不寛容には不寛容、それも「思想」だ

【金口木舌】勢いづく不寛容 何か変だと思っても、それが自分とは考えない。相手を変だと決めつける。独善的な「モノサシを固定化した瞬間に人は不寛容になる」という。解剖学者の養老孟司さんの著書「ものがわかるということ」に教わった▼自らを批判する相手を変だと考える。それが絶大な権力を手中にする人だと厄介だ。及ぼす影響も計り知れない。トランプ米大統領だ。敵対的だと判断したテレビ局に対し放送免許を剥奪する可能性に言及した▼モノサシに表現の自由といった規律の目盛りはないのだろう。あからさまな無思慮が政治で通用すると知らしめた。日本も人ごとでない。10年近く前、政治的公平性を欠く放送を繰り返す放送局に電波停止を命じる可能性に総務相が言及した▼憲法の擁護義務は国にある。表現の自由も本来は国が保障すべきことだ。表現を脅かし、萎縮させる言及は今も取り消してない▼養老さんによれば、思い通りにならないことを受け入れるのが寛容の始まり。そうして努力や辛抱、根性を学ぶという。政治もしかりだが今は裏腹。世界で不寛容さが勢いづく中、日本は無縁でいられるか。踏ん張りどころだ。(琉球新報・2025/09/25)

 「寛容は+」で、「不寛容は-」、そんな印象(イメージ)を持っていませんか。いつだって、ある種の「思想」に対して、寛容と不寛容という「矛盾した思考」が、ぼくの中で対峙・対立しながら共存しています。「相手のいうことは変だ」と自分は考えるが、同時に相手もまた「こいつは変だぞ」とみていることはいくらもあるでしょう。どんな考えを持とうが、自分は相手のその思考の存在は受け入れる(否定はしない)、それこそが「寛容」だと考えてはいますが、その極端な「思考」を実践に移すとなると、話は別ということにならないか。一例として「ヘイトスピーチ」があるでしょう。「移民の受け入れは、国情からしてもやむを得ない」と考えて、その政策を実施する方向を求める人がいれば、反対に「移民は犯罪を犯すから、受け入れは反対だ」と考えるだけならまだしも、実際排斥行動に出る人もいるでしょう。

 この際、自分は「受け入れ賛成」なのだから「受け入れ反対」の行動をとる人には「不寛容」になるということはあるでしょう。どんなに極論を言う人がいても、その極論(extreme opinion)は「容認しない」「同意しない」と考えるけれども、その極論(「考え」)そのものが表明されるという自由は認める(賛成・同意するということではない)、それが寛容の精神ではないでしょうか。「自らを批判する相手を変だと考える」ことは構わないが、「敵対的だと判断したテレビ局に対し放送免許を剥奪する可能性に言及した(実際にそうした)」大統領の行為には、ぼくは断固反対します。思考の段階から、それを実行に移す危険性や具体性があれば、反対するということです。「寛容」は「不寛容に対して寛容であるべし」と言った思想家がいましたが、それは、いつでもだれにも妥当する真理ではないと思う。

 不寛容の時代、不寛容の社会という相場が方々で定まりつつあります。「気に入らない番組を流す放送局」に政治的圧力をかける、挙句には免許制である「電波使用」を「停止」云々する、そんな事態が深く進行しているのも、この社会の現実でしょう。「政治権力を批判する」、そんな連中をテレビに出すのは怪しからんと権力者が言ったかどうか、それは別次元の話ですが、そういうかもしれない、そういうはずだと「忖度(そんたく)」すれば、おそらくテレビ局は「自己規制」「自己検閲」を働かせて、権力側に気に入られるような番組編成を行うと考えられる。この社会のメディアの多くは、悲しいかな、そんな「忖度」大好き集団となっているようにぼくには思われます。

 「(独善的な)モノサシを固定化した瞬間に人は不寛容になる」という養老さん。同じく「思い通りにならないことを受け入れるのが寛容の始まり」とも。これは、自分と相手という、二人の人間の関係ならわかりやすいが、ひとりの人間の中に、こんな「矛盾」が生じることはいつだって起こり得ます。そこが面倒なところ。ぼくたちはいつだって「寛容と不寛容の間を揺れている」存在であると、ぼくは自分のことをも捉えている。事態に応じて、時には寛容に、時には不寛容にというのは、とても困難な態度ですけれど、それを間違いなく判断するのはさらに困難です。自分は理不尽な「差別」を許さないから、「差別するもの」には不寛容であるのは当然。しかも、不合理であったり、理不尽であったりする政治や法律には寛容でありたいとは思わない。そもそも「悪法(非理性的な法律)」は「悪法」として、それには反対するのが当然という立場にぼくは立ちたい。それゆえに「法を犯す」ことがあるかもしれないという覚悟はいつでもある。(例えば、かの「治安維持法」、あるいはこれからの「スパイ防止法」的なものを、ぼくは思い描いている)

 「世界で不寛容さが勢いづく中、日本は無縁でいられるか」とコラム氏はいわれるが、この「日本」とは「自分」のことですから、無縁どころか、「不寛容さ」に対峙することに躊躇してはいられないと考えている。つまり、「世界で」の中に「日本」が入るのだから、「日本で不寛容さが勢いづく中、自分は無縁でいられるか」と問い直すと、無縁でいられるはずがないじゃないかということになる。(その昔「世界と日本」という奇怪な言辞が大流行しました。「日本は世界の外」にあるという妄想が、第二次世界大戦を破滅に導いたのでした。それは「日本人と人類」というくらいに荒唐無稽だけれど、時として、それを真顔で政治信条の如くに表明する、それを、ぼくは「自民族中心主義(ethnocentrism)」と呼ぶことにしています。

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 本日の駄文の中で三冊の既読文献を挙げました。ぼくがもっとも教えられたのは渡辺一夫氏からでした。彼は欧州ルネサンス期のラブレーやエラスムスの極めつけの研究者でした。若いころは、それこそ狂気せんばかりに、渡辺「痴愚神礼讃」を読んだものでした。養老氏(解剖学者)は、今でも時々ネットでご高説を拝聴している。思考にもかなり癖のある人で、ぼくは、「自分もそうなのかなあ」と反省することもあります。

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 〈「寛容のパラドックス」については、あまり知られていない。無制限の寛容は確実に寛容の消失を導く。もし我々が不寛容な人々に対しても無制限の寛容を広げるならば、もし我々に不寛容の脅威から寛容な社会を守る覚悟ができていなければ、寛容な人々は滅ぼされ、その寛容も彼らとともに滅ぼされる。――この定式において、私は例えば、不寛容な思想から来る発言を常に抑制すべきだ、などと言うことをほのめかしているわけではない。我々が理性的な議論でそれらに対抗できている限り、そして世論によってそれらをチェックすることが出来ている限りは、抑制することは確かに賢明ではないだろう。しかし、もし必要ならば、たとえ力によってでも、不寛容な人々を抑制する権利を我々は要求すべきだ。と言うのも、彼らは我々と同じ立場で理性的な議論を交わすつもりがなく、全ての議論を非難することから始めるということが容易に解るだろうからだ。彼らは理性的な議論を「欺瞞だ」として、自身の支持者が聞くことを禁止するかもしれないし、議論に鉄拳や拳銃で答えることを教えるかもしれない。ゆえに我々は主張しないといけない。寛容の名において、不寛容に寛容であらざる権利を。〉(カール・ライムント・ポパー 著、内田詔夫,小河原誠 訳『開かれた社会とその敵 第1部 プラトンの呪文』未来社、1945年)

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(昨日の午後から、猛烈に頭が痛い。恐らくそうだろうと判断して「血圧」を測定したら、200mmhg(ミリメートルマーキュリー)直前まで数値が上がっている。昔から血圧はそんなに高くはなかったし、偏差値は最も低かったというのに。こんなに決悪が高くなっていいだろうかという気もします。「高い数値の」理由はいくつか思い当たるので、それほど心配はしていない。なぜだか本日に限って予定が立て込んでいるが、十分に気を付けたい。つまりは無理をしない(I don’t push myself too hard.)ことだね。午前九時前には猫の「避妊手術」のために動物病院へ。先週は猫の身体に「ノミ(及び蚤の卵)軍団」がいたので、手術は延期されたのでした)

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自然現象と危機管理と(老化と予防)

【日報抄】日にち薬という言葉を初めて聞いたのは、京都出身の開業医に診てもらった時だった。疲れが抜けず、何度か通ったが思わしくない。薬を求めると、いわく「十分に寝て食べて様子を見ましょう。日にち薬ですから」▼日数を重ねて養生することで病気やけがが良くなることを指す。診断の結果を有り体に言えば「薬は不要」ということだが、それでは角が立つ。日にち薬という「処方」は、患者に寄り添った対応だった▼体だけでなく心にも効く。悲しみやつらい経験は時が癒やす。身近なところでは失恋や大切な人との永遠の別れが思い浮かぶ。心に深手を負っても薄紙を剝ぐようにゆっくりと快方に向かっていく▼日にち薬は忘却と深く結びついている。過去の思い出を消し去ることで新たな一歩を踏み出せることもある。フランスの小説家バルザックは「多くの忘却なくしては人生は暮らしていけない」との名言を残す▼薬は望まざる症状を引き起こすこともある。日にち薬も「風化」という側面を併せ持つ。思い出したくない記憶も、忘れてはならない出来事も、程度の差こそあれ、だんだんと残像が薄れていく。時に美化され、デフォルメされながら▼戦後生まれが総人口の9割近くとなり、戦争体験の継承がより深刻な問題になってきた。過去に地震や風水害に見舞われた被災地でも関心の低下を心配する声を聞く。次の世代に語りかけ、伝えていくことが風化を防ぐ。日にち薬の副作用にあらがわなければならないこともある。(新潟日報・2025/09/24)

 いろいろな方面で「危機管理(crisis management)」という言葉を耳にし、目にします。(「コンプライアンス(compliance)」という横文字も大流行)その最大規模のものは「国防(軍備)」かもしれません。そして「防犯」や「予防」などという言葉はあらゆるところで日常的に使われています。ある種の、望ましくない現象に対して、あらかじめそれを防ぐことは必要でしょうが、しかし、いかに予防・対策を徹底しても、その「現象」とそれによる「被害」を避けることはできないものがあります。台風や豪雨などは、自然現象の最たるもので、ある程度の対策は立てられるかもしれないけれど、それを完全に避ける・防ぐことはできません。それは紛れもなく「自然」現象だから、です。交通事故は人為的な原因よって起こされますから、それを防ぐことも避けることもできます。その徹底は「自動車利用の禁止」です。車のない時代に、交通事故はなかった。(ヘッダー写真および右写真は PRTIMES : https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003121.000002535.html

 コラム「日報抄」で使われている「日にち薬」という用語は、どういう性格のものでしょう。医学用語だともいえないし、ある種の「経験知」が生み出した表現と見られなくもありません。今日の医学(西洋医学)は内科的には患者を診断し、病名を明らかにし、薬などを処方する。診断・病因特定・薬物処方という、一連の作業で成り立っています。(外科はまず「手術」主義が首位にあります)ここでいう「日にち薬」は、時間の経過をとおして心身の回復を図るということであるとも言えます。「日にち薬」の要諦は「病気・けがは、根本的には自分の身体が治す」ということでしょう。頭が痛い、胃腸が痛いなどと訴え、医者の処方した薬を飲む。

 だから、「医者が治す」「薬が治す」とぼくたちは考えがちですけれど、実際には「身体」が治す、体内の自然治癒力(*homeostasis)が機能するのです。(時に薬効がないのは、体内の治癒能力が衰えているからです)今日の医療の多くは薬物治療に特化していると言っても過言ではありません。大量の薬物投与が医学・医術の基本だという認識が徹底しているのでしょう。この問題は論じればなかなかに面倒なことになりそうなので、これ以上深入りはしません。コラム氏が引用されている「多くの忘却失くしては人生は暮らしていけない」と言うバルザックの言葉は、その通りであるとぼくも受け止めます。日々新たに新知識が入ってきますから、それを上手に記憶するためにも(さしあたって不要だと思われる記憶は消され)、新旧の記憶の入れ替えをしなければ脳細胞はパンクするでしょう。この「入れ替え」は、基本的には脳細胞がやる。

(*「《同一の状態の意》生体が外的および内的環境の変化を受けても、生理状態などを常に一定範囲内にに調整し、恒常性をを保つこと。また、その能力。神経やホルモンの働きによる。米国のの生理学者キャノンが提唱」デジタル大辞泉)

 個人に限定しても「記憶力の衰え」「頻繁な物忘れ」が大きな社会問題となっています。一面においては深刻な「老人問題」と捉えられてもいます。「物忘れ」「勘違い」「過度の忘却」などは、年齢のいかんにかかわらず生じる一種の自然現象です。もちろん個人差はある。大半の人々は「覚える⇔忘れる」、この繰り返しで、何とか人間社会(集団)で生きて行けるだけの社会関係(性)を保っているともいえます。ぼくは「老齢による記憶力の減退」は間違いなしに、自然現象であると考えています。もちろん個人による程度の差はあるし、その出方(現われ方)もまちまちです。しかし、自然現象ですから、ある程度の予防(防止)は可能であっても、それを絶無にすることはできないでしょう。「認知症(dementia)」といわれる「疾患(disease)」は、生き物には不可避のものです。「疾患」「病気」という範疇に入れるのは構わないし、そうしなければ、医療の対象にならないのは事実です。しかし、はたしてそれは「疾病(病気)」かどうか、ぼくはかなり疑わしいと思っている。病気の部分(老化)もありますが、自然現象(老化)の表出であるという側面も否定できないのです。

 老人性認知機能障害とは、 「認知症のうち、加齢による障害が原因で起こるものの通称。老年期になって脳が変性・萎縮するために、判断・理解・記憶・計算などの知的機能の低下や性格の変化がみられ、普通の日常生活や社会関係が保ての。アルツハイマー型や動脈硬化性の認知症などがある。老人性痴呆」(デジタル大辞泉)加齢に伴ういくつかの知的面における能力の衰退を示すものとするなら、誰にだって起こりうるものであり、まさに自然現象の典型であるとも見られるでしょう。変なことを言うようですが、台風や地震が人間の住んでいる地域ではない、無人島や無人の原野で発生しても、それを「自然災害というかどうか。被害者がいないのですから「災害」とは言わない。それに似た状況は「認知症」にも認められます。認証と指弾された当人は困っているのでしょうか。そういうは部分はいくらかはあるでしょうが、最も困惑するのは側にいる人たち(家族や老人養護施設の職員など)であって、そこにこの問題の扱い方・扱われ方の困難があるでしょう。

 地震や台風などの自然現象に対して、ある程度の被害の予防は可能であっても、根本の解決は見えてきません。しかるに、自然科学の知識を総動員して、「危機管理」を徹底することが求められています。大地震(南海トラフ等)に備えるというけれど、それを防ぐことはできないのは「自然現象」だからだ、と言えば、どうでしょう。地震による「いのち」への危機を防ぐことはできても、日常生活の破壊は避けられないのも現実です。「認知症」などの加齢化に伴う「病的現象」はどうでしょう。これに対しても「危機管理」ならぬ、「予防「防止」策が盛んに論じられ、医学的にも推奨・喧伝されています。高齢化時代だからと言って、人間の不死を実現するのは不可能です。生命をやや長く維持すること(延命)はできるでしょうが、それと同時に「老化」現象を発生させないことはできない相談です。

 今日の風潮の故でしょうか、だれでも75歳になれば「後期高齢者」の仲間入りであると区切ります。60歳が「還暦」であるのと同じように。しかし、75歳を期して「心身の衰弱」は始まるのではありません。極端に聞こえましょうが、人間は、生まれた瞬間から「成長と老化」の併存現象を同時に経験しているのです。「生」は「死」の始まりでありますし、もっと言うなら、人間の乳幼児は極端に多くの脳細胞を備えて生まれ、だから、それを適正規模になるまで、徐々に失いながら「成長」しているともいえるのです。その「逆もまた真」です。九十歳でもまた、「成長と老化」を同時に経験しているはずです。自然現象は「起こる」「なる」のであって、それを防ぐことはできない相談。死が避けられないのは、その典型です。一日でも長く行きたいと願う人はいるでしょうが、何をしても「死」は来る。それに抵抗することはできないのだと「覚悟」すれば、「脳の老化」もまた抵抗することはできない現象だと、ぼくは、同じように「覚悟」しています。どうあっても衰えるんですよ、という「覚悟」ですね。(下写真は「風化した花崗岩の露頭・https://minotigaku.com/travel/geology/mino-23/

 「戦後生まれが総人口の9割近くとなり、戦争体験の継承がより深刻な問題になってきた。過去に地震や風水害に見舞われた被災地でも関心の低下を心配する声を聞く。次の世代に語りかけ、伝えていくことが風化を防ぐ。日にち薬の副作用にあらがわなければならないこともある」とコラム氏は書かれています。確かにそのとおりであるという一面はありますけれど、果たして、ぼくたちはどこまで「歴史」を伝えられるのか、風化(weathering)を防げるかという問題は単なる「教育」の問題ではないでしょう。これ(風化)もまた、大きく言うなら「自然現象」です。記憶することには限界があるということではないでしょうか。十年前、三十年前の出来事は生々しく思い出せるかもしれないが、百年前、三百年前のことがらはどうか。人間(たち)の記憶が永遠に存続すると考える根拠はどこにあるのか。それ(風化)もまた「自然現象(natural phenomena)」なのだ言うのは間違いなのでしょうか。

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読んだ本はどこに消えたか?

 いつも驚くのは、いわゆる蔵書家とされる人が蔵している書物が「3万冊」とか「5万冊」とか、中には「20万冊」などと称されておられること。果たして、その冊数は数えたうえでの「蔵書」なのだろうかとか、他人事ながら、ぼくには奇妙な思いがするのです。どうでもいいことながら、世の中には「マメ」な人もいるものだと言いたくなります。そんな大蔵書家とは比べるべくもありませんが、ぼくもわずかながらの書物を所有しています。引越しをするたびに、もうこれ以上は無理だなと、「本を買う」か、「引っ越しする」かの、どちらもないだろうと思ったことがありました。もう、四十数年も前のこと。現在地に越してきた十二年前、方々に分散して所持してい本を一か所にまとめるために、人並みに「書庫」らしいものを大工さんに作ってもらった。大枚をはたいた結果、床から天井(二階部分)まで四囲の壁に書棚を作り、中央部には幾本かの書棚を置いた。それでも入りきらず、母屋のあちこちに散乱している始末。今になっても、いったいどれくらいあるのか数えたことがないし、数える気もありません。「早く処分しなさいよ」と、なんどもかみさんに叱られながらの「本の虫」でしたね。

 この始末はどうするのか、とよく訊ねられる。さいわいに後輩に何人もの研究者・教師がいるので、できれば、好きなものだけでも受け取ってもらいたいと、数人には話してあります。高価なものや稀覯本のたぐいは皆無ですが、それでも今では見当たらない古書(和書・洋書)はいくらかあります。それにしてもよくも買い集めたものだと、われながら感心し、後悔に似た気分がします。大学入学以来の「本漁り」でしたから、すでに六十年を超えたことになります。本日のコラム「三山春秋」で書かれていた、評論家の紀田順一郎さんの「断捨離」ぶりに、「なるほど、そういうことか」と、ぼくは驚嘆し、納得もしました。

 「紀田さんは80歳のときにシニア向けマンションに引っ越さねばならず、決断を強いられた▼散逸させるには忍びないが、引き受けてくれる施設はない。手元に600冊を残し、古書店に引き取ってもらうことにした」よくぞ決断をされたものと思う反面、「蔵書厳禁」という終の棲家を得られたのだから、致し方なかったのでしょう。しかし、よほど愛着が深かったか。紀田さんは「蔵書一代」を標榜されていたという。だから、本がどこかに消えることは、自らの滅亡・消滅をも意味すると考えられたのではなかったか。「本を積んだトラックが走り去るのを見て、路上に倒れ込んだ」とあります。何と大袈裟な、と言いたいところですけれど、それほどに「別離の哀しみ」があったということ、余人には理解できないことだったでしょうね。

 本を売り払った経験はぼくにもあります。今から四十年ほど前、家を建てて引越ししたが、このままでは家中が本で埋まると心細くなって、引っ越し早々に古本屋に来てもらった。二階部分に所有する本の大部分を収納するつもりで、多くの書棚をあつらえたが、棚に本を入れた直後に、一階の襖が開(あ)なくなった。十分に補強した上での出来事。これは大変とその道では知る人ぞ知る、東京神田の有名古書店に来てもらい、かなりの冊数を処分しました。記憶では百万円程の売却代金だったと思う。もちろん、かみさんには内緒にしていた。

 紀田さんの書かれた本は何冊かは読みました。やはり書物に関する文章が多かったですね。ぼくは蔵書家になろうという気もなく金もなかったから、その時の必要に応じて(時には気分で)、ついつい買ってきたまでで、その結果が「さあ処分をどうする」と心配される事態になっているのです。もちろん、これは自業自得であって、誰の責任でもなく、好きな人・欲しいという人に貰ってもらう算談だけはつけておきたいと、真剣に考えています。それにしても、いろいろな職業に挑戦されながら、書籍の渉猟を止めなかった、紀田さんの持続する探究心には感心するほかありません。

【三山春秋】▼作家の筆名にはさまざまな由来がある。〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉で知られる中村草田男は父の死後、将来をぐずぐずと決めかねていたところ、親戚から「おまえは腐った男だ」と面罵された。開き直って付けた俳号が「草田男」である▼二葉亭四迷は父から文学の道へ進むくらいなら「くたばってしまえ」と言われたのをもじって「二葉亭四迷」。坂口安吾は教師から「おまえに炳吾(へいご)なんてもったいない。炳は明るいという意味だが、おまえは暗だ、暗吾だ」と叱責(しっせき)されたことに由来する▼いずれも紀田順一郎さんの著書「ペンネームの由来事典」から引いた。紀田さんは博覧強記の評論家として、多岐にわたる著書を残した。執筆を支えたのが3万冊の蔵書である▼立花隆さん5万冊、井上ひさしさん22万冊と言われるが、生前に処分できた人はいない。だが紀田さんは80歳のときにシニア向けマンションに引っ越さねばならず、決断を強いられた▼散逸させるには忍びないが、引き受けてくれる施設はない。手元に600冊を残し、古書店に引き取ってもらうことにした。本を積んだトラックが走り去るのを見て、路上に倒れ込んだという▼先頃90歳での訃報に接した。「蔵書一代」。本を愛した紀田さんが好んで使った言葉だ。処分に悩む中高年は多い。古書店で持ち主が大切にしていたであろう本を見つけるたび、断捨離の難しさを痛感する。(上毛新聞・2023/09/23)

 「紀田順一郎さん死去 博覧強記の評論家・「世界幻想文学大系」編集 書誌研究を基盤に、近代史やメディア論など広範な分野の執筆活動で知られた評論家の紀田順一郎(きだ・じゅんいちろう、本名佐藤俊〈さとう・たかし〉)さんが、7月15日、致死性不整脈のため死去した。90歳だった。葬儀は近親者で営んだ。/1935年、横浜市生まれ。慶応大経済学部卒。商社勤務の後、60年代から文筆活動をはじめ、「古書街を歩く」「知の職人たち」「日記の虚実」「東京の下層社会」などの著書で博覧強記ぶりを発揮。75年からは、弟子の荒又宏さんと共に「世界幻想文学大系」(全45巻)の編集を手がけた。/書物への知識を生かした「古本屋探偵の事件簿」などの推理小説も執筆。自身の体験をもとにした「幻想と怪奇の時代」(2007年)で日本推理作家協会賞。06年から12年まで神奈川近代文学館の館長を務めた」(朝日新聞・2025/09/04)

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 山間の僻地に住むようになって以来、本を漁りに出向いたことがありません。近隣の町にも「本屋(雑誌)」はあっても「書店(書物)」はないという現状では、出かけるだけ無駄と最初から諦めている。もっぱらアマゾン頼みです。本当は、ぼくの好みからすれば、アマゾンのような「独占・独断」商売気質は好きではないのですが、致し方ないと考えてのことです、悔しいけれど。紀田さんの書かれた「ペンネームの由来事典」には、無学のぼくには知られなかったことがたくさんあって、とても面白くページを繰ったものでした。コラム氏が引用されている「筆名」たちはかなり有名ですから、ぼくでも知っている。それぞれの作家や文人の作品にも愛着を覚えています。若いころは、ぼくも先人の顰(ひそみ)に倣うように、いくつかの筆名を使っていたことがあります。「月田迷雲」でいくつかの短編を、友人と出していた「小雑誌」に書いたことがあります。その後「飯野無骨」などと、それこそ武骨な筆名で、駄句ばかりを作っていたこともあります。

 蔵書ということに関して、いろいろな先人の「扱い方」を知ることがありました。柳田国男さん、小林秀雄さん、司馬遼太郎さんなど、たくさん(無数)の作家や研究者の蔵書の仕方を知るだけで、その人柄や業績がわかる気もしました。多くの文人墨客は、自らの「舞台裏」あるいは「楽屋」をさらすことにあまり抵抗がないのは、、これまた、ぼくには驚きでしたね。そんな中で、ぼくがもっとも脅威を覚えたのは詩人の吉田一穂(いっすい)さんでした。(この詩人の息子さんと、ほんの一時期同僚になったことがありました)ぼくの記憶が正しければ、音楽評論家の吉田秀和さんが詩人宅を訪問したことがあった。書斎に通されて待っている間、吉田さんは度肝を抜かれていたという。視線の届く範囲では、屋敷の中には一冊の書物も見当たらなかった。やがて出てきた一穂詩人は、「本あがると、目障りでね」といって一切の関心を示されなかったという。この事情を詳しく、息子氏から聞く機会を持たなかったのが、今から想えば残念なことでした。宇宙を切り取ろうとしていた詩人には「本」は、宇宙塵の如くで、邪魔にしかならなかったのでしょうか。

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● 吉田一穂(よしだいっすい)(1898―1973)= 詩人。北海道上磯(かみいそ)郡に生まれる。本名は由雄(よしお)。早稲田(わせだ)大学英文科中退。同人誌『聖暗』に短歌を発表して片上伸(かたかみのぶる)に認められる。1924年(大正13)5月、最初の著書として童話集『海の人形』を刊行。26年11月第一詩集『海の聖母』、30年(昭和5)3月散文詩集『古園の書』を世に送り、特異な方法論をもった詩人としての地位を確立した。さらに36年12月刊行の詩集『稗子伝(はいしでん)』において、「俳句の弁証法的構造に厳密な比率の構成をみた三行詩」を試み、この自我宇宙確立の三行詩は、40年から5年の歳月をかけてつくられた15章の絶唱『白鳥』に結晶した。「掌(て)に消える北斗の印。/……然(け)れども開かねばならない、この内部の花は。/背後(うしろ)で漏沙(すなどけい)が零(こぼ)れる。」(『白鳥』I)。ほかに詩集『未来者』(1948)、詩論集『黒潮回帰』(1941)、『古代緑地』(1958)などがある。(日本百科大全書ニッポニカ)

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 紀田さん逝去の報に接したのが遅かったために、彼に関わる記憶も未整理のままに曖昧で、ここにおいても時間遅れの感想に終始しそうです。いかにも紳士然とした、端正な佇まいを崩されなかった紀田さんから学んだことは少なくなかったことに、いまさらの感謝の言葉を捧げたくなった次第でした。(合掌)

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一家に遊女もねたり萩と月

 本日はコラム2本と芭蕉の一句です。駄弁は無用でしょう。「いのち」「いきる」「しあわせ」、そして秋の夜長に萩の花、…。言わずもがなの、しかし、言わずばおかずということでもある、「いきることの根っこ」です。「有明抄」は本年5月、愛知県で起こった一件の「交通事故」に触れて、「妊婦が交通事故に遭った。おなかの赤ちゃんは帝王切開で生まれたが、妊婦はその後亡くなり、生まれた女の子は重い障害を負った◆妊婦の夫は娘も被害者と裁判で訴えた。刑法では胎児は母体の一部とされ、『人』とみなされないからだ」とされる法律の「理不尽」、「無慈悲」を衝く。「胎児は物なのか」という、今にしてこの根っこの疑問を問い質されようとする。時に、法律は「生命(いのち)」を扱いかねる物ではないでしょうか。一例に、臓器移植に前のめりになった人々の「脳死」問題の迷妄・迷走がありました。

 ぼくは半世紀以上も車に乗っています。その間に、「あっ」と思ったことは数度ある。思い出すだけでもドキリとします。幸いにか、「事なきを得た」というのでしょうが、本当に「事なきを得たのか,お前は」という問いは、一度だって消えたことはない。人間にとって最も大事な道徳性は「注意深くある(Be careful)こと」「不注意であってはいけない(Do not be careless)」「不注意は無礼・無作法である(Carelessness is rudeness)」ということです。これこそが「教養」なのだとぼくは疑っていない。いつだって、「自分で、自分に注意しなさい」と自分に言いかける。他人に言うのは、「忠告、命令」であって、注意は本人が自分にするものです。そのためにこそ、「学習(勉強)」という「訓練」を重ねて経験する。算数の計算問題を間違えないという試験(試練・trial)は、赤信号を見落とさない注意深さを養うことに繋がっている。自分の「わがまま」「気まぐれ」「飽きっぽさ」などとという「弱さ」を克服する、そのための訓練が「学習」です。学ぶのは物知りになるためなんかではないと、嫌になるほど、自分に言い聞かせてきました。

 「きのうから秋の交通安全運動が始まった」

【有明抄】妊婦がつないだ「生きる力」 「命」とは何だろう。広辞苑には生命の生きてゆく原動力、生命力などと書かれている。つまり、いのちの「い」は生きること、いのちの「ち」は力。命とは辞書が言うように「生きる力」なのだろう。では命の出発点はどこか。恐らくそれは女性の胎内に「生きる力」が宿った瞬間◆今年5月、愛知県一宮市で妊婦が交通事故に遭った。おなかの赤ちゃんは帝王切開で生まれたが、妊婦はその後亡くなり、生まれた女の子は重い障害を負った◆妊婦の夫は娘も被害者と裁判で訴えた。刑法では胎児は母体の一部とされ、「人」とみなされないからだ。さまざまな事例を積み重ねての判断だろうが、母にとって、おなかの赤ちゃんは立派な「人」。車にはねられた時、まだ見ぬ娘に「生きる力」を与えようと妊婦はとっさにおなかをかばい、受け身がとれなかったのかもしれない。まさに命のリレーと思える◆事故は飲酒運転や速度違反などの交通三悪ではなく確認不足が原因のよう。少しの不注意でこのような悲劇が起こり得る車社会の現実である。「どんな処罰も受ける」と言った加害者の女性が今後背負っていく罪の大きさを思う◆広辞苑は命について「最も大切なもの」とも記す。車はその大切なものを奪う「凶器」であることを再度肝に銘じたい。きのうから秋の交通安全運動が始まった。(義)(佐賀新聞・2025/09/22)

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 「金口木舌」では「いのち」の根っこに触れて「家族や友人のように愛される動物がいる一方で、犬や猫の虐待、遺棄はたびたび問題になる。殺処分という不幸な結末を迎える事例もなくならない。見捨てられた動物たちは何を思うのか。現実の人間の身勝手さに胸が苦しくなる」と書かれる。人間は動物の身体を食料にして生きている。それなしでは生きられないという具合に。魚貝類だって人間に食べられるために存在しているのではないにもかかわらず、いかにも「人間の食材」としてしか扱われません。穀物や野菜も同じこと。すべては人間のためにこの世にあるとでもいうように扱われているのです。

 「26日まで動物愛護週間。動物たちは私たちの身近にいて生活に彩りを与える。大切な命を守ることは人間の責務であることを忘れずにいたい」と。でも、動物は人間生活の「飾り物」なんかではないですぞ。拙宅にはただ今「20匹の猫たち」がいる。帰って来なくなるものもいれば、新たに新入りで来るのもいます。根っからの「野性」で、決して触らせないのもいくつかいる。しばしば「猫が好きなんですね」と言われる。それを言われて、冗談ではない、好きでやってるんじゃないと、つい口がとがりそうになる。

 誰に言われたからでもなければ、好きでやっているのでもない。たくさんの捨てられた猫が近くにいて、誰も面倒を見ようとしないけれど、幸か不幸か、自分なら少しは何とか出来るかもしれない、やれる人がすればいい、そんなささやかな(だと思う)気持ちで、もう半世紀近く猫たちと「共同生活」を送ってきました。コラム氏は「人も動物も幸せになる社会は、必ず実現できる」と、断言か、希望か、を述べられている。まずそんな社会は来ることはないと、今度は、ぼくは断言する。だからこそ、やれる人がやれる範囲で、「人も動物も」仲良くなれたらいいだろうなという、そんなささやかな心持ちを絶やさないでいたいと念じている。正直に言うと、実に大変ですよ。その「大変さ」が、実のところ、ぼくを少しはまともな人間(注意深い人間)にしてくれそうなんだ。そこに、ぼくは微(かす)かな希望と期待を持っている。

 「26日まで動物愛護週間」だそうです。

【金口木舌】人も動物も幸せに 「桃太郎」や「浦島太郎」「おむすびころりん」など、日本の昔話には多くの動物が登場する。物語で動物たちが主人公の優しさに触れると、さまざまな形で感謝の気持ちを表現する▼四方を海に囲まれ、豊かな山林に恵まれた日本では、野生生物が身近な存在だったはずだ。動物をいじめてはいけない、仲良く暮らさなければいけない。昔話には、そんな教訓も込められているのだろうか▼都市化が進んだ現代は、昔話の時代のように野生生物と接することは少ない。それでも家庭でペットを飼ったり、学校などでウサギやカメを飼育したりしている。動物と触れ合えば心が和み命の尊さを学べる▼家族や友人のように愛される動物がいる一方で、犬や猫の虐待、遺棄はたびたび問題になる。殺処分という不幸な結末を迎える事例もなくならない。見捨てられた動物たちは何を思うのか。現実の人間の身勝手さに胸が苦しくなる▼26日まで動物愛護週間。動物たちは私たちの身近にいて生活に彩りを与える。大切な命を守ることは人間の責務であることを忘れずにいたい。人も動物も幸せになる社会は、必ず実現できる(琉球新報・2025/09/22)

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 さて、ドキッとさせる俳聖が語る逸話です。鳶の途次の秋の夜長の「寝物語」だったでしょうか。

 「今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云北国一の難所を越て、つかれ侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云をきくきく寐入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ」と、泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとヾまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護、かならず恙なかるべし」と、云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし」。~「ひとつやに ゆうじょもねたり はぎとつき」(曾良にかたれば、書とヾめ侍る)(市振の宿 元禄2年7月12日)

 (余談 芭蕉にして、この句あり。「(長く歩いたので)つかれ侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ」、襖越しに耳をそばだてていると「越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也」と。隣は何をする人ぞと、芭蕉はこの「遊女」にいかなる感情を覚えたでしょうか。翌朝、顔を合わせると、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ」と言って、遊女たちは「泪を落す」始末でした。後をついていってよろしいでしょうかと言われて、俳聖は「我々は所々にてとヾまる方おほし。只人の行にまかせて行べし」と、あろうことか同道を断りもしている。しかしそこはそれ、芭蕉です、「哀さしばらくやまざりけらし」と殊勝なことを書いているのでした。どうしてだったでしょうか。こんな「遊女との邂逅」を芭蕉は曽良に語ったというが、曽良の記録には残されていませんよと、野暮な研究は明かしているらしい)

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「徒然に日乗」(858~864)

〇2025/09/21(日)「秋冷の候」という常套の表現がぴたりとはまりそうな気配が濃厚な一日だった。ただ今午後9時40分。室温26.8℃、湿度65%。▶お昼過ぎに買い物で茂原まで。▶ネットの報道番組を観ていて、森友文書開示によって驚くべき(従来「そういうことだとは噂されてはいた」、そんな事実が明かされた。森友学園の小学校用地は国の所有だったが、9億数千万円の土地が、何と破格の8億円余の値引きで取引され、差額の一億円余は、「校地内の埋設ごみ処理費」として国が負担し、小学校校舎建設主(森友学園・塚本幼稚園)は「実質200万円」で、国有地を取得していたのだ。校地予定地の地下3メートル以深には膨大な量の産業廃棄物が埋められていた(これはまったくの架空話)ので、それの撤去費用名目で、値引きがされた上に、地下3メートル以内のゴミ撤去費用を国が立て替え換え払いをしていた、と言う事実も。さらには国会で財務省幹部が答弁をしていたことごとくが「虚偽」であり、自らの指示で「公文書改竄」が行われていた等の事実も。▶国民の耳目を欺くような国会審議が行われていたことになるし、故元総理大臣の妻の関与が白日の下に晒されるような文書が開示されたのだ。しかも、事実経過からすれば、元首相は、妻の関与していた事実経過を知っていたことになる。これが国会の予算委員会の「実際の審議」だったという驚くべき頽廃。▶もちろん、さまざまな種類に広がる「公文書」の改竄は財務省に限らないことで、各省庁でも日常茶飯事だったことを伺わせる「開示文書」の示すところだった。かくなる上は、「情報公開法」を更に明確に、かつ厳格に規定するために改正し直すべきだと思う。(864)

〇2025/09/20(土)ただ今午後9時45分。室温27.2℃、湿度85%。日中は日差しも強かったが、夕方からは雨模様のためもあって、空気がひんやりしてきた。かなり湿度が高いので、すっきりしない気分は続いている。▶米国の「王様政治」が及ぼす悪影響がさらに広がりつつあることが気になる。「日米関係」の歪(いびつ)さがさらに増すことを実感する思いだ。(863)

〇2025/09/19(金)ただ今午後10時。室温25.6℃、湿度71%。猛暑が断絶(中断)されたような一日。これまでの空気も、一変してひんやりした、明らかに季節が一回転したと実感できる一日。雨が降らなかったのはさいわいだった。▶昼前に茂原まで買い物に。食品ばかりの購入だったが、会計は7千円。驚くほどの物価高騰ぶりに値を上げ、そして嘆息するばかり。この先も「便乗値上げ」は限りなく長く続くような気がする。あらゆる段階の経済指標に示されたデータを超えた人為的値上げ(便乗値上げ)はまだまだ終わらないと思う。これすなわち「別口の(インフレ)増税」でしかないのだ。片方で政府は「デフレからの脱却」を標榜していながら、もう一方ではインフレの趨勢を抑圧することもしない・できない。そこにはいささかの「政治」「政策」も存在しないこと、国民の不運でもあり不幸そのものでもあると思う。こんな時代に誰がしたのか。▶アメリカ政治権力のメディア潰しはさらに激しさを増すだろう。「裸の王様」はますます、「裸」であることを誇りにしつつ、恣意的・強権的政治を重ねるだろう。悪い影響は各国に及ぶに違いない。(862)

〇2025/09/18(木)以前から予定されていた、春に家に来た猫の避妊手術の日だった。前夜からは食物や水は一切中止、午前9時過ぎに病院に連れて行った。手術前の検査で、予想外のことだったが、ノミの卵と、孵化したばかりのノミがたくさん目についた。このままでは手術はできないとの判断で、全身に「フロントライン」の液体をかけ、水洗いをし、本日の手術は中止ということになった。一週間延期。蚤の始末はしていたつもりだったが、他の猫からのもらい物だったろうか。家の中は「ノミだらけ」ということか。▶かみさんが運転免許証をなくしたという。昨日から騒いでいたが、要領を得ない話。いろいろと心当たりに電話で訊ねたが、見つからなかった。もちろん家の中も探したが出てこない。最後に管区の警察署に「遺失物」の申し入れをした。「遺失物の届けがあったら直ちに連絡する」と言われた。いつ、どのあたりで失くしたのか、全く見当がつかないのは、いかにもかみさんの現状を示しているようで、この辺りで「運転」は辞める時期だということかもしれない。▶ただ今午後9時15分。室温28.4℃、湿度69%。ひんやりした空気が漂っている。明日は雨かもしれない(861)

〇2025/09/17(水)ただ今午後9時50分。室温30.2℃、湿度76%。きわめて蒸し暑い一日だった。▶かみさんが運転免許証を失った(見当たらない)という。昨日、AUショップ(KDDI)からスマホの乗り換えを進められて、その説明を受けた際に、免許証の提示を求められたという。よく行くスーパーの店内で出張宣伝をしているのに惹かれて、その気になったが、結局はどこでどうしたのか、免許証がなくなったということに、帰宅後気が付いたというのだ。彼女の説明が不要領で閉口する。ゆっくりと話を聞かなければ、それをどうすることもできない。▶アメリカの右翼活動家が射殺された。現大統領の強力な支援者。「極左の仕業」と大統領。この影響は決して小さくない波紋を深めかつ広げるだろうか。「不法移民」「難民」に続いて。「極左(いわゆるリベラル)退治」が進行しているのだ。それに踵を接するように、現政権は「リベラルジャーナリズム撲滅」に乗り出した。「ニューヨークタイムズ」にたいして、2兆円余の名誉棄損裁判という、前代未聞の権力者の振る舞いは何を示しているのか。WSJに対しては、同様に1.5兆円の裁判。「トランプ王国」の治世というのは、もさしく「反知性主義」そのものだと言えそう。世界はこの後、さらに「反知性」がトレンドになるのだろうか。よってくる始まりとその経過をていねいに考察するべきだと思う。あるいはアメリカの知識人が述べているように「アメリカでは、再び市民戦争が始まるだろう」というのか。第2の「南北戦争」ともいえる戦争が、である。いくつかの州都には「軍」が派遣されている。(860)

〇2025/09/16(火)お昼前に猫缶購入のためにあすみが丘へ。いつも通りの品物を買う。おそらく、猫の缶詰も値上がりしていると思う。レシートを見るのも癪だから、見ないままで言うのだが、ほぼいつも通りの品数を買ったのに、感覚的には、およそ2~3割は高かった。合計で、1万8千円余。これでほぼ一週間分である。この店で、ではないが、このほかにドライフードも定期手に購入しているので、消費量だけでも馬鹿にはならない。恐らく、この二年ほどで、五割以上は値上がりしていると思う。単品で300円だったものが、450円という具合に。そのかなりの部分には「便乗値上げ」が横行しているのではないかとみている。▶久しぶりに35℃を切ったかもしれない。空気がひやりとしているし、直射日光も激しくはない。湿度は変わらないが、風があったことで、それほど蒸し暑さはなかった。▶ガザへの空爆は我慢できない段階に来たと思うが、この無慈悲な攻撃も、アメリカ大統領と相談づくで行われているというから、酷いものだ。惨たらしいというほかない。「世界」はこれをどうして放置しているのだろう。無意味だと思いつつも、まず「食糧支援」の末席に位置したいと念じている。(859)

〇2025/09/15(月)ただ今午後8時45分。室温28.6℃、湿度81%。▶本日は「敬老の日」だという。制定の経緯も意義もぼくは知らない。この「祝日」にどんな国家の意思が働いているのか。「人生百年時代だ」という狼煙を挙げたのも政府だったという記憶がある。「長く生きれば恥多し」とは、何時の世でも真実であり現実であろう、老人は、せいぜい「疎まれる」のがオチだということ。決して僻(ひが)みではない。当方の経験的観測だ。誰だって、年(歳)を取るが、あまりにも歳を摂りすぎるのも善し悪しというか、考えものだと思う。小生は八十を超えてしまったが、「思わぬ長生き」という実感はある。この先も、無理をしないで、他人に面倒をかけず、自分のことは自分で始末できるだけの自尊心と体力を失わないでいたいと願うばかり。その先は「後は野となれ山となれ」という気持ち。決して「敬老の日」を呪っているのではない。▶それにしても、「異常気象」と気安く誰もが言うのだが、その「異常性」にどこまで気が付いているのだろうか。専門家はどこまで「異常性」の解明にむけて、視野・視界を広げているのだろうか。「晴れれば猛暑、降れば豪雨」に加えて、「…、吹けば竜巻」という恐ろしい三点セットが、どうやら異常気象の異常性たる要素・要因になっていることがわかる。(858)

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亀の甲より年の劫(Experience counts.)

◎ 週の初めに愚考する(八拾八)~ 「低気圧が北日本を通過 21日(日)にかけて前線を伴った低気圧が北日本を通過。北海道を中心に雨や風が強まり、荒天のおそれ。本州は広く日差しが届くものの、急な雨には要注意。」(ウェザーニュース・2025/09/21 05:05更新:右の天気図も)ただ今、午前5時半過ぎ。室温27.2℃、湿度82%。今にも雨が降り出しそうな空模様。明け方まで降っていたようです。変われば変わるもので、すっかり「酷暑」の傷跡・爪痕は消えてしまったよう。日中の陽射しは強くもあるのですが、朝夕の涼しさは、別種の気候に変りましたよ、と告げているようです。

 いつもながら、気の晴れることは少なく、内外共に閉塞感が詰まりに詰まった、そんな気分に襲われています。劣島の西南海上では、同時に三つの台風が発生中。直接に劣島を襲う危険性は今のところはなさそうです。しかし、台風の影響を受ける受けないにかかわらず、突然の大量の積乱雲の発生から驚愕すべき集中豪雨が各地を急襲するという恐怖を味わわされています。いわゆる「線状降水帯」というやつです。一時間に100ミリを超える降雨は、想定外の雨量であるだけに、既存のインフラその他を呑み込み、瞬くうちに日常生活を破壊し尽くすのです。「台風よ、来るな」という祈りは切ですけれど、それ以上に「線状降水帯よ、この地に豪雨を齎せないでくれ」とひたすら祈願するばかり。その隙を縫うかのように「突風(竜巻)」が襲来し、天地をひっくり返すという大惨状を生み出します。それを横目に、この国の政治は怠惰の真盛(まさかり)宜しく、惰眠を貪り国税を食い潰すしか能がないようです。こくみんは「踏まれたり蹴られたり」するばかり。

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 本日の長崎新聞のコラム「有明抄」の主題は「ことばの含意(悪意)」とでもいったところ。(じつは長崎新聞に関しては別の問題で、このコラムで書いておく必要があるのですが、本日は止めておきます。県内私立高校の「いじめ自殺」問題を扱った、共同通信記者(事件当時)による著書出版を廻る裁判が進行中で、長崎新聞も事件とのかかわりが避けられないというものです。それに関しては一度か二度、どこかで触れています)

 ~ 「息子を考えない日ない」 長崎・海星高2年の男子生徒自殺から8年…遺族が献花 長崎市の私立海星高2年の男子生徒=当時(16)=が自殺してから8年となった20日、生徒が自ら命を絶った同市内の現場を遺族が訪れ、献花した。/母親(53)は「母の日」に生徒から毎年贈られていたカーネーションが入った花束を桜の木に手向けた。「8年の月日はあっという間。息子のことを考えない日はない」と明かした。/生徒が憧れていたテーマパーク業界で働く2歳上の兄(26)は「手先が器用で創造性のある弟だった。きっと面白いアトラクションを考えていたはず」としのんだ。(男子生徒が自ら命を絶った現場で、桜の木に花を供える遺族=長崎市内)
 生徒の自殺を巡っては、学校設置の第三者委員会が「いじめが主たる要因」と結論付けた報告書を2018年11月に作成。しかし学校側は自殺といじめの因果関係を否定し、報告書の受け取りを拒んでいる。/両親は、学校側がいじめの対策を怠ったことなどが自殺の原因として、学校法人に損害賠償を求める訴訟を起こして係争中。いじめ防止対策推進法の改定に向けた署名活動も23年から続け、学校側が報告書の受け取りを拒んだ場合に罰則規定を設けるよう求めている。現在、約3万筆が集まっているという。/母親は「これからの子どもたちのため、息子の死を無駄にしないように頑張っていきたい」と語った。(長崎新聞・2025/04/22)

【有明抄】ことばに潜むもの ことばには知らず知らず本音が透ける。日本文学研究者のドナルド・キーンさんは「外人」と呼ばれるのを嫌った。「自分たちのことを知らない、信用できない人」という悪いイメージがあるから、と◆近年そんな不調法な言い方はせず、「外国人」が一般的。ただ、このところニュースでふれる「外国人」は、迷惑行為などのトラブルか、まゆをひそめる人たちが排除を叫ぶ対象だったりする。呼び方は丁寧になっても、「信用ならない」根っこのイメージに変化はないような◆何気ないことばに、偏ったものの見方が潜む。「認知症」はどうだろう。もう「ボケ」「痴ほう」とは呼ばなくなったが、「ニンチが入っている」「ニンチっぽい」ということばに、さげすむような語感があると指摘する研究者もいる◆厚生労働省の調査では、60歳以上で認知症の疑いがあると診断されても、実際に詳しく調べる人はわずか7%という。「妄想」「徘(はい)徊(かい)」「暴言」…認知症に向けることばはおどろおどろしい。これが「自分を失い、別人のようになる」と不安や偏見を広げ、早期発見を阻んでいるのだとしたら◆誰もが老いて衰える。記憶もおぼろになる。それはたしかに、「かなしい」ことかもしれない。この「かなし」に古人は「愛し」「美し」の意味も込めた。老いを語ることばにも、そんな豊かさがあるといい。(桑)(佐賀新聞・2025/09/21)

 「ことばに潜むもの」とはどういうことか。あまり頻繁に使いたくない言葉として「バカ」「キチガイ」などがあります。「君はバカだ」と誰かが言った場合、言われた本人は好い気がしないのは当然です。しかし、その同じ言葉も使う人、使い方によっては、むしろ微笑ましい場合があります。コラム氏が一例として紹介している「外人」、確かに今では「外国人」という使われ方が多数派になっているでしょう。しかし「外人」が「外国人」に言い変ったところで、その言葉が裡に持つニュアンス(印象)は変わらないことも多くあるのです。「在日韓国・朝鮮人」という言葉は、一時は多方面から忌避されたことがあります。それを避けるためでしょうか、「在日コリアン」という表現が用いられることがありました。(朝鮮人)という表現には言い知れぬ「侮蔑感」がくっついていると感じる人は、「朝鮮の方」などと言いかえる。でも、です、どんな言葉を使おうが、そのことばに毒を含めるか、情愛が潜んでいるかは、使う側の人間の問題であるという気もするのです。

 かなり昔のこと、作家の井上ひさしさんが「めくら」という言葉は「目の不自由な人」に言い換えられるようになったという社会現象(風潮)に対して苦言を呈されていた。言い換えればことが済むものではないという趣旨だったと思います。その際に「バカ」はいけなくて、それを言い換えて「頭の不自由な人」と言えば大丈夫なのかと言われていたことを想起します。あからさまな差別語(ヘイトスピーチ)(他者を傷つけるために使われる、毒を含んだ表現)は使うべきではないのは当たり前ですが、批判を恐れ、非難されることを避けるために言い換え表現を多用するとしても、依然として「差別感情」が使う側にあれば、問題はより潜航して、事態そのものは一層悪化するのではないでしょうか。「慇懃無礼」というか、「懇切悪質」といおうか。

 コラム氏は「認知症」という表現(ことば)はどうだろうと、まあ問題提起をされていると、ぼくには思われました。「もう『ボケ』『痴ほう』とは呼ばなくなったが、『ニンチが入っている』『ニンチっぽい』ということばに、さげすむような語感があると指摘する研究者もいる」と書かれています。研究者だけではないでしょう、今では、場合によっては立派な蔑視語に属するようになっているとぼくには感じられます。「癩病」が「ハンセン病」に、「肺病」が「肺結核」にと表現は変わったが、社会の眼差しは「表現」の変化などには一切頓着しないままで、差別感情は膨らんでいったとみられなくもありませんでした。

 この「痴呆症」という医学的表現の「言い換え問題」に関しては厚労省の検討会の報告書が、概略を次のように述べています。「…、本検討会としては、一般的な用語や行政用語と しての「痴呆」について、次のような結論に至った。① 「痴呆」という用語は、侮蔑的な表現である上に、「痴呆」の実態を 正確に表しておらず、早期発見・早期診断等の取り組みの支障となっ ていることから、できるだけ速やかに変更すべきである。②「痴呆」に替わる新たな用語としては、「認知症」が最も適当である。➂「認知症」に変更するにあたっては、単に用語を変更する旨の広報 を行うだけではなく、これに併せて、「認知症」に対する誤解や偏見 の解消等に努める必要がある。加えて、そもそもこの分野における 各般の施策を一層強力にかつ総合的に推進していく必要がある」(「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」報告書・平成16年12月24日)(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1224-17.html

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 しばしば、ぼくのかみさんの「記憶違い」「物忘れ」については、この駄文録でも触れています。今のところは深刻な状況でも何でもないとぼくは考えているし、一定の年齢を超えると、大なり小なり、どなたにも「記憶障害」が生じるのは避けられないのは事実です。もちろん、それには個人差があるのは言うまでもない。三日ほど前に彼女は「運転免許証」がなくなっているのに気が付いた。出先から帰ってきて、「わたしの免許証、知らないよね」と言う。「知らないのは当然だけど」という訊き方だった。どうしてなくなっているのに気が付いたかを訊くと、「要領を得ない」説明に終始する。「9月16日に、スマホの『乗り換え』をしようとした際に、身分証明になるもの(運転免許証)を求められた。その時に出そうとしたら免許証がないことがわかったので、「免許証を持ってきて、契約は明日にでも」と言われて帰宅した。その時に「わたしの免許証を…」と尋ねられたのでした。に父は、実は9月15日だったのだが、それを訂正するのに、えらく抵抗しますね。

 この話の中にいくつかの「記憶違い」「思い込み」「勘違い」「話の混乱」が入っている。それを解きほぐす(間違いだということを理解してもらうのは、実に困難です)のに、いつでも苦労している。詳細は略しますが、auという電話会社の、スーパー内の出店の店員の勧誘(今よりもよほど割安だから、ぜひ変更を)に変更を勧められたらしいのですが、自分が利用しているのは「ソフトバンク」だと気が付かないと言うか、ドコモもAUもソフトバンクも区別がついていない。(ひとたまりもなく「詐欺」にあうでしょうね。本人は否定するのは当然として)「(免許証の提示を求められて)これをコピーしてきますから」と店員に言われた。その段階で「出した免許証は戻って来たかどうか」記憶にはないというのです。実は、すでにその段階では免許証はなかったことに気がついたはず。だから「本日は契約なし」と言われて帰宅。帰宅後に、ところが「auの人が免許証を預かったままだから、その人に連絡を取る」としきりに言っていたのです。「混み合っている」ので電話はつながらないまま、と呆然としている。電話の受付先を間違えていたことが、すぐにわかる。

 とまあ、この間の経緯を書けば、きりがないほどです。いつどこで失くした(落とした)か、二カ月ほどは気が付かなかったのだと思う。なぜ二カ月ほどか。その時期に「一旦停止」違反を見つけられて「即刻講習」と「反則金」を課された、その段階までは免許証は確実にあった。言えることは、その二か月間程(違反した日時は覚えていない。講習の日付も記憶していない・記録していない)は「無免許状態」で運転していた(かもしれない)ことになります。「知らぬが仏」「無知ほど怖いものはない」というのでしょうか。免許証がないことが明らかになった段階で、更に焦りが加わってややパニック状態になりましたね。(詳細は省略)彼女はただ今、八十五歳(直前)です。これでは誰が見ても「認知症」といいたくなるでしょうし、「ニンチが入っている」と判断するでしょう。ぼくもそう考えています。でも、きわめて困難ではあっても、自分が思い違いをしてる、記憶を取り違えているということを分かってもらうために、繰り返し、状況を説明するという(無駄な)努力をし、時間をかけているんですね。

 勘違い・思い違い・誤解・度忘れなどは誰にもあるでしょう。しかし、それとこれとは違いますと誰しもがいうかもしれないが、本当に違うのですかと、ぼくは自問する。降車時にドアのカギをかけ忘れる、就寝前に「戸締り」を忘れる、これはぼくにもある。かみさんは頻繁です。だから、それは忘れる頻度の問題ではなく、「認知症」者と「健常者」の「物忘れ」の質が違うとまでいうような始末です。本当ですか? 確かに、勘違いや思い違いを質して、それを理解させることは困難ですが、まったく不可能ではないとぼくは考えている。脳細胞の疲れから来る「記憶の乱れ」は「良質な睡眠」の圧倒的な不足と、軽度であっても、日常の運動不足です。だから、この強情者で「宵っ張りの朝寝坊」であるかみさんの「悪い生活習慣」を変えることが先決であり、基本の問題だとぼくは考えているのです。これがなかなかに困難で、三日坊主ですらない、続かないんですよ。(ぼくなどは幼稚性認知症に罹患していて、宿題などはしょっちゅう忘れていました)

 それでは、かみさんは「認知症か」と問われれば、医者は確実に「初期の認知症」と診断するでしょう。(「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」)ぼくも、そうだと思う。でも、それがどうした、という気持ちもぼくにはある。誰だって、年齢が嵩じれば「記憶障害」という問題を抱えるのですから。老化、老衰、耄碌などという現象(症状)は病気だと言うなら、それでもいい。今方々で生じている政治家の「学歴詐称」は認知症や「ニンチが入っている」からだとは言わないのでしょうか。つまりは、誤解や虚偽表現には個人差があるから、なんとでもいえる話で、要は、これからもかみさんと、これまで通りに二人三脚で歩くことに決めている。そのうち、当方(ぼく)も「ニンチが入る」(もう入っているかも)予定ですから、焦っても仕方がないでしょうね。

 「厚生労働省の調査では、60歳以上で認知症の疑いがあると診断されても、実際に詳しく調べる人はわずか7%という。『妄想』『徘(はい)徊(かい)』『暴言』…認知症に向けることばはおどろおどろしい。これが『自分を失い、別人のようになる』と不安や偏見を広げ、早期発見を阻んでいるのだとしたら」というコラム氏の見解にぼくは賛同します。

 (で、「運転免許証」の件はどうするか。「失くした」という届はすで警察署に出してある、当人になりかわってぼくが)。週明けに「再発行」を警察署で申請します。かみさんと同行してか、ぼく単独でか、その段階で決めます。申請後、再発行までに三週間かかるという。その段階までの待ち時間を過ごせれば、なんとしても車がなければという、かみさんのイライラ気分は少しは衰えているかどうか。それは、ぼくにはわからないが。この年齢にあってもなお「乗る気満々」ですからね、「ちょっとは年齢を考えろよ」、と言いたくもある。でも、まあ「割れ鍋に綴じ蓋」で半世紀以上、ここで焦っても仕方がありません。…。

 ぼくが今、懸命に学ぼうとしているのは次の「経験尊重」「敬経験精神」という態度ですね。<Years bring wisdom.><Experience counts.>そして、そんな中でも失いたくないのは次のような心持。 「ケ・セラ・セラ なるようになる 先のことなど分からない(Que sera, sera. Whatever will be, will be.)」

*表題の「亀の甲より年の功(劫)」について 「年長者は、長年経験を積んでいるだけに、若者には及ばない知恵や技能がある。さすが年長者だけのことはあると、称賛することば」解説「江戸中期から用例があり、現在もよく使われています。「亀の甲」は、「功」と語呂を合わせるために引き合いに出されたもので、特に意味はありませんが、亀は長寿とされ、年をとることを「甲羅を経る」ともいうので、ゆるやかにイメージが連なっています。また、語呂を合わせることで軽いユーモアが添えられ、場がなごみ、耳に残る表現になっているといえるでしょう。/ なお、「年の功」を「年の劫」と表記することもありますが、わざわざ難しい漢字にする必要があるかどうか、いささか疑問です。「劫」は、梵語に由来し、途方もなく長い年月をさす仏教用語ですが、ふだん使われるのは囲碁の「劫」と熟語の「未来永劫」ぐらい。ことわざの用例をみると、「年の功」(年齢を重ねただけのことはある)と解して特に問題はないので、表記は「功」でよいでしょう。(ことわざを知る辞典)

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Bigger than Kimmel

 <Bigger than Kimmel: Psaki shows what’s really behind the comedian’s suspension>(https://www.youtube.com/watch?v=J3ItkKJxbl8&list=PLDIVi-vBsOEw14eWhE7KD3ZlVx7MSvyAY&index=2

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As I mentioned yesterday, the issue of government interference in the media in the United States shows no signs of being resolved. Of course, I don’t know what will happen in the future. Journalist Jen Ssaki, who I have thought has been quite outstanding since the Obama era for her political judgment and clear speaking style, spoke in an easy-to-understand manner on her talk show, saying, “There is a bigger background to what is happening now than Kimmel’s departure.” This was very helpful for me in understanding the implications of the issues directly affecting the American media. (Yamano Satoshi)

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Disney Pulled Jimmy Kimmel as Pressure Built on Multiple Fronts For Robert A. Iger and his leadership team at Disney and ABC, time was running out./Jimmy Kimmel, one of the company’s biggest stars, was preparing to tape the Wednesday edition of his late-night show in Hollywood at 4:30 p.m. And he had written an opening monologue that would address a cascading political firestorm head-on./Conservatives had accused Mr. Kimmel of mischaracterizing the politics of the man accused of killing the right-wing activist Charlie Kirk. The chairman of the Federal Communications Commission had just warned ABC of serious consequences, telling the network that “we can do this the easy or the hard way.” And a Texas-based owner of many ABC affiliates was preparing to pull Mr. Kimmel from its stations indefinitely./Mr. Iger, Disney’s chief executive, and Dana Walden, his head of television, were also hearing from skittish advertisers and employees who had begun to receive threatening messages. When the team reviewed Mr. Kimmel’s planned remarks, they grew concerned that his monologue would only inflame the situation further.(NEW YORK TIMES ・2025/09/18)

◉ (Career)Jennifer Rene Psaki ( born December 1, 1978) is an American television political analyst and former government official. A political advisor who served under both the Obama and Biden adoministrations, she served in the Biden administration as the 34th White House press seretary until May 2022. A member of the Democratic Party, she previously served in the Obama administration as the White House deputy press secretary. (2009); the White House deputy communications director (2009–2011); the spokeperson foe the United State Department of State (2013–2015); and the  the White House deputy communications director (2015–2017). Psaki was a political contributor for CNN from 2017 to 2020. As of March 2023, she hosts the talk show Inside with Jen Psaki on MSNBC and later on in May 2025 began hosting The Briefing with Jen Psaki.(Wikipedia)

● Joseph Raymond McCarthy(1908―1957)= アメリカの政治家。ウィスコンシン州の農家に生まれる。苦学して1935年にミルウォーキーの大学を卒業。弁護士を経て州の巡回判事となる。第二次世界大戦時は海兵隊に入り戦功をあげる。1946年革新党のラフォレットを破り共和党の上院議員に当選。1950年2月、トルーマン政権の対中国政策の失敗に乗じ「赤狩り」に乗り出し、「マッカーシー旋風」を巻き起こす。1952年選挙で再選後は攻撃目標を拡大し、ルーズベルト、トルーマンを裏切り者と非難、さらにアイゼンハワー政権や軍部をも追及するに至った。だが、その非民主的調査とデマゴーグに対する不安と非難はしだいに強まり、1954年末上院はマッカーシー譴責(けんせき)決議案を採択、以後彼の政治的影響力は急速に失われた。(日本大百科全書ニッポニカ)

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Watching American television shows, it seems as though many commentators and announcers are “trembling with fear.” Why? They are in the perplexed position of being in front of the camera, trembling at the tyranny of power that Trump and his allies might commit, yet having to broadcast the content of the issue. Will all television stations soon turn their “silent screens” into a spectacle? What about newspapers? America is experiencing a tornado even worse than the “McCarthy whirlwind(「赤狩り」)” of the past.(Y.S.)

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