一塁日本人・二塁韓国人・三塁中国人

 理不尽な事件や事故がひときわ多くなったような気がします。端的に言うと、社会の「治安」が極めて悪化してきたと思います。交通事故に限ると、その昔は「交通戦争」などと呼ばれて、年間の事故死者数は3万人を優に超えていた時代がありました。この国の「高度経済成長期」と称される「上り坂」の時代でした。以来、さまざまな方途の限りを尽くした結果として交通事故死者数は徐々に減少してきましたが、減らされるだけではだめで、零であるはず、あるべきだと、車に乗って半世紀を超えたものとして、常に心してきました。本日の「日報抄」に触れられている、郡山市で起こった受験生の事故死。飲酒運転による事故の犠牲者だった。

 飲酒運転による死亡事故は、どれだけ厳罰化が施されても「無」にはならないのはどうしてか。悪質な飲酒運転による事故のいくつかは、ぼくの記憶にありありと刻印されています。以下に引用した2件の飲酒運転事故死の当事者(遺族)の記事を目にするたびに、それらの凄惨な事故当時の状況(記憶)がよみがえってきます。「予備校生死亡事故 26年前の飲酒事故遺族が現場で献花」とある井上さん夫妻の、飲酒運転撲滅にかけた献身的な活動に、ぼくは満腔の敬意を持ってきました。今もなお、お二人の活動に頭が下がる思いでいます。(井上さん夫妻については、この「駄文集録」で何度か触れています)

 また、福岡市の信じがたい飲酒運転事故もまた、ぼくの記憶に焼き付いています。大上さんの活動にもぼくは心よりの敬意を表します。この事故の状況もまた、凄惨なものだった。ぼく自身、飲酒の習慣があった人間だけに、人一倍、飲酒運転の根絶を願う気持ちは強いと思っています。半世紀以上の運転歴の中で、飲酒運転は絶無ではなかっただけに、事故を起こさなかったのは「奇蹟」「偶然」だと肝に銘じてきました。若気の至りと言うにはあまりにも悍(おぞ)ましい限りの経験だったと、痛感しています。30歳を超えてからは飲酒運転は一切しなくなったのも、何時事故が我が身に起っても仕方のない、危険な崖の淵を歩いているようなものだという感覚が、早くにぼくに芽生えてきたからでした。それが「飲酒運転」のブレーキになったのだと思う。

【日報抄】今年初めに福島県郡山市で起きた交通事故が、ずっと頭の片隅にある。大阪から大学の受験に訪れていた19歳の女性が、車にはねられて亡くなった。信号無視の車は酒気帯び運転だっ▼女性は浪人をして予備校に通い、自宅を遠く離れた地で将来を切り開こうとしていた。短い一生に思いをはせる。「大阪から受験に来てくれたのに、福島県民として申し訳ない」。涙を流して語った市民の声が、地元紙に載っていた▼福島県民として申し訳ない-。少し前から似た思いを拭えずにいる。「福島県民」を「日本国民」に置き換え、おわびしたくなる。「日本人ファースト」と臆面なく言い切る感覚についていけない▼参院選では「違法外国人ゼロ」の公約も掲げられたが、違法に外国人も日本人もない。文化や言葉の違いで問題も生じるが、ネガティブに語る言葉が極論に過ぎる。お互いさまの精神は日本人コミュニティーと同じこと。行き着く先を憂う▼ガーナとの国際交流を進める「ホームタウン」に認定された三条市に、批判が殺到しているという。大量の移民を招くという曲解によるものだが、あるべき「たが」が外れてしまったかのようだ▼日本で暮らす外国人は360万人を超える。共生で社会が成立している。インバウンドによる景気浮揚を当て込み、国は観光立国もうたう。おいしいとこ取りだけして、心の底で相手を信じない。上から目線で排除もためらわない。そんなふうにさげすむ目がこの国に向けられてはいないか。(新潟日報・2025/08/27)

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予備校生死亡事故 26年前の飲酒事故遺族が現場で献花 福島県郡山市で大学受験のために大阪から訪れていた予備校生が横断歩道で飲酒運転の車にはねられて死亡した事故の現場では、1日午後、26年前に飲酒運転のトラックに追突されて幼い娘2人を亡くした夫婦たちが訪れ、亡くなった予備校生を悼みました。/郡山市のJR郡山駅前の事故現場を訪れたのは、26年前に東名高速道路で飲酒運転のトラックに追突され、3歳と1歳の娘を亡くした井上保孝さんと郁美さん夫婦など4人です。/井上さん夫婦は飲酒運転の根絶を訴える活動を続けていて、1日は、現場近くの歩道で花束を供え、手を合わせて犠牲になった予備校生の女性を悼みました。/また、花束には遺族に宛てた手紙も添えていて、自身の体験から突然の事故で女性の家族が混乱しているのではないかと考え、同じように悲しんでいる飲酒運転の事故の遺族がいることや、もし連絡が取れれば同じ遺族として力になれることもあるといった内容をつづったということです。/井上保孝さんは「ご遺族が、福島の人やほかの遺族とつながりを持てるよう橋渡しをできればと思います。飲酒運転は悪質であるという共通認識をみんなで持ってほしい」と話していました。
郁美さんは「頑張って勉強をして迎えた勝負の日に、飲酒運転の車にはねられたのは本人が一番無念だろうと思う。飲酒運転によって尊い命が奪われることは絶対にあってはいけない」と話していました」(NHK福島WEB NEWS・2025/02/01)

飲酒運転で子ども3人亡くした母が初めて講演 高校生に呼びかけ 19年前の2006年、福岡市で飲酒運転の車に追突されて亡くなった幼い3人のきょうだいの母親が11日、初めて講演を行い、高校生に対して「飲酒運転を選ばない大人になってください」と呼びかけました。/2006年8月25日、福岡市東区の「海の中道大橋」で家族5人が乗っていた車が飲酒運転の車に追突されて海に転落し、当時4歳と3歳、それに1歳の幼い3人のきょうだいが亡くなりました。/事故から来月で19年となるのを前に、11日、3人の母親、大上かおりさん(48)が、初めての講演を福岡市東区の高校で行いました。/およそ1200人の生徒たちに、大上さんはまず、出産を経験して母親になり命の尊さを実感したことを語りました。/そのうえで、事故当時の状況について「追突されたあと、子どもたちは大丈夫かなと後ろを確認して一瞬安心しましたが、次の瞬間には車の中が真っ暗になり、海の水が入ってきました。ありったけの声で子どもの名前を呼びました。絶対に生きて帰るぞと思っていましたが、海面に出ると絶望の光景がありました」と語りました。/そして「こんなむごい死を迎えることになったその原因が飲酒運転です。飲酒運転はみずから選んで犯す犯罪で、尊い命が絶対に奪われてはいけない。飲酒運転を選ばない大人になってください」と呼びかけました。/この事故の翌年の2007年、道路交通法が改正され、飲酒運転に対する罰則が強化されました。/参加した生徒は「自分だったらと状況を想像し、つらくなりました。飲酒運転をしないよう、周りにも伝えていきたいと思います」と話していました。/講演のあと、大上さんは「聞き入っている姿をみて、何か感じ取ってくれたのかなと思いました」と話していました。(以下略)」(NHK・2025/07/11)

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 「日報抄」に書かれています。「『大阪から受験に来てくれたのに、福島県民として申し訳ない』。涙を流して語った市民の声が、地元紙に載っていた▼福島県民として申し訳ない-」「少し前から似た思いを拭えずにいる。『福島県民』を『日本国民』に置き換え、おわびしたくなる。『日本人ファースト』と臆面なく言い切る感覚についていけない」と、コラム氏は言われています。飲酒運転による交通事故と同列に談じられはしませんが、それにしても、この社会の奥行きも間口も急速に「狭量」になったと、つくづく考えているのです。質(タチ)が悪くなり過ぎました。

 「ガーナとの国際交流を進める『ホームタウン』に認定された三条市に、批判が殺到しているという。大量の移民を招くという曲解によるものだが、あるべき『たが』が外れてしまったかのようだ」という記述に同感するばかりです。千葉県では木更津市がナイジェリアと交流を深めるホームタウンになると報道された途端に、役所に抗議の電話が殺到、業務に支障をきたしていると地元紙も書く。「あるべき『たが』が外れてしまった」のはその通りだが、どうしてそうなったか、まさか「極右政党の主張」に賛同したからだというのでしょうか。それならまだ救いがあるといいたいところですが、要するに「排外主義」「自己中心」そのものが、この国・社会の多数の人々の生活モードになった結果だと思う。

 そして、「排外されるべき外国人」は決して欧米の白人たちではないのだから、更に恥ずかしい。「日本人ファースト」とは、外国人はいらないということ。日本人だけで集団を作りたいんだ、という荒唐無稽な「笑夢」を真面目に騙(かた)る。どうぞ、できるなら、そうしてくださいよ。(この社会は、歴史上、一度だって「純日本人」だけで成り立ったことはないのですよ)

 1億2千万人の3%程度の外国籍者を受け入れられない国とは、そして「移民」「難民」と聞いただけで、異様に反応する「無知の狼狽」に、ぼくは言葉を失ってしまいます。「夫婦別姓」に極端な反応を示す人々と、間抜けさの度合いはそっくりです。「同性婚」に関しても同じ。そういう制度や仕組みが社会的に許容されたとして、反対する人自身の「何」が損傷されるのでしょうか。「同性婚」が社会的・法律的認知を得たとしても、いつも通りに太陽は東から出て西に沈みます。法的に「夫婦別姓」が容認されたとしても、夫婦は夫婦、親子は親子。何が変わるのでしょうか。「家制度が壊れる」というらしいけれど、残念ながら(と、ぼくは思うが)、昔日にあったとみられている「型」はすでにしっかりと壊れています。

 アフリカ各国と地方自治体が独自に「交流」を深める、そんなことに目くじらを立てることはないでしょうに。先の東京五輪開催を前に、各地は他国の選手たちを受け入れて、大いに交流を深めた(かどうかは、怪しい)と報じられていました。(当地では、ロシアのフェンシング選手を受け入れ、練習場を確保したし、小中学生との交流を深めたという。ぼくはロシア(結果的には不参加)がウクライナに侵略したことに目をつむって、「交流協定」を結ぶのはどうかと、役場吏員に異を伝え、当時の町議会・議員や町長にも異論を表明した)

JICAアフリカ・ホームタウン概要 本件は、JICAが、これまでの事業で培ったアフリカ各国と日本の地方自治体の交流を強化する取組を行うものである。/TICAD 9(2025年8月20日から22日まで、横浜で開催)の際に、JICAは、愛媛県今治市をモザンビーク共和国、千葉県木更津市をナイジェリア連邦共和国、新潟県三条市をガーナ共和国、山形県長井市をタンザニア連合共和国のホームタウンとする旨発表した。(外務省・令和7年8月25日)

 「日本人ファースト」と唱えて、外国人を排斥・排除するのも、飲酒してなおかつ車を運転するのも同じと言うつもりはありませんが、一面では、「自己中心」「他者不在」という姿勢は「自己陶酔・自己酩酊(飲酒運転)」に重なるでしょう。いろいろな面で、この社会や国の「箍(たが)」が外れていると思われる背景や理由は何でしょうか。こんなことまで、今どきになって考察しなければならないというほどに、ぼくたちは混迷と混沌に落ち込んでいるんですね。そこからの出口はありそうで、なかなか見つからないと思う。「天に唾する」輩が多すぎます。

 「石破おろし」を絶叫している質の悪い政治家の筋違いの論法を見るといい。「スリーアウトチェンジ」というのだが、交替を求められるのは「党(ティーム)」全体でしょ。投手だけが降板するなんて、何ですか、それは。うつけ(虚)どもは、一生懸命に「天に唾する」ことを止めようとはしないのですから。They are fools who spit on the sky.

 「日本人(ファースト)」は野球でいう守備位置。「一塁」のこと。「二塁は韓国人(セカンド)」、「三塁は中国人(サード)」…。時には守備位置の交代もあります。あるいは欠場の場合もあり、です。アジアチームの守備位置を表しているだけのことでしょう。「新出来政党」はまだ、何もしていない。はたして野球のセンスがあるのかどうか。「お手並み」は拝見しなくてもわかろうというもの。実際の野球チームは、外国人を退けていては成り立たない、そん時代ですよ。日本人が外野に回ることもありましょう。ベンチを温める時もあろう。チームワークというものを考えたいな。(アジアチームの一員になるのが嫌なんだ、という勝って主義者は、離れたところで自分たちだけで「草野球」「三角ベース」をしたいんでしょうね。仲間同士のチーム内で、しかしいずれは「内輪もめ」を起こすのが道理でしょうね。小さいな)

 (「読み方:てんにつばする・てんにつばきする 別表記:点に唾吐く、天に唾を吐く、天に唾を吐きかける、天を仰いで唾する 特定の相手にに不利益をもたらそうと試みた結果として、巡り巡って最終的に自身の不利益へと繋がるような行動をとってしまうこと。空を仰いで唾を吐くと自身の顔にかかることになるというのが由来である」(デジタル大辞泉)

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物価高騰は「税収増」の打ち出の小槌

 ほとんど毎日のように買い物に行く。最短の商店街のスーパーまで約10キロ。車で十分か十五分。わざわざ出かけなくても、保存しておけば週に1~2度で済むのだろうが、どういうわけか、ほぼ毎日。買うものは決まってその日の夕食の材料です。大したものは買わない。以前は酒を飲んでいたので、鮮魚中心だったが、今はもっぱら日本蕎麦(乾麺)で、今どきだと笊蕎麦にするのがほとんど。猫がいなかった時はかみさんと、週一で「外食」に出かけていた。寿司や蕎麦などが主でしたが、猫が家に来て以来、よほどでないと家を空にすることがなくなったので、小生が買い物に行くことにしている。もちろんかみさんも外に出るのが好きな方だから、よく出かける。

 しかし、彼女の買い物は危険。同じものを毎日でも買ってくる。その多くは野菜類(ジャガイモ・ダイコン・ナスビ・キュウリなど)、二日でも三日でも買ってきて、いつの間にか冷蔵庫が満杯になる。冷蔵庫に何があったかは確認していくのだが、家を出た途端に記憶は消える。勝ってきて、同じものがたくさんあるという行き来というか、「やらかした」という自覚が働かないのだろうか。店先の「品物」を前にして思い付きで手を出してしまう(もちろん金は払う)。うるさがられるが、その都度、「失敗」を指摘するけれど、彼女には効き目がないのは、かなり深刻。第一「失敗」とは思っていない風があります。記憶細胞のこの部分が壊れ(かけ)ているのです。物忘れは誰にもあるが、このような記憶細胞(装置)が壊れているのとは事情が違う。もちろん無関係ではないのですが。歳をとると記憶力が減退するのは、体力の衰えと軌を一にしている。だから、誰にも、大なり小なりあるのです。何年も前から言い続けているのに、治らないのは仕方のないこと。どうかすると「八百屋」ができるのではないかと思うこともあるが、なるようになるさと、気の済むようにさせている。

 これは愚痴でも何でもない。「明日の我が身」と思えばこそ、そのための準備をしなければと思うばかりで、その一つが「駄文書き」です。毒にも薬にもならないことを、飽きもせず(いや、いささか飽きてはいるんですが)、もう6年継続している。ぼくは生来の「三日坊主」だと自覚して生きてきましたから、それは治らないものとして、自己流の「三日坊主」を徹底させてみようではないかと始めたのが実際でした。つまり、繰り返し「三日坊主」を重ねることに徹してみようとした次第。そのことで、何かと効用があったのは事実。まず第一、各地の新聞コラムを毎日読む習慣がついた点。そこから、かなり大きな発見があったのが第二の効用。どうしてこんな記事を書いたのか、よくわからない内容が多すぎることがとても気がかりです。金太郎飴のような「学校教育の成果」か、というにはあまりにも無残という思いを強くします。

 第三の効用は「社会問題」に多少の関心を持ち続けられていることです。不便極まりない山中に住んでいると、古人が言った「山中に暦日なし」になるのが当然です。それでもいいのでしょうが、ネット環境やテレビ受像機が自宅にあるのですから、時には否応なしに「ニュース」「情報」が飛び込んできます。人災・天災は引きも切らずの時代・社会であってみれば、自分が生きているという証拠のように、他者の営みやその困難・苦しみを知ることは、我が人生の、少しは無用でないことを確かめる一助にもなっているのです。と言うように、平凡極まりない生活にあって、平凡極まりない明け暮れを確かめることにも、なにがしかの面白みがあると感じ出しています。

 そして、ここからが、本日の主題のようなものになりますが、書く必要もなく、書いても書かなくても、我が生活の改善にはいささかも役に立たないことがわかっているので、ここでキーボードをたたくことを止めておきます。

 言いたいことはたった一つ。「消費税のマヤカシ」についてです。今春から、驚くばかりのコメ高騰がありました。2000円以下で買えていた5キロの米が、あっという間に2倍3倍になりました。2000円の商品の消費税額は160円、4000円ではそれは320円になる。(労せずして、国税当局は税収増を図っている)物価高騰は、国税当局の「増税」政策だという話。やり方が汚いな。増収分のかなりの部分は、法人税の減税に回されてきた節があります。この国の企業の内部留保は600兆円に及ぶとされ、かつこの三十年間、労働者の「年収」は増えていない。(数字を示したいが、腹が立つので止めておく)消費税は国税当局にとっては「打ち出の小槌」であり、日本の税収(少なくない国債発行にも依存)は「米国の打ち出の小槌」になっているという、どうにも腸(はらわた)が煮えくり返るような怒りに見舞われる。いささか健康上もよろしくないので、本日はここまで。その前に、すこしばかり。

 昨日の中國新聞のコラム「朝凪(あさなぎ)」の「一口、かみしめる」を見てください。「値上げ」は困るが、それはまるで「自然災害」の如くに受け入れている、その姿勢にぼくは言葉を失う。「騒ぎなさんな」と言われそうですが、「物価高」を放置しているのは誰ですか、物価高騰をもたらしたのはだれですか、と問いたい。あるいは「便乗値上げもあるのでは」と、小心者のぼくなどはいきりたちそうですが、「金持ち喧嘩せず」みたいに、御託を並べて「美味しく唐揚げを戴いた」、くだんの記者を恨めしく思った。ほかに書き用もなあるんではないですか、「口元さん」、と声をかけたくなりました。これでは「朝凪」どころでない、まさに「朝から時化(しけ)」じゃないか。

【朝凪】一口の重み、かみしめる 午前中の取材を終え、昼に立ち寄った飲食店。テレビで流れていたのは、食品値上げのニュースだった。ちょうど口に運んでいたパスタも、値上げの対象という。キッチンにいた店員は、心配そうに画面を見つめていた。
 帝国データバンクによると、今年は年間で2万品目超の値上げが見込まれる。物価の上昇が続き、千円超えのランチは珍しくなくなった。飲食店の価格引き上げはやむを得ない。消費者としても苦しい分、一口の重みをかみしめるようになった。
 つい最近も、別の店で弁当を買うとおつりが少なく「間違えているのでは」と思った直後、値上げに気付いた。価格の維持を願う一方、店を続けてほしいという気持ちは強い。厳しい環境でもサービスしてくれた唐揚げは、ひときわ大事にいただいた。(経済担当・口元惇矢)(中國新聞・2025/08/25)
消費税が税収に占める割合は? 本当に社会保障に充てられているの?<Q&A>
 Q 消費税は何にかかる税金ですか。
 A 商品販売やサービス提供にかかる税金です。日本では1989年に導入され、当初の税率は3%でした。その後1997年に5%、2014年に8%、2019年からは現行の10%(軽減税率が適用される一部品目は8%)へ引き上げられました。一方、土地の譲渡や福祉事業などは非課税取引とされています。
 Q 誰がどのように納めていますか。
 A 消費者が負担し、事業者が納めます。「客が店に払った消費税額=事業者が税務署に納めた税金」になっています。
 Q 国の消費税の税収はどれくらいですか。
 A 決算が確定した2023年度の消費税収入は23兆円で、4年連続過去最高となりました。2025年度は予算ベースで、さらに上回る24兆円を見込んでいます。
 Q 国の税収全体に占める消費税の割合は。
 A  2023年度の税収75兆円のうち、消費税は最多の29%を占めました。次いで所得税28%、法人税が20%です。経済状況が悪化しても生活必需品の購入は急激に落ち込まないため、消費税収は景気に左右されにくいとされます。
 Q 使い道は何ですか。
 A 国の「社会保障と税の一体改革」により、社会保障4経費(年金・医療・介護・子育て)に充てられています。税率を5%から10%まで2段階で引き上げることが決まった2012年の消費税法の一部改正で使途が明確化されました。
 Q 消費税収が社会保障に充てられていない、との批判も出ています。
 A 消費税は社会保障に使う名目で徴収されますが、消費税収からどの事業にいくら充てられているかが分かりません。これは、予算編成時に消費税収も一般財源として扱われる(お金に色がなくなる)ためです。
 一方、社会保障費は2023年度の一般会計(決算)では36兆円。消費税収だけでは賄いきれず国債発行(借金)もしています。少子高齢化に歯止めがかからず、社会保険料の負担などが増加していることも批判や疑念を招いている一因と考えられます。(東京新聞・2025/07/11)(左下の棒グラフも)

 安倍のミックスに代表される「売国的政策」の継続こそが、今ある国情・国勢の衰退を招き寄せた主因でした。出たらめに「国債発行」を繰り返し、現在その発行残高は1100兆円を超えています。この金額のかなりの部分は「株高」となって企業収益に姿を変えました。その企業の内部留保は今や600兆円を超えています。この悪政が20年以上も続いた結果、国は疲弊し、国民は貧困の淵に落ち込んでいるのです。少子化の小さくない原因の一つになっているのが、悪政による「生活苦」です。その象徴が「物価騰貴」でしょう。(だんだん怒りが大きくなりそうです)いいかげんにしてくれんか、と言うだけです。軍事費が異常に膨れているのも、この国の「自衛隊」がアメリカ軍の三軍に成り下がっていることをあからさまに示しています。単年度防衛予算(約8兆円)のかなりの部分は、結果的にはアメリカに支払われる財源になっている。後年度負担分(ローン)は5年間で40兆円越え。どこと戦争するつもりなのでしょうか。(ただ今、午前8時過ぎ。室温28.9℃、湿度80%)

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Don’t close your eyes to this reality

 本日はコラム2題。「不登校」と「子ども食堂」、無関係ではない、子どもの直面している厚い壁。もちろん、子ども自身の側に原因があって生じているものではないところに、子どもの辛さや苦しみがあるでしょう。琉球新報の「金口木舌」、どんな子にも否応なしに「明日はやってくる」と書かれている。さて、その明日をどう迎えるか、どう過ごすか。幸か不幸か、ぼく自身に「不登校」の経験はなかったが、何時だって「学校はいやなところ」という感情は持ち続けていました。好き嫌いではなく、あえて言うなら「いやな場所」というものでした。また、自分には子どもが二人いたが、彼女たちも、好き嫌いで言うなら「学校は嫌い」の方だったと思う。「不登校」になっていたかどうか、それは分からない。学校に行っているから「安心」、行かないから「不安」ということはわかりやすい受け取り方ですが、大事なのは、登校し続けていても「学校はいやなところ」という感情を持つことの意味でしょう。何度も書いたことですけれど、「学校は好きでした」「学校は楽しかった」などという人に出会うと、ぼくはその都度「卒倒」していたと記憶しています。そんなことは、ぼくにはあり得ない、そんな気持ちを持ったことはなかったから、常に、学校は、ぼくには「いやなところ」だったというのです。あえて言うなら、「学校は軍隊のようなところ」(リルケ)でしたね。広い意味での「暴力」が支配していました。今はどうでしょうか。

 生きていると、いいことばかりではない、いやなことも同じように避けられません。それを、しかし避けてばかりいると「社会性」というか、人とのつながりが失われるので、もっとつらいことになります。ぼくには学校はいやな場だったが、友だちに出会えるところでもあったし、そんな友人がいるから学校には行こうじゃないかということだったと思う。不味い例えでいうと、「地獄に仏」とか、ね。加えて、これは極めて可能性は小さいが、思わない大人(教師)に遭遇するかもしれないから、やはり行っていたという気分が強かった。一生涯の「師」などいるはずもなかったが、卒業して、はるかに昔の教師の「言動」や「姿勢(しぐさ)」を思い出して、そうだったかと思い当たる節というか、納得するところはあった。ぼく自身の生きる参考になったことがある。

 学校(教師)との距離(感覚)は人それぞれです。不登校も距離の取り方の一つではないですか。いろいろな距離の取り方があるということを認めるのはとても大事ですね。人それぞれの距離の取り方を、どこまで容認できるか、世間が。風邪を引いたと診断されても、その症状の内容は人によって異なります。「不登校」もそうではないかとぼくは考えている。万能薬はもちろん、万能処方箋もないということ。

 大事なのは、とても難しい態度というか、ある種の感覚ですが、「学校に近づきすぎないこと」でしょう。あけすけに言うと、「学校に対する不信の念」を隠さないことではないでしょうか。ぼくは一貫して「不信感」を持ち続けていた人間で、教師(の真似事)をしていても、学校に対する不信感は失われなかった。怒られそうですが、ぼくにとっては「学校は地雷原」みたいなところでしたね。だから、地雷を踏んで怪我をしないためにも、ぼくは学校と距離を取っていましたね。地雷探知機はなかった時代、自分の距離感が頼りでした。「学校を信用する」というところから、あるいは「学歴社会」という宗教のような不合理な通念が生まれ出るのではないかなどとも考えていました。「学歴信仰」も、間違いなく一種の宗教です。幸いなことにぼくはその信者にはなれなかった。理由は「信仰心」が湧かなかったからです。「学歴を拝む(ありがたく思う)」などという気分は一度だって持てなかったですね。それでよかったか悪かったか、今だって明らかにはなっていません。その日ぐらしにいのちを削って来たからでした。

 「学校の環境に耐えられなくなった時、しばらく距離を置いてもいい。回り道かもしれないが、確かな一歩を記すきっかけをつかみたい」(「金口木舌」)と書かれています。長い就学期間には、どこにも「踊り場」がないこと、それがぼくには理解できなかった。夏休みや春休みは「踊り場」などにはならなかった。一階から二階への途次に「踊り場」がある、そんな立ち止まる時間と空間が必要でしょう。人生は「動く歩道」に乗ることでもないし、登り専用の「エスカレーター」で運ばれるところでもありません。少なくとも、否応なしに、上り坂や下り坂を自分の足で歩くことを求められる、経験を強いられる時代。だから、少し疲れたら休む、道草を食う、そんな「時間」「空間」を作ろうではないかと、ぼくは実践していたつもり。学校(教室)には入っていたが、「心ここ(そこ)にあらず」という余所見(よそみ)ばかりしていた気がするんですね。そして、ここが肝心なところです、ぼくは隣席の子や他のクラスの子とは、決して競争などしなかったということ。点取り競争など、ぼくにはもっともいやな余技だった。

 (人生というのは、今になってよく分かるつもりですが、人それぞれの歩幅で歩いて、自分に予定されている「高み」に昇って下りることです。上った分だけ下りる登山のようなもの、富士山にどれだ卦早く登るかという競争なんかではない、独特の「登攀(とうはん・とはん」ではないでしょうか。35歳で終了する「登山」もありますし、100歳で終わる「登山」もある。他者から見たら、登る一方で中断されるような登山だってあるでしょう。その「登山」はその人に固有のものです。誰かが昇った登山路をたどるような登山(人生という登山)はないのです。一歩一歩がいつだってはじめてのけいけん、そんな珍しい登り方・下り方(歩き方」をするのが「人生」ではないですか。そんな人生で言うなら、「学校」なんて何合目何ですか。

【金口木舌】明日はやってくる 高校3年の秋、娘が登校を渋るようになった。コロナ禍の分散登校が終わった頃で、生徒が密集する教室が息苦しく、恐怖心が湧いたという。保護者としても焦りが募った。娘は休みを繰り返しながら卒業した▼不登校の児童生徒は増加傾向にある。2023年度の県内の小中高校不登校者数は8240人で、前年度より1387人増加した。夏休み明けには生活リズムの乱れなどで不登校になりやすい▼県教育委員会は不登校を「誰にでも起こり得ること」と捉え、児童生徒の利益を優先する支援を進める。泊高校にある就学支援センターは県立高校の生徒を対象にした支援機関の一つ▼学校の環境に耐えられなくなった時、しばらく距離を置いてもいい。回り道かもしれないが、確かな一歩を記すきっかけをつかみたい。その間、親子で就学についてじっくり考えよう。学校には「待つ、見守る」という度量が必要だ▼娘にとってつらかった日々を思い出す。休んでいる時、明日につながる何かを見つけただろうか。早いところではきょうから1学期後半が始まる。登校がつらくなった子にも、明日という日はやってくる。(琉球新報・2025/08/25)

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 もう何年も前から、ひとり親家庭の子どもたちを支援しているNPO団体のサポーターをしてきました。常時、三~四団体と関係してきたと思う。その関係の大半は、時々の団体からの要請に応じて寄付行為をするという程度のもので、いかなる具体的な活動もしていないことは、われながらいささかだらしないと痛感はしています。当節の高物価時代にあって、子ども食堂への支援をひっきりなしに求められます。その典型は「ガザ地区の要請」ですが、国の内外を問わず、できる範囲で(分相応の)サポートをすることを、肝に銘じてきました。それは当たり前のこととぼくは捉えている。何とかできるなら、何とかしたいという感情の命ずるところに従うまで。

 「生労働省の調査では、平均的な収入の半分以下で暮らしている、「貧困」と呼ばれる家庭の子の割合は11.5%(2022年)に上る。18年の調査よりも2.5ポイント減少したが、依然9人に1人が苦しい生活を余儀なくされている。ただし、ひとり親世帯の貧困率は44.5%」(「いばらき春秋」)とあります。これをどのように見るか、さまざまな意見があるでしょうが、子どもたちの叫びや悲鳴が聞こえてきそうです。「こども家庭庁」などという怪しげな官庁を作って何をしているのでしょうか。満足に毎日の食事がとれない子どもたちを放置していていいのですかと言いたいくらい。政治や政治家に期待するのではなく、「税金」を扱う側の人間の責任を感じ取ってくれと言いたいんですよ。「自分さえよければ」という利己主義は、結局は社会を貧しいものにしてしまうでしょうね。「この現実をみよ(Don’t close your eyes to this reality)」と、ぼくはいつも自分に言い聞かせている。

【いばらき春秋】夏休みはカウントダウン。宿題に追われている子もいれば、思い出づくりにラストスパートをかけている子もいるだろう▼この時季を迎えると、以前取材した男子小学生が語った「早く2学期が来てほしい」という言葉を思い出す。その理由は明確。夏休みが終われば給食が食べられるからだ▼彼は龍ケ崎市のNPOが開く無料塾に通っていた。そこには満足に服が買えず一日中体操服で暮らす子や、いつ食べられなくなるか心配で、休憩で出される食事を吐くほどまで食べてしまう子もいた▼厚生労働省の調査では、平均的な収入の半分以下で暮らしている、「貧困」と呼ばれる家庭の子の割合は11.5%(2022年)に上る。18年の調査よりも2.5ポイント減少したが、依然9人に1人が苦しい生活を余儀なくされている。ただし、ひとり親世帯の貧困率は44.5%▼本紙データベースで「子ども食堂」を検索すると、出だしは約10年前。子ども食堂サポートセンターいばらきによると、県内の子ども食堂の数は約260カ所まで増えた。貧困の連鎖を断絶させようとする活動が頼もしい▼しかし、どこもこの物価高に悩まされている。現在知事選が真っただ中。苦しむ子どもたちのための論戦もお願いしたい。(臣)(茨城新聞・2025/08/25)

 (ヘッダー写真は「子どもたちのつらい気持ちに“寄り添う”サイト 絵本作家ヨシタケシンスケさんの思いは… 夏休み終わるこの時期、話題に」日テレNEWS・2024/8/27)(https://news.yahoo.co.jp/articles/ed93ffd379ab13816df878a2adca4be25b2466bb) 

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「徒然に日乗」(830~836)

〇2025/08/24(日)ただ今午後9時前。室温31.3℃。湿度66%。本日も猛暑日だった。お盆が過ぎた段階から、真夏の本番という気温状況が続く。それにしても、この異常な「高温多湿」、これが常態化していること自体、なんとも凄まじい季節というほかない▶あまりの高温で、政治そのものも「死滅寸前」という状況かもしれぬ▶参議院選挙で各党が公約として訴えていた「政策」(内容)はどうなったのか、ほとんどそれに触れる報道も立ち消え状態。この社会の示すいろいろな指標が、相当の勢いで右肩下がり(社会の衰亡への坂道)であることは隠しようがない。治安の悪化も、驚くばかりの勢いで進行している▶物価高騰ばかりは右肩上がり。どこまで騰がるのだろうか。「計らざる増税」が進行している、台所を直撃している(836) 

〇2025/08/23(土)さらには続く。お盆も過ぎ、暦の上では「処暑」と言うのに、この「超高温超多湿」の天候は終わりそうにない。ひたすら睡眠を確保することに留意している▶昼前に猫缶購入のためにあすみが丘へ。猛暑にもかかわらず、店内は混雑してい。地階が食品スーパーで、一階がホームセンター。ここで猫缶を購入する。本当に食欲が落ちないのには感心する。ほぼ毎週同じ品物を同じ分量だけ買っている。数が多いので、費用がかさむのは当然と思うばかり。さすがに猛暑は猫にとってもつらい日々が続いていると、同情はする。幸いに夜間はかなり凌ぎやすくなるし、多くは家の外で寝るので、その分の猛暑からの避難効果はあると思う。ただ、外敵もいることだから、それだけが心配▶庭の内外の植木や雑草類の異様な成長ぶりに肝を冷やしている。しかし、この気候では庭に出ることすらままならないのだ。(835)

〇2025/08/22(金)ただ今、午後9時過ぎ。室温30.7℃、湿度74%▶昼前に買い物のために茂原まで。いつも通りの食品が主たるもの。毎回、会計する段になると、どうしてこんなに物価が高いのかという思いがつきまとう。高物価は致し方ない、外的要因よって上がらざるを得ないのだからと言われるが、本当にそうか。いわゆる「便乗値上げ」が主流になっていないだろうか。細かいことは省くが、「増税なき増税」を演出しているのが物価高騰を放置している「政治」なのだろう。このところの物価上昇率は3%余だが、食料品に限れば8%と言う。これを止めるための政策がこれまでに積極的に打たれたのかどうか。要するに「増税なき増税」策、それが物価高を放置している政府であり、財務省なのだと思う▶本日も超高温超多湿の一日だった。「どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ」というばかりの猛暑続きだ。体が悲鳴を上げている、その叫びが我が耳にも聞こえてくる。猫も暑さで参っている様子がありあり。834)

〇2025/08/21(木)本日も「猛暑日」が続いた。関東地方に限らず、劣島全体で異様な高温記録が報じられている。加えて、西方面では台風11号が鹿児島に上陸。集中的な豪雨をもたらしている。また北海道や東北地方でも集中的な豪雨が発生している。劣島全体が、異様な気候変動に翻弄されている状態。異様な高温と集中豪雨が夏野菜や稲作の収穫量に大きな影響を与えるのでは危惧されている▶午後二時過ぎに、突然雷鳴がとどろいた。晴天碧空の中、にわか雨の降る気配がなかったが、少しずつ雷鳴が間隔を狭め、かつその響きも大きくなり、いよいよと思ったが、こんな状態が20分も続いたか。猫たちが急いで家に入る頃に、ぽつりぽつりと降り出した。結果的にはそれなりの降雨量があった。30分も続いたろうか。それでも、一気に気温は下がり、やや凌ぎやすくはなった。(833)

〇2025/08/20(水)前日準備しておいた「ビン・カン」回収袋を朝6時過ぎに回収所まで持参。予想した通り、カンの総量は用意されている回収袋には入りきらないかった。夏場でも猫たちの食欲が衰えないこと、加えて、外の猫(♂2匹)の食欲が半端ではないのだ。朝夕二回、まるまるひと缶ずつ用意するがほとんど常に完食。家にいる猫たち(すべて手術済み)と喧嘩する恐れがあるので、何よりも食欲を満たしておこうという心配りのつもり。以前ほどには激しくいがみ合わなくなった(と当方は期待半分で、思っているのだ)のも、そのおかげかもしれない。それにしても猫たちの食事量は大変なもの▶お昼過ぎに茂原まで買い物。とても暑い一日で、気が遠くなりそうな凄さ。これまでの蓄積された体力消耗分に加えて、更に猛暑と多湿が波状攻撃をかけてくる勢いがする。できるかかぎり時間を見つけては「仮眠」をするようにし、睡眠時間を確保している▶夜九時を過ぎても30℃以下にはならなかった。しかし幸いなことに、夜間にはかなり涼しくなるので、暑くて眠れないということがないのは救い▶午後、家の前の道路で、猫たちがなにかを前にして遊んでいる。近いづいてみると「蛇」だ。今年初めて見たが、まだ小さかったので、草むらに逃がしてやった。一瞬、この草むらを、数日後には除草する予定だがと思ったが、まあ、その時はその時とばかりに逃がした(勝手に逃げた?)。我々にとってはなかなか野性味のある住環境。野生動物や昆虫類には当たり前の自然環境というのだが。(832)

〇2025/08/19(火)ただ今、午後9時過ぎ。室温30.2℃、湿度70%。本日も超高温・超多湿の一日だった。気象庁の長期予報では、9月10月も平年よりも高温が続くと出ていた。まさに四季が消えて、二季の時代が始まっていると思われる。湿度が異様に高い状態との長期予報はとても気になる。昨夏も感じたが、ここにきて、体力消耗が著しいという感覚が消えない▶明日は月に一回の「ビン・カン回収日」だが、当方の「ビン」はすべてがプラスチック(天然水用の2㍑容器がほとんど)だし、カンは猫用缶詰め(アルミ缶)がほとんどすべて。水分補給用に麦茶などの容器も増え、これまでにない量になったのがわかる。猫缶に関しては、おそらく外猫(野良)2匹分が加わって、かなりの増量になっていると思う。2匹ともで、とても触ることができないので、手術などもまず不可能状態。家猫と喧嘩をしないようにと、食事だけはふんだんに与えているのだ。回収用に用意されている「袋」の大きさ(容量)が決まっているので、毎回の消費量が一目瞭然とするのだ▶「コラムで『ならばせめて日本名を使うな』…週刊新潮の高山正之さん『変見自在』連載終了」(読売新聞・2025/08/19)とても嫌な感じのする「差別確信犯」というべき人間と雑誌社の悪質コラボは、さらに形を変えて続行されるはずだ。「差別禁止法」というような法律を作って、差別や排外主義は厳しく罰するべきだと思う。実害(被害者)を伴う「掲載」は「表現の自由」とは種類は別物。(831)

〇2025/08/18(月)とても蒸し暑い一日。猛暑は一向に衰える兆しは見えず、さらに続く予感がする▶お昼過ぎに買い物で茂原まで。相変わらずの混雑ぶりだった▶昨日だったか、町役場から「地域振興券」(3500×2)が送られてきた。どういう趣旨かどこにも書いていなかったので、よくわからない。それにしても、こんな「金配り」行政(政治)は昔からのことだったのか。政治や行政が、事あるごとに「金を配る」、その魂胆がぼくにはわからない。政治行政以前の「住民買収」に他ならないと言いたくなる。今回の「振興券配布総額」は約2000万円だと思われる。町の会計規模からして、もっと違う金の使い方があるのではないかと、いつも思ってしまう。恐らく、国レベルの政治手法を模倣しているだけのことかもしれないし、国から交付善我来ているのだろうか。役場で確かめてみたい。▶米露怪談は不毛そのものだと思う。その後、欧州諸国も含めての対談が謀られているけれど、よこしまな予断をもった米大統領主導の「和平交渉」など、もってのほかという気もするし、米国大統領に何の成算があるはずもない、アメリカの力を誇示しているだけのことと思うのだ▶夕食のさなかに電話。卒業生が8月末に来宅したいという。この数年はほぼ毎年、隣町の千葉市誉田にある老人介護施設に入っておられる祖母の見舞いに訪れるのが年中行事。本年は遅れたが、施設訪問の後に来宅したいとの電話。祖母上は御年102歳になられたという。(830)

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「仏道は人々の脚跟下にあり」

【潮流】脚下照顧の夏 山口市にある妻の実家を先週訪ねた際、玄関脇にかかる色紙に目が留まった。「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」。曹洞宗の教えで、添え書きには〈自分の足もとをよく見直しなさい〉。他人をとやかく言う前に、己の言動を顧みよという深い意味があるそうだ。🔷この盆休みは山口帰省に先立って、東広島市で私の両親の三回忌法要を営んだ。しのぶ親戚たちの話はいつしか、政治談議へと。「石破さん(茂首相)は辞めるべきだ」「いや、参院選で負けたのは自民党全体の責任でしょ」。おのおの率直な思いを口にしていた。🔷選挙区に戻って、夏祭りなどであいさつ回りを重ねた国会議員たちも、有権者の「生の声」に触れたことだろう。🔷お盆に政治は動く―と永田町取材でよく聞く。それを目の当たりにしたのは2021年、菅義偉氏から岸田文雄氏への首相交代劇である。🔷コロナ禍の出口が見えない中、菅氏は広島原爆の日の式典であいさつ文を読み飛ばす失態を演じる。被爆地選出の岸田氏はあきれ、地元支援者からも「取って代わるべきだ」と背を押されたという。自民党総裁選への立候補表明は8月26日。お盆の間に自らの政権公約などを練ったのだろう。表情も声色も月初めとはまるで違っていた。🔷今回の政局は見通しにくい。なぜなら各種世論調査で石破内閣の支持率が今月、一定に回復したからだ。背景として考えられるのは、いわゆる「裏金議員」が倒閣運動の糸を引いていることへの違和感と、石破氏への「判官びいき」だろう。🔷何にせよ、足の引っ張り合いは見苦しい。国民が自民党に求めるのは、それこそ「脚下照顧」の姿勢だろう。首相の率先垂範は言うまでもない。(中國新聞・2025/08/24)

 (ヘッダー写真は「1000人超が一斉にオンライン座禅 横浜の総持寺で「世界禅Challenge」開催、国内外12寺院つなぐ」東京新聞・2024/05/14)

◎ 週の初めに愚考する(八拾四)~  もう三十年ほども前になったでしょうか。勤務先で、ぼくが担当していた授業に講師として、ひとりの女性作家をお呼びした。授業が終わり、懇意の人たちで小さな宴会を持ったことがあります。その人の書物出版を強く望んでいた出版社の経営者も来られた。十人くらいの集まりを大学の近くの寿司屋で開いたのです。ほとんどが座についた際に、最後にゲストとして京都から来られた講師(随筆家)が、座敷に上がろうとされたとき、ぼくは座敷前の「三和土(たたき)」にあった靴・靴・靴があまりにも乱雑に脱ぎ捨てられていたので、それを一足ずつ揃え直していた。その時、その随筆家が「まあ、こんなことをしはる人だったんですね、〇〇さんは」と驚かれたのだった。その時の彼女の声の大きさと、「よく揃えられましたね」と言わぬばかりの感心のされ方に、ぼくは肝を冷やした。今でもその時の驚きを忘れられません。Oさんは「脚下照顧」ということばを御存じだったと思う。口に出しては言われなかったが、それは間違いなかったとぼくは確信していました。

 「座禅」だとか「只管打坐(しかんたざ)」などと生半可なことを言う人は多いし、それは仕方のないことと思うだけですが、同じように「悟りを開く」「得道悟達」などと、素人はともかく、禅僧などが言うのを耳にすると、ぼくは眉に唾を付けることにしている。この「脚下照顧」もそれに同じでしょうか。この「四文字」は、しばしばあちこちの禅寺の玄関口で見かけることがありました。深い意味とは、どういうことか。「他人の批判をする前に、自分の過去の言動を見つめ直してよく考えるべきであるという自己反省の教え。または、身近なことこそ気をつけるべきという戒め。もとは禅宗の言葉」(四字熟語オンライン)と解説されています。「自己反省」の必要性と重要性ということのようですが、ぼくは極めて素朴に「足元・足下(履物)を揃える」こと、そう受け止めている。自分のものは言うまでもなく、他人の分までもていねいに揃える。なぜ揃えるか、全体が揃えられ、整えられていると心持がすっきりするからです。それだけのこと。それだけのことですが、すべてに通じることでもあるでしょう。

 同じような言葉が「典座教訓」にあります。「回向退歩返照(えこうたいほへんしょう)」という。「典座」とは禅宗における「食事係」で、「典座教訓」とは道元の著した禅宗食事万般の古典でした。日常の食事の(準備の)中にこそ、実は「禅の核心」があるという意味で、中国へ渡った際に当地の禅僧(典座)から学んだ「典座のこころ」を、彼は正しく「日常のすべてが仏道修行であり、そこに本務と雑務の区別がないこと」(秋月龍珉)と喝破したと言われる。「退歩返照」とは「物事への執着をやめ、反省して自分自身の心を理解すること。『退歩』は基本に立ち返ること。『返照』は反省して自身の心を理解すること」(四字熟語辞典)と説かれています。「省察(reflection)」「自省(self-reflection)」という意味でしょう。何だそんなことかとぼくたちは考えてしまいます。でもどうでしょうか、「反省なら、猿だってする」と言われるほどに、実に浅薄にとらえ、自らを偽っているんでしょうね。

 もう少し「抹香臭い話」を「抹香臭くなく」駄弁ります。

 鎌倉末期・南北朝初期の臨済宗の僧だった三光国師(弧峰覚明)(1271-1361)が、ある人から「如何なるか是れ祖師西来意(そしせいらいい)』と問われた。「達磨大師が印度から中国にやってきた目的は何だったか」と。 「仏道は人々(にんにん)の脚跟下(きゃくこんか)なり」と述べたと、道元さんは書いている(「学道用心集」)よほど禅宗(道元さん)は「足元・足下を見よ」ということが好きだったと見えます。「灯台下暗し」では仕方がないではないかというのでしょう。自分の足元が見えない・見ないでどうするんですかということだったと思う。深い意味は、そこにしかないのであって、わざわざ無理に敷衍することもないでしょう。自分の脱いだ履物を揃えなさい、できれば他人のものも、そうすれば、心持ちはすがすがしくなるのではありませんか、と。

 圜悟克勤(えんごこくごん)(1063〜1135)という「碧巌録」の著者となる、中国宋代の禅師の逸話があります。その昔、師とともに道を歩いていて、突然、師の持つ提灯の火が消えた。即座に、師は「さあどうする」と問うた。克勤は「看脚下」、「足元・足下を看よ」と即答したという。「知らず、脚跟下に大光明を放つことを」(「碧巌録・第一則」)とあります。それを受けて、道元禅師は「仏道は人々の脚跟下にあり」と追言したのでした。

 遠慮深謀・深謀遠慮などといいます。「遠い将来のことまで見通しつつ周到な計画を立てること、または、そのような周到な計画のこと。深く遠く考えを巡らすこと。深謀して遠慮すること。綿密かつ時間的スケールのの大きな策謀」(デジタル大辞泉)ことばはそうですが、はたしてそんなことを真面目に考える人がいるのでしょうか。ロクでもないことにこそ、深慮遠謀が似合うのではないかとぼくは愚考しています。最澄さんは「一隅を照らす、これ国宝なり」と言われたそうです。それも大事ですが、ぼくにとって「国宝」であるよりも「足下(そっか)」が大事なんですね。

 足下を大事にしなかった・できなかった、永平寺の修行僧たちがたくさんいました。「仏道は人々の脚跟下にあり」と唱えられた道元さんはどう見ておられますか。

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大本山永平寺の修行僧が女子高生にわいせつ行為 14人尻触られる被害 除籍処分に 福井県永平寺町の大本山永平寺で6~7月、同寺の修行僧が宿泊研修中の女子高校生の尻を触るわいせつな行為をしたことが8月22日、同寺への取材で分かった。被害に遭った生徒は14人に上り、同寺は8月1日付で修行僧を除籍処分とした。/同寺によると、除籍処分としたのは福井県外出身の20代の男性修行僧。宿泊参禅研修で訪れた愛知県内の高校の女子生徒に対し、体調不良で休む際や、就寝前に控室で寝る布団を運ぶ際、服の上から尻を触ったという。複数回にわたり被害を受けた生徒もいた。/研修後、生徒が教員に相談し発覚。同寺が修行僧らへの聞き取りや防犯カメラの確認を行い、わいせつな行為を確認した。寺側は高校や被害に遭った生徒に謝罪したという。(以下略)(福井新聞・2025/08/22)

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「問いかけるAI」、それが教師

【滴一滴】答えを教えないAI 先日、岡山県内の商業系高校の研究発表会を聴く機会があった。ある学校の発表で、人工知能(AI)を使って描いた漫画が壇上のスクリーンに映し出された▼立ちはだかる巨大な壁に挑む高校生の姿ー。商品開発に行き詰まりそうになった自分たちを表現していた。ドラマチックな展開に引き込まれた▼いま、全国の学校でAIの活用が広がりつつある。IT企業も教育用AIの開発を進めている。特に注目されているのが、答えを教えるのではなく「問いかけるAI」だという▼「人種差別をなくすにはどうしたらいいか」という課題に対し生徒が「固定概念をなくす」と入力するとAIは「具体的にどういう意味か」と問い返す。「違うところがあると決めつけること」と答えると「なぜ、そんな思い込みをするのだろう」と投げかける。高校の探究学習の授業で、こうした実証実験が行われている▼問いかけに繰り返し答えることで多様な考え方に触れ、問題の本質に迫っていく。自分自身の思考も深まる。まるで、古代ギリシャのソクラテスの問答のようだ▼AIが何でも教えてくれる時代。生徒が安易に頼りすぎることに懸念もあるが、対話を通じた学習には可能性を感じる。社会に出れば、正解のない問題にも向き合わねばならない。困難な壁を乗り越える力が養われるのではないか。(山陽新聞・2025/08/22)

 (ヘッダー写真は「2024年1月から行われているAIを使った探究学習の授業を受ける生徒。左上は教諭=7月、広島市南区」沖縄タイムス・2025年8月8日)(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/gallery/1645509

 「古代ギリシャのソクラテスの問答のようだ」とコラム氏が感心している様子がうかがえる「答えを教えないA I」活用の授業風景です。その場面では「人間教師」がどこにいるのか描かれていません。たぶん、実際にはいるのかもしれないが、「不在」なのだろうと思います。だから「答えを教えないA I」が物珍しく、かつ高く評価されているのかもしれません。「特に注目されているのが、答えを教えるのではなく『問いかけるAI』だという」と感心しきりです。「ソクラテスの問答」のようだというのは、どういうことを指しているのでしょうか。面倒だから具体例は省きますが、肝心なのは「ソクラテス(教師)は答えを教えない」「ソクラテスは質問するばかり」、そこが大事なところなんですね。「おしえない」のは「答えを知らないから」と言えば、どう思われますか。

 ぼくも若いころから、さかんに「問答法」などということをしゃべっていました。その要諦は何か。ソクラテスの教育の方法は「対話術」とも「産婆術(maieutikē)」ともいわれてきました(ソクラテスの母は「御産婆さん」でした)。モノローグ(monologue)(独話術)ではなくダイアローグ(Dialogue)(対話法)、彼が求めた「知」を生み出す方法の極意だったとも言えます。もっと大事なことは、ソクラテスは「答え」を知っていて、それをわざと隠して、相手に問いを発するというものではなく、何よりも彼自身が答えを知らなかったから、深く問う(疑う)ことができたというのです。

 ここまで言えば、もうあとは蛇足になるでしょう。

 繰り返し駄弁り続けてきたのは、ぼくたちの経験する学校の「神話(myths)」、それも手垢で汚れ切った「学校の神話」です。いくつもありますけれど、最も固く信じられている(信じ込まされている)のは「出された問題に答えは一つ」という通弊になっているものでしょう。大学入試に「複数解答」があると、新聞やテレビのニュースになるのはよくあること。どうしても「答えは一つ」に限るという、およそ世間ではありえない、「神話」ではなく、むしろ「寓話(allegory)」でしょう。もっと肝心なのは、その「正解」を知っているのは教師だということです。教師が問題を出し、問題の正解も、当然教師が独占しているということです。ここから何が生じるかは言うまでもないこと。教師の「権威」というか、「偉ぶり」というか。「自尊心」ですね。「教師は問題を出し、その正解を知っていて、それを子どもたちの教える人」、それが積年の相場。学校というマーケットは、もはや時代遅れで、廃(すた)れているんですが。

 元に戻って。「問いかけるAI」というのは、ことばの正しい意味で、ソクラテス的教師のことではなかったか。答えを知っているから教師なのではなく、答えを知らないからこそ、本当に真剣に深く疑う(問う)ことができる、それこそが教師の資格ではないか。「教育」でもっとも意味のある部分は、既成の知識をたくさん持つことなどではなく、問題を深く疑う(問う)ことができる能力を育てることだと、ぼくはずっと考えてきました。辞書(に書かれてある解説・解釈)にさえ、ぼくは疑問をぶつけてきたものでした。「その解説・解釈は一例に過ぎない」と考え、さらに深く疑うこと、それが人間の持てる能力の最良の部分だと考えてきたのです。

 「問いかけに繰り返し答えることで多様な考え方に触れ、問題の本質に迫っていく。自分自身の思考も深まる」と、「問いかけるAI」にいたく感動されているのがわかるのですが、それでは、コラム氏は「教師の存在」をどう考えておられるのでしょうか。もともと、「人工知能」に頼ることは不要であって、文字通り「自然(人間)知能」である「教師」こそが「答えを教えない」「問いかける存在」として生徒たちの前に立つのが、正真正銘の「姿」なのではないですか。「AIが何でも教えてくれる時代。生徒が安易に頼りすぎることに懸念もあるが、対話を通じた学習には可能性を感じる」というコラム氏もまた、長い間の学校教育の犠牲者・被害者だったかもしれません。今頃、この程度のことで何かを言ったつもりになっていること自体、ぼくには深刻な人間知性の危機だと思うからです。

 もう五年以上も毎日、各地の新聞、劣島の諸新聞(のコラム)を読んできて痛感しているのは、申し訳ありませんが、新聞に記事を書かれるすべての人(記者・編集者)は大学出であることの「才能・思考力の限界」というものでした。決められた枠の中で優等生であることを求めているのか、強いられているのか。冒険もなければ、破壊もない。埒内の小心者という気がします。記者を悪く言うという以上に、学校教育の「弊害」をまともに被(こうむ)ってきた犠牲者だという同情心すら湧いてきます。就学期間の長さは、受け身人間を作るのに十分な長さでした。

 「社会に出れば、正解のない問題にも向き合わねばならない。困難な壁を乗り越える力が養われるのではないか」と「問いかけるAI先生」の頼もしさ、有効性を指摘もされている。「正解のない問題」と言われるが、「問題に正解がある」という前提(固定観念)こそ疑ってみたらどうでしょう。答えらしいものは無数にあるのであって、唯一の答え(正解)などはないのだとどうして考えないのでしょう。さしあたりは「これ」で行こうというだけ。間違いだとわかれば訂正すればいいだけのこと。

 「AI」などに便りきりになるのではなく、教師という生身の人間にこそ「学校教育の活路を求め続けなければ」と言いかけて、ハタと、ぼくは言葉を続けることができなくなっている。訓練の足りない、不注意極まりない、横道にそれる教師も少なくない時代。それもこれも「学校教育の被害者」と言ってしまうには、われながら、あまりにも情けない気がしてくるのです。(ぼくは「AI」を拒否も否定もしません。有効性を見出されるなら、使いこなせばいいだけのこととは思うが、使いこなせないで、使われるのがオチならば、止めておいた方がいいでしょう。「何のために生きているの?」という、思わぬ陥穽(深み)に嵌(はま)るのがオチだという気もしているから。

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(蛇足として、以下に、伊勢新聞のコラム「大観小観」の記事を引用しておきます。百年一日の「議論にもならない議論」が、そこにはあります。「学校教育の弊害」は恐るべき深みと広さに及んでいる。もはや回復は不可能のようです。この全国テストは、個人の「学力」にいかなる意味を持っているんですか。普段の授業は何のために行っているのだろうといいたいね)

【大観小観】▼県教委は小6と中3を対象に実施した本年度の全国学力テストの結果を発表した。小中共に、全ての教科で平均正答率が全国平均を下回る厳しい結果だった▼その全国平均正答率も国語と算数・数学で小中共に、前回を下回り、中3数学は5割を切った▼ほぼ同じ問題(非公表)を出して原則3年ごとに比較する文科省の経年変化分析調査(令和6年度)の結果では、前回(同3年度)より全教科で成績が大きく下がった。子どもがゲームやスマートフォンを使う時間が前回より増え、学校外の勉強時間が減っていた▼全国的にSNS(交流サイト)や動画視聴に費やす時間が延びている。使用時間が長いほど、正答率が低くなる傾向がある▼全国ゲーム力調査をすればハイスコアが期待(懸念)される▼テレビやスマホの動画を見続けていると、学力テストを含む書き言葉の文化から引き離されてしまう。映画に魂を奪われた松阪時代の小津安二郎は2浪している。県教委学力向上推進プロジェクトチームが呼びかけるように、「自ら学ぶ習慣を身につける」には「読書をする」のが手っ取り早い。(伊勢新聞。2025/08/21)

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本日天気晴朗ナレ共波髙シ

 いつのころからか、天気予報には必ず目を通すことになった。勤め出してからだとしても、もう半世紀以上続いています。まだ学校に入る前、大叔母に「天気に不平を言ってはダメだ」と言われたことが深く記憶の底にある。誰にとっても「雨は雨」「嵐は嵐」なのに、それに文句を言う人がいれば、慫慂としてそれに従う人もいる。学生時代に、フランスの哲学者(高校の教師)から「雨の日には笑え!」(「悪い天気の日には、いい顔を」)という、人生歩行の鉄則を学んだことが、その後のぼくの拙いながらも、一人歩きの道標になりました。泣いても笑っても「雨は止んではくれないさ」です。だからこそ「明日天気になーれ」と願う気持ちが生じるのでしょう。いまでも、必ず一日に一回や二回は「天気予報」のニュースを見る。

 その大半は千葉市に本社があるウェザーニュース(WN)の情報です。民間の気象予報会社ですが、なかなかの情報発信ぶりで、長く視聴している。最近は、番組が少し横道にそれるような傾向があるので、それには付き合わないで、ひたすら天気図や予報種に的を絞っています。もちろん、地震速報も正確かつ速報性も他に劣らないので、ついつい長時間見てしまう。

 本日の予報の一部を以下に出します。もちろん、拙宅のある地域のピンポイント予報(予想)もありますので、目が離せない。なぜ、そんなに拘(こだわ)るのかと言うと、大したことではないのです。この先に雨が降ると予報が出れば、ぼくの気持ちが「それに応じる体制」を整える、それがとてもぼくには大切なんですな。もちろん、予想ですから外れることもある。その時はその時。ただ、現下の天気予報報道で判らないことはいくつもあります。その一つ、雨の降る確率は何%という、その確率がどういうことを指しているのか、素朴な疑問です。まあ、確率論の、ある種のマヤカシみたいで、とても気になります。

今日8月22日(金)の天気予報 関東から西は厳しい暑さ 九州は台風の影響で強雨注意
【 天気のポイント】
・関東から四国は猛暑に警戒を
・九州は雨の強まるところも
・北日本は天気下り坂
今日22日(金)は関東から四国にかけて強い日差しが照りつけ、厳しい残暑が続きます。万全な熱中症対策が欠かせません。
台風の影響を受ける九州は、南部を中心に激しい雨となるおそれがあります。北日本は天気が下り坂で、北海道では夜に雨の降るところが多くなる見込みです。

関東から四国は猛暑に警戒を 関東から中国四国にかけては強い日差しが照りつけます。昼間は35℃前後まで上がるところが多く、万全な熱中症対策が欠かせません。
午後は大気の状態が不安定になり、山沿いを中心に急な雷雨となる可能性があります。空の変化に注意をしてください。(以下略)(2025-08-22 05:40 ウェザーニュース)(https://weathernews.jp/news/202508/220036/)(下の図表も)

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 「降水確率予報で確率30%といった場合、そのような予報を100回すると約30回で対象時間内に1mm以上の降水が、約70回で1mm以上の降水がない」ということらしい。(参照「そらくら」・https://sorakura.jp/20240427201-2/)雨が降るか降らないかは、五分五分、つまりは、それぞれ2分の1の確率ですが、確率論的に言うと、それは間違いだとなります。選挙での当選確率も同じ、三人の候補者の、どの人の当選可能性も五分五分(2分の1)ですし、多くの人はそれぞれ3分の1ともいうでしょうが、プロはそういうことは言わないものだとされます。確率が10%と90%では、当然のこと、段違いというわけ。

 昨日など、午後も真夏の酷暑、晴天で陽射しはガンガン出ていました。当然「発雷確率」「降雨確率」はともに「ゼロ」だったにもかかわらず、午後3時ころだったでしょうか、当地ではその昔の「夕立ち」のような降り方で、30分もしないうちに止みました。「天気には文句はいうな」というのは肝に銘じていますけれど、「天気予報には文句が言いたい(時もある)」ということだね。

 突然の降雨には嫌な経験がいくつかある。家中の布団を丸干しするために、物干しなどに出したままかみさんと使いに出かけたまではよかったが、途中で雨が降り出して大慌て。道路が混んでいて、なかなか帰宅できないまま、布団はびしょぬれになっていた。今のようにコインランドリーのない時代、布団が元に戻るまでに何日もかかった。と言うように、何事によらず、「注意が肝心」ということで、いざ、と言う時に慌てないためにも心の準備ができていると穏やかに過ごせるね、と言うだけの話です。ぼくは生来、慌(あわ)てるのが大嫌い。大慌てで走るなんて、とてもできない相談だったな。  

 本日の当地の予報も「降水確率はゼロ」、「最高気温は34℃」とあります。それは気象庁等の発表であって、「手元の温度計」では「38℃」、いあ「40℃越え」かもしれません。本当に、心身が萎(しお)れるか、火傷(やけど)をしてしまうような「超高温」「超多湿」の日が続きます。「初夏」「盛夏」「衰夏」の、いまは「盛夏」あたりでしょうね。お互いに、くれぐれも留意したいものです。

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●秋山 真之(アキヤマ サネユキ)=明治・大正期の海軍中将 生年慶応4年3月20日(1868年) 没年大正7(1918)年2月4日 出生地伊予国松山(愛媛県松山市) 別名幼名=淳五郎 学歴〔年〕海兵(第17期)〔明治23年〕卒 経歴15歳で上京して大学予備門に入学。同期に同郷の親友・正岡子規がいた。明治19年海軍兵学校に転じ、23年首席で卒業。25年海軍少尉、27〜28年の日清戦争に軍艦・筑紫の航海士として参加。29年10月大尉、11月軍令部諜報課員。30年アメリカ留学。31年米西観戦のため米国運送船などに乗り組んで観戦報告を送った。32年4月アメリカ駐在、同年12月イギリス駐在、33年5月帰国。同年8月軍務局員、同年10月常備艦隊参謀。34年10月少佐、35年7月海大教官、36年10月常備艦隊参謀、同年12月第1艦隊参謀。38年6月連合艦隊参謀として日露戦争に参加、東郷平八郎司令長官の幕僚となり、黄海開戦、日本海海戦で丁字戦法、2字戦法などを献策、勝利に導いた。特に日本海海戦での名電文「本日晴朗ナレドモ波高シ」は戦略家・名文家としての名を高めた。同年11月海大教官となり海軍戦略などを講義。41〜43年秋津州、音羽、橋立、出雲各艦長。大正3年4月軍務局長としてシーメンス事件の処理に尽力。6年12月中将に昇進したが、翌年病没した。(20世紀日本人名事典)

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