本日はコラム2題。「不登校」と「子ども食堂」、無関係ではない、子どもの直面している厚い壁。もちろん、子ども自身の側に原因があって生じているものではないところに、子どもの辛さや苦しみがあるでしょう。琉球新報の「金口木舌」、どんな子にも否応なしに「明日はやってくる」と書かれている。さて、その明日をどう迎えるか、どう過ごすか。幸か不幸か、ぼく自身に「不登校」の経験はなかったが、何時だって「学校はいやなところ」という感情は持ち続けていました。好き嫌いではなく、あえて言うなら「いやな場所」というものでした。また、自分には子どもが二人いたが、彼女たちも、好き嫌いで言うなら「学校は嫌い」の方だったと思う。「不登校」になっていたかどうか、それは分からない。学校に行っているから「安心」、行かないから「不安」ということはわかりやすい受け取り方ですが、大事なのは、登校し続けていても「学校はいやなところ」という感情を持つことの意味でしょう。何度も書いたことですけれど、「学校は好きでした」「学校は楽しかった」などという人に出会うと、ぼくはその都度「卒倒」していたと記憶しています。そんなことは、ぼくにはあり得ない、そんな気持ちを持ったことはなかったから、常に、学校は、ぼくには「いやなところ」だったというのです。あえて言うなら、「学校は軍隊のようなところ」(リルケ)でしたね。広い意味での「暴力」が支配していました。今はどうでしょうか。
生きていると、いいことばかりではない、いやなことも同じように避けられません。それを、しかし避けてばかりいると「社会性」というか、人とのつながりが失われるので、もっとつらいことになります。ぼくには学校はいやな場だったが、友だちに出会えるところでもあったし、そんな友人がいるから学校には行こうじゃないかということだったと思う。不味い例えでいうと、「地獄に仏」とか、ね。加えて、これは極めて可能性は小さいが、思わない大人(教師)に遭遇するかもしれないから、やはり行っていたという気分が強かった。一生涯の「師」などいるはずもなかったが、卒業して、はるかに昔の教師の「言動」や「姿勢(しぐさ)」を思い出して、そうだったかと思い当たる節というか、納得するところはあった。ぼく自身の生きる参考になったことがある。
学校(教師)との距離(感覚)は人それぞれです。不登校も距離の取り方の一つではないですか。いろいろな距離の取り方があるということを認めるのはとても大事ですね。人それぞれの距離の取り方を、どこまで容認できるか、世間が。風邪を引いたと診断されても、その症状の内容は人によって異なります。「不登校」もそうではないかとぼくは考えている。万能薬はもちろん、万能処方箋もないということ。
大事なのは、とても難しい態度というか、ある種の感覚ですが、「学校に近づきすぎないこと」でしょう。あけすけに言うと、「学校に対する不信の念」を隠さないことではないでしょうか。ぼくは一貫して「不信感」を持ち続けていた人間で、教師(の真似事)をしていても、学校に対する不信感は失われなかった。怒られそうですが、ぼくにとっては「学校は地雷原」みたいなところでしたね。だから、地雷を踏んで怪我をしないためにも、ぼくは学校と距離を取っていましたね。地雷探知機はなかった時代、自分の距離感が頼りでした。「学校を信用する」というところから、あるいは「学歴社会」という宗教のような不合理な通念が生まれ出るのではないかなどとも考えていました。「学歴信仰」も、間違いなく一種の宗教です。幸いなことにぼくはその信者にはなれなかった。理由は「信仰心」が湧かなかったからです。「学歴を拝む(ありがたく思う)」などという気分は一度だって持てなかったですね。それでよかったか悪かったか、今だって明らかにはなっていません。その日ぐらしにいのちを削って来たからでした。
「学校の環境に耐えられなくなった時、しばらく距離を置いてもいい。回り道かもしれないが、確かな一歩を記すきっかけをつかみたい」(「金口木舌」)と書かれています。長い就学期間には、どこにも「踊り場」がないこと、それがぼくには理解できなかった。夏休みや春休みは「踊り場」などにはならなかった。一階から二階への途次に「踊り場」がある、そんな立ち止まる時間と空間が必要でしょう。人生は「動く歩道」に乗ることでもないし、登り専用の「エスカレーター」で運ばれるところでもありません。少なくとも、否応なしに、上り坂や下り坂を自分の足で歩くことを求められる、経験を強いられる時代。だから、少し疲れたら休む、道草を食う、そんな「時間」「空間」を作ろうではないかと、ぼくは実践していたつもり。学校(教室)には入っていたが、「心ここ(そこ)にあらず」という余所見(よそみ)ばかりしていた気がするんですね。そして、ここが肝心なところです、ぼくは隣席の子や他のクラスの子とは、決して競争などしなかったということ。点取り競争など、ぼくにはもっともいやな余技だった。
(人生というのは、今になってよく分かるつもりですが、人それぞれの歩幅で歩いて、自分に予定されている「高み」に昇って下りることです。上った分だけ下りる登山のようなもの、富士山にどれだ卦早く登るかという競争なんかではない、独特の「登攀(とうはん・とはん」ではないでしょうか。35歳で終了する「登山」もありますし、100歳で終わる「登山」もある。他者から見たら、登る一方で中断されるような登山だってあるでしょう。その「登山」はその人に固有のものです。誰かが昇った登山路をたどるような登山(人生という登山)はないのです。一歩一歩がいつだってはじめてのけいけん、そんな珍しい登り方・下り方(歩き方」をするのが「人生」ではないですか。そんな人生で言うなら、「学校」なんて何合目何ですか。
【金口木舌】明日はやってくる 高校3年の秋、娘が登校を渋るようになった。コロナ禍の分散登校が終わった頃で、生徒が密集する教室が息苦しく、恐怖心が湧いたという。保護者としても焦りが募った。娘は休みを繰り返しながら卒業した▼不登校の児童生徒は増加傾向にある。2023年度の県内の小中高校不登校者数は8240人で、前年度より1387人増加した。夏休み明けには生活リズムの乱れなどで不登校になりやすい▼県教育委員会は不登校を「誰にでも起こり得ること」と捉え、児童生徒の利益を優先する支援を進める。泊高校にある就学支援センターは県立高校の生徒を対象にした支援機関の一つ▼学校の環境に耐えられなくなった時、しばらく距離を置いてもいい。回り道かもしれないが、確かな一歩を記すきっかけをつかみたい。その間、親子で就学についてじっくり考えよう。学校には「待つ、見守る」という度量が必要だ▼娘にとってつらかった日々を思い出す。休んでいる時、明日につながる何かを見つけただろうか。早いところではきょうから1学期後半が始まる。登校がつらくなった子にも、明日という日はやってくる。(琉球新報・2025/08/25)
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もう何年も前から、ひとり親家庭の子どもたちを支援しているNPO団体のサポーターをしてきました。常時、三~四団体と関係してきたと思う。その関係の大半は、時々の団体からの要請に応じて寄付行為をするという程度のもので、いかなる具体的な活動もしていないことは、われながらいささかだらしないと痛感はしています。当節の高物価時代にあって、子ども食堂への支援をひっきりなしに求められます。その典型は「ガザ地区の要請」ですが、国の内外を問わず、できる範囲で(分相応の)サポートをすることを、肝に銘じてきました。それは当たり前のこととぼくは捉えている。何とかできるなら、何とかしたいという感情の命ずるところに従うまで。
「生労働省の調査では、平均的な収入の半分以下で暮らしている、「貧困」と呼ばれる家庭の子の割合は11.5%(2022年)に上る。18年の調査よりも2.5ポイント減少したが、依然9人に1人が苦しい生活を余儀なくされている。ただし、ひとり親世帯の貧困率は44.5%」(「いばらき春秋」)とあります。これをどのように見るか、さまざまな意見があるでしょうが、子どもたちの叫びや悲鳴が聞こえてきそうです。「こども家庭庁」などという怪しげな官庁を作って何をしているのでしょうか。満足に毎日の食事がとれない子どもたちを放置していていいのですかと言いたいくらい。政治や政治家に期待するのではなく、「税金」を扱う側の人間の責任を感じ取ってくれと言いたいんですよ。「自分さえよければ」という利己主義は、結局は社会を貧しいものにしてしまうでしょうね。「この現実をみよ(Don’t close your eyes to this reality)」と、ぼくはいつも自分に言い聞かせている。
【いばらき春秋】 夏休みはカウントダウン。宿題に追われている子もいれば、思い出づくりにラストスパートをかけている子もいるだろう▼この時季を迎えると、以前取材した男子小学生が語った「早く2学期が来てほしい」という言葉を思い出す。その理由は明確。夏休みが終われば給食が食べられるからだ▼彼は龍ケ崎市のNPOが開く無料塾に通っていた。そこには満足に服が買えず一日中体操服で暮らす子や、いつ食べられなくなるか心配で、休憩で出される食事を吐くほどまで食べてしまう子もいた▼厚生労働省の調査では、平均的な収入の半分以下で暮らしている、「貧困」と呼ばれる家庭の子の割合は11.5%(2022年)に上る。18年の調査よりも2.5ポイント減少したが、依然9人に1人が苦しい生活を余儀なくされている。ただし、ひとり親世帯の貧困率は44.5%▼本紙データベースで「子ども食堂」を検索すると、出だしは約10年前。子ども食堂サポートセンターいばらきによると、県内の子ども食堂の数は約260カ所まで増えた。貧困の連鎖を断絶させようとする活動が頼もしい▼しかし、どこもこの物価高に悩まされている。現在知事選が真っただ中。苦しむ子どもたちのための論戦もお願いしたい。(臣)(茨城新聞・2025/08/25)
(ヘッダー写真は「子どもたちのつらい気持ちに“寄り添う”サイト 絵本作家ヨシタケシンスケさんの思いは… 夏休み終わるこの時期、話題に」日テレNEWS・2024/8/27)(https://news.yahoo.co.jp/articles/ed93ffd379ab13816df878a2adca4be25b2466bb )
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「徒然に日乗」(830~836)
〇2025/08/24(日) ただ今午後9時前。室温31.3℃。湿度66%。本日も猛暑日だった。お盆が過ぎた段階から、真夏の本番という気温状況が続く。それにしても、この異常な「高温多湿」、これが常態化していること自体、なんとも凄まじい季節というほかない▶あまりの高温で、政治そのものも「死滅寸前」という状況かもしれぬ▶参議院選挙で各党が公約として訴えていた「政策」(内容)はどうなったのか、ほとんどそれに触れる報道も立ち消え状態。この社会の示すいろいろな指標が、相当の勢いで右肩下がり(社会の衰亡への坂道)であることは隠しようがない。治安の悪化も、驚くばかりの勢いで進行している▶物価高騰ばかりは右肩上がり。どこまで騰がるのだろうか。「計らざる増税」が進行している、台所を直撃している(836)
〇2025/08/23(土)さらに は続く。お盆も過ぎ、暦の上では「処暑」と言うのに、この「超高温超多湿」の天候は終わりそうにない。ひたすら睡眠を確保することに留意している▶昼前に猫缶購入のためにあすみが丘へ。猛暑にもかかわらず、店内は混雑してい。地階が食品スーパーで、一階がホームセンター。ここで猫缶を購入する。本当に食欲が落ちないのには感心する。ほぼ毎週同じ品物を同じ分量だけ買っている。数が多いので、費用がかさむのは当然と思うばかり。さすがに猛暑は猫にとってもつらい日々が続いていると、同情はする。幸いに夜間はかなり凌ぎやすくなるし、多くは家の外で寝るので、その分の猛暑からの避難効果はあると思う。ただ、外敵もいることだから、それだけが心配▶庭の内外の植木や雑草類の異様な成長ぶりに肝を冷やしている。しかし、この気候では庭に出ることすらままならないのだ。(835)
〇2025/08/22(金) ただ今、午後9時過ぎ。室温30.7℃、湿度74%▶昼前に買い物のために茂原まで。いつも通りの食品が主たるもの。毎回、会計する段になると、どうしてこんなに物価が高いのかという思いがつきまとう。高物価は致し方ない、外的要因よって上がらざるを得ないのだからと言われるが、本当にそうか。いわゆる「便乗値上げ」が主流になっていないだろうか。細かいことは省くが、「増税なき増税」を演出しているのが物価高騰を放置している「政治」なのだろう。このところの物価上昇率は3%余だが、食料品に限れば8%と言う。これを止めるための政策がこれまでに積極的に打たれたのかどうか。要するに「増税なき増税」策、それが物価高を放置している政府であり、財務省なのだと思う▶本日も超高温超多湿の一日だった。「どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ」というばかりの猛暑続きだ。体が悲鳴を上げている、その叫びが我が耳にも聞こえてくる。猫も暑さで参っている様子がありあり。834)
〇2025/08/21(木) 本日も「猛暑日」が続いた。関東地方に限らず、劣島全体で異様な高温記録が報じられている。加えて、西方面では台風11号が鹿児島に上陸。集中的な豪雨をもたらしている。また北海道や東北地方でも集中的な豪雨が発生している。劣島全体が、異様な気候変動に翻弄されている状態。異様な高温と集中豪雨が夏野菜や稲作の収穫量に大きな影響を与えるのでは危惧されている▶午後二時過ぎに、突然雷鳴がとどろいた。晴天碧空の中、にわか雨の降る気配がなかったが、少しずつ雷鳴が間隔を狭め、かつその響きも大きくなり、いよいよと思ったが、こんな状態が20分も続いたか。猫たちが急いで家に入る頃に、ぽつりぽつりと降り出した。結果的にはそれなりの降雨量があった。30分も続いたろうか。それでも、一気に気温は下がり、やや凌ぎやすくはなった。(833)
〇2025/08/20(水) 前日準備しておいた「ビン・カン」回収袋を朝6時過ぎに回収所まで持参。予想した通り、カンの総量は用意されている回収袋には入りきらないかった。夏場でも猫たちの食欲が衰えないこと、加えて、外の猫(♂2匹)の食欲が半端ではないのだ。朝夕二回、まるまるひと缶ずつ用意するがほとんど常に完食。家にいる猫たち(すべて手術済み)と喧嘩する恐れがあるので、何よりも食欲を満たしておこうという心配りのつもり。以前ほどには激しくいがみ合わなくなった(と当方は期待半分で、思っているのだ)のも、そのおかげかもしれない。それにしても猫たちの食事量は大変なもの▶お昼過ぎに茂原まで買い物。とても暑い一日で、気が遠くなりそうな凄さ。これまでの蓄積された体力消耗分に加えて、更に猛暑と多湿が波状攻撃をかけてくる勢いがする。できるかかぎり時間を見つけては「仮眠」をするようにし、睡眠時間を確保している▶夜九時を過ぎても30℃以下にはならなかった。しかし幸いなことに、夜間にはかなり涼しくなるので、暑くて眠れないということがないのは救い▶午後、家の前の道路で、猫たちがなにかを前にして遊んでいる。近いづいてみると「蛇」だ。今年初めて見たが、まだ小さかったので、草むらに逃がしてやった。一瞬、この草むらを、数日後には除草する予定だがと思ったが、まあ、その時はその時とばかりに逃がした(勝手に逃げた?)。我々にとってはなかなか野性味のある住環境。野生動物や昆虫類には当たり前の自然環境というのだが。(832)
〇2025/08/19(火) ただ今、午後9時過ぎ。室温30.2℃、湿度70%。本日も超高温・超多湿の一日だった。気象庁の長期予報では、9月10月も平年よりも高温が続くと出ていた。まさに四季が消えて、二季の時代が始まっていると思われる。湿度が異様に高い状態との長期予報はとても気になる。昨夏も感じたが、ここにきて、体力消耗が著しいという感覚が消えない▶明日は月に一回の「ビン・カン回収日」だが、当方の「ビン」はすべてがプラスチック(天然水用の2㍑容器がほとんど)だし、カンは猫用缶詰め(アルミ缶)がほとんどすべて。水分補給用に麦茶などの容器も増え、これまでにない量になったのがわかる。猫缶に関しては、おそらく外猫(野良)2匹分が加わって、かなりの増量になっていると思う。2匹とも♂ で、とても触ることができないので、手術などもまず不可能状態。家猫と喧嘩をしないようにと、食事だけはふんだんに与えているのだ。回収用に用意されている「袋」の大きさ(容量)が決まっているので、毎回の消費量が一目瞭然とするのだ▶「コラムで『ならばせめて日本名を使うな』…週刊新潮の高山正之さん『変見自在』連載終了」(読売新聞・2025/08/19)とても嫌な感じのする「差別確信犯」というべき人間と雑誌社の悪質コラボは、さらに形を変えて続行されるはずだ。「差別禁止法」というような法律を作って、差別や排外主義は厳しく罰するべきだと思う。実害(被害者)を伴う「掲載」は「表現の自由」とは種類は別物。(831)
〇2025/08/18(月) とても蒸し暑い一日。猛暑は一向に衰える兆しは見えず、さらに続く予感がする▶お昼過ぎに買い物で茂原まで。相変わらずの混雑ぶりだった▶昨日だったか、町役場から「地域振興券」(3500×2)が送られてきた。どういう趣旨かどこにも書いていなかったので、よくわからない。それにしても、こんな「金配り」行政(政治)は昔からのことだったのか。政治や行政が、事あるごとに「金を配る」、その魂胆がぼくにはわからない。政治行政以前の「住民買収」に他ならないと言いたくなる。今回の「振興券配布総額」は約2000万円だと思われる。町の会計規模からして、もっと違う金の使い方があるのではないかと、いつも思ってしまう。恐らく、国レベルの政治手法を模倣しているだけのことかもしれないし、国から交付善我来ているのだろうか。役場で確かめてみたい。▶米露怪談は不毛そのものだと思う。その後、欧州諸国も含めての対談が謀られているけれど、よこしまな予断をもった米大統領主導の「和平交渉」など、もってのほかという気もするし、米国大統領に何の成算があるはずもない、アメリカの力を誇示しているだけのことと思うのだ▶夕食のさなかに電話。卒業生が8月末に来宅したいという。この数年はほぼ毎年、隣町の千葉市誉田にある老人介護施設に入っておられる祖母の見舞いに訪れるのが年中行事。本年は遅れたが、施設訪問の後に来宅したいとの電話。祖母上は御年102歳になられたという。(830)
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