各地に「王権が誕生」する時代

 アメリカのマスメディア界では「異様・異常な事態」が展開しています。我が邦のメディアでは、あまり詳しくは報じられていないのはどうしてか。ほぼ同時期に現職の米国大統領が名のある新聞2紙を巨額の賠償金を伴う「名誉棄損」で訴えた。「自分の悪口を書いた」「あることないことで、批判記事を載せた」というのだ。大統領は批判されるのも職業柄だという「見識」は微塵もない。圧倒的に優位な立場からの「スラップ訴訟(*)」のぐう愚挙というほかないようです。メディアの役割は「権力の監視」と言ってしまえば、身も蓋もない話。「監視」の仕方は多彩であり、多様である方がいいでしょうに。

(*)➀ スラップ‐そしょう【スラップ訴訟】《スラップ(Slapp)は、strategic lawsuit against public participation の略》個人・市民団体・ジャーナリストによる批判や反対運動を封じ込めるために、企業・政府・自治体が起こす訴訟。恫喝訴訟。威圧的訴訟。いやがらせ訴訟。スラップ。(デジタル大辞泉)➁ strategic lawsuit against public participation=スラップ訴訟 恫喝(どうかつ)訴訟 威圧訴訟 SLAPP (SLAPPは、strategic lawsuit against public participationの頭文字。直訳は「市民参加を排除するのための戦略的訴訟」。米国で生まれた考え方で、会社などを批判した者がその会社に訴訟を起こされるなど、訴訟を利用して批判的な言論や住民運動を封じようとする手法を指す。米国では1990年代以降にスラップ訴訟防止法が作られ、裁判所が初期段階でスラップと認定すると訴訟が打ち切られ、提訴側が訴訟費用を負担する仕組みが多い)(英和用語・用例事典)

 ぼくはこれまでに好んで視聴してきた、アメリカの「トーク番組」が「中止」を余儀なくされたのだ。それもほぼ同時期に2本。いずれも長く続いていた、大人の視聴(鑑賞)に堪えられる政治批判のトークが売りだったと、ぼくは考えていた。政治批評。政治風刺は、社会の成熟度を測る一指標となるものでしょうが、いささかの寛容をも許さない方法で、この「指標(目印)」がへし折られてしまったのだ。

 司会者・コメディアン、俳優などとして活動中のジミー・キンメル氏の「Jimy Kimmer Live!」(ABCテレビ)はあからさまに番組制作テレビ局への「政府の介入」があった直後の「放送中止」が決定されたのでした。まさに「権力の餌食」になったのは論を俟ちません。問題は同氏の「発言」にあるという以上に、テレビ局側にあるというべきで、権力の暴力的介入に膝を屈したのだ(bend one’s knee)。「キンメル氏が17日夜の収録の準備をしている中、ABCは中止を決定。エンターテインメント業界を驚がくさせた」「言論と表現の自由を擁護する団体は、放送中止は卑劣だとしてただちにABCを非難。一方、キンメル氏と頻繁にやり合ってきたトランプ大統領は、訪問中の英国からこの決定を祝福した。トランプ氏は自身のSNSトゥルース・ソーシャルで『ABCがついにやるべきことをやる勇気を出したことを祝福する』と述べた」(CNN)

米ABC 司会者の保守系活動家射殺めぐる発言受け、番組を休止 政権高官の圧力から数時間 (CNN) 米ウォルト・ディズニー傘下のABCテレビは17日、ジミー・キンメル氏が司会を務める深夜トーク番組の放送を無期限で中止すると発表した。キンメル氏をめぐっては、米保守系活動家チャーリー・カーク氏射殺の容疑者に関する最近の発言が物議を醸していた。ABCの広報は無期限に放送を中止するとしたが、それ以上の詳細は明らかにしなかった。この驚くべき決定の数時間前には、ABCローカル局の放送認可を担当するトランプ政権の高官が同局に対し、キンメル氏の処分を公に求めていた。その後、ABCの主要系列局の少なくとも二つがキンメル氏の番組放送中止を表明したことで、政権に迎合しているのではないかとの臆測が飛び交った。これらのローカルメディアはそれぞれ、政権の承認が必要となる合併を模索しているためだ。キンメル氏が17日夜の収録の準備をしている中、ABCは中止を決定。エンターテインメント業界を驚がくさせた。
言論と表現の自由を擁護する団体は、放送中止は卑劣だとしてただちにABCを非難。一方、キンメル氏と頻繁にやり合ってきたトランプ大統領は、訪問中の英国からこの決定を祝福した。トランプ氏は自身のSNSトゥルース・ソーシャルで「ABCがついにやるべきことをやる勇気を出したことを祝福する」と述べた。無期限の放送休止は、カーク氏の殺害をめぐる意見や発言がいかに政治色を帯びているかを浮き彫りにしている。カーク氏に好意的ではないと受け取られる発言を行った人物を解雇するよう雇用主に求めるキャンペーンが展開され、注目が集まっている。キンメル氏は15日の番組で、「MAGA(米国を再び偉大に)」の運動家らはカーク氏を殺害したとされるタイラー・ロビンソン容疑者がMAGAの一員ではないことを証明することで政治的な点数稼ぎをしようとしていると述べていた。連邦通信委員会(FCC)のカー委員長は17日、出演した右派系ポッドキャストでこの発言について「考え得る限り最も病的な行為」だと非難。カー氏は、ディズニーにキンメル氏への処分を強いる手段として、FCCがABC系列局の免許を取り消す可能性を示唆した。(CNN・2025.09.18)(https://www.cnn.co.jp/business/35238139.html)

*ジミー・キンメル=「第45代アメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプに批判的で2017年に行われた第89回アカデミー賞ではトランプの政策を人種差別的だと批判。2024年に行われた第96回アカデミー賞では式典中にトランプがキンメルについて『最悪の司会者』とSNSに投稿したことに触れ、『まだ起きているとは驚いた。刑務所の就寝時間が過ぎているのでは』と切り返した」(Wikipedia)

JIMMY KIMMEL

「トランプ氏を声高に批判してきたキンメル氏は、共和党がカーク氏の死を利用して政敵を攻撃していると非難していた。/キンメル氏は15日、「週末にわれわれは新たな底辺に達した。MAGAの集団はチャーリー・カークを殺害したこの若者を、自分たちの仲間ではないかのように描こうとしている」と述べていた。/MAGAは「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」を意味・し、トランプ大統領のスローガン。メディア各社は、辛辣な発言で多くの人々の反感を買ったカーク氏の殺害をどう報じるべきか苦慮してきた。/MSNBCは、カーク氏の発言が暗殺を招いたと示唆したアナリストのマシュー・ダウド氏を解雇した。キンメル氏の発言は多くの保守系論客を刺激し、トランプ政権関係者からも非難を受けていた。(Bloomberg・2025年9月18日)(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-09-18/T2R8V5GOYMTF00

Lawrence: Trump wants us to talk about Jimmy Kimmel. So we’ll talk about Trump & Jeffrey Epsteinhttps://www.youtube.com/watch?v=nAHLpcIEjyw&list=PLDIVi-vBsOEyZy0adHN2CFRpuTcI43Tdq&index=2

Jimmy Kimmel’s show pulled ‘indefinitely’ by ABC after Charlie Kirk remarkshttps://www.youtube.com/watch?v=RvBFzws9XE4

Jamie Raskin Responds To ABC Suspending Jimmy Kimmel Indefinitely Over Charlie Kirk Commentshttps://www.youtube.com/watch?v=nnvEgVS03Jg

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 二期目に入った米国大統領の立て続けに発出される「政策」「政治判断」の数々を見ていて、最もT大統領と「肝胆相照(かんたんあいて)らした」、故元A首相を想起しました。第1期目の大統領選挙に際し、泡沫候補扱いを受けていた段階から、もしもT氏が大統領になったらと「保険をかけていた」のが元首相。さらには大統領当選前に、最も早い段階で直接面会した首相でもあった。それ以降、両者は昵懇の度を深めていくのだが、そこには「類は友を呼ぶ(birds of a feather flock together)」という「同類・同衾意識」があったと思われます。深まり行く友情は、二人にとって結構なことだったでしょうが、国の側・国民の側から見れば、はたしてどうだったか。

 米国現職大統領の、いわば荒唐無稽(奇策中の奇策)とも思われる政治政策に関しては、日本の元首相に「一日の長」がありました。政治手法にも同じことが言えそうです。より早くマスメディアへの「不当介入」を強行・率先してきたのは日本の首相だった。今、米国大統領は、白昼堂々とマスメディアの領域に土足で踏み込んで、「弾圧」を恣(ほしいまま)にしている。取り巻きは「愚か連」だというところまで「瓜二つ」です。いささかの抵抗の意志を見せない大学やメディアや企業の「良識」「良心」は、いったい何だったのでしょうか。「雉も鳴かずば撃たれまい」というが、メディアは権力批判の警鐘を鳴らすことが使命だから、撃たれて当然ということなる。「撃たれる」ことを覚悟していなかった側の軟弱な姿勢こそ批判されるべきでしょう。まして「権力ににじり寄る」などはもってのほか、とぼくは言いたい。撃たれどころが悪ければ命を落とすのは当然でしょ。「書きたいこと」をではなく、「書くべきこと」「書かねばならぬこと」を、あるいはいうべきことを言う、そんな当たり前の「批判精神」に虞(恐れ)を抱くのは「後ろめたいことがある」からではないでしょうか。

 デモクラシーを否定する政治手法が、今日いくつもの国で通用・横行しているのを見せつけられて、デモクラシーはいつだって踏み躙られるし、否定されるのだという「戦争の歴史」を改めて再確認させられる思いがします。「人心の進歩」というものは民主主義を標榜する社会にはないのかもしれない。進歩したかもしれないと思い込んだとたんに、地上に叩き落とされるのだ。まるで「賽の河原の石積み」であり「積み木崩し」の如きものだと思い知らされている。一定の成熟度に達したかに見えたアメリカでは「極右政権」「ファシズム」が大手を振って天下の大道を闊歩しだしています。なんとも脆(もろ)いものですね、デモクラシーという政治や社会の背骨(spinal column)になるはずのものは、まるで骨粗鬆性に罹患していたようです。

 もちろん、こんな暴力政治・抑圧政権が長く続く気遣いはないでしょうが、少なくともそれが存続する間には幾多の犠牲が伴うのを避けられないのも事実です。。アメリカでは、驚くなかれ、「再び南北戦争(市民政争)の勃発」が囁かれている。いや、もう始まっているのかもしれません。企業も大学もメディア界も「政治圧力(暴力政治)」に手もなく捻(ひね」られてしまっている。ということは、デモクラシーという人間集団の「政治原理」は見た目以上に脆弱だったということでしょう。

 欧米を含めて、少なくとも「デモクラシー」を政治の原理としてきた諸国では、いとも簡単に崩壊の危機に直面している。民主主義の定着度の尺度になるのが「表現の自由」だったということ。アメリカにあっても「マスコミは死に瀕している」のだ。そこから「ファシズムは叢生する」のです。この事態は、わが社会にとっても「対岸の火事」どころではないのだが、この国(あるいは社会)ではまるで「他所事(よそごと)」のように装っているのは、「自宅も火災発生中」という焦燥感があるからでしょうか、それを隠す魂胆があるということの証明にはならないでしょうか。すでに、この社会のメディアは、間違いなしにメディアは「詩オフ・立法・行政」に並んで、「第四の権力」だと詐称しています。

 世界の各地に「王様」が誕生しているのは、決して偶然ではないでしょう。「王様」は誰からも悪口を言われることに耐えられないのです。いささかの批判にも我慢できないという、小児性癇癪玉みたいなもの。その意味するところは、誰に言われるよりも、「自分は無知で無能だ」という自意識(自覚)が強い証拠でもあるでしょう。だから、外から指摘されたくないのだ。「王様は裸だ」と、誰に言われるまでもなく、それを知っているのは自分だからこそ、他人がそれを指摘する暇(いとま)もなく、強権を行使し続けるほかに生き延びる道はないのです。「王様はつらいよ」、と。これを自転車操業と言う。いつまでも漕ぎ続けなければならない、漕ぐのを止めれば斃れるからです。

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 The Emperor’s New Clothes

「王さまはさっそく服をぬぎました。二人のさぎ師はあれやこれやと新しい服を着つけるふりをしました。着つけおわると、王さまはあちこちからかがみにうつる自分を見ました。
「何と美しい! ……よくおにあいです!」
 その場にいただれもがそう言いました。
「この世のものとは思えなく美しいがら、言いあらわしようのない色合い、すばらしい、りっぱな服だ!」と、みんなほめたたえるのでした。/そのとき、パレードの進行役がやって来て、王さまに言いました。「行進パレードに使うてんがい(王さませんようの大きな日がさ)が準備じゅんびできました。かつぐ者たちも外でいまやいまやと待っております。」
「うむ、わたしもしたくは終わったぞ。」と、王さまは進行役に答えました。「どうだ、この服はわたしににあってるかね?」
 王さまはかがみの前でくるっと回ってみせました。なぜなら王さまは自分の服に見とれているふりをしなければならなかったのですから。/お付きのめしつかいはありもしない服のすそを持たなければなりませんでした。地面に両手をのばして、何かをかかえているようなふりをしました。やはりめしつかいも何も見えていないことを知られたくなかったので、すそを持ち上げているようなまねをしているのでした。/王さまはきらびやかなてんがいの下、どうどうと行進していました。人々は通りやまどから王さまを見ていて、みんなこんなふうにさけんでいました。「ひゃぁ、新しい王さまの服はなんてめずらしいんでしょう! それにあの長いすそと言ったら! 本当によくおにあいだこと!」/だれも自分が見えないと言うことを気づかれないようにしていました。自分は今の仕事にふさわしくないだとか、バカだとかいうことを知られたくなかったのです。ですから、今までこれほどひょうばんのいい服はありませんでした。
「でも、王さま、はだかだよ。」
 とつぜん、小さな子どもが王さまに向かって言いました。
「王さま、はだかだよ。」
「……なんてこった! ちょっと聞いておくれ、むじゃきな子どもの言うことなんだ。」
 横にいたそのこの父親が、子どもの言うことを聞いてさけびました。そして人づたいに子どもの言った言葉がどんどん、ひそひそとつたわっていきました。
「王さまははだかだぞ!」
 ついに一人残らず、こうさけぶようになってしまいました。王さまは大弱りでした。王さまだってみんなの言うことが正しいと思ったからです。でも、「いまさら行進パレードをやめるわけにはいかない。」と思ったので、そのまま、今まで以上にもったいぶって歩きました。めしつかいはしかたなく、ありもしないすそを持ちつづけて王さまのあとを歩いていきましたとさ。(「はだかの王さま」ハンス・クリスチャン・アンデルセン・大久保ゆう訳:青空文庫版)(https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/46319_23030.html)(ヘッダー写真も)

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(以下の番組終了報道に関しては、後日改めて触れる予定です)

米で人気の深夜トークショー「ザ・レイト・ショー」、来年終了へ
米CBSテレビは17日、深夜トーク番組「ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」が2026年5月に終了すると発表した。「ザ・レイト・ショー」はアメリカで人気の長寿番組。スティーヴン・コルベア氏の司会のもとでは、ドナルド・トランプ氏とその政権を批判し、笑いの対象にすることで知られてきた。/司会のコルベア氏を含め大勢の意表を突いたこの発表について、CBSは「この決定は深夜番組を取り巻く厳しい状況下での純粋な財務的判断」で、「番組のパフォーマンス、内容、その他の事柄とは一切関係ない」と述べた。/この決定で、司会者が交代するのではなく、30年以上続いた番組「ザ・レイト・ショー」が終了するという。CBSは1993年以来初めて深夜のコメディ・トーク番組を持たないことになる。/今回の発表の2週間前にはCBSの親会社パラマウントが、2024年大統領選でトランプ大統領の対立候補だったカマラ・ハリス氏とのCBSインタビューをめぐり、トランプ氏に訴えられた末、1600万ドル(約24億円)を支払うことで和解している。(以下略)(BBC NEWS・2025/09/18)

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Raindrops Keep Fallin’ on My Head

 ロバート・レッドフォードさんが亡くなった。熱心なファンではなかったが、偶然だったか、彼の映画は何本か観ています。大きな話題を呼んだ中でも、デビュー作となった「明日に向かって撃て」(1969年)と、民主主義社会の砦と目され、社会の木鐸と称される新聞社及び新聞記者を描いた「大統領の陰謀」(1976年)は印象深く記憶にとどめています。駄文を綴るのは止めて、各紙のコラムから、三本ばかり紹介したくなりました。それを読んでいただければ、レッドフォード氏の人となりや業績のおおよそは分かろうというもの。「雨にぬれても」はB.J.Thomasで嫌になるほど聴いたものです。(いつも以上にヘンテコな駄文になりました。書くべきことはいくらもあるのに、他に雑用がたくさん控えているので、この始末。書くべき「一つ一つ」を、稿を改めて愚考したい。特に「凋落する米国」については、無関心ではいられません)

*雨にぬれても/B・J・トーマス Raindrops Keep Fallin' on My Head/B.J.Thomas(https://www.youtube.com/watch?v=7kjIN5mEf44&list=RD7kjIN5mEf44&start_radio=1)                                          *Raindrops Keep Fallin' On My Head - BJ Thomas (Lyrics Video) [HQ Audio](https://www.youtube.com/watch?v=Ss8_X2VvHZs&list=RDSs8_X2VvHZs&start_radio=1

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【卓上四季】レッドフォードさん逝く 米ハリウッドのスターたちが興味を示し、当初はスティーブ・マックイーンさんが演じるはずだった役。どういういきさつだったのだろう、名もなき役者に白羽の矢が立った。ロバート・レッドフォードさんだ▼西部開拓時代に実在した強盗を描いた「明日に向(むか)って撃て!」で一躍脚光を浴びる。共演したポール・ニューマンさんとのコンビが最高だった。決してへこたれない天衣無縫のアンチヒーロー。笑顔がすてきな二枚目スターとして出発する▼ざっと半世紀にわたり、映画界で活躍した。再びニューマンさんと共演した「スティング」での詐欺師をはじめ、大統領の陰謀を暴く新聞記者、天才的な野球選手…と幅広い役で銀幕を彩った。ファンには思い思いのベスト作があるだろう▼売れっ子になるまで下積みが長かったせいか、弱き立場の人々へ支援を惜しまなかった。大手資本の後ろ盾がない独立系映画を支えて、新しい才能を発掘する▼環境保護に取り組む。社会へ発言を続ける。米国の良識を体現する存在だったが、89年の長い旅路に終止符が打たれた▼出世作「明日に―」の挿入歌「雨にぬれても」のフレーズを思い出す。これくらいではへこたれない、幸せはすぐそこに来ている。雨粒が降りかかるけれど僕は泣かない―。いつも前を向き、人を励ました俳優人生と重なる。(北海道新聞・2025/09/18)

【有明抄】レッドフォードの時代 1972年、米民主党本部への盗聴未遂に端を発したウォーターゲート事件は、ワシントン・ポスト紙の若手記者2人が大統領側の関与を暴き、当時のニクソン氏を辞任に追い込んだ。事件を題材に書籍の執筆に取りかかっていたころ、同紙編集局に一本の電話があった◆事件の中でいちばん面白いのは…電話の主は言った。「2人の記者が苦しみ迷いながら大統領を攻撃する記事を生み出す過程だ」。ジャーナリストの視点から事件を描くという発想はそこから生まれた、とボブ・ウッドワード記者の回顧録にある◆電話をかけたのはロバート・レッドフォードさん。いち早く映画化権を買い取り、自らウッドワード記者を演じた『大統領の陰謀』は代表作のひとつ。2018年の引退表明後、久しく消息を聞かなかったが、おととい訃報が届いた。89歳という◆野性味や個性がもてはやされる時代にあって、ハリウッド伝統の2枚目。史上名高い列車強盗団の一味、仲間の復(ふく)讐(しゅう)に立ち上がる詐欺師…次々に魅力的な主人公を演じた70年代は彼の時代だった◆作家の意向を無視して銀行も口を出す大手の商業主義が許せず、小規模な独立系映画の支援を続けた。役柄にも重なる芯のある生き方を通したひとは、時の権力者が気に食わないメディアを裁判で揺さぶる危うい時代に、背を向けるように逝った。(桑)(佐賀新聞・2025/09/18)

【筆洗】映画『明日に向(むか)って撃て!』(1969年)で、強盗ブッチ(ポール・ニューマン)の相棒となるサンダンス・キッドの役は当初、スティーブ・マックイーンと決まっていたそうだ▼だが、そのマックイーンが突然、役を降りてしまい、やむなく起用したのが売り出し中の俳優。起用に見事、応え、大当たりを取り、その後の映画人生に大きな弾みをつける。89歳で亡くなった俳優のロバート・レッドフォードさん▼折り紙付きの二枚目だが、それだけでは成功の道にはたどり着けなかったはずだ。『スティング』での生意気な詐欺師、『大統領の陰謀』の真実を追い求める記者、不幸な出来事にも再び立ち上がる『ナチュラル』の野球選手。多彩な色とにおいを放つ俳優だった▼自由で、強く、人道的で、負けず嫌い。それにユーモアと憂いも少々。レッドフォードさんの芝居から感じる手触りは遠い昔、世界が一目置いた米国の良質なイメージそのものだったかもしれない▼映画監督への挑戦や若手映画人の育成など、ハリウッドの伝統にこだわらず、映画の新しい道を模索した人だった▼『明日に-』にこんな場面がある。ボリビアの警察に追い詰められて2人は後がない状況である。それでもあきらめず、今度はオーストラリアへ逃げようかとブッチと語り合うサンダンス・キッド。常に前へ進もうとした俳優人生と重なるか。(東京新聞・2025/09/18)

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 「明日に向って撃て!」(あすにむかってうて)(Butch Cassidy and the Sundance Kid)= アメリカ映画。監督ジョージ・ロイ・ヒル。1969年作品。ハリウッドの大手製作スタジオの興行収入競争の本格化という背景、時代を投影した反体制的でシニカルな視点、古典ジャンルへの懐古と革新的な映像表現との組合せなど、多くの点でアメリカン・ニュー・シネマの幕開けを告げる映画史的分岐点となった西部劇作品。物語の筋は、強盗を生業(なりわい)とし、『大列車強盗』(1903)のような古典西部劇であればヒーローであろう二人の主人公が、近代化によって西部劇の象徴的舞台である西部の荒野から南米へと追いやられていく刹那(せつな)的な逃避行。古典西部劇にはみられない生々しい性や暴力の描写も挿入される。結末部の凍結フレームで表現する死のメタファー(隠喩(いんゆ))、フラッシング技術(故意に短時間ネガを光に露出させ、映像上の色合いは薄くなるがスピード感を出す技術)など、斬新な映画技法を駆使している。西部劇というジャンルの確立期から、パロディ化などを含む変容期を経て、自らを回顧する時期に入ったことを告げた作品でもある。1969年アカデミー脚本賞、撮影賞など4部門受賞。1970年(昭和45)日本公開。(日本大百科全書ニッポニカ)

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「大統領の陰謀」(解説・あらすじ)ウォーターゲート事件の知られざる真相を暴き、ニクソン大統領を失脚に導いたワシントン・ポスト紙の記者カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードの回顧録を映画化した社会派サスペンスドラマ。1972年6月、ワシントンD.C.のウォーターゲートビルにある民主党本部に不審な5人組が侵入し、逮捕される。ワシントン・ポスト紙の新米記者ウッドワードは裁判を取材し、当初は単なる窃盗目的と思われた犯人たちの裏に何か大きな存在をかぎとる。先輩記者のバーンスタインと組んで事件の調査にあたることになったウッドワードは、情報提供者ディープ・スロートの助言や編集主幹ブラッドリーの後ろ盾を得て徐々に真相に迫るが……。第49回アカデミー賞で作品賞をはじめ計8部門にノミネート。ブラッドリーを演じたジェイソン・ロバーズの助演男優賞ほか計4部門を受賞した。
1976年製作/132分/アメリカ 原題または英題:All The President's Men 配給:ワーナー・ブラザース映画
劇場公開日:1976年8月7日(映画.COM:https://eiga.com/movie/19063/)
(CNN) 米ハリウッド屈指の二枚目俳優として「明日に向って撃て!」「大統領の陰謀」など数々の映画で主役を演じたロバート・レッドフォードさんが16日、米ユタ州サンダンスの自宅で死去した。89歳だった。広報担当者が明らかにした。
映画監督としても活躍し、「普通の人々」「リバー・ランズ・スルー・イット」などでアカデミー賞を受賞。芸術と映画制作への情熱から、サンダンス映画祭の主催団体として知られるサンダンス・インスティテュートを創設した。
1961年にはユタ州に転居して、同州や米西部の環境保護活動に力を入れた。
俳優としての活躍は晩年になっても続いた。2017年にはネットフリックス映画「夜が明けるまで」でジェーン・フォンダと再び共演。翌年は82歳で「さらば愛しきアウトロー」の主役を演じた。本人は、これが最後の映画になるだろうと言いながら、引退は考えていないと語っていた。(以下略)(CNN・2025.09.17 Wed)(https://www.cnn.co.jp/showbiz/35238065.html)

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 昨秋の米大統領選挙頃から、ぼくは盛んにボブ・ウッドワード氏の論評を何度も読み聴きしました。ぼくには「伝説の記者」だったボブさんは、穏やかな口調で、しかし明確にアメリカ政治の現状や課題を述べられていた。現大統領にも明確な発言を繰り返していたことを鮮明に覚えています。つい最近、立て続けに、米大統領が二大新聞を、驚愕の賠償額の「名誉棄損」で提訴した。New York Times(邦貨で2兆2千億円)とWall Street Journal(1兆5千億円)です。恐らく「前代未聞の事件」と言っていいと思う。大統領へ「批判」を繰り返すジャーナリズムに莫大な損害賠償を求めるという、文字通りの「スラップ訴訟」ではあります。この裁判の成り行きにも注目が集まるでしょうが、それ以上に、批判は一切許さないという「絶大な権力者」の暴挙・暴力というべき事案に、アメリカのジャーナリズムはよく対峙し得るのでしょうか。

 名だたる私立大学が、大統領の軍門に降るという「醜態」を見せつけられている今、リベラル・ジャーナリズムへの剥き出しの攻撃をどのように見ることができるか。「対岸の火事」などと、暢気に構えてはいられない状況ですが、情けないことに、何、この国ではとっくにジャーナリズムは滅んでしまったという声は小さくないのです。

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 「(CNN) トランプ米大統領は15日、米紙ニューヨーク・タイムズを相手取り、150億ドル(約2兆2000億円)の名誉毀損(きそん)訴訟を起こす予定だと発表した。/トランプ氏は自身のSNSトゥルース・ソーシャルで「本日、ニューヨーク・タイムズに対し、150億ドルの名誉毀損訴訟を起こすという大変光栄な機会を得た」と述べた。/訴訟はフロリダ州で提起される予定だとトランプ氏は述べたが、詳細は明らかにしていない。/トランプ氏は、同紙が自身や家族、自身の事業について虚偽の報道を行ったと非難したが、具体的な内容には触れなかった。(CNN・2025.09.16 Tue )

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 「大統領の陰謀」から半世紀余。アメリカのデモクラシーは地に堕ちたというべきでしょう。今も現役であり続けているジャーナリストのウッドワードさんの発言に注目しているところに、ロバート・レッドフォードさんの逝去の情報が入ったのです。実に感慨深いものが、名もない、極東の一老人の脳裏にもあります。「トランプ王」を育てたのは誰か。リチャード・カーク氏が暗殺された直後から、米国大統領は「赤狩り」を彷彿させるような暴言暴挙を隠さないでいます。「大統領の陰謀」などではなく、白昼堂々の「大統領の謀略・暴挙」に、現下のアメリカはよく耐えることができるだろうか。そして、その「王国」の「属国(従属国)」である、この国の行く末はどうなるのでしょうか。

● ボブ ウッドワード(Bob Woodward)= 職業・肩書ジャーナリスト,ノンフィクション作家 元「ワシントン・ポスト」編集局次長 国籍米国 生年月日1943年3月26日 出生地イリノイ州ジュネバ 本名ウッドワード,ロバート・アプシャー〈Woodward,Robert Upshur〉学歴エール大学〔1965年〕卒,ジョージ・ワシントン大学大学院 受賞ピュリッツァー賞〔1974年〕「大統領の陰謀」,ドルーピアソン財団賞〔1974年〕「大統領の陰謀」 経歴米国海軍での5年の兵役を経て、1970〜71年モンゴメリー郡「センティネル」の記者となり、’71年「ワシントン・ポスト」に移る。入社して1年足らずの’72年、警察の夜間パトロールの記事を取るのが専門だったが、当時のニクソン大統領(共和党)再選支持派がワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるため侵入し逮捕される事件が起こり、相棒のカール・バーンスタインとともに調査報道で追求。ニクソン大統領のもみ消し工作も明らかになり、’74年には米国史上初めて現職大統領が辞任するという世紀の大スキャンダル“ウォーターゲート事件”の発端となった。その経緯をバーンスタインとの共作で「大統領の陰謀」(’74年)、「最後の日々」(’76年)の2冊の本にまとめて出版し、ジャーナリズム部門のピュリッツァー賞、ドルーピアソン財団賞など数多くの賞を受賞。調査報道の情報源については、当時流行のポルノ映画の題名をもとに“ディープ・スロート”と呼び、本人が死ぬまで明かさないとしていたが、2005年連邦捜査局FBI)副長官だったマーク・フェルトが自ら名のりを上げ、大きな話題になった。この間、1979年「ワシントン・ポスト」のコット・アームストロングとの共著で、米最高裁9人の裁判官を主題にした「ブレザレン」を発表。同年「ワシントン・ポスト」首都版編集長、’81年同紙副編集長を経て、編集局次長。他の著書に「大統領執務室―裸のクリントン政権」「マエストロ―アラン・グリーンスパンのFEDとアメリカの経済繁栄」などがある。(現代外国人名録)(左上写真の左側)

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Que sera, sera. Whatever will be, will be.

【有明抄】あしたはあしたの風が吹く 瞬間最大風速と最大瞬間風速。どちらも違和感は覚えないが、正しくは最大瞬間風速。間違いやすいので気をつけたい。佐賀県の観測史上最大の瞬間風速は1991年9月14日に観測された秒速54・3メートル。台風17号によるもので、幾多の風水害の中でも強く記憶に残る◆この記録をはるかに上回る風速が今月初旬、静岡県牧之原市で観測された。台風15号の影響で竜巻が発生。現場検証の結果、風速は秒速81メートル以上だった可能性があるという◆「五風十雨」という言葉がある。5日ごとに風が吹き、10日ごとに雨が降るという、穏やかで順調な天気を意味する。ただ、9月とは思えない暑さが続き、死語になりつつある気がする◆きょうは1945年、枕崎台風が西日本を縦断した日。終戦からわずか1カ月後のことで原爆が投下された長崎、広島の被害が特に大きかった。きょうで80年。二重の悲劇を乗り越え、生きることを諦めなかった先人たちに感謝したい◆風はきっと大地の呼吸。その息遣いに耳を澄ませば向かい風ばかりではないことに気づく。映画「風とともに去りぬ」に出てくる「Tomorrow is another day.」という言葉は「あすという別の日がある」の翻訳が一般的だが、「あしたはあしたの風が吹く」とも訳される。困難に直面しても何とかなる。信じよう。あしたはきっと追い風だ(義)(佐賀新聞・2025/09/17)

 「明日(あした)は明日(あした)の風が吹く」という表現はいずこの国や地方にもあり、地域(民衆)の生活に根差した多彩な含意を持っているでしょう。こんな粋な言葉を覚えたのはいつだったか。これだけははっきりと覚えているのは、中学生になったばかりの時でした。1958年の秋。今でも行われている「教育実習」制度。大学4年生が教員を目指して必ず履修しなければならない教科です。実習生にとっては、授業の真似事に集中する場面、子どもたちにとっては普段の教師たちの「当たり前の授業」に飽き飽きし得居るころだったでしょうから、それなりに関心も湧いたのでした。中学一年生のクラスのやってきたのは、京都教育大(元京都学芸大学)生でした。教科は「国語」だったと記憶しています。十三歳の中学一年生には、とても眩しく見えた「お姉さん」でした。その後、彼女はどんな人生を送られたのか、時々思い出したりします。ぼくはませてはいなかったし、どちらかと言うと「晩稲(おくて)」だったと思っています。

 授業の内容はすべて記憶の外になってしまいましたが、その実習生(小柄な女性)は、どこかシニカルで、冷静を装った姿勢は一貫していた。授業の合間に話す雑談に、ぼくは興味を覚えていた。中でも彼女は最近観た映画として「明日は明日の風が吹く」のあらすじを話してくれた。きっと、実習生は熱心は裕次郎オタクお宅だったと思う。「明日」は「あした」と読まないと「あきません」と言った。「あしたはあしたの風が吹く」。このタイトル(表現)を聞いていると、いかにも投げやりな気分に襲われそうですが、実はそうではないことは遥かの後年になって気が付きます。

 この当時、流行していたアメリカのポピュラーソングに「ケ・セラ・セラ((Que Sera, Sera))」という曲がありました(1956年)。ヒッチコック監督映画「知りすぎていた男」の主題歌で、ドリス・デイが謳っていました。日本では先年亡くなられたペギー葉山さん。面倒なことですので、この曲の背景や映画公開の経過についてはすべて省略します。シャンソン風の「ケ・セラ・セラ」にもっとも合致した邦訳は「なるようになる(ケ・セラ・セラ)、先のことなど分からない」というのでしょう。「ケ・セラ・セラ」はフランス語でもないし、言われているようなスペイン語でもないそうですから、いかにも「なるようになる」ですね。

 ぼくの中では、「ケ・セラ・セラ」と「明日は明日の風が吹く」がぴたりと重なったのでした。当時のぼくは12~3歳でしたから、どこまで分かっていたかまことに怪しいものだったが、その「投げやりな雰囲気(気分)」はぼくにはよく似合っていたと思う。そんな場面を創り出したのがまだ二十歳すぎだったろう教育実習生でした。ぼくは後に、「教師にでもなってみようか」などと血迷ったのは、このニヒルで素敵な教育実習生の影響だったと思っています。残念ながら、教師にはなれなかったが、その元をたどれば、何時だって、そこには「小柄な教育実習生」の姿があった。授業中、実習生は「明日が明日の風が吹く」という映画の主題歌(石原裕次郎歌)を歌ってくれたと思う。

『Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)』
詞・Ray Evans/曲・Jay Livingston

When I was just a little girl
I asked my mother what will I be
Will I be pretty, will I be rich
Here's what she said to me

Que sera, sera
Whatever will be, will be
The future's not ours to see
Que sera, sera
What will be, will be(The rest omitted)
Doris Day「Que sera sera」(https://www.youtube.com/watch?v=5qXgWET7y-I)
*ペギー葉山「ケ・セラ・セラ」(https://www.youtube.com/watch?v=oLAuV_pY6kw

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 「明日は明日の風が吹く」の英語版は<Tomorrow is another day.>です。「明日は明日で、今日とは別の日」。「今日の風とは別の風が吹く日だ」という捉え方は、積極的に明日という日を期待いしようではないかということになるでしょうか。「ケ・セラ・セラ(なるようになる)」というのとはまるで大違い。人の世を肯定しているのだと言えば言える。佐賀新聞のコラム氏も「困難に直面しても何とかなる。信じよう。あしたはきっと追い風だ」と、いかにも無根拠・無責任の謗(そし)りを受けても仕方がない程度の楽観主義に流れているようにぼくには思われます。

 先日、静岡県で発生した「竜巻」は風速81メートルと観測(想定)されました。驚くべき「突風(gusts of wind)」でした。人が飛ばされ、車が持ち上げられ、重々しいコンテナも吹き飛ばされました。もちろん住宅の屋根はたちまちのうちにむしり取られた。これを「天狗風」と呼ぶらしい。「突然はげしく吹きおろす旋風。つむじ風」(デジタル大辞泉)被害に遭った人々の感慨は「明日は明日の風が吹く」どころではないでしょう。今日一日をどう過ごすか。三日程前に都内を襲った豪雨で、何か所も地下駐車場が水没した。約300台の車が水を被った。自動車保険の対象がだと報道されている。水没した車は廃車するほかに手はないというのですから、泣いても泣ききれないというべきで、「明日は明日の風が吹く」などと、斜に構えてなどいられないのではないでしょうか。

 「なるようになる」とは、正確に言うなら「なるようにしかならない」ということでしょう。人知(人事)では及び難いことはいくらもあると知ったうえで、「何とかなる」「何とかする」という生き方が求められているのかもしれません。自然の猛威という「無敵」の相手に向かうことで「科学・文明」は進んできたと言われるのかもしれませんが、だからこそ、同じような勢力の台風でも「被害はより甚大」になる結果をもたらしているのではないかという疑問が浮かびます。「何が起こるか、先のことなどわからない(ケ・セラ・セラ)」と言って済ませれば苦労はしない。要するに「先のことなど分からない」から、「今を大事に」というのだと思うし、「今を大事に」過ごしていれば、先の見通しが立つ」とも限らないから、ケ・セラ・セラなんでしょうね。 

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袖振り合うも他生の縁

 右に掲げた「折々のことば」を初めて見た時、ぼくは衝撃を受けた。世の中にこんなことがあり、こんな人がいるのだという驚きでした。道ですれ違った際、自転車に乗っていたおっちゃんが「元気出せ!ねえちゃん」と声をかけた。かけられた女性・田中さんは「突然のこの声に生き返った」と言われています。田中さんは、他人の目にもわかほどに「落ち込んでいた」のでしょうか。それにしても凄い人がいたものです。「他者を励ますことができる人は真正の哲学者だ」という意味のことをぼくは学生時代にフランスのモラリストから教えられた。この「元気だせ!…」というおっちゃんは、偉い哲学者だったなあという、感慨を深くした。そしてこの「エピソード」を見て、咄嗟に浮かんだのは「袖振り合うも他生の縁」ということわざでした。

 これと似て非なる経験を、ぼくは大学入学早々にしました。街中を裸で駆ける、有名な「おじさん」(当時はすでにかなりの高齢だったろう)がいました。顔にはいつも満面の笑み、「笑う門には福来る」ということだったでしょうか。いつでも夢を、ではなく、「いつでも笑顔を」運動の主催者でした。幟(のぼり)を掲げて、冬でも裸で、「満面の笑みを浮かべて」街を疾走されていたのだ。その後、二度と出会わなかったけれど、世の中には奇特な人がいるものだと、やはりぼくは衝撃を受けたのでした。(ヘッダー写真は<仏教伝道協会の「輝け!お寺の掲示板大賞2023」より>)(https://www.bdk.or.jp/kagayake2023/publication.html#c02

 「袖振り合うも…」とよく似た表現に「躓く石も縁の端」があります。「自分にかかわるすべてのものが、なんらかの因縁で結ばれているということ。ふとつまずいた石も、多くの石の中で何かの縁があってつまずいたのであるとの意から」(ことわざ辞典ONLINE)。もちろん、発端は仏教の説教から出たのでしょうが、長い間に世間は、この仏教由来の「高説」をすっかり自家薬籠中のものにしたはずです。ぼくの知り合いに、偶然「乗り合わせの電車で、隣同士の席」だった縁で結婚した(後年には離縁した)という御仁もいました。人や物との出会いには「合縁奇縁」というものがあります。後になって考えれば、実に不思議な巡り合わせだったり、奇妙な因縁だったりということがあるのです。いや、人生における出会いなどは、ほとんどすべてがこの「合縁奇縁」ということになるのかもしれません。だから、出会いは偶然、「偕老同穴(かいろうどうけつ)」は必然という首尾になるのでしょう。

 一人の女性と自転車のおっちゃんが「夫婦」になったというのではありません。それ以上に、この一瞬のすれ違いが含む「奇遇(coincidence)」のもたらす「恩恵(grace)」に、ぼくは感動すらしたのです。もちろん「元気出せ!」に応えるための「聞き届ける耳」「受け止める胸」があってこその「出会い」だったでしょう。コラムの筆者は書かれている、「見知らぬ人と人とのそんな遭遇がかつてあった」と。確かに、寂しいことだが、今は稀になったかもしれない。世の中には雑音・騒音が溢れているし、他者に対する罵詈雑言や本当の殺し文句が飛び交っているのですから、「元気出せ!ねえちゃん」と声をかけるおっちゃんがいたら、直ちに不審がられ、警戒されるのがオチですからね。

 この何でもない「諺(ことわざ)」の根っこに仏教的「世界観」「人生観」があることにぼくは興味は持っているのですが、それを、はたして信じているかどうかはとても怪しい。キーワードは「他生(たしょう)」です。他生とは「前世」と「来世」であり、今生きている自分は「今世(今生)」にいるが、その前にもその後にも、どれくらいの「生」を送って来たか、送ることになるか。「他生」はまた「多生」とも言い、何度も生まれ変わり、死に変わりというのでしょう。今は人間として生きているが、その前(前世)は何だったか、何の生まれ変わりか、自分ではわからない、来世は何になるかもわからない、そんな永劫の因縁の中での出会い(遭遇)というところにきわめて不思議な奇縁を見出して、その出会いの意味(価値)を深めたのではなかったか。

 「昔、劇団の稽古に通っていた主婦の田中昌代さん。演技にも人間関係にも行き詰まり」していた時代。それはどれくらい昔のことだったか。偶然に、今朝、4時過ぎからのラジオ深夜便で、現役の役者さんの修業時代(俳優座養成所・第15期生)のことが語られていました。今でもテレビや映画に出ておられる、小野武彦さん、八十三歳。とても面白く聞きました。もう六十年以上も前の、役者の卵時代。彼は石原裕次郎に憧れ、やがて文学座の劇団員になり、広く活躍する場面を展開されていきました。勝手な推測ですけれど、田中昌代さんも、そんな仲間だったか。小野さんの語られる俳優仲間には、今では錚々たる存在となった方々がおられた。新劇華やかなりし頃でした。どんなときにも「出会い」や「遭遇」というものはあります。人生は「遭遇(出会い)に尽きる」と言ってみたくなるほどです。

「元気出せ!ねえちゃん」と、すれ違ったおっちゃんと役者の卵の一瞬の出会い(encounter)にも、驚くほど深い意味があったのかもしれません。人世の深淵・因縁というのでしょうか。「突然の声に生き返った」と田中さんは懐かしく回想されます。もちろん、いまだってそのような「出会い」や「遭遇」の機会は至る所にあるのでしょう。それを受け止める、双方の「感受性」が問われているのかもしれない。

 (上に掲げたナベサダさんの「ことば」にもぼくは惹かれています。なんということはないのですが、今は同じ町内に住んでいる。機会を設けて、「ことば」の手触りにゆっくりと触れてみたいですね。(⇦写真)

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◉ そで【袖】 振(ふ)り合(あ)うも=他生(たしょう)[=多生(たしょう)]の縁(えん) = 道を行く時、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのだということ。袖すり合うも他生の縁。袖の振合せも他生の縁。(精選版日本国語大辞典)

◉〔解説〕 [解説] 「袖振り合う」は、別れを惜しんで互いに袖を振るのではなく、人と人がふれあう、あるいはすれ違う意です。「袖の振り合わせも…」、「袖擦り合うも…」とも言いますが、ことわざの意味は変わりません。「他生」は現世を基点に前世、来世をさし、ここでは前世のことです。「多生」と書く場合は、六道の間で何度も生まれ変わることを意味します。これに続けて「つまずく石も縁の端」ということもよくありました。/日本の文化が仏教の影響を深く受けてきたことをあらためて感じさせる表現ですが、今日では、仏教的な深い意味は特に意識せず、これも何かのご縁というぐらいの軽い気持ちで使われることが多いといえるでしょう。(ことわざを知る辞典)

◉ かいろう‐どうけつカイラウ‥【偕老同穴】 ( 古く「かいろうとうけつ」とも。「同穴」は、死んで穴を同じくして葬られること ) 夫婦が、最後まで連れそいとげること。夫婦の契りの堅いこと。(精選版日本国語大辞典)

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古今ニ通シテ謬ラス…中外ニ施シテ悖ラス

 「現憲法下では到底認められないが、内容には今も大事にしていることが書いてある」と市長は言う。これまで「教育勅語」を今の時代にも妥当する「倫理・道徳」だと主張するものは、ほとんどが、このような理屈を述べます。「現憲法(の理念)とは相いれないが、内容には立派なことが書いてある」という理屈を、どう受け止めるべきか。このような、回りくどい言い方でも、やはり「教育勅語」の妥当性はいまもなお、受け入れるべしというのでしょう。こういう屁理屈を並べる政治家には、表向きの理由以上に「勅語」を肯定し、できれば教育現場に持ち込みたいという意図(願望)が底にあるのが透けて見えます。これを復古主義(revivalism)というのかどうか。

 なぜ広島市長がこの「勅語」が内在させているいくつかの問題点を指摘されながらも、教員研修資料として使い続けるのか。それは市長の自由意志によるものだから問題はない、問題視すべきではないと言えますかという問題。書いてある内容には「いいところ」があるからというのも、きわめて恣意的でしょう。「悪いところ」とは、当たり前に考えれば「国家中心主義」の謳歌であり、強制的人民支配の原理とされたものだという歴史的評価は否定できないのだ。それを含めて、この曰く付きの「勅語」を評価する姿勢(思想)の根拠を市長は明らかにすべきではないでしょうか。

 公人として、政治家として、「臣民教育の背骨」の役割を果たし、ある面では、極めて強く教育支配の道具として用いられ、その影響下で国の方向を誤らせた一因を生んだ「文書」は、今日いかなる場所でも用いるべきではないのではないかと、ぼくは判断する。資料(史料)として研究する分には自由だが、それを研修の場で、有効な「倫理道徳論」として教員に示すのは、ある種の政治判断・意図が働いているからです。問題は、「教育勅語」は歴史の経過を踏まえて、昭和23年の国会で「失効」「排除」が決議されたという事実を無視することに、使用者は言及すべきでしょう。「いいことが書いてある」というなら、旧統一教会の「著作物」にも、取り上げるべき事例はたくさんある。しかし、それは取り上げないで、「教育勅語」を、その一部だからといって重視するのは、穏当ではないと言いたくなります。

 広島市長、今年も「教育勅語」引用 新規採用職員研修で
 広島市の松井一実市長は8日、中区のJMSアステールプラザであった新規採用職員研修で戦前の教育勅語の一部を引用した資料を使って講話した。市長就任翌年の2012年から毎年、引用を継続している。/研修は非公開で約330人が参加。資料では教育勅語の「爾(なんじ) 臣民 兄弟に 友に」と博愛の尊さなどを説く部分を英訳付きで引いた。「先輩が作り上げたもので良いものはしっかり受け止め、後輩に繋(つな)ぐことが重要」と併記している。/昨年に続き、平和主義を掲げた憲法前文も説明し、大日本帝国憲法との比較資料も添えた。/研修を終えた職員は取材に「ちょっと違和感があった」「特に気にならなかった」などと受け止めを語った。
 教育勅語は軍国主義教育に結びついた経緯があり、引用には市民団体などから批判の声がある。市は見解が分かれる物事を多面的に捉える大切さを伝える一例として取り上げていると説明。松井市長は昨年4月の記者会見で「現憲法下では到底認められないが、内容には今も大事にしていることが書いてある」と述べている。(樋口浩二)(中國新聞・2025/04/08)(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rcc/1102661?display=1)

 ほかならぬ広島の地で、こんな「時代錯誤」が行われ続けていることに、広島自体が「人類最初の被爆地」であるという歴史の役割を終わりたいという願望が、ある人々の中にはっきりと芽生えているということではないか。敗戦後、この国の教育方針の法的裏付けとして「教育基本法」が制定された。その段階では、「教育勅語」は併存していた時期でもありました。そして、長い時間の経過とともに「教育基本法」は換骨奪胎され、今ある「教育基本法」に換えられました(平成18年12月22日法律第120号)。詳細は省きますが、要するに、より一層「教育勅語」に接近・近似したものだったのです。その眼目は「忠孝倫理の徹底」を図ろうとするものだったでしょう。

 「国に忠に、親に孝に」という徳目こそ、戦後教育によって失われてきたという、明確な時代「遅れ」認識がある人々には強固なものとしてあったという意味です。これを素朴な表現で言うなら「滅私奉公」の精神(徳目)の欠如が我慢ならなかったということだったでしょう。今でも、多くの神社のHPには「教育勅語」が厳かに掲げられています。(ヘッダーの写真は明治神宮のもの)

 「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」というところなど、まるで新出来政党の「憲法創案」(⇦写真)にそっくりです。(というのは嘘で、実態は、新出来政党の「憲法」案なるものが、「教育勅語」を「模倣」「換骨奪胎(replacement abduction)」したというべきなんですね。「そこにはいいことも書いてあるぞ」と言えば言える代物です。「いいこと」なんて誰だって書けるんですよ。

 流行りの表現に換言するなら、「教育勅語」の「いいとこどり」「切り取り」でしょうか。「きりぬき」とはいいながら、その転居は「脅威宇久勅語」であるというのが味噌なんですね。「教育勅語」であるところに意義があるというのでしょう。この社会では、二十年ほども前から、(厳密には、何時の時代であっても)「前に進もう」というのではなく、「もと来た道を帰ろう(先祖返り)(atavism)」という、政治イデオロギーがだんだんと目に付いてきています。イデオロギー(教条)(ideology)とは、過去の有力な観念形態に自らの足場を築くことを指して言う言葉です。「戦前」「明治前期」、この国がまだ戦争に負けなかった頃に有力だった政治イデオロギーのもとに、今の国をそっくりそのまま戻したいという「飽くなき願望」が沸騰しているのかもしれません。それをある政治家は「美しい日本」などと、根拠なく言い触らしていました。

 本日の駄文冒頭に松井市長は「現憲法下では到底認められないが、内容には今も大事にしていることが書いてある」と述べている箇所を引用しました。同じ文章を、ぼくなら次のように言い換えます。それが歴史の経過とその評価に、より即していると思われるからです。

 「内容には今も大事にしていることが書いてあるけれど、現憲法下では到底認められない」とね。松井さん、如何ですか。時代の歩みを逆流させようというのは無理があるでしょうね。新しい言葉で、同じ内容であっても、語るべきだと思う。

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◉ きょういく‐ちょくごケウイク‥【教育勅語】= 日本帝国の教育の基本理念を示した「教育に関する勅語」をいう。明治二三年(一八九〇)発布され、古来天皇は徳をもって統治してきたことを述べ、国民の守るべき徳目を掲げ、「一旦緩急あるときは義勇公に奉ずる」のが本分であることを強調した。第二次世界大戦前の国民教育に指針を与え続けてきたが、昭和二三年(一九四八)に国会決議にて失効を確認。(精選版日本国語大辞典)

◉ きょういく‐ちょくご〔ケウイク‐〕【教育勅語】= 明治天皇の名のもとに、明治23年(1890)10月30日に発せられた「教育ニ関スル勅語」。教育の根本を皇祖皇宗遺訓に求め、忠孝の徳を国民教育の中心に据えた。昭和23年(1948)、国会でその失効および排除を決議した。(デジタル大辞泉)

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〇2025/09/14(日)ただ今午後9時。室温29.9℃、湿度73%。きわめて蒸し暑い一日だった。時には80%を超える湿度を記録する日で、何もしないで、汗が噴き出る始末。従前は、晩冬から初春にかけて「三寒四温」などと形容するような気候状態があったが、現在の状況はなんと言えるのだろうか。「三暑四冷」とでも言っておくか。湿度の高さだけで、体力の消耗は激しい▶昼過ぎに茂原まで買い物。言うのも嫌になるほどに、「物価高騰」を見せつけられるレジ(会計清算)風景である。何を買ったわけではないが、6千円弱だという。食料品、とりわけコメ代金は二倍にもなろうかという。先日テレビでは本年産の新米5㌔が7千円だという。この春以来の備蓄米の市場への解放を含めて、米価対策は何だったのかと訝(いぶか)るばかり。「諸物価、高停まり」の放置というのは、質の悪い増税政治の表れだろう(857)

〇2025/09/13(土)ただ今午後8時40分。室温28.2℃、湿度80%▶この数日間の異常気象、あるいは各地で相次いて発生している「線状降水帯」「竜巻」がもたらす豪雨・突風災害について、日にちが経てば経つほど、そのダメージの大きさに驚愕するばかり。本日は今にも降りそうな雨模様が続いたが、ほぼ降水量はゼロで終わりそう。吹く風は涼しく、確実に季節の段階が一歩進んだことを思わせるが。しかし、日中の猛暑はさらに続きそう▶この国(あるいは社会)におけるメディアがもはや潰滅的な状態に陥っている今、あらためて、「桐生悠々」に思いを致している。彼自身の著書を含め、近年出版された著書(増田正昭著「抵抗の水脈 桐生悠々とその時代」(信濃毎日新聞社刊、2025年5月)、黒崎正己著「新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを『嗤う』」(現代書館刊、2019年19年10月)などを再読し始める。(856)

〇2025/09/12(金)ただ今午後9時半前。室温27.8℃。湿度75%▶朝から曇り空が続く。秋雨前線の関係だったか、都内では豪雨に見舞われ、都内のいくつかの河川が氾濫したというが、当地は今にも降りそうでありながら、なんとか雨は降らなかった▶一昨日の作業の続きを考えていたが、雨模様だったので、外には出なかった。お昼前にはしばらく仮眠をとる。気温は30℃には至らなかったと思われる。しかし、まだまだ猛暑日、真夏日は続くようだという予報は出ている▶静岡県伊東市の市長「学歴詐称」問題に端を発した現状に関して、現地からの報道を含めて、いろいろと知ることができた。兵庫県や伊東市に限ることではなく、知事や市長になってはいけない人間が「首長に選ばれる」、そんな時代の因果関係を考えてみる。いずれにしても「主権者教育」(とどのつまりは「学校教育」の点数・成績への極度の偏向に起因していると思われる。すべては「学校教育の積年の弊」がもっとも目立つかに思われる「政治家」に、諸悪が露見していることと痛感するのだ▶国内政治の行方は混沌の様相を深めている。少数与党の自民党の代表選びに、並みいるドングリが鎬を削る図は、傍から見ても実に滑稽かつ悲劇。残余の多数の政党は、すべて「野党」ではあるが、なかには与党に片足両足を突っ込んでいる政党もあるのだ。極右から極左まで(あるとするなら)の政党の中で「与・野党」に色分けが付いているのだから、明確に旗幟を鮮明にして政治復権を図るべきだろう。(855)

〇2025/09/11(木)台風15号の影響を受けた、昨日の静岡県内を襲った「竜巻」の状況が明らかになりつつある。最大風速は推定75㍍、観測史上、国内最大規模の竜巻だったという。停車中の車が吹き飛ばされ、横転。その影響によるものか、男性が死亡した。家屋の被害は無数。死者も一名あった。牧之原市以外にも同じような竜巻被害が発生している。そのメカニズムは十分に解明されていいない段階で、はたして竜巻被害を避ける方法はあるのだろうか。都内でも猛烈は強風で、コンテナが飛ばされ、下敷きになった男性が死亡したという。▶本日、午前中は快晴だったが、当地でも、午後からは雨模様になり、夕方以降はかなり強く降った。都内や神奈川県では集中豪雨(線状降水帯)による河川の氾濫などが続出した。秋雨前線の影響だという。一時は、千葉県全域に「竜巻注意予報」が出されるほどだったが、幸いになんとか襲来は免れた。予報によれば、しばらくは荒天状況が続くそうだ。(854)

〇2025/09/10(水)ただ今午後9時。室温29.9℃、湿度76%。気温だけから言うなら、盛夏は終わらない。とはいえ、昨日までとは違って、やや陽射しは翳りつつ、降雨もありそうな様子だった▶久しぶりに裏庭の除草をやった。燃えるごみを燃やしつつの並行作業だったが、なかなかの苦行だった。気温は30℃を越えてはいたが、それ以上に身に堪えたのは湿度の高さ。体の表面にじっとりした汗が張り付くような感じが終始していた。いったん休息をして、再開する予定でいたが、直後に雨が降り出してきたので、中断。しかしながら、それ以後は降らなかったのだから、まるで空振りに終わった▶台風15号の余波だったか、静岡県内では複数の強烈な「竜巻」が発生し、甚大な被害が出た模様。(853)

〇2025/09/09(火)ただ今午後10時。室温30.5℃、湿度72%。昨日、予定外の掃除(かみさんの部屋や押し入れなど)をしたせいもあって、とても疲れが残っているので、本日は、終日自宅に籠っていた。相変わらずの猛暑・猛湿続きで、一雨が来るかた期待はしたが、湿度ばかりが高くて茹(う)だるような暑さで、気力も失せそうだった▶自民党の「後継総裁」争いがどうなっているのか、ほとんど興味がわかないままだが、執拗に「石破降ろし」を演出してきた新聞2紙と、裏金議員や麻生派連中の画策がいよいよ明らかになるのではないか。現首相に「引導を渡した」のが前々総理と現農水大臣だったとされるが、元総理にとって、「石破続投」は官房長官時代の、森友事件における「安倍擁護画策」(森友関係文書の「改竄」「隠蔽」考さの首謀者だったとされる)が白日の下に晒される危険性を感じていたと思う。つまりは、森友文書の全面公開を石破ならやりかねないとの危惧があっての石破への引導わたしだったのではないだろうか。石橋はそれに気が付いていたかどうか。それくらいのことに意識が働かない政治家だったら、どうしようもないと思うが。(852)

〇2025/09/08(月)ただ今午後10時15分。室温30.2℃、湿度71%。猛暑は続くどこまでも▶かみさんが体調不良で、昼頃まで寝ていた。「夏バテ」かどうか。生活(宵っ張りの朝寝坊)の立て直しをしなければだめだとぼくは思っている。「早寝早起き」に尽きるのだ▶その間、彼女の部屋を掃除。なんと押入れを含め、厄介なダニが何匹も。このところ、何カ月か、いくつかの猫たちにいつも定期的にマダニ防除薬をつけていない報い(あらわれ)。やりやすい子にはするが、なかなか捕まらない、体を触らせない子は、点滴の間隔を抜いてしまう。十分に注意しなければなるまい▶午後4時前に動物病院へ。避妊手術前の血液検査と三種混合のワクチン接種。念のためにと調べたら、診察台上に「ノミ」が飛び出してきた。ノミなどの駆除剤はつけているのだが、十分ではなかったか、あるいは効き目が薄れてきたか。別の薬をと「3本入り」をだしてもらった。それが6千円超。いろいろと合計で、2万3.760円。凄いね。2週間後には「避妊手術」だ▶魑魅魍魎というか、有象無象と言うべきか、コップの中の政局は、現職総理をそのポストから引きずり下ろしたことになるが、何よりも読売と毎日の果たした「お先棒担ぎ」「辞任を先導」、その「政治的功績」はとても大きいと思うし、同じように、新聞の使命自体を自己否定した「覆うべくもない汚点」もまた、拭い去れない程の深さ・ダメージがあったと思う。「もはや今日の新聞の息の根が止まったな」と思うし、満州事変後の報道各社の権力との密着(大本営主義)は、また、確実にこの国の方向を誤らせるに違いない。(851)

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「溺れる者は藁をも掴む」と沈むよ

◎ 週の初めに愚考する(八拾七)~ 「AI」は、好む好まないにかかわらず、あらゆる分野・方面に進出し、領土侵犯しているでしょう。技術開発が進む前には、「遺伝子組み換え」なんて夢のまた夢と言っていた時代、ところが今やものによっては「遺伝子組み換え」以外の商品を探す方が難しい、そんな時代状況にあるようです。ぼくは、いつもパソコンに向かう時は「BGM」をかけている。大半はいわゆる「JAZZ擬(もど)き」です。これが「AI製品」だそうです。その多くがジャズ風にアレンジされた演奏で、三時間でも五時間でも聴き続けることができます。表では「AIは好かぬ」と言いながら、何時とは知らず「AI音楽」にはまっているというのかもしれない。しかし、この疑似演奏を聴いていて、ぼくのような怪しい音楽好きにもわかるのは、いかなるフレーズでも、「これはいいなあ」という瞬間がないことです。思わず、キーボードを打つ手が止まり、耳が「ナイス(How wonderful!)」と、音の連続を受け止めることがない。だから、「ながら族」を続けられるのでしょう。

 よく知っている音楽では「BGM」にならないのは、逐一音を追っかけるからです。東京に出てきて、いきなり街中の喫茶店で「クラシック」を聴きだしたころを思い出します。ぼくが入り浸ったのはお茶の水・神田界隈が多かった。大きな喫茶店で、「田園」だとか「ウィーン」などという店名でもわかるように、多くは西洋音楽のレコード鑑賞のためにお茶代を払うようなものでした。満員であろうが、誰一人声高で話すものはおらず、驚くべき静謐な雰囲気で、「これぞ、愛聴だぞ」という雰囲気に満ち満ちていました。客は好みの店の、好みの音(音響機器)で、惚れ込んだベートーベンやバッハを聴いていたのでした。ぼくも、本当によく通った。家にも小さな装置は持っていたが、やはり金を払って聞く演奏は満ち足りたものだった。

 音楽を聴いて満足するとは、どういうことかと訊かれたら、ぼくはたちどころに困る。医者に行くとか、八百屋に行くというような具体的目的があってのことではなかったからです。体調不良を抱えて医者に通えば、なにがしかの改善や快方が得られるし、それが目的で行くのでしょう。しかし、「音楽喫茶」に入り浸るのは、持て余していた時間つぶしであり、思わぬレコード(演奏)に出会えるかもしれないという偶然、微かな期待があったからではなかったか。格好をつけて言うなら、音楽を聴くことで、何かしらから「解放」されることが、たまにはあったのでしょう。ひたすら全身を耳にしてという、そんな聴き方はぼくのスタイルではなかった。本を読みながらが大半で、読書に集中していれば、音楽には心は奪われないし、その反対もあったでしょう。

 なにか、為すべき課題を果たすためとか、出された宿題を今日中に終えるのだというような、計画や予定の立っている目的があるのではなく、まさしく時間をやり過ごすとか、暇を持て余すというようなときにこそ、実は思わない「家宝」に出会うことが多いような気がしている。ぼくにとって「BGM」は目的でもなければ、関心のあるものでもなく、時間つぶし際の「伴奏(accompaniment)」のようなものでした。眠りに落ちる際の「羊が三匹…」みたいな呪文で、睡眠導入剤であったのかもしれません。思わず教師の話に惑わされて、ぐっすり眠ってしまった授業は何度あったことか。素晴らしい授業は、睡眠の妨げにならないもの、それがぼくの判断基準でした。

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【有明抄】悩み多き者よ… 目の前に深い悩みを抱えたひとがいる。そんなとき、どう向き合うべきか。臨床心理学者の河合隼雄さんによると、「プロの極意」は眠るように相手の言い分を聞き続けることだという◆自分からは何も言葉を発さず、目を閉じて話に耳を傾ける。相手が「このおっさん、ほんまに聞いてくれてるのかいな」と心配しはじめたころ、「うーん」と同意でも反対でもない相づちを打つ。そうやって、相手がもう話せないところまで聞き続ける◆心煩わすトラブルの多くは、互いに聞く耳を持たないことで引き起こされる。話を聞いてくれない。話してもわかってくれない。言葉にしたら余計、感情がこじれてしまった…。解決の糸口は河合さんのように、ただ「聞くこと」にあるのかもしれない◆近ごろは対話型の生成AIに悩みを相談するひとが増えている。いつでも何時間でも利用でき、問いかけの意図をくんで回答する「共感性」が人気の理由らしい。一方で米国では相談した少年を自殺に追いやったと裁判ざたになるなど、依存の危うさもある◆ひとの共感より、つくり物の共感が頼りにされる。「泣きながら食事をした経験のない者には、人生の本当の味はわからない」と文豪ゲーテは言った。いくら技術が進歩しても、人間にしか「人生の味」はわからない。誰かの声に耳を傾けることも、また。(桑)(佐賀新聞・2025/09/14)

 「目の前に深い悩みを抱えたひとがいる。そんなとき、どう向き合うべきか」という問題を、佐賀新聞のコラム「有明抄」氏は出されている。もちろん、答えはさまざまにありそうで、その一つに「プロの極意」を示された河合隼雄さんの話を紹介されています。この社会における「臨床心理学」を位置づけられた方で、ぼくは何度かお話を伺ったことがある。またユング研究の第一人者でもあった人。ところで、教師紛いをしていても、ぼくは「人生相談」を持ち込まれることは得意ではなかったが、多くの学生からの「諸々相談」には事欠きませんでした。もちろん、人それぞれに相性(好き嫌い)というものがありますから、「相談においで」と言って、誰もが気軽に来たわけではありません。深刻な悩みを抱えていると思っている人は多くいましたが、それがために人生がダメになるとまでは考えない人が大抵だったと思う。

 河合さんはプロ中のプロでしたから、そこで得られた知見には見るべきものがたくさんあった。「プロの極意」はひたすら、相談者の話に耳を傾ける、相談者が話し続けられるうちは余計な言葉を挟まないというのは本当のようで、しばしば「問答法」とは、「問いの中に答えがある」という意味で、ぼくは暇に飽かせて、この方法を多用していたと思う。例えば、一時間の間、相談者が55分は話す、聴き手は相づちを打つだけ。そんなことはしょっちゅうで、それで間に合わなければ、また次の機会にという始末で、そうこうしているうちに「悩みの次元」が動くことがよくありました。「ただ聞くだけ」と言っても、実はこれが本当にむずかしいのです。何とか解答を与えたいと、答え探しに夢中になると、問題の核心はどこかへ行ってしまう。つまり、人生における大半の悩みは、「霞の中にいる」状態で、いずこからかの風によって霞(かすみ)が晴れることがある。つまるところ、風待ちの姿勢(waiting for the wind)こそが極意だということなのでしょう。

 でも、多くの人は忙しい生活の中にある。「速さと効率(便利・要領)」を核として人生や生活の価値を決めているとも言えそうで、だから、速さや価値を重視しすぎる囚われ状態から、一時的にせよ解放される、そんなチャンスに恵まれれば儲けものとぼくなどは考えていました。ことわざにはいろいろな「教え」や「戒め」が含まれています。多くの場合、その教えや戒めを「逆」に取っている場合が多いのではと、ぼくはしばしば考えたものでした。「溺れる者は藁(わら)をも掴(つか)む」などと言う。とにかく助かりたい、今の苦しさから逃れたい、その一心で、何であれ、身近にあるものにしがみつくということでしょうか。「藁に縋ってどうなるものでもない」のに、それに縋る切ろうとする。そこから、ほとんどは失敗します。「溺れる者は藁をもつかむ、だから駄目なんだ」とぼくは捉えてきました。

 藁屑(わらくず)に縋っていて、溺れているものが助かるでしょうか。縋った途端に、藻掻(もが)くことを止めてしまう。「人生相談」は、まあ藁屑の如しと言うつもりはないけれど、そんなところに助かるすべ、生きる余地(浮かぶ瀬)はあるかと、ぼくは思う。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」などとも言います。その意図するところは「溺れかかったときは、あがけばあがくほど深みにはまってしまうが、逆に、捨て身になって流れにまかせると、浅瀬に浮かぶこともある。窮地におちいったときも、事態を冷静にとらえ、物事の推移を見きわめれば、やがて活路を見いだすこともできるというたとえ」(ことわざを知る辞典)最近の「水難救助」の教えで、「溺れかかったらじたばたしない(藁を掴もうとはしない)。仰向けになって(空を見ながら)浮かぶことに徹しなさい」というらしい。そうすれば溺れることはないそうです。

 窮地から逃げ出したい、苦境から脱出したい、それはまるで「藁にも縋る」という必死さに似ています。「身を捨ててこそ」というのは、そんなに難しいことを言うのではなさそうです。「果報は寝て待て」と言うと語弊もありますけれど、ジタバタしても始まらんと、腹を決めること。「人生相談」は、読み物や見世物としてならあってもいいでしょうが、回答者の多くは「人生の成功者」を気取っているとしたら、そんな「藁屑」なんかにに縋るのはおよしなさいとぼくなら言います。まして「対話型AI」に相談するなんて、とぼくは勧めないですね。「AI」は、何のことはありません、過去に行われた「人生相談」の山中から、相談者に合いそうな既成の「回答」を選んでいるだけ。そのもとになるのは、誰かが誰かに対してやった無数の「人生相談」ですから、ぼくに言わせれば「藁か藁屑」です。人により、相談によっては、それが役に立つこともあるでしょうし、効果がみられるかもしれません。でもよく考えれば、それが役立つと判断する「相談者の思考(捉え方)」にこそ、「回答の種」があったのではないでしょうか。

 「問答(対話)法(Dialogue Method)」というのは「問い」と「答え」の繰り返しであり、それを重ねるうちに、始めた時よりも、問題の吟味が進んでいくことに目的があるのです。これをして、よりよく問うこと、そこにこそ「答え」があるのですし、その答えから、新たな問いが生まれる。これを繰り返すことで、「問題」は一層深まるのですね。大事なのは「答え」を得ることではなく、「問いを深めること」なんです。これがうまく行くと、問うこと自体が答えであったということが判然とします。要するに、「浮かぶ瀬もあり」なんですね。(「自動運転車」に乗り続けて(身を任せて)、さて何をしようとするんですか。AIと対話するのは、「自動運転車」に身を任せるみたいなもので、自分の判断や行動の放棄みたいに思われます)

◉ 河合隼雄(かわいはやお)[生]1928.6.23. 兵庫,篠山 [没]2007.7.19. 奈良,天理 臨床心理学者,元文化庁長官。1952年京都大学理学部数学科を卒業。同大大学院に籍を置きながら高校教諭として 3年間勤める。大学院では心理学を学び,1959年カリフォルニア大学に留学。続いて 1962年から 3年間スイスのユング研究所で学び,日本人初のユング派分析家の資格を取得する。帰国後,天理大学教授,京都大学助教授を経て 1975年京都大学教授。日本でドラ・カルフの箱庭療法を実践し,ユング派心理療法(→精神療法)の普及に努めた。1985年に日本心理臨床学会を設立,初代理事長に就任。1987年から国際日本文化研究センター教授を併任,1995年に同センター長となった。文学,宗教など幅広い分野で活躍し,1982年に『昔話と日本人の心』で大佛次郎賞,1988年には『明恵夢を生きる』で新潮学芸賞を受けた。2000年に文化功労者に選ばれ,2002年には民間人として 3人目の文化庁長官に就任した。(ブリタニカ国際大百科事典)

「息子の自殺は対話型AIの責任」、中毒に歯止めなし 母親が運営会社を提訴 ニューヨーク(CNN) 「そんなプラットフォームがあるとは聞いたこともないかもしれない。でも知る必要がある。私たちが後れを取っているから。一人の子どもが逝った。私の子どもが逝ってしまった」/米フロリダ州に住むミーガン・ガルシアさんは、人工知能(AI)相手に立ち入った話ができるプラットフォーム「Character.AI」のことを保護者に知ってほしいと訴える。14歳だった息子のセウェル・セッツァーさんの死は、Character.AIのせいだったとガルシアさんは確信し、運営会社を相手取って訴訟を起こした。
セッツァーさんは今年2月に自殺した。死の直前までCharacter.AIと会話していた。/「このプラットフォームは設計者があえて歯止めも安全策もテストもなしに公開した。私たちの子どもを中毒にさせて操るよう設計された製品だ」。CNNの取材に応じたガルシアさんはそう主張する。/「生きているように感じるAI」をうたうCharacter.AIが、分かっていながら適切な安全策を講じなかったために、息子が対話型AIと不適切な関係を築いて家族から引きこもってしまったとガルシアさんは訴える。フロリダ州の連邦裁判所に提出された訴状によると、セッツァーさんが自傷行為に言及しても、Character.AIは適切に対応しなかった。/子どもにとってのSNSの危険性は以前から指摘されているが、ガルシアさんの訴訟は、新興のAIテクノロジーについても保護者が憂慮すべき現実を物語る。さまざまなプラットフォームやサービスを通じて対話型AIが簡単に利用できるようになる中で、ほかのサービスに対しても同様の危機感が強まっている。/Character.AIの広報は、「自傷行為や自殺思考の言葉を引き金として全米自殺予防ダイヤルの案内が表示されるようにするなど、この半年で新たな安全対策を多数実装した」と強調した。(以下略)(CNN・2024.11.10)(https://www.cnn.co.jp/usa/35225951.html)(セウェル・セッツァーさんとミーガン・ガルシアさん/Courtesy the Garcia family via CNN Newsource) 

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