ホメラレモセズ クニモサレズ

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 平民肯種徳施恵、便是無位的公相。士夫徒貪権市寵、竟成有爵的乞人。(『菜根譚 』前集 九三)

 (平民も肯(あえ)て徳を種(う)え恵を施さば、便(すなわ)ちれ無位的の公相なり。

  士夫も徒(いたずら)に権を貪り寵を市(う)らば、竟(つい)に有爵の乞人(きつじん)となる。)

(無位無官の人でも、自らすすんで世に徳を植え人に恵みを施すなら、それはもう無冠の宰相である。(これに反して)、高位高官の人でも、ただ権勢をむさぼり求め人に恩を売るだけでは、それはもう、衣冠をつけた乞食も同然である)

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 明の時代がどのようなものだったか、ぼくはつまびらかにできない。年表風に言えば、洪武帝に始まり(1368)、宦官時代を経て、最後の崇禎帝の自殺で終わる(1644)とされる。はじめ南京が首府で、そのご永楽帝により北京に移された。『水滸伝』『三国志演義』『金瓶梅』など、まさに文学方面は爛熟時代でした。『菜根譚』の著者である洪自誠は履歴経歴が明らかではなさそうです。かろうじて明代後期の人(1573-1619)とされる。

 箴言の内容は、読んでの通りで、平民(名もなき人)でも徳を積み、恩恵を他に及ぼせば、「無冠の宰相」であるが、高位高官の者でありながら、権力欲ばかりを膨らませ他人に恩着せがましいばかりでは、それは衣冠を着けた「乞食」というほかないのだ。このような人間はいつの時代でもどんな地域でも腐るほどいるし、あるいはなかなか見つけられないほどの貴重な人材でもあるのです。

 我らの時代も、またしかりです。世上、権威をかさにして威張り散らす人間ばかりかといえば、そうではない。貧者の一灯とかいって、まず困窮している人を照らし潤すことを義務にしているような人もいるのです。宮沢賢治という人の「雨ニモ負ケズ」はそのような人の代表格だともいえそうです。

 都内のある「夜間中学校(識字学級)」で賢治のこの詩を教材にした授業を見たことがあります。生徒は高齢者ばかりでした。「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」のくだりで、「四合とは食いすぎじゃろ」「ゆっくりと咀嚼して食べれば、胃にはいいよ」などとあらぬ方向に授業は展開してゆきました。これもまた、生きた授業だと実感したことがありました。「雨ニモ」のこの部分は、まさしく「菜根譚」ではありませんか。ファーストフーゴじゃダメなんですね。(← 京都在の中国家庭料理店)

 世に知られないで善行を重ねるというような、生半可ではできないことをやり通す人を、『菜根譚』の著者はしばしば偉人・賢人として称揚ています。それだけ、そんな奇特な人が少ないのが世の常であるということであり、でもかならず身近にいるはずだという願いのようなものが痛感されてきます。洪自誠その人が、あるいはそういう人だったかもしれないのです。世に隠れた偉人、これを「隠者」と呼びます。ぼくは若いころに、「隠者の夕暮れ」という本をむさぼり読んだ経験があります。著者はペスタロッチーという人でした。今でも文庫本で読むことができます。彼については、機会を改めて書いてみたいと、前から考えていました。大変な人でした。これぞ、隠れた聖人だった。(翻訳者は高位高官でしたが、ぼくには尊敬できなかった。小声で)

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感染症を克服した大会となり、…

東京五輪は「新型コロナに関係なく開催」 IOC副会長 2020年9月7日 15:11 発信地:シドニー/オーストラリア(2019年7月24日撮影、資料写真)。(c)Toshifumi KITAMURA / AFP
 
【9月7日 AFP】国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ(John Coates)副会長は7日、AFPの電話インタビューに応じ、来年に延期された東京五輪は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な大流行)に関係なく開催され、同感染症を「克服した大会」になるだろうと述べた。 東京五輪に向けた調整委員長も務めるコーツ氏は、「大会は新型ウイルスに関係なく行われ、来年の7月23日に開幕する」とコメントした。 コーツ氏は、2011年の東日本大震災に触れつつ「東京五輪は、テーマでもある津波被害による荒廃からの復興五輪になるはずだった」と続けた。「東京五輪はコロナウイルス感染症を克服した大会となり、トンネルの終わりに見える一筋の明かりになるだろう」 パンデミックを理由に、延期という歴史的な決断が下された東京五輪は現在のところ来年の7月23日に開幕する予定となっている。しかし、日本の国境は大半の訪日客に対して閉ざされたままで、ワクチンの開発にも数か月から数年かかるという状況であり、本当に大会を開催できるのかという臆測に拍車が掛かっている。 日本側は東京五輪について、2021年の後に2度目の延期をするつもりはないという意思を明らかにしている。
 最近の世論調査によると、国内で来年の五輪開催を望んでいる人は4人に1人しかおらず、多くの人がさらなる延期か中止かのどちらかを支持しているという。(c)AFP

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 五輪はだれのものだろうか。いつでもこんな疑問や疑惑がわいてきます。コーツさんは豪州の弁護士だそうで、IOC内でもなかなかの実力者とか。ボートのコックス(Cox・ 艇上の司令塔だそうです)の経験があるそうです。見通しが立つんですかね。

 「パンデミックに関係なく開催され」「(感染症を」克服した大会」になる、「東京五輪は、テーマでもある津波被害による荒廃からの復興五輪になるはずだった」ともいう。ぼくは関心がありませんが、莫大な税金が使われているという観点からなにがしかの発言は許されると考えています。本来なら、五輪に関係なく、やるべき課題(政治的・経済的)があるもので、それを五輪を出汁にして「うまい汁」を吸おうという輩が叢生するしきたりになっています。内外を問わずです。IOCなどはその最たる組織であり、組織にはゴロが必ず住み着きます。日本の前 JOC委員長は招致に際する賄賂問題で(表向きは任期満了だとさ)疑惑隠しのために辞任したのです。まさに政治(家)そのものです。水清ければ政治家住まず。あるいは「清濁併せ呑む」とも。濁しか呑まないのも政治家にはいます。

 コーツさんの発言の狙いはどこにあるのですか。かかる発言をすることが、彼の役割(IOC副委員長)であるのは確かです。「言うべきことは言っておいたのだ」と。しかし、結論(中止)は、どこから眺めても、出ているのは明白ですから。ようするに、自身のアリバイ(alibi)工作・証明とでもいうのですか。また、五輪招致を「鳴り物入り(金や太鼓)で」引っ張ってきたPMは、どういうことか、辞任表明しながらの在任期間(汚点)延長中です。ケジメがつかないことおびただしい。いまは、国会や官邸ではないところに入っているべき輩ですよ。

 膨大な五輪関係借金をどうすんですか。赤字国債を印刷しまくるだけという詐欺まがい政策は狂気の沙汰です。この際は、五輪招致に関係した諸方面で「借金返済」を山分けにでもしなければ、我々の立つ瀬はない。「宴の後」、「後の祭り」と、いろんな人智(人痴)が示されています。

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「しないほうがいいのですが」

急ぎの業務があるときは、ターキーかニッパーズをその用件で呼びつけて、短い文書の照合に私自身も立ち会う習慣にしていた。バートルビーを仕切りの向こうの、私の手の届くところに置いたのは、一つには、そうしたつまらない用件をこなすのに彼を使えればよいということがあった。彼が私のところに来て三日めのことだったと思う。彼自身の書きものを点検する必要が生ずる前だったが、私は、手もとにあるちょっとした仕事をかなり急いでしあげようとしていた。そこで私は、唐突にバートルビーを呼んだ。急いでもいたし、当然のことながらすぐに従ってくれるものと期待してもいたので、私は腰掛けたまま、机のうえの原本に目を落としながら、筆写したほうの書類をもった右手を脇のほうにいささか神経質に伸ばしていた。そうすればバートルビーは、引きこもったところから姿を現して即座にそれをつかみ、いささかの遅滞もなく業務を遂行できるだろうと思ったのだ。

 彼を呼んだとき、私はちょうどそのような姿で腰掛けていた。そして、彼にやってもらいたいことを早口で述べた。―つまり、私と一緒にちょっとした書類を点検してほしい、と言ったのである。ところがバートルビーは、自分の私的領域から動くこともなく、特異なまでにおとなしくも堅固な声で「しないほうがいいのですが “I would prefer not to”」と応えた。そのときの私の驚き、いや狼狽を想像していただきたい。

(メルヴィル『バートルビー』高桑和巳訳、ジョルジョ・アガンベン『バートルビー 偶然性について』所収。月曜社刊、05年)

 メルヴィルという小説家の作品を読んだことがありますか。『白鯨』に代表される彼が書いた短編『バートルビー』(1853年)はいかにも奇妙な主人公の態度を描いています。筆生(筆者係)として「私」に雇われたバートルビー。なにかを頼まれると「しないほうがいいのですが」とかたくなに依頼を拒む。「君はこれを拒否するのか」といっても、「しないほうがいいのですが」としかいわない。こんな雇われ人がいるだろうか。まるで謎のような人物、それがバートルビーです。

 「することができない」のではなく、「しないことができる」という一貫した態度とは?

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 もう十年以上も前に読んだままでいたのですが、今日、車を運転中に突然「「しない方がいいのですが」という言葉が動き出した。いったいどうしたというのか、ぼくは驚愕したのですが、少し落ち着いてから、メルヴィルだったんだ、彼がぼくを呼んだのだと思いついた。それはどうしてだったか、今は書かない。この「バートルビー」という短編に驚いた瞬間がありありと甦ったのでした。是非一読をお勧めします。今に通じるのではなく、人間の存在の根底に横たわる謎、それをメルビルは深く掘り下げたのです。あるいは、「見るべきもの(see what needs to be seen)を見てしまった」人だったのかもしれません。まるで知盛ですね。

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●Herman Merville(1819-1891)アメリカの作家。12歳で父親を亡くし、様々な職を経た後、南太平洋の島々を4年間放浪。1846年にその体験をもとにした小説『タイピー』を出版する。以後『オムー』『白鯨』『マーディ』『ピアザ物語』等を刊行するが、作品は売れず1866年にはニューヨーク市の税関に就職した。メルヴィルの作品は生前には殆ど評価されなかったが、現在ではアメリカ文学史上で高い地位を占めている。(新潮社編)

 アメリカ本国ではどうだかわかりませんが、この島社会での彼の扱われ方はぞんざいに過ぎると、ぼくには思われます。(新潮社の紹介記事などはその代表です)『白鯨』のみが過大に喧伝されているきらいがあります。どんな人でもそうでしょうが、彼の生い立ちや育ちがどんなに「人の生涯」を左右するか、それを如実に示していると、(言わずもがなの事だから)たしかに変な感想ですが、ぼくはそう思いました。ていねいにメルビルを再読したくなりました。

 本来なら、今少し小説作品の内容に立ち入るべきだと思うのですが、今回はここまでにしておきます。彼が覗き込んだ謎は、じつは見てはいけなかったものだったのでしょう。彼が最深部にまで目を届かせようとしたその底には、大きな穴が開いていたのです。どこまでいっても底に至らない、そんな道筋を知っていた主人公は「しない方がいいもですが」というほかなかったのです。

 メルヴィルの生涯は形容しがたい、起伏に富んだといっていいのかどうかもわからないものでした。伏ばかりだったかも。よく「波瀾万丈」というし、「数奇な」とも言いますが、それでは表現し足りない人生であったと、微温どっぷりのぼくなどには思われてきます。こんなにも振幅の大きい揺れというものがあるのだろうか。彼が船乗りになったり、四年余の南洋航海にでかけ、一転してニューヨークで「税関」の職員を十九年も務めます。

ぼくは「バートルビーはメルヴィルだった」と、今はっきりとかわかりました。(「コトバンク」のメルヴィルに関する解説は異様です。

(https://kotobank.jp/word/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%AB%28Herman%20Melville%29-1600348)

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世論調査は、別名世論操作という

(朝日新聞調査)

 次の首相、菅氏がトップ46%…読売世論調査

 読売新聞社が4~6日に実施した全国世論調査で、自民党総裁選に立候補を表明している3人のうち、誰が次の首相にふさわしいかを聞くと、菅義偉官房長官が46%で最も多く、石破茂・元幹事長33%、岸田文雄政調会長9%の順だった。/ 自民支持層に限ると、菅氏は63%に上り、石破氏が22%、岸田氏は8%。野党支持層では石破氏59%、菅氏22%、岸田氏2%、無党派層では石破氏39%、菅氏33%、岸田氏11%の順だった。/ 政党支持率は、自民党が41%(前回8月7~9日調査33%)に上昇し、立憲民主党が4%(同5%)などで続いた。無党派層は40%(同46%)。(読売新聞・2020/09/06)

 安倍内閣「支持」52%、政権末期に異例の大幅上昇…読売世論調査

 読売新聞社が4~6日に実施した全国世論調査で、安倍内閣の支持率は52%となり、前回8月7~9日調査の37%から15ポイント上昇した。不支持率は38%(前回54%)に下がり、今年3月20~22日調査以来、6か月ぶりに支持が不支持を上回った。/ 安倍内閣の支持率は、新型コロナウイルス感染拡大後、政府の対策への不満などから低迷が続いていた。だが、健康状態の悪化に伴う辞任表明を受け、長期政権の実績が再評価されたとみられる。政権末期に支持率が大幅に上昇したのは、歴代内閣の中でも異例。/ 安倍内閣の7年8か月の実績を「評価する」とした人は、「大いに」と「多少は」を合わせて74%に上った。(読売新聞・020/09/07)

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 読売新聞がどのような歴史を有した新聞で、今はどういう位置をマスコミの中に占めているのかを、ぼくはまんざら知らないわけではありません。素敵な新聞というのは嘘ですが、熱狂的なファンがいる「宗教団体的新聞」であるのは間違いのないところでしょう。独裁社主がなお君臨しているのも異様である。もちろん、毎朝や東京もいろいろな欠陥や弱点を持っているのは事実で、それでいいとか悪いというのではありません。みんな似たりよったりです。が、すべてが五輪のスポンサーになるなど、なまなかの神経ではできるものじゃないと、ぼくの臆病さに驚くのです。新聞やテレビ各社が立派なんかじゃない、腐りきっているという意味で似たりよったりです。戦後しばらくして時の文部大臣が「教育基本法」改正をさかんに言いだしていた時に、この名だたる新聞は、断固として改正反対の論陣を張ったことがあります。

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教育基本法をなぜ改めるのか

 (荒木萬壽夫)文相は、今までの発言の中で、もつとも問題にしているのは、教育基本法の第一条(教育の目的)である。そこには「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と書かれている。文相は、これにたいし、この中には、自分が考えているような意味の日本人をつくるという精神がみじんも出ていないという。そして、戦後の日本人の一部が、日本をさげすみ、日本をあなどり、日本に不信の念をいだくような傾向を持つていることをなげき、そのゆえに教育基本法の改正を当然のこととして考えねばならぬとしている。(中略)/ …たしかに、文相が指摘するように、日本人のあいだに国を愛する気持ちが薄れていることを認めぬわけにはいかぬ。日本人の愛国心を振興したいという文相の気持ちは、よくわかる。しかし、それを教育基本法の改正によつてしようとするのには多くの疑問が残る。文相が日本の教育に、ふたたび超国家主義思想を持ちこもうとするのではないかという心配が加わるのもまた当然である。/ 教育基本法というような、憲法に準ずる国の基本法を検討するに当たつて、文相が慎重な態度をもつてのぞむことを切望するとともに、もつと明確な改正点を国民の前に明示することが必要だと思う。選挙を前にして、このような重要な問題を、具体的な内容も示さずに提起するのは、国民にとつてもまた迷惑なことといわねばならぬ。 (読売新聞「社説」1960/9/17)

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 隔世の感とは、このようなことをいうのですね。良く変わるということはむずかしい。個人でも企業でも国家でも、要するに、自らのの歴史を偽る、前言を平気で翻す、権力とべったり、(それが叶わなければ、何でも反対。その心は、そういう態度もまた「好きの印」というもの。「いやだいやだ」というのも、「好きで好きでいやんなっちゃう」ということです)。権力を批判するという奇跡(ミラクル)はもうどこをどう探しても主要マスコミ媒体からは出てこない。そのせいでテレビは滅んだのに、新聞は同じ轍を踏む。新聞社がテレビ局を所有。自滅の道をあえて進むとは自虐趣味だが、五万といる社員各々はどうなんですか)

 いくつかの世論調査を見る限り、「菅義偉」はすい星のごとく現れたルーキーに見える。でも安倍さんとな最初からの付き合い(なれ合い)ですから、はっきり言えば、影が薄かっただけなのです。薄いままでいればいいのに、スポットライトを浴びてやけどをしなければいいが。実を言えば、「安倍を操っていたのは俺だ」「安倍なんかができるんだから、俺ならもっと…」「官僚支配は俺の専門さ」「学会との関係の深さ・不潔さはは党内一だ」というつぶやき。

 ぼくは、以前から政府発行の文書・統計は眉唾物ととらえていましたし、各社世論調査もしかり、でした。最近、それは露骨になった気がします。だから、「世論調査」などという中途半端な名称を捨てて、「世論操作」と名付けたらいかがかと思う。大っぴらに数字を取れるんですから。これなんか、早くから内閣府はやっていたことです。安倍一強ではなく、安倍・創価学会握り合い政府(そうか)だったと、言うべきでした。

 改めて、前言を翻すなら、その理由を明確に言うべきです。しらばくれたり、頬かむりを決め込むのは潔くない。これが個人だったらどうします。信用できないや。なら企業も同じじゃないですか。ぼくは新聞は読まない、テレビも見ない。でも目にも耳にも入ることがあるのは避けられません。だから「虫唾」が走りっぱなしなんです。

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おれよりも泣きたいやつが…

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余録 終戦直後の夏。当時のソ連によって抑留され、強制労働に苦しみながらも、画家は絵の具箱を手放さなかった。帰還後に「シベリア・シリーズ」を描いた香月(かづき)泰男だ▲<生命そのものが危険にさらされている瞬間すら美しいものを発見し、絵になるものを発見せずにはいられなかった>。そんな自分を香月は<絵かき根性のあさましさ>と書き残した。だが、そうであったからこそ逆境でも自分を保っていられたと振り返る▲戦後75年。香月のことが思い浮かぶのは彼が国家と個人について深く考えていたからかもしれない。ソ連ばかりでなく、日本の戦争指導者への怒りを隠さなかった▲こんな作品もある。粉雪が舞う中、兵士のデスマスクを紙が覆う。紙には国への忠誠を説く「軍人勅諭(ちょくゆ)」が記されている。国家権力への痛烈な批判である。一方、凍土に葬られた戦友が雪解けで現れたさまを暖かい色で描いた。仲間の鎮魂だった▲今年の全国戦没者追悼式で安倍晋三首相は昨年の式辞にあった「歴史の教訓を深く胸に刻み」の言葉を使わなかった。そして外交・安全保障で国際貢献を進める「積極的平和主義」を初めて盛り込んだ。その13日後、首相辞任を表明した。国はどこへ向かうのか▲香月はシベリアの空を見上げた。<この太陽は、月は今しがた(日本の)家族等が仰ぎ眺めたであろう>。戦争は<郷愁との戦い>だった。日本人が香月のような思いをすることが二度とあってはならない。描いた太陽と月は悲しいほど美しい。(毎日新聞・2020/09/07)

●香月泰男(1911-1974)洋画家。山口県大津郡三隅村(現三隅町)生れ。東京美術学校(現東京芸大)に在学中から国画会に出品、同人となる。1939年、新文展で特選。1943年に召集され、満州へ。捕虜としてシベリヤに抑留され、過酷な体験を経て1947年にやっと復員がかなう。シベリヤでの体験が『埋葬』に代表されるシベリヤ・シリーズを生み出し、1969年第一回日本芸術大賞を受賞。他に『告別』(東京国立近代美術館)、『奇術』(京都国立近代美術館)、『雪』(山口県立美術館)など。ふるさとの三隅町には香月美術館もある。(新潮社編)

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 東京に出てきた当時は交通の便もよかったせいで、ぼくはあちこちに出かけた。本郷を起点に上野やお茶の水・神田は徒歩圏だったし、地下鉄で銀座や新宿に出歩いた。多くは展覧会や画廊回りだったが、今から考えてもよく見て回ったものだと、感心する。ぼくの京都時代の先輩たちが銀座や新橋の画廊を借りて「個展」をするというので、(陳腐な作品だと思いながら)足しげく通ったことも何度かあった。上野では大きな美術展が年中開催されていたが、ぼくは人混みが嫌いなので、まずいかなかった。でも常設展や地味な展覧会にはマメだった。香月泰男さんはどうだったか、画集が先だったかもしれない。日本橋の丸善には月に何度も赴いては画集や書籍を手に取った、ぼくには美術館や画廊以上に貴重な経験をしていたのである。以来、丸善はぼくのたまり場となった。

 「余録」氏の文章で久しぶりに香月さんのことを思い出した。ありありと彼の画面に展開される筆致や陰影が浮かんでくる。シベリア抑留と言えば、真っ先に石原吉郎さんですが、香月さんの訴えも静かだが強烈に届いたような気がする。(長門は最長不倒PMの父親の郷里でもあったことに気づいたが、それだけのこと)

 シベリアも片はついていない。いや、果たして歴史のなかで片がつくということがあり得るのかと思う。石原さんの詩に「おれよりも泣きたいやつが おれのなかにいて」、でも泣くのはいつも「おれだ」というものである。「おれよりも泣きたいやつが 泣きもしないのに、おれが泣いても どうなりもせぬ」どういうことなんだ。(ヘッダー写真は石原吉郎氏)

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こんな時期に音楽はいい薬になる

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【9月6日 AFP】中国の人気ピアニスト、ラン・ラン(郎朗、Lang Lang)氏は、危機に見舞われた時は音楽が一番の薬になると考えている。特にヨハン・セバスチャン・バッハ(Johann Sebastian Bach)は250年以上も前に、現在のようなパンデミック(世界的大流行)の時期にぴったりの曲を作っていたという。ラン・ラン氏は、自身が録音した「ゴルトベルク変奏曲(Goldberg Variations)」のアルバム発売日(4日)を前にAFPの取材に応じ、「音楽は今のような時期には良い薬になる」「バッハは、他の偉大な作曲家と比べても、優れた癒しの力を持っている」と語った。(https://www.afpbb.com/articles/-/3303128?pid=22623822)

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 ぼくの若いころは、クラシックは「聴くもの」だとされていました。もちろん、そう簡単に演奏会には行けなかったし、実演を観る機会が珍しいことだったからです。(ほとんどがレコード中心だった)ところが、今では「観るもの」になりきっています。はじめて、ラン・ランさんのピアノ曲を聴いたときにそう思いました。今日では youtube で相当な数の彼の演奏を鑑賞することができますから、観る楽しみは満載といってもいいでしょう。ぼくは、しかし、やはり静かに聴いていたい人間です。音も派手だし、演奏スタイルも派手というのか、そちらが気になり演奏に集中できないという、困った現象に遭遇しています。ラン・ランさんの後輩のユジャワンさんの場合にはなおさらそうで、とても観ていられません、というか聴いていられないんですよ。これはぼくの偏見かもしれないが、女性の演奏家が「肌を露わに」というのはどういう心境なんですかね。ぼくなどびっくりしてしまいます。音楽か身体か、どちらかにしてよ。

 ユジャさんはまだましの方で、もっと「露骨・露出過多」な演奏家もいます。(写真は出しませんが)いったいどういう感覚なのか、とてもじゃないけど、指揮者も他の演奏家もこころ穏やかじゃないようですよ。演奏は凄いのかもしれないが、あれじゃ、というほかありません。ラン・ランさんが「露骨で露出」というのではありませんが、弾いている姿(あるいは挙措)は独特で、ぼくは目を瞑って聴くようにしています。これも流れなのか。フルートやバイオリン奏者までが露出過多では、もうクラシックも終わり。あるいはとっくに終わっているか。(左はKHatiaさ。もっと露わのがありますが、出せません)(登場する世界がちがう、と思う)

 さて、「こんな時こそバッハ」論には大賛成です。こんな時でなくとも(平常時)バッハですが。「バッハは、他の偉大な作曲家と比べても、優れた癒しの力を持っている」というのですが、もともとがそんな働きかけを音楽は私たちにしてきたんでしょう。癒すというか、落ち着かせる、それは、いつの時代でもそうでしたが、正反対に、「敵をやっつけろ」「皆殺しだ」と激を飛ばすのも音楽でした。(軍歌はどうです。「露営の歌」をご存じですか。古関裕嗣作曲です。「勝ってくるぞと勇ましく、…」(「エール」というんですか)(奇妙ななりゆきになりました。後日、もう少し真面目に) 

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