【小社会】「反省」 ドイツで16年にわたって政権を率いたメルケル元首相は「ドイツの母」「欧州の盟主」の異名を誇る敏腕政治家だった。同時に戦後生まれながら、ドイツが背負った歴史問題に正面から向き合ってきた人でもある。🔷「虐殺を行ったのはドイツ人。この責任に終わりはない」。ナチスによるユダヤ人の大量虐殺を繰り返し謝罪した。大罪を犯しながら、ドイツがいま、世界で確固たる信頼と地位を獲得しているのは、工業力だけが理由ではないだろう。🔷日本の政権与党にも、日本はもっと中国や韓国との歴史問題に誠実に向き合うべきだと説いた重鎮がいた。官房長官や自民党幹事長を務めた故野中広務氏である。🔷その思いは強く、政界引退後も時の政権にこう注文を付けた。「(日本が犯したかつての侵略行為を)もっと冷静に謙虚に受け止めて反省をしてくれなかったら、この国の将来は危うい」(岩波書店編集部編「私の『戦後70年談話』」)🔷石破茂首相が全国戦没者追悼式の式辞で「反省」に言及し、自民保守派が反発している。「反省」や「謝罪」は2015年に当時の安倍晋三政権が出した戦後70年談話をもって終止符を打ったとの認識らしい。🔷ドイツとの意識差に言葉を失う。野中氏は18年に他界するが、党内の空気を憂慮していたのだろう。「このままでは、死んでも死にきれない」とも述べている。迎えた戦後80年。いまも泉下で同じ思いに違いない。(高知新聞・025/08/18)
(ヘッダー写真は「東条英機(前列左から3人目)内閣の閣僚ら。有権者が選んだ衆院議員は一人もいない。発足約2カ月後に太平洋戦争が始まった=1941年11月16日」(毎日新聞・2024/08/04)
朝鮮侵略 (韓国併合・1910年)以降、「 満州事変」を経て、 日米戦争突入から1945年8月15日に「敗戦」を迎えるまでの、我が国が関係した戦争の歴史を「十五年戦争」と呼びます。恐らく、この呼称は、今日では一般的なものとされていると思われます。「韓国併合」を起点にすれば、およそ35年の長きにわたる戦争を極東の小国は継続してしてきたことになる。さらに遡(さかのぼ)って、日清・日露戦争を含めれば、半世紀以上に及んで他国と戦争をしてきたことになります。異様とも異常ともいえる「好戦国」だった。
その理由は何だったか。本来、この国は戦争大好き国でも暴力礼讃国でもなかったのに、なぜだか、「明治維新」以降、まるで空中に舞い上がった塵芥のように、国是として「脱亜」「脱亜入欧」を無謀・無体に成し遂げようとしたのではなかったか。つまるところは、欧州列強(「一等国」と漱石はい言った)の仲間入りを(ごく一部の権力者が)願ったということです。そのならず者に唆(そそのか)されて、無知な国民(民衆)は煽られ、宙を舞ったというのが、無謀な戦争を始めて泥沼の深みにはまりきってしまった理由だったろうと思う。被害や犠牲が自国にとどまっている限りは、対外的にはそれほどの問題は生じなかったが、残念なことに、あらぬいちゃもんをつけて、他国に土足で侵入し、国土を侵略し、人命を奪ったのでした。「戦争責任」は、日本人の誰にもあると言えば誤解されそうですが、「戦争責任」に無関係ではありないことは認めなければならないのではないですか。
「虐殺を行ったのはドイツ人。この責任に終わりはない」」と独首相だったメルケル氏の姿勢をコラム氏は評価されているが、それは当たり前のこととして評価しているのであって、そうしなければ、ドイツは少なくとも欧州では生きていけないことは確かだったからだ。「戦争責任」に終わりはないのも事実として認めた方がいいでしょう。そうしなければ、何時だって「責任を問われる」(「責任問題を蒸し返される」という人もいるが、「責任を問われる」のと同じこと)、そこには切りも果てもないのです。「こんなに謝ったのだから、もういいでしょう」、「もういいかい」などと、まるでかくれんぼの囃し言葉のように、加害者が言うべきではないことを々明らかにしておきたい。(内側に向かって)威勢のいいことは言えても、果たして被害を与えた国や国民に対して、もう「謝罪外交」は一切しないと「啖呵」を切れるのか。(左写真「1970年12月7日、ポーランド・ワルシャワ市内のユダヤ人慰霊碑前でひざまずく西ドイツのブラント首相(中央)」(DPA=共同)
(余談として この問題は「靖国参拝」と事情は重なります。国家権力に連なる政治家が、いくら「個人として」といいながら、実態は政治家何某、国務大臣何某として参拝意図を表明して神社に出かけるのだ。「個人の内面の問題」というけれど、自分の都合ばかりを主張して、他者の「内面の問題」をまったく顧慮しないというのは、どう考えても理屈に会わないし、感情問題としてもすっきりしないでしょう。「参拝」の是非は個人の自由だから、それまでもぼくは否定はしないが、言うまでもないが、(特別)公務員の身分を辞してから参拝すべき。わざわざ、「戦争犯罪人」を祀る神社に出かけること自体、「戦争責任」を真っ向から否定する態度でしょう。もう少し他者に対して「誠意」を示したらどうですか。集団参拝に及んでは言うべき言葉ももたない、愚劣そのもの)
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● 十五年戦争(じゅうごねんせんそう)= 1931年(昭和6)の満州事変から、1937年の日中戦争、1941年の太平洋戦争を経て、1945年の敗戦までの足掛け15年間の戦争をいう。/従来、第二次世界大戦における日本の戦争は、大東亜戦争、太平洋戦争といわれてきた。前者の呼称は、太平洋戦争開始直後の1941年12月12日、東条英機(ひでき)内閣が日本の戦争目的は、米英など白人帝国主義からアジアを解放し、日本を盟主とする「大東亜共栄圏」の建設にあるとし、今回の戦争を「支那(しな)事変を含めて大東亜戦争と呼称す」るとして決定されたもので、公権力決定の呼称によって、日本の侵略戦争を「聖戦」として美化したものである。一方、後者の呼称は、敗戦直後の連合軍の占領下でアメリカによって採用された。1946年(昭和21)4月、連合国最高司令部(GHQ)民間情報教育局の資料提供による『太平洋戦争史』(中屋健弌訳)が、「太平洋戦争」の表題をもつ最初の本で、以降、太平洋戦争という呼称が一般化した。しかしこの呼称は、第二次世界大戦における日本の戦争を、もっぱら日米戦争に限定し、中国戦線における日本の敗北、中国などへの加害責任をあいまいにする問題をはらむものであった。/ こうしたなかで、第二次大戦における日本の侵略戦争を、ばらばらに切り離してみるのでなく、密接不可分の関連のもとにとらえ、とりわけ中国や東南アジア諸民族への侵略戦争を重視してとらえる視点にたった戦争認識の呼称として、1931年の満州事変を起点とする十五年戦争という呼称が広く使われ始めた。(日本大百科全書ニッポニカ)
● ごぞく‐きょうわ【五族共和】① 中国で、清末の辛亥(しんがい)革命当時、清の帝政を廃し、漢・満・蒙・蔵・回の五族の共和体制樹立のために、俉廷芳らが唱え始めた標語。② 昭和初期、満州国建国の際に、日本政府の大陸侵略のうたい文句となったスローガン。五族は日本・朝鮮・満州・漢・蒙古を指す。(精選版日本国語大辞典)
● まんしゅうこく‐きょうわかいマンシウケフワクヮイ【満州国協和会】= 満州国発足直後の昭和七年(一九三二)七月に、満州青年連盟を母体として結成された官製国民組織。関東軍の指導の下に、「王道楽土・五族和協和」のスローガンを掲げ民衆の教化宣撫にあたった。昭和二〇年(一九四五)消滅。(同上)
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「徒然に日乗」(823~829)
〇2025/08/17(日)一週間ぶりにあすみが丘へ猫缶を買いに出かけた。相変わらずの混雑ぶりで、酷暑の故もあって、地下駐車場は満杯だった▶昨日とは変わって、驚くほどの高温多湿。(ただ今午後10時。室温29.9℃、湿度76%)全国的にも驚くほどの高温状態が続いている。お盆も過ぎようかというのに、真夏そのものと言うべきか▶米露の茶番会談がアラスカで行われたよう。予想通り、米露は抱きあっていている風を見せているのだ。ウクライナの存在などは、両首脳の眼中にはないと言うべき。それにしても、アメリカ大統領の物欲しそうな振る舞いには呆れ果ててものが言えない。彼の最大の関心事は「ノーベル平和賞」受賞だけ、それ以外はまったく興味がないのだ。二つでも三つでもやったらいいと思う。世界の不幸の種を早く消したいものだ。ロシア大統領は国際刑事機構から指名手配されている身、それを迎え入れるのだから、アメリカも舐められたもの。米大統領の振る舞いは、世界の現実には百害の源となっているし、まさに「狂気の沙汰」そのものだといいたいね。(「プーチン氏に対しては、オランダ・ハーグに本部を置くICC。(国際刑事裁判所)が昨年(2024年)3月に逮捕状を出している。2022年2月24日のウクライナ全面侵攻開始以降に、同国の子どもたちを違法にロシアに強制移送した戦争犯罪の疑いがあるとしている。ICCの加盟国は、逮捕状が出ている容疑者を拘束することが求められている。だが、それを強制する仕組みはない」)(BBC News JAPAN・2024年9月4日(829)。
〇2025/08/16(土)珍しく、午後には雷鳴とともに俄(にわ)か雨が降り、一気に気温が下がった。二、三度稲光がして雷鳴がとどろいた。直後に激しい雨が降ってきた。ほんの数分間だったが、これで一気に気温が下がり、驚くほどの涼しさがやってきた。稲妻と雷鳴の発生の瞬間、急いでパソコンの電源を切る。とはいうものの、終日、高温多湿で体の疲労が取れないままである。まだまだ酷暑が続く気配だ▶株価が4.3万円を超えたが、国内外に、何か「株価高騰」の材料があるのだろうか。インフレ、円安はさらに続くとなると、この先の生活苦は著しいものとなるだろう。日米関税の具体的影響はこの後に明らかになるし、異常気象による農産物の不作状況が明らかとなって来たのでこの先の展望は容易ならざる方向を取るに違いないと思っている▶政治停滞は著しく、国会の存在もないに等しいのだ。政治経済の不調和が長引くのだから、いよいよ、この国の先行きは暗さを増してくるだろう。(828)
〇2025/08/15(金)まさに「敗戦後八十年」日だった。いろいろな感想を持つが、八十年をひたすら生きてきて、結局は敗戦前の国に戻ったかの感がするのだ。「戦前」の復活と言ってもいい。ここへきて、「排外主義」「ファシズム」「全体主義」という驚くべき独善的な教条主義が蔓延(はびこ)ってしまった、その理由は何だったか。たぶん、経済的に振るわなくなって数十年、多くの国民が抱いた「閉塞感」と「外への爆発願望」があいまった結果だったのではなかったか。そして、「戦前」になかったのは「宗主国」を持ってしまい、その驥尾に付すことしか、この国の選択肢がないような状態にしてしまった、政治選択の過ちがそこにあるだろう▶昼前に茂原まで買い物。昨日とは打って変わって、驚くほど高温多湿の一日だった。まさしく「真夏の盛り」というべき程の酷暑だった。老体にはことのほか応える一日でもあった。決して無理をしないが、それでも少しずつ疲労が溜まっているのがわかる。油断しないように留意したい(827)
〇2025/08/14(木)爽やかな風が吹き、思いのほか心地いい日になった。かみさんと娘たちは、朝食後、親戚が所有している九十九里海岸片貝にある「別荘」まで行ってくると言って出掛けた。かみさんの姪っ子家族が数年前に購入したという。当方は未見。片貝の別荘見物からかみさんたちは5時ころに帰宅。その後、娘親子は成田飛行場に出かけてから横浜へ帰ると言っていた▶大阪万博会場では大変な事故が起こっていた。夢洲までの観客の足となっているメトロ線が電気事故で停車。帰宅できなかった人が約三万人だという。「順調に突発事故に対応できた」と博覧会協会。どこまで行けば、万博は大失敗だったという自覚が働くのか。あれこれ事故だらけの万博後には、ごみの島に描かれているのは「スマートシティ構想」だという。副首都構想に都構想を取り下げないままで、ごみの島を有効利用。カジノビルは25階が、2階建てに変更ということになった。地盤沈下の恐れありとの理由。あれこれ含めて、維新の「ゴリ押し」の政治の失策だというべき。バカな政治家が徒党をなすと何をするかわからないという、今日正常のの典型的見本だ。(826)
〇2025/08/13(水)朝から庭仕事をし、高く伸びていた草を除去した。陽射しがやわらかく、それほど暑くもなかったので、仕事をしだしたが、徐々に強い日光が戻ってきて、小一時間もすると汗びっしょりになって、続けることができなくなったほど。ナイロンコードを使ったので、十分には除ききれなかったが、高温と多雨では、すぐに草は伸びだすだろうと思い、無理に根こそぎとることはしなかった▶午後1時ころだったか、お盆のためもあって、横浜から娘親子がやってきた。千葉市内の霊園にある祖母(かみさんの母)行く予定だったが、明日に回し、今晩は一泊することになった。(825)
〇2025/08/12(火)ただ今、午後9時。室温28.9℃、湿度82%。温度も湿度も、一日中変わらないままに、雨は降らなかったが、昨日に続いて超高温超多湿の一日。本日は「日航機墜落事故」40年目の追悼記念日。何度か触れたことだが、ぼく自身にとっても、記憶に鮮明に残り続けている事件だった。飛行機自体が内包していた機体損傷修理の後遺症からの墜落だったかどうか。今になっても「事件の真相」は闇に包まれたままである。この闇の晴れる時が来ることを願う。この「闇」は日米安保体制の必然的に有する対米追従外交に接続している問題である。(824)
〇2025/08/11(月)「お盆」前線の関係で、夜来の雨が少し残っていた。熊本をはじめとする九州方面では大変な豪雨の襲来で、繰り返し「線状降水帯」が発生したという。住宅や道路など被害や、何人かの人命も失われた。この後も、各地で線状降水帯の発生が予想されている。「晴れれば酷熱、降れば土砂降り」を見せつけるような、季節外れの「梅雨前線」の荒れようだった▶五月に家に来た子猫の、避妊手術前の検査のためのワクチン接種。体重は2.1㌔キロほど。次回は9月8日で、再度ワクチンと術前血液検査。そして、何事もなければ避妊手術は9月18日の予定。帰路に、猫缶を買うためにいつものH.C.へ。いつも通りの品ぞろえで、計1.8万円強。これで、約一週間分だ▲午後にはすっかり雨も上がり、実に蒸し暑い日となった。九州方面における豪雨の被害が明らかになってきた。まだしばらくは「梅雨前線」は日本劣島の日本海側に張り付いているので、同じような集中(短時間記録的)豪雨が心配される。(823)
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