
理不尽な事件や事故がひときわ多くなったような気がします。端的に言うと、社会の「治安」が極めて悪化してきたと思います。交通事故に限ると、その昔は「交通戦争」などと呼ばれて、年間の事故死者数は3万人を優に超えていた時代がありました。この国の「高度経済成長期」と称される「上り坂」の時代でした。以来、さまざまな方途の限りを尽くした結果として交通事故死者数は徐々に減少してきましたが、減らされるだけではだめで、零であるはず、あるべきだと、車に乗って半世紀を超えたものとして、常に心してきました。本日の「日報抄」に触れられている、郡山市で起こった受験生の事故死。飲酒運転による事故の犠牲者だった。

飲酒運転による死亡事故は、どれだけ厳罰化が施されても「無」にはならないのはどうしてか。悪質な飲酒運転による事故のいくつかは、ぼくの記憶にありありと刻印されています。以下に引用した2件の飲酒運転事故死の当事者(遺族)の記事を目にするたびに、それらの凄惨な事故当時の状況(記憶)がよみがえってきます。「予備校生死亡事故 26年前の飲酒事故遺族が現場で献花」とある井上さん夫妻の、飲酒運転撲滅にかけた献身的な活動に、ぼくは満腔の敬意を持ってきました。今もなお、お二人の活動に頭が下がる思いでいます。(井上さん夫妻については、この「駄文集録」で何度か触れています)

また、福岡市の信じがたい飲酒運転事故もまた、ぼくの記憶に焼き付いています。大上さんの活動にもぼくは心よりの敬意を表します。この事故の状況もまた、凄惨なものだった。ぼく自身、飲酒の習慣があった人間だけに、人一倍、飲酒運転の根絶を願う気持ちは強いと思っています。半世紀以上の運転歴の中で、飲酒運転は絶無ではなかっただけに、事故を起こさなかったのは「奇蹟」「偶然」だと肝に銘じてきました。若気の至りと言うにはあまりにも悍(おぞ)ましい限りの経験だったと、痛感しています。30歳を超えてからは飲酒運転は一切しなくなったのも、何時事故が我が身に起っても仕方のない、危険な崖の淵を歩いているようなものだという感覚が、早くにぼくに芽生えてきたからでした。それが「飲酒運転」のブレーキになったのだと思う。
【日報抄】今年初めに福島県郡山市で起きた交通事故が、ずっと頭の片隅にある。大阪から大学の受験に訪れていた19歳の女性が、車にはねられて亡くなった。信号無視の車は酒気帯び運転だっ▼女性は浪人をして予備校に通い、自宅を遠く離れた地で将来を切り開こうとしていた。短い一生に思いをはせる。「大阪から受験に来てくれたのに、福島県民として申し訳ない」。涙を流して語った市民の声が、地元紙に載っていた▼福島県民として申し訳ない-。少し前から似た思いを拭えずにいる。「福島県民」を「日本国民」に置き換え、おわびしたくなる。「日本人ファースト」と臆面なく言い切る感覚についていけない▼参院選では「違法外国人ゼロ」の公約も掲げられたが、違法に外国人も日本人もない。文化や言葉の違いで問題も生じるが、ネガティブに語る言葉が極論に過ぎる。お互いさまの精神は日本人コミュニティーと同じこと。行き着く先を憂う▼ガーナとの国際交流を進める「ホームタウン」に認定された三条市に、批判が殺到しているという。大量の移民を招くという曲解によるものだが、あるべき「たが」が外れてしまったかのようだ▼日本で暮らす外国人は360万人を超える。共生で社会が成立している。インバウンドによる景気浮揚を当て込み、国は観光立国もうたう。おいしいとこ取りだけして、心の底で相手を信じない。上から目線で排除もためらわない。そんなふうにさげすむ目がこの国に向けられてはいないか。(新潟日報・2025/08/27)
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「予備校生死亡事故 26年前の飲酒事故遺族が現場で献花 福島県郡山市で大学受験のために大阪から訪れていた予備校生が横断歩道で飲酒運転の車にはねられて死亡した事故の現場では、1日午後、26年前に飲酒運転のトラックに追突されて幼い娘2人を亡くした夫婦たちが訪れ、亡くなった予備校生を悼みました。/郡山市のJR郡山駅前の事故現場を訪れたのは、26年前に東名高速道路で飲酒運転のトラックに追突され、3歳と1歳の娘を亡くした井上保孝さんと郁美さん夫婦など4人です。/井上さん夫婦は飲酒運転の根絶を訴える活動を続けていて、1日は、現場近くの歩道で花束を供え、手を合わせて犠牲になった予備校生の女性を悼みました。/また、花束には遺族に宛てた手紙も添えていて、自身の体験から突然の事故で女性の家族が混乱しているのではないかと考え、同じように悲しんでいる飲酒運転の事故の遺族がいることや、もし連絡が取れれば同じ遺族として力になれることもあるといった内容をつづったということです。/井上保孝さんは「ご遺族が、福島の人やほかの遺族とつながりを持てるよう橋渡しをできればと思います。飲酒運転は悪質であるという共通認識をみんなで持ってほしい」と話していました。
郁美さんは「頑張って勉強をして迎えた勝負の日に、飲酒運転の車にはねられたのは本人が一番無念だろうと思う。飲酒運転によって尊い命が奪われることは絶対にあってはいけない」と話していました」(NHK福島WEB NEWS・2025/02/01)

「飲酒運転で子ども3人亡くした母が初めて講演 高校生に呼びかけ 19年前の2006年、福岡市で飲酒運転の車に追突されて亡くなった幼い3人のきょうだいの母親が11日、初めて講演を行い、高校生に対して「飲酒運転を選ばない大人になってください」と呼びかけました。/2006年8月25日、福岡市東区の「海の中道大橋」で家族5人が乗っていた車が飲酒運転の車に追突されて海に転落し、当時4歳と3歳、それに1歳の幼い3人のきょうだいが亡くなりました。/事故から来月で19年となるのを前に、11日、3人の母親、大上かおりさん(48)が、初めての講演を福岡市東区の高校で行いました。/およそ1200人の生徒たちに、大上さんはまず、出産を経験して母親になり命の尊さを実感したことを語りました。/そのうえで、事故当時の状況について「追突されたあと、子どもたちは大丈夫かなと後ろを確認して一瞬安心しましたが、次の瞬間には車の中が真っ暗になり、海の水が入ってきました。ありったけの声で子どもの名前を呼びました。絶対に生きて帰るぞと思っていましたが、海面に出ると絶望の光景がありました」と語りました。/そして「こんなむごい死を迎えることになったその原因が飲酒運転です。飲酒運転はみずから選んで犯す犯罪で、尊い命が絶対に奪われてはいけない。飲酒運転を選ばない大人になってください」と呼びかけました。/この事故の翌年の2007年、道路交通法が改正され、飲酒運転に対する罰則が強化されました。/参加した生徒は「自分だったらと状況を想像し、つらくなりました。飲酒運転をしないよう、周りにも伝えていきたいと思います」と話していました。/講演のあと、大上さんは「聞き入っている姿をみて、何か感じ取ってくれたのかなと思いました」と話していました。(以下略)」(NHK・2025/07/11)
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「日報抄」に書かれています。「『大阪から受験に来てくれたのに、福島県民として申し訳ない』。涙を流して語った市民の声が、地元紙に載っていた▼福島県民として申し訳ない-」「少し前から似た思いを拭えずにいる。『福島県民』を『日本国民』に置き換え、おわびしたくなる。『日本人ファースト』と臆面なく言い切る感覚についていけない」と、コラム氏は言われています。飲酒運転による交通事故と同列に談じられはしませんが、それにしても、この社会の奥行きも間口も急速に「狭量」になったと、つくづく考えているのです。質(タチ)が悪くなり過ぎました。
「ガーナとの国際交流を進める『ホームタウン』に認定された三条市に、批判が殺到しているという。大量の移民を招くという曲解によるものだが、あるべき『たが』が外れてしまったかのようだ」という記述に同感するばかりです。千葉県では木更津市がナイジェリアと交流を深めるホームタウンになると報道された途端に、役所に抗議の電話が殺到、業務に支障をきたしていると地元紙も書く。「あるべき『たが』が外れてしまった」のはその通りだが、どうしてそうなったか、まさか「極右政党の主張」に賛同したからだというのでしょうか。それならまだ救いがあるといいたいところですが、要するに「排外主義」「自己中心」そのものが、この国・社会の多数の人々の生活モードになった結果だと思う。
そして、「排外されるべき外国人」は決して欧米の白人たちではないのだから、更に恥ずかしい。「日本人ファースト」とは、外国人はいらないということ。日本人だけで集団を作りたいんだ、という荒唐無稽な「笑夢」を真面目に騙(かた)る。どうぞ、できるなら、そうしてくださいよ。(この社会は、歴史上、一度だって「純日本人」だけで成り立ったことはないのですよ)

1億2千万人の3%程度の外国籍者を受け入れられない国とは、そして「移民」「難民」と聞いただけで、異様に反応する「無知の狼狽」に、ぼくは言葉を失ってしまいます。「夫婦別姓」に極端な反応を示す人々と、間抜けさの度合いはそっくりです。「同性婚」に関しても同じ。そういう制度や仕組みが社会的に許容されたとして、反対する人自身の「何」が損傷されるのでしょうか。「同性婚」が社会的・法律的認知を得たとしても、いつも通りに太陽は東から出て西に沈みます。法的に「夫婦別姓」が容認されたとしても、夫婦は夫婦、親子は親子。何が変わるのでしょうか。「家制度が壊れる」というらしいけれど、残念ながら(と、ぼくは思うが)、昔日にあったとみられている「型」はすでにしっかりと壊れています。
アフリカ各国と地方自治体が独自に「交流」を深める、そんなことに目くじらを立てることはないでしょうに。先の東京五輪開催を前に、各地は他国の選手たちを受け入れて、大いに交流を深めた(かどうかは、怪しい)と報じられていました。(当地では、ロシアのフェンシング選手を受け入れ、練習場を確保したし、小中学生との交流を深めたという。ぼくはロシア(結果的には不参加)がウクライナに侵略したことに目をつむって、「交流協定」を結ぶのはどうかと、役場吏員に異を伝え、当時の町議会・議員や町長にも異論を表明した)
JICAアフリカ・ホームタウン概要 本件は、JICAが、これまでの事業で培ったアフリカ各国と日本の地方自治体の交流を強化する取組を行うものである。/TICAD 9(2025年8月20日から22日まで、横浜で開催)の際に、JICAは、愛媛県今治市をモザンビーク共和国、千葉県木更津市をナイジェリア連邦共和国、新潟県三条市をガーナ共和国、山形県長井市をタンザニア連合共和国のホームタウンとする旨発表した。(外務省・令和7年8月25日)

「日本人ファースト」と唱えて、外国人を排斥・排除するのも、飲酒してなおかつ車を運転するのも同じと言うつもりはありませんが、一面では、「自己中心」「他者不在」という姿勢は「自己陶酔・自己酩酊(飲酒運転)」に重なるでしょう。いろいろな面で、この社会や国の「箍(たが)」が外れていると思われる背景や理由は何でしょうか。こんなことまで、今どきになって考察しなければならないというほどに、ぼくたちは混迷と混沌に落ち込んでいるんですね。そこからの出口はありそうで、なかなか見つからないと思う。「天に唾する」輩が多すぎます。
「石破おろし」を絶叫している質の悪い政治家の筋違いの論法を見るといい。「スリーアウトチェンジ」というのだが、交替を求められるのは「党(ティーム)」全体でしょ。投手だけが降板するなんて、何ですか、それは。うつけ(虚)どもは、一生懸命に「天に唾する」ことを止めようとはしないのですから。They are fools who spit on the sky.
「日本人(ファースト)」は野球でいう守備位置。「一塁」のこと。「二塁は韓国人(セカンド)」、「三塁は中国人(サード)」…。時には守備位置の交代もあります。あるいは欠場の場合もあり、です。アジアチームの守備位置を表しているだけのことでしょう。「新出来政党」はまだ、何もしていない。はたして野球のセンスがあるのかどうか。「お手並み」は拝見しなくてもわかろうというもの。実際の野球チームは、外国人を退けていては成り立たない、そん時代ですよ。日本人が外野に回ることもありましょう。ベンチを温める時もあろう。チームワークというものを考えたいな。(アジアチームの一員になるのが嫌なんだ、という勝って主義者は、離れたところで自分たちだけで「草野球」「三角ベース」をしたいんでしょうね。仲間同士のチーム内で、しかしいずれは「内輪もめ」を起こすのが道理でしょうね。小さいな)
(「読み方:てんにつばする・てんにつばきする 別表記:点に唾吐く、天に唾を吐く、天に唾を吐きかける、天を仰いで唾する 特定の相手にに不利益をもたらそうと試みた結果として、巡り巡って最終的に自身の不利益へと繋がるような行動をとってしまうこと。空を仰いで唾を吐くと自身の顔にかかることになるというのが由来である」(デジタル大辞泉)
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