
アメリカのマスメディア界では「異様・異常な事態」が展開しています。我が邦のメディアでは、あまり詳しくは報じられていないのはどうしてか。ほぼ同時期に現職の米国大統領が名のある新聞2紙を巨額の賠償金を伴う「名誉棄損」で訴えた。「自分の悪口を書いた」「あることないことで、批判記事を載せた」というのだ。大統領は批判されるのも職業柄だという「見識」は微塵もない。圧倒的に優位な立場からの「スラップ訴訟(*)」のぐう愚挙というほかないようです。メディアの役割は「権力の監視」と言ってしまえば、身も蓋もない話。「監視」の仕方は多彩であり、多様である方がいいでしょうに。
(*)➀ スラップ‐そしょう【スラップ訴訟】《スラップ(Slapp)は、strategic lawsuit against public participation の略》個人・市民団体・ジャーナリストによる批判や反対運動を封じ込めるために、企業・政府・自治体が起こす訴訟。恫喝訴訟。威圧的訴訟。いやがらせ訴訟。スラップ。(デジタル大辞泉)➁ strategic lawsuit against public participation=スラップ訴訟 恫喝(どうかつ)訴訟 威圧訴訟 SLAPP (SLAPPは、strategic lawsuit against public participationの頭文字。直訳は「市民参加を排除するのための戦略的訴訟」。米国で生まれた考え方で、会社などを批判した者がその会社に訴訟を起こされるなど、訴訟を利用して批判的な言論や住民運動を封じようとする手法を指す。米国では1990年代以降にスラップ訴訟防止法が作られ、裁判所が初期段階でスラップと認定すると訴訟が打ち切られ、提訴側が訴訟費用を負担する仕組みが多い)(英和用語・用例事典)
ぼくはこれまでに好んで視聴してきた、アメリカの「トーク番組」が「中止」を余儀なくされたのだ。それもほぼ同時期に2本。いずれも長く続いていた、大人の視聴(鑑賞)に堪えられる政治批判のトークが売りだったと、ぼくは考えていた。政治批評。政治風刺は、社会の成熟度を測る一指標となるものでしょうが、いささかの寛容をも許さない方法で、この「指標(目印)」がへし折られてしまったのだ。

司会者・コメディアン、俳優などとして活動中のジミー・キンメル氏の「Jimy Kimmer Live!」(ABCテレビ)はあからさまに番組制作テレビ局への「政府の介入」があった直後の「放送中止」が決定されたのでした。まさに「権力の餌食」になったのは論を俟ちません。問題は同氏の「発言」にあるという以上に、テレビ局側にあるというべきで、権力の暴力的介入に膝を屈したのだ(bend one’s knee)。「キンメル氏が17日夜の収録の準備をしている中、ABCは中止を決定。エンターテインメント業界を驚がくさせた」「言論と表現の自由を擁護する団体は、放送中止は卑劣だとしてただちにABCを非難。一方、キンメル氏と頻繁にやり合ってきたトランプ大統領は、訪問中の英国からこの決定を祝福した。トランプ氏は自身のSNSトゥルース・ソーシャルで『ABCがついにやるべきことをやる勇気を出したことを祝福する』と述べた」(CNN)
米ABC 司会者の保守系活動家射殺めぐる発言受け、番組を休止 政権高官の圧力から数時間 (CNN) 米ウォルト・ディズニー傘下のABCテレビは17日、ジミー・キンメル氏が司会を務める深夜トーク番組の放送を無期限で中止すると発表した。キンメル氏をめぐっては、米保守系活動家チャーリー・カーク氏射殺の容疑者に関する最近の発言が物議を醸していた。ABCの広報は無期限に放送を中止するとしたが、それ以上の詳細は明らかにしなかった。この驚くべき決定の数時間前には、ABCローカル局の放送認可を担当するトランプ政権の高官が同局に対し、キンメル氏の処分を公に求めていた。その後、ABCの主要系列局の少なくとも二つがキンメル氏の番組放送中止を表明したことで、政権に迎合しているのではないかとの臆測が飛び交った。これらのローカルメディアはそれぞれ、政権の承認が必要となる合併を模索しているためだ。キンメル氏が17日夜の収録の準備をしている中、ABCは中止を決定。エンターテインメント業界を驚がくさせた。
言論と表現の自由を擁護する団体は、放送中止は卑劣だとしてただちにABCを非難。一方、キンメル氏と頻繁にやり合ってきたトランプ大統領は、訪問中の英国からこの決定を祝福した。トランプ氏は自身のSNSトゥルース・ソーシャルで「ABCがついにやるべきことをやる勇気を出したことを祝福する」と述べた。無期限の放送休止は、カーク氏の殺害をめぐる意見や発言がいかに政治色を帯びているかを浮き彫りにしている。カーク氏に好意的ではないと受け取られる発言を行った人物を解雇するよう雇用主に求めるキャンペーンが展開され、注目が集まっている。キンメル氏は15日の番組で、「MAGA(米国を再び偉大に)」の運動家らはカーク氏を殺害したとされるタイラー・ロビンソン容疑者がMAGAの一員ではないことを証明することで政治的な点数稼ぎをしようとしていると述べていた。連邦通信委員会(FCC)のカー委員長は17日、出演した右派系ポッドキャストでこの発言について「考え得る限り最も病的な行為」だと非難。カー氏は、ディズニーにキンメル氏への処分を強いる手段として、FCCがABC系列局の免許を取り消す可能性を示唆した。(CNN・2025.09.18)(https://www.cnn.co.jp/business/35238139.html)
*ジミー・キンメル=「第45代アメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプに批判的で2017年に行われた第89回アカデミー賞ではトランプの政策を人種差別的だと批判。2024年に行われた第96回アカデミー賞では式典中にトランプがキンメルについて『最悪の司会者』とSNSに投稿したことに触れ、『まだ起きているとは驚いた。刑務所の就寝時間が過ぎているのでは』と切り返した」(Wikipedia)

「トランプ氏を声高に批判してきたキンメル氏は、共和党がカーク氏の死を利用して政敵を攻撃していると非難していた。/キンメル氏は15日、「週末にわれわれは新たな底辺に達した。MAGAの集団はチャーリー・カークを殺害したこの若者を、自分たちの仲間ではないかのように描こうとしている」と述べていた。/MAGAは「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」を意味・し、トランプ大統領のスローガン。メディア各社は、辛辣な発言で多くの人々の反感を買ったカーク氏の殺害をどう報じるべきか苦慮してきた。/MSNBCは、カーク氏の発言が暗殺を招いたと示唆したアナリストのマシュー・ダウド氏を解雇した。キンメル氏の発言は多くの保守系論客を刺激し、トランプ政権関係者からも非難を受けていた。(Bloomberg・2025年9月18日)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-09-18/T2R8V5GOYMTF00)

*Lawrence: Trump wants us to talk about Jimmy Kimmel. So we’ll talk about Trump & Jeffrey Epstein(https://www.youtube.com/watch?v=nAHLpcIEjyw&list=PLDIVi-vBsOEyZy0adHN2CFRpuTcI43Tdq&index=2)
*Jimmy Kimmel’s show pulled ‘indefinitely’ by ABC after Charlie Kirk remarks(https://www.youtube.com/watch?v=RvBFzws9XE4)
*Jamie Raskin Responds To ABC Suspending Jimmy Kimmel Indefinitely Over Charlie Kirk Comments(https://www.youtube.com/watch?v=nnvEgVS03Jg)
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二期目に入った米国大統領の立て続けに発出される「政策」「政治判断」の数々を見ていて、最もT大統領と「肝胆相照(かんたんあいて)らした」、故元A首相を想起しました。第1期目の大統領選挙に際し、泡沫候補扱いを受けていた段階から、もしもT氏が大統領になったらと「保険をかけていた」のが元首相。さらには大統領当選前に、最も早い段階で直接面会した首相でもあった。それ以降、両者は昵懇の度を深めていくのだが、そこには「類は友を呼ぶ(birds of a feather flock together)」という「同類・同衾意識」があったと思われます。深まり行く友情は、二人にとって結構なことだったでしょうが、国の側・国民の側から見れば、はたしてどうだったか。

米国現職大統領の、いわば荒唐無稽(奇策中の奇策)とも思われる政治政策に関しては、日本の元首相に「一日の長」がありました。政治手法にも同じことが言えそうです。より早くマスメディアへの「不当介入」を強行・率先してきたのは日本の首相だった。今、米国大統領は、白昼堂々とマスメディアの領域に土足で踏み込んで、「弾圧」を恣(ほしいまま)にしている。取り巻きは「愚か連」だというところまで「瓜二つ」です。いささかの抵抗の意志を見せない大学やメディアや企業の「良識」「良心」は、いったい何だったのでしょうか。「雉も鳴かずば撃たれまい」というが、メディアは権力批判の警鐘を鳴らすことが使命だから、撃たれて当然ということなる。「撃たれる」ことを覚悟していなかった側の軟弱な姿勢こそ批判されるべきでしょう。まして「権力ににじり寄る」などはもってのほか、とぼくは言いたい。撃たれどころが悪ければ命を落とすのは当然でしょ。「書きたいこと」をではなく、「書くべきこと」「書かねばならぬこと」を、あるいはいうべきことを言う、そんな当たり前の「批判精神」に虞(恐れ)を抱くのは「後ろめたいことがある」からではないでしょうか。
デモクラシーを否定する政治手法が、今日いくつもの国で通用・横行しているのを見せつけられて、デモクラシーはいつだって踏み躙られるし、否定されるのだという「戦争の歴史」を改めて再確認させられる思いがします。「人心の進歩」というものは民主主義を標榜する社会にはないのかもしれない。進歩したかもしれないと思い込んだとたんに、地上に叩き落とされるのだ。まるで「賽の河原の石積み」であり「積み木崩し」の如きものだと思い知らされている。一定の成熟度に達したかに見えたアメリカでは「極右政権」「ファシズム」が大手を振って天下の大道を闊歩しだしています。なんとも脆(もろ)いものですね、デモクラシーという政治や社会の背骨(spinal column)になるはずのものは、まるで骨粗鬆性に罹患していたようです。

もちろん、こんな暴力政治・抑圧政権が長く続く気遣いはないでしょうが、少なくともそれが存続する間には幾多の犠牲が伴うのを避けられないのも事実です。。アメリカでは、驚くなかれ、「再び南北戦争(市民政争)の勃発」が囁かれている。いや、もう始まっているのかもしれません。企業も大学もメディア界も「政治圧力(暴力政治)」に手もなく捻(ひね」られてしまっている。ということは、デモクラシーという人間集団の「政治原理」は見た目以上に脆弱だったということでしょう。

欧米を含めて、少なくとも「デモクラシー」を政治の原理としてきた諸国では、いとも簡単に崩壊の危機に直面している。民主主義の定着度の尺度になるのが「表現の自由」だったということ。アメリカにあっても「マスコミは死に瀕している」のだ。そこから「ファシズムは叢生する」のです。この事態は、わが社会にとっても「対岸の火事」どころではないのだが、この国(あるいは社会)ではまるで「他所事(よそごと)」のように装っているのは、「自宅も火災発生中」という焦燥感があるからでしょうか、それを隠す魂胆があるということの証明にはならないでしょうか。すでに、この社会のメディアは、間違いなしにメディアは「詩オフ・立法・行政」に並んで、「第四の権力」だと詐称しています。
世界の各地に「王様」が誕生しているのは、決して偶然ではないでしょう。「王様」は誰からも悪口を言われることに耐えられないのです。いささかの批判にも我慢できないという、小児性癇癪玉みたいなもの。その意味するところは、誰に言われるよりも、「自分は無知で無能だ」という自意識(自覚)が強い証拠でもあるでしょう。だから、外から指摘されたくないのだ。「王様は裸だ」と、誰に言われるまでもなく、それを知っているのは自分だからこそ、他人がそれを指摘する暇(いとま)もなく、強権を行使し続けるほかに生き延びる道はないのです。「王様はつらいよ」、と。これを自転車操業と言う。いつまでも漕ぎ続けなければならない、漕ぐのを止めれば斃れるからです。
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The Emperor’s New Clothes

「王さまはさっそく服をぬぎました。二人のさぎ師はあれやこれやと新しい服を着つけるふりをしました。着つけおわると、王さまはあちこちからかがみにうつる自分を見ました。
「何と美しい! ……よくおにあいです!」
その場にいただれもがそう言いました。
「この世のものとは思えなく美しい柄、言いあらわしようのない色合い、すばらしい、りっぱな服だ!」と、みんなほめたたえるのでした。/そのとき、パレードの進行役がやって来て、王さまに言いました。「行進パレードに使うてんがい(王さませんようの大きな日がさ)が準備できました。かつぐ者たちも外でいまやいまやと待っております。」
「うむ、わたしもしたくは終わったぞ。」と、王さまは進行役に答えました。「どうだ、この服はわたしににあってるかね?」
王さまはかがみの前でくるっと回ってみせました。なぜなら王さまは自分の服に見とれているふりをしなければならなかったのですから。/お付きのめしつかいはありもしない服のすそを持たなければなりませんでした。地面に両手をのばして、何かをかかえているようなふりをしました。やはりめしつかいも何も見えていないことを知られたくなかったので、すそを持ち上げているようなまねをしているのでした。/王さまはきらびやかなてんがいの下、どうどうと行進していました。人々は通りやまどから王さまを見ていて、みんなこんなふうにさけんでいました。「ひゃぁ、新しい王さまの服はなんてめずらしいんでしょう! それにあの長いすそと言ったら! 本当によくおにあいだこと!」/だれも自分が見えないと言うことを気づかれないようにしていました。自分は今の仕事にふさわしくないだとか、バカだとかいうことを知られたくなかったのです。ですから、今までこれほどひょうばんのいい服はありませんでした。
「でも、王さま、はだかだよ。」
とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。
「王さま、はだかだよ。」
「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」
横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。
「王さまははだかだぞ!」
ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。(「はだかの王さま」ハンス・クリスチャン・アンデルセン・大久保ゆう訳:青空文庫版)(https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/46319_23030.html)(ヘッダー写真も)
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(以下の番組終了報道に関しては、後日改めて触れる予定です)

米で人気の深夜トークショー「ザ・レイト・ショー」、来年終了へ
米CBSテレビは17日、深夜トーク番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」が2026年5月に終了すると発表した。「ザ・レイト・ショー」はアメリカで人気の長寿番組。スティーヴン・コルベア氏の司会のもとでは、ドナルド・トランプ氏とその政権を批判し、笑いの対象にすることで知られてきた。/司会のコルベア氏を含め大勢の意表を突いたこの発表について、CBSは「この決定は深夜番組を取り巻く厳しい状況下での純粋な財務的判断」で、「番組のパフォーマンス、内容、その他の事柄とは一切関係ない」と述べた。/この決定で、司会者が交代するのではなく、30年以上続いた番組「ザ・レイト・ショー」が終了するという。CBSは1993年以来初めて深夜のコメディ・トーク番組を持たないことになる。/今回の発表の2週間前にはCBSの親会社パラマウントが、2024年大統領選でトランプ大統領の対立候補だったカマラ・ハリス氏とのCBSインタビューをめぐり、トランプ氏に訴えられた末、1600万ドル(約24億円)を支払うことで和解している。(以下略)(BBC NEWS・2025/09/18)
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