)近く失われた。/トランプ氏は9日、予定されていた多くの関税を停止。これを受けて株式市場は持ち直したが、結果的にこれらのリーダーの個人資産は縮小することになった。(CNN・2025/04/10)(https://www.cnn.co.jp/tech/35231590.html

*** いま、世界で何が起きているのだろう。米国大統領が驚くべき無知を曝け出し、「アメリカは偉大な国だ」と宣言して、この一世紀近く、自らが粒粒辛苦して創り出してきた「世界秩序」を壊したのだ。「パックスアメリカーナ(Pax Americana)」ー 米国によって世界平和が維持されているとする錯覚(現象) ー 日米戦争に勝利した結果、さらにアメリカの「世界覇権」は強固なものになったと思われたし、敗戦国日本は、アメリカの軍門に下り続けて来たのだから、これ以上にアメリカが世界覇権に乗り出す必要がなかったところに、旧ソ連(現ロシア)の鎮火と同時に、中国が勢いよく台頭してきた。目障りなこと夥しいし、その中国勢力の伸長は「アメリカを食い物にしてきた結果」だと、米国大統領は「早とちり」「浅慮」「でっちあげ(fabrication)」を凝らしたうえで、今回の「関税戦争」に乗り出した。勝てると妄信したのだが、それにはいかなる成算もなかったことが白日の下にさらされた。走り出した直後に、もう次のマラソン参加(三度目の大統領選)を云々する、この不真面目さ。犯罪を重ねて恥じるところのない愚物。

 挙句の果てに、大統領は無分別に株価を操作し、ごく一部の「金持ち」に莫大な資産増強をもたらそうとしたと世間ではみなされている(利益相反行為)。最大のインサイダーによる「禁じ手」の敢行だった。ところが、ここにきて、中国主席は、米国(大統領)が何を企てようが「恐れない」と言いつつ、「関税戦争では勝者はいない」と、明言している。中国は次なる手として「人民元の切り下げ」を準備している、米国では観測されている。それをやられるのを恐れているのだ。「トランプ大統領とベッセント米財務長官はいずれも、通貨を貿易手段として使用しないよう中国に呼びかけている」(Bloomberg・2025/04/11)。

 ある高名な日本の経済学者は「トランプより習近平の方が冷静であり、理性的だと思ってしまう」と、アメリカ大統領の理性を失った「関税戦争」突入を長嘆息した。ここにきて、世界同時株安は、「米国国債の投げ売り」を招き寄せた。世界の安全パイだとみなされていた「米国債」が一気に投げ売りされたし、その「元凶」は日本だと報道されている。確かに、最大の米国債所有国は日本であり、次いで中国だ。いずれ、その実態は明らかになろうが、アメリカ追随(dependency)を国是としてきた日本の機関投資家(銀行筋か)が、背に腹は代えられぬとばかり米国債を売り浴びせたと、米国では見られている。ついで中国が投げ売りをすれば、もはやアメリカは終わりだろう。(それはなかろうが)

 Reciprocal tariffs would be an own goal for Trump(相互関税政策はトランプのオウンゴールとなろう) トランプは何を目論んだのだったか。世界の覇権を狙い、自らの独裁偽装を図ったのだが、残念ながら、彼の言動には確たる根拠も展望もなかった。彼の個人的な野望や無謀な試みは歯牙にもかけず、一目一視さえ与えなかったのが「米国市場(マーケット)」であり、米国債の利回りの急上昇だった。驚くなかれ、この現状を見て、トランプは腰を抜かし、震え上がったのだ。(少し漏らしたかもしれない)アメリカを張りぼてのがらんどう(空虚)にしてしまった大統領。インフレは昂進し、賃金が下がり、国債は投げ売りされ始めている。彼の周辺に蝟集していた「金持ち」たちもトランプに付き合いきれないと、ホワイトハウスから遠のくだろう。マスク氏と大統領の「蜜月」は続かないと、素人の見立てで、ぼくは、政権発足の段階で断言した。そうなっただろうというのではない。それぐらいにお粗末な『政権(の名に値しない)』だったということ。この先はどうなるか。米国内の「ハンドオフ(Hands Off)(手を引け)」行進・行動のさらなる拡大が、問題の先行きを明示しているに違いない。いっそう「分断」が進むのだろうか。それとも、…。(satoshi yamano)***

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「樹齢」は何を語るのでしょうか

 ヘッダー写真は奈良県宇陀市の「本郷の瀧桜」です。樹齢は300年とされています。これくらいの桜(大半は山桜)が全国各地で立派に育てられ、大事にされているようです。ぼくは、その中のいくらも見てはいませんが、それでも10本ほどは数えられます。若いころは、冬はスキーで、夏には山登りをしていましたから、春スキーの途次、夏山登山の生き帰りに、たくさんの桜に出会ったし、桜の季節に合わせて方々に出かけました。観光見物よろしく、あらかじめ目標の「銘木」を目当てに出かけるのではなく、登っている途中で偶然出会うということが多かった。それほど高くない山を巡ってトレッキングし、時には休憩するところで、思わぬ「絶景」に出会うということもありました。何年前だったか、湯河原から箱根に向けて歩いていた時、素晴らしい桜の森に出会った、辺り一面が桜の木々に満たされ、目を向けると向かい側の山の斜面と言わず、谷と言わず、それこそ全山桜の園という感じがして、身が震えたこともありました。行き合う人はほとんどなく、文字通りに満開の桜を独り占めしたような気分に浸されました。

 奈良県といえば、小学生の遠足で何度か出かけた時の記憶がかすかに残っています。猿沢の池、若草山、東大寺、樫原神宮、春日大社、もちろん法隆寺等々。そのいずれにも桜があったように思います。もちろん、今だって、当時(七十年ほども前)以上に桜が愛でられているのでしょう。特に樫原神宮の参道に育てられた「桜」については、強烈な歴史に彩られていることは忘れられません。それは、それとして、この、別名「又兵衛桜」も見事というほかないですね。ヘッダー写真は4月8日に撮影(下記奈良新聞による)されたものだそうですが、樹齢300年と言えば、老人でしょうか、成人でしょうか。根尾谷の薄墨桜は1300年などと言われます。山間深くにひっそりと育ってきた一本の桜。誰一人訪れることもなく、満開の桜は誰に知られることもなく風に散り、雨に散る。そんな経過(摂理)を繰り返してきたことでしょう。まるで「一人の生涯」に重なるような、見事な存在の仕方だと、ぼくには思われてきます。「咲きたいから咲く、散る時が来たから散る」、見事なものですね。(右上写真は樫原神宮)

 樹齢300年ともいわれるしだれ桜、奈良県宇陀市大宇陀本郷の「又兵衛桜」が8日、見頃を迎え、多くの花見客が訪れている。
 この地には、戦国武将として活躍した後藤又兵衛が落ち延び、僧侶として一生を終えたと伝わるため「又兵衛桜」の愛称で知られている。屋敷跡の石垣に生えるこの桜は高さ約13メートル、幹周り約3メートルの巨樹で、桜が咲き誇る姿から「本郷の瀧(たき)桜」とも呼ばれる。(奈良新聞・2025/04/09)(https://www.nara-np.co.jp/news/20250409101644.html)

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 そして、桜木そのものも樹齢を重ね、自らを支えることがかなわなくなると、介護や養護に多くの手が入ります。無数の「添木(副木)」で支えられ、虫食いにあった個所が樹脂やその他の資材(時にはコンクリートもある)で補填され、「包帯」を巻かれているのを見ると、ぼくは居たたまれない気がします。桜に限らず、「見世物」にする人間の側の勝手な振る舞いに、ぼくは背を向けてしまいたくなる。そんな気分に襲われて、見に行かなくなった「桜」は何本もあります。実は千葉県にも数本あります。

 まず、千葉県印西市の「吉高(よしたか)の桜」です。これも四十年ほど前に始めて見たものです。当時はまだ見物に来る人は多くはなかった。それが年々、多くなり、近年ではもうお祭り会場のようになったのを機に、この二十年ほどは行かなくなりました。下の写真は数年前のもので、本年は樹形も花つきも変って、ずいぶんと怪しい姿になっている。その理由を印西市のHPは以下のように書いています。

 「重要なお知らせ 令和6年6月22日、吉高の大桜の大規模な枝打ちを行いました。近年の大桜は、開花シーズンでも花がつかず枯れ枝が増えていたことを、ご存知の方も多いのではないかと思います。/これまでも、『吉高の大桜を守る会』の皆様が八方手を尽くし、大桜の樹勢を回復させるべく努力を続けておられました。/そんな折、樹木医の方々に、大桜の診断を行っていただける機会を得ることができ、幹の内部構造や周囲の土壌に至るまで、詳細な調査が行われました。/その結果、「枯れ枝を落とさなければ、枝枯れは広がり続け、大桜の生命に関わる」という結論になりました。/ことに北東側(正面から見て左側)は大規模な枝打ちが行われたため、往年の大桜の威容をご存知の方は、樹形の変化に驚くかも知れません。/しかし、樹齢400年とも言われる大桜を、元気な姿で後世に残すための決断となりますので、何卒ご理解のほど、よろしくお願いいたします。(以下略)(https://www.city.inzai.lg.jp/0000001355.html

 下の写真は本年4月7日に撮影されたものだそうです。「大規模な枝打ちにより、大桜の様子が以前と変化しております」との注意書きが同市のHPに記載されています。(一種の手術後の「予後」状態と言えます。果たして甦るのでしょうか)

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 もう一本。四街道市内にあります。大変な老木で、それこそ「痛々しい」限りでしたね、五年ほど前に行ったときは。幸いなことに、隣に若木が育っており、主妙を絶やすことはなくなったと、安心することもできます。最近は、市が観光地化を求めてか、いろいろと宣伝を始め、境内にも改修・改良を加えています。人集めをして、入場料を取ろうとという「魂胆」「目論見」かもしれません。これもまた、心ない業だと思う。(右は2018年3月撮影)

「福星寺しだれ桜は、元和元年(1615年)11月に徳川家康公が江戸から東金方面に鷹狩りに来たおり金光院(福星寺の親寺)へ立寄りました。本堂の前のしだれ桜を見て「これは珍しい桜だ」といわれことのほか讃られしばしの間この桜の木に手をかけられたことから檀家の人達は「お手かけの桜」と呼ぶようになったといわれています。縁起をかついだ福星寺は金光院のしだれ桜を株分けして頂き、創建を記念して本堂の前に植えられたとのことです。/このしだれ桜は樹齢約400年余りで目通り周囲3.3メートル、樹高14メートルで素晴らしい花を咲かせます。3月中・下旬の観桜時期に入ると近隣から多くの見物客が訪れ賑わいます。四街道市:更新:2022年3月14日)(https://www.city.yotsukaido.chiba.jp/miryoku/smile/kanko/shizen_keikan/sidarezakura.html

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 年齢からして、以前ほど方々を出歩けなくなったので、今では、家の荒れた庭に何本かの桜を植えては、花が咲くのを楽しみにしています。狭い庭に、いろいろ取り混ぜて10本ほどはあるでしょうか。今年は裏庭の「山桜」が見事に咲いてくれました。玄関前の二本の枝垂れもそれぞれに、咲いたり咲かなかったり。それでも見ているだけで気持ちが静まるのですから、ぼくには、樹木は何物にも代えがたい「癒し系(healing)」ですね。もちろん、桜ばかりが見事だというのではありません。いま、庭には山吹(ヤマブキ)や連翹(レンギョウ)の黄色が鮮やかに際立っています。これからはいよいよ、草花のオンパレードです。体の衰えがはっきりとわかるようになったこのところ、無理をしない上に、無理をしない、そんな生活に落ち着きが出てくるでしょうか。体が衰えるのと精神(気持ち)の衰えとは歩調を合わせているものですね。

 亡くなられた吉本隆明さんは、晩年には「老い」「老人問題」「介護」等について何かと語っておられました。結論ではありませんが、彼曰く、「老齢化とは肉体と精神のバランスが崩れること」「老いは一気にくる」と断言しています。ぼくも、老齢化の輪の中に入ったようですね。サクラの老木を眺めていると、そこには物言わぬ「存在」が何かを語っているような感じに襲われます。「木霊(こだま)」といい「木魂(こだま)」という。「樹木に宿る精霊。木の精」(デジタル大辞泉)それがぼくのような人間にも語りかけてくるのでしょうか。例えば、樹齢千年は、ぼくにとっては遥かな過去であると同時に未来でもあるようで、悠久の過去(←)と未来(→)を身内に孕みつつ、現在を生きている、それが「樹齢千年」の重さ、厳しさなのでしょうか。

◎ 吉本隆明 (よしもとたかあき)(1924-2012)= 昭和後期-平成時代の詩人,評論家。大正13年11月25日生まれ。次女によしもとばなな。昭和27年詩集「固有時との対話」,28年「転位のための十篇」を発表。29年「マチウ書試論」を発表。30年代には「高村光太郎」「芸術的抵抗と挫折」などで文学者の戦争責任や転向を問い論壇に登場。既成左翼の思想を批判し六○年安保闘争では全学連主流派を支持。36年谷川雁(がん),村上一郎と「試行」を創刊。以降,文学から思想におよぶ諸領域で独自の理論を構築し,「言語にとって美とは何か」「共同幻想論」「心的現象論序説」などを刊行,50年代には「マス・イメージ論」「ハイ・イメージ論」などを発表。平成24年3月16日死去。87歳。東京出身。東京工業大卒。著作はほかに「自立の思想的拠点」「最後の親鸞」「夏目漱石を読む」「心的現象論本論」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

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