二日前(4月26日)は「哲学の日」だという。不思議な「記念日」もあるものですね。ソクラテスが死んだ(毒殺された)日と言わないで、「哲学の日」などと誰が名付けたのでしょうか。ソクラテスの親類縁者でしょうか。三十三回忌とか五十回忌とか、それぞれの句切りの年(年忌)に祖先を祀る風儀は何処にもあるでしょうし、この国では法然上人遠忌何百年、あるいは親鸞聖人生誕何百年祭などという気の遠くなるような「忌日祭」がありますから、ギリシア哲学の始祖の忌日を祀るのも悪くはないかもしれません。ここまで古くなると、ぼくにはどうでもいいことですが。ソクラテスが西洋哲学の歴史の中で重んじられてきたのは、哲学問題を、ひとえに人間の倫理の問題に結び付けたという点でした。彼以前の「哲学」者は、ほとんどが自然科学と称されるべき事柄に関心を示し、それを研究していたと言われていました。「人生問題」とは一言で表現するなら「人間とは何者か?」ということでしたね。それはまた、「紙とは何か?}ということと同義だった。思考方法もまた、帰納法という以上に演繹法を深めて行ったのが、彼の「問答法」「対話術」というものでした。
そのソクラテスについて、ぼくは何も知らないままで生きてきました。もちろん彼の弟子にあたるプラトンが書き残したいくつもの著作を(翻訳で)読んで、なるほどそうかと納得したり感心したことはたくさんあります。でも、それは翻訳者の訳業を通してしか知り得なかったことですから、それはぼくの「知識」ではないことになります。この国における「ソクラテス研究」にも、明治以来の長い歴史がありましたから、ソクラテスに関するすべてを、ぼくは先行する研究者の恩恵を受けて学んだことになります。その中のたった二人を挙げると、田中美智太郎さんと林竹二さん。二人は、思想研究のスタイルはまったく異なりましたが、ぼくは多くの教えを受けたと思っている。
「無知の知」とは? いろいろな受け取り方ができますが、その根っこには人間の「知識」「知る働き」というもの、あるいは人間の物事を知りうる能力というのは、元来が非常に貧しいものであって、全知全能の神(とソクラテスは考えていたようです)と比べれば、実に取るに足りないものだった。人から聞いたことも、本で読んだことも、それは他人の「知り得たこと」だとするなら、その他人もまた、誰かから聞いたのだとするなら、それを聞いたり読んだりするのは「また聞き」であって、自分で考えたことではないと、ソクラテスは言うのです。つまりは、遅く生まれてくるものは、あらゆる事柄を先学が書き残したり言い残したりしたことしって、それをこそ「自分の知識」と錯覚しているだけのことになるでしょう。人間という存在は、もともとが「無知」そのもの、「知」に対しては何も持っていないのだという「自己認識」こそが、実は「知」そのものだといっていいくらいに、知ることに対する畏れがないことを激しい言葉で表現したものでした。「物知り」とは、借り物の知識を、自分のものと錯覚している人のことでした。「私は無知です」という人が、哲学者だと、あるいはソクラテスは言いたかったんでしょう。
知っているというのは、「人から聞いて」、あるいは「他人の本を読んで」知っているだけのこと。ほとんどすべてはそうでしょう。自前の知識など何一つ持っていないという自己認定(規定)こそが、人間のできる最大の「知」的到達だとさえ言っています。「無知であることを知る」という思想、つまりは態度が哲学になるのですね。それで言うなら、他人からの「伝聞」や「世間の常識」などは、ソクラテスに言わせれば、「ドクサ(doxa)」であって、「(汚れた)(間違った)借り物の知識」で、まさしく「臆見」「通念」などとされるものです。あるいは社会常識」もそれに当たるでしょうか。「(ドクサとは)プラトンが、イデアによる知識であるエピステーメーに対し、一段下の感覚による知識(根拠のない主観的信念)をさして呼んだ語。臆見 (おっけん) 。思い做 (な) し」(デジタル大辞泉) 世間で通用するのは「ドクサ」であって、それを本物の知識と思い込んでしまうことの「愚」と「危険」をソクラテス(=プラトン)は身を賭して示したともいえます。
残念ながら、このようは「臆見」「通念」「常識」が、社会や国においては幅を利かせているのであり、その「偽物の知識」を刷り込むのが「教育」「学校」の仕事になって来たんですね。ソクラテスの生き死にしたギリシア・アテネの時代と、事情は少しも変わらない、「紛い物の情報が溢れかえっている社会」に、ぼくたちは齷齪して生きています。「ドクサ」から解放されることがなければ、人間は幸福にはなれないというのがソクラテスの「肺腑の言」だった。「吟味しない生活は、生きるに値しない」というほどでした。
(きりがないテーマですから、本日はここまでにします)(ソクラテスに言わせた、プラトンの言葉だったか、ぼくにはとても怖い遺言がありました、「哲学するとは、『死の練習』をすることなのだ」というのです。「パイドン」という著作にあります)(人間にとって、たった一日だけが「哲学の日」なのではなく、毎日が「死の練習」ではないですか)(禅の語録に「百尺の竿頭、進一歩」というのがあります。これなどはまさしく「死の練習」を超えた、「死そのもの」ですね)
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【日報抄】 古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、思想の流布を通じて治安を乱した罪で死刑判決を受けた。「悪法も法なり」。そう言い残し、毒を飲んで命を絶つ。紀元前399年4月27日のこと。かくして今日は「哲学の日」とされる▼「無知の知」はソクラテスが唱えた代表的な概念である。自分が知らないということを自覚し、己の愚かさを心得ることを思想の起点にするべきだと説く。「汝(なんじ)自身を知れ」も格言として残る。知は追究し続けるもの。思い上がりを戒める言葉として受け止めたい▼ソクラテスは、ちまたの「賢者」らが知を過信するさまを知るに及び、無知の知を悟ったという。では、その賢者らの無知を知り、無知の知を説くソクラテスの知が、そもそも揺るぎない知であり得るか…▼そんな思索にふける過ごし方もあるだろうか。ゴールデンウイークに入った。今年は物価高もあって巣ごもり派が多いとされる。普段は忙しい人も心静かに自分と向き合う時間を持てたらいい▼期間の後半は4連休が控える。登山やスポーツを楽しむアウトドア派も多いだろうが、体力過信は禁物である。熱中症予防のドリンクとともに「汝自身を知れ」の言葉も携えたい。事故のない連休を▼ちなみに、ソクラテスの妻は悪妻だったという。人類屈指の哲学者の悲哀を伝える名言がある。「セミは幸せだ。ものを言わない妻がいるから」。己のことをよく知るためには、あれこれ言ってくれる人が近くにいるのは幸せなこと。そう考えるべきか。(新潟日報・2025/04/27)
【いばらき春秋】 「不知の自覚」という言葉を聞いたことがある方は多いだろう。哲学の祖といわれる古代ギリシアのソクラテスが残した代表的な言葉である▼「自分は何も知らないと自覚していること」の意味とされる。「知」に向き合う際、不知を自覚している人は、無自覚な人より優れていると解釈されることが多い▼きょうは「哲学の日」。紀元前399年、死刑判決を受けたソクラテスが獄中で毒を飲んで死亡した日とされる。ソクラテスは著作を残さず、弟子のプラトンらによって思想が継承されてきた▼哲学を難しいと思っている方は少なくないだろう。筆者も例外ではない。哲学=人生論という見方も根強いとされるが、現代の哲学者の多くは人生論を問題にしていないという▼「自分の生きている時代を捉えるために、哲学者は現在へと至る歴史を問い直し、そこからどのような未来が到来するかを展望する」。人工知能や遺伝子工学、格差社会、環境といったあらゆる問題を介して未来を展望する▼直面する問題についての捉え方や展望をまとめた岡本裕一朗さんのベストセラー「いま世界の哲学者が考えていること」(朝日文庫)に教わった。哲学の日、現代の思想に触れてみるのもいいのではないか。(斎)(茨城新聞・2025/04/27)
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◎ 『ソクラテスの死』 (ソクラテスの死)、仏: La Mort de Socrate, 英: The Death of Socrates)は、1787年にフランス、新古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッド がキャンバスに描いた油彩画である。当時ダヴィッドは古典を主題にした作品を多く生み出しており、『ソクラテスの死』もまた、プラトン著『パイドン』の、ソクラテスの処刑の物語に基づいている。/この物語でソクラテスは、アテネの若者を堕落させ異教の神への信仰を説いた罪で有罪判決を受け、ヘムロック服用による死刑を宣告されている。ソクラテスは、機会があっても敢えて逃亡せず、自分の死を弟子に対する最後の教授として、穏やかに死に向かう。ソクラテスの死を描写した『パイドン』はまた、ソクラテスの4回目にして最後の問答で、哲学者の最期の日について詳述している。このテーマについては、『エウテュプロん』『ソクラテスの弁明』『クリトン』でも語られている。/作品中、白いローブを着た老人がベッドの上にまっすぐに座っている。その右手をカップに伸ばし、左手は身振りを示している。彼はさまざまな年齢層の男性に取り囲まれているが、そのほとんどは苦悩の表情を浮かべており、冷静な老人とは対照的である。カップを手渡す若い男性は目を背けており、片方の手で顔を覆っている。別の若い男性は、老人の腿を握りしめている。初老の男性は、ベッド際にぐったりと座りこみ、自分のひざを覗き込んでいる。作品の左側の壁はアーチになっており、そこにも男性の姿が見える。(Wikipedia)
◎ 無知の知(むちのち) Bewusstsein des Nichtwissens= ソクラテス哲学を特徴づける有名な言葉。哲学者 (愛知者) という意味でのギリシア語 philosophosは,ピタゴラス,ソクラテス的意味では,神だけが知者 sophosであるとの立場から,知者でないがゆえに知 sophiaを愛求する有限的存在としての人間の本質規定であった。したがってphilosphiaは,いわゆる賢者や知恵の本性が神と比すれば無にも等しいものであることを明らかに自覚することに始る。本来的な知のイデーのもとにおける自己の無知の自覚が無知の知にほかならず,ソクラテスの優越は,だれよりも深くこのことにおいてすぐれていたことによる (『ソクラテスの弁明』) 。しかも無知の知は,消極的側面にとどまらず,かえって迷妄をはらし真実の知への扉を開くのであり,かかる自覚を自己の本質的契機としてこそ,「能うかぎり神に似ること」が philosophosの目標として措定されることになる。それゆえにまた教育者としてのソクラテスは,人々にこの自覚を与え本来的な知のイデーヘ視座を転換するように努めるのであり,そのことはプラトンの対話編に印象的に示されている。(ブリタニカ国際大百科事典)
◎ ひゃくしゃく(百尺) の 竿頭(かんとう) に一歩(いっぽ) を進(すす) む。 [初出の実例]「古人の云、百尺の竿頭に更に一歩を進むべし、此の心は、十丈のさをのさきにのぼりて、猶手足をはなちて、即ち身心を放下せんがごとし 」(出典:正法眼蔵随聞記(1235‐38)六)「《「伝灯録」から》百尺の竿 (さお) の先に達しているが、なおその上に一歩を進もうとする。すでに努力・工夫を尽くしたうえに、さらに尽力すること、また、十分に言を尽くして説いたうえに、さらに一歩進めて説くことのたとえ」(デジタル大辞泉)
「Gelassenheit(放下・ほうげ)」というドイツ語は学生の頃にとても気になりました。ハイデッガーには「ゲラッセンハイト」という著書もありましたね。信仰者においては「我執を捨てて、神に身を委ねる」「帰依」という意味でした。エックハルトという神秘家によると「それゆえ私たちの主はこのように言ったのだ。私の弟子になりたい者は、自分を捨てなければならない」と、神の言を受け取っています。この「自らを捨てる」が、禅の示す「放下(ほうげ)」になるんでしょうね。「百尺の竿(さお)の先にたどり着いても、そこで留まっていてはならぬ、猶、一歩進みなさい」と。生の執着から離れなさいというのでしょうか。「死して生きる」というらしい。
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「徒然に日常」(729~735)
〇2025/04/27(日) お昼前に「天然水」(2リットル×6)を10ケース、何時もの業務用スーパー(茂原市緑ヶ丘)で購入。文字通り「業務用」の商品がそろっているので、いつも通りのスーパーとは趣が違うが、天然水などは、いくらか廉価だと思うので、物によっては時々利用している▶帰宅後、庭作業。前庭の一角の除草と花類の植え替えをした。明日は雨天らしいので、例え短い時間でもできるときに作業はやっておくつもり。この後にはさらに大掛かりの作業が控えている。竹や樹木の枝落とし、さらには屋根の樋などの清掃作業である。本日もかなり気温が上がり、少しやっただけで体力の消耗が著しいのがはっきりと感じられた。枝落としは相当量あるので、果たしてやりおおせるかどうか。また車庫と書庫の屋根のトタンの葺き替えもしなければならない。あるいは、業者に依頼することになるのだろうか▶二人の娘のところに土曜日に送っておいた筍が届いたという連絡があった。(735)
〇2025/04/26(土) このところ二回ほど時間が遅れて「生ごみ出し」を見送っていたので、本日は、それでも7時過ぎに出しに行った。いつもは6時半ころと決めているのだが、なぜだか駄文書きが手間取ることがあって、時間切れ(7時過ぎ)になることがあった。それでも十分に間に合う。当方はできるだけ、6時半には持っていきたいのだ。我が家専用のごみ箱(かなり容量は大きい)がある。各自も、自家用の器を用意している。カラスなどの対策用でもある。ごみ袋は「30㍑用」を使っている(10枚で500円と高価である)。昼前に買い物で、茂原まで。土曜日だったからか、かなりの混雑だった。必要なものだけを購入して、Uターンするのが吾輩流。あらかじめ買う品物も覚えておくので、時間のロスはまったくない。これと正反対のが、かみさんだ。買い物と言いながら、常に3時間や4時間は帰ってこないのは、何をしているのか。暇つぶしを喫茶店などで、「気分転換」をしているのだろうか▶万博会場で初の死者が出たという。事情の詳細はわからないが、24日午後、救急搬送された病院で亡くなったという。60歳代の女性。ある報道によると、当時の会場内温度は37℃を記録したという。熱中症で搬送される人も続出しているというから、この先が思いやられる。事故の詳細は直ちに報じるべきだろう。(734)
〇2025/04/25(金) 午前中に買い物で茂原まで。行く途中で、宅急便の依頼を営業所にて。二人の娘のところに昨日の朝掘り出した筍を夜のうちに茹でて、水につけておいたものを小さなタッパーに詰めて包装したもの。明日には着くという。クール便にした。今年は、たくさんの収穫があるようだ。隣のIさん宅には連日大勢が来て、掘りだす声が聞こえてくる。何の手入れもしないままだが、なかなかの豊作が続いている。掘り出さないままで放置しておくと、驚くほどの高さに成長し、始末に困るほど。当地の竹は孟宗竹だというからなおさらに、整理は大変だ。(733)
〇2025/04/24(木) 駄文書き殴りに心奪われて?今朝の「生ごみ出し」の時間が遅れた。通常はほぼ6時半に出す。それが本日、時計は八時になっていた。出せば間に合うのだが(収集車は8時半に来る)、本日は止めにし、土曜日にまわす。ごくたまにこういうことがある。大雨だったり、駄文のネタがなかなかない時には、迷わず(「ゴミ出しを」)次回回しに。ぼくは自治会には未加入。(加入するつもりで申し込んだのだが、数日後にどうもごくの感覚とは異なる「自治会(町内会)」(昔風の地域会合)だとわかったので、取り消したという経緯がある。そのことはどこかで書いた。どこの自治会だったか、未加入のものには「ゴミ出し」料金が年間1.5万円納入すべきという判決が出されたと、数日前の報道であった。市民税などを払っていても、ゴミ出しは町内会の仕事(かどうか)だから、迷惑料は払うべきという恐るべき時代錯誤の判断が出たものだ。行政の管理の下の公共サービス(業務)だからという理屈が、どこかへ飛んでしまっている▶昼前に買い物。天候ははっきりしないものだったが、雨は降らないままだった。帰途には近所のH.C.に寄って猫用のドライフードを三袋購入。今のところ、猫缶4種類と、このドライフード(通称、カリカリ)を5種類。いくらかかっているか、計算すると腹が立つので、全くしていない▶米国大統領の判断力がいよいよ末期的になってきている。関税問題では一向に定見はないし、ウクライナ問題ではまともに「和平」を考えているとはとても思われない、いい加減な提案(ロシアの意向を受けた内容。Pは足元を見ている)を出したり引っ込めたり。お山の大将そのものの、無能大統領の能天気で「世界の秩序」がかき回されるのだから、世界各国の指導者の程度は知れているのだ。アメリカも本当に堕ちたものと、ほとほと実感・痛感している。(732)
〇2025/04/23(水) 朝方まで雨が続いた。それ以降は雨も止んで、穏やかな天候となる▶お昼前に買い物。茂原まで。毎日のように買い物をしているが、たいしたものを買うわけではない。それでも、一度の食材購入で5千円が当たり前になった感がある。このままで物価高騰が続くようだと、二年先とは言わず半年後が怖いと、ぞっとする。ガソリンも180円(1㍑)が当地で安定してくるようだとどうなるのだろうか。間違いなしに、物価上昇は増税そのものだと声を大にして言わねば。参院選前の選挙対策で「減税」が現実味を帯びてきたが、その政治的賭を別にして、「国民生活」を守るという姿勢を明らかに示しほしいものだ▶予報では明日も雨らしい。筍(たけのこ)も、草木も最も伸びる時節だ。その後の作業が厳しくなるのが目に見えている。(731)
〇2025/04/22(火) 曇りがちの天気だったが、時折陽射しもさしている。その陽光を頼りに洗濯機を回し、かなりの量の洗濯ものを乾した。洗濯機の便利さは、それこそ、家電製品の中でも特筆すべきものだったろうと思う▶午前中に猫缶購入のためにあすみが丘へ。コンスタントに7~10日ごとの購入が続いている。缶詰類と乾燥フードの併用で、なんとか食餌の供給が続いている▶庭作業を続けて行い、取り除いた草や切り落とした枝などを燃やした。良く働いてくれている焼却炉だが、よく見ると、少し形が変形し、隙間があいているのが目に付く。地震等の影響もあるのかもしれない。近いうちに、手直しをする必要があるだろう▶日米の株価が相変わらず上下している。加えて、極度のドル安と、それに伴う円高(139円台)が生じている。日米両国ではインフレ(物価高)が昂進している。この先の経済の動向が心配される。米国の高関税世界同時発動を明確に中止しなければ、この経済不安・混乱は終わらないだろう。(730)
〇2025/04/21(月) 午前中、ほんの短時間だったが草取り。庭には今を盛りにたくさんの花々が咲き競って(誇って)いる。木香薔薇(もっこうばら)、山吹(やまぶき)、躑躅(つつじ)、石楠花(シャクナゲ)、その他。恐らく、この家の庭では、今が一番華やかな季節かもわからない。この後すぐに咲きだそうとしているのは皐月(サツキ)だ。今からでは遅すぎるが、庭土に肥料を少し加えようと考えている。また、今が筍(たけのこ)の最盛期か。家では二人しかいないので、なかなか掘り出そうという元気も出てこないが、少なくとも何人かには贈(送)ってやりたい▼午後一時前、茂原駅まで。元の同僚、K、T、両氏を迎えるため。時間通りに外房線列車が到着。Kさんとは何年ぶりだろうか。Tさんとは、このところ、二年続けて、当地で逢っている。いつも出掛ける茂原の「勢寿し」に。一時から四時過ぎまで、ゆっくりと他愛もない話に時間を費やした。それぞれは、定年後の気ままな生活を送っているらしいのが、よく分かった。それにしても、こうして久しぶりに会って話してみると、少しも変わらない「素」がそのまま浮き出て、ある面で、人間は変わらないものだという感想を強く持つ。寿し店を出て、暫時拙宅に来てもらい休憩。かみさんとも再会した。Kさんは四十年ほど前に一度かみさんとは逢ってている。夕方の五時過ぎに土気駅まで送る。(729)
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