老害とは、これ如何に?

【日報抄】先日の本紙にこんな見出しが。「働き続けるシニア 『老害』化防ぐには」。同僚の間でも、ひとしきり話題になった。皆、そう呼ばれることを恐れているらしい▼過去の実績をかさに着て威圧的な態度を取る、時代錯誤の言動で若手の取り組みを阻害する-。特定の顔が思い浮かぶ方もいるだろうか。組織や家庭の中でこんな場面になると「老害」扱いされることがある。先達をさげすむような嫌な言葉だが、現役世代にすれば迷惑この上ない▼本人はよかれと思っているようだから始末が悪い。聞き流そうにも「お前のためを思って言っているのに」などと、かえって言動に拍車がかかることさえある。自由な発想を妨げ、一種のハラスメントにもなりかねない▼冒頭で掲げた見出しの記事によると、相手への敬意の有無が「老害」化するかどうかの分かれ道という。求められた以上に助言しようとして、余計なことを口走る失敗例も紹介していた▼一方、高齢者がいわれのない非難を浴びることもある。レジで支払いに時間がかかる人を揶(や)揄(ゆ)するような行為は「いじめ」と言っていい。心身の衰えが引き起こす問題は迷惑行為とは明らかに異なる。人生の先輩への敬意を欠いてはなるまい▼何かをする時、高齢だからと遠慮する必要などはない。周囲に迷惑をかけないよう心がけるのは、どの年代でも共通のマナーだ。誰もが年を取る。誰もが「老害」に陥る恐れがある。だからこそ、他者を思いやる姿勢を忘れたくない。自戒を込めて。(新潟日報・2025/06/17)

(ヘッダー写真は「レタスクラブ」:https://www.lettuceclub.net/news/article/1236174/

 体力・気力の差異は、人それぞれであり、ひとしく「年齢」で区切るのはどうなんでしょう、そんな疑問や不信の念をもって生きてきました。人は誰でも、「偏見」というか「先入観(主)」をもとにして物・事を見がちだと、自らの拙い経験から学んできました。勤めていた職場の「定年(停年)」は長い間「70歳」と決められていた。偶然のきっかけで就職が決まったとき、ぼくは25歳だったから、この職場に停年まで勤めあげるなど、微塵も考えられなかった。その当時、数歳先輩から「これから停年までいるのだから、仲よくしよう」というようなことを言われて、ぼくは驚嘆したことがありました。驚きも交じっていた。果たして四十数年先まで、この職場が残っているか、それ以前に自分のいのちや勤労意欲が持続するか、まことに心許(こころもと)なかった。ぼくは六十くらいで辞めて、別の仕事をしたかったし、その準備なども考えていたが、結局はグズグズしてしまい、停年の一年前にやっと辞めた。これは、ぼくの大きな失策・失敗でした。

 個人の経験だから何ほどのことも言えませんが、何事においても、「人それぞれだなあ(It depends on the person)」という実感だけは強く持たされました。もちろん「老害」という現象を否定するのではありません。自分自身で、ある年齢を境にして「いかにも衰えたな」と感じる時があったからです。物忘れなどは、どなたも経験するでしょうが、同じことを繰り返すという「弊害(an abuse)」は常に気を付けていたことでした。授業の際に、まったく同じことを同じ言葉使いで話すということはなかったでしょうが、「この話は、前にも言ったかもしれないが」と断りを入れて喋るという為体(ていたらく)だった。年間30週、科目数10科目、つまりは計300回の授業を担当していたことになり、それは四十年近くに及びました。もちろん、同じ科目名もあったし、異なる授業でも同じ履修者もいたのですから、同じ話を、前後の脈絡無関係に、喋り散らしていたことがあったかもしれない。(「この老害め」と断じていた履修者もいたかもしれない)

 今では「働き続けるシニア」は、70歳をはるかに超えているでしょう。元気であれば、80歳でも若者と遜色はない人もいよう。職種によっては、いくら逆立ちしても若い人はかなわないという高齢(経験)者もいる。だから、一概に「年寄りだから老害」ということには無理があります。「相手への敬意の有無が『老害』化するかどうかの分かれ道」と指摘されているという。そんなことなら、何も年齢に限らないのであって、これもまた人それぞれだと思う。もちろん、年を重ねると、そんな傾向が強くなることは否定しない。総じて、この社会は「相手に対する尊敬心」を欠いている、著しく欠いていると、ぼくはこの傾向を大いに嘆じています。「袖すり合うも他生の縁(Even chance meetings are the result of karma.)」という気配が消えてゆく社会には空恐ろしさを覚えもする。

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 「レジで支払いに時間がかかる人を揶揄するような行為は『いじめ』と言っていい。心身の衰えが引き起こす問題は迷惑行為とは明らかに異なる。人生の先輩への敬意を欠いてはなるまい」と、コラム氏は指摘される。ぼくはほぼ毎日買い物に行きますから、このような場面によく遭遇する。最近は機械化が進んでいるのでレジの前に立つと、「ボタンを押せ」、「金をいれろ」、「もっとお金をいれよ」、「お釣りは忘れろ」などと、のべつに自動音声が流れてくる。いかにも「客を急(せ)かせる」などという、器械にあるまじき振る舞いに、ぼくはつねに店員に注文を付ける(当然、カスハラ、ローガイと受け取られよう)、その都度「器械の調節をしておかないと」、「もっとゆっくりとした客への対応を器械に言いつけてほしい」などと。どこへ行っても、ぼくは「注文」を付ける。レジの店員さんをイジメることは断じてありません。店の責任者に「注文」「切望」します。

 無人(セルフ)レジが導入されだした際、「どうしてこのシステムを導入したのですか」と、その理由を店員を通して店の担当者に尋ねるのだが、まともに答えてくれない。「万引き」が増えており、店の対策として必要だからというようでしたが、それをはっきりさせないのは、別の魂胆もあったからでしょう。「無人レジ」導入で、以前よりも、これぐらい「万引き事件が減少」したというデータがあるんでしょうかと尋ねた。

 どうしても「万引き」を防ぎたいなら、有人レジをもっと導入すべきであって、こんなことでは「いずれ無人レジは廃止」となるはずだともいいました。予言通り、そのような傾向(有人レジ化)が各所で生じているようです。人件費の節約は当然であっても、客を須(すべか)らく「万引き犯」と疑惑の目で見る(客商売)って何だといいたいのですが、ここまでくると、「完璧な老害」と認定されるでしょうか。(よく万引きジーメンなどという「万引き発見のプロ」がテレビなどで放映される。隠れていて犯人を生み出すのではなく、その場で、万引き行為を防止するように、なぜジーメンは行動しないのか、ぼくにはとても不愉快だし、客商売としては失格だと思うと、いかにも「老害ぶり」ですね)

 生きている限り、「誰もが年を取る。誰もが『老害』に陥る恐れがある。だからこそ、他者を思いやる姿勢を忘れたくない」とコラム氏。改めて「老害」という、この汚い呼び方に嫌悪を催す。元来は「企業や政党などで、中心人物が高齢化しても実験を握りつづけ、若返りが行われていない状態」(デジタル大辞泉)を言い当てた言葉でしょう。それがいつの間にか、すべからく、だれでも歳をとることが「老害」の素因になり、「老害」という害悪を巻き散らす犯人と見なされるのです。それを別の表現で言い換えるなら「認知症(dementia)」というレッテル貼りの横行です。社会の風潮がそうじゃないですか。ぼくは今週の金曜日に、運転免許証更新のための「高齢者講習」を受講します。とにかく社会全体から「老人は免許返納せよ」と急かされるし、少しの違反でも「嫌がらせの講習の義務付け」を課しているよう。警察庁(国家公安委員会)自体が「老害退治」に乗り出している気がします。交通違反はよくないし、まして「老害種族」による交通事故は大事故になるとされる。多発するブレーキとアクセルの踏み間違いは困りものですが、よくよく考えれば、それは車自体の欠陥(クラッチ版をなくしたことが主因)じゃないんですかと問いたい。また、いい若い者が血相を変えて「老人は集団自殺を」とほざく。こんな不躾な発言の主をして「若害・中害」と、なぜ言わないのか、と八つ当たりしても無意味ですね。

 大会社が左前になったり、市場から退場を余儀なくされるのは、何も「老害」のせいばかりではないでしょう。いくつになっても「引き際」を自覚しない輩は「権力亡者」であって、それをして老人の陥る「症例」などと安易に言ってもらいたくないね。たった一人の「権力亡者」を防げない集団の側にこそ問題があるんじゃないですか。(政治の問題なら、投票する有権者にも相応の欠陥があるということ)誰それの存在を「老害」と蔑む姿勢や態度こそ、社会(集団)の病み具合を示す指標になっていないでしょうか。誰もが、生きている一日一日を初めて経験しているのです。年寄りを侮蔑する気配・雰囲気があること自体、その集団(社会)は病んでいるといえます。もちろん、「老人」自身も、しっかりと「自分は衰えた」という自覚を持っていたいね。(この嫌な風潮の「ハシリ」は、あるいは「シルバーシート」「優先席」なるものを設けたところ辺りにあるとぼくは考えている。「特別扱い」という名の「ある種の排除」に繋がっていたんですから)

 80代の老人が20代の若者と同じように早く走れないのは恥ずかしいことではないと思い知ることこそが、「亀の甲より年の劫」なんだ。(「《「劫」はきわめて長い時間。「甲」と「劫」と音が通じるところからいう》長年の経験が貴重であるということ。亀の甲より年の功」デジタル大辞泉)

 「やがてくる、赤子戻りも年の劫」(無骨)「老害は消え去るのみと老者言い」(無骨)「老害こそ世に憚りたい高齢社会」(無骨)

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 *ただ今の室温29.0℃、湿度80%。不快指数=81.3(体感:暑くて汗が出る)(午前9時)

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無理が通って道理になるものか

 ただ今、午前4時半過ぎ。室温25.8℃、湿度81%。不快指数は79.9 。じっとりとした皮膚感覚が萌しており、とても気持ちが爽やかではない。拙宅にはエアコンは3台あるが、ほとんど使うことはない。かみさんはピアノ練習(防音)室に籠って弾くのが日常・日課ですから、多分、何時だってエアコンは使用しているでしょう。しかし、それ以外はまず使うことはありません。 真夏日などに客が来ることがあれば、湿気を取り「不快指数」を下げるために使用することはありますが、それもめったにない。我が家は大変に安上がりにできているのかどうかわかりませんが、それだけでも環境としては恵まれていると思います。

 今時は、以前ほど頻繁にお目にかかれなくなりました「不快指数」(a temperature-humidity index・THI; a discomfort index・DI)という文字。「体感温度の一。気温・湿度の関係式から求める数字で、人体の感じる不快感の程度の目安とするもの。70以上では一部の人が、75以上では半数以上が、80以上では全員が不快を感じるとされる」(デジタル大辞泉)DI= 0.81T+0.01H×(0.99T−14.3)+46.3 DI=0.81T+0.01H×(0.99T−14.3)+46.3(Tは乾球気温℃、Hは湿度%)

 梅雨入りしたとたん、さまざまな要因で「不快指数」はうなぎのぼりです。物価高騰は一向に収まらないどころか、収まる手立てがどこにありそうなのか、政治や行政はまったく示してくれない。コメ高騰は常態になりそうな気配です。早くも刈り入れの済んだ「新米」は、驚くほどの値が付いたという。「備蓄米放出」という名の「裏技・禁じ手」と見える悪手段を、政治パフォーマンスの表芸にしている政治茶番をマスメディアは大いに浮かれた放送祭りの鉄面皮、庶民は「安かろう 不味かろう」という為体(ていたらく)。「備蓄米」など、まるで「お宝」のごとく行列してようやく手に入るような代物あつかいで追っかけなくても。

 コメはある、あるところにはあるんですね。何度言ってもいいけれど、「備蓄米」は、今回のような放出は、いつどのような理由でどれだけの量を放出したことがあったのか、その記録を見て見たい。その具体例は払底しています。通常は年間、二十万㌧を備蓄用に回し、常時百万㌧(五年分の総計)程度を確保。無事に新米収穫が滞りなく終われば、「備蓄米」は、やおら名前を変えて「餌米(えさまい)」になってきたのです。鶏などの家畜の食糧です。その家畜の糧秣を、本年は人間どもが横取りし、いかにもそれは「政治的決断」だと煽っている向きがあるのだから、世も末とは言いたくなりそうです。この国のお米事情を知るにつけ、いささかの政策や計画もデータがないことに、素人のぼくは腰を抜かします。行き当たりばったり、それが「ノー政」だった。

(*備蓄米とは、その名の通り「緊急時に備えて蓄えておく米」のことです。1994年、主要食糧の受給及び価格の安定に関する法律で条項として定められました。これは1993年に起きた「平成の米騒動」(記録的な冷夏により米の供給が不足した)の経験をふまえたものであり、また豊作時の供給過剰を防ぐ、調整保管の意味合いも込められています。/農林水産省HPにある「こどものそうだん」によると、現在国は100万トン(10年に1度の不作にも備えられる量)を備蓄しているとのこと。またコメ不足が起きなかった場合には、5年の貯蔵が過ぎたコメを主食以外の用途(飼料用など)で販売することになっています。「農業の未来を実現する」;https://www.kaku-ichi.co.jp/media/tips/legal-system/stock-rice

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 昨日の「筆洗」を嫌な気分がさらに嵩(こう)じるのを痛感しながら読んでみました。「三人言いて虎を成す」という。「戦国策」には「三人、市虎を成す」とあります。同じ書に「曽参、人を殺す」ともあります。孔子の弟子で親孝行で名が知られていた曽参(そうしん)が、「人を殺した」と、一人だけではなく三人までもが口の端に乗せた。初めは信じなかった曽参の母は、ついにその噂を真に受けて深く驚愕したとされる。

【筆洗】ある男が王にこんな質問をした。「市場の真ん中にトラがいると言ったら信じますか」。王は「信じない」と答えた▼男は重ねて、「トラがいると2人が言ったらどうですか」。王は「信じない」。「3人ならどうですか」と尋ねると王は「それなら信じるかもしれない」と言った。『韓非子(かんぴし)』にある「三人言いて虎を成す」。市場にトラがいるという真っ赤なウソも広まれば誰もが事実として信じてしまう。教えているのは流言のやっかいさだろう▼東京都議選が始まっている。全国的に注目されるのはその結果が7月の参院選の行方を左右しかねないためで、与野党は国政選並みに力を入れる▼都議選での各党の勢いが気になるところだが、有権者にとって、この選挙は実際はいない「トラ」との一戦でもあるのだろう。SNS上に拡散される偽情報や根拠のない中傷などにどう惑わされずに1票を投じるかという闘いである▼応援する候補が有利になるように、あるいはお金のため、SNSにウソの「トラ」を平気で放つ者がいる。ひとたび広まれば「トラがいる」と言いだす人は3人どころではすまないのがネット時代のウソで、存在しない「トラ」が群れをなし、事実に爪を立て、民主主義の根幹である選挙をねじ曲げてしまう▼情報を正しく見極め、投票していただきたい。参院選を控えた「トラ退治」の前哨戦でもある。(東京新聞・2025/06/15)

 「事実ではないことでも、多くの人が同じことを言えば、やがては信じられるようになることのたとえ」として古来、この故事は重宝されてきたのではなかったか。さすれば、ネット時代・SNS時代の魁(さきがけ)は前漢時代の中国に、すでに盛んだったことがわかります。「三人寄れば文殊の知恵」ならぬ、「嘘つき三人、偽を真に変換する」ということだったでしょう。曰く、政治とは「市場にトラが」という真っ赤な嘘を、繰り返し言い伝えて、遂には「真実みたいなもの」にしてしまう「裏技・裏芸」のことと見られますね。その裏技(禁じ手)が、何時しか「表芸」となり替わることを「為政」というのでしょうか。SNSは「何とかに刃物」の感がしませんか。

 「応援する候補が有利になるように、あるいはお金のため、SNSにウソの『トラ』を平気で放つ者がいる。ひとたび広まれば『トラがいる』と言いだす人は3人どころではすまないのがネット時代のウソで、存在しない『トラ』が群れをなし、事実に爪を立て、民主主義の根幹である選挙をねじ曲げてしまう」(「筆洗」)、それが、残念ながら、世界の現実です。果たして「トラ」の正体は何か。空虚・空無ではないですか。情けないことに、この国や社会(「国(官)」の重力・圧力を押し戻す・撥ね返す働きをするのが「社会(公共)」だと思うが、情けないことに、社会は国に吸収・併呑されている体ですね)の底なしの付和雷同性(主体性喪失)は留まるところを知らないようです。

 「トラがいるぞ」の三人組の悪だくみは、「聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)」ともいう。「ちょっとした悪口でも、たくさんの人が言えば大きな害になりかねないことのたとえ。また、ごく小さなものでも、数多く集まると、大きな力を発揮することのたとえ」(故事成語を知る辞典)コラム氏は極めて陳腐なことを書いて「筆洗」の水を濁し、やおらの「トラ退治」とコラムを結んでいます。それしか言えないのでしょうか、言わないのでしょうか。「情報を正しく見極め、投票していただきたい」だってさ。つまるところ、「情報を正しく見極め」る方法を貴殿はお持ちでしょうか。ぜひともご教示していただきたい。

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「徒然に日乗」(778~784)

〇2025/06/15(日)朝から昼過ぎまで降り続く。いかにも本格的な梅雨の気候だ。終日、そのためもあって自宅に閉じこもり。暇にあかせて、誰それの本を読み、コメ不足(高騰)問題に関する情報をネットの波の中に見る。そのときに、いよいよ激しくなってきていることが痛切に感じられるのは、「フェイクニュース」の満艦飾。いずれ、このままだと、ネット放送はがんじがらめの規制を受けることになるだろうと思う。人権侵害や名誉損行為の花盛りなのだから。ネット時代の隆盛に応じて、いくつかの単語が多用されるようになったが、中でも「誹謗中傷」、「名誉棄損」が飛びぬけているのではないか。SNSが、AIの進展と相まって、まず悪質という観点で槍玉にあげられるに違いない。真偽の判断(区別)はすべからく放置され、いわば「玉石混交」そのままの垂れ流し、と言いたいところだが、何のことはない、ネットに浮遊する8、9割が「偽」なのだから始末に悪い。もはや野放しにはできない状況にあると思うのだ。(784)

〇2025/06/14(土)何とか夜になるまで雨も降らなかったが、7時ころにはそれなりに降雨があった▶終日室内にいたので、暇にあかせてネット番組を見てしまうが、日一日と「フェイク」「誹謗中傷」番組が増加している、特にネット動画では顕著にこのことを実感する。新聞テレビのニュース報道はそれほどでもないだろうが、ネット版の報道などでは、ごく一部を除いて、本当にひどくなっていると思う。もちろん、既存のテレビや新聞の報道が、本来の役割を果たしているとはとても思われないのだ▶物価高騰が一向に収まらない状況下にあって、来るべき参議院議員選挙を前に安易な票稼ぎに奔っていることはあからさま。コメ不足と価格高騰の歴史的経過を伝えるネット番組があったが、それを観ていて実感したのは、時代の変化にいささかも即応しないままで、諸官庁、官僚は自己権益を維持・保持するばかり、政治家は選挙の時の票田の確保・維持に奔っているだけという、そんな事情が透けて見える。つまりは、数十年も続いた、固定したままの政策を護持するばかりなのだ。ここにも「国体護持」が巣食っている。(783)

〇2025/06/13(金)終日晴天。外出はせず、室内に籠りつつ、駄文を書き、読書を続ける。ゆっくりと読んでみたかったのが「宮武骸骨」だったが、積年の宿題が果たせないままで、ここまで来た。今度こそ、ゆっくりと読むつもり。小沢信男氏の「暗き世に爆ぜ 俳句的日常」(みすず書房、2021年刊)を再読する▶「【エルサレム、テヘラン共同】イスラエル、イラン核施設を空爆 軍トップ死亡、報復宣言 イスラエル軍は13日、イラン各地の核関連施設を含む数十カ所の軍事施設を空爆したと発表した。カッツ国防相はイランを先制攻撃したと表明。イランメディアは13日未明に首都テヘランや中部ナタンズなど国内5カ所が攻撃を受けたとし、核開発に重要なナタンズのウラン濃縮施設から黒煙が上がる様子を伝えた。革命防衛隊トップのサラミ司令官や複数の核科学者が攻撃で死亡したとも報じた。イランは報復を宣言。米国は攻撃への関与を否定した」(共同通信・2025/06/13)この当事国の背後、いや前面には米露両国がいるのだから、何をかいわんやだ。すでに、「世界戦争」は始まっているのだ。結局は来るところまで来てしまったのだと思う。どこも何もしないままで放置していたのはなぜだろうか。「宗教」というものが、いかに人間の愚かさの滋養剤・強壮剤にしかならないことを証明しているみたい。(782)

〇2025/06/12(木)本日は快晴だった。朝6時半に「燃えるゴミ」出し。終日、自宅に籠る。庭作業は中断▶「関税ゼロのミニマムアクセス米、前倒し輸入の検討示唆 小泉農相 小泉進次郎農相は6日午後、高騰するコメ価格の抑制のために関税ゼロで輸入するミニマムアクセス(MA)米のうち主食用の輸入時期の前倒しを検討する可能性を示唆した。農林水産省で記者団に『例年9月の入札(時期)をどうするか考える』と述べた」(日経新聞・2025/06/06)と、すでに例年より早く輸入する方策が検討されていた。この問題は、今後の農政(米作)に根底から変化をもたらすかもしれない。この先も減反政策を続行する魂胆なのだろうか。政府備蓄米の放出に加えて供給量を増やす手段に言及し「価格を抑えるにはあらゆる選択肢を考える」姿勢を強調した。6日午前の記者会見ではMA米の活用に加えて緊急輸入にも触れ、聖域なく対策を進めると説いていた。はっきり言うなら「備蓄米は家畜の餌米」だと政府や官僚自身が決めていたものではなかったか。(781)

〇2025/06/11(水)本日も朝から一日を通しての雨降り。激しく降るのではなかったが、間断なく降り続いた。雨足が弱い時を見て、茂原まで買い物。普段より、店内は空いていた。帰路、HCで猫のドライフードを購入。「子猫」はまだいるようで、しかし一匹は姿が見えないのはどうしたことか。買い物に出かけるときに確認したら、車のエンジンルームに入っていた。何度か、拙宅でも「事故」があったので、細心の注意を払っているつもりだが、道路南側の前の家(会社の事務所・営業所らしい)には常時、三、四台の車が駐車しているので、その中に紛れ込んで、事故に遭ったのか。本日は、会社の人は出社していないようだが。(780)

〇2025/06/10(火)待望していたのではありませんが、関東地方も「梅雨入り」で、当地は朝から降雨が続いている。どのくらい続くのか、短いとも報じられているが、九州(鹿児島など)では梅雨入り早々の「豪雨」(線状降水帯)に見舞われている▶二、三日前から、自宅の軒下で子猫を見ている(キジトラ2匹)。昨晩から今朝がたまで、泣き声を聞かなかったが、昼近くかみさんが「二つ居る」と知らせる。昨日も書いたように、隣のIさんのところで、三月ころに生まれたのだろう。最近はあまり子猫を見なくなっていたが、どうなっているのか。(「これは野良ネコであって、うちのものではない」と言っている人だ)彼はていねいに面倒を見ているとは思われない。どうしたものか。子猫なので、車のエンジンルームに入って事故に遭う危険性も心配している。(779)

〇2025/06/09(月)曇り空が終日続き、午後に入って、途中から雨が降って来た。西日本・近畿・東海各地では「梅雨入り」が報じられた。当地でも一両日中には梅雨入りの予報▼本日も午前中から庭仕事。まずは二か所あるモッコウバラの剪定。とても生命色の強い植物で、毎年剪定しているが、あっという間に枝が混み合ってくる。庭には黄色と白の二種類があり、それぞれがよく育っている。さらに夏椿(ヒメシャラ)を、今が開花期だが、今年はまったく開花しないので、これまた思い切り剪定。さらにはプラム(あんず)の古木。まったく実がつかなくなったが、枝葉ばかりが育っているので、これまた深く剪定。次いで、植え込みになっている槙(まき)もと、手を出しかけたが、疲れが酷くなったので、本日は中断。溜まり溜まっている伐採した木や枝葉の焼却を進めた。午後になってもさらに焼却を続ける。途中で弱いながらも雨が振り出してきたので、本日はここまで▶お昼過ぎ、軒下に駐車してある車の近くを子猫が走ったのが見えた。よく見ると二匹。三月ころに生まれたのだろうか。恐らく隣のIさん宅のものか。事故に遭うことなく、家に戻れればいいが、どうなるだろうか。(778)

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梅雨永し読めて書けない漢字多々

◎ 週の初めに愚考する(七拾四)~ 夜来の雨がさらに強くなりだしている、午前5時過ぎ。まさに「梅雨」の面目躍如というべきか。昨日は快晴ではなかったが、何とか夜まで天気はもった。しかし、さすがに「湿度」は高い。連日70%をはるかに超えています。昔から、雨は嫌いではなかった。それは今でも同じ。言い伝えに、「朝雨に傘いらず」と言われますが、本日はどうでしょうか。今年の「梅雨」は短いとも報じられていますから、あるいは、「雨過天晴」となりますかどうか。適度の雨は欲しいが土砂降りや豪雨は御免蒙るというのも、人間の勝手な都合で、自然現象はそうはいかないというのでしょう。でも、その自然現象を大本で左右するのも、いまや心ない「人為」だとするなら、豪雨もまた、天をも畏れぬ人間どもの「無謀」ということになります。

 本日の「日報抄」、面白いですね。「同じ字を雨雨雨と雨で読み」。まるで今時の「古米古古米古古古米」のはしりであり、「なに隠そう古古古古米は餌米の由」のようで、人間たちの為すことは語るに落ちることばかりと言いたくなります。これをして「問うに落ちず語るに落ちる」というらしい。「古古古米は餌米」だと口にして大いに非難された恥ずかしい政治家がいましたが、何を隠そう「餌米(えさまい)」とは行政常用語で、農林官僚のお偉いさんから聞いた話。「備蓄米」と言うけれど、運よく天災(凶作不作)の襲来がなければ、それ(備蓄米)はすべて「餌米」になっていたのだ、と。

 「古米」ではなく「古川柳」です。さすがに川柳作者はただものではないという証明になります。「同じ字を雨雨雨と雨て読み」と置いて、その心は「同じ字をアメ・サメ・ダレとグレて読み」となる。なんという蘊蓄かと、昭和生まれの小生も頭を垂れるばかり。「アメ」「ハルサメ」「サミダレ」ときて、ついには「シグレ」となるのですから、今どきのパソコン(ワード)一辺倒の向きには思いもよらない趣向・洒落ではないでしょうか。「雨」の一字が「千変万化」するのをその漢字そのもので抑えるなど、なかなかの手練であり、事情通ではあります。

 表題句は池田澄子さん(「思ってます」所収、ふらんす堂・2016年刊)毎日毎朝、性懲りもなく駄文雑文を書き殴っていますが、ワードプロセッサーがあればこそ。もし「あの字」「この字」を辞書引き引きなら、とてもじゃないが、三日と持たない「駄文制作」のお粗末だったでしょう。便利を通り越して、愚鈍の坂をまっしぐら、そんな思いを抱きつつの駄文雑文書き殴りなんですね。その自覚はまだあります。

【日報抄】漢字遊びの古川柳がある。〈同じ字を雨雨雨と雨て読み〉。どう読むのか。ヒントは春雨(ハルサメ(・・))、五月雨(サミダ(・)レ(・))、時雨(シグレ(・・))である。いわく、雨という字の異なる読み方をつなげて〈同じ字をアメ・サメ・ダレとグレて読み〉となる▼読みの難しさにグレてしまったという戯(ざ)れ言だろうか。雨は「ウ」とも「アマ」とも読む。その多様さに日本語を学ぶ外国人は戸惑うかもしれないが、語感や言葉が持つ風情は大切にしたい▼時に雨には色も付く。白雨は明るい空から降るにわか雨で、黒雨は空を暗くするほどの大雨を指す。緑雨、翠雨はまぶしい新緑の時季。春の花々に降り注ぐ雨は紅雨と称する▼降る音が心に響くときもある。小林麻美さんが歌う「雨音はショパンの調べ」は松任谷由実さんが詞を付けた。詩人の八木重吉は「雨」と題し〈あのおとのようにそっと世のためにはたらいていこう〉とうたった。コツコツ地道に働く姿が浮かぶ▼嗅覚も刺激する。〈藤の花雨の匂ひの客迎ふ〉と新潟市江南区の北方文化博物館の句碑に刻まれる。俳人でもある角川春樹さんが詠んだ。ちなみに学術的にペトリコールと呼ばれる雨の匂いがある。地面の植物性の油分などが降り始めの雨によって拡散されて生じるという▼雨に降られて日々に潤いと深みが増す。陽の光ばかりでは少し疲れる。今朝の県内は雨空だろうか。梅雨に入り、豪雨災害への備えは怠れない。しっとり。しとしと。その程度に降ってくれたらいいのだが。(新潟日報・2025/06/15)

 「雨過天晴(うかてんせい)」とは鬱陶しくもある長雨の後にはきっと心も晴れる青空が来るという印なのだから、雨もまたよき先ぶれだと。あるいは「雨晨月夕(うしんげっせき)」とも。「朝雨は傘はいらない」の例え通り、夕方には月が出るのだという気象予報でした。「晨」は「朝」です。ただ今6時を過ぎました。「雨、車軸の如し」と降りしきっている。「雨に降られて日々に潤いと深みが増す。陽の光ばかりでは少し疲れる。今朝の県内は雨空だろうか。梅雨に入り、豪雨災害への備えは怠れない。しっとり。しとしと。その程度に降ってくれたらいいのだが」と結ぶコラム氏の心持は、小生のものでもあります。「降れども、ほどほどに」と願うばかりです。

 インドの地で旅客機が離陸直後に墜落、機上及び地上合わせて、270余の命(いのち)が奪われたという。櫂未知子さんの句に「一瞬にしてみな遺品雲の峰」がありました。驚くべき災厄もまた、天上天下に満ち溢れているのです。どなたも、くれぐれもご健勝にて過ごされますように。イスラエルとイランで先端が開かれました。両国の背後には「米・露」が蹲踞(そんきょ)しています。「戦争」「殺戮」を手玉に取っているような、不埒千万の為政者の上にこそ、「雨雨降れ降れ もっと降れ、もっともっともっと降れ」

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田中・井伏・やなせ・上庄・小砂丘…

  やなせたかしさんが大ファンだった! 井伏鱒二が「月刊高知」に寄せた随筆に挿絵 田中貢太郎と父・清が結んだ縁     
 やなせたかしさんは、作家の井伏鱒二(1898~1993年)の大ファンだった。9日放送のNHK連続テレビ小説「あんぱん」でも、入隊した柳井嵩(北村匠海さん)の愛読書として井伏の詩集が登場した。実はこの2人、ちょっとした縁でつながっていた。/「山椒魚」や「黒い雨」「ジョン万次郎漂流記」などの著作で知られる井伏は広島県生まれ。太宰治の師匠としても知られる。/その井伏が師と仰いだのが高知市出身の人気作家、田中貢太郎(1880~1941年)だ。ともに酒好きで、田中は井伏の才能を無名時代から見抜き、文壇に引き立てた。/井伏は何度も高知を訪れている。戦前には、田中が主宰する同人誌「博浪沙(はくろうさ)」一門として高知新聞社の招きで旅行。40年に、田中が安芸市の旅館で胃潰瘍(かいよう)のため吐血して倒れた際は見舞いに訪れ、容体が落ち着くまで高知に滞在。その間に掌編「へんろう宿」を書いた。/後に旧知の本紙記者に頼まれ、「月刊高知」(47年4月号)に「田中さんのこと」という随筆を寄せている。さまざまな酒席での思い出を振り返り、田中が文学談議より「理屈なくにぎやかに呑むのが好きであったように思われる」と記す。
 この随筆に添えられたイラストを手がけたのが、やなせさんだった。編集後記に「井伏氏が田中貢太郎先生のことを書いてくださった」と感激を隠しきれない様子で書き、「僕が田中先生というのはおかしいようなものだが(中略)自分の師だと決めている」と記す。/加えて、東京の大学でデザインを学んでいた時、挿絵の仕事を融通してもらおうと田中邸を訪れた逸話を紹介。この時、田中は、やなせさんにこう言ったという。「君は死んだお父さんにそっくりじゃ。物の言い方までそっくりじゃ」/どういうことか。
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 やなせさんの父、清は朝日新聞記者として中国に単身赴任していた。/酒豪で知られた田中が、中国での飲み歩きを振り返ったエッセー「屠蘇盆に映る酒徒の顔」(24年)に、広東で「柳瀬五山君が私の行くのを待っていてくれた」とある。これが清だ。/田中は、清らとともにスイカの種を「ぽりぽりと割りながら」「ウイスキーを朝から晩まで飲んでいた」と。書き残されたエピソードはそれぐらいだが、意外と深い交流があったのかもしれない。/ちなみに、清が長男を嵩(たかし)と名付けたのは中国の五大名山の一つ「嵩山(すうざん)」にあやかって、という。
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 やなせさんが、田中と話したのは、自邸を訪れた一度きり。先の編集後記によると、この時、井伏の短編「朽助のいる谷間」を何度も何度も読んだと伝えると「井伏なら、さっきまで来ちょったに。ありゃしょう飲むきにのう」と言われたそうだ。/やなせさんは41年1月に徴兵され、小倉の部隊に入隊。2月1日に田中が亡くなり、編集後記では「戦地で先生の死を聞き暗然とした」「井伏氏が田中先生のことを書いてくださったことについて、妙に感傷的になった。誰にもわかってもらえない感傷である」と書き残している。/ドラマに登場する井伏の本は「厄除(よ)け詩集」。漢詩「勧酒」を、井伏が訳した「ハナニアラシノタトエモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」も載っている。(村瀬佐保)(高知新聞・2025/06/10)

(⇦ 左写真:1935年に高知を訪れた井伏鱒二(後列左端)。隣は本山白雲。前列中央が田中貢太郎。中岡慎太郎の銅像の除幕式前日に撮影されたという)(写真右下:井伏が師の田中について書いた随筆。2人が過ごした時間を描いたのか、やなせさんの挿絵は時計だった)

 今では誰も知っている人はいないかもしれない高知の作家の親分格だった田中貢太朗さん。その田中さんが、今頃に記事になって読めるとは。二十年以上も前、ぼくは高知出身の小学校教師たちの事績を追いかけつつ、「高知の生活綴り方」教育者(群像)を調べていたことがあった。その成果らしいものを一冊の本にまとめようとしたのだが、面倒くさくなって放棄してしまった。それはともかく、高知教育界における上田庄三郎(上庄)さん(1894~1958)や小砂丘忠義さん(1897~1937)たちの活躍ぶりと挫折については、わずかながらこの駄文録のどこかで触れています。

 その際、田中さんについても触れているはずだが、確かに若い教師たちの背中を押し続けていたのが田中さんった。特に小砂丘(ささおか)さんを高く評価していて、ぜひとも小説などを書いたらいいのだがと盛んに励ましていたことを思い出します。田中さんも小砂丘さんも共に早く亡くなられて、その仕事ぶりは十分に評価されているとは思われないが、世間にはそんな人がたくさんいるはずだということだけは確かだ。

 井伏さん(1898~1993)についても、この駄文録では何かと駄弁ってみたが、特に「へんろう宿」(昭和15年発表)の執筆が田中さんを見舞う間、高知滞在の折だったとは知らなかった。この短編は「家族の形」を突き出しているという意味でも、とても大事な作品だったと思う。何よりも血縁を不可欠の要素にするのが家族だとされている中で、身寄り頼りという、血縁とはまた違ったつながり(縁)によって「家族」を形成している人々の姿を書いている意味で、ぼくは大きな驚きを受けたし、あらたな「家族の可能性」を教えられた気がしたものだった。

 井伏さんについても、書くべきことはたくさんありそうだが、まだ果たしていない。蛇足になるが、上田庄三郎氏の子息には上田耕一郎、不破哲三さん兄弟がおられる。件のテレビ小説を見ないし、やなせたかしさんに関しても高知県で育ち(生まれは東京だったが、父親が早くに亡くなったので、父の郷里に移住し、父の弟の郷里で暮らしたことがある)、「アンパンマン」の生みの親という程度のことしか知らないが、それでも高知に遊んだ折、やなせさんが育った香美市を訪れたことがあったのを思い出す。いくらでも切れ切れの思い出が出てくるが、そんなものを引き出してもあまり気持ちがいいものでもないような気もする。つまりは、人それぞれがそれぞれの生活の歴史とそこに紡がれた感情をたくさん膨らませながら生きていたということで、それを実感できれば、ぼくには十分なのだ。(本日は思わぬ「ひろいもの」をした、その余得を駄弁ってみたまで)(数字うt前から拙宅の軒下にいた子猫が、昨日の夜から家に入っている。三月くらいに生まれたのだろうか。それが、この駄文を書いている間、ずっとぼくの膝の中で眠ったり遊んだり)

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 「月刊高知」を復刻 高知新聞社は18日、国民的キャラクター「アンパンマン」の生みの親で、高知県出身の漫画家、やなせたかしさんと最愛の妻、暢(のぶ)さんの歩みをひもとくムックを発売しました。/放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」のモデルになった二人は1946年、高知新聞社の総合雑誌「月刊高知」編集部で運命的に出会います。硬軟さまざまな企画を一緒に手がけ、終戦直後の世相を切り取りつつ、同じ時を駆け抜けました。/本書では、当時の二人の仕事に始まり、「おいが知る暢さんの素顔」「秘書が語る夫妻の姿」など、独自の特集記事で二人の足跡を掘り下げたほか、月刊高知の表紙や誌面を解説入りの「復刻版」として再録しました。それを読み返すと、月刊高知でのやなせさんの仕事は、アンパンマンにつながる創作の原点だった―ということが分かります。/やなせさんは取材や執筆だけでなく、作家の小説やエッセー、読者投稿などの挿絵を数多く描いており、空きスペースができると編集責任者から「やなせ君、ここに小さなカットを」と頼まれたそうです。オリジナルキャラクターを生み出す瞬発力は、月刊高知で鍛えられたのかもしれません。/「逆転しない正義」のヒーローが誕生するまでの物語を、ぜひドラマとともにお楽しみください。(高知新聞・2025/04/18)(https://www.kochinews.co.jp/article/detail/851867

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戦争と平和は互いに絡みあっている

 「戦争の反対は平和」であり、「平和の反対は戦争」だと考えるのは正しいでしょうか。この二つ(戦争と平和)の言葉が著そうとするのは、相対立する場面を言うのではないでしょう。「戦争」と呼ばれる状況の中にも、必ず「平和」な部分は認められるし、その反対もある。一切の「戦闘・闘争」の側面・要素を持たないのが平和ではないと思う。だからその反対もありえると言えるでしょう。「へいわってどんなこと?」と問われて、「せんそうをしない」「ばくだんをおとさない」、そして「おもいっきりあそべる」「あさまでぐっすりねむれる」と、当たり前の日常が並べられるという。たしかに、そうでもあるが、でも、そうでもないようにもぼくには思われます。

 「せんそうをしない」「ばくだんをおとさない」のが平和であったというけれど、それでも「おもいっきりあそべる」「あさまでぐっすりねむれる」ことができない多くの人がいますから、その意味ではそのような人たちは平和ではないと言えませんか。だから、そのような日常は「せんそう」状態にあるというべきでしょうか。「戦時」と「平時」という表現があります。実にはっきりしていますね。でも、よく考えてみれば、あらゆる状況が「すべて戦時状態」にあるということはないでしょうし、「平時」においてもすべてが太平楽であることもないでしょう。同じ時期にあって、ある人々は平時を満喫していて、他の人たちは戦時だという事態だってあり得ます。(ヘッダー写真は東京新聞)

【天風録】戦争と平和 〈せんそうをしない〉〈ばくだんなんかおとさない〉。浜田桂子さんの絵本「へいわってどんなこと?」は題名の答えが並ぶ。やがて〈おもいっきりあそべる〉〈あさまでぐっすりねむれる〉と、当たり前の日常へ▲イメージしにくい「平和」を子どもに分かるよう具体的に表現したという。では「戦争」ってどんなこと? 戦後80年の私たちに無関係だといえるだろうか。きのう広島市中区で始まった報道写真展「戦争と平和」の会場で、そんな思索に誘われた▲本紙紙面や写真パネルが被爆80年の歩みを伝える。続いて迫ってくるのは、通信社が太平洋戦争前夜からの歴史的瞬間を捉えた107枚。盧溝橋事件や真珠湾攻撃、学徒出陣や銃後の軍事教練…。戦争一色に染まっていくさまが切り取られる▲米軍による空襲や原爆投下、そして敗戦。物言わぬ報道写真が伝えるのは無謀な戦争と行き着く果てだ。さらに自国の戦争が終われば平和なのかと問うてくる。朝鮮半島やベトナムは戦場に。米国との同盟で間接的に支えた戦後日本もあらわにする▲今も戦火が絶えない世界。平和ってどんなこと? 自問しながら、歴史の一ページに生きる者として責任をかみしめる。(中國新聞・2025/06/13)

 ぼくは屁理屈を言いたいのではありません。適切な事例かどうか判断を読者に委ねますが、「健康と病気」について考えてみたらどうでしょう。病気のないのが健康で、健康を害しているのが病気だというのは、循環話法(AでないのがB、BでないのがA)のようで、ぼくにはうまく理解できません。「私は健康です」というのは、どういう状態を指して言われることか。心身のあらゆる面で、病的な部分がないことを意味しているのでしょうか。そんな「完璧な健康人」をぼくは想像できません。いかに健康良好を誇る人の裡にも、きっと病的な部分はある、それに気が付かないこともあるでしょうが、それなら「健康」と言って構わないのでしょうか。重篤な病気の人においても、損なわれない健康の部分はあるのでしょう。誤解されそうですが、健康と病気というのは「相対的なもの」だと言えないかという問題提起をしたいのです。健康でなければ病気なのではなく、病気でなければ健康なのでもないということ。病気の中にも健康な部分が、健康な状態にも病的な部分がある。同様に、「戦時」にも「平時」はあるだろうし、「平時」にも「戦時」は宿るんですよ。「戦時」にはお武力が横行するというのは、「平時」にその根があるからでしょう。また多くの戦争では男が支配することが目に付きますが、それは平時が極度に拡大化されただけだともいえるでしょう。

 「戦時」と「平時」は、何時だって通底(common)しているのですよ。平時(通常)の極悪化戦時」と「平時」は、何時だって通底(common)しているのですよ。平時(通常)の極悪化(extremely worse)が戦時(war time)だと言えなくもない。「戦争と平和」は互いに浸食しあっているのだと思っている。

 一時期、「一国平和主義」(「非武装中立」論)の主張は大いに非難され、揶揄されました。隣国が戦時下にありながら、自国は平和を維持しているのだというのは、理屈としてはあり得ても、政治的道義的に「それは許容されますか」という批判は消えないでしょうし、仮にそんな事態が想定できたとしても「利己主義」「自国第一主義」であるという批判は免れないでしょう。コラム氏は問う。「では「戦争」ってどんなこと? 戦後80年の私たちに無関係だといえるだろうか」「さらに自国の戦争が終われば平和なのかと問うてくる。朝鮮半島やベトナムは戦場に。米国との同盟で間接的に支えた戦後日本もあらわにする」他国の戦争もまた、自国の「戦時」に繋がっているのです。

 今もなお、この国から離れた遠い国でいくつもの戦争が戦われている。さいわいなことに、ぼくたちの国は「戦争状態にない」(と見られている)から、「私たちは平和です」と、果たして言えるのでしょうか。戦争当事国から、この島に来て住んでいる人々がある。あるいは日本国籍を得ている人もいる。だからこの国は戦争中と言えるとは思えないという人はいるだろうし、戦争と無関係かとも言い切れない。それほどに複雑なかかわり方を、否応なくぼくたちはこの地上においてせざるを得ないのででしょう。「今も戦火が絶えない世界。平和ってどんなこと?」とコラム氏の心情は、単純な戦争も素朴な平和も考えることはできても、現実にはあり得ないことを教えているのではないでしょうか。

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 いつも報道されながら、「平時(平和)」の圧倒的優位性にかき消されて、何時しか忘れ去られているのが、他国との「出会い頭」「一瞬の危機」状態です。これをして、ぼくは「平時の中の戦時」と言いたい。大事に至らないための努力はしなければならないのは、早期発見、早期治療が「健康を大きく損なわない最善策」だとするなら、平時の「他国との危機」もまた、あらゆる方策を尽くして大事に至らないために行動すべきでしょう。「爆弾を落とさない」ことが「平和」であることの保障にならない例はいたるところにあるでしょう。

 自衛隊トップ「深刻な行為」 中国機異常接近に危機感 太平洋上、距離45メートル 太平洋上で中国空母などの警戒監視中だった海上自衛隊機に中国軍戦闘機が異常接近した問題で、自衛隊制服組トップの吉田圭秀統合幕僚長は12日の定例会見で「深刻な行為だ。警戒監視を緩めれば、一方的な現状変更を既成事実化させる可能性は十分ある」などと述べ、危機感をあらわにした。
 その上で「(一方的な現状変更を)抑止する態勢を示していきたい」と説明。23年に開設した日中防衛当局間のホットライン(専用回線)については、「相手国との関係がある」として使用の有無を明かさなかった。
 中谷元防衛相は同日の衆院安全保障委員会で、「偶発的な衝突を誘発する可能性があることから深刻な懸念を表明し、再発防止を厳重に申し入れた。警戒監視活動などに万全を期していく」と述べた。
 防衛省によると、7日午前11時ごろまでの約40分間と、8日午後3時ごろまでの約80分間、太平洋上の公海上空で、警戒監視中の海自機P3C哨戒機に対し、中国軍の空母「山東」搭載のJ15戦闘機が追尾するなどした。高度差のない状態で複数回急接近し、一時約45メートルまで迫った。(時事通信・2025/06/13) 

 戦争と平和は、まるで「双生児」のように、離れがたく結びついています。「一国平和主義」が成り立たない、そんな時代にぼくたちは生きているともいえそうです。この国でも盛んに「国防強化(狂歌)」「敵基地攻撃」論議が盛んになされているばかりか、いかにも来るべき「敵国との戦争」に備えるための準備が着々と整えられています。勇ましいことではあるが、一体どこの国と、何のために「戦端を開こう」とするのか、ぼくにはよく理解できない。戦争をする準備よりも、戦争をしない準備にこそ智慧と体力・資力を使うべきです。

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雨は今何を思いて降ってるか…

 現在地に移住する直前、入居予定の拙宅に、これまでに溜め込んだ書物を整理するための「書庫」を新たに作ってもらった。床から天井までかなりの分量(二、三万冊くらいか)を確保することができるだけの棚を予定している部屋(別棟)の四囲に作った。もちろん、数日がかりで大工さんに依頼したのだった。ようやく完成し、自宅や大学の研究室や貸倉庫などに保管しておいた書物を苦労して棚に収めたころ、おそらく、十年前の今頃のことだったと記憶しているが、激しい豪雨に見舞われた。今なら「線状降水帯」というべき集中豪雨だった。整理がまだ終わっていなかった書庫を見に行ったところ、なんと「床上浸水」状態だった。床はコンクリートの打ちっぱなしで、その上に作り付けの書棚を設けていたのだ。幸いに、書物が水に濡れるような被害はなかったが、しばらくはコンクリートの床は水分を含んだままだった。

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 後日、施工した工務店の経営者が来たときにも見てもらったが、「嵩上(かさあ)げをしておいてよかったな」と言われた。床上十センチほどの嵩上げをしたがために、書物の被害はなかったのだ。それ以来、幸いなことにあの時ほどの激しい降雨には遭遇していません。劣島の各地が「梅雨入り」したと報じられた途端に、それを待っていたかのように激しい雨が各地を襲っています。熊本県など、九州方面では、五年前にも壊滅的な被害・打撃を受けた地域があったが、今回はどうだったろうか。拙宅からは遥かに離れた地域だが、天気図を見ながら肝をつぶす日が続く。「九州北部では梅雨に入ったばかりのところで末期を思わせるような激しい雨に見舞われた」(新生面)とコラム氏は書く。

【新生面】入梅 きのうは暦の上の「入梅」。文字の読めない人たちのために作られた江戸時代の絵暦には、荷物を担いで逃げる盗賊が描かれていたという。荷奪い↓にうばい↓入梅のしゃれ。気象キャスターの草分け、倉嶋厚さんの『季節の366日話題事典』に紹介されている▼1カ月半にも及ぶ長雨は、人に害を及ぼす悪者とイメージされていたのかもしれない。梅雨の降り方にはシトシトの陰性、ザアザアの陽性の2タイプがあり、特に終盤は激しく降ってカッと照る陽性型になりやすいとされる▼なのにどうしたことか、九州北部では梅雨に入ったばかりのところで末期を思わせるような激しい雨に見舞われた▼海面水温の高さから、暖かく湿った空気が日本に流れ込みやすくなっていて、今年は雨が多くなると予想されている。シトシト↓中休み↓ザアザアという順序もあやしく、最初から大雨に警戒が必要だとか。台風の出現も例年になく遅く、きのう南シナ海上に1号が発生した▼浸水や土砂災害がいつ起きてもおかしくない。過去のデータから、熊本の大雨は「人の寝静まっている時間帯に多い」とされている。とりわけ1人暮らしのお年寄りなどは要注意だ。周囲の人たちが見守り、早めの避難を促したい▼しっとりと降る雨は、人の心を落ち着かせもする。本紙の読者文芸欄に自分の内面に目を凝らすような歌があった。〈雨は今何を思いて降ってるか夜の雨音静かに静かに 原田詩音〉。雨の降り方に、耳目を集中させなければならない時期が続く。(熊日新聞・2025/06/12)

 「降れば土砂降り(It never rains but it pours)」という常套句が真実味をもって劣島各地に迫ってきている。昨日に続いて、「雨降り」についての駄文です。各紙コラムでもいくつかが「入梅」「梅雨入り」「集中豪雨」などをキーワードに、これからの「長雨季節」について注意喚起を呼びかけ、しかし適量の降雨の必要も説いています。学生時代、地理学の授業で「北海道には梅雨はありません」と学んだ。今もそれは変わらないのでしょうか。梅雨はないかもしれないけれど、「線状降水帯」「集中豪雨」はいつだって、場所を選ばず発生しているのです。

◉ 線状降水帯(せんじょうこうすいたい)= 次々と発生する発達した複数の積乱雲が並ぶことで形成される、線状の積乱雲の集合体。厳密な定義はないが、気象庁では「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することでつくりだされる、線状に延びる長さ50~300キロメートル程度、幅20~50キロメートル程度の強い降水をともなう雨域」と説明している。日本で起きた集中豪雨のうち、台風によるものを除いて、約3分の2が線状降水帯によるものであるとの調査もある。気象庁では、警報や注意報、天気予報等で用いる予報用語に指定していないが、報道発表資料や予報解説資料で用いる解説用語としている。/線状降水帯は、暖候期に発生し、大きな災害や集中豪雨が発生する要因となる。1990年代から日本の集中豪雨発生時に線状の降水域がしばしばみられることが指摘されていたが、この用語が頻繁に用いられるようになったのは、2014年(平成26)8月の豪雨による広島市の土砂災害以降である。/線状降水帯は、日本全国で発生しているが、なかでも九州と四国に多い。発生メカニズムは解明しきれていないものの、次のように考えられている。(1)多量の暖かく湿った空気が、およそ高度1キロメートル以下の大気下層に継続的に流入する。(2)前線や地形などの影響により、大気下層の暖かく湿った空気が上空に持ち上げられ、水蒸気が凝結し積乱雲が発生する。(3)大気の成層状態が不安定ななかで、発生した積乱雲が発達する。(4)上空の強い風により、個々の積乱雲が風下側へ移動して帯状に並ぶ。このメカニズムが持続すると、線状降水帯は長時間にわたってほぼ同じ場所に停滞することとなり、一つの積乱雲では50ミリメートル程度の雨しか降らせないのに対し、結果として数百ミリメートルの雨をもたらす。(日本大百科全書ニッポニカ)

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 「しっとりと降る雨は、人の心を落ち着かせもする。本紙の読者文芸欄に自分の内面に目を凝らすような歌があった。〈雨は今何を思いて降ってるか夜の雨音静かに静かに 原田詩音〉。雨の降り方に、耳目を集中させなければならない時期が続く」(新生面)劣島は、その位置や形状によって、いわば「線状降水帯」の絶好の宿り場であるし、台風の寄り道(はしご)として機能しているのでしょうか。ようやくにして田植えが終わった段階で、集中豪雨に見舞われては、敷島の瑞穂の国の「早苗」といえども一たまりもないでしょう。水没して、長く水が引かなければ根が腐ることにもなるし、その先の成長も見込めない。それを知ってか知らずか、古古米だの古古古米だのが、多分に侘しさを漂わせながら、息苦しい時を送る劣島上を席捲しています。昨年は、穀倉地帯のどこかが特段の災害に見舞われたのではなかったにもかかわらず、「コメ不足」が突然変異のごとく発生したというのは、天災ではなく人災だったという話です。米そのものが博打(相場)のネタになっているとしたら、敷島の瑞穂の国の、掛け値なしの終わりであるでしょうか。そして、遂には「MA米」という「切り札」(アメリカからすれば)を、事情を知らない農水大臣は切ってしまったようです。(敷島の瑞穂の国の「コメ不足」に、アメリカはどう動いたか)

*ミニマムアクセス‐まい【ミニマムアクセス米】= 《minimum accessは、最低限輸入義務の意》日本が高関税を課して輸入を制限する代わりに、最低限輸入しなければならない量の外国米。政府米として扱われる。平成5年(1993)ウルグアイラウンド農業合意による。MA米。[補説]平成20年(2008)、ミニマムアクセス米中で食用に適さないと判断された事故米の、食用としての転売が発覚して社会問題となった。(デジタル大辞泉)

 「磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ(志貴嶋倭国者事霊之所佐国叙真福在与具)」(巻13-3254)(火柿本人麻呂)

 「ま幸くありこそ」、何とか無事であってほしいもの。言霊が生き生きとして輝く国が大和なのだから。その「言霊の助くる国」の「言霊」が無残な扱いを受けている現状には、何人と雖も立つ瀬もないではないかと、人麻呂ならぬ今時の凡人の慨嘆は深く大きいのですよ。ここで、唐突ですが、この梅雨の季節到来に、名言「人は生きているように死んでいる」と呟(つぶや)かれた、小沢信男さんを、なぜだか偲びたくなりました。最もよく知られた(ぼくの大好きな)一句と、宮武骸骨の墓碑に、と刻まれた(反骨を思わせる)一句です。

・学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地   ・暗き世に爆(は)ぜかえりてぞ曼殊沙華  

*小沢信男(おざわ・のぶお):1927年、東京都芝区(現・港区)新橋に生まれる。作家。日本大学芸術学部卒業。著書『わが忘れなば』(晶文社1965)『若きマチュウの悩み』(創樹社1973)『東京の人に送る恋文』(晶文社 1975)『犯罪専科』(東邦出版社1978/河出文庫1985)『犯罪紳士録』(筑摩書房1980/ちくま文庫1990)『いま・むかし東京逍遥』(晶文社1983)『書生と車夫の東京』(作品社1986)『東京百景』(河出書房新社1989)『あの人と歩く東京』(筑摩書房1993)『全句集 んの字』(大日本印刷ICC本部2000)『裸の大将一代記』(筑摩書房2000/ちくま文庫2008/桑原武夫学芸賞)『悲願千人斬の女』(筑摩書房2004)『通り過ぎた人々』(みすず書房2007)『東京骨灰紀行』(筑摩書房2009/ちくま文庫2012)『本の立ち話』(西田書店2012)『捨身なひと』(晶文社2013)『俳句世がたり』(岩波新書2016)『私のつづりかた』(筑摩書房2017)『ぼくの東京全集』(ちくま文庫2017)ほか。2021年3月3日死去。(右、著書「著者紹介」より)

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