人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり

【有明抄】学問のすゝめ 「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」は福沢諭吉の『学問のすゝめ』に出てくる言葉。人は生まれながらにして平等と説くが、諭吉が言いたかったのは、それ以上に学問の「すすめ」である◆人は平等といわれるのに現実には差がついている。その差を生み出すのは学問をしているかどうか。だから、みんな学ぼうよ。簡単に言えばそんな趣旨。近代国家を目指す日本人へのエールでもあったろう◆一方で、諭吉は「活用なき学問は無学に等しい」とも記す。どれだけ勉強しても活用する力がなければ学んでいないのと同じという意味だ。手厳しい◆諭吉が『学問のすゝめ』を出してから約150年。学ぶ意義は受け継がれてきたが、何を学ぶかより、どこで学ぶかに価値が偏っていないだろうか。言い換えれば学歴偏重社会。難関大学への「合格」が「卒業」より重視されがちな現状がある。実際、子どもに対し少しでも上の学歴を、と願う親は多い◆今月上旬、東京メトロの「東大前駅」で起きた切り付け事件の容疑者が動機を「親からの教育虐待」と供述したという。理由はどうあれ暴力は絶対に許されないが、親から過度な期待を受け、疲弊している子どもはいるかもしれない。強制されるからではなく自発的に学ぶことが大事。「すすめ」に込められた思いだろう。(義)(佐賀新聞・2025/05/14)

 こういう事件に遭遇して、「学問のすゝめ」を出すというのはコラム氏たちの悪癖とは言いませんが、悪い冗談だとは言えるでしょう。事件の愚劣さや犯罪人の無知を世間に知らしめるため、ここは福沢さんの出番だと考えたのでしょうが、どうでしょう、福沢先生は「苦笑い」をするか、「苦虫を嚙み潰す」ことになるでしょうか。コラム氏の指摘は大間違いというのではなく、中(あた)らずと雖も遠からずとはいえると思う。「切り付け事件の容疑者が動機を『親からの教育虐待』と供述したという」、つまりは、事件を起こす動機はどこにでも見つかるという一例です。「親から教育虐待」を受けたから、誰もがそんな馬鹿な真似をするはずもないからです。

 「親からの虐待→即他人を切りつけ」も、おそらくは取ってつけた理由であって、本人はそう思ったかもしれないが、それは錯覚で、実はムシャクシャしていたから、思わず誰でもいい、他人を刺したというのだったかもしれないでしょう。都内のこの事件の直後、小生の住んでいる近在(千葉市若葉区若松町)の住宅街で「誰でもよかった」と、中学生が高齢女性を刺して、死に至らしめました。殺人の動機はなんとでも付けられるものだと思う。つまり、人はそれぞれに「イライラ」し、「ムシャクシャ」もするでしょうが、それだから、誰もが「人を刺す」か。いや、刺してしまう人は数えるほどしかいないのです。もし、人を刺したくなったとき、雨が降って来たり、太陽が眩しかったら、そうはしなかったかもしれない。事程左様に、人間の行動のきっかけや理由は本人にも判らないままなんですね。ぼく自身の経験からもそう思う。

 事件の真因は分かりそうで判らないし、判らなさそうで、実にはっきりしているともいえます。「親からの教育虐待」という非道なら、おそらく無数の「被害者」がいるでしょうし、その被害者が、きっと他者を傷つける加害者になるとは決まっていません。まして、その際に、言うに事欠いて「学問のすゝめ」をお読みなさい(とコラム氏は勧めたのではなかったでしょうが)とは、土台話の辻褄(つじつま)が合いません。よく「泥棒を捕まえてから縄を綯(な)う」という。この場合はどうでしょう。有罪確定後に、獄中で「学問のすゝめ」をお読みなさいと勧めるのかもしれませんが、それはまた別の次元です。

 それにしても、コラム氏が参考にしたかった文献として「学問のすゝめ」を取り上げるのも無理からぬところがあったとは言えるかもしれない。もちろん、その内容に関しては、明治開学期(明治5年)以来、今日に続く学校教育の覆うべくもない弊害に向けられている批判という点では「学問のすゝめ」は格好の指弾の書であることは間違いありません。しかし、翻って考えれば、学校というのは、一面においては軍隊的要素をたぶんに内在させているのであって、教育は強制であると批判・非難されるゆえんだと思うのです。国家が行う教育(国民教育)であれば、「国民育成教育」になるのは当然で、個々の国民が、それぞれに判断力を有し、物事の理非曲直に関して正しい意見(認識)を述べることができたら、国家経営者としては面倒この上ないことになりますね。だから、大事なのは、物言わぬ国民。国家に対して従順な国民の育成を図るのは当然だったでしょう。だから、この百五十年の学校教育は「愚民家教育」に徹してきたとまでは言いませんけれど、物事の善悪を十分に見分けることのできない、間違いを指摘することに躊躇するような、自分の意見を持たない、そんな曖昧人間の育成に徹底してきたきらいはあるでしょう。

 「何を学ぶかより、どこで学ぶかに価値が偏っていないだろうか。言い換えれば学歴偏重社会。難関大学への『合格』が『卒業』より重視されがちな現状がある」と、誰もが指摘するような批判をコラム氏はされています。あえて、それは間違いですというつもりはありませんけれど、どうも、時代おくれの電車に乗っているお客さんのような勘違いがあるのではないでしょうか。「難関大学」「入学困難大学」を卒業することが需要視されていると、本当に考えておられるのか。誰もが難関大学に入れるわけでもないし、仮にそうだとして、多くの人のなかの成績優秀者が難関大を卒業した結果、今ある、手に負えないような出鱈目な社会になったとしたら、その顛末はどうすればいいのでしょうか。「難関」とは何だったかという問題は残ります。要するに、他人より五ミリ背が高いことに価値を置く、そんな愚かしい現実を容認しているんでしょうね。政治家や官僚の相当部分が、超難関大学出であると言われますが、彼や彼女がこの間に展開してきた「社会貢献」「人生模様」は、およそ教養や知性に溢れたものであったり、惻隠の情の厚い人情に恵まれていたのだと、果たして、お世辞にも言えるでしょうか。ましてそんな「超難関大学出」を少なくとも羨(うらや)ましがるような雰囲気を漂わせること自体、語るに落ちすぎた愚見・愚論ですな。

 「お前は難関大学を出ていないから僻(ひが)んでいるんだろう」という向きがあるかもしれない。難関大学を出たからではなく、まったくの難関でない艱難大学に行ったものであることを白状した上で、今になって、ぼくは、そもそも「大学」などというところに無駄な寄り道をしたことを深く後悔しているのです。高校時代の一時期、お決まりのように、ぼくは迷っていたのでしょう。大学なんかに関心を示さないで、早くから別の職業(福沢先生言うところの「実学」です)に就いていたらと、考えても仕方がないことに心を悩ませたことはあります。そのためかどうか、「人を刺す」ということはなかったのはさいわいでした。「親から過度な期待を受け、疲弊している子どもはいるかもしれない。強制されるからではなく自発的に学ぶことが大事」とコラム氏。語るに落ちた話とはこういうことを言うのでしょうか。いつ、どこで「強制されるからではなく自発的に学ぶことが大事」と、子どもは学ぶのでしょうか。家でも学校でも「自発的学んでいる」かもしれない子どもを叱責し、「怠け者」「劣等生」「勉強嫌い」「不適応」などと罵り、除け者にするのが社会の常ではなかったでしょうか。ぼくは親に感謝すべきこと、ありがたかったなあと思っていることがたった一つあります。「もっと勉強せなアカンやん」と、ただの一度も言われなかったことです。つまりは「自分で考えて生きるんやで」ということだったと、今でも感謝の念に堪えないのです。

 福沢さんの「学問のすゝめ」が、明治初期、ほんの一時期、文部省からも学校教材に推薦されはしましたが、即座に排除されました。その理由は明らかです。福沢流「学問のすゝめ」では、「帝国臣民」は育たないというたった一つの原因によりました。立身出世が慫慂され、故郷に錦を飾る有司(役人・官吏)こそが有意な人物だという、およそ開明的ではない価値観に世間は支配されたからでした。そこに被(かぶ)さってきたのが「教育勅語(儒教の教え)」だったのは言うまでもありません。そのような国策に学校教育が果たした役割は、今に及んで、人間性の阻害要因となっているのではないでしょうか。

 「他人を傷つける」ための理由は、なんとでも付けられます。アルベール・カミユというフランス人作家の「異邦人(L’Étranger)」(1942年公刊)では、主人公のムルソーが、友人との関係からアラビア人を殺害する事件を起こし、裁判にかけられる。その時「なぜ人を殺したか」と問われて、「太陽が眩(まぶ)しかったから」と答えた。この作品は「不条理(absurde)」が主題だとされています。ぼく(たち)もまた、この転々とする意識の流れとともに、一面においては人生の意味や価値の定めがたさに翻弄されてきたと正直に告白しておきます。カミユに代表される「不条理主義」の多くは、人生には確かに意味や価値があるはずだという思い込み(期待)があるのでしょう。その思い込みや願い・期待に影が差す時、激しく突き動かされるのかもしれません。他人を殺害するのに理由はいらない、「太陽が眩しかったから」、それで十分と、殺人事件を犯したり犯しそうになった人たちも、あるいは言えば言えたかもしれません。

 ぼくは平凡であり、俗物であるからか、「人生に対する期待」は可能な限り育てないようにしてきました。細(ささ)やか、倹(つま)しい、そんな生き方ができればいいなあと、ある時期から念じて暮らしてきました。その通りになったかというと、如何せん、生半可な人間肯定主義に囚(とら)われていますから、相変わらず厭世観や無常観に突き動かされれ、落ち込んだり沈んだりの繰り返しですが。

 真面目に知識を得ようとしている人、あるいは得てしまったと思っている人は、得てして悩みが大きく深いのではないですか。犬猫に比べるのはどうかと思いますが、動物一般は、悩み苦しみぬく存在でしょうか。該博な知識、宗教的真理に根差したとみなされた「智慧」は、よく「不条理」と対峙し得るのかどうか。悟りを口にする大人(たいじん・うし)の姿は、夜々、深刻な不条理や不合理に煩悶しないでしょうか。高学歴社会と銘打たれている、その看板には「嘘が大手を振って」と特筆大書されています。

 大事なことは、気分を変えることだし、新鮮な空気を血管に取り込むことじゃないですか。手を伸ばして、窓を開けようではないか。部屋の空気を入れ替えてみないか。あるいは「握っている拳(こぶし)」を開こうぜ。(左写真はカミユ)

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「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤(きせん)上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資(と)り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥(どろ)との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教(じつごきょう)』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役(りきえき)はやすし。ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。(初編)
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 端書 このたび余輩の故郷中津に学校を開くにつき、学問の趣意を記して旧(ふる)く交わりたる同郷の友人へ示さんがため一冊を綴りしかば、或る人これを見ていわく、「この冊子をひとり中津の人へのみ示さんより、広く世間に布告せばその益もまた広かるべし」との勧めにより、すなわち慶応義塾の活字版をもってこれを摺(す)り、同志の一覧に供うるなり。
 明治四年未ひつじ十二月  福沢諭吉  (岩波文庫版)

◎ 学問のすゝめ (がくもんのすすめ)=福沢諭吉の主著の一つ。1872年(明治5)より76年までに17の独立の小冊子として刊行され,80年に合本となる。体裁は必ずしもまとまったものではないが,主題という点では,一貫性が強い。現在の根本的課題は,人民が従来の卑屈・無気力な状態を脱却して,自由独立の気風を身につけるようにすることである。そうして初めて,日本の真の文明化と対外的自由独立が達成される。そのためには,人民が西洋風の新しい学問を学び,時と場に応じて何が重要かを判断し,行動する知恵と勇気をもつようにしなければならない。この主題をめぐって,日用に役立たない旧来の学問を否定して,〈実学〉が提唱されたり,人間平等の観念や契約説的国家論が説かれたり,政府が暴政を行う場合,人民はいかに行動すべきかが論じられたり(日本でこの問題を最初に論じたのは本書であろう),西洋の文物を導入する際,文明の外形ではなくて,文明の精神を摂取する必要があると説かれ,西洋の文物思想を盲目的に崇拝することが否定されたりしている。本書は同じ福沢の《文明論の概略》とともに,明治初年の啓蒙思想を代表する傑作である。(改訂新版 世界大百科事典マイペディア)

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➀ 地下鉄切りつけ事件 “テストの点数悪いと叱責された”供述 「東京メトロ南北線の東大前駅で起きた切りつけ事件で逮捕された容疑者が「小学生のころ、テストの点数が悪いと親に厳しく叱責された」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で分かりました。/警視庁は、親の教育方針への不満が事件の背景にある疑いもあるとみて、詳しいいきさつを調べています。/長野県生坂村の無職、戸田佳孝容疑者(43)は、今月7日、東京メトロ南北線東大前駅のホームで、大学生に包丁で切りつけてけがをさせたとして、殺人未遂などの疑いが持たれています。/これまでの調べで、動機について「教育熱心な親のせいで中学時代に不登校になって苦労した。事件を起こすことで、度が過ぎると子どもが犯罪をおかすようになると示したかった」などと供述していることが分かっています。(以下略)(NHK・2025年5月12日 12時52分)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250512/k10014803211000.html

千葉 中学3年生「誰でもよかった」と供述 通り魔的に襲ったか 11日、千葉市若葉区の路上で80代の女性が背中を刺されて死亡した事件で、殺人の疑いで逮捕された中学3年の男子生徒が警察の調べに対し「誰でもよかった」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で分かりました。警察が事件に至ったいきさつなどをさらに調べています。/11日夕方、千葉市若葉区の路上で近くに住む高橋八生さん(84)が背中を刃物のようなもので刺されその後、死亡した事件では、付近の防犯カメラの映像などから市内に住む中学3年の15歳の男子生徒が12日、殺人の疑いで逮捕されました。/調べに対し容疑を認めているということです。/また、高橋さんとの面識はなかったとみられ「誰でも良かった」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で新たに分かりました。(以下略)(NHK・2025/05/12)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250512/k10014803171000.html

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燃えるゴミは必ず指定のゴミ袋に…

【金口木舌】ごみを出すまいとの決意 名護市で生活して2年、ごみをなるべく出すまいと考えてきた。環境に配慮するという面もあるが、最大の理由は分別がおっくうだったからだ▼トレーに包装ビニール、生活するとどうしてもプラスチック類のごみが出る。中南部と比べ分別が細分化され、ごみの種類ごとに分ける必要があった。しばらくは10ページにわたる「ごみ分別早見表」で確かめながら分けた▼4月から新たな一般廃棄物処理施設が稼働し、ごみ分別が簡素化された。弁当の容器やビニール袋なども「燃やしていいごみ」として出せ、随分と楽になった▼ただ、そのひずみも起きているようだ。大容量ごみ袋を買い求める需要が増え、市内のスーパーのどこへ行っても売り切れ。市議会与野党それぞれの要請や提言を受けて、市は12日から指定ごみ袋以外でも出せるようにした▼2023年度に国民1人が1日に出したごみは851グラム。年々減少傾向だが、沖縄は全国平均を10グラム上回った。リサイクル率は全国平均以下だ。ごみの減量、再資源化は求められる課題。分別簡素化で生活の手間は減ったが「ごみを出すまい」との意識は継続しようと思う。(琉球新報・2025/05/13)

 当地に移住して以来十年余、「燃えるゴミ」を指定された曜日の朝、実にまじめに指定された場所まで出しに行きます。当初は独り住まいだったから、ゴミの量も少なく、収集所まで手で持って行っていた。自宅から少し離れているし、猫も増えて、出す分量もかなり増えてきてからは、情けないことだが、車に積んで出しに行く。ほぼ、6時半を外れることはまずない。どなたにも出会わないのがいいですね。といっても、近所には4~5軒ほどしか「お隣さん」はいませんが。この十年、毎回、ぼくがゴミ出しを担当している。いやではない。もちろん好きでもありませんけれど、「ゴミ屋敷」にはしたくないからというのはないが、とにかく、溜めることはしない。お金も含めて、何事も「溜めない」主義を貫いているといえるかもしれません。(この部分を書いている今、午前6時15分です。そろそろ出しに行かなければと、時間が気になる。「ゴミ」は前夜のうちに袋に入れておいてある)(左上写真「大坂此花区「舞洲ゴミ処理工場」)

 当初、最も驚いたのが指定ゴミ袋の値段が異様に高いと思ったこと。10枚入りで500円。そんなことに驚いてはいけませんよと、つい最近、ある自治体のゴミ袋の値段を知ったばかり。2千数百円だった。また、町内会に入っていない住人のゴミ収集所利用には年間1万5千円徴収されると聞いて、住民とは何ぞやと、大いなる疑問を持たされたばかりだった。ともあれ、10枚で500円ですから、一カ月以上は使えるから、「高いというな」と言われそうですけれど、「ゴミ袋が、一枚50円もするの?」という、素朴な疑問は残ります。(たった今(6時半)、出してきました。距離にして300mほどか。下り坂になっています)当地はカラスが多くいるし、猪その他の動物もいるので、各自専用の蓋付きゴミ容器を供えており、毎朝(火・木・土)それに入れて保管しておく。回収車が8時半に回収に来るという段取りです。

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 ごみステーション使用料1万5千円判決に不服…自治会退会の福井の男性「270円だと主張していく」 高裁金沢支部に控訴 自治会(町内会)の退会を理由にごみステーションの使用を禁じられたのは違法だとして、福井県福井市の40代男性が使用する権利の確認などを求めた訴訟で、男性は5月12日、年1万5千円の支払いを条件にごみステーションの使用権があると認めた福井地裁判決を不服として名古屋高裁金沢支部に控訴した。/訴状などによると、男性の世帯は2023年3月、町内会の運営方針に不服があり退会し、ごみステーションの使用を禁じられたが、福井市民としてごみ収集の行政サービスを受ける権利があると訴えた。(⇙)

 一審で男性は、ごみステーションの維持管理費や世帯数を考慮した年270円が適正料金と主張。町内会側は、町内に住んでいないが空き家を所有する場合の町内会費が年2万2千円であることなどを考慮し、年2万4千円を提示した。/4月の一審判決は、町内会の区域に住む人は会員に限らず町内会活動の公共的利益を受けており、ごみステーションの管理費用では足りず、町内会活動を存続・維持するための費用も考慮する必要があると指摘。金額については、会員ではない住民に負担を求める町内会の活動経費を算定し、世帯数で割った年1万5千円が相当とした。/男性は福井新聞の取材に「ごみステーションの利用料金は年270円だと主張していく」と話した。(福井新聞・2025/05/13)

 それにしても、買い物の度にたくさんのゴミ(パック類・包装紙など)が出るのを見ると、肝をつぶすばかりです。プラスチック容器・ペットボトルなど、あらゆる商品は、最終的には燃えるごみとして出される、ますます増えるのは避けられないのか、当然なのかと考えてしまいます。そんなもの(プラスチック容器類)がなかった時代を経験している者として、「便利は不便」という逆説をいつでも味わっています。拙宅には手作りのゴミ焼却場がありますから、多くはそこで処分できるが、それがなければ、どれだけのゴミの量とゴミ袋の料金がかさむか、と考えるだけでゾッとします。これまでに、何度か、ゴミ処分場に出かけたことがありましたから、あらゆる家庭ゴミとして処分されるものの最後の姿を何度も目にしています。だから、ゴミ回収に関わる人の身になってゴミを出すことを自分なりに厳してく意識するのが癖になっています。

 それにしてもこの社会は「ゴミ(でできている」社会」だと痛感している。なんとただ今は「万博会場」がゴミの埋め立て地で開催されているのです。「ゴミさまさま」ですね。メタンガス等も遠慮なしに噴出している中での「ぜんぶのいのちと、ワクワクする未来へ。 (Towards a brighter future for all)」をタグライン(売り文句)とし(はっきり言って、大阪府市は冗談のつもりで決めたと、ほくは思う)、「いのち輝く未来社会のデザイン」(これはマジで悪い冗談だ)という大テーマののもと、まさにゴミ社会のミライの実験場として、命の危険も顧みないで開かれています。空恐ろしいことを実験しているんですね。デモフライト中、「空飛ぶ車」のプロペラが壊れるなんて、冗談が過ぎる。

 皮肉などではなく、まさにゴミ問題は、ぼくたちの過去・現在・未来・を貫く終わりのない(endless)課題だということでしょう。上に掲げた「ごみの種類」のすべてが、何年にもわたって海洋投棄され、その挙句に作られた、「獄門島」ならぬ「ゴミ埋め島」、それを誰が名付けたか、「夢洲(ゆめしま)」と読ませるとは、なんと阿漕(あこぎ)(*)の沙汰ではありませんか。東京にも「夢の島」があります。どうして、性悪行政は「臭いものに蓋」をかぶせたがるのでしょうか。ゆめゆめ、「言葉」を含めて「綺麗」を装った偽装には注意したいですね。言葉の絡繰(からく)りをもっとも工夫するのが政治や行政かもしれない。政党名や法律の名称などにもそれがよく出ている。(一例、自由民主党・公明党・国民不倫党などなど。政治資金規正法なども、本来は「(内部からの)「規正」ではなく。「(外部からの)規制」でしょ)

*阿漕(あこぎ)「[名・形動]《禁漁地である阿漕ケ浦で、ある漁師がたびたび密漁をして捕らえられたという伝説から》「阿漕のあまの—にも過ぎにし方を思ひ出でて」〈浄・丹波与作〉 しつこく、ずうずうしいこと。義理人情に欠けあくどいこと。特に、無慈悲に金品をむさぼること。また、そのさま。「—な商売」「—なまねをする」 たび重なること。「阿漕のあまの—にも過ぎにし方を思ひ出でて」〈浄・丹波与作〉」(デジタル大辞泉)

 あらゆるゴミを投棄してできた、まさに夢現(幻)の、浮沈・浮遊する島ですね。この国は。いまもなお、完成する目途の立たない核燃料廃棄物最終処分場つくりを装っては時間稼ぎ。青森六ケ所村を筆頭に各地で四苦八苦して「(核の)ゴミの島」、つまりは「隠島(かくしじま)」づくりが膨大な資金を投入して終わりのない事業として、あてどなく漂流しつつ、自他を騙してまで埋め立てられ、掘り起され作業が続けられている。何万年か後、かつての「日本劣島」は「ゴミ(産業廃棄物)によって作られた島だった」と確認(再発見)されるでしょう。ごみを出さないことは不可能ですから、ぼくたちがゴミ問題で為しうる最良の義務(行動)は、可能な限り「ゴミを出さない工夫」をすることです。それに関して何ができるか、まことに心もとありませんが、何時だって、家庭ゴミ袋にゴミを詰めながら、そのゴミ袋を回収所まで運びながら、ぼくは一人で愚考している。

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母よー淡くかなしきもののふるなり

 昨夜来の雨が朝も続いています。小降りとはいえ、静かに降る雨は、また木々や草花を息づかせるでしょう。昨日除草したばかりの庭の草がまた新しく、青や緑の色を濃くしている。まるで「梅雨」かと錯覚しそうな朝空の景色ではあります。外気温はもちろん20℃は下回っている。

 本日のコラムは、東京新聞の「筆洗」で、久しぶりの引用です。昨日の続きのような具合になりましたが、こんな文人たちは、もこの世にはいないのだという、あたら懐旧の情に絆(ほだ)されたわけ。登場している三人とも、ぼくは割と真面目に読んだ。それぞれに読んで教えられたというような先人たちでした。三人三様の「母の日」があるというのがとても面白いと思う。河上さんは岩国藩の家老職を勤めた家柄だったという。造船技師だった父の関係で長崎でま生まれた。文芸評論を盛んに展開した人。ぼくは彼の書かれた「吉田松陰」をとても面白く読んだ。音楽にも造詣が深かった。母親の「徹チャン」は文壇では有名だった。

 三好さんは大阪の人。事情があって陸軍幼年学校を出たが、最後は帝大仏文科卒。なんといっても昭和五(1930)年発表の「測量船」は圧倒的な内容をもって文壇に異彩を放った。ぼくは若いころに、かなりイカレたことを白状する。朔太郎とは義理の兄弟ではなかったか。ぼくが大学入学した4月に、その訃報を知ったのでとても印象深く、その後は、彼の仕事を真面目に追っかけていたことを思い出します。

 井伏さんは、広島は福山の人。彼の文化勲章授賞が決まったとき、存命だった母に電話をした。「お前は、今何をしているのか」と尋ねられた。「まあ、文字やなんかを書いている」と答えたら、母親は「字を書くときはきちんと辞書なんかをよく見て書かなきゃだめだ」と諭されたという。時に鱒二先生(1898年生まれ)は古希寸前だった。井伏鱒二という人の正体が分かるような気がしたものです。

【筆洗】作家の井伏鱒二が随筆の中で文芸評論家、河上徹太郎の母親の話を書いている。ある夜、井伏と詩人の三好達治が山口県岩国の河上の家で夕食をごちそうになったそうだ▼河上のお酒がなくなるたび、お母さんが「徹ちゃん、飲む?」と聞く。河上が「うん」と答え、母親がお燗(かん)をつける。こんなやりとりを井伏と三好はこの夜のうちに何度も聞かされた▼翌朝、汽車で井伏と2人だけになった三好がこぼした。「徹ちゃん、飲む? うん。-見ちゃあいられないねえ」。この話に井伏はこんなオチを付けている。三好は岩国から東京へ帰る予定だったのにどういうわけか大阪の駅で降りてしまったという。「そのころ三好君のお母さんも大阪で健在であった筈(はず)である」-▼文句を言っていた三好も自分のお母さんに会いたくなったか。本日、母の日。三好の母を思う詩を思い出す。「-海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる」▼少子化時代といわれて久しい。それは取りも直さず「少母化」の時代でもある。経済事情や仕事と子育ての両立の厳しさ。時代が母になることをためらわせている▼「神はどこにでもいるわけにはいかない。ゆえに母たちをつくった」。欧州の格言という。母の子どもへの愛情は神に等しく、それが世の中を照らしているというのだろう。神さまの「代理人」が減っていく時代がなんとも心細い。(東京新聞・2025/05/11)

 三者はそれぞれに、お互いの付き合いを持っていました。井伏と三好、三好と河上、河上と井伏。その交わりを後世はとても羨ましく思ったものだが、それを書くときりがありません。「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」という、三好さんの詩について、井伏さんは「青い鳥は、そこ(眠っている部屋)にいるんだ」と指摘したことにぼくは肝をつぶしました。ここに小林秀雄さんを並べると、どういうことになるか。それはまた、日本が経過していた時代そのものが「青春」だったことを示すでしょう。その「青春」「青臭さ」をあからさまに感じさせるのは、何歳になろうとも、男の子の抱く、母親への合体というか、一体感だったと思うのです。「いくつになっても子どもだ」という、「母子の柵(しがらみ)」というものを痛烈に感じているのです。

 「神はどこにでもいるわけにはいかない。ゆえに母たちをつくった」という神に似た母の懐に抱かれた子どもたちは、何の因果か、今は「針の筵」に座らされているかのごとく、実に鬼子母(訶梨帝・かりてい)のような母に身をあずけるほか余儀ない子どもたちの限りない悲しみ、所在なさに、ぼくは我が身のほどを重ねつつ、激しく打たれ続けている。

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「徒然に日乗」(743~749)

〇2025/05/11(日)終日好天に恵まれたというべきか。昨日からは一変、といった天候だった▶庭作業を再開する。前庭の植え込みの整理。垣根にしている躑躅(つつじ)の剪定、その他。もう一方の垣根用の槙(マキ)の剪定をも予定していたが、思いのほか陽射しが強く、やむなく中断した。その後に少しの休憩を入れて作業を進めたが、まったく捗(はかど)らなかった。これからはますます高温に悩まされることになるが、決して無理・無茶をしてするような仕事(作業)ではないのは確かだ。(749)

〇2025/05/10(土)昨夜来の雨が午後まで続く。雨脚は強くはなかったが、庭作業をするには具合は悪かった。前日までは気が付かなかったが、前庭の植え込みの中から、二本の「若竹」が背を伸ばして育っているのが見えた。文字通り、雨後の筍か。お昼前に買い物、茂原まで。家飲みの緑茶がなくなりそうなので新規に買うつもりだったが、何時もの品物が、包装を新たにしてかなりの値上げ。2~3割は上がっていると思う。それにしても、何時までも続く「物価高」か。羽が生えたように、一万円があっという間に消えてゆく。帰路、何時ものH.C.で猫のドライフードも購入する。ここでもまた値上げしていた。何年も続くような高物価時代、小生は初めて経験する気がしている。この先もまだまだ続く気配(予感)がしている。「値上げの時代」というものがあるのだ。(748)

〇2025/05/09(金)はっきりしない天候。今にも振り出しそうな日だったが、夜になるまで、雨だけは降らなかった。予報では深夜から明日の午前中まで、かなりの降雨があるという。本日の庭作業はお休み。やってやれないことはなかったが、少し溜まっていたごみの焼却だけをやって、本格的な庭作業は、明日以降に回した。▶昼前に買い物で茂原まで。いつも利用するスーパーはかなり混んでいた▶「自民党の西田昌司参院議員は9日、国会内で記者会見し、「ひめゆりの塔」(沖縄県糸満市)の展示内容を巡る自身の発言について、「丁寧な説明なしにひめゆりの塔の名前を出したこと自体、非常に不適切だった。沖縄県民、ひめゆりの塔の関係者におわびを申し上げる。発言は訂正削除する」と謝罪した」(毎日新聞・2025/05/09)そもそも、沖縄に関する発言自体が虚偽だったうえに、彼の歴史認識も極めて怪しいものだったのだから、発言のかなりの部分を撤回しなければ問題の隠蔽にしかならないし、発言の一部だけの撤回で事が済む問題ではないと思う▶夜の九時過ぎから雨が降って来た。(747)

〇2025/05/08(木)午前10時過ぎに猫缶購入のためにあすみが丘へ。少し、別の商品を試みに買ってみる。好き嫌いが多い商品だから、これまでのものと混ぜ合わせて、それぞれの好みに応じて、という具合。いつも行く茂原のS.M.より、土気のS.M.の方が何倍か大きいと思うが、それにしても多くの客で混雑しているのが駐車場の台数でわかるというもの。個人商店が皆無だから、自然にS.M.に偏るのも仕方がないのだ▶帰宅後、庭作業。昨日の続きと、家の前の空き地や道路沿いの除草作業を気持ちばかりやった。これまで一人で空き地の除草などをしていたが、一年休んだために、おそらく桑の木だろうと思うが、かなり数多く成長して、とてもこれまで通りに仮払い機だけで作業が進められなくなってしまった。さらに、以前から少しずつ侵食していた竹がかなりの数を増やしている。これも切るのはなかなかの手間がかかるので、これまで通りにきれいに刈り取るとはいかないようだ。言うまでもなく、ここは他人の土地。越してきた当座、此の空き地を購入してみようかという気にもなったが、道を挟んでいるので、結局、購入するのを止めた因縁のある「他人の土地」だ。(746)

〇2025/05/07(水)天気は良好だった。風もなく、日差しは穏やかで、午前中は庭作業に時間を費やした。花壇の整地と囲いのブロック積み。多くは大谷石を使った。また、前庭の枝垂れ桜の根元に土を盛り、それが雨で流されないようにピンコロで円形状に囲う。石の間にセメントを詰めて少しは補強をしたつもりだったが、もう少していねいにセメントを加えて固めておく必要があるだろう。さらに植え込みの雑草やササを除草し整理した。なかなか大変な作業で、本日は2時間ほどもやっただろうか。まだまだ積み残しがあるし、裏庭の方も除草は五分の一くらいしか進んでいない。この後も懸案の大きな作業が残されている▶一週間ほど前から帰ってこない♂猫がいる。この子は少し前にも3~4日ほど帰ってこなかったし、帰ったはいいが、左頬を大きく傷つけていた。恐らく喧嘩をしたのだと思う。化膿止めを飲ませ、消毒液を点けて、少し様子を見ていたが、具合がよくなったのか、外に出て行ったまま、いまだに戻ってこない。以前には10日程戻ってこなかった♀猫もいたので、近いうちに戻ってくるだろうと待っている。時々、林などを覗いてみるが、そこらにいるという気配はいささかもないので、大いに気にはなっている (745)

〇2025/05/06(火)朝から雨天。外気温度も20℃を下回っている。本日は連休の最終日だという。各地で、何時もながらの高速道の大渋滞がみられたし、新幹線等も混雑するという、見慣れた風景▶外出はしないで、家にとどまりつつ、徒(いたずら)に時間を過ごしていた▶まったく関心はないが、午後1時ころ、大阪の万博会場で「メタンガス噴出」というニュースが流れた。事故には至らなかったし、空中放出をしたので「安全」だというらしい。大事故につながらなければいいが。あからさまな「汚れた政治」の典型が堂々と国費や市税・県税を飛翔して「でっち上げ」られているのだが、この後始末は誰がするのだろうか。寂れ切った、崩壊に瀕した村落に、ど派手な祭りを持ってくるようなバカ騒ぎだと、この後には、初任には無関係、あるいはほとんどの日本人にも無関係の「カジノ(博打)」が「御開帳」を控えているという断末魔。(744)

〇2025/05/05(月)「本日は子どもの日」という、実質は「男の子の日」でした。その証拠に「女の子の日」は別に設けられている、「雛(ひな)祭り」がそれ。英語でも男(man)と女(woman)は別の単語が用意されている。「男(人間)」から「女」が作られている。聖書をなぞったのだろうか。Humanは「男の」であり、それが「人間の」と同義となっている。この辺の子細は駄文録で詳述している▶午前中に買い物、茂原へ。帰宅後、庭作業。本日はかなり手広く進めた。裏庭と表庭の雑草取り、少しずつ。次いで、前回やりかけていた小さな花壇(のようなもの)の整備。石で囲い、土を掘り返しておく。さらに、庭木の何本かにはピンコロ石で囲い、そこに新しい土を入れておく。肥料や土が雨・水遣りで流れないため。この養生が必要な木は、前後庭を合わせて10本ほど。なんとか、今の作業中に終わらせたい。徐々に高温状態が始まってきたようで、水分補給とともに、無理をしないことが肝要だ、と自戒。(743)

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「母の日」に漫然と湧く雑感です

◎ 週の初めに愚考する(六拾九)~ 齢八十を超えて「母」を想い、何の用意もなく「母の日(5月11日)」に遭遇します。取り立てて何かを痛切に感じるというのではありません。けれども、ぼくにとって「母の日」とは何だったかと、事あらためて思い至らないこともありません。あえていうなら、毎日が「母の日」だよ、と言ってみたくもある。母が亡くなって九年目に当たるでしょうか。その間、ただの一度も母(と父)の墓参りに出かけたことはない。京都の地にあるのをいいことに、すっかり父母の恩を忘却していると言われそうで、我ながら、今なお「親不孝」を続けているという意識が疼(うず)きます。いつだったか、姉から預かった両親の位牌を小さな仏壇のようなところに据えて、毎朝手を合わせてはいるのですが。

 誰が決めたのか、「母の日」の花はカーネーション。古来、女性の別称(美称ですか)として用いられてきた「ナデシコ(撫子)」の一種でもあります。愛おしく「撫でし子」からつけた名だという。今でも、母の日を前にして、街中では「カーネーション」が溢れているのでしょうか。誕生日と花、その花言葉などなど、ぼくにはまったく無縁の「世間のしきたり」なんですが。ぼくは、母が存命中、「母の日」を知らないわけではなかったが、取り立てて何かをしたという記憶はない。高校を卒業して家を飛び出したから、いつも父母を想うのは「遠くにありて」でした。特別に親孝行でもなかったし、同時に親不孝もしなかったと、勝手に思い込んでいますが、何かの拍子にぼくはとんでもない『ワル(悪)』になっていたかもしれないと、考えただけでもぞっとすることはしばしばでした。極悪人にはならなかったかもしれないが、人間として恥ずかしい間違いや過ちを何時だって犯していた(起こしていた)「クズ」だという自己規定、それを思い出すだに、身が縮んだことが何度もあった。幸いにして(偶然にも)、そうならなかった(と、これも思い込んでいるだけだが)のは、ぼくにとっては「幸運」そのものだったと、今でも身震いしながら思っているのです。

 そんな自分の危うさ・脆(もろ)さを、何時だって後ろから支えてくれたのは母だったと思うと、泣きたくなるのです。取り立てて言うべきもの、するべきものを持っていた人間ではなかった母だったが、そのこと(「特別」ではなかったということ)を貴重なものとして考えられるようになったのは、さて、自分も不惑を超えたころからだった気がするのです。四十にもなって、「平々凡々」という態度の示す「大切さ」を教えられたといってもいい。今でも、母親のことを想うと、なにか「気恥しい」感情が先に立つのはどうしてなのか。愚かな息子だからこそ、余計に気を配ってくれたという感謝の念は、おそらく、ぼくにはとても強いものがあったと今にして実感している。他の兄姉弟と比べて、と言うのではありません。ぼくのひとり合点であります。

 彼女は百歳で亡くなりました。八十を過ぎるころ、当時、母は一人暮らしをしていたが、まだまだ元気だった。そんな時、姉のひとり(もう一人の姉は、今年の3月末に亡くなった)から、いずれ、「母の世話を任せるからね」と言われたことがあった。ぼくに抵抗や異論のあるはずもなかったが、一緒に住む機会もなく彼女は亡くなった。親父は早くに亡くなっていた(1988年11月)から、ほぼ三十年の間、母は一人暮らしをしていたことになる。他の兄弟姉妹は、歩いて通える、あるいは車でいくらもかからないところに住んでいたから、まったくの孤立(一人)状態ではなかったが、それでも三十年の間、「この方が気が楽や」といいつつ生活していたのです。

 親子、父子、母子、それぞれの関係について、特別に考えるまでもなく、実に奇遇だし奇妙だと思う。家制度などという「古い箱」に閉じ込められていた時代から、それぞれが「自分流の箱(まるでカタツムリのようだ)」を持つ時代になった親子関係もまた、ここにきて、ますます漂流状態を続けているのでしょうか。ぼくには家制度の柵(しがらみ)も懐かしさも微塵もありませんが、親との関係は否定しようもなく、厳然とぼくの意識を縛ってもいる。ことに母親とのつながりは、今になってなおさらに強いものがあるようで、母親のことを想うと、込み上げてくるものがあるのを隠しようもありません。こんな他愛もない事々を思い出しつつ駄弁っている「母の日」近辺であります。

【卓上四季】おかあさん おかあさん。だれもが知るこの言葉が広まったのは、思いのほか新しい。明治30年代に文部省がまとめた小学校の国語教科書があった。そこで使われたことがきっかけらしい▼そのころの東京で一般的だった「おかかさま」と「おっかさん」。両者の間をとったようだが、最初は不人気だった。そんな説を金田一春彦さんが随筆で引いている▼「ねこふんじゃった」「サッちゃん」で知られる阪田寛夫(ひろお)さんに楽しい詩がある。母親のことをどう呼ぶのか。各方面にアンケートをした体裁をとった▼<おむすびやさん おかか/ちゅうかりょうりやさん ちゃーちゃん/かぎやさん カチャン/からす カーチャン/ガラス ガチャン/おさけ おかん/おこうちゃ おかあちゃま/みかん ママレード>…。ご覧の通り、駄じゃれのオンパレードなのだが、それぞれのやりとりを想像すると、うふふと笑ってしまう▼こんなふうに呼べる穏やかな結びつきもあれば、そうではない場合もあるだろう。関係はさまざまでも、星の数ほどいる女性のうち、たったひとりを母として世に生まれてきたことはだれしも同じだ▼阪田さんの詩はこう結ばれる。<パラシュート おっかさん/あり ありのまま>。ありのままで向き合って、ねぎらったり感謝したりできたならすてきだろう。きょうは母の日。(北海道新聞・2025/05/11)
【小社会】母の日 日本女性の美称に「大和撫子(なでしこ)」がある。奥ゆかしさなど男性目線の女性像が多分に込められてきたが、いまは印象も多少違うだろう。■1980年代、小泉今日子さんの曲「ヤマトナデシコ七変化」が大ヒットした。活発で奔放な女性の心を歌い、古い価値観への抵抗も感じる曲だった。いまも歌に、芝居にと活躍する小泉さんには女性ファンも多い。■撫子とは元来、秋の七草のナデシコを指す。花はかれんでも野草なので強く、たくましい。サッカー女子日本代表は「なでしこジャパン」の愛称で知られる。大和撫子から取ったらしいが、活躍ぶりはナデシコに負けない。■こちらは古い価値観のままではないだろうか。結婚後の姓。日本は世界で唯一法律で夫婦同姓を定める。夫か妻いずれかの姓を名乗ればよいが、実態はいまも94%超が夫の姓。若い世代の結婚の障壁にもなっているという。■法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を提言したのが約30年前。家族の帰属意識を損なうなどとの声に押され放置されてきたが、昨年ついに経団連が導入を求めた。「世の中は大きく変わっている。国会でスピーディーに議論してほしい」。立憲民主党が先日、関連法案を提出した。与野党とも論議へ足並みがそろわず厳しいが、今度こそ真摯(しんし)な議論を求める。■きょうは「母の日」。カーネーションもまたナデシコの仲間だ。母への感謝、家族の在り方を改めて考えたい一日である。(高知新聞・2025/05/11)

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“Against stupidity we are defenseless.”

新ローマ教皇にプレボスト枢機卿 初の米国出身(CNN) 新しいローマ教皇を決める秘密選挙「コンクラーベ」が8日、前日に続きバチカンのシスティーナ礼拝堂で行われ、米国出身のロバート・フランシス・プレボスト枢機卿(69)が選出された。教皇名は「レオ14世」。初の米国出身の教皇となる。
教皇が選出されたことを知らせる白い煙がシスティーナ礼拝堂の煙突から上がり、ほどなくしてプレボスト氏がサンピエトロ大聖堂のバルコニーに姿を現した。広場に詰めかけた大勢の信者を前に、プレボスト氏はまず「平和が皆さんとともにありますように」と語りかけた。また、「橋を築き」、対話するカトリック教会にするというビジョンを示した。
世界に約14億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の267代目の教皇となるプレボスト氏はイリノイ州シカゴ出身。南米で長らく宣教活動を行い、ペルーのチクラヨで司教を務めた。2015年にはペルー国籍を取得している。
先月死去した前教皇フランシスコによって23年にバチカンの司教省長官に任命され、ローマ・カトリック教会の司教の選任などを担当する組織を率いてきた。プレボスト氏は前教皇の改革路線を引き継ぐことが予想される。
初となる米国出身の教皇の誕生を受けて、トランプ米大統領は「米国にとって大変な栄誉」と歓迎した。(CNN・2025/05/09)

 アメリカ出身で初のローマ教皇が選ばれたという。「レオ14世」。米国では、現時点で二人の「ローマ教皇」が併存することになります。片や正式(公式)な選挙(コンクラーベ)で選出された本物、もう一方は自称する「ローマ教皇(になりたい)」です。ぼくはいかなる宗派にも属さない、凡俗(俗人)でありますから、取り立てて新教皇誕生にも、「詐称教皇」にも親近感も利害関係もありませんから、単なる岡目八目の姿勢を取るばかりです。とはいっても、その影響力の大きさに関心は寄せているのも事実。AI(人工知能)があらゆる領域で脅威や猛威を振るう時代、さらにこの先の「進化」が確実視される時代、ローマ教皇が世界に二人いようが、米大統領が何人いようが、ぼくは驚きません。現に、現職大統領は、前回の選挙で負けたが、選挙(投票)は盗まれたと言い張り、負けても、負けを認めないまま四年間「大統領」であり続けていた御仁ですから、これからは、AI技術を交えて、いよいよ「真贋論争」喧(かまびす)しく、「真贋併存」活況時代に突入することでしょう。(左上写真:サンピエトロ大聖堂のバルコニーに姿を見せた第267代ローマ教皇レオ1世/Dylan Martinez/Reuters・CNNの同上記事より)

 少し古くなりますが、本年1月のニューヨークタイムズ紙に、とてもシニカルで、かつ正鵠を射ていると思われる記事が出ていたので、P.C.内に保存しておきました。時々、その内容をつらつら熟読するという習慣がついているほどです。タイトルは「The 6 Principles of Stupidity(愚劣さの6つの原理)」、著者は同紙の高名なコラムニスト・David Brooks さんです。(https://www.nytimes.com/column/david-brooks

 今では、彼の書く記事(コラム)を読むのが楽しみになっているほどです。批判の利いた、こんな新聞記事が月に一篇でもあれば、喜んで購読料を払うものです。ぼくの素人見立てでは、現職米大統領は任期を全(まっと)うできないだろうと踏んでいますので、現職中に、このコラムを紹介し、アメリカの分断された政治状況、怪しい権力支配の成り行きなどについて、卑見の一助にしたいと願っていました。

 就任100日を経過する過程で、現大統領は議会を開かないで済む「大統領令」(行政命令・行政委任立法)を矢継ぎ早に連発してきましたし、現に各国に対して「高い相互関税」の投網をかけては、大小さまざまな獲物(なかには高級魚もあれば、取るに足りない雑魚もあるでしょう)をせしめようとしています。いわゆる十八番の「ディール」という「絡繰(からく)り」の大一番と言ったところ。強請(ゆすり)集(たか)りはお手の物、相手に天井を向かせておいて、その隙に桁繰りを打つという卑劣な手法が身についているのでしょうか。米大統領は、ひたすら「自己肥大(偉大)妄想」に罹患しています。これにつける薬はないのですから、この先しばらくは、アメリカは言うまでもなく、繋がりを持つ各国は、彼の傍若無人の振る舞いに戦々恐々とするほかないでしょうね。でも心配するには及ばないという気もします。

 まず、彼におべっかを使う取り巻きは、その求心力の衰弱を神経をすり減らして感得する能力はあるからです。「大正、焼きが回ったな」と見て取るや、われ先に「沈没しつつある船」から飛び降りるでしょう。みんな救命胴衣は用意ているのです。分断されていた大衆も、自分に戻るはずです。とんだ加わ世者だったが、どうして彼なんかにイカレタのかと自らに不信の念を抱くでしょうから。「彼は裸の大将だった」が、その実、自分も身に何も纏っていなかったと気が付くのです。この状況は、「ロシア独裁政権」を凝視していれば、はっきりと見えてきます。その辺の事情については、次回以降の駄文で綴るつもりです。

 ブルックスさんは、そんな大統領のパフォーマンスを「愚か(愚劣)」と、一刀両断の勢いで切って捨てるといった風情です。(一気に「6原理」を論じたいのですが、少々長談義になりそうなので、本日は、その「1,2に」止めたい。残りの「原理」は折を見て)

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The 6 Principles of Stupidity David Brooks The New York Times Company  Jan 31, 2025

This Trump policy was like trying to cure acne with decapitation. Nobody seems to have asked the question: If we freeze all grant spending, what will happen next? Once the ramifications of that stupidity became obvious, Trump reversed course. And this is my big prediction for this administration: It will churn out a steady stream of stupid policies, and when the consequences of those policies begin to hit Trump’s approval rating, he will flip-flop, diminish or abandon those policies. He loves popularity more than any idea.
But it is still true that we’re going to have to learn a lot about stupidity over the next four years. I’ve distilled what I’ve learned so far into six main principles:(大意:トランプの政策は「首を切ってニキビを治そう(trying to cure acne with decapitation)」とするようなもの。「補助金カット」をすれば、次に何が起こるかだれも考えつかなかったようだ。だが評判が悪くなれば、トランプはすぐに態度を変える。(原理も哲学もないのだから)彼は何よりも「評判(人気)」を気にするだけの人間。政策なんか、評判を得るための手段で、注目を集めるなら、内容(政策)は何でも構わないのだ)


Principle 1: Ideology produces disagreement, but stupidity produces befuddlement. This week, people in institutions across America spent a couple of days trying to figure out what the hell was going on. This is what happens when a government freezes roughly $3 trillion in spending with a two-page memo that reads like it was written by an intern. When stupidity is in control, literature professor Patrick Moreau argues, words become unscrewed “from their relation to reality.”(大意:原則1:イデオロギーは意見の相違を生み、愚かさは混乱を生む。政府が約3兆ドルの支出を凍結すると、混乱事態に陥ることなるのは分かりきったこと。文学教授のパトリック・モローは、愚かさが支配すると、言葉は「現実との関係から切り離されてしまう」と論じる)(おそらく、いくらなんでも、こんな乱暴な政治手法や政策実行が受け入れられるとは、当の教皇(強硬・凶行)兼大統領でも考えてはいなかったと思う。山埜註)


Principle 2: Stupidity often inheres in organizations, not individuals. When you create an organization in which one man has all the power and everybody else has to flatter his preconceptions, then stupidity will surely result. As German theologian Dietrich Bonhoeffer put it: “This is virtually a sociological-psychological law. The power of the one needs the stupidity of the other.”(原則2:愚かさはしばしば個人ではなく組織に内在する。一人の人間が全権を握り、他の全員がその人物の先入観におべっかを使う・迎合するほかないような組織を作れば、必ず愚かさが生まれる。ドイツの神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーはこう述べた。「これは事実上、社会心理学の法則である。一方の権力は、他方の愚かさを必要とする)(残りの「原則」に関しては別稿で)

Bonhoeffer notes, “Against stupidity we are defenseless.” (「私たちは愚かさには無防備なのだ」とボンヘッファーは記す)

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◎ ボンヘッファー(Dietrich Bonhoeffer)生没年:1906-45=ドイツの牧師,神学者。ブレスラウに生まれ,チュービンゲン,ベルリン等の各大学神学部で学ぶ。1927年に学位請求論文として書いた《聖徒の交わり》という教会論で早くも天才的な洞察力を示した。30年からアメリカに渡り,R.ニーバーらのもとで学んだ。31年,ワイマール体制末期のドイツに帰り,ベルリン大学私講師に就任。ナチズムがしだいに台頭してくる情勢のなかで,世界教会運動のために活躍していたが,33年にヒトラーが帝国宰相の座につき絶対的権力を握るに及んで,いち早くその悪魔的性格を見抜き,やがてナチ政権の教会干渉とそれに対抗する教会の抵抗運動の進展するなかで,〈ドイツ教会闘争〉の一員として活躍。35年には,〈告白教会〉の創設したフィンケンワルデにおける非合法牧師研修所の責任者として,若い牧師たちの養成に当たったが,それもやがて閉鎖された。その後一時アメリカに渡ったが,第2次世界大戦開始直前に帰国。しだいに直接的な政治的抵抗運動に接近し,43年にゲシュタポによって逮捕される。2年間の獄中生活の後,45年4月,ナチス崩壊の直前に刑死。彼は現代における殉教者としての生涯を送っただけでなく,その提起した神学的問題は,戦後世界の教会への大きな刺激と問いとなっている。日本の教会も,その例外ではない。(改訂新版 世界大百科事典)

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講釈師、見てきたような嘘をつき

 件(くだん)の参議院議員を「講釈師」というのではありません。嘘やはったりをかますレベルは講釈師の比ではないからです。一連の報道を見ていて痛感するのは、典型的な「見てきたような嘘」しか述べていないような、生半可な歴史主義(観)を固守しているばかりという印象しか抱けないのです。この議員さん、本当に「ひめゆりの塔」、あるいは「平和祈念資料館」を訪問したかどうか、ぼくには疑わしく思われます。国会議員(2007年)になる前、「何十年か前に」「ひめゆりの塔」かどこか、近辺の展示場所に行ったらしいが、何を観たか、何を聴いたを含めて記憶はあいまいだという。こんないいかげんな話を喋る時期も場所もわきまえていないのが、この手の選良(「選ばれたすぐれた人。特に、選挙によって選び出された代議士のこと」(デジタル大辞泉)の「十八番(おはこ)」、得意技。「選ばれた」は確かだが、「優れた」というのは事実とは違いまっせと突っ込みたくなります。いかにも厚顔であり、無知・無恥であり、ですね。加えて、沖縄(歴史や県民)に対する侮蔑すら感じさせるとは、放置はできない事件ですよ。

 「大きな流れとして、沖縄で日本人を守るためにたくさんの犠牲が出て悼むと同時に、そういう戦争がなぜ起こったのかをもう一度考えないと沖縄の方々が救われないという趣旨の話をしたが、違う形で切り取られた」 「要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという文脈で書いている」(琉球新報)「発言の根拠となる展示や説明物については国会議員になる前に塔の近くの洞窟のようなところで見たとし『一つ一つは覚えていないが、その時に明確に違和感のある印象を受けた』と説明」(京都新聞)誤った事実認識を堂々と「公言するのが政治家」だとすると、この議員はその代表であり、典型となる人物です。「(この発言で)傷つけたなら遺憾」、傷つく人がいることを承知して発言しているのであって、「Nさん、よくぞ言ってくれました」と仲間内からの喝采受けを狙ったんですね。それにしてもなんという弁解でしょうか。「弁解」が聞いたら泣きますよ。

 「撤回はしない。事実ですから」と議員派の他ますが、その発言のどこが事実ですかと、問いたいね。「発言の根拠となる展示や説明物については国会議員になる前に塔の近くの洞窟のようなところで見たとし『一つ一つは覚えていないが』」(京都新聞』と自身で断っているにもかかわらず、「事実ですから」という。いったい何を指して「事実」というのでしょうか。覚えていないが「その時に明確に違和感のある印象を受けた」という、その曖昧な印象、自分の歴史観とは異なる「明確な違和感を受けたというのが事実だというんでしょうか。それならば、そう言えばいいじゃないかというばかり。自分の印象を「歴史事実」と混同していても務まるのが政治家だというなら、狸や猿でも国会議員が務まるだろうね。

 「(現段階では)発言は撤回しない」と断言するのも、潔くないし、そこらにごまんといる、ありふれた政治家そのものでしょう。いずれ「取り消す」ことになるのですから、今のうちに自ら、訂正(修正)をし、撤回した方がいいと、ぼくは思うが、したいんでしょうけれども、立場上からはできないでしょうね。あるいは発言内容と歴史事実の歪曲(捻じ曲げ)があまりにもお粗末なだけに、大きな選挙を控えている政党として、これを看過することはできないと、ある種の判断をするだろうと思う。議員辞職まで行くかも知れません。発言撤回や議員辞職でも、この問題は何一つ終わらないままで、とんでもない教条主義が罷り通る政治家の世界はそっくり残ってしまう。

 この議員さんと、たった一度でしたが、ある会合で同席(隣同士)したことがあります。もう十年以上前になりますが、京都の嵐山である集会が開かれたことがありました。ぼくも少し話をさせられたが、ぼくの前に講演(演説)したのがこの議員さんだった。もともと京都選出議員だったから、それ以前から彼の口の悪さや人の悪さは知っていました。その時の話の内容は、原発事故が発生した当時の民主党政権、その首相、K氏を口を極めて、大音声で罵り、悪口雑言の限りを尽くして、急いで会場を後にしたのでした。彼の講演の途中でぼくは席を立って帰ろうかと思ったほど。「あることないこと」、「真偽取り混ぜ」、まことにすごい剣幕でまくしたてる、「これが政治家というんかいな」とぼくは心底から呆れもし、恥ずかしくなり、そして怒りも湧いてきたのだった。

 それはともかく、彼は元税理士でしたから、税金などにはやたら詳しいのは当然としても、政治家感覚や政治信条は極めて「お粗末」であるとぼくは確信していました。これまでも問題発言の繰り返しだったが、「後ろ盾(advocate)」があったから見逃されていただけだし、その後ろ盾だって、この議員に輪をかけた政治音痴だったと、今でもぼくは考えている。彼は長く総理大臣をやったことになっているが、「憲法」をまともに読んでいないという驚くべき軽薄さを最後まで持ち続けていたと思う。この京都選出の参議院議員もまた、勇ましい発言はするが、何のことはありません。ある種の、偏った「歴史観(主義)」に依拠しているだけだと、今回の「出鱈目な、捏造発言」を聞いて再確認しただけのことだった。口ほどに剛毅なところがあるのではなく、実際は小心者で虚勢・虚言で、それを隠しているだけのことでしょう。しかし、ありもしない絵空事を、わざわざ沖縄に出向いて放言するのですから、小心ばかりか、厚顔でもあるという「重ね重ねのお粗末さ」に呆れかつ驚く。

 ぼくは十数年前、沖縄に出かけ、何日か滞在した折、沖縄の友人とともに、「当地」を訪ねました。遺された写真や資料を観ていながら、悲しみの底に沈んでいくような気がしました。議員さんと違って、「歴史は書き換えられた」「「ここまで間違った歴史教育は京都でもしていない。かなりむちゃくちゃな教育をされている」(琉球新報)という「発見」をする余地などは、ぼくには微塵もなかったといいたい。ひめゆり隊の写真に釘付けになり、その一人一人の「思い」や「夢」に心を奪われるばかりで、そこからは、「非戦」「反戦」への覚悟しか浮かんでは来なかった。「政治家」というのは、どんな「種族(Species)」なんでしょうか。

 「かつてアメリカが正しいと言ってきたことが間違っている。今こそ日本が自分の歴史を取り直すチャンス。その一環で憲法の話や(今回の)私の発言がある」とはこの議員の見苦しい弁解です。「日本が自分の歴史を取り直す」とは「歴史を作る」という話、「新しい歴史教科書を作る」、という会があったけれど、彼もそのシンパだったのではないでしょうか。これと同じような認識を持っていた、彼の「後ろ盾」は「美しい日本」「日本を取り戻す」といって、しきりに「売国」に勤しんでいたのです。「民信なくば立たず」(「子貢問政。子曰、足食、足兵、民信之矣。子貢曰、必不得已而去、於斯三者何先。曰、去兵。子貢曰、必不得已而去、於斯二者何先。曰、去食。自古皆有死。民無信不立。」「論語 顔淵」)といいます。今でもそれを言い続けるのも気が引けるんですね。食が足りて、軍備がととのえられ、そして民心が「政治」に信頼を置く、この三者が「善政の要諦」となると孔子が言う。その中で、どうしてもこれだけは譲れないとするなら、どれでしょうとお弟子の子貢が尋ねたら、孔子は「民無信不立」と答えたとする。「信頼」ですよ、人民の、と言われた。

 「子曰、道之以政、斉之以刑、民免而無恥。道之以徳、斉之以礼、有恥且格。」(「論語 為政」)この孔子さんの言を「誰」に向かって言いたいのでもありません。自ら律する心持がなければ、どうあっても、人間は汚れてしまうでしょ、議員さんよ、と。「道之以徳、斉之以礼、有恥且格」「徳」も「恥」も失えば、怖いものはなくなりますなあと、孔子は言ったんですね。頽廃の極致ですな、N議員さん。

【琉球放送】RBC NEWS「“ひめゆり”は「歴史の書き換え」 自民党・西田昌司参院議員発言の真意は」(https://www.youtube.com/watch?v=r91y1ldt7lI

【卓上四季】ひめゆりの塔 80年前の3月下旬、沖縄本島で「ひめゆり学徒隊」が任務に就いた。沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒が旧日本軍に動員され、傷病兵の看護にあたる。ほとんどが10代後半の少女だった▼看護を専門に学んではいない生徒たち。壕(ごう)を利用した病院で包帯の交換や排泄(はいせつ)の世話を続けた。米軍の攻撃は激化する。兵士は深く傷を負い、患部にウジがわいた。血、うみの臭いが漂う地獄絵図だ。敗色が濃くなり、軍は6月中旬に学徒隊の解散を命じる▼天皇や国のために命をささげる人間になる―。徹底した皇民化教育を受けた少女たちには、投降という選択はなかった▼ちりぢりに逃げた先の一つ、糸満市の壕も犠牲者が多かった。<先生! 苦しいよう! 殺して!>。奇跡的に生きのびた守下ルリ子さんの手記に残る叫びだ。学徒隊を慰霊する「ひめゆりの塔」はこの壕の入り口に立つ▼日本軍が入ってきて生徒が死に、米国が沖縄を解放した。塔の展示説明はそう歴史を書き換えている―。自民党の西田昌司参院議員が発言した。かつて訪れた記憶に基づくというが、事実無根である▼本土防衛の捨て石にされ、悲惨な戦場となった沖縄。不戦を誓い、記録や証言を残す努力を重ねる。ひめゆりの塔も大切な語り部である。議員の発言こそが歴史の書き換えにほかならない。(北海道新聞・2025/05/09)
 自民・西田議員「ひめゆりの塔、歴史書き換え」発言の撤回を否定 「傷つけたなら遺憾」 自民党の西田昌司参院議員は7日、那覇市で3日に行われた憲法シンポジウムで「ひめゆりの塔」の説明が歴史を書き換えているとした自身の発言意図について国会内で報道陣に説明した。
 西田氏は「大きな流れとして、沖縄で日本人を守るためにたくさんの犠牲が出て悼むと同時に、そういう戦争がなぜ起こったのかをもう一度考えないと沖縄の方々が救われないという趣旨の話をしたが、違う形で切り取られた」と主張。シンポジウム当日には発言を報じた地元紙から取材を受けていないとし「資料館関係者に感想を取材する前に、私に発言の真意を取材すべきだ」と抗議した。
 発言の根拠となる展示や説明物については国会議員になる前に塔の近くの洞窟のようなところで見たとし「一つ一つは覚えていないが、その時に明確に違和感のある印象を受けた」と説明。今後現地を再訪する意思があるかを問われると「いずれ行ってみたいと思う」と語った。
 シンポジウムで批判した戦後教育については、戦勝国が一方的に敗戦国を裁くという東京裁判の歴史観のもとで行われてきたと断定し「かつてアメリカが正しいと言ってきたことが間違っている。今こそ日本が自分の歴史を取り直すチャンス。その一環で憲法の話や(今回の)私の発言がある」と自らの歴史観と発言の意図を訴えた。(京都新聞・2025/05/07)
 <社説>西田氏発言 沖縄戦証言、研究愚弄した 沖縄戦犠牲者や遺族を含む県民を傷つける暴論だと言わざるを得ない。
 自民党参院議員の西田昌司氏が憲法記念日の3日、那覇市内で開かれた「憲法シンポジウム」で、ひめゆりの塔の説明板に関して「歴史の書き換えだ」などと発言した。
 西田氏は、何十年か前に訪れたというひめゆりの塔について「要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという文脈で書いている」と述べた。
 基本的な事実関係を指摘しておく。少なくとも、ひめゆりの塔の前にある1975年建立の石碑に刻まれている「ひめゆりの塔の記」には西田氏が言うような「文脈」はない。「歴史の書き換え」と断ずるような文章をいつ、どこで目にしたのか。あいまいな記憶で沖縄戦の事実をゆがめるような発言をしてはならない。
 西田氏は「まるで亡くなった方々が報われない。歴史を書き換えられると、こういうことになっちゃう」とも述べた。さらに、自身の選挙区の京都府を引き合いに「ここまで間違った歴史教育は京都でもしていない。かなりむちゃくちゃな教育をされている」とまで言い切った。
 それこそ、沖縄戦の史実をゆがめ、体験者証言や沖縄戦研究を愚弄〔ぐろう〕するものだ。
 ひめゆりをはじめ、旧制中学校や師範学校の生徒が1945年3月、学徒隊や鉄血勤皇隊、通信隊などとして組織化され、戦場に駆り出されたのは、まさしく日本軍の方針に基づくものだった。県も名簿提出のかたちで鉄血勤皇隊の動員に関わった。
 45年5月末、時間稼ぎのための戦略持久戦を続けるために本島南部に撤退した日本軍と共に生徒たちも移動し、激しい地上戦の中で命を落とした。6月18日の解散命令以降、戦場に放り出された生徒は弾雨の中をさまよい、命を落とした。まさに日本軍の作戦による犠牲である。このような事実を西田氏はどこまで認識しているのか。
 平和教育に対する偏見も許しがたい。
 沖縄の平和教育は、惨禍を二度と繰り返さないという県民の決意、「軍隊は住民を守らない」という教訓を踏まえている。体験者証言と沖縄戦研究に基づき平和教育の実践がある。そこには沖縄戦のみならず、日本全体の平和教育にも通じる普遍性がある。
 さらに言えば、沖縄戦の実相をゆがめようとしているのは国の側である。歴史教科書の検定の過程で、日本軍による住民虐殺や「集団自決」(強制集団死)に関する記述が削られたり、書き換えを強要されたりした。それに対し、超党派の県民運動で記述回復を求めたこともある。
 講演会を共催した自民党県連の責任は重い。なぜ、このような発言を許したのか、自民党県連は説明責任を果たさなければならない。(琉球新報・2025/05/06)

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