
ただ今午前4時半。室温は26.3℃、湿度76%。不快指数=76.5、体感:やや暑い。〈不快指数 DI (Tは乾球気温℃、Hは湿度%)(DI=0.81T+0.01H×(0.99T−14.3)+46.3)
各地で熱中症警戒アラートが鳴り響いているようです。(ヘッダー写真は熱中症アラートではなく、本物の「ミサイル発射(爆撃)アラート」です、イスラエルとイランの戦争の行く先はどうなるのか)たくさんの人がいろいろな症状で救急搬送、不幸にして亡くなられる方も後を絶ちません。コメ不足だ、米価高騰だと大騒動している、その傍らで、まさに「災害」そのものともいうべき「猛暑」「酷暑」「炎暑」「厳暑」「灼熱」…、いかなる形容をもってしても表しきれない「熱地獄」「煉獄」の苦しみに、この地球上は襲われているようです。気候温暖化どこ吹く風、とひたすら化石燃料を燃やし続け、緑の球体を炎の上のフライパンの如くに熱し尽くし焼き尽くし、そのフライパンの中に閉じ込められて森羅万象は、まるで生き地獄に放り出されているが如くでしょう。そのような炎暑盛んなる時節に、殊もあろうに地球の火薬庫視されてきた中東で、二重三重の戦闘が重ねられている。

ぼくの感覚では、すでに「世界戦争」(第三次(大惨事)になるのかしら)の火ぶたは切られている。 表向きは中東諸国・諸勢力の戦いのように見えて、その実はまさしく代理戦争の趣きを示しています。安易に帰趨を語るべきではないのは当然だとして、定見も見識も持たないときの権力者の今の今の巡り合わせの不運・不作をぼくは深く嘆息するものです。(今の今、この時にぼくはあの悪夢の「ニューヨーク中心街のビル爆破」(「同時多発テロ」という)(9.11)をはっきりと視野・視覚に入れています。。ボンクラ為政者たちは何を考えているのだろうか)
・いろいろなこと気がかりに水無月往く(無骨)
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京都市で熱中症が急増、今週に入り60人超を搬送 6月史上初の2日連続36℃超え 高気圧に覆われてよく晴れた19日、京都市中京区で最高気温36・1度を観測し、2日連続で猛暑日となった。高温となった今月16日以降、京都市内は熱中症搬送者数が急増し、今週だけで60人以上が搬送されている。日差しの強い屋外だけでなく、屋内での搬送も相次いでいる。/気象庁によると、午後5時までの最高気温は京都市中京区で36・1度で、18日の36・5度に続いて猛暑日となった。京都市で6月に2日連続で36度を超えたのは観測史上初めて。京田辺市35・3度、福知山市34・5度など、各地で厳しい暑さとなった。(以下略)(京都新聞・2025/06/19)(左写真も:「強い日差しの中、日傘を差して行き交う観光客たち(2025年6月19日午後2時1分、京都市東山区・清水坂)=撮影・山本健太)
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【射程】認知症を支える 2月に熊本空港から乗った羽田便の隣席は、いつも通販CMで「しゃちょ~う」と値引きをせがまれている「夢グループ」の社長だった。❖前夜の「夢コンサート」に出演した所属歌手、橋幸夫さんの姿も。元気そうに見えたが、アルツハイマー型認知症の発症を先月公表した。認知機能の衰えは近くにいる人でないと気付きづらい。社長はかねて病状を心配していたと明かし、82歳の歌手活動を支えると約束した。❖認知症特有の行動症状に「徘徊[はいかい]」がある。元気に歩けていると見過ごされがちだ。警察庁によると、2024年に認知症の行方不明者は約1万8千人、発見時に死亡が確認されたのは491人に上った。高齢社会の深刻な課題と言えよう。❖警察庁は今回、死者発見時の詳細を初めて公表した。約8割が最後に姿を確認された場所から5キロ圏内で見つかった。その場所は▽河川・河川敷▽用水路・側溝▽山林-の順に多かった。おぼれたり、転落したりしやすい場所を重点的に捜し、不明者の保護につなげてほしい。❖命を守るには速やかな通報が欠かせないが、1人暮らしだと難しい。行方不明に気付けず、通報が遅れてしまう。本人や家族が認知症だと知らないケースもありそうだ。❖認知症の「見守り力」強化を急ぎたい。スマートフォンなどを使えば衛星利用測位システム(GPS)で位置情報を取得できる。熊本県内の自治体では、あらかじめ認知症の人の服などにQRコードのシールを貼っておき、発見と連絡を促す試みも広がっている。積極的に活用すればリスクを減らせるに違いない。❖人口減が加速しても、認知症は増え続けると推計されている。不慮の死を減らすには高齢者を見守り、認知症を早めに察知し、行動をサポートするしかないだろう。家族ら周囲の負担は重いけれど、あすはわが身と考えたい。(田口貴一朗)(熊本日日新聞・2025/06/19)

本日の午前中、ぼくは免許更新のための講習と認知機能検査を受験することになっている。「今日は何年何月何日何曜日か」、知ってるかと訊かれることになっている。たくさんの絵を見せられて、トマトだ、機関銃だ、スカートだ孔雀だと答えさせられる。決して個人の脳力・能力を尊重するための試験(検査)などではなく、高齢者から免許証を取り上げるための儀式となっているように思われます。好き好んで事故を起こすものはいないだろうし、可能ならば、運転などは卒業したい、そんな高齢者は山ほどいるでしょう。ぼくもその一人。何せ、半世紀以上も車と付き合ってきたのですから、いい加減で車とは縁を切りたいと願うけれど、生活と環境がそれを許さないなら、必要最低限度の運転は避けるわけにはいかないのです。

その昔は「老人性痴呆症」呼んでいたが、あまりにも尊大な呼称ではないかと、ある時期から「認知症」と呼び変りました。どちらにしても、認知能力の毀損や障害(障礙)の程度が問われるようになった。コラム「射程」には高名な歌手の認知症発症の事例が書かれています。82歳だから、どうこうというのではありません。何かと差し障りがあっても、大事(おおごと)でない限り、ご当人の意向を最大限に尊重すべきだとは思うけれど、殊はそれほど簡単ではないのだから、油断大敵ということなのかもしれません。

繰り返し放言しているように、ぼくがこの「駄文殴り書き」を始めた最大の理由は「記憶力減退」の、確かな自己認識のためだったと、今でも考えています。3と5を足せばいくらになる、そんなことを知らないなら、「人間止めますか」と誰が言うのかと思う。要するに、高齢者時代を迎えたけれど、個々の「高齢模様(ぶり)」には科学も医学も社会学もなす術もなく、ほとんど手を拱(こまね)いているのが現実ではないかと思うばかりです。コラム氏は「徘徊」を書かれておられるが、ぼくなどは「俳諧」ととなり合わせだと愚考している。現住地でも有線放送で「だれされさんの行方が分からなくなった」と報じることがごくたまにあります。以前に住んでいたところでは頻繁に「防災無線」が安否確認の報知をしていました。田舎と都会地の違いかどうか、その回数は驚くほどの差がある・あったように感じている。

「人口減が加速しても、認知症は増え続けると推計されている。不慮の死を減らすには高齢者を見守り、認知症を早めに察知し、行動をサポートするしかないだろう。家族ら周囲の負担は重いけれど、あすはわが身と考えたい」コラム氏の実感でしょうか。まだお若い方かもしれませんね。ぼくなどは「明日は我が身」どころか、「今日も我が身」と思えばこそ、ろくでもない「駄文」「雑文」を書き殴るのです。でも、広く見渡して、つくづく感じるのは、この時代、この世界、いたるところで認知機能が壊れかかっている、壊れている、そんな人たちは、年齢性別に関係なしに増産されていると思うばかり。その原因は何処にあるのでしょうか。都会と田舎では、「認知症発症」の差は歴然としているとぼくは感じているのですから、そこにも何かヒントがありそうではないでしょう。

余計なことですが、誰が見ても「人倫に悖る」ことをしでかし、それを苦にされて、あろうことか事案の一方の関係者の一人が「自死」されたという問題を抱えた一人の元政治家(現弁護士)、ご当人は「それを否定しているような肯定しているような」塩梅で、驚くべき不誠実を隠さないのですが、その女性がある政党から国会議員選挙に立候補しようとして、非難の集中砲火を浴びたという件(醜聞)が過般にありました。国会議員とは、そんなにひどい人間、驚くべき頽廃の徒がなるものなのだろうかと思ったとたん、彼女を持ち上げた連中も含めて「認知機能が壊れている」、そう思いたくなった。世界の指導者を任じている連中には、かかる手合いが多すぎるというのは、世は「認知毀損」の酷さ比べのようではありませんか。「今日は我が身」と自覚すればこそ、他者への尊敬心は失くないと希(こいねが)っている。人命を殺戮する・して、いかなる痛痒も感じられない人間が大手を振る世界、そんな世界に、身の丈に応じて「抗う」のもまた、老骨の大事な奉公なんだな。
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