【金口木舌】「母さんが死んだ」 1987年1月に札幌市で起きた痛ましい出来事だ。30代のシングルマザーが真冬の寒い夜、天井を見つめながら息を引きとった。栄養失調の末の衰弱死。こたつの上には光熱費の請求書が幾枚もあったという▼3人の子を養うため仕事を掛け持ちし働き詰め。無理を重ねて体を壊したが、生活保護の受給に至らなかった。札幌テレビで当時記者だった水島宏明さんの著書「母さんが死んだ」が伝える▼それから38年。最高裁は先日、2013年から15年に生活保護費を引き下げた国の決定を違法とした。専門的知見を欠き減額理由が乏しい。いくら裁量権があっても逸脱し乱用だと断じた▼当時の減額前には自民党議員のこんな発言もあった。「生活保護を恥と思わないのが問題」。人の命に関わる制度を政争の具とする品性なき政治が嘆かわしい▼絶命した母の言葉が残る。「子どもたちがみんなおとなになったら、親子四人でお酒を飲みにいくの」。ささやかな願いも砕いた行為をむしろ恥と思う。受給申請さえ拒む「水際作戦」もあるという。判決を機に福祉の現場を手厚くし、裁量権の乱用にも歯止めをと願う。(琉球新報・2925.07/03)

生活保護費引き下げは違法 裁判相次ぐ中 最高裁が統一的判断 国が生活保護の支給額を2013年から段階的に引き下げたことについて、最高裁判所は「厚生労働大臣の判断に誤りがあり、違法だった」として処分を取り消す判決を言い渡しました。
同様の裁判は全国で相次いで起こされていて、統一的な判断が示された形です。
原告側は、減額された分をさかのぼって支給するよう求めていて、およそ200万人とされる当時の受給者への国の対応が焦点となります。(以下略)(NHK・2025/06/27)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250627/k10014846161000.html)

「母さんが死んだ―しあわせ幻想の時代に」、初版は1994年、新装増補版が2014年に出されています(ひとなる書房)。三人の子どもの母親だった女性が餓死したのは1987年1月。以来、四十年近くが経過してきました。この「生活保護(受給制度)問題」の現状はどうなっているのでしょうか。つい先日、最高裁で「生活保護引き下げ」は違法であるという判断が出されました。本日の「金口木舌」の記事には、この国に蔓延る行政の無慈悲と社会の冷たい視線が指摘されているように、ぼくは読みました。「生きる権利」を保証する命の綱である「生活保護」制度。それをさらに充実させる政治家そのものが、率先して受給者たたきを繰り返してきた。「生活保護を恥と思わないのが問題」(片山さつき議員)という、自らの発言そのものを「恥と思わないのが問題」と言ったところで、その腐りきった性根は変わらないでしょう。まるで「生活保護」を受給するのは「犯罪」であり「犯罪者」であるかのような言動が今なお、政治や行政界隈で盛んに巻き散らされている。
細かいことは言いませんが、いわゆる「生活保護受給水準」にある人が「受給」しているであろう「捕捉率」は2割程度。欧米諸国は9割に達しているのに、です。今日更に、追い打ちをかけるように、「弱者」「高齢者」等への心ない仕打ちが打ち出されているのはどうしてでしょうか。いかなる制度でも、それを悪用する不届き者はいる。だからその制度全体は間違いであるというのは、理屈の通らない話。不正受給は問題だからと言って、当然の権利を行使している人までを中傷し辱めるのは、いかにも劣等な感受性ではないでしょうか。「生活保護法」は「日本国憲法第25条の「生存権」の理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ必要な保護を行い、最低限の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とした法律です」(内閣府男女共同参画局)法律を作る側の人間が作った法律を「辱める」ような言辞を隠さないというのは、言うべき言葉を失う破廉恥行為ですな。
●生活保護法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第二条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。
(最低生活)
第三条 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
(保護の補足性)
第四条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。(以下略)
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3人の子を抱え飢えた「シングルマザー」が“生活保護”を申請せず「餓死」を選んだ理由…「報道」が伝えなかった“国ぐるみ”の「適正化政策」の“弊害”とは? 今から38年前の1987年1月23日、北海道札幌市白石区で、シングルマザーとして小学生から中学生までの3人の子どもを育てていたコトミさん(仮名・当時39歳)が、遺体で発見されました。死因は「栄養失調による衰弱死」、平たく言えば「餓死」でした。/コトミさんは3人の子どもを抱え、生活保護を求めていたにもかかわらず、その申請を拒否されていたと報道され、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。/事件から40年近くが経過していますが、未解決の課題を、今を生きる私たちに問いかけるものだと思われるので、あえて本記事で取り上げます。(行政書士・三木ひとみ)
社会を揺るがした「告発」と過熱する報道 1987年1月23日、札幌市白石区を管轄する白石福祉事務所へ、ナミエと名乗る女性(仮名)が2人の男性を引き連れて乗り込んできました。/用件は白石区の市営住宅でコトミさんが遺体で発見された事件に関するものでした。ナミエさんは大声で、「コトミさんが亡くなったのは福祉事務所の責任だ」などと20分ほど抗議を続けました。ナミエさんはコトミさんの元雇用主で、札幌市内で喫茶店を経営しているとのこと。/その後、ナミエさんの経営する喫茶店の関係者を名乗る男性から各新聞社に次々と電話がかかってきました。内容はすべて「福祉事務所が生活保護の申請を拒否したため、母親が餓死した、福祉事務所が母親を殺した」というものです。/ナミエさんはその日の午後に自身の喫茶店に新聞記者を集め、取材に応じました。内容は福祉事務所の対応への批判です。/明けて翌日の1月24日、毎日新聞を除く新聞各社がこの事件を報じます。いずれも大見出しで「母親餓死」の活字が目立つものとなっており、世間に衝撃を与えることになりました。

管轄の白石福祉事務所、本庁である札幌市役所の保護指導課には抗議電話が殺到し、本来の業務が遂行できなくなるほどでした。/この事件は「札幌母親餓死事件」と名付けられ、これ以降新聞のみならずテレビ・ラジオでの報道も始まります。STV(札幌テレビ)、HBC(北海道放送)、NHKなどで取り上げられ、それらにナミエさんが登場し、役所の批判を繰り返したのです。/事件から9か月後、STV制作のドキュメント番組「母さんが死んだ―生活保護の周辺」が全国放映され、生活保護行政の問題点を取り上げた作品との評価を受け、いくつもの賞を受けました。また1990年2月にはSTVのディレクター水島宏明氏によって「母さんが死んだ-しあわせ幻想の時代に」が出版されました。(以下略)(弁護士JPニュース 三木ひとみ著・2025年06月29日 08:48)
(左上写真、雨宮処凛(かりん)さん。もう何年前になるでしょうか。小生担当の授業に処凛さんが来て下さった。今日の活躍ぶりを遠くから見ていて、頭が下がる思いがします。「雨宮処凛がゆく 第292回『母さんが死んだ』――27年前の餓死事件、そして更に広がる子どもの貧困。の巻」(https://www.magazine9.jp/article/amamiya/12158/)
いまさらのように「生きる権利」の意味が問われています。ぼくにも、あなたにも、です。
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