I can’t stop while there are lives…

筆洗 英国人の看護師イーディス・キャベルが銃殺されたのは、第一次世界大戦のさなか、一九一五年の十月だった。ドイツ占領下のベルギーで、彼女は敵味方分け隔てなく献身的に手当てをした▼傷ついた英仏の兵士をかくまい、中立国に逃れるのを助けた。ドイツ軍は彼女を捕らえ、軍法会議で死刑を言い渡した。キャベルは処刑の前夜、自分が祖国のために喜んで命を捧(ささ)げることを、親しい人たちに伝えてほしいと、静かな口調で牧師に語った▼そして続けた。「けれど、私は申し上げたいのです…愛国心だけでは不十分なのだと、つくづく分かりました。誰に対しても、憎しみも恨みも持ってはいけないのです」▼自分が育った土地と人々に絆を感じ、守ろうとするのは、自然な感情だろう。しかし、その心に他の国や民族への憎しみや恨みが交じった時、政治がそれを巧みに利用する時、愛国心が危険な力を放つことは、歴史が教えてくれる▼国民の知る権利を損なう特定秘密保護法を成立させたと思ったら、今度は外交・防衛の基本指針・国家安全保障戦略に「愛国心」を盛り込むという。国の大事は知らなくてもいいと言いながら、国を愛せと言う。随分と、政府に都合のいい国民をご所望のようだ▼政府が「愛国心」と言う時は、よくよく吟味した方がいい。実は「政府を愛する心」を求めているだけかもしれない。(東京新聞・13/12/13)

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 おそらく三十年以上も、ぼくは「看護教育」にかかわってきました。というと聞こえはいいけど、先輩に依頼されて、断り切れず、ズルズルとやり過ごしただけでした。教育や歴史や文化という視点をもちながら、よもやまの話で脱線をくりかえしてきました。その間に、キャベルのことは気になっていました。じゅうぶんに学習していなかったので曖昧にしか話せませんでした。いつの日にか、ていねいに彼女の生き方をたどりたいと考えていた。人間には、ぼくなどのような愚図には計り知れない高い理想と高潔な生活信条を堅持して生きておられる(おられた)人がいますが、さしずめ彼女などはその典型でしょう。マザーテレサの「マザー」のようでもあります。そういう人から見れば、戦争も暴動もなく、I can’t stop while there are lives to be saved.ということだけがあった。それこそが使命(mission)になっていたのですね。

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権力乱用、玩弄の止むときなし

Jennifer Jacobs、Justin Sink、Erik Larson、David Yaffe-Bellany 2020年7月11日 13:56 JST
トランプ米大統領は、ロシア疑惑を巡る議会への偽証罪などで禁錮3年4月の実刑判決を受けた元顧問のロジャー・ストーン被告の刑を免除した。ホワイトハウスが10日夜発表した。同被告は14日に収監される予定だった。(Bloomberg)(写真はロジャー・ストーン被告)(2月20日)トランプ氏はストーン被告の裁判に関わった判事や検察だけでなく、陪審にも政治的動機に基づいているとして繰り返し批判していた。/  
 米政界ではトランプ大統領による今回の決定は広く見込まれていた。民主党からは早速反発する声が上がっており、11月の大統領選で民主党の候補指名を確実にしているバイデン前副大統領のスポークスマン、ビル・ルッソ氏は「権力を再び乱用した」としてトランプ氏の決定を批判した。___________________________
トランプ氏の顧問を長年務めたストーン元被告は昨年11月、2016年大統領選におけるロシア介入疑惑をめぐり、連邦議会に対する偽証、証人に対する不当圧力、下院調査の妨害などの罪で有罪となり、今年2月に禁錮3年4月の量刑を言い渡されていた。
 トランプ氏が自身の友人や味方を助け、批判者や敵とみなす人を罰するため司法制度に介入しているとの批判が再燃するのは必至だ。(c)AFP(2020年7月11日 )

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 まったく奇妙な符号というべきか。(事案の内容はまったく異なるが、権力者に近い関係者であるという点で「不正」がまかり通るという意味で同じ類のものです)この島でもPMの「親友」とされる人物(TBSの元ワシントン支局長だという)がジャーナリスト志望の女性に「性的暴行」を加えた事件で、帰国直後に逮捕される予定だったのが、突然に「取り消された」ことがあったとされる。民事裁判で「損害賠償」を求めた原告の訴えを東京地裁は認め、被告に賠償金の支払いを命じた。(2019年12月18日)(https://webronza.asahi.com/national/articles/2019122600008.html

 日米会談と称して何度もあっている二人は、結局は両国関係の良好な維持策を話し合ってなんかいなかった。ふたをあければ、おのれの権力を弄ぶための構図を「ああでもない、こうでもない」と描く目的で会談していたのだ。「時宜を得る」というのは本当ですね。「オレはこんなことまでできるんだ」と、莫迦丸出しで権力を弄っているだけ。そんなケチな料簡の持ち主が、時を同じくしてトップに座るというのは「✖✖の配剤(廃材)」か。一刻(秒)も早く、 Ask for Exit.

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人間の中の固有の正義をこそ

 ある何かを信じていないで、どうしてソクラテスのように徹底的に疑うことができただろうか? 疑うためには信じなければならない。また、自分を越えた存在(精神)というものに出会うことなしで、ぼくたちは生きる意味に至れないんじゃないですか?逆に、人間の分際で、「人生の意味」だとか「人生の価値」などといってみても、結局は、世の中の趨勢や空気に感染しているだけだとしか言えないと、ぼくには思われるのです。こんな人生がいいのだと、世情で言われる、そんな人生に価値を置くのがせいぜいなんでしょう。これは「世の中の価値観」であり、「ドクさ」といわれるものなんです。多くの学校では、「ドクサ」を子どもに移植するのが役目になっているようにしか思われません。

 「…じつはドクサとは、個人的な誤った物事のとらえ方という以上に、個々の人間の思考をがんじがらめにしている世間の通念、という側面が決定的につよいのであります。

 このように、世間の通念としてドクサをとらえますと、ドクサにたいする反駁は、すなわち世間にたいする攻撃として受けとられずにはいない。これを個人の生活に即してとらえますと、世間の通念であるドクサから抜け出して、それから自由になるということは、要するに、全世間を敵にまわして孤立して生きる道を選択することであり、実生活における自分の足場をみずから否定することを意味しています」(林 竹二)

 プラトン描くところのソクラテスは、そのような人として生き死にしました。教育とは世間の通念(ドクサ)を植え付ける仕事だという立場と、そのようなドクサから解放させることこそ教育の大事なんだという立場では、まったく正反対の方向にその目的は向かっています。このような対立のもっとも深い理由はどこにあるのでしょうか。これを考えることが、学校や教育を考えることに直結しているのです。

 アランという人がソクラテスについて次のように言っています。(アラン『イデー』)

 《 彼(ソクラテス)は他人のように、また他人と一緒に考える。そしてそのことさえも彼は他人に知らせる。「そういうのは君だ」これこそ産婆術のもっとも驚くべき言葉である。「産婆術」は自分からではなく、他人から観念を引き出して検討し、量り、最後に、それが通用するか否かを決定する。…私たちに欠けているのは、普遍的なものを完全に信ずることである。どんなに小さな思想にも、普遍的なものを否定する思想にさえも、普遍的なものの現存を知る。私たち自身がソクラテスにおけるこの現存にあずかるなら、私たちはプラトンを理解できるだろう。…本当のソクラテスは先ず恐れない人であり、満足する人である。富がなく、力がなく、知識がなくて満足している。しかしこの疑う人には、それ以上のものがある。疑いは既に強い精神のしるしであり、そこには普遍的に考えることが保証されているように、外面的な善や人の意見に無関心であることは、すべての証拠に先立って、大きな決意のしるしである 》

 もう少しアランを引用します。

 《 正しい国家において正しいのは軍人でもなく、職人でもなく、法官でもなく、国家が正しいのであり、それと同じように、人間において正しいのは心臓でもなく、腹でもなく、頭でさえもなく、人間が正しいのである。その意味で、国家と個人は同じ正義を分有すると言える》《人間を見て、人間が正しいのは機会や外的な関係によるのではなく、その人間の中の固有の正義により、その人間のさまざまな力の調和によるという観念をつくろうではないか 》

 「正しい行為、明らかに正しい行為であっても、君がもし、内面的に正しいのでなければ、君はそれを正しく行うことはできない」というのが、アランという哲人の肺腑の言であり、ぼくたちの導きの糸でもあるのではないですか。

 アランの語る内容は、たくさんのことがいわれているように思われるし、たった一つのことしかいっていないようにも考えられます。それはいったい、なにか。

 「その人間の中の固有の正しさ」、それをぼくたちは求めようではないか。

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私は死刑制度に反対である

 《 誰も死刑に興味がないことを私は知っています。じつはみな死刑にそれほどの興味がない。この国は不思議です。たとえばアメリカは数州に限ってはいまもなお死刑を執行しているのですが、執行当日は必ず人びとがキャンドルサービスのために集まる。死刑執行を忘れまい、その事実を自分たちの日々に埋没させまいとしているのではないでしょうか。その炎の数たるや日本の比ではありません。

 あるとき、私の年来の親しい友人が突如としてこういいました。「ホンネをいうと、死刑はしょうがないと思っている。獄をでたらまたやるだろうし…」。全身から血がひきました。何年つきあってきたか、何度顔を合わせたか、どれだけ言葉を交わしたか。私は言葉を失いました。私にとっても自明性がくつがえされたからです。彼は見知らぬ他者にくだされた死の処遇を、廃棄物処理のようにしかたのないことといっている。じつは私たちはそれまで私たちの人生についてかたりあったことはあっても、死刑についてふかく話あったことはなかったのです 》(辺見庸『愛と痛み 死刑をめぐって』毎日新聞社、08年)

 ぼくは引用した文章をよく理解できていません。赤の他人が二人の「親友」の間に割って入る権利もないし、資格もないのは承知していますが、なぜ辺見さんは「自明性がくつがえされた」と感じたのでしょうか。自分が死刑に対して抱いている感情と同程度のものを友人ももっているはずだと思われていたのか。「死刑についてふかく話あったことはなかった」と述べられています。たいていの人は「死刑」について深く話し合わないものです。そうじゃないでしょうか。弁護士や裁判官にでもなろうかと考えている人は別として、たいていの人は「死刑制度」を暗黙の了解事項として受け入れているのです。それを、辺見さんは「誰も死刑に興味がない」といわれたのか。「誰も」のなかに友人が入っているのはわかるとして裁判官や弁護士など、いわゆる法曹の人々は入るのでしょうか。

 連載記事を眺めてみて、すくなくとも「裁判官も人間だ」という意味では「死刑判決」を機械的に下そうとはしていないでしょう。でも「永山基準」や「白鳥判決」などの存在を考慮すれば、判例という、一種の機械的操作があるのかもしれません。加えて、「情状酌量」というきわめてじょちょ的でもあるような側面もあります。いずれにしても、制度としてある以上は、「死刑判決」を書いて下すという職務に忠実であろうとするのが裁判官だと思います。判例(前例)は一つの参考基準にはなるが、それを必ず踏襲しなければならなというものではなさそうです。表面的にはどんなに類似していても、事件のそれぞれはまったく状況がちがう。だから、自動的に判決を下すことはできないのです。

〇熊本曲道氏=もともと令状請求や勾留請求の却下が多い裁判官として知られていた。1968年、袴田事件の一審の合議では3人の裁判官の中で唯一無罪を主張するものの、裁判長を含む他の2人の裁判官の反対により、被告人に死刑判決を宣告する。この判決を悔やんで半年後に弁護士へ転身し、東京の法律事務所のパートナーとなったが、「俺は無実の人を殺した。逮捕しろ」と夜中に警察で暴れるなど酒の上でのトラブルが絶えず、大学で刑事訴訟法の非常勤講師などを務めながら暮らすこととなる。/ 大酒が原因で体を壊して離婚し、1991年に九州へ移住。肝硬変で入院したが、病室でも酒を飲んでいる有様だった。1996年に弁護士登録を抹消。このころの生活については、自ら「弁護士らの知人から借金して食いつないでいた。ホームレスのようなもの」と語っている。

 2008年には前立腺癌と診断され、2010年には福岡市で生活保護を受けながら細々と暮らしていることが報じられた。(wikipedia)(右上の写真は熊本さんと面会する袴田巌さん)

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 上の引用箇所につづけて辺見さんは語る。二〇〇六年のクリスマスに死刑執行がなされたこと、(毎日が「天皇誕生日」であれば死刑の執行はない)、欧米諸国では大きな話題になったということ、などなど。そしてさらに。

 《 このとき絞首刑に処された四人のうちの一人が病人であることをさらに後になって私は知りました。七五歳という高齢の病人で、自力で歩くことができなかったといいます。おそらく車椅子だったのでしょう。たしかに過ちをおかし収監された人にちがいない。しかしみずから歩くこともできない人間を刑務官が脇からかかえて強引に立たせ首に絞首縄をかけたのです。これを可能にする倫理というものがいったいどこにあるというのか 》(同上)

 ぼくはまったくテレビを観ない、新聞を読まないので、辺見さんが書かれた時点から十数年もたった現在がどういう具合になっているのかわからない。けれども、事態はさらに進行しているのではないか。高齢のしかも病気の受刑者を無理矢理に死刑台に連れて行くという図は、きわめてグロテスクであると同時に、笑うべき愚行であるとも考えてしまう。これは厳格な死刑制度が救い難い代物であることを明かしているのです。重病者を懸命に治療し、そのうえで死刑を執行するというのは、それこそ「これを可能にする倫理」を激しく問うべきでしょう。権力がなす愚行、あるいは凶行の最たるものが「死刑執行」であると、ぼくも言わざるを得ません。(拘置所や刑務所が「老人養護施設」のようになっていると、しばしば報じられています)

 一方で、世間に同化・同調することにかけて、この社会はきわだって機敏かつ従順であるのはなぜか。いつでもどこでも「正義と悪」の二つの立場が鮮明にされ、すくなくとも「わたし」は正義の側に立つ、この場合マスコミが「わたし」であり、「わたし」はマスコミなのです。権力が吐き出す汚濁に塗れた「情報」ですら、それを受容するように慫慂する。この間、ぼくたちは反吐が出るほど、この醜聞を見せつけられてきた。「美しい国」を標榜する「醜い宰相」を、どこまでも持ち上げ追従するマスゴミ。ぼくは、一昨年に執行された大量の「死刑執行」に際しても、この醜聞をテレビや新聞報道にいやでも見なければなりませんでした。死刑になるのはとうぜん、それに批判的な論評をするのは論外であるとでもいうような風潮に、ぼくは震撼せしめられたといっていい。(冒頭の記事は東京新聞・2018/08/08)

 《 かつてひそひそ声で囁かれていた世間の声が、メディアが世間と合体したことによってこの国に公然とまかり通るようになったのです。世間は新聞やテレビメディアだけではなく、インターネットの世界にまで拡大しつつある。世間という不思議な、非言語的、非論理的な磁場からくる加重が、かつてよりずしりと重く私たちにのしかかっている 》(同上)

 かかる状況下にあってなお、ぼくたちは主体性を以て判断しなければならないという、自責の念を放棄することはできないとぼくは腹を決めています。世に対して批判的であるのは、ぼくの「精神の健全性」を示すバロメーターでもあるのです。かなり怪しい年恰好にありながら、ぼくは断じて世の風潮に動じるつもりもないし、従順であることを断固拒否して、おぼつかない足取りで歩くほかないのです。おぼつかないけど、千鳥足ではないと自分では思っているのです。(ぼくは、何人かの「裁判官」を興味深く見てきました。熊本さんもその一人です。弁護士も千差万別だし、裁判官も十人十色です。まるで一塊に見ないだけの用心をしながら、人に接したいと念じてもいるのです。もちろん受刑者も、です。)

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裁判は被告のために

 〇正義のかたち:裁判官の告白/8止 求められる公正さ

 ◇量刑に悩み、眠れぬ夜も--人裁くのは、やはり人

 何物にも染まらず、公正に裁きを下す。裁判官が身を包む法服の「黒」には、こんな意味が込められていると言われる。

 元裁判官の神田忠治さん(73)は「裁判官は公正らしさが一番重要。法廷で泣いたりしたら、被告側に有利だと疑われかねない」と解説する。

 一方で、こうも言う。「能面に見えるかもしれないが、泣きたくなることはある。血も涙もないのは裁判じゃない」。死刑言い渡し後に涙ながらに控訴を勧めた裁判官もいる。

 白鳥事件の審理をきっかけに、証拠を厳しく吟味し、無罪判決も多く出した法政大法科大学院教授の木谷明さん(70)は「極悪非道と言われる被告でも人間には変わりない。何カ月も顔を見ていると情がうつるんですよ」と語る。それだけに、被害者・遺族が法廷で被告に質問などができる被害者参加制度(年内実施)を思うと「(被告と被害者の)両者のはざまのハムレット」と、裁判員を思いやる。「人を裁く」のは、やはり人しかいない。

 そして人は悩む。報道されないありふれた事件でも、執行猶予を付けるか否かで被告の人生は大きく左右される。時には眠れない思いをする、と言う元裁判官、荒木友雄さん(72)は、こんな経験を明かす。

 自分一人で判決を決める単独事件だった。前夜から寝ずに考えたが、決まらない。法廷に向かう廊下を歩きながら、まだ迷う。結局「被告の顔を見て決めよう、と。確か執行猶予にしました」。法廷のドアに手をかけた瞬間に決めた、と漏らす現役裁判官もいる。

 量刑の前提となる事実認定も悩みが深い。裁判員制度下でも、厳選されるとはいえ多くの証拠が提出される。「事実認定のためには資料を突き合わせる作業を、しっかりやるしかない」と、元裁判官の河上元康さん(70)。そうやって事実を見極め、熊本地裁八代支部時代、免田事件で死刑囚の再審無罪を言い渡した。

 とはいえ「事実認定の専門家ではない。びくびくしながらやっている」と漏らす元裁判官も。市民感覚が期待されている。

  ◇  ◇

 36年間務めた裁判官から居酒屋店主へ転身。庶民感覚を知る岡本健さん(75)は現役時代、人間味あふれる法廷で知られた。

 ある公判で、被告の妻が証言に立った時のことだ。乳飲み子を抱えて入廷した妻に「抱っこしてもらいなさい」と声をかけ、赤ん坊を被告に抱かせた。「本人だってうれしいし、奥さんも安心するでしょ」。もちろん判決に手心は加えない。

 居酒屋時代、報道された内容で有罪と決めつける客の会話が気になった。そんな目で事件を見ないでほしい、と伝えたい。

 「裁判はね、はっきり言えば被告のため。権力側が訴えて、本人に弁解の機会が与えられる。それで証拠を調べて判断するんです。結局、裁判は人が話すことを丁寧に聞く仕事ですから」=おわり

 この連載は、長野宏美、高倉友彰、銭場裕司、北村和巳(以上、東京社会部)、玉木達也(大阪社会部)が担当しました。(毎日新聞 2008年3月30日 東京朝刊)

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  この連載の直後に「裁判員裁判制度」が始まります。そのための連載であったのです。果たして、この連載でどれほどの人が裁判や裁判官、裁判員などについて考えることができたか。ぼくは開始された夏に裁判員候補者に選ばれました。まっとうな理由で辞退しましたが、担当予定時間は放火殺人事件でした。多分裁判は終了して「無期懲役刑」を受け入れたように記憶しています。かりに、一人の裁判員として法廷にいたなら、どうであったかとよく想像します。「死刑」は反対していますから、一定の制約の中でしか、裁判員を務められなかったと判断しています。

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 冤罪が疑われる事件というと、即座にいくつかの事案が思い浮かびます。なかでも以下の事件は、ひろく内外で問題視されたのでよくぼくの裁判制度考察の対象にしてきました。あくまでも参考までの紹介しておきます。

〇サッコ=バンゼッティ事件=アメリカの裁判史上有名な事件。〈赤〉への恐怖や排外主義が病的にまで高まった1920年代アメリカを象徴し,U.B.シンクレアの小説《ボストン》などの題材ともなった。国内だけでなく,西欧,中南米でも抗議運動が展開されたことでも知られ,アインシュタイン,アナトール・フランス,ロマン・ロランらも参加した。事件は1920年4月15日,マサチューセッツ州サウス・ブレーントリー市の路上で,製靴会社の会計部長と護衛が射殺され,1万6000ドルが奪われたことに端を発する。(世界大百科事典 第2版の解説)この事件は映画化された(『死刑台のメロディ』)。音楽はジョン・バエズ、作曲はエニオ・モリコーネ(本年7月6日死去)。つい最近まで彼の音楽に聞き惚れていました。

 世の東西を問わず、裁判では多くの問題点が明らかにされています。上に示した「サッコ=バンゼッティ事件」、いまでは「無実」が明かされています。裁判が続く限り、「冤罪」はなくならない。それが「死刑」となるケース(事案)の多くが報告されています。

 「裁判官も人間だ」というのはどういう意味でしょうか。八回に及ぶ連載を通して、裁判と裁判官にかかわる問題を垣間見たという気もします。裁判官は「鉄面皮」であるとみる人はいないと思うし、判決を言い渡す際に、感情が動かないはずもありません。人が人を裁く、それが裁判のいのちでもあるのですが、それには様々な課題が付きまとっているのは事実です。「死刑制度」はその最たるものです。「冤罪」は許されないことですが、きっと生じます。これまでも、これからも、「過ち」はあったし、あるでしょう。それを皆無にすることができない以上、間違いのより少ない方法を考えるべきだ。

 ぼくたちはこの問題から自由ではないし、きっと解放されることはないと思います。司法制度、とりわけ死刑制度の反人権性を問いただすことを中断してはならない。「人命尊重」というのは、「人命」に軽重の差をつけないというところからしか生じてはこないからです。「今日」も、ぼくたちのあずかり知らないところで「死刑執行」が進んでいるかもしれない。はたして、それは自分に関係ないといつまでも言い切れるのかどうか。

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香港で「白髪の行進」

「逃亡犯条例」改正案に抗議するため香港の立法会(議会)に向かってデモ行進する高齢者ら(2019年7月17日撮影)。(c)Anthony WALLACE / AFP(2019年7月18日)
  【7月18日 AFP】刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案に対する抗議活動が続いている香港で17日、数千人の高齢者がデモを行い、政府に対する抗議行動をリードする若者への連帯を示した。/「白髪の行進」と呼ばれるデモは、高齢者の多くや信頼できる保守的な市民も、若いデモ参加者たちを支持していると親中派の香港指導部に示すのが狙い。厳しい暑さの中、高齢者らが長い列をつくって香港市内を行進する光景は、年配の人々を敬う文化が根付いている香港では強い印象を与えた。
  参加者の中には「若者よ、父も外へ出る」と書かれたプラカードを掲げる人や、立法会(議会)の外に設置されたメッセージボードに「子どもたちよ、あなたたちは独りではない」と書き込む人もいた。/ ある女性参加者(55)はAFPの取材に対し、1997年に香港が中国に返還されて以降、自由が失われていくことへの抵抗を自分たちの世代は十分に行ってこなかったと指摘し、「若い人たちが私たちにこれ以上沈黙するべきではないと気付かせてくれた」と述べた。(c)AFP

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 ちょうど一年前の香港の一つの現場です。以来、さまざまな抵抗や抑圧があって、ついに中国は「国家安全維持法」なる「事態法」を施行するにいたりました。多くの若者は運動を離れ、またある人々は香港を離れると宣言し、それを実行した人もいます。大きな圧力にひとたまりもなく、押しつぶされ、ついには「言論の自由」のない国家に併呑されてしまうのか。予測は困難ですが、奪われた自由は必ずとりもどされると、ぼくは確信しています。香港の行方と同時に、台湾の動向にも注視せざるを得ない。一国二制度は台湾政策として導入されたものでした。強権は、必ず崩壊するという運命にあります。「歴史」そのものは権力の崩壊史でもあります。(勘繰りにすぎませんが、中国共産党内では熾烈な権力闘争が続いているはずです。強権発動は権力争いの一環であると、ぼくは観ています。あまりにも「覇権」を争いすぎているのが現下の中国です)

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 ここ一週間ほどは列島に梅雨前線がすっぽりと居座って、驚愕するほどの雨を降らせ、そのために各地で甚大な被害がもたらされています。いつもながら、多くの尊い人命が失われました。亡くなられた方には衷心より哀悼の意を表したいと思います。その昔、寺田寅彦だったか、「災害は忘れたころにやってくる」といいましたが、近年は忘れないままに「やってくるんだ」という恐ろしさ。原因は複雑ですが、人災的要素が隠せないのは本当でしょう。拙宅付近の道路も、昨秋の風水害による崩落や崩壊が修復されないままで、一年経過しました。「備えあっても憂いあり」です。専守防衛怠りなく、ですね。(福岡や熊本方面に友人知人がいます。もちろん、中部地方にも。くれぐれも無事であることを願っているよ)

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