夏草や 兵どもが 夢の跡(芭蕉)

 中学生だった頃、国会が開かれると「所信表明(施政方針)」(首相)、「経済・財政演説」(財務(旧大蔵)大臣)、「外交演説」(外務大臣)、この三本の演説は恒例行事で、新聞は懇切丁寧にその「解説」を行なっていたものでした。どの演説も、その概要は掲載されていましたので、ぼくはなぜだかよく読みました。誰に強いられたのでもなく、真面目に読んでいたと思う。恐らく、その当時(今から65年以上も昔、昭和35年前後)、この国は「敗戦後の復興」も道半ばで、すべてが貧しいままの状態に辛苦していたのですが、その貧しさの中にも「真面目」「正直」「助け合い」と言った、社会正義が死んではいなかったと思う。もちろん、寝惚けたままで生きていた中学生のぼくでしたから、何をどう分かっていたか、我ながら判然とはしませんが、それでも「嘘はつかない」「他人と争わない」「どんな時も相身互い身」、そんな気分は横溢していたような気もします。

 なにしろ、気の遠くなるような昔の話ですから、多分に脚色しているところがあるでしょう。当時の社会科の授業で、担当教師(その風貌は鮮明に記憶しています)、S 先生が、「今年(1959年)度の国家予算」は「イッチョウヨイクニ(1兆4192億円)」だと教えてくれました。毎年度の予算額に「ニックネーム」(語呂合わせ)をつけていたものでした。以来幾星霜、国会も様変わりし、予算規模も百倍になった。ぼくの政治(国家予算)に対する関心の持ち始めは「イッチョウヨイクニ」でしたね。ある時期からはこの「語呂合わせ」もなくなった。そんな悠長なことはしておれぬという、窮屈な時代になって来たからでしょう。

(ヘッダー写真は「ライトアップされた国会議事堂」=2019年10月25日、東京都千代田区【時事通信社】)(左写真は農場と化した国会前広場、1946年6月。国会議事堂は1936年11月に完成しましたから、来年で90年目)

 仮に、当時(1960年前後)の勤め人の給料が一万円だったとして、国家の予算と同じような規模(割合)で上がり続けていれば、今日では100万円。そのような給料で果たして十分な暮らしが維持できているでしょうか。あるいは万々歳、上等すぎると思われるでしょうか。この昭和三十五年当時、「13800円」という流行歌がフランク永井という歌手によって謳われていました(1957年1月発売)。民衆の多くは質素と言うか、健気と言うか。ぼくは幼すぎる「青春」の真っただ中にいたと思う。もちろん、たった一人で、野山を駆け回っていた時代でした。「13800円」がどれくらいの価値だったか、ぼくには知る由もありませんでしたが、それから65年過ぎてしまえば、時代の趨勢は、風紀紊乱に流れ、世相いよいよ殺伐となり、その社会力(助け合う力)は衰えてしまったということを痛感しているのです。(*フランク永井「13800円」:https://www.youtube.com/watch?v=1eO0f_E7paU&list=RD1eO0f_E7paU&start_radio=1

 昨日、久しぶりに「首相の演説」を飛ばし飛ばしで聞きました。とてもではありませんが、空回りする言葉の羅列、全部を通して、一気呵成に聴けたものではなかった。だから、ぼくは首相官邸編の「全文」を、それも苦しみながら、ゆっくりと読んでみたという次第。読んでみた感想と言おうか、批評と言おうか、自分ながらに、空しくなったし、悲しくなりましたと正直に白状しておきます。もちろん、今どきの政治家、特に首相という存在が、どの程度の代物であるかは篤と承知しているつもりでした。新米首相に関しても、ぼくはその知性や人間性の、欠片(かけら)・部分のようなものは知っているつもりだったが、直に「所信演説」を聞いて(読んで)、これほどまでに「空虚」「浅薄」「浅識」「浅墓」「軽躁」…、本当に情けなくなった。「可哀そうな人」などと、いたく同情しもしました。こんな人しか首相にならない国や時代は、とても不遇というか不幸というか。国家のかじ取りを任せられないよ、そんな感情が湧いてきましたね。「お前、それはあまりにもひどい。許せない『罵詈雑言』ではないか」と、大方からは謗(そし)られ、罵(ののし)られるかもしれませんけれど、正直・率直に言うなら、それほどに、ぼくの想像を超えて、この御仁の中身は「空無」「空語」「空想」の著しいものがありました。

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 理想と現実、試される柔軟さ 高市首相の所信表明、際立つ「安倍色」 高市早苗首相が24日に臨んだ初の所信表明演説には、首相が抱く「理想」と、少数与党として直面する「現実」への苦悩が入り交じる。/際立つのは、首相が政治の師と仰ぐ安倍晋三元首相を想起させる「安倍色」と、安全保障を重視して「強さ」を前面に押し出す保守的な内容だ。
「強い経済を作る」「力強い外交・安全保障」――。演説原稿には、文中の見出しを含めて「強い」が計10回、「安全保障」は計18回も登場した。/「強い~」は安倍氏が演説で多用した言い回しだ。第2次安倍政権で初の所信表明演説(2013年1月)では「断固たる決意をもって、強い経済を取り戻す」と呼びかけ、場内から喝采を浴びた。首相が演説で2度にわたって言及する「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」も安倍氏が好んだ言葉だ。表現を含め、後見役だった安倍氏の政治手法を強く意識しているのだろう。
最優先課題は「物価高対策」とし、経済重視を強調する一方で、政策面で最も踏み込むのは安保政策だ。国家安全保障戦略などの安保関連3文書について、来年中の前倒し改定を目指すなどと表明した。/だが、「安倍1強」と言われた安倍政権と、少数与党に転落した現在では政治状況は大きく異なる。演説では、日本維新の会が掲げる副首都構想や社会保障改革など新たな連立相手の看板政策や、野党と合意した政策の説明に多くの時間を割いた。「政治の安定」に向けて、野党の政策提案に「柔軟」に向き合う考えも強調した。
理想と現実に向き合い、強さに柔軟さを織り交ぜながら政治を前に進められるのか。首相の政治手腕が試されることになる。【飼手勇介】(毎日新聞・2025/10/24)

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 まず、自分の言葉がないということ(空無)(絶無)、次いで物事(案件)の次第(無内容)を列挙して、それで事足れりとする姿勢そのものが「軽薄」でした。もちろん、ぼくは彼女を買いかぶっていたのではありませんが、十分に底の浅さを測り違えていたということは認めます。彼女自身以上に、永田町の住人の「知性」が酷(ひど)すぎるということの証明にもなるでしょう。「所信」の内容に入るのは止めておきます。泣きたくなること間違いなしですから。内容浅薄、言語(感覚)一切空虚。ぼくが抱いた評価(非難)は、この首相の「あこがれ」だった故元首相とそっくりで、元首相も「(歴史的な)浅薄総理大臣」だったと、ぼくは今でも評価している(評価していない)のです。なぜ、彼が史上最長の在任期間を誇ることができたか。(「長きがゆえに尊からず」)そもそも、なぜそんな無能な人間が首相に就任した・できたのか。ぼくは、それは彼が「時宜(幸運)を得たからだ(He was lucky and timely)」と論じたことがあります。総理の座に座った議員では、「ああ、ラッキー」という人の方が多いくらいですね。

 たしかに「時宜に叶う」ということであったと思っている。「時宜(人材の空白期)」を得ることは誰にだってできることではありませんから、「時がちょうどよいこと。適当な時期・状況」(デジタル大辞泉)つまりは、宝くじに当たるようなもので、運がよかったという意味です。運もまた「才能」とは言いたくありませんが、そういう奇蹟・奇遇は何処にでも起こり得ます。では、現首相はどうか。やはり「時宜を得た」「時宜に叶った」のでしょう。でもこの先も「時宜を得続ける」か、時宜に叶い続ける」か、それは分かりません。ぼくの見立てでは、この職を、長く全うできる人材だとはとてもとてもとても、夢にも思われない。「鉄の女」とか自称もされていますが、錆(さび)だらけだし、実に情緒過多の「感情屋」だと思う。

 言葉だけが浮き上がっていました。「強さ」が10回、「安全保障」が18回、演説中に使われていたという。強さを願望し、国力(国防)強化に執念を燃やしているのは分かりますけれど、何か大きな勘違いをされているように思われます。「強い」「強く」という単語を使えば、物事は強くなるものでもないし、この国の現状で、安全保障や国防強化を何のためにするのかという、根本の疑問がいつまでも消えません。どこと戦うのだろうか。戦いたいのだろうか。「流言飛語(りゅうげんひご)」という言葉が浮かびました。「口づてに伝わる、根拠のない情報」(デジタル大辞泉)、それを首相自身が国家議事堂から流しているのではないかとさえぼくには思われました。地に足をつけ、現下の国情をつぶさに見るなら、さらに「別乾坤(世界)」が見えるのではないでしょうか。首相が見ているのは「錯覚」「幻影」の仕業による「夢物語」のような気がしてきました。「色即是空 空即是色 受想行識亦復如是」(「般若心経」)

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 1 始めに 私は、日本と日本人の底力を信じてやまない者として、日本の未来を切り開く責任を担い、この場に立っております。
 今の暮らしや未来への不安を希望に変え、強い経済をつくる。そして、日本列島を強く豊かにしていく。世界が直面する課題に向き合い、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す。絶対にあきらめない決意をもって、国家国民のため、果敢に働いてまいります。
 「政治の安定」なくして、力強い経済政策も、力強い外交・安全保障政策も、推進していくことはできない。この思いを胸に、「日本再起」を目指す広範な政策合意の下、自由民主党、日本維新の会による連立政権を樹立いたしました。
 さらに、国家国民のため、政治を安定させる。政権の基本方針と矛盾しない限り、各党からの政策提案をお受けし、柔軟に真摯(しんし)に議論してまいります。国民の皆さまの政治への信頼を回復するための改革にも全力で取り組んでまいります。
 それが国家国民のためであるならば、決してあきらめない。これが、この内閣の不動の方針です。
 2 経済財政政策の基本方針
 何を実行するにしても、「強い経済」をつくることが必要です。そのための経済財政政策の基本方針を申し述べます。
 この内閣では、「経済あっての財政」の考え方を基本とします。「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させることを目指します。この好循環を実現することによって、国民の皆様に景気回復の果実を実感していただき、不安を希望に変えていきます。/こうした道筋を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。(中略)
 12 結び 以上、ここに述べました所信に則り(のっとり)、必ずや、日本列島を強く豊かに、日本を再び世界の高みに押し上げてまいります。/「事独り断(さだ)む可(べ)からず。必ず衆(もろとも)と与(とも)に宜(よろ)しく論(あげつら)ふ可(べ)し」/古来より、我が国においては衆議が重視されてきました。政治とは、独断ではなく、共に語り、共に悩み、共に決める営みです。私は、国家国民のため、各党の皆様と真摯に向き合い、未来を築いてまいります。
 どうか皆様、共に日本の新たな一歩を踏み出しましょう。/御清聴ありがとうございました。
(*第219国会における高市内閣総理大臣所信表明演説(令和7年10月24日閣議決定)(首相官邸・令和7年10月24日)(https://www.kantei.go.jp/jp/104/statement/2025/1024shoshinhyomei.html)

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 ぼくはたった一度だけ、国会に出かけたことがあります。かなり前ですが、衆議院の憲法調査会に呼び出され、「教育に関して愚見を述べろ」と言われたからでした。もちろん、ぼくが進んで出かけることはありえないわけで、ぼくの友人の政治学者が、当時の有力政治家(と目されていた、今は故人となられた)にぼくの名前を教えていたからで、友人との誼(よしみ)で赴いたまで。二度と行くところではないと思いましたね。(この逸話にはどこかで触れています)現首相は「傀儡(かいらい・くぐつ)(puppet)」(「自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊」(デジタル大辞泉)だと言いましたが、人形を操る輩はたくさんいる。この「所信表明」演説は、並みいる官僚たちの「作文合戦」「文章切り貼り」の結果、出来上がった「お粗末の一席」であるのは一目瞭然、そして一読暗然とします。

(左上写真:NHK「国会議事堂 夜景ズームイン 東京都千代田区永田町にある国会議事堂の夜景。すっかり暗くなった中、国会議事堂の建物だけが明かりに照らされ浮かび上がっている。高さ65メートルあまりの中央塔にゆっくりとズームイン。2008年9月撮影)

 官僚たちの脳力(能力)も地に堕ちていますね。ただ今現在の人民の苦しみはそのままに(物価は上がり続け、それによる税収増は確保できるし、円安誘導による輸出産業でもある大企業の収益も増えるし、もちろん、それに連動して株式は値上がりを続けます。大企業や資産家はさらに富むという構造を温存しますという「演説」でした)加えて、米国に精一杯阿(おもね)るために、もっぱら防衛力増強に腐心し、武器輸出も図る。あるいは憲法改正による「強い国家」「美しい国」づくりに身命を賭すと言わぬばかりの「所信表明」でもありました。国民窮迫して、国家一人栄える、まるで悪すぎる冗談ですね。人があって、国がある、その順番を間違えているような、時代錯誤の濁音が漂っていました。

 「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」ですね。また「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし」という文句がひとりでに出てきました。「なるようになる」「なるようにしかならない」とは、古人の誰彼なしが書き残し、言い伝えてきた「箴言」ではないでしょうか。

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 (⇓の図表は財務省・「令和5年度までは決算、令和6年度は補正後予算、令和7年度は予算による。点線は当初予算による。)

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 蛇足です。物価は上がり続け、国債(借金)は増え続け、円安はさらに加速・昂進するばかりという、「悪夢の三重奏」を約束したようなもの。加えて、同床異夢そのものと言うべき連立の相方が無責任党というのですから、国や社会の窮状は膨らみ、かつ深刻化するばかり。この内閣で国民の生活苦の救済はまず困難と見るほかありません。いよいよ「張り子の虎」の国家を標榜するのでしょうか。これもまた「時宜を得た(首相)」ということなのか、「時宜を得なかった(国民)」ということなのか。遠からず、解答が現れるはずです。

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「小社会」の「夕歩道」を歩くと、…

 「是耶非耶」と書いて、「ぜかひか」と読む。これはものごとの、是非善悪を問い質す言葉としてこの国でもよく使われてきました。「史記 伯夷伝」によるもの。政治家たちがよく使う言葉には「是々非々」などという、とても煮え切らない態度を表す言葉もある。時には賛成、時には反対と、いわばその場しのぎ、日和見主義のような姿勢が政治の世界に横行しているともぼくには見えます。右顧左眄(うこさべん)とでも言い換えましょうか。この傾向、状況は洋の東西、時の古今を問わない有様ではないでしょうか。まさに「有耶無耶(うやむや)」ですな。

 高知新聞のコラム「小社会」氏も書かれているが、どうもこの言葉の出自は「曖昧(あいまい)」、つまり、どこかで「有耶無耶」になるようです。「ありやなしや」、有るか無いかを最後まで言わないところに、この言葉(表現)の新面目があるようです。煮え切らない、「曖昧模糊」「五里霧中」「混混沌沌(渾渾沌沌)」と類語は際限なく集められます。それくらいに、はっきりしない状態を好むのが政治の世界であるということもできるでしょう。「旗幟鮮明(きしせんめい)」は野暮ということのようです。(ヘッダー写真は毎日新聞2025/10/22)(https://mainichi.jp/articles/20251022/k00/00m/010/267000c

 その昔、ぼくの感覚では最低レベルの政治家だった「元首相」は「言語明瞭意味不明瞭」と指弾された、揶揄されたことがある。いろいろな意味で低レベルと言われた政治家はいましたが、この元首相などは「人品」においても俗悪そのものだったと思う。政治家の属性は「虚言の持ち主」「権力志向」「人民無視」と、数え上げれば切りはありません。いったい、いつからこのような「政治家像」が出来上がったのか、ぼくは詳らかにしませんが、つまるところ、いかなる人間にも「政治家的素質」はあるということの証明にもなるでしょう。ぼくのような平々凡々の見本を自認するものでも、どこかに政治家臭がするものだということです。まるで有耶無耶・曖昧が洋服を着ているようなものです。

【小社会】うやむやの関 うやむやは漢字で「有耶無耶」と書く。白か黒かはっきりさせないこと。いいかげん。あいまい。「有無」に疑問の助詞「耶」を加えた「ありやなしや」からきているという。◆語源には昔、東北にあった「有耶無耶の関」という説もある。辞書には「もやもやの関」の異称も。場所は山形・宮城県境の笹谷峠とも山形・秋田県境の三崎峠ともいわれ、そこはうやむやらしい。三崎峠説をとる放送作家、わぐりたかしさんの複数の著書にこんな伝説がある。◆峠には、手足が自在に伸びて旅人を食らう「手長足長」という鬼がいた。そこへ神の使いのカラスが現れる。峠に手長足長がいる時は「ウヤウヤ」と鳴き、いなければ「ムヤムヤ」と鳴いて旅人に危険を知らせた―。◆高い内閣支持率で船出した高市首相が、岸田・石破両政権で続いた人事方針を転換した。自民党の派閥裏金事件に関与した議員7人を副大臣、政務官に起用。旧安倍派が総裁選を支えた新首相の下では予想されたことだが。◆連立政権を組む日本維新の会は「裏金議員を一生許さないという議論はおかしい」。ただ、それも真相解明や企業・団体献金の改革が決着していれば、だろう。連立合意では、その改革も2年後まで先送り。政治の浄化はまた、うやむやにされそうな気配が漂う。◆権力が「どうせ国民はすぐ忘れるさ」と高をくくる政治が続くのか。どうも今回の高市人事に、もやもやとする。(高知新聞・2025/10/24)

 本日は「有耶無耶」「是々非々」などと言われる「言葉使い」の融通無碍(ゆうずうむげ)について、またしても「政治家」を通して愚考してみることになりそうです。「融通無碍」は自由そのもの、奔放な振る舞いを指しているのであり、むしろ、時には長所として用いられることもあるほどで、あえて言うなら、いい悪いから解放された言葉使いだと、ぼくは思っています。でも、時には「定見」のなさを非難するときも使いますから、その伝で言うと、今日の政治家は、常に「定見」も「信念」も持ち合わせていない風にも見受けられます。昨日と今日とでは、話の中身が違っていても併記という御仁の集まりみたいなものかもしれない。それを指摘すると、「言った覚えがない」と逃げる始末。証拠を出すと、「そんなつもりで言ったのではない」とまた隠れる。

 「高い内閣支持率で船出した高市首相が、岸田・石破両政権で続いた人事方針を転換した。自民党の派閥裏金事件に関与した議員7人を副大臣、政務官に起用。旧安倍派が総裁選を支えた新首相の下では予想されたことだが」と、早速に新内閣の品定めでしょうか。支持率に関しては特に若者世代(20代30代など)では8割を超えたというから、何も見ていない、何も考えていない、愚かしい人間がどんなにたくさんいて、それが悪質・権威主義的政治家の救いの神になっているかということでしょう。新首相は「裏金問題は決着済み」と「言語明瞭」「意味不明瞭」そのものの、(いずれは)「藪蛇」となるはずの人事でした。「舐めたらいかんぜよ」、とは鬼龍院花子の科白(啖呵)。国民(有権者」を舐め切っていますね。これら「裏金大好き政治家たち」に思い切り助けられての「総裁」の座獲得だったから、「借りた恩は、返さねば」と、実に義理人情に深い「奈良の女」でありました(その裏には「福岡(飯塚)の男」がいるのも忘れない)。

 これと同衾した政党幹部の曰く「裏金議員を一生許さないという議論はおかしい」という、いとおかしい理屈を振り回して、物事を「有耶無耶」にする。誰が一生許さないといったか、悪事の責任を取るべしと、当たり前の話を捻じ曲げて、ことを荒立てては胡麻化すのだから、話にも漫画にもならない。この大阪暮らし(都はるみ的)の政党もまた、ヤクザを絵に描いたような「出鱈目」ぶりの猫騙(ねこだま)しでした。「企業や団体による政治献金」は即刻禁止と言っていたのに、なぜだか、これも有耶無耶にした挙句の「連立入り」だというから、開いた口がさらに開くというもの。「政治献金禁止、それはみなまで言うな」と口を封じられれば、それはその通りということらしい。

 なにせ、企業団体献金が80億円、政治資金パーティ収入が180億円余もあるという自民党。それに目を瞑(つぶっ)てくれれば「議員定数削減」など物の数でもないと、比例区定数をいくらでも削るというのです。比例区選出がいのちの政党(代表は公明党・共産党)への「面当て」「逆恨み」でしたね。(政党助成金、自民党には配分しないようにできませんか)(大阪における「医療制度」の破壊は激しいものでした。コロナ禍の時期の死者数は東京都を越えて首位でした。その理由は何だったか。医療制度は金食い虫とばかりに目の敵にされる)

 「権力が『どうせ国民はすぐ忘れるさ』と高をくくる政治が続くのか」と、コラム氏は疑問形を使わているが、これも、いかにも見え透いています。おぬし、先刻承知之介ではないか、新聞記者なら職業倫理の第一でしょう。新聞社自体が、政治の暗さや黒さを「有耶無耶」にしてきませんでしたか。臭いものには蓋をしてきたでしょ。(二本目に挙げてある長崎新聞「水や空」(本年4月03日付け)は参考のためでした。文中「今の首相」とあるのは、寝首を掻かれた I 前首相を指す)。

【水や空」言語不明瞭 言葉は平明でも意味はさっぱり分からない。竹下登元首相の話術は「言語明瞭、意味不明」といわれた。例えば、国会のやりとりで。「私の答弁、よくぐるぐる回りすると言われるんでございますが、ぐるぐる回りながら到達したところは(中略)結局ぐるぐる回りしてみますと、ああいうものではないかと」…▲人をけむに巻く達人でもあったのだろう。かたや「あ~う~」の話法が特徴の大平正芳元首相は、話はスローで進まないが意味は明瞭だったという▲新種の「言語不明瞭」かもしれない。就任から半年の石破茂首相は難解で古風な言い回しがお得意らしい。いわく「いつにかかって私の責任だ」▲「全て私の責任」と言えばよさそうだが、読書好きで言葉が豊富という首相は瞬く間に「より難しい言い回し」を頭で探すのが習いなのだろう▲「約束に背く」を「違背(いはい)」、「心を配る」を「配意(はいい)」…。へえ、物知りな首相だね、と誰が感じ入るだろう。語るべきは意味明瞭で、ふに落ちる言葉をおいてほかにない▲竹下元首相は「なるほど」「ほうほう」「へぇ、さすが」の3語で自民党内を押さえた…と、誇張交じりの言い伝えがあって、人心をつかむすべには長(た)けていたという。今の首相は語彙(ごい)が豊富でも、人の心をつかむ易(やさ)しい言葉は不得手らしい。(徹)(長崎新聞・2025/04/03)

 新首相は、奈良の地(大和郡山)で銃弾に倒れた元首相の「秘蔵っ子」をもって任じているらしい。片言隻句(へんげんせっく)が故首相にさらに似てきたと感じられます。「世界の真ん中で咲きほこる日本の外交」というようなあり得ない言葉をばらまくし、ぼくが気になるのは「台湾有事は日本の有事」と口真似していることです。故首相は盛んに「台湾・日本・有事」なる一蓮托生説を言いふらしていました。それを彼に唆(そそのか)したのは米国でしたね。よく考えれば、とんでもない「片言」であり「隻句」ではないでしょうか。仮に台湾に事が起こったとしましょう。でもそれは他国(外国)でしょう。それなのに、どうして「日本有事」なんですか。あたかも「台湾は日本の領土(の一部)」という錯覚をまだ持っているとしか思われません。歴史を語る言葉として「台湾の植民地化」とはいわず「台湾の日本統治」(1895~1952)と言うらしいが、その統治の仕組みは変わらないと言ます。つまり、台湾は日本のものですか、と問いただしたくなります。

 少なくとも、日本の支配権が及ぶのなら「台湾有事は、日本有事」と言えるだろうが、現在は決して日本の領土でもなければ、保護地でもありません。新首相は、どうしてこんなバカげた「キャッチ」を今なお使うのでしょうか。これを「韓国有事は日本有事」と言い換えたらどうなるか。「よけいなことをいうな」とか「ふざけるな」と言われるのがオチ。自分は故 A 首相の紛れもない「嫡子(ちゃくし)である」という宣言のようでいて、ぼくには悍(おぞ)ましい限りです。(余計なことながら 新首相が懐かしく思われる「明治民法」下では「嫡子は長子(男)」に限られていました。現首相も「天皇後継は「直系男子」でなければいけないと言っているが。それに「夫婦別姓」、どうするんですか)

 天皇に対する崇敬の念はたいへんに強いと見受けます。「任命(親任)式」の際の恭しい姿勢には感心しました。その天皇の祖父(昭和天皇)は、大きな理由があって「参拝」しないと決断された靖国神社に、新首相は、これまでもこれからも行かれるつもりらしい。先ごろは「外交上の問題」になるのをを避けられたので参拝はしなかったが、総理大臣だから行かない、総理ではないから行くというのも、煮え切らないし、ぼくには「解せない」ですね。有耶無耶・曖昧・是々非々なんですかあ。「中国」「韓国」などがうるさく批判するから行かないというのも、わかりやすいけれど、理由としては「姑息」であり、まるで、避けようとすれば避けられた「デッドボール」で塁に出るようなもの。やはり、姑息だ。天皇が参拝しかねるという神社に「参拝」することに拘るのは、なぜですか。辻褄が合わないと思いますね。

⦿ 「昭和天皇メモ」2006年7月、小泉純一郎首相(当時)の8・15靖国神社参拝が取りざたされ、また総裁選での靖国問題や後継首相の靖国参拝の賛否がトピックとなっていた最中、昭和天皇が靖国参拝を中止した理由を記した、富田朝彦元宮内庁長官のメモが公表された。そこから、東条英機を始めとし、日独伊三国同盟を推進した松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使といったA級戦犯が靖国神社に合祀されたことに強い不快感を示し、「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と語っていたことが明らかになった。昭和天皇は敗戦後から1975年まで8回参拝したが、これ以降は取り止めていた。そこにはA級戦犯合祀とともに、首相が靖国参拝をすることによって靖国神社の影響力を強め、憲法の定める政教分離に違反するとする懸念も込められていたと推測できる。(時事用語辞典・2008/03)

 政治家に限らず、人の口から出る言葉はひたすら軽くなる、時代とともにその勢いは止まりません。その発言の是非善悪を問われると「そんなことは言っていない」ときっと否定されるのも日常的に見られます。「間違えて受け取られた」「誤解を与えたなら」とも。「言語明瞭意味不明瞭」が、ますます加速する社会現象でもあるかのようです。新首相は総裁選中に「日本の食糧自給率を100%に」とぶち上げました。その言や良しと言いたいところですが、根拠も現状も無視して、「蕎麦屋の釜」、そのこころは「言(湯)うだけ」というだらしなさ。武器輸出三原則を変更し、「武器を輸出できる」ようにするとも。スパイ防止法を制定し国家防衛に万全を期すともいわれる。なんとも勇ましい限りですけれど、一体、どこの国や地域と一戦を交えようとしているんですか。アメリカですか、中国ですか、それとも「内乱」を想定(杞憂)しているんでしょうか。

 (*武器輸出三原則(1)共産圏諸国向けの場合 (2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合 (3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合 佐藤総理(当時)が衆院決算委(1967.4.21)における答弁で表明)*(1)三原則対象地域については「武器」の輸出を認めない。 (2)三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする。 (3)武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする。 三木総理(当時)が衆院予算委(1976.2.27)における答弁において「武器輸出に関する政府統一見解」として表明)(外務省)

 ことさらに「奈良の女」をむき出しにされているとは思われませんが、今はもう秋、とすれば「女心と秋の空」と言うではないですか。元は「女の心と秋の空」だったらしいし、もっと前には「男(の)心と秋の空」と言ったそうですから、どっちにしろ、男女を問わす「その心は、秋の空のように美しい」と言われる奈良、とても嬉しいんですが。政治運営において交通事故、それも人身事故だけは避けてほしいし、それぐらいの注意力は持ち続けてもらいたいものです。

 どなたであれ、「愛国」を標榜されるのはご自由です。サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson・1709~1789)が使ったとされる「愛国心はならず者の最後の逃げ場(砦)(Patriotism is the last refuge of the scoundrel.)」は、歴史の経緯を踏まえれば、なかなかに面倒で、入り組んだ表現でありますが、要するに、「愛国心」を自己主張の根拠にして、何を目指す(狙う)のかという問題に帰着します。今日、誰が「愛国」を使嗾(しそう)(instigation)するのか。事の是非善悪、理非曲直、それだけは有耶無耶にはしたくないですね。

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 「

今はもう秋 誰もいない秋 淋しいか

 本日は「三本のコラム」です。まったく芸のない話で、他紙は「女性初の宰相」で持ちきり、その報道にはたっぷり悪質な胃酸が含まれていたので、ぼくはほとほと食傷(食当たり)(食中毒)してしまいました。口直しのつもりで「海の酸性化」と「青女(せいじょ)」と「霜降(そうこう)」とを並べて、三題噺(ばなし)ならぬ、三本の矢つ当たり(意味不明)です。気候変動、異常気象、地球温暖化が、海・平野・山に棲息する、諸々の生物たちをどのように虐げているかという問題の一端に触れてみたくなった次第。それにしても、この社会の新聞・テレビなどのメディアは、どうしてこれほどに愚かしいのでしょうか。何日か、あるいは何か月か、どれだけもつかどうかわからない「なま物」を、それも初物だからと、上を下への大騒ぎ。唾棄すべき「能天気」ぶりに、ぼくは辟易(へきえき)している。本当に下劣そのものでしかない振る舞いを見せつけられているようで、「いよいよあかんようになったなぁ」と、気息奄々(きそくえんえん)、つまりは息も絶え絶えなんですよ。

【余録】行を「ギョウ」、礼を「ライ」と読む呉音は漢音の前に伝わった南方系の中国音という。「塞翁(さいおう)が馬」などのことわざを生んだ前漢の書物「淮南子(えなんじ)」の読み方は呉音。日本書紀の天地開(かい)闢(びゃく)神話の種本といわれるから相当古い時期に伝来したのだろう▲百科全書的で中国神話も豊富だ。ここに登場する「青女」は霜の女神。秋と春に霜を降らせ、四季を分けたという伝承も残る。「青女月」は21日から始まった旧暦9月の別称である▲今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」。秋が深まり「青女」が活躍する時期だが、近年、四季の区分が揺らいでいる。最近公表された三重大の研究では2023年までの42年間に夏が3週間も長くなったそうだ▲その分春と秋が短くなり夏冬の「二季化」が進んでいる。昨日は秋らしい天気の地方も多かったが、長期予報ではまだ高温傾向が続く。夏を二つに分け「五季」を提唱するアパレルメーカーもある▲柿が実り、菊の花が咲き、山々が色づく。温暖化が続けば慣れ親しんだ景色も変わる。「『四季がおかしい』などの肌感覚を重視する人ほど、気候変化と温暖化を敏感に感じることができる」(立花義裕・三重大教授著「異常気象の未来予測」)という指摘にうなずく▲夏が長くなったのは米国も同じらしいが、トランプ米大統領は相変わらず馬耳東風。船舶から排出される温室効果ガスの規制は米政権の横やりもあって先送りされた。四季を楽しむ機会が少ないのか。<霜降や地にひゞきたる鶏のこゑ/滝沢伊代次>(毎日新聞・2025/10/23)

 本日は「霜降(そうこう)」だと言います。中国の古い文献では霜を降らせる主は「青女(せいじょ)」という女神で、やがて霜のことを「青女」と言うようになったそうです。(前漢時代の淮南(わいなん)王の劉安の編著「淮南子(えなんじ)」による)(この「淮南子」についてもいくつか喋りたいのですが、本日は致しません)「『青女月』は21日から始まった旧暦9月の別称」とされています。昨日辺り、東北や北海道からは初雪の便りがありました。コラム氏は書く、「最近公表された三重大の研究では2023年までの42年間に夏が3週間も長くなったそうだ」とあるように、夏が長くなれば、その分のしわ寄せを受ける季節があります。春と秋ですね。春も秋も短くなったという実感は、ぼくなどにもあります。かなり前から、ぼくは勝手にこの地は「四季の邦」ではなく「二季の島」になったんですよと広言していましたから、諸々のデータはそれを証していると、心中は穏やかならず、いささか複雑です。「霜降(しもふり)(肉の部位)」だなどと喜んでいる場合ではありません。

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 昨日は、かなり寒かったので「鍋物」にしました。その食材は鮭や鱈でしたが、試しに牡蠣(かき)も用意しました。その小ささを見ていて、昔日の面影のなさには驚いたほど。「海の酸性化」がどれ程の影響、それも悪影響を魚介類に及ぼしていることか。事情を知ってみれば卒倒しそうになりますね。「大気中で増えた二酸化炭素(CO2)は海に溶け込み、海水の酸性度を上げる。酸性化が進むと、貝類や甲殻類は体の骨格や殻をつくる炭酸カルシウムを合成できず、成長が難しくなる。とりわけ敏感なのがカキである」とあります。昨日の牡蠣は宮城産とありましたが、事情は広島と同じでしょう。「牡蠣喰うて海の鳴く声耳に聞く」と、まるで駄句ですけれど、「私の耳は貝の殻 / 海の響きを懐かしむ」と謳ったのは泰西の詩人・ジャン・コクトーでした(堀口大學訳)。ぼくの耳は貝の殻ではないし、牡蠣は養殖ですから、海の響きは感じられないし、まして狭い生け簀で生涯を送る、いかにも「食用牡蠣」の悲哀を、それを口にするぼくも感じてしまいます。まして、その牡蠣が成長しないというのですから、口に入れるのも憚られます。

【天風録】海の酸性化 すし種(だね)として今世紀末に拝めるのは、かっぱ巻きのキュウリと卵焼きくらい―。冗談半分でそんなふうに見通す科学者もいる。マグロやタコは乱獲のせい、ホタテやエビは「海の酸性化」のせいで姿を消しかねないらしい▲大気中で増えた二酸化炭素(CO2)は海に溶け込み、海水の酸性度を上げる。酸性化が進むと、貝類や甲殻類は体の骨格や殻をつくる炭酸カルシウムを合成できず、成長が難しくなる。とりわけ敏感なのがカキである▲水揚げ解禁となった広島県産の養殖カキで成育不良が深刻という。「殻だけ、ぽんぽん捨てることになるなんて…」。本紙に載った打ち子さんの声がやるせない。冷え込みも増し、いよいよ旬が近づくというのに▲全体状況は判然としない。ただ、東京の日本財団と岡山市のNPO法人里海づくり研究会議などが3年前、こんなシナリオを示している。大気中のCO2濃度が上がり続ければ、今世紀末にはカキが育ちにくくなる、と▲酷暑による高い水温との「挟み撃ち」に遭った恐れもある。世界がこぞって脱炭素に急ぐべき時に、例の大統領は気候変動問題を「史上最大の詐欺だ」と言い張り、背を向けている。冗談は、ほどほどに。(中國新聞・2025/10/23)

 「大気中のCO2濃度が上がり続ければ、今世紀末にはカキが育ちにくくなる」という警告は聞く耳には届くのでしょうが、何とも物騒なことに、もっとも届いてもらわなければならぬ耳たちには行きつかないのです。海洋国というのにはいろいろな意味がありますが、海の幸に恵まれて来た東海の小島に棲む人間としても暢気に構えてはおれないはずです。事は牡蠣だけではないでしょう。海の異変は、ただちに海洋生物の生存に異変を齎しているのは事実であり、翻って、海山の幸を食用にしているぼくたちの生存にも小さくない影響が及んでいるのです。温暖化や、異常気象の原因や背景がわかりつつあるのに、まだ、「地球規模で確定」していない、反対論もあるのをいいことに、現状の環境汚染に輪をかけるような振る舞いに出ているのが、いわゆる経済大国です。その意味で、この劣島が「経済小国」になることは世界の環境状況の現状維持にとって、さらには、その保存のためにはいささかなりとも貢献するはず、あるいは貢献しているともいえます。「世界のてっぺんに」と、どこの誰が浮かれついでに狂言していのか。

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【談話室】▼▽朝夕の冷え込みが増して山々が色づいてきた。この時季は秋が「深まる」との表現を使う。その一方「冬が深まる」とは言わないように、他の季節には用いられない。なぜか。言語学者川添愛さんはこんな見方を示す。▼▽秋には、冬という寒くて暗い季節に向かって下がっていくイメージがあるからではないか―。冬はすでに「底」にあるから深まる要素がない。この理屈で考えると、対極にある真夏は「てっぺん」に位置付けられる。(タレントふかわりょうさんとの共著「日本語界隈」)。▼▽その「てっぺん」が近年のさばっているのは体感でお分かりだろう。科学的に証明されている。三重大によれば、夏の期間が1982年からの42年間で3週間長くなった。温暖化の影響で秋が短くなっている。「てっぺん」から「底」に向かって急降下という具合だろうか。▼▽きょうは二十四節気の「霜降」。文字通り霜が降りる頃とされる。鳥海山ではきのう初冠雪が確認された。冬の足音が近づいてきたが、まだまだ秋に去られては困る。紅葉の見頃は多くの場所でこれからだろう。今だけの深まりゆく季節を、できればゆっくりと慈しみたい。(山形新聞・2025/10/23)

 「談話室」という呼称が好きで、ぼくはこのコラムを見続け、時々読んできました。<lounge><common room>etc、このうちでも「コモンルーム」がいいですね。誰のものでもない、みんなのものという響きがあります。<common>はデモクラシーの鍵になる言葉です。そこから生まれたのが「コモンズ(mmons)」で、「共有地、公園、広場」などと解されています。あるいはパブリック<public>という言葉を使ってもいでしょう。「私(I)とあなた(you)」で「私たち(we)」が生まれますが、それがパブリック(公共の)であり、コモン(共通の)です。

 言葉の詮索はともかく、「鳥海山ではきのう初冠雪が確認された。冬の足音が近づいてきたが、まだまだ秋に去られては困る。紅葉の見頃は多くの場所でこれからだろう」とコラムニストは名残惜しそうに言われる、「今だけの深まりゆく季節を、できればゆっくりと慈しみたい」という気持ちはそれとして、霜も雪も降下を始めています。「秋は深まる」のはいいけれど、当節、気が付けば冬だったという具合で、秋の名残もほとんど感じられないままで冬至になっていたりする。それもこれも「地球温暖化(global warming)」でしょうか。異常気象とか気候変動というものが、地球環境のあらゆる場所に想定し得ない影響を及ぼしていることを、ぼくたちは素直に認めて、さて何ができるか、何をすべきかを具体的に、足元から始める時期でもあるのでしょう。

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(*「誰もいない海」越路吹雪https://www.youtube.com/watch?v=alhKgHAy964&list=RDalhKgHAy964&start_radio=1

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枯枝に烏のとまりたるや秋の暮

【春秋】人の目にも、鹿の澄んだ目にも恥じぬ政治を 異国の暮らしで感じた驚きや喜び、将来の夢。先日、福岡都市圏に住む外国人によるスピーチコンテストがあった。アジア圏9カ国の13人が日本語で生き生きと語る姿に聴衆は温かい拍手を送った▼中国から来日して2年の女性は鹿にまつわる体験を語った。将来への不安で心が沈み、気分転換で訪れた紅葉の奈良。宿へ戻る夜、背後からカツ、カツと足音が近づいてくる。「幽霊や変態だったらどうしよう」。背中のリュックに何かがぶつかった。「いや!」と叫んで振り向くと大きな鹿が。月明かりに輝く瞳に「びっくりしたよ」と声をかけると、鹿はお辞儀をして歩き去った。「鹿が私を見守ってくれていた。あの日、鹿は教えてくれました。君は1人じゃないよと」▼以来、日本語教室の仲間との時間や仕事帰りの夕焼けに小さな幸せを感じ、前向きに福岡で日々を過ごしている▼「逐鹿(ちくろく)」とは帝位や政権を得る争いを、鹿を逐(お)う狩りに見立てた中国由来の言葉だ。逐鹿戦を制して、奈良出身の高市早苗首相が誕生した▼奈良に鹿を蹴り上げる外国人がいた-。日本初の女性宰相は先の総裁選で、根拠の不明な主張をばらまき、なりふり構わぬ姿勢を見せていた。右に偏る新政権。「鹿を逐う者は山を見ず」との故事が戒めるように、大局を見据えてほしい▼憧れの国で鹿に励まされて暮らす外国人もいる。人の目にも鹿の澄んだ目にも、恥じない政治を。(西日本新聞・2025/10/22)

 夜来の雨が続いています。ただ今午前6時。室温17.8℃、湿度69%。北海道や東北地方では雪が降ったという。そんな寒さに、老衰いちじるしい脳裏に、ふと「秋の暮」が浮かびました。まるで今の自分のようでもあると感じたのでした。表題句は芭蕉作。この句についてもいろいろと詮索がなされていますが、ぼくはただ、その句境を実感したいと思うばかりです。一説には芭蕉37歳ころの作とされます。まるで漢詩文の世界のを思わせます。そして、この俳聖にとって、「秋の暮」は特別のものだったでしょうか。思いつくままに挙げても、いくつも出てきます。 「この道や行く人なしに秋の暮」「物言えば唇寒し秋の風」「秋深き隣は何をする人ぞ」「死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮」「人声やこの道帰る秋の暮 」旅に出ても、そのほとんどは旅寝であり、友も少なく、一入孤独の侘しさがが身に染みていたのでしょう。

⦿ 秋の暮= ① 秋の季節の終わり。暮れの秋。暮秋。晩秋。《 季語・秋 》[初出の実例]「さりともとおもふ心も虫のねもよわりはてぬる秋のくれかな〈藤原俊成〉」(出典:千載和歌集(1187)秋下・三三三)「しにもせぬ旅寝の果よ秋の暮」(出典:俳諧・野ざらし紀行(1685‐86頃))② 秋の日の夕暮れ。秋の夕べ。《 季語・秋 》[初出の実例]「すぎにしもけふわかるるも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかな」(出典:源氏物語(1001‐14頃)夕顔)(精選版日本国語大辞典)

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 コラム「春秋」は昨日行われた首班指名に結び付けて、かすかながらもこの国の政治と政治家に「想いを託す」風情です。駄目で元々、裏切られるのは承知しているが、それでもなお、…と、はかない願いを静かに述べられていると、ぼくには読めました。「人の目にも、鹿の澄んだ目にも恥じぬ政治を」と、ね。ことば(「奈良の鹿は日本の誇り、大事にしなければ」と宣ったのはご当人でした)とは裏腹の「逐鹿(ちくろく)」功を奏し、「奈良出身の高市早苗首相が誕生した」のは、何はともあれ、めでたいことと言いますか、本当にめでたいか。女性初の宰相とくれば、もろ手を挙げて万歳三唱の体でも不思議ではありませんけれど、なぜだか、心弾まないのはどうしてか。ぼくはこの女性をかなり前(政治家になる以前)から、それなりに知っていました。どこかで触れましたが、彼女はサッチャー元英首相がお手本だというが、好見本はもっと身近にいる、「(年齢違いの)双子の姉」とも頼ったのが現東京都知事だったのではないか、とみていました。瓜二つの政治行動は気持ちが悪いくらいだったし、いろいろな梯子(はしご)を踏み台にして高みに駆け上る姿もよく似ていました。

 前首相を鹿に見立てた「追い落とし」に始まり、幸いにも権力の座にたどり着いた、そのことごとくに「男」がいたと言えば、顰蹙(ひんしゅく)を買うこと請け合いですね。でも、それを忘れるほど愚かなことはないでしょう。これをして「傀儡(かいらい)」という。その謂わんとするところは「 1あやつり人形。くぐつ。でく。2自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。でくの坊」(デジタル大辞泉)。しばしば政治権力においてはよく認められる「二重権力」の姿がだれの目にも明らかでした。「女性初の宰相」も、一皮むけば、これまでの前例に変わりはなかったともいえそうです。「第二次 ❍× 政権」と指弾される所以(ゆえん)です。その「傀儡」実現を側面から応援支持したのは「メディア(特にY新聞やM新聞)」だったという事実も忘れてはならないでしょう。メディアが権力と結託したといっていいでしょう。なにはともあれ、困難を極めるでしょうが、自らの主体性において、「政治」を遂行して戴きたい。

 それはともかく、なにがなんでも「頂点」にたどり着くには担ぎ手は選んでいられないという色気をむき出しに奔走されていたようでした。「奈良の女」を標榜されますが、ぼくは「奈良の女」をたくさん知っているわけではないから、確かなことは言えません。ごく少数であれ、知人にはいましたが、実感はとにかくどこの出身であろうとも、人それぞれ、ですね。男女を問わず、人として度量が広いというか、寛容の精神に富んでいるというか、そういう品性をぼくは大変に尊重しますが、この人はどうでしょう。世間にごまんといる「アリビスト(立身主義)」の一人であることは間違いないし、それも飛び切り「自己宣伝」に長(た)けている方と見受けてきました。政治家たるものはそれが当たり前ですが。

 あまり仰々しく書きたくないのは、元より彼女のお里が知れているからです。威勢のいいことを言って、大向(右翼)を唸らせるパフォーマンスが目立ちますね。もともとはもっと「中道付近(リベラルと言うらしい)」にいたのですが、永田町の地勢図(地政学)を学ぶうちにおのずと右旋回(右折)したという趣です。「双子の姉」にそっくりです。「憲法改正」「スパイ防止法」「軍備増強」「積極財政」などなど、まことに勇ましすぎるきらいがあるとぼくは見ています。加えて、弱い者いじめが得意の政党とつるんだのですから、見ものですね。加えて、対外的には近隣との交友があっての極東小島の社会ですから、余りいきりたっても始まらないのではないですか。

 どちらにしても、時は秋、それも暮方(evening)でしょうか。ここは風波があまりたたないような、秋の暮に相応(ふさわ)しい政治、嘘ばかり、出任せ・ハッタリばかりで成り立つ政治ではないことを希(こいねが)うばかりです。大きくも小さくも、新内閣の政治哲学とその実践に、ぼくは期待はしない。堕ちるところまで堕ちるているこの国の、今時分、さあ、戦闘開始です。腐った政治家には腐った政治ばかりが分相応ですか。余計なことだけはしてくださるなと、一言。

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 「秋の暮」がお似合いなのは芭蕉に限りませんでした。並みいる俳人は、挙(こぞ)って「秋の暮」合戦のような、しかし物寂しい佇まいを詠まれています。二十句でも五十句でも出したいのですが、悪ふざけは止めておきます。以下、年代も含めて順不同。どれとどれがいつの時代のものか、判然と区別がつかないところが俳句でしょうか。新政権への「餞(はなむけ)」の意も込められているかもしれませんね。

・反故焚いてをり今生の秋の暮(中村苑子)
・さびしさや一人にあまる秋のくれ(子規)
・何事にもおどろかぬ顔秋の暮 (桂信子)
・まつすぐの道に出でけり秋の暮(高野素十)
・あやまちはくりかへします秋の暮(三橋敏雄)
・去年より又淋しいぞ秋の暮 (蕪村)
・寝て起て又寝て見ても秋の暮 (服部嵐雪)
・木には木の人には人の秋の暮 (原田喬)
・別れてはひとりひとりの秋の暮 (能村登四郎)
・何事も胸にをさめて秋の暮 (久保田万太郎)

・石となり阿修羅となるも秋の暮(楸邨)

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歩き続けて果てに熄(や)む

 個性とは「個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。パーソナリティー」(デジタル大辞泉)とあります。 そのpersonalityとは「〔ある人の全体を表す〕人柄、人となり、性格、人格〔その人を目立たせている〕個性、魅力〔ある特質を具現化した〕人、人物 〔芸能界やスポーツ界の〕有名人、著名人 人としての条件、人たらしめているもの〔人に対する〕悪口、中傷◆通例、personalitie〔場や場所の〕雰囲気、特徴 変わり者、奇人」(英辞郎)と盛りだくさんです。個性の第一義は「個体・個物に備わった、そのもの特有の性質」でしょう。留意すべきは、「個性」という概念(concept・notion)(対象に向ける捉え方と、そこから生まれる内容・考え方)は、ともすれば人間にだけ適応されていますが、ぼくは、もはやそれだけでは足りないと考えています。今風に言うなら「猫派(族)」「犬派(族)」という分類が成り立つし、それぞれの犬族・猫族の中の個々の犬や猫にも「個性」は認められるのは当然ではないでしょうか。パーソナリティという語そのものが人間に限定されているのは、時代の流れからすれば、止む無しという嫌いは認めますが、この先はAという犬、Bという猫にも、過不足なく「個性」(「個別性」「固有性」)を認めたいものだと考えているのです。(下図を参照 Genequest「遺伝子解析の仕組み」・https://genequest.jp/about_gene/2/

 類人猿(猿・apes)と霊長類(人・primates)は、それぞれが「個性」であって、それは、他の類とは異なる「猿の固有性」、「人の固有性」を指して使われる言葉だった。それぞれが示す「猿という個性」「人という個性」、つまりは「類を異にする生物」全体に固有の属性を意味していたのです。やがて、この「個別性」「固有性」は「類全体の中の個々人」に焦点を当てた時に、今日多くの場合に用いられる「個性」という語が当てはめることになったと思われます。いうまでもなく「ヒトゲノム遺伝子」を有するから「ヒト」になるのであり、それは「サル」とはちがう「個性」だと言い換えればどうでしょう。サルと並べられれば、ヒトはその存在そのものが(サルとは異なる)「個性」「個別性」固有性」を示していると言える。今度は「ヒト」を「人」としてとらえ直すと、多くの人の集団(人種・人類)の中で、たった一人、他とは同じではない固有性・個別性を持っていると考えられるもの、それがいわゆる「個性」とされるものなのでしょう。ただこの「個性」はやたらに使われ過ぎてきました。濫用の弊が著しいと言いたくなります。

 本日のコラム「春秋」は免疫学者だった多田富雄さんのことに触れています。いろいろな場面でよく知られた人で、その活躍の範囲も常軌を逸していたと、ぼくには思われるほど広い範囲で足跡を残されました。もちろん、彼のもっともすぐれた業績は「免疫学(immunology)」でしたから、その学問やそれに関係する事柄に早くから啓蒙の意味を込めた活動を展開されてきました。ぼくは多田さんの書かれた多くの書物で、いつでも「蒙を啓かれた」一人であると思っています。さいわいにも「生物学者」に友人が多くいたことも手伝って、いっそう多田さんの仕事に興味を持つに至ったともいえます。

【春秋】もう一人の免疫学者 人体ってうまくできているなぁとつくづく感じた今年のノーベル生理学・医学賞だった。受賞が決まった坂口志文(しもん)さんは制御性T細胞を発見した。異物が体内に入った時、免疫反応が過剰になるのを抑える細胞だ▼この分野の先駆者に多田富雄さんがいる。1970年代、免疫反応を抑える仕組みにT細胞が関係していると仮説を唱え、世界から注目された。しかしその後、否定的な研究結果が出て、この分野の研究は勢いが弱まっていく▼多田さんは生前、生命科学の深い世界から現代社会を鋭く見つめた随筆を数多く残した。その中に人の遺伝子に関する文章がある▼人にはヒトゲノムと呼ばれる遺伝子の総体があり、人からは犬や猫ではなく人が生まれる。そんな共通点がありながら、誰一人として同じ人がいないのは「ほんのわずかの違いを持った遺伝子が含まれている」という個別性があるからだ▼「ほんのわずかの違い」は肌の色や身体的な特徴として表れる。先天的な障害として表れることもあるが、そういう遺伝子の一つや二つは誰でも持っている。たまたま形として表れていないだけで「それで差別することは、自分自身を否定することになる」▼わずかな違いに過剰反応して他者を排除するのではなく、同じ人間という共通点を重視して違いを認め合う大切さを説いた。比類なき免疫学者には、世界全体が一つの生命体に見えていたのだろう。(西日本新聞・2025/10/21)

 *「あの人に会いたい」                                 「世界的な免疫学者・多田富雄さん。アレルギーなどの研究に新しい道を開くと同時に、免疫の仕組みを通して、人間や社会を考える独自の視点で、命とは何かを語りかけた。2001年に脳こうそくで右半身の自由とことばを失ってからは、自身の身体と心の変容を科学者として客観的に見つめ、言語装置を使いながら発表の場に立ち、鋭い視点の著作を数多く遺した。『科学者はシェイクスピアを、文学者は相対性理論を読まなければならない』『半身が動かなくても、言葉が喋れなくても、私の中で日々行われている生命活動は創造的である』『歩き続けて果てに熄(や)む』…亡くなる直前まで多田が語り続けた思い、そして『寛容』に代表される生命や文明の行く末に希望を託した数々の『ことば』が今甦る」

(NHKアーカイブス」:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250312_00000

多田富雄(ただとみお)[生]1934.3.31. 茨城,結城 [没]2010.4.21. 東京,文京 免疫学者。1959年千葉大学医学部を卒業,1964年同大学大学院で博士号を取得後,アメリカ合衆国に留学して石坂公成らに学ぶ。1974~77年千葉大学教授,1977~95年東京大学教授,1995~99年東京理科大学生命科学研究所所長を務めた。1971年に免疫反応を抑える抑制T細胞(サプレッサーT細胞。→T細胞)の存在を提唱,免疫寛容を引き起こすメカニズムを説明した(→免疫寛容性)。抑制T細胞の概念は,その後京都大学の坂口志文らが発見した制御性T細胞の研究に引き継がれた。『免疫の意味論』(1993,大佛次郎賞),『寡黙なる巨人』(2007,小林秀雄賞)などのエッセーを執筆する一方,若いときから能と大倉流小鼓に親しみ,脳死と臓器移植を扱った『無明の井』,原子爆弾を扱った『原爆忌』などの新作能を発表した。2001年脳梗塞で倒れ,重い後遺症を抱えたがリハビリテーションに励み,活発な創作活動を続けた。1980年エミール・フォン・ベーリング賞,1981年度朝日賞など受賞多数。1984年文化功労者に選ばれ,2009年瑞宝重光章を受章した。(ブリタニカ国際大百科事典)

ヒトゲノム(human genome)= 人体の全染色体を構成する約 30億塩基対のデオキシリボ核酸 DNA。ヒトゲノムには,全遺伝子約 2万5000の情報を記録するコード領域と,遺伝情報を伝えない非コード領域がある。2003年にすべての DNA配列が解読された(→ヒトゲノム解析計画)。ほかのすべての生物のゲノムと同様,ヒトゲノムは長い DNAポリマーの集合体である。DNAポリマーは,ヒトの全細胞中の染色体上に対になって存在し,DNAを構成する四つの塩基(グアニン G,アデニン A,チミン T,シトシン C)の配列により,生命体の分子的,身体的特徴に関する情報を暗号化している。この DNAポリマーの配列や構造,DNAが受ける化学修飾によって,ゲノム内の遺伝情報発現に必要な機構が生じるだけでなく,DNAの複製,修復,パッケージング,自己保存などの機能も提供される。加えてゲノムにはさまざまな種類の細胞再生に必要な基本情報が保存されており,ゲノムなしではどの細胞,組織も短期間しか生きられない。一卵性双生児を除き,ゲノム配列がまったく同じ人間はいない。またゲノムには高い頻度で変異が起こる。変異の一部は無害であるか,有益なことさえあり,こうした形質は親から子へと受け継がれ,集団内に広がっていく。他方,生存率や繁殖力の低下を招く有害な変異が生じることもあるが,集団ではまれである。ヒトゲノムの解明を通じ,ヒトという種の起源や集団相互の関係,個人の健康状態と疾患リスクなどを知ることができる。ヒトゲノムから引き出せる情報量は膨大であり,その情報の応用範囲は驚くほど広がっている。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 「個性って何ですか」、と問われると、ぼくは非常に困ってしまう。特に学校教育では「個性の尊重」などと誰もが口にします。しかし、本当に「個性」がわかり、「個性を尊重する」ということがわかる人はほとんどいないのが実情です。「個性」とは「その存在の唯一性」を言い当てるもので、だれが、それを見抜いているでしょうか。その「存在の掛け替えのなさ」であって、それ以外に個性というものが表す対象はないとぼくは考えている。それ(個性を尊重すること)は、だからとても困難なことなんですよ。その証拠に、「個性を尊重する」と言いながら、それを侵害・抑圧していることがどこにでも見られるからです。誰もが使う「個性」という言葉はとても怪しいと、解剖学者の養老孟司氏はいつだって文句を言っておられる。

 そしてその都度「スマップの『世界に一つだけの花』」を槍玉にあげるのです。「いろんな花を見ていた どれもみんなきれいだね」「それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる?」と謳うけれど、どんな花も「世界に一つだけの花」であって、同じものは何処にもないのが当たり前。人間だって、そうでしょ、個性、個性っていうけれど、花の個性ってなぜ言わないのか。花だって「たった一つ」の花だけれど、その仲間は「コスモス」だって「菊」だって、無数にある。けれども、どの花も、同じ「花」は二つとない、それをあえて「個性」と言わないのは、みんなは分かっているからでしょう、だのに、なぜ「(人間の)個性」ばかりを強調するんですか」とね。「ヒトゲノム」の働きで、人間はサルにも花にもならないし、ヒトにはなっても、まったく無類の「ヒト(人)」にしかならないのですよ。それを分かって「個性」という言葉を使う、それは構わないですよ。個性は「個別性」です、誰とも違う「固有性」の持ち主と言う意味。個性は伸ばすものではなく、尊重するものです。

 「誰一人として同じ人がいないのは『ほんのわずかの違いを持った遺伝子が含まれている』という個別性があるからだ」ということを、更にぼくたちは深く受け止める必要があります。「わずかな違いに過剰反応して他者を排除するのではなく、同じ人間という共通点を重視して違いを認め合う大切さを説いた」という免疫学の泰斗としての多田さんの思想は、意外に思われるかもしれませんが、とても受け止めることは難しいでしょう。あの人にもこの人にも、誰にも彼にも「わずかばかりのヒトゲノム」が内在し、それがサルとは違う「人」にもすれば、他者とは異なる「自分」にもしているのです。いろいろな花があっても、それぞれは「世界に一つだけの花」だと分かれば、「ヒトは人」であるし、「人は、一人一人である」「世界でたった一人の人」ということも肯けるんじゃないですか。

 (右は遠山啓著「かけがえのない この自分」数学者だった遠山さんは、吉本隆明さんの大学時代の恩師だった。この駄文集録でも触れていますが、その時の「出会い」を吉本さんは後年、「彼は教えた、だから私は学ばなかった。彼は教えなかった、だから私は学んだ」という逆説の真理で語っています。同著は太郎次郎社、1995年刊)

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成長とともに老化は始まっている

⦿「徒然に日乗」考 ~ はじめに、失敗談をひとくさり(一齣/一闋)。先週土曜日(18日)の午後だったか、パソコンをいじっていたら、「Cドライブの残量が少なくなりました」という表示が出て、容量を確保しなければいろいろと支障が出るという含みでした。慌てはしませんでしたが、「なぜだろう、そんなはずはないのに」と、一種の困惑が生じたのは事実。現在使用中の「ハード」は八年ほど前、新規に作ったもの(卒業生で、現在大阪市内の私立大学教員。ハードに関わるパソコンの面倒をすべて任せている人がいます。ぼくの師匠)で、容量はそれ以前とはけた違い、比べ物にならない大容量にしてもらったので、「容量不足」など考えたこともなかったし、ごくたまに使用量(残量)を見ることはあっても、半分も使っていないという状態で、ここまできていました。

 いろいろと調べているうちに、持ち主の関知しないところで、パソコン製造企業がさまざまなソフトを入れているのが原因らしいということが考えられました。どのソフトやアプリが必要で、どれは必ずしも必要なものではないなどとは、なかなか素人には判断が付きません。手当たり次第に、操作上には関係なさそうなもの(AI関連やTikTok、さらにはスマホ関係のハードソフト、そしてアプリなどを軒並み除去しました)を「削除」していたら、いろいろと不具合が出てきたり、保存していたファイルが消えていたり。その中でも、かなりの分量の文書を保存しておいたものが、なくなっていました(行方不明)。一例が「徒然に日乗」(日記みたいなメモ書き)でした。一週間分ごとにアップするつもりのものでしたが、それが、これまでの分を含めてすべて消えて、所在はなお行方不明。迂闊にも、このことに気が付いたのが、一昨晩、就寝前でした。ええままよ、なるようになるし、ならないことはならないと、いつも通りに床にはいりました。

 というわけで、今週の「徒然に日乗」(886~892)は月(13日)から土(18日)までの分は消失状態なので、「日曜日(19日)」分だけになるという変則記載です。それでどうなるものでもないというほどに、ぼくは毎日、ほとんど無為と徒食で過ごしている、いかにも代わり映えのしない日々の明け暮れという日常が、図らずも判明したという次第です。もちろん、そんなことは先刻承知で、一生涯で「驚天動地」の出来事(アクシデント)に遭遇することはまずありえないと思いながら生きている人間です。「生まれれば、いつかは死ぬ」「生老病死」という約束事の中に閉じ込められているのですから、いわば、それにふさわしい生き方を求めれば、いつだって「旧態依然」「急患墨守」であり、「誕生から老化は始まっている」という生命に不可避の宿命に縛られているともいえるでしょう。

 ほとんどの人は、ある年齢を過ぎてから「老化(aging phenomenon)」が始まると思っている、思いたいようですが、なんのことはない、「成長と老化」は二人三脚、背中合わせで走っているようなものなんですね。それが自然、あるいは自然状態。老化を防ぐためにさまざまなアプリならぬサプリを摂取する人が多くいます。無駄な努力などとはいいません。でも、ぼくたちは意味もなく「若さ」「若者」を強調しすぎるきらいがあるように思われます。「おいくつですか?」「85歳ですよ」「えっ、お若く見えますね」などという意味不明の会話が横行しすぎています。「分相応」というのと同じように「年相応」という「流儀」をぼくは好みますし、大事にしたい。人生とは、などとぼくに語る何物もありません。アリやミミズのように、まだ何の意識もないうちに生まれてきてしまったのですから、何になりたいなどとは微塵も考えないで、分相応、年相応に生きようとすると、昨日も今日も明日も明後日も、来る日も来る日も「凸凹」がないような、平板で平凡な生活に沈潜するんじゃないですか。本当は、いささかの「凸凹」があるのでしょうが、それも時間の経過とともに、平坦な風景(景色)に変じて行って、何の違和感も覚えなくなるような気もしています。「偶然が必然に化す」と思うように、振り返れば、そうなるように生きて来たんだなあ、と感慨を深くする。

 というわけで、本日の「徒然に日乗」は、一日だけの「記録」ですが、それもまた、過ぎてしまえば、何ということもなし、ぼくの生活の常に変わらぬ「断面図」のようなものですよ。そんな風にぼくは捉えています。使用中のパソコンだって、持ち主同様に、かなり老化・劣化が進んでいるわけで、これまた使用者と同様、いつ何時寿命が尽きるかもわかりません。そこはそれ、下手に抵抗してもどうなるものでもないでしょうに。

 以下、「中日新聞」(「東京新聞」は、同社の東京本社らしいので、「コラム」は同じです)の「社説」でしょうか、「週のはじめに考える」を引用しました。「本屋が消える、どうすればいいか」という、まるで「高いところから流れる水」を逆流させるような難題に挑む風情です。その理由は何かというなら、10月27日から「読書週間」が始まるからだそうです。紙の本が消えるのは、紙の新聞が消えるのと同根、同因でしょう。これもまた、それぞれの「栄枯盛衰( rise and falls・「ups and downs)」のありのままの姿です。そして寿命は尽きる、それが自然でしょうか。

 以下の「社説」をご一読ください。ここにも「成長と老化」にまつわる問題があると思われないでしょうか。商売繁盛とばかりに、成長一点張りだと願いたいのですけれど、実はその裏か横か、きっと「老化」がぴたりと並走しているのですね。人生もまた、それに同じ。「成長の中に老化がある」「老化の中にも成長がある」、それは自然現象です。年齢を止めることはできないし、年齢は遡(さかのぼ)る(逆走する)こともできない。「自然現象」には逆らえないのが生命の宿命ですね。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」(「方丈記」)これは何かを諦めるのでもなければ、道義的な頽落でもありません。

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【社説」週のはじめに考える まちの本屋を守るには
 ご記憶の方がいるでしょうか。この欄では2019年9月29日に「さあ、本屋に行こう」と題し、この国で書店が次第に減っていく厳しい現状を訴えました。/しかし、残念ながら書店は今も苦境にあります。一般社団法人・日本出版インフラセンターの調査では、今年3月末の全国の書店は1万417店で、この10年の間に4千店以上も減りました。/とりわけ厳しいのが、いわゆる「まちの本屋」です。その一つが東京・自由が丘にあった「不二屋(ふじや)書店」=写真、今年2月撮影。/創業者の「本が街の子どもたちを育てる」という理念を継いで、孫で3代目社長の門坂直美さんが経営してきましたが、2月20日、惜しまれながら102年の歴史に幕を下ろしました。/40歳だった35年前に社長に就任した門坂さん。毎日の売上高は、最盛期には約120万円でしたが近年は35万~40万円にまで減少。「地代や人件費も上がっており、これではやっていけません」

 そもそも書店とは何か
 こうした書店が消える要因に、流通の仕組みをはじめさまざまな問題が指摘されますが、そもそも書店とは何でしょうか。ここではひとまず「幅の広い教養や、文芸作品などを印刷した紙の本を売る店」だと定義します。/そこで考えてみたいのは、この国で今、教養や文芸が重視されているか、という点です。/答えは「いいえ」。それは国の基盤である教育に表れています。/かつては多くの国立大に広範な知識を学ぶ「教養部」が置かれていました。しかし1990年代に次々に廃止されます。それは国が幅広い教養などより、社会ですぐ役に立つ専門知識を持った人材の育成を目指したからでした。/では、文芸はどうでしょうか。冒頭でお伝えした19年の本欄でも指摘した点ですが、文部科学省は22年度から、高校の国語では文芸作品の扱いを減らす方向で、学習指導要領を改定しました。/これもまた「社会ですぐ使える実用的な文章の読解能力を高める狙い」と言われています。/要は、国が「教養や文芸は役に立たない、いらない」と宣言したのにも等しい。それは書店の不振とも無縁ではないでしょう。


 次に「紙の本」について。/明治以来の日本の教育に近年、大変革がありました。これまでの教科書はすべて紙の本でしたが、デジタル教科書が登場しました。保険証をはじめさまざまな分野で「紙からデジタル」の切り替えを進める国策の一環です。
 もちろん、デジタル教科書にも利点があるでしょう。けれども、教科書のデジタル化が進んだら、紙の教科書を売ってきた書店では収益の柱を失います。電子書籍の台頭で痛手を受けた書店にとって「ダブルパンチ」です。/最後に、書店が本を「売る店」だという点を考えます。先に紹介した門坂さんも言う通り、本屋で本が売れなくなりました。無論、ネット通販や電子書籍などの影響ですが、他の理由もあります。/この国のエンゲル係数、つまり「家計の消費支出に占める食費の割合」を示す指標は24年度、28・3%と、43年ぶりの高さでした。一握りの富裕層が豪勢な暮らしを楽しむ一方、多くの人たちは日々食べることに精いっぱいで、本を買えるような余裕はない。そんな窮状がにじむデータです。/「不二屋書店」では閉店の前、多くの人が訪れて「残念です」と言い、本をまとめ買いしました。それを見た門坂さんは思ったそうです。「みなさん、本がいらないわけではなかった。買いたいのに我慢していたんだ」と。/最近は、在庫管理の電子化など書店の経営改善に向け国が支援に乗り出したことが、大きな希望のように報道されています。でも、なまじっかの支援で書店が守れるとは思えません。「国が発表した対策では、書店は救われない」と言う書店関係者さえいます。


 国家にできる支援とは
 では、どんな対策があるか。/英BBC放送が8月に報道したところによると、デンマークでは国民の読書離れ対策として、本の売上税(消費税)を今の25%から英国やノルウェーと同じくゼロにする方針だそうです。/日本でもこれぐらい大胆な策がほしいですが、無理でしょうね。国民の本離れ・活字離れを憂う国とは違って、その方が国民を統治しやすくなる、と為政者が考えているふしがありますから。/以上、27日からの第79回「読書週間」を前に考えたことです。(中日新聞・東京新聞・2025/10/19)

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「徒然に日乗」(892)(番外編)

〇2025/10/19(日)連日のようにすっきりしない天気が続く。終日自宅にとどまる。お昼過ぎに少し溜まっている燃やせるごみを焼却。猫の缶詰を購入する際に、つねに店内に備え付けの段ボール箱を調達するので、その数はかなりなもの。できるだけ保管しておいて使うのだが、その何倍もが溜まる一方。それを燃やした。相当の分量があった。▶気が付かないままで毎日パソコンをいじっていたが、なんと容量がほとんど尽きようとする、そんな警告が出た(昨日から)。いろいろとファイルを除去(削除・delete)したりしながら残量を増やす作業にかかりきり。あれこれ削除する間に、必要なファイルやドキュメントまで失くしてしまっている始末。長く使わなくなっていたHDD(500GB)のほこりを払い、なんとかPCに接続し、容量確保作業を夕方から続けているが、埒が明かない。明日も続きそう。▶ただ今午後9時。室温22.2℃、湿度66%。明日も雨天の予報が出ている。(892)

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