
何かを心配しているのではなく、数字を眺めているだけです。昔からデータを読む、見るのが趣味になっていました。黙って長時間眺めていると、いろいろなことが思い浮かんでくるのが興味深いからでした。もちろん、官公庁によって「公式」に発表される数字(データ)がいつも事実を表しているとは限りませんから、その点は割引きしなければなりません。シレっと文書改竄したり、データを捏造するのは、官僚たちの「得意技」で、官僚になるんは必須科目ですね。政治家が嘘を吐を吐(つ)くのも、生来備わっている資質。この「人口動態(人口推計)」は国勢調査に基づいて出てきた数値ですから、大きく現実を歪めているとは考えられません。おおむね、人口の動静を示していると思われます。さまざまな報道がなされていますから、事あらためてここで、素人が何かを言う必要性もありません。ただ、人口減少のこの傾向は早まる(加速する)ことはあっても、緩慢にでも回復(増加)することはなさそうだという点は指摘できるでしょう。(右図「明治維新以降、日本の人口は急激に増加。2008年にピークの1.28億人となり、11年に完全な人口減少社会に入った。50年に1.02億人、2100年に0.75億人と、今後も急速に減少する見込み(国立社会保障・人口問題研究所「主要国の人口および人口増加率」、総務省統計局「世界の統計2021」を基に編集部作成)」(日経クロスウーマン=https://woman.nikkei.com/atcl/column/21/070200024/070500001/?P=2)

「人口ピラミッド」と呼ばれるデータを見ていて、いわゆる1971年~1973年生まれの人々(戦後の第2次ベビーブーマー)が70歳を超えるころ、15歳~64歳(いわゆる生産労働人口)の人々の総数は先細りで、社会福祉などのインフラを支える状況が今とあまり変わらないとすると、おそらく制度的には破綻をきたす恐れが多分に考えられるでしょう。少子高齢化は、年々歳々厳しい状況に移行してることがわかります。教育機関(幼稚園や学校)の統廃合は、今以上に急激に進む。仮に100人で支えていた制度や組織のメンバーが半分以下になると、インフラを維持することは極度に困難になる。あるいは支えきれなくなるのは当然です。自治体の合併もその窮余策一つの表れです。今後は県単位で「合併」「併合」は起こってくる。主導権争いで、また「人口」が減るかもしれませんね。
ぼくたちは、「少子高齢化」という言葉をなんとなく使いはしますが、その実態やそれがもたらす各方面の影響については十分に視野に入れていないのではないでしょうか。もちろん、それを心配しても仕方がないのでしょうが、今の三十代の人が、二十年後、三十年後の社会全体の姿や様相がどのように変貌しているかを視野に入れておくことは、自らの生活設計の上でも無意味であるはずもないでしょう。生活なんて、「出たとこ勝負」という人もいるでしょうが、それでも、此の窮地を凌(しの)げるものでもなさそうです。「限界集落」「消滅自治体」などと、あまり楽しくない話題が多い中、それをやり過ごしていると、ある時期には取り返しのつかない事態の中に「自分」が取り込まれていることに気が付いても、手遅れだということになりかねません。大半が「ホームレス」になる、そんな余裕すら失われています。
【水や空】止まらぬ人口減 ずっと前にこの欄で「ニュースとは何か」を語った同僚の名言を紹介したことがある。いわく「読んだ人を笑わせるか、泣かせるか、怒らせるか、びっくりさせるか。それが『ニュース』で、残りの記事はただのお知らせ」▲この説によるならば、少子化や人口減少の記事はもう“ニュース”ではないのかもしれない。何回か読んでも感情には迫ってこないし、どんな数字を見せられても驚かなくなった▲昨日の記事-。総務省が公表した昨年10月1日時点の人口推計によると、日本人の数は1億2029万6千人で、この1年で89万8千人減った。マイナスは14年連続で減少幅は過去最大。都道府県別で人口が増えたのは東京と埼玉だけ▲全ての都道府県で死亡数が出生数を上回った。転入数と転出数の過不足をみる都道府県別の「社会増減」はプラスとマイナスが半々。縮みゆくパイを同じ悩みを抱える者同士が奪い合う図式がくっきり▲ところで冒頭の名言だが「再現が不確実だ」とクレームが付いていたのを思い出した。もう一つ〈読んだ人を考え込ませる〉も言ったはずだ-と発言者。謹んで訂正を▲少子化も人口減少も理由は一筋縄とはいかず、個人の努力には限りがあり、しかし、事態は深刻で…。何人ぐらい考え込んでくれたか、と考え込んでいる。(智)(長崎新聞・2025/04/16)

人口推計(2024年(令和6年)10月1日現在) *総人口は55万人の減少、14年連続の減少 日本人人口は減少幅が13年連続で拡大 総人口は1億2380万2千人で、前年に比べ55万人(-0.44%)の減少となり、14年連続で減少しています。 日本人人口は1億2029万6千人で、前年に比べ89万8千人(-0.74%)の減少となり、13年連続で減少幅が拡大しています。 *18年連続の自然減少、減少幅は拡大 自然増減は89万人の減少で、18年連続の自然減少となり、減少幅は拡大しています。 男女別にみると、男性は45万3千人の減少、女性は43万7千人の減少となり、男性は20年連続、女性は16年連続の自然減少となっています。 *日本人は2年ぶりの社会減少、外国人は3年連続の社会増加 社会増減は34万人の増加で、3年連続の増加となっています。 日本人・外国人の別にみると、日本人は2千人の減少で、2年ぶりの社会減少となっています。外国人は34万2千人の増加で、3年連続の社会増加となっています。(総務省統計局人口推計(2024年(令和6年)10月1日現在)(https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2024np/index.html)

今から半世紀も前(1970年代前後)までだったら、二世帯家族(親子)は言うまでもなく、三世帯家族(祖父母・両親・孫)も当たり前にみられていたでしょう。家制度というものが旧来に復することはあるはずもないと思われますから、核家族化の急激な展開の結果、今では最少単位にまで「核分裂」して親一人子一人世帯が珍しくもない事態にあります。この問題は福祉や介護の領域の問題として見られがちですが、そこにおいても「少子高齢化」は、社会現象としては、国の制度組織を維持するという観点においても厳しい一面は否定しようもないでしょう。社会全体の人口構成を見ても、15歳以下が間もなく全体の1割を切る傾向がみられます。いわゆる生産労働人口(15~64歳)も5割にまで低下する、そのような社会が十年もしなうちに現実のものになるのです。
この問題に明るい未来展望もなければ、画期的な政策(解答)があるとは思われません。減少(縮小)化するのはある種の自然現象であるとみておけば、人の一生、単位家族の運命と同じように、流れる方向は一つです。つまりは「縮小(shrink)」です。逆流させることは不可能だと断言はできないけれど、まず極めて困難だと思われます。近代国家とか、近代社会という社会現象(変化)がみられるようになって2~3百年ほどしか経過していません。その短い歴史を考えれば、国家を運営・維持していくには驚くほど「財政出動」「人的資源」の負荷が大きいということであり、それに耐えられなければ、自然消滅(衰退)するのを待つばかりでしょう。家制度が今日のように核家族化してしまうと、一個の家(家系)が消えてゆくのは当たり前に見られます。後継者が絶えれば、家の消滅は不可避だからです。

少子高齢化は人口減少を必然的にもたらすし、この傾向は何処の社会にも見られる現象。よほどの政治力を用いない限り、人口減少に歯止めをかけることはできない相談でもあるとぼくには思われます。生活形態が一定方向に流れ、人口密集地が形成され、それが都市化という状況を生みます。一定・特定地域に人口が集中することで、生活環境が整えられ、それがまた人口増加を促す。しかし、それもある程度の域を超えると、一極集中によって「人口減少」が始まり、やがて都市化が過度の集中に耐えかねて破綻するという、このような過程を多くの世界的には大都市とされた地域で経験した来たのです。世界の「四大文明」はその達成度においては高度なものがありましたが、そのいずれもが消滅してしまいました。その大きな原因は「都市化」と「過度の都市化」だったと言われます。恐らく、ぼくたちの生きている時代もまた、「文明の繫栄と衰退」の道筋を歴史の法則のようにたどっているのでしょう。十年二十年の単位ではなく,五百年千年の単位で、事態は推移しているのではないでしょうか。この問題については、稿を改めて駄弁ってみたいですね。
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