【日報抄】先日の本紙にこんな見出しが。「働き続けるシニア 『老害』化防ぐには」。同僚の間でも、ひとしきり話題になった。皆、そう呼ばれることを恐れているらしい▼過去の実績をかさに着て威圧的な態度を取る、時代錯誤の言動で若手の取り組みを阻害する-。特定の顔が思い浮かぶ方もいるだろうか。組織や家庭の中でこんな場面になると「老害」扱いされることがある。先達をさげすむような嫌な言葉だが、現役世代にすれば迷惑この上ない▼本人はよかれと思っているようだから始末が悪い。聞き流そうにも「お前のためを思って言っているのに」などと、かえって言動に拍車がかかることさえある。自由な発想を妨げ、一種のハラスメントにもなりかねない▼冒頭で掲げた見出しの記事によると、相手への敬意の有無が「老害」化するかどうかの分かれ道という。求められた以上に助言しようとして、余計なことを口走る失敗例も紹介していた▼一方、高齢者がいわれのない非難を浴びることもある。レジで支払いに時間がかかる人を揶(や)揄(ゆ)するような行為は「いじめ」と言っていい。心身の衰えが引き起こす問題は迷惑行為とは明らかに異なる。人生の先輩への敬意を欠いてはなるまい▼何かをする時、高齢だからと遠慮する必要などはない。周囲に迷惑をかけないよう心がけるのは、どの年代でも共通のマナーだ。誰もが年を取る。誰もが「老害」に陥る恐れがある。だからこそ、他者を思いやる姿勢を忘れたくない。自戒を込めて。(新潟日報・2025/06/17)
(ヘッダー写真は「レタスクラブ」:https://www.lettuceclub.net/news/article/1236174/)

体力・気力の差異は、人それぞれであり、ひとしく「年齢」で区切るのはどうなんでしょう、そんな疑問や不信の念をもって生きてきました。人は誰でも、「偏見」というか「先入観(主)」をもとにして物・事を見がちだと、自らの拙い経験から学んできました。勤めていた職場の「定年(停年)」は長い間「70歳」と決められていた。偶然のきっかけで就職が決まったとき、ぼくは25歳だったから、この職場に停年まで勤めあげるなど、微塵も考えられなかった。その当時、数歳先輩から「これから停年までいるのだから、仲よくしよう」というようなことを言われて、ぼくは驚嘆したことがありました。驚きも交じっていた。果たして四十数年先まで、この職場が残っているか、それ以前に自分のいのちや勤労意欲が持続するか、まことに心許(こころもと)なかった。ぼくは六十くらいで辞めて、別の仕事をしたかったし、その準備なども考えていたが、結局はグズグズしてしまい、停年の一年前にやっと辞めた。これは、ぼくの大きな失策・失敗でした。
個人の経験だから何ほどのことも言えませんが、何事においても、「人それぞれだなあ(It depends on the person)」という実感だけは強く持たされました。もちろん「老害」という現象を否定するのではありません。自分自身で、ある年齢を境にして「いかにも衰えたな」と感じる時があったからです。物忘れなどは、どなたも経験するでしょうが、同じことを繰り返すという「弊害(an abuse)」は常に気を付けていたことでした。授業の際に、まったく同じことを同じ言葉使いで話すということはなかったでしょうが、「この話は、前にも言ったかもしれないが」と断りを入れて喋るという為体(ていたらく)だった。年間30週、科目数10科目、つまりは計300回の授業を担当していたことになり、それは四十年近くに及びました。もちろん、同じ科目名もあったし、異なる授業でも同じ履修者もいたのですから、同じ話を、前後の脈絡無関係に、喋り散らしていたことがあったかもしれない。(「この老害め」と断じていた履修者もいたかもしれない)

今では「働き続けるシニア」は、70歳をはるかに超えているでしょう。元気であれば、80歳でも若者と遜色はない人もいよう。職種によっては、いくら逆立ちしても若い人はかなわないという高齢(経験)者もいる。だから、一概に「年寄りだから老害」ということには無理があります。「相手への敬意の有無が『老害』化するかどうかの分かれ道」と指摘されているという。そんなことなら、何も年齢に限らないのであって、これもまた人それぞれだと思う。もちろん、年を重ねると、そんな傾向が強くなることは否定しない。総じて、この社会は「相手に対する尊敬心」を欠いている、著しく欠いていると、ぼくはこの傾向を大いに嘆じています。「袖すり合うも他生の縁(Even chance meetings are the result of karma.)」という気配が消えてゆく社会には空恐ろしさを覚えもする。
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「レジで支払いに時間がかかる人を揶揄するような行為は『いじめ』と言っていい。心身の衰えが引き起こす問題は迷惑行為とは明らかに異なる。人生の先輩への敬意を欠いてはなるまい」と、コラム氏は指摘される。ぼくはほぼ毎日買い物に行きますから、このような場面によく遭遇する。最近は機械化が進んでいるのでレジの前に立つと、「ボタンを押せ」、「金をいれろ」、「もっとお金をいれよ」、「お釣りは忘れろ」などと、のべつに自動音声が流れてくる。いかにも「客を急(せ)かせる」などという、器械にあるまじき振る舞いに、ぼくはつねに店員に注文を付ける(当然、カスハラ、ローガイと受け取られよう)、その都度「器械の調節をしておかないと」、「もっとゆっくりとした客への対応を器械に言いつけてほしい」などと。どこへ行っても、ぼくは「注文」を付ける。レジの店員さんをイジメることは断じてありません。店の責任者に「注文」「切望」します。

無人(セルフ)レジが導入されだした際、「どうしてこのシステムを導入したのですか」と、その理由を店員を通して店の担当者に尋ねるのだが、まともに答えてくれない。「万引き」が増えており、店の対策として必要だからというようでしたが、それをはっきりさせないのは、別の魂胆もあったからでしょう。「無人レジ」導入で、以前よりも、これぐらい「万引き事件が減少」したというデータがあるんでしょうかと尋ねた。
どうしても「万引き」を防ぎたいなら、有人レジをもっと導入すべきであって、こんなことでは「いずれ無人レジは廃止」となるはずだともいいました。予言通り、そのような傾向(有人レジ化)が各所で生じているようです。人件費の節約は当然であっても、客を須(すべか)らく「万引き犯」と疑惑の目で見る(客商売)って何だといいたいのですが、ここまでくると、「完璧な老害」と認定されるでしょうか。(よく万引きジーメンなどという「万引き発見のプロ」がテレビなどで放映される。隠れていて犯人を生み出すのではなく、その場で、万引き行為を防止するように、なぜジーメンは行動しないのか、ぼくにはとても不愉快だし、客商売としては失格だと思うと、いかにも「老害ぶり」ですね)

生きている限り、「誰もが年を取る。誰もが『老害』に陥る恐れがある。だからこそ、他者を思いやる姿勢を忘れたくない」とコラム氏。改めて「老害」という、この汚い呼び方に嫌悪を催す。元来は「企業や政党などで、中心人物が高齢化しても実験を握りつづけ、若返りが行われていない状態」(デジタル大辞泉)を言い当てた言葉でしょう。それがいつの間にか、すべからく、だれでも歳をとることが「老害」の素因になり、「老害」という害悪を巻き散らす犯人と見なされるのです。それを別の表現で言い換えるなら「認知症(dementia)」というレッテル貼りの横行です。社会の風潮がそうじゃないですか。ぼくは今週の金曜日に、運転免許証更新のための「高齢者講習」を受講します。とにかく社会全体から「老人は免許返納せよ」と急かされるし、少しの違反でも「嫌がらせの講習の義務付け」を課しているよう。警察庁(国家公安委員会)自体が「老害退治」に乗り出している気がします。交通違反はよくないし、まして「老害種族」による交通事故は大事故になるとされる。多発するブレーキとアクセルの踏み間違いは困りものですが、よくよく考えれば、それは車自体の欠陥(クラッチ版をなくしたことが主因)じゃないんですかと問いたい。また、いい若い者が血相を変えて「老人は集団自殺を」とほざく。こんな不躾な発言の主をして「若害・中害」と、なぜ言わないのか、と八つ当たりしても無意味ですね。

大会社が左前になったり、市場から退場を余儀なくされるのは、何も「老害」のせいばかりではないでしょう。いくつになっても「引き際」を自覚しない輩は「権力亡者」であって、それをして老人の陥る「症例」などと安易に言ってもらいたくないね。たった一人の「権力亡者」を防げない集団の側にこそ問題があるんじゃないですか。(政治の問題なら、投票する有権者にも相応の欠陥があるということ)誰それの存在を「老害」と蔑む姿勢や態度こそ、社会(集団)の病み具合を示す指標になっていないでしょうか。誰もが、生きている一日一日を初めて経験しているのです。年寄りを侮蔑する気配・雰囲気があること自体、その集団(社会)は病んでいるといえます。もちろん、「老人」自身も、しっかりと「自分は衰えた」という自覚を持っていたいね。(この嫌な風潮の「ハシリ」は、あるいは「シルバーシート」「優先席」なるものを設けたところ辺りにあるとぼくは考えている。「特別扱い」という名の「ある種の排除」に繋がっていたんですから)
80代の老人が20代の若者と同じように早く走れないのは恥ずかしいことではないと思い知ることこそが、「亀の甲より年の劫」なんだ。(「《「劫」はきわめて長い時間。「甲」と「劫」と音が通じるところからいう》長年の経験が貴重であるということ。亀の甲より年の功」デジタル大辞泉)
「やがてくる、赤子戻りも年の劫」(無骨)「老害は消え去るのみと老者言い」(無骨)「老害こそ世に憚りたい高齢社会」(無骨)
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*ただ今の室温29.0℃、湿度80%。不快指数=81.3(体感:暑くて汗が出る)(午前9時)
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