あと数か月は続くとされる猛火

(山火事「ベア・ファイア」が発生している米カリフォルニア州オロビル湖のビッドウェル・バー橋のそばを進むボート(2020年9月9日撮影)。(c)AFP / Josh Edelson)
【9月29日 AFP】米カリフォルニア州オロビル(Oroville)湖のそばで、橋を眺めていた。夜空がオレンジ色に染まり、遠くの木々のこずえを照らしている。丘の中腹に炎が点在し、湖面に反射している。写真を1枚撮った。ビッドウェル・バー(Bidwell Bar)橋を渡る道路は、山火事のど真ん中へと、まっすぐ突き進んでいるように見える。
 私が情熱を注いでいるのは自然災害の取材だ。火災や竜巻、火山など。この地球上で起きている光景を伝えられることが気に入っている。カリフォルニアで10年間、山火事を取材してきた。だが、今年のようなものは見たことがない。山火事の季節が来るたびに新たな事態に驚かされる、というのが今の「ニューノーマル(新常態)」らしい。(中略)
 このコラムは、サンフランシスコを拠点とするフリーカメラマンのジョシュ・エデルソン(Josh Edelson)が執筆したものを、仏パリのローランド・ロイド・パリー(Roland Lloyd Parry)およびミカエラ・キャンセラ・キーファー(Michaela Cancela-Kieffer)が編集し、2020年9月18日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。(https://www.afpbb.com/articles/-/3307061?pid=22691289)
米カリフォルニア州バカビルの山火事で燃える住宅(2020年8月19日撮影)。(c)JOSH EDELSON / AFP州当局は、熱波で記録的な猛暑となっていた中、北部でおよそ1万1000件の落雷が発生したことが山火事の原因だったとしている。
 地域一帯には大気汚染の注意報が発令されている。特にベイエリア(Bay Area)では今後数日間、汚染レベルが非常に悪化するとみられる。(c)AFP/Jocelyne ZABLIT(2020年8月21日 9:50) 

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 毎年のようにこの地は山火事(森林火災)に襲われています。出火の原因は様々で、今回は「落雷」のためだといわれています。八月半ばだったか、この州のデスバレーでは「摂氏54.4度」という度肝を抜くような高温を記録している。猛暑と落雷という自然現象がもたらしたにしては、あまりにも甚大な被害です。今年はオーストラリアでも大きな山火事が発生し(発生は前年末)、生態系に危機的な被害をもたらしたという報道があったばかりです。煙草だったか、過失によるものだったとされています。

「2019年末からオーストラリアで起きた大規模な森林火災。その焼失面積がポルトガルの国土を上回り、一部の野生動植物は完全に死滅した可能性があるほか、生息地の多くを失った固有種も少なくないことが調査によって明らかになった。そして地球温暖化が加速するなか、こうした大規模な火災は今回だけの問題でも、オーストラリアだけの問題でもない。」(NATURE2020.07.24 FRI 11:30)

 なんでもかんでも、地球温暖化にしわ寄せする、という非難は後を絶ちません。たしかにそうではない場合もあるでしょうが、異常気象や海面や海水温の異常な上昇の一因であることは疑いのないところだと思われます。なぜそうなったか、あらためて考えるまでもなく、この百年間続けられてきた地球からの際限のない「収奪」が、今日のあらゆる地球環境の悪化の因をなしているというほかないようです。

 人間世界にも異常現象が巻き起こっています。この原因は何でしょうか。その昔は「地震・雷・火事・親父」などと並び称された「災厄因」でしたが、今では様変わりしています。怖い親父の姿は消滅寸前、まさに絶滅種になりましたが、残りはいつ何時、我々を襲来するか知れたものではないという意味では、予防・防衛の準備をおさおさ怠りなく、と姿勢を固めたくなります。近年の災害は、あるいは人災ではないかという疑問がわき出てくるほど、自然破壊につながる「開発」行為が国土強靭化政策とかなんとかいって、(この島では)多額の税金と大量のコンクリートを注ぎ込んできたのです。

 昨年は立て続けに台風や豪雨に襲われ、ただでさえ柔な拙宅は翻弄されました。それだからではありませんが、それ以前から、ぼくは天気予報には目を凝らしていましたし、とくに太平洋上の雲の動きには神経をとがらせてきたのです。(その熱意は我ながら、あるいは気象予報士になれるんじゃないかと勘ちがいするくらい)近辺の道路など、昨年の「爪痕」はいまだに修復(復旧)されていません。「九月は台風の当たり月」「十月は台風の季節」「十一月は台風直撃の多い月」だなどと誰が言うのだ。「自然の猛威」にぼくたちは謙虚であることが求められています。「最新の科学技術の粋」で頑丈な建造物を、そいつがそもそも諸悪の根源なんです。

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政府側が責任を持って行うのは当然

 政府が学者提言機関に異例の介入 学術会議の新会員候補、6人の任命を拒否

学者の立場から政策提言する国の特別機関「日本学術会議」が推薦した新会員候補6人の任命を、菅義偉首相が拒否したことが分かった。推薦候補の任命拒否は、現制度になった2004年度以降で初めて。6人には、安全保障関連法や特定秘密保護法など政府方針に批判的だった。加藤勝信官房長官は1日の記者会見で「首相の下の行政機関である学術会議において、政府側が責任を持って(人事を)行うのは当然」と述べたが、理由は説明しなかった。(望月衣塑子、梅野光春)

◆退任の会長「学問の自由への介入」 官房長官は否定

 9月30日に学術会議会長を退任した山極 寿一氏は取材に「退任直前に知らせを受け、理由も言われていない。(政府の行為は)学問の自由への介入だと言われても仕方がない」と批判した。/ 一方、加藤官房長官は「推薦された人を義務的に任命しなければならないというわけではない」とし、学問の自由の侵害には当たらないとの認識を示した。

◆事務局「選考過程は答えられない」

 学術会議事務局によると、新会員候補は学術論文やこれまでの業績を踏まえ、8月末に内閣府人事課に105人の推薦書を提出。同課からは9月28日、99人の発令案を事務局が受け取った。/ 事務局は翌29日、6人が任命されなかった理由を問い合わせたが、同課は「選考過程については答えられない」と明かさなかった。学術会議側は30日、任命しない理由の説明を求める菅首相宛ての文書を、内閣府に提出した。

◆首相に選任する権利はなし

 日本学術会議法では「会員は同会議の推薦に基づき、総理大臣が任命する」(7条2項)とあり、首相に任命権はあるが、選任できる権利はない。政府側は1983年11月24日の参議院文教委員会で「学会から推薦したものは拒否しない、形だけの任命をしていく、政府が干渉したり中傷したり、そういうものではない」と答弁している。/ 日本学術会議は定員210人。任期は6年で3年ごとに半数が交代する。学術会議は1日、新会員99人を発表、定員より6人減となった。(東京新聞・2020年10月1日)(日本学術会議HP・http://www.scj.go.jp/index.html)

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 学術会議は「学者の国会」と称されていました。だから、ぼくはほとんど興味を持たなかった。仕事に就くようになってから、周囲にも「会員」や「連絡員」(かなり以前はそんな名称だったと記憶しています)はいたし、友人たちとたまに集まると何かにつけて、「俺は学術会議の仕事で大変なんだ」「今度は会員になれそうだ」などと言っていました。どうせ「国会」なんだろうから、それは議員さんや議員秘書のようなものさ、その程度の認識だった。もちろん、この会議の成り立ちや初期の頃の活動、あるいは特定の問題では特定の会員が大いに活躍し、社会に貢献したと、ぼくのようなノンポリにも明らかにわかる組織体でした。「擬制国会」の存在理由は認めていました。

 いくつかの学会では推薦の署名のようなものを求められたこともありました。ぼく自身は、まったく無関係。「君子(ではありませんが)、危うきに近寄らず」で、social distance をいつでも維持していました。ぼくは「國」「国」「邦」「六合」「クニ」「くに」という言葉と内容には先天的なアレルギーがあって、これに対する有効な薬も治療法もなかったし、だから感染源に接近しないという、素朴な自然療法というか、自己(専守)防衛に徹してきました。もちろん、ぼくには学術的な業績といったもの皆無でしたから、「(こちらが)近寄らず」ではなく「(向こうから)近寄ってこず」でありました。生存者叙勲なんかもその伝で、ある時先輩に推薦文を頼まれましたが、それは断った。自分が好まないのに、それを認めるようなフザケタ真似はできなかったからです。(ただし、先輩の受勲は邪魔したくなかったので、推薦文はご本人に書いて貰い(自薦だね)、署名はぼくがしたと記憶しています。後日、「皇居で天皇にお目にかかった」とわざわざ「よろこびの」電話をくれた。こんな方々が数万数十万もいるんだと腰を抜かしたのではない。そんなものだろうという推察は当たっていたから)

 ぼくは学術会議の存在意義を認めています。理由は明白でしょ。今回の事態がそれを明証しているではありませんか。政府の心証を害するために(だけではありませんが、ぼくの表現はまずいね)あるからです。なんでもかんでも反対というのは戴け(買い)ませんが、時の政府の政策に危険な奇妙な奇怪なものがいつでもある。それに対して研究者の立場からの信念で「異議申し立て」をするのは当たりまえです。会議全体の反対もあれば、会員有志で反対もあるでしょう。それを認めないという「時の政府」は錯覚しているか、無知か、無謀か、無鉄砲。つまるところ、「天に唾する」愚か者、いや、ただの愚者ということになります。「智者も千慮 に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得あり」(『史記』)といいますけれども。今回の誤判断が「愚者の一得」だとはどうしても信じられませんね。今回ばかりは調子に乗って「地雷原(学術会議)」に入り込んでしまい、あろうことか「いくつかの地雷」を踏んでしまった。一個(一人)だけならまだしも、多数(ニ百人超)の地雷原を見縊っていたのだと思う。その領域のお歴々方の集団です。それぞれが一家言をお持ち。合わせて「ニ百家言」です。さて、どうやって始末をつけますか。爆発は須臾の間です。

 まさしく、今回の事態はそれにあたります。「バカは死ななきゃ治らない」と、二代目・広沢虎造の語る「森の石松」は言いました。ホントだな。「首相の下の行政機関である学術会議において、政府側が責任を持って(人事を)行うのは当然」かね。「推薦された人を義務的に任命しなければならないというわけではない」と木偶の官房長官。Kanですか、そっくりさんですか。やがて「髪型」さえも似てくるでしょうね。横柄であり、慇懃であり、無礼そのものです。内閣記者会という内輪(仲間内)のお喋りだからと、いい気になっていると地滑りが発生しますね。まことに唾棄すべき態度であり、笑わせる言い草です。Kan二世を自任・自認しているんですな。度し難いビューロクラット。きっと、カン(菅も菅、信管に)に触ったんでしょうな。大怪我は必定です。

 「大事な事柄」を決めるのはいつでも好き嫌であるわけいじゃないし、多数決でもない、専断でもさらさらない。民主主義の時世であっても、数や権力で左右できないものもあるということがわからないのですね。この問題については、いろいろと「言いたい事」だけではなく「言わなければならない事」があります。機会を改めて、雑文を認(したた)めたい。それにしても、今回の事態は官僚の仕業、それにPMがそっくり乗せられてしまっているんだ(自分から乗っているか)。(偏差値の高いだけの官僚をきちんと「グリップ」できていない証拠だな)でも、前政権を「きっちりと継承している」と、それこそ「推薦人」に褒められたいんだ。可哀そうなのはPMだけれど、もっと惨めなのは人民さ。「支持率七割」がきいて呆れるどころか、反吐が出ます。

 New Prime Minister はデモクラシーがわからないようです。「我々は選挙で選ばれているから、それに従うのは官僚(役人)の義務だ」という寝言を言っていますが、選挙で選ばれてなる「代議員(Representatives)」という、ならば、選挙民(国民)の意を受け止めなければならない立場(身分か)であるのに、選ばれたら何でもできるという「はきちがえ(履き違え・穿き違え)」をしているんですな。いったい、誰の履物に足を突っ込んでいるつもりなんですか。税金を自分の金と勘ちがいもしている。カン(チガイ)内閣か。

 (大枚の税金を恵まれ、建物も使用料も国持ち、自分の脚で立っていないね、この「会議」は。「国立」「公立」は、きっと(必ず)こうなる。金も口も出すのは当然と思う輩が「政・管」なんだから。でも、元締めとみなされている PM は「雑巾」みたいなもの。古くなれば、役に立たなければ、捨てられます、やがて、間もなく。黒衣(くろこ)がいるんだ、ぼくには頭も尻尾も見えますが。それにしても、学術会議、自立は難しいんですね。「金だけは欲しい、文句や手出しはいらない」とはいきませんよ)

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一回かぎりのことばをさがし、…

 今も昔も、先生になりたいという理由の多くは「子どもが好きだから」だろうといっても間違えてはいないでしょう。ずいぶん昔、中学校か高校の教師で、「俺は子ども(生徒)なんて大嫌いだ」と口癖のように言っていたのがいた。その割に、授業は熱心だったし、面倒見もよかったと思われました。けったいな奴とその時分は思っていました。でも後年になって、「嫌いも好きの内」という複雑怪奇な感情があるのを知るに及んで一驚した。どうしてか自分でもわからずに、好きな女の子に「いけず」をすることがぼくにもあったんですから。面倒ですね、人間(人生)ってものは。

 ということは、「好きだから」というのは「嫌い」でもあるのか、となるでしょう。子どもが好きで就職したのに、「嫌いになったから辞める」という教師も後を絶ちません。たくさん出会いました。だから、「教師になろうか」という若い人に会うと、ぼくはよく言いました、「奇特なことではないですか。でも、生半可な『子ども好き』で教師になろうと考えない方がいいのじゃありませんか」と、余計なことをいうようになりました。教育の実際は「子ども好き」を超えたところでなりたっているとも考えられるからです。「好き」を持続するのは、まるで修行です。この道、五十年という、それだけでぼくはご当人を尊敬いたします。「金婚式」(言葉は嫌ですが)、なんとも言いようがないくらいに尊いと思います。(ぼくもそうだといいづらいんですね、ただ今「四十八年目」です。油断大敵だ)

 そのことに関してある思想家は言いました。(この引用文章は、どこかでも触れているはずです。悪しからず)

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 《 子ども好きの人が教師になれば、日本の教育は大もとのところでよくなると思います。教育の現場としても、とりくみの方向がきまるのではないでしょうか。/ 子ども好きの人は、教師であれ、一回かぎりのことばをさがし、しばしば、それをさぐりあてます。

 少しまえに新聞で読んだんですが、子どもが盗みをして困った親が、

「盗みなさい。そのことをあとでお母さんに言うのよ」

と言って、子どもに約束してもらったそうです。盗んだことを知らされると、母親は、そのたびごとに黙ってあとでかえしに行ったそうです。

 「盗みなさい」ということばは、人間社会全体に通用することばではありません。普通の道徳語ではありません。科学の法則(そういうものがあると仮定してですが)でもありません。/ この親がこの子にむかって言ったここだけでのことばで、この一つの状況からはえでたことばです。このようにその状況にかなう一回かぎりのことばをさがしあてようとする姿勢が、子ども好きという教育の基礎でしょう 》(鶴見俊輔「ことばを求めて」)

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 まず、ぼくは母親のことばに驚嘆しました。次いで、この母親の発言から、こんなことを言う人(「一回かぎりのことをさがす」)がいるんだと驚いたのですが、なんとフランスでも同じことを言った人がいます。すでに故人になりましたが、ジャン・フランソワ・リオタールという思想・哲学者です。教師は「初めて話す(これまで話したことがない)言葉を、生徒に言うべきだ」それを受けて、生徒も、「初めて自分が話す、そんな内容の話をしなければならない」と。「それこそが対話というものなのだ」という趣旨でした。常套文句(cliché)、「静かにしなさい」「人の話をよく聞きなさい」「嘘はいけません」などなど、それらがクリシェ。決まり文句です。この常套後のオンパレードですよ、学校では。「常套語はポスター」になる。クリシェこそが幅を利かせるのです。

 リオタールは、人が賢くなるには、よくよく自分で問題を受け止め(反芻し)、それを自分の言葉で考え(捉え)直す、そこに教育の真意を求めたといえます。そのための訓練(練習)こそが、学校を舞台で行われる教師と生徒たちの合同「自主トレ」です。「自主トレ」ではありますが、まさしく教師と生徒たちの真剣勝負です。ぼくは言いたいですね、授業は自主トレだ、強制じゃないんだ、と。(「リハビリ」なる語は常套語になって、すっかり色あせています。ぼくの駄文綴りもまた、ぼくにはかけがえのない「自主トレ」であり、だれにほめられようとするのでもなく、でも脳細胞の衰えを自覚している以上は「自主(じしゅ)・自立(じりつ)」して、誰のものでもない、自分の歩調で歩こうとしているのです。

 鶴見さんに戻ります。その子との間にだけ通用する(かもしれない)「一回かぎりのことば」をさがしあてることができるひとが「子ども好き」なのだと鶴見さんは言うのです。いかなる場合にも、適切な一回かぎりのことばをさがしあてることはきわめてむずかしいことです。でも、それがどんなことばであれ、一回かぎりのことばなんだという感じがあれば、そのことによって互いに親しい間柄が生まれるのじゃないか、ということでしょうか。そうなるかどうか。

 いつだれに対しても通用する(と見なされている)ことばになれきってしまうと、おたがいの間には疎遠な関係(それは関係ですらない)しか作れない。馴れきった、あるいは弛緩しきったつながりでしょう。教師と生徒の関係であれ、親と子の関係であれ、そのふたりの間にしか通用しないことば、しかも一回かぎりのことばを探し求めるにはどうしたらいいのか。並大抵ではなさそうです。しかし、それが求められているのです。

 宿題を忘れた子ども、規則を破った子ども、そのような子どもにはだれかれなしに乱暴な決まり文句(クリシェ)を投げつける教師はたくさんいる。(もちろん、親たちも)子どもは教師のいうことを聞くもの、教師は子どもにいうことを聞かせるものだという思い上がった(傲慢な)態度がそこに見えてきます。「子どもが好きだ」というのはどのようなことをいうのか。あらためて問われると返答に窮していまう。子ども好きの人が教師になれば、「日本の教育は大もとでよくなると思います」といわれて、はて、子ども好きの流儀なるものとは、と深く考えさせられてきました。「一回かぎりのことば」、その子との関係における一回だけの言葉、それを見つけようとするのが、子ども好きであり、その人を教師であるといってもいいのだと、鶴見さんは言うのでしょう。大変だな。

 盗みをやめない子どもに「盗みなさい」というほかなかった母親の気持ちは何だったのか。やむにやまれず口走った、「盗みなさい」というが窮地に喘ぐ母親の「肺腑の言」として出てきたものとして、はっきりとぼくの脳裏に刻まれました。「一人称で語る」といつでもいうのですが、一人称で語ること自体がすでに一回かぎりのことばを探し当てようとすることではないか。自分にしかいえないことば、目の前のあなたにしかいえないことば。それをお互いに掘りだそう、探り当てようとすることはそれだけで、りっぱに教育の営みとなるんじゃないか。自分のことばで書く、自分のことばで考える、自分のことばで話す、そんな場面を「最良の教室」において夢想してきた、ぼくの生活は長く続きました。今でも続いているかもわかりません。(といいながら、人の尻馬に乗ったような駄文しか書けない、この無能が辛いですな。だから、自主トレはまだまだ続きます)

 以上は「ことばを大切に!」や「美しいことばを使いましょう!」という標語やモットーとは無関係の話です。

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見てくれだけの偽装を喝破し看破し

 「テレビの前では、指導者の資質はあってもスターの資質がない者は必ず失格する。……その結果、われわれはリンカーンたるべき人物を失いそうになっている」。確かに、リンカーンは風采(ふうさい)が上がらなかった▲先の言葉、1960年の米大統領選の初のテレビ討論で、若きケネディの前で疲れたさえない表情をさらして苦杯をなめたニクソンのものだ。この時、ラジオで声だけを聞いていた人が、ニクソン優勢と感じたという話は有名である▲討論の勝利が直ちに選挙の勝利をもたらすわけではない。20年前の討論では民主党のゴア氏が共和党のブッシュ(子)氏を圧倒したが、相手を見下す態度が有権者の反感を買ってしまう。テレビのキーワードは「好感度」なのである▲トランプ大統領とバイデン候補の初の直接対決となったテレビ討論である。相手の話に割り込んで司会者ともやり合うトランプ氏と、非難の泥仕合(どろじあい)を避けてカメラ目線で自説を語るバイデン氏と。さて好感度はどちらに傾くのだろう▲トランプ支持派は論敵に目も向けぬバイデン氏を「弱い」と見たろうし、バイデン支持派はトランプ氏の余裕のない多弁に「焦り」を見ただろう。肝心の論議はさっぱりかみ合わず、お互いに相手を追い詰められなかった90分だった▲分断深まる米国社会で「討論」は形をなさず、「好感度」もそれぞれの支持者の好みを裏書きするだけの今日だ。腕時計をチラッと見たのが敗因などといわれた昔が懐かしくなる2020米大統領選である。(毎日新聞・「余録」2020年10月1日) 

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 昨日行われたアメリカ大統領選挙の「討論会」、もちろんぼくは見ていない。見る時間がなかったからですが、あったとしても見なかった。なぜか。こうなるであろうという予測がはっきりとあったからだ。いま、ネットでいろいろなメディアの論評を眺めていて、何かと感想・妄想がわいてきます。悲しみも生まれてきました。これが現実である、という希望と絶望に襲われてもいます。現職のT候補者は「最悪の候補者」だと四年前にも思ったし、今回はそれ以上に醜悪な候補者の正体は露わになったと映った。「ゴロツキ(破落戸)」みたいです。一方のB候補も似たようなものですが、より「少ない醜悪度」「より小さな悪性」だったに過ぎない。ではなぜ、四年前に「最悪の候補者」が勝ったか、それほどに「エスタブリッシュメント」が忌み嫌われたからだったと、今でも考えています。「既成政治家」階層が権力を独占し、それを盥回ししていることにどす黒い嫌悪感をいだいた多くの民衆が「変えてくれる」と期待して、展望なき「最悪の候補者」を求めたのでしょう。「盥回し派」vs.「最悪派」の闘いでした。どちらが登場していても、「劇的」(「劇」とは「物の働きや程度がはげしい、劇薬、劇毒などと使う)だったことに変わりはなかった。

 人間を選ぶ(評価する)のは投票でもなければ、多数決でもありません。だが、「大統領」や「総理大臣」、あるいは「社長」や「町内会長」という「椅子取り競争」はゲームであり、人民参加の闘いですから、は多数決でしか決められないでしょう。それが「代議制」です。そうでなければ、武力闘争しか残されないから。その意味では、「多数決」は最悪から一つ手前の判断でしかない。「democracy is the worst form of government except all the others that have been tried.」とチャーチルは言ったそうです。ぼくには、この「名言」を理解する能力に欠けているようです。「これまでに行われた(試された)すべての政治形態以外で、民主主義は最悪の政治形態だ」と。(トランプは、これまでに選ばれたすべての大統領を除いて、「最悪の大統領だ」というのでしょうか。そう、選ばれる大統領は「いつでも最悪です」ということになりますか。

 60年の「討論会」は見ていなかった。まだ拙宅にテレビがなく(いや、あったかも)、国際「中継」網が整っていなかったからです。はじめて中継がなされたのが(三年後の63年11月22日)「K大統領暗殺」の場面でした(左上☝)。これには衝撃を受けました。9.11は二度目の衝撃でした。この二つの「事件」は、いまなお疑惑が持たれています、いずれもアメリカ社会の暗黒の側面につながる(事件)だったといわれています、ぼくもそう思っている。FBIやCIAが関与している、とも。今回も「テロ」の語が頻用されている。

 さて、今回の「事件」、いや「討論会」はどうだったか。これはもはや「下品なスキャンダル」です。政治スキャンダルという以上に「アメリカのスキャンダル」だというべきです。(もちろんこの島には別の「スキャンダル)が充満しています。それは「討論会」だけの惨事ではなく、日常常在の(醜聞)です。数日前には「醜聞、いや秋分の日」でしたが)CNNのキャスターは「もはや討論会ではない。恥をさらしただけで、今晩は米国民の敗北だ」と吐き捨てた。醜悪も醜聞もすべて込みで「アメリカの現在」だと、ぼくはみなしています。「人種差別の炎」は燃え盛っているのに、それを消すべき当局者が「油を注ぐ」という破廉恥を敢行しています。これもまた、「デモクラシーのお手本」としてきた国のリアリティ、リアル・コンディションであるのです。これは政治に特有の現象ではありません。あらゆる場面に生じている「末期症状」が現実の政治面に顕現しているだけで、当然の結果でもあります。(vulgar scene)

 「討論会でT候補は「人種差別主義グループや「ミリシア」と呼ばれる極右武装組織を拒絶するかと問われたトランプ氏は、回答を避けた上で、極右の武装グループ「プラウド・ボーイズ(Proud Boys)」に言及し「プラウド・ボーイズ、下がって待機せよ」と言明。「だが言っておこう。誰かが(極左運動の)アンティファ(Antifa)をどうにかしなければならない」と続けた。」(AFP)

 【ワシントン時事】米オハイオ州で29日に行われた米大統領選の第1回テレビ討論会は、「泥仕合」の様相を呈した。トランプ大統領がバイデン前副大統領の発言に割り込み、バイデン氏も「黙ってくれ」と応酬し、政策論争よりも非難合戦に終始。ワシントン・ポスト紙(電子版)は「けんか腰で妨害にあふれ、ほとんど見るに堪えなかった」と酷評した。「史上最悪の討論会」(CNNテレビ)との声も上がっている。(jiji press・2020/09/30 16:51)

 このT大統領の四年間、「ATM付き下僕」に徹底したA前総理と島社会。「超右翼」と「偽装超右翼」の腐れ縁につきあわされた一人の人民の、やるせない後味の悪さを、山中にいながら味わったという思いがありました。さらにこれがまだまだ、場面を変えて(暗転して)続くのかと思えば、まず、われわれは何を為すべきか、と沈思一番です。いや「至誠一貫」といきますか。権力は腐敗する、と言いますが、政治もまた権力に連なる以上は、腐敗を免れることはできないのです。そのように、ぼくはいつでも政治現象や政治家気質を見てきました。例がは極小で、大筋では間違いのある気づかいはありませんでした。

 怒りも歎きも通用しない時代にぼくたちは生きています。泥棒に礼節を求めるが如き架空事のようでもあるかもしれませんが、自前の政治を、それもすこしは誠実さ(誠意)を含有した政治を冀(こいねが)っています。何よりもまず、見てくれ(ニクソンいわく、「スター性」か。かく言ったニクソンも後年には「水門事件」で失脚した、政治家の風上にも置けない御仁だった)(洋の東西を問わず、大小の政治家にぼくが感じてきたのは、度し難い「自己膨張」「自信過剰」という病弊でした。それは思いのほか「小さな自己」の正体を嫌でも自身はよく知っているからでしょう。武装にこれ務めるという仕儀です。あろうことか、ニクソンは「リンカーン」におのれを擬した。「お主よくやるよ」といっても、いささかの痛痒も恥ずかしさも感じないからこそ、政治家なんですね。

 上面だけを取り繕う、見てくれだけの偽装政治(家)の醜態・本性を看破し、次いでそれを激しく喝破しなければならぬ。「法華の太鼓」宜しく、激しく敲くのだ、連打に連打、また連打です。やがてその痛さは己に向かってきます。「痛さ」を忘れないための荒療治ですが、それはともするとすがり寄りたくなる悪癖、つまるところ人任せにしないための自衛策でもあります。

 そのために自らは何をするべきか、それを終日、自問自答するのです。「Go To ✖✖」は(「中抜き」満載で)発車しまーす」だって。脱線なんかを恐れる素振りも見せない。目的は定めず、とにかく「カネの尽きる」ところまで行くのだそうな。まるで帰還用燃料を積まないで飛ばされた「ゼロ戦」だね。こんな「ゼロ戦」に乗るのですか、君も僕も?

 なんでもかんでも盛り込んで(横取りを企んで)、次年度予算(概算)は軽く百兆円(青天井 ☝)を超えました。輪転機もまた、「回ってまーす」

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#みんなの国勢調査、ほんとに?

「こんな調査に金ばかり使ってー」つらつらお小言を聞かされる、作者さん(ORICON NEWA・2020-09-26)(https://www.oricon.co.jp/special/55202/)
 5年に1度の国勢調査が始まった。国の最も重要な統計調査で、人口および性別、年齢、配偶の状態、就業状態や世帯の構成などの把握のために行われる。この調査には“統計調査員”という調査票を配布・回収する役割を担う人々がいるが、最近では調査員になりすまして個人情報を聞き出そうとする不審な訪問者も多く、調査員が訪問すると、キツイ言葉を浴びせられたり、ないがしろにされたりする現状が…。そんな統計調査の様々な苦労を実録漫画にした投稿がSNSで話題に。作者のえむしえむふじんさん(@mshimfujin)に統計調査員の実情を聞いた。

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 拙宅にも調査員さんが来られました。腕章をまいた方でした。二回も。一回目は調査書を渡しに、二回目は送付方法を聞くために。(一回に、まとめられないんですか。きっと事情があるんでしょうね)「ネットですか、郵送ですか、あるいは、…」いまこれを書いている机の近くに置いたはずの書類の入った「封筒」が見当たりません。十月七日の締め切りですが、今回は出さないつもり。統計も調査も「滅茶苦茶」し放題の官邸や官庁です。おそらく偽造や捏造をしないとも限りません。「国勢」の調査なんてしなくてもわかっています。これまでの調査がどれだけ生かされた(役に立った)か、ぼくは知らされてきませんでした。何のための調査です?

 今緊急にやらねばならないのは「国政調査」だ。議員数や歳費問題、そのの適格性など、課題は山積している。

 「総務省統計局では、9月14日(月曜日)から、日本に住むすべての人と世帯を対象に「国勢調査」を実施します。/ 国勢調査は、生活環境の改善や防災計画など、皆さまの生活に欠かせない様々な施策に役立てられる大切な調査です。/ ご自宅に調査書類が届きましたら、ご回答をお願いいたします。/ 回答にあたっては、新型コロナウィルス感染防止のため、できる限りインターネットでの回答をお願いいたします。また、郵送での回答も可能です。
 皆さまのご協力をよろしくお願い申し上げます。」(総務省)

 「国勢調査票には「男女の性別」と「世帯主との続き柄」をマークする欄がある。しかし、1人目の欄で「男(女)」を選んで世帯主とし、2人目の欄でも「男(女)」を選んで「世帯主の配偶者」とする例について、高市総務大臣は「いわゆる同性パートナーの可能性があるものについては、国勢調査の婚姻関係とは区別する可能性があるので配偶者とはされないが、一方で同一世帯を構成していることを踏まえ『他の親族』に含めることとしている」と説明した。」(よく理解できぬ)(https://news.livedoor.com/article/detail/18899521/)

  ぼくは国政や地方選挙にはまず棄権しないで今まで来ました。理由は簡単、運動のためです。現在は山の中ですから、徒歩で投票場まで行くのに途方もない時間がかかりますから、車を使いますが、わくわくして「候補者」を選んだ記憶はありません。あくまでも自主トレのつもりでしたから、だれが当選しようが、何党(団体)が勝とうが負けようが関係なく生きてきました。国勢調査は「オリンピック」みたいなもんでしょう。わざわざやらなくてもいいもの、誘致してまでやるものかね。普段、それぞれの段階の行政がまじめにやっていれば、莫大な金をかけてまでやる必要のないものです。内閣支持率の調査程度でいいんじゃないですか。悉皆ではなく、百人とか千人とかの規模でさ。

●調査員は1人で50〜100世帯を受け持ち、50世帯の場合、報酬は平均3万9千円。 今回の調査費用は約650億円で、大半はこうした人件費だ。 2010年10月の国勢調査から、調査票に封をして調査員に手渡しするか、役所に郵送する方式に変わった。(朝日新聞より)(「官製マスク」よりは廉価だって。「湯水のごとく…」とは、このことか。防災計画や保育所新設のための調査だって、冗談だろ!)

 駄文を綴っていると、だんだん腹が立ってきます(血圧が上がる)ので、ここらでよします。そうさ、よしなよ。

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一隅を照らす此れ即ち国宝なり

 (ニッポン人脈記)自転車でいこうよ(承前)

http://www.arrow-one.com/

 ■1600人の足 いやまだまだ

 障害であきらめていた人たちに、自分の力で自転車を走らせる喜びを。

 1979年、36歳で東京都荒川区に小さな作業場を開いた堀田健一(ほったけんいち、69)はその後、足立区に工場を移し、妻和子(かずこ、70)と2人で奮闘した。体に備わった筋力を生かせる乗り物こそ、よりよく生きる手立てだと信じて。/ 相変わらずお金はない。それでも、「いよいよだめだ」という時になると、不思議と自転車を予約したお客さんが内金をもってきてくれて食いつなぐことができた。

 堀田夫婦はこの33年間で、3歳から90歳まで1600人の人たちに会い、2千台近くをつくってきた。/ 手でペダルを押す手動式、坂道を上るためのモーター付き、腕が不自由な人のために足で方向を操作できるもの……。考案した自転車は数十種類に及ぶ。/ 夫婦にとって、完成品を車で届けに行く時のドライブが一番の楽しみだ。「距離は遠くとも心は近く」。北海道でも九州でも、どこでも行く。

 納車の際、堀田はサドルやハンドルの位置を微調整し、伴走しながら乗り方を伝える。大丈夫、乗りこなせると判断して初めて引き渡す。そこまでが仕事だ。/ 頼者がくれた感謝の手紙は、段ボール何箱分になったろう。「息子が友だちと一緒に通学できるようになった」「世界が変わった」「もう自分の足そのものです」

 大阪市に住む西村綾子(にしむらあやこ、54)は7年前から電動機能付きの踏み込み式三輪自転車に乗っている。8年前に病気で左足を失い、義足で杖をつくように。それまで5分で行けた最寄り駅も30分近くかかるようになった。/ 1年後にインターネットで堀田のことを知り、思い切って工場を訪ねた。堀田の自転車に乗って、駅までまた5分で行けるようになった。「スーパーに行って、コンビニに行って、普通の主婦をして……失った日々の暮らしを取り戻すことができました」。車体はいつも、夫がぴかぴかに磨いてくれている。

 神様はやはりどこかにいて、がんばりを見ているのかもしれない。/ 長いトンネルの先に、光があった。/ 2006年1月、堀田は賞を受けた。時計会社のシチズンが主催する「シチズン・オブ・ザ・イヤー」。社会に貢献し、感動を与えた「無名の良き市民」をたたえるというのが賞の趣旨だ。活動が徐々に新聞で取り上げられるようになり、「この人こそ」と選ばれた。/ 貧乏暮らしから突然表彰式の舞台に立ち、堀田はほおをつねりたい気分だった。/ 賞金の100万円はすべて工場の機械の更新にあてた。工程をある程度効率化して月に5、6台は生産できるようになり、食べるにこと欠く暮らしからはようやく抜け出した。

 堀田には友がいる。京都府宇治市で電動車いすをつくる西平哲也(にしひらてつや、61)(⇒)。15歳の時、九つ違いの弟が全身の筋力を失う病気になり、助けたい一心で車いすをつくり始めた。弟は19歳で亡くなったが、重い障害のある人が自活できるよう、その後も工夫をこらしてつくり続ける。/ 堀田さんと初めて会ったのは30年前、障害者向けの製品の展示会でした。出品者は堀田さんと私だけ。お互い粘り強いなあ」

 古希を迎える堀田は最近、残された時間に何をすべきか考えるようになってきた。いま、標準型の製品に設定している値段は1台16万円。ぎりぎりの価格だが、これでいいとは思っていない。もっと安くして、もっと多くの人に届けたい。/「じゃあどうしたらいいか。これまでの蓄積や工夫を書いた私なりの答案を残し、誰かが意志を継げるようにできたらいいのかな」/ いやいや、まだまだ。(西平さんの紹介記事)

 「私も西平さんも、愛用者から『自分が死ぬまでは生きていて』って言われてる」 まだこれからさ――。13坪の作業場に、笑い声が響いた。(但見暢)(朝日新聞・13/03/01)

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 前回も書いたように、ぼくはこのような企業をいくつも探してきました。理由は特にあるわけではありません。こんな生き方をしている人がひたすら好き、それだけです。きっかけがあったようななかったような。もともとが機械ずき、ものつくりが好きだった。自分で何か作る、どんなに小さなものでも自分でつくることに興味を覚えていました。こころざしが弱かったのか、およそ異なる方面で糊塗をしのぐようになりました。後悔があるともないとも言えませんね。それしかしてこなかったのですから。しかしやはりものつくりの仕事ぶりにはいつも魅かれてきたのも、自分でやれなかったことの言い訳だったようにも思われてきます。大工さんも死ぬほど好きでした。電気屋さんも。

 こんな言い方は間違っているようにもとられそうですが、「国宝」という観念がいつも浮かんできます。この言葉を使った人は最澄です。『山家学生式』にあります。「「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり、道心有るの人を名づけて国宝となす。故に古人言わく、怪寸十枚是れ国宝に非ず、一隅を照らす此れ即ち国宝なり」この言葉を何十回何百回も眺めてきました。面倒なことは言いません(言えません)。堀田さんや西平さんに見られる「奉仕の心」とでもいうのか、本当に求められる人の心、それに触れられると、ぼくのような貧相な人間でも、一瞬ではあれ、すこしは役に立つ人間になりたいと錯覚する、そんなことをくりかえしてきました。金塗れ、拝金主義が人心を蝕んでしまったような、塵芥の中に開く蓮華などというと抹香臭くもなりますが、そんな「道心」を持った気になるのです。

 二人はなおご健在です。「一隅を照らす」とは「足元」を明るくするばかり、スカイツリーの類なんかではありません。そんな人がすこしでもおられれば、この世は闇から明の世界になるはずです。いつでもきっと「一隅を照らす」人がいます。その真似事でもしてみたいですね。

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